黒の組織が公安警察の潜入捜査官を一網打尽にしようとする中、追跡の末に記憶を失った謎の女性『キュラソー』を少年探偵団が拾う——黒の組織、公安、FBI、CIAの四勢力が同じ街で交錯する、劇場版『名探偵コナン』シリーズ第20作。
原作青山剛昌、脚本櫻井武晴、音楽大野克夫、監督静野孔文。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、配給は東宝。上映時間は約112分。劇場版『名探偵コナン』シリーズ第20作にあたり、シリーズ20周年の節目に黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力を真正面から扱った節目の一作である。
本作は、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『黒の組織編』の登場人物を、劇場版のスケールで一挙に画面の前へ並べた一本である。ジン、ウォッカ、ベルモット、組織内に潜入したキール(水無怜奈/CIA)、バーボン(安室透/公安警察の降谷零)、組織から離反したライ(赤井秀一)——四勢力の構図が、新キャラクターである黒の組織のスナイパー兼情報処理担当『キュラソー』を軸に、米花シティを舞台に一日のうちに圧縮されて描かれる。
国内興行収入は最終的に約63.3億円に達し、それまで劇場版『名探偵コナン』の歴代1位だった『業火の向日葵』を大幅に上回って、本作公開時点でシリーズ歴代1位を更新した。主題歌はB'zの書き下ろし「世界はあなたの色になる」で、キュラソーの孤独と、彼女が世界の色をはじめて受け取る一日を、ロック・バラードとして総括する曲となった。
本記事は、冒頭の隠れ家での公安潜入捜査官リスト(NOCリスト)読み取りと脱出劇、キュラソーの記憶喪失と少年探偵団との出会い、ジン・ベルモットによる追跡、安室透(バーボン)と赤井秀一(ライ)の対峙、米花シティの大型複合レジャー施設の大観覧車でのクライマックス、そしてキュラソーの正体と最後の選択までを、重大なネタバレを前提に順を追って記述する。
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概要
『名探偵コナン 純黒の悪夢』(めいたんていコナン じゅんこくのナイトメア)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2016年4月16日に東宝の配給で日本公開された。劇場版『名探偵コナン』シリーズの第20作にあたり、監督は『漆黒の追跡者』『天空の難破船』『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『業火の向日葵』に続き本作で6度目の登板となる静野孔文、脚本は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』などを手がけてきた櫻井武晴、音楽はシリーズを長年支えてきた大野克夫が担当した。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。上映時間は約112分。
本作は、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『黒の組織編』を、劇場版のスケールで真正面から扱った一本である。組織の最古参であるジンとウォッカ、変幻自在のベルモット、組織内に潜入したCIA捜査官キール(水無怜奈)、同じく組織内に潜入した公安警察『ゼロ』の降谷零ことバーボン(安室透)、そして組織を裏切ったとされる『ライ』こと赤井秀一——四勢力の人物が、米花シティを舞台に一日のあいだに集結し、互いに腹を探り合う構図そのものが本作の物語の主舞台となる。
本作にはもうひとつ、シリーズの新キャラクターとして『キュラソー』が投入される。黒の組織のスナイパー兼情報処理担当を務める長身の女性で、見たものすべてを完全に記憶できる『直観像記憶』の持ち主——これが本作の物語のもう一本の縦糸を形作る。冒頭のロシア風の隠れ家からの脱出劇のあと、彼女は記憶を失った状態で少年探偵団に拾われ、阿笠博士の家で休む。子どもたちと過ごす数日間に、組織の女性スナイパーは『世界の色』を初めて受け取り直していく。
本記事は、結末、キュラソーの正体と最後の選択、NOCリスト(公安潜入捜査官のリスト)の所在、安室透(バーボン)と赤井秀一(ライ)の対峙、米花シティの大型複合レジャー施設・大観覧車のクライマックスまでを含む全編の内容に踏み込んでいく。物語の重大な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
- 原題
- 名探偵コナン 純黒の悪夢
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第20作
- 監督
- 静野孔文
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- B'z「世界はあなたの色になる」
- 日本公開
- 2016年4月16日
- 上映時間
- 約112分
- 主舞台
- 米花シティ(首都高、大型複合レジャー施設、阿笠博士の家など)
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、アクション、青春
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、ロシア風の隠れ家における公安潜入捜査官のリスト読み取りから始まり、キュラソーの脱出と記憶喪失、少年探偵団との同居、首都高での追跡劇、安室透と赤井秀一の対峙、米花シティの大型複合レジャー施設での群衆劇、そして最後に大観覧車を支える一人の決断までを、順を追って記述する。
ロシア風の隠れ家——NOCリストの読み取り
物語は、ヨーロッパの古い建物を思わせるロシア風の隠れ家から始まる。広い書斎には、世界各国の公的機関に潜入している捜査官たち——通称『NOC(ノック)リスト』——を記録した極秘の電子データが置かれていた。日本における公安警察の潜入捜査官の素性も、その中に含まれている。黒の組織は、このデータを完全に把握し、潜入者を一網打尽にすることを狙っていた。
そこへ送り込まれたのが、黒の組織のスナイパー兼情報処理担当の女性『キュラソー』である。長身に黒の革のコート、片目に独特の眼帯状のアイテムを掛けた佇まいの彼女は、ジンが組織内で『右目で見たものを永遠に記憶する』と評する直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)の持ち主であり、紙の資料も電子の表示も、一度視界に入れたあとは完璧に頭の中に保存できる。組織の任務は『リストを読み取り、現場の痕跡を消す』こと——彼女ひとりがやってきたのも、人数を増やせばそれだけ漏洩の経路が増えるという、組織内部の合理だった。
建物の各所では、CIAと協働するFBI、そして日本側の公安が交錯し、リストの所在をめぐって短い銃撃と移動が起きる。沖矢昴の姿をした赤井秀一(ライ)が遠方からこの隠れ家の現場を視野に収め、ベルモットもまた、組織側からは少し距離を取った位置で全体を観察している。キュラソーはリストを頭の中に読み込み、現場に火を放って痕跡を消すと、車に乗って隠れ家を後にする。冒頭十数分のうちに、本作の四勢力——黒の組織、公安、FBI、CIA——の関係が、台詞ではなく行動だけで観客の前に並べられる。
首都高の追跡——崩れる記憶
隠れ家からの撤収のあと、舞台は東京の首都高速道路へと移る。キュラソーの車を追うのは、組織を離反したとされる『ライ』の正体を追ってきたFBI、そして単独の意志で動く赤井秀一の影である。彼女の運転する車は、夜の首都高を縫うように高速で抜けていき、その後ろを複数の車輛が、互いの目的をぶつけ合いながら追う。本作の冒頭のアクションは、夜の首都高のジャンクションの複雑な立体構造そのものを、巨大な迷路として全面的に活用する設計を取っている。
追跡の末、キュラソーの車は事故を起こし、彼女は首都高の高い位置から地上へと投げ出される。組織からの撤収用ヘリの到着までに時間がかかる位置に、彼女は不時着する。事故の衝撃でキュラソーは意識を失い、ジンとウォッカが回収のために走るが間に合わず、現場には彼女のコートだけが残される。組織側は彼女を喪失したものと判断し、一旦撤収する。
意識を取り戻したキュラソーは、自分が誰なのか、なぜそこにいるのか、リストの内容は——その一切を思い出せなくなっていた。彼女が組織のスナイパーであり、直観像記憶の持ち主であり、つい数時間前に隠れ家でリストを読み取ったばかりの女である、という事実が、本人の中からだけ抜け落ちている。記憶を持たないまま米花シティの街角を歩き出した彼女が、最初に出会うのが少年探偵団である。
少年探偵団との出会い——『ますみ』と呼ばれた一日
少年探偵団——江戸川コナン、灰原哀、吉田歩美、小嶋元太、円谷光彦——は、阿笠博士の家へ向かう途上で、街角に座り込んだ長身の女性に行き当たる。記憶を失った彼女は、自分の名前も、どこから来たのかも答えられない。歩美が彼女のポケットに残された小さなマッチ箱の文字をきっかけに『ますみ』という名前を勝手に決め、少年探偵団は彼女を阿笠博士の家へ連れていく。
阿笠博士は、彼女の状態を見て一時的な記憶喪失と判断し、警察への通報を保留したまま自宅で休ませることを決める。コナンと灰原哀は、彼女から漂う独特の気配——首都高の事故、その時刻、彼女が来た方向——を組み合わせて、彼女がただの一般人ではない可能性を早い段階で疑い始めるが、確証がないまま、まずは彼女を子どもたちと過ごさせる選択を取る。
本作のもっとも温かい数十分間は、ここから始まる。歩美・元太・光彦は『ますみ』を阿笠博士のキャンピングカーに招き入れ、彼女に好きな色や好きな食べ物を尋ねる。彼女は問いに対して、自分の中に答えが見つからないことを淡々と返す。あれこれと話しかけ続ける子どもたちと、彼らを静かに見つめるキュラソーの距離が、ゆっくりと縮まっていく場面の積み重ねは、本作のクライマックスの一秒一秒を支える土台になっている。
バーボン——安室透の登場
並行して、米花シティの街角には『毛利探偵事務所』の助手として顔を出している青年・安室透が登場する。彼は表向きは私立探偵見習いだが、その正体は公安警察『ゼロ』の捜査官・降谷零であり、同時に黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられた三重身分の人物である。本作は、彼の三重身分のすべてを、観客に対しては早い段階から開示しつつ、組織側からは決して見抜かれない緊張感の中で物語を進めていく。
安室は、組織側からの命令としてキュラソーの行方を追っており、同時に公安側の立場として赤井秀一の生存を追っている。組織のジン・ウォッカと連携しながら、彼は組織内部での自分の位置を維持しつつ、公安としての本来の目的——日本に潜入する諸外国の情報機関の動きと、黒の組織の上位の構造の把握——を着実に進めている。劇場版でこの三重身分の人物像が真正面から扱われるのは、本作が事実上の初の本格登場である。
彼の動きは、コナンと並走する形で進行する。本作のコナンは、安室の三重身分を疑いつつも、彼が表向き組織側として動いていることに対しては警戒を解かない位置に立つ。一方の安室は、コナンの正体——工藤新一の縮んだ姿——をどこまで掴んでいるか観客に対して明示せず、その曖昧さが本作と以後のシリーズ全体のサスペンスを支え続ける。
ライ——赤井秀一と沖矢昴
もうひとり、本作の中心に立つのが赤井秀一である。元FBIの凄腕スナイパーで、かつて『ライ』のコードネームで黒の組織に潜入していた人物——そして組織側に正体を見抜かれかけた末、組織を欺くための偽装死を遂げたとされている彼は、本作の時点では『沖矢昴』という工藤邸に居候する東都大学の大学院生という姿で日常を送っている。
本作の彼は、ジン・ウォッカ・キュラソーを含む黒の組織の動きを、独自の情報網と長年の経験で追っており、必要なときに『沖矢』の姿を脱いで赤井としてのスナイパーの仕事へ立ち戻る。本作で観客がはっきりと『沖矢=赤井』の二重身分を再確認するのは、彼の手にライフルが握られ、長い射程の先で組織の動きを撃ち抜く一連の場面である。
本作の中盤、安室透(バーボン/降谷零)と赤井秀一(ライ)の二人は、米花シティの大型複合レジャー施設の中で、視線と数歩の距離だけを挟んで対峙する。同じ警察官学校時代の同期である二人——降谷の同窓・松田陣平の死を巡る確執を抱えた二人——が、目的のために黙ったまま一秒の間合いを測る数十秒間は、本作の濃密なドラマの中心のひとつである。
FBIとCIA——ジョディ、ジェイムズ、水無怜奈
本作には、FBIから赤井のかつての仲間であるジョディ・スターリング、上司のジェイムズ・ブラックが加わる。二人は赤井の生存と本作のキュラソーの動きを並行して追う立場に立ち、コナンの側にも要所で連絡を取りながら、本作の四勢力の関係の輪郭を観客に対して整理して見せる役割を担う。
もうひとつの軸が、組織内に潜入したCIAの捜査官・キール(本名・水無怜奈)の存在である。彼女は組織内で『キール』として行動しながら、内部の情報をFBI・CIA側に流し続けている二重身分の人物であり、本作の中では組織側の動きを内側から細かく観察する重要な目として機能する。彼女の冷静な所作と、組織の任務を表向き完遂しながら情報を裏に流すこの上ない緊張感は、本作の中盤を支える地味だが決定的な要素である。
本作で『黒の組織』『公安』『FBI』『CIA』の四勢力すべてが一日のうちに同じ街で交錯する構図が成立するのは、これらの登場人物の身分関係が、テレビアニメ・原作で長年積み重ねられてきたうえに立っているからである。劇場版でその全員を画面に同居させるのは、シリーズ20周年の節目だからこそ可能になった大型企画の手付きである。
米花シティの大型複合レジャー施設——一日の集結
本作の中盤以降、舞台は米花シティに新たに開業する大型複合レジャー施設へと移る。広大な敷地には、巨大な水族館、屋内型のアミューズメント、観覧車、ローラーコースター、植物園、レストラン街などが集約され、グランドオープンの初日には、家族連れと観光客で大変な賑わいになっている。本作は、この『一日に一万人単位の人間が同じ敷地に集まる』という条件を、四勢力が集結する舞台装置として徹底的に活用する。
少年探偵団は、阿笠博士のキャンピングカーで『ますみ』を施設へ連れていく。記憶を失った『ますみ』は、子どもたちと一緒に水族館を歩き、屋外の広場で観覧車を見上げる時間を過ごす。彼女が本作の中ではじめて、子どもたちと並んで歩くのを楽しんでいる種類の表情を見せるのは、この午後の場面である。彼女にとって『色のついた一日』は、ここから始まっている。
並行して、ジンとウォッカ、ベルモットを含む黒の組織の人員が、施設のあちこちに散開する。組織は、首都高で失ったキュラソーが生存している場合に備えて、彼女の身柄を確保するために動いていた。安室透は組織側として現場に入り、赤井秀一は別の角度から組織の動きを追う。FBIのジョディとジェイムズも合流し、施設の中で四勢力の人物が、互いの存在を視界に捉えながらも表向きには素知らぬ顔で歩く独特の温度が立ち上がる。
記憶の回復——キュラソーの正体
施設の中である瞬間、『ますみ』の頭の奥に、押し込められていた記憶が一度に戻ってくる。隠れ家でのリスト読み取り、首都高の追跡、自分が黒の組織のスナイパーであり情報処理担当であるという身分——彼女の中で、自分が誰であるかが冷たく一気に立ち上がる。同時に彼女は、それまでの数日間を子どもたちと一緒に過ごしたという事実を、しっかりと自分の中に抱えている状態でその身分に戻る。
コナンと灰原哀は、彼女の表情の小さな変化からその回復を読み取り、彼女が施設の中で密かに組織のメンバーと接触している事実に気づく。コナンは、彼女がただ組織のメンバーとして敷地から離れていくだけなら見送るしかないと判断するが、施設に残された大量の客と、彼女の頭の中にあるNOCリストの所在の重みを並べて、彼女自身がここで何を選ぶのかを、ぎりぎりまで観察する立場に立つ。
キュラソーは、組織と一度合流し、ジンに対して報告を済ませる。組織は彼女に対して、施設の中で安室・赤井・FBIとの最終的な詰めに加わるよう命じる。彼女は表向きはそれを受け入れ、施設の中の各所で組織のスナイパーとしての仕事を再び始める。だが彼女の中には、子どもたちと過ごした数日の感触が、消えない色として残ったまま動いている。
安室と赤井——一秒の間合い
施設の屋内通路の一区画で、安室透と赤井秀一の二人が、視線と数歩の距離だけを挟んで対峙する。表向きは組織側の人物として動く安室と、組織を裏切ったとされる立場で動く赤井——同じ警察官学校の同期で、降谷の同窓・松田陣平の事件をめぐって長年の確執を抱えてきた二人が、目的の達成のために黙ったまま一秒の間合いを測る数十秒間は、本作の濃密なドラマの中心のひとつである。
二人は、その場での直接の決着は避ける。表向きはお互いに目的のある人物としてその場を離れ、組織と公安、組織離反者の三方の意志が、その場で一旦は均衡したまま観客の前に置かれる。ここで決着を急がない脚本の選択が、本作以後のシリーズ全体で安室透と赤井秀一の関係を長く語り続ける土台を作っている。
コナンは、この対峙の場の外側から二人の表情を読み取り、両者がそれぞれの位置で『この場では撃たない』という判断に同時にたどり着いたことを観客のために言葉にする役を担う。本作のコナンの推理の見せ場は、犯人を当てる種類のものではなく、四勢力の人物のあいだに走る感情と利害の流れを、観客の側に整理して手渡すという種類のものへと寄せられている。
大観覧車——崩れる支柱
本作のクライマックスは、施設の敷地に建つ巨大な大観覧車に集約される。組織が用意した最終局面は、施設の大観覧車の支柱に細工を加え、観覧車本体を支えごと崩壊させる、というものだった。観覧車のゴンドラには、グランドオープンの初日を楽しむ大勢の客が乗っており、その中には少年探偵団の歩美・元太・光彦の三人も含まれている。
観覧車の構造が大きく傾き、巨大な車体が傾斜していく。建物の最上部の支点が損なわれた場合、車体は支えを失って下方へ転倒し、地上に落下して大規模な被害を生む——その物理的な可能性が、本作のクライマックスの数分間を支配する。コナンは阿笠博士発明のキック力増強シューズを駆使して観覧車の支柱まで駆けつけ、安室は車輛で別ルートから現場へ向かい、赤井秀一はライフルを構えて長距離から組織の妨害を撃ち抜く。
観覧車の支柱の一点に体重を掛けて崩壊を食い止められる人物——それが、本作のキュラソーである。彼女は、自分の身体を観覧車本体の傾斜の支えに使うことで、観覧車の落下を食い止められる位置にいる。彼女は、自分が組織のスナイパーであり情報処理担当である事実と、子どもたちと一緒に過ごした数日の事実の、その両方を頭の中に抱えたまま、観覧車の傾斜の下に身を投げる。
キュラソーの選択——色のついた最後
観覧車の巨大な車体は、彼女ひとりが支柱の一点で受け止めることで、地上への落下を食い止められる。鋼鉄の重みが彼女の上に乗りかかり、彼女は片目に独特のアイテムを掛けたままの自分の姿勢を、観覧車の重みの全体で固定する形で、その場に踏みとどまる。観覧車のゴンドラの中で、少年探偵団の歩美・元太・光彦は、自分たちが知っている『ますみ』が、自分たちの身体ごとの重みを支えてくれていることに、最後まで気づかないままでいる。
彼女の頭の中には、組織のスナイパーとしての記憶と、子どもたちと過ごした数日の記憶の、その両方が同時に並んでいる。彼女は、組織のスナイパーとしての自分が果たすべきだった任務を取らず、子どもたちと過ごした数日のうちで自分が受け取った『色』のほうを取る。観覧車の重みの下に身体を固定したまま、彼女はその選択を取り続ける。
コナンが現場の状況を最終的に押さえ、安室と赤井がそれぞれの位置で組織の追手の動きを止め、ジンとウォッカは現場からの撤収を選び、ベルモットは自身の立場の中で本作の幕を見届ける。観覧車の客は全員無事に下ろされ、施設のグランドオープンの夜は、表向きは事故として処理される。本作のキュラソーは、組織の人員としてではなく、子どもたちと過ごした数日のうちに本作で初めて『色のついた一日』を受け取ったひとりの女性として、本作の最後の数十秒間に静かに置かれる。
ラストのシークエンスで流れ始めるのが、B'zの主題歌『世界はあなたの色になる』である。本作の112分間で動いてきた感情の総和が、ロック・バラードの形式で観客の胸の中に運ばれる。本作の終わり方は、派手なクライマックスではなく、組織と公安と一人の女性のあいだに残された静かな余韻として観客に手渡される。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理する。固有名詞は鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを暗記する必要はない。
レギュラー陣
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 少年探偵団(吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦)
- 鈴木園子
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎
- 佐藤美和子
- 高木渉
- 千葉刑事
事件関係者・ゲスト
- キュラソー(黒の組織のスナイパー兼情報処理担当、直観像記憶の持ち主)
- ジン(黒の組織の最古参の幹部級)
- ウォッカ(ジンの相棒)
- ベルモット(変装に長けた組織の女幹部)
- キール/水無怜奈(CIAから組織に潜入する捜査官)
- バーボン/安室透/降谷零(公安警察『ゼロ』から組織に潜入する捜査官)
- ライ/赤井秀一/沖矢昴(元FBIの凄腕スナイパー、組織を裏切ったとされる人物)
- ジョディ・スターリング(FBI捜査官)
- ジェイムズ・ブラック(FBI上席)
- 大型複合レジャー施設の関係者とグランドオープン初日の来園客
犯人と動機(重大ネタバレ)
- 事件の主体:黒の組織(ジン・ウォッカ・ベルモット)が公安潜入捜査官のリスト『NOCリスト』を完全に把握し、潜入者を一網打尽にすることを狙う
- 実行担当:キュラソー(黒の組織のスナイパー兼情報処理担当、直観像記憶の持ち主)が隠れ家でリストを読み取り、痕跡を消す任務を実行
- 首都高での事故と記憶喪失:キュラソーが追跡の末に事故を起こし、一時的に記憶を失う
- 最終局面:施設の大観覧車の支柱に組織が細工を加え、車体の崩壊で大規模な被害と『リストの消失』を装おうとする計画
- キュラソーの選択:記憶を取り戻した上で、子どもたちと過ごした数日の感触を取り、組織の計画を観覧車の支柱の一点で身を挺して食い止める
舞台
- ヨーロッパ風のロシア風隠れ家(冒頭、NOCリストが置かれている書斎)
- 東京の首都高速道路(夜の追跡劇)
- 米花シティの街角(『ますみ』と少年探偵団の出会い)
- 阿笠博士の家とキャンピングカー(記憶喪失中の滞在)
- 米花シティに新たに開業する大型複合レジャー施設(水族館、観覧車、屋内アミューズメントなどを擁する)
- 施設の大観覧車(クライマックスの集中点)
- 毛利探偵事務所と米花町の街角(バーボンの表向きの居場所)
トリック・小道具
- 直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー、見たものを完全に記憶する能力)
- NOCリスト(公安潜入捜査官の名簿)
- 夜の首都高での車輛追跡と射撃
- 施設の大観覧車の支柱に対する細工
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、腕時計型麻酔銃、伸縮サスペンダー、ターボエンジン付きスケートボード、犯人追跡メガネ
- 赤井秀一のライフル(長距離からの援護射撃)
- 安室透のRX-7(公道アクションでの愛車)
主題歌・主要声優
- 主題歌:B'z「世界はあなたの色になる」(書き下ろし)
- キュラソー:天海祐希
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- ジン:堀之紀
- ウォッカ:立木文彦
- ベルモット:小山茉美
- キール/水無怜奈:三石琴乃
- バーボン/安室透:古谷徹
- ライ/赤井秀一:池田秀一
- 沖矢昴:置鮎龍太郎
- ジョディ・スターリング:一城みゆ希
- ジェイムズ・ブラック:石塚運昇
- 目暮十三警部:茶風林
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 白鳥任三郎:塩沢兼人系の演技継承役(白鳥任三郎:井上和彦)
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 千葉刑事:千葉一伸
主要登場人物
本作は、黒の組織・公安・FBI・CIAの四勢力の人物を同じ画面のうえに並べる構成を取りつつ、その中心に新キャラクター『キュラソー』を据える設計を持つ。レギュラー陣のコナン・蘭・小五郎・阿笠博士・灰原哀・少年探偵団は、それぞれの位置で物語を支えながら、キュラソーと交差する形で本作の感情の流れを担う。
キュラソー(天海祐希)
黒の組織のスナイパー兼情報処理担当を務める長身の女性で、右目に独特のアイテムを掛けた佇まいの持ち主。直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)の能力により、見たものすべてを完璧に記憶できる。本作の物語の発端であるNOCリストの読み取りを担当し、首都高での事故ののちに一時的に記憶を失う本作の事実上の主役である。
彼女の造形は、組織の人員としての冷たさと、子どもたちと過ごす数日のうちに少しずつ表情を取り戻していく素直さの、その両極を一人の人物の中に同居させるよう設計されている。本作のクライマックスで彼女が観覧車の支柱の一点に身を投げる選択は、組織の任務を放棄する選択ではなく、子どもたちと過ごした数日のうちに自分が受け取った『色』のほうを取るという、本人の感情の延長線上の選択として組まれている。
声を担当する天海祐希は、舞台・映像で長くキャリアを積んできた俳優で、本作で初めて劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。彼女の落ち着いた低めの声のレジスターは、組織のスナイパーとしての佇まいと、記憶を失った『ますみ』としての素直さの、その両極を同じ一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。本作のキュラソーは、シリーズの劇場版ゲストキャラクターのなかでも特に強く記憶される一人となった。
江戸川コナン/工藤新一(高山みなみ/山口勝平)
本作のコナンは、犯人当ての推理よりも、四勢力の人物のあいだに走る感情と利害の流れを観客の側に整理して手渡す役を担う。彼自身が黒の組織にかつて毒薬APTX4869を飲まされて身体を縮められた被害者でもあるため、本作の組織側の動きに対しては、長年の警戒の延長線上に立ったままで動く。
本作の彼の見せ場は、施設の大観覧車のクライマックスでのキック力増強シューズによる移動と、四勢力の動きを同時に視界に入れたうえで取る判断の連続である。安室透の三重身分、赤井秀一の生存、キール(水無怜奈)の組織内での立場——本作のコナンは、それらの情報を自分の頭の中で整理しつつ、観客に対して必要な分だけを台詞で開示する。
高山みなみのコナンと、山口勝平の工藤新一は、本作でもシリーズの長年の蓄積を踏まえた安定した演技を見せる。本作の彼は、決して全てを言葉にしないキャラクターとして、本作のラストのキュラソーの選択の重さを観客のために最後に整える役を黙って引き受けている。
安室透/降谷零/バーボン(古谷徹)
本作の事実上のもうひとりの主役。表向きは毛利探偵事務所の助手として顔を出す私立探偵見習いの青年だが、その正体は公安警察『ゼロ』の捜査官・降谷零であり、同時に黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられた三重身分の人物である。
本作は、彼の三重身分のすべてを真正面から扱う、シリーズ全体の中でも特に重要な一本である。組織側の人員として表向き行動しながら、本来の目的である公安としての任務を進める彼の立ち位置は、本作以後のシリーズで長く描き重ねられていく地点となった。古谷徹の演技は、組織側で見せる冷たさ、毛利探偵事務所で見せる軽妙さ、公安としての低い声のレジスターを、同じ一人の人物の中に違和感なく重ねる。
本作で彼は、施設の屋内通路の一区画で赤井秀一と数歩の距離を挟んで対峙し、その場では決着を取らない選択を取る。本作のクライマックスでは、観覧車のクライマックスの直前で組織側の動きを止めるための判断を、自分の身分の選択と並行して取り続ける。
赤井秀一/ライ/沖矢昴(池田秀一/置鮎龍太郎)
元FBIの凄腕スナイパー。かつて『ライ』のコードネームで黒の組織に潜入し、組織側に正体を見抜かれかけた末、組織を欺くための偽装死を遂げたとされている人物。本作の時点では『沖矢昴』という工藤邸に居候する東都大学の大学院生という姿で日常を送りながら、必要に応じて『赤井秀一』としてのスナイパーの仕事へ立ち戻る、二重身分の人物である。
本作の彼は、安室透との対峙、ジン・ウォッカに対する長距離からの撃ち合い、観覧車のクライマックスでの援護射撃——という三つの見せ場で、本作の四勢力の構図のひとつの極を担う。池田秀一の声は、本作の中で『赤井秀一』としての低い射撃の声と、『沖矢昴』としての落ち着いた居候の声の、その両極を切り替える形で使われる。置鮎龍太郎の沖矢昴の声も、本作で違和感なく赤井秀一との連続性を保つ重要な役割を果たしている。
ジン・ウォッカ・ベルモット(堀之紀・立木文彦・小山茉美)
黒の組織の主要メンバーが、本作で揃って画面に立つ。ジンは組織の最古参の幹部級として、本作の現場の指揮の中心に立つ。ウォッカは彼の相棒として、現場での実行担当を担う。ベルモットは変装に長けた女幹部として、本作のなかでもっとも遠い位置から状況を観察する立場に立つ。
ジンとウォッカの関係性は、本作でもシリーズの長年の蓄積をそのまま受け継いでいる。ジンの冷徹な判断と、ウォッカの実直な実行が、本作の組織側のリズムを支えている。ベルモットは、コナンと灰原哀のそれぞれの正体——縮んだ工藤新一と宮野志保(シェリー)——を知る数少ない人物として、本作でも組織と二人のあいだに独特の距離感を保ち続ける。
堀之紀のジン、立木文彦のウォッカ、小山茉美のベルモット——三人の声は、本作でもシリーズ全体の連続性を強く支える要素となっている。
灰原哀/宮野志保(林原めぐみ)
元黒の組織の科学者・宮野志保で、APTX4869の研究者だった人物。本作では、コナンと並ぶ形で、組織側の動きに対して長年の警戒の延長線上で動く。記憶を失った『ますみ』を見たときの彼女の表情の小さな変化は、本作のサスペンスの中で重要な小さな手掛かりとして機能する。
本作のクライマックスでは、灰原哀は施設の現場で少年探偵団を支える側に回り、コナンと連携しながら観覧車の客の安全を確保する判断を取る。林原めぐみの演技は、組織の科学者としての冷静さと、子どもとして仲間に向ける小さな表情の揺らぎを、同じ一人の人物の中に違和感なく重ねる。
ジョディ・スターリングとジェイムズ・ブラック(一城みゆ希/石塚運昇)
FBI捜査官のジョディ・スターリングと、上席のジェイムズ・ブラック。赤井秀一のかつての仲間として、本作で組織の動きと赤井の生存を並行して追う立場に立つ。彼らは、コナンの側にも要所で連絡を取りながら、本作の四勢力の関係の輪郭を観客に対して整理して見せる役割を担う。
一城みゆ希のジョディと、石塚運昇のジェイムズの声は、本作でもシリーズの長年の蓄積をそのまま受け継いでいる。本作以降、石塚運昇は2018年に逝去し、ジェイムズ・ブラックの声は後継のキャストへと引き継がれていく流れになる。本作の二人の声は、シリーズの劇場版の中でもひときわ重みのある場面に置かれている。
少年探偵団・毛利蘭・毛利小五郎・阿笠博士
少年探偵団の歩美・元太・光彦は、本作で『ますみ』を最初に拾い、阿笠博士の家へ連れていく一連の流れを担う。彼らがキュラソーに対して向ける素直な好奇心と気遣いの数日の重なりが、本作のクライマックスの彼女の選択の土台となる。
毛利蘭、毛利小五郎、阿笠博士の三人は、本作では四勢力の構図のなかでは控えめな位置に立ちつつ、レギュラー陣としての日常の温度を本作の中に運び込む役を担う。本作は彼らを中心に据える種類の作品ではないが、長年の視聴者が彼らに向けてきた感情を、控えめな配分で確実に拾い上げている。
舞台と用語
本作の主要な舞台は、ヨーロッパ風のロシア風隠れ家から始まり、東京の首都高速道路、米花シティの街角と阿笠博士の家、そして米花シティに新たに開業する大型複合レジャー施設へと移る。施設は、巨大な水族館、屋内型のアミューズメント、観覧車、ローラーコースター、植物園、レストラン街などを擁し、本作のクライマックスは敷地内の大観覧車に集中する。
用語面では、「黒の組織」「公安警察」「ゼロ」「FBI」「CIA」「NOCリスト」「直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)」「APTX4869」「組織のコードネーム(ジン、ウォッカ、ベルモット、キール、バーボン、ライなどの酒名)」が物語の鍵となる。本作の用語は、原作・テレビアニメ本編で長く読み・観られてきた『黒の組織編』の用語群を、初見の観客にも理解できる形で順に呈示するよう設計されている。
制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは1997年の『時計じかけの摩天楼』に始まり、年に一本のペースで春興行を担う恒例企画として定着していた。本作はその第20作にあたり、シリーズ20周年の節目に、黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力を真正面から扱う題材を選んだ大型企画として制作された。
企画と脚本
脚本は櫻井武晴が担当した。櫻井武晴は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』の劇場版で脚本を担当しており、本作で三度目の登板となる。本作の脚本は、四勢力の人物のあいだに走る複雑な利害と関係を、112分の劇場版の中で混乱なく観客に整理して見せる手付きにこそ核がある。長年シリーズの脚本を担ってきた古内一成が2014年に逝去したのち、シリーズの脚本陣が段階的に新しい世代へと引き継がれていく流れの中で、櫻井のここでの仕事はシリーズ全体の語り口の継承を支える重要な一歩となった。
原作者の青山剛昌は、劇場版『名探偵コナン』の各作で監修・キャラクター原案として深く関わってきた。本作では、原作・テレビアニメ本編で長く積み上げられてきた黒の組織編のキャラクター群を、劇場版のスケールに耐える構図に並べ直す作業に多くの時間が割かれている。新キャラクターであるキュラソーの造形と、彼女が直観像記憶の持ち主であるという設定は、本作の脚本の核として早い段階で確立された。
シリーズ20周年の節目という条件のなかで、本作は『劇場版の中でも本筋色がもっとも強い一本』を目指して企画された。冒頭のロシア風隠れ家のシーンから、ラストの大観覧車のクライマックスまで、本作の構成は終始、四勢力の人物のあいだに走る緊張のうえに置かれており、シリーズの長年のファンに向けた節目の祝祭として組み立てられている。
監督と演出
監督の静野孔文は、本作で劇場版『名探偵コナン』シリーズ6作目の登板となる。『漆黒の追跡者』『天空の難破船』『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『業火の向日葵』に続く本作の演出は、四勢力の人物のあいだに走る感情と利害の流れを、観客の側に整理して手渡す方向に向かっている。
本作の彼の演出の特徴は、夜の首都高の追跡劇と、大観覧車のクライマックスの『高さ』の使い方にある。首都高のジャンクションの立体的な複雑さと、観覧車の支柱の傾斜の物理的な重み——本作の演出は、これらの『高さ』を観客の身体に直接届くようなスケール感で組み上げる方向で整えられている。同時に、阿笠博士の家のキャンピングカーの内部のような小さな空間における人物の表情の作画にも、丁寧な目配りが行き届いている。
シリーズの長年の語り口を継承しつつ、20周年の節目にふさわしい大規模な絵を成立させる手付きは、本作の演出の中核に置かれている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。テレビシリーズと共通する作画スタッフ陣が、劇場版用に密度を上げて挑んでいる。本作の最大の見せどころは、夜の首都高の追跡劇と、ラストの大観覧車のクライマックスの作画である。首都高のジャンクションの構造、ヘッドライトと夜景の光、車輛のスピード感——本作の首都高の作画は、シリーズの中でもとくに密度が高い一連の場面のひとつである。
観覧車のクライマックスでは、巨大な車体の傾斜、支柱の物理的な歪み、ゴンドラの中での人物の動き、車体の重みを身体で受け止めるキュラソーのシルエットを、丁寧に重ね合わせていく。本作の観覧車作画は、シリーズ全体の中でも特に密度が高い場面のひとつであり、観客は劇場のスクリーンの中で、鋼鉄の重みと高さの手触りを物理的に感じ取るような体験をすることになる。CG作画と手描き作画の組み合わせも、視覚的な違和感を抑えながらスケール感だけを引き上げる方向で丁寧に調整されている。
音楽と主題歌
音楽は大野克夫が担当した。大野克夫は『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』などのドラマ音楽で広く知られる作曲家で、テレビアニメ『名探偵コナン』のメインテーマから劇場版の劇伴まで、シリーズを長年支え続けてきた中心人物である。本作の劇伴は、夜の首都高のスリリングなテンポ、阿笠博士の家の温かな日常、大観覧車のクライマックスの重い高さ——という性格の違う場面群を、ひとつの音楽的な弧として組み上げている。
主題歌はB'zの書き下ろし「世界はあなたの色になる」。稲葉浩志と松本孝弘によるロックユニットB'zは、日本のロックバンドとして長く第一線で活動してきた代表的な存在で、劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担当するのは本作が初めてとなった。タイトル通り、キュラソーが子どもたちと過ごした数日のうちに『世界の色』を受け取り直す本作の物語の核を、ロック・バラードの形式で一曲のなかに総括した楽曲である。
ラストのシークエンスで楽曲が流れ始める瞬間、観客は本作の112分間で動いてきた感情の総和を、ようやく胸の中で整理することになる。本作の主題歌は、B'zの代表曲のひとつとして長く聴き継がれ、劇場版『名探偵コナン』の主題歌史の中でも特に強く記憶される一曲となった。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎——シリーズおなじみのレギュラー陣に加えて、本作では古谷徹の安室透/バーボン、池田秀一の赤井秀一/ライ、置鮎龍太郎の沖矢昴、三石琴乃のキール/水無怜奈、堀之紀のジン、立木文彦のウォッカ、小山茉美のベルモットなど、シリーズの黒の組織編の中心声優が一挙に画面に揃う。
新キャラクター・キュラソーの声を担当した天海祐希は、本作で初めて劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。舞台・映像で長くキャリアを積んできた彼女の落ち着いた低めの声のレジスターは、組織のスナイパーとしての佇まいと、記憶を失った『ますみ』としての素直さの、その両極を同じ一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。本作のゲスト声優陣の演技は、シリーズの劇場版ゲストの中でも特に高い水準にまとまっている。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、夜の首都高の追跡劇と、大観覧車のクライマックスの二大山場に集約される。首都高のジャンクションの立体的な構造、ヘッドライトと夜景の光、車輛のスピード感、車外への投げ出しと不時着——冒頭のアクションは、それ自体が本作の四勢力の構図を観客の前に並べる導入装置として機能する。
観覧車のクライマックスでは、支柱の細工、車体の傾斜、ゴンドラの中での人物の動き、車体の重みを身体で受け止めるキュラソーのシルエットを、ロジカルに積み上げる形で構成されている。サスペンス演出としては、キュラソーが記憶を取り戻すタイミング、安室と赤井の対峙のタイミング、組織の最終局面の動き——という三本の流れを、観客の側に丁寧に整理して手渡す手付きが際立つ。
公開と興行
本作は2016年4月16日に日本で公開され、春興行の柱として大ヒットを記録した。最終的な国内興行収入は約63.3億円に達し、それまで歴代1位だった前作『業火の向日葵』を大幅に上回って、本作公開時点での劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代1位の記録を更新した。シリーズが20本を超えてなお記録更新を続けることを内外に示す象徴的な一作となった。
公開時、本作の中心に据えられた『黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力』『安室透と赤井秀一の対峙』『キュラソーという新キャラクター』『B'zの主題歌』『大観覧車のクライマックス』は、いずれも劇場でのリピート鑑賞を強く促す材料となった。原作・テレビアニメで長年積み重ねられてきた『黒の組織編』を、劇場のスケールで真正面から扱う一作として、長年のファンほど何度も劇場に足を運ぶ傾向が見られた。
海外でも順次公開され、東アジアを中心に評価とヒットを得た。劇場版『名探偵コナン』が長く積み上げてきた海外ファン層に対して、本作は『黒の組織編』の総決算と新キャラクターの両方で応え、新しい観客層の獲得にも繋がった。本作のヒットは、劇場版『名探偵コナン』が国境を越えて受容され続ける流れを、もう一段確かなものにした。
受賞・選定の場面でも本作は強く扱われ、アニメ関連の年度賞や音楽賞において、作品本編・主題歌の両面で言及されることが多かった。B'zの『世界はあなたの色になる』は、本作公開以降も長く聴き継がれる代表曲のひとつとして、広く知られていく。
批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は大きく三つに分かれる。ひとつは『劇場版『名探偵コナン』としての本筋色の強さ』、ひとつは『新キャラクター・キュラソーの造形』、もうひとつは『安室透と赤井秀一の対峙の劇場版での初の本格扱い』である。前者については、シリーズの長年の黒の組織編の積み重ねを劇場版のスケールで真正面から扱った一本として評価が確定し、二つ目の軸では、組織の人員としての佇まいと記憶を失った『ますみ』としての素直さの両極を一人の人物の中に同居させた手付きが高く評価された。
三つ目の軸については、本作が、テレビアニメ・原作で長年描き重ねられてきた安室と赤井の確執を、劇場版のスケールで初めて真正面から扱った一本であることが大きい。本作以後、二人の関係は劇場版・テレビアニメ本編の双方で繰り返し中心の題材として扱われ、本作はそのリストの基準点として記憶され続けることになる。
本作で確立された『四勢力の人物を同じ画面のうえに並べる方法』は、その後のシリーズ全体の方針に対しても影響を与えている。後年の劇場版でも、特定の人物関係を中心に据えながら、シリーズの本筋色の強い題材を真正面から扱う構成が繰り返し試みられるが、その基準のひとつとして本作の手付きは参照され続けている。
文化的影響としては、B'zの『世界はあなたの色になる』が広く聴き継がれていること、本作以降『キュラソー』『NOCリスト』『大観覧車』『安室と赤井』といったキーワードが、長年のファンだけでなく一般の観客にとっても劇場版『名探偵コナン』のもっとも記憶される題材のひとつになったことが大きい。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの第20作にあたる。シリーズ20周年の節目に黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力を真正面から扱う題材を選んだのは、企画陣のはっきりとした意思表示でもあった。
本作のキュラソー役に天海祐希が起用されたことは、公開前の話題性を大きく押し上げた要素のひとつである。天海祐希は舞台・映像で長くキャリアを積んできた俳優で、声優としての本格的な仕事は限られているが、本作の彼女の演技は、シリーズの劇場版ゲスト声優の中でも特に強く記憶される一例となった。
脚本に櫻井武晴が三度目の登板を果たし、四勢力の人物のあいだに走る複雑な利害と関係を、112分の劇場版の中で混乱なく整理して見せる手付きは、シリーズの脚本陣の世代交代を支える重要な一歩となった。長年シリーズの脚本を担ってきた古内一成が2014年に逝去したのち、シリーズの語り口を新しい世代へ引き継ぐ流れの中で、本作の櫻井の仕事は記憶される位置に置かれている。
B'zの主題歌起用は、本作の話題性を大きく押し上げた要素のひとつである。『世界はあなたの色になる』は彼らの代表的なシングルのひとつとして長く聴き継がれ、本作の物語の核を一曲のなかに総括した楽曲として、本作とともに長く愛されている。
本作の興行収入が約63.3億円に達したことは、劇場版『名探偵コナン』が春興行のなかで毎年安定して大型のヒットを生み出すブランドとして完全に確立していることを、改めて裏付けた。本作以降、劇場版『名探偵コナン』はシリーズの興行記録を毎年のように更新し続ける位置に立つことになる。
テーマと解釈
本作の中心テーマは『世界の色』である。組織の人員として、与えられた任務を機械のように完璧にこなしてきたキュラソーが、記憶を失った数日のうちに、子どもたちと過ごす時間の中で『世界の色』を初めて受け取り直す——本作の物語は、その一人の人物の感情の流れを、四勢力の構図と大観覧車のクライマックスの全体で支えるよう設計されている。主題歌のタイトルが『世界はあなたの色になる』であることは、本作の主題の最も直接的な要約である。
もうひとつのテーマは『記憶』である。直観像記憶の持ち主であるキュラソーが、組織のスナイパーとしての記憶と、子どもたちと過ごした数日の記憶の、その両方を頭の中に同時に抱える——本作のクライマックスの彼女の選択は、彼女が自分の中の二種類の記憶のどちらに体重を掛けるかという問いの答えとして組まれている。記憶は、本作の中で単なるサスペンスの装置ではなく、人物の選択を決める根本的な力として扱われている。
そして本作のもう一つの大きなテーマは『立場の重なり』である。安室透の三重身分、赤井秀一の二重身分、キール(水無怜奈)の二重身分——本作の登場人物のかなりの数が、自分の中に複数の身分を抱えたまま動いている。彼らが、互いの立場を完全には見抜けないままで一日の中で交差する構造は、本作の濃密なサスペンスの土台となっている。
もうひとつ見逃せないのが『子どもと大人』というモチーフである。少年探偵団の歩美・元太・光彦が記憶を失った『ますみ』に対して向ける素直な好奇心と気遣いの数日の重なりが、本作のクライマックスのキュラソーの選択の土台となる。本作の人物造形は、子どもたちの素直さが大人の選択を変えうるという視点を、徹底して描く方向に向けて整えられている。
見る順番(補助)
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結だが、本作は『黒の組織編』の劇場版総決算的な一本である。初見で本作から入っても物語は追えるが、テレビアニメや原作で『黒の組織編』『赤井家』『安室透/降谷零』のいずれかを少しでも知っていると、四勢力の構図の重みと、ラストの大観覧車の数分間の温度が、何倍にも沁みる。
おすすめは、劇場版第13作『漆黒の追跡者』、第18作『異次元の狙撃手』など、黒の組織と赤井家・安室透が大きく動く近作群を踏まえてから本作を観る順番。前作群と並べると、本作で『四勢力を真正面から扱う』という題材が劇場版シリーズの中でどのような位置に置かれているかが、より立体的に見えてくる。鑑賞後は、本作で本格扱いされた安室透と赤井秀一の関係が、本作以後の劇場版・テレビアニメ本編でどのように扱われていくかを追うのもひとつの楽しみである。
黒の組織と赤井家の物語を中心に追いたい場合は、テレビアニメおよび原作の関連エピソード、本作、そしてシリーズの黒の組織関連の劇場版を並べると、シリーズが長年このテーマをどう描き重ねてきたかが見えてくる。本作はそのリストの中で、劇場版が初めて四勢力を同じ画面のうえに揃えた重要な節目である。
- 前作『名探偵コナン 業火の向日葵』(劇場版第19作)で怪盗キッドとゴッホ『ひまわり』を中心に据えた一作
- 本作シリーズ20周年の節目に黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力を真正面から扱う第20作
- 次作『名探偵コナン から紅の恋歌』(劇場版第21作)で服部平次・遠山和葉・大岡紅葉と京都・百人一首を真正面から扱う一作へ
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、ヨーロッパ風の隠れ家でのNOCリスト読み取りと、記憶を失った謎の女性『キュラソー』を少年探偵団が拾うことが、本作の物語の二大発端である、という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、彼女の正体が黒の組織のスナイパー兼情報処理担当であること、彼女が記憶を取り戻したうえで、大観覧車の支柱の一点に身を投げて子どもたちと施設の客を救う選択を取ることが核となる。
「キュラソーとは何者か」という問いには、黒の組織のスナイパー兼情報処理担当で、直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)の持ち主である、と答える。「動機」については、組織のスナイパーとしての記憶を取り戻したうえで、子どもたちと過ごした数日のうちに自分が受け取った『色』のほうを取る、彼女の感情の延長線上の選択である。「安室透と赤井秀一は本作で直接対決するのか」という問いには、施設の屋内通路で数歩の距離を挟んで対峙するが、その場での直接の決着は取らない、と答える。
「初見でも見られるか」という問いには、本作は単体で完結しているため初見でも問題なく楽しめる、と答えられる。ただし、『黒の組織編』『赤井家』『安室透/降谷零』のいずれかをテレビアニメや原作で少しでも知っていると、四勢力の構図の重みが圧倒的に違ってくる。「見る順番」は、近作の黒の組織関連の劇場版を踏まえてから本作に入るのがもっとも安定する。
「主題歌『世界はあなたの色になる』は本作のために書き下ろされたのか」「キュラソーは本作以降も登場するのか」「安室透と赤井秀一の関係は本作以降どう描かれるのか」といった頻出の問いに対しては、それぞれ本記事の制作・舞台裏・見る順番の各章で詳述している。本作のもっとも重い問いは、むしろ『一人の人物が記憶を取り戻したとき、組織のスナイパーとしての自分と、子どもたちと過ごした数日の自分の、どちらに体重を掛けるのか』であり、観客一人ひとりの答えが本作の最後のピースになる。
参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。