『ハウス・オブ・M』(2005)は、現実改変能力を制御できないワンダ・マキシモフをどう扱うかというアベンジャーズとX-MENの会議から、ミュータントが社会の多数派となりマグニートーの一族が支配する別の現実へ移る全8号のイベントです。願いがかなった世界に見えながら、誰の願いを誰が選び、何を犠牲にして成立させたのかが核心になります。ワンダを便利な災害装置としてだけ扱わず、ピエトロの介入、周囲の判断、当時の物語表現を分けて読む必要があります。
- 刊行
- 2005年6月〜11月/全8号
- 脚本
- ブライアン・マイケル・ベンディス
- 作画
- オリヴィエ・コワペル
- 主要人物
- ワンダ、ピエトロ、マグニートー、レイラ・ミラー
- 前史
- 『Avengers Disassembled』
- 主な結果
- 多数のミュータントが能力を失うディシメーション
01アベンジャーズ崩壊後のワンダ
前史『Avengers Disassembled』でワンダの力と精神状態が崩れ、アベンジャーズは大きな犠牲を受けました。彼女はジェノーシャでチャールズ・エグゼビアとマグニートーの保護下に置かれ、現実と記憶の安定を取り戻せないままです。エグゼビアも治療を続けますが、能力の規模に対して確実な方法を見いだせません。
アベンジャーズとX-MENは、ワンダが再び制御を失った場合を恐れ、今後を話し合います。治療、拘束、あるいは殺害まで選択肢に含まれる会議であり、本人抜きに生存の可否を決めようとする構図です。被害を受けた側の恐怖は現実ですが、危険だから人格と意思を停止してよいのかという問題も同時に生じます。

ピエトロは会議の内容を知り、父マグニートーへ助けを求めます。マグニートーが答えを出せないと、ピエトロはワンダへ別の現実を作るよう働きかけます。したがって改変をワンダ一人の自発的な野望へ単純化できません。彼女の力を利用しようとした兄、彼女を恐れた仲間、家族を救えなかった父の判断が重なっています。
02ミュータントが多数派となった改変世界
改変後の世界ではミュータントが社会の多数派として制度と文化の中心に立ち、人間が少数派になっています。マグニートーは迫害を終わらせた英雄として扱われ、その一族がハウス・オブ・Mとして大きな権威を持ちます。現実の差別構造を反転させたように見えますが、少数派への偏見と権力集中が消えたわけではありません。
主要人物には、本人が深く望んだと考えられる生活が与えられます。ピーター・パーカーはグウェン・ステイシーと家庭を持ち、世間から成功した英雄として愛される。ローガンは失っていた過去の記憶を持ち、キャロル・ダンヴァースは広く尊敬されるスーパーヒーローになる。幸福の形が具体的だからこそ、元の世界へ戻す決断は単なる幻からの脱出ではなくなります。

願望の実現は本人の自由な選択を保証しません。誰かが記憶と関係を配置し、矛盾を感じないよう現実全体を書き換えています。望んだ家族を持つピーターも、その生活が他者の意思を上書きして作られたと知れば無傷ではいられません。本作は幸福の内容だけでなく、幸福へ至る手続きと同意を問います。
03レイラ・ミラーと記憶の回復
ローガンは治癒能力と記憶の複雑な履歴のためか、改変前の世界を覚えた状態で目覚めます。何が変わったかを知る最初の証人となり、元の仲間を探し始めます。しかし、相手にとって現在の人生は生まれたときから続く現実です。事実を説明するだけでは、幸福な日常を捨てる理由になりません。
そこで重要になるのが少女レイラ・ミラーです。彼女には相手の内側へ改変前の記憶を呼び戻す働きがあり、ヒーローたちは自分が失った人生と現在の人生を同時に知ることになります。記憶の回復は洗脳を解く単純な解放ではなく、二つの履歴を衝突させる行為です。知った後には、どちらを守るか選ばなければなりません。

記憶を取り戻した者たちは、エマ・フロスト、サイクロップス、ルーク・ケイジらのネットワークへ集まります。目的はマグニートーを倒すだけでなく、誰が改変を行い、なぜ全員へ個別の願望を与えたかを確かめることです。原因を誤れば、ワンダを殺して終えるという会議前の発想を繰り返すことになります。
04望んだ人生が生む痛み
ピーターは自分がグウェンと家庭を築き、ベンおじさんも生きている現実を失う可能性に直面します。元の記憶を取り戻した瞬間、いま目の前にいる家族が偽物に見えるのではなく、失う運命を二度経験することになります。彼の怒りは改変の不正だけでなく、最も深い願いを見せてから奪う残酷さへ向かいます。
ホークアイは元の世界で死亡していたため、自分の生存そのものが改変の証拠になります。ワンダと再会した彼は、なぜ自分を殺し、なぜここでは生かしたのかという個人的な問いを突きつけます。大事件の犠牲者を数として扱わず、死者と加害者の関係を対面させることで、現実修復が過去の責任を自動的に清算しないと示します。

マグニートーもまた、自分の名を冠した理想社会がピエトロの働きかけで作られたと知ります。長年望んだミュータントの優位と家族の結束が、本人の選択ではない形で実現していた。この発覚は彼の誇りと怒りを刺激し、家族を守るはずの世界で家族へ暴力を向ける矛盾を生みます。
05「No more mutants」とディシメーション
ジェノーシャでの衝突により、ピエトロが改変を促した事実が明らかになります。マグニートーは自分の名と理想を利用されたと怒り、ピエトロを激しく攻撃します。ワンダは兄を回復させた後、父と周囲のミュータントが力と優越へ執着してきたことへ絶望します。家族を守るための現実が、再び家族を壊しました。
ワンダの「No more mutants」という言葉によって元の現実は戻りますが、多数のミュータントが能力を失います。世界人口規模のミュータントがごく少数へ減るディシメーションは、X-MEN系作品の前提を長期にわたり変えました。身体の一部として能力を持つ者、飛行中や危険な環境で力を失う者もおり、現実修復は新たな被害を伴います。

この結末をワンダの一言だけで説明すると、そこへ至る圧力と周囲の責任が消えます。同時に、彼女の行為が甚大な結果を生んだ事実も曖昧にできません。被害と主体性、精神的不調と物語上の責任を同時に扱う必要があります。後年の作品はこの描写を再検討し、ミュータント社会とワンダの関係を何度も更新しています。
06後続作品、読む順番、映像版との区別
ディシメーション後は『Decimation』『Messiah Complex』などで、残されたミュータントの生存、誕生の停止、社会的孤立が扱われます。能力を失った者は元の共同体へ残るのか、普通の人間として離れるのかを選ばされる。大型イベントの結末が数字の変化ではなく、学校、家族、政治を長期間変えた点が重要です。
本編は『House of M』#1〜#8で中心線を読めます。前史として『Avengers Disassembled』を押さえると会議の切迫感が分かり、後続はディシメーション関連へ進めます。タイインは改変世界における各人物と地域の姿を描くため、好きな人物の現実を補う目的で選ぶとよいでしょう。すべてを本編の合間へ機械的に挟む必要はありません。

『ワンダヴィジョン』や『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』には、喪失から理想の家族を作るワンダという共鳴があります。しかしMCUにマグニートーの王朝やミュータント多数派のハウス・オブ・Mがそのまま成立したわけではありません。映像版のウェストビュー、ダークホールド、夢渡りは別の因果であり、原作の台詞だけを使って映画の設定を断定できません。