『名探偵コナン 業火の向日葵』は、2015年に公開された劇場版アニメ『名探偵コナン』シリーズ第19作である。ファン・ゴッホ『ひまわり』七連作の一枚を落札した鈴木次郎吉は、残る五枚を東京に集めて公開しようと企てるが、そこに怪盗キッドと、連作を焼いて全てを灰へ還すと宣言する謎の芸術鑑定家が現れる。
炎の海と化したスカイミュージアムを舞台に、コナンと服部平次が事件の真相と絵画の行方を奪い合う。
00概要
『名探偵コナン 業火の向日葵』(めいたんていコナン ごうかのひまわり)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画である。2015年4月18日、東宝の配給で公開された。劇場版シリーズの第19作にあたり、監督は静野孔文、脚本は櫻井武晴、音楽は菅野祐悟が手がけた。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は112分である。
物語の柱となるのは、フィンセント・ファン・ゴッホが晩年に描いた『ひまわり』の連作だ。実在の名画を題材にした美術ミステリーである。幕開けはニューヨークの競売場。日本人実業家・鈴木次郎吉が、ゴッホの『ひまわり』を高額で落札する。次郎吉は世界に散らばる六枚の『ひまわり』を東京・スカイミュージアムに集め、一大展覧会を開こうと動き出す。輸送から展示まで、警備には莫大な労力が注がれていく。そこへ「ひまわりは灰になる時を待っている」との予告状を残し、怪盗キッドが現れる。
コナンと服部平次は次郎吉に請われ、警備に加わる。輸送機の機内、海上要塞さながらの美術館、そして炎に包まれる展示室――行く先々で、二人はキッドだけではない第二の侵入者と対峙していく。やがて明かされる犯人は、芸術鑑定家・葉村奉太郎。その動機は、太平洋戦争の空襲で焼失したとされる七枚目の「芦屋のひまわり」と深く結びついている。派手な空中戦と火災のスペクタクルにとどまらず、美術を「守る」とはどういうことかという問いを物語の中心に据えた一作だ。
本記事は、結末、犯人、動機、最後に焼かれる一枚、そしてラストカットまで、全編の内容に踏み込んでいく。物語の驚きを大切にしたいなら、まず本編を観てから戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン 業火の向日葵
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第19作
- 監督
- 静野孔文
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 菅野祐悟
- 主題歌
- ポルノグラフィティ「オー!リバル」
- 日本公開
- 2015年4月18日
- 上映時間
- 112分
- ジャンル
- 美術ミステリー、アクション、サスペンス
01あらすじ
ここから先は、結末までを含む全編のあらすじである。物語が幕を開けるのは、ニューヨーク・サザンビーの競売場。次郎吉が一枚の『ひまわり』を落札する場面から、すべては動き出す。やがて舞台は輸送機の機内へと移り、怪盗キッドが暗躍する。さらに東京湾に浮かぶ海上美術館「スカイミュージアム」には予告状が届き、小さな事件が立て続けに起こっていく。そして迎える最終夜、展示室を大火災が呑み込む。その背後にいた一人の鑑定家の動機へと、すべては静かに収束していく。
ニューヨーク・三億ドルの落札
幕開けの舞台はアメリカ・ニューヨーク。世界的なオークションハウスの大広間に、フィンセント・ファン・ゴッホが晩年に描いた『ひまわり』連作の一枚——通称「芦屋のひまわり」とは別系統で、損保ジャパンが所蔵していたものに準じる『ひまわり』——が出品される。各国の大富豪や美術商が競って値を吊り上げるなか、最後に手を挙げ、沸き立つ会場を一瞬で黙らせたのは日本人実業家・鈴木次郎吉だった。次郎吉は約三億ドルという法外な額で『ひまわり』を競り落とし、ライバルたちを呆然とさせる。
次郎吉の狙いは、単なる蒐集ではない。世に七枚あるとされるゴッホの『ひまわり』連作のうち、戦時下で焼失したとされる「芦屋のひまわり」を除く六枚をすべて東京に集め、史上初の大展覧会を開こうというのだ。会場には、東京湾上に建てられた海上美術館「スカイミュージアム」を用意している。記者会見で計画を高らかに宣言する次郎吉に、海外メディアは「日本人が芸術を金で独占するつもりか」と批判を浴びせる。だが当人はまるで意に介さない。
ニューヨークの夜、ホテルへ戻る次郎吉の前に、コナンと毛利小五郎、蘭が姿を現す。「東京での輸送と展示の警備を任せたい」と持ちかけられた小五郎は、二つ返事で引き受ける。一方コナンは、内心で「またキッドが出るのか」と感じ取っていた。果たして翌朝、ホテルのルームサービスに紛れて一通の薔薇カードが届く。そこには、世界中の美術関係者を凍りつかせる一文があった。「日本に集う六枚のひまわり、いずれは灰になる時を待っているのだろう——KID」。
輸送機ジャック
舞台は太平洋上空へと移る。落札された『ひまわり』をスカイミュージアムへ運ぶため、鈴木財団は専用の輸送機をチャーターしていた。機内に積み込まれた梱包箱を囲むのは、警備会社の人員、次郎吉、コナン、小五郎、蘭。そこへ大阪から駆けつけた服部平次と遠山和葉、さらにニューヨークで同行を申し出た女性鑑定家の朝倉一臣ら関係者が加わる。コナンは機内を見渡し、「敵がいるとすればこの中だ」と全員に目を配る。
巡航高度に達したころ、機内の照明が一斉に落ちた。電源系統が妨害されたのだ。慌てた警備員のひとりが拳銃を抜く。その瞬間、別の制服姿の人物が手刀でその腕を制し、瞬く間に三人の偽乗員を縛り上げてしまう。マントを翻し、白いシルクハットをかぶり直して名乗りを上げるのは、もちろん怪盗キッド。『ひまわり』の梱包箱の前に立ち、観客にだけ見える微かな笑みを浮かべる。
コナンはキッドと並んで偽乗員を取り押さえながら、すばやく状況を読み替えていく。輸送機を狙う本物の襲撃者は別にいて、偽の警備員に化けて潜り込んでいた。その狙いは『ひまわり』を奪うことではなく、「壊す」こと。そして黒幕はこの機内にはいない——コナンは早くもそう疑い始める。輸送機は無事に成田へ着陸し、『ひまわり』はスカイミュージアムへ搬入された。表向きの危機を退けた次郎吉は満足げだが、コナンの胸の内では「ニューヨークの予告状はキッドの本物ではないかもしれない」という違和感が点滅し続けていた。
スカイミュージアム
東京湾に浮かぶスカイミュージアムは、人工島の上に建つ円筒形の現代建築である。最上階のメインホールには六枚の『ひまわり』が円弧状に並び、中央に立てば六枚すべてを一度に見渡せる。建物全体を強化ガラスと耐火合金が覆い、屋上にはヘリポート、地下には備蓄燃料タンクと自家発電設備を備える。さらに海面下には水没式の搬入路まで設けられている。もはや要塞と呼ぶほかない構えだ。
次郎吉はこのメインホールで、マスコミ向けのプレ内覧会を開く。六枚の連作を初めて一望させる、その演出が披露される。アムステルダム所蔵の通称「ファン・ゴッホ美術館のひまわり」、ロンドンの「ナショナル・ギャラリーのひまわり」、ミュンヘンの「ノイエ・ピナコテークのひまわり」、フィラデルフィアの「フィラデルフィア美術館のひまわり」、東京の「損保ジャパン東郷青児美術館のひまわり」(後にSOMPO美術館所蔵となる作品に相当)、そして次郎吉が今回ニューヨークで競り落とした六枚目。火災で失われたとされる「芦屋のひまわり」を除き、現存する六枚を日本で一堂に並べる。前代未聞の試みである。
コナン、平次、蘭、和葉、園子、阿笠博士、灰原、少年探偵団の面々もプレ内覧会に招かれる。初めて見る本物のゴッホに、子どもたちは歓声を上げる。一方、警備の責任者として呼ばれた小五郎と中森警部は、いくぶんピリピリしている。前夜、館内の防火扉が原因不明で一斉に閉じる小事件が起き、さらにメイン警備員の一人が体調不良で勤務を外れていた。中森警部は「キッドの仕業ではないか」と疑う。だがコナンと平次の目は、これが本筋の前触れだと既に告げている。
二通目の予告状
開幕前夜、スカイミュージアム宛に二通目の予告状が届く。今度は赤いインクで、文面も荒々しい。「鈴木次郎吉殿——六枚のひまわりは、六番目から順に灰へ還す。一枚たりとも日本の土に残してはならぬ」。差出人欄にあるのは「KID」の一語のみ。中森警部は怒髪天を衝く勢いで「キッドはこんな下品な文を書かん」と一蹴する。だが世間もマスコミもこの紙片に振り回され、「キッドは本当に絵を燃やすのか」という騒ぎのなか、開幕の日を迎える。
コナンと平次はバルコニーへ退き、二人だけで照合を始める。一通目はニューヨークから、ホテルのルームサービスに紛れて届いた薔薇の香り付きのカード。二通目は東京から郵送された、赤インクの粗雑な紙片だ。書体も紙質も口調も、そして何より漂う「気配」が違う。「最初のキッドは本物、二通目はキッドの名を騙った別人や」と平次が断じ、コナンもうなずく。となれば当日、キッドが盗もうとする一枚と、別人が燃やそうとする五枚が、同時にメインホールで起こりかねない。最悪の構図が浮かび上がる。
コナンは次郎吉に進言する。展示の順番をひそかに入れ替えてほしい、と。犯人が「六番目から焼く」と書いた以上、その「六番目」が物理的にどの絵を指すのかを誤認させれば、最初の一手を遅らせられる。次郎吉はしぶったが、生来の負けず嫌いが勝って提案をのむ。警備員たちは深夜のうちに、展示位置を慎重に入れ替えた。観客は、メインホールに並ぶ六枚の配置を覚えたつもりで開幕を待つ。
開幕
開幕当日。スカイミュージアムの外周には招待客と報道陣が長い列をなし、警備員と機動隊が二重三重に固める。海上から近づく不審船を排除し、上空ではヘリコプターが旋回を続ける。中森警部は「今日こそキッドを引きずり下ろす」と気負うが、小五郎は「絵さえ無事ならええんや」と達観したものだ。コナンはイヤホンマイク越しに平次、蘭、園子、少年探偵団と連絡を取り合い、メインホールの六方位を分担して見張る。
オープニングセレモニーで次郎吉が祝辞を述べた直後、地下の燃料タンク区画から鈍い爆発音が響き、警報が館内に鳴り渡る。来客は係員の誘導で避難路へ走り、報道陣は混乱のなかでもカメラを回し続ける。爆発そのものはさほど大きくないが、地下から立ち上る黒煙はやがて空調を通って館内へ広がり、メインホールの上空に黒い帯を描き始める。誰もが「これがキッドの仕業か」と思った瞬間、円形の天窓を破って一人の影が滑り込んでくる。白いマント、シルクハット、ハングライダー——本物のキッドである。
キッドはメインホールの中央でひざをつき、一礼してから、目当ての一枚の前へと進む。コナンが「待て、その絵には手を出すな」と叫ぶより早く、館内の照明が落ち、緊急電源のオレンジ色の明かりだけが残る。次の瞬間、別の方向から黒い人影がメインホールへ走り込み、展示ケースのガラスを何かで叩き割って、油彩の一枚へ可燃性液体をぶちまけた。火が走る。コナンと平次は同時に駆け出し、平次がキッドを、コナンが第二の侵入者を追う。
業火のメインホール
可燃性の液体が生んだ炎は、予想をはるかに上回る速さで展示室の壁面へ、そして天井を飾る装飾木材へと燃え移っていく。スプリンクラーが作動し、水のカーテンが降りそそぐ。だが油を含んだ炎を抑え込むには力が足りない。コナンが追っていた第二の侵入者は、煙幕弾と発煙筒を使って姿をくらまし、迷路と化した煙の奥へ逃げ込んでいく。一方のキッドは、奪うはずだった一枚の前で足を止め、「これじゃない」と小さく呟いて踵を返す——コナンがひそかに入れ替えた展示の順を、彼はまだ完全には読み切れていない。
ここからの十数分が、本作のクライマックスである。コナンと平次、そしてキッドは、奇妙な一時休戦のもと、メインホールから五枚の『ひまわり』を救い出す作業にとりかかる。キッドはハンググライダーと専用の梱包資材を駆使し、絵を一枚ずつ屋上へと運び上げ、待機していたヘリコプターのフックに引っかけて空へ吊り上げていく。コナンはサッカーボールキックと、靴に仕込んだ加速装置を頼りに、煙と落下物のあいだを駆け抜け、消火と退避誘導を同時にこなす。蘭、園子、灰原、阿笠博士、そして少年探偵団は別フロアの避難誘導にあたり、和葉は炎のなかから中森警部を引きずり出す。
六枚目——犯人が最初に火を放ち、最も激しく燃え上がっていた一枚は、すでに修復不能なまでに焼け落ちてしまう。コナンは床に膝をつき、灰となった額縁を前に、短く息を呑む。だが、残る五枚は救い出された。煙と水と火花が舞うなか、屋上では空へ運ばれていく五つの白い梱包が、朝の光に照らされる。視点が地上へ戻ると、メインホールに残るのは黒く焦げた一つの額縁と、その向こうに立ち尽くす二つの小さな影——キッドとコナンの姿だった。
犯人と動機
火災の混乱がようやく収まったころ、コナンは煙のくすぶるメインホールの一角で、もう一人の人物と対峙する。芸術鑑定家・葉村奉太郎である。彼は物語の冒頭から姿を見せていた。輸送機にも、展示前夜の鑑定にも、開幕当日のセレモニーにも立ち会い、誰もが「専門家」として疑わなかった男だ。コナンは、館内のどこに何があるかを誰よりも正確に把握できる立場、可燃性液体の調達経路、警備員シフトの内側の情報、そして防火扉の制御端末への接近機会——その条件すべてを満たす唯一の人物が葉村であることを、断片的に拾い集めた手がかりから一つずつ指し示していく。
葉村は最初こそ否定するが、やがて静かに「その通りだ」と認める。動機は、空襲によって芦屋で焼かれたとされる七枚目の『ひまわり』にあった。葉村の祖父はかつてあの絵を所有していた。戦時下で焼失する直前、まだ幼い葉村の父にひと目だけ見せ、「これは魂の絵だ」と告げたという。やがて葉村の中には、「ひまわりは焼かれて灰になった一枚があるからこそ完結する」という歪んだ信念が育っていく。世界中から六枚を集めて並べるという次郎吉の計画は、彼にとって「焼かれたはずの七枚目を、まるで無かったことのように扱う冒涜」にほかならなかった。だから六枚すべてを焼き、七枚目と同じ場所へ「還そう」とした——それが葉村の語る動機である。
告白の最後に、葉村は焼け残った絵の灰を片手で握りしめる。「これでよかった」とつぶやくその表情は、勝者のものでも敗者のものでもない、ただ静かな男のものだ。コナンは何も言わず、平次も黙って腕を組む。キッドだけが「絵を焼くやつは、嫌いだ」と低くつぶやいた。葉村の身柄は、駆けつけた警察によって確保される。
キッドの帰還
葉村が連行されたあと、メインホールにはコナンと平次、そしてキッドが残る。キッドは「あの絵を返してほしい」とコナンに微笑みかける。実は混乱の最中、キッドは梱包資材をすり替えていた。六枚目——本物の競売落札品——を屋上から運び出すと同時に、別の場所には偽の梱包を残して身を隠していたのだ。コナンは黙ったまま、ポケットから小さなメモを一枚差し出す。「あの絵は俺が確かに見届けた。君の母親の墓所まで届けるよ」。
キッドはわずかに目を見開き、表情を硬くする。今回『ひまわり』を狙った理由は、単なる盗みではなかった。亡き父・黒羽盗一が遺したノートには「七枚目のひまわり、灰の中に答え」と記された一節があり、キッドは長い時間をかけて、その意味と七枚目の絵の行方を追い続けてきた。次郎吉の計画は、その追跡にとって最大の好機であると同時に、最悪の妨害でもあった——本作で描かれるのは、そんなキッドの内面だ。
キッドはハングライダーを広げ、屋上から朝焼けの空へ飛び立つ。コナンは見送りながら、「七枚目のひまわり、本当にどこかに灰として残っているのかね」と独りごちる。蘭の呼ぶ声に振り返れば、メインホールに残された五枚の『ひまわり』はすでに梱包され、次郎吉の指示で別の安全な保管施設へと運ばれていくところだった。
ラスト
事件後、スカイミュージアムは閉館し、大規模な改修と捜査に入った。次郎吉は記者会見で「六枚を一度に並べるという私の夢は途絶えたが、残された五枚と、永遠に失われた一枚を、これからも語り継いでいく」と語る。その口ぶりに、いつもの強気はない。代わりににじむのは、コレクターとしての矜持と、芸術がいつか「失われる運命」を背負うことへの、小さな諦念である。
毛利探偵事務所では、事件の手柄を独り占めにしようとする小五郎に、蘭が呆れている。一方、コナンと阿笠博士は工房で、灰原の淹れた紅茶を飲みながら火災の映像を見返し、平次と和葉は新幹線で大阪へと帰っていく。映像の最後、焼け落ちた『ひまわり』の額縁の中央に、ほんの一輪、炎に巻かれながらも形をとどめた黄色い花の絵筆の痕跡が映し出される。コナンはそのカットの前で長く目を細め、やがて「絵は焼けても、描かれた向日葵は咲き続ける、てやつかね」と笑った。
エンディング・テーマであるポルノグラフィティ「オー!リバル」のイントロが流れ出すなか、画面はゴッホが実際に描いた『ひまわり』連作のイメージへと移る。そして最後に「七枚目のひまわり、そこに在らずして、すべての向日葵を貫く——」という短い詩編が浮かび上がり、本編はそこで幕を下ろす。
11登場要素
- 江戸川コナン(工藤新一):本作でも事件の中核に立ち、輸送機の偽乗員、二通目の予告状の差出人、火災現場の動線の三つを並行して解いていく
- 毛利蘭:園子や少年探偵団とともに避難誘導と救助に回り、火災時のメインホールに新一の影を一瞬だけ重ねて見る
- 毛利小五郎:次郎吉から警備責任者として呼ばれ、表向きは事件解決の手柄を独り占めにする役回りを担う
- 服部平次・遠山和葉:大阪から合流し、平次はコナンと並ぶ探偵役、和葉は火災時の人命救助で動き回る
- 鈴木園子:鈴木次郎吉の姪として展示計画の中心に近い位置にいて、キッドの一挙手一投足に過剰反応する
- 阿笠博士・灰原哀・少年探偵団:別フロアの避難誘導と、火災中の少年探偵団の脱出を担当する
- 鈴木次郎吉:鈴木財団の総帥で、世界中の『ひまわり』を東京に集める展示計画の発案者。本作では彼の負けず嫌いが物語を駆動させる
- 中森銀三:警視庁刑事部捜査第二課管理官として、怪盗キッドの逮捕に執念を燃やすキッド担当の老警部
- 目暮十三:警視庁刑事部の警部として、火災事件の現場指揮を担う
- 高木渉・佐藤美和子:警備応援として配置され、避難誘導と捜査の双方を担う
- 鑑定家・スタッフたち:展示企画の鑑定や来日させた絵画の梱包・搬入を担う美術関係者で、その中の一人が黒幕
- 葉村奉太郎:芸術鑑定家として鈴木財団に協力する立場で展示計画の内側へ入り、二通目の予告状で「ひまわりは灰へ還す」と宣言した張本人
- 祖父から受け継いだ「焼けた七枚目のひまわり」への強い執着が動機の根にあり、現存する六枚を焼き払うことで七枚目と同じ運命へ「還す」という歪んだ信念に至った
- 実行手段は、可燃性液体・煙幕・防火扉の制御端末への内部アクセスを組み合わせたもので、警備の内側にいた人物にしかできない構成になっている
- 怪盗キッド(黒羽快斗):本作では本物の予告状を一通だけ送る存在として登場し、絵を盗む側でありながら、結果的に五枚の救出に貢献する
- 亡き父・黒羽盗一が遺したノートに残る「七枚目のひまわり」への手がかりが、キッドの今回の動きを裏側で動機づけている
- ニューヨークのオークションハウス:物語の幕開け、六枚目の『ひまわり』が三億ドル規模で落札される
- 鈴木財団チャーター輸送機:太平洋上空で偽乗員による襲撃を受け、キッドが姿を現す機内の閉所劇
- スカイミュージアム:東京湾の人工島に建つ円筒形の海上美術館で、メインホールはガラスドーム天井
- メインホール:六枚の『ひまわり』を円弧状に並べるドーム型展示室で、クライマックスの火災の主戦場
- 地下燃料タンク区画:火災の発火源として使われる施設で、爆発音は地下から館内全体へ煙を送り込む
- 屋上ヘリポート:絵画退避と人員退避の最終ルートとして機能する場所
- フィンセント・ファン・ゴッホ『ひまわり』七連作:本作の中心モチーフで、実在の連作に「芦屋のひまわり」という焼失伝承の枠組みを重ねている
- 薔薇の香り付きカード:本物のキッド予告状の特徴的な意匠
- 赤インクの粗雑な予告状:葉村が「KID」を騙って送りつける偽の予告状
- 可燃性液体・煙幕弾:葉村が使用する放火と逃走の道具
- ハングライダー:キッドが屋上から侵入し、絵画と自身を退避させる手段
- 梱包用ケース:絵画退避作戦の中心アイテムで、キッドが本物と偽物を入れ替える小細工も担う
- 主題歌:ポルノグラフィティ「オー!リバル」がエンディングに流れ、コナンとキッドの関係性を踏まえた歌詞が物語のラストに乗る
- 音楽:菅野祐悟が劇場版『コナン』を初めて担当した作品で、輸送機の閉所サスペンスから美術館のドーム空間まで幅広いオーケストレーションを展開
- 声の主要なレギュラー陣:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、緒方賢一、林原めぐみ、堀川りょう、宮村優子、山口勝平、岩居由希子、高木渉、大谷育江ら
- ゲスト声優:芸術鑑定家・葉村奉太郎の声を演じた俳優ら、本作のゲスト陣
主要登場人物
本作はレギュラー陣に加え、怪盗キッドと鈴木次郎吉、そして犯人・葉村奉太郎が物語の三本柱を成す。それぞれが「美術品の価値」をどう捉えているのか、その違いこそが物語の温度を決めていく。
江戸川コナン/工藤新一
本作のコナンは、輸送機の機内、メインホールの開幕、火災時の避難経路という三つの局面で、推理と行動をほぼ同時並行に回していく。輸送機では偽の乗員を見抜き、二通の予告状の真偽を見極め、展示の順序を入れ替えて犯人の最初の一手を遅らせる——いずれもシリーズのなかでとりわけ冷静な思考と運動神経が際立つ場面だ。
一方、メインホールで一枚の『ひまわり』が焼け落ちる瞬間、コナンは珍しく短く息を呑む。シリーズでもこれほど明確に「救えなかった一つ」を物語の中央に据えた作品は多くない。終盤の彼の独り言には、いつもの軽口の裏にわずかな苦みが残る。
ラストでキッドへ「あの絵は届ける」と告げる場面では、犯人を捕まえる側と絵を逃がす側、その境界にコナンが珍しく寄り添う。怪盗キッド回のコナンが見せる「敵でも味方でもない関係」が、本作では最も強く表れている。
関連リンク
怪盗キッド/黒羽快斗
本作のキッドは、シリーズでも珍しく「盗もうとした絵を、結果として救う」役回りを演じる。最初の予告状を出したのは紛れもなく本人だが、二通目の差出人については「自分ではない誰か」と即座に切り捨てる潔さを見せる。火災のなか、五枚の絵を屋上へと運び続ける一連の動きは、盗賊というよりむしろ美術救助のプロフェッショナルを思わせる。
キッドの動機の根にあるのは、亡き父・黒羽盗一が遺した「七枚目のひまわり、灰の中に答え」というメモだ。芦屋で焼けたとされる七枚目を追う旅の途上で、彼は次郎吉の計画と葉村の犯行、その双方に巻き込まれていく。終盤、コナンが差し出すメモを受け取る一瞬の表情には、盗賊らしい余裕とは異なる重さがにじむ。
関連リンク
鈴木次郎吉
鈴木次郎吉は、本作の物語を最も具体的に動かす人物である。世界中に散らばる『ひまわり』六枚を東京に集めるという、傲慢とも言える企画を立て、ニューヨークの競売で三億ドルを叩きつけ、海上の人工島に要塞のような美術館を築き上げる。「キッドを引きずり出すには、向こうが反応せざるを得ない餌をぶら下げるしかない」——こうした発想こそ、シリーズに繰り返し登場するキッド担当役としての彼の真骨頂だ。
本作で鈴木次郎吉の声を演じるのは麦人である。長年この役を担ってきた永井一郎の逝去を受け、シリーズの中で初めてフル登板した一作にあたる。劇中の次郎吉は、強気な姿勢と、わずかな寂しさ、そして「自分の道楽が世界の宝を危険に晒してしまった」という薄い悔いを抱えている。その感情の振れ幅が、新しい声の主から丁寧に響いてくるのが印象深い。
ラストの会見で語られる「失われた一枚を、これからも語り継ぐ」という言葉は、本作のテーマである〈芸術と喪失〉に最も近い距離で発せられる。コレクターである彼自身が、収集の達成ではなく〈失う運命〉までを引き受けようとする。その一段の成長がここに示されている。
葉村奉太郎
本作の犯人・葉村奉太郎は、芸術鑑定家として鈴木財団の展示計画に協力する立場で物語に入り込んでくる。輸送機にも、開幕前夜の鑑定にも、当日のセレモニーにも姿を見せるが、誰もが「専門家なら当然そこにいる」と受け止めてしまう。その自然さこそ、彼の正体を最後まで覆い隠す最大の仕掛けとなっている。
葉村を突き動かすのは、戦時下で焼かれたとされる七枚目の『ひまわり』である。祖父が所蔵していたその一枚は戦火で灰となり、二度と取り戻せない。葉村はこの喪失を、家族の歴史にとどまらず「ひまわりという連作そのものに刻まれた宿命」として受け止める。だからこそ、世界中の六枚を集めて並べようとする次郎吉の企てを、「焼かれた一枚を無かったことにする冒涜」と感じてしまうのだ。本作の犯人はサイコパスでも金目当てでもない。〈芸術の所有と喪失〉に取り憑かれた一人の鑑定家であり、その動機は物語の中心テーマと裏返しに重なっている。
服部平次・遠山和葉
服部平次は大阪府警の高校生探偵。大阪から駆けつけ、輸送機とスカイミュージアムの双方でコナンと並んで動く。本作の平次は、コナンが推理に長く専念する場面で、走り、蹴り、受け身といった身体を張る役回りを多く担っているのが見どころだ。火災の際には少年探偵団とともに、メインホール下層から脱出する。
遠山和葉は合気道の腕を本作でも生かし、煙の中から中森警部や報道陣を引き出していく。エンディング直前のホームでは、平次相手にいつもの言い合いを見せる。本作はラブコメ要素を強く前面には出さない。だが、平次が「絵を一枚救えなかった」という思いを引きずる場面では、その気配を読み取った和葉だけが、黙って横に立つ。そんな短いカットが置かれている。
蘭・園子・少年探偵団・中森警部ら
毛利蘭は、本作で事件の核心に深く踏み込むタイプの主役ではない。だが避難誘導や救助の場面では空手で培った身のこなしが生き、炎に包まれたメインホールで、その姿に一瞬だけ新一の影を重ねて見るカットが用意されている。長年シリーズを追い続けてきた観客にだけ届く、ささやかな目配せだ。
鈴木園子は次郎吉の姪として展示計画の中枢に近く、キッドへの過剰な反応も、恋愛モード全開ぶりも今回も健在だ。少年探偵団(光彦・元太・歩美)と灰原哀、阿笠博士は、メインホール下層で人質状態に陥り、そこから脱出するサブミッションを担う。炎のなかに取り残された子どもたちの、ひりつくような緊張感を背負う場面である。
中森銀三警部はキッド逮捕に執着するあまり、二通目の予告状を素直に「キッドではない」と認めるまでにひと悶着あるのが見どころだ。さらに目暮警部、高木刑事、佐藤刑事も警備の応援に加わり、シリーズおなじみの「警視庁チーム」が一通り顔を揃える構成になっている。
舞台と用語
本作の舞台は、ニューヨークのオークションハウス、太平洋を渡る鈴木財団のチャーター輸送機、東京湾の人工島に建つスカイミュージアム、そしてその円形ドームの最上階に位置するメインホール。大小四つの空間が物語を支えている。それぞれが「絵画を守る装置」であると同時に「絵画を狙う者の通路」でもあり、二重の役割を担う。設計上の細部がそのまま物語の仕掛けへと転じていくのが見どころだ。
用語の面では、フィンセント・ファン・ゴッホの『ひまわり』七連作という現実の美術史的事実が物語の足場になっている。実際の連作は十九世紀末にアルルで描かれ、いくつかは美術館に収蔵され、一枚は太平洋戦争中の空襲で焼失したと伝えられる。本作はこの実話に「芦屋のひまわり」という具体名を重ね、「七枚目の焼失」を犯人の動機へと結びつけた。
また、シリーズの常連用語である「怪盗キッドの予告状」「鈴木財団」「中森警部のキッド担当」「メインホール」「鈴木次郎吉のコレクション」なども、本作で繰り返し登場する。怪盗キッドの劇場版史上、「美術」と「燃焼」のモチーフがこれほど具体的に絡み合う一本はほかにない。
関連リンク
20制作
『業火の向日葵』の制作陣は、シリーズの作風を受け継ぎながらも、世代交代と新たな顔ぶれを迎える布陣となった。監督、脚本、音楽——主要な部門のいずれにも、シリーズの転換期ならではの選択がうかがえる。
企画と脚本
本作の企画は、青山剛昌原作のシリーズ第19作として、前作『異次元の狙撃手』の興行的な成功を受けて動き出した。青山剛昌の名はクレジット上、脚本協力ではなくキャラクター原案として記され、劇場版の脚本そのものは櫻井武晴が手がけている。櫻井はのちに『純黒の悪夢』『ゼロの執行人』と立て続けに劇場版の重要作を任されていく書き手であり、本作はその「シリーズを支える看板脚本家」としての出発点の一つに位置づけられる。
櫻井の脚本は、「謎解き:アクション:人間ドラマ」というシリーズ平均のバランスのなかで、推理そのものよりも、誰が何を狙い、誰が誰を妨げるのかという構造と、なぜ絵を焼くのかという動機に大きく比重を置いている。輸送機編、展示前夜編、火災編という三つのブロックに整理された構成は、ミステリー小説でいう「三幕構成」を強く意識したものだ。
監督と画作り
監督は静野孔文。前作『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』に続いてシリーズの劇場版を託された監督陣の中核として、『業火の向日葵』を仕上げた。これまでの劇場版コナンが得意としてきた爆破や建造物崩壊の見せ方を踏まえつつ、本作では「炎の中で美術品を扱う」というシリーズ初の画作りに踏み込んでいる。
メインホールの円形ドーム、地下燃料タンクから立ちのぼる黒煙の流れ、スプリンクラーの水と油性の炎がぶつかり合う画。これらは物理シミュレーションを思わせる緻密な描写と、シリーズ伝統の「画力で押すケレン味」とを掛け合わせて成立している。クライマックスの「五枚救出シークエンス」では、コナンの走り、平次の体当たり、キッドのハングライダー、ヘリのフックという四種類の動線が、メインホールというひとつの空間に閉じ込められる。それでいて破綻なく追わせる演出が光る。
作画・アニメ制作
アニメーション制作を手がけたのはトムス・エンタテインメント。シリーズ劇場版の制作元として、本作も変わらず担当している。キャラクターデザインと総作画監督にはシリーズの主要スタッフが続投。メインホールの展示室や輸送機内といった大規模な美術は、キッド回ならではのきらびやかなトーンで統一されている。
本作で特に高く評価されたのが、ゴッホの『ひまわり』そのものを画面内に描き込んだ表現である。実在する連作の構図と色味を、アニメ画面のキャラクター作画と並べて成立させる――その難しさを抱えながらも、油彩のテクスチャを質感豊かに見せるカットが要所に用意されている。火災で焼け落ちる一枚と、屋上へ運ばれていく五枚。その対比が映像として強く立ち上がるのだ。
音楽と音響
音楽を担当したのは菅野祐悟。本作は菅野が劇場版『名探偵コナン』のスコアを初めて担当した一作にあたり、これ以降『純黒の悪夢』『から紅の恋歌』『ゼロの執行人』など、シリーズの音楽的な転換期を支える作曲家として継続することになる。
本作のスコアは、シリーズ伝統のテーマ群とは異なるトーンで構築されている。輸送機編では弦の細かな刻みでサスペンスを煽り、スカイミュージアム編では「美術品を見上げるための音楽」としてストリングス主体のおおらかな主題が使われる。クライマックスの火災シークエンスでは、金管とパーカッションを強く鳴らしつつも、合間に短いピアノ独奏が挟まれ、絵が一枚失われる場面の沈黙を支える。
主題歌はポルノグラフィティの「オー!リバル」。エンディングロールに流れる本楽曲は、コナンとキッドの「敵でもあり相棒でもある」関係をモチーフにした歌詞が映像と重なり、シリーズ屈指の主題歌として記憶されることになった。
声優キャストとゲスト
レギュラー陣は、江戸川コナン役の高山みなみ、毛利蘭役の山崎和佳奈、毛利小五郎役の小山力也、阿笠博士役の緒方賢一、灰原哀役の林原めぐみ、服部平次役の堀川りょう、遠山和葉役の宮村優子、鈴木園子役の松井菜桜子、怪盗キッド役の山口勝平、中森警部役の石塚運昇、目暮警部役の茶風林、佐藤美和子役の湯屋敦子、高木刑事役の高木渉、白鳥任三郎役の塩沢兼人の後任など、シリーズの主要キャストが顔をそろえた。
本作で特筆すべきは、鈴木次郎吉役を演じる麦人の本格的な登板である。長年この役を担ってきた永井一郎が2014年に逝去し、本作は新キャストがフルに出演する最初の劇場版にあたる。麦人演じる次郎吉は、コレクターとしての強気と、絵を失う哀しみの双方を背負い、物語の感情の軸を支える役どころとなった。
犯人・葉村奉太郎をはじめとする本作のゲスト陣には、シリーズの劇場版でゲストを務めることの多い俳優陣が起用された。専門用語と動機を語る長尺の独白を担う芝居が、本作の犯人像に芸術鑑定家としての厚みを与えている。
編集とテンポ
上映時間112分は、当時の劇場版『コナン』としてはやや長めの部類に入る。冒頭のニューヨークに始まり、輸送機編、東京到着、展示前夜、開幕、火災、犯人解明、そしてエピローグへ——こうしたブロックをテンポ良く繋ぐ編集が施されている。輸送機編の閉所サスペンスから、スカイミュージアムの空間を生かしたスペクタクルへの転調も滑らかだ。
とくに火災シークエンスは、後年のシリーズと比べても密度が高い。爆発、煙、水、落下物、梱包作業、サッカーボールのキックといった要素を、メインホールという一つの円形空間に閉じ込めたまま、20分以上にわたって見せ切る。ひと幕に演出を詰め込み切る、その上限を更新した一本としてもしばしば話題に上る作品だ。
27公開と興行
『業火の向日葵』は2015年4月18日、東宝の配給で全国公開された。シリーズ前作『異次元の狙撃手』の興行収入を上回り、最終的に約44.8億円に達して、公開当時の劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代最高記録を塗り替えた。前年の前作の興行(約41.1億円とされる)を3億円規模で押し上げた格好であり、シリーズが「春の大型タイトル」として頭一つ抜けた存在になりつつあったことを裏づける数字である。
本作以降、シリーズの興行は年々右肩上がりに伸びていく。次作『純黒の悪夢』、続く『から紅の恋歌』『ゼロの執行人』と、それぞれが最高記録を更新していった。その上昇カーブが本格的に始まる地点に置かれた一作として、『業火の向日葵』は興行史的にも記念碑的な役割を担っている。
公開時の評価では、シリーズには珍しい本格的な美術ミステリーである点が好意的に受け止められた。一方、推理パートの分量よりも構造やアクションへ振れたことについては賛否が分かれた。とはいえ興行・批評のいずれにおいても、「シリーズの新しい方向性を試した一本」という共通認識は広く共有された。
28批評・評価・文化的影響
本作が批評的に際立つのは、〈芸術と喪失〉をシリーズで初めて物語の中心テーマに据えた点にある。これまでのシリーズが「人質を救う」「黒の組織を追う」「街を守る」といった命題を軸にしてきたのに対し、本作が物語の重心に置いたのは「絵画一枚を失う」という、人命とは直接結びつかない喪失だ。クライマックスで観客が見届けるのは、犯人の逮捕でも英雄的な勝利でもない。「五枚は救えたが、一枚は救えなかった」という、結果の重さである。
もう一つの特徴は、既存キャラクターである怪盗キッドを「物語の対立軸」ではなく「もう一人の主役」として描いたことだ。本作のキッドはコナンと並ぶ救出戦力として活躍し、終盤では亡き父のメモが彼の動機を裏側で支える。これは後の『名探偵コナン 紺青の拳』など、キッドを軸とする劇場版の方向性を準備したと評価されることが多い。
また、ゴッホの『ひまわり』連作を扱った娯楽映画として、本作は美術ファンの間でもしばしば話題に上る。実在する美術館収蔵作と、戦時下で焼失した日本所蔵作という史実を踏まえつつ、エンタテインメント作品としての改変は最小限に抑えられており、「これを観て本物のゴッホを見に行きたくなった」という反応も生まれた。
舞台裏とトリビア
本作で繰り返し言及される「芦屋のひまわり」には、実在の史実が下敷きになっている。明治末期、日本の実業家・山本顧彌太がゴッホの『ひまわり』連作の一枚を購入し、兵庫県芦屋市の自邸に飾っていた。だが1945年8月の空襲で、その絵は自邸もろとも焼失したとされる。本作の脚本はこの史実を「芦屋のひまわり」と呼び換え、犯人の動機の核に据えた。
鈴木次郎吉を演じる麦人にとって、永井一郎の逝去(2014年1月)を受けてこの役を本格的に引き継いだ最初の劇場版が本作である。次郎吉は映画の物語そのものを動かす役どころだけに、新キャストにとっては「初登板にして主役級」という難しい局面だった——シリーズの声優交代史を語るうえで、しばしば持ち出される挿話だ。
音楽の菅野祐悟もまた、本作で劇場版『コナン』のスコアを初めて手がけた作曲家であり、以降のシリーズ音楽の方向性を決定づけた人物として知られる。劇場版『コナン』の作曲家陣は本作の前後で大野克夫の色と菅野の色のはざまに置かれ、シリーズの音楽史を語るうえで『業火の向日葵』は分岐点の一本となっている。
主題歌「オー!リバル」を歌うポルノグラフィティは、本作のほかにも『名探偵コナン 異次元の狙撃手』『名探偵コナン 紅の修学旅行編』などコナン関連のテーマソングを複数手がけており、シリーズと縁の深いアーティストである。「オー!リバル」のミュージックビデオには、コナンとキッドの「敵か味方か分からない関係」を踏まえた構成が盛り込まれ、本編の余韻と一体となったエンディング体験を作り上げている。
30テーマと解釈
『業火の向日葵』の中心にあるのは、〈芸術品を守るとはどういうことか〉という問いである。鈴木次郎吉は六枚を集めて並べることでその答えを示そうとし、葉村奉太郎は六枚を焼き、七枚目と「同じ運命」へ揃えることで示そうとした。向かう方向は正反対だが、「ひまわりを世界の他の絵画とは別格に扱う」という一点で両者は一致している。物語はこの二つの極端な答えの間に立ち、コナンとキッド、そして観客に「もう一つの態度」を考えさせる。
もう一つの主題は、〈喪失と継承〉である。葉村を突き動かすのは、祖父から父、父から葉村自身へと受け継がれてきた「焼けた一枚の記憶」の重みだ。鈴木次郎吉もまた、エピローグで「失われた一枚を語り継ぐ」という言葉を選ぶ。終幕でコナンが呟く「絵は焼けても、描かれた向日葵は咲き続ける」という台詞は、物理的な絵画と、それが伝えるイメージと、本当に〈残るもの〉はどちらなのかを静かに問いかける。
怪盗キッドは、その問いを別の角度から照らし出す役割を担う。盗賊でありながら、本作では絵を破壊する側ではなく、五枚を逃がす側に回った。「盗む」という行為のうちに「保全する」という意味を含み得る——そう示すキッドの動きは、本作のテーマと最も深く重なる選択だといえる。
31見る順番
『業火の向日葵』はキッド劇場版の系譜に連なる一作だ。シリーズの前後の作品と併せて観ると、登場人物の積み重ねや、次郎吉の声優交代の意味が浮かび上がってくる。
32よくある質問
公開から年月が経った現在でも、鑑賞の前後に検索されることの多い論点を整理しておきたい。
主要データ
- 犯人は誰?
- 芸術鑑定家・葉村奉太郎。展示計画の内側に立てる立場と知識を悪用し、自ら「KID」を名乗る二通目の予告状を送りつけた人物である
- 動機は?
- 戦時下の空襲で焼失したとされる七枚目の『ひまわり』(芦屋のひまわり)と、現存する六枚を「同じ運命に揃える」という歪んだ信念に基づくもの
- 『ひまわり』は全部焼けた?
- 六枚のうち一枚(最初に放火された一枚)が焼失し、残り五枚はコナン・平次・キッドの協力で屋上から退避させて救出された
- 怪盗キッドの予告状は何通?
- 本物は一通だけ(ニューヨークで届いたカード)。二通目は犯人が「KID」を騙って送ったもので、書体・口調・送り方が異なる
- 鈴木次郎吉の声は?
- 本作から麦人が本格的に担当している(前任の永井一郎が2014年に逝去したため)
- 主題歌は?
- ポルノグラフィティ「オー!リバル」。エンディングロールに流れ、コナンとキッドの関係性を意識した歌詞構成になっている
- 音楽の作曲家は?
- 菅野祐悟。本作が劇場版『コナン』スコア担当の初参加作にあたる
- 興行収入は?
- 約44.8億円。公開当時の劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代最高記録を更新した
- どの順番で観ればよい?
- 前作『異次元の狙撃手』→本作→次作『純黒の悪夢』の順に観ると、キッド回の流れと声優交代の節目が自然につながる
33参考資料・脚注
本記事は、劇場版『名探偵コナン』公式サイト、小学館『週刊少年サンデー』公式、原作・青山剛昌『名探偵コナン』本編、各種美術館の収蔵情報、および公開当時の興行発表値をもとに作成した。配信状況や外部評価は時期によって変動する。視聴前には、公式サイトや配信元、作品データベースの最新表示も併せて確認してほしい。