東京で開催される世界スポーツ大会『WSG』のVIPが連続誘拐され、15年前のボストン事件と同じ手口が浮かび上がる——赤井家四人と公安、FBIが交錯しながら、世界最速のリニア中央新幹線の暴走を止める一発の弾丸へ収束していく、劇場版『名探偵コナン』シリーズ第24作。
原作青山剛昌、脚本櫻井武晴、音楽大野克夫、監督永岡智佳。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、配給は東宝。上映時間は約110分。劇場版『名探偵コナン』シリーズ第24作にあたり、シリーズで初めて女性が単独で監督を務めた一作として記録される。
本作は、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『赤井家』四人(赤井秀一/沖矢昴、母・メアリー世良、弟・羽田秀吉、妹・世良真純)を劇場版のスケールで一挙に同じ画面のうえに揃えた一本である。東京で開催される世界スポーツ大会『WSG』のVIP連続誘拐事件と、世界最速のリニア中央新幹線の暴走計画——15年前にボストンで起きた事件の続きが、東京の一日に圧縮されて描かれる。
公開時期は新型コロナウイルス感染症の世界的流行のなかにあり、本作も当初の2020年4月公開予定から1年延期された。最終的な国内興行収入は約76.5億円に達し、コロナ禍下の邦画としては随一の規模となった。主題歌は東京事変の書き下ろし「永遠の不在証明」で、赤井家の長い不在と再会の物語を、椎名林檎の作詞作曲によるロックバラードとして総括する曲となっている。
本記事は、冒頭の15年前のWSGボストンでの誘拐事件と若き赤井秀一の射撃、現代の東京におけるWSG関係者の連続誘拐、赤井家四人の集結と互いの距離、シュラット・アレクサンダーの正体と動機、リニア中央新幹線の暴走と東京ビッグサイトへの進入、そして赤井秀一が放つ『緋色の一発』までを、重大なネタバレを前提に順を追って記述する。
目次 37項目 開く
概要
『名探偵コナン 緋色の弾丸』(めいたんていコナン ひいろのだんがん)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2021年4月16日に東宝の配給で日本公開された。劇場版『名探偵コナン』シリーズの第24作にあたり、監督は本作で長編劇場版の単独監督を初めて担当した永岡智佳、脚本は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』に続き本作で四度目の登板となる櫻井武晴、音楽はシリーズを長年支えてきた大野克夫が担当した。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。上映時間は約110分。
本作は、当初2020年4月17日の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて延期となり、約1年後の2021年4月16日に改めて劇場公開された。シリーズの春興行が一年丸ごと飛ぶ事態はそれまで例がなく、延期発表から再公開までの一年間は、ファンと制作陣にとって長い『待ち時間』の一年として記憶されることになる。改めて公開された本作は、コロナ禍下の邦画市場で随一の規模である国内興行収入約76.5億円を記録し、ブランドとしての劇場版『名探偵コナン』の堅さを内外に示す結果となった。
物語の中心に据えられているのは、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『赤井家』である。元FBIの凄腕スナイパー・赤井秀一(沖矢昴の姿で日常を送る人物)、その母・メアリー世良(事情があって体が縮んだ少女の姿で過ごす人物)、弟・羽田秀吉(プロの将棋棋士で竜皇位を保持する人物)、妹・世良真純(高校生探偵として日常を送る人物)——四人が、東京で開催される世界スポーツ大会『WSG』を舞台に、互いの距離と過去を抱えたまま同じ一日のうちに同じ街へと集まる。
もう一本の縦糸が、15年前のボストンで起きた連続誘拐事件である。WSGの前身となる国際大会がボストンで開かれた1980年代後半、VIPが次々に誘拐される事件が発生し、当時FBIに所属していた若き赤井秀一が現場で犯人と対峙した。事件は犯人の逃走と、赤井家にとって決定的な意味をもつ『ある別件』とが重なる形で記憶され、長年にわたって完全には決着していない過去として赤井家のなかに残り続けていた。本作は、その過去が東京の現在へ追いついてくる物語である。
本記事は、結末、犯人シュラット・アレクサンダーの正体と動機、リニア中央新幹線の暴走の止め方、赤井秀一が最後に放つ『緋色の一発』、そして赤井家四人の関係の再確認までを含む全編の内容に踏み込んでいく。物語の重大な驚きを保ちたい場合は、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
- 原題
- 名探偵コナン 緋色の弾丸
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第24作
- 監督
- 永岡智佳
- 脚本
- 櫻井武晴
- 音楽
- 大野克夫
- 主題歌
- 東京事変「永遠の不在証明」
- 日本公開
- 2021年4月16日
- 当初予定
- 2020年4月17日(コロナ禍で1年延期)
- 上映時間
- 約110分
- 主舞台
- 東京(東京ビッグサイト周辺)、名古屋・新富士・新東京を結ぶリニア中央新幹線の試験走行路、15年前のボストン
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、アクション、家族劇
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は、15年前のWSGボストン大会で起きた連続誘拐事件のフラッシュバックから始まり、現代の東京で開幕するWSG、VIPの連続誘拐、赤井家四人の集結、犯人シュラット・アレクサンダーの正体と動機、世界最速のリニア中央新幹線の暴走、そして東京ビッグサイトへの進入を、赤井秀一の放つ一発の『緋色の弾丸』が止めるまでを、順を追って記述する。
15年前のボストン——若き赤井秀一の一発
物語は、15年前のボストンの夜の屋上から始まる。WSGの前身となる国際大会の関係者が次々に姿を消す連続誘拐事件が発生し、若き日の赤井秀一はFBI捜査官として現場の制圧任務に当たっていた。事件の犯人は、麻酔弾を装填した特殊な散弾銃でVIPを一人ずつ眠らせ、そのまま身柄を運び去る独自の手口を取っており、ボストンの街では複数の現場でこの『眠らされた誘拐』が連鎖していた。
屋上で赤井は犯人と対峙し、逃走しようとする男の右脚に長距離からの一発を撃ち込む。長身の男は脚を撃ち抜かれて屋根の縁から落ちていくが、暗闇のなか赤井の視界から逃れることに成功し、現場には血痕と、独特の薬莢だけが残された。FBIは犯人をシュラット・アレクサンダーと識別したものの、それ以降の足取りはつかめず、ボストン事件は半ば未決のまま赤井のキャリアのなかに沈み込んでいく。
そして同じ夜、ボストンの病院では、赤井家にとって決定的な意味をもつもうひとつの出来事が起きていた——詳細は本作の中盤で改めて開示される——母メアリー世良の体に異変が生じ、家族が引き裂かれる遠因となる場面である。15年前のボストンの一夜は、赤井秀一の射撃の手応えと、赤井家四人がそれぞれ別の場所で生きる時間に分かれていく出発点とを、同時に背負っている。
東京WSG開幕——世界最速のリニア中央新幹線
現代——東京で世界スポーツ大会『WSG』が開催される。開会式と各種競技は東京の各会場に分散され、メイン会場には東京ビッグサイトを擁する湾岸エリアが選ばれている。本作の物語の縦軸となるのが、WSGの目玉として用意された一台の乗り物——時速約1,000キロメートルで走る世界最速の超電導リニア『リニア中央新幹線』である。名古屋を出発し、新富士の試験区間を経由して新東京駅(東京ビッグサイト直結)に到着するこの特別運行は、WSGの閉会式と直結する象徴的な催しとして大々的に発表されている。
毛利蘭、毛利小五郎、コナン、そして阿笠博士と少年探偵団は、鈴木財閥の招待でWSGの開会式に向かう道中にある。鈴木園子も合流し、賑やかな観光感のなかで物語が動き出す。米花町の住人にとってWSGは、夏休みのように街全体が祭りの空気に包まれる一週間であり、開会式へ向かう車中の彼らの会話は、一週間先のリニア中央新幹線の到着までを楽しみに待つ温度に支配されている。
並行して、東京の街角には世良真純の姿がある。彼女は、テレビアニメ・原作と同じく、独自の調査線で赤井家の動きを追っており、本作のWSGの開幕とほぼ同時に、自分が長年探してきた家族の輪郭が東京の街に集まりつつあることを、独自のチャンネルで把握しはじめる。沖矢昴の姿の赤井秀一は、工藤邸を拠点に、WSGに合わせて東京に集まりはじめた『15年前のボストン事件の関係者』の動向を、長年の情報網と落ち着いた所作で観察している。
VIPの連続誘拐——ボストンと同じ手口
WSG開幕に合わせて東京に集結したVIP——主要スポンサー企業の社長、IOCに準ずる国際委員会のメンバー、各国の政府関係者など——が、ホテルや会場で一人ずつ姿を消しはじめる。被害者は意識を失った状態で運び去られ、現場には独特の薬莢だけが残る。麻酔弾を装填した特殊な散弾銃の薬莢——これは、15年前のボストンで赤井秀一が対峙した犯人とまったく同じ手口である。
FBIのジョディ・スターリング、ジェイムズ・ブラック、アンドレ・キャメルの三人が、ボストン事件の継続捜査として東京の現場に入ってくる。沖矢昴の姿のままで動く赤井は、彼らと直接合流するわけではないが、必要な情報を必要なタイミングで彼らの側へ流し続ける位置に立つ。コナンは、誘拐された人物のリストと過去のWSG関連事業の経緯を突き合わせ、現代の被害者たちが15年前のボストン事件で標的になりかけた人物の系列に重なることを早い段階で見抜く。
誘拐の手口は、現場には決して残らない種類の精密さを持っている。被害者が運ばれた経路、麻酔弾の発射ポジション、撤収のタイミング——いずれの要素も、犯人がWSGの会場警備の運用と東京の街路の構造を熟知していることを示しており、本作の犯人像はその時点で、単なる流れ者の犯罪者ではなく、WSGそのものの内側に長年関わってきた人物像へと絞り込まれていく。
赤井家四人——同じ街への集結
本作の中盤の最大の見どころは、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『赤井家』四人が、劇場版のスケールで同じ街へと集まる構図そのものである。元FBIの凄腕スナイパー赤井秀一は、沖矢昴の姿で工藤邸を拠点に動く。母メアリー世良は、事情があって縮んだ体のまま、息子・赤井秀一の管理下にある安全な居場所で日常を続けている。弟・羽田秀吉は、東京で開かれる竜皇位戦の防衛戦のために羽田家の名で東京入りし、本作ではWSGの開会式関連イベントに将棋棋士として顔を出すことになっている。妹・世良真純は、米花町の高校に通う高校生探偵としての日常から独自の線で東京の事件に踏み込む。
本作は、四人が一斉に同じテーブルへ着く種類のドラマは取らない。代わりに、東京の街のあちこちで、四人のうちの二人だけ、あるいは三人だけが、互いの正体を半分は伏せたまますれ違う場面を丁寧に積み重ねる。羽田秀吉が竜皇位戦の打ち合わせの場で兄の名を持ち出す瞬間、世良真純が屋外で兄に似た背中を遠くに見つける瞬間、メアリー世良が縮んだ姿のまま家族の写真の前に静かに座る瞬間——四つの『気配』が東京の一日のうちに少しずつ重なっていく構成は、本作の家族劇の核を形成している。
コナンと灰原哀は、赤井家四人の関係を半ば知る数少ない人物として、本作の中で四人の動きを慎重に観察する位置に立つ。とくに灰原は、自分が縮んだ体で生きる身であるからこそ、メアリー世良が同じ身であることの重みを誰よりも引き受けて見せる。本作の家族劇は、赤井家の内側で完結する種類のものではなく、コナン側の人物群もそれぞれの距離でその輪郭を支える設計が取られている。
羽田秀吉と将棋——竜皇位の名のもとに
本作のWSG関連イベントとして、羽田秀吉がプロ棋士として将棋の指導対局に出演する場面が描かれる。彼の名は羽田家の名で公的に通っており、赤井家との血縁を表に出さないまま、東京で開かれる竜皇位戦の防衛戦の打ち合わせも並行して進めている。彼は、本作の中で家族のなかでもっとも『日常側』の重心に立つ人物として置かれており、その平静さが、赤井秀一の長年の留守と、メアリー世良の隠れた居場所の重さを、観客のためにそっと中和する役を担う。
羽田秀吉は、ある場面で兄・赤井秀一の名を口にする。表向きは取材対応の流れの一節として発される名前だが、その一語が画面の中で立ち上がる温度は、本作の赤井家のドラマのなかで特に鋭く残る瞬間のひとつである。コナンは、その一語が向ける宛先を観客のために整え直し、世良真純が自分の家族の名を耳にしたときの表情の小さな揺らぎを、画面の中で見届ける位置に立つ。
羽田秀吉と妹・世良真純が、本作のある場面で食事の席を共にする数十分間は、本作の家族劇のなかでとくに温かな数十分間として残る。兄妹は表向きには『同じ屋根の下で育った血縁』としての関係を語らないが、互いの所作の細部に、その関係の事実がはっきりと残っているのが分かる。本作の脚本は、家族の関係を台詞で説明することを避け、画面の中の所作と空気の温度だけで観客に受け取らせる選択を取っている。
世良真純とメアリー——縮んだ体の二人
世良真純は、本作で独自の線でWSGの誘拐事件に踏み込む。彼女は高校生探偵として、東京の街角の小さな手掛かりを丁寧に拾い上げ、コナンの側とは異なる角度から事件の輪郭に近づいていく。本作の世良真純は、テレビアニメ・原作で積み上げてきた『赤井家の妹』としての立場を、画面の上で控えめに、しかし確実に背負っている。
メアリー世良は、事情があって縮んだ体のまま、本作でも安全な居場所から動く。本作の彼女の場面は短いが、息子・赤井秀一の所作を窓越しに見送る瞬間、娘・真純の所作を遠くから観察する瞬間、息子・秀吉が画面のなかで自分の名を口にする瞬間——三人の家族の所作を一枚の画面の中に静かに重ねていく演出は、本作の家族劇のなかで決定的な重みを持つ。
灰原哀は、メアリー世良に対して『縮んだ体で生きる仲間』としての視線を向ける。本作の二人の場面は、台詞こそ少ないが、お互いに『この事情の中で日常を続ける』というひとつの姿勢を分かち合っていることが、所作の細部から観客に伝わる。本作のサスペンスの裏側で動くこの二人の静かな共有は、シリーズの中でも特に記憶される細部である。
シュラット・アレクサンダー——15年越しの追跡
FBIとコナン側の調査線が交差する形で、犯人像が次第に絞り込まれていく。15年前のボストンで赤井秀一に右脚を撃たれた男——身分上はアメリカ国籍の長身の中年男性として、現在は東京のWSG関連事業に協力者として出入りしている人物。表向きの肩書きは民間警備の現場責任者で、WSGの会場警備の運用設計に深く関わる立場にある。彼の名はシュラット・アレクサンダー(Schratt Alexander)。
彼の右脚には、15年前に赤井から受けた銃創の傷が残っている。本作のサスペンスは、その『歩き方』『立ち位置』『荷重の左右差』を、観客が画面の中で少しずつ確認していく作りに整えられている。コナンは、現場周辺の防犯映像と通行人の歩行データを重ね合わせ、特定の歩行パターンを持つ人物の存在を浮かび上がらせる。FBI側もまた、ボストン以来の長年の捜査記録に同じ歩行パターンを重ねることで、シュラットの居場所を確定する。
シュラットの動機は、単純な金銭目的ではない。彼の素性の根幹には、過去にWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った『大切な人の喪失』があり、ボストンの誘拐事件は当時そのことへの抗議として始まったものだった。本作のシュラットは、WSG関係者を麻酔弾で眠らせ、WSGの催しの中心であるリニア中央新幹線の特別運行を、その被害者ごと暴走させて壊滅させることで、WSGそのものを世界の目の前で破綻させようとしている。
リニア中央新幹線の暴走——時速1,000キロの追跡
本作のクライマックスは、世界最速のリニア中央新幹線の特別運行に集約される。名古屋を出発した試験走行は、新富士の試験区間を経由して新東京駅(東京ビッグサイト直結)へと向かう。WSGの閉会式に合わせた象徴的な催しとして、車内にはWSGのVIPと、シュラットによって誘拐された被害者の身柄が同乗している——本来の運行計画では『被害者の身柄』はそこにはなかったはずだが、シュラットの細工で計画は塗り替えられていた。
車両の制御装置にはシュラットによる細工が加えられ、運行管制からの停止指令が無効化されている。リニア中央新幹線は、定刻を大きく上回る速度のまま、新東京駅で停止するべき進入区間を通り過ぎ、東京ビッグサイトのメイン会場の人混みのほうへと突き進む。WSGの会場には開会式・閉会式の警備のために観客と関係者が密集しており、車両がそのまま停止できなければ、史上最悪の規模の事故が起きることになる。
コナンは阿笠博士のキック力増強シューズとターボエンジン付きスケートボードを駆使し、新東京駅の進入路と車両の高架の周囲を全速力で並走する。沖矢昴の姿の赤井秀一は、ライフルを構えて高架の遠方の高地に陣を取り、長距離からの一発で車両のブレーキの物理機構を撃ち抜く位置を慎重に取る。FBIのジョディ、ジェイムズ、キャメルの三人は、新東京駅の現場の制圧と、車両内のVIPと被害者の身柄の保護に動く。
緋色の一発——赤井秀一の射撃
リニア中央新幹線の車体は、新東京駅の進入区間を時速1,000キロメートルに迫る速度で通過していく。本来の制動装置では到底間に合わない速度域に達した車両を止めるためには、車両側の特定の物理機構——制動の最後の解放点となる小さな金属部品——を、高架の外側から長距離の一発で撃ち抜くしかない。撃ち抜くべき点はわずか数センチで、車両は時速1,000キロで動いており、撃ち手は遠く離れた高地に陣を取っている——この一発を成立させられる人間は、世界に数えるほどしかいない。
コナンは、車両側からその撃ち抜くべき点の正確な位置を読み取り、赤井秀一に対して、画面の外側から微細な軌道補正のためのデータを通信で送り続ける。沖矢昴の姿のまま、赤井秀一は遠方の高地でライフルを構え、息を整え、引き金を引く。本作のタイトル『緋色の弾丸』は、ここで赤井秀一が放つ一発の弾丸そのものを指している——画面の中で赤い軌跡を残して飛ぶその一発は、走る車両の小さな一点を正確に撃ち抜き、車両の制動を解放する。
車両は、新東京駅の進入区間のぎりぎり手前で停止に至る。東京ビッグサイトの会場の観客は誰一人として被害を受けず、車両内のVIPと誘拐被害者も全員無事に救助される。コナンは現場の状況を最終的に押さえ、FBIは車両内の被害者の身柄を確保し、シュラット・アレクサンダーは長年の追跡の末についに身柄を取られる位置に置かれる。15年前のボストンの夜に始まった追跡が、東京の高架の上の一発の弾丸で、ようやく決着する。
WSG後の東京——赤井家の余韻
事件後の東京の朝、赤井家四人はそれぞれの位置でWSGの一日を見送る。沖矢昴の姿の赤井秀一は、工藤邸の窓辺で静かにコーヒーを淹れ、世良真純は高校生探偵としての日常へと戻り、羽田秀吉は将棋の竜皇位戦の駒を改めて並べ直し、メアリー世良は縮んだ体のまま家族の写真の前に静かに座る。家族の関係が一夜のうちに表向きの形で再会する種類の決着は、本作は取らない。代わりに、四人がそれぞれの位置で『同じ街の空気を吸いつづける』という事実だけを、観客の側に静かに置き直す。
コナンは、本作の事件の流れを蘭と少年探偵団と共有しながら、東京の街の朝に向き直る。赤井家四人の関係を半ば知る数少ない人物として、彼は本作のあと、その関係をどこまで自分の口で語るかについて、慎重な距離を保ち続ける位置に立つ。本作のラストは、派手な再会の祝祭ではなく、長年離れていた家族が同じ一日の街を共有したという、その事実だけを静かに観客の胸に残して幕を閉じる。
ラストのシークエンスで流れ始めるのが、東京事変の主題歌『永遠の不在証明』である。椎名林檎の作詞作曲によるロックバラードは、長年の不在のあとに残る家族の輪郭を、ピアノとバンドの音で総括する楽曲で、本作の110分間で動いてきた感情の総和を、観客の胸の中で改めて整える役割を担う。本作の終わり方は、ひとつの事件の解決と、ひとつの家族の関係の地続きとを、同じ温度のうえに静かに並べる方向で組み立てられている。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理する。固有名詞は鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを暗記する必要はない。
レギュラー陣
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 阿笠博士
- 灰原哀
- 少年探偵団(吉田歩美・小嶋元太・円谷光彦)
- 鈴木園子
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎
- 佐藤美和子
- 高木渉
- 千葉刑事
赤井家
- 赤井秀一/沖矢昴(元FBIの凄腕スナイパー、現在は東都大学の大学院生『沖矢昴』の姿で日常を送る)
- メアリー世良(赤井秀一・羽田秀吉・世良真純の母、事情があって縮んだ少女の姿で過ごす)
- 羽田秀吉(赤井家の次男、プロの将棋棋士で竜皇位を保持、表向きは羽田家の名で活動)
- 世良真純(赤井家の長女、米花町の高校に通う高校生探偵)
FBIと公的機関
- ジョディ・スターリング(FBI捜査官、赤井のかつての仲間)
- ジェイムズ・ブラック(FBI上席)
- アンドレ・キャメル(FBI捜査官)
- WSG運営委員会の関係者
- 東京ビッグサイトの警備関係者
- リニア中央新幹線の運行管制と整備関係者
事件関係者・ゲスト
- シュラット・アレクサンダー(本作の犯人、長身の中年男性で右脚に古傷を持つ、WSG関連の民間警備の現場責任者を表向きの肩書きとする人物)
- WSG関連のスポンサー企業の社長と国際委員会のメンバー(連続誘拐の被害者)
- WSG関連の各国政府代表者
- リニア中央新幹線の特別運行に同乗するVIP
犯人と動機(重大ネタバレ)
- 事件の主体:シュラット・アレクサンダー(15年前のWSGボストン大会で連続誘拐事件を起こし、若き赤井秀一に右脚を撃たれて以降、長年身を隠していた人物)
- 現代の手口:麻酔弾を装填した特殊な散弾銃でWSGのVIPを一人ずつ眠らせ、被害者をリニア中央新幹線の特別運行の車両内に運び込む
- 最終局面:リニア中央新幹線の制御装置に細工を加え、車両を被害者ごと暴走させ、東京ビッグサイトのWSG会場の人混みへ突入させて事件を世界規模で破綻させる計画
- 動機:過去にWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った『大切な人の喪失』への抗議と復讐
- 決着:高架の遠方からの赤井秀一の長距離射撃『緋色の弾丸』が車両のブレーキの物理機構を正確に撃ち抜き、新東京駅の進入区間ぎりぎりで車両は停止、シュラットは身柄を取られる
舞台
- 東京(東京ビッグサイト周辺の湾岸エリア、WSGの主要会場)
- 新東京駅(リニア中央新幹線の終着駅、東京ビッグサイト直結)
- 名古屋駅(リニア中央新幹線の出発点)
- 新富士の試験区間(リニア中央新幹線の高架区間)
- 工藤邸(沖矢昴の住居)
- 羽田家の宿泊先(竜皇位戦の打ち合わせ拠点)
- 毛利探偵事務所
- 15年前のボストン(屋上の射撃現場と病院、回想シーン)
トリック・小道具
- 麻酔弾を装填した特殊な散弾銃と独特の薬莢
- 歩行パターン(古傷による荷重の左右差)
- WSG会場警備の運用設計(犯人が熟知している)
- リニア中央新幹線の制御装置への細工
- 高架の遠方からの長距離射撃(赤井秀一のライフル)
- 車両のブレーキの物理機構(撃ち抜くべき小さな金属部品)
- 阿笠博士発明のキック力増強シューズ、蝶ネクタイ型変声機、腕時計型麻酔銃、ターボエンジン付きスケートボード、犯人追跡メガネ
主題歌・主要声優
- 主題歌:東京事変「永遠の不在証明」(書き下ろし、作詞作曲:椎名林檎)
- シュラット・アレクサンダー:山寺宏一
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- メアリー世良:田中敦子
- 世良真純:日髙のり子
- 羽田秀吉:神谷浩史
- 赤井秀一:池田秀一
- 沖矢昴:置鮎龍太郎
- ジョディ・スターリング:一城みゆ希
- ジェイムズ・ブラック:内田直哉(先代の石塚運昇が2018年に逝去したため、本作以降を担当)
- アンドレ・キャメル:梁田清之
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- 目暮十三:茶風林
- 白鳥任三郎:井上和彦
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 千葉刑事:千葉一伸
主要登場人物
本作は、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『赤井家』四人を劇場版のスケールで同じ画面のうえに揃える構成を取る。レギュラー陣のコナン・蘭・小五郎・阿笠博士・灰原哀・少年探偵団は、それぞれの位置で物語を支えながら、赤井家と交差する形で本作の感情の流れを担う。FBIの三人は、ボストン以来の長年の捜査の延長線上に立つ位置に置かれる。
赤井秀一/沖矢昴(池田秀一/置鮎龍太郎)
元FBIの凄腕スナイパー。15年前のボストンで連続誘拐事件の犯人シュラット・アレクサンダーと対峙し、長距離からの一発で犯人の右脚を撃ち抜いた経験を持つ。現在は『沖矢昴』という工藤邸に居候する東都大学の大学院生の姿で日常を送りながら、必要に応じて『赤井秀一』としてのスナイパーの仕事へ立ち戻る、二重身分の人物である。
本作の彼は、本作のクライマックスでリニア中央新幹線のブレーキの物理機構を高架の遠方から撃ち抜く『緋色の一発』の射手として、文字どおり本作のタイトルを背負う立場に立つ。15年前のボストンの一発と、現代の東京の一発を、同じ手の中で結び直すことが、本作の彼に与えられた役回りである。
池田秀一の声は、本作の中で『赤井秀一』としての低い射撃の声と、『沖矢昴』としての落ち着いた居候の声の、その両極を切り替える形で使われる。置鮎龍太郎の沖矢昴の声も、本作で違和感なく赤井秀一との連続性を保つ重要な役割を果たしている。
江戸川コナン/工藤新一(高山みなみ/山口勝平)
本作のコナンは、犯人当ての推理よりも、リニア中央新幹線の物理機構の特定と、赤井秀一のための軌道補正データの伝達という、より工学的な仕事の比重が大きい。WSGの開幕からシュラットの正体の絞り込み、リニア中央新幹線の暴走の止め方までを、複数の専門領域を横断する判断の連続として組み上げていく。
本作の彼の見せ場は、阿笠博士発明のキック力増強シューズとターボエンジン付きスケートボードを駆使して、新東京駅の進入路と車両の高架の周囲を全速力で並走する一連のアクションと、車両側からブレーキの物理機構の正確な位置を読み取って赤井秀一に送る通信の場面の二つに集約される。高山みなみのコナンと、山口勝平の工藤新一は、本作でもシリーズの長年の蓄積を踏まえた安定した演技を見せる。
世良真純(日髙のり子)
赤井家の長女。米花町の高校に通う高校生探偵で、コナンの正体を強く疑い続けてきた人物のひとり。本作では、独自の線でWSGの誘拐事件に踏み込み、東京の街角の小さな手掛かりを丁寧に拾い上げ、コナンの側とは異なる角度から事件の輪郭に近づいていく。
本作の世良真純は、テレビアニメ・原作で積み上げてきた『赤井家の妹』としての立場を、画面の上で控えめに、しかし確実に背負っている。羽田秀吉と食事の席を共にする場面の細部、メアリー世良の所作を遠くから感じ取る場面の細部は、本作の家族劇のなかで特に静かな見せ場である。
日髙のり子の声は、世良真純の高校生探偵としての軽妙さと、赤井家の妹としての奥に抱える感情の重さの、その両極を一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。
羽田秀吉(神谷浩史)
赤井家の次男。プロの将棋棋士で、本作の時点では竜皇位を保持しており、東京で開かれる竜皇位戦の防衛戦のために羽田家の名で東京入りしている。表向きは羽田家の名で活動しているため、公の場では赤井家との血縁を直接表明しない位置に立つ。
本作の彼は、家族のなかでもっとも『日常側』の重心に立つ人物として置かれており、その平静さが、赤井秀一の長年の留守と、メアリー世良の隠れた居場所の重さを、観客のためにそっと中和する役を担う。WSGの開会式関連イベントに将棋棋士として顔を出し、観客に対して家族の関係をひとつの所作の温度として運び込む。
神谷浩史の声は、羽田秀吉のおっとりとしたユーモアと、赤井家の次男としての奥の知性の、その両極を違和感なく重ねる。本作で彼の声を耳にしたファンが、シリーズの本編で羽田秀吉が登場する場面を遡って観直す動きが多く見られた。
メアリー世良(田中敦子)
赤井家の母。事情があって縮んだ少女の姿で過ごす人物で、本作でも安全な居場所から動く。本作の彼女の場面は短いが、息子・赤井秀一の所作を窓越しに見送る瞬間、娘・真純の所作を遠くから観察する瞬間、息子・秀吉が画面のなかで自分の名を口にする瞬間——三人の家族の所作を一枚の画面の中に静かに重ねていく演出は、本作の家族劇の決定的な重みを担う。
田中敦子の落ち着いた声は、メアリー世良の縮んだ体の中に閉じ込められた成熟と、家族を見守る母としての温度の、その両極を同じ一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。本作の彼女の所作の細部は、シリーズの本編の長い積み重ねを前提にすることで、観客の胸に静かに沁みる作りに整えられている。
ジョディ・スターリング、ジェイムズ・ブラック、アンドレ・キャメル(一城みゆ希/内田直哉/梁田清之)
FBIの三人は、ボストン事件の継続捜査として東京の現場に入ってくる。ジョディ・スターリングは赤井のかつての仲間として、ジェイムズ・ブラックは上席として、アンドレ・キャメルは現場捜査官として、それぞれの位置で本作のサスペンスを支える。
本作からジェイムズ・ブラックの声は、先代の石塚運昇(2018年逝去)から内田直哉が引き継いでいる。本作の彼の演技は、先代の重い声の系譜を継承しつつ、本作の長い追跡の最後の場面を、観客のために落ち着いた温度で受け止める方向で組まれている。
一城みゆ希のジョディと、梁田清之のキャメルは、本作でもシリーズの長年の蓄積をそのまま受け継いでいる。三人が15年前のボストンの夜から現代の東京の朝までを同じチームのまま追い続ける構図は、本作のサスペンスの背骨をなす要素である。
シュラット・アレクサンダー(山寺宏一)
本作の犯人。長身の中年男性で、右脚に古傷を持つ。表向きの肩書きは民間警備の現場責任者で、WSGの会場警備の運用設計に深く関わる立場にある。15年前のWSGボストン大会で連続誘拐事件を起こし、若き赤井秀一に右脚を撃たれて以降、長年身を隠していた人物である。
彼の動機は、単純な金銭目的ではない。彼の素性の根幹には、過去にWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った『大切な人の喪失』があり、ボストンの誘拐事件は当時そのことへの抗議として始まったものだった。本作の彼は、WSG関係者を麻酔弾で眠らせ、WSGの催しの中心であるリニア中央新幹線の特別運行を、その被害者ごと暴走させて壊滅させることで、WSGそのものを世界の目の前で破綻させようとする。
山寺宏一の声は、シュラットの冷たい知性と、奥に抱える長年の喪失の重さの、その両極を同じ一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。彼の歩行パターンの細部から、被害者を運ぶ手付きの細部、そしてラストで赤井秀一に身柄を取られる場面の所作まで、本作の犯人造形は、声の演技と作画の細部の双方によって極めて高い密度に整えられている。
少年探偵団・毛利蘭・毛利小五郎・阿笠博士・灰原哀
少年探偵団の歩美・元太・光彦は、本作ではWSGの開会式の観客として東京の各会場を移動しつつ、コナンの周囲を支える日常の温度を本作の中に運び込む。毛利蘭、毛利小五郎、阿笠博士の三人は、本作では赤井家のドラマの中ではやや控えめな位置に立ちつつ、レギュラー陣としての安定した重みを保つ。
灰原哀は、メアリー世良に対して『縮んだ体で生きる仲間』としての視線を向ける。本作の二人の場面は、台詞こそ少ないが、お互いに『この事情の中で日常を続ける』というひとつの姿勢を分かち合っていることが、所作の細部から観客に伝わる。本作のサスペンスの裏側で動くこの二人の静かな共有は、シリーズの中でも特に記憶される細部である。
舞台と用語
本作の主要な舞台は、15年前のボストンの屋上と病院から始まり、現代の東京——東京ビッグサイト周辺の湾岸エリア、新東京駅(リニア中央新幹線の終着駅)、名古屋駅(出発点)、新富士の試験区間の高架——へと移る。WSGの主要会場が東京ビッグサイトの湾岸エリアに集中して配置されているため、本作のクライマックスは、新東京駅から東京ビッグサイトのメイン会場へと続く進入区間の数百メートルに集約される。
用語面では、「WSG(World Sports Games)」「リニア中央新幹線(超電導リニアによる時速約1,000キロの特別運行)」「赤井家(赤井秀一・メアリー世良・羽田秀吉・世良真純の四人)」「沖矢昴」「FBI」「ボストン事件(15年前にWSGの前身大会で起きた連続誘拐事件)」が物語の鍵となる。本作の用語は、原作・テレビアニメ本編で長く読み・観られてきた『赤井家』『FBI』関連の用語群を、初見の観客にも理解できる形で順に呈示するよう設計されている。
制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは1997年の『時計じかけの摩天楼』に始まり、年に一本のペースで春興行を担う恒例企画として定着していた。本作はその第24作にあたり、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『赤井家』四人を劇場版のスケールで同じ画面のうえに揃える題材を選んだ大型企画として制作された。
企画と脚本
脚本は櫻井武晴が担当した。櫻井武晴は『絶海の探偵』『異次元の狙撃手』『純黒の悪夢』で劇場版の脚本を担当しており、本作で四度目の登板となる。本作の脚本は、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた『赤井家』四人の関係を、110分の劇場版の中で台詞ではなく所作と空気の温度として観客に受け取らせる手付きにこそ核がある。
原作者の青山剛昌は、劇場版『名探偵コナン』の各作で監修・キャラクター原案として深く関わってきた。本作では、赤井家四人と15年前のボストン事件、シュラット・アレクサンダーの動機、リニア中央新幹線という現代日本の象徴的なテーマを、ひとつの大型企画として束ねる作業に多くの時間が割かれている。赤井家を劇場版のスケールで本格的に扱う題材は、シリーズの長年のファンが長く待ち望んできたものであり、本作はその期待を真正面から受け止める構成を取っている。
本作は、当初2020年4月の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行のなかで延期となり、約1年後の2021年4月に改めて劇場公開された。延期発表から再公開までの一年間は、シリーズの春興行が一年丸ごと飛ぶ事態としてシリーズ史にも残る出来事だった。延期期間中に脚本・演出の細部が再調整され、再公開時の本作は、長い待ち時間の重みを背負ったうえでの一本として観客の前に置かれた。
監督と演出
監督の永岡智佳は、本作で劇場版『名探偵コナン』シリーズの単独監督を初めて担当した。彼女はそれまでテレビアニメ本編・劇場版の演出部としてシリーズに長く関わっており、本作はシリーズで初めて女性が単独で監督を務めた一作として記録される。日本のアニメ業界において、長期シリーズの劇場版の監督の世代交代が静かに進む流れの中で、本作の永岡の登板はその象徴のひとつである。
永岡監督の演出の特徴は、赤井家四人の関係を台詞ではなく所作と空気の温度として観客に受け取らせる方向に向かっている。羽田秀吉が兄の名を口にする瞬間の一秒、メアリー世良が窓辺で家族の写真の前に座る数秒、世良真純が街角で兄に似た背中を遠くに見つける一瞬——いずれの場面も、説明を最小限に抑えて、観客の側に感情の受け取りを委ねる作りに整えられている。
クライマックスのリニア中央新幹線の高架シーンでは、時速1,000キロメートルの車両のスケール感と、長距離からの一発の弾丸の軌跡の細さの、対照を画面のうえで成立させる演出が貫かれている。本作の演出は、家族劇の繊細な温度と、現代日本の大規模なインフラの物理的なスケール感の、その両極を同じ110分の中に同居させる方向で組み立てられている。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。テレビシリーズと共通する作画スタッフ陣が、劇場版用に密度を上げて挑んでいる。本作の最大の見せどころは、リニア中央新幹線の高架シーンの作画と、赤井秀一が高架の遠方から放つ一発の弾丸の軌跡の作画の二つに集約される。
リニア中央新幹線の作画は、車両の流線型のシルエット、高架の構造、夜の街の光、時速1,000キロメートルの空気の流れ——それらを丁寧に重ね合わせ、観客の身体にスケール感を直接届ける方向で組まれている。CG作画と手描き作画の組み合わせも、視覚的な違和感を抑えながらスケール感だけを引き上げる方向で丁寧に調整されている。
クライマックスの『緋色の一発』の場面では、画面の中の弾丸の軌跡を、赤い細い線として一秒に満たない時間のうちに観客の目に届ける作画が決定的な役割を果たす。本作の作画陣は、その一発の弾丸のために、本作の長い110分間を費やしている。
音楽と主題歌
音楽は大野克夫が担当した。大野克夫は『太陽にほえろ!』『傷だらけの天使』などのドラマ音楽で広く知られる作曲家で、テレビアニメ『名探偵コナン』のメインテーマから劇場版の劇伴まで、シリーズを長年支え続けてきた中心人物である。本作の劇伴は、15年前のボストンの夜の重い温度、現代の東京の街の賑わい、赤井家四人の所作の細やかな静けさ、リニア中央新幹線の高架の物理的なスケール感——という性格の違う場面群を、ひとつの音楽的な弧として組み上げている。
主題歌は東京事変の書き下ろし「永遠の不在証明」。椎名林檎を中心とするロックバンド東京事変は、日本のロックバンドとして長く第一線で活動してきた代表的な存在で、劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担当するのは本作が初めてとなった。椎名林檎の作詞作曲によるロックバラードは、赤井家の長い不在と再会の物語を、ピアノとバンドの音で一曲のなかに総括した楽曲である。
ラストのシークエンスで楽曲が流れ始める瞬間、観客は本作の110分間で動いてきた感情の総和を、ようやく胸の中で整理することになる。本作の主題歌は、コロナ禍下で延期された一年の重みを背負って公開された本作の象徴として、長く聴き継がれる一曲となった。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎——シリーズおなじみのレギュラー陣に加えて、本作では池田秀一の赤井秀一、置鮎龍太郎の沖矢昴、日髙のり子の世良真純、神谷浩史の羽田秀吉、田中敦子のメアリー世良、林原めぐみの灰原哀など、赤井家とその周辺の中心声優が一挙に画面に揃う。
FBI関連では、一城みゆ希のジョディ・スターリング、梁田清之のアンドレ・キャメル、そして本作からジェイムズ・ブラックの声を引き継いだ内田直哉が、ボストン以来の長年の追跡の重みを画面の上に運び込む。先代の石塚運昇(2018年逝去)の声の系譜を継承する内田の演技は、本作の長い追跡の最後の場面を、観客のために落ち着いた温度で受け止める方向で組まれている。
ゲスト声優として、本作の犯人シュラット・アレクサンダー役を担当したのは山寺宏一。長年の声優界の第一人者である彼の演技は、シュラットの冷たい知性と、奥に抱える長年の喪失の重さの、その両極を同じ一人の人物の中に違和感なく繋ぐ。本作のゲスト声優陣の演技は、シリーズの劇場版ゲストの中でも特に高い水準にまとまっている。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、15年前のボストンの屋上の射撃と、現代のリニア中央新幹線の高架の射撃の二大山場に集約される。冒頭のボストンの射撃は、それ自体が本作の物語の発端と、赤井秀一というキャラクターの過去の重みを観客の前に並べる導入装置として機能する。
クライマックスのリニア中央新幹線の高架シーンでは、時速1,000キロメートルの車両に対して、わずか数センチの金属部品を高架の遠方から撃ち抜くという、極めて精密な射撃の場面が貫かれている。サスペンス演出としては、シュラットの正体の絞り込み、赤井家四人の関係の重なり、リニア中央新幹線の制御装置の細工の発覚——という三本の流れを、観客の側に丁寧に整理して手渡す手付きが際立つ。
公開と興行
本作は2021年4月16日に日本で公開された。当初は2020年4月17日の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて延期となり、約1年後に改めて公開された。シリーズの春興行が一年丸ごと飛ぶ事態はそれまで例がなく、延期発表から再公開までの一年間は、ファンと制作陣にとって長い『待ち時間』の一年として記憶されることになる。
最終的な国内興行収入は約76.5億円に達した。これは、コロナ禍下の邦画市場では随一の規模であり、観客動員数・興行収入の双方の指標で、本作が公開された2021年春の邦画市場の中心的な存在となったことを示している。劇場版『名探偵コナン』というブランドの堅さが、長期の延期という難条件の上でもなお揺るがないことを内外に示す結果となった。
海外でも順次公開され、東アジアを中心に評価とヒットを得た。劇場版『名探偵コナン』が長く積み上げてきた海外ファン層に対して、本作は『赤井家四人の集結』と『リニア中央新幹線という現代日本の象徴』の両方で応え、新しい観客層の獲得にも繋がった。本作のヒットは、劇場版『名探偵コナン』が国境を越えて受容され続ける流れを、コロナ禍下にあってももう一段確かなものにした。
受賞・選定の場面でも本作は強く扱われ、アニメ関連の年度賞や音楽賞において、作品本編・主題歌の両面で言及されることが多かった。東京事変の『永遠の不在証明』は、本作公開以降も長く聴き継がれる楽曲として、広く知られていく。
批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は大きく三つに分かれる。ひとつは『劇場版『名探偵コナン』としての赤井家四人の集結の重み』、ひとつは『シリーズで初めて女性が単独で監督を務めた一作としての歴史的な位置』、もうひとつは『コロナ禍下の延期と再公開という背景を背負った一作としての意味』である。前者については、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた赤井家のドラマを劇場版のスケールで真正面から扱った一本として評価が確定し、二つ目の軸では、永岡智佳の単独監督登板が、長期シリーズの世代交代の象徴として記憶される位置に置かれた。
三つ目の軸については、本作が、コロナ禍下で一年丸ごと延期されたうえで再公開された一作であり、その重みを背負ったまま邦画市場の中心へ復帰したという事実が大きい。本作以後、邦画市場の春興行は、コロナ禍下からの本格的な回復を、本作のヒットを起点として段階的に進めていく流れの中に置かれることになる。
本作で確立された『赤井家四人を劇場版のスケールで本格的に扱う方法』は、その後のシリーズ全体の方針に対しても影響を与えている。後年の劇場版でも、テレビアニメ・原作で長く積み上げられてきた特定の人物関係を中心に据えて、シリーズの本筋色の強い題材を真正面から扱う構成が繰り返し試みられるが、その基準のひとつとして本作の手付きは参照され続けている。
文化的影響としては、東京事変の『永遠の不在証明』が広く聴き継がれていること、本作以降『赤井家』『緋色の弾丸』『リニア中央新幹線』『シュラット・アレクサンダー』といったキーワードが、長年のファンだけでなく一般の観客にとっても劇場版『名探偵コナン』のもっとも記憶される題材のひとつになったことが大きい。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』シリーズの第24作にあたる。シリーズで初めて女性が単独で監督を務めた一作として記録され、永岡智佳の登板は、長期シリーズの世代交代の象徴として記憶される位置に置かれている。
本作は、当初2020年4月17日の公開を予定していたが、新型コロナウイルス感染症の世界的流行を受けて延期となり、約1年後の2021年4月16日に改めて公開された。シリーズの春興行が一年丸ごと飛ぶ事態はそれまで例がなく、本作はシリーズ史の中でも特殊な背景を背負って公開された一本である。
本作のジェイムズ・ブラックの声は、本作から内田直哉が担当する。先代の石塚運昇は2018年に逝去しており、本作は石塚の声を直接耳にできない最初の劇場版となった。内田の演技は、先代の声の系譜を継承しつつ、本作の長い追跡の最後の場面を、観客のために落ち着いた温度で受け止める方向で組まれている。
本作のシュラット・アレクサンダー役を山寺宏一が担当したことは、公開前から大きな話題になった。山寺は本作以前にも『名探偵コナン』シリーズに複数の役で関わっており、本作のシュラットは、彼の長年の声優としてのキャリアの中でも、声と演技の両面で記憶される一例となった。
東京事変が劇場版『名探偵コナン』の主題歌を担当するのは本作が初めて。椎名林檎の作詞作曲による『永遠の不在証明』は、赤井家の長い不在と再会の物語を一曲のなかに総括した楽曲として、本作の象徴的な要素のひとつとなった。
本作の興行収入が約76.5億円に達したことは、コロナ禍下の邦画市場における劇場版『名探偵コナン』ブランドの堅さを内外に改めて示す結果となった。本作以降、劇場版『名探偵コナン』はシリーズの興行記録を毎年のように更新し続ける位置に立つことになる。
テーマと解釈
本作の中心テーマは『不在と再会』である。赤井家四人——赤井秀一、メアリー世良、羽田秀吉、世良真純——が、それぞれの理由で長年離れて生きてきた、その不在の長さが、本作の物語の根本的な土台となっている。本作のクライマックスでも、四人は一斉に同じテーブルへ着く種類の再会を取らない。代わりに、東京の街の朝に四人がそれぞれの位置で『同じ空気を吸いつづける』という事実だけを、観客の側に静かに置き直す。主題歌のタイトルが『永遠の不在証明』であることは、本作の主題の最も直接的な要約である。
もうひとつのテーマは『過去の決着』である。15年前のボストンで赤井秀一が放った一発の弾丸が、当時の事件をその場の決着には導かなかったという事実が、本作の物語の発端である。そして本作のクライマックスで赤井秀一が放つ『緋色の一発』は、15年前の未決の追跡を、ようやく現代の東京の高架の上で締めくくる。本作の中で『一発の弾丸』は、単なるアクションの装置ではなく、過去の長い時間の重みを引き受けて、現在の決着を生む象徴的な行為として扱われている。
そして本作のもう一つの大きなテーマは『現代日本の象徴的なインフラ』である。世界最速のリニア中央新幹線、WSGの主要会場である東京ビッグサイト、巨大な高架の構造——本作のクライマックスは、現代日本が世界に対して提示しようとする象徴的なインフラそのものを舞台に置き、その内部で人間の判断と射撃が最後の決着を生む構図を取っている。本作のサスペンスは、現代日本の社会の物理的なスケールと、一人の人間の精密な仕事の対照のうえに成り立っている。
もうひとつ見逃せないのが『家族の所作』というモチーフである。本作の家族劇は、台詞ではなく所作の細部によって観客に伝えられる。羽田秀吉が兄の名を口にする一秒、メアリー世良が窓辺で家族の写真の前に座る数秒、世良真純が街角で兄に似た背中を遠くに見つける一瞬——いずれの場面も、説明を最小限に抑えて、観客の側に感情の受け取りを委ねる作りに整えられている。本作の人物造形は、家族の関係が言葉ではなく所作と空気の温度として伝わるという視点を、徹底して描く方向に向けて整えられている。
見る順番(補助)
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結だが、本作は『赤井家』を中心に据えた一作である。初見で本作から入っても物語は追えるが、テレビアニメや原作で『赤井家』『FBI』『沖矢昴』のいずれかを少しでも知っていると、四人の関係の重みと、クライマックスの『緋色の一発』の温度が、何倍にも沁みる。
おすすめは、劇場版第18作『異次元の狙撃手』、第20作『純黒の悪夢』など、赤井秀一・FBIが大きく動く近作群を踏まえてから本作を観る順番。前作群と並べると、本作で『赤井家四人を真正面から扱う』という題材が劇場版シリーズの中でどのような位置に置かれているかが、より立体的に見えてくる。鑑賞後は、本作以降の劇場版で赤井家のメンバーがどのように扱われていくかを追うのもひとつの楽しみである。
赤井家と FBI の物語を中心に追いたい場合は、テレビアニメおよび原作の関連エピソード、本作、そしてシリーズの赤井関連の劇場版を並べると、シリーズが長年このテーマをどう描き重ねてきたかが見えてくる。本作はそのリストの中で、劇場版が初めて赤井家四人を同じ画面のうえに揃えた重要な節目である。
- 前作『名探偵コナン 紺青の拳』(劇場版第23作)で怪盗キッドと京極真をシンガポールに置いた一作
- 本作コロナ禍で延期され2021年に公開された、赤井家四人とリニア中央新幹線を真正面から扱う第24作
- 次作『名探偵コナン ハロウィンの花嫁』(劇場版第25作)で警察学校組と安室透・降谷零を真正面から扱う一作へ
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、15年前のWSGボストン大会で起きた連続誘拐事件と、現代の東京で開催されるWSGのVIP連続誘拐が、本作の物語の二大発端である、という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、犯人がシュラット・アレクサンダーであること、彼がリニア中央新幹線を被害者ごと暴走させて東京ビッグサイトへ突入させようとすること、そして高架の遠方からの赤井秀一の長距離射撃『緋色の弾丸』が車両のブレーキの物理機構を撃ち抜いて止めることが核となる。
「シュラット・アレクサンダーとは何者か」という問いには、15年前のWSGボストン大会で連続誘拐事件を起こし、若き赤井秀一に右脚を撃たれて以降、長年身を隠していた人物である、と答える。「動機」については、過去にWSGおよび関連スポンサー企業の事業判断の結果として被った『大切な人の喪失』への抗議と復讐、と答えられる。「『緋色の弾丸』とは何を指すのか」という問いには、クライマックスで赤井秀一がリニア中央新幹線のブレーキの物理機構を高架の遠方から撃ち抜く一発の弾丸そのもの、と答える。
「初見でも見られるか」という問いには、本作は単体で完結しているため初見でも問題なく楽しめる、と答えられる。ただし、『赤井家』『FBI』『沖矢昴』のいずれかをテレビアニメや原作で少しでも知っていると、四人の関係の重みが圧倒的に違ってくる。「見る順番」は、近作の赤井・FBI 関連の劇場版を踏まえてから本作に入るのがもっとも安定する。
「なぜ公開が一年延期されたのか」「主題歌『永遠の不在証明』は本作のために書き下ろされたのか」「ジェイムズ・ブラックの声が変わったのはなぜか」「監督の永岡智佳は何者か」といった頻出の問いに対しては、それぞれ本記事の制作・舞台裏・声の演出の各章で詳述している。本作のもっとも重い問いは、むしろ『長年離れていた家族が同じ街の朝を共有する、という事実だけで再会と呼べるのか』であり、観客一人ひとりの答えが本作の最後のピースになる。
参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。