ハリー・ポッターとアズカバンの囚人は、2004年に公開された映画で、J・K・ローリングの同名小説を原作とするシリーズ第3作である。魔法学校3年目を迎えたハリーは、12年前に13人を殺害した罪でアズカバンを脱獄した囚人シリウス・ブラックが自分を狙っていると知らされる。だが真実は、両親の死をめぐる過去と、父から受け継ぐ魔法へとつながっていく。監督が交代し、シリーズがより暗く重厚な作風へ転換した転機の一作として知られる。
00概要
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(Harry Potter and the Prisoner of Azkaban)は、アルフォンソ・キュアロンが監督したファンタジー映画である。公開は英国で2004年5月31日、米国で6月4日、日本では同年6月26日。J.K.ローリングのベストセラー小説『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(1999)を原作とし、『賢者の石』『秘密の部屋』に続く本編シリーズ第3作にあたる。脚本はシリーズの大半を手がけるスティーヴ・クローヴスが続投。製作をデヴィッド・ヘイマン、配給をワーナー・ブラザースが担った。
本作最大の特徴は、シリーズの映像言語が大きく転換した点にある。前2作でクリス・コロンバスが描いた暖かく賑やかな童話としてのホグワーツから、メキシコ出身のキュアロンが描く、湿った霧と高地の風が吹き抜けるリアリズムのホグワーツへ——その振れ幅は大きい。キュアロンは『天国の口、終りの楽園。』『リトル・プリンセス』を経て、後に『ゼロ・グラビティ』『ROMA/ローマ』でアカデミー賞監督賞を二度手にする名匠だ。本作ではスコットランド高地の本物の山岳地帯がホグワーツの背景として大々的に取り入れられた。湖、橋、暴れ柳の周囲に広がる風景は、以降のシリーズ全体に受け継がれる地理的アイデンティティの土台となっている。
物語が動き出すのは、夏休みのプリベット通り。叔母マージを風船のように膨らませてしまったハリーは、深夜の家出の途中、三階建ての魔法バス「ナイト・バス」に拾われ、ロンドンの漏れ鍋でコーネリウス・ファッジ魔法大臣と再会する。彼を待ち受けるのは、ひとつの影だ。十二年前にヴォルデモートに仕え、その失脚の夜にロンドンの大通りで一度に十三人を殺害したとされる男——アズカバンから史上初めて脱獄した囚人、シリウス・ブラック。学校を守るために配置された吸魂鬼(ディメンター)、新任教師リーマス・ルーピン、忍びの地図、ヒッポグリフのバックビーク、そして終盤の叫びの屋敷で明かされる「真の犯人」の正体。これらが本作の縦糸を編み上げていく。
本記事は結末を含む全編の内容に踏み込む。叫びの屋敷で明かされるシリウスとピーター・ペティグリューの真相、ルーピンが人狼であった事実、ハリーがタイムターナーでバックビークとシリウスを救う構造、そして彼が初めて完全な守護霊を放つ瞬間まで、すべて記す。物語の重大な驚きを保ちたいなら、先に本編を鑑賞してから読み進めることを勧めたい。
主要データ
- 原題
- Harry Potter and the Prisoner of Azkaban
- 原作
- J.K.ローリング(1999年・ブルームズベリー)
- 監督
- アルフォンソ・キュアロン
- 脚本
- スティーヴ・クローヴス
- 音楽
- ジョン・ウィリアムズ
- 撮影
- マイケル・セレシン
- 美術
- スチュアート・クレイグ
- 編集
- スティーヴン・ヴァイスバーグ
- 公開
- 2004年5月31日(英国)/6月4日(米国)/6月26日(日本)
- 上映時間
- 142分
- ジャンル
- ファンタジー、ミステリー、青春劇、タイムトラベル要素
- 舞台
- 1993-1994年の英国(プリベット通り/漏れ鍋/ホグワーツ城/ホグズミード村/叫びの屋敷)
01あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。プリベット通りでマージを膨らませて家出するところから、ナイト・バスとロンドンの漏れ鍋、ホグワーツ特急の吸魂鬼、ルーピンとリディクラス、バックビークの初授業、忍びの地図、ホグズミードでのフィルチへの隠密、トレローニーの占い学、バックビークの裁判、暴れ柳と叫びの屋敷、シリウスとピーター・ペティグリューの真相、ルーピンの人狼変身、湖畔の吸魂鬼と牡鹿の守護霊、タイムターナーでの遡行とバックビーク/シリウスの脱出までを順に追う。
プリベット通りとマージおばさんの膨張
1993年夏、十三歳になったハリー・ポッターは、相変わらずサリー州プリベット通り4番地のダーズリー家で、叔父バーノンと叔母ペチュニアのもと、居心地の悪い夏休みを送っていた。深夜の自室で毛布をかぶり、杖の先をこっそり光らせて教科書を読み進める——その少年の姿から本作は幕を開ける。前2作と比べ、彼をとらえるカメラの位置、寝室を満たす光の温度、ベッドの下から這い出すような構図。そのすべてがコロンバス調から明らかに離れ、キュアロンの新たな映像感覚へと観客を導いていく。
翌日、叔父バーノンの妹マージ・ダーズリーが、愛犬リッパーを連れて長期滞在にやって来る。マージはバーノンを溺愛する一方、ハリーの両親、とりわけ亡き母リリーを口汚く罵って憚らない女である。夕食の席では赤ワインを浴びるように飲みながら、『血統の悪い犬は、雌が悪いから生まれるんだ。お前の母さんも欠陥があった』とハリーに吐き捨てる。すると卓上のグラスが彼の怒りに呼応してひびを入れ、皿が震え、シャンデリアが揺れる。当のマージは気づきもせず両親の話を続けるが、その口の端で、彼女の体はやがて風船のように膨らみはじめる。
杖を手にしていないにもかかわらず、ハリーの怒りがマージを巨大な人型風船へと変えてしまったのだ。ベルトがちぎれ、ドレスが裂け、リッパーが吠えながら追いかけるなか、マージは天井に頭をぶつけつつ、煙突から夜空へと浮かび上がっていく。激昂したバーノンに『どんな手を使ってでも元に戻せ』と杖を突き付けられたハリーは、トランクを引きずり、ヘドウィグの鳥籠を抱え、夜のプリベット通りへと家を飛び出す。
暗い住宅街の生垣の合間に、彼を見つめる一対の黄色い目が一瞬光る。大きな黒い犬の影が、街灯の向こうに静かに立っている。ハリーは思わず杖を構えた。そうとは知らぬまま、彼はこの瞬間、自らの運命をともに背負うもう一人——名付け親シリウス・ブラックのアニメーガス姿——と初めて対面していたのである。だが犬の正体を知る由もなく、後ずさった拍子に道路の縁へと倒れ込む。その直後、夜の通りを切り裂くように、紫色の派手な装飾を施した三階建ての二階建てバスが轟音とともに急停車した。
ナイト・バスと漏れ鍋、ファッジとの会見
車掌スタン・シャンパイクと運転手アーニー・プラングが切り盛りする魔法の緊急交通機関『ナイト・バス』。ロンドンからイギリス全土へ、信号も渋滞もおかまいなしに時速二〇〇マイルで突き進む。三階建てバスの車内にはベッドが所狭しと並び、バスが揺れるたびにシャンデリアと衣装ダンスが床を滑っていく。ハリーは『ニール・トーマス』と偽名を名乗って乗り込み、ロンドン中心部にある魔法使い専用の旅館『漏れ鍋』へと運ばれていく。車内の天井近くに吊るされた『不気味な男の絵』が、生放送のニュースさながらに『シリウス・ブラックは脱獄した』と告げる――この映像こそ、観客が本作の悪役の名と顔を初めて目にする瞬間である。
漏れ鍋でハリーを出迎えたのは、思いがけずコーネリウス・ファッジ魔法大臣その人だった。十三歳の少年が魔法省の追跡をかいくぐり、深夜のロンドンに降り立ったのだ。本来なら、未成年の魔法使用禁止違反として厳しい処分を下すべき立場にある。ところがファッジはハリーをほとんど叱ろうとしない。温かい紅茶をふるまい、宿の上等な部屋を用意し、ホグワーツ特急の発車までここで待つようにとだけ言い残す。マージにかけられた記憶は、魔法省の不適切魔法使用班が後から修正し、何事もなかったことにされてしまう。
規則違反者には厳格なはずのファッジが、それを脇に置いてまでハリーを厚遇する。その理由は、本作の序盤では明かされない。やがて終盤になって観客に告げられるのは、魔法省側の極めて重い情勢判断である。脱獄囚シリウス・ブラックは、ハリー・ポッターを殺すために牢を抜け出した。だからこそ、ハリーを一人で街に出歩かせるわけにはいかなかった――。温和な紳士の仮面の下で、ファッジは自分の任期中に『生き残った男の子』を殺させてしまう結末への恐怖と、政治的な計算を抱えていたのだ。
ダイアゴン横丁で休暇を過ごすあいだ、ハリーは新型箒『ファイアボルト』のショーウィンドウの前で時を忘れる。やがてハーマイオニーとロンも漏れ鍋に合流し、再会を果たす。ロンの父アーサー・ウィーズリーは、人混みのなかでハリーをそっと脇へ引き寄せた。そして声をひそめ、こう警告する。『シリウス・ブラックが脱獄した。そして彼は、君を狙っている。城を出るな、絶対に城を出るな』。自分の命が狙われている――ハリーがその事実を知るのは、このときが初めてだった。
ホグワーツ特急の吸魂鬼とリーマス・ルー…
九月一日、ハリー、ロン、ハーマイオニーはキングス・クロス駅の9と3/4番線からホグワーツ特急に乗り込む。同じコンパートメントには、すりきれたローブをまとった若い男が一人、トランクを枕に眠りこけていた。トランクには擦り消えかかった字で『R・J・ルーピン教授』とある。新任の闇の魔術防衛術教師だ。この職はこれまで毎年のように呪われ、一年ごとに新しい顔がその席に座る。今年もまた、見知らぬ人物がそこにいた。
列車がスコットランド高地のどこかで急停車する。窓は外側から霜に覆われ、車内の灯りが一斉に消える。誰かが乗り込んだ気配が、廊下の床板を一歩ずつ軋ませながら、ハリーたちのコンパートメントへ近づいてくる。引き戸がゆっくりと開く。扉枠を覆い尽くすように、ぼろぼろの黒い衣をまとった、背丈三メートル近い影が立っていた。骨ばった指で空気をかきむしっている——アズカバンの看守、吸魂鬼(ディメンター)である。
吸魂鬼はハリーを認めると、骨と灰の臭いを放ちながら少年の上に身を屈め、その口元から白い吐息のような魂を吸い出しはじめる。ハリーの耳の奥には、聞いたこともない女性の悲鳴が遠く反響していた——『ハリー、ハリーをよこさないで、私を殺して、息子だけは——』。それが誰の声なのか、この時点では彼自身もまだ知らない。気を失いかけたハリーの前で、目を覚ましたルーピンが杖を構え、白く銀色に輝く光を放つ。『エクスペクト・パトローナム(守護霊よ来たれ)』——吸魂鬼は退き、車内に灯りが戻る。
ルーピンは溶かしたチョコレートをハリーに渡し、『食べなさい。気分が良くなる』とだけ告げる。一歳のときに母リリーが我が身を盾にして死んだ、その記憶——ハリーの過去をこの場で察したと思われるが、彼は何も問わない。教師として最初の手当てを与えると、ふたたび目を閉じて深い眠りに戻っていく。本作で最も重要な大人の一人であり、シリーズを通じて最後まで観客の信頼を裏切らない人物の、これが最初の登場である。
関連リンク
ホグワーツの新学期と新任教師たち
ホグワーツの大広間。組み分け帽の歌が終わると、ダンブルドアが新学期の演説に立つ。本年度、城の外周には魔法省の命令でアズカバンの看守——吸魂鬼——が配置される。脱獄囚シリウス・ブラックを城内に入れないためだ。校長は生徒たちに、吸魂鬼が変装を見抜き、いかなるトリックも透明マントも通用しない無慈悲な存在であることを、強い言葉で告げる——『彼らに、人の最も暗い記憶を糧にすることを忘れてはならない』。
新任教師は二人。闇の魔術防衛術にリーマス・ルーピン、そして魔法生物飼育学には、長年補助役を務めてきたハグリッド本人が、教える側として正式に着任する。豪快な歓声のなか、ハグリッドは恥ずかしげに長靴の踵をすり合わせ、深い緋色の上着の襟を整える。前作までは森番として影に立っていた巨人の血を引く男が、初めて教師の肩書きを得る瞬間だ。
ダンブルドアは、もう一人の新任を告げる。占い学のシビル・トレローニー教授だ。彼女が物語の中盤で重大な『第二の予言』を口にするとは、この場の誰も知らない。教師席の端、黒い髪のセブルス・スネイプは、ルーピンへ向ける視線を一度も外さない。二人には観客のまだ知らない学生時代の長い因縁があり、本作はその歴史を四半周だけ開いてみせる物語でもある。
ヒッポグリフのバックビークと初授業
ハグリッドの初めての魔法生物飼育学の授業は、禁じられた森の縁に建つ彼の小屋の脇、広々とした草地で開かれる。生徒たちが教科書『怪物的な怪物の本』を開こうとすると、本そのものが牙を剥いて噛みつこうとする——ハグリッドが熱意のあまり選んだ、生きている教科書である。背表紙をなでてあやさなければページが開かない。この教科書をめぐる小さな笑いは、本作に数少ないユーモアの源として、観客の記憶に長く残る。
ハグリッドが連れてきたのは、馬の胴に鷲の翼と頭、そして鋭い爪を備えた巨大な魔法生物——ヒッポグリフのバックビークである。ハグリッドは生徒たちにこう教える。『ヒッポグリフは誇り高い生き物だ。決して馬鹿にしてはならない。挨拶は深いお辞儀から、ヒッポグリフがお辞儀を返してくれて初めて触ることが許される』。最初に手を挙げたハリーが深々と一礼すると、バックビークは翼を広げ、頭を下げ返す。本作で最も穏やかに美しい数十秒が、ここで画面に置かれる。やがてハリーはバックビークの羽を撫で、その背に乗せられ、ホグワーツの上空を旋回する。湖の真上を低く飛び、両翼で水面を撫でていく場面は、予告編にも繰り返し使われたシリーズ屈指の名場面である。
だが、その直後、ハリーを真似てバックビークに近づいたドラコ・マルフォイが、お辞儀を省いたまま『こんな鶏みたいな獣を恐れろっていうのか』と侮蔑する。誇りを傷つけられたバックビークは鋭い爪を一閃させ、ドラコの右腕を切り裂く。本作の縦糸を支配することになるもう一つの裁判——『ヒッポグリフ処分裁判』——が、ここで密かに幕を開ける。マルフォイ家の当主ルシウスは、息子の負傷を口実に、ホグワーツ理事会と魔法生物危険分類委員会を動かし、バックビークを処刑へと追い込もうと画策していく。
リディクラスと闇の魔術防衛術、まね妖怪…
ルーピンの最初の本格的な授業は、教員談話室に置かれた古い衣装ダンスの前で始まる。中に潜んでいるのは、まね妖怪『ボガート』。見る者がもっとも恐れる姿に瞬時に化ける、低位の闇の魔法生物である。ルーピンは生徒たちに、ボガートに立ち向かう唯一の方法は『恐怖を笑いに変えること』だと説き、その呪文が『リディクラス(馬鹿馬鹿しくしろ)』であると教える。
最初に呼ばれたのはネビル・ロングボトムだ。彼が何より恐れるのはセブルス・スネイプである。衣装ダンスから現れたボガートは、即座にスネイプの姿をまとって迫る。ルーピンはネビルに『君の祖母を思い浮かべろ。スネイプを彼女の服装で包んでしまえ』と耳打ちする。ネビルが杖を振り『リディクラス』と叫ぶと、ボガート=スネイプは突然、赤いショールに緑のドレス、頭頂に巨大なハゲワシ剥製の帽子を載せた姿へと変じ、教室は爆笑に包まれる。続いて生徒が一人ずつ前に出て、それぞれの恐怖を笑いへと変えていく。ロンの巨大蜘蛛にはローラースケートを履かせ、床を滑らせる、といった具合だ。
ハリーの番が来る寸前、ルーピンは彼を制し、自らの前にボガートを引き寄せる。ハリーのボガートが何に化けるかを確かめる前に、講師みずから締めくくることを選んだのだ。ルーピンの前に現れたボガートは、白く丸い天体——『満月』——の姿を取り、観客の目には小さな違和感として残る。授業のあと、ハリーはルーピンに『あなたは僕を信用していないんですか?』と詰め寄る。ルーピンは穏やかに答える。『そうじゃない、ハリー。私が恐れたのは、君のボガートが何の姿を取るかではない。君が何を恐れているかを、教室の全員に晒したくなかっただけだ』。ハリーの最大の恐怖がヴォルデモートではなく吸魂鬼そのものであるという、本作が後に明かす事実を、ルーピンはこの時点ですでに見抜いている。
クィディッチと吸魂鬼、雷雨の試合
ハッフルパフ戦のクィディッチは、シリーズ屈指の暴風雨のなかで幕を開ける。空は黒い雲に覆われ、雷鳴と豪雨でゴーグルの内側にまで水が入り込み、選手たちは互いの位置すら見分けられない。ハリーは雷をかいくぐるように金のスニッチを追って高空へ昇る。だがその瞬間、上空に群がっていた数十体の吸魂鬼が、黒い渦となって彼を取り囲むのだ。
彼の耳に、列車のなかで聞いたあの女性の悲鳴が、今度は前よりもはっきりとよみがえる。それは、母リリー・ポッターが残した最後の声だった。一歳のハリーをゆりかごのなかで抱きしめ、ヴォルデモートに『ハリーを殺さないで、代わりに私を殺して』と懇願する母の声である。ハリーは意識を失い、ニンバス2000から数百フィート下のクィディッチ・ピッチへと落ちていく。
ダンブルドアが間一髪で落下中のハリーの真下に魔法のクッションを差し出し、その命を救う。だが愛用の箒ニンバス2000は、競技場の脇に立つ暴れ柳へと吹き流され、枝にずたずたに引き裂かれて、ばらばらの破片となって落ちていく。試合そのものは、ハッフルパフのキャプテン、セドリック・ディゴリーの誠実な判定によって決着する。彼は試合終了後、『これは公平な勝利ではない、再戦したい』と申し出るが、グリフィンドール側はこれを辞退するのだ。本作で初登場するこの好青年セドリック・ディゴリーの姿は、ここで観客の記憶に深く刻まれる。後の第4作『炎のゴブレット』で彼を待ち受ける運命を思えば、この場面に見せる優しさは、シリーズ全体を通して二度と取り戻せない優しさである。
ホグズミード村と忍びの地図
ホグワーツの三年生になると、生徒たちは保護者のサインを携え、週末ごとにホグズミード村への外出を許される。藁葺き屋根が軒を連ねる魔法使いだけの村だ。白い湯気の立ちのぼる三本の箒亭、ペスト撲滅期の薬草書をそろえた書店、悪戯専門店ゾンコ、お菓子屋ハニーデュークス——そして村外れには、荒れ果てたまま打ち捨てられた『叫びの屋敷』がある。イングランドで最も激しく霊が出るとされるその屋敷の輪郭が、雪に覆われた峠の向こうに立っている。
ところがハリーだけは許可証を持たない。唯一の保護者であるバーノンがサインを拒んだためだ。ホグワーツへの居残りが決まり、雪の校庭をうらやましげに眺めるばかり。そんなハリーを、フレッドとジョージのウィーズリー双子が校内のひと気のない廊下に引っ張り込み、フィルチの倉庫から十数年前に拝借したという『古い羊皮紙』を手渡す。何の変哲もない真っ白な羊皮紙だが、杖でその上を叩いて『我、ここに誓う、よからぬ事をたくらむ者なり』と唱えると、墨の線が放射状に広がっていく。やがて、ホグワーツ城のすべての通路、隠し部屋、階段、そして人物の位置を点と名前で示す『忍びの地図』が浮かび上がる。
地図の下部には作者として四つの綽名——『ムーニー(月)/ワームテール(虫尾)/パッドフット(足長)/プロングス(枝角)』——が書き出されており、これが本作の最終的な伏線となる。だが観客は、まだその意味を知らない。地図には城の内外を問わずすべての人物の位置がリアルタイムで示される。ハリーはこれを頼りに『一本目の通路(ハニーデュークスの地下倉庫へ直通する秘密通路)』を抜け、誰にも見られずホグズミード村へ出る。
村の三本の箒亭。その暖炉の前で、ハリーは透明マントの下から、コーネリウス・ファッジとマクゴナガル教授、フリットウィック教授、ハグリッドが声を潜めて語り合う場面に居合わせる。そこで初めて、観客にも明確に告げられる真相がある——シリウス・ブラックはハリーの両親と親友だった。ジェイムズ・ポッターと兄弟のように育った男だった。それなのにブラックは、自ら秘密の番人を引き受けたあと、十二年前のあの夜、ポッター家の住所をヴォルデモートに売ったのだ。リリーとジェイムズの死を招いた直接の原因——それが彼だった。テーブルの下、透明マントに覆われたまま、ハリーは頬を伝う涙を止められない。彼にとってシリウス・ブラックという男が、単なる脱獄囚から、両親を売った許せない裏切り者へと変わる瞬間である。
占い学とトレローニーの予言
北塔の天井裏にしつらえられた、天文台のような円形の塔の最上階。占い学の教室は、ここで開かれる。教壇に立つのは、薄手のショールを何重にも巻き、底の厚い眼鏡で目を奇妙なほど大きく見せる、どこか浮世離れした女性——シビル・トレローニー教授だ。エマ・トンプソンが演じるトレローニーは、お茶の葉、水晶玉、手相を頼りに、生徒一人ひとりの未来を読み取ろうとする。
授業の冒頭、彼女はハリーに視線を留め、『あなたは犬を見たわね、最近、見たことのない大きな黒い犬を』と問いかける。ハリーの脳裏によみがえるのは、プリベット通りで生垣の向こうに見た、あの黒い犬の影だ。トレローニーは深刻な面持ちで告げる——『それは死神犬(グリム)。教会の庭に住む巨大な犬の形を取って、人に死を予言する不吉な霊獣よ』。ロンとハーマイオニーは思わず顔を見合わせる。ハリーの背筋を冷たいものが走り抜けた。
ハーマイオニーは早々に、占い学など曖昧なもので、推論ではなく印象を弄ぶだけの学問にすぎないと見切りをつける。そして終盤、彼女は教室を派手に飛び出し、この授業を放棄してしまう。だが物語が終わりに近づくころ、年度最後の試験のために残ったハリーがトレローニー教授の前に座る。その瞬間、彼女の声が突然、低く別人のような響きに変わり、目の焦点が宙に固定された。本人もそうとは気づかぬまま、彼女は『真の予言』を口にする——『今夜、闇の帝の従僕は、十二年の鎖を断ち、主のもとへ帰る。従僕の助けを得て、闇の帝は再び立ち上がるだろう……前より強く、より恐ろしい姿で』。我に返ったトレローニーは、何ひとつ覚えていない。予言を発した直後の本人だけが、毎回その記憶を失う——それこそが、真の予知の代償なのだ。
バックビーク裁判とハーマイオニーの苦悩
雪が解け始める頃、魔法生物危険分類委員会はバックビークの処刑を正式に決定する。ルシウス・マルフォイ家の圧力に加え、息子ドラコの負傷を口実とされ、ヒッポグリフは「生徒を襲った危険生物」として処分される運命にあった。執行はその年の六月、満月の翌日。執行人マクネアが斧を担ぎ、城の上方からハグリッドの小屋の脇まで降りてくる場面が、後の物語の重要な節目となる。
ハーマイオニーは秘密裏に法律書を読み漁り、ハグリッドの控訴文を仕上げていく。本作の彼女は占い学を放棄する一方、古代ルーン文字、数占い、マグル学、変身術、闇の魔術防衛術、薬草学、魔法薬学、魔法生物飼育学のすべてを並行して履修するという、物理的に不可能なほど過密なスケジュールを抱えている。同じ授業時間に二つの教室で目撃される、廊下で消えたかと思えば再び現れる——そんなハリーとロンの証言が、地味ながら作中の重要な伏線として観客に示されていく。
終盤に明かされる答えはこうだ。マクゴナガル教授が魔法省から特別に借り受け、真剣に学ぶ彼女のためにと貸し与えた「タイムターナー(逆転時計)」。ハーマイオニーはそれを首から下げて使っていたのである。一日に何度も過去の数時間に戻り、同じ時間帯に別の教室へ出席する。極めて高い倫理的負荷を伴うこの道具を、本作の彼女は誰にも告げず、たった一人で背負っていた。
さらにハーマイオニーは本作で、魔法生物店で出会った一匹の猫を引き取る。毛むくじゃらで顔がつぶれた、獰猛なオレンジ色の「クルックシャンクス」だ。彼女の新しい飼い猫は、ロンのペットである茶色いネズミ「スキャバーズ」に執拗に襲いかかり、ロンを激怒させる。だが、このしつこさこそ本作最大の伏線にほかならない。クルックシャンクスは半分ニーズル(賢猫)の血を引いており、スキャバーズが本当はネズミではないと、最初から見抜いていた唯一の存在なのである。
ハリーの守護霊訓練
クリスマスの夜明け、ハリーの寝台の足元に差出人不明の細長い包みが置かれていた。中身は、世界最速を誇る競技用箒『ファイアボルト』である。危険を察したマクゴナガル教授は、脱獄囚シリウス・ブラックからの贈り物ではないかと疑い、箒を一時没収する。だが後に明かされる通り——観客には伏線として示されるのだが——これはシリウス本人が、ハリーの十三歳の誕生日と名付け親としての務めを果たすべく、ロンドンの箒店からふくろう便で送ったものだった。
クィディッチの試合での落下を経て、ハリーは吸魂鬼への自衛手段を切実に求めるようになる。彼はルーピンに『あの呪文を、僕に教えてほしい』と頼み込み、ルーピンはこれを引き受ける。選ばれたのは、空き教室に用意したトランクのなかにボガートを閉じ込め、ハリーが最も恐れる『吸魂鬼そのもの』を擬似的に呼び出して練習相手とする方法だった。
守護霊呪文『エクスペクト・パトローナム』は、人生でもっとも幸福で力強い記憶をただ一つ思い浮かべ、その輝きを杖の先から放つ、きわめて高度な魔法である。ハリーは何度も失敗する。最初に選んだ『プラットフォーム9と3/4で初めてホグワーツ特急を見たときの感激』では、銀色の薄い霧が一瞬立ちのぼるばかりで、ボガート吸魂鬼を退けられない。ルーピンは静かに諭す——『もっと深い、誰にも譲れない幸福の記憶を選びなさい』。
ハリーがついにたどり着いた記憶は、両親が生きていた一歳の頃、写真のなかにしか残らないあの夜の光景だった。ジェイムズが赤ん坊の自分を抱き上げ、リリーが微笑む——ホームムービーのようなほんの数秒。その記憶を握りしめると、彼の杖の先から放たれた銀の光が、霧からひとつの像へと形を結び始める。本作のラストでその像がついに完成する。ここで、もう一つの伏線が静かに張られるのだ。
関連リンク
忍びの地図の警告とスキャバーズの逃走
ある夜、忍びの地図を眺めていたハリーは、ホグワーツ城内の人物の動きに目を凝らしていた。すると、信じがたい一行が目に飛び込んでくる——『ピーター・ペティグリュー』。グリフィンドール塔の寝室、それもロンのベッドのあたりに、聞いたこともない名前の点が確かに動いているのだ。だが本来、その時間にそこにいるはずなのは、ロンと飼いネズミのスキャバーズだけである。
地図を取り上げようとするスネイプ。だが地図には、持ち主以外の者に侮辱の言葉を浴びせる呪いが仕込まれていた。スネイプを激怒させながらも、地図はみずからを守り抜き、やがてハリーの手に戻る。
数日後、グリフィンドール寮の談話室で、クルックシャンクスがスキャバーズを追い詰める。怒り狂ったロンはネズミを抱え上げ、ハリーとともに禁じられた森の縁まで足を運ぶ。その時、暗い空の下で、ピーター・ペティグリュー——観客にとってはまだ名前だけの男——の正体が、最後の伏線として静かに動き始めていた。
暴れ柳と叫びの屋敷への降下
バックビーク処刑の当日、夕暮れどきにハリー、ロン、ハーマイオニーはハグリッドの小屋を訪ね、最後の慰めの茶を酌み交わす。その茶の最中、ハーマイオニーの茶わんに、ロンがしばらく前になくしていたはずのオモチャが混じっていた。スキャバーズの片足についていた、抜けた草の刃である。やがてマクネアと魔法生物危険分類委員会の一行が、ダンブルドアを伴って小屋へ降りてくるのが見え、三人は裏口からそっと退散する。
城へ戻る途中、暴れ柳のすぐ近くで、ハーマイオニーの腕から逃げ出したスキャバーズが手をすり抜け、暴れ柳の根元めがけて全速力で駆けていく。ロンが追う。その直後、巨大な黒い犬が茂みから飛び出した。プリベット通りの夜にハリーが見た、あの犬である。犬はロンの足首に噛みつき、暴れ柳の根元の隠し入口へと引きずり込む。柳は枝で空をかきまわし、誰も寄せつけない状態へと戻った。
クルックシャンクスが暴れ柳の根元の節を前足で押し下げ、柳を一瞬だけ静止させてくれる。そのおかげでハリーとハーマイオニーは幹の根元の闇のなかへ降り、地下をまっすぐホグズミード村外れの『叫びの屋敷』まで延びる秘密の通路を、息を切らせて走り抜ける。
屋敷は、雪のあいだに半ば崩れかけた廃屋である。床板は腐り、壁紙は剥がれ落ち、調度品は古い時代のまま時を止めている。二階の寝室の戸が半開きになっていた。ハリーとハーマイオニーが踏み込むと、暗がりのなかに痩せた中年の男が立っている。長い髪を肩まで伸ばし、囚人服の擦り切れた跡を背負い、頬は窪み、目は深く落ちくぼんでいる。だが、その目だけは異様に鋭い——シリウス・ブラックである。
叫びの屋敷とピーター・ペティグリューの…
シリウスはロンを床に組み伏せ、その足首の傷に目をやりながら、ハリーに向けて低く語りかける。「久しぶりだ、ハリー。最後に会ったのは、お前が一歳の時だった」。激昂したハリーは父の名を叫び、両親を売った男としてシリウスに杖を突きつける。だがシリウスは抵抗しない。ただ静かに告げる——「あの夜、私はもう一度ピーターを殺すべきだった。あの夜、私が彼を選んだことが、すべての始まりだった」。
そこへ、暴れ柳の根元の通路を抜けてリーマス・ルーピン教授が姿を現し、シリウスを抱きしめる。教師と脱獄囚は旧友であり、ホグワーツの同級生だったのだ。「ムーニー(ルーピン)」「パッドフット(シリウス)」「プロングス(ジェイムズ・ポッター)」、そしてもう一人「ワームテール(ピーター・ペティグリュー)」——この三人ともう一人は、学生時代の四人組「マローダーズ(悪戯仕掛人)」であり、ハリーが手にする忍びの地図を作った張本人たちだった。
ルーピンは、ハーマイオニーが見抜いていた通り人狼である。月に縛られた彼のために、ジェイムズ、シリウス、ピーターの三人は非公認の動物アニメーガスとなり、満月の夜のルーピンに寄り添う術を見つけ出した。ジェイムズは牡鹿(プロングス)、シリウスは大型の黒犬(パッドフット)、ピーターはネズミ(ワームテール)へと変身する力を、学生時代に違法に身につけていたのだ。本作に張り巡らされた数々の伏線が、ここで一斉に意味を取り戻す。
そしてもう一つ、最大の真実が明かされる。十二年前のあの夜、ヴォルデモートにポッター家の隠れ家を売り、リリーとジェイムズを死へ追いやったのは、シリウス・ブラックではなかった。真の裏切り者は、ジェイムズが死の直前に最後の信頼をかけて「秘密の番人」を託した男——ピーター・ペティグリューだったのである。
ペティグリューはヴォルデモートに住所を売ったのち、駆けつけたシリウスから逃れるため、ロンドンの大通りで指を一本だけ切り落とすと、爆発魔法で十三人のマグルを巻き込んで殺し、ネズミに変身して下水道へと消えた。罪をシリウスに着せ、自分は十二年間、ロン・ウィーズリーのペット「スキャバーズ」として、ウィーズリー家の屋根の下に隠れ続けていたのだ。
暴れ柳の根元でロンの足首に噛みついたのは、シリウスが仕掛けた待ち伏せだった。アズカバンの新聞でロンの肩に乗るスキャバーズの写真を目にし、指の一本欠けた前足からその正体を見抜いたシリウスは、アニメーガスの大型黒犬の姿で、ペティグリューただ一人を引きずり下ろそうと狙っていたのである。シリウスとルーピンは、震えるロンの懐から逃げ出そうとするネズミを取り押さえ、二人同時に杖をひと振りする。すると丸い銀色の閃光のなかから、スキャバーズは皺だらけの小柄な中年男、ピーター・ペティグリューの姿へと戻った。
縮こまった「ワームテール」は床を這い、ハリーの脚に縋りついて、「ジェイムズの息子よ、命だけは助けてくれ」と懇願する。シリウスは「お前は十二年前、ジェイムズとリリーを死なせ、私からハリーを奪った。お前を殺さない理由など一つもない」と杖を構える。だがハリーは、シリーズの観客にとって決定的に重要な選択を下す。「殺さないで。父さんとシリウスを殺人者にしたくない。アズカバンへ連れていけばいい。でも、今ここで殺すのはやめてくれ」。
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湖畔の吸魂鬼と牡鹿の守護霊
叫びの屋敷の地下通路を、五人は暴れ柳へと抜けていく。シリウスはハリーの肩に手を回す。父の親友であり、自分の名付け親であり、自分を引き取る権利を持つ大人——この十二年間、ハリーがその存在をまったく知らなかった人物に、彼はようやくたどり着いた。「ダーズリー家を出て、これからは僕と一緒に暮らさないか」。シリウスがそう切り出すと、涙ぐんだハリーは頷きかける——。
その瞬間、雲が割れ、満月が暴れ柳の上に顔を出す。ルーピンの体が痙攣を始める。彼は薬を飲み忘れていた。本来なら毎月、満月の前夜にスネイプが調合する『脱狼薬(ウルフズベイン・ポーション)』を飲んでおけば、人狼に変身しても理性を保てる。だが、この夜の彼はシリウスとペティグリューを追って急いだあまり、薬を飲む暇がなかったのだ。
背骨が伸び、肩甲骨が突き出し、髪は灰色の毛皮に変わり、口元が獣のように長く突き出していく。シリウスは即座に黒い大型犬の姿となり、人狼と化したルーピンをハリーとハーマイオニーから引き離そうと、暗い丘陵地帯を駆け回って格闘する。その混乱のなか、鎖につながれていたペティグリューは脱皮するようにネズミの姿へ戻り、闇へと逃げ込んでいく。本作で最も悔やまれる、一瞬の取り逃がしである。ここでヴォルデモート復活への道筋が決定的に開かれてしまったことを、観客も物語の側も思い知らされる。
ハリーは、ペティグリューを追って黒い犬姿のシリウスが駆けていった先を捜し、湖畔へ走る。霧に覆われた湖の上空には、百体を超える吸魂鬼の群れが集結していた。湖の浅瀬に倒れたシリウスとハリーめがけ、黒い衣を翻して一斉に降りてくる。ハリーは絶望の底にあるシリウスを抱き起こすが、自身の意識もすでに遠のいていく。吸魂鬼の最年長と思しき一体が、ハリーの口元に手をかけ、その魂を吸い出そうとする——。
意識を失う寸前、ハリーの目に湖の対岸の小さな光が映る。誰かが、銀色に輝く守護霊を放っているのだ。その光は四つ足の大きな動物の形をとり、霧を散らしながら湖上を疾走し、吸魂鬼の群れを一掃する。ハリーは光を放った者を見極めようとするが、それが誰なのかを見定める前に、闇に呑まれて意識を失った。
タイムターナーによる遡行とバックビーク…
病室で目を覚ましたハリーは、ハーマイオニーから事の次第を聞かされる。シリウスは捕らえられ、城の最上階の独房へ移されていた。魔法省はすでにマクネアと吸魂鬼に『吸魂鬼の口づけ』の執行を命じている。口を通して魂そのものを吸い出し、人格を抹殺する刑罰だ。バックビークもまた、執行人の斧の下で処刑された——はずだった。
そこへダンブルドアが病室を訪れ、ハーマイオニーとハリーに、規則を破る権利を一度だけ与える。彼はハーマイオニーのタイムターナーに目をやりながら告げる。『時間が足りない者は、時間を作ることもできる。生徒一人が、もう一人の生徒も連れて行くことは、規則の範疇である』。そして一言、『三回まわせ』。
ハーマイオニーは首から下げた金色の砂時計を取り出すと、ハリーの首にも鎖を回し、回転環を三回まわした。病室の時計が逆回りに進む。数時間前の自分たちの背中を見送るところから、二人はもう一度、同じ夜を歩き直すことになる。
まず二人はハグリッドの小屋の脇に身を潜める。執行人マクネアと委員会の一行が小屋へ入ったその瞬間、外に繋がれたバックビークの綱を解き、誰にも見られぬまま森のなかへ逃がす。やがて委員会が小屋から出てくると、そこには空のロープと、地面に残る斧の振り下ろした痕だけがあった——実際は近くの南瓜畑の柵に打ち下ろされた音だったのだ。観客にとっては、最初の遡行の答え合わせとなる場面である。シリーズ全体でもっとも美しく機能する『時間旅行ミステリー』の一手だ。
次に、二人は湖畔まで戻る。過去の自分たちが吸魂鬼に襲われている、あの現場だ。ここにもうひとつ、重大な答え合わせが待っている——湖の対岸で銀の光を放った『誰か』とは、いったい誰だったのか。ハリーは茂みの陰から、今夜の自分たちが暴れ柳の根元からどう走ってきたかをじっと観察する。そして『遠くで誰かが助けに来てくれるはずだ』と待ち続ける自分の姿に、ついに痺れを切らす。自ら湖畔へ飛び出し、絶え果てそうな過去の自分とシリウスを救うため、思い切って杖を構えるのだ。
あの『ホームムービーの中の両親の笑顔』を握りしめ、彼は『エクスペクト・パトローナム』を放つ。杖の先から銀色の輝きが霧を貫き、巨大な牡鹿(プロングス)の像を結ぶ。父ジェイムズと同じ守護霊だ。湖の上を疾走した牡鹿は、百体の吸魂鬼をたった一頭で蹴散らすと、湖の中央に立ち上がり、対岸のハリー本人に向かって角を一度だけ垂れる。本作のクライマックスであり、シリーズ全体でもっとも何度も引用される、ハリーが自分自身の父の影に最も近づいた瞬間である。
その後、二人はホグワーツ城の最上階の独房から、バックビークとともにシリウスを脱出させる。シリウスは『私はもう何年も自由に飛んでいない』と苦笑いし、バックビークの背に跨って夜空に舞い上がる。眼下では、ホグワーツの灯が次第に小さくなっていく。ハリーが叫ぶ——『また会おう、シリウス』。シリウスは振り返らない。その代わりに片手を高く上げ、無言のまま月明かりへと消えていった。
登場要素
本作で初めて画面に登場する固有名詞は、シリーズ全体の伏線を担うものが実に多い。名付け親のシリウス・ブラック、人狼の教師リーマス・ルーピン、裏切り者のピーター・ペティグリュー、忍びの地図、マローダーズの四人、タイムターナー、守護霊呪文、ヒッポグリフ、吸魂鬼の名とその性質、ホグズミード村、叫びの屋敷——いずれも本作で初めて画面に置かれ、シリーズ後半でくり返し参照されていく。
- ハリー・ポッター
- ロン・ウィーズリー
- ハーマイオニー・グレンジャー
- シリウス・ブラック
- リーマス・ルーピン
- ピーター・ペティグリュー(ワームテール/スキャバーズ)
- アルバス・ダンブルドア
- ミネルバ・マクゴナガル
- セブルス・スネイプ
- ルビウス・ハグリッド
- シビル・トレローニー
- コーネリウス・ファッジ
- スタン・シャンパイク(ナイト・バス車掌)
- アーニー・プラング(ナイト・バス運転手)
- マダム・ロスメルタ(三本の箒亭店主)
- アーガス・フィルチ
- セドリック・ディゴリー
- オリバー・ウッド
- ドラコ・マルフォイ
- クラッブとゴイル
- パーシー/フレッド/ジョージ・ウィーズリー
- アーサー/モリー・ウィーズリー
- マージ・ダーズリー
- ダーズリー家(バーノン、ペチュニア、ダドリー)
- 肖像画『太った貴婦人』
- 肖像画『サー・カドガン』
- 校長室の肖像画群
- 吸魂鬼(ディメンター)
- ヒッポグリフ(バックビーク)
- 人狼(リーマス・ルーピン)
- アニメーガス(シリウス=大型黒犬、ペティグリュー=ネズミ、ジェイムズ=牡鹿)
- ボガート(まね妖怪)
- クルックシャンクス(半ニーズルの猫)
- スキャバーズ(実態はアニメーガスのペティグリュー)
- ヘドウィグ(ふくろう)
- 怪物的な怪物の本(生きている教科書)
- ハグリッドの飼っていた巨大爪のヒッポグリフ群
- 凍りつく池の鯉(ホグワーツの湖)
- エクスペクト・パトローナム(守護霊呪文)
- リディクラス(ボガート対処呪文)
- ルーモス/ノックス(杖の光)
- アロホモラ(解錠呪文)
- ウィングアーディウム・レビオサ
- アクシオ
- 脱狼薬(ウルフズベイン・ポーション)
- 忍びの地図の起動/消去呪文
- 未成年の魔法行使禁止条項(マージの件で適用見送り)
- アニメーガス変身
- アニメーガス登録規則
- 魔法省『不適切な魔法使用班』
- 吸魂鬼の口づけ(魂吸引刑)
- 三本の箒亭のバタービール
- 忍びの地図
- タイムターナー(逆転時計)
- 透明マント(ジェイムズの形見)
- ファイアボルト(シリウスからの贈与)
- ニンバス2000(暴れ柳との衝突で破壊)
- ナイト・バスの三階建て車体
- ハニーデュークスの秘密通路への入口
- ハニーデュークス菓子(蛙チョコ、舌焼けキャンディ)
- ゾンコの悪戯グッズ
- 占い学のお茶の葉と水晶玉
- 怪物的な怪物の本(噛みつく教科書)
- 三本の箒亭のジョッキ
- プリベット通り4番地
- ナイト・バス(夜のロンドンを縦断)
- 漏れ鍋(ロンドン中心部)
- ダイアゴン横丁
- キングス・クロス駅 9と3/4番線
- ホグワーツ城本館(暴れ柳/クィディッチ場/グレートホール/占い学北塔/時計塔/木の橋)
- ハグリッドの小屋
- 禁じられた森(バックビーク逃亡先)
- ホグズミード村(三本の箒亭、ハニーデュークス、ゾンコ、書店)
- 叫びの屋敷
- 暴れ柳の根元の地下通路(叫びの屋敷へ繋がる秘密の道)
- 校長室
- ホグワーツ最上階の独房
- ホグワーツ魔法魔術学校
- ホグワーツ四寮(グリフィンドール/スリザリン/ハッフルパフ/レイブンクロー)
- マローダーズ(ムーニー/ワームテール/パッドフット/プロングス)
- 魔法省(不適切な魔法使用班、魔法生物危険分類委員会、執行人マクネア)
- アズカバン監獄と看守としての吸魂鬼
- 魔法生物危険分類
- 未成年の魔法行使禁止
- 占い学(パターンと記号の学)
- 『秘密の番人』の概念(フィデリウス呪文)
- アニメーガス未登録罪
- ホグワーツ理事会(ルシウス・マルフォイ家の圧力)
19主要登場人物
本作の人物造形では、前2作で『学校に通い始めた子どもたち』として描かれてきた三人組を、思春期に差しかかったばかりの十三歳の少年少女として撮り直している。同時に本作は、ハリーの生身の父母の世代——シリウス、ルーピン、ペティグリュー、そして写真の中だけに存在するジェイムズとリリー——を画面に呼び戻す。ハリーが『過去から自分の名を呼ぶ大人たち』を初めて得る物語でもあるのだ。
ハリー・ポッター
本作でハリーは十三歳を迎える。だが、ここで描かれる物語は前作までとまるで様相が異なる。彼が立ち向かう相手は、ヴォルデモートでもバジリスクでもない。自らの心の奥底に眠る『母の最後の声』であり、その記憶を糧にしようと忍び寄る吸魂鬼たちなのだ。ハリーが本作で乗り越えるべきは、誰よりも深い喪失の記憶そのものなのである。
終盤、湖の対岸に立つ過去の自分を見つめながら、ハリーは知りうるかぎりもっとも幸福な記憶を胸に握りしめ、父と同じ姿の守護霊を放つ。父ジェイムズの形見である透明マントと忍びの地図を受け継ぎ、父のアニメーガスと寸分違わぬ守護霊を呼び出した彼は、シリーズで初めて『父の息子として何かを取り戻した』少年として、エンドクレジットへと歩き出していく。
ダニエル・ラドクリフは本作で十四歳。声変わりが始まり、身長も急速に伸びていく年頃である。前作までと比べ、彼の表情は明らかに一段沈んでいる。とりわけ、三本の箒亭の床下で透明マントの下に身を潜め、シリウスの真実に耳を傾ける場面、そして湖畔で意識を失いかけながら『誰かが必ず助けに来る』と確信する場面——この二つの場面で、ラドクリフはシリーズ全体を通しても屈指の繊細な芝居を残している。
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ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グ…
ロンが本作で知るのは、十二年来、家族同然に可愛がってきたペットのスキャバーズが、実は一家の懐に潜み続けた殺人の共犯者だったという事実だ。これはシリーズ全体を通して、彼が個人的に味わう最大の裏切りの一つである。叫びの屋敷の場面、シリウスに足首を噛まれ、痛みで半泣きになりながらも、ハリーをかばって『ハリーを殺すならまず僕からだ』と立ちはだかる。ロンという少年の誠実さの核を映し出す名場面だ。
ハーマイオニーは本作で、シリーズ史上もっとも多くの規則破りを重ねる。しかも、そのすべてが正しい理由のためだ。占い学の授業を派手に飛び出し、ヒッポグリフの処刑に反対する陳情書を一人で書き上げ、ドラコの頬を平手打ちし、タイムターナーで同じ一日を何度も生き直す。そして最後にはハリーとともに、バックビークとシリウスを救い出す。本作のエマ・ワトソンは14歳。ドラコを殴る一瞬の表情、その直後に杖をしまい『暴力なんて、私らしくなかった』とつぶやくまでのわずか数秒——彼女の演技は、ハーマイオニーの強い自意識を最短の時間で示す名カットとなった。
シリウス・ブラック
本作の表題に名を冠する人物。十二年間に及ぶアズカバン収監で痩せ細り、長く伸びた黒髪、囚人服の袖から覗く細く瀟洒な指先、目尻に刻まれた深い皺——。ゲイリー・オールドマンは、シェイクスピア劇出身の英国俳優としての存在感をそのまま叫びの屋敷の床に置き、奪われた十二年を、そして『無実の自分』を取り戻すために最後の機会を賭ける中年の男を、圧倒的な内圧で演じきる。
シリウスはハリーの父ジェイムズの親友であり、ハリーの法的な名付け親でもある。本作で初めて画面に呼び寄せられる『ハリーを引き取る権利を持つ大人』であり、エンディングでハリーが『これからは僕と一緒に暮らさないか』という提案に頷きかける場面は、シリーズ全体を通してハリーがもっとも『家族』に近づいた数秒として、長く観客の記憶に刻まれる。
ゲイリー・オールドマンは本作を機にシリーズの主要常連となり、続く第4作『炎のゴブレット』、第5作『不死鳥の騎士団』にも出演する。本作のラスト、バックビークに跨って空へと消えていく彼の姿は、シリーズの暗い後半へと向かう物語の門を、もっとも美しく開いた数秒でもある。
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リーマス・ルーピン
リーマス・ルーピンは、本作で新たに『闇の魔術防衛術』を担当する教師であり、シリーズで二人目の人狼として登場する重要人物だ。演じるのはデヴィッド・シューリス(『裸のランチ』『ニューウェイブ』『ナチュラル・ボーン・キラーズ』)。すりきれたローブ、生徒にそっとチョコレートを手渡す静かな手つき、決して声を荒げない物腰、それでいて戦闘になれば誰よりも早く杖を構える俊敏さ——いくつもの矛盾を抱えた人物像を、わずか140分の出演時間のなかで見事に並べてみせる。
彼が人狼であるという秘密は本作で明かされる。その秘密が知られたうえで辞任を決意する終盤の校長室の場面——「私はもう、生徒を危険に晒したと噂される教師として、ここに居続けるべきではない」——が、彼の人格をシリーズ全体に深く刻みつける。ルーピンはシリーズ後半、最終巻で再びハリーの父代わりとなり、第7作で命を落とすまで、観客にとって絶対的に信頼できる大人として描かれ続ける。
本作で脱狼薬を調合するのはセブルス・スネイプである。学生時代の同級生でありながら、互いを憎み合い続けた二人が、それでもプロフェッショナルとして手を組まざるを得ない——その関係もまた、本作の人物造形を語るうえで欠かせない側面だ。
アルバス・ダンブルドア
校長アルバス・ダンブルドアは、リチャード・ハリスの逝去を受け、本作からアイルランド出身の名優マイケル・ガンボン(『料理人、泥棒、その妻と愛人』『シンギング・ディテクティブ』)が引き継ぐ。原作者J.K.ローリングの推薦と、監督アルフォンソ・キュアロンの判断によって決まった配役である。
ガンボンのダンブルドアは、ハリスが体現した『静謐で詩的な校長』とは趣を異にする。底の見えないユーモア、瞬時に切り替わる鋭利な怒り、そして年長者でありながら生徒と同等の友人として隣に座る軽やかさを併せ持つ。本作のラスト、病室で告げる『時間が足りない者は、時間を作ることもできる。三回まわせ』という台詞の発し方には、ガンボン版ダンブルドアの代名詞となるテンポと音色が、初登板の段階ですでに刻まれている。
ガンボンは続く第4作『炎のゴブレット』から最終作『死の秘宝 PART2』まで、シリーズの残り6本すべてで校長を演じ続ける。
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シビル・トレローニーとピーター・ペティ…
シビル・トレローニー教授を演じるのは、『ハワーズ・エンド』でアカデミー賞主演女優賞に輝いたエマ・トンプソンだ。本作への出演は、自身がローリング作品の大ファンであると公言したうえでの参加だった。底の厚い眼鏡に、薄い色のショールを何重にも巻きつけた装い、揺れる肩と低い声色——本作のトレローニーは滑稽そのものだが、終盤『闇の帝の従僕は十二年の鎖を断つ』と本物の予言を口走るほんの数秒間だけ、まるで別人のような深く低い喉声へと切り替わる。トンプソンはこの変化を、声のピッチと目の焦点だけで完璧に演じ分けてみせる。
ピーター・ペティグリュー=ワームテールを演じるのは、『マイク・リー作品』『ターナー、光に愛を求めて』のティモシー・スポール。終盤の叫びの屋敷からエンディングにかけて、長い演劇キャリアのなかでもとりわけ身体性に頼った演技で、『縮こまったまま生き延びた小人物』の典型を画面に刻みつける。床を這い、ハリーの脚に縋り付き、命を懇願する——その表情は、ヴォルデモート復活への道を、観客にとって最も生々しい形で予感させるのだ。
舞台と用語
舞台となるのは、夏のサリー州プリベット通り、深夜のロンドン中心部(ナイト・バスが疾走し、漏れ鍋とダイアゴン横丁が広がる)、初秋から初夏にかけてのスコットランド高地に建つホグワーツ城、そして近郊にある魔法使い専用の村ホグズミードだ。本作で初めて立体感をもって画面に現れる場所には、漏れ鍋の客室、ホグワーツの『木の橋』『時計塔』、暴れ柳の根元へと続く地下通路、ホグズミード村の全景、そして叫びの屋敷の二階にある崩れかけた寝室がある。とりわけ叫びの屋敷の内装——床板の隙間から這い上がる蜘蛛の巣、剥がれかけた壁紙、煤けた窓——は、クライマックスを支える美術設計上の重要な達成として記憶に残る。
用語の面でも、本作で初めて画面に登場する重要な概念が多い。『吸魂鬼(ディメンター)』は魔法省の管轄下でアズカバンの監獄看守を務める恐怖の使い魔で、人の幸福な記憶を吸い出し、最も暗い記憶だけを残す存在だ。『口づけ(キス)』と呼ばれる魂吸引刑は死刑よりも重く、犠牲者の人格を永久に抹消してしまう。一方の『守護霊(パトローナス)』は、自らの幸福な記憶を糧に銀色の半透明な動物の姿を呼び出す高位の対吸魂鬼魔法であり、本作以降、シリーズ全体の精神的な核となる呪文として描かれていく。
また『アニメーガス』は、特定の動物に変身する能力を訓練の末に獲得した魔法使いの称号だ。本作ではジェイムズ(牡鹿)、シリウス(黒犬)、ペティグリュー(ネズミ)、マクゴナガル(猫)の四人がその姿を見せる。本来は魔法省への登録が義務づけられているが、ジェイムズ、シリウス、ペティグリューの三人は学生時代に違法に習得し、無登録のままだった。『タイムターナー』は、ごく稀な事例にかぎって魔法省が発行する時間遡行の道具で、本作ではハーマイオニーが学業の都合から貸与され、終盤、規則の解釈の限界まで使い込まれる。
そして『マローダーズ/忍びの地図』は、本作で初めて明かされるホグワーツ世代の文化的記憶である。学生時代のジェイムズ、シリウス、ルーピン、ペティグリューの四人が作り上げた城内全体の動的な地図と、自らを『悪戯仕掛人』と称した四人組の履歴は、シリーズ後半でハリーが自分の親世代と向き合うときの基礎史料として、幾度も振り返られることになる。
27制作
前2作の興行的成功を受けても、製作陣は同じ手触りをなぞる安全策をあえて選ばなかった。反復ではなく、シリーズの映像言語そのものを設計し直す。その難しい道を選んだのである。以下、企画から特撮にいたるまでの主な経緯を追っていく。
監督交代とアルフォンソ・キュアロンの起用
本作で最も大きな制作上の転換は、前2作で第1作の温かなトーンを定着させたクリス・コロンバス監督の交代である。コロンバスは『秘密の部屋』を完成させたのち、幼い二人の子どもとの時間を最優先したいとして長期契約からの撤退を申し出、シリーズの製作総指揮側へ回った。配給のワーナー・ブラザースとプロデューサーのデヴィッド・ヘイマンが求めていたのは、もはやスタジオ寄りの作家ではなく、原作の暗さに正面から向き合える本物の作り手だった。
デヴィッド・ヘイマンが挙げた監督候補には、ギレルモ・デル・トロ、ケネス・ブラナー、マーク・フォースターらの名があった。最終的に白羽の矢が立ったのは、メキシコ出身のアルフォンソ・キュアロンである。キュアロンは当時すでに『天国の口、終りの楽園。』『リトル・プリンセス』『大いなる遺産(1998)』などで国際的な評価を確立しており、子どもの世界を大人の感覚で映し出す手腕を買われた。原作者J.K.ローリングはキュアロンの過去作を観たうえで起用に賛同し、撮影前にはホテルで長時間の打ち合わせを重ねたと伝えられる。
キュアロンは原作の暗いトーンを支える映像言語を持ち込んだ。その一方で撮影に入る前、主演の三人——ダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソンに、自分の演じる役の一人称で「キャラクター・エッセイ」を書くよう課題を出している。ラドクリフは数ページを、ワトソンは指示の倍以上にわたる長文をしたため、グリントは「そういうことはやらない。ロンならやらない」と提出を拒んだ——このエピソードは、シリーズを代表する舞台裏として広く知られる。提出物の傾向そのものが、三人の本作以降の役柄づくりに密かに反映されているのだ。
脚本とローリングとの協議
脚本は、シリーズの大半を手がけてきたスティーヴ・クローヴスが続投した。クローヴスがまず重んじたのは、原作の核となる場面——叫びの屋敷でシリウス、ルーピン、ペティグリューが旧友をめぐる真実を語り合う、あの長い対話——を映画にそのまま残すことだった。その方針のもと、ほかの挿話は思い切って整理されている。
本作の脚色をめぐり長く議論を呼んできたのが、原作で詳しく語られる『マローダーズ』の四人の関係をどう扱うかという点である。ジェイムズ、シリウス、ルーピン、ペティグリューがなぜ互いに綽名(プロングス=牡鹿、パッドフット=大型犬、ムーニー=月、ワームテール=虫尾)で呼び合うのか、なぜジェイムズとシリウスとペティグリューがアニメーガスになったのか。そうした背景を、映画はあえて画面で説明しない道を選んだ。クローヴスはローリングと協議を重ねたうえで、それを匂わせる小道具と短い台詞だけを残し、あとは観客が画面の手がかりから推し量る余地を残したのである。この判断は原作ファンの批判を招いた一方で、独立した推理ミステリーとしての密度を高めたと評価する声も生んだ。
もう一つの大きな脚色は、父ジェイムズの不在を、ハリーが画面に映る『写真と忍びの地図と守護霊の姿』だけで繰り返し感じ取っていく構造である。原作小説では家族の記憶はおもに文章で語られる。だが映画版は、『過去そのものが今なお画面の脇に残り続けている』という映像表現へと作り替え、ハリーの喪失とそこからの回復を観客自身に体験させる仕掛けへと組み直している。
キャスティング
主要キャストはダニエル・ラドクリフ(ハリー)、ルパート・グリント(ロン)、エマ・ワトソン(ハーマイオニー)が続投。三人とも本作で14歳を迎え、子役から思春期の俳優へと移り変わる過渡期に差しかかっていた。
本作最大のキャスティング変更は、校長アルバス・ダンブルドアの代替わりである。前2作で校長を演じたリチャード・ハリスは2002年10月に逝去し、後任には『料理人、泥棒、その妻と愛人』『シンギング・ディテクティブ』のマイケル・ガンボンが選ばれた。ガンボンは制作陣からの最初の打診を一度は断ったが、ローリングとキュアロンの双方に説得され、引き受けたと伝えられる。
新たな主要キャストには、シリウス・ブラック役のゲイリー・オールドマン、リーマス・ルーピン役のデヴィッド・シューリス、シビル・トレローニー役のエマ・トンプソン、ピーター・ペティグリュー役のティモシー・スポール、コーネリウス・ファッジ役のロバート・ハーディ、マージ・ダーズリー役のパム・フェリスが加わった。こうした英国実力派の集中投入こそ、本作の演技密度を前2作から決定的に押し上げる原動力となった。
またハッフルパフのクィディッチ・キャプテン、セドリック・ディゴリーが初登場する。後に多くの若手俳優のオーディションを経て、当時無名だったロバート・パティンソンがセドリック役に選ばれることになるが、本格的な登場は次作『炎のゴブレット』から。本作のセドリックは、別の俳優によるごく短いクィディッチ場面の出演に留まる。
撮影とロケ地
本作の撮影は2003年2月から11月にかけて、英国のリーヴスデン・スタジオを拠点に行われた。前2作では、ホグワーツ周辺の風景は主にスタジオセットと、イングランド・ノーザンバーランドのアニック城周辺で組み上げられていた。だが本作からは、監督キュアロンの強い意向により、スコットランド高地の本物の山岳地帯が、ホグワーツの新たな外景として大々的に導入された。
代表的なロケ地は、湖と荒涼とした谷が広がるグレン・コー、ホグワーツ湖の対岸とハグリッドの小屋の周辺にあたるロッホ・シール、そして霧の中をホグワーツ特急が駆け抜ける象徴的な場面を生んだグレンフィナン高架橋である。これらの場所は、本作以降のシリーズ全作にわたってホグワーツの外景の基礎となり、観客の記憶にホグワーツの『地理』として刻まれていく。
撮影監督マイケル・セレシン(『エンジェル・ハート』『真夜中の青い鳥』『ミッドナイト・エクスプレス』)の起用も、大きな転換点だ。セレシンの提案で、本作以降は画面のコントラストが大幅に深まった。緑がかった青と暖色のオレンジの対比、霧の中での逆光の使い方、暗い屋内で被写体の輪郭を縁取る手法——シリーズ全体の照明設計が、ここで刷新されたのである。
視覚効果とクリーチャー造形
視覚効果は、ILM(インダストリアル・ライト&マジック)、フレームストア、ダブル・ネガティブをはじめとする複数のスタジオが分担した。本作最大の達成は、ヒッポグリフ『バックビーク』を生み出したことだ。地上で生徒に向かって誇り高くお辞儀を返す場面ではジム・ヘンソンのクリーチャー・ショップが手がけたアニマトロニクスを、空を舞う場面や湖面で羽を水切りさせる場面ではILMのフルCGモデルを使い、両者をシームレスに繋いだ。観客の目には全編を通じて『生きた一頭の生物』として映る。その仕上がりは、当時としては最高水準のクリーチャー演出と評された。
吸魂鬼(ディメンター)の表現も、本作で大きく強化された点だ。ぼろぼろの黒い衣を風になびかせ、骨ばった指先と口元だけをのぞかせるその姿は、CGの布シミュレーションに、水中で衣をスローモーション撮影した実写素材を合成して作り上げた。当初はマペット案も検討されたが、最終的に『水中で衣を撮影し、半透明の幽霊のような動きを得る』という方針が採られた。
暴れ柳は本作で初めて、季節の移ろい——夏の濃緑、秋の紅葉、冬の枝、春先の芽吹き——を一つの長いトラッキング・ショットで描く『時間経過モンタージュ』の主役となった。ハグリッドの小屋の前を一羽の鴉が飛び、暴れ柳の枝に止まろうとして弾き飛ばされ、そのあいだに季節がひと巡りする。キュアロンならではの長回しで、本作を象徴する視覚的な署名となっている。
音楽と音響
音楽はジョン・ウィリアムズが引き続き手がけ、本作がシリーズへの最後の参加となった。前2作の主題(『ヘドウィグのテーマ』など)を要所で受け継ぎながら、本作のために新たに書き下ろされた主題群は、シリーズで最も多彩であり、最も高く評価されている一群でもある。
新主題の代表格は三つある。シェイクスピアの『マクベス』第4幕、魔女の合唱『Double, double toil and trouble(二重、二重、苦労に厄災)』を歌詞に転用した中世音楽風の合唱曲『Double Trouble』。ハグリッドの小屋とバックビークの初飛行を彩るアイリッシュ調の弦楽『Buckbeak's Flight』。そして本作の中心情緒を象徴する切ない『A Window to the Past』である。『A Window to the Past』は、ハリーが自分の知らない父母の世界に窓越しに触れる主題として全編を貫き、ウィリアムズ自身も後年、自らのキャリアで最も誇りに思う旋律のひとつとして、たびたび言及している。
本作のスコアは第77回アカデミー賞作曲賞にノミネートされた。ウィリアムズはこの後、撮影スケジュールの都合で第4作『炎のゴブレット』の音楽を辞退し、以降はパトリック・ドイル、ニコラス・フーパー、アレクサンドル・デスプラへと、シリーズの作曲家が引き継がれていくことになる。
美術・衣装と編集
美術監督のスチュアート・クレイグは続投し、本作でホグワーツ城の設計を大きく広げた。なかでも新たに加わった『時計塔』『木の橋』『校長室へ通じる動く螺旋階段』、そして『暴れ柳の根元から叫びの屋敷へ続く地下通路』は、いずれも本作以降のシリーズで繰り返し登場する主要なセットとなる。漏れ鍋の内装、三階建てのナイト・バスの車内、崩れかけた叫びの屋敷の寝室なども、すべて本作のために一から設計された。
衣装は、本作からジャニー・テミーム(『パパは、出張中!』『フォン・ライアン特急』)が担当する。テミームはホグワーツの制服を全面的に見直し、襟やネクタイ、セーターの編み方までを再設計したうえで、授業外の生徒たちには現代的なマグルの服装、ジーンズやパーカー、革のジャケットを着せる方針を取り入れた。これは原作のリアリズム重視とも響き合い、登場人物の成長とともに衣装の手触りを変えていくシリーズ全体の方向性、その出発点となる。
編集はスティーヴン・ヴァイスバーグが手がけた。タイムターナーで時を遡る終盤の二重の時系列は、観客を混乱させないよう、一周目の場面と二周目の場面が細部の手がかりで正確に結び付けられている。ハグリッドの小屋から響く陶器の割れる音、ホグズミードの方角から飛んでくる石、湖の対岸で銀色に光る『誰か』の影——こうした要素が両者を呼応させ、本作の構造的な達成として高く評価されている。
35公開と興行
本作は2004年5月31日に英国で先行公開され、続いて6月4日に米国、6月26日に日本で封切られた。世界興行収入は約7億9600万ドル。前2作(『賢者の石』約9.7億ドル、『秘密の部屋』約8.7億ドル)からはやや減少したものの、当時の年間興行ランキングでも上位に食い込む大ヒットとなった。日本国内の興行収入は約135億円にのぼり、2004年の年間外国映画第1位を記録している。
批評家からの評価は、シリーズ8作のなかでも一貫して最上位に挙げられる。北米の批評集計サイトでは肯定率約9割を保ち続け、多くの映画批評誌が本作を『ハリー・ポッター映画シリーズが本物の映画作品として完成した瞬間』と評した。第77回アカデミー賞(2005年)では作曲賞(ジョン・ウィリアムズ)と視覚効果賞の2部門にノミネート。第31回サターン賞では『ファンタジー映画賞』を、英国アカデミー賞(BAFTA)ではリーマス・ルーピン役のデヴィッド・シューリスによる『英国映画助演男優賞』など、複数のノミネートを受けた。
36批評・評価・文化的影響
本作は、ハリー・ポッター映画シリーズが「児童向けのスタジオ・フランチャイズ」から「現代英国映画の本流」へと昇格した決定的な転換点として、批評史に位置付けられている。アルフォンソ・キュアロンが刷新した映像言語は、後に『不死鳥の騎士団』を手がけたデヴィッド・イェーツの路線、『死の秘宝』二部作の暗いトーン、さらにその後のフランチャイズ『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』シリーズの全方位的に大人びた手触りまで、すべてに影響を及ぼした。
また本作は、現代ハリウッドに「児童文学シリーズの映画は必ずしも同じ監督が貫く必要はない」という前例を打ち立てた作品でもある。後の『ナルニア国物語』『ハンガー・ゲーム』『メイズ・ランナー』をはじめ、多くのヤング・アダルト原作シリーズが巻ごとに監督を交代させ、作風を意図して変えていく手法を採り入れた。その背中を押したのが、本作の批評的な成功だった。
ファンの評価では、本作のラスト——ハリーが牡鹿の守護霊を放ち、湖の対岸で過去の自分を救う数秒間——が、シリーズ全体を通じて「最も多く繰り返し観られる場面」としてたびたび挙げられる。父ジェイムズの形見を受け継ぐ物語としての密度の高さ、ハーマイオニーがドラコを殴る一瞬の解放感、シリウスの「ハリー、一緒に暮らさないか」という提案の暖かさ、そしてその直後、人狼への変身によって家族の可能性が一瞬で奪われる悲劇——終盤に詰め込まれたこれらの情感は、シリーズのなかでもなお特別な位置を占め続けている。
舞台裏とトリビア
キュアロン監督は、主演の三人にそれぞれの役柄をめぐるキャラクター・エッセイの宿題を出した。ラドクリフは数ページの真面目なエッセイを提出し、ワトソンは指示の倍以上の長文を書き上げた(『ハーマイオニーが書きそうな量で』)。一方グリントは『そういうことをロンはやらない』と提出を拒んだ。この逸話は本作の制作姿勢を象徴するものとして、DVDの特典映像やBlu-rayの監督音声解説、さらには20周年記念番組『ハリー・ポッター20周年:ホグワーツへの帰還』(2022)など、折に触れて語り継がれてきた。
本作の前までダンブルドアを演じていたリチャード・ハリスは、『私が引退するか死ぬまで、この役は誰にも譲らない』と公言していた。だが2002年10月に逝去し、本作からマイケル・ガンボンが役を引き継ぐ。ガンボン版ダンブルドアがまとう『底の見えないユーモア』、そして『年長者でありながら隣に座る軽み』は、ハリス版の『静謐な詩人としての校長』とはまるで別の人物像だ。だがその違いこそが、原作後半(『謎のプリンス』『死の秘宝』)で描かれるダンブルドアの複雑な内面を演じるうえで結果的に適合的だったと、多くの批評が指摘している。
本作は、ジョン・ウィリアムズがハリー・ポッター映画シリーズの音楽を手がけた最後の一作である。ウィリアムズ自身、『A Window to the Past』を自らのキャリアを代表する楽曲の一つとして繰り返し挙げている。シェイクスピア『マクベス』の魔女の合唱を歌詞に転用した『Double Trouble』は、本作の冒頭近く、大広間の場面で披露される。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリンの生徒たちが声をそろえて歌い上げる一幕だ。
本作の予告編やポスターを飾る代表的なヴィジュアル『湖の上を疾走するハリーと黒い影』は、実は湖畔の場面のものではなく、宣伝用に新たに撮影された一枚である。このほか本作には、Blu-ray特典の未使用シーンとして、ペティグリューが叫びの屋敷から逃げ出す直前の独白や、ルーピンが校長室を辞す際にダンブルドアと交わす『私たちが交わした最後の握手』の長い会話なども収録されている。
本作の脚本では、原作小説で詳しく語られる『マローダーズの四人の綽名の由来』が画面上では明かされない。これは原作ファンが一貫して批判してきた点であり、原作者ローリング自身も『あの説明は映画にも入ってほしかった』と、後年いくつものインタビューで語っている。
38テーマと解釈
本作の中心にあるのは「過去との和解」である。ハリーはここで、両親を喪失した子どもとしての自分から、亡き父の世代の物語を引き受ける成人へと、その第一歩を踏み出す。父ジェイムズの形見である透明マントと忍びの地図を受け継ぎ、父と同じアニメーガスである牡鹿の守護霊を呼び出し、父の親友シリウスを救い出す——本作のハリーの物語は、いずれも「過去の父の影に自分を重ねる」という構造で組み立てられている。
もう一つの軸は「時間と選択」である。タイムターナーで時を遡る終盤の二重時系列は、ハリーとハーマイオニーが「同じ夜」を二度生きることを意味する。一周目に絶望と無力さを味わい、二周目には自分自身を救う者として現れる。この構造は、観客に「絶望の瞬間に届く救いは、しばしば未来の自分が用意したものだ」という強い寓意を残す。ハリーが繰り返し「いまこの瞬間に正しいことを選ぶ」ことで未来の自分の救いを編んでいく——このシリーズ全体の倫理の核として、本作のモチーフは最終局面まで反復されていく。
そして本作のもう一つのテーマが「信用と裏切り」である。十二年間、家族同然のペットだったスキャバーズが、実はピーター・ペティグリューであり、ヴォルデモートに両親を売り渡した真犯人だった——この反転は、ロンにとっての個人的な裏切りであると同時に、観客への「見えている世界を信じてはならない」という警告でもある。並行して、シリウスは「十二年間、無実の罪で監獄に閉じ込められた男」として描かれる。表向きの「悪」が実は最も裏切られた側であり、表向きの「か弱き者」こそが真の裏切り者である——この構造が、本作を貫いている。
湿った霧と高地を渡る風、暴れ柳の暗い枝のあいだに浮かぶ満月、湖の対岸に揺れる銀の光——本作の映像はそのすべてが、この三つの主題(過去との和解/時間と選択/信用と裏切り)に奉仕している。本作が長く愛されてきたのは、爽快な英雄譚としてではない。十三歳の少年が自らの最も深い喪失と向き合い、自分の手で父の姿を取り戻していく、その静かな儀式として完成しているからである。
39見る順番
初見であれば、まず前2作『賢者の石』『秘密の部屋』を観てから本作に進むのが自然な流れだ。本作最大の衝撃は、「シリウス・ブラックが両親を売った」と信じ込んでいたハリー(そして観客)に突きつけられる反転にある。その前提となる「両親が殺された夜」、そして「シリウスという名の初登場」は、前2作、とりわけ第2作で軽く触れられている。
本作のあと、次作『炎のゴブレット』ではセドリック・ディゴリーが主要人物として再登場する。本作のクィディッチの場面で見せた彼の誠実さが、ここで伏線として効いてくる。シリウスもまた『炎のゴブレット』『不死鳥の騎士団』で父代わりの重要な存在として再び姿を見せる。それだけに、本作のラストでバックビークに跨り空へと消えていく彼の姿は、シリーズ後半へ向かう精神的な入口でもある。
また、関連作『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』シリーズ(2016〜2022)は、本作のおよそ六十年前の魔法界を舞台にしている。本作で描かれる魔法省の組織、吸魂鬼の運用、アニメーガス制度といった世界観の、いわば前史にあたる作品だ。
関連リンク
40よくある質問
『あらすじだけ知りたい』なら、押さえるべき要点は多くない。物語はシリウス・ブラックがアズカバンから脱獄したところから動き出す。脱獄囚を追って、ホグワーツには吸魂鬼が配備される。新たに闇の魔術に対する防衛術を教えるのはルーピンだ。そして終盤、叫びの屋敷で『真の裏切り者はペティグリュー』だったという反転が明かされ、タイムターナーで時を遡ってバックビークとシリウスを救い出すクライマックスへとなだれ込む。ここまでをつかんでおけば十分だ。
『結末・ネタバレを知りたい』なら、核となる流れはこうだ——シリウスは無実であり、真犯人はネズミに変身していたピーター・ペティグリューだった。ルーピンの正体は人狼。ハリーは父ジェイムズと同じ牡鹿の守護霊を放つ。シリウスは脱出し、なおも逃亡を続ける。そしてペティグリューもまた姿をくらまし、ヴォルデモート復活への伏線が決定づけられる。
『シリーズの中での位置』を知りたいなら、本作はヴォルデモートが画面に一度も姿を見せない唯一の本編作である点をまず挙げたい。その代わりに描かれるのは、『両親の世代の物語』と『信用してきた身近な存在の正体』という二重のテーマだ。シリーズの転換点として位置付けるとわかりやすい。
『監督の評価』については、アルフォンソ・キュアロンがのちに『ゼロ・グラビティ』『ROMA/ローマ』でアカデミー賞監督賞を二度受賞している事実を踏まえたい。本作はその彼が手がけた『商業大作の代表作』として、シリーズの枠を越えて評価され続けている。
41参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、制作・配信の状況、外部からの評価は今後変わる可能性があるため、視聴前に公式サイトおよび各データベースの最新情報を確認してほしい。本記事の本文は、各種公開情報をもとにAnna Movies用の独自の日本語記事として構成したものである。