『名探偵コナン 100万ドルの五稜星』は、2024年公開の劇場版アニメ『名探偵コナン』シリーズ第27作である。北海道・函館を舞台に、鈴木次郎吉が集めた新選組副長・土方歳三ゆかりの『四振りの刀』を巡り、怪盗キッドの予告状と刀職人連続殺人事件が同時に動き出す。剣道大会で函館入りした服部平次や大岡紅葉、コナンらが、五稜郭・函館山・青函連絡船記念館摩周丸を貫く宝探しに挑む、シリーズ屈指のヒット作である。
00概要
『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画で、2024年4月12日に東宝の配給で公開された。劇場版シリーズの第27作にあたり、監督は永岡智佳、脚本は大倉崇裕、音楽は菅野祐悟が手がけている。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は110分。タイトルの『五稜星』をサブタイトルで『みちしるべ』と読ませる仕掛けには二重の意味が込められている。北海道函館の象徴・五稜郭の星型の輪郭そのものを指すと同時に、四振りの刀に隠された『100万ドル』の財宝の在処へと導く道標を意味するのだ。
舞台のひとつとなるのが、北海道函館だ。明治維新最後の戦場となった五稜郭、函館山ロープウェイから見下ろす夜景、湾岸に係留された青函連絡船記念館摩周丸、坂と教会が連なる元町、赤レンガ倉庫群、そして高校生剣道大会の会場——。本作はこうした実在の街並みをほぼ全編にわたって舞台に組み込み、シリーズのなかでも観光ガイド色のとりわけ強い一本に仕上げている。函館の街そのものが、本作のもう一人の主役と呼んでよいほどの厚みで描かれているのが見どころだ。
物語の中心に立つのは江戸川コナン/工藤新一。彼を取り巻く形で、怪盗キッド/黒羽快斗、服部平次、遠山和葉、大岡紅葉といった人気キャラクターが揃い踏みする。本作は劇場版『名探偵コナン』としては珍しく、コナンに先んじて怪盗キッドの予告状が物語を動かし、彼を追って函館入りした鈴木次郎吉の側から事件が立ち上がる構成をとる。一方、剣道大会の遠征で函館を訪れた服部平次と遠山和葉、大岡紅葉は、刀職人連続殺人事件というもう一つの動線として、街の別の場所で動き出していく。
これらと並走する第三の物語が、新選組副長・土方歳三ゆかりとされる四振りの刀をめぐる連続殺害事件である。函館の古美術コレクターたちのもとに分散して伝わってきた四振りには、刃や柄に幕末当時の暗号が刻まれている。四振りを揃えると、旧幕府軍が敗走の直前に隠したとされる金塊——『100万ドル』に相当するとされる財宝——の在処が示されるという伝承だ。怪盗キッドが狙うのもこの四振りであり、刀職人や所有者を狙う殺人犯のもう一つの動機もまた、四振りの刀にある。
公開後の興行は、最終的に約158.7億円、観客動員約1098万人を記録した。前作『黒鉄の魚影』の約138億円を大きく塗り替え、劇場版『名探偵コナン』シリーズ歴代興行最高を更新しただけでなく、日本の邦画歴代興行収入ランキングでもTOP10入りを果たした節目の一本となった。主題歌はaikoの『相思相愛』。本記事は、結末、真犯人の正体、財宝の正体、そして函館山ロープウェイ山頂での平次の告白未遂と怪盗キッドの介入まで、全編の内容に踏み込む。物語の重大な驚きを保ちたいなら、まず本編を鑑賞してから読み進めることを勧めたい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン 100万ドルの五稜星
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第27作
- 監督
- 永岡智佳
- 脚本
- 大倉崇裕
- 音楽
- 菅野祐悟
- 主題歌
- aiko「相思相愛」
- 日本公開
- 2024年4月12日
- 上映時間
- 110分
- ジャンル
- ミステリー、サスペンス、怪盗もの、宝探し、青春・恋愛、ご当地観光ものの混成
01あらすじ
以下では、結末までを含む全編のあらすじを順に追っていく。物語の発端となるのは、北海道・函館に届いた怪盗キッドからの予告状だ。四振りの刀を集めようとする鈴木次郎吉、そしてその刀を狙うキッド。やがて刀職人を狙った連続殺人事件が起こり、事態は思わぬ方向へと転がり出す。そこへ、剣道大会のために函館を訪れた服部平次、遠山和葉、大岡紅葉が合流。さらにコナンと毛利探偵事務所の面々も函館に上陸し、役者がそろう。追跡の舞台は、五稜郭から函館山、そして青函連絡船記念館摩周丸へと縦に連なっていく。やがて、ゲスト声優の大泉洋が演じる函館の名士の正体と、その動機が明らかになる。クライマックスの函館山ロープウェイ山頂展望台では、平次の告白未遂に怪盗キッドが割って入る。そして物語は、『100万ドル』の財宝が秘めた本当の正体へとたどり着く。以上が、本作の主要なシークエンスのすべてである。
予告状
物語は、鈴木次郎吉のもとに一通の予告状が届くところから動き出す。差出人は怪盗キッド。シルクハットとモノクルの絵柄とともに、函館に分散して伝わる新選組副長・土方歳三ゆかりとされる四振りの刀を、すべて頂戴するという一文がしたためられていた。次郎吉はかねてよりこの四振りの存在に目をつけており、自らの人脈を頼りに函館の古美術コレクターたちと交渉を重ね、四振りすべてを一時的に安全な保管場所へ集めて鑑定にかけようとしていた。その矢先の出来事である。
予告状は、ただの宝石泥棒の挑戦状ではない。四振りの刀には、それぞれの刃や柄に旧幕府軍時代の暗号が刻まれており、四振りを揃えて読み解けば、戊辰戦争末期、旧幕府軍が敗走の直前に北海道のどこかへ隠したとされる金塊——通称『100万ドル』——の在処が浮かび上がる。そんな伝承が、函館の古美術関係者のあいだでまことしやかに語り継がれてきた。キッドはこの伝承に惹かれて動き出したのか、それとも別の理由で刀そのものを狙うのか。序盤の時点では、観客の側からも断定できない。
過去の劇場版で幾度もキッドと一対一の知恵比べを演じてきた次郎吉は、本作でも予告状を逆手に取る。自らの人脈で集めた四振りの刀を、キッド誘い込みの罠として使おうというのだ。函館の保管場所の警備には、現地の北海道警の刑事陣に加え、目暮十三警部・白鳥任三郎警部・佐藤美和子刑事・高木渉刑事・千葉刑事が応援として駆けつける。次郎吉の隣には鈴木園子が立ち、阿笠博士と少年探偵団も、ひと足早く函館へ向かう次郎吉一行に合流していく。
函館上陸
予告状の報せが流れる前から、函館ではもう一つの物語が静かに動き出していた。全国高校生剣道大会の遠征のため、服部平次は和葉とともに函館入りする。京都・大岡道場の跡取り娘、大岡紅葉もまた、剣道大会の見届け人にして参加者の一人として現地に到着していた。平次の頭の中には、二つの別問題が同居している。剣道大会の本気の試合、そしてひと夜の函館で和葉に伝えそびれてきた『あの言葉』をどう切り出すか――その二つである。
毛利探偵事務所の面々もまた、鈴木次郎吉の招きで函館へ向かう。コナン、毛利蘭、毛利小五郎、鈴木園子は新千歳から函館入りし、空港から市内へ続く道すがら、ロープウェイ山頂展望台、赤レンガ倉庫群、五稜郭タワーといった観光名所が次々と画面を彩っていく。シリーズの中でも観光地としての函館の絵柄をとりわけ手厚く描いた序盤で、ご当地映画ならではの楽しさを早々に観客へ手渡してみせるのが心憎い。
やがて両者の動線は、剣道大会の会場を兼ねた市内の体育館の周辺で交差する。平次・和葉・紅葉と、コナン・蘭・小五郎・園子が顔を合わせ、紅葉が和葉にいつもの調子で『先輩を奪うんやさかい』と微笑みかける。本作における和葉と紅葉のシーソーゲームの開幕を告げる、軽快な見せ場である。観客は平次の鈍さ、紅葉の余裕、そして和葉の動揺――三者の重なりを早い段階で頭に入れたうえで、四振りの刀をめぐる物語と並走して見ていくことになる。
刀職人連続殺害
物語の温度が一段下がるのは、函館で活動していた高名な刀職人——四振りの刀の研ぎと修復を任されていた人物——が、自宅工房で殺害された状態で発見される場面だ。第一発見者は鈴木次郎吉の使いと、応援に駆けつけた北海道警の刑事陣。現場には四振りの刀のうちの一振りが持ち去られた痕跡と、犯人が落としていったとみられる小さな手がかりが残されていた。
鈴木次郎吉の旧知の名探偵として、毛利小五郎はただちに現場の検分に呼ばれる。コナンはいつものように小五郎の影で現場を読み直していく。刀職人の倒れ方、工房の戸の閉まり方、棚の上のわずかな埃の崩れ——その一つひとつから、犯人が四振りの刀そのものを狙って計画的に動いた人物であること、しかも単独犯ではなく複数の協力者がいるか、少なくとも函館の古美術関係者の動きを事前に克明に把握していた人物であることを、序盤の早い段階で見抜く。
さらに数十時間以内に、四振りの刀のうちの一振りを所蔵していた函館の古美術コレクターのもう一人が、別の場所で何者かに襲撃され重傷を負う。事件は連続して起こり、北海道警と警視庁の応援部隊は本格的な捜査本部を設置する。捜査線上には、函館の古美術関係者、幕末研究者、新選組ゆかりの末裔たちの名前が次々に浮かんでくる。鈴木次郎吉は手元に集まった残る刀の警備を最大限に固めるが、犯人側はその警備の隙間をかなり詳細に読み込んだうえで、次の手を打ってくる。
古美術の名士
本作のゲスト声優二枚看板の一角を担うのが、北海道出身の俳優・大泉洋が演じる函館の古美術鑑定家だ。函館の旧家の末裔にして地元の名士として知られ、刀剣と幕末資料の鑑定にかけては国内屈指の権威とされる人物である。鈴木次郎吉とは旧知の間柄で、四振りの刀を函館に集めて鑑定するという今回のプロジェクトそのものを、彼が音頭を取って進めてきた。
事件が起きた直後から、彼は鈴木次郎吉、毛利小五郎、コナン、そして北海道警の捜査陣のあいだを行き来する。四振りの刀がたどってきた歴史、土方歳三ゆかりとされる根拠、暗号の存在をめぐる伝承——それらを穏やかな口調で一つひとつ解き明かしていく。大泉洋の柔らかな声と、ほのかに北海道のイントネーションがにじむ発音は、函館の街の空気と実によくなじむ。観客は早い段階から彼に好感を抱くよう仕組まれているのだ。
ところが、だ。中盤を過ぎたあたりから、観客と捜査陣の胸に少しずつ違和感が積み重なっていく。四振りの刀の在りかをすべて把握できる立場にあったこと。警備の動きや古美術関係者の予定を、細部まで知りうる位置にいたこと。さらに、彼が語る幕末の暗号の解釈が、本来の伝承よりも一歩踏み込みすぎていること。後半、コナンの推理の中でこれらの細部が一本につながり、連続事件の中心にいたのが彼にほかならないという事実が、静かに浮かび上がっていく。
怪盗キッドの本当の標的
怪盗キッドは予告状通り、函館の保管場所に姿を現す。シルクハットにモノクル、白いマント、小型のハンググライダー、そして白い羽根——その道具立てはシリーズでも屈指の華やかさで、函館の夜景と五稜郭の星型の輪郭を背景に細い影が滑空する画作りは、本作でもっとも有名なキービジュアルのひとつとなった。鈴木次郎吉が集めた四振りの刀のうち、何振りかがキッドの手で一時的に持ち去られる夜は、中盤の見せ場のひとつである。
ただし本作のキッドは、単に宝物を狙う怪盗として動いているわけではない。四振りの刀に強い関心を寄せるのは、父・黒羽盗一の代から引き継がれた『あるもの』の手がかりが、その暗号のなかに紛れているのではないか、という個人的な事情からだ。父・黒羽盗一が生前に残した調査ノートの断片的なメモが、四振りの刀のいずれかと結びつくのではないか——その確証を得るために、キッドは函館の街へ降り立っている。
コナンは早い段階で、キッドの動機が単純な盗みではないと察する。『新一』の姿で函館の現場を歩きまわるキッドとすれ違うたび、短い目配せだけを交わす。表向きは敵対しながらも、本作の真の敵——四振りの刀の所有者を次々と手にかけていく犯人——に対しては、即席の協力者として無言で動くことを互いに了解していく。怪盗と名探偵の関係を、敵でも完全な味方でもなく『同じ謎を前に背中合わせで立つ二人』として描いた本作のキッド造形は、シリーズのなかでもとりわけ粋に仕上がっている。
平次と和葉
本作にもう一つ並走するのが、服部平次と遠山和葉の物語である。剣道大会のため函館を訪れた平次は、冒頭から「今度こそ和葉に言う」という決意を胸に秘めている。その様子を察した大岡紅葉は、平次から告白の機会を奪おうと、和葉に幾度も挑発めいた言葉を投げかける。京都・大阪で続いてきた三角関係が、函館の風景の中へひと夜だけ持ち越されてきたかのような構図だ。
剣道大会の試合、宿の同室で漂う気まずさ、函館の夜景を歩きながら交わす会話、四振りの刀をめぐる事件の現場検分——いずれの場面でも、平次と和葉は互いの距離をほんの少しずつしか縮められない。平次の鈍さ、和葉がぐっと飲み込む癖、そして紅葉の遠慮のなさ。三者が織りなすじりじりとした空気が、シリーズの恋愛要素の中でも忘れがたい余韻を本作の中盤に焼き付けていく。
コナンと蘭、園子もまた、平次と和葉の様子を遠目に眺めながら、それぞれ別の場所で別の感情を走らせている。新一として蘭の隣に立てない自分を抱えたまま、コナンは平次の鈍さへの苛立ちと、言葉を持たない自分への自嘲とを、同じ表情の中で交互ににじませる。本作は、平次の告白未遂がそのままコナンと蘭の関係を映す踏み台にもなっているという二重構造を、実に丁寧に組み上げている。
四振りの刀の暗号
中盤の山場のひとつが、四振りの刀に秘められた暗号を解き明かしていくシークエンスだ。それぞれの刀の刃文、銘、柄の意匠に刻まれた幾何学的な紋様を、コナンは阿笠博士のタブレットを使い、阿笠博士と少年探偵団の力も借りながら一枚の図へと重ねていく。やがて北海道・函館の地図上に、五つの頂点を持つ星——五稜星——の輪郭がゆっくりと浮かび上がる。
その五つの頂点は、五稜郭、函館山ロープウェイ山頂展望台、青函連絡船記念館摩周丸、元町の旧領事館跡、そして赤レンガ倉庫群の一角と、ほぼ重なり合う。いずれも本作で繰り返し映し出されてきた函館の主要な観光名所だ。各頂点に隠された手がかりを順に拾い集めていくと、最後に星の中心——本作の『100万ドル』の財宝が本当に隠された場所——が姿を現す、という仕掛けである。
コナンと少年探偵団は、平次と和葉、紅葉、毛利小五郎、鈴木園子と手分けしながら、星の頂点をひとつずつ巡っていく。その道中、犯人側の協力者と思われる人物に追われ、五稜郭の堀のほとり、摩周丸の機関室、函館山ロープウェイのゴンドラ内と、シリーズの中でも観光地そのものを舞台にしたアクション場面が次々と繰り広げられる。観光地の映像と推理の進行を交互に積み重ねる構成は、シリーズ屈指の観光ガイド映画としての完成度を誇る。
黒幕
終盤、コナンは函館で続いた連続事件の中心人物が、物語の前半から鈴木次郎吉とともに行動し続けてきたあの古美術鑑定家——大泉洋が声を担当する函館の名士——その人であったことに辿り着く。彼は表向き、四振りの刀を函館に集めるプロジェクトの取りまとめ役として、善意の協力者を装っていた。だがその裏では刀職人と古美術コレクターを次々と襲い、四振りの刀に秘められた暗号を独力で読み解き、財宝の在処を独り占めしようとしていたのである。
彼の動機は、単なる金銭欲ではない。函館の旧家の末裔として代々受け継いできた家業——古美術鑑定と幕末研究——が現代の経済のなかで行き詰まり、家の歴史そのものが途絶える瀬戸際にある。その事情を、彼は誰にも打ち明けないまま長年ひとりで抱え込んできた。傾いた家の財政を一気に立て直し、自らが愛してきた函館の幕末資料を守る。その原資として、伝説の『100万ドル』をこの手で掘り当ててみせる——それが彼の選んだ最後の手段だった。
コナンは彼に向かって、かつての名探偵としての推理だけでなく、函館の街と幕末資料を心から愛してきた一人の研究者としての半生をも踏まえたうえで、それでも他者の命を奪った行為そのものは正当化できないと、子どもの口調を抑えた静かな声で告げる。大泉洋の声が、ここまで穏やかに観客のなかへ積み重ねてきた『好ましい函館の名士』という記憶を、終盤のわずか数分で『罪を抱えた人間』の顔へと一気に塗り替えていく。その数十秒は、本作の演技面における最大の山場のひとつだ。
クライマックス
クライマックスは、五稜郭の堀のほとりで起きる。黒幕は四振りの刀に隠された暗号の最後の一片を握ったまま、五稜郭の星型の中心へ続く隠し通路の入口を強引にこじ開けようとする。そこへ、コナン、平次、和葉、紅葉、毛利小五郎、鈴木次郎吉、北海道警と警視庁の捜査陣、さらに空からハンググライダーで滑空してくる怪盗キッドが、ほぼ同時刻に同じ場所へと収束していく。シリーズの祝祭感を体現する顔ぶれが五稜郭の星型の輪郭の上に並ぶ画作りは、本作のキービジュアルの完成形と呼んでいい。
黒幕は最後の手として、五稜郭の一角に仕掛けた小型の爆発物を起動させようとする。だが、コナンの腕時計型麻酔銃と、平次が脇差を抜くより先に投げ放った小石の合わせ技でその動きを止められ、そのまま北海道警の手で身柄を確保される。財宝の在処——本作の『100万ドル』の正体——は、コナンの推理によって明かされる。それは函館の街そのものに埋め込まれた幕末の資料群の集合体であり、現代の貨幣価値に換算すれば100万ドルに相当する歴史的価値の集積だった。金塊そのものが眠っていたわけではない。この結末は、本作のタイトル『五稜星(みちしるべ)』に込められた二重の意味を、最後の数分で観客の手に委ねてみせる。
事件の決着を待たず、もう一つのクライマックスが函館山ロープウェイ山頂展望台で進行している。平次は和葉を山頂の夜景の前に呼び出し、長年抱え込んできた『あの言葉』を、ようやく口にしようとする。和葉の表情が固まり、紅葉が遠くから息を呑む——その決定的な数秒間に、頭上の夜風を切り裂いて怪盗キッドのハンググライダーが滑空してくる。キッドは、爆発物への対応に追われていた函館山ロープウェイの設備の安全を、空中から手早く確保する。そして平次の告白の核心となる一言を、たまたま——あるいは意図的に——自身の風切り音と無線交信の混線で覆い隠してしまうのだ。
結果として、平次の告白は和葉の耳には届かない。本人は最後の一言を確かに口にしたつもりでいるが、和葉の側には何も聞こえていなかった。この実に意地悪な決着が、本作のラブコメ線にもう一段の続きを残す。平次が確かに『あの言葉』を口にしたという事実を共有するのは、観客だけだ。こうして本作の恋愛パートは『未遂の告白』として閉じられる。シリーズの中でもとりわけ観客に対していたずらな終わり方を選んだ一本として、本作のラストは長く語り継がれていくことになった。
夜明けの函館
事件が落ち着いた直後、五稜郭の堀のほとりに静かに立つコナンのもとへ、新一の姿のままのキッドが背後からゆっくりと近づく。本来の口調を一段抑え、本作の事件を結果として共に終わらせたコナンに向けて、四振りの刀の暗号——その最後の一片を、自らの調査で父・黒羽盗一の生前のメモと確かに結びつけられたと、短く告げる。函館までやって来た本当の理由、父の死の真相に繋がるかもしれない手がかりは、本作では完全には明かされない。続く劇場版や、原作『まじっく快斗』側の物語へと、静かに引き継がれていく。
夜明けの函館湾を見下ろす函館山の中腹に、誰かが置いていったような白い羽根が一枚、舞い落ちる。鈴木次郎吉は四振りの刀を本来の所有者のもとへ順に戻していくと約束し、コナンの隣でひと夜の旅程を終える。平次は和葉に届かなかった告白の言葉を内に抱えたまま、紅葉に背中を小突かれ、剣道大会の決勝戦の朝へと向かっていく。
エンディングでaikoの『相思相愛』がイントロから流れ始めると、登場人物たちがひと夜のうちにくぐり抜けた函館の街並み——五稜郭、函館山、摩周丸、元町、赤レンガ倉庫群——その絵柄のひとつひとつが、観客の胸にもう一度立ち上がる。本作の幕は、夜明けの函館湾の空と、まだ煙の残る五稜郭の星型の輪郭を映して、静かに閉じる。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に沿って整理しておく。固有名詞はあくまで鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを覚えておく必要はない。
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 鈴木園子
- 阿笠博士
- 吉田歩美
- 小嶋元太
- 円谷光彦
- 灰原哀(出番は限定的)
- 目暮十三警部
- 白鳥任三郎警部
- 佐藤美和子刑事
- 高木渉刑事
- 千葉刑事
- 北海道警の刑事陣(函館の現場担当)
- 鈴木財閥(鈴木次郎吉が指揮する企業群)
- 函館の古美術コレクター集団
- 全国高校生剣道大会の運営
- 服部平次(剣道大会のため函館入り/西の高校生探偵)
- 遠山和葉(平次の幼馴染/剣道部の主将)
- 大岡紅葉(京都・大岡道場の跡取り娘/声:折笠富美子)
- 怪盗キッド/黒羽快斗(本作では大半を新一に近い姿で行動/声:山口勝平)
- 鈴木次郎吉(鈴木財閥総帥/本作の四振りの刀収集の発案者/声:永井一郎)
- 函館の古美術鑑定家(本作のためのゲスト主役格/声:大泉洋)
- 函館の刀職人(連続事件の最初の被害者)
- 函館の古美術コレクター複数名(負傷・襲撃の被害者)
- 本作の連続事件の真犯人は、函館の旧家の末裔として地元の名士として知られる古美術鑑定家である(声:大泉洋)
- 彼は鈴木次郎吉と並ぶ形で四振りの刀収集プロジェクトの取りまとめ役を務めながら、その裏で刀職人と古美術コレクターを順に襲い、四振りの刀の暗号を独占して『100万ドル』の財宝の在処を自分自身の手だけで掘り当てようとしていた
- 動機の核は、函館の旧家として代々受け継がれてきた古美術鑑定と幕末研究の家業が現代の経済の中で経営的に行き詰まり、家の歴史そのものが途絶える瀬戸際にあるという事情と、自らが愛してきた函館の幕末資料を守るための原資を確保したいという執着である
- 本作の『100万ドル』の本当の正体は、金塊そのものではなく、函館の街そのものに埋め込まれた幕末資料群の集合体であり、現代の貨幣価値で換算すれば100万ドルに相当するであろう歴史的価値の集積である
- 怪盗キッド/黒羽快斗の本作での動機は、父・黒羽盗一の生前の調査メモの一片が、四振りの刀の暗号の中に紛れているのではないかという個人的な事情である
- ラストで平次が和葉に告げようとした告白の核心の一言は、頭上を滑空してきた怪盗キッドのハンググライダーの風切り音と無線の混線で覆い隠され、和葉の耳には届かない『未遂の告白』として閉じられる
- 北海道函館(市街地全域)
- 五稜郭・五稜郭タワー
- 函館山・函館山ロープウェイ山頂展望台
- 青函連絡船記念館摩周丸
- 元町(旧領事館跡・教会群・坂道)
- 赤レンガ倉庫群(金森赤レンガ倉庫を含む)
- 全国高校生剣道大会の会場となる市内体育館
- 鈴木次郎吉が用意した函館の四振りの刀の保管場所
- 函館空港・新千歳空港(劇場版でのご当地表現として登場)
- 怪盗キッドの予告状とシルエットの署名
- 怪盗キッドのシルクハット・モノクル・白いマント・小型ハンググライダー
- 新選組副長・土方歳三ゆかりとされる四振りの刀(刃文・銘・柄に幕末の暗号)
- 暗号を地図上に重ねると浮かび上がる五稜星の輪郭
- コナンの腕時計型麻酔銃と蝶ネクタイ型変声機
- 阿笠博士特製のキック力増強シューズと探偵バッジ型トランシーバー
- 服部平次の竹刀・剣道大会の出場用具・函館の宿の電球の調光(告白の灯りとして使われる)
- 黒幕が用意した五稜郭の一角の小型爆発物
- 黒羽盗一の生前の調査ノート(本作のキッドの動機の核)
- 主題歌:aiko「相思相愛」(作詞・作曲:aiko)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈
- 毛利小五郎:小山力也
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 阿笠博士:緒方賢一
- 灰原哀:林原めぐみ
- 吉田歩美:岩居由希子
- 小嶋元太:高木渉
- 円谷光彦:大谷育江
- 目暮十三:茶風林
- 白鳥任三郎:井上和彦
- 佐藤美和子:湯屋敦子
- 高木渉:高木渉
- 千葉刑事:千葉一伸
- 服部平次:堀川りょう
- 遠山和葉:宮村優子
- 大岡紅葉:折笠富美子
- 怪盗キッド/黒羽快斗:山口勝平
- 鈴木次郎吉:永井一郎
- 函館の古美術鑑定家(ゲスト主役格):大泉洋
13主要登場人物
本作の登場人物は、シリーズおなじみのレギュラー陣に人気キャラクターを重ね、さらに本作ならではのゲスト主役格を加えた、歴代でも特に層の厚い顔ぶれだ。まず核となるのは、コナン、蘭、小五郎、園子、阿笠博士、少年探偵団、灰原哀、そして目暮警部・白鳥警部・佐藤刑事・高木刑事・千葉刑事といった面々。ここに服部平次・遠山和葉・大岡紅葉・怪盗キッド/黒羽快斗・鈴木次郎吉といった人気キャラクターが絡む。そこへ本作のために用意されたゲスト主役格として、函館の古美術鑑定家(大泉洋)が加わる。前者が「函館の街を一夜で巡る祝祭の側」だとすれば、ゲストの古美術鑑定家は「函館の街と幕末資料を一人で背負ってきた者」であり、両者が本作の対照軸を形作っている。
江戸川コナン/工藤新一
本作のコナンは、表で動く怪盗キッドの予告状騒ぎ、刀職人連続殺害事件、平次と和葉の告白未遂、四振りの刀の暗号、そしてゲスト古美術鑑定家の動機の判明と、性格の異なる複数の事件と感情線を同時に背負う立場に置かれる。劇場版第27作という時点で、コナンはすでに数多くの劇場版で「複数の事件を同時に背負う名探偵」として描かれてきた。だが本作は、その中でも並走する線の本数がとりわけ多い一本である。
彼が本作で繰り返し見せるのは、距離の取り方の巧みさだ。四振りの刀の暗号は、子どもの体格と少年探偵団の地理感覚を借りて読み解く。一方で、平次と和葉の関係には敢えて直接踏み込まない。新一としてキッドと対峙するときの口調、コナンとして少年探偵団に指示を出すときの口調、そして園子や紅葉の前で年相応の子どもを演じるときの口調――その使い分けを、高山みなみと山口勝平が交互に引き受けてみせる。
関連リンク
怪盗キッド/黒羽快斗
本作の怪盗キッドは、シリーズの中でも物語の中心軸に深く食い込む位置で動く。予告状を発したのは彼自身であり、四振りの刀そのものへの個人的な動機——父・黒羽盗一が生前に残した調査メモの一片を確かめるという、原作『まじっく快斗』の文脈に連なる動機——を、初めて劇場版の表舞台に持ち込んだ。その点でも、本作のキッド造形が持つ意義は大きい。
山口勝平はここで、工藤新一と怪盗キッド/黒羽快斗、二つの声を本作の中盤以降ほぼ同じ場面の中で同時に走らせる。新一としての落ち着いた口調と、キッドとしてのいたずらめいた口調が、ひとつの場面を行き来する数十秒——ここが本作の聴覚的な核だ。彼が父・黒羽盗一の名を短く口にするわずか数秒は、キッドを単独主役級に据えた作品群の中でも、最も静かで重い数秒のひとつとして語り継がれていく。
本作のキッドが他の劇場版と一線を画すのは、ラストで平次の告白の核心を、自身の風切り音と無線交信の混線で覆い隠してしまう側に立つことである。意図した邪魔だったのか、たまたまだったのか——本作は明言しない。怪盗らしい余裕といたずら、そして自分自身の父との結びつき。複数の文脈を一本の細い影として束ねた本作のキッドは、シリーズの中でも特に粋な造形として記憶される。
関連リンク
服部平次・遠山和葉・大岡紅葉
服部平次は本作で、剣道大会の遠征と告白の決意という二つの問題を抱えたまま函館に降り立つ。劇場版『迷宮の十字路』『から紅の恋歌』以降の流れを受け、平次はここで和葉への思いを最も具体的な言葉にしようと踏み出す。だが剣道大会の試合の合間も、宿で同室になった気まずさのなかでも、函館の夜景を歩く道すがらの会話でも、『あの言葉』を切り出すタイミングを計りあぐねる。そのもどかしさが繰り返し描かれていく。
遠山和葉は、平次への長年の思いと、紅葉という強力なライバルの出現とのあいだで揺れ続ける。本作の感情線を担う中心人物のひとりだ。剣道部主将としての凛とした立ち姿と、平次の前でふと見せる無防備な表情。その落差を、宮村優子の声がひとつの身体のなかでなめらかに演じ分ける。紅葉の挑発を真に受けて怒る場面も、紅葉の本心に薄々気付いて苦笑する場面も、和葉は観客の側へ巧みに手渡してみせる。
大岡紅葉は、京都・大岡道場の跡取り娘として、本作でも剣道大会の見届け人を務めつつ、自らも参加者の一人として函館入りする。折笠富美子の声で繰り返し放たれる『先輩を奪うんやさかい』の台詞は、和葉の動揺の引き金になると同時に、本気が半分、おふざけが半分という紅葉の二面性を同じ口調のなかで運んでみせる。そして平次と和葉の告白未遂の場面では、誰よりも先に息を呑み、遠目に見守る側へと静かに回る。シリーズのなかでも特に成熟した立ち位置に紅葉は立っている。
関連リンク
鈴木次郎吉
鈴木次郎吉は、本作のもう一人の主役と呼んでいい位置にいる。怪盗キッドからの予告状を逆手に取り、自らの威信を懸けた四振りの刀の収集プロジェクトを、キッドをおびき寄せる罠として使ってのける。その豪胆な経済人としての顔。そして劇場版『世紀末の魔術師』以来のキッドとの長い因縁を抱えた骨董愛好家としての顔。二つの貌を、永井一郎の重厚な声がひとつに引き受ける。
本作の次郎吉は、四振りの刀そのものよりも、キッドとの“一対一の知恵比べ”のほうを心待ちにしている。その表情が、函館の保管場所のいくつかの場面でのぞく。鈴木園子と並ぶ家族としての姿、毛利探偵事務所とともに歩く依頼人としての姿、そして函館の名士たちの輪に立つ財閥総帥としての姿——次郎吉はいくつもの顔を一身に器用に使い分けていく。やがて訪れる“四振りの刀を本来の所有者のもとへ順に戻す”というラストの決断もまた、本作にシリーズらしさを一段と強く刻みつけ、忘れがたい重みを残してみせる。
函館の古美術鑑定家
本作の真の敵は、函館の旧家に生まれ、地元の名士として知られる古美術鑑定家である。声を演じるのは北海道出身の俳優・大泉洋。前半では穏やかで人懐こい函館の案内役として観客の好意を着実に積み上げ、後半でその印象を一気に覆してみせる。ゲスト声優の起用としても、作劇としても、極めて挑戦的な役どころを引き受けた。
彼の動機は、長年ひとり抱え込んできた事情にある。古美術鑑定と幕末研究を代々受け継いできた旧家の家業が、現代の経済のなかで立ち行かなくなり、家の歴史そのものが途絶える瀬戸際に立たされていたのだ。彼は『100万ドル』の財宝を自らの手で掘り当て、家の財政を立て直すとともに、愛してやまない函館の幕末資料を守ろうとした。彼にとって本作の事件は、単なる金銭欲ではなく、半生を懸けた最後の選択だった。
終盤、コナンが静かに告げる『それでも他者の命を奪った行為そのものは正当化できない』という台詞。それを受け止めた彼が漏らす短い独白——『この街と、この資料を、誰かが守らんといかんかったんです』という趣旨の言葉——が、本作のゲスト悪役像の核を形づくる。温かさから冷たさまで自在に振れる大泉洋の声の幅は、シリーズのゲスト声優起用史のなかでも特筆に値する仕事として、長く語り継がれていくことになった。
舞台と用語
舞台となるのは、北海道函館の市街地全域だ。明治維新最後の戦場となった五稜郭、函館山ロープウェイから望む夜景、湾岸に係留された青函連絡船記念館摩周丸、坂道と教会が連なる元町、赤レンガ倉庫群、そして高校生剣道大会の会場となる市内体育館——。本作はこうした実在の街並みをほぼ全編にわたって舞台に取り込み、シリーズのなかでもとりわけ観光ガイド色の濃い一本に仕上げた。函館の街そのものが、本作のもう一人の主役と呼んでいい厚みで描かれている。
用語の面では、『怪盗キッド/黒羽快斗』『鈴木財閥/鈴木次郎吉』『新選組副長・土方歳三』『四振りの刀』『五稜星(みちしるべ)』『100万ドル』『大岡紅葉』『黒羽盗一』が物語の鍵を握る。前者三つは劇場版『名探偵コナン』のシリーズで繰り返し参照される固有名詞のセットであり、後者五つは本作のために用意された独自の設定だ。なかでも『五稜星(みちしるべ)』というタイトルの読み替えは巧みで、本作の財宝の正体——金塊そのものではなく、函館の街に埋め込まれた幕末資料の集積——を、ラストで観客の側へと手渡す装置として機能している。
20制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年の第1作『時計じかけの摩天楼』から数えて本作で27作目を迎えた。前作『黒鉄の魚影』は黒の組織と灰原哀を軸にした濃密なサスペンスで、興行収入約138億円という当時のシリーズ最高を記録している。その直後に登板した本作は、さらにその記録を塗り替え、シリーズの興行を新たな段階へと押し上げる節目の一本となった。
企画と脚本
脚本は大倉崇裕。劇場版『名探偵コナン』では『ゼロの執行人』『紺青の拳』『緋色の弾丸』『黒鉄の魚影』に続く五度目の登板で、近年のシリーズ脚本を実質的に支えてきた書き手である。怪盗キッドの予告状、刀職人の連続殺害事件、平次と和葉の告白未遂、四振りの刀に秘められた暗号、函館のご当地観光要素、そしてゲストである古美術鑑定家の動機の判明──こうした複数の線を、上映時間110分という限られた尺のなかに過不足なく束ねきった。その構成力は、シリーズの脚本史においても屈指の高い評価を受けている。
本作で大きな選択となったのは、コナンより先に怪盗キッドの予告状から物語を動かし、服部平次と遠山和葉、大岡紅葉の三角関係をクライマックスの一翼にまで押し上げた点である。原作者の青山剛昌は企画段階から監修として深く関わり、原作以来のキッドの人物像、平次と和葉の関係の温度、紅葉の本気と遠慮の配分、さらには黒羽盗一の名前を本作でどう扱うかまで、細部にわたって調整を加えている。
監督と演出
監督は永岡智佳。劇場版『緋色の弾丸』に続く二度目の劇場版監督登板であり、テレビアニメ『名探偵コナン』では長く演出・絵コンテを手がけてきたシリーズ中核の演出家のひとりである。本作で永岡が選んだ画面構成は、函館の実在の街並みを観光ガイドの絵として見せるのではなく、登場人物の感情の通り道として丁寧に組み直すところに重心を置く。
とりわけ函館山ロープウェイ山頂展望台での平次の告白未遂、その数十秒間は本作でもっとも名高い場面のひとつだ。夜景、風を切る音、混線する無線、滑空してくるキッドのハンググライダー、そして遠目に息を呑む紅葉の表情までを、長尺の連続カットが丁寧に積み上げていく。クライマックス、五稜郭での捕物もまた印象深い。星型の輪郭をそのまま画面の中に立ち上げてみせる、シリーズでも特筆すべきロケーション演出として記憶に残る。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。シリーズで長くタッグを組んできたスタジオが、本作でも背景美術・作画・3Dの三本柱を支えた。五稜郭、函館山、摩周丸、元町、赤レンガ倉庫群——函館の実在の街並みを、現地ロケハンに基づく緻密な背景美術で立ち上げる。この作業は、制作陣がもっとも時間を割いた領域のひとつだという。観光地そのものを舞台にすると、写真の上に人物を貼り付けたような違和感が生まれやすい。それを避けるため、街並みを丁寧に作画へ起こし、そのうえで動かしていく。一連の手間が、本作の絵の説得力を支えている。
クライマックスの五稜郭での捕物、そして函館山ロープウェイ山頂展望台での告白未遂——この二つのシーケンスが、本作の動画・美術・撮影の見せ場である。星型の輪郭の上を複数の人物が同時に動く五稜郭の俯瞰。夜景のなかを、キッドのハンググライダーの細い影が滑空する函館山。それぞれが緻密に組み合わさり、クライマックスの数分間を、シリーズの祝祭感の頂点として観客に届ける。
音楽と主題歌
音楽を手がけるのは菅野祐悟。劇場版『名探偵コナン』では長らく大野克夫がメインテーマを担ってきたが、近年の劇場版では菅野祐悟が劇伴の中心にいる。本作でも、函館上陸の祝祭感、刀職人殺害現場の緊張、四振りの刀に隠された暗号を解き明かす高揚、五稜郭の捕物のクライマックス、そして函館山での告白未遂の余韻まで、シリーズに根づいた大野克夫的な格調を残しつつ、菅野祐悟ならではの現代的な弦楽の書法で繋いでみせる。
主題歌はaikoの『相思相愛』(作詞・作曲:aiko)。aikoが劇場版『名探偵コナン』の主題歌を手がけるのは初めてで、本作のために書き下ろされた『相思相愛』は、平次と和葉のすれ違い、そしてコナン・蘭・キッドそれぞれの距離感を同時に背負ったラブソングとして、ラストの余韻を観客のなかに長く残す。エンディングでこの曲が静かに流れ始めるとき、登場人物たちがひと夜のうちに歩いた函館の街並みが、観客の胸にもう一度立ち上がってくる。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎、松井菜桜子の園子、緒方賢一の阿笠博士、林原めぐみの灰原哀、岩居由希子・大谷育江・高木渉の少年探偵団、茶風林の目暮十三、井上和彦の白鳥任三郎、湯屋敦子の佐藤美和子、高木渉の高木刑事、千葉一伸の千葉刑事——シリーズのレギュラー陣が、安定した演技で耳を楽しませる。なかでも山口勝平が、新一と怪盗キッドを同じ場面で演じ分けてみせる仕事ぶりは、本作でも前作までと変わらぬ高水準を保っている。
人気キャラクター側では、堀川りょうの服部平次、宮村優子の遠山和葉、折笠富美子の大岡紅葉が、平次・和葉・紅葉の三角関係の温度を、声だけで器用に運んでみせる。とりわけ折笠富美子の紅葉は、本作のラブコメ線の調節弁として機能している。彼女が放つ『先輩を奪うんやさかい』のひと言、その口調の表情の幅が、本作における和葉の動揺の幅を直接左右する。そういう設計になっているのだ。
ゲスト声優の起用では、函館の古美術鑑定家を演じる大泉洋が、本作の品格を支える看板役として迎えられた。北海道出身の俳優だけに函館の発音にも自然に馴染み、前半の好ましい案内役から、後半の罪を抱えた人間へと声色を振っていく。その幅を、110分の上映時間のなかで破綻なく運んでみせた。シリーズのゲスト声優起用史のなかでも特筆に値する仕事だ。鈴木次郎吉を演じた永井一郎の重厚な声は、四振りの刀のお披露目の口上から、ラストの『刀を本来の所有者のもとへ戻す』決断までを、一本の太い線で繋いでいる。
アクションとサスペンス演出
本作のアクション設計は、函館の実在の街並みをそのまま追跡劇の舞台に取り込む、シリーズでも屈指の観光地密着型の作りである。五稜郭の堀のほとり、摩周丸の機関室、函館山ロープウェイのゴンドラ内、元町の坂道、赤レンガ倉庫群の路地——実在の場所のひとつひとつを、追跡、潜入、救助、捕物の舞台として丁寧に立ち上げていく。シリーズのご当地アクションが、ひとつの到達点に達した演出だ。
クライマックスの五稜郭の捕物と、函館山ロープウェイ山頂展望台での告白未遂は、本作のサスペンス演出の見せ場である。星型の輪郭の上を複数の人物が同時に動く五稜郭の俯瞰、爆発物の動きを読みながら回り込むコナンの足捌き、夜景のなかをハンググライダーの細い影が滑空する函館山——そのひとつひとつが緻密に組み合わされ、クライマックスの数分間を、息を継がせない長い緊張として観客に届ける。
27公開と興行
本作は2024年4月12日に日本で全国公開され、最終的に約158.7億円の興行収入を記録した。観客動員数は約1098万人にのぼる。前作『黒鉄の魚影』の約138億円を大きく上回り、劇場版『名探偵コナン』シリーズの歴代興行最高を更新しただけでなく、日本の邦画歴代興行収入ランキングでもTOP10入りを果たした。シリーズの節目となる一本である。怪盗キッドに服部平次・遠山和葉・大岡紅葉という人気キャラクターの揃い踏み、北海道函館という強い訴求力をもつ舞台、ゲスト声優として迎えた大泉洋、そしてaikoの主題歌『相思相愛』――こうした要素が幅広い観客動員を支えたと、しばしば指摘される。
公開直後から本作は、シリーズの中でも『怪盗キッドと平次・和葉・紅葉が一堂に並ぶ祝祭の一本』『平次が和葉に告白を試み、しかし最後の一言が届かなかった作品』『大泉洋が函館の古美術鑑定家として声優デビュー級の存在感を放った作品』として、ファンの間で繰り返し語られてきた。テレビ放送は公開翌年以降、日本テレビ系『金曜ロードショー』の枠で何度も放送された。その後も劇場版『名探偵コナン』が春に公開されるたび、過去のキッド作品・平次回の代表例として再放送される機会の多い一本となっている。
後年には小説版や関連書籍も刊行され、劇場版を文章で追い直したい読者にも門戸が開かれた。配信面でも、ディズニープラスをはじめ複数の動画配信サービスで長く視聴できる状態が続いている。シリーズの怪盗キッド作品・平次回を一気に見たいファンにとって、いまも欠かせない一本として参照され続けている。
28批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は、大きく三つに分けて語ることができる。第一に、構造的な意義だ。劇場版『名探偵コナン』に怪盗キッド/黒羽快斗を再び投入し、さらに服部平次・遠山和葉・大岡紅葉の三角関係をクライマックスの一翼にまで押し上げた。これによって、シリーズの人気キャラクターが一堂に会する祝祭としての完成度は、頂点にまで引き上げられた。約158.7億円という本作の興行収入は、その祝祭感が幅広い観客層に支持された証しであり、シリーズの興行を完全に新しいステージへと押し上げた節目として記憶されることになる。
第二に、ゲスト声優・大泉洋の存在感である。北海道出身の俳優だけあって函館の発音にもなじみがよく、前半の好ましい案内役から、後半の罪を抱えた人間へ――。110分という上映時間のなかで、その声色の振り幅を破綻なく演じきってみせた。シリーズのゲスト声優起用史においても特筆すべき仕事であり、後年の劇場版におけるゲスト起用の路線にも大きな影響を残している。
第三に、ラストの平次の告白未遂と、aiko『相思相愛』のメロディが重なるエンディングの、文化的な広がりだ。本作の終盤数分間は、公開当時から現在に至るまで、コナン劇場版の恋愛要素を語るうえで必ず話題にのぼる代表的な場面のひとつであり、シリーズの恋愛史を振り返る際にも繰り返し言及されてきた。aiko『相思相愛』のメロディと一体になったこのラストは、本作の題名を聞いただけで函館山の夜景と『届かなかった告白』の絵が同時に立ち上がるという形で、楽曲と映像が溶け合った記憶を観客に残している。
舞台裏とトリビア
本作のロケハンは北海道函館を中心に、五稜郭、五稜郭タワー、函館山、函館山ロープウェイ山頂展望台、青函連絡船記念館摩周丸、元町、赤レンガ倉庫群、市内の体育館まで、ほぼ全編の舞台を網羅する規模で複数回にわたって行われたという。函館市は公開前後に観光誘致のキャンペーンを展開し、現地の観光協会や市役所も、劇場版『名探偵コナン』の公開に合わせてスタンプラリーやパネル展示、聖地マップの配布などを長期にわたって実施した。
もう一つの大きな見どころは、ゲスト声優・大泉洋の起用そのものである。北海道出身の俳優として、函館を舞台にした本作のゲスト主役格に迎えられた背景はもちろん、前半の好ましい案内役と後半の罪を抱えた人間という両面を、同じ声色の振り幅のなかで演じ分けてみせた。その仕事ぶりは、公開前の話題としても公開後の評価としても、本作最大の見どころのひとつとなった。
主題歌『相思相愛』を歌うaikoは、劇場版『名探偵コナン』の主題歌としては初の起用である。本作のために書き下ろされた『相思相愛』は、平次と和葉のすれ違いと、コナン・蘭・キッドの距離感を同時に背負うラブソングとして、シリーズの主題歌史のなかでも特に強い印象を残した。aikoの声と函館の夜景の組み合わせは、後年の劇場版主題歌起用の指針のひとつとしても繰り返し参照されることになる。
本作でキッドが短く口にする「黒羽盗一」の名は、原作『まじっく快斗』で繰り返し参照されてきたキッドの父の名である。劇場版『名探偵コナン』の本編でこの名が口にされる場面は、本作以前にはほとんど存在しなかった。キッドの個人的な動機を劇場版『コナン』の本編へ持ち込んだ、シリーズのなかでも特に意欲的な一本として記憶される作品である。
30テーマと解釈
本作の中心テーマは『道標』である。タイトルの『五稜星』に添えられた『みちしるべ』というルビは、四振りの刀に隠された暗号が指し示す財宝の在処そのものであり、同時に、函館の街が幕末から現代へと残してきた歴史の道標でもある。『100万ドル』の正体が金塊ではなく、函館の街に埋め込まれた幕末資料の集積だった——そう明かされる結末は、タイトルに込められた二重の意味を、最後の数分で観客の手に静かに渡してみせる。
もうひとつのテーマは『一族の家業と現代の経済の摩擦』である。ゲストとして登場する古美術鑑定家を動かしているのは、函館の旧家として代々受け継いできた家業が経営的に行き詰まり、家の歴史そのものが途絶えかねない瀬戸際にあるという、誰にも打ち明けずに長年抱え込んできた事情だ。本作はその構造を、子ども向け推理アニメの劇場版という枠の中で誠実に描ききった。地方の旧家と現代の経済の摩擦という、現実のニュースでも繰り返し議題に上がる題材を、観光ガイド映画さながらの祝祭感の裏側に静かに敷いてみせる——この脚本の手つきは、本作の作劇のなかでもとりわけ高く評価されている。
そして三つ目のテーマが『届かない告白と、届けようとし続けること』である。平次の告白の核心の一言は、頭上を滑空してきた怪盗キッドの風切り音と無線の混線にかき消され、和葉の耳には届かない。『未遂の告白』として閉じられるこのラストは、シリーズの恋愛要素のなかでもとりわけ意地悪な決着であり、同時に、もっとも切ない一場面として記憶されることになった。届かなかったからこそ、平次は次の機会のためにもう一度言葉を整え直すしかなく、観客もまた、シリーズの次の一本でその続きを見届けたくなる。本作のラブコメ線は、未遂のまま閉じることで、シリーズの未来を一段強く牽引する装置として働いている。
本作のラストカットが夜明けの函館湾の空と、まだ煙の残る五稜郭の星型の輪郭を映し出すとき、エンディングで静かに流れ始めるaiko『相思相愛』のイントロが、登場人物たちがひと夜のうちにくぐり抜けた函館の街並みと、それでも空に残された美しさを、観客の胸にもう一段深く立ち上げる。本作が長く愛されてきた理由は、シリーズ歴代興行最高というスケールの大きさだけにあるのではない。函館の街と人物の感情を、110分のなかに過不足なく束ねきった脚本の誠実さにこそある。
31見る順番
劇場版『名探偵コナン』は基本的に一作完結であり、本作も初見の観客に特別な予備知識を求めないサスペンス/怪盗ものとして組まれている。原作『名探偵コナン』のごく基本的な人物関係——コナンが工藤新一の縮んだ姿であること、毛利蘭が新一の幼馴染であること、毛利小五郎が蘭の父で探偵を営んでいること、鈴木園子が蘭の親友で鈴木財閥の令嬢であること、少年探偵団と灰原哀の存在、目暮警部以下警視庁の刑事陣、そして服部平次・遠山和葉が大阪の高校生探偵と幼馴染であること——さえ押さえておけば、十分に楽しめる作りだ。
本作の大きな見どころのひとつが、怪盗キッドの劇場版での再登場と、平次・和葉・紅葉の三角関係である。この流れでさらにキッドの活躍を観たいなら、第3作『世紀末の魔術師』、第8作『銀翼の奇術師』、第14作『天空の難破船』、第19作『業火の向日葵』、第23作『紺青の拳』を遡るのが分かりやすい。平次・和葉・紅葉の三角関係を一気に追いたいなら、第7作『迷宮の十字路』、第21作『から紅の恋歌』、第31作『隻眼の残像』へと進む流れが自然だ。
シリーズの公開順に沿って本作を観るなら、前作にあたる劇場版第26作『黒鉄の魚影』を観たうえで本作の祝祭感に立ち会い、次作の劇場版第28作『隻眼の残像』へと進む流れが最も分かりやすい。前作・本作・次作の三作は、いずれも劇場版『名探偵コナン』の現行期を代表する作品として並んでおり、シリーズ現行期の空気を一気に体感する三本立てとしてもおすすめできる組み合わせだ。
32よくある質問
「あらすじだけ知りたい」場合は、怪盗キッドの予告状とともに北海道函館で四振りの刀を集めようとした鈴木次郎吉のもとに刀職人連続殺害事件が発生し、剣道大会のため函館入りした服部平次・遠山和葉・大岡紅葉と、毛利探偵事務所・コナン一行が合流し、四振りの刀の暗号が指し示す『100万ドル』の財宝の在処を巡って、函館の街を縦に巡る追跡劇が展開する、という大枠を押さえれば十分である。クライマックスでは五稜郭で犯人が確保され、函館山ロープウェイ山頂展望台で平次が和葉に告白を試みるが、その核心の一言は怪盗キッドの介入で和葉の耳には届かない。
「結末・ネタバレを知りたい」場合は、本作の真犯人が函館の旧家の末裔として地元の名士として知られる古美術鑑定家(声:大泉洋)であり、動機が一族の家業の経営的な行き詰まりと、自らが愛してきた函館の幕末資料を守るための原資の確保であったこと、本作の『100万ドル』の本当の正体が金塊そのものではなく函館の街に埋め込まれた幕末資料の集積であったこと、平次の告白の核心の一言が怪盗キッドの介入で和葉の耳には届かなかったこと、怪盗キッドの本作での動機が父・黒羽盗一の生前の調査メモの一片の確認であったこと、登場人物に死者は出ず四振りの刀は本来の所有者のもとへ順に戻されることが核となる。
「犯人は誰か」という問いには、本作の真犯人は函館の古美術鑑定家として序盤から鈴木次郎吉と並んで動いていた函館の名士(声:大泉洋)であり、家業の経営的な行き詰まりと函館の幕末資料への執着を動機としていた、と答えることになる。「動機」については、一族の家業の存続と、自らが愛してきた函館の幕末資料を守るための原資の確保が核であり、単純な金銭欲ではない、という整理になる。
「初見でも見られるか」という問いには、本作は単体で完結しているため初見でも問題なく楽しめる、と答えられる。前作『黒鉄の魚影』の事件と本作の事件は基本的に独立しているため、両作の順番を入れ替えて観ても本作の理解には支障がない。怪盗キッドの劇場版での造形を一気に追いたい場合は、本作の前に『世紀末の魔術師』『銀翼の奇術師』『天空の難破船』『業火の向日葵』『紺青の拳』を、平次・和葉の関係を一気に追いたい場合は『迷宮の十字路』『から紅の恋歌』を遡って観てから本作に進むのが最もまとまった見方となる。「主題歌は誰の曲か」という問いには、aikoの『相思相愛』(作詞・作曲:aiko)が劇場版の主題歌として全面起用された、と答えられる。
「ゲスト声優は誰か」という問いには、函館の古美術鑑定家役の大泉洋が、本作のゲスト主役格として起用された、と答えられる。「興行はどうだったか」という問いには、興行収入約158.7億円・観客動員約1098万人を記録し、劇場版『名探偵コナン』シリーズの歴代興行最高を大きく塗り替え、邦画歴代興行収入ランキングでもTOP10入りを果たした、というのが基本となる答えである。
33参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部評価は変動するため、視聴前に公式サイトおよび各データベースの最新情報を確認されたい。本記事の本文は、各種公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。