ロマノフ家最後の宝『メモリーズ・エッグ』をめぐり、怪盗キッドが劇場版へ初参戦する記念碑的な一本。ガラス越しの宝石、二人のシルエット、燃え落ちる『百年城』——20世紀の終わりに、もう一人の名探偵と一人の大泥棒が同じ夜空の下に並んだ、劇場版『名探偵コナン』第3作。
原作青山剛昌、脚本古内一成、音楽大野克夫、配給東宝、アニメーション制作トムス・エンタテインメント。上映時間100分。劇場版『名探偵コナン』シリーズ第3作。20世紀末という年号そのものをタイトルに取り込んだ、シリーズ初期の代表作の一本である。
原作および同じ青山剛昌のスピンオフ『まじっく快斗』で人気を得ていた怪盗キッドが、本作で劇場版『名探偵コナン』へ初めて本格参戦した記念碑的な一本である。鈴木財閥総帥・鈴木次郎吉と、お披露目パーティに招かれた毛利探偵事務所、服部平次・遠山和葉、そして大阪に建てられた敦賀城を模した『百年城』が舞台となり、ロマノフ家最後の遺産『メモリーズ・エッグ』をめぐる予告状と、その裏で進行する古い暗殺事件の謎が並走する構成を取る。
1999年4月17日公開、最終興行収入は約26億円、観客動員約220万人を記録した。前作『14番目の標的』からさらに成績を伸ばし、劇場版『名探偵コナン』が春の興行の定番として定着していくうえで決定的な役割を果たした一本である。主題歌の小松未歩『あなたがいるから』はB'z/ZARDの系譜に連なるビーイング系の代表的バラードのひとつとして、劇場版主題歌史に残る楽曲となった。
鈴木次郎吉のもとへ届く怪盗キッドの予告状、お披露目パーティでの第一の宝石強奪、骨董商・井上靖之の殺害、服部平次が怪盗キッドと取り違えられて狙われる展開、ロマノフ家『メモリーズ・エッグ』の正体、敦賀城を模した『百年城』での最終攻防、過去の暗殺者『スコーピオン』の正体と動機、燃え落ちる城からの脱出までを、結末を含めて順に追う。本作の最重要のネタバレ(犯人・動機・キッドの介入の意味)を前提に構成している。
目次 34項目 開く
概要
『名探偵コナン 世紀末の魔術師(せいきまつのまじゅつし)』は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、1999年4月17日に東宝の配給で日本公開された。劇場版シリーズ第3作にあたり、監督をこだま兼嗣、脚本を古内一成、音楽を大野克夫が担当している。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。上映時間は100分である。タイトルに『20世紀末』という年号そのものを抱え込んだ本作は、原作および同じ青山剛昌のスピンオフ作品『まじっく快斗』で人気を得ていた怪盗キッド/黒羽快斗を、劇場版『名探偵コナン』へ初めて本格的に参戦させた記念碑的な一本としても知られる。
舞台のひとつとなるのは、鈴木財閥総帥・鈴木次郎吉が新たに購入した骨董品コレクションのお披露目パーティであり、その目玉として展示されるのが、ロシア帝国最後の皇帝ニコライ二世が、皇女アナスタシアの生誕を祝って職人ピョートル・カール・ファベルジェに作らせたとされる『メモリーズ・エッグ(記憶の卵)』である。ロマノフ家がボリシェヴィキ革命の混乱の中で滅亡した1918年、皇族とともに失われたとされていたこの宝飾エッグが、約80年の時を経て次郎吉のもとへ流れ着いたという設定で、本作の事件は動き始める。
中心人物は江戸川コナンと、彼を狙うかのように予告状を送ってくる怪盗キッド/黒羽快斗、そして大阪府警の知り合いを経由してパーティに招かれた高校生探偵・服部平次と幼馴染の遠山和葉である。物語は、メモリーズ・エッグをめぐる怪盗キッドの予告状という派手な表の舞台と、その裏でひっそりと進行していく古い暗殺事件——『20世紀の魔術師』と呼ばれた女スパイ/暗殺者『スコーピオン』をめぐる影の物語——の二本柱で組まれ、最後は大阪に建てられた敦賀城の精巧な複製『百年城』で交差する。
公開後の興行は最終的に約26億円、観客動員約220万人を記録した。前作『14番目の標的(ターゲット)』からさらに成績を伸ばし、劇場版『名探偵コナン』が春の興行の恒例として定着していく過程の中で、決定的な拡大を果たした一本である。主題歌は小松未歩の『あなたがいるから』。本記事は、結末、真犯人、スコーピオンの正体、メモリーズ・エッグの中身まで含む全編の内容に踏み込む。物語の重大な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから読み進めることを勧める。
- 原題
- 名探偵コナン 世紀末の魔術師
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第3作
- 監督
- こだま兼嗣
- 脚本
- 古内一成
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- 小松未歩「あなたがいるから」
- 日本公開
- 1999年4月17日
- 上映時間
- 100分
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、怪盗もの、アクション
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、鈴木財閥総帥・鈴木次郎吉のもとに届く怪盗キッドからの予告状をきっかけに動き始め、お披露目パーティでの第一の宝石強奪、骨董商・井上靖之の殺害、服部平次が怪盗キッドと取り違えられて狙われる展開、ロマノフ家『メモリーズ・エッグ』の中身をめぐる古い暗殺者『スコーピオン』との攻防、そして敦賀城を模した大阪の城『百年城』が炎に包まれるクライマックスへと収束していく。
予告状——20世紀末、最後の魔術師
物語は、鈴木財閥総帥・鈴木次郎吉のもとへ一通の予告状が届く場面から動き出す。差出人は怪盗キッド。文面には、次郎吉が手に入れたばかりの骨董品『メモリーズ・エッグ』を、本日のお披露目パーティの席上で頂戴するという趣旨が、シンプルなシルエットとモノクルの絵柄とともに記されている。20世紀末という時代の節目に、世間で『最後の魔術師』と囃される怪盗が、ロシア帝国最後の遺品を狙うという、いかにも芝居がかった構図である。
次郎吉は予告状を逆手に取り、怪盗キッドを罠にかけて自分の手で捕らえようと、毛利探偵事務所と警視庁を巻き込む大規模なお披露目パーティを開催する。会場となるのは次郎吉所有のホール。招待客には、毛利小五郎・蘭、コナン、鈴木園子のほか、報道陣、骨董の目利き、財界関係者が並び、現場の警備は目暮十三警部と白鳥任三郎警部のラインで固められる。さらに、大阪府警の警察関係者からの紹介で、高校生探偵・服部平次と幼馴染の遠山和葉までもがパーティに招かれており、東西の二人の高校生探偵が同じ夜の下に並ぶ。
予告された時刻が近づくにつれ、会場の照明は段階的に絞られていく。展示ケースの中央には、鈴木次郎吉が手に入れたロマノフ家『メモリーズ・エッグ』が、薔薇色の柔らかな光に包まれて置かれている。集まった人々の半分は宝の在処に、もう半分は怪盗が現れる扉のほうに視線を向ける。明るい祝祭と、その裏側でひっそりと動き出す影の物語の対比が、本作の最初の数十分でじっくりと立ち上げられていく。
お披露目パーティ——闇に踊るキッド
予告の時刻ちょうど、会場の照明が一斉に落とされる。複数のスポットが乱反射するなか、観客が次に光景を見たときには、メモリーズ・エッグはケースから消え失せ、代わりに残されたのは怪盗キッドの署名と一輪の薔薇だけだった。会場の出入口は警察によって閉ざされており、犯人は確実にこの会場のどこかに居る——にもかかわらず、警備陣の輪の中央で、宝だけがあっさりと姿を消す。手品師としての怪盗キッドの面目を象徴する、本作最初の見せ場である。
コナンは、会場の天井裏の通気口、ステージ袖のドアの位置、照明係の作業導線を素早く頭の中で結び合わせ、怪盗キッドの逃走経路を組み立てていく。服部平次もまた、東洋人離れした体さばきと観察眼で同じルートに踏み込む。屋上へ追い詰められたキッドは、薄絹のような小型のハンググライダーを広げ、夜の街並みの上へと滑空して逃げる。手すりの上から飛び出す彼の細い影と、コナンと服部の二つの影が、月明かりの下でほんの一瞬だけ並ぶショットは、本作のキービジュアルの原型のひとつになった。
ところが、奪い去られたはずのメモリーズ・エッグは、その夜のうちに警察と探偵団の手元に静かに戻ってくる。怪盗キッドは『この卵は、お前のものでも私のものでもない』という趣旨の短い書き置きを残し、卵を返却して姿を消す。表向きの怪盗劇は、ここで一度終結する。しかし、ロマノフ家の卵そのものが、本来あるべき場所ではない誰かの手元に渡ったままだという感覚だけが、登場人物と観客の双方に薄く残されたまま、物語は次の局面へ移っていく。
骨董商の死——本物の事件、その始まり
事態が決定的に変わるのは、次郎吉にメモリーズ・エッグを売却した骨董商・井上靖之の自宅が、何者かによって荒らされ、本人が殺害された姿で発見されたという報せが入った瞬間である。捜査に向かったコナン、毛利小五郎、目暮警部、白鳥警部は、井上の私室と書斎が徹底的に物色された跡を確認する。盗まれたものは多くなく、犯人は明らかにメモリーズ・エッグそのもの、あるいはそれにまつわる『情報』を探していたと見られる状況である。
井上の遺体の手元には、一本のダイイング・メッセージのような走り書きが残されていた。一見すると意味の取れないアルファベットと数字の組み合わせだが、コナンと服部平次が交互に組み替えていくうちに、それがロマノフ家にまつわる一語と、特定の場所の隠喩を兼ねていることが浮かび上がってくる。怪盗キッドの予告と同じ夜に、まったく別の文脈で進行していた『本物の事件』の輪郭が、ここでようやく立ち上がる。
この時点で観客が察し始めるのは、本作のタイトル『世紀末の魔術師』が指す対象が、一人ではないということである。20世紀末という時代の節目に派手な手品で人々を魅せる怪盗キッドの裏側で、もう一人、別の意味で『20世紀の魔術師』と呼ばれた人物がいる——そしてその影は、ロマノフ家の卵とともに、80年近い時間の地中を這って、再び大阪の地表に顔を出そうとしている。
服部平次、キッドと取り違えられる
ここで物語に大きな捻れを与えるのが、高校生探偵・服部平次の存在である。お披露目パーティの夜、屋上で怪盗キッドを追跡した平次は、月明かりの下で彼と一瞬だけ正面から対峙していた。背格好、髪型の輪郭、すらりとした立ち姿——それらが偶然にも、平服のままの黒羽快斗(怪盗キッドの素顔)と驚くほど近かったことが、平次の身を危険に巻き込む引き金となる。
翌日以降、平次は人気のない場所で何者かに繰り返し命を狙われる。最初は通行人の中に紛れた人物からのスタンガン、次は車両の進路を変えての衝突未遂、さらに大阪の街を見渡せる橋のたもとでの待ち伏せ——いずれの場面でも、襲撃者は明らかに『怪盗キッドの素顔』を消そうとする者の手付きで動いている。和葉と平次がはぐれかける場面、和葉がもう一段強く平次を心配し始める場面が、本作の二人の関係を一歩深いものへと押し上げていく。
コナンは、襲撃者の動きと井上殺害現場に残された痕跡を突き合わせ、ある仮説に行き着く。井上を殺した人物は、ロマノフ家の卵を狙うのと同時に、その夜に屋上で『怪盗キッドの素顔』を見たかもしれない目撃者を、念のために消そうとしている。平次が狙われているのは彼自身に恨みがあるからではなく、ただ単に、運悪く『キッドと顔を合わせた高校生』として記録されてしまったからである、と。観客にだけ、本作の影の犯人——平次でもキッドでもない第三者の存在——の輪郭が、ここで初めて明確な像を結び始める。
メモリーズ・エッグ——ロマノフ家の最後の記憶
並行して、コナン、平次、阿笠博士は、メモリーズ・エッグそのものの来歴を洗い直していく。皇帝ニコライ二世が皇女アナスタシアの生誕祝いに、宮廷御用達の宝飾師ピョートル・カール・ファベルジェへ特別に作らせたとされる『記憶の卵』。卵の表面にはロマノフ家の家紋と細密な彫刻が施され、内部には開閉式の小さな仕掛けが組み込まれているという伝承が残されている。ボリシェヴィキ革命の中、皇族とともに失われたはずのこの卵が、なぜか80年近い時間を経て大阪の鈴木邸へ流れ着いたという経緯そのものが、本作の謎の中心に置かれる。
卵に隠された仕掛けは、皇帝家がボリシェヴィキの追及から逃れるために、宮殿の地下に隠したとされる帝室財宝の在処を示す『鍵』のひとつだったのではないか——本作はそうした仮説を、登場人物たちが順に積み上げていく形で観客へ提示する。皇女アナスタシアにまつわる『生存伝説』、ロマノフ家最後の夜に火に焼かれた書類、シベリアを通って日本へ流れ着いた亡命貴族のルート、これらが少しずつ結びついていく構成は、シリーズの中でも特に歴史的な広がりを持ったプロットである。
井上靖之を殺害した犯人がこの卵を執拗に狙うのは、単純な宝石としての価値のためではなく、その内部の『記憶』——ロマノフ家の隠した遺産の位置情報、もしくはそれにまつわる古い秘密——を独占したいからである。観客は、本作のミステリーが純粋な殺人事件であると同時に、20世紀そのものの記憶を巡る歴史ミステリーでもあることを、ここで明確に理解する。
鈴木次郎吉——もう一人の劇場版の主役
本作で本格的に劇場版へ登場した人物のひとりが、鈴木財閥総帥・鈴木次郎吉である。鈴木園子の大叔父にあたるこの老紳士は、怪盗キッドの予告状を逆手に取って自らパーティを企画し、自分のコレクションを餌に大泥棒を罠にかけようとする、豪胆な経済人として描かれる。劇場版『名探偵コナン』におけるキッドと次郎吉の対立構図の起点は、本作にある。
次郎吉は単なる金満家ではない。骨董と歴史への深い愛着を持ち、メモリーズ・エッグについても、その美術的価値だけでなく、ロマノフ家最後の悲劇の象徴としての重みを十分に承知している。お披露目の場で彼が観客に語る『この卵は単なる宝石ではない、20世紀そのものの記憶だ』という趣旨の口上は、本作のテーマの一端を担う台詞でもある。
事件が複雑化していくなかで、次郎吉はパーティの主催者としての責任を最後まで降ろさず、コナンと服部平次の捜査に必要な支援を惜しまない。後年の劇場版『天空の難破船』『業火の向日葵』『紺青の拳』などでキッドと真っ向から対峙していく次郎吉像の原型は、本作のこの落ち着いた指揮ぶりに既にすべて宿っている。
百年城——敦賀城を模した最後の舞台
メモリーズ・エッグの内部の仕掛けと、井上が残したダイイング・メッセージ、そして鈴木家のコレクションのなかにあった古い記録を結び合わせて、コナンと平次は、本作のクライマックスの舞台が大阪に存在する一棟の城——敦賀城を実物大で精巧に模した観光城『百年城』——であることを突き止める。歴史的な敦賀城そのものではなく、20世紀の初頭に経済人の手で建てられた『模造の城』であり、内部には当時の意匠を再現した広間、回廊、天守閣が残されている。
コナン、平次、和葉、蘭、園子、小五郎、阿笠博士、少年探偵団、目暮警部、白鳥警部——本作の主要人物の多くが、それぞれの目的でこの『百年城』へ集まる。次郎吉は所有者のコネクションでパーティの延長としての立ち入りを段取りし、警察は犯人逮捕の現場として、コナンと平次は事件の最終的な解決の場として、それぞれこの城を選び取る。城の中の地下、隠し部屋、天守の最上層が、それぞれの登場人物の動線として並列に進む構成は、本作の終盤の濃さを支える。
城内ではメモリーズ・エッグの内部の仕掛けが解かれ、ロマノフ家の隠し財宝にまつわる文字情報が浮かび上がる。だが、その瞬間を狙って、本作の本当の犯人である『20世紀の魔術師』スコーピオンが、姿を現すことになる。
スコーピオン——20世紀のもう一人の魔術師
本作の真の敵は、20世紀の前半から後半にかけて欧州とアジアで暗躍したとされる伝説の暗殺者『スコーピオン』である。劇中の言及によれば、政治要人の暗殺、要塞内部からの情報持ち出し、複数人の同時殺害といった『不可能犯罪』を、まるで手品のように成功させてきたことから、犯罪界では『20世紀の魔術師』と呼ばれていたとされる。男装も女装も自在に行い、長年その正体が誰にも特定されてこなかった点が、彼/彼女の最大の特徴である。
スコーピオンが本作で動いている理由は、ロマノフ家の隠し財宝そのものではなく、自らの正体を知る数少ない生存者を、20世紀末という節目に合わせて始末しておきたいという、より個人的な動機にある。井上靖之はその一人であり、屋上で怪盗キッドと顔を合わせたかもしれない服部平次もまた、消すべき相手のリストに名前を載せられてしまった。怪盗キッドの華やかな魔術と、スコーピオンの冷たい魔術——本作のタイトル『世紀末の魔術師』は、この二人の魔術師を最後まで重ねて指し示すように設計されている。
終盤、『百年城』の内部で、コナンと服部平次は順にスコーピオンの偽装の層を剥がしていく。本作のスコーピオンは、これまで物語の中で『無害な大人』『パーティの招待客の一人』として登場人物の誰もが受け入れていた人物であり、その正体が暴かれる瞬間の衝撃は、本作の最重要のネタバレ箇所として観客に強い印象を残す。男装か女装かさえ判然としない長い暗闇の時間を生きてきた彼/彼女が、20世紀の最後の春に大阪の城のなかで素顔を晒すという構図そのものが、本作の物語上の核心を成している。
燃え落ちる百年城——脱出と再会
スコーピオンは自らの足取りを完全に消すため、追い詰められた『百年城』の内部に予め仕掛けておいた発火装置を作動させる。古い木造の意匠を中心に作られた城は、ほどなく火の手に包まれ、回廊と天守を結ぶ階段が次々と崩れていく。コナン、服部平次、和葉、蘭、園子、毛利小五郎、阿笠博士、少年探偵団、目暮警部と白鳥警部、鈴木次郎吉——それぞれが、自分の脱出と仲間の脱出を同時に背負う、長い数分間が始まる。
コナンは阿笠博士のキック力増強シューズと腕時計型麻酔銃を頼りに、燃え落ちる梁の隙間を縫って城の出口を探す。服部平次は和葉を背負って一段ずつ階段を確認しながら降りる役を引き受け、和葉は途中で恐怖を見せながらも、最後まで平次の腕を離さない。鈴木園子はその場の機転で天守の窓の鍵を開け、消火の水流を内側に引き込む手助けをする。蘭は煙の充満する廊下で少年探偵団の手を引き、毛利小五郎は阿笠博士と並んで子どもたちの最後尾を守る側に回る。
そこに、本作のもうひとりの『魔術師』である怪盗キッドが、屋根の上から軽やかに姿を現す。最初の予告状の夜に一度だけ姿を見せて以来、影で全体を見守っていた彼は、燃え落ちる城のなかで動けなくなった一人を抱え上げ、ハンググライダーで夜の街並みの上へと運び出す。コナンは追いかけることもできた立場で、結局それをしない。両者は短い目線だけを交わし、メモリーズ・エッグそのものは怪盗キッドの手で『本来あるべき場所』へ静かに返却されていく。
城は明け方までに大半を焼失するが、本作の登場人物に死者は出ない。スコーピオンは火の中で自らの計画を最終的に断たれ、警察の手によって連行されるか、自ら炎の向こうへ姿を消すかの間で、最後の身振りを観客に残す。20世紀の終わりに、二人の魔術師——一人は宝を盗む大泥棒、もう一人は人の命を盗み続けてきた暗殺者——の物語が、同じ城のなかで完結する形で本作は閉じる。
翌朝、コナン、服部平次、和葉、蘭、園子、毛利小五郎、阿笠博士、少年探偵団、目暮警部と白鳥警部、鈴木次郎吉が、まだ煙の残る城跡の前に集まる。残されたのは、焼け焦げた木材と、誰のものか分からない一枚のトランプ——怪盗キッドの『次の予告状』へ続く小さな伏線である。20世紀の最後の春に決着した一つの長い物語の終わりと、21世紀へ続く新しい『キッドの物語』の始まりが、ここで同時に観客に手渡される。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理する。固有名詞は鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを暗記する必要はない。
レギュラー陣
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 鈴木園子
- 阿笠博士
- 吉田歩美
- 小嶋元太
- 円谷光彦
警視庁・組織
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎警部
- 佐藤美和子刑事
- 高木渉刑事
- 大阪府警の刑事陣
- 鈴木財閥(鈴木次郎吉の経営する企業群)
- 報道陣・骨董関係者の招待客
事件関係者・ゲスト
- 服部平次(大阪の高校生探偵/声:堀川りょう)
- 遠山和葉(平次の幼馴染/声:宮村優子)
- 鈴木次郎吉(鈴木財閥総帥/お披露目パーティの主催者)
- 井上靖之(次郎吉にメモリーズ・エッグを売却した骨董商/殺害される)
- 怪盗キッド/黒羽快斗(劇場版へ初参戦する大泥棒/声:山口勝平)
- スコーピオン(20世紀を生きた伝説の暗殺者/本作の真犯人)
- パーティの招待客たち(報道陣・財界・芸能・骨董)
犯人と動機(重大ネタバレ)
- 本作の連続事件の真犯人は、20世紀の前半から後半にかけて欧州とアジアで暗躍した伝説の暗殺者『スコーピオン』である
- スコーピオンは長年男装と女装を自在に使い分けてその正体を秘匿してきた人物で、本作では一見『無害な大人』『パーティの招待客の一人』として登場人物に紛れ込んでいる
- 動機の核は、20世紀末という節目に合わせて自らの正体を知り得る数少ない生存者を始末しておくことであり、骨董商・井上靖之の殺害も、屋上で怪盗キッドと顔を合わせたかもしれない服部平次への執拗な襲撃も、この一点に由来する
- ロマノフ家『メモリーズ・エッグ』の内部の仕掛け(皇帝家の隠し財宝の在処に通じる『鍵』)はあくまでスコーピオンが過去から拾い上げてきた副次的な戦利品であり、本来の目的ではない
- 怪盗キッドはスコーピオンとは別の文脈で動いていた『もう一人の魔術師』であり、最終的にメモリーズ・エッグそのものは盗まずに『本来あるべき場所』へ返却し、敵を彼自身の方法で追い詰める形で本作の幕を閉じる役回りを担う
舞台
- 鈴木次郎吉所有のパーティ会場(メモリーズ・エッグお披露目)
- 骨董商・井上靖之の自宅(第一の殺人現場)
- 大阪市街・夜の屋根の上
- 大阪に建てられた敦賀城を実物大で模した観光城『百年城』(クライマックスの舞台)
- 20世紀末の大阪の街並み(橋・通り・夜景)
トリック・小道具
- 怪盗キッドの予告状とシルエットの署名
- ロマノフ家『メモリーズ・エッグ』とその内部の隠し仕掛け(皇帝家の隠し財宝の在処への鍵)
- コナンの腕時計型麻酔銃と蝶ネクタイ型変声機
- 阿笠博士特製のキック力増強シューズと探偵バッジ型トランシーバー
- 怪盗キッドのモノクル・シルクハット・小型ハンググライダー
- 井上靖之が遺したダイイング・メッセージ
- 敦賀城『百年城』内部に仕掛けられた発火装置と古い隠し部屋
主題歌・主要声優
- 主題歌:小松未歩「あなたがいるから」(作詞・作曲:小松未歩/編曲:池田大介)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:神谷明
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 阿笠博士:緒方賢一
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- 目暮十三:茶風林
- 白鳥任三郎:井上和彦
- 服部平次:堀川りょう
- 遠山和葉:宮村優子
- 怪盗キッド/黒羽快斗:山口勝平
- 鈴木次郎吉:永井一郎
- 井上靖之/スコーピオン関連のゲスト声優陣
主要登場人物
本作の人物配置は、レギュラー陣(コナン、蘭、小五郎、園子、阿笠博士、少年探偵団、目暮警部、白鳥警部)に、東西の高校生探偵と幼馴染の二組——服部平次と遠山和葉——、鈴木財閥の総帥・鈴木次郎吉、そして本作のために用意された二人の『魔術師』——怪盗キッドと暗殺者スコーピオン——が組み合わさる形で構成されている。劇場版『名探偵コナン』の登場人物のラインナップが、本作で大きく一段拡張された印象は、後年に至るまで強く残る。
江戸川コナン/工藤新一(高山みなみ/山口勝平)
本作のコナンは、表で動く怪盗キッドの予告状騒ぎと、裏で進行していく古い暗殺事件という、まったく性格の異なる二つの謎を同時に背負うことになる。屋上でハンググライダーを広げる怪盗キッドの背中を追いながら、その同じ夜に殺害される骨董商・井上靖之の遺体を見つめる役を引き受けるのが、本作のコナンの立ち位置である。
彼が本作で繰り返し採るのは、服部平次という同年代の高校生探偵の存在を最大限に活かすやり方である。自分一人で全方位の謎を追いかけるのではなく、平次に屋上の追跡と京阪間の動き回りを任せ、自分はお披露目パーティの会場と井上靖之の自宅の検証に集中する形で、シリーズの中でも珍しい『二人の名探偵が同時に走る』推理劇を成立させていく。終盤の『百年城』では、阿笠博士のキック力増強シューズと腕時計型麻酔銃を頼りに、燃え落ちる梁の下で仲間の脱出路を確保する役を担う。
服部平次と遠山和葉(堀川りょう/宮村優子)
本作で本格的に劇場版へ参戦したのが、大阪府警関係者の伝手でお披露目パーティに招かれた高校生探偵・服部平次と、幼馴染の遠山和葉である。前年の劇場版第2作『14番目の標的』には登場しておらず、原作で人気を確立しつつあった二人を、劇場版の中で大きな枠を与えて起用したのは本作からである。
屋上で怪盗キッドと一瞬だけ顔を合わせてしまった平次は、本作の前半から後半まで、自分自身が『キッドと取り違えられた標的』として狙われ続けるという、シリーズの中でも珍しいポジションを担う。背格好と髪型の輪郭が、平服のままの黒羽快斗と偶然似ていたという設定が、彼の身を物理的にも危険な場所へ繰り返し送り込む。和葉は終始平次の傍に立ち続け、襲撃の場面で見せる怯えと、相手を信じる強さの両方を、宮村優子の声で支えていく。
平次と和葉の関係は、本作で観客の前に明確に『隣にいるのが当たり前の二人』として提示される。コナンと蘭の関係に並ぶシリーズの二大カップルの一方が、劇場版の中で初めて居場所を得たという意味で、本作はファンの記憶の中で特別な位置を占めている。
怪盗キッド/黒羽快斗(山口勝平)
本作の怪盗キッドは、劇場版『名探偵コナン』に初めて本格参戦した一作目のキッドである。シルクハットとモノクル、白いマント、小型のハンググライダーといった、後年の劇場版でも繰り返し使われる『キッドの正装』の劇場版での原型は、本作のお披露目パーティの夜と、屋上で平次・コナンと並ぶ月明かりのショットの中で確立された。
山口勝平はコナン本来の声である工藤新一に加えて、怪盗キッド/黒羽快斗の声を同時に演じ分けるという、シリーズの中でも飛び抜けて難しい役回りを本作で初めて劇場版に持ち込んだ。会場の闇のなかで観客に短くウィンクを送るキッドの口調と、屋上で素早く言葉を切るキッドの口調、そして劇場版『名探偵コナン』本編側のコナンの声とを、同じ俳優が並走させていく聴覚の体験は、本作の楽しみのひとつである。
本作のキッドが他の劇場版のキッドと違うのは、彼が単に『盗む側の人物』として閉じていない点にある。予告状の通りにメモリーズ・エッグを一度盗み出しながら、本来あるべき場所へ静かに返却し、最終的には『百年城』の燃え落ちる屋根の上で、コナン・平次の側へ短く手を貸す。盗む者と救う者の間に立つこのキッド像は、後年の劇場版『天空の難破船』『業火の向日葵』『紺青の拳』『100万ドルの五稜星』にまでつながる、彼のキャラクター造形の原点となった。
鈴木次郎吉(永井一郎)
鈴木次郎吉は、鈴木園子の大叔父にあたる鈴木財閥の総帥として、本作で劇場版『名探偵コナン』に本格的に登場する。怪盗キッドの予告状を逆手に取り、メモリーズ・エッグを餌にした罠を自ら張る豪胆な経済人としての顔と、20世紀末という時代の節目に合わせて『記憶の卵』のお披露目を企画する骨董愛好家としての顔を、永井一郎の重厚な声で同時に演じきる。
次郎吉の見せ場のひとつは、お披露目の場で観客に向かって『この卵は単なる宝石ではない、20世紀そのものの記憶だ』と語る短い口上である。怪盗キッドという派手な大泥棒と、彼自身もまた骨董の世界で『一筋縄ではいかない買い手』として知られた経済人——この二人の対立の起点は本作にあり、後年の劇場版でキッドと真っ向から対峙していく次郎吉像の原型は、ここで完成している。
事件が複雑化してからの彼は、パーティ主催者としての責任を最後まで降ろさず、コナンと平次の捜査に必要な人脈と資金を惜しまずに動員する。鈴木家のコレクションのなかから引き出される『百年城』への伝手も、彼の指揮なしには成立しない。劇場版『名探偵コナン』の中で次郎吉が果たす役割の大きさが本作で確定し、シリーズの登場人物の幅は一段広がった。
毛利蘭・毛利小五郎・鈴木園子(山崎和佳奈/神谷明/松井菜桜子)
毛利蘭は本作で、お披露目パーティの招待客から『百年城』の燃え落ちる廊下まで、終始コナンの隣に居続ける役を担う。怪盗キッドの正体に薄々勘づきかける場面、平次と和葉の関係を温かく見守る場面、煙の充満する城のなかで少年探偵団の手を引いて出口へ走る場面——それぞれの仕草を通して、本作の蘭は『目の前の困っている人をまず助ける』という、シリーズの彼女の核心を真っ直ぐに示してみせる。
毛利小五郎は、鈴木次郎吉の旧知の探偵として、お披露目パーティと井上靖之邸の捜査の双方で名前を呼ばれる側に立つ。神谷明の声で演じられる彼は、本作では『眠りの小五郎』の派手な見せ場よりも、阿笠博士と並んで少年探偵団の最後尾を守る大人の役を引き受ける場面が印象に残る。コナンの推理を最終的に客席へ届ける役回りは、本作でも事件のいくつかの局面で発揮され、シリーズ恒例の構造が劇場版第3作の時点で既に安定していたことが分かる。
鈴木園子は、大叔父・次郎吉の隣に立ち続ける家族として、本作の感情の重心のひとつを担う。怪盗キッドの予告状の夜には叔父の手を握り、『百年城』の天守では、自分の機転で窓の鍵を開けて消火の水流を内側へ引き込む手助けをする。怪盗キッドにロマンチックな関心を寄せ始める『キッド好き』としての園子像の劇場版での原型もまた、本作の彼女のうきうきとした表情のなかで形を取る。
スコーピオン(重大ネタバレ)
本作の真の敵である『スコーピオン』は、20世紀の前半から後半にかけて欧州とアジアで暗躍した伝説の暗殺者である。劇中の言及では、政治要人の暗殺、要塞内部からの情報持ち出し、複数人の同時殺害といった不可能犯罪を『手品のように』成功させてきたことから、犯罪界では『20世紀の魔術師』と呼ばれてきた人物として描かれる。男装も女装も自在に行い、長年その正体が誰にも特定されてこなかった点が、彼/彼女の最大の特徴である。
本作で動いている動機は、ロマノフ家の隠し財宝そのものではなく、自らの正体を知る数少ない生存者を、20世紀末という節目に合わせて始末しておきたいという、より個人的なものである。骨董商・井上靖之はそのリストの一人であり、屋上で怪盗キッドと顔を合わせたかもしれない服部平次もまた、念のために消すべき相手として加えられてしまった。彼/彼女が本作で繰り出す手口は、銃でも刃物でもなく、相手の身近に紛れて『無害な人物』として暮らしながら、決定的な瞬間にだけ動くという、まさしく『魔術師』の手付きである。
終盤、『百年城』の内部でその正体が暴かれる瞬間の衝撃は、本作の最重要のネタバレ箇所として観客に強い印象を残す。男装か女装かさえ判然としない長い暗闇の時間を生きてきた彼/彼女が、20世紀の最後の春に大阪の城のなかで素顔を晒すという構図そのものが、本作の物語上の核心を成している。怪盗キッドの華やかな魔術と、スコーピオンの冷たい魔術——本作のタイトル『世紀末の魔術師』は、最後まで二人の魔術師を二重に指し続ける。
舞台と用語
舞台は、東京の鈴木次郎吉所有のパーティ会場、骨董商・井上靖之の自宅、夜の街並みの屋上、そして大阪に建てられた敦賀城を実物大で精巧に模した観光城『百年城』へと推移する。劇場版『名探偵コナン』の中でも、東京と大阪を物理的に行き来し、最後を関西の城のクライマックスで締めくくる構成は、後年の『迷宮の十字路』や『紺青の拳』にも通じる、シリーズの一つの定型の原型となっている。
用語面では、『怪盗キッド/黒羽快斗』『鈴木財閥/鈴木次郎吉』『ロマノフ家/メモリーズ・エッグ』『ファベルジェの皇帝のイースター・エッグ』『アナスタシア伝説』『スコーピオン』が物語の鍵となる。前者三つは劇場版『名探偵コナン』が以降のシリーズで繰り返し参照していく固有名詞のセットであり、後者三つは本作のための歴史ミステリーとしての枠組みを支える要素である。ファベルジェの皇帝のイースター・エッグは現実に存在する世界最高水準の宝飾工芸品のシリーズであり、本作のメモリーズ・エッグは、その史実の上に乗せられた物語上の架空のもう一つの卵として位置づけられている。
制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年の第1作『時計じかけの摩天楼』、1998年の第2作『14番目の標的(ターゲット)』に続き、本作で三年目の春興行を迎えた。シリーズが恒例の春興行として定着するうえで決定的な役割を果たしたのが本作であり、興行・話題性・キャラクター造形のいずれの面でも、後年の劇場版が拠って立つ基盤を本作が整えた格好となる。
企画と脚本
脚本は古内一成。テレビアニメ『名探偵コナン』のシリーズ構成を長く担当してきた人物であり、第1作『時計じかけの摩天楼』、第2作『14番目の標的』に続いて本作の脚本も担当した。20世紀末という年号そのものを題材に取り込みつつ、ロマノフ家の伝説・皇帝のイースター・エッグ・20世紀の暗殺者という、史実と虚構の境界線をなぞる重い素材を、コナンと服部平次の二人の高校生探偵の捜査劇に落とし込んだ手腕は、シリーズの脚本史の中でも繰り返し参照される。
本作で大きな選択となったのは、原作および同じ青山剛昌のスピンオフ『まじっく快斗』で人気を得ていた怪盗キッドを劇場版に投入し、同時に大阪の高校生探偵・服部平次と幼馴染の遠山和葉も登場させるという、登場人物面の大規模な拡張である。原作者の青山剛昌は、プロット段階から監修として深く関わり、本作のキッドが盗む者でありながら最後まで人を傷つけないという原作以来の人物像から外れない範囲で動くよう、細部の調整を行っている。
監督と演出
監督はこだま兼嗣。第1作『時計じかけの摩天楼』、第2作『14番目の標的』に続いて本作の監督も務め、劇場版『名探偵コナン』の演出基調を初期に確立したシリーズ立ち上げの中核人物である。本作のこだまが採る画面構成は、シャンデリアの揺らぐお披露目会場の華やかさと、夜の街並みの屋根の上に並ぶ二つの影の月明かりとを、同じ作品の中で滑らかに繋いでみせる『闇と光』の往復にある。
怪盗キッドの登場シーンの演出は、後年の劇場版でも繰り返し参照される定型の原型となった。会場の照明が一斉に落とされる瞬間、複数のスポットが乱反射する数秒間、屋上で薄絹のような小型のハンググライダーを広げる細い影——これらの絵の作り方は、こだまが本作で選んだ『キッドの劇場版での見せ方』としていまも基準点であり続けている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。シリーズで長くタッグを組んできたスタジオが、本作でも背景美術・作画・3Dの三本柱を支えた。お披露目パーティのシャンデリアと天井装飾、骨董商・井上靖之の自宅の書斎、夜の街並みのスカイライン、そしてクライマックスの『百年城』——敦賀城を実物大で精巧に模した観光城の天守閣、回廊、隠し部屋——のそれぞれが、丁寧な美術設定のもとで設計されている。
とりわけクライマックスの『百年城』が炎に包まれていく場面の作画は、本作の動画・美術・撮影の見せ場である。古い木造の意匠を中心に作られた城の梁が、ゆっくりと色を変えながら崩れ落ちていく長尺のショットは、シリーズの中でも特筆すべき『火事の作画』のひとつとして語り継がれている。同時に、その火の手のなかを通り抜けていく登場人物の動きの描き分け——コナンの軽さ、服部平次の体さばき、和葉と蘭の懸命な歩み、毛利小五郎と阿笠博士の落ち着いた最後尾——も、丁寧に分担されている。
音楽と主題歌
音楽は大野克夫。シリーズ全体のメインテーマを手掛けてきた作曲家であり、本作の劇伴でも、お披露目パーティの祝祭感、夜の屋上での緊張、骨董商殺害現場の静けさ、『百年城』のクライマックスの高まりまでを、過剰な強調を避けたシリーズらしい上品な書法で繋いでみせる。特にメモリーズ・エッグの中身が明かされる場面で背後に流れる弦楽の旋律は、本作の歴史ミステリーとしての厚みを支える楽曲のひとつである。
主題歌は小松未歩の『あなたがいるから』(作詞・作曲:小松未歩/編曲:池田大介)。小松未歩は同じビーイング系のアーティストで、ZARDやB'zの系譜に連なる90年代後半の代表的なシンガーソングライターの一人であり、本作の主題歌として書き下ろされた『あなたがいるから』は、20世紀末の春の都市風景に重ねて聴かれるバラードとして、シリーズの主題歌史の中でも特に長く愛唱されてきた一曲となった。エンディングでこの楽曲が静かに流れ始めるとき、本作の登場人物たちが20世紀の最後の春をくぐり抜けた感触が、観客の側にもう一度立ち上がる。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、神谷明の小五郎、松井菜桜子の園子、緒方賢一の阿笠博士、岩居由希子・大谷育江・高木渉の少年探偵団、茶風林の目暮十三、井上和彦の白鳥任三郎——シリーズのレギュラー陣が安定した演技を聞かせる。とりわけ山口勝平は本作で、シリーズの中でも特に難しい『コナン本来の声である工藤新一と怪盗キッド/黒羽快斗を同時に演じ分ける』役を、劇場版で初めて並走させている。
服部平次役の堀川りょう、遠山和葉役の宮村優子の二人がそろって劇場版へ初参加したことも、本作のキャスト史上の大きな出来事である。テレビアニメで既に確立されていた二人の関係を、劇場版の尺の中で改めて観客の前に提示し直す役割を、二人の声がそのまま担った。鈴木次郎吉を演じた永井一郎の重厚な声は、本作のお披露目の口上から『百年城』の脱出指揮までを、一本の太い線で繋ぐ。
アクションとサスペンス演出
本作のアクション設計は、屋上の追跡、橋のたもとでの待ち伏せ、夜の街並みの追いかけっこ、そして『百年城』の炎の中の脱出という、複数のスケールの場面を順に並べていく形を採る。派手な爆発に頼らず、観客の緊張を、屋上の手すりの上を歩く一足、襲撃者の手元の小さなスタンガン、城の梁が一本ずつ崩れていく音、無線越しの誰かの息遣いといった細かな身振りの連続で維持していく演出は、シリーズのサスペンスの基本形を本作で完成させたと言ってよい。
クライマックスの『百年城』の炎上シーンは、シリーズの中でも特筆すべきアクションシーンのひとつである。火の中で動く登場人物の動線が、コナン・平次・蘭・和葉・園子・小五郎・少年探偵団・阿笠博士・目暮警部・白鳥警部・次郎吉の組み合わせで複数並列に走り、それぞれが脱出と仲間の救助を同時に担う構成になっている。怪盗キッドが屋根の上から現れ、コナンと短い目線だけを交わしてその場の窮地を救う数秒間は、本作の最大のカタルシスのひとつである。
公開と興行
本作は1999年4月17日に日本で全国公開され、最終的に約26億円の興行収入を記録した。観客動員数は約220万人とされる。前作『14番目の標的(ターゲット)』の興行をさらに伸ばし、劇場版『名探偵コナン』が春の興行の恒例として定着していくうえで決定的な拡大を果たした一本である。怪盗キッドと服部平次・遠山和葉の劇場版参戦という登場人物面のニュースが大きな話題を集め、シリーズの観客の幅が一段広がった年でもあった。
公開直後から本作は、シリーズの中でも『怪盗キッドの劇場版初参戦作』『20世紀末という年号そのものをタイトルに抱え込んだ歴史ミステリー』として観客の話題を集めた。テレビ放送は公開翌年以降、日本テレビ系『金曜ロードショー』の枠で繰り返し放送され、その後も劇場版『名探偵コナン』の毎年春の公開時期に合わせて代表的な過去作の一本として再放送される機会が多い作品となっている。
後年には小説版や関連書籍も刊行され、劇場版を文章で追い直したい読者にも門戸が開かれた。劇場版の中で本作の名前がしばしば言及される文脈のひとつは、シリーズの怪盗キッド登場作群の起点として、また主題歌の小松未歩『あなたがいるから』が90年代後半のJ-POP史にも残るバラードのひとつとして長く参照されている歴史である。
批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は大きく三つに分かれる。第一に、劇場版『名探偵コナン』に怪盗キッド/黒羽快斗を初めて本格参戦させたという、シリーズ史上の構造的な意義である。本作以降、劇場版シリーズは『キッド登場作』というもう一つの独立したラインを抱えていくことになり、後年の『天空の難破船』『業火の向日葵』『紺青の拳』『100万ドルの五稜星』に至るまで、その系譜の起点として本作はつねに言及されてきた。
第二に、服部平次・遠山和葉と鈴木次郎吉という、シリーズの中でも特別な位置を占める三人の登場人物を、同じ一本のなかで劇場版へ本格的に持ち込んだ点である。本作以降、シリーズの登場人物の幅は『コナン・蘭・小五郎・園子・阿笠博士・少年探偵団・警視庁の刑事陣』から、『東西の高校生探偵と幼馴染、鈴木財閥の総帥』までを当然のように含むものへと拡張され、劇場版『名探偵コナン』の世界の輪郭が一段大きくなった。
第三に、20世紀末という時代の節目に合わせた歴史ミステリーとしての面白さである。ロマノフ家の最後の悲劇、皇帝のイースター・エッグ、アナスタシア伝説、20世紀の暗殺者というモチーフを、子ども向け推理アニメの劇場版のなかで誠実に扱ってみせた構成は、当時の観客に強い印象を残した。文化的には、主題歌『あなたがいるから』が小松未歩の代表曲のひとつとして広く愛されており、本作の題名そのものを聞いただけで、20世紀末の春の都市風景と、ゆったりとしたバラードのイントロが同時に思い出されるという形で、楽曲と映像が一体化した記憶を観客の側に残している。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』に怪盗キッド/黒羽快斗が初めて本格参戦した一本である。原作および同じ青山剛昌のスピンオフ『まじっく快斗』で人気を得ていたキッドを、コナンの劇場版に合流させるという案は、本作の企画段階で原作者・青山剛昌の強い意向のもとに具体化したと伝えられる。本作以降、怪盗キッドが登場する劇場版(『天空の難破船』『業火の向日葵』『紺青の拳』『100万ドルの五稜星』ほか)は、シリーズの中で独自の系譜として整理されることが多い。
服部平次・遠山和葉の劇場版初参戦も、本作の重要なトリビアのひとつである。前年の第2作『14番目の標的』では二人は登場しておらず、本作で初めて劇場版に呼び込まれた。声を担当した堀川りょうと宮村優子の二人は、本作以降、シリーズの中でも特に登場頻度の高い劇場版ゲストとして繰り返し名前を呼ばれる存在となる。
鈴木次郎吉が劇場版で本格的に動く一本目もまた本作である。永井一郎の重厚な声で演じられる次郎吉は、本作以降、シリーズの中で『怪盗キッドと真っ向から対峙するもう一人の主役』として、複数の劇場版で帰ってくることになる。劇場版の登場人物のラインナップが本作で大きく一段拡張された印象は、後年のファンの記憶にも強く残っている。
主題歌『あなたがいるから』は、小松未歩がコナン劇場版のために書き下ろした楽曲である。小松未歩はB'z/ZARDの系譜に連なるビーイング系のアーティストで、シリーズの主題歌史の中でも特に長く愛されてきた一曲となった。タイトルの『世紀末の魔術師』は、本作のなかで二重の意味を持って機能している——表で動く怪盗キッドという文字どおりの魔術師と、裏で動く20世紀の暗殺者『スコーピオン』という、もう一人の冷たい魔術師。二人の魔術師がタイトルの中に共存している点は、しばしば批評の対象となる。
テーマと解釈
本作の中心テーマは『二人の魔術師』である。20世紀末という時代の節目に、人々の目の前で派手な手品を見せながら何も傷つけずに去っていく怪盗キッドと、人々の目の届かないところで人の命を盗み続けてきたスコーピオンという、対照的な二人の『魔術師』が、同じ卵と同じ城を介して同じ夜の下に並ぶ。同じ『見えないものを見せる』技を、片や人を救うために、片や人を奪うために使い分ける二人の対比が、本作のタイトルを最後まで支え続ける。
もうひとつのテーマは『20世紀の記憶』である。新作のお披露目パーティという最大の祝祭の場が、ロマノフ家最後の悲劇とアナスタシア伝説、そして20世紀を生きた暗殺者の長い時間と、深いところで結びついていく構造は、本作のもっとも重い核を成している。技術と進歩を語る20世紀という大きな物語の終わりに、その同じ世紀の影の側に居続けた一人の人物を引きずり出してみせるという身振りは、子ども向け推理アニメの劇場版のなかでもとくに大胆な選択だった。
そして三つ目のテーマは『二人の高校生探偵が並んだ夜』である。コナンと服部平次という、同年代の名探偵が同じ事件の真ん中に並ぶという構図そのものが、シリーズの中で本格的に開かれたのは本作からである。屋上で月光に並ぶ二人と一人のシルエット、燃え落ちる城の中で互いの背中を確かめながら走る二人——彼らの関係の劇場版での原点は、本作のいくつかのショットの中に既にすべて宿っている。
本作のラストカットで煙の残る城跡の前に集まる登場人物たちと、エンディングで静かに流れ始める『あなたがいるから』のイントロは、20世紀の最後の春にひとつの長い物語をくぐり抜けた本作の登場人物たちの達成感を、観客の側にも一段深く立ち上げる。本作が長く愛されてきた理由は、派手な怪盗劇と歴史ミステリーの組み合わせの面白さだけではなく、20世紀の終わりという一度しかない時代の節目に、シリーズの登場人物たちを正しく立たせてみせた誠実さにある。
見る順番(補助)
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結であり、本作も初見の観客にとって特別な前提知識を必要としない歴史ミステリー/怪盗ものとして組まれている。原作の『名探偵コナン』のごく基本的な人物関係——コナンが工藤新一の縮んだ姿であること、毛利蘭が新一の幼馴染であること、毛利小五郎が蘭の父で探偵を営んでいること、鈴木園子が蘭の親友で鈴木財閥の令嬢であること、少年探偵団とは何かといった点——だけを押さえておけば、十分に楽しめる構成である。
本作で特に楽しまれる要素のひとつは、怪盗キッド/黒羽快斗が劇場版『名探偵コナン』に初めて本格参戦するという、シリーズ史上の出来事そのものである。本作の流れで次にキッドを観たい場合は、後年の劇場版『天空の難破船』(第14作)、『業火の向日葵』(第19作)、『紺青の拳』(第23作)、『100万ドルの五稜星』(第27作)などのキッド登場作群へ進むのが分かりやすい。同時に登場する服部平次・遠山和葉の劇場版での見せ場をさらに観たい場合は、『迷宮の十字路(クロスロード)』『から紅の恋歌』『100万ドルの五稜星』などへ進む流れが自然である。
シリーズの公開順の流れの中で本作を観るなら、前作にあたる劇場版第2作『14番目の標的(ターゲット)』を観たうえで本作で怪盗キッド・服部平次・鈴木次郎吉の参戦に立ち会い、次作の劇場版第4作『瞳の中の暗殺者』へと進む流れが最も分かりやすい。前作・本作・次作の三作は、それぞれシリーズの初期を支える代表作として並んでおり、初期コナン劇場版の空気を一気に体感する三本立てとしてもおすすめできる組み合わせである。
- 前作『名探偵コナン 14番目の標的(ターゲット)』(劇場版第2作・1998)で毛利小五郎の過去をめぐる連続事件を描いた
- 本作『名探偵コナン 世紀末の魔術師』で怪盗キッドが劇場版へ初参戦、服部平次・鈴木次郎吉も本格登場した劇場版第3作
- 次作『名探偵コナン 瞳の中の暗殺者』(劇場版第4作・2000)で蘭の記憶喪失と警察関係者を狙った狙撃事件を描く方向へ続く
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、怪盗キッドの予告状とともにロマノフ家の宝『メモリーズ・エッグ』のお披露目パーティが開かれ、その夜の屋上で服部平次が怪盗キッドと一瞬対峙し、続いて骨董商・井上靖之が殺害される事件が発生し、平次がキッドと取り違えられて命を狙われ続け、最後は大阪に建てられた敦賀城の精巧な複製『百年城』で20世紀の暗殺者『スコーピオン』との攻防が炎の中で決着する、という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、本作の真犯人が伝説の暗殺者『スコーピオン』であり、その動機が20世紀末という節目に合わせて自らの正体を知る者たちを始末する個人的なものであったこと、メモリーズ・エッグそのものは怪盗キッドの手で本来あるべき場所へ返却されること、『百年城』は炎の中で大半を焼失するが本作の登場人物に死者は出ないこと、ラストにキッドの次の予告につながる一枚のトランプが残されることが核となる。
「犯人は誰か」という問いには、本作の真犯人は登場人物の中に紛れていた20世紀の伝説の暗殺者『スコーピオン』であり、男装と女装を自在に使い分けてその正体を秘匿してきた人物として描かれている、と答えることになる。「動機」については、20世紀末という節目に合わせて自らの正体を知り得る数少ない生存者(骨董商・井上靖之や、屋上でキッドと顔を合わせた可能性のある服部平次)を念のために始末しておくことが核であり、ロマノフ家の隠し財宝そのものはあくまで副次的な戦利品である、という整理になる。
「初見でも見られるか」という問いには、本作は単体で完結しているため初見でも問題なく楽しめる、と答えられる。怪盗キッドの劇場版初参戦作であるため、後年の『天空の難破船』『業火の向日葵』『紺青の拳』『100万ドルの五稜星』などのキッド作を先に観てから本作に戻ると、キッドの劇場版での造形が本作で既に完成していたことを楽しめる。「主題歌は誰の曲か」という問いには、小松未歩の『あなたがいるから』(作詞・作曲:小松未歩/編曲:池田大介)が劇場版の主題歌として全面起用された、と答えられる。
「ゲスト声優・新規声優は誰か」という問いには、服部平次役の堀川りょう、遠山和葉役の宮村優子の二人が本作で劇場版に本格初参戦し、鈴木次郎吉役の永井一郎が本作で劇場版に正式登場した、と答えられる。「興行はどうだったか」という問いには、興行収入約26億円・観客動員約220万人を記録し、シリーズの春興行を恒例の定番として定着させる決定的な一本となった、というのが基本となる答えである。
参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。