『名探偵コナン ゼロの執行人』は、2018年に公開された劇場版『名探偵コナン』シリーズ第22作である。毛利小五郎の逮捕という前代未聞の幕開けから、東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』を巡る無人輸送機事件へと物語が展開する。公安警察『ゼロ』に属する降谷零ことバーボン/安室透を真正面から主役に据えた作品として、シリーズ屈指のヒットを記録した。
00概要
『名探偵コナン ゼロの執行人』(めいたんていコナン ゼロのしっこうにん)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2018年4月13日に東宝の配給で公開された。劇場版『名探偵コナン』シリーズの第22作にあたる。監督は本作で劇場版に初めて登板する立川譲。脚本は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』『から紅の恋歌』に続く五度目の登板となる櫻井武晴が手がけ、音楽はシリーズを長年支えてきた大野克夫が担当した。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は約110分である。
本作最大の特徴は、シリーズ屈指の人気キャラクターである安室透/降谷零/バーボンを、劇場版で初めて単独の主役として真正面から描く点にある。表向きは毛利探偵事務所に出入りする私立探偵見習いの青年。その正体は、警察庁警備局・警察庁警備企画課に置かれた通称『ゼロ』に所属する公安警察官・降谷零であり、さらに黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられている。この三重の顔を持つ人物像は、テレビアニメ本編や原作、これまでの劇場版で長く積み重ねられてきた。本作はそのなかでも『公安警察ゼロ』としての顔を題名そのものに据え、劇場版のスケールで一気に前景化させた一本だ。
事件は、毛利小五郎が殺人と爆発事件の容疑者として逮捕されるという、シリーズ史上きわめて異例の幕開けから動き出す。被害者は最高検察庁監察指導部の検察事務官・浜辺潤一。同じ時刻、東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』に建つ国際会議用の施設付近で大規模な爆発が起こり、小五郎の所持する携帯端末の通信記録が現場に残されていたことから、彼は二つの事件を結ぶ重要参考人として身柄を拘束される。誤認逮捕とすぐに判明してもよさそうな状況だ。ところが、検察側で指揮を執る検事・橘境子と、その捜査に同行する公安警察『ゼロ』の降谷零——表向き安室透の顔をした彼——は、何故か小五郎を起訴する方向で動こうとする。
コナンは、毛利探偵事務所の家族として、また小五郎の隣にいた目撃者として、容疑を晴らすべく独自の調査を進めていく。そこに重なってくるのが、三年前に自ら命を絶った公安警察官・羽場二三一の名と、東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』を狙う何者かの計画である。本記事は、結末をはじめ、橘境子の正体と動機、羽場二三一の三年前の事件、大型無人輸送機のハイジャック、安室透のRX-7と首都高での暴走、そしてエッジ オブ オーシャンを舞台にしたクライマックスまで、全編の内容に踏み込んでいく。物語の重大な驚きを味わいたいなら、まず本編を鑑賞してから本記事に戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン ゼロの執行人
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第22作
- 監督
- 立川譲
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- 福山雅治「零 -ZERO-」
- 日本公開
- 2018年4月13日
- 上映時間
- 約110分
- 主舞台
- 東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』、中央地方検察庁、首都高速道路、米花町、阿笠博士の家など
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、ポリティカル・スリラー、アクション
01あらすじ
ここから、結末までを含む全編のあらすじを順を追って紹介する。物語の発端は、東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』付近で起きた大規模な爆発と、検察事務官・浜辺潤一の殺害である。やがて毛利小五郎が逮捕され、安室透(降谷零)が登場、さらに検察官・橘境子も姿を見せる。そして中央地方検察庁での爆破事件、大型無人輸送機のハイジャック、羽場二三一の三年前の事件へと話は進み、最後はエッジ オブ オーシャンを舞台にした最終局面を迎える。
東京湾の爆発と浜辺潤一の死
物語は、東京湾に新たに築かれた人工島「エッジ オブ オーシャン」での大規模な爆発から幕を開ける。事件が起きたのは、島内のIR関連施設の周辺だ。エッジ オブ オーシャンは、本作の世界で日本政府が誘致した国際会議の会場として整備された新しい人工島で、巨大な統合型リゾート施設、複数の高層棟、自動運転シャトルの車輛網、最新の通信設備を備える。「未来の街」として国内外に紹介されてきた島である。グランドオープンを前にした式典のリハーサルの最中、施設の外周に置かれていた構造物が突然爆発し、複数の作業員と一般人が巻き込まれる。
ちょうど同じ時間帯、最高検察庁監察指導部に属する検察事務官・浜辺潤一が、東京湾沿いの自宅で何者かに刺殺されているのが発見される。遺体のそばには、毛利小五郎のものとされる携帯端末の通信記録の一部が残されていた。さらに現場の防犯カメラには、たまたま依頼でその近くに居合わせた小五郎の姿が、複数枚にわたって映り込んでいる。警視庁の捜査本部は、二つの事件を結びつける状況証拠を一つひとつ積み上げ、やがて小五郎を、浜辺殺害と爆発現場での関与を疑う重要参考人として拘束する。
事件の方向を決定づけるのは、検察庁から派遣された担当検事・橘境子だ。落ち着いた知性の持ち主でありながら、決して感情を表に出さない静かな威圧感をまとう彼女は、捜査本部と歩調を合わせ、小五郎の起訴に向けた手続きを着実に進めていく。捜査本部の内部には「状況証拠だけでこの方向に走るのは早すぎる」と感じる声もあった。だが橘の指揮のもと、捜査は「小五郎が浜辺を殺害し、爆発事件への関与も疑われる」というラインで固まっていく。
安室透の登場と三重身分の再呈示
捜査の現場には、橘境子と並んで、毛利探偵事務所の助手として顔を出す青年・安室透が同行している。表向きは私立探偵見習いだが、その正体は警察庁警備企画課内に置かれた通称『ゼロ』に所属する公安警察官・降谷零であり、同時に黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられている。一人の人物のなかに三つの身分が同居しているわけだ。本作は、この三重身分を抱えた登場人物を、劇場版で初めて単独主役として正面から描く。
彼が小五郎の逮捕現場に立ち会い、警察庁から派遣された立場として橘検事の捜査に同行している——その事実だけで、毛利探偵事務所の家族、蘭、そしてコナンには強い違和感が走る。これまで毛利家の周辺で会ってきた『安室透』は、明るく軽妙な助手の青年だった。その彼が捜査の側に立ち、小五郎の逮捕の手続きを淡々と進めていく。蘭は黙って見つめるしかない。
コナンは早い段階で、安室の動きが単なる警察庁の同行ではなく、公安警察『ゼロ』としての独自の意志に支えられていることを察する。安室は捜査本部と橘検事の方向に表向き合わせながら、その内側で別の流れを追っている。本作の冒頭の数十分は、安室の動きに潜む『二枚目の意図』を、観客に対しても段階的に開いていく構成だ。彼が後半に放つ有名な台詞『僕の本職は探偵ではありません。日本の警察官です』は、この前半の積み上げの上にこそ意味を結ぶ。
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検察官・橘境子と毛利小五郎の勾留
小五郎の身柄は警察庁と検察庁の連携の下で勾留され、起訴へ向けた手続きが進んでいく。担当検事は橘境子。冷静な所作で証拠を一つずつ繋ぎ合わせ、小五郎本人の供述に潜む矛盾を、きわめて静かに突いていく。本物の父が見せる不器用で大きな声と、橘検事を前に言葉を詰まらせる父の姿——その落差を、蘭はすぐそばで黙って見守るしかない。
コナンは手がかりを順に整理していく。小五郎には浜辺潤一を殺害する動機がないこと。現場の防犯カメラに映る挙動が、依頼人を尾行していた素人探偵そのものであること。携帯端末の通信記録に技術的な不自然さがあること——。やがて誤認逮捕の線を強く疑い始める。同時に引っかかるのは、本来なら誤認としてただちに釈放されるべき状況であるにもかかわらず、橘検事がなぜ起訴の方向で動き続けるのか、という点だ。その意志の重さに、コナンは強い違和感を覚える。
コナンの調査と並行して、安室は捜査本部の側で表向き橘検事とともに動きながら、独自に動かす部下・風見裕也ら公安の同僚と短い無線でやり取りを重ねていく。風見は安室の指示のもと、東京湾の爆発現場周辺の防犯カメラと通信ログを徹底的に洗っており、その作業のなかから、本作の事件の構造を解き明かす最初の手がかりが浮かび上がってくる。
三年前の事件
コナンの調査が進むなかで浮かび上がるのが、三年前に自ら命を絶った公安警察官・羽場二三一の名である。羽場は警察庁警備企画課——通称『ゼロ』に属し、ある事件への関与を疑われた末、自宅で首を吊ったとされる人物だった。安室透、すなわち降谷零の同僚であり、降谷にとっては警察学校時代から続く数少ない友人の一人でもあった。
羽場の死は当時、内部では『不祥事の責任を取った自殺』として処理された。だが降谷零は、その処理にどうしても拭えない違和感を抱えたまま三年を過ごしてきた。羽場にあの罪を負わせる材料は、表向きには揃っていた。しかし、降谷の知る羽場二三一は、その種の罪を一人で抱え込んで死を選ぶような男ではない——降谷は三年のあいだ、その違和感を胸の底に沈めたまま、表向きの『安室透』として米花の街角で笑い続けてきた。
羽場二三一には、結婚を約束した婚約者がいた。自殺の報せを受け取ったあとも、検察庁の内部で淡々と職務をこなし続けた一人の検事——本作の橘境子その人である。羽場の死を内部で処理した側へ向ける長い長い静かな怒りを、彼女は三年のあいだ自分の内に折り畳んだまま、検事としての仕事を続けてきた。本作の事件は、表向きの構図のすぐ下を、この三年分の感情が低く流れ続けているのだ。
中央地方検察庁の爆破
事件をさらに大きく動かすのが、中央地方検察庁の庁舎内で起きた爆発事件である。一階通路に仕掛けられた小型の爆発物が、勤務時間中の検事や職員が行き交うなかで作動し、複数の負傷者を出す。標的となったのは、浜辺潤一に関する文書を保管していた執務室の一帯。犯人が浜辺の死につながる何らかの記録の抹消を狙っていることは、もはや誰の目にも明らかだ。
コナンと安室は、それぞれの立場からこの爆破現場へと迫っていく。コナンは、爆破の前後に庁舎周辺で目撃された人物の証言と防犯カメラの映像を突き合わせ、犯人が庁舎内部の構造に精通した人物——すなわち警察・検察の内情に通じる立場の者であることを、論理的に絞り込んでいく。一方の安室は、公安警察『ゼロ』として、爆発の手口に三年前の羽場二三一の関与が疑われた事件と共通する『部品の癖』を見抜く。
捜査本部は、ここで一度、表向きには小五郎の関与を裏づける方向で再編されようとする。橘検事はその方針を表向きは保ちながら、内側では事件の核心へとさらに踏み込んでいく。コナンと安室、そして橘検事——三人がひとつの事件のなかで異なる位置に立ち、観客に向けて順に手がかりを開示していく。この構造こそが、本作中盤の濃密なサスペンスを支えているのだ。
大型無人輸送機の存在
コナンと安室の側面からの調査で浮かび上がってくるのが、新たに開発された大型無人輸送機の存在だ。劇中の世界では、IR施設『エッジ オブ オーシャン』のグランドオープンに合わせ、自律飛行が可能な大型の無人輸送機が試作され、首都圏のごく限られた区域で試験運用が始まったばかりだった。複数の自律センサーと外部通信網を介し、地上の管制から切り離された状態でも貨物を運びきれるこの機体は、エッジ オブ オーシャンの目玉技術のひとつとして、グランドオープンの式典でも披露される予定だった。
真犯人の計画は、その大型無人輸送機の外部通信網に侵入して機体の制御を奪い、エッジ オブ オーシャンの中心区画へ突っ込ませる、というものだ。式典には政府関係者や外国からの招待客が集まり、グランドオープン初日には一般客も加わって、大量の人間が島内に入る。制御を奪われた無人機が中心区画に激突すれば、『未来の街』の象徴であるエッジ オブ オーシャンは、そのまま大規模な事故の現場へと変わってしまう——犯人の計画の核心は、この一機の衝突に凝縮されていた。
中央地方検察庁の爆発と浜辺潤一の殺害は、この最終局面に向けた布石だった。浜辺は最高検察庁監察指導部の事務官として、真犯人の三年前の動きの記録に近い場所にいた人物であり、その死には『記録の消失』と『時間稼ぎ』という二重の意味があった。中央地方検察庁の爆発は残る記録を最終的に抹消するための一手であり、毛利小五郎の逮捕は、捜査本部の目をエッジ オブ オーシャンから一日でも長く逸らすための仕掛けだったのである。
橘境子の正体と動機
本作の真犯人は、検事として捜査本部の指揮を執っていた橘境子その人である。かつて羽場二三一の婚約者だった彼女は、三年前の事件で羽場に罪を着せ、死へと追いやった——彼女はそう判断していた。その相手とは特定の個人ではない。警察と検察の内部に巣くう『その種の処理を許す構造そのもの』である。彼女は長い歳月、その構造に向けて静かな怒りを抱え続けてきた。
彼女の計画は二段構えだった。表向きは、警察・検察に協力する検事として捜査の方向を内側から操り、エッジ オブ オーシャンの最終局面に向けて時間を稼ぐ。同時に、検察庁の内部に通じる立場を利用し、浜辺潤一の死と中央地方検察庁の爆発を主導して、三年前の事件にまつわる記録を抹消する。そのうえで、大型無人輸送機を国家事業の象徴であるエッジ オブ オーシャンに突っ込ませ、内部の構造そのものへの『執行』をわずか一日のうちに完了させる。長く折り畳まれてきた怒りを、一気に解き放つための筋書きだった。
コナンは早い段階で気づく。橘の動機が個人の利益などではなく、自分自身をも含めた『片付けられない過去』を背負った者の決断であることに。だからコナンは、橘を罰すべき犯人として追うのではない。彼女が今このとき大型無人輸送機の衝突を止めるかどうか——そのぎりぎりの一点に、彼女の人間としての残りを賭けようとする。安室透もまた、羽場二三一を友として喪ったひとりだ。橘の怒りの根に対して、単純な敵意を向けられる位置にはいない。
首都高の暴走
クライマックスを目前に、安室透は愛車のマツダRX-7に飛び乗り、エッジ オブ オーシャンへ向かう大型無人輸送機を追って首都高速道路へと走り込む。助手席にはコナンが乗り込み、小さな身体を彼の脇に並べる。本作の首都高のシーンは、シリーズの劇場版アクションのなかでも際立って大胆だ。橋脚、立体的に交差するジャンクション、トンネル、そして夜景の光——首都高そのものの構造が、この追跡劇のために徹底して活かされている。
大型無人輸送機は、首都高の上空をエッジ オブ オーシャンへと低空で飛び続ける。安室の運転はシリーズでも屈指の速さで、追い抜き、急ブレーキ、高架の合流、対向車線すれすれの回避を重ねながら、無人機と並走する位置を保ち続ける。コナンは阿笠博士が発明した小道具と、頭のなかの物理計算を組み合わせ、無人機の制御を奪い返す手筈をその場で組み立てていく。
RX-7と大型無人輸送機の並走、コナンによる無人機の通信網への介入、そして橘境子の側が下す最後の判断——本作のクライマックスを彩る数分間は、シリーズの劇場版でも屈指の密度を誇る緊張のうえに成り立っている。コナンと安室が交わす小さなやり取り、安室が一瞬だけのぞかせる『降谷零』としての低い声、無人機の機体の重みと首都高の夜の光。そのすべてが、エッジ オブ オーシャンへ向けて一直線に走り続ける。
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エッジ オブ オーシャン
大型の無人輸送機が首都高の上空を抜け、東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』の中心区画へと迫る。式典には政府関係者と招待客が顔をそろえ、グランドオープン初日の島内には一般客と作業員が大勢立ち入っている。無人機が中心区画へ突っ込めば、中央広場と高層棟の一群がそのまま壊滅的な被害を受ける——その物理的な可能性が、本作のクライマックス数分間を完全に支配する。
コナンはRX-7の助手席から無人機の通信網に最後の介入を仕掛け、機体の制御を奪い返す。安室は運転と公安としての判断を同時にこなしながら、無人機の進路を最後の一秒でエッジ オブ オーシャンの中心区画から外れた海上へとずらしていく。風見裕也ら公安の同僚たちは、島の内側で観客の誘導と最終的な対処に当たる。橘境子は管制の一角に立ち、自ら起動させた計画の最後の数十秒を、検事の顔のまま黙って見つめている。
無人機は中心区画を外れ、海上へと進路を変える。鋼鉄の重みが海面に達する瞬間、島内の被害は設計された最大規模のぎりぎり手前で食い止められる。式典の客も作業員も、グランドオープン初日の一般客も、誰一人として致命的な被害を受けることなく、その日のエッジ オブ オーシャンの夕景の中に立ち続ける。
僕の本職は探偵ではありません。日本の警…
事件のあと、安室透は橘境子の前に立ち、自らの素性を明かす。表向きは毛利探偵事務所の助手として顔を出す私立探偵見習いの青年。その正体は、警察庁警備企画課・通称『ゼロ』に所属する公安警察官・降谷零。そして黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられた男——。この三重の身分を背負う自分を、彼は橘の前で初めて言葉に整理する。本作でもっとも記憶される台詞『僕の本職は探偵ではありません。日本の警察官です』が、ここで放たれる。
彼は橘に対し、羽場二三一の三年前の事件と、その処理を許した内部の構造があったことを否定しない。だが、その構造への怒りを大型無人輸送機の衝突という形で『執行』しようとした選択は、エッジ オブ オーシャンに集まった大量の無関係な人々の命を巻き込もうとした——その事実を、検事である橘自身がもっともよく分かっているはずだ、と短く突きつける。橘は降谷の言葉を黙って受け止め、自らの手で身柄の確保に応じる。
並行して、毛利小五郎の容疑は完全に晴れ、誤認逮捕として釈放される。蘭は、釈放されて出てきた父の顔と、その隣に立つ安室透の見慣れた笑顔、そしてその内側に折り畳まれた『降谷零』の低い声を、同じ一人の人物のなかに同時に見届ける。ラストに交わされるコナンと安室の短いやり取りは、この先のシリーズで二人が互いに何を背負って動いていくのか、その輪郭を観客のために静かに描き出す。
余韻と零 -ZERO
ラストシークエンスで流れ出すのは、福山雅治の主題歌『零 -ZERO-』だ。ピアノとストリングスを基調にした静かなバラードが、本作の硬質なサスペンスと、安室透・降谷零・バーボンという三つの顔のあいだで揺れる一人の男の内面の重さを、一曲のなかにゆっくりと描き出していく。客席は、110分の緊張のあとに、エッジ オブ オーシャンの夕景と福山雅治の歌声の余韻を、いっせいに受け止めることになる。
本作の幕引きは、派手な祝祭ではない。起きた事件の重みをそのまま残した、静かな余韻として置かれる。橘境子は身柄を確保され、検事の職を離れる立場に立たされる。羽場二三一の三年前の事件もまた、本作の一件をもって完全に清算されるわけではない。安室透は『安室透』の顔のまま米花の街角へ戻り、毛利探偵事務所の助手としての日常を続けていく。
本作は、シリーズのなかでも特に重い余韻を客席に残した一本として記憶された。安室透の三重の身分、橘境子の長年の怒りと最後の選択、そしてエッジ オブ オーシャンに大量の一般客が集まる場所での『執行』という主題——その余韻は、シリーズを長年追ってきたファンだけでなく、初めて触れる観客にとっても、観終わったあとに長く考え続けさせる種類のものとして手渡される。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理した。固有名詞は鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを覚えておく必要はない。
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 少年探偵団(吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦)
- 鈴木園子
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎
- 佐藤美和子
- 高木渉
- 千葉刑事
- 黒田兵衛(警視庁刑事部長)
- 安室透/降谷零/バーボン(毛利探偵事務所の助手・公安警察『ゼロ』の捜査官・黒の組織のコードネーム『バーボン』を併せ持つ三重身分の青年)
- 風見裕也(公安警察『ゼロ』の捜査官、安室透の部下)
- 橘境子(最高検察庁所属の検事、本作の事件の指揮を執る)
- 浜辺潤一(最高検察庁監察指導部の検察事務官、本作の冒頭で殺害される)
- 羽場二三一(三年前に自殺したとされる公安警察官、橘境子の婚約者)
- 中央地方検察庁・最高検察庁の関係者
- エッジ オブ オーシャンの施設関係者、グランドオープンの来園客、政府関係者と招待客
- 首都高速道路の通行人と通行車輛
- 真犯人:橘境子(最高検察庁所属の検事)
- 動機:三年前に自殺した婚約者・羽場二三一の名誉と、内部での『不祥事の処理』を許した警察・検察の構造そのものに対する長い静かな怒り。本作の冒頭で殺害される浜辺潤一は、三年前の事件の記録に近い位置にいた検察事務官
- 実行内容:浜辺潤一の殺害、中央地方検察庁での爆破、毛利小五郎を容疑者として固める方向の捜査誘導、エッジ オブ オーシャンに突入させる大型無人輸送機のハイジャック
- 決定的な選択:エッジ オブ オーシャンに集まった大量の一般客の命を巻き込みかけたその瞬間、安室透の声と本人自身の検事としての自覚のうえで、最終的に身柄の確保に応じる
- 東京湾の人工島『エッジ オブ オーシャン』(IR施設、複数の高層棟、中央広場、自動運転シャトル、海上桟橋など)
- 中央地方検察庁(爆破事件の現場)
- 最高検察庁監察指導部(浜辺潤一の所属)
- 警察庁警備局・警察庁警備企画課(通称『ゼロ』、降谷零の所属)
- 首都高速道路(RX-7と大型無人輸送機の並走)
- 毛利探偵事務所と米花町の街角
- 阿笠博士の家と少年探偵団のたまり場
- 勾留中の小五郎の事情聴取室
- 大型無人輸送機(自律飛行が可能な試作機、外部通信網を介した遠隔ハイジャックを許す設計上の弱点)
- 携帯端末の通信記録の偽装と現場への配置
- 中央地方検察庁の通路に仕掛けられた小型爆発物
- 首都高速道路でのRX-7と無人機の並走
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、伸縮サスペンダー、犯人追跡メガネ、ターボエンジン付きスケートボード
- 風見裕也と公安の同僚たちの無線・端末・暗号通信
- 三年前の羽場二三一の事件に関する記録(公安・検察内部の文書)
- 主題歌:福山雅治『零 -ZERO-』(書き下ろし)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- 安室透/降谷零/バーボン:古谷徹
- 風見裕也:飛田展男
- 橘境子:上戸彩
- 目暮十三:茶風林
- 白鳥任三郎:井上和彦
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 千葉刑事:千葉一伸
- 黒田兵衛:岸野幸正
14主要登場人物
本作は、公安警察「ゼロ」に属する降谷零ことバーボン、表の顔である安室透を真正面から主役に据えた一作である。コナンや蘭、小五郎、阿笠博士、灰原哀、少年探偵団といったレギュラー陣は、それぞれの立ち位置から物語を支えつつ、安室と橘境子のあいだに通う感情の機微を観客にていねいに伝える役回りを担う。
安室透/降谷零/バーボン
本作の事実上の単独主役である。表向きは毛利探偵事務所の助手として顔を出す私立探偵見習いの青年だが、その正体は警察庁警備局・警察庁警備企画課に置かれた通称『ゼロ』の公安警察官・降谷零であり、同時に黒の組織からは『バーボン』のコードネームを与えられている。三つの身分を一身に背負った人物だ。この三人分の顔を一人のなかに同居させた登場人物を、劇場版で初めて単独主役として正面から描く——それが本作の設計である。
彼の核にあるのは、三年前に自ら命を絶った同僚・羽場二三一への変わらぬ友情だ。羽場の死を内部で『不祥事の責任を取った自殺』として処理した側に対し、降谷もまた長い違和感を抱えたまま三年を過ごしてきた。事件のなかで彼は、橘境子の動機の根の深さを前に、単純な敵意を向けられない位置に立たされる。それでも、エッジ オブ オーシャンに集まった無関係な大勢の命を巻き込もうとした事実そのものに対しては、公安警察官として最後まで一歩も引かない。
古谷徹の演技は、組織側でのぞかせる冷たさ、毛利探偵事務所での軽妙さ、公安としての低い声音、そして羽場二三一の名を口にする瞬間のわずかな重み——そのすべてを同じ一人の人物のなかに違和感なく重ねてみせる。クライマックスで放たれる『僕の本職は探偵ではありません。日本の警察官です』は、彼の長いキャリアのなかでも一際強く記憶される台詞回しとなった。
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橘境子
本作のメインゲスト。最高検察庁に所属する検事として捜査本部の指揮を執る、落ち着いた知性と、決して感情を表に出さない静かな威圧感を併せ持つ女性である。冷静な所作で小五郎の起訴へと捜査を動かしていく一連の場面は、前半の硬質なサスペンスの中心となる温度を作り出している。
その正体は、本作の真犯人だ。婚約者であった公安警察官・羽場二三一が三年前に自ら命を絶ち、その死が内部で『不祥事の責任を取った自殺』として処理された——彼女は、その構造そのものへの長く静かな怒りを、三年のあいだ折り畳んできた。本作の計画は、三年分の怒りを、エッジ オブ オーシャンへ突入させる大型無人輸送機という形で『執行』する種類のものだった。そして最後の数十秒、安室透の声と、検事としての自覚を前に、彼女は自らの手で身柄の確保に応じる。
声を担当した上戸彩は、テレビドラマや映画で長くキャリアを積んできた俳優であり、本作で劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。落ち着いた静かな声域は、検事・橘境子の表向きの冷たさと、その下に折り畳まれた三年分の怒りの両方を、同じ一人の人物のなかに違和感なく繋いでみせる。本作の橘境子は、シリーズの劇場版ゲストキャラクターのなかでも、とりわけ強く記憶に残る一人となった。
江戸川コナン/工藤新一
本作のコナンは、毛利探偵事務所の家族として小五郎の容疑を晴らす立場と、独自の調査者として事件そのものの構造を解き明かす立場とを、同時に引き受けている。橘境子の動機が個人の利益ではなく、片付けられない過去を背負った者の決断であることに、彼は早い段階で気づく。
彼の見せ場は二つある。首都高速道路を走るRX-7の助手席から大型無人輸送機への通信に割って入る場面、そしてエッジ オブ オーシャンの最終局面で進路を最後の数秒でずらすと判断する場面だ。安室透の運転する車の脇に小さな身体で並ぶ一連の場面は、シリーズの劇場版でも特に強く記憶に残る名場面のひとつとなった。
高山みなみ演じるコナンと、山口勝平演じる工藤新一は、本作でもシリーズの長年の蓄積を踏まえた安定の演技を見せる。安室透の三重の身分を踏まえつつ、橘境子の動機の根の深さを前に、彼は単純に犯人を追い詰めるのではなく、彼女が今このとき大型無人輸送機の衝突を止めるかどうか、その一点に賭けようとする位置に立つ。
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毛利小五郎と毛利蘭
本作の小五郎は、シリーズ史上きわめて異例の「容疑者」として、物語の冒頭から動かされていく。浜辺潤一の殺害と東京湾の爆発、二つの事件の重要参考人として捜査本部に身柄を拘束され、検事・橘境子の事情聴取を受けることになる。普段は派手な所作を見せる小五郎が、橘の静かな圧の前で言葉に詰まる。この一連の場面が、本作前半のサスペンスを支える重要な軸となっている。
釈放までの一日、蘭は近くで黙って父を見守る位置に立たされる。本物の父の不器用さと、橘検事を前に言葉を失う父の姿、その落差を間近で受け止めていく。シリーズの長年の蓄積に支えられた彼女の演技は、家族としての立場と、ヒロインとしての落ち着いた強さ、その両方を同時に支えてみせる。
小山力也の小五郎、山崎和佳奈の蘭は、本作でもシリーズの連続性をそのままに保っている。二人の見せ場は、釈放のあとに再会する短いやり取りに集約される。その場面の温かな温度が、硬質なサスペンスのなかで、観客の心情の数少ない逃げ道として機能している点に注目したい。
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風見裕也と公安の同僚
風見裕也は、警察庁警備局・警察庁警備企画課に置かれた通称『ゼロ』に属する公安警察官であり、安室透——降谷零——の部下にあたる。本作で彼が担うのは、安室の指示のもとに進める東京湾の爆発現場周辺の防犯カメラと通信ログの分析、中央地方検察庁での爆発事件現場の検証、そして大型無人輸送機の通信網へ内側から介入する仕事だ。いずれも地味だが決定的な役割であり、終始現場の裏でその働きを支え続ける。
飛田展男が演じる風見の声は、低く落ち着いた響きと、安室の前でのぞかせるわずかな緊張とのあいだで揺れ、その両方を同じ一人の人物のうちに同居させている。本作以降、風見は劇場版とテレビアニメ本編の双方で安室透の周辺人物として繰り返し描かれていく。本作は彼にとっても、劇場版で大きく前景に立つ重要な場となった。
灰原哀と少年探偵団・阿笠博士
灰原哀は、かつて黒の組織に属した科学者・宮野志保であり、APTX4869の研究に携わっていた人物だ。本作では阿笠博士の家で少年探偵団とともに物語の側面を支える立ち位置にありながら、コナンの調査が節目を迎えるたびに冷静な観察を短く差し挟み、サスペンスの裏で動く論理を観客に整理して見せる役割を担う。
歩美、元太、光彦の少年探偵団は、本作で事件の核心に深く踏み込むことはない。それでも、阿笠博士の家とその周辺に流れる温かな日常の空気を、硬質なサスペンスのただ中へと運び込む役どころだ。彼らを物語の中心に据える種類の作品ではないが、長年の視聴者が三人に注いできた愛着を、控えめな配分で確実に拾い上げている。
阿笠博士は、本作でもキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、伸縮サスペンダー、ターボエンジン付きスケートボードといった発明品をコナンに託し、首都高でのRX-7の追跡劇と、エッジ オブ オーシャンの最終局面のわずか数秒を裏から支えている。緒方賢一の声は、本作でもシリーズが積み重ねてきた長年の連続性をそのまま受け継いでいる。
舞台と用語
本作の主要な舞台となるのは、東京湾に新たに築かれた人工島『エッジ オブ オーシャン』だ。劇中の日本政府が誘致した国際会議の会場として整備された島で、IR施設、複数の高層棟、中央広場、海上桟橋、自動運転シャトルの車輛網、最新の通信設備を備える。『未来の街』として国内外に紹介されるこの島が、物語の核を担う。クライマックスは、その中心区画へ低空で迫る大型無人輸送機の、最後の数秒間に凝縮される。
副次的な舞台は、最高検察庁・中央地方検察庁の庁舎、警察庁警備局と警察庁警備企画課(通称『ゼロ』)、首都高速道路、毛利探偵事務所と米花町の街角、阿笠博士の家と少年探偵団のたまり場、そして勾留中の小五郎の事情聴取室——これらが交互に切り替わっていく。検察庁・警察庁の硬質な内部空間、毛利探偵事務所周辺の柔らかな日常空間、そして首都高とエッジ オブ オーシャンが描く広大な空間。本作はこの三層を、観客の前で順に組み替えていく。
用語面で物語の鍵を握るのは、「公安警察」「警察庁警備企画課(通称『ゼロ』)」「最高検察庁」「監察指導部」「中央地方検察庁」「IR(統合型リゾート)」「大型無人輸送機」「外部通信網ハイジャック」「公安のコードネーム」「黒の組織」「APTX4869」だ。本作はシリーズが長年積み重ねてきた素地の上に、『公安警察ゼロの内側』『大型無人輸送機』という新たな題材を重ねている。それらは初見の観客にも理解できるよう、順を追って提示されていく。
22制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年の『時計じかけの摩天楼』に始まり、年に一本のペースで春興行を担う恒例企画として定着してきた。本作はその第22作にあたる。安室透/降谷零/バーボンを真正面から単独の主役に据えた点で、シリーズのなかでもひときわ話題を集めた一作である。
企画と脚本
脚本を手がけたのは櫻井武晴。『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』『から紅の恋歌』に続き、劇場版『名探偵コナン』では本作が五度目の登板となる。今回の仕事の核は、安室透の三つの顔をすべて、劇場版で初めて正面から扱う構成にある。それを110分のうちに混乱なく組み上げてみせた手付きが見事だ。冒頭の毛利小五郎の逮捕、検察官・橘境子の登場、三年前の羽場二三一の事件、大型無人輸送機のハイジャック、そしてエッジ オブ オーシャンの最終局面——。性格の異なる題材が次々と連なるが、観客を置き去りにしないよう、ひとつずつ順に手渡していく。この構成こそ、本作の脚本が成し遂げた達成のひとつである。
原作者の青山剛昌は、劇場版『名探偵コナン』の各作に監修・キャラクター原案として深く関わってきた。本作では安室透/降谷零/バーボンが劇場版で初めて単独主役を務めるにあたり、三つの顔の描き方、台詞回し、そして最後に明かされる身分の重みについて、原作側との細かな調整が長く重ねられたという。ここで定まった安室透の立ち位置は、以後のシリーズ全体を通じても基準点として参照され続けることになった。
本作が扱う『公安警察ゼロ』『最高検察庁』『中央地方検察庁』『IR施設』『大型無人輸送機』といった硬質な題材は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの中でもとりわけ大人向けの輪郭を持つ。櫻井武晴の脚本は、これらを初見の観客にも理解できる形で順に提示しながら、長年のファンに向けた節目の祝祭としても機能するよう、二重三重に練り上げられている。
監督と演出
監督を務めた立川譲は、本作で劇場版『名探偵コナン』シリーズに初めて参加した。テレビアニメ、劇場アニメの双方で硬質なサスペンスとアクションの演出に定評があり、「公安警察ゼロを真正面から描く劇場版」という題材に最もふさわしい作り手として白羽の矢が立った。
本作における演出の持ち味は、検察庁や警察庁の張りつめた内部空間、首都高速道路のスピード感、エッジ オブ オーシャンの巨大なスケール、そして阿笠博士の家の温かな日常——と、性格の異なる場面を明確なコントラストの上に並べていく手付きにある。冒頭の浜辺潤一の殺害現場の硬さ、中央地方検察庁の通路を襲う爆発の重み、首都高を並走するRX-7と大型無人輸送機の速さ、エッジ オブ オーシャンの夕景の広がり。場面ごとの温度差を、観客の身体に直接届けるように整えられているのだ。
本作以降、立川譲は劇場版『名探偵コナン』シリーズに複数回登板し、新しい世代の演出を担う中心人物の一人として記憶されていく。本作はその出発点であり、シリーズの監督交代の流れのなかでも重要な節目といえる。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。テレビシリーズと同じ作画スタッフ陣が、劇場版として密度を上げて臨んだ。最大の見どころは、首都高速道路を舞台にした追跡劇と、エッジ オブ オーシャンの最終局面の作画だ。首都高のジャンクションが描く立体的な構造、ヘッドライトと夜景がにじませる光、RX-7のスピード感、そして大型無人輸送機の機体が放つ重量感——。本作の首都高の作画は、シリーズのなかでもとりわけ密度の高い場面のひとつに数えられる。
エッジ オブ オーシャンの最終局面では、巨大な人工島の中心区画、林立する高層棟、海上桟橋、自動運転のシャトル車輛網、そしてグランドオープン初日に中央広場へ詰めかけた来園客——大きなスケールの背景を、一枚一枚丁寧に重ねていく。CG作画と手描き作画の組み合わせも巧みで、視覚的な違和感を抑えつつ、スケール感だけを引き上げる方向へ細やかに調整されている。クライマックスの作画はシリーズ全体を見渡しても屈指の密度を誇り、観客の記憶に強く焼きついた。
音楽と主題歌
音楽を手がけたのは大野克夫である。『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』といったドラマ音楽で広く知られる作曲家であり、テレビアニメ『名探偵コナン』のメインテーマから劇場版の劇伴まで、長年にわたってシリーズを支えてきた中心人物だ。本作の劇伴は、検察庁・警察庁の硬質な内部空間、首都高のスリリングなテンポ、エッジ オブ オーシャンの巨大なスケール感、毛利探偵事務所周辺の温かな日常——と、性格の異なる場面群をひとつの音楽的な弧として組み上げている。
主題歌は福山雅治の書き下ろし『零 -ZERO-』。『桜坂』『家族になろうよ』などで知られ、シンガーソングライターとして長く日本のポップシーンの第一線を走ってきた人物であり、俳優としても多くの主演作を持つ。劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担当するのは、本作が初めてだった。タイトルの『零 -ZERO-』は、主役・安室透が所属する公安警察『ゼロ』を直接指す。ピアノとストリングスを基調にした静かなバラードが、本作の硬質なサスペンスと安室透の内面の重さを、一曲のうちに総括している。
ラストのシークエンスで楽曲が流れ始める瞬間、観客は本作の110分間で動いてきた感情の総和を、ようやく胸の中で整理することになる。本作の主題歌は福山雅治の代表曲のひとつとして長く聴き継がれ、劇場版『名探偵コナン』の主題歌史のなかでも、とりわけ強く記憶される一曲となった。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎——シリーズおなじみのレギュラー陣に加え、本作で初めて劇場版の単独主役に据えられるのが、古谷徹演じる安室透/降谷零/バーボンだ。組織の一員として見せる冷たさ、毛利探偵事務所での軽妙さ、公安として響かせる低い声、そして羽場二三一の名を口にする瞬間によぎる一瞬の重さ——古谷の演技は、その振れ幅を同じ一人の人物のうちに違和感なく束ねてみせる。
新キャラクター・橘境子の声を演じるのは上戸彩。テレビドラマや映画で長くキャリアを重ねてきた俳優であり、本作で劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。その落ち着いた静かな声は、検事・橘境子が表向きにまとう冷たさと、その奥に折り畳まれた三年分の怒りを、ひとりの人物のなかで違和感なく繋いでいく。風見裕也を演じる飛田展男、警視庁刑事部長・黒田兵衛を演じる岸野幸正——本作のキャスト陣は、シリーズの長年の蓄積と新たな題材の双方を支える、層の厚さを備えている。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、首都高速道路を舞台にしたRX-7と大型無人輸送機の並走、そしてエッジ オブ オーシャンの最終局面という二つの山場に集約される。立体的に入り組んだジャンクション、ヘッドライトと夜景が交錯する光、追い抜き、急ブレーキ、高架での合流、対向車線すれすれの回避——首都高を描いた作画は、シリーズの劇場版アクションのなかでも特に大胆な水準にある。
エッジ オブ オーシャンの最終局面は、大型無人輸送機の機体の重みと、中心区画へと向かう低空飛行の物理的な可能性を、ロジカルに積み上げて構成している。サスペンス演出も巧みだ。毛利小五郎の容疑が確定へと傾いていくタイミング、安室透が表向きは橘検事の側に立ちながら別の流れを追うタイミング、橘境子の動機が明かされるタイミング、そして大型無人輸送機の進路が中心区画から外れる最後のタイミング——こうした複数の流れを、観客の側へ丁寧に整理して手渡していく手付きが際立つ。
29公開と興行
本作は2018年4月13日に日本公開され、春興行の柱として大ヒットを記録した。最終的な国内興行収入は約91.8億円。それまで歴代1位だった前作『から紅の恋歌』(約68.9億円)を大きく上回り、公開時点で劇場版『名探偵コナン』シリーズの歴代1位を一気に塗り替えた。シリーズは22本を超えてなお記録を伸ばし続け、ついには100億円の大台に手が届くところまで迫る。その勢いを内外に印象づけた、象徴的な一作である。
ヒットの中心にあったのは、安室透/降谷零/バーボンを真正面から単独主役に据えた企画方針だ。長年のファンと新規の観客、その双方から強い支持を集めた。公開期間中は女性ファンを中心としたリピート鑑賞が大きな話題となり、SNSでは「安室の女」という言葉が広く飛び交う。劇場版『名探偵コナン』シリーズが、その時々の社会現象として語られる位置へ完全に踏み込んだ。本作のヒットは、まさにその分水嶺だった。
海外でも順次公開され、東アジアを中心に高い評価とヒットを得た。劇場版『名探偵コナン』が長年積み上げてきた海外ファン層に対し、本作は「公安警察ゼロを正面から扱う題材」「安室透の単独主役化」「福山雅治の主題歌」という三つの面から応え、新たな観客層の獲得にもつながった。このヒットは、劇場版『名探偵コナン』が国境を越えて受容され続ける流れを、もう一段確かなものにしたといえる。
受賞・選定の場でも本作は強く扱われ、アニメ関連の年度賞や音楽賞では、作品本編と主題歌の両面でたびたび言及された。福山雅治の『零 -ZERO-』は、公開以降も長く聴き継がれる代表曲のひとつとして、広く知られていく。本作の興行と話題性は、その後の劇場版『名探偵コナン』が毎年のように記録を更新し続ける流れの起点として、長く参照されることになる。
30批評・評価・文化的影響
本作の評価は、大きく三つの軸に分けて語られてきた。ひとつは安室透/降谷零/バーボンを単独の主役に据えた企画方針の成功。ひとつは公安警察ゼロという硬質な題材を、シリーズの娯楽性のなかへ違和感なく溶け込ませた手付き。そしてもうひとつが、新たなゲストキャラクター・橘境子の造形の重さである。第一の軸については、シリーズの長年の登場人物のなかでもとりわけ多面的な人物像を持つ彼を、劇場版のスケールで真正面から扱った一本として、その評価は早くに確定した。第二の軸では、公安、検察、最高検察庁監察指導部、IR施設、大型無人輸送機といった大人向けの題材を、110分の劇場版のなかで観客を混乱させることなく手渡してみせた脚本と演出の手腕が、高く評価されている。
第三の軸が成立したのは、橘境子という人物が、単なる「犯人」ではなく、片付けられない過去を背負った検事として描かれたからだ。シリーズの劇場版ゲストのなかでも、彼女はとりわけ重い余韻を残す造形を備えていた。ラスト、最後の数十秒間に彼女が見せる沈黙は、長年の視聴者の記憶のなかに長く残る場面となった。
文化的な影響として大きいのは、本作のヒットが、劇場版『名探偵コナン』シリーズを「その時々の社会的な現象」の領域へ完全に押し上げたことだろう。公開期間中に飛び交った「安室の女」という言葉、本作以降の劇場版で毎年のように更新される興行記録、そして劇場版・テレビアニメ本編で繰り返し中心の題材として扱われていく安室透/降谷零/バーボンの三重身分——そのすべての起点として、本作はいまも参照され続けている。
福山雅治の「零 -ZERO-」もまた、劇場版『名探偵コナン』の主題歌史のなかでとりわけ強く記憶される一曲として、公開以降も広く聴き継がれてきた。本作の余韻は、シリーズを長年見守ってきたファンだけでなく、本作で初めて劇場版『名探偵コナン』に触れた新規の観客にとっても、観終わったあとに長く考え続けさせる種類のものとして記憶された。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズで初めて、安室透/降谷零/バーボンを真正面から単独主役に据えた一作である。題名の『ゼロ』は、彼が身を置く警察庁警備局・警察庁警備企画課に置かれた通称『ゼロ』をそのまま指している。長年のファンにも初見の観客にも、誰が主役かを最初の三文字で告げる――題名はそんな役割を担っている。
キュラソーに連なる本作のメインゲスト、橘境子役に上戸彩が起用されたことは、公開前の話題性を大きく押し上げた。テレビドラマや映画で長くキャリアを重ねてきた俳優だが、声優としての本格的な仕事はこれまで限られていた。それだけに本作での演技は、シリーズの劇場版ゲスト声優のなかでも特に強く記憶に残る一例となった。
監督に立川譲を劇場版『名探偵コナン』シリーズ初登板で迎えたことは、硬質なサスペンスとアクションの両面を成立させるうえで直接の鍵となった。脚本は五度目の登板となる櫻井武晴。安室透の三つの顔を劇場版で初めて真正面から扱う構成を、110分という尺のなかで一片の混乱もなく組み上げてみせたのも、本作の達成のひとつだ。
福山雅治を主題歌に迎えたことも、本作の話題性を大きく押し上げた。『零 -ZERO-』は彼の代表曲のひとつとして長く聴き継がれている。主役・安室透が属する公安警察『ゼロ』をそのまま指す題名と、硬質なサスペンスの余韻を一曲に総括したこの楽曲は、本作とともに今なお愛され続けている。
本作の興行収入が約91.8億円に達したことは、劇場版『名探偵コナン』が春興行で毎年安定して大型のヒットを送り出すブランドとして完全に確立したことを、改めて裏づけた。本作以降、シリーズは興行記録を毎年のように塗り替える位置に立つ。本作が踏み込んだ『100億円の領域への近さ』を、次世代の作品群が一作ごとに更新していく――そんな流れへと繋がっていった。
32テーマと解釈
本作の中心テーマは「執行」である。題名の『ゼロの執行人』は、表向きには安室透が所属する公安警察「ゼロ」の一員としての彼自身を指す。だが物語の核に据えられているのは、もう一人の「執行人」、橘境子の存在でもある。三年前に自殺した婚約者・羽場二三一の名誉、そして内部での「不祥事の処理」を許した警察・検察の構造そのもの——彼女はそこへ向けた長く静かな怒りを、大型無人輸送機の衝突という形で「執行」しようとする。物語は、この二人の「執行人」の動きが交わる一点として組み上げられている。
もうひとつのテーマは「公」と「私」の境界だ。安室透は公安警察「ゼロ」の人間として「公」の側に立ちながら、羽場二三一の死への個人的な違和感を三年間抱え続けてきた。橘境子もまた検事として「公」の側に立ちつつ、婚約者を喪った「私」としての怒りを三年間折り畳んできた。二人がそれぞれの「公」と「私」のあいだに、どう線を引くのか。その答えは、クライマックスのわずか数十秒間の選択に集約されている。
そしてもう一つの大きなテーマが「片付けられない過去」である。三年前の羽場二三一の事件は、本作の事件をもって完全に清算されるわけではない。橘境子は身柄を確保され、検事の職を離れる位置に立つ。だが彼女が抱えた怒りの根そのものが消えるわけではない。安室透は「安室透」の顔のまま米花の街角に戻り、毛利探偵事務所の助手としての日常を続けていく。しかし、その内側に折り畳まれた「降谷零」としての違和感もまた、消えはしない。本作の結末は、この「片付けられない過去」を、そのままの重みで観客に手渡す方向へと意図して整えられている。
もうひとつ見逃せないのが「大きな街と小さな日常」というモチーフだ。エッジ オブ オーシャンという「未来の街」の中心区画、中央地方検察庁の硬質な通路、首都高の夜景——そうした大きな空間と、毛利探偵事務所、阿笠博士の家、少年探偵団のたまり場といった小さな空間が、作中で交互に切り替わる。本作の人物造形は、大きな街のなかにある小さな日常の重みを、徹底して描く方向へと向けられている。
おすすめの視聴順
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一話完結だが、本作は安室透/降谷零/バーボンを真正面から単独の主役に据えた一本である。本作から観ても物語は十分に追えるが、テレビアニメや原作で安室透の三つの顔を少しでも知っていれば、ラストの『僕の本職は探偵ではありません。日本の警察官です』という台詞の重みが、何倍にも沁みてくる。
おすすめは、安室透の登場と立ち位置を整理した劇場版第20作『純黒の悪夢』を先に観てから本作に入る順番だ。これまでの作品と並べてみると、『公安警察ゼロを真正面から扱う』という題材が劇場版シリーズの中でどこに位置づけられるのか、より立体的に見えてくる。鑑賞後は、本作で確立された安室透の単独主役という路線が、次作以降の劇場版やテレビアニメ本編でどう受け継がれていくのかを追うのも、ひとつの楽しみだ。
黒の組織と公安警察ゼロの物語を中心に追いたいなら、テレビアニメと原作の関連エピソード、劇場版『漆黒の追跡者』『純黒の悪夢』『緋色の弾丸』、そして本作を並べてみるといい。シリーズが長年このテーマをどう描き重ねてきたかが見えてくる。本作はそのなかで、劇場版が初めて『公安警察ゼロ』を題名に掲げた重要な節目なのである。
34よくある質問
「あらすじだけ知りたい」なら、毛利小五郎が殺人と爆発事件の容疑者として逮捕され、安室透が表向き捜査の側に立つなか、コナンと安室がそれぞれの位置から事件の構造を解き明かしていく――この流れさえ押さえれば十分だ。「結末・ネタバレを知りたい」なら、核となるのは三点。真犯人は検事・橘境子であること。その動機が、三年前に自殺した婚約者・羽場二三一の名誉と、内部の処理を許した構造への、長く静かな怒りであること。そしてクライマックスが、エッジ オブ オーシャンへ向かう大型無人輸送機のハイジャックであることだ。
「橘境子はなぜ大型無人輸送機を選んだのか」。その答えは、内部の処理を許した警察・検察の構造そのものへの『執行』を、国家事業の象徴であるエッジ オブ オーシャンの中心区画に向け、一日のうちに完了させるためだ。「『僕の本職は探偵ではありません。日本の警察官です』は誰の台詞か」。これはクライマックス直後、安室透が橘境子の前で放つ台詞であり、彼の三重身分のうち『公安警察ゼロの降谷零』の顔をはっきりと前景に押し出す一連の言い回しである。
「初見でも見られるか」。本作は単体で完結しているため、初見でも問題なく楽しめる。ただし、安室透の三重身分をテレビアニメや原作で少しでも知っていれば、ラストの重みはまるで違ってくる。「見る順番」については、劇場版第20作『純黒の悪夢』を先に観てから本作へ入るのがもっとも安定するだろう。
「主題歌『零 -ZERO-』は本作のために書き下ろされたのか」「橘境子は本作以降も登場するのか」「安室透の三重身分は本作以降どう描かれるのか」。こうした頻出の問いには、本記事の制作・舞台裏・見る順番の各章でそれぞれ詳しく触れている。だが本作がもっとも重く投げかけるのは、むしろ『自分の中の「公」と「私」の線を、どこに引くのか』という問いだ。その答えは観客一人ひとりに委ねられ、それこそが本作の最後のピースとなる。
35参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部からの評価は変動しうるため、視聴の前に公式情報および各データベースの最新の表示を確認してほしい。本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語記事として構成したものである。