怪盗キッドが狙う『ブルーサファイア』を巡って、海上のヨット、シンガポールの摩天楼、そしてマリーナベイ・サンズの屋上までを舞台に、コナン・キッド・服部平次の三者が交錯する——劇場版『名探偵コナン』シリーズ第23作、初の全編海外舞台にして興行収入93.7億円を打ち立てた一作。
原作青山剛昌、脚本大倉崇裕、音楽大野克夫、監督永岡智佳。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、配給は東宝。上映時間は約110分。劇場版『名探偵コナン』シリーズ第23作にあたり、シリーズ初の女性監督による一作であると同時に、シリーズ史上はじめて全編の舞台を海外(シンガポール)に取った節目の劇場版である。
本作は『怪盗キッド回』と『服部平次回』のふたつの系譜を、シンガポールという一つの舞台に重ねた一本である。怪盗キッドが狙う『ブルーサファイア』、世界空手選手権大会に出場する服部平次、そして表に出られないコナンに代わって工藤新一を演じるキッド——三本の縦糸が一つの都市の一日の中で結ばれ、シリーズの『キッド劇場版』としても『平次劇場版』としても代表作の地位を獲得した。
国内興行収入は最終的に約93.7億円に達し、それまでシリーズ歴代1位だった前作『ゼロの執行人』を大幅に上回って、本作公開時点で劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代1位の記録を再び更新した。主題歌は福山雅治の書き下ろし「ビューティフル・ラブ」で、平次と和葉のあいだに長く流れる感情を、ピアノとアコースティック・ギターのバラードとして総括する楽曲となった。
本記事は、シンガポール沖の豪華ヨットでの怪盗キッドとレオン・ローの邂逅、レオンの謎の死、新一に化けたキッドの登場、服部平次の世界空手大会、ブルーサファイアの本当の意味、レオン・ローの正体と動機、マリーナベイ・サンズの屋上でのクライマックス、そして平次と和葉の最後の数歩までを、重大なネタバレを前提に順を追って記述する。
目次 37項目 開く
概要
『名探偵コナン 紺青の拳』(めいたんていコナン こんじょうのフィスト)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2019年4月12日に東宝の配給で日本公開された。劇場版『名探偵コナン』シリーズの第23作にあたり、監督は本作で劇場版初のメガホンを取った永岡智佳、脚本は『純黒の悪夢』『業火の向日葵』までの劇場版脚本を担った櫻井武晴の後を継ぐ形で本作から本格的に参画した大倉崇裕、音楽はシリーズを長年支えてきた大野克夫が担当した。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。上映時間は約110分。
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの中でもっとも異例の前提に立つ一作である。シリーズ史上はじめて、物語の本筋がほぼ全編にわたって海外——具体的にはマレー半島の先端に位置する都市国家シンガポール——を舞台に展開する。マリーナベイ・サンズ、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、ボートキー、シンガポール港の海上——シンガポールの実在の地理が、ほぼ完全な形で物語の主舞台として活用される。
本作には、劇場版『名探偵コナン』のなかでもっとも人気の高い二人のゲスト的レギュラーが揃って登場する。ひとりは怪盗キッド——白いシルクハットとマントを纏う神出鬼没の大泥棒で、その正体は江古田高校の高校生・黒羽快斗である。もうひとりは服部平次——大阪府警刑事部長の息子で、原作・テレビアニメ本編で『西の高校生探偵』として工藤新一に並び称される人物である。本作は、この二人のゲスト的レギュラーが同じ画面のうえに揃う、シリーズの中でも珍しい一作にあたる。
本記事は、結末、ブルーサファイアの真相、レオン・ローの正体と動機、新一に化けたキッドの正体、マリーナベイ・サンズの屋上でのクライマックス、そして平次と和葉の最後の数歩までを含む全編の内容に踏み込んでいく。物語の重大な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
- 原題
- 名探偵コナン 紺青の拳
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第23作
- 監督
- 永岡智佳(シリーズ初の女性監督)
- 脚本
- 大倉崇裕
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- 福山雅治「ビューティフル・ラブ」
- 日本公開
- 2019年4月12日
- 上映時間
- 約110分
- 主舞台
- シンガポール(マリーナベイ・サンズ、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイなど)
- ジャンル
- ミステリー、アクション、青春、海外都市冒険
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、シンガポール沖に浮かぶ豪華ヨットでの怪盗キッドとシンガポール警察の名探偵レオン・ローの邂逅から始まり、レオンの謎の死、工藤新一に化けたキッドのシンガポール来訪、服部平次の世界空手大会、ブルーサファイアの本当の意味、レオン・ローの正体と動機、そしてマリーナベイ・サンズの屋上での決着までを、順を追って記述する。
シンガポール沖のヨット——ブルーサファイア争奪
物語は、シンガポール沖の夜の海に浮かぶ豪華ヨットの上から始まる。ヨットには、世界最大級の青いサファイア『ブルーサファイア』が運び込まれていた。17世紀の伝説的な海賊、キャプテン・キッドが乗っていた船が沈んだとされるこの海域から引き上げられたとされる宝石で、二〇〇カラットを超える巨大な原石は、世界の宝石史の中でもとびきりの一品として国際的なオークションに掛けられる前夜だった。
そこへ忍び込んだのが、白いシルクハットとマントを纏う怪盗キッドである。彼は、シンガポールの海と摩天楼の夜景を背景に、ヨットの上に置かれたブルーサファイアの保管庫へ近づく。これに対して立ちはだかるのが、シンガポール警察の名探偵レオン・ロー——東南アジアでも指折りの捜査官として知られ、キッドの過去の犯行の現場で何度も寸前まで彼を追い詰めてきた男である。レオンはこの夜も、キッドのカードを受け取った段階から完全に警戒を固めていた。
ヨットの上で、二人の短い対峙が始まる。キッドは独自の小道具と早業でレオンの警備を一手ずつ崩していくが、レオンも武術と銃の両方を行き渡らせた指揮で、キッドの逃走経路を一つずつ塞いでいく。だが取っ組み合いの最中、キッドの腕の中でブルーサファイアが床に落ち、レオン自身が窓際の手摺りから海へと転落する。観客が見せられるのは、キッドが片手にブルーサファイアを掴んだ姿勢のままヨットを脱出する後ろ姿と、海面に消えるレオンの影だけである。本作冒頭のこの十数分は、本作の四つの謎——『ブルーサファイアとは何か』『キッドは何を奪ったのか』『レオン・ローはどうなったのか』『誰がこの一連を仕掛けたのか』——を観客の前に並べる導入装置として機能する。
コナンの拉致と『工藤新一』の入国
場面は変わって日本——コナンは阿笠博士の家の近くで、自分の身柄を怪盗キッドに突如として拘束される。キッドは、ヨットの一件で『キッドが警察官を殺した』とする容疑を完全に解くため、現場の状況をもっとも正確に再構成できる人物として、コナンの頭脳をシンガポールに連れ出すことを決めていた。コナンには、シンガポール政府との関係上、現在の偽の身分のままでは入国できない事情がある——本作はこの設定を、原作・テレビアニメ本編の長年の文脈のうえに立てて、観客に違和感なく示す。
そこでキッドは、入国の段階で工藤新一に変装する。江古田高校の高校生・黒羽快斗としては、もともと自分の顔立ちは工藤新一と瓜二つだという原作・テレビアニメ本編の設定が前提に置かれている。シンガポール・チャンギ空港の入国ゲートを抜けてくるのは、工藤新一の顔と背格好をした青年であり、彼の鞄の中には、麻酔針で眠らされた状態のコナンが運び込まれている。
シンガポール入国直後、キッドは滞在先のホテルでコナンを目覚めさせ、自分の置かれた状況を端的に伝える。本作はこの時点で、観客に対しては『工藤新一の姿で動いているのは怪盗キッドである』という事実を明確に開示しつつ、シンガポールに集まる他の登場人物——毛利蘭、鈴木園子、服部平次、遠山和葉——の前では、その正体を最後まで隠し通すという仕掛けを取る。本作のサスペンスの中心の一つは、ここから始まる『偽の新一』の入念な演技である。
服部平次と世界空手選手権大会
並行して、シンガポールには服部平次が世界空手選手権大会の日本代表として乗り込んでいる。平次は大阪府警刑事部長の息子で、『西の高校生探偵』として原作・テレビアニメ本編で長く工藤新一と並び称されてきた人物だが、本作では大会の選手としての顔と、捜査に首を突っ込む高校生探偵の顔の、その両方を切り替えながら動く。彼と一緒にシンガポールに渡るのが幼馴染の遠山和葉——剣道の関西大会で頂点を取った経験を持つ、平次と並ぶ武道家でもある。
毛利蘭、鈴木園子の二人も、平次の応援と観光を兼ねてシンガポールへとやってくる。本作は、レギュラー陣のうちコナン・蘭・園子・平次・和葉という五人を一つの都市に集める構成を取り、毛利小五郎と阿笠博士は留守番に近い位置に置かれる。マリーナベイ・サンズに集まる五人が、街の中で偶然に『工藤新一』の姿をしたキッドと再会していく流れが、本作の中盤の主舞台となる。
世界空手選手権大会の予選から決勝までの試合のシークエンスは、本作のもう一本の縦糸として、平次の身体の動きと精神の研ぎ澄まされ方を、観客の前に淡々と提示する。決勝戦の相手は、毎年世界選手権の頂点付近に居続けてきた強豪選手で、平次は試合の中で技と体力の限界の双方を試される。試合と捜査と恋愛の三本の流れが、シンガポールの一日の中で平次の内側に同時に動いている、というのが本作の彼の造形の核である。
レオン・ローの死と捜査の輪
シンガポール警察は、夜のヨットの上で何が起きたのかをめぐって、捜査の網を急速に締め始める。海から引き揚げられたレオン・ローの身体は、対外的には『海上で命を落とした名探偵』として扱われ、彼の死を裏側で動かしたのは怪盗キッドであるという見立てが、地元の報道とインターポール経由の連絡網に同時に流れていく。『キッドが警察官を殺した』という方向に世論が傾いていく数時間が、本作の中盤の温度を決定づける。
捜査の中心に立つのが、レオン・ローの右腕にあたるシンガポール警察の捜査官と、レオンの婚約者として登場するレイチェル・チョンの父・ジョン・ピーター・チェンである。レイチェルは、シンガポールの大富豪の娘で、レオンの婚約者として本作のホテル・宝石・社交界のラインを観客に対して導く立場に立つ。彼女の父ジョン・ピーター・チェンは、ブルーサファイアを保有してきた一族の現当主にあたり、本作の事件のもう一つの中心に位置する人物である。
コナンと『新一』の姿をしたキッドは、現場の状況を順に再構成しながら、レオン・ローの死がそのまま単純な殺人とは違う色を帯びていることに気づき始める。ヨットに置かれていた『ブルーサファイア』そのものが、二〇〇カラットを超える本物の単独原石なのか、それとも複数の宝石を絡めた仕掛けの一部なのか——その問いが、本作の捜査の中心へと立ち上がってくる。
平次と『新一』——蘭をめぐる距離
本作の中盤の見せ場の一つは、服部平次と『新一』の姿をしたキッドが、シンガポールの街角と大会会場で何度も顔を合わせる場面である。平次は、原作・テレビアニメ本編で工藤新一の唯一に近い友人かつライバルとして長く描かれてきた人物であり、自分以上に新一の佇まいを正確に読める数少ない人間でもある。彼は『新一』の姿の小さな違和感——口調、視線、立ち方の癖——を、一度の会話のなかで早々に拾い始める。
一方で平次は、毛利蘭のすぐ隣に『新一』が立っている事実そのものに対しても、独特の温度を抱えている。原作・テレビアニメ本編で長く描き重ねられてきた『新一と蘭』の関係、そして『平次と和葉』の関係——その二組の組のあいだに走る感情の交差が、本作のシンガポールの一夜の中で、平次の表情の小さな動きとして繰り返し画面に拾われる。
キッドの側も、平次の鋭さを最初の一目で察している。観客に対しては『工藤新一の姿で動いているのは怪盗キッドである』という事実が完全に開示されているため、本作のサスペンスは『平次がそれを見破る瞬間』と『毛利蘭の前ではそれを完全に隠し通せるか』という二つの問いに集中する。本作の脚本は、この二つの問いに対して、観客にとって最大の心地よさを与えるタイミングで答えを置く設計を持つ。
ブルーサファイア——『紺青の拳』の意味
本作のタイトルである『紺青の拳』は、二つの意味を同時に背負っている。ひとつは、17世紀の伝説的な海賊キャプテン・キッドが残したとされる、『紺青』すなわち深い青色のサファイアの形をした一握り——彼の握りこぶしの中に収まる大きさだったとされる伝説の宝石の名前である。もうひとつは、本作のクライマックスで一度だけ画面に握り締められる、平次の握り拳である。本作の脚本は、『紺青の拳』という言葉を二つの主体——海賊の遺物としての宝石と、武道家としての平次の身体——のあいだで折り重ねるよう設計されている。
捜査の中で、ブルーサファイアの『正体』が少しずつ立ち上がってくる。ヨットに掛けられていたとされる二〇〇カラットの巨大な単独原石は、実は本物の『紺青の拳』そのものではなく、もっと小さく、もっと深い場所に長年隠されてきた——というのが、本作の捜査の中盤で観客の前に置かれる答えである。本物の宝石は、別の経路で別の人物の手に渡る寸前まで来ており、夜のヨットでの一件はその目隠しのために仕組まれた一連の演出にすぎなかった。
コナンと『新一』の姿をしたキッドは、シンガポールの街に張り巡らされた取引のラインを順に手繰り、本物の『紺青の拳』が誰の手に渡る寸前なのかを少しずつ特定していく。捜査の網は、徐々にレオン・ローの周辺の関係者へと収斂していく。
レオン・ローの正体と動機(重大ネタバレ)
本作の最大の真相は、夜のヨットで海に転落して死亡したとされていたレオン・ロー自身が、生存しており、しかも本作の事件の中心の仕掛け人である、という事実である。彼は、シンガポール警察の名探偵としての顔の裏側で、ジョン・ピーター・チェンの一族が長年保管してきた本物の『紺青の拳』の所在を完全に把握しており、自分の死を演出して捜査の網の外側へ抜け出し、その隙に本物の宝石を一人で手中に収めるという計画を立てていた。
彼の動機は単なる金銭欲ではなく、自分の地位と権力の延長として、誰にも所有を阻まれずに『紺青の拳』を独り占めにすることそのものに置かれている。彼は、シンガポール警察の捜査官という公の身分を完全に利用して、世論を『キッドが警察官を殺した』方向に誘導し、そのうえで自分自身は捜査の網の外側で本物の宝石を握りに行く——という、警察官の身分そのものを最大の仕掛けに使う種類の犯罪を仕掛けていた。
この真相が明らかになる過程で、レオンの婚約者であるレイチェル・チョンの位置も同時に整理される。彼女は、レオンに対して長年深い信頼を寄せてきたが、本作の中盤以降、彼の振る舞いの小さな違和感を一つずつ拾い始める。本作のラストで彼女が選ぶ立場は、本作の感情の流れの一つの帰着点として、観客の前に静かに置かれる。
マリーナベイ・サンズ——三つの塔と巨大プール
本作のクライマックスの主舞台となるのが、シンガポールを象徴する超高層複合施設『マリーナベイ・サンズ』である。三つの巨大な塔の頂上に、長い船型のスカイパークが横たわり、そこに長い屋上プールと展望台が並ぶ——という、世界でもっとも知られた都市建築のひとつが、本作のラストの三〇分間を支えている。
レオン・ローの計画は、本物の『紺青の拳』を手中に収めたあと、自分の身柄を完全に消し去るための隠蔽工作として、マリーナベイ・サンズの建物の一部に重大な損傷を与えるところまでを含んでいた。シンガポールの夜景を背景に、巨大な施設の屋上で、コナン・『新一』姿のキッド・平次・和葉・蘭・園子の全員が、レオンの最後の計画に向き合う構図が立ち上がる。
クライマックスの直前、本作はもう一つの大きな見せ場を用意している——服部平次の世界空手選手権大会の決勝戦と、捜査の最終局面が同じ一夜の中で並行して進行する構成である。平次は試合で技と体力の限界を試されながら、その合間にコナン・蘭・園子のいる捜査の現場に駆けつけ、必要なときに自分の握り拳と蹴りを場の中心に投げ込む。
平次と和葉——シンガポールの夜の数歩
本作のもう一本の柱は、平次と和葉のあいだに長く流れてきた感情の整理である。原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた二人の幼馴染の距離は、本作のシンガポールの夜の中で、はっきりと一段だけ進む方向に向けて整えられている。平次は、世界空手選手権大会の決勝戦と本作の事件の最終局面の合間に、和葉に対して自分の中に長く溜め込んできた言葉を、はっきりと言葉にして手渡そうとする。
夜のマリーナベイ・サンズの展望台で、平次と和葉が二人だけになる数分間が、本作の感情の流れの中心となる。平次は、和葉に対して『言葉』として完全な告白を渡そうとし、和葉はそれを受け取る寸前まで距離を縮める。だが、本作の脚本はその最後の一秒を、本作の事件の最終局面の急展開で意図的に遮る——平次の言葉は、完全な形では和葉に手渡されないまま、本作のラストへと持ち越される。
本作の脚本のこの選択は、原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた二人の関係を、本作で完全に閉じてしまわないための慎重な手付きである。シンガポールの夜の中で、二人の距離は確実に一歩進む。だがその一歩は、本作の最後の数分のあいだに完全な答えを得るのではなく、二人の関係の続きを観客に手渡す形で本作の中に閉じられる。福山雅治の主題歌『ビューティフル・ラブ』のメロディが、その距離の上に静かに流れ始める。
屋上プールの夜——三人の決着
本作のクライマックスは、マリーナベイ・サンズの屋上に集約される。レオン・ローは本物の『紺青の拳』を手中に収めた状態で、施設の屋上で最後の隠蔽工作に取り掛かろうとしている。コナンは阿笠博士発明のキック力増強シューズで建物の上層階へと駆け上がり、『新一』の姿をしたキッドは独自の小道具で別ルートから屋上へ向かい、平次は決勝戦の体力の最後の一片を残した状態で、別の角度から屋上に到達する。
屋上プールを背景にした最終局面では、平次の握り拳と蹴りが、本作のタイトル『紺青の拳』のもう一つの意味を画面の中で結ぶ。武道家としての平次の身体の動きが、本物の『紺青の拳』を独り占めにしようとするレオンの動きを、ぎりぎりのところで止める形で本作の決着の一手を担う。同時に、キッドのカードと小道具、コナンの推理の声が、本作の事件の真相を観客に対して整理して手渡す。
本物の『紺青の拳』は、屋上の最後の数秒のうちに、シンガポールの海へと放たれる。本作の脚本は、この宝石を誰か一人の手の中に残す選択を取らない——海賊キャプテン・キッドの時代から繋がる『紺青の拳』は、結局のところ誰の所有にも収まらず、再び海の暗い深さの中へ戻されるべきものとして、本作の最後に位置づけられる。
夜明けのシンガポール——別れと旅立ち
事件の決着のあと、本作のラストは、シンガポールの夜明けの中に置かれる。レオン・ローの真の姿はシンガポール警察によって正式に整理され、レイチェル・チョンは自分の家族と一族の歴史に対する整理を、自分の力で取り直す位置に立つ。彼女が本作の最後に取る判断は、本作の感情の流れの一つの帰着点として、観客の前に静かに置かれる。
工藤新一の姿をしたキッドは、本作の最後の数分のうちに、毛利蘭の前で『新一』としての一線を意図的に踏み越えない振る舞いを取る。観客に対しては、彼が怪盗キッドであることが最初から完全に開示されているため、本作のラストでの彼の振る舞いは、長年原作・テレビアニメ本編で蘭が新一に向けてきた感情を、決して傷つけない方向に向けて慎重に整えられている。
服部平次と遠山和葉は、シンガポールの夜明けの中で、世界空手選手権大会の決勝戦の結果と、互いに対して残された数歩を、本人たちなりに整理する形で日本への帰路に向かう。平次が和葉に渡そうとした言葉は、本作の最後では完全な形では手渡されないまま、二人の関係の続きへと持ち越される。福山雅治の『ビューティフル・ラブ』のサウンドが、本作の最後のシークエンスにゆっくりと寄り添う。
ラストの数十秒、コナンは阿笠博士の家に戻る飛行機の中で、シンガポールの夜の一連を反芻する。怪盗キッド、服部平次、レオン・ロー、レイチェル・チョン、ブルーサファイア——本作で動いた一連の登場人物と物の流れが、彼の中で一連の絵として整えられたとき、本作の110分が静かに閉じる。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理する。固有名詞は鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを暗記する必要はない。
レギュラー陣
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎(短い登場)
- 鈴木園子
- 服部平次
- 遠山和葉
- 阿笠博士
- 灰原哀(短い登場)
- 怪盗キッド/黒羽快斗(本作の事実上の準主役)
事件関係者・ゲスト
- レオン・ロー(シンガポール警察の名探偵、本作の最大の仕掛け人)
- レイチェル・チョン(シンガポールの宝石商一族の令嬢、レオンの婚約者)
- ジョン・ピーター・チェン(レイチェルの父、本物の『紺青の拳』を保有する一族の当主)
- シンガポール警察の捜査陣
- 世界空手選手権大会の選手と関係者
- マリーナベイ・サンズの来館客とホテルスタッフ
犯人と動機(重大ネタバレ)
- 事件の主体:レオン・ロー(シンガポール警察の名探偵)
- 計画:自分の死を演出してキッドに罪を被せ、ジョン・ピーター・チェン家が保管していた本物の『紺青の拳』を独り占めにする
- 実行:夜のヨットでの偽装死、捜査の網の外側からの誘導、世論操作、マリーナベイ・サンズでの隠蔽工作
- 動機:単純な金銭欲ではなく、警察官の地位と権力の延長としての所有欲、独占欲、自分の頭脳の証明欲
- 決着:コナン・キッド・平次の三者が屋上で動きを止め、本物の宝石はシンガポールの海へと放たれる
舞台
- シンガポール沖の豪華ヨット(冒頭の争奪戦)
- シンガポール・チャンギ空港(『新一』の入国)
- マリーナベイ・サンズ(クライマックスの主舞台、屋上プール)
- マーライオン公園
- ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(スーパーツリーのライトショー)
- ボートキー、リバーサイドの夜景
- シンガポール港の海上
- 世界空手選手権大会の会場
トリック・小道具
- 怪盗キッドのシルクハットとマント、変装、ハンググライダー、カード銃
- 工藤新一への変装(黒羽快斗と工藤新一の容姿が酷似する原作設定の活用)
- 二〇〇カラットの偽の『ブルーサファイア』と、本物の『紺青の拳』の二段構成のすり替え
- シンガポール警察の名探偵の身分を仕掛けに使う最大級の偽装
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、腕時計型麻酔銃、伸縮サスペンダー
- 服部平次の世界空手選手権大会の試合(決勝の蹴りと突き)
主題歌・主要声優
- 主題歌:福山雅治「ビューティフル・ラブ」(書き下ろし)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 怪盗キッド/黒羽快斗:山口勝平(新一とキッドの両方を山口勝平が同時に演じる構成)
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 服部平次:堀川りょう
- 遠山和葉:宮村優子
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 目暮十三警部:茶風林
- レオン・ロー:山崎育三郎(ゲスト声優)
- レイチェル・チョン:河北麻友子(ゲスト声優)
主要登場人物
本作は、レギュラー陣の中でも『コナン/新一』『毛利蘭』『鈴木園子』、ゲスト的レギュラーである『怪盗キッド/黒羽快斗』『服部平次』『遠山和葉』を、シンガポールという一つの舞台のうえに同時に並べる構成を取る。ゲスト陣としては、シンガポール警察の名探偵レオン・ローと、宝石商一族の令嬢レイチェル・チョン、その父ジョン・ピーター・チェンの三人が、本作の事件の中心に立つ。
怪盗キッド/黒羽快斗(山口勝平)
本作の事実上の準主役。白いシルクハットとマントを纏う神出鬼没の大泥棒で、その正体は江古田高校の高校生・黒羽快斗である。原作・テレビアニメ本編で長年描かれてきた『工藤新一と容姿が酷似する』という設定が本作で完全に活用され、彼はシンガポール入国の段階から工藤新一に変装したまま、本作のほぼ全編にわたって『新一』として動く。
本作の彼の造形の核は、怪盗キッドとしての軽妙さ・大胆さ・芝居気と、工藤新一としての佇まいを完璧に演じ切る職人技の、その両方を同じ一人の人物の中に同居させているところにある。彼は本作の中で、毛利蘭の前では『新一』として一線を意図的に踏み越えない振る舞いを取り続けると同時に、コナンに対しては『怪盗キッド』としての軽口を絶やさない。山口勝平が同じ作品の中で工藤新一とキッドの両方を演じる構成は、本作の楽しさの中核の一つである。
本作のキッドは、ブルーサファイアを巡る一連の事件の発端であると同時に、本作の事件の真相に最後まで関わる存在として、コナン・平次と並ぶ第三の探偵的な機能を担う。彼の小道具と早業は、本作のクライマックスのマリーナベイ・サンズの屋上で、コナンの推理と平次の握り拳と並んで本作の決着の一手を支える。
服部平次(堀川りょう)
大阪府警刑事部長の息子で、原作・テレビアニメ本編で『西の高校生探偵』として工藤新一に並び称される人物。本作では世界空手選手権大会の日本代表として、本人の身体能力の頂点近くを試合の中で実際に試される位置に立つ。彼の役割は、本作の事件の捜査の中心の一翼を担うことと、和葉に対して長く溜め込んできた言葉を、本作のシンガポールの夜の中で一段だけ進める位置に立つことの、二つに分かれる。
本作の彼の見せ場は、世界空手選手権大会の決勝戦の試合、『新一』の姿をしたキッドの正体に対する鋭い違和感、マリーナベイ・サンズの屋上での蹴りと突き、そして和葉に対する言葉の数歩——という四つに集約される。堀川りょうの演技は、武道家としての低い気迫と、和葉に対する素直な照れの両方を、同じ一人の人物の中に違和感なく重ねる。
本作のタイトル『紺青の拳』の『拳』のもう一つの意味を、画面の中で具体的に握り締めるのが、彼の握り拳である。本作は、彼の身体の動きと、和葉に対する感情の流れの両方を、シンガポールの一夜の中で同時に進める設計を持つ。
遠山和葉(宮村優子)
服部平次の幼馴染で、剣道の関西大会で頂点を取った経験を持つ武道家でもある。本作では平次の応援と、シンガポールの観光を兼ねた旅行という形でシンガポールに渡るが、本作の中盤以降は事件の中心にも近づいていく位置に立つ。彼女の役割は、平次に対する感情の整理の片方の主体として、本作の感情の流れの中心の一つに立つことである。
宮村優子の演技は、和葉の真っ直ぐな性格と、平次に対する素直さの両極を、同じ一人の人物の中に違和感なく重ねる。本作のシンガポールの夜の数分間に彼女が見せる表情の小さな揺らぎは、本作の感情の流れの最終局面を支える重要な要素である。
レオン・ロー(山崎育三郎)
本作のゲスト。シンガポール警察の名探偵として東南アジアでも指折りの捜査官として知られ、怪盗キッドの過去の犯行の現場で何度も寸前まで彼を追い詰めてきた人物——という公の経歴を持つ。本作の冒頭、夜のヨットでの一件を経て一度は死亡したものとされるが、本作の中盤以降に彼の生存と本作の事件の中心的な仕掛け人としての姿が明らかになる。
彼の動機は単純な金銭欲ではなく、警察官の地位と権力の延長としての所有欲、独占欲、自分の頭脳の証明欲——という、複合的で根深い種類のものとして本作の中に描かれている。シンガポール警察の名探偵という公の身分を、自分の最大の犯罪の仕掛けに使うこと自体が、彼の中ではある種の自己実現として位置づけられている。
声を担当する山崎育三郎は、ミュージカル・舞台・映像で広く活躍する俳優で、本作で初めて劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。彼の落ち着いた低めの声のレジスターは、シンガポール警察の名探偵としての公の佇まいと、本作の事件の中心の仕掛け人としての冷たさの両極を、同じ一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。
レイチェル・チョン(河北麻友子)
シンガポールの大富豪・チェン家の令嬢で、レオン・ローの婚約者。父ジョン・ピーター・チェンが当主を務めるチェン家は、本作のもう一本の核である本物の『紺青の拳』を長年保管してきた一族にあたる。本作の中盤以降、彼女はレオンの振る舞いの小さな違和感を一つずつ拾い始め、本作のラストで自分の家族と一族の歴史に対する整理を、自分の力で取り直す位置に立つ。
声を担当する河北麻友子は、ニューヨーク出身でバイリンガルとしての英語の語感を強みに、本作のレイチェルの『シンガポールの大富豪の令嬢』としての国際性を、本作の声の中に違和感なく落とし込む。本作のゲスト陣の中でも、レイチェルは『真相の被害者』としての一人の主体的な人物として、観客の側に強く残る役どころにある。
江戸川コナン/工藤新一・毛利蘭・鈴木園子(高山みなみ/山口勝平/山崎和佳奈/松井菜桜子)
本作のコナンは、シンガポール入国直後にキッドにいったん拉致され、現地のホテルからキッドと共に動き出す。本作の中盤以降の彼は、『新一』の姿をしたキッドの隣で、本作の事件の真相に対する整理を観客の側に手渡す本来の役割を、同時にこなしていく。彼自身が事件の決着のために動くだけでなく、キッドの『新一』としての一線を観客のために慎重に見守る役も担う。
毛利蘭は、本作では『新一』の姿をしたキッドのすぐ隣に立つ位置に置かれる。原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた新一と蘭の関係を踏まえ、本作のキッドは蘭の前で『新一』としての一線を意図的に踏み越えない振る舞いを最後まで取り続ける。蘭が本作の最後に取る判断は、長年の彼女の感情の延長線上に丁寧に置かれる。
鈴木園子は、本作では蘭の親友としての立場を保ちつつ、シンガポールの観光と社交の場を観客に対して導く役どころに立つ。彼女のキッドに対する独特の温度——原作・テレビアニメ本編で長く描き重ねられてきた『キッドに恋する女子高生』というラインも、本作の中で短いが鮮やかな形で活用される。
舞台と用語
本作の主要な舞台は、シンガポール沖の海上に始まり、シンガポール・チャンギ空港、市内のホテル街、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、ボートキー、世界空手選手権大会の会場、そしてクライマックスのマリーナベイ・サンズへと移る。シンガポールの実在の地理が、ほぼ完全な形で物語の主舞台として活用されており、観光案内的なフレームと事件の現場としてのフレームが同じ画面のうえで重ねられる。
用語面では、「ブルーサファイア」「紺青の拳」「キャプテン・キッド(17世紀の伝説的な海賊)」「シンガポール警察」「世界空手選手権大会」「マリーナベイ・サンズ」「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ」「怪盗キッド/黒羽快斗」「工藤新一への変装」が物語の鍵となる。本作の用語は、原作・テレビアニメ本編で長く読み・観られてきた『怪盗キッド回』『服部平次回』の二つの系譜の用語群を、初見の観客にも理解できる形で順に呈示するよう設計されている。
制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは1997年の『時計じかけの摩天楼』に始まり、年に一本のペースで春興行を担う恒例企画として定着していた。本作はその第23作にあたり、シリーズ初の女性監督と、シリーズ初の全編海外舞台という二つの初挑戦を同時に抱えた、節目の大型企画として制作された。
監督と演出——永岡智佳
監督の永岡智佳は、本作で劇場版『名探偵コナン』シリーズ初の女性監督として登板した。彼女は劇場版『名探偵コナン』シリーズの過去作で演出助手・絵コンテとして長く参加してきた人物で、本作で監督に正式に就任する流れは、シリーズの語り口を新しい世代の演出家へ引き継いでいくシリーズ全体の方針の象徴的な一歩として記憶される。
本作の彼女の演出の特徴は、シンガポールという海外の都市を、観光案内的な美しさと事件の現場としての温度の両方で同時に描き分けるところにある。マリーナベイ・サンズの三つの塔、屋上プール、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのスーパーツリー——本作の舞台のいずれも、本作の物語の感情の流れの上にしっかりと載せられており、単なる観光地のスクリーンセーバーとして消費されることがない。
同時に彼女の演出は、平次と和葉のシンガポールの夜の数分間に対しても、丁寧な目配りを行き届かせている。本作のクライマックスの直前、二人だけになる展望台の場面の温度の作り方は、シリーズの劇場版のなかでもとくに繊細な手付きとして観客の側に強く残る。
脚本——大倉崇裕
脚本は大倉崇裕が担当した。大倉崇裕はミステリ作家としても活動する作家で、本作から劇場版『名探偵コナン』シリーズの脚本に本格参画する形となった。本作の脚本は、シンガポールという海外の舞台を最大限に活かしつつ、怪盗キッドと服部平次という二つの人気系譜を一つの作品の中に同居させる難題に、正面から取り組む手付きを取った。
原作者の青山剛昌は、劇場版『名探偵コナン』の各作で監修・キャラクター原案として深く関わってきた。本作では、原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた『キッドと新一の容姿が酷似する』という設定を、シンガポール入国というシリーズ初の前提のうえに完全に立たせる仕掛けが、本作の脚本の核として早い段階で確立された。
脚本のもう一つの中心は、平次と和葉のあいだに長く流れてきた感情の整理を、本作の中で完全に閉じてしまわないための慎重な手付きである。シンガポールの夜の中で、二人の距離は確実に一歩進む。だがその一歩は、本作の最後の数分のあいだに完全な答えを得るのではなく、二人の関係の続きを観客に手渡す形で本作の中に閉じられる——という脚本上の選択は、本作以後のシリーズ全体での二人の関係の描き重ねを支える重要な土台となった。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。テレビシリーズと共通する作画スタッフ陣が、劇場版用に密度を上げて挑んでいる。本作の最大の見せどころは、シンガポールの都市そのものの作画である。マリーナベイ・サンズの三つの塔、屋上プール、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのスーパーツリーのライトショー、ボートキーのリバーサイドの夜景——シンガポールの実在の風景が、観光案内的な精度のまま画面の中に再現されている。
クライマックスのマリーナベイ・サンズの屋上の作画は、シリーズ全体の中でもとくに密度が高い場面のひとつである。三つの塔の上に長く横たわる船型のスカイパーク、屋上プールの水面、シンガポールの夜景を背景にした人物の動き——本作の屋上作画は、観客は劇場のスクリーンの中で、シンガポールの夜の風と高さの手触りを物理的に感じ取るような体験をすることになる。CG作画と手描き作画の組み合わせも、視覚的な違和感を抑えながらスケール感だけを引き上げる方向で丁寧に調整されている。
服部平次の世界空手選手権大会の決勝戦の試合の作画も、本作の見せ場のひとつである。武道家としての平次の身体の動きが、決勝の蹴りと突きの一連の中で丁寧に描き重ねられており、本作のタイトル『紺青の拳』の『拳』のもう一つの意味を、画面の中で具体的に握り締める瞬間として観客の前に置かれる。
音楽と主題歌——福山雅治『ビューティフル・ラブ』
音楽は大野克夫が担当した。大野克夫は『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』などのドラマ音楽で広く知られる作曲家で、テレビアニメ『名探偵コナン』のメインテーマから劇場版の劇伴まで、シリーズを長年支え続けてきた中心人物である。本作の劇伴は、シンガポールの海と摩天楼の夜景のスケール、世界空手選手権大会の試合の緊張、平次と和葉のあいだに流れる感情の温度——という性格の違う場面群を、ひとつの音楽的な弧として組み上げている。
主題歌は福山雅治の書き下ろし『ビューティフル・ラブ』。福山雅治は日本のシンガーソングライター・俳優として長く第一線で活動してきた代表的な存在で、本作の主題歌のためにピアノとアコースティック・ギターを軸にしたロック・バラードを新たに書き下ろした。タイトルそのままに、平次と和葉のあいだに長く流れてきた感情を、一曲のなかに総括した楽曲となっている。
ラストのシークエンスで楽曲が流れ始める瞬間、観客は本作の110分間で動いてきた感情の総和を、ようやく胸の中で整理することになる。本作の主題歌は、福山雅治の代表曲のひとつとして長く聴き継がれ、劇場版『名探偵コナン』の主題歌史の中でも特に強く記憶される一曲となった。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一と怪盗キッド、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎——シリーズおなじみのレギュラー陣に加えて、本作では堀川りょうの服部平次、宮村優子の遠山和葉、松井菜桜子の鈴木園子といった『西の高校生探偵』ライン・キッド劇場版ラインの声優陣が一挙に画面に揃う。
山口勝平が同じ作品の中で工藤新一と怪盗キッドの両方を演じる構成は、本作の楽しさの中核の一つである。原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた『キッドと新一の容姿が酷似する』設定が、本作で声の側からも完全に活用される形となった。彼の演技は、新一としての落ち着いた佇まいと、キッドとしての軽妙さ・大胆さ・芝居気を、同じ声の中で違和感なく切り替える。
ゲスト声優として、レオン・ロー役の山崎育三郎と、レイチェル・チョン役の河北麻友子の二人が起用された。山崎育三郎の落ち着いた低めの声のレジスターはシンガポール警察の名探偵としての公の佇まいと本作の真相の冷たさの両極を支え、河北麻友子のバイリンガルとしての英語の語感は、本作のレイチェルの『シンガポールの大富豪の令嬢』としての国際性を、本作の声の中に違和感なく落とし込む。
シンガポール・ロケと取材
本作の制作にあたって、制作スタッフはシンガポールの実地取材を行い、マリーナベイ・サンズ、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、ボートキー、シンガポール港の海上といった本作の主要な舞台の細部を丁寧に拾い上げている。シリーズ初の全編海外舞台の劇場版という挑戦は、こうした実地取材の積み重ねのうえに立っている。
シンガポールの都市の地理は、観光案内的な美しさだけでなく、本作の物語の感情の流れの上にしっかりと載せられる形で活用されている。三つの塔の上に長く横たわる船型のスカイパークの形そのもの、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイのスーパーツリーのライトショーの色彩、ボートキーのリバーサイドの夜の歩道——これらの実在の風景が、本作の感情の流れと一体になって観客の側に届けられている。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、冒頭のヨットでのキッドとレオン・ローの対峙、世界空手選手権大会の決勝戦、そしてマリーナベイ・サンズの屋上のクライマックスの三大山場に集約される。冒頭のヨットのアクションは、それ自体が本作の四つの謎を観客の前に並べる導入装置として機能し、世界空手選手権大会の決勝戦は本作のタイトル『紺青の拳』の『拳』のもう一つの意味を画面の中で具体的に握り締める見せ場となる。
マリーナベイ・サンズの屋上のクライマックスでは、三つの塔の頂上のスカイパーク、屋上プールの水面、シンガポールの夜景を背景にした人物の動きを、丁寧に重ね合わせていく。サスペンス演出としては、レオン・ローの正体が明らかになるタイミング、平次が『新一』の姿のキッドの正体に対する違和感を表面に上らせるタイミング、本物の『紺青の拳』の所在が明らかになるタイミング——という三本の流れを、観客の側に丁寧に整理して手渡す手付きが際立つ。
公開と興行
本作は2019年4月12日に日本で公開され、春興行の柱として記録的な大ヒットを記録した。最終的な国内興行収入は約93.7億円に達し、それまでシリーズ歴代1位だった前作『ゼロの執行人』を大幅に上回って、本作公開時点での劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代1位の記録を再び更新した。シリーズが20本を超えてなお毎年のように記録更新を続けることを、改めて内外に示す一作となった。
公開時、本作の中心に据えられた『シンガポール初の海外舞台』『怪盗キッドと服部平次の同居』『キッドの工藤新一への変装』『福山雅治の主題歌』『マリーナベイ・サンズのクライマックス』は、いずれも劇場でのリピート鑑賞を強く促す材料となった。原作・テレビアニメで長年積み重ねられてきた『怪盗キッド回』と『服部平次回』の二つの系譜を、同じ一本の劇場版の中で同時に楽しめる構成は、長年のファンほど何度も劇場に足を運ぶ傾向を生んだ。
海外でも順次公開され、東アジア・東南アジアを中心に評価とヒットを得た。シンガポールという都市国家の実在の地理を本作が舞台にしたことは、現地のファンの側にも強く受け入れられ、シンガポール現地のメディアでも本作の公開は大きな話題として扱われた。劇場版『名探偵コナン』が長く積み上げてきた海外ファン層に対して、本作は『キッド劇場版』『平次劇場版』の両方の側面で応え、新しい観客層の獲得にも繋がった。
受賞・選定の場面でも本作は強く扱われ、アニメ関連の年度賞や音楽賞において、作品本編・主題歌の両面で言及されることが多かった。福山雅治の『ビューティフル・ラブ』は、本作公開以降も長く聴き継がれる代表曲のひとつとして、広く知られていく。
批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は大きく三つに分かれる。ひとつは『劇場版『名探偵コナン』としての海外舞台への完全移行』、ひとつは『怪盗キッドと服部平次の同居』、もうひとつは『シリーズ初の女性監督による演出の方向性』である。前者については、シリーズ初の全編海外舞台というチャレンジを、シンガポールの実在の地理を観光案内的な精度のまま物語に落とし込む形で完全にやり切った一本として評価が確定した。
二つ目の軸については、本作が原作・テレビアニメで長年描き重ねられてきた『怪盗キッド回』と『服部平次回』の二つの系譜を、同じ一本の劇場版の中で同時に成立させた一作として強く記憶されている。山口勝平が同じ作品の中で工藤新一と怪盗キッドの両方を演じる構成、堀川りょうの平次と宮村優子の和葉の二人の声のやり取り——これらの要素は、本作以後のシリーズ全体での二つの系譜の描き重ねを支える土台となった。
三つ目の軸については、シリーズ初の女性監督による永岡智佳の演出が、シンガポールという海外の都市と、平次と和葉のあいだに流れる感情の温度の両方に、これまでのシリーズとは少し違う繊細な目配りを行き届かせた点が高く評価された。本作以後、永岡智佳はシリーズの中心的な演出家のひとりとして長く関わり続けることになる。
文化的影響としては、福山雅治の『ビューティフル・ラブ』が広く聴き継がれていること、本作以降『紺青の拳』『シンガポール』『マリーナベイ・サンズ』『キッドと平次の同居』といったキーワードが、長年のファンだけでなく一般の観客にとっても劇場版『名探偵コナン』のもっとも記憶される題材のひとつになったことが大きい。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズ初の女性監督による一作であり、同時にシリーズ初の全編海外舞台の劇場版でもある。永岡智佳はシリーズの過去作で演出助手・絵コンテとして長く参加してきた人物で、本作で監督に正式に就任する流れは、シリーズの語り口を新しい世代の演出家へ引き継いでいく方針の象徴的な一歩として記憶される。
本作のレオン・ロー役にミュージカル・舞台で広く活躍する山崎育三郎が起用されたこと、レイチェル・チョン役にニューヨーク出身のバイリンガルである河北麻友子が起用されたことは、公開前の話題性を大きく押し上げた要素である。山崎育三郎は本作で初めて劇場版『名探偵コナン』のメインゲスト声優に起用された。
山口勝平が同じ作品の中で工藤新一と怪盗キッドの両方を演じる構成は、原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた『キッドと新一の容姿が酷似する』設定の延長線上に置かれている。本作はこの設定を、シンガポール入国というシリーズ初の前提のうえに完全に立たせた最初の劇場版にあたる。
本作のシンガポール・ロケと取材は、制作スタッフが実際に現地に赴き、マリーナベイ・サンズ、マーライオン公園、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ、ボートキー、シンガポール港の海上といった主要な舞台の細部を丁寧に拾い上げている。シリーズ初の全編海外舞台の劇場版という挑戦は、こうした実地取材の積み重ねのうえに立っている。
福山雅治の主題歌起用は、本作の話題性を大きく押し上げた要素のひとつである。『ビューティフル・ラブ』は彼の代表的なシングルのひとつとして長く聴き継がれ、本作の物語の核を一曲のなかに総括した楽曲として、本作とともに長く愛されている。本作の興行収入が約93.7億円に達したことは、劇場版『名探偵コナン』が春興行のなかで毎年安定して大型のヒットを生み出すブランドとして完全に確立していることを、改めて裏付けた。
テーマと解釈
本作の中心テーマは『拳』である。タイトルにある『紺青の拳』は二つの意味を同時に背負っている。ひとつは、17世紀の伝説的な海賊キャプテン・キッドが残したとされる、彼の握りこぶしの中に収まる大きさだったとされる伝説の宝石『紺青の拳』そのもの。もうひとつは、本作のクライマックスで一度だけ画面に握り締められる、武道家としての服部平次の握り拳である。本作の脚本は、『紺青の拳』という言葉を二つの主体——海賊の遺物としての宝石と、武道家としての平次の身体——のあいだで折り重ねるよう設計されている。
もうひとつのテーマは『なりすまし』である。怪盗キッドが工藤新一に変装してシンガポールに入国するという本作の前提、シンガポール警察の名探偵レオン・ローが警察官の身分そのものを最大の犯罪の仕掛けに使うという本作の真相——本作の主要な人物のかなりの数が、自分の中に複数の身分を抱えたまま動いている。彼らが、互いの立場を完全には見抜けないままで一日の中で交差する構造は、本作の濃密なサスペンスの土台となっている。
そして本作のもう一つの大きなテーマは『言葉にしきれない感情』である。服部平次が遠山和葉に対して長く溜め込んできた言葉を、シンガポールの夜の中で一段だけ進めようとする数分間——その言葉は、本作の最後の数分のあいだに完全な形では和葉に手渡されないまま、二人の関係の続きを観客に手渡す形で本作の中に閉じられる。福山雅治の主題歌『ビューティフル・ラブ』のサウンドが、その距離の上に静かに流れ始める。本作の脚本のこの選択は、原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた二人の関係を、本作で完全に閉じてしまわないための慎重な手付きである。
もうひとつ見逃せないのが『所有と手放し』というモチーフである。本物の『紺青の拳』は、屋上の最後の数秒のうちにシンガポールの海へと放たれる。本作の脚本は、この宝石を誰か一人の手の中に残す選択を取らない——海賊キャプテン・キッドの時代から繋がる『紺青の拳』は、結局のところ誰の所有にも収まらず、再び海の暗い深さの中へ戻されるべきものとして、本作の最後に位置づけられる。
見る順番(補助)
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結だが、本作は『怪盗キッド劇場版』と『服部平次劇場版』の二つの系譜が一本の中に同居する珍しい一作である。初見で本作から入っても物語は追えるが、原作・テレビアニメで『怪盗キッド回』『服部平次回』のいずれかを少しでも知っていると、本作のキッドの『新一』への変装と、平次と和葉のシンガポールの夜の数分間が、何倍にも沁みる。
おすすめは、怪盗キッド出演の劇場版(『時計じかけの摩天楼』『世紀末の魔術師』『天空の難破船』『業火の向日葵』など)と、服部平次出演の劇場版(『迷宮の十字路』『から紅の恋歌』など)のうち、どちらか好きな方を一作前に挟んでから本作を観る順番である。前作群と並べると、本作で『キッドと平次が同居する』という挑戦が、劇場版シリーズの中でどのような位置に置かれているかが、より立体的に見えてくる。
鑑賞後は、本作で本格的に進んだ平次と和葉の関係が、本作以後の劇場版・テレビアニメ本編でどのように描き重ねられていくかを追うのもひとつの楽しみである。福山雅治の主題歌『ビューティフル・ラブ』を改めて聴き直すと、本作のシンガポールの夜の数分間が、観客の側にもう一度立ち上がってくる。
- 前作『名探偵コナン ゼロの執行人』(劇場版第22作)で安室透/降谷零を中心に据えた一作
- 本作シリーズ初の全編海外舞台、シリーズ初の女性監督による第23作
- 次作『名探偵コナン 緋色の弾丸』(劇場版第24作)で赤井ファミリーを中心に据えた一作へ
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、シンガポール沖のヨットで怪盗キッドがブルーサファイアを奪った夜にシンガポール警察の名探偵レオン・ローが海に転落して死亡したとされ、そこから事件の網が広がっていく、という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、レオン・ロー自身が生存しており本作の事件の中心の仕掛け人であること、本物の『紺青の拳』はマリーナベイ・サンズの屋上の最後の数秒にシンガポールの海へと放たれること、平次の和葉への言葉が完全な形では手渡されないまま本作が閉じられることが核となる。
「キッドはなぜ工藤新一に変装するのか」という問いには、コナンがシンガポールに自分の身分のままでは入国できないため、原作・テレビアニメ本編で長年描き重ねられてきた『キッドと新一の容姿が酷似する』設定を活用して、入国の段階から工藤新一に変装する、と答える。「本作のキッドの正体はずっと隠されているのか」という問いには、観客に対しては最初から完全に開示されているが、毛利蘭の前ではキッドが『新一』としての一線を意図的に踏み越えない振る舞いを取り続ける、と答える。
「初見でも見られるか」という問いには、本作は単体で完結しているため初見でも問題なく楽しめる、と答えられる。ただし、『怪盗キッド回』『服部平次回』のいずれかを原作・テレビアニメで少しでも知っていると、本作の楽しみが圧倒的に違ってくる。「見る順番」は、怪盗キッド出演の劇場版か、服部平次出演の劇場版のうち、どちらか好きな方を一作前に挟んでから本作に入るのがもっとも安定する。
「主題歌『ビューティフル・ラブ』は本作のために書き下ろされたのか」「平次と和葉の関係は本作以降どう描かれるのか」「シンガポールの実在の地理はどこまで使われているのか」といった頻出の問いに対しては、それぞれ本記事の制作・舞台裏・見る順番の各章で詳述している。本作のもっとも重い問いは、むしろ『誰の手にも収まらないとされる宝石を、私たちは最終的にどう扱うべきか』であり、観客一人ひとりの答えが本作の最後のピースになる。
参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。