第9話「そんなの、あたしが許さない」は、魔女となった美樹さやかを佐倉杏子が人間へ戻そうとし、最後にはともに消える道を選ぶ回である。キュゥべえは鹿目まどかへ、少女の感情をエネルギーとして回収するインキュベーターの目的を説明する。杏子はその仕組みを知っても、さやかの心が残っている可能性へ賭ける。合理性では切り捨てられる希望を、杏子だけは最後まで手放さない。
キュゥべえが語る宇宙の目的
キュゥべえはまどかへ、宇宙全体で利用できるエネルギーが減少する問題と、感情をエネルギーへ変える技術について語る。インキュベーターには感情がなく、希望から絶望へ反転する少女の心が生む力を自分たちでは作れない。そのため、願いをかなえて魔法少女を生み、魔女化の瞬間に大きなエネルギーを回収する。
さらに、人類の歴史へ関わった少女たちも契約してきたと説明し、文明の発展と犠牲を交換条件のように並べる。まどかにとっては友人の人生だが、キュゥべえにとっては宇宙を延命するための効率である。この尺度の違いは、議論で埋められる誤解ではない。

杏子が残した一つの可能性
杏子は、さやかの身体を保護したまま、魔女から元へ戻す方法がないかキュゥべえへ尋ねる。キュゥべえは前例を知らないとしつつ、魔法少女が起こす奇跡まで否定しない。杏子はわずかな可能性を信じ、さやかと親しかったまどかの呼びかけを利用しようとする。
まどかも、さやかの心へ届くならと同行を決める。二人の計画に確かな根拠はない。それでも、何もせず友人を敵として倒すことを受け入れられない点で一致する。以前は使い魔の犠牲を許容した杏子が、今度は効率を無視して一人を救おうとする。
人魚の魔女への呼びかけ
オクタヴィアの結界は演奏会場のような空間で、指揮者を思わせる使い魔と音楽が満ちている。まどかはさやかの名を呼び、元へ戻ってほしいと訴える。杏子は攻撃を防ぎながら時間を稼ぐが、魔女は剣と車輪で二人を襲い続ける。

呼びかけに反応がないまま攻撃は激しくなり、杏子は救出がかなわないと悟る。遅れて現れたほむらへ、まどかを連れて逃げるよう頼む。ここで杏子が守る対象は、目の前のまどかと、すでに戻れないさやかの両方である。
一人にしないという選択
杏子は髪をほどき、祈りをささげるように十字を切る。槍から生じた巨大な魔力でオクタヴィアを包み、自分のソウルジェムごと破壊する。さやかを人間へ戻すことはできなかったが、孤独のまま魔女として残さないという別の救いを選んだ。

後にキュゥべえはほむらへ、魔女を元へ戻す方法があるとは考えていなかったと明かす。杏子が消えれば、ワルプルギスの夜へ対抗できる魔法少女はほむらだけになり、まどかが契約する可能性も高まる。杏子の希望まで勧誘の条件へ利用する冷徹さが、次の戦いを準備する。
人魚の魔女に残るさやかの物語
さやかのソウルジェムから生まれた人魚の魔女は、音楽と車輪を中心とする結界を作る。恭介の音楽、報われなかった恋心、前へ進み続ける車輪が、さやかの経験を別の形で反復する。魔女になっても人間の人格がそのまま会話できるわけではないが、結界の意匠には契約者だった時の執着が残る。
杏子はその痕跡を見て、呼びかければ元へ戻せる可能性を捨てきれない。キュゥべえは前例も保証も示さないが、不可能だとも明言しない。この曖昧さが、杏子とまどかを救出へ向かわせる。

キュゥべえが杏子へ残した「可能性」
杏子がさやかを人間へ戻せるか尋ねた時、キュゥべえは明確な成功方法を示さない。一方で、前例がないことと不可能であることを区別し、杏子がわずかな希望へ賭ける余地を残す。後にほむらへは、杏子が勝てないことを見込んでいたと語るため、この曖昧な応答は中立的な情報提供ではない。
ただし、杏子の行動をすべてキュゥべえの誘導だけで説明することもできない。彼女は過去の自分とさやかを重ね、放置しないと自分で決めている。キュゥべえはその動機を作ったのではなく、成功可能性を正確に閉じずに利用した。人物の自発性と制度側の誘導を分けて見る必要がある。
救出作戦が失敗しても残したもの
呼びかけで魔女化を取り消すことはできず、さやかは元の姿へ戻らない。それでも、杏子が最後まで名前を呼び続けたことは無意味ではない。オクタヴィアの結界に残る音楽や人魚の意匠を通して、魔女になった後にもさやかの履歴が存在すると確認できるからである。

この失敗は、個人の説得だけでは制度を逆転できないという条件をまどかへ渡す。最終話の願いが一人だけを元に戻す内容ではなく、過去と未来のすべての魔女化を対象にするのは、第9話で局所的な救済の限界を見届けたためである。
キュゥべえが語る宇宙の目的
キュゥべえはまどかへ、宇宙のエネルギーが失われていく問題と、感情が生むエネルギーの利用を説明する。インキュベーターに感情は稀な精神疾患のようなものであり、希望から絶望へ転じる少女の感情は効率の高い資源に見える。人類の発展へ関与してきたことを根拠に、犠牲より宇宙全体の利益が大きいと主張する。
この説明は目的を明かすが、人間側の同意を補うものではない。少女一人の人生を、文明や宇宙の規模と比較して小さく扱う尺度自体が対立の核心である。キュゥべえに悪意がないことは、被害がないことを意味しない。

杏子がまどかを同行させた理由
杏子はまどかに、さやかの親友として呼びかける役割を求める。自分の言葉では届かなくても、契約前からさやかを知るまどかの声なら人間の心を取り戻せるかもしれないと考えるからである。合理的な成功率ではなく、関係の強さへ賭けた作戦である。
結界内でまどかは何度も名前を呼ぶが、人魚の魔女は攻撃を続ける。願いが奇跡を起こす世界でも、すでに成立した魔女化を友情だけで逆転できる保証はない。まどかは救いたい意思を持ちながら、契約せずにできることの限界へ再び直面する。
杏子の最期と原則の反転
救出が不可能だと悟った杏子は、まどかをほむらへ託し、自分は結界へ残る。多節槍を祈りの形へ変え、ソウルジェムを砕くほどの力を解放して、人魚の魔女とともに消える。一人で絶望へ落ちたさやかを、最期だけでも一人にしない選択である。

他人のために魔法を使わないと決めた杏子が、最後には他者のために命を使う。この反転は、過去の願いがすべて誤りだったと否定するものではない。失敗を知った上で、それでも目の前の一人へ手を伸ばす決断である。第9話はさやかを元へ戻せないまま、彼女との関係によって杏子の生き方を変える。
ほむらが救出へ加わらない理由
ほむらは魔女化を元へ戻せないと知り、杏子の試みを成功しないものとして見る。まどかを危険な結界から連れ出すため最後には介入するが、呼びかけによる救済には参加しない。過去の時間軸で試した可能性と失敗を、他の人物へ共有できないまま結論だけを告げている。

杏子にとっては、可能性が低くても何もしない理由にはならない。ほむらにとっては、失敗すると知る作戦でまどかまで失うわけにはいかない。経験の差が、希望を試す側と損失を制限する側の判断を分ける。
杏子の祈りが取り戻したもの
杏子は家族のための願いが破綻した後、祈りや他者のための力を遠ざけてきた。最期の攻撃では、槍を祈りの意匠へ変え、さやかとともに終わることを選ぶ。かつて失った信仰や家族をそのまま回復するのではなく、誰かを一人にしない行動として祈りを使い直す。
これは自己犠牲を無条件に美化する場面ではない。杏子が生き残れば、ワルプルギスの夜へ対抗する戦力になれた可能性もある。それでも本人は、効率よりさやかとの関係を選ぶ。制度が資源競争を強いる中で、最後だけは自分の価値基準で魔力の使い道を決めた。

残された戦力と次話への接続
マミ、さやか、杏子を失い、見滝原でワルプルギスの夜へ対抗できる魔法少女はほむらだけになる。キュゥべえは、杏子が勝てない可能性を知りながら、まどかの契約を促す状況が生まれることを利用する。直接命令しなくても、選択肢を減らせば契約の必要性は高まる。
まどかは、友人を救えず、杏子の死も見届ける。個別の呼びかけでは魔女化を戻せないと知った経験が、後に「すべての魔女を生まれる前に消す」という願いの条件になる。第9話は二人の最期を描くと同時に、残る解決策を制度の外側へ押し広げる。
杏子は、魔女になったさやかにも人間の心が残っている可能性へ賭け、まどかの呼びかけで戻せると考える。この希望には確かな根拠がなく、キュゥべえも成功を保証しない。それでも杏子が試すのは、かつて他者のために願った自分と、同じ道を進んださやかを切り離せないからである。相討ちという選択は勝利のための戦術ではなく、救えないなら一人にしないという杏子自身の答えになっている。
