「おさかな事件」とは

「おさかな事件」(おさかなじけん)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』の単行本51巻に収録されたFile2の題名である。週刊少年サンデー連載時の通し番号ではFILE.523にあたり、2005年25号(2005年5月18日発売)に掲載された。小学館の公式事件データベースでは、事件番号149「お魚メールの追跡」を構成する2本のFileのうち最初の1本で、解決は次のFile3「3匹の魚」へ引き継がれる。題名の「おさかな」は幼児が魚を指す言い方であり、本章では5歳の少年が送る携帯メールだけを手がかりに、その安否を確かめようとする話が始まる。殺人の起きない事件である。

収録位置と掲載

51巻はFile1からFile11までを収録し、「おさかな事件」はその2番目に置かれる。直前のFile1「吹雪の中の復讐」で50巻から続いたゲレンデの事件が閉じ、本章からはまったく別の話が始まる。直後はFile3「3匹の魚」で、そこで事件番号149が解決する。この事件は51巻では、File7・8のロシアンブルーの事件と並ぶ最短の2章構成であり、5章を要した前の事件と対照的な配置になる。

名探偵コナン 51巻の公式書影
『名探偵コナン』51巻(小学館公式書影)

掲載号と51巻の刊行

掲載号は週刊少年サンデー2005年25号。51巻の発売は2005年10月18日。定価は税抜390円だった。巻末の名探偵図鑑に収録されたのは朝吹里矢子、裏表紙を飾るのは妃英理の秘書・栗山緑である。表紙は、青山剛昌の飼い猫「カイト君」の写真を背景に、同じ姿勢で寝そべるコナンのイラストを組み合わせたもので、猫の撮影はコナン役の高山みなみによった。

アニメ第438話「お魚メールの追跡」

アニメ化は第438話「お魚メールの追跡」。2006年5月15日放送で、視聴率は11.0%だった。FILE.523と524の2章分を1話へまとめており、本章の内容はその前半にあたる。構成と絵コンテは畑中由宇、演出は須藤隆が務め、オープニングは「100もの扉」、エンディングは「もう君だけを離したりはしない」が流れた時期の放送である。アニメ版では妃英理と喫茶ポアロのマスターも画面に登場するが、原作のこの事件の列記にはいない追加の人物である。ネクストコナンズヒントは「三匹の魚」だった。

ポアロでの梓の相談

章は、毛利探偵事務所の階下にある喫茶ポアロの場面から始まる。小五郎は蘭、コナンとともに食事を取りながら新聞を読んでいる。ウェイトレスの榎本梓が飲み物を運んでくるが、彼女は小五郎へこの日の予定を尋ね、忙しそうだと知ると見るからに落胆して深いため息をつく。その様子から、梓が何かに悩んでいると小五郎たちは気づく。 梓の悩みは携帯メールで、店の常連として父親と一緒に訪れる5歳の長部満(おさべ・みつる)から、以前から父親の携帯を使って時折連絡が届くというものだった。母親が実家へ戻っている寂しさからか、満は梓へ近況を送る習慣ができていた。この日入ったのは4通。梓が読み上げると、最後の1通は「僕もおさかなさんみたいに網にかかって死んじゃうのかなぁ」という文面だった。心配した梓は返信を送る。しかし応答はない。満は受信したメッセージの開き方を知らず、いつも父親が開いていたのだ。コナンはここから、満は今、父親と一緒にいないと結論づける。文面の意味は、まだ誰にも読めていない。

見上げる景色と車内の推理

最初の2通には、帽子をかぶり長靴を履いて折りたたみの椅子に座るといった描写があり、コナンは父子が釣りに出かけたと推理する。さらにコナンは、子供は常に大人を見上げているはずだと口にする。蘭はそこから、満は車の中に座っているのではないかと思い至る。帽子姿の人たちや食事処の看板、上から覗き込む人の姿という具合に、見上げた先の景色ばかりを記す書き込みは、低い座席から外を眺める子供の目線と符合する。父親が何時間もその場を離れている理由はわからない。折しも小五郎の読んでいた新聞には、釣り人4人が行方不明になったという報道が載っていた。それが、小五郎と蘭の不安をいっそう掻き立てる。時間がない。

届かない呼びかけと3つの候補地

満はメッセージを送ると電源を切ってしまうため、電話をかけてもつながらない。呼びかける術はない。コナンは梓へ、父子がよく釣りに行く場所を知らないかと尋ねる。梓は場所こそ知らないが、二人が先日店に来たとき、店内の釣り雑誌の頁へ折り目をつけて次の釣行先を決めていたことを覚えていた。取り寄せた雑誌には折り目が3箇所にあり、中洗、久更津、桔前崎という3つの釣り場が候補に残った。小五郎は誌面で推奨された旅館へ電話をかけ、長部父子が泊まっていないかを尋ねるが、3件とも断られる。ただし、その電話で各地の天候までは聞き出せた。天気だけが、残った手がかりになる。

5通目の知らせ

そこへ満から新しい知らせが届く。「おさかなさん1匹だと思ったら3匹だったよ…いいなおさかなさん」という内容だ。5歳児の感想にすぎないその文面を、コナンは手がかりへ変える。彼はどの釣り場かを見抜く。答えは出た。一行は満のもとへ急ぐ。本章はここで終わる。場所の根拠とその先の顛末はFile3「3匹の魚」へ引き継がれる。

「おさかな事件」という題名

題名の「おさかな」は幼児語で、満の文面に繰り返し出てくる言葉をそのまま取ったものだ。魚はこの章の中で実体としては一度も現れない。網にかかる魚、空にいる魚という子供の表現だけが、彼の居場所を告げる唯一の情報源として機能する。題名が指し示すこの章の核心は、幼い言葉の解読そのものである。 「事件」と呼ばれるものの、本章に犯人は登場しない。51巻には殺人、毒殺、暗号、密室と探偵ものの型が揃うが、この2章はその中で、誰かを救うためだけに推理が使われる物語の発端である。次章の題名「3匹の魚」は、満の最後の文言をそのまま引いたもので、題名自体が解読の鍵を示唆している。

外国語版の題名

英語圏ではDetective Conan Wikiが本章を「Fish Incident」と記し、ドイツ語版は「Auf den Fisch gekommen」(魚へたどり着いた、の意)と訳している。題名が幼児の表現を事件名へ転用したものだという読みは、編集上の解釈として記す。

事件資料と本章の登場人物

小学館の公式事件データベースは、この事件のメインキャラクターとして江戸川コナン、毛利蘭、毛利小五郎、榎本梓を挙げ、ゲストキャラクターに長部満、満の父、満の母を列記する。舞台は喫茶ポアロと桔前崎の駐車場である。 章単位の資料では列記の範囲が異なる。ConanWikiの出演一覧はコナン、梓、小五郎、蘭、満の5名を挙げ、舞台としてポアロと、候補地となった中洗・久更津・桔前崎を記す。一方コワレ処の51巻データは本章の登場をコナン、小五郎、蘭の3名に絞り、梓を含めていない。本章の流れは梓の相談から始まり、彼女の携帯だけが満とつながっている。資料ごとに「登場人物」の数え方が違うものとして、その食い違いはここに残す。

江戸川コナンの公式人物場面写真 1
江戸川コナン(読売テレビ公式掲載画像)

送り手と受け手の非対称

梓は喫茶ポアロのウェイトレスで、この物語では探偵でも被害者でもなく、唯一の受信者という役割を担う。満は送信だけができ、返信を読めない5歳児である。メールの送り手と受け手のこの非対称が、事件の構造そのものである。アニメ第438話では妃英理とポアロのマスターも画面に姿を見せる。梓の声は榎本充希子が演じており、役と声優で姓が一致している。

毛利蘭の公式人物場面写真 1
毛利蘭(読売テレビ公式掲載画像)

事件の中での位置づけ

事件番号149は、本章「おさかな事件」とFile3「3匹の魚」の2本だけで構成される。直前のゲレンデの事件が50巻File8から51巻File1まで5章を要したのに対し、51巻の収録事件では最短のエピソード群に入る。長い真相開示の直後へ、読み切りに近い2章の物語が置かれた。 構造として特異なのは、通信が一方向に限られる点だ。満はメールを送れるが受け取れず、送信のたびに電源を切る。呼びかけは届かず、届いた文面だけが頼りになる。ここでコナンの推理が果たす役割は、追いかけるべき犯人のいないこの事件で、返事を返せない子供の居場所を文から割り出すことにある。換言すれば、会話の代わりに解読がある事件である。対話が成立しないのだ。 本章で提示される状況は、解決まで読むと趣を変える。ここでは未確定のまま記すが、小五郎たちが抱く最悪の予想と、実際に満の身に起きていることとの隔たりこそが、この2章の推進力である。 アニメではこの事件は第438話として、51巻の残りの事件を映像化した第443話以降より先に放送された。51巻の収録順と放送順は、開巻のゲレンデ事件だけが第490話へ後送りされた点を除けば、ほぼ一致している。

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「3匹の魚」の正体

「3匹の魚」の正体は鯉のぼりだった。満が見ていた魚の実体は、空へ掲げられた吹き流しである。全ては幼い目線に隠れていた。1匹だと思ったものが3匹に増えたのは、風が強まり残りが靡き始めたためで、電話で聞いた各地の天候と照合すれば、風が出てきた桔前崎が満のいる地点と判明する。4通目の「網」は、ゴルフ練習場を囲う大きなネットに鯉のぼりが重なって見えたものだった。

救出の顛末と満の両親

駐車場の車内で満は暑さに意識を失いかけていた。蘭がドアを蹴破ろうとする直前に目を覚まし、説得を受けて自ら外へ出る。すぐ後に満の父も駆けつけた。彼は揉め事の仲裁で頭を打ち、病院へ運ばれていたのである。母も姿を見せる。彼女は入院しており、この日が退院だった。父は母を迎えるため満を連れて桔前崎へ来ており、サプライズにしようと事情を話していなかった。行方不明の釣り人という新聞記事が重ねた最悪の想像は、満の身には現実とならなかった。

結びとアニメ版の細部

結びでは、満一家の再会を見た蘭が、自分も3人家族でいたいと小五郎へさりげなくほのめかす。妃英理と別居中の小五郎家の事情が、他人の家族の姿へ重ねられる場面である。なおDetective Conan Wikiは、満の父の車を2005年式ホンダ・エアウェイブと記し、梓の携帯がピンク色で魚のぬいぐるみ、テディベア、スニーカーの3つのストラップを下げているという細部を挙げている。

出典