第5話「後悔なんて、あるわけない」は、魔法少女となった美樹さやかの高揚と、佐倉杏子が持ち込む生存優先の価値観を衝突させる。さやかの願いによって上条恭介の左手は治り、彼は再びヴァイオリンを演奏する。さやかはマミを救えなかった悔しさを抱えながらも、自分の願いに後悔はないと言い切る。しかし、同じ力を持つ者が同じ正義を共有するわけではなかった。
願いがかなった直後のさやか
恭介は病院の屋上で「アヴェ・マリア」を演奏し、家族や医療関係者は回復を喜ぶ。少し離れた場所から見守るさやかにとって、その音は自分の選択が正しかった証しである。契約の対価をまだ知らないため、願いと結果が素直に結び付いて見える。
一方のまどかは、先に契約した友人へ取り残されたような負い目を感じる。さやかはマミを救えなかったことを悔やみながらも、もう同じ犠牲を出さないために戦うと決める。二人の友情は続いているが、契約の有無によって立てる場所が分かれ始める。

杏子が示す魔女狩りの現実
マミの死で見滝原が空いたことを知った杏子は、新しい縄張りを得るために街へ現れる。杏子は、グリーフシードを持たない使い魔をすぐ倒すのは損だと考える。人間を襲わせて魔女へ成長するまで待ち、討伐後のグリーフシードを得る方が効率的だという立場である。
さやかは、目の前の人を犠牲にする方法を受け入れない。魔法少女は人を守るべきだというマミから受け継いだ理想と、魔力を維持するには希少な浄化資源が必要だという現実がぶつかる。二人の争いは性格の不一致ではなく、誰の命を優先するかという制度上の対立である。
槍と剣が示す経験差
使い魔を逃がした後、さやかと杏子は高架下で戦い始める。杏子は多節槍の間合いを自在に変え、契約したばかりのさやかを圧倒する。さやかは治癒の願いに由来する高い回復力で立ち上がり続けるが、傷が消えることと戦況を覆すことは同じではない。

まどかは二人を止めようとするものの、キュゥべえは魔法少女同士の戦いへ介入できないとして、新たな契約を促す。友人を助けたい気持ちが契約への圧力へ変換される構図は、第1話から続くキュゥべえの勧誘方法でもある。
ほむらの介入が残したもの
さやかが追い詰められたところへ暁美ほむらが現れ、時間停止を利用して戦いを中断させる。杏子はほむらの能力を警戒し、その場での決着を避ける。さやかは助けられたことより、自分の戦いを否定された感覚を強め、ほむらへの反発を残す。

第5話では願いが確かに人を救い、さやか自身も誰かを守れる力を得た。それでも、経験差、資源不足、魔法少女同士の利害は解決していない。成功の直後に制度の別の側面を見せることで、題名の「後悔なんて、あるわけない」という断言に不安が重なる。
願いが叶った直後の高揚
恭介の腕は回復し、再び楽器を演奏できるようになる。さやかは自分の願いが間違っていなかったと確信し、魔法少女として人を守る役割にも意欲を見せる。マミの死を知りながら契約したため、自分なら正しく力を使えるという決意が強い。
ただし、恭介には奇跡の原因が伝わらず、さやかが支払った代価も共有されない。願いの成果は彼の人生へ戻る一方、契約の責任はさやかだけが負う。二人の関係には、本人たちが言葉にしていない非対称性が生まれている。

回復力と戦闘経験は同じではない
さやかは治癒の願いに由来する高い回復力を持つが、それだけで杏子との技量差が埋まるわけではない。杏子は間合いを変えられる槍を使い、相手の動きを見ながら攻撃を組み立てる。対するさやかは、負傷を回復できることを前提に正面から踏み込むため、短期的には粘れても魔力の消耗が大きい。
ここで示されるのは能力の優劣より、能力をどう運用するかという差である。魔法少女になった直後の成功体験が自信を支える一方、撤退や助言を受け入れる余地を狭める。後の痛覚遮断も、回復という長所を過度に頼った延長として読むことができる。
契約直後だから見えない代償
第5話のさやかは、恭介の腕が治り、自分も魔法少女として人を救えるという成功体験の中にいる。回復力の高さも、本人には選択の正しさを裏付ける力に見える。しかし視聴者はマミの死をすでに知り、杏子はグリーフシードの不足を知っている。さやかだけが契約の代償を十分に知らないため、同じ戦闘でも三者の見え方は一致しない。

ほむらが戦いを止めても、さやかは助けられたとは受け取らない。自分の正義と力を否定されたように感じ、警告を敵意として跳ね返す。この認識のずれが、杏子との再衝突と、ほむらへの不信を長引かせる。第5話は新しい魔法少女の活躍回であると同時に、善意だけでは制度の罠を避けられないことを示す回でもある。
佐倉杏子が持ち込む別の原則
見滝原へ現れた杏子は、魔法少女の活動を縄張りとグリーフシードの確保として捉える。使い魔が人を襲って成長し、魔女になってから倒せばグリーフシードを得られるため、資源を持たない段階で倒すのは非効率だと考える。人を守ることを第一にするさやかとは、出発点から相容れない。
杏子の姿勢は残酷だが、魔力を消費し続ける制度の中で生き残る方法でもある。巴マミが担っていた秩序がなくなった後、見滝原は空いた縄張りになった。第5話は新しい敵役を投入するだけでなく、魔法少女同士の協力を妨げる経済的な条件を明らかにする。

さやかと杏子の戦い方
さやかは多数の剣を生成し、回復力を頼りに前へ出る。契約直後で経験は少ないが、負傷を恐れず人を守ろうとする。一方の杏子は、多節槍の間合いと変形を使い分け、対人戦にも慣れている。戦闘の差は、能力だけでなく、魔法少女として過ごした時間と目的の差を示す。
杏子はさやかの願いを聞き、他人のために奇跡を使ったことを嘲る。この反応には、後に明かされる自分自身の失敗が重なっている。単なる価値観の否定ではなく、かつての自分と同じ道へ進む相手への苛立ちである。
ほむらの介入と次の危機
二人の戦いが激しくなると、ほむらが現れて短時間で間へ入る。彼女はさやかと杏子のどちらにも全面的に与せず、ワルプルギスの夜への備えを優先する。マミの死後も目的は一貫してまどかの契約阻止と、大型魔女への対処にある。

まどかは、さやかを守るため自分も契約すべきか迷い始める。キュゥべえはその選択をいつでも受け入れられる位置にいる。さやかの成功が契約への恐怖を再び薄め、杏子との対立が新しい緊急性を作る。第5話は、奇跡を得た幸福から、制度内の競争へ視点を移す回である。
グリーフシードが価値観を分ける
魔法少女は魔力を使えばソウルジェムを濁らせ、浄化にはグリーフシードが必要になる。さやかは人を守れば結果として資源も得られると考えるが、杏子は資源を確実に得られる敵だけを狙う。仕組み自体は同じでも、何を目的に置くかで行動が逆になる。

この対立には、まだ明かされていない魔女化が影を落とす。本人たちは浄化資源の不足を生存問題として理解しているが、濁り切った自分が次の魔女になるとは知らない。資源競争の本当の意味を知らないまま争うこと自体が、契約制度の不公正さを示す。
恭介との距離が生まれ始める
腕が治った恭介は退院と復学へ進み、音楽を取り戻す。さやかの願いは完全に成果を上げたが、奇跡の理由を伝えられないため、彼と経験を共有できない。見舞い続けた時間が終わり、さやかが自然にそばにいられた状況も変わる。
願いを叶えれば関係も進むという期待は、契約内容に含まれていない。さやかは見返りを求めない正義の願いとして自分へ説明するほど、愛されたい本音を話しにくくなる。成功した奇跡の後から、感情面の代価が静かに始まる。

新人であるさやかの危うさ
さやかは回復力が高く、負傷を恐れず戦える。しかし経験が少ない段階で杏子との対人戦へ入り、魔力の配分や相手の間合いを十分に理解していない。正しさへの確信が、撤退や交渉を弱さとして退ける方向へ働く。
マミが生きていれば、技術と制度の両面で仲介できた可能性がある。彼女の不在は戦力の欠如だけでなく、異なる考えを調整する先輩の不在でもある。第5話は、空いた縄張りと空いた指導者の位置へ杏子が入ることで、さやかの孤立を早める。
サブタイトルの「後悔なんて、あるわけない」は、現時点のさやかにとって本心である。後の破綻を知っているからといって、この幸福まで偽物になるわけではない。恭介が再び演奏できた事実、人を救う力を得た喜び、正しく戦いたい意志はすべて成立している。その希望が本物であるほど、守れなくなった時の絶望も大きくなる。
