佐藤美和子と高木渉の結婚式の朝、ハロウィンで沸く渋谷を花嫁姿の女性が誘拐される——三年前の渋谷連続爆破事件の犯人プラーミャの再来、降谷零ら警察学校組の友情と喪、新たな黒の組織のメンバー・ピンガを束ねる、劇場版『名探偵コナン』シリーズ第25作。
原作青山剛昌、脚本大倉崇裕、音楽菅野祐悟。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、配給は東宝。上映時間は約110分。劇場版『名探偵コナン』シリーズ第25作にあたる、警察側の人物関係を真正面から扱った長編アニメ映画。
シリーズで長く伏線が張られてきた警察学校組——降谷零、松田陣平、萩原研二、伊達航、諸伏景光——の過去と現在を、佐藤美和子と高木渉の結婚式・三年前の渋谷連続爆破事件・新たな黒の組織のメンバーであるピンガの登場を絡めて一気に正面から扱う節目の劇場版である。
国内興行収入は約97.8億円に達し、公開時点で劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代2位の記録を更新。主題歌はBUMP OF CHICKEN「クロノスタシス」で、警察学校組の喪と前に進む覚悟を凝縮した一曲としてシリーズ屈指の人気を獲得した。
ハロウィンの渋谷で起きる花嫁誘拐、三年前の渋谷連続爆破事件の犯人プラーミャの再来、警察学校時代の松田陣平の殉職、降谷零(安室透)と松田・萩原・伊達・諸伏の友情、黒の組織の新メンバー・ピンガの暗躍、ベルモットの介入、クライマックスの晴海エリアでの決着、ラストの「クロノスタシス」までを、重大なネタバレを前提に順を追って記述する。
目次 37項目 開く
概要
『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』(めいたんていコナン ハロウィンのはなよめ)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2022年4月15日に東宝の配給で日本公開された。劇場版シリーズの第25作にあたり、監督は本作が劇場版『名探偵コナン』初登板となる満仲勧、脚本はシリーズの脚本陣に新しく加わった大倉崇裕、音楽は菅野祐悟。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。上映時間は約110分。
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの中で、警察組織側の人物——とりわけ公安刑事・降谷零(安室透)と、彼の警察学校時代の同期である松田陣平、萩原研二、伊達航、諸伏景光(スコッチ)——を真正面から扱った最初の長編である。物語の核には、原作・テレビアニメ本編で長く読み継がれてきた「警察学校編」と「公安編」、そして警視庁捜査一課の佐藤美和子と高木渉の結婚という、互いに距離のある三本の線が一つの場所で交差する大胆な構成が置かれている。
公開時の国内興行収入は最終的に約97.8億円に達し、劇場版『名探偵コナン』シリーズの歴代2位を更新する大ヒットとなった。主題歌にはBUMP OF CHICKENが書き下ろした「クロノスタシス」が起用され、警察学校組の喪と前に進もうとする覚悟を凝縮した一曲としてシリーズ屈指の存在感を獲得した。映像と音楽の組み合わせで、本作はシリーズの中でも長く語られる一本に位置づけられている。
本記事は、結末、犯人、動機、ピンガと黒の組織の動き、ベルモットの介入、警察学校組の過去、晴海エリアでのクライマックスまでを含む全編の内容に踏み込む。物語の重要な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
- 原題
- 名探偵コナン ハロウィンの花嫁
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第25作
- 監督
- 満仲勧
- 脚本
- 大倉崇裕
- 音楽
- 菅野祐悟
- 主題歌
- BUMP OF CHICKEN「クロノスタシス」
- 日本公開
- 2022年4月15日
- 上映時間
- 約110分
- 主舞台
- 東京(渋谷・警視庁・晴海エリアなど)
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、アクション、警察ドラマ
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、警察学校時代の降谷零と仲間たちの記憶から始まり、現在の渋谷で起きるハロウィンの花嫁誘拐、警視庁捜査一課の佐藤と高木の結婚式、三年前の渋谷連続爆破事件の犯人プラーミャの再来、警察学校組の過去の事件の再点火、黒の組織の新メンバー・ピンガの暗躍、ベルモットの介入、そしてクライマックスの晴海エリアでの決着までを、順を追って記述する。
プロローグ——警察学校時代の五人
本作は、現在から十数年さかのぼった警察学校の風景から始まる。同期として顔を合わせる五人の若者——降谷零、松田陣平、萩原研二、伊達航、諸伏景光(スコッチ)。教場の机を並べて課題に取り組み、訓練場の外周を走り、夜には安い居酒屋で軽口を叩き合う、典型的な警察学校の日々。彼らはそれぞれ性格も来歴も大きく違うが、教場で過ごす一年のあいだに、互いを名前で呼び合うほどの距離まで近づいていく。
プロローグは長くは続かない。短く、しかし鮮明に、五人の表情、声、立ち姿が観客の中に刻みつけられる。アニメ本編で長く語られてきた『警察学校編』の空気感を、初見の観客にも一瞬で受け取らせる導入として、本作のオープニングは設計されている。彼ら五人のうち、現在も第一線で勤務に就いているのは公安刑事・降谷零ただ一人——その事実が、観客の胸に静かに落ちたところで、画面は十数年後の渋谷へ切り替わる。
渋谷の街は、ハロウィンの夜の準備で色めき立っている。スクランブル交差点を行き交うコスチュームの人々、街路に掲げられたかぼちゃのランタン、商業ビルの大型ビジョンに流れるイベント情報。本作は、その喧騒のまっただ中に物語を置くことで、警察学校組の静かな過去と、今の東京の華やかな喧騒とを、最初の数分間で大きく対比させる構図を取っている。
佐藤美和子と高木渉——結婚式の朝
物語の現在軸の発端は、警視庁捜査一課の佐藤美和子と高木渉の結婚式である。式場へ向かう支度の朝、佐藤は花嫁衣裳に身を包み、高木は緊張で表情を硬くしている。捜査一課の同僚——白鳥任三郎、千葉和伸、目暮十三警部——も式に駆けつけ、披露宴会場の警備とゲスト対応で慌ただしい時間を過ごしている。江戸川コナンと毛利蘭、毛利小五郎、阿笠博士、灰原哀、少年探偵団の面々も招待され、式は人いきれと祝福の色に満ちている。
ところが式の直前、結婚式場の控え室で事件が起きる。仮装した何者かが式場に侵入し、高木渉に近づいて凶器を突きつける。混乱のなかで、ハロウィンの仮装をした犯人は、もみ合いの末に高木に対して致命的な攻撃を仕掛けようとし、その場に居合わせた人物が身代わりとなって押し出される——本作の事件は、こうして警視庁の組織内部のごく身近な場所から始まる。新郎花婿のもう一方の側、佐藤美和子もまた、結婚式の場の混乱のなかで犯人の手にかかりそうになり、ぎりぎりのところで救出される。
事件は警視庁全体を強く揺さぶる。佐藤と高木は捜査一課のなかでも長く中心線に立ってきた人物であり、彼らの結婚式で起きた襲撃は、二人の私的な祝いを引き裂くだけでなく、警視庁にとっての象徴的な襲撃でもある。捜査一課と公安の双方が、それぞれの方法で犯人の影を追い始め、ハロウィンに沸く渋谷の街路の上に、警察組織側の捜査線が幾重にも張り巡らされていく。
ハロウィン渋谷——花嫁の奪取
式場での事件の余波が冷めやらぬうちに、別の事件が動き出す。ハロウィンの渋谷、スクランブル交差点の中央で、花嫁衣裳を着た女性が突然倒れ、群衆の前で何者かに連れ去られそうになる。江戸川コナンは、たまたま蘭たちと渋谷の街中に居合わせ、その場の異変にいち早く気づく。コスチュームの群衆を縫って動く彼の小さな影と、街路の大型ビジョンに映し出される派手な広告映像が、画面の上で交互に重なり、本作のもっとも視覚的に派手な数分間を構成する。
コナンが現場で見出すのは、白いウエディングドレスを着た見知らぬ女性——警察学校時代のある人物に深く繋がる関係者だと、後に明かされる人物——と、ハロウィンの仮装に紛れた犯人の影である。犯人は群衆を盾にして逃げようとし、コナンはキック力増強シューズとサッカーボールで犯人の前進を妨害する。スクランブル交差点の信号、街路樹、人混み、商業ビジョンの光——本作の渋谷描写の作画密度は、シリーズ全体のなかでも飛び抜けて高く、観客は劇場のスクリーンの中で『今の東京』に放り込まれる感覚を味わうことになる。
現場に駆けつけるのは、公安刑事・降谷零(私服での名は安室透)である。彼が現場に現れた瞬間、本作はシリーズの大きな線——警察学校編、ゼロの執行人で示された公安の論理、ベルモットや黒の組織の影——を一気に呼び込む。降谷は群衆の中の犯人を冷静に判断し、しかしハロウィンの渋谷という条件のなかで、決定的な逮捕に踏み切ることができない。観客は、本作の犯人が単なる暴漢ではなく、もっと深い場所から立ち上がってきた影であることを、ここで察し始める。
プラーミャ——三年前の渋谷連続爆破事件
本作の事件の核に置かれるのは、三年前の渋谷連続爆破事件の犯人「プラーミャ」である。プラーミャはロシア語で『炎』を意味する通り名であり、三年前、渋谷を中心に複数の爆破事件を起こして警視庁を翻弄した連続爆弾犯として知られていた。本作の現在の事件は、当時の捜査の延長線上にあり、佐藤と高木の結婚式での襲撃も、渋谷での花嫁奪取も、いずれも三年前の事件の関係者を狙ったものだと、捜査の早い段階で見立てが立ち上がる。
プラーミャの再来というニュースは、警視庁の中で特別な重みを持っている。三年前の事件のなかで、警察学校組の松田陣平が爆発物処理にあたって殉職したという過去の事実が、現役の刑事たちの胸に長く残っているからである。爆発の現場で松田が向き合い続けた起爆装置、彼が最後に降谷零の元へ残した数秒間の通信、警察学校時代の写真——本作はそれらの記憶を、断片的な回想として、捜査の進行に重ねていく。
現在の事件の被害者たちは、いずれも三年前の渋谷連続爆破事件の捜査・処理にかかわった人物である。プラーミャは三年の沈黙を破って戻り、当時の関係者を一人ずつ標的にしている。佐藤美和子と高木渉の結婚式で襲撃が起きたのも、二人がそれぞれ三年前の事件で重要な役割を担っていたからだ——本作のサスペンスは、ハロウィンの渋谷というカラフルな舞台と、警察学校組の長く伏せられてきた喪のあいだで、二重の張力を生み出していく。
降谷零と江戸川コナン——並走する二人
本作の物語は、降谷零(安室透)と江戸川コナンの二人の主役を並走させる構成を取る。降谷は公安刑事として、三年前のプラーミャ事件の決着を自分の責任として捉えており、警察学校時代の同期である松田陣平の殉職を、未だ消えない傷として抱えている。彼が事件に向ける視線には、組織の論理と個人の喪の両方が、息苦しいほど重ねられている。
コナンは、降谷の動きと自分の推理の線が交わる場所で、降谷を補佐する役回りを引き受ける。彼は降谷の正体——黒の組織のバーボン、公安の降谷零、私服の喫茶店マスター安室透——を知る数少ない人物の一人として、降谷が抱える複層の立場を理解したうえで動く。本作で二人が言葉を交わす場面は短いが、互いに『言わなくていいことは言わない』類の信頼で成り立っており、シリーズ全体の中でも珍しい大人どうしの距離感が画面に刻まれている。
毛利蘭、毛利小五郎、阿笠博士、灰原哀、少年探偵団は、披露宴会場と渋谷の喧騒のあいだを移動しながら、それぞれの役回りで本作を支える。蘭は佐藤美和子の親友として、結婚式での襲撃に強い動揺を見せ、自分にできることを冷静に探そうとする。小五郎は披露宴の祝宴と捜査本部のあいだを行き来し、軽口の裏で要所を押さえる。灰原は黒の組織の影が事件の縁に立っていることを早い段階から察知し、コナンの肘を引いて警戒を強く促す役を担う。
ピンガ——黒の組織の新顔
事件の影で動き出すもう一つの線が、黒の組織の新メンバー「ピンガ」である。ピンガは原作で長く伏線が張られてきたコードネーム『ラム』の側近として登場し、本作で初めて画面の上に立つ。彼はプラーミャの再来を黒の組織の利益のために利用しようとし、独自に渋谷と東京湾岸を行き来しながら、警察と公安の捜査線をかき乱す。
ピンガに対しては、ベルモットが警戒の目を向けている。ベルモットは長く工藤新一とその周辺を観察してきた立場として、若い新参のピンガが組織の中で性急に動くことを快く思っていない。彼女は表向きはピンガに協力する顔を見せながら、本作のクライマックスに向けて自分自身の判断で動く準備を整えていく。ジンは遠景でその動きを観察しつつ、組織の上位者の指示を待つ位置にある。
黒の組織が本作の事件のすべての中心にあるわけではない。プラーミャの再来は、あくまで警察学校時代の事件の延長線上の問題であり、組織はそれを横から利用しようとしているにすぎない。本作の構図は、警察組織側の長い喪(プラーミャと警察学校組)と、黒の組織側の新しい謀(ピンガとベルモット)が、東京というひとつの都市の上で偶然交差するという、シリーズの中でも珍しい二層構造になっている。
松田陣平の記憶——三年前の爆発
事件捜査の途中、降谷零の中で、警察学校時代の松田陣平の記憶が幾度も浮上する。松田は警察学校時代から、教官の指示に従順とは言えない、生意気で頭の切れる若者として知られていた。降谷とは反発しながらも互いを認めあう距離にあり、警察学校時代から長く一緒に居酒屋へ通った間柄でもある。彼は卒業後、警視庁の爆発物処理班に配属され、現場で命のやり取りを引き受け続ける位置に立った。
三年前のプラーミャ事件の最後の現場で、松田は時限式の爆発物に対峙し、撤去のために最後まで現場に残った。彼が降谷零の携帯電話に残した数秒の通信——軽口のような短い言葉と、彼らしい笑い方——は、本作の中で複数回再生される、もっとも痛いカットの一つである。爆発の瞬間、画面は意図的に過剰な描写を避け、降谷の手のなかで切れる通信の音と、彼の表情の変化だけで観客に重みを伝える。
松田の死は、降谷個人の喪であると同時に、警察学校組全体にとっての長い喪でもある。萩原研二、伊達航、諸伏景光(スコッチ)——彼ら自身もそれぞれの場所で殉職している現実が、本作の捜査線の背後で常に降谷の足を引いている。降谷が本作で見せる執念は、単なる職務上の冷徹さではなく、生き残ってしまった者が背負い続ける問いの形そのものとして描かれている。
高木渉の身体に仕掛けられた爆弾
事件は、結婚式の場で高木渉に対して仕掛けられた攻撃の意味が判明することで、新たな段階に入る。プラーミャの今回の手口は、被害者の身体に近接した位置で時限式の爆発物を作動させる、非情で精緻な方法である。高木渉の身体には、本人と周囲が気づかない形で爆発物が仕掛けられており、限られた時間のなかで処理を行う必要が生まれる。
捜査本部は、爆発物の構造と起動条件の解析を急ぐ。降谷零はかつての松田の働きを思い出しながら、自分の知る限りの起爆条件と回避手順を捜査本部に伝える。コナンは独自に犯人の手口と性格を読み解き、佐藤美和子と高木渉のあいだに残された時間を最大限に引き伸ばすための一手を、阿笠博士の発明品と組み合わせて打っていく。
佐藤美和子は、高木の処置のあいだ、警視庁捜査一課の刑事として現場に残ることを選ぶ。彼女の表情は、花嫁としての祝福と、警察組織の一員としての職務のあいだを揺れ動きながら、最後は冷たいほど整った職務の側に立つ。本作の佐藤美和子の描き方は、シリーズ全体のなかでもっとも凛とした立ち姿の一つであり、彼女が高木に向ける数秒の視線が、観客の胸の中に長く残るタイプの場面になっている。
プラーミャの正体——三年越しの執着
本作の犯人、現在の事件を起こしているプラーミャの正体は、三年前の渋谷連続爆破事件にも関わっていた人物である。表向きは事件の被害者側、あるいは事件の捜査周辺に居合わせた人物として顔を出していながら、内側では当時の事件の決着に強い不満を抱え、長い時間をかけて再襲撃の計画を整えてきた——本作の犯人像は、シリーズの中でも珍しく、長期にわたる執着と私的な動機を真正面から扱う種類のものである。
プラーミャの動機は、警察組織側の人物に対する個人的な怨恨である。三年前の事件のなかで彼/彼女が背負ったある喪に対して、警察組織は十分に応えなかった——少なくとも犯人自身はそう確信している。佐藤美和子と高木渉の結婚式を狙ったのは、その怨恨の象徴的な爆発であり、警察組織側の幸福の場をあえて選ぶことで、自分の喪の重さを世間に突きつけるためでもある。
コナンは、犯人の手口と過去の現場の細部を結びつけ、プラーミャの正体に辿り着く。降谷零は、その推理を踏まえて公安の動きを切り替える。本作のクライマックスは、犯人の人物像が単純な狂気ではなく、長い喪の延長線上の歪みであることを、観客にも降谷にも同時に受け取らせる構成になっており、追う側と追われる側のあいだに、不思議な相似形が浮かび上がってくる。
晴海の決着——海と橋の上で
クライマックスの舞台は、東京湾の臨海エリア——晴海・豊洲方面の橋と未完成の構造物が並ぶ一帯である。プラーミャは爆発物を準備し、警察学校組の喪の延長としての最後の決着を、海と橋の上で迎えようとする。コナンと降谷零は、阿笠博士の発明品とコナンの推理、降谷自身の長年の鍛錬を組み合わせて、犯人の動きを正面から止めにいく。
本作の終盤のアクション演出は、シリーズの中でも飛び抜けてスケールが大きい。橋の上での車両アクション、海上での爆発物処理、警視庁・公安・自衛隊の連携を匂わせる連絡網——劇場版『名探偵コナン』が長く磨いてきたアクションの文法が、本作の終盤に集約されている。降谷零が真剣な表情で運転席に座り、コナンが助手席で短く指示を出す数十秒間は、長年のファンが待ち望んだ二人のコンビネーションの集大成として記憶される。
ピンガとベルモットは、海と橋の手前のところで本作の事件と交差する。ベルモットはピンガの動きを最後まで観察し、組織の論理と自分自身の判断を秤にかけた上で、ピンガに対してきわどい一手を打つ。本作のラストで黒の組織の側に起こる事態は、シリーズ全体の長い線の中でも大きな意味を持つ動きであり、原作読者・テレビアニメ視聴者にとっては、本作以降の展開を意識して受け取るべき種類の場面である。
エピローグ——「クロノスタシス」と新しい朝
事件の決着の翌朝、東京の街は何事もなかったかのように動き始める。佐藤美和子と高木渉は、延期されていた結婚式を改めて整え、警視庁捜査一課と少年探偵団と毛利家、そして本作で関わったすべての立場の人物がそれぞれの形で祝福を投げかける。降谷零は私服に着替え、喫茶ポアロのマスターとしての顔で、遠く離れた席から二人の写真撮影を見守る。
BUMP OF CHICKENの主題歌「クロノスタシス」が、ここで流れ始める。秒針が止まるように見えるあの瞬間——人が大切な何かを見たときに感じる、時間が一拍だけ静止する錯覚——を歌った楽曲は、本作のテーマと正面から噛み合う。警察学校時代の五人の写真、松田陣平の笑顔、萩原研二・伊達航・諸伏景光の面影、そして今を生きる降谷零ひとりの背中。画面は、生き残った者が抱え続ける時間と、それでも前に進んでいく時間を、丁寧に拾い上げていく。
事件は終わった。しかし本作で動いた感情の流れは終わらない。警察学校組の長い喪、佐藤美和子と高木渉の新しい一歩、黒の組織の側で動き始めた新しい線——どれも、ひとつの劇場版の中に押し込め切るには大きい題材ばかりである。本作はそれを、派手な結語ではなく、街と歌と人物の表情の総和として観客に手渡す。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理する。固有名詞は鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを暗記する必要はない。
レギュラー陣
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 少年探偵団(吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦)
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎
- 千葉和伸
- 佐藤美和子
- 高木渉
事件関係者・ゲスト
- 降谷零/安室透/バーボン(公安刑事)
- 松田陣平(警察学校時代の同期・回想)
- 萩原研二(警察学校時代の同期・回想)
- 伊達航(警察学校時代の先輩・回想)
- 諸伏景光/スコッチ(警察学校時代の同期・回想)
- 三年前の渋谷連続爆破事件の関係者たち
- ハロウィン渋谷の市民・コスチュームの群衆
- 結婚式の参列者・式場スタッフ
犯人と動機(重大ネタバレ)
- プラーミャ(ロシア語で『炎』を意味するコードネームを持つ連続爆破犯)
- 三年前の渋谷連続爆破事件の延長線上で再び動き出した犯人
- 動機は、三年前の事件のなかで負った私的な喪に対する、警察組織への長い怨恨と象徴的な復讐
- 標的は、佐藤美和子・高木渉ら、三年前の事件の捜査・処理に関わった警察関係者
- 犯行手段は、ハロウィンの渋谷を背景にした花嫁誘拐、結婚式場での襲撃、被害者の身体に近接した時限式爆発物
- 最終的な決着は、東京湾岸の橋と海の上で、降谷零と江戸川コナンの連携により迎えられる
黒の組織側の動き
- ピンガ(本作で初登場する黒の組織の新メンバー、ラムの側近格として動く)
- ベルモット(ピンガと組織の動きを観察し、独自の判断で介入する)
- ジン(遠景でピンガとベルモットの動きを観察する位置にある)
- 公安側のバーボン=降谷零(組織の中での偽装の立場としても物語に重なる)
舞台
- 渋谷スクランブル交差点周辺(ハロウィンの群衆)
- 結婚式場(東京都内の披露宴会場)
- 警視庁(捜査一課・公安)
- 東京湾の臨海エリア(晴海・豊洲方面の橋と構造物)
- 喫茶ポアロ(降谷零=安室透の私服での拠点として)
- 警察学校(プロローグと回想で登場)
- 三年前の渋谷の爆発現場(回想)
トリック・小道具
- プラーミャが用いる時限式爆発物(身体への近接設置を含む)
- ハロウィンの仮装に紛れた逃走と襲撃
- 渋谷スクランブル交差点と大型ビジョンを背景にした逃走劇
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、腕時計型麻酔銃、伸縮サスペンダー
- 公安の通信機材と捜査用車両
- 三年前の通信音声と現場写真(回想素材)
主題歌・主要声優
- 主題歌:BUMP OF CHICKEN「クロノスタシス」(書き下ろし)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 降谷零/安室透/バーボン:古谷徹
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 目暮十三警部:茶風林
- 白鳥任三郎:塩屋浩三
- ベルモット:小山茉美
- ジン:堀之紀
- 松田陣平:神奈延年
- 萩原研二:難波圭一
- 伊達航:大塚芳忠
- 諸伏景光:speed-wagon井上和彦
- ピンガおよびゲスト犯人陣(劇場版ゲスト声優陣)
主要登場人物
本作はレギュラー陣のなかでも、降谷零(安室透)と警察学校組の物語、そして佐藤美和子と高木渉の結婚という二つの大きな線が前面に出る一本である。少年探偵団と毛利家は脇に控え、長く伏線が張られてきた警察組織側の人物関係が、劇場のスケールで一気に正面に押し出される構成が取られている。
降谷零/安室透/バーボン(古谷徹)
本作の事実上の主役の一人。公安刑事・降谷零、私服での名は安室透、黒の組織の中での偽装名はバーボン——三つの立場を一身に抱える人物である。本作では、警察学校時代の同期・松田陣平の殉職を含む三年前の渋谷連続爆破事件の決着を、自分自身の責任として捉えており、ハロウィン渋谷の現場、結婚式場、晴海エリアの決着までを通して、彼の冷たく整った職務の表情の奥にある喪が、何度も滲み出てくる。
古谷徹の演技は、本作で大きな振幅を見せる。普段は完璧に整えられた口調の安室透が、回想の警察学校時代の場面では同期との軽口を交わす若さを見せ、現在のクライマックスでは公安刑事としての冷たい決断を一語で見せる。シリーズ全体の中で、降谷零という人物の立体性を最も豊かに描いた一本として、本作は長く語り継がれている。
江戸川コナン/工藤新一(高山みなみ/山口勝平)
本作のコナンは、降谷零の動きと並走する立場で、推理の線を冷静に積み上げていく役回りを担う。渋谷スクランブル交差点での犯人接触、結婚式場での襲撃、高木の身体に仕掛けられた爆発物の解析、そして晴海エリアでのクライマックスまで、彼は降谷の知略と動きを補い、互いを尊重し合う大人どうしの距離感で動く。
本作は、コナンが派手に推理を披露する種類の作品ではない。むしろ彼は、降谷零という生き残ってしまった者の隣で、必要な一手を黙って差し出す立場に立つ。シリーズ全体の中で、コナンと降谷零のコンビネーションがもっとも密度高く描かれた一本として、本作は記憶される。
佐藤美和子(湯屋敦子)と高木渉(高木渉)
本作の現在軸の発端を担う二人。佐藤美和子は警視庁捜査一課の凄腕の女性刑事として、長く高木との結婚のタイミングを伸ばしてきた人物であり、本作でようやくその結婚式に臨む。式の冒頭で起きる襲撃のなかで、彼女は花嫁としての祝福と、警察組織の一員としての職務のあいだを揺れ動きながら、最後は冷たいほど整った職務の側に立って捜査線に戻る。
高木渉は、結婚式の朝の緊張で表情を硬くした新郎として、本作の人間味のある中心点を担う。彼の身体に仕掛けられた爆発物の処理は、本作のサスペンスの中盤を引き締める。高木の声を担当する高木渉(声優)の演技は、彼の人物像と長年重ねられてきたものでもあり、本作の佐藤美和子との場面では、長く積み上げてきた相手役としての厚みがにじむ。
松田陣平・萩原研二・伊達航・諸伏景光(回想・警察学校組)
本作のプロローグと中盤の回想で繰り返し画面に立ち戻ってくる、警察学校時代の四人。松田陣平は爆発物処理班に進み、三年前のプラーミャ事件の現場で殉職した同期。萩原研二もまた爆発物処理にかかわり、警察学校時代の松田と並んで歩く影として描かれる。伊達航は警察学校の先輩格として、降谷たち五人を見守る立場に立つ人物。諸伏景光は『スコッチ』のコードネームを持つ警察学校時代の同期で、後年公安と黒の組織のあいだで命を落とした人物として、シリーズの長い線の中でも特別な位置にいる。
本作はこれら四人を、一人の長台詞で説明するのではなく、警察学校の教場の片隅、訓練場の外周、安い居酒屋の卓——日常の数カットの積み重ねの中で描く。彼ら自身が劇場版に登場するのは短時間だが、降谷零が現在の事件で背負い続ける重さの源泉として、四人の存在は本作の全編に染み込んでいる。
毛利蘭(山崎和佳奈)/毛利小五郎(小山力也)
毛利蘭は、佐藤美和子の親友として、結婚式での襲撃に強い動揺を見せる。事件の最前線に立つ立場ではないものの、彼女が冷静さを保ちながらコナンの行動を後ろから支える数カットは、本作の人間味のある厚みを担う。毛利小五郎は、披露宴の祝宴と捜査本部のあいだを行き来し、軽口の裏で要所を押さえる役回りで、警視庁の刑事たちとの長い付き合いを背景にした安定感を見せる。
本作は毛利家の二人を物語の中心に据える種類の作品ではない。しかし、シリーズの長年の視聴者が毛利家に向けてきた感情を、控えめな配分で確実に拾い上げており、二人が画面に立つ数分間は、本作の重い題材を観客が受け止めるための柔らかい余白として機能している。
灰原哀(林原めぐみ)
灰原哀は、本作で黒の組織の影が事件の縁に立っていることをいち早く察知し、コナンの行動を強く牽制する役を担う。ピンガという新顔の存在を彼女がどこまで察知しているか、本作で明示的に描かれるわけではないが、彼女の警戒の張り方は、組織を内側から知る者だけが持つ独特の重さを画面に乗せる。
彼女が少年探偵団とともに結婚式の場と渋谷の喧騒を行き来する数カットは、本作の重い題材のあいだに置かれる小さな呼吸の場面として効いている。林原めぐみの演技は、灰原という人物の冷たさと、それでも仲間を守ろうとする芯の太さを、短い台詞のなかで的確に引き出している。
ベルモット・ジン・ピンガ(黒の組織側)
ベルモットは、本作で黒の組織側の影として登場し、新参のピンガに対して警戒の目を向ける。表向きはピンガに協力する顔を見せながら、本作のクライマックスに向けて自分自身の判断で動く準備を整えていく彼女の挙動は、シリーズの長年のファンにとって大きな見せ場のひとつである。
ピンガは、本作で初めて画面に立つ黒の組織の新メンバーで、コードネーム『ラム』の側近格として動く。プラーミャの再来を組織の利益に利用しようとする彼の動きは、警察組織側の喪と捜査線のあいだに、別の文脈の謀を持ち込む。ジンは遠景でその二人の動きを観察し、組織の上位者の指示を待つ位置で本作を見守る。
本作の終盤、ピンガに対してベルモットが見せる一手は、シリーズの長い線のなかで重要な意味を持つ。原作・テレビアニメ本編の読者にとって、本作のラストの黒の組織側の動きは、本作以降の展開に向けた大きなピースのひとつとして機能している。
舞台と用語
本作の主要な舞台は、ハロウィンに沸く東京である。渋谷スクランブル交差点とその周辺、ハロウィンの群衆と街路の大型ビジョン、結婚式場、警視庁、東京湾の臨海エリア(晴海・豊洲方面の橋と未完成の構造物)、喫茶ポアロ——いずれも、シリーズの中でこれまで多くの場面の背景として使われてきた場所であり、本作はそれらを一本の物語のうえで縦に並べて、東京の今と警察学校時代の十数年前を重ね合わせる構成を取る。
用語面では、「警察学校組」「公安」「降谷零/安室透/バーボン」「松田陣平」「萩原研二」「伊達航」「諸伏景光(スコッチ)」「プラーミャ(ロシア語で炎)」「ラム」「ピンガ」「ベルモット」「ジン」「喫茶ポアロ」「警視庁捜査一課」が物語の鍵となる。本作の用語は、原作・テレビアニメ本編で長く読み・観られてきた背景を踏まえているが、初見の観客にも理解できる形で、必要な情報が画面の上で順に呈示されるよう設計されている。
制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは1997年の『時計じかけの摩天楼』に始まり、年に一本のペースで春興行を担う恒例企画として定着していた。本作はその第25作にあたり、シリーズが四半世紀の節目を迎えるタイミングで、警察組織側の人物——とりわけ降谷零(安室透)と警察学校組——を真正面から扱った大型企画として企画・制作された。
企画と脚本
脚本は、推理作家・大倉崇裕が担当した。大倉崇裕は警察小説・ミステリーの著作で広く知られる作家で、原作・テレビアニメ『名探偵コナン』の脚本陣に新しく加わる形で本作の脚本を組み上げた。本作の脚本の特徴は、警察学校組の長年の伏線をシリーズ未読の観客にも一本の劇場映画として届く形でまとめあげた構成力にある。
原作者の青山剛昌は、劇場版『名探偵コナン』の各作で監修・キャラクター原案として深く関わってきたが、本作では警察学校組と公安・黒の組織の動きを劇場版に大きく持ち込むという、原作本筋に近い題材を扱うため、企画段階から特に強くコントロールを利かせている。原作の本筋を消費しないラインを慎重に引いた上で、劇場版として完結する事件と感情の流れを別途設計するという、原作との大人の距離感が、本作の脚本にもよく現れている。
監督と演出
監督の満仲勧は、本作が劇場版『名探偵コナン』シリーズの初登板にあたる。テレビアニメ『名探偵コナン』および関連作品で長く演出・絵コンテを担当してきた経歴を踏まえ、本作では「警察組織側の喪と前進」「ハロウィンの渋谷の派手な視覚」「臨海エリアでのスケール感のあるアクション」という、互いに距離のある三つの要素を、110分の劇場版のなかで同居させる手腕を見せた。
本作の彼の演出の特徴は、回想と現在の切り替えのリズムにある。警察学校時代の四人の若い表情と、現在の降谷零の整いきった横顔、そしてプラーミャの影と渋谷の群衆——本作の画面は、観客がそれぞれの場面で受け取るべき情報量を、過剰にならない量で整理して提示する。クライマックスの晴海エリアのアクションも、派手な見せ場のあいだに人物の表情のカットを丁寧に挟むことで、観客の感情の流れが置き去りにならないよう設計されている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。テレビシリーズと共通する作画スタッフ陣が、劇場版用に密度を上げて挑んでいる。本作の見せどころのひとつは、渋谷スクランブル交差点周辺の作画である。交差点の信号、街路樹、人混み、商業ビルの大型ビジョン、ハロウィンのコスチュームの色彩——『今の東京』の喧騒を劇場のスクリーンでそのまま体感させる密度に作り上げられている。
もうひとつの大きな見せ場は、終盤の臨海エリアのアクションシーケンスである。橋と海の上でのカーアクション、爆発物の処理、複数の関係者がそれぞれの場所で同時に動く群像構造——劇場版『名探偵コナン』が長年磨いてきたアクション作画の文法が、本作の終盤に集約されている。CG作画と手描き作画の組み合わせも、視覚的な違和感を抑えながらスケール感だけを引き上げる方向で丁寧に調整されている。
音楽と主題歌
音楽は菅野祐悟が担当した。菅野祐悟は本作で劇場版『名探偵コナン』に新たに参加した作曲家で、警察組織側の重い題材と、ハロウィンの渋谷のカラフルな視覚の両方に対応できる、層の厚いオーケストレーションを書き上げた。警察学校時代の回想で流れる静かなピアノ、現在の捜査線で鳴る切迫した弦と打楽器、クライマックスの臨海エリアでの大きなオーケストレーション——本作の劇伴は、シリーズの中でも特に立体的に組まれている。
主題歌はBUMP OF CHICKENの書き下ろし「クロノスタシス」。BUMP OF CHICKENは長く日本のロックシーンを牽引してきたバンドで、本作の主題歌は彼らの活動の中でも特に注目された一曲となった。『クロノスタシス』というタイトルは、人が大切な何かを見たときに感じる、時間が一拍だけ静止する錯覚を意味する言葉で、警察学校組の長い喪と現在の物語のテーマと、正面から噛み合っている。エンディングで歌い出しが流れる瞬間、観客は本作の警察学校組の写真と降谷零の背中を、もう一度静かに胸に納めることになる。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎——シリーズおなじみのレギュラー陣に加えて、本作では古谷徹の降谷零(安室透)と、警察学校時代の同期四人の声優陣の演技が、画面の中心に据えられる。古谷徹は本作の中で、安室透としての軽やかさ、降谷零としての冷たさ、バーボンとしての偽装、そして警察学校時代の若さの四層を、ひとつの人物像のなかで滑らかに行き来する。
松田陣平の神奈延年、萩原研二の難波圭一、伊達航の大塚芳忠、諸伏景光の井上和彦——テレビアニメ本編で長く積み上げられてきた警察学校組の声の演技が、本作の回想場面で改めて立ち上がる。佐藤美和子の湯屋敦子、高木渉の高木渉(声優)も、長年積み上げてきた相手役どうしの厚みを、本作の結婚式の場面で滲ませる。ベルモットの小山茉美、ジンの堀之紀をはじめとする黒の組織側の声優陣も、シリーズの長い線の中で本作の意味を支える、重い演技で応えている。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、シリーズの中でも特にスケールが大きいものになっている。渋谷スクランブル交差点での群衆を縫う逃走劇、結婚式場の控え室での近距離の攻防、警視庁周辺での車両アクション、終盤の臨海エリアでの橋と海の上での大きな決着——いずれの場面も、劇場版『名探偵コナン』が長年磨いてきた『現代の東京を舞台にしたアクションの文法』の集大成として機能している。
サスペンス演出としては、プラーミャの正体を最後まで隠したまま、被害者の身体に近接して仕掛けられる爆発物の処理を時間との勝負として描く構成が際立つ。観客は、犯人の正体を推理するサスペンスと、目の前で進む爆発物処理のサスペンスを、同時に受け止めることになる。劇中の時計の音、回想の通信音声、現場の足音と呼吸——本作の音響演出は、これらの二重のサスペンスを支える上で大きく寄与している。
公開と興行
本作は2022年4月15日に日本で公開され、春興行の柱として大ヒットを記録した。最終的な国内興行収入は約97.8億円に達し、公開時点で劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代2位の記録となった。これは、コロナ禍以降の国内劇場興行が完全な平時に戻り切らないなかでの記録としては、特に大きな意義を持つ数字である。
公開時、本作の中心に据えられた「警察学校組と降谷零」「佐藤美和子と高木渉の結婚式」「ハロウィンの渋谷」「プラーミャ再来」「BUMP OF CHICKEN『クロノスタシス』」は、劇場でのリピート鑑賞を強く促した。原作・テレビアニメで長く伏線が張られてきた警察学校編・公安編の人物関係を、劇場のスケールで一気に正面から扱う一作として、長年のファンほど何度も劇場に足を運ぶ傾向が見られた。
海外でも順次公開され、東アジアを中心に評価とヒットを得た。劇場版『名探偵コナン』が長く積み上げてきた海外ファン層に対して、本作は警察組織側の喪と現在進行形の事件を一本の劇場版にまとめる構成で応え、新しい観客層の獲得にも繋がった。本作のヒットは、劇場版『名探偵コナン』が国境を越えて受容され続ける流れを、もう一段確かなものにした。
受賞・選定の場面でも本作は強く扱われ、アニメ関連の年度賞や音楽賞において、作品本編・主題歌の両面で言及されることが多かった。BUMP OF CHICKENの「クロノスタシス」は、本作公開以降も長く聴き継がれる代表曲のひとつとして、広く知られていく。
批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は大きく三つに分かれる。ひとつは「劇場版『名探偵コナン』としての一作完結性」、ひとつは「警察学校組と降谷零の物語を正面から扱った節目としての価値」、もうひとつは「シリーズの長い線——黒の組織編——のなかでの本作の位置」である。前者についてはミステリーとアクションの両面で高い水準が評価され、二つ目の軸では原作・テレビアニメ本編で長く伏線が張られてきた警察学校編・公安編を劇場版でここまで正面から扱った一本としての評価が確定した。
三つ目の軸については、本作で初登場した黒の組織の新メンバー・ピンガと、ベルモットが本作の終盤に見せる一手が、シリーズの長い線のなかで重要な意味を持っている。原作読者・テレビアニメ視聴者にとって、本作以降の展開に向けた大きなピースのひとつとして、本作は記憶される。
本作で確立された『警察学校組と降谷零を劇場版で扱う方法』は、その後のシリーズ全体の方針を方向づけた。後年の『黒鉄の魚影』『100万ドルの五稜星』など、特定の人物関係を中心に据えた作品が組み上げられる際には、本作で示された距離感——シリーズの伏線を踏まえながら、初見の観客にも届く形で劇場版を完結させる手付き——が基準のひとつとして参照され続けている。
文化的影響としては、BUMP OF CHICKENの『クロノスタシス』が広く聴き継がれていること、本作以降『警察学校組』『公安』『プラーミャ』といったキーワードが、長年のファンだけでなく一般の観客にとっても劇場版『名探偵コナン』のもっとも記憶される題材のひとつになったことが大きい。劇場版『名探偵コナン』が、警察組織側の人物関係を真正面から劇場のスケールで扱える題材として確立した一本として、本作は位置づけられる。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの第25作にあたる節目の作品である。シリーズが四半世紀を迎えるタイミングで、警察組織側の人物——とりわけ降谷零(安室透)と警察学校組——を真正面から扱う題材を選んだのは、企画陣のはっきりとした意思表示でもあった。
脚本に推理作家・大倉崇裕が新たに加わったことは、本作の制作過程における大きな転換点である。長年シリーズの脚本を担ってきた古内一成(『迷宮の十字路』『瞳の中の暗殺者』など)が2014年に逝去し、その後段階的に新しい脚本家が参加してきた流れの中で、本作の大倉崇裕の参加は、シリーズの語り口を新しい世代へ引き継ぐ重要な一歩となった。
BUMP OF CHICKENの主題歌起用は、本作の話題性を大きく押し上げた要素のひとつである。『クロノスタシス』はバンドの代表的なシングルのひとつとして長く聴き継がれ、本作とリリース時期を合わせたミュージックビデオは公開後に大きな再生数を獲得した。
本作の興行収入が約97.8億円に達したことは、コロナ禍以降の国内劇場興行のなかでも特に大きな意義を持つ数字である。劇場版『名探偵コナン』が、アニメ春興行のなかで安定して大型のヒットを生み出すブランドとして完全に確立していることを、本作の興行は改めて裏付けた。
テーマと解釈
本作の中心テーマは「生き残った者の時間」である。警察学校時代の五人のうち、現在も第一線で勤務に就いているのは降谷零ただ一人——その事実が、本作の全編に静かに染み込んでいる。彼が背負い続ける時間、亡くなった同期たちが置いていった時間、そして現在の事件のなかで動き続ける時間は、互いに重なり合いながら、彼の表情の奥でゆっくりと進む。
もうひとつのテーマは「祝福と喪」である。佐藤美和子と高木渉の結婚式という最も明るい祝福の場と、プラーミャによる襲撃という最も暗い喪の場が、一日の中で連続して並べられる。本作はその対比を、観客にとっても登場人物にとっても消化しきれない量で投げかけ、最終的に二人がもう一度結婚式を整える朝の数分間で、ようやく祝福と喪のあいだに新しい均衡が生まれることを示す。
そして本作の最大のテーマは「クロノスタシス——一拍だけ止まる時間」である。BUMP OF CHICKENの主題歌のタイトルが指し示すこの現象は、人が大切な何かを見たときに感じる、時間が一拍だけ静止する錯覚のことを言う。降谷零が松田陣平の最後の通信を再生する瞬間、佐藤美和子が高木渉に視線を送る瞬間、コナンが降谷の横顔を見つめる瞬間——本作には、観客の中で時間が一拍だけ止まる、複数の小さなクロノスタシスが配置されている。
もうひとつ見逃せないのが「組織と個人」というモチーフである。警察組織、公安、捜査一課、黒の組織——本作で動く人物たちは、いずれも何らかの組織に属しながら、同時に個人としての喪と祝福のあいだに立っている。組織の論理と個人の感情のあいだで、彼らがどのように自分の足を運ぶか——本作の人物造形は、その問いを徹底して描く方向に向けて整えられている。
見る順番(補助)
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結だが、本作は警察学校組と降谷零(安室透)の物語の節目として位置づけられる一本である。初見で本作から入っても物語は追えるが、テレビアニメや原作で警察学校編、公安編、黒の組織編の流れを少しでも知っていると、降谷零の表情の奥にあるものや、警察学校組の四人の重みが何倍にも沁みる。
おすすめは、シリーズ第22作『ゼロの執行人』、第24作『緋色の弾丸』、第20作『純黒の悪夢』など、降谷零・赤井秀一・黒の組織が大きく動く近作群を踏まえてから本作を観る順番。前作群と並べると、本作で『警察組織側の喪』という題材が劇場版シリーズの中でどのような位置に置かれているかが、より立体的に見えてくる。鑑賞後は、本作で動き始めた黒の組織側のピンガとベルモットの線を意識しながら、続く『黒鉄の魚影』『100万ドルの五稜星』などに進むと、本作で植えられた要素がどこまで育ったかを楽しめる。
警察学校組の物語を中心に追いたい場合は、テレビアニメ『警察学校編』、本作、そして関連する原作エピソードを並べると、シリーズが少しずつ五人の関係をどう描き重ねてきたかが見えてくる。本作はそのリストの中で、劇場版が初めて警察学校組を正面から扱った重要な節目である。
- 前作『名探偵コナン 緋色の弾丸』(劇場版第24作)で赤井家とWSGを軸にしたアクションを描いた一作
- 本作ハロウィン渋谷、佐藤美和子と高木渉の結婚式、プラーミャ再来、警察学校組と降谷零、ピンガ初登場の第25作
- 次作『名探偵コナン 黒鉄の魚影』(劇場版第26作)で灰原哀と黒の組織を軸に海上要塞を舞台にした一作へ
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、ハロウィンの渋谷で起きる花嫁誘拐と、佐藤美和子・高木渉の結婚式での襲撃が、三年前の渋谷連続爆破事件の犯人プラーミャの再来によるものであり、警察学校時代の松田陣平の殉職と深く繋がっている、という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、犯人プラーミャの動機が三年前の事件の延長線上の私的な怨恨であること、降谷零(安室透)とコナンの連携で晴海エリアでの決着が迎えられること、本作の終盤で黒の組織側のピンガとベルモットのあいだに大きな動きが起きることが核となる。
「犯人は誰か」という問いには、三年前の渋谷連続爆破事件の犯人プラーミャその人の延長線上の人物であり、表向きは事件の被害者側または捜査周辺に居合わせた人物として顔を出していた、と答えることになる。「動機」については、三年前の事件で負った私的な喪に対する、警察組織への長い怨恨と象徴的な復讐である。「ピンガとは何者か」という問いには、黒の組織の新メンバーで、コードネーム『ラム』の側近格として本作で初めて画面に立つ人物である、と答える。
「初見でも見られるか」という問いには、本作は単体で完結しているため初見でも問題なく楽しめる、と答えられる。ただし、降谷零(安室透)、警察学校組、黒の組織の関係をテレビアニメや原作で少しでも知っていると、回想の警察学校時代の場面、降谷の表情の重み、終盤のベルモットとピンガのやり取りの意味が、圧倒的に違ってくる。「見る順番」は、近作『ゼロの執行人』『純黒の悪夢』『緋色の弾丸』などを踏まえてから本作に入るのがもっとも安定する。
「主題歌『クロノスタシス』は本作のために書き下ろされたのか」「松田陣平はどの時点で殉職したのか」「ピンガはこれからどう動くのか」といった頻出の問いに対しては、それぞれ本記事の制作・舞台裏・見る順番の各章で詳述している。本作のもっとも重い問いは、むしろ「降谷零は、生き残ってしまった自分の時間を、これからどう運んでいくのか」であり、観客一人ひとりの答えが本作の最後のピースになる。
参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。