『名探偵コナン 純黒の悪夢』は、2016年に公開された劇場版『名探偵コナン』シリーズ第20作である。
黒の組織が公安警察の潜入捜査官を一網打尽にしようとする中、追跡の末に記憶を失った謎の女性キュラソーを少年探偵団が拾う。黒の組織、公安、FBI、CIAという四つの勢力が同じ街で交錯し、キュラソーの正体をめぐって物語が展開する。シリーズ屈指のスケールとサスペンスで知られる作品である。
00概要
『名探偵コナン 純黒の悪夢』(めいたんていコナン じゅんこくのナイトメア)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2016年4月16日に東宝の配給で公開された。劇場版『名探偵コナン』シリーズの第20作にあたる。監督は『漆黒の追跡者』『天空の難破船』『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『業火の向日葵』に続き、本作で6度目の登板となる静野孔文。脚本は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』などを手がけてきた櫻井武晴が、音楽はシリーズを長年支えてきた大野克夫が担当した。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は約112分である。
本作は、テレビアニメと原作で長く積み上げられてきた『黒の組織編』を、劇場版のスケールで真正面から描いた一本である。組織最古参のジンとウォッカ、変幻自在のベルモット、組織に潜入したCIA捜査官キール(水無怜奈)、同じく組織へ潜入した公安警察『ゼロ』の降谷零ことバーボン(安室透)、そして組織を裏切ったとされる『ライ』こと赤井秀一——。この四勢力の人物が米花シティを舞台に一日のうちに集結し、互いに腹を探り合う。その緊迫した構図そのものが、物語の主舞台となる。
本作にはもうひとり、シリーズの新キャラクターとして『キュラソー』が投入される。黒の組織のスナイパー兼情報処理担当を務める長身の女性で、見たものすべてを完全に記憶できる『直観像記憶』の持ち主だ。これが物語のもう一本の縦糸を形作る。冒頭、ロシア風の隠れ家からの脱出劇を経て、彼女は記憶を失った状態で少年探偵団に拾われ、阿笠博士の家で休む。子どもたちと過ごす数日間に、組織の女性スナイパーは『世界の色』を初めて受け取り直していく。
本記事は、結末、キュラソーの正体と最後の選択、NOCリスト(公安潜入捜査官のリスト)の所在、安室透(バーボン)と赤井秀一(ライ)の対峙、そして米花シティの大型複合レジャー施設・大観覧車でのクライマックスまで、全編の内容に踏み込んでいく。物語の重大な驚きを保ちたいなら、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン 純黒の悪夢
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第20作
- 監督
- 静野孔文
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- B'z「世界はあなたの色になる」
- 日本公開
- 2016年4月16日
- 上映時間
- 約112分
- 主舞台
- 米花シティ(首都高、大型複合レジャー施設、阿笠博士の家など)
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、アクション、青春
01あらすじ
ここからは、結末までを含めた全編のあらすじを順に追っていく。物語は、ロシア風の隠れ家で公安の潜入捜査官がリストを読み取る場面から幕を開ける。やがてキュラソーの脱出と記憶喪失、少年探偵団との同居、首都高を舞台にした追跡劇、安室透と赤井秀一の対峙、そして米花シティの大型複合レジャー施設で繰り広げられる群衆劇へと場面は移り、最後は大観覧車を支えるたった一人の決断へと至る。その顛末を、時系列に沿って描いていく。
ロシア風の隠れ家
物語は、ヨーロッパの古い建物を思わせるロシア風の隠れ家から幕を開ける。広い書斎に置かれていたのは、世界各国の公的機関に潜入した捜査官たち——通称『NOC(ノック)リスト』——の素性を記録した極秘の電子データである。そこには、日本の公安警察に属する潜入捜査官の正体も含まれていた。黒の組織はこのデータをすべて手中に収め、潜入者を一網打尽にしようと狙う。
そこへ送り込まれたのが、組織のスナイパー兼情報処理担当の女性『キュラソー』だ。長身に黒い革のコートをまとい、片目に独特の眼帯状のアイテムを掛けた彼女は、ジンが組織内で『右目で見たものを永遠に記憶する』と評する直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)の持ち主である。紙の資料も電子の表示も、一度視界に入れれば完璧に頭の中へ刻み込まれる。任務は『リストを読み取り、現場の痕跡を消す』こと。たったひとりで乗り込んできたのは、人数を増やせばそれだけ漏洩の経路も増えるという、組織内部の合理ゆえだった。
建物の各所では、CIAと協働するFBI、そして日本側の公安が交錯し、リストの所在をめぐって短い銃撃と移動が繰り返される。沖矢昴の姿をした赤井秀一(ライ)は、遠方からこの隠れ家を視野に収める。ベルモットもまた、組織からは少し距離を置いた位置で全体を観察していた。やがてキュラソーはリストを頭に読み込み、現場に火を放って痕跡を消すと、車に乗り込んで隠れ家を後にする。冒頭わずか十数分のうちに、本作の四勢力——黒の組織、公安、FBI、CIA——の関係が、台詞ではなく行動だけで観客の前へと並べられていく。
首都高の追跡
隠れ家からの撤収のあと、舞台は東京の首都高速道路へと移る。キュラソーの車を追うのは、組織を離反したとされる『ライ』の正体を追ってきたFBI、そして単独で動く赤井秀一の影だ。彼女の車は夜の首都高を縫うように高速で走り抜け、その後ろを複数の車輛が、それぞれの思惑をぶつけ合いながら追っていく。冒頭のアクションは、夜のジャンクションが描く複雑な立体構造そのものを巨大な迷路に見立て、全面的に活かした設計になっている。
追跡の末、キュラソーの車は事故を起こし、彼女は首都高の高所から地上へと投げ出される。不時着したのは、組織の撤収用ヘリが到着するまでに時間のかかる場所だった。衝撃で意識を失った彼女を回収しようと、ジンとウォッカが現場へ走るが間に合わない。残されたのは彼女のコートだけ。組織は彼女を失ったと判断し、いったん現場から退く。
意識を取り戻したキュラソーは、自分が誰なのか、なぜここにいるのか、リストの中身は——その一切を思い出せなくなっていた。組織のスナイパーであり、直観像記憶の持ち主であり、つい数時間前に隠れ家でリストを読み取ったばかりの女である。その事実だけが、本人の中から抜け落ちている。記憶を失ったまま米花シティの街角を歩き出した彼女が、最初に出会うのが少年探偵団だ。
少年探偵団との出会い
少年探偵団——江戸川コナン、灰原哀、吉田歩美、小嶋元太、円谷光彦——は、阿笠博士の家へ向かう途中、街角に座り込んだ長身の女性に出くわす。記憶を失った彼女は、自分の名前も、どこから来たのかも答えられない。歩美は、彼女のポケットに残された小さなマッチ箱の文字から『ますみ』という名前を勝手に思いつき、少年探偵団は彼女を阿笠博士の家へ連れていく。
阿笠博士は彼女の様子から一時的な記憶喪失と判断し、警察への通報を保留したまま、ひとまず自宅で休ませることにする。コナンと灰原哀は、彼女がまとう独特の気配——首都高の事故、その時刻、彼女が来た方向——を結びつけ、ただの一般人ではないのではと早くから疑いはじめる。だが確証はなく、まずは子どもたちと過ごさせる道を選ぶ。
本作のもっとも温かい数十分間は、ここから始まる。歩美、元太、光彦は『ますみ』を阿笠博士のキャンピングカーに招き入れ、好きな色や好きな食べ物を尋ねる。彼女は問いかけられても、自分の中に答えが見つからないと淡々と返すばかりだ。それでもあれこれと話しかけ続ける子どもたちと、彼らを静かに見つめるキュラソー。その距離がゆっくりと縮まっていく場面の積み重ねこそ、クライマックスの一秒一秒を支える土台になっている。
バーボン
これと並行して、米花シティの街角に姿を見せるのが、『毛利探偵事務所』の助手として顔を出す青年・安室透である。表向きは私立探偵の見習いだが、その正体は公安警察『ゼロ』の捜査官・降谷零であり、さらに黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられた、三重の顔を持つ人物だ。本作は、その三つの顔を観客には早い段階から明かしながら、組織側には決して見抜かれないという緊張感のなかで物語を進めていく。
安室は、組織からの命令としてキュラソーの行方を追い、同時に公安の立場からは赤井秀一の生存を追っている。組織のジン、ウォッカと連携して内部での自らの位置を保ちつつ、公安本来の目的——日本に潜入する諸外国の情報機関の動き、そして黒の組織の上層構造の把握——を着実に進めていくのだ。劇場版でこの三重身分の人物像が真正面から描かれるのは、本作が事実上初の本格登場となる。
彼の動きは、コナンと並走する形で進んでいく。本作のコナンは、安室の三重身分を疑いながらも、表向き組織側として動く彼への警戒は解かない位置に立つ。一方の安室が、コナンの正体——縮んだ工藤新一の姿——をどこまで掴んでいるのか、その点は観客にも明かされない。この曖昧さこそが、本作と、そして以後のシリーズ全体のサスペンスを支え続けていく。
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ライ
もうひとり、本作の中心に立つのが赤井秀一である。元FBIの凄腕スナイパーで、かつて『ライ』のコードネームで黒の組織に潜入していた人物だ。組織側に正体を見抜かれかけ、組織を欺くための偽装死を遂げたとされている。本作の時点では『沖矢昴』として工藤邸に居候する東都大学の大学院生という姿で、日常を送っている。
本作の彼は、ジン、ウォッカ、キュラソーを含む黒の組織の動きを、独自の情報網と長年の経験で追っている。必要なときには『沖矢』の姿を脱ぎ、赤井としてのスナイパーの仕事へ立ち戻る。観客が『沖矢=赤井』の二重身分をはっきりと再確認するのは、彼の手にライフルが握られ、長い射程の先で組織の動きを撃ち抜く一連の場面だ。
本作の中盤、安室透(バーボン/降谷零)と赤井秀一(ライ)が、米花シティの大型複合レジャー施設の中で対峙する。隔てるのは視線と、わずか数歩の距離だけだ。二人は警察学校時代の同期でありながら、降谷の同窓・松田陣平の死を巡る確執を抱えている。それぞれの目的のため、黙したまま一秒の間合いを測る数十秒間は、本作の濃密なドラマの中心のひとつである。
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FBIとCIA
本作では、FBIから赤井のかつての仲間であるジョディ・スターリングと、上司のジェイムズ・ブラックが加わる。二人は赤井の生存とキュラソーの動きを並行して追い、要所でコナンとも連絡を取り合う。こうしてFBIの側から事件に関わることで、本作に絡む四勢力の関係を観客に整理して見せる役回りを担っている。
もうひとつの軸が、組織に潜入したCIAの捜査官・キール(本名・水無怜奈)の存在である。彼女は組織内で「キール」として動きながら、内部の情報をFBI・CIA側へ流し続ける二重身分の人物だ。組織の動きを内側から細かく見張る、本作の重要な目として機能する。冷静な振る舞いで組織の任務を表向き完遂しつつ、裏では情報を流す。その緊張感は、地味ながら中盤を確かに支える要素となっている。
『黒の組織』『公安』『FBI』『CIA』の四勢力すべてが、一日のうちに同じ街で交錯する。この構図が成り立つのは、登場人物それぞれの身分関係が、テレビアニメや原作で長年積み重ねられてきた土台の上にあるからだ。劇場版でその全員を一つの画面に同居させる――シリーズ20周年という節目だからこそ可能になった、大型企画ならではの趣向である。
米花シティの大型複合レジャー施設
物語が中盤に差しかかると、舞台は米花シティに新しく開業する大型複合レジャー施設へと移る。広大な敷地には巨大な水族館、屋内型のアミューズメント、観覧車、ローラーコースター、植物園、レストラン街などが集まり、グランドオープン初日は家族連れと観光客で大変な賑わいを見せる。一日に一万人単位の人間が同じ敷地へ集まる——本作はこの条件を、四つの勢力が一堂に会する舞台装置として徹底的に使い切っていく。
少年探偵団は阿笠博士のキャンピングカーで『ますみ』を施設へ連れていく。記憶を失った『ますみ』は子どもたちと一緒に水族館を歩き、屋外の広場で観覧車を見上げて時間を過ごす。子どもたちと並んで歩くこと自体を楽しんでいる、そんな表情を彼女が本作で初めて見せるのが、この午後の場面だ。彼女にとっての「色のついた一日」は、ここから始まっている。
時を同じくして、ジンとウォッカ、ベルモットを含む黒の組織の人員が施設のあちこちへ散っていく。首都高で見失ったキュラソーが生きていた場合に備え、組織は彼女の身柄を押さえようと動いていた。安室透は組織側として現場に入り、赤井秀一は別の角度から組織の動きを追う。やがてFBIのジョディとジェイムズも合流し、四つの勢力の人物が互いの存在を視界に捉えながら、表向きは素知らぬ顔ですれ違う——施設の中に、そんな独特の緊張がじわりと立ち上がる。
記憶の回復
施設の中のある瞬間、押し込められていた記憶が『ますみ』の頭の奥に一気によみがえる。隠れ家でのリスト読み取り、首都高での追跡、そして自分が黒の組織のスナイパーであり情報処理担当であるという身分——自分が何者であるかが、冷たく一息に立ち上がってくる。だがその身分に戻ってもなお、彼女はこの数日を子どもたちとともに過ごしたという事実を、しっかりと胸に抱えたままだ。
コナンと灰原哀は、その表情のわずかな変化から記憶の回復を読み取り、彼女が施設の中でひそかに組織のメンバーと接触している事実に気づく。コナンは、彼女がただ組織の一員として敷地を去るだけなら見送るほかないと判断する。しかし施設に残された大勢の客と、彼女の頭の中にあるNOCリストの所在——その重みを並べたとき、彼女自身がここで何を選ぶのか。コナンはぎりぎりまで見極めようと、その姿を見守り続ける。
キュラソーは組織といったん合流し、ジンへの報告を済ませる。組織は彼女に、施設の中で安室・赤井・FBIとの最終的な詰めに加わるよう命じる。彼女は表向きこれを受け入れ、施設の各所で組織のスナイパーとしての仕事を再び始める。だがその胸の奥では、子どもたちと過ごした数日の感触が、消えない色となって今も静かに息づいている。
安室と赤井
施設の屋内通路の一区画で、安室透と赤井秀一の二人が、視線と数歩の距離だけを挟んで対峙する。表向きは組織側の人物として動く安室と、組織を裏切ったとされる立場で動く赤井——同じ警察官学校の同期で、降谷の同窓・松田陣平の事件をめぐって長年の確執を抱えてきた二人が、目的の達成のために黙ったまま一秒の間合いを測る数十秒間は、本作の濃密なドラマの中心のひとつである。
二人は、その場での直接の決着は避ける。表向きはお互いに目的のある人物としてその場を離れ、組織と公安、組織離反者の三方の意志が、その場で一旦は均衡したまま観客の前に置かれる。ここで決着を急がない脚本の選択が、本作以後のシリーズ全体で安室透と赤井秀一の関係を長く語り続ける土台を作っている。
コナンは、この対峙の場の外側から二人の表情を読み取り、両者がそれぞれの位置で『この場では撃たない』という判断に同時にたどり着いたことを観客のために言葉にする役を担う。本作のコナンの推理の見せ場は、犯人を当てる種類のものではなく、四勢力の人物のあいだに走る感情と利害の流れを、観客の側に整理して手渡すという種類のものへと寄せられている。
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大観覧車
本作のクライマックスは、施設の敷地に建つ巨大な大観覧車に集約される。組織が仕掛けた最終局面は、観覧車の支柱に細工を施し、本体ごと支えを崩壊させるというものだ。ゴンドラには、グランドオープン初日を楽しむ大勢の客が乗り合わせ、その中には少年探偵団の歩美・元太・光彦の三人もいた。
観覧車の構造が大きく傾き、巨大な車体が斜めに沈んでいく。最上部の支点が損なわれれば、車体は支えを失って下方へ転倒し、地上へ落下して甚大な被害を生む——その物理的な現実が、クライマックスの数分間を支配する。コナンは阿笠博士発明のキック力増強シューズで観覧車の支柱まで駆けつけ、安室は車で別ルートから現場へ急ぐ。さらに赤井秀一はライフルを構え、遠く離れた地点から組織の妨害を撃ち抜く。
支柱の一点に体重を掛け、崩壊を食い止められる人物——それが本作のキュラソーである。彼女は、自らの身体を傾いた観覧車本体の支えとし、落下を止められる位置にいた。組織のスナイパーであり情報処理担当であるという事実と、子どもたちとともに過ごした数日間の事実。その両方を胸に抱えたまま、彼女は傾いた観覧車の下へと身を投げる。
キュラソーの選択
観覧車の巨大な車体は、彼女がたったひとり、支柱の一点で受け止めることで地上への落下を食い止めている。鋼鉄の重みが彼女にのしかかる。片目に独特のアイテムを掛けたまま、その重みのすべてを使って自らの姿勢を固定し、彼女は崩れずに踏みとどまる。ゴンドラの中にいる少年探偵団の歩美・元太・光彦は、自分たちの知る『ますみ』が身体ごとの重みを支えてくれていることに、最後まで気づかない。
彼女の頭の中では、組織のスナイパーとしての記憶と、子どもたちと過ごした数日の記憶とが、同時に並んでいる。スナイパーとして果たすべき任務を取らず、子どもたちと過ごした数日のうちに受け取った『色』のほうを、彼女は選ぶ。観覧車の重みの下に身体を固定したまま、その選択を取り続けるのだ。
コナンが現場の状況を最終的に押さえ、安室と赤井はそれぞれの位置で組織の追手の動きを止める。ジンとウォッカは現場からの撤収を選び、ベルモットは自身の立場のなかで本作の幕を見届ける。観覧車の客は全員無事に下ろされ、施設のグランドオープンの夜は、表向き事故として処理される。キュラソーは組織の人員としてではなく、子どもたちと過ごした数日に初めて『色のついた一日』を受け取ったひとりの女性として、本作の最後の数十秒間に静かに置かれる。
ラストのシークエンスで流れ始めるのが、B'zの主題歌『世界はあなたの色になる』である。112分間で動いてきた感情の総和が、ロック・バラードの形式で観客の胸に運ばれる。本作の終わり方は、派手なクライマックスではなく、組織と公安と一人の女性のあいだに残された静かな余韻として、観客に手渡される。
登場要素
本作に登場し、また言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理しておく。固有名詞はあくまで鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを覚えておく必要はない。
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 少年探偵団(吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦)
- 鈴木園子
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎
- 佐藤美和子
- 高木渉
- 千葉刑事
- キュラソー(黒の組織のスナイパー兼情報処理担当、直観像記憶の持ち主)
- ジン(黒の組織の最古参の幹部級)
- ウォッカ(ジンの相棒)
- ベルモット(変装に長けた組織の女幹部)
- キール/水無怜奈(CIAから組織に潜入する捜査官)
- バーボン/安室透/降谷零(公安警察『ゼロ』から組織に潜入する捜査官)
- ライ/赤井秀一/沖矢昴(元FBIの凄腕スナイパー、組織を裏切ったとされる人物)
- ジョディ・スターリング(FBI捜査官)
- ジェイムズ・ブラック(FBI上席)
- 大型複合レジャー施設の関係者とグランドオープン初日の来園客
- 事件の主体:黒の組織(ジン・ウォッカ・ベルモット)が公安潜入捜査官のリスト『NOCリスト』を完全に把握し、潜入者を一網打尽にすることを狙う
- 実行担当:キュラソー(黒の組織のスナイパー兼情報処理担当、直観像記憶の持ち主)が隠れ家でリストを読み取り、痕跡を消す任務を実行
- 首都高での事故と記憶喪失:キュラソーが追跡の末に事故を起こし、一時的に記憶を失う
- 最終局面:施設の大観覧車の支柱に組織が細工を加え、車体の崩壊で大規模な被害と『リストの消失』を装おうとする計画
- キュラソーの選択:記憶を取り戻した上で、子どもたちと過ごした数日の感触を取り、組織の計画を観覧車の支柱の一点で身を挺して食い止める
- ヨーロッパ風のロシア風隠れ家(冒頭、NOCリストが置かれている書斎)
- 東京の首都高速道路(夜の追跡劇)
- 米花シティの街角(『ますみ』と少年探偵団の出会い)
- 阿笠博士の家とキャンピングカー(記憶喪失中の滞在)
- 米花シティに新たに開業する大型複合レジャー施設(水族館、観覧車、屋内アミューズメントなどを擁する)
- 施設の大観覧車(クライマックスの集中点)
- 毛利探偵事務所と米花町の街角(バーボンの表向きの居場所)
- 直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー、見たものを完全に記憶する能力)
- NOCリスト(公安潜入捜査官の名簿)
- 夜の首都高での車輛追跡と射撃
- 施設の大観覧車の支柱に対する細工
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、腕時計型麻酔銃、伸縮サスペンダー、ターボエンジン付きスケートボード、犯人追跡メガネ
- 赤井秀一のライフル(長距離からの援護射撃)
- 安室透のRX-7(公道アクションでの愛車)
- 主題歌:B'z「世界はあなたの色になる」(書き下ろし)
- キュラソー:天海祐希
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- ジン:堀之紀
- ウォッカ:立木文彦
- ベルモット:小山茉美
- キール/水無怜奈:三石琴乃
- バーボン/安室透:古谷徹
- ライ/赤井秀一:池田秀一
- 沖矢昴:置鮎龍太郎
- ジョディ・スターリング:一城みゆ希
- ジェイムズ・ブラック:石塚運昇
- 目暮十三警部:茶風林
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 白鳥任三郎:塩沢兼人系の演技継承役(白鳥任三郎:井上和彦)
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 千葉刑事:千葉一伸
14主要登場人物
本作は、黒の組織・公安・FBI・CIAという四つの勢力の人物を同じ画面に並べ、その中心に新キャラクターのキュラソーを据える構成をとっている。コナン、蘭、小五郎、阿笠博士、灰原哀、少年探偵団といったレギュラー陣は、それぞれの立ち位置から物語を支え、キュラソーと交差しながら本作の感情の流れを担っていく。
キュラソー
黒の組織でスナイパーと情報処理を担う長身の女性で、右目に独特のアイテムを掛けた佇まいが印象に残る。直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)の持ち主で、一度目にしたものはすべて完璧に記憶できる。物語の発端となるNOCリストの読み取りを担い、首都高での事故ののちに一時的に記憶を失う、本作の事実上の主役である。
その造形には、組織の人員としての冷たさと、子どもたちと過ごす数日のうちに少しずつ表情を取り戻していく素直さという、相反するふたつの面が一人の人物のなかに同居している。クライマックスで彼女が観覧車の支柱の一点に身を投げる。これは組織の任務を放棄する選択ではない。子どもたちと過ごした数日のうちに自分が受け取った『色』のほうを取るという、本人の感情の延長線上にある選択として組まれている。
声を担当する天海祐希は、舞台と映像で長くキャリアを積んできた俳優で、本作で初めて劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。落ち着いた低めの声色が、組織のスナイパーとしての佇まいと、記憶を失った『ますみ』としての素直さという両極を、同じ一人の人物として違和感なく繋ぐ。本作のキュラソーは、シリーズの劇場版ゲストキャラクターのなかでも特に強く記憶に残る一人となった。
江戸川コナン/工藤新一
本作におけるコナンの役割は、犯人を言い当てる推理そのものよりも、四つの勢力が抱える感情と利害の流れを観客の側へ整理して手渡すことにある。かつて黒の組織に毒薬APTX4869を飲まされ、身体を縮められた被害者でもある彼は、組織の動きに対して、長年つちかってきた警戒心の延長線上で動き続ける。
彼の見せ場は、施設の大観覧車で迎えるクライマックスだ。キック力増強シューズを駆使した移動と、四勢力の動きを同時に視界へ収めたうえでくだす判断が、間断なく続いていく。安室透の三重の身分、赤井秀一の生存、キール(水無怜奈)の組織内での立場——それらの情報を頭の中で整理しながら、観客には必要な分だけを台詞で明かしていく。
高山みなみのコナン、そして山口勝平の工藤新一は、本作でもシリーズで積み重ねてきた厚みを踏まえ、安定した演技を見せる。すべてを言葉にはしない人物だからこそ、ラストで示されるキュラソーの選択の重さを、観客のために最後に整える役割を、彼は黙って引き受けている。
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安室透/降谷零/バーボン
本作の、事実上もうひとりの主役と言える存在。表向きは毛利探偵事務所の助手として顔を出す私立探偵見習いの青年だが、その正体は公安警察『ゼロ』の捜査官・降谷零であり、さらに黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられている。三重の身分を生きる人物だ。
本作は、その三重の身分すべてを真正面から描く、シリーズのなかでも特に重要な一本である。組織の一員として表向き動きながら、本来の任務である公安捜査を進めていく。その立ち位置は、本作以降のシリーズで長く描き重ねられていく原点となった。古谷徹の演技も見どころだ。組織で見せる冷たさ、毛利探偵事務所で見せる軽妙さ、公安としての低い声音を、同じひとりの人物のなかに違和感なく重ねてみせる。
本作で彼は、施設の屋内通路の一区画で赤井秀一と数歩の距離を挟んで対峙し、その場では決着をつけない選択を取る。そしてクライマックス、観覧車での山場の直前では、組織の動きを止めるための判断を、自らの身分の選択と並行して下し続ける。その行方から目が離せない。
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赤井秀一/ライ/沖矢昴
元FBIの凄腕スナイパー。かつて『ライ』のコードネームで黒の組織に潜入したが、組織側に正体を見抜かれかけ、追及を逃れるために偽装死を遂げたとされる人物だ。本作の時点では、工藤邸に居候する東都大学の大学院生『沖矢昴』として日常を送りながら、必要とあらば『赤井秀一』としてスナイパーの務めに立ち戻る。二つの顔を使い分ける男である。
本作の赤井は、安室透との対峙、ジン・ウォッカとの長距離からの撃ち合い、そして観覧車のクライマックスでの援護射撃——という三つの見せ場で、本作を彩る四勢力の構図の一角を担う。池田秀一の声は、『赤井秀一』としての低く構えた射撃の声と、『沖矢昴』としての穏やかな居候の声、その両極を切り替えるように使われる。置鮎龍太郎が演じる沖矢昴の声もまた、赤井秀一との連続性を違和感なく保ち、重要な役割を果たしている。
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ジン・ウォッカ・ベルモット
黒の組織の主要メンバーが、本作で顔を揃える。最古参の幹部級であるジンは、現場の指揮を執る中心人物だ。その相棒ウォッカは、現場での実行役を担う。変装を得意とする女幹部ベルモットは、本作のなかでもっとも遠い位置から状況を見つめる立場に置かれている。
ジンとウォッカの関係は、本作でもシリーズが長年積み重ねてきたものをそのまま受け継ぐ。ジンの冷徹な判断と、ウォッカの実直な実行——その二つが組織側のリズムを支えている。ベルモットは、コナンと灰原哀それぞれの正体、すなわち縮んだ工藤新一と宮野志保(シェリー)を知る数少ない人物だ。本作でも、組織と二人のあいだに独特の距離を保ち続ける。
堀之紀のジン、立木文彦のウォッカ、小山茉美のベルモット——この三人の声が、本作でもシリーズ全体の連続性を強く支えている。
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灰原哀/宮野志保
元黒の組織の科学者・宮野志保。APTX4869を生み出した研究者である。本作では、コナンと並ぶ存在として、組織の動きへ長年向けてきた警戒の延長線上で行動する。記憶を失った『ますみ』を目にしたときの、彼女の表情に走るわずかな変化。それが本作のサスペンスにおいて、重要な小さな手掛かりとして機能する。
クライマックスで灰原哀は、施設の現場で少年探偵団を支える側に回る。コナンと連携し、観覧車の客の安全を確保する判断を下していく。林原めぐみの演技は、組織の科学者としての冷静さと、子どもとして仲間に向ける小さな表情の揺らぎを、同じ一人の人物の内に違和感なく重ねてみせる。
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ジョディ・スターリングとジェイムズ・ブ…
FBI捜査官のジョディ・スターリングと、その上司ジェイムズ・ブラック。かつて赤井秀一と行動を共にした仲間であり、本作では組織の動向と赤井の生存という二つの線を並行して追っていく。コナンたちとも要所で連絡を取り合い、本作に絡む四つの勢力の関係を観客に向けて整理してみせる、いわば見取り図の役割を担う存在だ。
ジョディを演じる一城みゆ希、ジェイムズを演じる石塚運昇。その声には、シリーズが長年積み重ねてきたものがそのまま息づいている。石塚運昇は本作のあと、2018年に逝去し、ジェイムズ・ブラックの声は後を継ぐキャストへと引き継がれていくことになる。劇場版のなかでも、ひときわ重みを帯びた場面に置かれた二人の声に注目したい。
少年探偵団・毛利蘭・毛利小五郎・阿笠博士
少年探偵団の歩美、元太、光彦は、本作で『ますみ』を最初に拾い、阿笠博士の家へ連れていくという一連の流れを担う。素直な好奇心と気遣いを向けながら過ごす数日の積み重ねが、やがて終盤でキュラソーが下す選択の土台となっていく。
毛利蘭、毛利小五郎、阿笠博士の三人は、四つの勢力が絡み合う本作の構図のなかでは控えめな位置に立つ。だが、レギュラー陣ならではの日常の温度を物語に運び込む役どころは確かだ。彼らを中心に据えた作品ではないものの、長年のファンが三人に重ねてきた思いを、抑えた配分で確実にすくい上げている。
舞台と用語
物語の主な舞台は、ヨーロッパ風のロシア風隠れ家に始まり、東京の首都高速道路、米花シティの街角と阿笠博士の家、そして米花シティに新たに開業する大型複合レジャー施設へと移っていく。施設内には巨大な水族館、屋内型のアミューズメント、観覧車、ローラーコースター、植物園、レストラン街などが揃い、クライマックスは敷地内の大観覧車に集中する。
用語面で物語の鍵を握るのが、「黒の組織」「公安警察」「ゼロ」「FBI」「CIA」「NOCリスト」「直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)」「APTX4869」、そして組織のコードネーム(ジン、ウォッカ、ベルモット、キール、バーボン、ライなどの酒名)だ。これらは原作・テレビアニメ本編で長く読まれ、観られてきた『黒の組織編』の用語群であり、本作では初見の観客にも理解できるよう順を追って提示される設計となっている。
24制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年公開の『時計じかけの摩天楼』に始まり、年に一作のペースで春興行を担う恒例企画として定着してきた。本作はその第20作にあたる。シリーズ20周年という節目に、黒の組織と公安・FBI・CIAという四つの勢力を真正面から描く題材を選んだ、大型企画として制作された。
企画と脚本
脚本は櫻井武晴が手がけた。櫻井は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』でも劇場版の脚本を担当しており、本作で三度目の登板となる。その仕事の核は、四勢力のあいだに走る複雑な利害と関係を、112分の劇場版のなかで混乱なく観客に整理して見せる手付きにある。長年シリーズの脚本を支えた古内一成が2014年に逝去し、脚本陣が段階的に新しい世代へと引き継がれていくなかで、櫻井のここでの仕事は、シリーズ全体の語り口を継承するうえで重要な一歩となった。
原作者の青山剛昌は、劇場版『名探偵コナン』の各作に監修・キャラクター原案として深く関わってきた。本作では、原作やテレビアニメ本編で長く積み上げられてきた黒の組織編のキャラクターたちを、劇場版のスケールに耐える構図へと並べ直す作業に多くの時間が割かれた。新キャラクター・キュラソーの造形と、彼女が直観像記憶の持ち主であるという設定は、本作の脚本の核として早い段階で固められている。
シリーズ20周年という節目にあたり、本作は「劇場版のなかでも本筋色がもっとも強い一本」を目指して企画された。冒頭のロシア風隠れ家の場面から、ラストの大観覧車のクライマックスまで、構成は終始、四勢力のあいだに走る緊張のうえに置かれている。長年シリーズを追い続けてきたファンに向けた、節目の祝祭として組み立てられた一作だ。
監督と演出
監督の静野孔文にとって、本作は劇場版『名探偵コナン』シリーズ6作目の登板となる。『漆黒の追跡者』『天空の難破船』『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『業火の向日葵』に続く一作であり、その演出は、四つの勢力のあいだに走る感情と利害の流れを、観客の側へ整理して手渡そうとする方向に向かっている。
本作における演出の特徴は、夜の首都高の追跡劇と、大観覧車のクライマックスにおける「高さ」の使い方にある。首都高のジャンクションの立体的な複雑さ、そして観覧車の支柱の傾斜が帯びる物理的な重み——こうした「高さ」を、観客の身体に直接届くスケール感へと組み上げていく。同時に、阿笠博士のキャンピングカーの車内といった狭い空間でも、人物の表情の作画に丁寧な目配りが行き届いている。
シリーズが長年培ってきた語り口を受け継ぎながら、20周年の節目にふさわしい大規模な絵を成立させる。その手付きこそ、本作の演出の中核に置かれている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。テレビシリーズと作画スタッフを共有しつつ、劇場版仕様に密度を高めて臨んでいる。最大の見せ場は、夜の首都高を舞台にした追跡劇と、ラストを飾る大観覧車のクライマックスの作画だ。複雑に入り組んだジャンクションの構造、ヘッドライトと夜景がにじませる光、車の疾走感——首都高の場面は、シリーズの中でもとりわけ密度の高い一連のシークエンスに仕上がっている。
観覧車のクライマックスでは、巨大な車体の傾き、支柱がきしむ物理的な歪み、ゴンドラ内の人物の動き、そして車体の重みを全身で受け止めるキュラソーのシルエットが、丹念に積み重ねられていく。この観覧車の作画もまたシリーズ屈指の密度を誇り、観客は劇場のスクリーンを通して、鋼鉄の重さと高さの手触りを物理的に体感することになる。CGと手描きの組み合わせも、視覚的な違和感を抑えながらスケール感だけを引き上げる方向で、丁寧に調整されている。
音楽と主題歌
音楽を手がけたのは大野克夫。『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』などのドラマ音楽で広く知られる作曲家であり、テレビアニメ『名探偵コナン』ではメインテーマから劇場版の劇伴までを担い、長年にわたってシリーズを支えてきた中心人物である。本作の劇伴は、夜の首都高を駆けるスリリングなテンポ、阿笠博士の家の温かな日常、大観覧車のクライマックスがもたらす重い高さ——性格の異なる場面の数々を、ひとつの音楽的な弧として束ねていく。
主題歌はB'zの書き下ろし「世界はあなたの色になる」。稲葉浩志と松本孝弘によるロックユニットB'zは、日本のロックバンドとして長く第一線を走り続けてきた代表的な存在で、劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担当するのは本作が初めてとなった。タイトルが示す通り、キュラソーが子どもたちと過ごした数日のうちに『世界の色』を受け取り直す——その物語の核を、ロック・バラードの形式で一曲に総括した楽曲である。
ラストのシークエンスで楽曲が流れ始める瞬間、観客は本作の112分間で揺れ動いてきた感情の総和を、ようやく胸の中で整理することになる。本作の主題歌はB'zの代表曲のひとつとして長く聴き継がれ、劇場版『名探偵コナン』の主題歌史のなかでも、とりわけ強く記憶される一曲となった。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎と、シリーズおなじみのレギュラー陣が顔を揃える。さらに本作では、古谷徹の安室透/バーボン、池田秀一の赤井秀一/ライ、置鮎龍太郎の沖矢昴、三石琴乃のキール/水無怜奈、堀之紀のジン、立木文彦のウォッカ、小山茉美のベルモットと、シリーズの黒の組織編を支えてきた中心声優が一挙に画面へ集結する。
新キャラクター・キュラソーの声を演じた天海祐希は、劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に本作で初めて起用された。舞台と映像で長くキャリアを重ねてきた天海の、落ち着いた低めの声。その響きが、組織のスナイパーとしての佇まいと、記憶を失った“ますみ”としての素直さという両極を、同じ一人の人物のなかに違和感なく繋いでみせる。ゲスト声優陣の演技は、シリーズ歴代の劇場版ゲストのなかでも特に高い水準でまとまっており、見どころのひとつだ。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、夜の首都高を舞台にした追跡劇と、大観覧車でのクライマックスという二つの山場に集約される。立体的に入り組んだ首都高のジャンクション、ヘッドライトと夜景が放つ光、疾走する車輛、車外へ投げ出されては不時着する人物——。冒頭のアクションは、それ自体が本作を貫く四勢力の構図を観客の前に並べてみせる、導入装置としての役割を担っている。
観覧車のクライマックスは、支柱に施された細工、傾いていく車体、ゴンドラ内での人物の動き、そして車体の重みを全身で受け止めるキュラソーのシルエットを、ひとつずつ論理的に積み上げて構成されている。サスペンス演出として際立つのは、キュラソーが記憶を取り戻す瞬間、安室と赤井が対峙する瞬間、そして組織が最終局面へと動き出す瞬間——この三つの流れを、観客の側へ丁寧に整理して手渡す手付きだ。
31公開と興行
本作は2016年4月16日に日本で公開され、春興行の柱として大ヒットを記録した。最終的な国内興行収入は約63.3億円に達し、それまで歴代1位だった前作『業火の向日葵』を大きく上回った。本作公開時点で、劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代1位の記録を塗り替えたのである。シリーズが20本を超えてなお記録を更新し続けることを、内外に強く印象づける象徴的な一作となった。
中心に据えられたのは、『黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力』『安室透と赤井秀一の対峙』『キュラソーという新キャラクター』『B'zの主題歌』『大観覧車のクライマックス』。いずれも観客を劇場へ繰り返し向かわせる強い求心力を持っていた。原作とテレビアニメで長年積み重ねられてきた『黒の組織編』を、劇場のスケールで真正面から描き切る。それだけに、長年のファンほど何度も足を運ぶ傾向が見られた。
海外でも順次公開され、東アジアを中心に高い評価とヒットを得た。劇場版『名探偵コナン』が長年かけて築いてきた海外のファン層に対し、本作は『黒の組織編』の総決算と新キャラクターの両面で応え、新たな観客の獲得にもつながった。本作のヒットは、劇場版『名探偵コナン』が国境を越えて受け入れられ続ける流れを、もう一段確かなものにしたと言える。
受賞・選定の場でも本作は強い存在感を放ち、アニメ関連の年度賞や音楽賞では、作品本編と主題歌の両面で言及されることが多かった。B'zの『世界はあなたの色になる』は、本作公開以降も長く聴き継がれる代表曲のひとつとして、広く知られていく。
32批評・評価・文化的影響
本作の評価は、大きく三つの軸から語られてきた。ひとつは劇場版『名探偵コナン』としての本筋色の強さ、ひとつは新キャラクター・キュラソーの造形、そしてもうひとつは安室透と赤井秀一の対峙を劇場版で初めて本格的に扱った点である。本筋色については、シリーズが長年積み重ねてきた黒の組織編を劇場版のスケールで真正面から描いた一本として、その評価が確定した。二つ目の軸では、組織の一員としての佇まいと、記憶を失った「ますみ」としての素直さ。その両極をひとりの人物のうちに同居させた手付きが高く評価された。
三つ目の軸が重みを持つのは、テレビアニメや原作で長年描き重ねられてきた安室と赤井の確執を、劇場版のスケールで初めて真正面から扱った一本だからである。本作以後、二人の関係は劇場版とテレビアニメ本編の双方で繰り返し中心の題材となり、本作はそのリストの基準点として記憶され続けることになった。
本作が確立した、四勢力の人物を同じ画面のうえに並べる手法は、その後のシリーズ全体の方針にも影響を与えている。後年の劇場版でも、特定の人物関係を中心に据えながらシリーズの本筋色の強い題材を真正面から扱う構成が、繰り返し試みられてきた。その基準のひとつとして、本作の手付きは今なお参照され続けている。
文化的な影響も大きい。B'zの『世界はあなたの色になる』は広く聴き継がれ、本作以降は「キュラソー」「NOCリスト」「大観覧車」「安室と赤井」といったキーワードが、長年のファンだけでなく一般の観客にとっても、劇場版『名探偵コナン』のもっとも記憶される題材のひとつとなった。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの第20作にあたる。シリーズ20周年の節目に、黒の組織と公安・FBI・CIAの四勢力を真正面から扱う題材を選んだ。そこには、企画陣のはっきりとした意思がうかがえる。
キュラソー役に天海祐希を起用したことは、公開前の話題を大きく押し上げた。天海は舞台や映像で長くキャリアを積んできた俳優で、声優としての本格的な仕事は限られている。それでも本作の演技は、シリーズの劇場版ゲスト声優のなかでもとりわけ強く記憶される一例となった。
脚本は櫻井武晴が三度目の登板を果たした。四勢力の人物のあいだに走る複雑な利害と関係を、112分のなかで混乱なく整理してみせる手付きは、シリーズの脚本陣の世代交代を支える重要な一歩となった。長年シリーズの脚本を担ってきた古内一成が2014年に逝去したのち、その語り口を新しい世代へ引き継ぐ流れのなかで、本作の櫻井の仕事は記憶される位置に置かれている。
B'zの主題歌起用も、本作の話題を大きく押し上げた要素のひとつだ。『世界はあなたの色になる』は彼らの代表的なシングルとして長く聴き継がれ、物語の核を一曲のなかに総括した楽曲として、本作とともに今も愛されている。
興行収入が約63.3億円に達したことは、劇場版『名探偵コナン』が春興行のなかで毎年安定して大型のヒットを生み出すブランドとして完全に確立したことを、改めて裏付けた。本作以降、劇場版『名探偵コナン』はシリーズの興行記録を毎年のように更新し続ける位置に立つことになる。
34テーマと解釈
本作の中心テーマは『世界の色』である。組織の人員として、与えられた任務を機械のように完璧にこなしてきたキュラソーが、記憶を失った数日のうちに、子どもたちと過ごす時間の中で『世界の色』を初めて受け取り直す——本作の物語は、その一人の人物の感情の流れを、四勢力の構図と大観覧車のクライマックスの全体で支えるよう設計されている。主題歌のタイトルが『世界はあなたの色になる』であることは、本作の主題の最も直接的な要約である。
もうひとつのテーマは『記憶』である。直観像記憶の持ち主であるキュラソーが、組織のスナイパーとしての記憶と、子どもたちと過ごした数日の記憶の、その両方を頭の中に同時に抱える——本作のクライマックスの彼女の選択は、彼女が自分の中の二種類の記憶のどちらに体重を掛けるかという問いの答えとして組まれている。記憶は、本作の中で単なるサスペンスの装置ではなく、人物の選択を決める根本的な力として扱われている。
そして本作のもう一つの大きなテーマは『立場の重なり』である。安室透の三重身分、赤井秀一の二重身分、キール(水無怜奈)の二重身分——本作の登場人物のかなりの数が、自分の中に複数の身分を抱えたまま動いている。彼らが、互いの立場を完全には見抜けないままで一日の中で交差する構造は、本作の濃密なサスペンスの土台となっている。
もうひとつ見逃せないのが『子どもと大人』というモチーフである。少年探偵団の歩美・元太・光彦が記憶を失った『ますみ』に対して向ける素直な好奇心と気遣いの数日の重なりが、本作のクライマックスのキュラソーの選択の土台となる。本作の人物造形は、子どもたちの素直さが大人の選択を変えうるという視点を、徹底して描く方向に向けて整えられている。
35見る順番
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結だが、本作は『黒の組織編』の劇場版総決算ともいえる一本である。初見で本作から入っても物語は十分に追えるが、テレビアニメや原作で『黒の組織編』『赤井家』『安室透/降谷零』のいずれかに少しでも触れていれば、四勢力が向き合う構図の重みも、ラストを飾る大観覧車での数分間の温度も、何倍にも沁みてくる。
おすすめしたいのは、劇場版第13作『漆黒の追跡者』、第18作『異次元の狙撃手』など、黒の組織と赤井家・安室透が大きく動く近作を踏まえてから本作へ進む順番だ。前作群と並べてみると、四勢力を真正面から扱うという本作の題材が、劇場版シリーズのなかでどんな位置に置かれているのかが、より立体的に見えてくる。鑑賞後は、本作で本格的に描かれた安室透と赤井秀一の関係が、以後の劇場版やテレビアニメ本編でどう扱われていくのかを追うのも、ひとつの楽しみだ。
黒の組織と赤井家の物語を中心に追いたいなら、テレビアニメと原作の関連エピソード、本作、そしてシリーズの黒の組織関連の劇場版を並べてみるといい。シリーズが長年このテーマをどう描き重ねてきたかが見えてくる。本作はそのなかで、劇場版が初めて四勢力を同じ画面のうえに揃えた重要な節目に位置づけられる一本である。
36よくある質問
「あらすじだけ知りたい」のであれば、ヨーロッパ風の隠れ家でのNOCリスト読み取りと、記憶を失った謎の女性『キュラソー』を少年探偵団が拾うこと——この二つが本作の物語を動かす二大発端である。そう押さえておけば十分だ。「結末・ネタバレを知りたい」のであれば、彼女の正体が黒の組織のスナイパー兼情報処理担当であること、そして記憶を取り戻したうえで、大観覧車の支柱の一点に身を投げ、子どもたちと施設の客を救う道を選ぶこと。これが物語の核となる。
「キュラソーとは何者か」。その問いには、黒の組織のスナイパー兼情報処理担当であり、直観像記憶(フォトグラフィック・メモリー)の持ち主だと答えられる。「動機」については、スナイパーとしての記憶を取り戻しながらも、子どもたちと過ごした数日のうちに受け取った『色』のほうを選ぶ、彼女の感情の延長線上にある選択だ。「安室透と赤井秀一は本作で直接対決するのか」という問いには、施設の屋内通路で数歩の距離を挟んで対峙はするが、その場で直接の決着はつかない、と答えておく。
「初見でも見られるか」。本作は単体で完結しているため、初見でも問題なく楽しめる。ただし、『黒の組織編』『赤井家』『安室透/降谷零』のいずれかをテレビアニメや原作で少しでも知っていれば、四勢力が織りなす構図の重みはまるで違ってくる。「見る順番」は、近作の黒の組織関連の劇場版を踏まえてから本作に入るのが、もっとも安定するだろう。
「主題歌『世界はあなたの色になる』は本作のために書き下ろされたのか」「キュラソーは本作以降も登場するのか」「安室透と赤井秀一の関係は本作以降どう描かれるのか」。こうした頻出の問いについては、本記事の制作・舞台裏・見る順番の各章でそれぞれ詳しく触れている。だが本作がもっとも重く投げかけるのは、むしろ別の問いだ。『一人の人物が記憶を取り戻したとき、組織のスナイパーとしての自分と、子どもたちと過ごした数日の自分、そのどちらに体重を掛けるのか』——その答えは観客一人ひとりに委ねられ、それこそが本作の最後のピースとなる。
37参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部評価は変動する可能性があるため、視聴前に公式サイトおよび各データベースの最新の表示を確認してほしい。なお本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。