『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』は、2016年に公開されたイギリス・アメリカ合作のファンタジー映画である。1926年のニューヨークを舞台に、魔法動物学者ニュート・スキャマンダーが、ノーマジのジェイコブや魔女ティナらを巻き込みながら、逃げ出した魔法動物たちと、街を脅かす謎の魔力『オブスキュラス』、その背後に潜む暗黒魔法使いグリンデルバルドの陰謀に迫っていく。『ハリー・ポッター』の前日譚となる魔法ワールド・シリーズの第1作である。
00概要
『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』(Fantastic Beasts and Where to Find Them)は、デヴィッド・イェーツが監督し、2016年11月18日に米国、同年11月23日に日本で公開されたファンタジー映画である。J.K.ローリングが2001年にコミック・リリーフのチャリティ用に発表した架空の動物図鑑『幻の動物とその生息地』を原案とする。その図鑑の著者という設定だった英国人魔法動物学者ニュート・スキャマンダーを主人公に据え、ローリング自身が初めて脚本を書き下ろした一作だ。
舞台は1926年のニューヨーク。世界中の魔法動物を救出し研究するため、スーツケース一つを携えてマンハッタンに降り立ったニュート。物語は、彼と新人魔法捜査官ティナ・ゴールドスタイン、ノーマジ(No-Maj=米国における非魔法族の呼称。英国でいうマグル)の菓子職人ジェイコブ・コワルスキー、ティナの妹で読心術の達人クイニー・ゴールドスタインという四人を中心に進んでいく。脱走した魔法動物を追ううちに、やがて街を引き裂く正体不明の暗黒の力『オブスキュラス』と、その背後で暗躍する闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドの計画が浮かび上がる。
本作はワーナー・ブラザースが『ハリー・ポッター』本編完結後に立ち上げた新シリーズ『魔法ワールド』の第1作にあたり、本編より約70年前の時代を描く前日譚として企画された。当初の予告では3部作、企画が進むなかで5部作と発表され、結果的に『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(2018)、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022)の続編がつくられた。
本記事は結末を含む全編の内容に踏み込む。冒頭の新聞モンタージュからクライマックスの地下鉄、パーシバル・グレイブスの正体、クリーデンスの結末、ジェイコブの記憶消去までを順に解説していく。物語の重大な驚きを保ちたいなら、まず本編を鑑賞してから読み進めてほしい。
主要データ
- 原題
- Fantastic Beasts and Where to Find Them
- 監督
- デヴィッド・イェーツ
- 脚本
- J.K.ローリング
- 音楽
- ジェイムズ・ニュートン・ハワード
- 撮影
- フィリップ・ルースロ
- 米国公開
- 2016年11月18日
- 上映時間
- 133分
- ジャンル
- ファンタジー、冒険、ミステリー、青春群像
- 舞台
- 1926年・ニューヨーク市(マンハッタン/地下鉄/中央公園/シティ・ホール駅 ほか)
- 主舞台組織
- MACUSA(米国魔法議会)/第二セイラム慈善協会
01あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、欧州でグリンデルバルドが姿を消したことを伝える新聞モンタージュに始まり、ニュート・スキャマンダーのニューヨーク到着、スーツケースの取り違え、魔法動物たちの脱走、街を襲う暗黒の力の捜査、第二セイラム協会のクリーデンスをめぐる悲劇、地下鉄シティ・ホール駅でのクライマックス、そしてグリンデルバルドの正体露見と、雨に流される記憶までを順に追う。
プロローグ
映画は、ジェイムズ・ニュートン・ハワードによる新たな主題が流れるなか、世界各地の新聞の見出しが次々と切り替わるモンタージュで幕を開ける。ヨーロッパや北アメリカの、魔法界・非魔法界双方の紙面が立て続けにめくれていく。闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドが各地の魔法政府を相手に攻撃と逃走を繰り返していること、その所在がもはや掴めなくなりつつあること、そして米国でも「ノーマジ(No-Maj)」の死者が出る不可解な事件が起こり始めていること——観客には、こうした状況が短く提示される。
この新聞モンタージュは、冒頭のわずか数十秒で、後の三本に張りめぐらされるあらゆる伏線を観客の目の前に並べきる役目を負っている。グリンデルバルド、米国魔法界、暗い闇の力、そして魔法と非魔法のあいだに走り始めた亀裂。以後二時間あまりの物語のすべてが、この一連の見出しから派生して動き出すのだ。
見出しの嵐が一段落すると、画面は霧雨に煙る1926年のニューヨーク港へと切り替わる。蒸気船から大勢の移民が降り立つ群衆のなか、茶色いコートとマフラーを身につけたひょろりとした英国人青年が、傷だらけの茶色い革製スーツケースを大切そうに抱え、入国審査の列に並んでいる。彼こそが本作の主人公、ニュート・アルティミス・スキャマンダーである。
ニュート・スキャマンダーのニューヨーク…
ニュートのスーツケースは、外見こそ使い古された革鞄だが、内部は『検出不可能拡張呪文』によって広大な空間へと押し広げられている。中では、世界中から保護してきた魔法動物たちが暮らし、いわば移動式の生態系をなしている。入国審査ではスーツケースが小刻みに揺れ、税関職員に開けられそうになる。だがニュートは鞄の留め金を『マグル』側にそっと切り替え、衣類しか入っていないありふれた鞄として審査をすり抜ける。
ニューヨークの中心部に出たニュートは、街頭演説の輪に出くわす。演説するのは『第二セイラム慈善協会』を率いるメリー・ルー・ベアボーン。険しい目をした彼女は、自分の周りに養子の子どもたちを並ばせ、魔女と魔法使いの存在を米国市民に訴え、『魔女狩り』への支持を集めていく。聴衆のなかには、銀行融資を断られたばかりの元軍人、菓子職人を志すジェイコブ・コワルスキーがいた。ジェイコブは、メリー・ルーの長男で内向的な青年クリーデンス・ベアボーンと一瞬だけ目を合わせるが、その視線の重さに気づくことはない。
ニュートのスーツケースから、金属光沢のあるクチバシを持つ小型の哺乳類『ニフラー』がこっそりと抜け出す。光るものや貴金属に異常なまでの執着を見せるこの魔法動物は、近くの銀行へと駆け込み、ジェイコブが順番を待つ列の足元を抜けて、カウンターの奥へと消えてしまう。ニュートは追跡の途中でジェイコブと衝突し、二人のスーツケースが床に倒れる。
銀行の混乱とスーツケース取り違え
銀行の店内に放たれたニフラーは、支配人の机から札束も硬貨も万年筆までも腹の袋に詰め込み、暖炉の煤のなか、頭取室のヴェルヴェット張りソファの裏、貴賓室の宝石ケースの中へと、縦横無尽に駆けまわる。ニュートはこの動物を『杖を見せずに』捕らえねばならない。人間の客に気取られぬよう柱の陰でこっそり呪文を唱えるが、誤って金庫室の重い扉を一瞬で開けてしまったり、ジェイコブの足元から黒い影を引きずり出してニフラーごとスーツケースに戻したりと、コミカルな捕り物が続いていく。
この騒ぎを遠くから見つめていたのが、MACUSA(米国魔法議会)の元魔法捜査官(オーラ)で、現在は降格中の身であるティナ・ゴールドスタインだ。彼女は街頭演説の現場でニュートが魔法生物を取り逃がしたことに気づき、銀行騒動のあとに彼を尾行して捕らえようとする。
問題は、銀行で倒れた二つのスーツケースを、ニュートとジェイコブが取り違えたまま帰宅してしまったことだった。ジェイコブが自宅で開いた『パン屋の融資計画書が入っているはずのスーツケース』、その中身は、世界各地から救出された魔法動物たちが暮らす広大な世界への入口だったのである。蓋が開いた瞬間、何匹かの動物が室内に飛び出し、ジェイコブは巨大な角を持つ獣・エラムペントにうなじを突かれてしまう——本作中盤、彼が原因不明の発熱と発疹に苦しむことになる、その伏線である。
MACUSAとセラフィーナ・ピッカリー
ティナはニュートを連行し、MACUSA本部が置かれたウールワース・ビルディングへと向かう。地下深くに広がる巨大なロビーがその舞台だ。米国魔法議会の議長セラフィーナ・ピッカリーは、最高幹部会議の席で三つの懸案を議論している。東欧でグリンデルバルドの足取りが掴めなくなっていること。ノーマジ(人間)の世界で次々に犠牲者を出す『何か』が出現していること。そして国際魔法使い連盟が近く米国で会合を開く予定であること。MACUSAは英国魔法省とは異なる独自の規範、すなわち『ローパポート法』を国是に掲げ、魔法族とノーマジの完全な分離を貫いている。友人関係も結婚も許されない、厳格な隔離である。
ティナは、無許可で英国から魔法動物を持ち込んだ違反者としてニュートをロビーへ連れ込む。ところが証拠品のスーツケースを開けてみると、中に並んでいたのはマカロンや林檎パイ、シナモンロールだった——ジェイコブの試作品スイーツを詰めた、もう一つの鞄である。ティナはニュートを伴ってロビーの外へ出されてしまう。だがその間に、本物のスーツケースは別の場所で蓋を開けていた。第六感めいた不安を抱えたジェイコブのアパートである。
MACUSAにはもう一人、重要な人物がいる。暗い目をした魔法捜査局の最高責任者、パーシバル・グレイブスだ。長身に、銀の混じった黒髪、磨き上げられた黒いコートをまとう。グレイブスは街で起きている『不可解な破壊事件』の現場に足を運び、その奥に何か巨大な力が潜んでいると確信している。彼が『オブスキュラス』と呼ぶ、別の存在の気配である。
関連リンク
魔法動物たちの脱走と捕獲行
ニュートとティナはジェイコブのアパートに駆け込むが、開いたスーツケースから動物たちはすでに街じゅうへ散らばっていた。ニュートはジェイコブを観察対象であり、味方であり、目撃者でもある存在として手元に置いたまま、彼を連れてスーツケースの内部へと降りていく。革張りの梯子を下りた先に広がるのは、雪原、サバンナ、岩場、湿地、夜空の星々までもが同居する広大な空間だ。それぞれの環境に合わせた魔法動物たちが、ここで暮らしている。
この『鞄の中の動物園』のくだりは、本作屈指の見せ場である。サイ型のエラムペント、目に見えない皮膚を持つ霊長類デミガイズ(ニュートは『ダガル』と呼ぶ)、銀色の蛇身に鳥の頭を備えた精巧な蛇竜オカミー、雷を呼ぶ巨大な鳥サンダーバード(『フランク』)、毒を持つ蝙蝠ボウトラックル(『ピケット』)——後年のシリーズで繰り返し参照される動物の大半が、ここで初めて観客の前に披露される。ピケットはニュートの胸ポケットに棲み、彼の杖の動きに合わせ、葉と小枝で出来た細い指を握りしめる。
街へ逃げ出した動物のうち、とりわけ物語の主軸に絡むのが、エラムペント、デミガイズ、オカミー、そしてふたたびのニフラーである。エラムペントは中央公園の動物園区画で雌のカバに発情して暴れ、ニュートとジェイコブはコートと角の上で奇妙なダンスを舞いながら、これを鞄へ戻す。デミガイズはデパートの五階で小さなオカミーの群れの面倒を見ており、ニュートはチーズと甘い菓子で誘い出す。笑いとファミリー映画的な軽やかさをまとった中盤の魔法動物捕獲が、街と魔法界の境界線をぎりぎりで保とうとする物語のスリルを、しっかりと支えている。
クリーデンスとグレイブスの密約
本作にはもう一本の縦糸が並行して進む。第二セイラム慈善協会のクリーデンス・ベアボーンをめぐる物語だ。クリーデンスは養母メリー・ルーから日常的に体罰を受けている。姉のチャスティティ、妹のモデスティとともに、教会の地下を思わせる薄暗い空気の家で暮らす日々。彼の右手の甲には、メリー・ルーの皮剥ぎベルトで何度も打たれた古傷が、ミミズ腫れとなって残っている。
そのクリーデンスに、MACUSAの捜査局長パーシバル・グレイブスが街の路地裏や教会の脇で幾度となく接触する。グレイブスは言う。メリー・ルーの組織の内側に、強い魔法の素質を持つ子どもが一人いるはずだ、と。その子を見つけ出せばニューヨークから連れ出し、二度と打たれることのない自由を与えてやろう——グレイブスはクリーデンスにそう約束する。クリーデンスは彼を「救い手」と信じ込み、その懐に小さく抱きしめられる。この場面こそ、本作の暗い詩情の核を成している。
この段階で観客は、グレイブスが探している子がクリーデンスの妹モデスティではないか、とそれとなく示唆される。だが、その推理は終盤で完全に覆される。
ノーマジ上院議員候補の死
ニュートたちが魔法動物を追う一方、ニューヨーク市内では再び正体不明の力による破壊事件が起こる。新聞王ヘンリー・ショー・シニアの大広間でのことだ。息子で次期上院議員候補のヘンリー・ショー・ジュニアが、招待客の見守る前で何かに殴打され、惨殺される。現場に残されたのは、黒い砂のような渦と、いくつもの引っかき傷だけだった。
MACUSAはこれを魔法族による『国際魔法機密保持法違反』とみなし、ニュートとティナに容疑をかける。グレイブスとピッカリー議長の決定により、二人と、巻き込まれたジェイコブ、クイニーの四人には即時の処刑が言い渡される。『デス・セル』への投下処分である。ニュートのスーツケースは取り上げられ、手元にはポケットに残ったピケットだけが頼りとなる。
やがてクイニーが読心術で看守を攪乱し、ジェイコブと協力して処刑装置からニュートとティナを救い出す。装置を止めたのは鞄の中身だった。ニフラーが盗み出した銀の金具を歯車に噛ませ、機械を停止させたのだ。そして四人は地下水路を抜け、MACUSAからの逃走をはかる。
オブスキュラスとオブスキュリアル
鞄の中の小屋で、ニュートはジェイコブとクイニー、ティナを前に、長年研究してきた現象——『オブスキュラス』と『オブスキュリアル』——について語りはじめる。魔法の素質を持って生まれた子どもが、家族や周囲からの暴力、恐怖、宗教的な抑圧によって自らの魔力を徹底的に押し殺すと、行き場を失った力は黒い砂のような破壊的な寄生体『オブスキュラス』へと姿を変え、本人を内側から食い破っていく。その宿主となった子どもが『オブスキュリアル』である。歴史上、オブスキュリアルが十歳を超えて生き延びた例はほぼない。ニュート自身も以前、北アフリカのスーダンで幼いオブスキュリアル(八歳のクレジット表記の少女)を救おうとして果たせなかった過去を抱えている。
ニューヨークで連続する破壊事件は、まさにそのオブスキュラスの徴候を示していた。ニュートは、宿主となった子どもを救い出すことを最終的な目的に据える——殺すのではなく、生かす——。その姿勢を、ティナの前ではっきりと言い切る。
この語りの合間に、ニュートはピケットを胸ポケットから取り出してジェイコブに引き合わせ、四人がスーツケースの中で食事をともにする短い場面が挟まれる。クイニーが読心術と魔法でケーキを作り、ジェイコブが涙ぐむ。本作でもっとも温かいシークエンスであり、終盤の別れをいっそう胸に響かせる仕掛けでもある。
地下鉄シティ・ホール駅のクライマックス
事件はクリーデンスの最終的な暴走で頂点を迎える。グレイブスから「お前ではなく、妹のモデスティが探している子どもだ」と告げられたクリーデンスは、メリー・ルーから受けた最後の体罰をきっかけに、長年抑え込んできた魔力を一気に解き放つ。その体は黒い砂の渦——巨大なオブスキュラスへと変貌し、第二セイラム慈善協会の家で養母メリー・ルーと姉チャスティティを手にかける。彼こそが本作の真のオブスキュリアルだったのだ。
黒い渦は街を引き裂きながらマンハッタンを横断し、やがてニューヨーク地下鉄の閉鎖駅、シティ・ホール駅へと流れ込む。MACUSAの全部隊、駆けつけたニュートとティナ、そして偽りの救い手としてその場に現れるグレイブスが、トンネルと白いタイルに囲まれた駅構内でクリーデンスのオブスキュラスと対峙する。
ニュートはオブスキュラスを力で抑え込もうとはせず、その奥にいるクリーデンス本人へ届く言葉を選ぶ。北アフリカで救えなかった少女の写真を心の中で重ねるように、「止まれ、もういい、これ以上自分を傷つけるな」と語りかける。ティナも涙ながらに彼の名を呼ぶ。だがその瞬間、地下のホームに到着したセラフィーナ・ピッカリー率いる魔法捜査局の一斉射撃が、クリーデンスのオブスキュラスを撃ち抜く。黒い砂は風に散らされ、後にはわずかな欠片が残るだけとなる——少なくとも、観客の目にはそう映る。
パーシバル・グレイブスの正体
クリーデンスが散らされた直後、地下のホームに残るのはニュート、ティナ、グレイブスの三人だ。クリーデンスを失ったことに激昂したグレイブスは、『お前を引き上げてやれたのに』と自身の手でつぶやき、その怒りのままについにニュートとティナへ杖を向ける。すかさずニュートが解き放つのは、魔法動物スウーピング・イービル——蝶のような大きな翅と鋭い嘴を持つ小型の捕食動物だ。その一撃がグレイブスの杖を弾き飛ばす。縛り上げられたグレイブスを取り囲むように、セラフィーナ・ピッカリーが姿を現す。
ピッカリーはグレイブスの顔をまっすぐ見据え、『お前は本当はパーシバル・グレイブスではないだろう?』と問い詰める。縛られた男は薄笑いを浮かべ、『どう思うのです、議長殿?』と返す。その直後、姿が崩れていく。背が高く、銀髪の短髪、青い目に白い肌、口元にうっすらと刻まれた微笑——闇の魔法使いゲラート・グリンデルバルドが、その正体を現すのだ。本物のパーシバル・グレイブスは、すでに殺されているか、どこかに監禁されていることが暗示される。
ピッカリーが告げるのは、グリンデルバルドの企てだ。米国に潜入し、最高魔法捜査局長の身分を奪い、クリーデンスというオブスキュリアルを利用して、ノーマジ社会と魔法族の戦争を意図的に勃発させようとしていた——。グリンデルバルドはピッカリーの目を見据え、『君たちは、これ(オブスキュラスのような力)を本当に隠し続けられるのか?』と笑いながら、MACUSAの拘禁室へと連行されていく。
雨の忘却と別れ
オブスキュラスの暴走と、街中で相次いだ破壊・目撃事件によって、ノーマジ社会は魔法界の存在に気づきかけていた。ローパポート法を国是とするMACUSAにとって、これは前代未聞の機密漏洩である。セラフィーナ・ピッカリーは、街中のノーマジの記憶を一挙に消し去るべく、ニュートが鞄から呼び出した雷を呼ぶ巨大な鳥サンダーバード『フランク』に、忘却薬を含んだ雨をニューヨーク中へ降らせるよう命じる。
強い記憶喪失効果を帯びた雨が、夜のマンハッタンの空からビル群を白く煙らせる。タクシーの運転手も、橋の上を行く通行人も、新聞王ヘンリー・ショーも、第二セイラム協会の周辺住民も、その夜に起きたあらゆる魔法的事件の記憶を、雨に打たれながら静かに失っていく。
問題は、四人のうちただひとりのノーマジであるジェイコブだった。MACUSAの規定に従えば、彼の記憶もまた消されねばならない。ジェイコブは自ら、『最初から夢だったんだ』と微笑みながら、雨の降りしきる通りへ歩み出ていく。その身体の上で雨粒が爆ぜ、ニフラー、エラムペント、オカミー、デミガイズ、サンダーバード、そしてニュートとティナとクイニーの面影が、一度だけ脳裏をよぎり、やがて消えていく。クイニーは、雨のなか遠くからジェイコブの背中を見つめ、強く唇を噛む。
桟橋の別れとエピローグ
翌朝、ニュートはニューヨーク港の桟橋で、英国行きの蒸気船に乗り込もうとしている。見送りに来たティナとのあいだには、言葉にしきれない感情が漂う。ニュートは「君の本を持って戻ってくる。手渡しでね」と告げると、ティナの髪に触れかけ、思いとどまる。軽く手を当てるだけで、そっと離れた。本シリーズに通底する、シャイで奥ゆかしいロマンスの始まりである。
場面は、ジェイコブが融資を断られたあの銀行へと移る。鞄一つを抱え、彼は再び融資窓口の列に並んでいる。だが今度の鞄の中には、ニュートが密かに置いていったオカミーの卵殻(純銀でできた極めて高価な素材)が詰まっていた。それを元手に、彼は念願の菓子工房「コワルスキー・クオリティ・ベイクド・グッズ」を開く。店頭に並ぶのは、ニフラー、デミガイズ、エラムペントを模した精巧な動物菓子の数々。誰に教わったわけでもないのに、その姿はまぎれもなくあの魔法生物たちだ。列に並ぶ女性客のなかに、クイニーがいる。記憶を消されたはずのジェイコブは彼女に気づき、ふっと胸を衝かれたような顔で歩み出す。記憶は雨に流されても、感情のかたちだけは消えていなかった——そのことが、台詞なしで静かに示される。
そして最後に、画面はがらりと変わり、アリゾナ州の荒野に横たわる不毛の岩塊の前へ。米国魔法議会の護送部隊が、拘束されたゲラート・グリンデルバルドを、大陸横断列車のような銀色の長距離護送車で運んでいく。ピッカリーは直接立ち会いのもと、彼の身柄を欧州側へ引き渡すと告げる。グリンデルバルドはピッカリーに向き直り、深い青い目に「欧州の魔法政府が、私を裁けるとでも?」と言いたげな笑みを浮かべて、護送車へと乗り込む。物語はここで幕を閉じ、彼が次作『黒い魔法使いの誕生』でこの拘禁から脱走する、その予告のように画面が暗転する。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を分類して紹介する。これらの固有名詞は、魔法界の広がりをつかむ手がかりだ。続編三部作と本編とを結ぶ結節点となる用語も数多く含まれている。
- ニュート・スキャマンダー
- ティナ・ゴールドスタイン
- クイニー・ゴールドスタイン
- ジェイコブ・コワルスキー
- クリーデンス・ベアボーン
- メリー・ルー・ベアボーン
- チャスティティ・ベアボーン
- モデスティ・ベアボーン
- パーシバル・グレイブス(実体はゲラート・グリンデルバルド)
- セラフィーナ・ピッカリー
- ヘンリー・ショー・シニア
- ヘンリー・ショー・ジュニア
- ラングドン・ショー
- ガナーマック・ガストロフ
- アバナシー(MACUSA職員)
- アルバス・ダンブルドア(言及のみ)
- ニフラー
- ボウトラックル(ピケット)
- デミガイズ(ダガル)
- オカミー
- エラムペント
- サンダーバード(フランク)
- スウーピング・イービル
- マートラップ
- ムーンカーフ
- ディリコール
- グラフォーン
- ビリーウィッグ
- オブスキュラス(寄生体)
- オブスキュリアル(宿主)
- 未検出可能拡張呪文(鞄の内部空間)
- アロホモラ(解錠)
- フィニート
- 閃光呪文
- 杖なしで使う変身術(グリンデルバルドのグレイブスへの変身)
- 忘却術/忘却の雨
- プロテゴ(防御)
- 守護霊呪文
- リパロ(修復)
- 蛇のような魔力放出(鳥の死神めいたグリンデルバルドの呪文)
- ニュートのスーツケース(魔法動物の生態系)
- ニュートのトチノキ・ユニコーン毛芯の杖
- グリンデルバルドの杖(後のエルダー・ワンドとは別個体)
- ティナの杖
- クイニーの杖
- ニフラーの腹袋
- オカミーの卵殻(純銀)
- MACUSAの杖登録札
- デス・セルの薬液装置
- 新聞紙の魔法版『ニューヨーク・ゴースト』
- 1926年ニューヨーク市マンハッタン
- ニューヨーク港の入国審査所
- スティーン・ナショナル銀行
- 第二セイラム慈善協会の建物
- MACUSA本部(ウールワース・ビルディング地下)
- セントラル・パーク動物園
- メイシーズ風百貨店
- ジェイコブのアパート
- ゴールドスタイン姉妹のアパート(エスポジト夫人宅)
- ブラインド・ピッグ(魔法界の地下酒場)
- ニューヨーク地下鉄シティ・ホール駅
- アリゾナ州の護送車基地
- MACUSA(米国魔法議会)
- MACUSA魔法捜査局(オーラ・オフィス)
- 国際魔法使い連盟
- 第二セイラム慈善協会
- 英国魔法省(言及)
- ホグワーツ魔法魔術学校(言及)
- イルヴァーモーニー魔法魔術学校(米国側魔法学校・言及)
- ニューヨーク市警(事件現場で言及)
- 新聞王ヘンリー・ショー一族の出版社
15主要登場人物
本作のキャラクター造形は、『ハリー・ポッター』本編のような子どもたちの学園劇とは一線を画す。描かれるのは、成人を目前に控えた社会人たちの群像劇だ。すれ違う恋、職場での挫折、家族からの暴力、政府機関への失望——そうした「大人の影」が、登場人物それぞれの輪郭を一段と濃く際立たせていく。
ニュート・スキャマンダー
英国出身の魔法動物学者。ホグワーツではハッフルパフ寮に在籍した卒業生で、本作の時点では母校を離れて数年が経つ。世界中の魔法動物を救出・研究してまわり、のちの名著『幻の動物とその生息地』の執筆に向けて準備を進めている。常に目を伏せ気味で、人の目をまっすぐ見ることを避け、視線も意識も自然と魔法動物のほうへ向かっていく。この「人の目は見ないが、世界はよく見ている」という独特の所作を、エディ・レッドメインは肩の角度と歩幅の刻み方で表現している。
彼が抱くのは「魔法動物は救うべきものであって、殺すべきものではない」という確固たる信念だ。その信念は、結末でクリーデンスへ語りかける場面にもまっすぐ通じている。オブスキュラスを射殺するMACUSAの即断の暴力と、あくまで「救おう」とするニュートの姿勢。この対比が、本作の倫理的な中心線を形づくっている。
原作小説のハリー、ロン、ハーマイオニーが、学園を舞台に「悪と戦う英雄」だったのに対し、ニュートは「戦わない英雄」である。彼が振るうのは杖と知識、そして動物への共感であって、誰かを撃ち倒すための力ではない。
関連リンク
ティナとクイニー・ゴールドスタイン姉妹
姉ティナは、かつてMACUSA(米国魔法議会)魔法捜査局のオーラだった。第二セイラム慈善協会のメリー・ルーが繰り返す児童虐待を見過ごせず、規律を破って独断でメリー・ルーを攻撃したため、現在は降格中の身だ。正義感が強すぎて職場に居場所をなくした優秀な実務家——本作のティナは、米国型ヒロインの王道を行く。ニュートとの距離の取り方はどこまでも不器用で、自分の感情にも他人の感情にも、誤読と謝罪を繰り返す。
妹クイニーは強力な読心術(レジリメンス)の使い手で、相手の頭に浮かぶ声を、本人が気づくより早く拾い読みしてしまう。ジェイコブへの恋心は、本作で唯一、ローパポート法(魔法族とノーマジの交流を禁じる法)が正面から踏み越えられる関係であり、雨の中の別れの場面に最大の重みを与えている。
二人の姉妹愛——共有アパートの夕食、ティナがクイニーをそっと抱き留める一瞬の所作——が、本作を家族劇として支える層になっている。
ジェイコブ・コワルスキー
ポーランド系米国人のノーマジ。第一次世界大戦のヨーロッパ戦線から帰還した元軍人で、缶詰工場で働きながら、いつか祖母のレシピを使った菓子工房を開くことを夢見ている。本作冒頭で銀行融資を断られ、その帰り道、偶然ニュートと出会う。
ジェイコブが担うのは「観客の代理人」としての役割だ。魔法世界のあらゆる驚きを前に目を見開き、口に手を当て、笑い声を上げる。その感情の振れ幅こそが、観客にとっての世界の手触りを決定づける。だが彼はそれだけの存在ではない。クイニーへの想い、ニュートとの友情、そして自身が抱える戦争の記憶を背負っており、単なる滑稽な脇役にとどまらない厚みを与えられている。
終盤、雨に打たれて記憶を失う場面は、本作の感情のピークの一つである。ダン・フォーグラーは「これでよかった」と微笑む役を、笑顔のなかに涙の手触りを忍ばせて演じてみせる。
クリーデンス・ベアボーン
第二セイラム慈善協会で、養母メリー・ルーから日常的に暴力を受けて育った青年。長身でやせ細り、黒い髪、いつも目を伏せている。本作最大の悲劇を背負う存在であり、ニューヨークの各地を襲った破壊事件は、彼が押し殺してきた魔力が制御不能のオブスキュラスへと膨れ上がった結果だった。
クリーデンスという人物像は、宗教的抑圧と児童虐待が生む「見えない災厄」のメタファーとして機能している。掌に握りしめたメリー・ルーの皮ベルト、教会の冷えた床、グレイブス(その正体はグリンデルバルド)に身を寄せられたときの微かな安堵——いずれも、子どもの魔力を抑え込んだ社会そのものが生み出した怪物の像だ。
シティ・ホール駅での銃撃に散らされた彼が、続編『黒い魔法使いの誕生』で生き延びていたと判明する。その伏線として、ニュートが見つめる空中に小さな黒い欠片が残る最終カットが置かれている。
パーシバル・グレイブス/ゲラート・グリ…
本作で表向きの敵役となるパーシバル・グレイブスは、魔法議会(MACUSA)魔法捜査局の最高責任者として登場する。演じるのはコリン・ファレル。長身に黒のオーバーコートをまとい、磨かれた黒革の手袋をはめ、銀の混じった黒髪を整えている。クリーデンスへ近づくその一瞬一瞬に、獲物を狙う捕食者のような静けさと、わずかに救済者を思わせる優しさが同時ににじむ。
終盤、その姿が崩れ去り、青いコートに銀色の短髪、左右で色の異なる目を持つゲラート・グリンデルバルドが現れる。グリンデルバルドを演じるのはジョニー・デップ。素顔をさらすのは、本作のラスト数分間のみだ。彼の真の狙いは、ノーマジ(人間)社会にとっての“目に見える脅威”であるオブスキュリアルをあえて利用し、世界中の魔法族とノーマジを戦争へと追い込むことにあった。その混乱に乗じて、魔法族の優越を確立しようというのである。
本作における彼の登場は、長大な続編三部作へと火を放つ起点として置かれている。アリゾナへ向かう護送車に乗せられた瞬間、観客は彼が次作で必ずこの拘束から逃れることを予感するのだ。
セラフィーナ・ピッカリー
MACUSA(アメリカ合衆国魔法議会)の大統領(議長)を務める人物。ホレース・スラグホーンと同世代にあたり、ホグワーツのライバル校イルヴァーモーニーで首席を務めた経歴を持つ、魔法ワールドにおける米国魔法行政のトップである。本作では、危機的事態のなかでローパポート法を守り抜くべく、強硬な意思決定を重ねる為政者として描かれる。クリーデンスへの即時射殺命令も、彼女が下したものだ。
ピッカリーの選択は、観客にとって倫理的に割り切れないものとして残る。彼女が動くのは魔法族とノーマジ双方の安全のためであり、その判断のすべてが冷酷に映るわけではない。だが、ニュートの「救おうとする」姿勢と対比させることで、本作は「国家の正義」と「個人の救済」の衝突を、姉妹の物語や恋の物語の背後にそっと据えている。
舞台と用語
舞台は1926年のニューヨーク——禁酒法時代、ジャズ・エイジ、そして世界大戦帰りの兵士たちが街に戻り、移民の最後の大波がエリス島から押し寄せていた時代である。マンハッタンの摩天楼はまだ完成形にはほど遠く、ウールワース・ビルディングは街でいちばん高い建築物の一つだった。本作はその時代のニューヨークを、空撮、ジャズ風のジェームズ・ニュートン・ハワードの主題、20年代のスーツやチョッキ、クロッシュ帽の衣装デザインで丹念に再現してみせる。
用語の面では、本作で初めて登場する概念が多い。アメリカにおける非魔法族の呼称『ノーマジ(No-Maj)』は、英国の『マグル』にあたる。『MACUSA(Magical Congress of the United States of America、米国魔法議会)』は英国の魔法省に相当する組織で、その本部はウールワース・ビルディングの地下に隠されている。『ローパポート法』は、1790年の事件を機に制定された、魔法族とノーマジを厳格に隔てる分離法だ。物語の核心をなすのが『オブスキュラス』『オブスキュリアル』で、抑圧された魔力が宿主を内側から食い破る現象を指す。これらの語を丸暗記する必要はない。物語をたどるうちに、その意味は自然と立ち上がってくる。
場所の選び方にも意味が込められている。クライマックスの舞台となるシティ・ホール駅は、ニューヨーク地下鉄が1904年に最初に開業した際の、白タイルとガラス天井が美しい駅である。1945年に閉鎖されて以降は『失われた地下空間』として知られてきた。ローパポート法のもとで身を潜めた魔法社会が、ノーマジ社会から忘れ去られた地下へと流れ込む——その構図そのものが、舞台選びに託されているのだ。
23制作
『ハリー・ポッター』本編全8作の完結後、ワーナー・ブラザースが2013年に新シリーズの製作を発表し、その3年後に公開された。J.K.ローリングが映画の脚本そのものを書き下ろすのは、これが初めての試みである。本編で脚本を手がけたスティーヴ・クローヴスは、今回『製作』として彼女に並走した。本セクションでは、企画と脚本、キャスティング、衣装と美術、視覚効果、音楽と音響、撮影と編集に分けて整理する。
企画と脚本
原案となったのは、2001年にJ.K.ローリングがコミック・リリーフのチャリティ用に書き下ろした薄い動物図鑑『幻の動物とその生息地』である。ハリー・ポッターの世界に棲む魔法動物を百種以上収めた架空の参考書で、その「著者」として作中で名前だけが語られる人物こそ、ニュート・アルティミス・スキャマンダーだった。
企画が公式に発表されたのは2013年9月、ワーナーからである。ローリングはこの著者を主人公に据えた完全な前日譚を、自ら脚本として書き下ろすことになった。当初は3部作として動き出したが、製作が進むなかで構想は5部作へと膨らんでいく(最終的に製作・公開されたのは3作のみ)。
脚本上の最大の発明が「オブスキュラス/オブスキュリアル」だ。原作小説には存在しない映画オリジナルの概念で、抑圧された子どもの魔力が破壊的な寄生体へと変じるという設定が、本作のニューヨーク事件と児童虐待というテーマを一本に束ねている。さらにローリングは、英国魔法省にあたる米国側の組織「MACUSA」、米国での呼称「ノーマジ」、米国の魔法学校「イルヴァーモーニー」など、以降の魔法ワールドを支える米国側設定の大半を、この脚本の段階で組み上げていった。
キャスティング
主人公ニュート・スキャマンダーを演じるのは、第87回アカデミー主演男優賞を受賞したばかりのエディ・レッドメイン。『博士と彼女のセオリー』(2014)でホーキング博士を演じた繊細な身体表現には定評がある。伏し目がちで肩を丸めたニュートの立ち姿も、その身体演技に大きく支えられている。
ティナ・ゴールドスタイン役は、ポール・トーマス・アンダーソンの『インヒアレント・ヴァイス』(2014)で映画デビューを果たしたキャサリン・ウォーターストン。妹クイニー役には、音楽活動と俳優業を行き来してきたアリソン・スドル。ジェイコブ役には、トニー賞ミュージカル助演男優賞に輝いた舞台出身のダン・フォーグラーが選ばれた。ノーマジ(魔法を使えない人間)の視点を担う「観客の代理人」として、欠かせない温度を物語に持ち込んでいる。
クリーデンス・ベアボーン役はエズラ・ミラー、メリー・ルー・ベアボーン役はオスカー受賞俳優のサマンサ・モートン。MACUSA議長セラフィーナ・ピッカリー役にカルメン・イジョゴ、新聞王ヘンリー・ショー・シニア役にはアカデミー賞俳優のジョン・ヴォイトが顔をそろえる。米国側のキャストの厚みも本作の大きな特色だ。
そして本作で最も重要なキャスティングが、ラストカットで素顔を明かすゲラート・グリンデルバルド役のジョニー・デップである。ニューヨーク市内の場面の大半をパーシバル・グレイブス(コリン・ファレル)として描き、クライマックスでデップへと姿を変える。この構成は公開時点で完全に伏せられていた。
衣装デザイン
衣装デザインを手がけたのはコリーン・アトウッド。ティム・バートン作品をはじめ、『シカゴ』(2002)、『アリス・イン・ワンダーランド』(2010)ですでに3度のオスカーに輝いており、本作で4度目のアカデミー衣装デザイン賞を受賞した。
本作の衣装は、1926年のニューヨークと魔法界の風変わりさ、その境界の引き方が見事だ。ニュートの薄いマスタード色のチョッキに深い青のロングコート、ティナのオリーブ色の細身コートと中折れ帽、クイニーの淡いピンクのフレアコートに砂糖菓子のような髪型、ジェイコブのチェック柄のスーツとサスペンダー——いずれも20年代らしい素材感を保ちながら、それぞれの心情と階級をひと目で物語る。
MACUSAの黒い制服群、ピッカリー議長の紫と金のローブに冠めいた頭巾、第二セイラム慈善協会の白とグレーのモノクロームの制服——陣営ごとの色彩設計も明確に描き分けられている。
美術と視覚効果
美術監督を務めたのは、『ハリー・ポッター』本編全8作と、それに続く魔法ワールドの全作品を一貫して担ってきたスチュアート・クレイグである。本作では1926年のマンハッタンを再現すべく、英国リーヴスデン・スタジオの広大なバックロットに長大な街路セットが築かれた。地下鉄シティ・ホール駅の構内も内装の細部まで作り込まれ、白いタイル、ガラス天井、回送式の電球に至るまでスタジオ撮影で再構築されている。
視覚効果は、フレームストアとダブル・ネガティブを中核に、複数のスタジオが並行して担当した。とりわけ難度が高かったのが、ニュートのスーツケース内部に広がる巨大な生態系だ。複数の異なる気候帯がひとつの空間に折り畳まれている——その設定を画面上で破綻させずに見せなければならない。デミガイズの透ける皮膚、サンダーバードが呼ぶ稲妻、伸縮自在のオカミー(鞄の中では巨大だが、紅茶ポットに入ればティーカップほどに収まる)、突進するエラムペントの重量感。魔法動物はそれぞれ別個のリギングとシミュレーションで作り上げられた。
オブスキュラスの渦そのものは、流体シミュレーションと黒い砂粒のパーティクル、衣服の布の動きを混ぜ合わせた複合素材で構成されている。トンネル内を暴走するシークエンスでは、白いタイルに反射する光と黒い砂粒の質量感が対比をなし、ホラー映画にも通じる緊張感を生み出している。
音楽と音響
音楽を手がけたのは、本編シリーズの作曲家ニコラス・フーパー(『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』以降を担当)でも、シリーズ初期のジョン・ウィリアムズでもない。本作のために起用されたのは、ジェイムズ・ニュートン・ハワードだ。『ダークナイト』『プラダを着た悪魔』『マレフィセント』などで知られる名匠である。
ハワードは本作のために主役テーマ(メイン・タイトル)を新たに書き下ろした。フォーン、ハープ、弦、シェイカーが軽やかに駆け抜ける主題で、いかにも1920年代のジャズ・エイジを思わせる。ホグワーツの石造りの重厚さを受け継いだジョン・ウィリアムズの『ヘドウィグのテーマ』とは系統を異にする、アメリカ寄りの旋律になっている。
ハワードはさらに、ニュートの内省、ゴールドスタイン姉妹の柔らかな日常、グリンデルバルドの薄ら寒い陰影、そしてクライマックスを飾る地下鉄駅の轟音まで、複数の主題を巧みに織り合わせてみせた。本作の音楽は、第74回ゴールデングローブ賞作曲賞にノミネートされている。
撮影とロケ
撮影監督はフィリップ・ルースロ(『ファイト・クラブ』『ある日どこかで』『ハリー・ポッターと謎のプリンス』)。本作はそのほぼ全編を、英国ロンドン郊外のワーナー・ブラザース・スタジオ・リーブズデンと、その近郊のロケ地で撮影した。リーブズデンの広大なバックロットには、1926年のマンハッタン数ブロックを再現した街路セットが恒久のかたちで組まれている。ティナのアパート、ブラインド・ピッグ、第二セイラム協会の建物、MACUSAロビーの円形大広間——本作の主要セットは、すべてここに集約されていた。
1926年のニューヨーク街路を追加で撮影する場として選ばれたのが、リバプール市内に建ち並ぶ歴史的建造物群だ。これは『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』のロンドンの場面でも用いられた手法でもある。リバプールの整然としたボザール様式建築が、当時のマンハッタンの代用としてこの上なく効果的だったためである。
撮影は2015年8月から2016年1月にかけて、合計でおよそ20週に及んだ。視覚効果の比率がきわめて高い本作では、撮影の後半から長期にわたるポストプロダクションが続いた。そして最終的に、IMAX、3D、ドルビーシネマと複数のフォーマットで、2016年11月の公開を迎えた。
編集
編集を手がけたのは、ハリー・ポッター本編の後半を支えた主要作品を担当したマーク・デイ。本作は『ニュートと動物の捕獲行』『MACUSAの捜査』『第二セイラム協会とクリーデンス』という三本の縦糸を交互に編み込む構成だ。観客が「自分は今どの線を追っているのか」を見失わないよう、巧みなリズム作りが求められた。
クライマックスの地下鉄シーンは、編集上の負荷が特に重い。クリーデンスのオブスキュラスの暴走、ニュートとティナの追跡、グレイブスの介入、MACUSAの一斉射撃、そして雨による忘却まで。これらをほぼ連続する一夜の出来事として組み上げ、観客の集中を切らさないテンポで畳みかける。マーク・デイはこの編集で、第70回英国アカデミー賞編集賞にノミネートされた。
31公開と興行
本作は2016年11月18日に米国で、同年11月23日に日本で全国公開された。公開規模は北米約4144スクリーンにのぼり、世界同時公開の規模としては当時のワーナー作品でもトップクラスだった。北米の初週末は約7400万ドル、最終的に北米約2億3422万ドルを稼ぎ、全世界興収は約8億1400万ドルに達した。
全世界興収約8億ドルは、『ハリー・ポッター』本編後半の各作(『死の秘宝 PART2』は約13.4億ドル)と比べれば一段下がる。それでも、新たな主人公と新たな時代を主軸に据えた完全な前日譚としては、十分すぎる興行成功と評価された。日本国内では公開4日間で興収約9.6億円、累計で約34.7億円を記録し、その年の外国映画として上位に食い込んでいる。
受賞面では、コリーン・アトウッドが第89回アカデミー賞衣装デザイン賞を獲得した。同賞では美術賞にもノミネートされ、第70回英国アカデミー賞でも美術賞、衣装デザイン賞、視覚効果賞、編集賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞などに候補入りしている。第74回ゴールデングローブ賞では作曲賞にノミネート。さらに本作は、グラミー賞のサウンドトラック部門にも候補として名を連ねた。
本作の成功を受けて、ワーナー・ブラザースは『魔法ワールド(Wizarding World)』を正式なブランド名として確立した。続編として『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』(2018)、『ファンタスティック・ビーストとダンブルドアの秘密』(2022)が製作・公開されている。
32批評・評価・文化的影響
公開当時の批評家の評価はおおむね好意的で、米国の主要な批評集計サイトでも賛意がわずかに上回る水準に落ち着いた。エディ・レッドメインの繊細な演技、ジェイムズ・ニュートン・ハワードの音楽、コリーン・アトウッドの衣装、スチュアート・クレイグの美術は広く称賛された。一方で、「3部作(後に5部作)構想を前提とするため、本作単体では結末の独立感に乏しい」「中盤の魔法動物コメディと、終盤のクリーデンスの悲劇とで温度差が大きい」といった批判も並んだ。
観客の評価を見ると、『ハリー・ポッター』本編のファン層からはおおむね歓迎された。とりわけジェイコブとクイニーの恋、ニュートとティナの微妙な距離感、ピケットとニフラーの愛らしさが繰り返し語られた。一方、本編世代より広い大衆に向けては、「前知識なしでも入っていけるが、ハリー本編との接続を見越して観るほうが感情の流れを追いやすい」という評が一般的だった。
文化的に見れば、本作は「戦わない英雄像」を魔法ワールドに持ち込んだ作品として位置づけられる。ハリー、ロン、ハーマイオニーが学園の生徒として「闇の魔法使いと戦う」物語を担ったのに対し、ニュート・スキャマンダーは「動物を救い、子どもに語りかけ、戦わずに収める」姿勢で物語を貫いた。これは2010年代後半以降の英米ファンタジー映画における主人公像の変化、すなわち「闘わずに共感する」ヒーローの一例としても、しばしば論じられている。
舞台裏とトリビア
ニュートが胸ポケットに住まわせる魔法動物ボウトラックル『ピケット』は、エディ・レッドメインのアドリブ的な所作から、シリーズ全体の人気キャラクターへと育っていった。脚本の段階では、ここまで前面に出る存在ではなかった。それが撮影現場でレッドメインが『今、肩の上に乗ってる』『今、ポケットから顔を出してる』と繰り返し動かしてみせたことで、編集の過程でしだいに出番を増やしていったのである。
グリンデルバルド役のジョニー・デップは、ラスト数分の素顔披露をのぞけば『パーシバル・グレイブス』としてコリン・ファレルが演じており、その出演自体が公開時点まで完全に伏せられていた。北米初日、デップの素顔が画面に現れた瞬間、劇場から驚きの声が上がったという。公開直後の各紙レビューが、こぞってこの場面に言及している。
アルバス・ダンブルドアの名は、本作中で台詞として一度だけ登場する。MACUSAでの取り調べの場面、ティナがニュートの『身元保証人』として、学生時代の恩師であるアルバス・ダンブルドアの名を挙げる短い台詞だ。続編『黒い魔法使いの誕生』『ダンブルドアの秘密』で大きな役割を担うこの人物の、本作における唯一の前触れである。
MACUSA本部は、ウールワース・ビルディングの地下に置かれているという設定だ。マンハッタンのロウアー・ブロードウェイに実在する、1913年に完成したネオ・ゴシック様式の高層ビルである。本作の公開後、観光客のあいだでは『ウールワース・ビルディングの正面ロビーを覗き込み、魔法的なものを探す』という小さな観光行動が流行したと、一部の報道が伝えている。
34テーマと解釈
本作の中心テーマは「抑圧された力は、やがて内側から人を食う」というものだ。クリーデンスの内に巣食うオブスキュラスは、児童虐待、宗教的な抑圧、社会的な差別によって自分自身を否定するよう追い込まれた子どもの内側に生まれる「見えない災厄」として描かれる。MACUSAは秩序のため、第二セイラム協会は信仰のため、メリー・ルーは家族の名のもとに、それぞれの正義からクリーデンスを抑え込み続けた。その果てに育ってしまったのが、ニューヨーク全体を引き裂くオブスキュラスである。本作の悪は、外からやってくる闇の魔法使いではない。抑圧する側の「善意」が積み重なった先にこそ災厄が生まれる——その描き方が、原作シリーズより一段深いところに踏み込んでいる。
もう一本の柱は「境界線を踏み越えること」だ。魔法族とノーマジを完全に分離するローパポート法という掟が、ジェイコブとクイニー、ニュートとティナという二組の関係を通じて、繰り返し試されていく。終盤、ジェイコブの記憶を消すという選択は、法の上では完璧な処理だが、感情の上では完全な敗北を意味する。クイニーがふたたびジェイコブの店に姿を現すラストカットは、「法は二人を別れさせたが、感情までは別れさせていない」という静かな宣言にほかならない。
そして第三のテーマが、ニュート個人の倫理——「戦わないという選択」である。MACUSAは射殺で決着をつけようとし、グリンデルバルドは戦争を煽ろうとする。そのなかでただ一人、ニュートは地下のホームで、暴走するオブスキュラスの奥にいる少年に向かって膝を屈め、語りかけた。本作のもっとも美しい数十秒は、剣戟でも稲妻でもない。その膝の高さ、震える指先、そして低い声である。続編で繰り返し問われていく「魔法を何のために使うか」という設問は、ここで初めて、静かに置かれたのだ。
視聴順ガイド
初見であれば、ハリー・ポッター本編8作を公開順で通して観たのち、本作と続編『黒い魔法使いの誕生』『ダンブルドアの秘密』を加えていく形が、最も入りやすいだろう。本編で繰り返し言及されるニュート・スキャマンダーの著書『幻の動物とその生息地』、青年期のダンブルドア、そしてグリンデルバルドという存在の前史を踏まえてから本作に戻れば、台詞の細部や、ラストでグリンデルバルドが浮かべる笑みの重みが、何倍にも増して感じられるはずだ。
ハリー・ポッター本編が未見でも、本作は単体で十分に楽しめる。ただし、ダンブルドアが台詞の中で一瞬だけ登場する場面、黒い魔法使いとしてのグリンデルバルドの知名度、MACUSAと魔法省の関係といった要素は、本編を知っていてこそ理解が深まる。時系列順に観るなら、本作(1926年)から続編2作(1927/1932年)、さらにハリー・ポッター本編1作目(1991年の学校入学)へと並べ替えることもできる。とはいえ初見であれば、やはり公開順を強く勧めたい。
36よくある質問
『あらすじだけ知りたい』なら、押さえるべき流れはこうだ。ニュート・スキャマンダーがニューヨークに降り立ち、スーツケースから魔法動物が次々と逃げ出す。その裏では、クリーデンス・ベアボーンが抑え込んできたオブスキュラスが街を引き裂いていく。そしてMACUSAの最高捜査官パーシバル・グレイブスの正体が、変身したゲラート・グリンデルバルドであったと明かされる。ここまでをつかんでおけば十分だ。
『結末・ネタバレを知りたい』なら、核となるのは次の場面だ。クリーデンスがMACUSAに射殺された(と見える)こと、グレイブスの正体がグリンデルバルドだったこと、ジェイコブを含むノーマジたちが忘却の雨で記憶を失ったこと。そして、クイニーが菓子工房でジェイコブと再会するラストまでが見どころとなる。
『ハリー・ポッター本編を見ていなくても楽しめるか?』──答えとしては、単体でも十分に楽しめる作りになっている。ただし、ダンブルドア、グリンデルバルド、MACUSAといった要素は、本編で知ったうえで本作に戻るほうが、感情の重みははるかに大きい。そう答えておくのが安全だろう。
『続編はどれを見ればよいか』については、本作→『黒い魔法使いの誕生』(2018)→『ダンブルドアの秘密』(2022)の公開順でたどれば問題ない。第2作の終盤でクリーデンスの真の出自が明かされ、第3作では青年期ダンブルドアとグリンデルバルドの関係が物語の中心となる。
37参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、その他各種の権利は、いずれもそれぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、受賞歴、配信状況、外部からの評価は時期によって変動しうるため、視聴の前に公式情報および各データベースの最新の表示を確認されたい。なお本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語記事として構成したものである。