『名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌』は、2006年に公開された劇場版アニメ『名探偵コナン』シリーズ第10作である。シリーズ10周年を記念し、東京の遊園地「ミラクルランド」を舞台に、爆弾ゲームの人質となった毛利小五郎らを救うため、コナンと蘭が制限時間内での謎解きに挑む。コナンや蘭、小五郎、園子、平次、和葉、少年探偵団、灰原哀に警視庁の面々まで勢揃いした、シリーズの集大成といえる一作である。
00概要
『名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌(レクイエム)』は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2006年4月15日に東宝の配給で全国公開された。劇場版シリーズ第10作にあたり、原作連載開始から数えてのシリーズ10周年を記念して企画・制作された節目の一本である。監督は山本泰一郎、脚本は古内一成、音楽は大野克夫が手がけた。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は111分。本作で山本泰一郎は劇場版『名探偵コナン』の監督に初めて起用された。第1作『時計じかけの摩天楼』から第9作『水平線上の陰謀』までシリーズの監督を一貫して担ってきたこだま兼嗣からの世代交代が、ここで明確な形を取ったことになる。
舞台は、東京・後楽園周辺をモデルにした巨大な複合遊園地『ミラクルランド』。観覧車、ジェットコースター、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、迷路、シューティングアトラクション、屋内ステージと、ジャンルの異なるアトラクションを一日かけて巡り歩けるほどの広大な敷地が、まるごと本作のメイン舞台となる。コナン、毛利蘭、毛利小五郎、鈴木園子、少年探偵団、灰原哀、阿笠博士、そして大阪から駆け付けた服部平次と遠山和葉、さらに警視庁の目暮十三警部、白鳥任三郎警部、佐藤美和子刑事、高木渉刑事——シリーズの主要レギュラーがほぼ全員集合する、10周年記念にふさわしい顔ぶれだ。物語は、朝の開園と同時に動き出す。
事件は、ミラクルランドからコナンたちのもとへ一通の招待状が届くところから始まる。送り主は『ジャック』を名乗る人物。指定された時刻に園内へ集まったコナンたちの前で、毛利小五郎、毛利蘭、鈴木園子、服部平次、遠山和葉の5人の腕に、外側からは取り外せない時限式の電子ブレスレットが装着される。ジャックは電話越しに、『閉園時間までに毛利小五郎が過去に手掛けた3つの事件を、もう一度すべて解き明かせ』という条件を突き付ける。解けなければ5人のブレスレットが時限式に作動し、命が失われる——そう一方的に宣言するのだ。
中心人物は江戸川コナン/工藤新一。だが本作の特徴は、彼が一人で全てを背負うのではなく、少年探偵団、灰原哀、服部平次、遠山和葉と手分けして、毛利小五郎の過去3事件を同時並行で辿り直していく点にある。シリーズの劇場版としても珍しい、集団推理の形を採った一作なのだ。脚本の古内一成は、シリーズ第2作『14番目の標的』でも毛利小五郎の過去を主題に据えた書き手であり、本作は古内が再び『毛利小五郎自身の過去』を題材に選んだ、シリーズの脚本史にとっても象徴的な一本となった。
本作の興行収入は約30.3億円。劇場版『名探偵コナン』としては当時の歴代興行水準を一段押し上げ、シリーズが『毎年春の定番大作』として観客に定着したことを示す節目の一本となった。主題歌はB'zの『ゆるぎないものひとつ』(作詞:稲葉浩志/作曲:松本孝弘)。シリーズの主題歌に起用されたB'zの複数の楽曲のなかでも、とりわけ長く愛聴されている一曲である。本記事は、結末、犯人ジャックの正体と動機、観覧車のクライマックス、閉園後の花火まで含めた全編の内容に踏み込む。重大な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから読み進めることを勧めたい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン 探偵たちの鎮魂歌
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第10作(シリーズ10周年記念作)
- 監督
- 山本泰一郎(劇場版初登板)
- 脚本
- 古内一成
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- B'z「ゆるぎないものひとつ」
- 日本公開
- 2006年4月15日
- 上映時間
- 111分
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、タイムリミット、群像、シリーズ集大成
01あらすじ
ここで紹介するのは、結末までを含む全編のあらすじである。物語が動き出すのは、毛利探偵事務所にミラクルランドからの招待状が届く朝。やがて、ジャックを名乗る犯人が5人の人質に時限式の電子ブレスレットを装着し、事態は一気に緊迫していく。毛利小五郎は記憶を失ったまま身動きが取れず、残されたコナン、少年探偵団、灰原哀、そして服部平次と遠山和葉が手分けして、小五郎が過去に手がけた3つの事件を一つずつ辿り直す。やがてジャックの正体と動機が明らかになり、物語は観覧車の上で迎えるクライマックスへと向かう。そして閉園後の夜空に上がる打ち上げ花火が、すべての幕を引く。以下、主要なシークエンスを順に追っていく。
招待状
物語は、朝の毛利探偵事務所から始まる。事務所のポストに、差出人の名前も記されていない一通の招待状が滑り込んでいた。差出人欄にあるのは『ジャック』というたった一語と、ミラクルランドの当日入園券のみ。ちょうど大阪から東京へやって来た服部平次と遠山和葉に合流する流れもあり、コナン、毛利蘭、毛利小五郎、鈴木園子の4人は、半ば気晴らし、半ば怪しい呼び出しへの警戒を抱えながら、ミラクルランドの正門前で待ち合わせることになる。
ミラクルランドは、東京・後楽園周辺をモデルにした巨大な複合遊園地である。観覧車、ジェットコースター、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、迷路、屋内ステージ——序盤の俯瞰では、ジャンルの異なるアトラクションがひとつの敷地に詰め込まれた賑わいが、開園直後の眩い陽光のもとで丁寧に描かれる。コナン・蘭・小五郎・園子・平次・和葉の6人に、少年探偵団の吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦、そして灰原哀と阿笠博士までが合流。シリーズの主要レギュラーがほぼ全員そろい、序盤のわずか数分間で、キャラクター同士の軽妙な掛け合いが観客に手渡される。
正門のゲートをくぐった直後、6人の入園券が読み取られると同時に、毛利小五郎・毛利蘭・鈴木園子・服部平次・遠山和葉の5人の腕に、ゲート脇の機械から細い金属製のブレスレットが装着される。表面には小さな液晶ディスプレイがついており、ゲートを通過すると同時にカウントダウンが始まる。コナンと少年探偵団、灰原は、それぞれ少し離れた位置にいたためブレスレットの対象から外れ、5人だけが標的に選ばれる仕組みである。
ジャックのゲーム
ブレスレットが装着された直後、ミラクルランドの園内放送がジャックの声に切り替わる。ボイス・モジュレーターを通したような、子どもとも青年ともつかない声色だ。彼は5人のブレスレットの仕掛けを順に説明していく。第一に、ブレスレットは内側からも外側からも物理的に外せない構造であること。第二に、装着者がミラクルランドの敷地の外周——園を取り囲む境界——を越えた瞬間、ブレスレットは時限式に作動して命を奪うこと。そして第三に、その解除条件は『閉園時間までに、毛利小五郎が過去に手掛けた3つの事件をもう一度すべて解き明かすこと』である。
ジャックが指定する『3つの事件』は、それぞれミラクルランド園内のアトラクションのどこかに『手がかりの欠片』が隠されている。コナンたちは園内を走り回り、ジャックが仕込んだ過去事件の現場写真、遺留品の複製、当時の関係者の手記、調書の断片を順に拾い集めていく。そこから3つの事件の真相を、改めて一から組み立て直さねばならない。事件はいずれも毛利小五郎が探偵として捜査に関わったものだ。ジャックは『毛利小五郎本人が、もう一度自身の手で解け』と要求する。
問題は、その毛利小五郎本人にある。ブレスレットを装着された直後、園内のあるアトラクションで何者かに頭部を強打され、直近の記憶を失ったまま身動きの取れない状態に陥ってしまうのだ。自分が過去に手掛けた事件の名前も、犯人の顔も、被害者の顔も、薄い霧の向こうにしか思い出せない。コナンは早い段階で、これがジャックの計画の一部だと察知する。記憶を失った毛利小五郎自身に過去の事件を解かせる——この一見矛盾したジャックの要求こそが、本作の物語の核心をなす一手として機能していく。
手分け捜査
閉園時間というタイムリミットを前に、コナンは捜査班を二手に分ける決断を下す。コナン、服部平次、遠山和葉の上級チームは、毛利小五郎の身辺警護と、最も難度の高い事件の手がかりの集約を担う。少年探偵団の吉田歩美、小嶋元太、円谷光彦と灰原哀の下級チームは、園内のアトラクションを駆け回り、手がかりの欠片を順に拾い集めていく。各チームには阿笠博士の探偵バッジ型トランシーバーが配られ、見つけた手がかりはただちに他班へ共有される。
本作のもっとも特徴的な構成のひとつが、この「少年探偵団自身が一人前の探偵として園内を走り回る」長い一連だ。劇場版『名探偵コナン』の中でも、本作ほど少年探偵団の4人それぞれに均等な見せ場が与えられた作品は多くない。歩美は遊園地のメイン通りで通行人の証言を集め、元太はジェットコースターのカートのあいだで遺留品の複製を発見する。光彦はお化け屋敷の暗がりで写真の手がかりを拾い上げ、灰原は冷静に手がかりを照合して事件の輪郭を組み立てる。この4人の役割分担が、序盤の捜査の足取りを賑やかに支えるのだ。
服部平次は、毛利小五郎が頭部を強打されている事実を確認すると、大阪府警の伝手を辿り、毛利の過去事件の調書を東京府警側からすみやかに取り寄せる手はずを整える。和葉は平次のかたわらで動き、地理に不慣れな東京の遊園地で、平次が捜査の足を止めずに済むよう物理的なサポートを続ける。本作の平次と和葉は、東京のレギュラー陣に対する「もう一組の探偵カップル」としての顔をはっきりと見せる。シリーズの中でも、本作における二人の出番の重みは大きい。
過去事件 第一
ジャックが手がかりとして園内に仕込んだ第一の事件は、毛利小五郎が探偵稼業を始めて間もない頃に手掛けたとされる、ある古い屋敷を舞台にした殺人事件である。お化け屋敷のアトラクションに紛れ込ませた『当時の現場写真』、ジェットコースターの座席の下に隠された『被害者の遺留品の複製』、迷路の壁面のひとつに貼られた『調書の一頁の断片』——これらを順に拾い集めた少年探偵団と灰原哀は、コナンと平次のもとに集まる。そして現場写真の構図、遺留品の磨耗の癖、調書の供述の食い違いから、当時の事件の輪郭を改めて組み直していく。
毛利小五郎自身は、現場写真を見せられても薄れた記憶の輪郭をなぞるばかりだ。コナンは小五郎の過去の捜査メモを下敷きに、当時どのような順序で事件を解いたのかを再現し、犯人と動機をもう一度指し示す。平次は大阪流の論理で同じ事件をさらに別の角度から検証し、二人の推理が同じ結論に辿り着いたことで、第一の事件の解はジャックの提示した条件をクリアする。
ブレスレットの液晶ディスプレイが第一の正解を承認し、5人の腕に巻かれたブレスレットの一段が、軽い電子音とともに『解除条件 1/3』へと進む。コナンは、ジャックが園内のどこから自分たちの動きを観察しているのかを意識しながら、解の照合と並行して、園内のスタッフの動線を密かに目で追う。
過去事件 第二
第二の事件は、毛利小五郎が探偵としてのキャリア中盤に手掛けたとされる、ある一家の悲劇である。手がかりは、ミラクルランド園内のメリーゴーラウンドの床下、屋内ステージの楽屋裏、シューティングアトラクションの的の裏面——序盤のお化け屋敷とは異なる三つのアトラクションに分散して仕込まれている。少年探偵団は手分けして回収にあたるが、屋内ステージでは観客に紛れたジャックの手下に、危うく手がかりを奪われそうになる場面もある。
第二の事件の特徴は、被害者と加害者の関係が一見しただけでは見えてこない点にある。コナン、平次、灰原は、回収した遺留品の複製、調書の断片、現場写真の構図を照合し、当時の事件が単純な怨恨ではなく、家族の中の歪んだ力関係から生まれた悲劇であったことを少しずつ復元していく。和葉と園子は、毛利小五郎の隣で彼の記憶を引き出す役を担う。当時どんな表情で事件を聞き取り、どんな言葉で被害者の家族に声を掛けたのか——その断片を、ひとつずつ小五郎に語らせていく。
コナンと平次が第二の事件の解に辿り着くと、ブレスレットの液晶ディスプレイが『解除条件 2/3』へと進む。5人の人質のうち、毛利蘭と鈴木園子の二人が、液晶を見つめながら、コナンと平次の推理力に半ば祈るような視線を向ける——そんなシーンが、本作中盤の山として静かに置かれている。
過去事件 第三
第三の事件は、本作のなかでもっとも重い意味を背負った事件であり、ジャックがコナンたちにもっとも力を込めて辿り直させようとする事件でもある。手がかりは園内でもっとも難度の高いアトラクション群に分散して仕込まれている。巨大迷路の中央、観覧車の搭乗待ちの列が並ぶ壁面、屋内型のシューティングアトラクションの最終ステージの裏——。それらを回収するたびに、少年探偵団、灰原、平次、和葉のいずれかがジャックの妨害に立ち向かうことになる。
事件の輪郭には、毛利小五郎がかつてある事件の捜査のさなか、一人の遺族に最終的な救済を届けきれないまま捜査を閉じてしまった、という痕跡が刻まれている。コナンと平次は、断片を一つひとつ組み合わせて当時の経緯を復元していく。現場写真の隅に映り込んだ小さな子どもの姿、調書の供述のなかで名を呼ばれなかった少年の存在、そして事件を閉じたあとの小五郎が、その遺族へもう一度声を掛けに行く機会を逃したまま時が過ぎていった日々——その輪郭が、少しずつ立ち上がってくる。
毛利小五郎自身は、第三の事件の手がかりを目の前に置かれた瞬間、薄れていた記憶の輪郭が少しずつ戻り始める。そして、自分はあのとき一人の少年の悲しみに最後まで向き合いきれなかったのではないか——その後悔が、腹の底からじわりと湧き上がってくる。本作の小五郎は、シリーズ全体のなかでも特にこの数分間に、探偵としての過去の自分と正面から向き合わされる重さを背負う。神谷明(当時)の声色が、その重さを静かに受け止めて演じてみせる。
小五郎の記憶
第三の事件の輪郭がようやく組み上がりかけたとき、毛利小五郎は当時の記憶を完全に取り戻したわけではない。それでも事件の核心——犯人の正体、犠牲者と犯人の関係、そして当時の自分が向き合いきれないまま閉じてしまった一人の遺族の存在——を、自分の言葉として語り直せる地点まで戻ってくる。探偵稼業を続けるなかで、事件を解き終えたあとも残された家族の悲しみまで救いきることはできない。そう繰り返し思い知らされてきたのだと、小五郎は独白に近い長い語りで、コナン、平次、和葉に打ち明ける。
この独白は、本作でも最も重要な場面のひとつである。普段はだらしのない酔っ払い探偵としてシリーズに登場する毛利小五郎。その奥にずっと隠されてきた、探偵という仕事に対する覚悟の重さが、わずか数分の語りを通して観客の側へと手渡される。脚本の古内一成が、シリーズ第2作『14番目の標的』でも同じ毛利小五郎の過去を主題に据えた書き手であったこと——その事実が、ここに来て改めて重い意味を帯びてくる。
コナンは、毛利小五郎が組み立て直した第三の事件の解を、ジャックの示した照合システムに通す。ブレスレットの液晶ディスプレイが『解除条件 3/3』へと進み、5人の人質の腕に巻かれたブレスレットが、いよいよ解除の準備に入る。だが——その瞬間、園内放送のスピーカーから流れていたジャックの声が、ふっと別の質感へと切り替わった。
ジャックの正体
ジャックは自らの正体を、ミラクルランド園内で働くスタッフのひとり——若い男性従業員として、コナン・平次・小五郎の前に現す。彼の正体は、毛利小五郎が辿り直した第三の事件で遺された少年であった。長い年月のなかで悲しみと怒りを胸の奥に育てながら成長し、本作のために自らの名前を一度捨てたのだ。『ジャック』という記号としてミラクルランドのスタッフに紛れ込み、今回のゲームを周到に準備していた人物である。
彼の動機は、単純な金銭欲でも怨恨でもない。毛利小五郎本人の口から、あの事件の解をもう一度語らせること。そして当時の自分が一人の遺族に何を届けきれなかったのかを、本人の言葉として認めさせること。それこそが目的だと、彼は告げる。5人の人質の命を本気で奪うつもりはなかった。ブレスレットの解除装置を最後まで自らの手に握りしめ、毛利小五郎の独白を聞き終えるまでの時間——ただ『ここで彼の言葉を聞きたかった』という一点に、ゲームのすべては設計されていたのだ。
ジャック自身もまた、過去の悲しみを長く一人で抱え込み続けた末に、本作の犯人として一線を越えてしまった人物として描かれる。その犯人像は、単純な悪役にとどまらない。毛利小五郎という探偵が背負う職業意識の重さと、彼が当時届けきれなかった『遺族へのもう一言』。それが長い歳月を経て、ふたたび本人の前に差し出される——そうした構造のなかに、この犯人は造形されている。
観覧車
ブレスレットの解除装置を握りしめたジャックは、自らの最後の独白の舞台として、ミラクルランドの観覧車を選んだ。ブレスレットを巻かれたままの5人——そのうちの一人、毛利小五郎本人を観覧車に同乗させ、夕暮れの空へとゴンドラを上昇させていく。地上に残されたコナンと平次は、観覧車の動線と園内のスタッフ配置を瞬時に読み取り、ジャックの最終的な狙いがどこにあるのかを推理していく。
観覧車のゴンドラの中で、ジャックは毛利小五郎に向かって、長い年月のあいだ抱え続けてきた「一言の答え合わせ」を、ようやく彼の口から聞きたかったのだと短く語る。毛利小五郎は、当時の自分があの一人の遺族に声を掛けきれなかったことを、当時のままの後悔として認める。そして、探偵という職業を続けるかぎり、解き終えた事件の遺族のもとへもう一度戻り直すことを絶対に怠らない——その趣旨の言葉を、ジャックの目を見据えて告げる。ゴンドラの窓越しには、夕暮れの東京の景色が広がっていく。
観覧車が頂上に達するのは、ちょうど閉園時間のタイムリミットと重なる瞬間だ。コナンは地上の管制室に潜り込み、阿笠博士の協力のもと、ジャックが用意した自爆装置の作動を外部から無効化する。毛利小五郎はジャックの手を握り、あなたを警察に引き渡すが、その後の長い時間をかけて、あなたが背負ってきた悲しみのもう一段先の出口を探す手伝いをすると約束する。ジャックは静かに頷き、ゴンドラが地上へ降りていく数十秒のあいだに、本作のクライマックスは静かに収束していく。
終幕
事件が落ち着いた直後、ミラクルランドの夜空に閉園後の打ち上げ花火が上がる。5人の人質の腕からブレスレットは無事に外され、毛利蘭・鈴木園子・服部平次・遠山和葉・毛利小五郎は、互いの無事をひと言ずつ確かめ合いながら、夜の遊園地のメイン通りで花火を見上げる。少年探偵団の吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦・灰原哀は、阿笠博士と並び、一日中走り回った成果がいま頭上の夜空に咲いていることを、それぞれの表情で見入る。
コナンと服部平次は、メイン通りの少し外れた位置で、互いの推理を労うように短く言葉を交わす。10周年記念作で二人が並んで動いたことの意味を、敢えて口に出さないまま視線で共有してみせる。和葉は平次の隣で、大阪から東京の遊園地まで連れて来られた一日の長さを、笑顔で受け止める。遠くでは目暮警部・白鳥警部・佐藤刑事・高木刑事が、ジャックの身柄を受け取った報告を地上の関係者と取り交わし、その姿が夜空の花火の光に染まる。
蘭は、コナンの隣でしばらく花火を見上げたあと、腕にブレスレットが巻かれていた数時間のことを思い返す。コナンが新一の声色で『絶対に外させる』と短く言ってくれた瞬間は、夢の輪郭でしか思い出せないと苦笑する。コナンは敢えて何も言わず、彼女の隣に並んで夜空を見上げる。本作の蘭とコナンの関係の温度は、言葉ではなく『同じ花火を一緒に見上げている』というかたちで、観客の側に手渡される。
エンディングでB'zの『ゆるぎないものひとつ』のイントロが流れ始めるとき、登場人物たちが一日のうちにミラクルランドでくぐり抜けた風景が、観客の側にもう一度立ち上がる——観覧車、ジェットコースター、お化け屋敷、迷路、屋内ステージ、シューティングアトラクション、そして夕暮れの観覧車のゴンドラの中の数十秒。本作の幕は、夜空の花火の光と、シリーズ10周年を背負った主要レギュラーの笑顔の輪郭とともに、静かに閉じる。
登場要素
本作に登場、あるいは言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理しておこう。シリーズ10周年の記念作にふさわしく、レギュラー陣がほぼ全員顔を揃える顔ぶれだ。並ぶ固有名詞は、鑑賞の手がかりとして眺めておけばよい。
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 鈴木園子
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 吉田歩美
- 小嶋元太
- 円谷光彦
- 服部平次
- 遠山和葉
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎警部
- 佐藤美和子刑事
- 高木渉刑事
- 東京の毛利探偵事務所
- 大阪府警関係者(平次の伝手による調書照会)
- ミラクルランド運営チーム(園内スタッフ・警備員・管制室オペレーター)
- ジャック(本作の犯人を名乗る人物/ミラクルランド園内スタッフのひとり)
- 毛利小五郎の過去3つの事件の被害者・関係者(断片的に手がかりとして登場)
- 第三の事件の遺族の少年(ジャック本人の原型/劇中では成人後の姿で再登場)
- ジャックの正体は、毛利小五郎が過去に手掛けた第三の事件の遺族の少年が、長い年月のあいだ悲しみと怒りを内面で育てたまま成長した姿で、ミラクルランドのスタッフに紛れ込んでいた若い男性
- ジャックは5人の人質を本気で殺害するつもりはなく、本作のゲームは毛利小五郎本人に当時の事件の解と当時届けきれなかった『遺族へのもう一言』を彼自身の口で語らせるためのものとして設計された
- ブレスレットの解除装置は最終的にジャック本人が握ったまま、観覧車のゴンドラの上で毛利小五郎の独白を聞き終え、地上で警察に身柄を引き渡される結末を選ぶ
- 毛利小五郎は、自分が探偵を続けるかぎり、解き終えた事件の遺族のもとへもう一度戻り直すことを絶対に怠らない、と本作の終盤でジャックに対して告げる
- 5人の人質(毛利小五郎・毛利蘭・鈴木園子・服部平次・遠山和葉)はいずれも無事に救出され、閉園後の打ち上げ花火を全員で見上げる結末となる
- 東京・後楽園周辺をモデルにした複合遊園地『ミラクルランド』
- ミラクルランド園内のお化け屋敷・迷路・シューティングアトラクション・屋内ステージ・メリーゴーラウンド・ジェットコースター
- ミラクルランドのシンボル的存在である観覧車(本作のクライマックスの舞台)
- 毛利探偵事務所(朝の招待状受け取りの起点)
- ミラクルランド地下の管制室(コナンと阿笠博士が解除装置の無効化を試みる場所)
- 時限式電子ブレスレット(外側からは外せず、ミラクルランド敷地の外周を越えると作動する設計)
- ジャックが園内に仕込んだ手がかりの欠片(現場写真の複製、遺留品の複製、調書の一頁の断片、関係者の手記)
- 閉園時間というタイムリミット
- ボイス・モジュレーターを通したジャックの園内放送
- 阿笠博士の探偵バッジ型トランシーバー(少年探偵団との連携)
- コナンの腕時計型麻酔銃・蝶ネクタイ型変声機・キック力増強シューズ
- 服部平次のカガミ(大阪府警側の伝手)と原チャリ(大阪から東京まで駆け付けるための足)
- 観覧車のゴンドラの窓越しに広がる夕暮れの東京の景色
- 主題歌:B'z「ゆるぎないものひとつ」(作詞:稲葉浩志/作曲:松本孝弘)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:神谷明(当時)
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 服部平次:堀川亮
- 遠山和葉:宮村優子
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- 目暮十三:茶風林
- 白鳥任三郎:井上和彦
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
13主要登場人物
本作の登場人物の布陣は、シリーズ10周年記念作にふさわしく、コナン、蘭、小五郎、園子、平次、和葉、少年探偵団、灰原哀、阿笠博士、目暮警部、白鳥警部、佐藤刑事、高木刑事と、主要レギュラーがほぼ全員顔を揃える。そのうえで、毛利小五郎自身が過去に手がけた事件を辿り直すという物語の構造から、本作の重心は小五郎と、彼の過去の事件で遺族として現れる犯人ジャックの二人に置かれている。
江戸川コナン/工藤新一
本作のコナンは、ミラクルランドという、まる一日まるごと借り切ったような舞台のなかで、いくつもの役割を同時に背負う。毛利小五郎が過去に手がけた事件の真相を組み立て直す役。5人の人質の命を守る役。そして少年探偵団、灰原、平次、和葉と、手分けして動くメンバーをまとめあげる役。劇場版第10作の時点で、コナンはすでに数多くの作品で複数の役目を一手に引き受けてきた名探偵だが、本作はそのなかでも、とりわけ『集団で動くコナン』としての顔が前面に押し出された一本である。
彼は本作で、毛利小五郎の過去の事件を辿り直していくうちに、ある感覚を胸に抱える。自分が新一として、工藤優作と工藤有希子のもとで過ごした時間。そして毛利小五郎が探偵稼業を続けてきた長い時間。その二つが、どこかで静かに重なり合っているのではないか――はっきりと言葉にはしないまま、その思いを抱えたまま物語は進む。観覧車のゴンドラが地上へと降りていく数十秒間、管制室からそれを見上げるコナンの視線には、毛利小五郎への敬意と、毛利蘭の父である彼に向けたかすかな共犯めいた感覚とが、同時に滲んでいる。
関連リンク
毛利小五郎
本作の真の主役は毛利小五郎である。シリーズの劇場版を見渡しても、これほど毛利小五郎の探偵としての過去と職業意識の重さを正面から描いた作品はほとんどない。ブレスレット装着の直後に頭部を強打して記憶を失い、自らが手がけた過去の事件さえ薄い霧の向こうにかすむばかり。そんな毛利が、コナン、平次、少年探偵団の手で組み直されていく事件の解を、ひとつずつ自分の言葉として受け止め直していく。その長い時間こそが、本作の毛利小五郎の輪郭を形づくっている。
第三の事件で記憶が戻り始める毛利小五郎の独白は、本作で最も重要なシークエンスのひとつだ。普段はだらしのない酔っ払い探偵として登場する彼の奥に、ずっと隠されてきたもの——『解き終えた事件の遺族のもとへもう一度戻り直すことを怠らない』という探偵としての矜持が、神谷明(当時)の声によって静かに観客へと手渡される。観覧車のゴンドラの中で、ジャックの目を見つめて語る数十秒間。シリーズにおける毛利小五郎の造形のなかでも、とりわけ強く記憶に残る一幕である。
関連リンク
毛利蘭
本作の蘭は、時限式の電子ブレスレットを巻かれた5人の人質のひとりだ。ミラクルランドの敷地の外周を越えれば、その瞬間に命を奪われる。だが蘭はその制約のもとでも、父・毛利小五郎の身を案じ続ける娘であり、同時に、傍らのコナンへ微かな信頼を寄せる女子高生でもある。ふたつの顔をひとりで背負うのだ。蘭の場面の多くは、ブレスレットの液晶ディスプレイを見つめながらも、まず父の安全をコナンと平次に託す方向で動いていく。
観覧車のゴンドラが上昇していく数十秒、それを地上から見上げる蘭は、父があの上で何を語ろうとしているのかを案じ続ける。山崎和佳奈の声は、その微妙な震えを声色のなかに丁寧に仕込んでみせる。閉園後、打ち上げ花火を見上げる蘭が、腕に巻かれていたブレスレットの感触を確かめながら、コナンの隣で薄く笑う。そのわずか数秒は、終盤の救いの中心のひとつだ。
関連リンク
服部平次・遠山和葉
シリーズ10周年記念作となる本作で、平次と和葉は東京のレギュラー陣に並ぶもう一組の探偵カップルとして、その存在感をはっきりと示す。平次は毛利小五郎がかつて手掛けた事件の調書を、大阪府警の伝手を辿って速やかに取り寄せ、コナンと並んで第三の事件の核心を再構築する役目を担う。その傍らで動くのが和葉だ。地理に不案内な東京の遊園地で、平次の捜査をその足となって支え続ける。
本作の平次と和葉は、自らもブレスレットを巻かれた5人の人質のうちの二人として、命を背負ったまま動く重さを抱え込む。堀川亮と宮村優子の声は、シリーズの中でもとりわけ本作の二人の出番が持つ重みを引き受け、ミラクルランドの賑わいと、人質という過酷な制約との落差を、二人の掛け合いの中で繊細に描き分ける。観覧車のゴンドラが地上へと降りていく最終盤のわずか数十秒、地上で平次と和葉が互いの無事をひと言ずつ確かめ合う姿は、二人の関係の温度を観客へと手渡す、本作の重要な場面である。
関連リンク
少年探偵団と灰原哀
本作の少年探偵団は、シリーズの劇場版のなかでも、それぞれの見せ場が特に均等に配されている一本だ。吉田歩美はミラクルランドのメイン通りで通行人の証言を集め、小嶋元太はジェットコースターのカートのあいだから遺留品の複製を見つけ出し、円谷光彦はお化け屋敷の暗がりで写真の手がかりを拾い上げる。岩居由希子、高木渉、大谷育江の声は、捜査の足取りを賑やかに支える三人の層を、声色の側からしっかりと立ち上げてみせる。
灰原哀は、少年探偵団の三人と並んで動きつつ、回収された手がかりを冷静に照合し、事件の輪郭を組み立てていく。子ども向けの推理アニメのレギュラーとしては異例なほど「大人の科学者の視点」を保ったキャラクターであり、捜査の現場での振る舞いは、観客に向けた「静かな解説役」として働く。林原めぐみの声色は、過剰に感情を見せない冷静さのなかに、それでも毛利小五郎の独白の数分間にわずかに揺れる温度を、本作の灰原へとそっと忍ばせている。
犯人ジャック
本作の犯人ジャックは、毛利小五郎がかつて手掛けた第三の事件で遺族となった少年だ。悲しみと怒りを長い年月のあいだ胸の奥で育てたまま、若い男性へと成長した。彼はミラクルランドの園内スタッフのひとりに紛れ込み、本作のゲームを準備していた人物である。その動機は、単純な金銭欲でも怨恨でもない。当時の事件の解を毛利小五郎自身の口で改めて語らせ、一人の遺族に対して何を届けきれなかったのかを、本人の言葉として認めさせる——それがジャックの願いとして描かれる。
彼に5人の人質の命を本気で奪う気はなかった。ブレスレットの解除装置を最後まで自らの手に握ったまま、毛利小五郎の独白を聞き終えるまでの時間を引き延ばす。『ここで彼の言葉を聞きたかった』——ただそのためだけに、本作のゲームは設計されていた。観覧車のゴンドラの中で毛利小五郎の言葉を受け取った彼は、その手を握り返し、地上で警察に身柄を引き渡される結末を選ぶ。本作の犯人造形は、単純な悪役ではない。毛利小五郎が探偵として背負う職業意識の重さと、彼が当時届けきれなかった『遺族へのもう一言』が、長い年月を経て本人の前にもう一度差し出される——そうした構造として作られているのだ。
舞台と用語
舞台は、東京・後楽園周辺をモデルにした巨大な複合遊園地『ミラクルランド』。観覧車、ジェットコースター、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、迷路、シューティングアトラクション、屋内ステージと、ジャンルの異なるアトラクションを一日で巡れるほど広大な敷地が、まる一日かけて本作のメイン舞台となる。シリーズの劇場版を見渡しても、『遊園地』というロケーションそのものを一作の主役に据えた例はそう多くない。
用語面では、『ミラクルランド』『時限式電子ブレスレット』『閉園時間というタイムリミット』『毛利小五郎の過去3事件』『ジャック』『観覧車』が物語の鍵を握る。とりわけ『観覧車』はクライマックスの舞台として、『閉園後の打ち上げ花火』はラストの救いの象徴として、本作の聴覚的・視覚的な記憶の中心に置かれている。シリーズ10周年記念作という位置付けもあり、その用語の多くは『シリーズ全体の集大成』としての性格を帯びているのだ。
21制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年公開の第1作『時計じかけの摩天楼』から数えて本作で10作目を迎えた。文字どおりのシリーズ10周年記念作として企画・制作された一本である。第1作から9作目まで一貫して監督を務めてきたこだま兼嗣からの世代交代が、ここで明確な形を取った。以降の劇場版シリーズの基本的な演出を山本泰一郎が長く手がけていく、その出発点となった作品である。
企画と脚本
脚本を手がけたのは古内一成。シリーズ第2作『14番目の標的』を担当した書き手として知られ、その第2作でも毛利小五郎の過去を主題に据えた構成が高く評価された。本作はシリーズ10周年という節目にあたり、再び小五郎の過去に光を当て、探偵という職業を背負う者の覚悟を正面から描く脚本として組み立てられている。古内が紡いだ本作の脚本は、シリーズの脚本史を語るうえでも象徴的な一本といえるだろう。
本作の脚本における大きな決断は、毛利小五郎自身に記憶喪失を負わせ、彼が手がけた過去の事件を、コナン、平次、少年探偵団、灰原、和葉といったレギュラー陣が手分けして辿り直すという、劇場版でも珍しい集団推理の形を選んだ点にある。10周年記念作にふさわしく、レギュラーがほぼ全員顔をそろえた配置を生かす構成として組まれており、その意味でも本作は「シリーズの集大成」の名に恥じない仕上がりとなった。
監督と演出
監督は山本泰一郎。劇場版『名探偵コナン』の監督を本作で初めて務めた。シリーズは第1作『時計じかけの摩天楼』から第9作『水平線上の陰謀』まで、一貫してこだま兼嗣が監督を担ってきた。その世代交代がここで明確な形を取る。以降、劇場版シリーズの基本となる演出を長く支えていくのが山本泰一郎であり、その出発点として本作は記憶される。
本作で山本泰一郎が組み立てる画面構成は、ミラクルランドという舞台の広がりを活かした俯瞰のショットと、観覧車のゴンドラの内部、お化け屋敷の暗がり、迷路の壁面、屋内ステージの楽屋裏といった「閉じた小空間」のショットとを、丁寧に書き分ける点にある。集団推理の足取りを観客の側へ届ける、その重心がここに置かれている。とりわけ夕暮れの観覧車のゴンドラが上昇していく数十秒間、そして閉園後の夜空に上がる打ち上げ花火の数十秒間は、本作でもっとも視覚的な密度の高いシークエンスとして構成されている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。シリーズで長くタッグを組んできたスタジオが、本作でも背景美術・作画・撮影の三本柱を支えた。シリーズ10周年記念作として、レギュラー陣がほぼ全員集合する。それぞれのキャラクターの作画の質を均等に保つこと——これが本作のアニメーション制作上、最大の課題のひとつであった。
ミラクルランドの広大な敷地を、一作のなかで連続した地理感のもとに立ち上げる。観覧車、ジェットコースター、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、迷路、シューティングアトラクション、屋内ステージ、メイン通り、地下管制室——この仕事もまた、制作陣がもっとも時間を割いた領域のひとつとされる。夕暮れの観覧車のゴンドラから見下ろす東京の景色、そして閉園後の夜空に上がる打ち上げ花火。この作画こそ、クライマックスを視覚的に支える本作の見せ場である。
音楽と主題歌
音楽は大野克夫。劇場版『名探偵コナン』のメインテーマを長く担当してきた、本シリーズの音楽の顔である。本作の劇伴で、大野は実に多彩な表情を一つのオーケストレーションのなかに繊細に書き分けてみせる。朝のミラクルランド開園に漂う祝祭感、ブレスレットを装着した直後の緊迫、少年探偵団が手分けして捜査に走る賑わい、第三の事件の手がかりが少しずつ組み上がっていく数分間の重さ、毛利小五郎が独白する場面の静けさ、そして観覧車のゴンドラが上昇していく数十秒間の祈り——そのいずれもが、音によって鮮やかに描き分けられていく。
主題歌はB'zの『ゆるぎないものひとつ』(作詞:稲葉浩志/作曲:松本孝弘)。B'zは劇場版『名探偵コナン』の主題歌をこれまで複数回手がけてきたバンドであり、本作のために書き下ろされた『ゆるぎないものひとつ』は、シリーズのなかでも特に長く愛聴されてきた一曲だ。エンディングでこの楽曲が静かに流れ始めると、登場人物たちが一日のうちにミラクルランドでくぐり抜けてきた数々の風景が、観客の胸のうちにもう一度立ち上がってくる。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、神谷明の小五郎(当時)、松井菜桜子の園子、堀川亮の平次、宮村優子の和葉、緒方賢一の阿笠博士、林原めぐみの灰原哀、岩居由希子・高木渉・大谷育江の少年探偵団、茶風林の目暮十三、井上和彦の白鳥任三郎、湯屋敦子の佐藤美和子、高木渉の高木刑事——シリーズのレギュラー陣が、本作でも安定した芝居を聞かせる。シリーズ10周年記念作として、これだけの顔ぶれが一本の劇場版に揃った機会そのものが、本作の聴覚的な見どころのひとつだ。
とりわけ神谷明(当時)の毛利小五郎である。第三の事件で記憶が戻り始めた数分間に見せる声色の繊細な揺れ、そして観覧車のゴンドラの中でジャックの目を見つめて告げる独白の数十秒間は、本作の聴覚的な記憶の中心と言っていい。普段はだらしのない酔っ払い探偵として演じられる毛利小五郎。その奥にずっと隠されてきた『探偵としての職業意識の重さ』が、神谷明の声によって静かに観客の側へ手渡される。
犯人ジャック役の声優は、ミラクルランドのスタッフのひとりとして紛れ込んだ若い男の声を、抑えた質感で演じる。ボイス・モジュレーターを通した園内放送の声と、観覧車のゴンドラ上で素のまま語る声。その落差を収録の段階で繊細に書き分けた仕事は、本作の犯人造形を支える聴覚面の要だ。
アクションとサスペンス演出
本作のアクション設計は、性格の異なる二種類のサスペンスを並走させる。一方は、ミラクルランドの広大な敷地を縦横に駆けめぐる少年探偵団・灰原・平次・和葉の足取りを追うもの。もう一方は、観覧車のゴンドラ上昇というクライマックスの密室劇だ。前者では、お化け屋敷の暗がり、迷路の壁面、ジェットコースターのカートの隙間、シューティングアトラクションの最終ステージの裏、屋内ステージの楽屋裏と、ジャンルの異なるアトラクションの内部を次々と舞台に変えていく。それでいて全体が一続きの地理として立ち上がっていくところに、本作ならではの作り込みがうかがえる。
後者では、夕暮れの観覧車のゴンドラが地上から頂上へと上昇していく数十秒間と、地上の管制室でコナンと阿笠博士が解除装置の作動を外部から無効化する数十秒間とを、離れた二つの場所のカットバックとして交互につないでいく。観覧車の窓越しに広がる夕暮れの東京の景色、そして地上の管制室に並ぶ電子回路のクローズアップ。この二つの画面が交錯し、クライマックスの数分間を、息を継がせない長い緊張として観客に届ける。
28公開と興行
本作は2006年4月15日に日本で全国公開され、最終的に約30.3億円の興行収入を記録した。劇場版『名探偵コナン』としては当時の歴代興行水準を一段押し上げ、シリーズが春の定番大作として観客に定着したことを示す節目の一本となった。後続作はこの水準をさらに塗り替えていくが、その起点となる興行を築いた作品として、本作は繰り返し語られている。
公開後の語り継がれ方も根強い。シリーズ10周年記念作という位置付けの分かりやすさと、毛利小五郎自身の過去の事件を辿り直すという脚本の重さが、公開当時から現在に至るまでファンの語らいの中心に居続けてきた。歴代の劇場版『名探偵コナン』のベストを問うアンケートや読者投票でも、本作はシリーズ初期から中期を代表する一本として、安定して上位に挙げられ続けている。
テレビ放送は公開翌年以降、日本テレビ系『金曜ロードショー』の枠で繰り返し放送され、その後も劇場版『名探偵コナン』が公開される春の時期に合わせ、過去シリーズの代表例としてたびたび再放送されてきた。配信面でも、複数の動画配信サービスで長く視聴可能な状態が続いており、シリーズの集大成的な一本として、いまも参照され続けている。
29批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は、大きく三つに分けられる。第一は、シリーズ10周年記念作として、コナン、蘭、小五郎、園子、平次、和葉、少年探偵団、灰原、阿笠博士、目暮警部、白鳥警部、佐藤刑事、高木刑事と、主要レギュラーがほぼ全員顔をそろえた人物配置の見事さである。シリーズの劇場版を見渡しても、本作ほど一本の中にレギュラーが勢ぞろいして動く作品はそう多くない。10周年の節目にふさわしい構成として、公開当時から今に至るまで高い評価を受け続けている。
第二は、毛利小五郎自身の過去の事件を辿り直すという脚本の選択である。古内一成の脚本は、シリーズ第2作『14番目の標的』に続いて再び毛利小五郎の過去を主題に据え、探偵としての職業意識の重さを正面から描く。本作の毛利小五郎の造形は、シリーズの劇場版でも特に重い一例として、今なお評論家とファンの双方から繰り返し参照されている。
第三は、山本泰一郎が監督に初めて立ち、シリーズの世代交代を象徴する一本となった点である。第1作『時計じかけの摩天楼』から第9作『水平線上の陰謀』まで一貫して監督を務めてきたこだま兼嗣からの世代交代が、ここで明確な形を取った。以降の劇場版シリーズの基本となる演出を、山本泰一郎が長く担っていく。その出発点として、本作はシリーズ史のなかで特別な位置を占めている。
舞台裏とトリビア
本作はシリーズ10周年記念作であり、原作者の青山剛昌が企画段階から特に深く関わったとされる一本だ。コナン、蘭、小五郎、園子、平次、和葉、少年探偵団、灰原、阿笠博士、目暮警部、白鳥警部、佐藤刑事、高木刑事——主要レギュラーをほぼ全員、一本の劇場版に集結させる。この大胆な構成の判断には、「10周年だからこそできる集大成を作りたい」という青山剛昌自身の意向が色濃く反映されている。
脚本を手がけた古内一成は、シリーズ第2作『14番目の標的』に続き、ここでも毛利小五郎の過去を主題に据えた。「一人の遺族のもとへもう一度戻り直す探偵」というモチーフが本作の構成のなかで繰り返し前面に出るのは、第2作との間に通底する古内一成自身の作家性のあらわれといえる。シリーズの脚本史をたどるうえで、改めて参照したい連続性だ。
本作で監督に初めて起用された山本泰一郎は、テレビアニメ『名探偵コナン』の演出として長くシリーズを支えてきた人物である。その登板は、世代交代の自然な流れのなかで下された決定だった。以降、劇場版シリーズの基本演出は山本泰一郎が長く担っていくことになる。その意味でも、本作はシリーズ史の節目に位置している。
主題歌『ゆるぎないものひとつ』を歌うB'zは、劇場版『名探偵コナン』の主題歌に複数回起用されてきた。本作のために書き下ろされた『ゆるぎないものひとつ』は、稲葉浩志・松本孝弘による作詞・作曲のロックバラードであり、シリーズのなかでも特に長く愛聴されてきた一曲だ。エンディングでこの楽曲が流れ始めるとき、登場人物たちがミラクルランドでくぐり抜けた一日の風景が、観客の胸に再び立ち上がる。
31テーマと解釈
本作の中心テーマは、解き終えた事件のあとに残された者たちである。探偵を続けてきた長い歳月のなかで、毛利小五郎が解決した事件には、当時の彼が届けきれなかった遺族へのもう一言が必ず残されている——その認識が、物語の核に据えられている。子ども向け推理アニメの劇場版という枠のなかで、過剰な説教に陥ることなく、このテーマを誠実に扱ってみせた一本である。
もうひとつのテーマは、探偵という職業意識の重さだ。普段はだらしのない酔っ払い探偵としてシリーズに登場する毛利小五郎。その奥にずっと隠されていたのは、解き終えた事件の遺族のもとへもう一度戻り直すことを怠らない、探偵としての矜持である。本作ではその思いが、わずか数分間の独白を通して観客へと手渡される。シリーズの劇場版のなかでも、ここで小五郎が背負う重さは際立つ。探偵としての過去の自分と、彼は正面から向き合わされるのだ。
そして三つ目のテーマが、シリーズ10周年を背負う集大成である。コナン、蘭、小五郎、園子、平次、和葉、少年探偵団、灰原、阿笠博士、さらには警視庁のレギュラー陣まで揃った布陣のもと、毛利小五郎自身の過去事件を辿り直していく。この構造は、まさに集大成と呼ぶにふさわしいテーマの選択だ。ラストで夜空に上がる打ち上げ花火には、10年の歳月のあいだ積み重ねられてきた事件と人物のすべてへ向けた、スタッフからの鎮魂の意味も込められている。
副題『鎮魂歌(レクイエム)』は、観覧車のゴンドラの上で語られる毛利小五郎の独白と、閉園後の夜空に上がる打ち上げ花火。その二つのあいだに横たわる長い時間に対する、本作のもっとも静かな捧げものでもある。本作が長く愛されてきた理由は、シリーズ10周年という節目を過剰な祝祭としてではなく、解き終えた事件の遺族への鎮魂の歌として扱った、その脚本の重さにある。
32見る順番
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結であり、本作も初見の観客に特別な予備知識を求めないサスペンスとして組み立てられている。原作『名探偵コナン』のごく基本的な人物関係——コナンが工藤新一の縮んだ姿であること、毛利蘭が新一の幼馴染であること、毛利小五郎が蘭の父で探偵を営んでいること、鈴木園子が蘭の親友で鈴木財閥の令嬢であること、服部平次と遠山和葉が大阪の探偵カップルであること、灰原哀と少年探偵団の存在、目暮警部以下警視庁の刑事陣の存在——さえ押さえておけば、十分に楽しめる。
シリーズの公開順に沿って観るなら、前作にあたる劇場版第9作『水平線上の陰謀』を観てから本作のシリーズ10周年の集大成感に立ち会い、次作の劇場版第11作『紺碧の棺』へと進む流れが最も分かりやすい。シリーズ10周年記念作という位置付けだけに、本作の前にできるだけ多くの劇場版を観ておけば、レギュラー陣総出演の華やかさをいっそう深く味わえるはずだ。
本作のテーマや雰囲気と並べて楽しめる劇場版としては、毛利小五郎の過去を主題に据えた劇場版第2作『14番目の標的』、平次と和葉が中心に立つ劇場版第7作『迷宮の十字路』、シリーズの集大成感が漂う劇場版第6作『ベイカー街の亡霊』などが挙げられる。劇場版『名探偵コナン』の全体像を体系的に把握したいなら、公開順ガイドや初心者向けガイドをあわせて読むことを勧めたい。
33よくある質問
「あらすじだけ知りたい」人へ。シリーズ10周年記念作にあたる本作の大枠はこうだ。コナン、蘭、小五郎、園子、平次、和葉、少年探偵団、灰原が遊園地『ミラクルランド』を訪れる。そこへジャックを名乗る犯人が現れ、小五郎、蘭、園子、平次、和葉の5人に時限式の電子ブレスレットを装着。閉園時間までに毛利小五郎が過去に解決した3つの事件をもう一度すべて解いてみせろ、と要求する。コナンと平次、少年探偵団・灰原が手分けして手がかりを集め、やがて毛利小五郎自身の独白でゲームをクリア。観覧車でのクライマックスを経て、閉園後の打ち上げ花火とともに幕を閉じる。
「結末・ネタバレを知りたい」人へ。核となるのは次の点だ。犯人ジャックの正体は、毛利小五郎が過去に手がけた事件の遺族の少年が成長した姿であり、ミラクルランドの園内スタッフに紛れ込んでいた若い男性だった。その動機は金銭でも怨恨でもなく、当時の事件の解と、当時届けきれなかった遺族へのもう一言を、毛利小五郎自身の口で語らせることにあった。やがて毛利小五郎は観覧車のゴンドラの中で当時の自分の足りなさを認め、探偵を続けるかぎり、解き終えた事件の遺族のもとへもう一度戻り直すことを絶対に怠らないと告げる。5人の人質はいずれも無事に救出され、閉園後の打ち上げ花火を全員で見上げる。
「犯人は誰か」。答えは、ミラクルランドの園内スタッフのひとりに紛れ込んでいた若い男性で、毛利小五郎の過去の事件の遺族の少年が成長した姿である。「動機」はどうか。単純な金銭欲でも怨恨でもない。毛利小五郎自身に、当時の事件の解と、当時届けきれなかった『遺族へのもう一言』を彼自身の口で語らせるためのもの、と整理できる。
「初見でも見られるか」。本作は単体で完結しているため、初見でも問題なく楽しめる。ただしシリーズ10周年記念作という位置付けだけに、本作の前にできるだけ多くのシリーズの劇場版を観ておけば、レギュラー陣総出演の華やかさをいっそう深く味わえるだろう。「主題歌は誰の曲か」。劇場版の主題歌には、B'zの『ゆるぎないものひとつ』(作詞:稲葉浩志/作曲:松本孝弘)が全面的に起用された。
「興行はどうだったか」。興行収入約30.3億円を記録し、シリーズが『毎年春の定番大作』として観客に定着したことを示す、節目の一本となった。「シリーズで人気が高いのか」。シリーズ10周年記念作という位置付けの分かりやすさ、そして毛利小五郎自身の過去事件を辿り直すという脚本の重さから、『劇場版『名探偵コナン』歴代ベスト』を問うあらゆるアンケートで安定して上位に挙げられ続けている。まさにシリーズを代表する一本だ。
34参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部の評価は変動するため、視聴前に公式サイトや各データベースの最新情報を確認されたい。本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。