「隠したかったもの」とは

「隠したかったもの」は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』の単行本52巻に収められたFile8の題名である。週刊少年サンデー連載時の通し番号はFILE.540で、掲載は2005年44号(2005年9月28日発売)。小学館の公式事件データベースでは、52巻のFile6からFile8までの3章で構成される事件番号155「ひっくり返った結末」の最後を担う解決章である。この事件は読者が先に犯行を見せられる倒叙構成で書かれている。本章が回収するのは、逆さまにされた部屋の品々が何を意味するのか、そして犯人がどの手順で追い詰められるかである。

収録位置と掲載

52巻はFile1からFile11までを収録する。「隠したかったもの」はその8番目で、File6「常識はずれの部屋」とFile7「逆さまミステリー」のあとに続く事件の締めである。前の事件はFile3から5までの事件番号154「本庁の刑事恋物語 偽りのウェディング」、次はFile9「園子の赤いハンカチ」から始まる事件番号156で、1冊に4事件が詰め込まれた編成である。 掲載号は週刊少年サンデー2005年44号で、発売日は2005年9月28日。ConanWikiの記録ではFile6が42号(9月14日)、File7が43号(9月21日)にあたり、本事件の3章は3週連続で掲載された。52巻全体には2005年36号から45号までと47号・48号の掲載分が収められている。単行本の刊行は2006年1月14日、税抜390円、ISBN 978-4-09-120026-6、188頁である。巻末の名探偵図鑑にはテレビドラマ「アイアンサイド」のロバート・アイアンサイドが選ばれ、裏表紙の鍵穴には山村刑事の祖母・山村ミサエが入る。表紙は紅葉の写真を背景に上を見上げるコナン、背表紙は斜め上にいる何かを網で捕まえようとするコナンの絵である。

名探偵コナン 52巻の公式書影
『名探偵コナン』52巻(小学館公式書影)

倒叙構成とFile6の犯行

本事件の特殊さは、その構成にある。アガサーチはジャンル欄に「倒叙」と記し、実際にFile6では読者の目の前で犯行が行われる。人気の時代小説家・萬田年久は、締め切りを守るため編集者の島木によってホテルニュー米花の504号室へカンヅメにされていた。萬田はエレベーターホールで見張る島木の目を、ホテルのボーイへの変装でかいくぐり、愛猫のノベルを連れて自転車で堤無津川沿いを走り、自宅の向かいに住む弟子・原本高平の家へ向かう。 原本は萬田の代わりに近作の大半を書くゴーストライターだった。萬田の目的は完成した原稿の受け取りだったが、作家デビューを望み編集者への紹介を求める原本を、背後から花瓶で殴って殺害する。「執筆中 入室厳禁」の札を扉へ掛けて現場を離れた萬田だったが、連れてきたノベルが部屋の中で見当たらない。ホテルへ戻らなければアリバイが崩れるためネコを残して戻り、原稿を島木へ渡してアリバイを成立させたあと、再び原本宅へ探しに戻る。向かいの萬田宅へネコが自力で戻っていたのを確認し、完全犯罪が成立したと安堵した直後、堤無津川の河川敷で草野球をしていた少年探偵団の打ったボールが原本宅の窓を破り、子どもたちが死体を発見する。ここまでがFile6の内容である。

人気時代小説家・萬田年久のアニメ設定画
萬田年久。事件の中心人物である時代小説家(Detective Conan Wiki掲載画像)。

File7の捜査と逆さまの部屋

File7「逆さまミステリー」では捜査が始まる。目暮警部と高木刑事は物盗りを想定するが、コナンは「執筆中 入室厳禁」の札のある部屋を開けた時点で面識のある犯行と読む。コナンの検分では原本は死後約1時間で、傍らの花瓶で殴り殺されていた。アリバイを問われた萬田は終始ホテルの部屋にいたと主張するが、部屋の前で2時間待機していた島木は一部を裏付けるにとどまる。一方、原本宅の居間では棚のミニカーや人形、本がひとつ残らず逆さまに置かれる異様な状態が見つかり、机の引き出しは内側の縁に凶器の花瓶の破片だけが残って中央が空いていた。ハウスキーパーの市村は、雇主の原本がよく自分を困らせるイタズラをしたと証言する。本章冒頭の時点で、コナンは犯人の目星と品がひっくり返された意味の両方を握っている。

アニメ「ひっくり返った結末」の事件現場。床に倒れる被害者と花瓶の破片
アニメ454・455話の事件場面写。原本宅の居間で発見された遺体(Detective Conan Wiki掲載場面写)。

File8で起きること

本章は、コナンが少年探偵団へ向けて品を逆さにした理由――犯行の証拠を隠すためだ――と、犯人への確信をすでに口にするところから始まる。萬田と島木が現場を後にしようとする間際、コナンは萬田の新作が推理小説になる件へ話を向ける。探偵団にはコナンの意図が読めず、経緯の説明を求める。萬田が去ったあと、目暮警部は市村への事情聴取を進め、子どもたちは逆さまの収集品を棚へ戻し始める。 高木がその手を止めようとしたとき、歩美がミニカーの何台かに傷や破損があることへ気づく。元太は原本が収集品を大事にしていなかったのではないかと言うが、萬田自身が原本の収集の完成を語っていたと歩美は指摘する。続いてコナンが示したのは、棚に残された大量のネコの毛だった。現場へネコを放った萬田の行動を、歩美は無責任だと批判する。

江戸川コナンの公式人物場面写真 1
江戸川コナン(読売テレビ公式掲載画像)

萬田宅での指摘と探偵団の帰路

同じ頃、萬田は自宅で原本が書き進めていた推理小説の原稿を眺めていた。インターホンが鳴り、新刊の打ち合わせのため島木が戻ってくる。再び鳴った呼び鈴の先に立っていたのは目暮警部だった。萬田はここで犯人として名指しされる。一方で少年探偵団はすでに帰路にあり、子どもたちだけで事件を振り返る。推理を披露する場は萬田の自宅玄関で、指摘を行うのは警部本人であり、コナンは眠らせた大人の声を借りない。

萬田担当の編集者・島木のアニメ設定画
編集者の島木。萬田をカンヅメにした担当編集(Detective Conan Wiki掲載画像)。

File8の登場人物と重要な物

公式事件データベースが事件155のメインキャラクターに挙げるのは、江戸川コナン、灰原哀、小嶋元太、吉田歩美、円谷光彦、目暮十三、高木渉の7名である。ゲストキャラクターは萬田年久、ノベル、原本高平、島木、市村、場所はホテルニュー米花/萬田年久の家/原本高平の家と記される。ホテルは事件の起点として前の章までの舞台で、本章の場面は原本宅と萬田宅に限られる。 ConanWikiの本章の出演一覧も、コナン、灰原、元太、光彦、歩美、目暮、高木に萬田と編集者の島木、そしてネコのノベルという顔ぶれである。被害者の原本高平は本章の時点ですでに亡く、亡骸と残された品々の側からしか登場しない。重要な物としてミニカーが挙げられている。コワレ処の52巻データでもFILE.8の登場はコナン、少年探偵団、灰原哀、目暮警部、高木刑事に絞られ、千葉刑事はFile7の捜査場面に登場する構成である。

萬田の弟子でゴーストライターの原本高平のアニメ設定画
原本高平。本章の被害者で萬田の弟子(Detective Conan Wiki掲載画像)。

「隠したかったもの」という題名

題名は犯人が現場にした細工の目的をそのまま指す。棚の品をすべて逆さまにした行為は、一見すると無意味なイタズラに見えるが、犯人にとっては「隠したかったもの」があったからこその作業だった。さらに踏み込めば、萬田が世間へ隠し通したかったのは証拠の品だけではない。本章で彼が守ろうとして失うものは、人気時代小説家としての体裁、すなわち弟子の代筆という秘密そのものである。 海外での題名もこの意味を写している。ConanWikiのドイツ語版収録題は「Haare in der Suppe des Täters」――直訳すれば「犯人のスープの中の髪」――で、解決の決め手となるネコの毛を題名へ取り込んだ意訳である。同Wikiの直訳題は「Das Ding das er beseitigen wollte」(彼が取り除きたかったもの)。Detective Conan Wikiの英題は「The Thing He Wanted to Hide」、Case Closedと題された英語版の章題は「What He Wanted To Hide」である。ドイツでの収録巻の発売は2007年10月10日だった。

萬田の愛猫ノベル。解決の証拠となる毛を残す猫
萬田の愛猫ノベル。事件の証拠を左右する存在(Detective Conan Wiki掲載画像)。

事件の中での位置づけ

事件番号155は52巻に収まる4事件の3番目で、本章はその解決章である。コワレ処の52巻「内容のポイント」はこの事件を「事件現場であるコレクション好きの小説家の部屋の物が、全て逆さまになっているという事件」と要約する。次章はFile9「園子の赤いハンカチ」(FILE.541)で、事件番号156の開始章にあたる。 倒叙である点は本シリーズでは珍しい書き方で、読者はFile6の時点で犯人と犯行の手順を知っている。本章が問うのは「どうやって」であり、逆さまの部屋という異様な置き土産が、犯人の退路を塞ぐ証拠へ変わるまでの読み解きが主題になる。アニメの放送順では、直前が第453話「因縁と友情の試写会」、直後が第456話「俺が愛したミステリー」である。

テレビアニメ第454・455話

アニメ化は前後2話で、第454話「ひっくり返った結末(前編)」が2006年10月30日、第455話(後編)が11月6日に放送された。視聴率は前編8.2%、後編8.7%。Detective Conan Wikiの数えでは国際話数494・495、シーズン11の話数である。原作の対応は52巻FILE.6から8までで、本章の内容は後編へ入る。 スタッフは監督が佐藤真人で共通する。前編は構成・絵コンテを戸澤稔と佐藤真人、演出を戸澤稔、作画監督を新沼大祐が務め、後編は構成・絵コンテが前園文夫、演出が清水一伸、作画監督が大塚美登理である。後編にはStudio Kelmadickの制作協力が入る。サブキャラクターデザインは佐々木恵子、キャラクターデザインは冨永真理が担当する時期である。収録DVDはPART15の8巻。オープニングは愛内里菜と三枝夕夏の「100もの扉」、エンディングは上木彩矢の「もう君だけを離したりはしない」だった。

アニメ第454話「ひっくり返った結末(前編)」の場面写。コナンと歩美
第454話(前編)の公式場面写(読売テレビ公式サイト)。

声の出演とアニメ独自の演出

声の出演は、萬田年久を野島昭生、原本高平を桜井敏治、編集者の島木を巻島直樹、ハウスキーパーの市村を青木和代が演じる。後編では目暮警部の茶風林、高木刑事の高木渉(元太と兼役)、千葉刑事の千葉一伸が加わる。ネコのノベル、原本の収集品に混ざる沖野ヨーコと仮面ヤイバーのフィギュア、作中の推理小説に登場する幽霊探偵・百鬼夜子には声の出演がない。 アガサーチの記録する相違点では、前編の冒頭で島木が萬田を訪ねる場面が長めに描かれ、萬田がかけていた電話の相手が原本だったと分かる追加場面がある。堤無津川の野球場面も大きく増やされており、「帝丹小1年B組エース、手ぬぐい王子こと小嶋元太、ノーヒットノーラン目前」という元太の台詞は、当時甲子園で話題だった「ハンカチ王子」を意識したものと読み取れる。前編は原作のおよそ半分を消化して後編へ続く構成である。後編冒頭では前回のあらすじを犯人である萬田自身が語る、倒叙ならではの演出が入る。一方で、現場へ到着した目暮へ萬田が自己紹介する場面や細かい台詞は削られ、ラストの落ちも原作から若干変えられている。 アニメだけの要素としてアガサーチが挙げるものに、原本の部屋へ置かれた沖野ヨーコ(フライパンを持つ姿で、「沖野ヨーコの4分クッキング」の一場面がモデルか)、仮面ヤイバー、ナマコ男のフィギュアがある。ナマコ男は蘭の携帯ストラップのキャラクターで、もともとは青山剛昌の『YAIBA』の登場キャラクターである。元太が花瓶を割ったかもしれないと焦る場面では、小遣いで買った物としてヤイバーグッズが思い浮かべられる。萬田と島木が乗ったタクシーには「TMタクシー」の名がつく。原本がデビュー後に獲りたいと夢見た新人文学賞は「芥山賞」と呼ばれ、萬田も審査員の一人という設定である。芥川賞のもじりで、逆さまになった本の中には「芥川寅之助」という名の作家の本もあったという。 ネクストコナンズヒントの記述は資料間で分かれる。アガサーチは前編を「未完成の原稿」、後編を「寿司屋のガリ」と記すが、Detective Conan WikiはPart1を「Collection」、Part2を「Incomplete manuscript」と記す。ヒント後の小コントでは、前編は光彦に「真っ白ですよ」と突っ込まれた元太が「だから、未完成」と返し、後編は元太の「ガリってどんな魚だ?」へ灰原が「生姜のことよ」と答える。

アニメ第455話「ひっくり返った結末(後編)」の場面写。コナンと灰原哀
第455話(後編)の公式場面写。本章の解決部分を含む(読売テレビ公式サイト)。

よくある質問

「隠したかったもの」は何巻の何話か――単行本52巻のFile8で、連載時の通し番号はFILE.540。週刊少年サンデー2005年44号(2005年9月28日発売)に掲載された。事件番号155「ひっくり返った結末」の解決章で、File6「常識はずれの部屋」・File7「逆さまミステリー」の続きである。 アニメでは何話にあたるか――テレビアニメ第454話「ひっくり返った結末(前編)」(2006年10月30日放送)と第455話(後編)(2006年11月6日放送)の2話構成で、本章にあたる解決部分は後編に入る。 「隠したかったもの」とは何を指すか――犯人が棚の品を逆さまにして隠そうとした対象を指す題名で、その中身は記事内の折りたたみ節「事件の結末」に記した。広い意味では、人気小説家が抱えていた弟子の代筆という秘密も指す。 部屋の物が逆さまだった理由は――本章の解決の核心で、イタズラでも被害者の習慣でもない。詳しい意味はネタバレを含むため、折りたたみ節へまとめた。

出典と確認の範囲

事件の構成・登場人物・舞台・公式あらすじは、小学館公式事件データベース(事件番号155)のページを本記事用に取得した保存分と、元リポジトリの保存スナップショットで照合した。章ごとの場面展開と掲載号はConanWikiの第538・539・540章項目(アーカイブ)を用いた。File別の登場一覧、単行本の書誌・表紙・「内容のポイント」の引用はコワレ処の52巻データで確かめ、アニメ側は読売テレビ公式の第454・455話事件ファイル、コワレ処・アガサーチの同話データを突き合わせた。解決の内容・視聴率・国際話数・英題はDetective Conan Wikiの第454-455話項目と52巻項目に基づく。52巻の発売日はコワレ処の2006年1月14日を採り、アガサーチの初版2006年2月15日・410円という記載との差をここへ残す。ホテル名は公式データベースの「ホテルニュー米花」を基準とし、読売テレビあらすじの「ホテルニューベイカ」はアニメ側表記として扱った。ネクストコナンズヒントはアガサーチ(未完成の原稿・寿司屋のガリ)とDetective Conan Wiki(Collection・Incomplete manuscript)で食い違うため両説を示した。死亡推定は原作(ConanWiki第539章)がコナンの検分による「死後約1時間」で、アニメ第455話では検死官が「約2時間前の午後3時頃」と伝える。アリバイの言い回しも原作の「終始ホテルの部屋にいた」に対し、アニメでは「昨晩からホテルの部屋にカンヅメ」とされる。被害者名のローマ字はDetective Conan WikiとConanWikiとも「Haramoto」である。原文現物(単行本52巻・サンデー2005年44号)の直接確認は行っていない。

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逆さまの細工とネコの毛

犯人は萬田年久である。棚の品がすべて逆さまだった意味は、コナンの読み解きによれば次の通りである。萬田は原本から「収集品の抜けていたものが今日揃った」と聞いていた。愛猫ノベルが部屋でその新品に触れ、毛を残した可能性を恐れた萬田は、どれが新品か見分けのつかないまま棚の品を片端から逆さにした。雇主のイタズラに見せかければ、あとでハウスキーパーの市村が品を元へ戻す際にすべてを拭き、毛の痕跡ごと消してくれると計算したのである。 この細工を崩したのが少年探偵団だった。ボールで窓が割れ、子どもたちが予定より早く部屋へ入ったため、萬田はノベルを現場へ放ち、捜査の最中にネコが歩き回ったことにして毛を撒き散らす必要に迫られた。それでも棚へ残った大量のネコの毛は、ホテルへいたはずの萬田とその猫が原本の部屋へいた証拠になった。傷や破損のあるミニカーは、雇主のイタズラという説明をさらに否定する。収集家の原本なら、自分の品をそんな扱いにはしなかった。

引き出しの原稿と目暮の罠

机の引き出しが意味するのは別の盗みである。内側の縁に凶器の花瓶の破片だけが残り、中央が空いていた引き出しから、犯人は原本のデビュー作となるはずの推理小説の原稿を持ち去った。タクシーの中で次回作をミステリーにすると萬田が話したのは、原本の原稿を自分の作品として発表するつもりだったからである。アニメのあらすじではこの引き出しの描写が「鏡しかない」と整理されている。 目暮警部は、ノベルが原本宅でいなくなり後から戻ってきたこと、萬田が新品を知っていたこと、そして猫を放つしかなくなった事情までを萬田の面前で組み立てる。萬田は否認して証拠を求めるが、警部は原本が実際に書いていた小説の中身を萬田へ質し、罠へ誘い込む。萬田は自白に至り、原本が自分のゴーストライターだったことを認める。

動機の背景と「揃ったもの」の正体

アニメ側の記録を引くDetective Conan Wikiによれば、萬田が殺意へ至った背景には、妻を亡くして以降の失速がある。ここ2、3年はほぼすべての作品を原本が書き、当初は萬田が行っていた添削を原本が拒むようになり、最近は萬田がほとんど介入できなくなっていた。前日の原本の言葉が、殺害の決意を固めさせた引き金だったとされる。 最後にコナンが明かすのは、「今日揃った」収集品の正体である。原本が言う揃った品とは、彼自身の治し終わった歯だった。市村が原本に代わって取ったものは歯医者の予約だけで、原本は死の直前、机の引き出しの鏡で自分の歯を眺めて喜んでいた。部屋の中に新品の収集品など最初から存在せず、萬田の逆さまの細工は、何も守るべき対象のない空振りの偽装だった。事件番号155は、萬田の自白と逮捕で閉じる。

出典