名探偵コナン 緋色の弾丸は、2021年に公開された劇場版アニメ『名探偵コナン』シリーズ第24作である。東京で開かれる世界スポーツ大会「WSG」のVIPが連続誘拐され、15年前のボストン事件と同じ手口が浮かび上がる。赤井家の面々と公安、FBIが交錯するなか、世界最速のリニア中央新幹線の暴走を止める一発の弾丸へと物語は収束していく。赤井秀一を中心に据えた群像劇として、シリーズ屈指のスケールを誇る一作となっている。
00概要
『名探偵コナン 緋色の弾丸』(めいたんていコナン ひいろのだんがん)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とする日本のアニメ映画で、2021年4月16日に東宝の配給で公開された。劇場版『名探偵コナン』シリーズの第24作にあたる。監督は本作で長編劇場版の単独監督を初めて務めた永岡智佳、脚本は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』に続き四度目の登板となる櫻井武晴、音楽はシリーズを長年支えてきた大野克夫が手がけた。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は約110分である。
本作は当初2020年4月17日の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて延期となり、約1年後の2021年4月16日に改めて劇場公開された。シリーズの春興行が一年まるごと飛ぶ事態はそれまで例がなく、延期の発表から再公開までの一年間は、ファンと制作陣にとって長い『待ち時間』の一年として記憶されることになる。仕切り直しとなった本作は、コロナ禍下の邦画市場で随一の規模となる国内興行収入約76.5億円を記録し、ブランドとしての劇場版『名探偵コナン』の堅さを内外に示した。
物語の中心に据えられるのは、テレビアニメや原作で長く積み上げられてきた『赤井家』である。元FBIの凄腕スナイパー・赤井秀一(沖矢昴の姿で日常を送る人物)、その母・メアリー世良(事情があって体が縮んだ少女の姿で過ごす人物)、弟・羽田秀吉(竜皇位を保持するプロの将棋棋士)、妹・世良真純(高校生探偵として日常を送る人物)——この四人が、東京で開催される世界スポーツ大会『WSG』を舞台に、互いの距離と過去を抱えたまま、同じ一日のうちに同じ街へと集まっていく。
もう一本の縦糸となるのが、15年前のボストンで起きた連続誘拐事件である。WSGの前身となる国際大会がボストンで開かれた1980年代後半、VIPが次々に誘拐される事件が発生し、当時FBIに所属していた若き赤井秀一が現場で犯人と対峙した。事件は犯人の逃走と、赤井家にとって決定的な意味をもつ『ある別件』とが重なる形で記憶され、長年にわたって完全には決着しない過去として赤井家のなかに残り続けた。本作は、その過去が東京の現在へと追いついてくる物語である。
本記事は、結末、犯人シュラット・アレクサンダーの正体と動機、リニア中央新幹線の暴走の止め方、赤井秀一が最後に放つ『緋色の一発』、そして赤井家四人の関係の再確認まで、全編の内容に踏み込んでいく。物語の重大な驚きを味わいたい場合は、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン 緋色の弾丸
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第24作
- 監督
- 永岡智佳
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- 東京事変「永遠の不在証明」
- 日本公開
- 2021年4月16日
- 当初予定
- 2020年4月17日(コロナ禍で1年延期)
- 上映時間
- 約110分
- 主舞台
- 東京(東京ビッグサイト周辺)、名古屋・新富士・新東京を結ぶリニア中央新幹線の試験走行路、15年前のボストン
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、アクション、家族劇
01あらすじ
ここからは結末までを含めた全編のあらすじを紹介する。物語は15年前、WSGボストン大会で起きた連続誘拐事件の回想から幕を開ける。やがて舞台は現代の東京へ移り、開幕したばかりのWSGを舞台に、VIPが次々とさらわれていく。そこへ集結するのが赤井家の四人だ。犯人シュラット・アレクサンダーの正体とその動機、世界最速を誇るリニア中央新幹線の暴走、そして東京ビッグサイトへと迫る車両――。それを赤井秀一の放つ一発、『緋色の弾丸』がいかにして止めるのか。事の顛末を、時系列に沿って順を追って記していく。
15年前のボストン
物語は、15年前のボストン、夜の屋上から幕を開ける。WSGの前身にあたる国際大会の関係者が次々と姿を消す連続誘拐事件が発生し、若き日の赤井秀一はFBI捜査官として現場制圧の任にあたっていた。犯人は麻酔弾を装填した特殊な散弾銃でVIPを一人ずつ眠らせ、そのまま身柄を運び去る独自の手口を用いる。ボストンの街では複数の現場で、この『眠らされた誘拐』が連鎖していた。
屋上で犯人と対峙した赤井は、逃走を図る男の右脚へ長距離から一発を撃ち込む。脚を撃ち抜かれた長身の男は屋根の縁から落ちていくが、暗闇に紛れて赤井の視界から逃れることに成功し、現場には血痕と独特の薬莢だけが残された。FBIは犯人をシュラット・アレクサンダーと特定したものの、その後の足取りはつかめない。ボストン事件は半ば未決のまま、赤井のキャリアのなかに沈んでいく。
そして同じ夜、ボストンの病院では、赤井家にとって決定的な意味をもつもうひとつの出来事が起きていた——詳細は本作の中盤で改めて明かされる——母メアリー世良の体に異変が生じ、家族が引き裂かれる遠因となる場面である。15年前のボストンの一夜は、赤井秀一の射撃の手応えと、赤井家四人がそれぞれ別の場所で生きる時間へと分かれていく出発点とを、同時に背負っている。
東京WSG開幕
現代——東京で世界スポーツ大会『WSG』が開催される。開会式と各競技は東京各所の会場に分散され、メイン会場には東京ビッグサイトを擁する湾岸エリアが選ばれた。物語の縦軸となるのは、WSGの目玉として用意された一台の乗り物だ。時速約1,000キロメートルで走る世界最速の超電導リニア『リニア中央新幹線』である。名古屋を出発し、新富士の試験区間を経て新東京駅(東京ビッグサイト直結)へと到着するこの特別運行は、WSGの閉会式に直結する象徴的な催しとして大々的に発表されている。
毛利蘭、毛利小五郎、コナン、そして阿笠博士と少年探偵団は、鈴木財閥の招待を受け、WSGの開会式へと向かっていた。やがて鈴木園子も合流し、賑やかな観光気分のなかで物語は動き出す。米花町の住人にとって、WSGは夏休みのように街全体が祭りの空気に包まれる一週間だ。開会式へ向かう車中の会話も、一週間先に迫ったリニア中央新幹線の到着を心待ちにする温度に支配されている。
それと並行して、東京の街角には世良真純の姿があった。彼女はテレビアニメ・原作と同じく、独自の調査線で赤井家の動きを追っている。WSGの開幕とほぼ時を同じくして、長年探し求めてきた家族の輪郭が東京の街に集まりつつあることを、独自のチャンネルから掴みはじめる。一方、沖矢昴の姿をした赤井秀一は工藤邸を拠点に、WSGに合わせて東京へ集結しはじめた「15年前のボストン事件の関係者」の動向を、長年の情報網と落ち着いた所作で見つめていた。
VIPの連続誘拐
WSGの開幕に合わせ、世界中のVIPが東京に集まった。主要スポンサー企業の社長、IOCに準ずる国際委員会のメンバー、各国の政府関係者——そうした要人たちが、ホテルや会場で一人、また一人と姿を消していく。被害者はいずれも意識を失った状態で運び去られ、現場には独特の薬莢だけが残されていた。麻酔弾を装填した特殊な散弾銃の薬莢である。これは15年前、ボストンで赤井秀一が対峙した犯人と寸分違わぬ手口だった。
ボストン事件の継続捜査として、FBIのジョディ・スターリング、ジェイムズ・ブラック、アンドレ・キャメルの三人が東京の現場に入る。沖矢昴の姿のまま動く赤井は、彼らと直接合流するわけではない。だが必要な情報を、必要なタイミングで彼らの側へ流し続ける位置に立つ。一方コナンは、誘拐された人物のリストと過去のWSG関連事業の経緯を突き合わせ、現代の被害者たちが15年前のボストン事件で標的になりかけた人物の系列と重なることを、早い段階で見抜いていく。
誘拐の手口は、現場に痕跡を一切残さない種類の精密さを備えている。被害者が運ばれた経路、麻酔弾の発射ポジション、撤収のタイミング——どの要素を取っても、犯人がWSGの会場警備の運用と東京の街路の構造を知り尽くしていることを物語る。本作の犯人像は、その時点で大きく絞り込まれていく。単なる流れ者の犯罪者ではない。WSGそのものの内側に、長年関わってきた人物だ。
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赤井家四人
本作中盤の最大の見どころは、テレビアニメや原作で長く積み上げられてきた『赤井家』四人が、劇場版のスケールで同じ街へと集う構図そのものにある。元FBIの凄腕スナイパー赤井秀一は、沖矢昴の姿で工藤邸を拠点に動く。母メアリー世良は、事情があって縮んだ体のまま、息子・赤井秀一の管理下にある安全な居場所で日常を続けている。弟・羽田秀吉は、東京で開かれる竜皇位戦の防衛戦のために羽田家の名で東京入りし、本作ではWSGの開会式関連イベントに将棋棋士として顔を出す。妹・世良真純は、米花町の高校に通う高校生探偵としての日常から、独自の線で東京の事件へと踏み込んでいく。
本作は、四人が一斉に同じテーブルへ着くようなドラマは選ばない。代わりに描かれるのは、東京の街のあちこちで、四人のうち二人だけ、あるいは三人だけが、互いの正体を半ば伏せたまますれ違う場面だ。それを丁寧に積み重ねていく。羽田秀吉が竜皇位戦の打ち合わせの場で兄の名を口にする瞬間、世良真純が屋外で兄に似た背中を遠くに見つける瞬間、メアリー世良が縮んだ姿のまま家族の写真の前に静かに座る瞬間——四つの『気配』が東京の一日のうちに少しずつ重なり合う。この構成こそが、本作の家族劇の核を形成している。
コナンと灰原哀は、赤井家四人の関係を半ば知る数少ない人物として、四人の動きを慎重に見守る位置に立つ。とりわけ灰原は、自身も縮んだ体で生きる身であるからこそ、メアリー世良が同じ境遇にあることの重みを、誰よりも深く引き受けてみせる。本作の家族劇は、赤井家の内側だけで完結するものではない。コナン側の人物たちもまた、それぞれの距離からその輪郭を支えていく。そんな設計が貫かれている。
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羽田秀吉と将棋
本作のWSG関連イベントとして、羽田秀吉がプロ棋士として将棋の指導対局に出演する場面が描かれる。その名は羽田家の名で公的に通っており、赤井家との血縁を表に出さないまま、東京で開かれる竜皇位戦の防衛戦の打ち合わせも並行して進めている。秀吉は、家族のなかでもっとも『日常側』に重心を置く人物として描かれる。その平静さが、赤井秀一の長年の留守と、メアリー世良の隠れた居場所の重さを、観客のためにそっと和らげていく。
羽田秀吉は、ある場面で兄・赤井秀一の名を口にする。表向きは取材対応の流れで発される一語にすぎないが、その名が画面に立ち上がる瞬間の温度は、本作の赤井家のドラマのなかでもとりわけ鋭く残る。コナンは、その一語が誰に向けられたものかを観客のために整え直し、世良真純が自分の家族の名を耳にしたときに見せる表情の小さな揺らぎを、画面のなかで見届ける位置に立つ。
羽田秀吉と妹・世良真純が食事の席を共にする数十分間は、本作の家族劇のなかでもとりわけ温かな時間として残る。兄妹は表向き『同じ屋根の下で育った血縁』としての関係を語らない。だが、互いの所作の細部に、その事実がはっきりと刻まれているのが分かる。家族の関係を台詞で説明することを避け、画面のなかの所作と空気の温度だけで観客に受け取らせる――本作の脚本はそうした選択を取っている。
世良真純とメアリー
世良真純は、本作で独自の筋を追い、WSGの誘拐事件へと踏み込んでいく。高校生探偵として東京の街角に残された小さな手掛かりを丁寧に拾い、コナンとは異なる角度から事件の輪郭へと迫る。テレビアニメや原作で積み上げてきた「赤井家の妹」という立場を、本作の真純は画面の上で控えめに、しかし確実に背負っている。
メアリー世良は、ある事情から縮んだ体のまま、本作でも安全な場所から動く。出番は短い。だが、息子・赤井秀一の所作を窓越しに見送る瞬間、娘・真純の姿を遠くから見つめる瞬間、そして息子・秀吉が画面の中で自らの名を口にする瞬間——三人の家族の所作を一枚の画面に静かに重ねていく演出は、本作の家族劇のなかで決定的な重みを持っている。
灰原哀は、メアリー世良に「縮んだ体で生きる仲間」としての視線を向ける。二人の場面は台詞こそ少ないが、「この事情を抱えたまま日常を続ける」というひとつの姿勢を互いに分かち合っていることが、所作の細部から観客へと伝わってくる。サスペンスの裏側で交わされるこの静かな共有は、シリーズのなかでもとりわけ記憶に残る細部だ。
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シュラット・アレクサンダー
FBIとコナン側、ふたつの捜査線が交差し、犯人像は少しずつ絞り込まれていく。15年前のボストンで赤井秀一に右脚を撃たれた男——アメリカ国籍の長身の中年男性で、現在は東京でWSG関連事業に協力者として出入りしている。表向きの肩書きは民間警備の現場責任者。WSGの会場警備の運用設計に深く関わる立場にある。その名はシュラット・アレクサンダー(Schratt Alexander)だ。
右脚には、15年前に赤井から受けた銃創がいまも残る。本作のサスペンスは、その『歩き方』『立ち位置』『荷重の左右差』を、観客が画面の中で少しずつ確かめていく構成に整えられている。コナンは現場周辺の防犯映像と通行人の歩行データを重ね合わせ、特定の歩行パターンを持つ人物を浮かび上がらせる。FBI側もまた、ボストン以来の長年の捜査記録に同じ歩行パターンを照らし、シュラットの居場所を突き止めていく。
シュラットの動機は、単純な金銭目的ではない。その素性の根幹には、かつてWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った『大切な人の喪失』があり、ボストンの誘拐事件は当時、そのことへの抗議として始まったものだった。本作のシュラットは、WSG関係者を麻酔弾で眠らせ、催しの中心であるリニア中央新幹線の特別運行を、その被害者ごと暴走させて壊滅させる。そうしてWSGそのものを、世界の目の前で破綻させようとしている。
リニア中央新幹線の暴走
本作のクライマックスは、世界最速を誇るリニア中央新幹線の特別運行に集約される。試験走行は名古屋を出発し、新富士の試験区間を経て新東京駅(東京ビッグサイト直結)へと向かう。WSGの閉会式に合わせた象徴的な催しであり、車内にはWSGのVIPと、シュラットに誘拐された被害者が同乗していた。本来の運行計画に『被害者の身柄』はなかったはずだが、シュラットの細工によって計画は密かに塗り替えられていたのだ。
車両の制御装置にはシュラットの手が加えられ、運行管制からの停止指令はすでに無効化されている。リニア中央新幹線は定刻を大きく上回る速度を保ったまま、本来なら新東京駅で停止するはずの進入区間を通過し、東京ビッグサイトのメイン会場へ、人混みのほうへと突き進んでいく。会場には開会式・閉会式の警備のため観客と関係者がひしめき合っており、もしこのまま車両が止まれなければ、史上最悪の規模の惨事となる。
コナンは阿笠博士のキック力増強シューズとターボエンジン付きスケートボードを駆使し、新東京駅の進入路と高架沿いを車両と全速力で並走する。沖矢昴の姿を借りた赤井秀一は、ライフルを手に高架を見下ろす遠方の高地へ陣取り、長距離からの一発で車両のブレーキの物理機構を撃ち抜く位置を慎重に見定める。一方、FBIのジョディ、ジェイムズ、キャメルの三人は、新東京駅の現場制圧と、車内のVIPおよび被害者の保護へと動き出す。
緋色の一発
リニア中央新幹線の車体が、時速1,000キロメートルに迫る速度で新東京駅の進入区間を駆け抜けていく。通常の制動装置ではとても止めきれない速度域に達した車両を停止させるには、車両側に組み込まれたある物理機構——制動を最後に解放する小さな金属部品——を、高架の外側から長距離の一発で撃ち抜くほかない。狙うべき点はわずか数センチ。車両は時速1,000キロで疾走し、撃ち手は遠く離れた高地に陣取る。この一発を成し遂げられる者は、世界に数えるほどしかいない。
コナンは車両側から撃ち抜くべき点の正確な位置を読み取り、画面の外にいる赤井秀一へ、微細な軌道補正のためのデータを送り続ける。沖矢昴の姿のまま、赤井秀一は遠方の高地でライフルを構え、息を整え、引き金を引く。本作のタイトル『緋色の弾丸』が指すのは、まさにここで赤井秀一が放つ一発の弾丸だ。赤い軌跡を残して飛んだその一発は、走る車両の小さな一点を正確に撃ち抜き、車両の制動を解き放つ。
車両は、新東京駅の進入区間のぎりぎり手前で停止する。東京ビッグサイトの会場にいた観客は誰一人傷つかず、車両内のVIPと誘拐被害者も全員無事に救出される。コナンは現場の状況を最終的に押さえ、FBIは車両内の被害者の身柄を確保し、シュラット・アレクサンダーは長年の追跡の末、ついに身柄を取られる位置に追い込まれる。15年前のボストンの夜に始まった追跡が、東京の高架の上で放たれた一発の弾丸によって、ようやく決着するのだ。
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WSG後の東京
事件後の東京の朝、赤井家の四人はそれぞれの場所でWSGの一日を見送る。沖矢昴の姿を借りた赤井秀一は、工藤邸の窓辺で静かにコーヒーを淹れる。世良真純は高校生探偵としての日常へ戻り、羽田秀吉は将棋の竜皇位戦の駒を改めて並べ直す。メアリー世良は縮んだ体のまま、家族写真の前に静かに座る。一夜のうちに家族が表立って再会するような決着を、本作は選ばない。代わりに、四人がそれぞれの場所で「同じ街の空気を吸いつづける」という事実だけを、観客の前に静かに置き直す。
コナンは本作の事件の顛末を蘭や少年探偵団と分かち合いながら、東京の街の朝へと向き直る。赤井家四人の関係を半ば知る数少ない人物として、その関係をどこまで自分の口で語るのか、慎重な距離を保ちつづける位置に立つ。ラストは派手な再会の祝祭ではない。長年離れていた家族が同じ一日の街を共有した、その事実だけを静かに観客の胸へ残して幕を閉じる。
ラストシークエンスで流れ始めるのが、東京事変の主題歌『永遠の不在証明』だ。椎名林檎の作詞作曲によるロックバラードは、長い不在のあとに残る家族の輪郭を、ピアノとバンドの音で総括する。本作の110分間を貫いてきた感情の総和を、観客の胸の中で改めて整える役割を担う楽曲である。終わり方は、ひとつの事件の解決と、ひとつの家族の関係の地続きとを、同じ温度のうえに静かに並べていく。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理しておく。固有名詞はあくまで鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを覚えておく必要はない。
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 少年探偵団(吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦)
- 鈴木園子
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎
- 佐藤美和子
- 高木渉
- 千葉刑事
- 赤井秀一/沖矢昴(元FBIの凄腕スナイパー、現在は東都大学の大学院生『沖矢昴』の姿で日常を送る)
- メアリー世良(赤井秀一・羽田秀吉・世良真純の母、事情があって縮んだ少女の姿で過ごす)
- 羽田秀吉(赤井家の次男、プロの将棋棋士で竜皇位を保持、表向きは羽田家の名で活動)
- 世良真純(赤井家の長女、米花町の高校に通う高校生探偵)
- ジョディ・スターリング(FBI捜査官、赤井のかつての仲間)
- ジェイムズ・ブラック(FBI上席)
- アンドレ・キャメル(FBI捜査官)
- WSG運営委員会の関係者
- 東京ビッグサイトの警備関係者
- リニア中央新幹線の運行管制と整備関係者
- シュラット・アレクサンダー(本作の犯人、長身の中年男性で右脚に古傷を持つ、WSG関連の民間警備の現場責任者を表向きの肩書きとする人物)
- WSG関連のスポンサー企業の社長と国際委員会のメンバー(連続誘拐の被害者)
- WSG関連の各国政府代表者
- リニア中央新幹線の特別運行に同乗するVIP
- 事件の主体:シュラット・アレクサンダー(15年前のWSGボストン大会で連続誘拐事件を起こし、若き赤井秀一に右脚を撃たれて以降、長年身を隠していた人物)
- 現代の手口:麻酔弾を装填した特殊な散弾銃でWSGのVIPを一人ずつ眠らせ、被害者をリニア中央新幹線の特別運行の車両内に運び込む
- 最終局面:リニア中央新幹線の制御装置に細工を加え、車両を被害者ごと暴走させ、東京ビッグサイトのWSG会場の人混みへ突入させて事件を世界規模で破綻させる計画
- 動機:過去にWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った『大切な人の喪失』への抗議と復讐
- 決着:高架の遠方からの赤井秀一の長距離射撃『緋色の弾丸』が車両のブレーキの物理機構を正確に撃ち抜き、新東京駅の進入区間ぎりぎりで車両は停止、シュラットは身柄を取られる
- 東京(東京ビッグサイト周辺の湾岸エリア、WSGの主要会場)
- 新東京駅(リニア中央新幹線の終着駅、東京ビッグサイト直結)
- 名古屋駅(リニア中央新幹線の出発点)
- 新富士の試験区間(リニア中央新幹線の高架区間)
- 工藤邸(沖矢昴の住居)
- 羽田家の宿泊先(竜皇位戦の打ち合わせ拠点)
- 毛利探偵事務所
- 15年前のボストン(屋上の射撃現場と病院、回想シーン)
- 麻酔弾を装填した特殊な散弾銃と独特の薬莢
- 歩行パターン(古傷による荷重の左右差)
- WSG会場警備の運用設計(犯人が熟知している)
- リニア中央新幹線の制御装置への細工
- 高架の遠方からの長距離射撃(赤井秀一のライフル)
- 車両のブレーキの物理機構(撃ち抜くべき小さな金属部品)
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、腕時計型麻酔銃、ターボエンジン付きスケートボード、犯人追跡メガネ
- 主題歌:東京事変「永遠の不在証明」(書き下ろし、作詞作曲:椎名林檎)
- シュラット・アレクサンダー:山寺宏一
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- メアリー世良:田中敦子
- 世良真純:日髙のり子
- 羽田秀吉:神谷浩史
- 赤井秀一:池田秀一
- 沖矢昴:置鮎龍太郎
- ジョディ・スターリング:一城みゆ希
- ジェイムズ・ブラック:内田直哉(先代の石塚運昇が2018年に逝去したため、本作以降を担当)
- アンドレ・キャメル:梁田清之
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- 目暮十三:茶風林
- 白鳥任三郎:井上和彦
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 千葉刑事:千葉一伸
13主要登場人物
本作は、テレビアニメと原作で長く積み上げられてきた『赤井家』の四人を、劇場版のスケールで同じ画面に揃える構成だ。コナン、蘭、小五郎、阿笠博士、灰原哀、少年探偵団といったレギュラー陣は、それぞれの持ち場で物語を支えながら、赤井家と交差して本作の感情の流れを担っていく。FBIの三人は、ボストン以来の長い捜査の延長線上に立つ。
赤井秀一/沖矢昴
元FBIの凄腕スナイパー。15年前のボストンで連続誘拐事件の犯人シュラット・アレクサンダーと対峙し、長距離からの一発で犯人の右脚を撃ち抜いた過去を持つ。現在は工藤邸に居候する東都大学の大学院生『沖矢昴』として日常を送り、必要とあれば『赤井秀一』のスナイパーへと立ち戻る。二つの顔を巧みに使い分ける人物だ。
本作の彼は、クライマックスでリニア中央新幹線のブレーキの物理機構を高架の遠方から撃ち抜く『緋色の一発』の射手として、まさにタイトルを背負う立場に立つ。15年前のボストンの一発と、現代の東京の一発。その二つを同じ手の中で結び直すことこそ、本作で彼に託された役回りである。
池田秀一の声は、『赤井秀一』としての低く据えた射撃の声と、『沖矢昴』としての穏やかな居候の声、その両極を切り替えるように使い分けられる。置鮎龍太郎が演じる沖矢昴の声もまた、赤井秀一との連続性を違和感なく保ち、本作で重要な役割を果たしている。
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江戸川コナン/工藤新一
本作のコナンは、犯人当ての推理よりも、リニア中央新幹線の物理機構を突き止め、赤井秀一へ軌道補正データを送るという、いわば工学的な役割を強く担う。WSGの開幕からシュラットの正体を絞り込み、暴走するリニア中央新幹線をいかに止めるか——複数の専門領域を横断する判断を、休みなく連ねていくのだ。
彼の見せ場は二つに集約される。ひとつは、阿笠博士発明のキック力増強シューズとターボエンジン付きスケートボードを駆使し、新東京駅の進入路と高架を走る車両の脇を全速力で並走する一連のアクション。もうひとつは、車両側からブレーキの物理機構の正確な位置を読み取り、赤井秀一へと送る通信の場面だ。高山みなみのコナン、そして山口勝平の工藤新一は、本作でもシリーズの長年の蓄積を踏まえた安定の演技を見せる。
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世良真純
赤井家の長女。米花町の高校に通う高校生探偵で、早くからコナンの正体に疑いの目を向けてきたひとりである。本作では独自の筋からWSGの誘拐事件に切り込み、東京の街角に残るわずかな手掛かりを丹念に拾い上げていく。コナンとは別の角度から、事件の輪郭にじりじりと迫る姿に注目したい。
本作の世良真純は、テレビアニメや原作で積み重ねてきた「赤井家の妹」という立場を、控えめに、それでいて確かに背負っている。羽田秀吉と食卓を囲む場面、メアリー世良の気配を遠くから感じ取る場面――その細やかな描写は、本作の家族劇のなかでもとりわけ静かな見どころだ。
日髙のり子の声は、高校生探偵としての世良真純の軽やかさと、赤井家の妹として胸の奥に抱える感情の重さ、その両極を一人の人物のなかに無理なく結びつけている。
羽田秀吉
赤井家の次男。プロの将棋棋士であり、本作の時点では竜皇位に就いている。東京で開かれる竜皇位戦の防衛戦のため、羽田家の名を用いて東京入りする。表向きは羽田姓で活動しているため、公の場で赤井家との血縁を自ら明かす立場にはない。
本作の彼は、家族のなかでもっとも「日常」の側に重心を置く人物として描かれる。その穏やかさが、赤井秀一の長い不在と、メアリー世良が身を潜める事情の重さを、観客のためにそっと和らげる役割を担うのだ。WSGの開会式関連イベントには将棋棋士として姿を見せ、ひとつひとつの所作の温度を通して、家族の関係を画面に運び込む。
神谷浩史の声は、羽田秀吉のおっとりとしたユーモアと、赤井家の次男ならではの奥に秘めた知性、その両極を違和感なく重ね合わせる。本作で彼の声を耳にしたファンが、シリーズ本編で羽田秀吉が登場する場面をさかのぼって観直す、そんな動きも多く見られた。
メアリー世良
赤井家の母。事情があって縮んだ少女の姿で過ごす人物で、本作でも安全な居場所から動く。出番は短い。だが、息子・赤井秀一の所作を窓越しに見送る瞬間、娘・真純の所作を遠くから観察する瞬間、そして息子・秀吉が画面のなかで自分の名を口にする瞬間——三人の家族の所作を一枚の画面に静かに重ねていく演出は、本作の家族劇に決定的な重みを与えている。
田中敦子の落ち着いた声は、縮んだ体に閉じ込められたメアリー世良の成熟と、家族を見守る母としての温度を、その両極を一人の人物のうちに違和感なく繋いでみせる。細部の所作は、シリーズ本編の長い積み重ねを前提とすることで、観客の胸に静かに沁みていく。
ジョディ・スターリング、ジェイムズ・ブ…
FBIの三人は、ボストン事件の継続捜査として東京の現場に乗り込む。赤井のかつての盟友であるジョディ・スターリング、上席のジェイムズ・ブラック、そして現場捜査官のアンドレ・キャメル。それぞれの立場から、本作のサスペンスを支えていく。
本作からジェイムズ・ブラックの声は、先代の石塚運昇(2018年逝去)に代わって内田直哉が引き継いだ。重厚な声の系譜を受け継ぎながらも、長い追跡の果てに訪れる終盤の場面を、観客のために落ち着いた温度で受け止めてみせる。
一城みゆ希のジョディ、梁田清之のキャメルは、本作でもシリーズの長年の蓄積をそのまま体現している。15年前のボストンの夜から現代の東京の朝まで、三人が同じチームのまま追い続ける――その構図こそ、本作のサスペンスの背骨をなす要素だ。
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シュラット・アレクサンダー
本作の犯人。長身の中年男性で、右脚に古傷を負っている。表向きの肩書きは民間警備の現場責任者であり、WSGの会場警備の運用設計に深く関わる立場にある。15年前のWSGボストン大会で連続誘拐事件を起こし、若き赤井秀一に右脚を撃たれて以降、長らく身を隠してきた人物だ。
その動機は、単純な金銭目的ではない。素性の根幹にあるのは、過去にWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った「大切な人の喪失」であり、ボストンの誘拐事件は当時、それへの抗議として始まったものだった。本作の彼は、WSG関係者を麻酔弾で眠らせ、WSGの催しの中心であるリニア中央新幹線の特別運行を、その被害者ごと暴走させて壊滅させる。そうしてWSGそのものを世界の目の前で破綻させようとするのだ。
山寺宏一の声は、シュラットの冷たい知性と、奥に抱える長年の喪失の重さ――その両極を、同じ一人の人物の中に違和感なく繋いでいく。歩行パターンの細部から、被害者を運ぶ手付き、そしてラストで赤井秀一に身柄を取られる場面の所作まで、本作の犯人造形は、声の演技と作画の細部の双方によって極めて高い密度に練り上げられている。
少年探偵団・毛利蘭・毛利小五郎・阿笠博…
少年探偵団の歩美・元太・光彦は、本作ではWSGの開会式の観客として東京の各会場を渡り歩く。コナンの周囲を支える日常の温度を、物語のなかに運び込む存在だ。毛利蘭、毛利小五郎、阿笠博士の三人は、赤井家のドラマのなかではやや控えめな位置に立つ。それでもレギュラー陣としての安定した重みは失わない。
灰原哀がメアリー世良に向けるのは、「縮んだ体で生きる仲間」としてのまなざしである。二人の場面は台詞こそ少ない。だが「この事情のなかで日常を続ける」というひとつの姿勢を分かち合っていることが、所作の細部から観客に伝わってくる。サスペンスの裏側で静かに通い合うこの共有は、シリーズのなかでも特に記憶に残る細部だ。
舞台と用語
本作の主要な舞台は、15年前のボストンの屋上と病院から始まり、現代の東京——東京ビッグサイト周辺の湾岸エリア、新東京駅(リニア中央新幹線の終着駅)、名古屋駅(出発点)、新富士の試験区間の高架——へと移っていく。WSGの主要会場は東京ビッグサイト周辺の湾岸エリアに集中して配置されている。そのため本作のクライマックスは、新東京駅から東京ビッグサイトのメイン会場へと続く、わずか数百メートルの進入区間に凝縮される。
用語面で物語の鍵を握るのは、「WSG(World Sports Games)」、「リニア中央新幹線(超電導リニアによる時速約1,000キロの特別運行)」、「赤井家(赤井秀一・メアリー世良・羽田秀吉・世良真純の四人)」、「沖矢昴」、「FBI」、そして「ボストン事件(15年前にWSGの前身大会で起きた連続誘拐事件)」である。原作やテレビアニメ本編で長く親しまれてきた『赤井家』『FBI』関連の用語群を、初見の観客にも無理なく理解できるよう、順を追って提示していく構成になっている。
23制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年の『時計じかけの摩天楼』を皮切りに、年に一本のペースで春興行を担う恒例企画として定着してきた。本作はその第24作にあたる。テレビアニメと原作で長く描き継がれてきた『赤井家』の四人を、劇場版ならではのスケールで一つの画面に揃える――そんな題材を選んだ大型企画として制作された。
企画と脚本
脚本を手がけたのは櫻井武晴。『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』で劇場版の脚本を担当しており、本作で四度目の登板となる。本作の核は、テレビアニメと原作で長く積み上げられてきた赤井家四人の関係を、110分の劇場版のなかで台詞に頼らず、所作と空気の温度として観客に受け取らせる手付きにある。
原作者の青山剛昌は、これまでも劇場版『名探偵コナン』の各作に監修・キャラクター原案として深く関わってきた。本作では、赤井家四人と15年前のボストン事件、シュラット・アレクサンダーの動機、そしてリニア中央新幹線という現代日本を象徴する題材を、ひとつの大型企画として束ねる作業に多くの時間が割かれている。赤井家を劇場版のスケールで本格的に扱う題材は、長年のファンが待ち望んできたものであり、本作はその期待を真正面から受け止める構成を取っている。
本作は当初2020年4月の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行のなかで延期となり、約1年後の2021年4月に改めて劇場公開された。延期発表から再公開までの一年間は、シリーズの春興行がまるごと一年飛ぶという、シリーズ史にも残る出来事だった。延期期間中に脚本や演出の細部が再調整され、再公開時の本作は、長い待ち時間の重みを背負った一本として観客の前に置かれることとなった。
監督と演出
監督の永岡智佳は、本作で劇場版『名探偵コナン』シリーズの単独監督を初めて務めた。それまでテレビアニメ本編や劇場版の演出部として長くシリーズに携わってきた人物であり、本作はシリーズで初めて女性が単独監督を担った一作として記録される。長期シリーズの劇場版で監督の世代交代が静かに進む日本のアニメ業界にあって、永岡の登板はその流れを象徴する出来事のひとつだ。
永岡監督の演出は、赤井家四人の関係を台詞で語るのではなく、所作と空気の温度として観客に受け取らせる方向へ向かう。羽田秀吉が兄の名を口にする一秒、メアリー世良が窓辺で家族の写真の前に座る数秒、世良真純が街角で兄に似た背中を遠くに見つける一瞬——どの場面も説明を最小限に抑え、感情の受け取りを観客の側に委ねる作りになっている。
クライマックスのリニア中央新幹線の高架シーンでは、時速1,000キロメートルで走る車両のスケール感と、長距離から放たれた一発の弾丸の細い軌跡とを、画面のうえで対照させる演出が貫かれている。家族劇の繊細な温度と、現代日本の巨大なインフラがもたらす物理的なスケール感。その両極を、同じ110分のなかに同居させる方向で本作の演出は組み立てられている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメントが手がける。テレビシリーズと同じ作画スタッフ陣が、劇場版に向けて密度を一段と高めて臨んだ。本作最大の見どころは、リニア中央新幹線の高架シーンの作画と、赤井秀一が高架の遠方から放つ一発の弾丸の軌跡の作画——この二点に集約される。
リニア中央新幹線の作画では、車両の流線型のシルエット、高架の構造、夜の街にきらめく光、そして時速1,000キロメートルで切り裂かれる空気の流れを丁寧に重ね合わせ、そのスケール感を観客の身体に直接届ける。CG作画と手描き作画の組み合わせも、視覚的な違和感を抑えつつスケール感だけを引き上げる方向で、細やかに調整されている。
クライマックスの『緋色の一発』の場面では、画面を走る弾丸の軌跡を、赤い細い線として一秒に満たない時間で観客の目に届ける作画が決定的な役割を果たす。作画陣はこの一発の弾丸のために、本作の長い110分間を費やしたといっていい。
音楽と主題歌
音楽を手がけたのは大野克夫。『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』といったドラマの劇伴で広く知られる作曲家であり、テレビアニメ『名探偵コナン』のメインテーマから劇場版の音楽まで、長きにわたってシリーズを支えてきた中心人物だ。本作の劇伴は、15年前のボストンの夜が帯びる重い空気、現代の東京の街の賑わい、赤井家四人の所作に宿る細やかな静けさ、そしてリニア中央新幹線の高架が見せる物理的なスケール感——性格のまるで異なる場面の数々を、ひとつの音楽的な弧として束ね上げている。
主題歌は、東京事変による書き下ろし「永遠の不在証明」。椎名林檎を中心とするロックバンド東京事変は、日本のロックシーンで長く第一線を走り続けてきた代表的な存在だが、劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担うのは本作が初めてだ。椎名林檎が作詞作曲を手がけたロックバラードは、赤井家の長い不在と再会の物語を、ピアノとバンドの響きのなかに一曲として総括してみせる。
ラストのシークエンスで楽曲が流れ出すその瞬間、観客は本作の110分間で揺れ動いてきた感情の総和を、ようやく胸のうちで整理することになる。コロナ禍で延期された一年の重みを背負って公開された本作の象徴として、この主題歌は長く聴き継がれる一曲となった。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎——シリーズおなじみのレギュラー陣に加え、本作では赤井家とその周辺を担う中心声優が一挙に顔を揃える。池田秀一の赤井秀一、置鮎龍太郎の沖矢昴、日髙のり子の世良真純、神谷浩史の羽田秀吉、田中敦子のメアリー世良、そして林原めぐみの灰原哀。錚々たる面々が同じ画面に並ぶさまは壮観だ。
FBI側では、一城みゆ希のジョディ・スターリング、梁田清之のアンドレ・キャメルに加え、本作からジェイムズ・ブラックの声を引き継いだ内田直哉が、ボストン以来の長きにわたる追跡の重みを画面に運び込む。先代の石塚運昇(2018年逝去)の声の系譜を受け継ぐ内田の演技は、その長い追跡の最後の場面を、観客のために落ち着いた温度で受け止めるように組み立てられている。
ゲスト声優として、本作の犯人シュラット・アレクサンダーを演じたのは山寺宏一。声優界の第一人者である彼は、シュラットの冷たい知性と、その奥に抱えた長年の喪失の重さという両極を、一人の人物の中に違和感なく繋いでみせる。本作のゲスト声優陣の演技は、シリーズ劇場版のゲストのなかでも特に高い水準にまとまっており、聞きごたえは十分だ。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、二つの山場に集約される。15年前のボストン、屋上での射撃。そして現代、リニア中央新幹線の高架からの射撃である。冒頭を飾るボストンの射撃は、物語の発端であると同時に、赤井秀一というキャラクターが背負う過去の重みを観客の前に差し出す導入装置として機能している。
クライマックスのリニア中央新幹線の高架シーンでは、時速1,000キロメートルで疾走する車両に対し、わずか数センチの金属部品を高架の遠方から撃ち抜く——そんな極めて精密な射撃が貫かれる。サスペンス演出としては、シュラットの正体を絞り込んでいく筋、赤井家四人の関係が重なり合う筋、そしてリニア中央新幹線の制御装置に施された細工が発覚する筋——この三本の流れを、観客の側へ丁寧に整理して手渡す手付きが際立つ。
30公開と興行
本作が日本で公開されたのは2021年4月16日。当初は2020年4月17日の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて延期となり、約1年を経てようやくスクリーンにかかった。シリーズの春興行が丸一年飛ぶ事態はそれまで例がなく、延期発表から再公開までの一年は、ファンと制作陣の双方にとって長い『待ち時間』として記憶されることになった。
最終的な国内興行収入は約76.5億円に達した。コロナ禍の邦画市場では随一の規模であり、観客動員数と興行収入の両指標において、本作が2021年春の邦画市場の中心であったことを物語っている。劇場版『名探偵コナン』というブランドの堅牢さは、長期の延期という逆風のもとでもなお揺るがなかった。その事実を内外に強く印象づける結果となった。
海外でも順次公開され、東アジアを中心に高い評価とヒットを記録した。劇場版『名探偵コナン』が長年積み上げてきた海外ファンに対し、本作は『赤井家四人の集結』と現代日本の象徴ともいえる『リニア中央新幹線』の両面で応え、新たな観客層の獲得にもつながった。このヒットによって、劇場版『名探偵コナン』が国境を越えて受け入れられていく流れは、コロナ禍にあってもさらに確かなものとなったといえる。
受賞・選定の場でも本作は高く評価され、アニメ関連の年度賞や音楽賞では、本編と主題歌の両面でたびたび名が挙がった。なかでも東京事変の『永遠の不在証明』は、公開後も長く聴き継がれる一曲として、広く知られていくことになる。
31批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は、大きく三つに分けられる。ひとつは劇場版『名探偵コナン』として赤井家四人の集結を描いた、その重み。ひとつはシリーズで初めて女性が単独監督を務めた一作としての歴史的な位置づけ。そしてもうひとつは、コロナ禍での延期と再公開という背景を背負った一作としての意味である。前者については、テレビアニメや原作で長く積み上げられてきた赤井家のドラマを、劇場版のスケールで真正面から扱った一本として評価が定まった。二つ目の軸では、永岡智佳の単独監督登板が、長期シリーズの世代交代を象徴する出来事として記憶されることになった。
三つ目の軸については、本作がコロナ禍で一年丸ごと延期されたうえで再公開された一作であり、その重みを背負ったまま邦画市場の中心へと復帰した、という事実が大きい。本作以降、邦画の春興行は、コロナ禍からの本格的な回復を、本作のヒットを起点として段階的に進めていく。そうした流れの中に置かれることとなった。
本作で確立された、赤井家四人を劇場版のスケールで本格的に描く手法は、その後のシリーズ全体の方針にも影響を与えている。後年の劇場版でも、テレビアニメや原作で長く積み上げられてきた特定の人物関係を中心に据え、シリーズの本筋に深く関わる題材を真正面から扱う構成が、繰り返し試みられてきた。その基準のひとつとして、本作の手付きは今なお参照され続けている。
文化的な影響としては、東京事変の『永遠の不在証明』が広く聴き継がれていることが挙げられる。さらに本作以降、『赤井家』『緋色の弾丸』『リニア中央新幹線』『シュラット・アレクサンダー』といったキーワードが、長年のファンだけでなく一般の観客にとっても、劇場版『名探偵コナン』のもっとも記憶される題材のひとつになった。その意味は大きい。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの第24作にあたる。女性が単独で監督を務めたのはシリーズで初めてで、永岡智佳の登板は、長く続くシリーズの世代交代を象徴する出来事として記憶されている。
当初は2020年4月17日に公開される予定だったが、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行を受けて延期され、約1年後の2021年4月16日に改めて封切られた。シリーズの春興行が丸ごと一年飛ぶ事態はそれまで例がなく、本作はシリーズ史のなかでも特殊な背景を背負って公開された一本である。
ジェイムズ・ブラックの声は、本作から内田直哉が担当する。先代の石塚運昇は2018年に逝去しており、本作は石塚の声を直接耳にできない最初の劇場版となった。内田の演技は、先代から受け継いだ声の系譜を生かしつつ、長い追跡の最後の場面を、観客のために落ち着いた温度で受け止める方向で組み立てられている。
シュラット・アレクサンダー役を山寺宏一が務めたことは、公開前から大きな話題を呼んだ。山寺はそれ以前にも『名探偵コナン』シリーズに複数の役で関わっており、本作のシュラットは、長年の声優キャリアのなかでも、声と演技の両面で記憶に残る一例となった。
東京事変が劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担当するのは本作が初めて。椎名林檎が作詞作曲を手がけた『永遠の不在証明』は、赤井家の長い不在と再会の物語を一曲のなかに凝縮した楽曲として、本作を象徴する要素のひとつとなった。
興行収入が約76.5億円に達したことは、コロナ禍の邦画市場における劇場版『名探偵コナン』ブランドの堅さを改めて内外に示す結果となった。本作以降、劇場版『名探偵コナン』はシリーズの興行記録を毎年のように塗り替えていく位置に立つことになる。
33テーマと解釈
本作の中心テーマは「不在と再会」である。赤井秀一、メアリー世良、羽田秀吉、世良真純——赤井家の四人は、それぞれの理由から長い年月を離れて生きてきた。その不在の長さこそが、物語の根本的な土台となっている。クライマックスでも、四人が一斉に同じテーブルを囲むような再会は描かれない。代わりに、東京の朝の街で、四人がそれぞれの場所から「同じ空気を吸いつづける」という事実だけを、観客の前に静かに置き直す。主題歌のタイトルが『永遠の不在証明』であることは、本作の主題を最も直接的に言い表している。
もうひとつのテーマは「過去の決着」である。15年前のボストンで赤井秀一が放った一発の弾丸が、当時の事件をその場では決着に導かなかった——その事実が、物語の発端となる。そしてクライマックスで赤井秀一が放つ「緋色の一発」が、15年前に未決のままだった追跡を、現代の東京の高架の上でようやく締めくくる。本作における「一発の弾丸」は、単なるアクションの装置ではない。過去の長い時間の重みを引き受け、現在の決着を生む象徴的な行為として扱われている。
そして、もう一つの大きなテーマが「現代日本の象徴的なインフラ」である。世界最速のリニア中央新幹線、WSGの主要会場である東京ビッグサイト、巨大な高架の構造——クライマックスは、現代日本が世界へ提示しようとする象徴的なインフラそのものを舞台に据え、その内部で人間の判断と射撃が最後の決着を生む構図をとる。本作のサスペンスは、現代日本社会の物理的なスケールと、一人の人間の精密な仕事との対照のうえに成り立っているのだ。
もうひとつ見逃せないのが、「家族の所作」というモチーフである。本作の家族劇は、台詞ではなく所作の細部によって観客へ伝えられる。羽田秀吉が兄の名を口にする一秒、メアリー世良が窓辺で家族の写真の前に座る数秒、世良真純が街角で兄に似た背中を遠くに見つける一瞬——いずれの場面も説明を最小限に抑え、感情の受け取りを観客の側に委ねている。人物造形もまた、家族の関係が言葉ではなく所作と空気の温度として伝わるという視点を、徹底して描く方向へと整えられている。
34見る順番
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結だが、本作は『赤井家』を物語の中心に据えている。本作から初めて観ても話の筋は追えるが、テレビアニメや原作で『赤井家』『FBI』『沖矢昴』のいずれかを少しでも知っていれば、四人の関係の重みも、クライマックスの『緋色の一発』の温度も、何倍にも深く沁みてくる。
おすすめは、劇場版第18作『異次元の狙撃手』、第20作『純黒の悪夢』など、赤井秀一とFBIが大きく動く近作群を観てから本作に臨む順番だ。前作群と並べてみると、赤井家四人を真正面から扱うという本作の題材が、劇場版シリーズの中でどのような位置を占めるのか、より立体的に見えてくる。鑑賞後は、本作以降の劇場版で赤井家の面々がどう描かれていくかを追うのも、ひとつの楽しみである。
赤井家とFBIの物語を中心に追いたいなら、テレビアニメと原作の関連エピソード、本作、そしてシリーズの赤井関連の劇場版を並べてみるとよい。シリーズが長年このテーマをどう描き重ねてきたかが見えてくる。本作はそのリストの中で、劇場版が初めて赤井家四人を同じ画面に揃えた重要な節目である。
35よくある質問
「あらすじだけ知りたい」なら、押さえるべき発端は二つだ。15年前のWSGボストン大会で起きた連続誘拐事件、そして現代の東京で開催されるWSGを舞台にしたVIP連続誘拐——この二つが本作の物語を動かしていく。「結末・ネタバレまで知りたい」なら、核となるのは次の三点である。犯人はシュラット・アレクサンダーであること。彼がリニア中央新幹線を被害者もろとも暴走させ、東京ビッグサイトへ突入させようとすること。そして高架のはるか遠方から放たれた赤井秀一の長距離射撃『緋色の弾丸』が、車両のブレーキの物理機構を撃ち抜いて暴走を止めることだ。
「シュラット・アレクサンダーとは何者か」。15年前のWSGボストン大会で連続誘拐事件を起こし、若き日の赤井秀一に右脚を撃たれて以来、長らく身を隠してきた人物である。「動機は何か」。かつてWSGと関連スポンサー企業の事業判断によって『大切な人』を失った、その喪失への抗議と復讐だ。「『緋色の弾丸』とは何を指すのか」。クライマックスで赤井秀一が、リニア中央新幹線のブレーキの物理機構を高架の遠方から撃ち抜く、その一発の弾丸そのものを指す。
「初見でも楽しめるか」。本作は単体で完結しているため、初めて触れる観客でも問題なく楽しめる。ただし『赤井家』『FBI』『沖矢昴』のいずれかをテレビアニメや原作で少しでも知っていれば、四人の関係が帯びる重みはまるで違ってくる。「見る順番は」。近作の赤井・FBI関連の劇場版を踏まえてから本作に入るのが、もっとも落ち着いて味わえる入り方だ。
「なぜ公開が一年延期されたのか」「主題歌『永遠の不在証明』は本作のための書き下ろしなのか」「ジェイムズ・ブラックの声が変わったのはなぜか」「監督の永岡智佳とは何者か」——こうした頻出の問いには、本記事の制作・舞台裏・声の演出の各章でそれぞれ詳しく触れている。だが本作がもっとも深く投げかけるのは、別の問いだ。『長年離れていた家族が、同じ街の朝を共有する。ただそれだけで再会と呼べるのか』——その答えは観客一人ひとりに委ねられ、それこそが本作の最後のピースになる。
36参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行、配信状況、外部からの評価は今後変動する可能性があるため、視聴前に公式サイトおよび各データベースの最新情報を確認されたい。なお本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。