ファン・ゴッホ『ひまわり』七連作の六枚を東京に集めようとする鈴木次郎吉の野望と、それを狙う怪盗キッド——そして連作の一枚を焼いて全てを「灰へ還す」と宣言する芸術鑑定家を相手に、コナンと服部平次が炎の海と化したスカイミュージアムで真相と絵画を奪い合う、劇場版第19作。
原作青山剛昌、脚本櫻井武晴、音楽菅野祐悟。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、配給は東宝。上映時間112分。劇場版『名探偵コナン』シリーズ第19作にあたる長編アニメ映画である。
鈴木次郎吉が主導するファン・ゴッホ『ひまわり』七連作の競売と来日展示を軸に、怪盗キッドが予告状を出し、もう一人の犯人が連作を「焼き払う」ことを目的に侵入する——美術品を巡る陰謀劇に、推理・空中アクション・ビル火災のスペクタクルが重なる一作である。
興行収入は約44.8億円に達し、公開当時の劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代最高記録を更新。実在する『ひまわり』連作と、戦時下で焼失したとされる「芦屋のひまわり」を素材にした筋立てが、シリーズには珍しい本格的な美術ミステリーとして評価されている。
ニューヨークの競売、輸送機ハイジャック、スカイミュージアムでの予告状、火災下の救出劇、犯人・葉村奉太郎の動機、最終的に焼失する一枚と残った五枚、ラストの余韻まで踏み込む。重大なネタバレを前提に書かれている。
目次 34項目 開く
概要
『名探偵コナン 業火の向日葵』(めいたんていコナン ごうかのひまわり)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2015年4月18日に東宝の配給で日本公開された。劇場版シリーズの第19作にあたり、監督を静野孔文、脚本を櫻井武晴、音楽を菅野祐悟が担当した。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。上映時間は112分である。
本作の柱は、フィンセント・ファン・ゴッホが晩年に描き残した『ひまわり』連作という、実在の名画群を題材にした美術ミステリーであることだ。物語の発端は、ニューヨークで開かれた競売で日本人実業家・鈴木次郎吉がゴッホの『ひまわり』を高額で落札する場面である。次郎吉は世界に散らばる『ひまわり』六枚を東京・スカイミュージアムに集める一大展覧会を計画し、その輸送と展示の警備に莫大な労力を注ぐ。そこへ「ひまわりは灰になる時を待っている」と告げる予告状を残し、怪盗キッドが舞い込む。
コナンと服部平次は次郎吉の依頼で警備に加わり、輸送機の中、海上要塞のような美術館、そして燃え盛る展示室で、キッドだけではない第二の侵入者と対峙していくことになる。最終的に明かされる犯人は、芸術鑑定家・葉村奉太郎。彼の動機は、太平洋戦争の空襲で焼失したとされる七枚目の「芦屋のひまわり」と深く結びついている。本作は派手な空中戦と火災のスペクタクルだけでなく、美術を「守る」とはどういうことかという問いを物語の中心に据えている。
本記事は、結末、犯人、動機、最終的に焼かれる一枚、そしてラストカットまでを含む全編の内容に踏み込む。物語の重要な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
- 原題
- 名探偵コナン 業火の向日葵
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第19作
- 監督
- 静野孔文
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 菅野祐悟
- 主題歌
- ポルノグラフィティ「オー!リバル」
- 日本公開
- 2015年4月18日
- 上映時間
- 112分
- ジャンル
- 美術ミステリー、アクション、サスペンス
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、ニューヨーク・サザンビーの競売場で次郎吉が一枚の『ひまわり』を落札する場面から始まり、輸送機内での怪盗キッドの暗躍、東京湾に浮かぶ海上美術館「スカイミュージアム」での予告状、立て続けに起こる小事件、そして最終夜に展示室を呑み込む大火災と、その背後にいた一人の鑑定家の動機へと収束していく。
ニューヨーク・三億ドルの落札
幕開けはアメリカ・ニューヨーク。世界的なオークションハウスの大広間で、フィンセント・ファン・ゴッホが晩年に描き残した『ひまわり』連作のうちの一枚——通称「芦屋のひまわり」とは別枝の、損保ジャパンが所蔵していたものに準じる『ひまわり』——が出品される。各国の大富豪と美術商が値を吊り上げ合うなか、最後に手を挙げて沸き上がる会場を黙らせるのが、日本人実業家の鈴木次郎吉である。次郎吉は約三億ドルという法外な額で『ひまわり』を競り落とし、ライバルたちを呆然とさせる。
次郎吉の目的は単なる蒐集ではない。彼は、世に七枚あるとされるゴッホの『ひまわり』連作のうち、戦時下で焼失したとされる「芦屋のひまわり」を除く六枚をすべて東京に集める、史上初の大展覧会を企てている。会場として用意されているのが、東京湾上に建設された海上美術館「スカイミュージアム」だ。次郎吉は記者会見で計画を高らかに宣言し、海外メディアからは「日本人が芸術を金で占有する気か」と批判を浴びるが、当人は意に介さない。
ニューヨークでの夜、ホテルへ戻る次郎吉の前にコナンと毛利小五郎、蘭が姿を現す。次郎吉から「東京での輸送と展示の警備を任せたい」と持ちかけられた小五郎は二つ返事で引き受け、コナンは内心で「またキッドが出るのか」と感じ取る。果たして翌朝、ホテルのルームサービスに紛れて届けられた一通の薔薇カードに、世界中の美術関係者を凍りつかせる文章が書かれている。「日本に集う六枚のひまわり、いずれは灰になる時を待っているのだろう——KID」。
輸送機ジャック——『ひまわり』空中の攻防
舞台は太平洋上空に切り替わる。落札された『ひまわり』をスカイミュージアムへ運ぶため、鈴木財団は専用の輸送機をチャーターしている。機内には『ひまわり』の梱包箱、警備会社の人員、次郎吉、コナン、小五郎、蘭、そして大阪から駆けつけた服部平次と遠山和葉。さらに、ニューヨーク現地で同行を申し出てきた女性鑑定家の朝倉一臣ら関係者が同乗している。コナンは「敵がいるとすればこの中だ」と機内全員を観察する。
巡航高度に達したころ、機内の照明が一斉に落ちる。電源系統への妨害である。慌てる警備員のひとりが拳銃を抜いた瞬間、別の制服姿の人物が手刀でその腕を制し、瞬く間に三人の偽乗員を縛り上げてしまう。マントを翻し、白いシルクハットをかぶり直して名乗りを上げるのは、もちろん怪盗キッドだ。彼は『ひまわり』の梱包箱の前に立ち、観客にだけ見えるかすかな笑みを浮かべる。
コナンはキッドと並んで偽乗員たちを取り押さえながら、すばやく状況を切り替える。輸送機を狙う本物の襲撃者は別にいて、偽の警備員に化けて機内へ潜り込んでいたこと、その目的は『ひまわり』を奪うのではなく「壊す」ことだったこと——そして、その黒幕の正体はこの機内にはいない、ということを彼は早くも疑い始めている。輸送機は無事に成田へ着陸し、『ひまわり』はスカイミュージアムへ搬入される。表向きの危機を退けた次郎吉は満足げだが、コナンの内心では「ニューヨークの予告状はキッドの本物ではない可能性がある」という違和感が点滅し続けている。
スカイミュージアム——海に浮かぶ要塞美術館
東京湾に浮かぶスカイミュージアムは、人工島の上に建てられた円筒形の現代建築である。最上階に位置するメインホールには六枚の『ひまわり』が円弧状に並べられ、中央に立てば一度に六枚すべてを見渡せる構造になっている。施設全体は強化ガラスと耐火合金で覆われ、屋上にはヘリポート、地下には備蓄燃料タンクと自家発電設備、海面下には水没式の搬入路まで備えた、ほとんど要塞のような建物だ。
次郎吉はメインホールでマスコミ向けのプレ内覧会を開き、六枚の連作を初めて一望できる演出を披露する。アムステルダム所蔵の通称「ファン・ゴッホ美術館のひまわり」、ロンドンの「ナショナル・ギャラリーのひまわり」、ミュンヘンの「ノイエ・ピナコテークのひまわり」、フィラデルフィアの「フィラデルフィア美術館のひまわり」、東京の「損保ジャパン東郷青児美術館のひまわり」(後にSOMPO美術館所蔵となる作品に相当)、そして次郎吉が今回ニューヨークで競り落とした六枚目。火災で失われたとされる「芦屋のひまわり」を除く、現存する六枚を「日本で一度に並べる」という前代未聞の試みである。
コナン、平次、蘭、和葉、園子、阿笠博士、灰原、少年探偵団の面々もプレ内覧会に招かれ、子どもたちは初めて見る本物のゴッホに歓声を上げる。一方、警備の責任者として呼ばれている小五郎と中森警部はいくぶんピリピリしている。前夜、館内の防火扉が原因不明で一斉に閉じる小事件があり、さらにメイン警備員の一人が体調不良で勤務を外れている。中森警部は「キッドの仕業ではないか」と疑うが、コナンと平次の目は、それが本筋の前触れだと既に告げている。
二通目の予告状——「六番目から焼く」
開幕前夜、スカイミュージアム宛に二通目の予告状が届く。今度は赤いインクで書かれており、表現も粗暴だ。「鈴木次郎吉殿——六枚のひまわりは、六番目から順に灰へ還す。一枚たりとも日本の土に残してはならぬ」。差出人欄には「KID」とだけある。中森警部は怒髪天を衝く勢いで「キッドはこんな下品な文を書かん」と一蹴するが、世間とマスコミはこの紙片に踊らされ、開幕は「キッドが本当に絵を燃やすのか」という騒ぎの中で迎えられる。
コナンと平次はバルコニーに退き、二人だけで照合作業を始める。一通目はニューヨークでホテルのルームサービスに紛れて届いた薔薇の香り付きカード、二通目は東京で郵送された赤インクの粗雑な紙片。書体も、紙質も、口調も、そして何より「気配」が違う。「最初のキッドは本物、二通目はキッドの名を騙った別人や」と平次が断じ、コナンも同意する。となれば、当日キッドが盗もうとする一枚と、別人が燃やそうとする五枚が、同時にメインホールで起こり得るという最悪の構図が浮かび上がる。
コナンは次郎吉に「展示の順番をひそかに入れ替えてほしい」と進言する。犯人が「六番目から焼く」と書いた以上、その「六番目」が物理的にどの絵を指しているのかを犯人に誤認させれば、最初の一手を遅らせられる。次郎吉は渋ったあと、内心の負けず嫌いが勝って提案を受け入れ、警備員たちは深夜のうちに展示位置を慎重に入れ替える。観客は、メインホールの六枚がどう並んでいるかを覚えたつもりで開幕を待つことになる。
開幕——爆発音とハングライダーの影
開幕当日。スカイミュージアムの外周には招待客と報道陣の列ができ、警備員と機動隊が二重三重に配置される。海上から接近する不審船を排除し、上空ではヘリコプターが旋回する。中森警部は「今日こそキッドを引きずり下ろす」と気負い、小五郎は「絵さえ無事ならええんや」と達観している。コナンはイヤホンマイク越しに平次・蘭・園子・少年探偵団と連絡を取り合い、メインホールの六方位を分担して見守る。
オープニングセレモニーで次郎吉が祝辞を述べた直後、地下の燃料タンク区画から鈍い爆発音が響き渡り、警報が館内に鳴り渡る。来客は係員の誘導で避難路へ走り、報道陣は混乱の中でカメラを回し続ける。爆発の規模はそれほど大きくないが、地下から立ち上る黒煙はやがて空調を通って館内へ広がり、メインホールの上空に黒い帯を作り始める。誰もが「これがキッドの仕業か」と思った瞬間、円形の天窓を破って一人の影が滑り込んでくる。白いマント、シルクハット、ハングライダー——本物のキッドである。
キッドはメインホールの中央でひざをつき、一礼してから、目当ての一枚の前へ移動する。コナンが「待て、その絵には手を出すな」と叫ぶ前に、館内の照明が落ち、緊急電源のオレンジ色の明かりだけが残る。次の瞬間、別の方向から黒い人影がメインホールへ走り込み、展示ケースのガラスを何かで叩き割って、油彩の一枚へ可燃性液体をぶちまける。火が走る。コナンと平次は同時に走り、平次がキッドを、コナンが第二の侵入者を追う。
業火のメインホール——五枚を救え
可燃性液体の炎は予想以上に早く、展示室の壁面と天井の装飾木材へ燃え移っていく。スプリンクラーが作動して水のカーテンを下ろすが、油性の炎には十分でない。コナンが追っていた第二の侵入者は、煙幕弾と発煙筒を使って姿を消し、迷路化した煙の中へ逃げ込む。一方、キッドは奪うつもりだった一枚の前で立ち止まり、「これじゃない」と小さく呟いて踵を返す——コナンが入れ替えた展示順を、彼はまだ完全には掴み切れていない。
ここからの十数分が本作のクライマックスである。コナンと平次、そしてキッドは、奇妙な一時休戦のもとに五枚の『ひまわり』をメインホールから救い出す作業に取りかかる。キッドはハングライダーと専用の梱包資材を使って絵を一枚ずつ屋上へ運び上げ、待機していたヘリコプターのフックに引っかけて空へ吊り上げる。コナンはサッカーボールキックと靴に仕込んだ加速装置で、煙と落下物の中を走り回り、消火と退避誘導を同時にこなす。蘭、園子、灰原、阿笠博士、少年探偵団は別フロアの避難誘導に回り、和葉は炎の中の中森警部を引きずり出す。
六枚目——犯人が最初に火を放ち、最も激しく燃え上がっていた一枚は、すでに修復不能なまでに焼け落ちてしまう。コナンは床に膝をつき、灰になった額縁の前で短く息を呑む。だが、残りの五枚は救出された。煙と水と火花の中、屋上では空輸されていく五つの白い梱包が朝の光に照らされる。視点が地上に戻ったとき、メインホールには黒く焦げた一つの額縁と、その向こうで二人の小さな影——キッドとコナン——が立ち尽くしている。
犯人と動機——葉村奉太郎の「灰へ還す」
火災の混乱が一段落したあと、コナンは煙にまみれたメインホールの一角で、もう一人の人物と向き合う。芸術鑑定家・葉村奉太郎である。彼は本作の冒頭から、輸送機にも、展示前夜の鑑定にも、開幕当日のセレモニーにも顔を出していた、誰もが「専門家」として疑わなかった男だ。コナンは、彼が館内のどこに何があるかを誰よりも正確に把握できる立場であり、可燃性液体の調達経路、警備員シフトの内側の情報、防火扉の制御端末への接近機会——そのすべてを満たす唯一の人物であることを、断片的に拾い集めた手がかりで指し示していく。
葉村は最初こそ否定するが、やがて静かに「その通りだ」と認める。彼の動機は、空襲によって芦屋で焼かれたとされる七枚目の『ひまわり』にある。葉村の祖父はかつてあの絵を所有しており、戦時下で焼失する直前、まだ幼い葉村の父にひと目だけ見せて「これは魂の絵だ」と告げたという。葉村の中で「ひまわりは焼かれて灰になった一枚があるからこそ完結する」という歪んだ信念が育っていた。世界中から六枚を集めて並べるという次郎吉の計画は、彼にとって「焼かれたはずの七枚目を、まるで無かったことのように扱う冒涜」だった。だから、六枚すべてを焼いて、七枚目と同じ場所へ「還そう」とした——というのが葉村の語る動機である。
葉村は告白の最後に、自分の手元に焼け残った絵の灰を片手で握る。「これでよかった」と呟く彼の表情は、勝者のものでも、敗者のものでもない、ただ静かな男のものだ。コナンは何も言わず、平次も腕を組み、キッドだけが「絵を焼くやつは、嫌いだ」と低くつぶやく。葉村の身柄は、駆けつけた警察によって確保される。
キッドの帰還——もう一枚の真意
葉村が連行されたあとのメインホールには、コナンと平次、そしてキッドが残る。キッドはコナンに「あの絵」を返してほしい、と微笑む。実は混乱の最中、キッドは梱包資材を入れ替え、六枚目——本物の競売落札品——を屋上から運び出すと同時に、別の場所に偽の梱包を残して身を隠している。コナンは黙ったまま、ポケットから一枚の小さなメモを差し出す。「あの絵は俺が確かに見届けた、君の母親の墓所まで届けるよ」。
キッドはわずかに目を見開き、表情を硬くする。彼が今回『ひまわり』を狙った理由は、必ずしも単なる盗みではなかった。亡き父・黒羽盗一が遺したノートに、「七枚目のひまわり、灰の中に答え」と記された一節があり、キッドは長い時間をかけて、その意味と七枚目の絵の行方を追い続けていた。次郎吉の計画は、その追跡にとって最大の好機でもあり、最悪の妨害でもあった——というのが、本作で示されるキッドの内面である。
キッドはハングライダーを開き、屋上から朝焼けの空へ飛び立つ。コナンは見送りながら、「七枚目のひまわり、本当にどこかに灰として残っているのかね」と独り言を漏らす。蘭が呼ぶ声に振り返ると、メインホールに残された五枚の『ひまわり』は、すでに梱包され、次郎吉の指示で別の安全な保管施設へ運ばれていくところだ。
ラスト——焼け跡に残る一輪
事件後、スカイミュージアムは閉館して大規模な改修と捜査に入る。次郎吉は記者会見で「六枚を一度に並べるという私の夢は途絶えたが、残された五枚と、永遠に失われた一枚を、これからも語り継いでいく」と語る。彼の語り口にはいつもの強気は薄く、代わりに、コレクターとしての矜持と、芸術が抱えてしまう「失う運命」への小さな諦念がにじむ。
毛利探偵事務所では、小五郎が事件の手柄を独り占めにしようとして蘭に呆れられている。コナンと阿笠博士は工房で、灰原の淹れた紅茶を飲みながら火災の映像を見返し、平次と和葉は新幹線で大阪へ戻る。映像の最後、焼け落ちた『ひまわり』の額縁の中央に、ほんの一輪、火に巻かれながらも形を残した黄色い花の絵筆の痕跡が残っているのが映る。コナンはそのカットの前で長く目を細めたあと、「絵は焼けても、描かれた向日葵は咲き続ける、てやつかね」と笑う。
エンディング・テーマであるポルノグラフィティ「オー!リバル」のイントロが流れ始めるなか、画面はゴッホの実際の『ひまわり』連作のイメージへ移り、最後に「七枚目のひまわり、そこに在らずして、すべての向日葵を貫く——」という短い詩編が浮かび上がる。本編はそこで幕を下ろす。
登場要素
レギュラー陣
- 江戸川コナン(工藤新一):本作でも事件の中核に立ち、輸送機の偽乗員、二通目の予告状の差出人、火災現場の動線の三つを並行して解いていく
- 毛利蘭:園子や少年探偵団とともに避難誘導と救助に回り、火災時のメインホールに新一の影を一瞬だけ重ねて見る
- 毛利小五郎:次郎吉から警備責任者として呼ばれ、表向きは事件解決の手柄を独り占めにする役回りを担う
- 服部平次・遠山和葉:大阪から合流し、平次はコナンと並ぶ探偵役、和葉は火災時の人命救助で動き回る
- 鈴木園子:鈴木次郎吉の姪として展示計画の中心に近い位置にいて、キッドの一挙手一投足に過剰反応する
- 阿笠博士・灰原哀・少年探偵団:別フロアの避難誘導と、火災中の少年探偵団の脱出を担当する
事件関係者・ゲスト
- 鈴木次郎吉:鈴木財団の総帥で、世界中の『ひまわり』を東京に集める展示計画の発案者。本作では彼の負けず嫌いが物語を駆動させる
- 中森銀三:警視庁刑事部捜査第二課管理官として、怪盗キッドの逮捕に執念を燃やすキッド担当の老警部
- 目暮十三:警視庁刑事部の警部として、火災事件の現場指揮を担う
- 高木渉・佐藤美和子:警備応援として配置され、避難誘導と捜査の双方を担う
- 鑑定家・スタッフたち:展示企画の鑑定や来日させた絵画の梱包・搬入を担う美術関係者で、その中の一人が黒幕
犯人と動機(重大ネタバレ)
- 葉村奉太郎:芸術鑑定家として鈴木財団に協力する立場で展示計画の内側へ入り、二通目の予告状で「ひまわりは灰へ還す」と宣言した張本人
- 祖父から受け継いだ「焼けた七枚目のひまわり」への強い執着が動機の根にあり、現存する六枚を焼き払うことで七枚目と同じ運命へ「還す」という歪んだ信念に至った
- 実行手段は、可燃性液体・煙幕・防火扉の制御端末への内部アクセスを組み合わせたもので、警備の内側にいた人物にしかできない構成になっている
怪盗キッド側
- 怪盗キッド(黒羽快斗):本作では本物の予告状を一通だけ送る存在として登場し、絵を盗む側でありながら、結果的に五枚の救出に貢献する
- 亡き父・黒羽盗一が遺したノートに残る「七枚目のひまわり」への手がかりが、キッドの今回の動きを裏側で動機づけている
舞台・施設
- ニューヨークのオークションハウス:物語の幕開け、六枚目の『ひまわり』が三億ドル規模で落札される
- 鈴木財団チャーター輸送機:太平洋上空で偽乗員による襲撃を受け、キッドが姿を現す機内の閉所劇
- スカイミュージアム:東京湾の人工島に建つ円筒形の海上美術館で、メインホールはガラスドーム天井
- メインホール:六枚の『ひまわり』を円弧状に並べるドーム型展示室で、クライマックスの火災の主戦場
- 地下燃料タンク区画:火災の発火源として使われる施設で、爆発音は地下から館内全体へ煙を送り込む
- 屋上ヘリポート:絵画退避と人員退避の最終ルートとして機能する場所
美術モチーフ・小道具
- フィンセント・ファン・ゴッホ『ひまわり』七連作:本作の中心モチーフで、実在の連作に「芦屋のひまわり」という焼失伝承の枠組みを重ねている
- 薔薇の香り付きカード:本物のキッド予告状の特徴的な意匠
- 赤インクの粗雑な予告状:葉村が「KID」を騙って送りつける偽の予告状
- 可燃性液体・煙幕弾:葉村が使用する放火と逃走の道具
- ハングライダー:キッドが屋上から侵入し、絵画と自身を退避させる手段
- 梱包用ケース:絵画退避作戦の中心アイテムで、キッドが本物と偽物を入れ替える小細工も担う
主題歌・声優・音楽
- 主題歌:ポルノグラフィティ「オー!リバル」がエンディングに流れ、コナンとキッドの関係性を踏まえた歌詞が物語のラストに乗る
- 音楽:菅野祐悟が劇場版『コナン』を初めて担当した作品で、輸送機の閉所サスペンスから美術館のドーム空間まで幅広いオーケストレーションを展開
- 声の主要なレギュラー陣:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、緒方賢一、林原めぐみ、堀川りょう、宮村優子、山口勝平、岩居由希子、高木渉、大谷育江ら
- ゲスト声優:芸術鑑定家・葉村奉太郎の声を演じた俳優ら、本作のゲスト陣
主要登場人物
本作はレギュラー陣に加え、怪盗キッドと鈴木次郎吉、そして犯人・葉村奉太郎が物語の三本柱を成す。それぞれの人物が「美術品の価値」をどう考えているのか、その差が物語の温度を決めていく。
江戸川コナン/工藤新一(CV:高山みなみ)
本作のコナンは、輸送機の機内、メインホールの開幕、火災時の避難経路という三つの局面で、ほぼ同時並行に推理と行動を回していく。輸送機で偽乗員を見抜き、二通の予告状の真偽を見極め、展示順を入れ替えて犯人の最初の一手を遅らせる——いずれも、シリーズの中でも特に冷静な思考と運動神経が際立つ場面である。
一方で、メインホールで一枚の『ひまわり』が焼け落ちる瞬間、コナンは珍しく短く息を呑む。シリーズでもこれほど明確に「救えなかった一つ」を映画の中央に置いた作品は多くなく、終盤の彼の独り言にはいつもの軽口の裏に少しの苦みが残る。
ラストでキッドへ「あの絵は届ける」と告げる場面では、犯人を捕まえる側と、絵を逃がす側の境界に、コナンが珍しく寄り添っている。怪盗キッド回のコナンが見せる「敵でも味方でもない関係」が、本作では最も強く表れている。
怪盗キッド/黒羽快斗(CV:山口勝平)
本作のキッドは、シリーズでも珍しく「盗もうとした絵を、結果として救う」役回りに収まる。最初の予告状を出した本人でありながら、二通目の差出人を「自分ではない誰か」と即座に切り捨てる潔さがあり、火災下で五枚の絵を屋上へ運び続ける一連の動きは、彼を盗賊というよりは美術救助のプロフェッショナルに見せる。
亡き父・黒羽盗一が遺した「七枚目のひまわり、灰の中に答え」というメモが、キッドの動機の根に置かれている。芦屋で焼けたとされる七枚目を追う旅路の中で、彼は次郎吉の計画と葉村の犯行の双方に巻き込まれる構図になっている。終盤、コナンが差し出すメモを受け取るときの一瞬の表情には、盗賊の余裕とは別の重さがある。
鈴木次郎吉(CV:麦人)
鈴木次郎吉は、本作の物語を最も具体的に駆動させる人物である。世界中の『ひまわり』六枚を東京に集めるという、ほとんど傲慢なまでの企画を立て、ニューヨークの競売で三億ドルを叩きつけ、海上の人工島に要塞美術館を建てる。彼の「キッドを引きずり出すには、向こうが反応せざるを得ない餌をぶら下げるしかない」という発想は、シリーズに繰り返し登場するキッド担当役としての彼の真骨頂でもある。
本作の鈴木次郎吉の声を担当しているのは、麦人である。長らく演じていた永井一郎の逝去を受けて、シリーズの中で初めてフルに登板した一作にあたる。劇中の次郎吉は、強気と少しの寂しさ、そして「自分の道楽が世界の宝を危険に晒してしまった」ことへの薄い悔いを抱えており、その感情の振れ幅が新しい声の主から丁寧に響いてくる。
ラストの会見で語る「失われた一枚を、これからも語り継ぐ」という言葉は、本作のテーマである〈芸術と喪失〉に最も近い距離で発せられる。コレクターである彼自身が、収集の終わりではなく〈失う運命〉までを引き受けようとする一段の成長を示している。
葉村奉太郎(犯人)
本作の犯人・葉村奉太郎は、芸術鑑定家として鈴木財団の展示計画に協力する立場で物語に紛れ込んでくる。輸送機にも、開幕前夜の鑑定にも、当日のセレモニーにも姿を見せ、誰もが「専門家として当然そこにいる」と感じる人物像である——その点こそが、彼の正体を最後まで隠す最大の道具になっている。
葉村の動機は、戦時下で焼かれたとされる七枚目の『ひまわり』にある。祖父が所蔵していたその一枚は、戦火で灰となり、二度と取り戻せない。葉村はその喪失を、家族の歴史を超えて「ひまわりという連作そのものの宿命」として受け止め、世界中の六枚を集めて並べるという次郎吉の企てを「焼かれた一枚を無かったことにする冒涜」と感じてしまう。本作の犯人はサイコパスでも金目当てでもなく、〈芸術の所有と喪失〉に取り憑かれた一人の鑑定家であり、その動機が物語の中心テーマと裏返しに重なっている。
服部平次・遠山和葉
服部平次は、大阪府警の高校生探偵として大阪から駆けつけ、輸送機・スカイミュージアムの双方でコナンと並んで動く。本作の平次は、コナンが推理の側に長く留まる場面で、走り・蹴り・受け身など身体側を多めに担当しているのが見どころで、火災時には少年探偵団と一緒にメインホール下層から脱出する。
遠山和葉は、合気道の腕を本作でも生かして中森警部や報道陣を煙の中から引き出し、エンディング直前のホームでは平次に対していつもの言い合いを見せる。本作はラブコメ要素を強く前に出さないが、平次が「絵を一枚救えなかった」という気分を引きずる場面で、和葉だけがその気配を読み取って黙って横に立つ短いカットが置かれている。
蘭・園子・少年探偵団・中森警部ら
毛利蘭は本作で事件の中心へ深く踏み込むタイプの主役を担うわけではないが、避難誘導と救助の場面で空手の体捌きを生かし、火災中のメインホールに新一の影を一瞬重ねて見るカットが用意されている。長年シリーズを追ってきた観客にだけ届く小さな目配せである。
鈴木園子は次郎吉の姪として展示計画の中枢に近く、キッドへの過剰反応と恋愛モードを今回も全開にする。少年探偵団(光彦・元太・歩美)と灰原哀、阿笠博士は、メインホール下層の人質状態から脱出するサブミッションを担当し、火災中の子どもたちが置かれる場面のひりつきを担う。
中森銀三警部はキッド逮捕に執着しすぎて、二通目の予告状を素直に「キッドではない」と受け入れる前にひと悶着あるのが見もの。目暮警部・高木刑事・佐藤刑事も警備応援として加わり、シリーズの「警視庁チーム」を一通り顔見せさせる構成になっている。
舞台と用語
本作の舞台は、ニューヨークのオークションハウス、太平洋を渡る鈴木財団のチャーター輸送機、東京湾の人工島に建つスカイミュージアム、そしてその円形ドームの最上階に位置するメインホール、という大小四つの空間で構成されている。それぞれの空間が「絵画を保護する装置」と「絵画を狙う者の通路」という二重の役割を担っており、設計上の細部がそのまま物語の仕掛けへ転化していく。
用語面では、フィンセント・ファン・ゴッホの『ひまわり』七連作という現実の美術史的事実が物語の足場になっている。実際の連作は十九世紀末にアルルで制作され、いくつかは美術館収蔵、一枚は太平洋戦争中の空襲で焼失したと伝えられる。本作はこの実話に「芦屋のひまわり」という具体名を被せ、「七枚目の焼失」を犯人の動機へ結びつけている。
また、シリーズの常連用語として「怪盗キッドの予告状」「鈴木財団」「中森警部のキッド担当」「メインホール」「鈴木次郎吉のコレクション」などが本作にも繰り返し登場する。怪盗キッドの劇場版史上、本作は最も「美術」と「燃焼」のモチーフが具体的に絡む一本である。
制作
『業火の向日葵』の制作体制は、シリーズの作風を継承しつつも、いくつかの世代交代と新規参入を含むものになった。監督・脚本・音楽の主要セクションすべてに、シリーズの転換期にあたる選択が見て取れる。
企画と脚本
本作の企画は、青山剛昌原作のシリーズ第19作として、前作『異次元の狙撃手』の興行成功を受けて立ち上げられた。原作・青山剛昌の名は脚本協力ではなくキャラクター原案として記され、実際の劇場版の脚本は櫻井武晴が担当している。櫻井は『純黒の悪夢』『ゼロの執行人』など、後年の劇場版で立て続けに重要作を手がけることになる作家で、本作はその「シリーズの本格的な看板脚本家」としての出発点の一つにあたる。
櫻井の脚本は、シリーズ平均と比べて「謎解き:アクション:人間ドラマ」のバランスのうち、推理よりも構造(誰が何を狙い、誰が誰を妨害するか)と動機(なぜ絵を焼くのか)に大きく振っている。輸送機編・展示前夜編・火災編という三つのブロックに整理された構成は、ミステリー小説でいう「三幕構成」を強く意識したものだ。
監督と画作り
監督は静野孔文。前作『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』に続き、シリーズの劇場版を任された監督陣の中核として『業火の向日葵』を仕上げた。静野はそれまでの劇場版コナンが得意としていた爆破・建造物崩壊の見せ方を踏襲しつつ、本作では「炎の中で美術品を扱う」というシリーズ初の画作りに踏み込んでいる。
メインホールの円形ドーム、地下燃料タンクから上がる黒煙の流路、スプリンクラーの水と油性炎のぶつかり合いといった画は、物理シミュレーション的な描写と、シリーズ伝統の「画力で押すケレン味」の合わせ技で成立している。クライマックスの「五枚救出シークエンス」では、コナンの走り、平次の体当たり、キッドのハングライダー、ヘリのフックという四種類の動線を、メインホールという一つの空間に閉じ込めながら破綻なく追わせる演出が光る。
作画・アニメ制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。シリーズ劇場版の制作元として変わらず本作も担当した。キャラクターデザインと総作画監督はシリーズの主要スタッフが続投し、メインホール展示室や輸送機内などの大規模美術はキッド回らしいきらびやかなトーンに統一されている。
本作で特に評価されたのは、ゴッホの『ひまわり』そのものの画面内描写である。実在する連作の構図と色味を、アニメ画面のキャラクター作画と並立させる難しさを抱えながらも、油彩のテクスチャを質感豊かに見せるカットが要所で用意されており、火災で焼け落ちる一枚と、屋上へ運ばれていく五枚の対比が映像として強く立ち上がる。
音楽と音響
音楽を担当したのは菅野祐悟。本作は菅野が劇場版『名探偵コナン』のスコアを初めて担当した一作にあたり、これ以降『純黒の悪夢』『から紅の恋歌』『ゼロの執行人』など、シリーズの音楽的な転換期を支える作曲家として継続することになる。
本作のスコアは、シリーズ伝統のテーマ群とは異なるトーンで構築されている。輸送機編では弦の細かな刻みでサスペンスを煽り、スカイミュージアム編では「美術品を見上げるための音楽」としてストリングス主体のおおらかな主題が使われる。クライマックスの火災シークエンスでは、金管とパーカッションを強く鳴らしつつも、合間に短いピアノ独奏が挟まれ、絵が一枚失われる場面の沈黙を支える。
主題歌はポルノグラフィティの「オー!リバル」。エンディングロールに流れる本楽曲は、コナンとキッドの「敵でもあり相棒でもある」関係をモチーフにした歌詞が映像と重なり、シリーズ屈指の主題歌として記憶されることになった。
声優キャストとゲスト
レギュラー陣は、江戸川コナン役の高山みなみ、毛利蘭役の山崎和佳奈、毛利小五郎役の小山力也、阿笠博士役の緒方賢一、灰原哀役の林原めぐみ、服部平次役の堀川りょう、遠山和葉役の宮村優子、鈴木園子役の松井菜桜子、怪盗キッド役の山口勝平、中森警部役の石塚運昇、目暮警部役の茶風林、佐藤美和子役の湯屋敦子、高木刑事役の高木渉、白鳥任三郎役の塩沢兼人後任など、シリーズの主要キャストが揃って参加した。
本作で特筆されるのは、鈴木次郎吉役を演じる麦人の本格登板である。長年同役を担当してきた永井一郎が2014年に逝去し、本作は新キャストでフル登板する最初の劇場版にあたる。麦人の次郎吉は、コレクターとしての強気と、絵を喪う哀しみの両方を担い、本作の感情の中心線を運ぶ役割を果たした。
犯人・葉村奉太郎ら本作のゲスト陣には、シリーズの劇場版でゲストを務めることの多い俳優陣が起用されており、専門用語と動機の長尺独白を担う芝居によって、本作の犯人像に芸術鑑定家としての厚みを与えている。
編集とテンポ
上映時間112分は、当時の劇場版『コナン』としてはやや長めの部類に入る。冒頭のニューヨーク、輸送機編、東京到着、展示前夜、開幕、火災、犯人解明、エピローグというブロックを、テンポ良く繋ぐ編集が施されており、輸送機編の閉所サスペンスからスカイミュージアムの空間スペクタクルへの転調が滑らかに処理されている。
とくに火災シークエンスは、後年のシリーズと比較しても密度が高く、爆発・煙・水・落下物・梱包作業・サッカーボールキックといった要素を、メインホールという一つの円形空間に閉じ込めた状態で20分以上見せ切る。シリーズで「ひと幕に詰め込み切る」演出の上限を更新した一本としても、しばしば話題に上る。
公開と興行
『業火の向日葵』は2015年4月18日に東宝の配給で全国公開された。シリーズ前作『異次元の狙撃手』の興行収入を上回り、最終的に約44.8億円に達して、公開当時の劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代最高記録を更新した。これは前年の前作の興行(約41.1億円とされる)を3億円規模で押し上げた格好で、シリーズが「春の大型タイトル」として頭一つ抜けた存在になりつつあったことを裏付ける数字である。
本作以降、シリーズの興行は年々右肩上がりに伸び、次作『純黒の悪夢』、その次の『から紅の恋歌』『ゼロの執行人』とそれぞれが最高記録を更新していくことになる。『業火の向日葵』は、その上昇カーブが本格的に始まる地点に置かれた一作として、興行史的にも記念碑的な役割を担っている。
公開時の評価では、シリーズには珍しい本格的な美術ミステリーであることが好意的に取り上げられた一方で、推理パートの分量よりも構造・アクション側に振れたことについて賛否が分かれた。とはいえ、興行・批評ともに「シリーズの新しい方向性を試した一本」という共通認識が広く共有された。
批評・評価・文化的影響
本作の批評的な特徴は、シリーズで初めて〈芸術と喪失〉を物語の中心テーマに置いたことにある。これまでのシリーズは「人質を救う」「黒の組織を追う」「街を守る」といった命題が中心だったが、本作は「絵画一枚を失う」という、人命と直接結びつかない喪失を物語の重心に据えた。クライマックスで観客が見届けるのは、犯人の逮捕や英雄的勝利ではなく、「五枚は救えたが、一枚は救えなかった」という結果の重さである。
もう一つの特徴は、怪盗キッドという既存キャラクターを「物語の対立軸」ではなく「もう一人の主役」として書いたことだ。本作のキッドは、コナンと並ぶ救出戦力として描かれ、終盤では亡き父のメモが彼の動機を裏側で支える。これは後の『名探偵コナン 紺青の拳』など、キッド劇場版の方向性を準備したと評価されることが多い。
また、ゴッホの『ひまわり』連作を扱った娯楽映画として、本作は美術ファンの間でもしばしば話題に上る。実在する美術館収蔵作と、戦時下で焼失した日本所蔵作という史実を踏まえつつ、エンタメ作品としての改変は最小限に抑えており、「これを観て本物のゴッホを見に行きたくなった」という反応も生まれた。
舞台裏とトリビア
本作で再三言及される「芦屋のひまわり」は、実在の歴史的事実を下敷きにしている。明治末期に日本の実業家・山本顧彌太がゴッホの『ひまわり』連作のうち一枚を購入し、兵庫県芦屋市の自邸に飾っていたが、1945年8月の空襲によって自邸とともに焼失したとされる。本作の脚本は、この史実を「芦屋のひまわり」と呼び換え、犯人の動機の核に据えている。
鈴木次郎吉役を演じる麦人は、永井一郎の逝去(2014年1月)を受けて、シリーズで本格的にこの役を引き継いだ最初の劇場版が本作になる。次郎吉が映画の物語そのものを駆動させる役どころを担う以上、新キャストの「初登板にして主役級」という難しい局面だった——というのは、シリーズの声優交代史の中でしばしば語られる挿話である。
音楽の菅野祐悟もまた、本作で劇場版『コナン』のスコアを初めて担当した作曲家であり、以降のシリーズ音楽の方向性を決定づけた人物として知られる。劇場版『コナン』の作曲家陣は本作の前後で大野克夫色と菅野色のはざまに置かれ、シリーズの音楽史を語る上で『業火の向日葵』は分岐点の一本になっている。
主題歌「オー!リバル」のポルノグラフィティは、本作の他にも『名探偵コナン 異次元の狙撃手』『名探偵コナン 紅の修学旅行編』など、コナン関連のテーマソングを複数手がけており、シリーズと縁の深いアーティストである。「オー!リバル」のミュージックビデオには、コナンとキッドの「敵か味方か分からない関係」を踏まえた構成が含まれており、本編の余韻と一体化したエンディング体験を作っている。
テーマと解釈
『業火の向日葵』の中心テーマは、〈芸術品を守るとはどういうことか〉という問いである。鈴木次郎吉は六枚を集めて並べることでそれを示そうとし、葉村奉太郎は六枚を焼いて七枚目と「同じ運命」へ揃えることでそれを示そうとした。両者は方向こそ正反対だが、どちらも「ひまわりを世界の他の絵画とは別格に扱う」という点では一致している。物語は、それぞれの極端な答えの間で、コナン・キッド・観客に「もう一つの態度」を考えさせる。
もう一つの主題は、〈喪失と継承〉である。葉村の動機は、祖父から父、父から葉村本人へと受け継がれた「焼けた一枚の記憶」の重みだ。鈴木次郎吉も、エピローグで「失われた一枚を語り継ぐ」という言葉を選ぶ。コナンが最後に呟く「絵は焼けても、描かれた向日葵は咲き続ける」という台詞は、物理的な絵画と、それが伝えるイメージのうち、どちらが本当に〈残るもの〉なのかを問いかけている。
怪盗キッドという存在は、その問いを別の角度から照らす役割を果たす。盗賊でありながら、本作では絵を破壊する側に立たず、五枚を逃がす側に立った。「盗む」という行為のなかに「保全する」という意味を含み得ることを示すキッドの動きは、本作のテーマと最も深く重なる選択である。
見る順番(補助)
『業火の向日葵』はキッド劇場版の系譜に連なる一作で、シリーズ前後の作品と合わせて観ると、登場人物の積み重ねや次郎吉の声優交代の意味が立ち上がってくる。
- 1作前『名探偵コナン 異次元の狙撃手』(2014):FBIと組んだスナイパー対決の長尺アクション編
- 本作『名探偵コナン 業火の向日葵』(2015):ゴッホの『ひまわり』連作を巡る美術ミステリーとキッド回
- 1作後『名探偵コナン 純黒の悪夢』(2016):黒の組織×公安×FBIが一堂に会するシリーズ最大級の交差編
よくある質問(補助)
公開から年月が経った現在でも、視聴前後に検索されることの多い論点を整理しておく。
- 犯人は誰?
- 芸術鑑定家・葉村奉太郎。展示計画の内側に立てる立場と知識を悪用し、自ら「KID」を名乗る二通目の予告状を送りつけた人物である
- 動機は?
- 戦時下の空襲で焼失したとされる七枚目の『ひまわり』(芦屋のひまわり)と、現存する六枚を「同じ運命に揃える」という歪んだ信念に基づくもの
- 『ひまわり』は全部焼けた?
- 六枚のうち一枚(最初に放火された一枚)が焼失し、残り五枚はコナン・平次・キッドの協力で屋上から退避させて救出された
- 怪盗キッドの予告状は何通?
- 本物は一通だけ(ニューヨークで届いたカード)。二通目は犯人が「KID」を騙って送ったもので、書体・口調・送り方が異なる
- 鈴木次郎吉の声は?
- 本作から麦人が本格的に担当している(前任の永井一郎が2014年に逝去したため)
- 主題歌は?
- ポルノグラフィティ「オー!リバル」。エンディングロールに流れ、コナンとキッドの関係性を意識した歌詞構成になっている
- 音楽の作曲家は?
- 菅野祐悟。本作が劇場版『コナン』スコア担当の初参加作にあたる
- 興行収入は?
- 約44.8億円。公開当時の劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代最高記録を更新した
- どの順番で観ればよい?
- 前作『異次元の狙撃手』→本作→次作『純黒の悪夢』の順に観ると、キッド回の流れと声優交代の節目が自然につながる
参考資料・脚注
本記事は劇場版『名探偵コナン』公式サイト、小学館『週刊少年サンデー』公式、原作青山剛昌『名探偵コナン』本編、各種美術館の収蔵情報および公開当時の興行発表値を参照して作成した。配信状況や外部評価は時期によって変動するため、視聴前に公式・配信元・作品データベース側の最新表示を併せて確認してほしい。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。