ダンブルドアは校長室の地球儀にそっと触れ、ハリーに分霊箱という言葉と七つの魂のかけらの物語を教える。一方でドラコ・マルフォイは父の代わりに死喰い人の任務を背負い、闇の塔の上で杖を構える。教科書の余白に書き込まれた「謎のプリンス」の助言、洞窟の黒い水、そして天文台の塔の上で発せられる二語の呪文——本作は最終決戦への扉を、もっとも静かに、もっとも残酷に開ける。
前作『不死鳥の騎士団』に続きデヴィッド・イェーツが連投。脚本はシリーズ大半を担当するスティーヴ・クローヴス、撮影はジャン=ピエール・ジュネ作品で知られるブリュノ・デルボネル、音楽はニコラス・フーパー。ワーナー・ブラザース/ヘイデイ・フィルムズ製作、上映時間153分。原作小説のうち、最終決戦の前段にあたる『土台と覚悟の一冊』を、戦闘よりも『過去』『記憶』『内面』に重心を置いて映画化した一作。
1996年夏から1997年初夏までを描き、本編七年間の第6学年にあたる。前作の魔法省の戦いの直後に始まり、終盤の天文台の塔の出来事をもって、続く『死の秘宝』PART1冒頭の逃避行へと直結する。映画は二つの軸——『ダンブルドアとハリーが見るトム・リドルの過去』と『ドラコ・マルフォイが背負わされた任務』——を交互に編み、その合流点として最終盤を組む。
2009年の世界興行収入で上位を記録し、本編シリーズのなかでも興収・批評の双方で安定した支持を得た。第82回アカデミー賞ではブリュノ・デルボネルが撮影賞にノミネートされ、BAFTA英国アカデミー賞は特殊視覚効果賞にノミネート、サターン賞ファンタジー映画賞を受賞している。原作の取捨選択をめぐる議論はあったものの、抑制の効いた色調と『静かな悲劇』としての構築力は映画評として高く評価された。
ミレニアム・ブリッジ崩落、スピナーズ・エンドでのナルシッサとスネイプの『破れぬ誓い』、ホラス・スラグホーンの勧誘、謎のプリンスの教科書、ロンの中毒、セクタムセンプラ、ペンシーブで辿るトム・リドルの過去、フェリックス・フェリシスを使ったスラグホーンの記憶取得、洞窟と亡者、天文台の塔の上でのスネイプによる『アバダ・ケダブラ』、ハーフ・ブラッド・プリンスの正体、そしてR.A.B.の偽ロケットまで、重大ネタバレを前提に踏み込む。
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概要
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』(Harry Potter and the Half-Blood Prince)は、デヴィッド・イェーツが監督し、2009年7月15日に英国・米国で、同年9月19日に日本で公開されたファンタジー映画である。J.K.ローリングの同名長編小説(2005年刊)を原作とし、前作『不死鳥の騎士団』(2007)に続く本編シリーズ第6作にあたる。脚本はシリーズの大部分を担当するスティーヴ・クローヴスが、前作で離れた席に戻って再登板した。製作はデヴィッド・ヘイマンとデヴィッド・バロン、配給はワーナー・ブラザースが担い、上映時間は153分。原作の終盤——ダンブルドアの死と分霊箱というシリーズの土台——を映画化するため、原作の人物・出来事の取捨選択は徹底して『最終章へつなぐ二本の線』に集約されている。
物語は、魔法省の戦いの直後に発表された『ハリー・ポッターが選ばれし者である』という記事が日刊予言者新聞の一面を飾る、その世界の高揚と恐怖の混じった夏から幕を開ける。ロンドンのミレニアム・ブリッジが闇の靄に巻き取られて崩れ落ち、ダイアゴン横丁の店々は板が打ちつけられ、オリバンダー杖店からは杖の名工オリバンダー自身が連れ去られている。死喰い人の襲撃は遠い噂ではなく、マグルの日常の真上で行われる現実となった。これと並行して、スピナーズ・エンドの工場跡の家ではナルシッサ・マルフォイがセブルス・スネイプに向き合い、立会人ベラトリックス・レストレンジの杖の下で『破れぬ誓い』を交わす。三つの誓い——ドラコを見守ること、彼を護ること、もし彼が任務を果たせなかったときには代わりに自らがそれを果たすこと。これがこの映画全体の伏線として、最後の一秒まで効きつづける。
ハリー・ポッターはダンブルドアに連れられて引退した元魔法薬学教師ホラス・スラグホーンを教職へ呼び戻し、ホグワーツでは魔法薬の授業がスラグホーン担当、闇の魔術に対する防衛術がスネイプ担当へと配置換えになる。古い魔法薬の教科書を借り受けたハリーは、その余白に『この本の持ち主はハーフ・ブラッド・プリンス(半純血のプリンス)』と書かれた手書きの注解と独自の改良呪文を発見し、授業で次々と頭角を現していく。一方、ドラコ・マルフォイはホグワーツ城の七階の必要の部屋に通い、何かを修復している。彼は学校の外と内をつなぐ通路を完成させ、死喰い人を城内へ招き入れる準備を進めている——その先に待つのが、天文台の塔の上での出来事である。
本作はシリーズの転換点として位置づけられる。激しい戦闘や派手な魔法の応酬は控えめで、代わりに『記憶』『過去』『誰が何を背負って生きてきたか』を見せる映画として組み立てられている。ダンブルドアはハリーを校長室のペンシーブ(憂いの篩)に何度も誘い、トム・マールヴォロ・リドルがいかにしてヴォルデモートになったのか——ゴーント家の指輪、孤児院、十一歳のトムを訪ねるダンブルドア、十六歳のトムがスラグホーンに『分霊箱を七つに分けることはできますか』と問う場面——を順に観客に開示する。そして同じだけの時間を割いて、ハリーとジニー、ロンとラベンダー・ブラウン、ハーマイオニーの嫉妬、フェリックス・フェリシスをめぐるイタズラめいた挿話など、『最後の青春劇』としての側面も丁寧にすくい上げる。本記事は結末を含む全編の内容に踏み込む。天文台の塔でセブルス・スネイプが何を発したか、ロケットの蓋にR.A.B.のイニシャルがなぜ刻まれていたか、ハーフ・ブラッド・プリンスとは誰のことだったのか——その答えまでを記すため、初見で物語の驚きを保ちたい読者はまず本編を鑑賞してから読み進めることを勧める。
- 原題
- Harry Potter and the Half-Blood Prince
- 原作
- J.K.ローリング(2005年・ブルームズベリー)
- 監督
- デヴィッド・イェーツ
- 脚本
- スティーヴ・クローヴス
- 音楽
- ニコラス・フーパー
- 撮影
- ブリュノ・デルボネル
- 美術
- スチュアート・クレイグ
- 編集
- マーク・デイ
- 公開
- 2009年7月15日(米英)/9月19日(日本)
- 上映時間
- 153分
- ジャンル
- ファンタジー、青春劇、ミステリー、ダーク・ファンタジー
- 舞台
- 1996-1997年の英国(ロンドン/隠れ穴/ホグワーツ城/海辺の洞窟/天文台の塔)
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。ミレニアム・ブリッジ崩落と『隠れ穴』の襲撃、スピナーズ・エンドでの『破れぬ誓い』、ホラス・スラグホーンの勧誘、謎のプリンスの教科書とフェリックス・フェリシスをめぐる挿話、ロンと毒入り蜂蜜酒、ハーマイオニーの嫉妬とラベンダー・ブラウン、ハリーとジニーの接近、ドラコの必要の部屋、ペンシーブで辿るゴーント家の指輪/孤児院/十六歳のトム・リドルの三つの記憶、洞窟と亡者(インフェリ)、天文台の塔の上で起きること、ハーフ・ブラッド・プリンスの正体、そしてR.A.B.のロケットまでを順に追う。
ミレニアム・ブリッジ崩落と『選ばれし者』の見出し
映画は、闇の閃光に照らされたダンブルドアとハリーの顔——前作『不死鳥の騎士団』の魔法省の戦いの直後を捉えた数秒のフラッシュバック——から始まる。続いて舞台は現実の英国。マグルのテレビでは『不可解な気象現象』のニュースが続き、日刊予言者新聞の見出しは『ハリー・ポッターは選ばれし者か?』と一面を彩る。ロンドン中心部、テムズ川にかかるミレニアム・ブリッジを、黒い人影と黒い靄が雲のように追い抜いていく。橋の鉄骨は柵から順に内側へ捻じれ、橋桁ごと川面へ落下する。死喰い人がマグル世界の真上で日常を破壊しに来る——その絵が、シリーズの空気の変化を一瞬で観客に告げる。
ダイアゴン横丁は、もはや観光名所ではない。看板は半ば外され、店々の扉には板が打ちつけられている。杖の名工オリバンダー氏の店は荒らされて主が消え、街路には魔法省の啓発ポスター『安全を守るために:未知の人物から呼びかけられても応じてはなりません』が貼られている。そんな横丁の隅で、双子ウィーズリー兄弟の悪戯専門店『ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ』だけが鮮やかな黄色とオレンジの内装で営業を続け、子どもたちを呼び込んでいる。フレッドとジョージはハリー、ロン、ハーマイオニー、ジニーを迎え、隣接するボージン・アンド・バークス店の前を通ったハリーは、ドラコ・マルフォイがそこへ忍び込み、店主に何かを『修理せよ』と命じる現場を目撃する。ドラコの左の前腕には、まだ袖の中で観客には見えないが、確実にそこに刻まれた印がある。
夜のロンドン、ダンブルドアはマグルの地下鉄駅の片隅でハリーを拾い、二人は廃屋寸前の家『バドリーの隠居の家』へ姿現わしで移動する。リビングの暖炉の上の肘掛け椅子に、家具のかたまりに紛れて潜んでいた巨漢——元ホグワーツ魔法薬学教授ホラス・スラグホーン——を、ダンブルドアはたしなめながら本来の姿に戻す。スラグホーンは闇の魔法使いの追跡から逃れて空き家を渡り歩いており、現役復帰の打診をさんざん断る。だがダンブルドアはハリーを連れてきた狙いを正確に読ませる。スラグホーンは『偉大な生徒の名前のコレクター』であり、リリー・ポッター(ハリーの母)のかつての教師であり、そしてもう一つ——のちにダンブルドアがハリーに頼むことになる『記憶』を握っている。スラグホーンは結局、教職への復帰を受諾する。
スピナーズ・エンドと『破れぬ誓い』
夜霧のなか、煤けた工場街スピナーズ・エンドの一角を、フード姿のナルシッサ・マルフォイが歩いている。背後を追うのは、姉のベラトリックス・レストレンジ。ナルシッサが向かう先は、煙突の煙のような黒髪の男セブルス・スネイプの住まいである。狭い書斎で三人が向かい合う構図は、スネイプの過去の人脈と、これからの彼の立ち位置を一息に物語る——闇祓いではなく死喰い人の側の旧友たちの間で、彼はいまも『信用されている』。
ナルシッサは涙ながらに息子ドラコの境遇を語る。父ルシウス・マルフォイは魔法省の戦いの失態でアズカバンに収監され、その償いとしてドラコは闇の帝王から『任務』を直接命じられた。任務の中身は明かされないが、未成年の少年に背負わせるには重すぎることだけは確かである。ナルシッサはスネイプに、息子のそばにいて護ってほしい、そしてもしドラコが果たせなかったときには、代わりにあなたが果たしてほしい——と懇願する。
ベラトリックスは姉の弱さを軽蔑しつつ、スネイプの忠誠心を試すかのように『破れぬ誓い(アンブレイカブル・ヴァウ)』を提案する。誓いを破った者は即死する、もっとも重い魔法の契約である。スネイプは差し出されたナルシッサの右手を握り、ベラトリックスがその上に杖を当て、火のような細い帯が二人の腕に巻きつく。第一の誓い、ドラコを見守ること。第二の誓い、彼を護ること。そして第三の誓い——『もしドラコが果たせなかったとき、闇の帝王から命じられた任務を、あなたが代わりに果たすと約束しますか』。スネイプは目を伏せ、しかしためらわずに『約束する』と答える。三つ目の炎の帯が腕に巻きついた瞬間、観客はまだ何の約束かを知らない。だが、この三つ目の誓いだけが、最後の二十分でもう一度立ち上がってくることになる。
『隠れ穴』の襲撃
映画は夏の終わり、ウィーズリー家『隠れ穴』に集うハリーとハーマイオニー、そしてジニー、ロン、フレッドとジョージの場面に切り替わる。台所のテーブルでは双子が新発売の悪戯商品を試し、ハリーは新聞の見出しに目を落としながら、いつにない大人びた表情でジニーと言葉を交わす。前作までの少年めいた表情が薄れ、彼の体つきも声も、もはや子どもではなくなっている。
夜、湿地に建つ隠れ穴の周囲に、黒い炎の筋が複数突き刺さる。ベラトリックス・レストレンジと狼男フェンリール・グレイバックを含む死喰い人の一団が、雑草の上に着地し、家屋を取り囲む。ジニーがハリーを呼びにいき、二人は杖を抜いて茨の生えた湿原に飛び出す。家の周囲をぐるぐると挑発するように移動するベラトリックスは、姿現わしと姿消しを繰り返してジニーとハリーを翻弄し、ついには『隠れ穴』そのものに火を放つ。アーサーとモリー、ハーマイオニーとロン、トンクスとリーマス・ルーピンが追いつくが、間に合わない。一夜にして象徴的なウィーズリー家の家屋は焼け落ちる。
原作小説に存在しないこの『隠れ穴の炎上』は、映画版のオリジナルシーンである。死喰い人が遠い噂ではなく、家族の家までやって来る——その実感を観客に植え付ける機能を担っており、続くホグワーツの日常パートを『安全な学園』ではなく『火事の翌日』として観客に見せる効果を生む。
ホグワーツ特急とドラコの秘密
九月一日、キングス・クロス駅の九と四分の三番線。ハリーは透明マントを羽織り、ホグワーツ特急のスリザリンの個室をこっそり覗きに行く。ドラコ・マルフォイは、いつもの取り巻きクラッブとゴイル、そしてパンジー・パーキンソンの前で、何かを誇示するように『今年は今までと違う』とほのめかしている。透明マントの下のハリーは荷物棚の上から会話を盗み聞きするが、終着駅に着くなりドラコに気づかれ、座席の下で身動きが取れないまま生徒たちを下車させたあと、ドラコに鼻骨を粉砕する『ペトリフィカス・トタルス』と踏みつけを受け、車両ごと置き去りにされる。
車庫の暗がりで身動きできないハリーを救うのは、ホグワーツへ向かう道で気配を察したトンクスである。鼻血を魔法で止めたハリーは、城へ徒歩で戻る道すがら、ドラコがもはやただのいじめっ子ではなく『任務』を抱えた人物に変わっていることを痛感する。歓迎の宴で、ダンブルドアはスラグホーンの教職復帰と、それに伴うスネイプの闇の魔術に対する防衛術教師への配置換えを淡々と発表する。生徒たちの拍手は半分困惑だが、スネイプは表情を変えない。
翌日の魔法薬の最初の授業で、教室の隅から一冊の古ぼけた教科書をスラグホーンに渡されたハリーは、その表紙裏に小さな手書きの文字を見つける。『This Book is the Property of the Half-Blood Prince(この本の持ち主は半純血のプリンス)』。各章の余白には、本文の手順を上書きする独自の改良や、ハリーの知らない呪文の発明、辛辣な短い感想が、若い筆致で書き込まれている。最初の課題『生ける死の水薬』では、教科書の指示ではなくプリンスの欄外メモに従って香芹(ソパフォラス)の豆を平らな刃で潰したハリーが、すべての生徒を圧倒し、スラグホーンから報酬として『フェリックス・フェリシス(幸運の液体)』の小瓶を授かる——飲んだ一日だけ何をやっても成功する、輝く金色の薬である。
クィディッチ、ラベンダー、ハーマイオニーの嫉妬
今年もハリーはグリフィンドールのシーカー兼チームキャプテンを務め、トライアウトでロン・ウィーズリーがキーパーの座を勝ち取る。ロンは『緊張すると指先が震える』タイプの選手で、最初の試合直前、更衣室で青ざめている彼の南瓜ジュースに、ハリーは仲間に示すようにフェリックス・フェリシスの瓶を傾けてみせる——実際には一滴も入れていない『プラセボ』だが、効いていると信じ込んだロンは大胆不敵な防御を連発し、グリフィンドールはスリザリン戦を圧勝する。観客席で母校の校歌を歌うロンの背中越しに、彼に夢中の同級生ラベンダー・ブラウンが目を輝かせる。
勝利の打ち上げの夜、共用談話室の人混みのなかで、ロンとラベンダーは大胆に唇を重ねる。ぶつかった目線の先に立ちすくむのはハーマイオニー・グレンジャーである。階段を駆け上がるハーマイオニーをハリーが追い、いつもの教室で慰めるあいだ、扉の外をロンとラベンダーが手を繋いで通り過ぎ、ハーマイオニーは杖を振って小鳥たちを召喚し、それをロンの後頭部に向けて打ち込む。子どもの嫉妬を魔法のミサイルで処理してしまえるのが本作の悲喜劇の魅力で、観客は同じシーンで笑い、同じシーンで胸を痛める。
並行して、もうひとつの恋愛が静かに進行する。ジニー・ウィーズリーは、双子の悪戯商品の試食でハリーの口に蜂蜜エキスを塗りつけ、唇に触れる距離で『じっとして』と命じる。雪の積もった天文台の段を二人で歩く場面では、明確な台詞ではなく沈黙のなかで距離が縮む。やがて必要の部屋で、ジニーはハリーに自分の手で透明マントを掛け、唇を寄せる。前作までの『友人の妹』が、独立した若い女性としてハリーの前に立つのが、本作の青春劇の到達点である。
スラグ・クラブと過去のペンシーブ
ホラス・スラグホーンは『偉大になりそうな生徒』をディナーパーティーに招待してコレクションする愛すべき俗物で、その晩餐会は『スラグ・クラブ』と呼ばれる。ハリー、ハーマイオニー、ジニーは早々に常連となり、ロンとラベンダーは招かれず、ハーマイオニーはクィディッチ選手コーマック・マクラーゲンを意趣返しの『連れ』に選んで、クリスマス・パーティーの会場でやり過ごす——そのままトイレに逃げ込んで、追ってきたマクラーゲンを撃退するハーマイオニーの落差が、本作の笑いどころのひとつになっている。
ダンブルドアはハリーを校長室に呼び、石の盥『ペンシーブ(憂いの篩)』のなかへ降りるよう促す。一つ目の記憶は、魔法省職員ボブ・オグデンの目を借りた、ヴォルデモートの母方の血筋『ゴーント家』の朽ちた小屋である。サラザール・スリザリンの末裔を自称しながら一族のなれの果てとなった父マールヴォロ・ゴーント、その荒れた息子モーフィン、そして地味で怯えた娘メローピー。マールヴォロが見せびらかすのは指輪と金のロケット——指輪にはペベレル家の紋章が刻まれている。続く記憶では、若いダンブルドアがロンドンの孤児院を訪れ、棚に他人から奪った『小さなもの』を隠す癖を持つ十一歳の少年トム・マールヴォロ・リドルに、『君は魔法使いだ。九月にホグワーツへ来なさい』と告げる。家具を意のままに浮かせ、他の子どもたちを動物のように怯えさせる早熟さで、トムは大人のダンブルドアを威圧しさえする。
もう一つ、肝心の記憶がある。ホグワーツの薬剤調合室で、十六歳のトム・リドルが当時の教授スラグホーンに『分霊箱(ホークラックス)について読んだのですが、どういう仕組みなのですか。魂を七つに分けられますか』と質問する場面である。だがスラグホーンはこの記憶を改変しており、自分の答えの部分にだけ深い霧をかけている。ダンブルドアは『この映画でハリーに頼みたいことは一つだ。スラグホーンから本物の記憶を取り出してほしい』とハリーに告げる。これがハリーの最大の宿題となる。
ケイティ・ベルの呪い/ロンの中毒
ホグスミード行きの週末、グリフィンドールのチェイサー、ケイティ・ベルは女子トイレで茶色い小包を受け取る。雪の積もる帰り道、好奇心に負けた彼女は包みを破り、中の純銀のオパールのネックレスに素手で触れてしまう。瞬間、ケイティは雪の上から数メートル宙に浮き、悲鳴を上げながら痙攣する。ハリーが駆け寄って包みの裏を見ると、これは『ダンブルドアに渡される予定の品』だった——ドラコ・マルフォイの一手目、しかし届かなかった一手目である。ハリーはマグゴナガル副校長にドラコへの疑念を訴えるが、現場に居なかった彼の関与は証明できない。
数か月後、別の一手が放たれる。スラグホーンの執務室でロンの十七歳の誕生祝いとして開けられた蜂蜜酒の瓶——本来はクリスマス・プレゼントとしてダンブルドアに贈られる予定だった一本——を、ロンが先に口にしてしまう。直後、ロンは床に倒れ、口から泡を吐いて痙攣する。ハリーは食料棚から見覚えのあるベゾアール石(毒消し効果のある胃石)をひとつかみ、ロンの喉に押し込む。スラグホーンの教えそのままの手当てが間に合い、ロンは一命を取り留める。
医務室で意識を取り戻したロンは、混濁したまま『えるみおぬ……』とハーマイオニーの名前を呼ぶ。枕元のラベンダー・ブラウンは『私の名前を呼んでいるのね』と勘違いし、扉の影でハーマイオニーは涙を浮かべる。後日、ロンは事故の記憶のないまま、ラベンダーとの関係を自然消滅させていく。事件の事実関係はマクゴナガルとスネイプによって調査されるが、毒を盛った者を特定することはできない。だがハリーは確信する——城のなかで、誰かが、ダンブルドアを殺すための準備を進めている。
セクタムセンプラ——もう一つの『プリンス』の顔
ある日、ハリーはマローダーズ・マップの上を歩く『ドラコ・マルフォイ』の名札が、人気のない男子トイレに留まり続けるのを見つける。マントを羽織って後を追ったハリーは、洗面台の鏡の前で泣きじゃくるドラコを目撃する。任務に押し潰されつつある十六歳の少年の素顔——その姿に居合わせてしまったハリーは、しかし鏡越しに目が合うなり杖を抜かれ、二人の決闘になる。狭いトイレのなか、水の張った石床の上で、双方の呪文が床と天井を傷つけていく。
追い詰められたハリーは、教科書の余白に走り書きされていた、しかし何の呪文か説明されていない一語——『Sectumsempra(セクタムセンプラ):敵に向けて』——を、考えるより早く杖先から放つ。透明な刃が空中を斬り、ドラコの胸と顔に深い斬り傷が花のように開き、洗面台にあふれる水が朱に染まる。誰よりも驚いているのはハリー自身である。倒れたドラコを抱き上げる音で駆けつけたスネイプは、ハリーを押しのけて低い詠唱とともに傷口を一つずつ閉じ、ドラコを医務室へ運ぶ。
後日、教科書の存在をハーマイオニーに咎められたハリーは、考えた末に必要の部屋へ向かい、見たことのない雑多なガラクタの山の奥に、その本を黒い焦げ跡の散る木製キャビネットの上へ隠す。観客が短いカットで目にするその木製キャビネット——『姿をくらませるキャビネット』こそ、ドラコがずっと修理してきた一品で、城の外と内をつなぐ通路の片割れである。ハリーは隠した本のすぐ横で、城の運命を決める道具を見ているが、まだそれと知らない。
フェリックス・フェリシスと真の記憶
ハグリッドの飼っていた巨大蜘蛛アラゴグが死んだ夜、ハリーはハグリッドの小屋の埋葬式に向かう前に、温存していたフェリックス・フェリシスを一口だけ飲む。輝く金色の液体が血管を駆け、世界の色が一段明るくなる。すれ違うことすべてが正解の方向へ自然に転がる感覚のなかで、ハリーは自分でも理由を説明できないまま、スラグホーンを誘ってハグリッドの小屋へ向かう。
酒の入った夜の小屋で、ハリーは『先生の薬草が好きでよかった——母も先生の授業が好きだった』とだけ呟く。一句ごとに、スラグホーンの目に涙が滲んでいく。やがてスラグホーンは、自分の弱さと、隠してきた記憶のことを口にし始め、ついには杖先から銀色の糸——本物の記憶——を引き抜き、ハリーが差し出した小瓶のなかへ落とす。十六歳のトム・リドルが『魂を七つに分けられますか』と問い、スラグホーンが『七つ……それは想像することさえおぞましい。だが理論上は可能だ』と答える、その全容である。
校長室のペンシーブの上で記憶を見終えたダンブルドアは、椅子に身を沈めながら結論を告げる。トムは魂を七つに分け、すでにいくつかの『分霊箱』を作っている。指輪、日記、ロケット、カップ、髪飾り——どこにあるのか分からない品もあるが、すべてが破壊されない限り、ヴォルデモートは死なない。そして、最後の一つを取りに行く必要がある——海辺の洞窟へ。今夜にも、彼自身とハリーの二人で。
海辺の洞窟と亡者(インフェリ)
二人は海食崖の岩棚に姿現わしし、波しぶきに濡れた断崖を下って、岩壁の裂け目から黒い洞窟の内部へ滑り込む。ダンブルドアは入口の壁にナイフでひと撫で——自分の血を、入場の代償として捧げる。広い地下湖の中央に、緑色の鬼火が灯った石の島がある。湖面は鏡のように静まり、その下には無数の死体——闇の魔法によって繰り人形にされた屍体『亡者(インフェリ)』が、まだ沈んだまま眠っている。
島の中央の石の盥には、緑色に光る液体がなみなみと張られ、その下に銀のロケットが沈んでいる。ダンブルドアは『この薬は飲んだ者を絶望と痛みで満たすが、飲み干さない限りロケットには手が届かない。私が飲むから、君は必ず最後まで飲ませてくれ』と言い、ハリーに『何があっても、飲ませろ』と命じる。盃を一杯ずつ口に運ばれるダンブルドアは、過去の最も深い悔いの像に責められて呻き、『水をくれ……水を……』と懇願する。
ハリーが湖面に杖を当てて水を汲もうとした瞬間、湖の底から白い手が次々と這い上がる。蘇った亡者の群れが島へ群がり、ハリーを引きずり込もうとする。緑色の液体を最後まで飲み干し、半ば気を失ったダンブルドアは、最後の力を振り絞って島の周囲を一面の火の輪で包む——亡者は炎に怯んで湖へ沈む。ロケットを胸に抱いたハリーは、ぐったりしたダンブルドアの腕を支え、二人は姿現わしでホグズミード村の外れへ戻る。だが帰る先のホグワーツの上空には、緑色の髑髏と蛇——『闇の印』が、すでに掲げられていた。
天文台の塔——『アバダ・ケダブラ』
ハリーはダンブルドアの杖をすぐにも握り直したいが、命じられるまま透明マントを掛け直し、彼の影に身を寄せて天文台の塔の最上階へ向かう。階段の上の扉が開き、青ざめたドラコ・マルフォイが杖を構えて入ってくる。透明マントの下のハリーは、ダンブルドアの『微動だにせず、声を立てるな』という強い目線によって、その場で動けない呪文を掛けられたかのように凍りつく。ダンブルドアは自分の杖を石の床に落とし、両手を空にして、ドラコと向き合う。
ドラコの杖先は震えている。彼の任務は、ダンブルドアを殺すことだった。だが彼は人を殺したことがない。ダンブルドアは穏やかに、ドラコの家族の保護を申し出る——『君が自分で選んだ訳ではないことを、私は知っている』。階段の下から駆け上がってくる足音と笑い声に、ドラコの背中はびくつく。ベラトリックス・レストレンジ、フェンリール・グレイバック、ヤックスリーら死喰い人たちが塔の最上階に現れ、ドラコの背中を押して『やれ、ドラコ、やってしまえ』と急かす。ドラコの杖先は決して下がらないが、決して呪文も走らない。彼にはできない。
そこへ階段を上がってきたのが、セブルス・スネイプである。一同が振り返るなか、ダンブルドアはただ一語、彼の名を呼ぶ——『セブルス……お願いだ(Severus...please.)』。それが懇願なのか、命令なのか、初見の観客には判断がつかない。スネイプはドラコを軽く脇へ押しのけ、杖を持ち上げ、ためらいも哀しみも見せずに二語を発する。『アバダ・ケダブラ』。緑色の閃光がダンブルドアの胸を抜け、彼の体は塔の縁から後ろ向きに、ゆっくりと——夜の闇の底へ落ちていく。透明マントの下のハリーは、自分の口から声が出ないまま、その光景を見届ける。
スネイプの背と『私が謎のプリンスだ』
塔の凍縛の解けたハリーは、階段を駆け下り、城内の大広間で乱闘になっている死喰い人とホグワーツの教師たちを横目に、夜の校庭をひとり走るスネイプを追う。ベラトリックスは余興のように、燃える松明をハグリッドの小屋に投げ込み、城の上空に立ち上る煙と、暗くなる空のなかでハリーは何度もスネイプに呪文を放つ。だが、放つそばから呪文は逸らされ、跳ね返される。スネイプはハリーの杖の先の意図を、放たれる前から読み取ってしまう。
ついにスネイプに地面に組み伏せられかけたハリーは、最後の手段として、教科書の余白で覚えた『セクタムセンプラ!』を叫ぶ。スネイプはほとんど無造作に手を振ってそれを払い、低い声で告げる。『私の発明した呪文を、私に向けるのか』。ハリーが息を呑むのを見て、彼はもう一度、はっきりと言う。『私こそが——半純血のプリンスだ(I am the Half-Blood Prince)』。教科書の若い筆致の主は、若き日のセブルス・スネイプ自身だった。スネイプの母はイリーン・プリンスという半純血の魔女であり、教科書の表紙裏に『プリンス』の名を書きつけたのは、母の旧姓を自らに重ねた、孤独な十代の少年スネイプである。
スネイプはハリーに最後の傷を負わせず、ドラコの首根っこを掴んで夜のホグワーツの境界線の外へと走り去る。残されたハリーは芝生の上に膝をつき、塔の下の冷たい石畳に横たわるダンブルドアの遺体に駆け寄る。やがてマグゴナガル、ハグリッド、ロン、ハーマイオニー、ジニー、ルーナ・ラブグッドらが集まり、夜空に向けて全員の杖が掲げられる。生徒たちと教師たちの杖の先から、ホグワーツの空に重なる白い光の柱が立ち昇り、闇の印の緑をかき消していく——シリーズで最も静かで、最も哀しい儀礼の一つである。
R.A.B.の偽ロケットと最後の決意
葬儀の翌日、ハリーは胸ポケットに納めたロケットを天文台のへりで初めて開ける。中に入っていたのは、想定していたヴォルデモートの魂の欠片ではなく、薄く折りたたまれた紙片だった。流麗な筆跡で書かれた手紙には、こうある——『闇の帝王へ。私はあなたが死を恐れる男であると知っている。私はあなたが分霊箱を作ったことを知り、その真の分霊箱を盗み出し、可能な限り破壊する者にこれを託す。すでに私はあなたから遠く隔たり、再び会えることはあるまい。死を覚悟して署名する。——R.A.B.』。ロケットは『偽物』だった。本物のロケットは、ダンブルドアが命と引き換えに取りに行った洞窟へすら、もう既になかった。
ロン、ハーマイオニー、ハリーの三人は天文台のへりに並び、霧の城下を見下ろす。ハリーは静かに『戻らない。学校には戻らない。ダンブルドアが始めた仕事を、終わらせなくちゃならない』と告げる。ロンは『一人で行かせると思ったか』、ハーマイオニーは『私たち、一緒に行く』と即答する。三人は最後の朝の光のなかで肩を寄せ合い、不死鳥フォークスが城の上を旋回しながら、空の彼方へと消えていく。
この場面で、本作の一つの大きな物語は閉じ、もう一つの、より大きな物語の扉が開く。R.A.B.の正体、本物のロケットの行方、残された分霊箱の数と位置、そしてセブルス・スネイプという男の本当の側についての答えは、すべて次作『死の秘宝 PART1/PART2』に持ち越される。映画は、決定的な勝利も慰めも観客に与えず、ただ三人の若い肩越しの遠い空だけを残して幕を閉じる。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を分類して示す。本作はホグワーツ最後の安らかな一年であると同時に、最終章で破壊される世界の最後のスナップショットでもあるため、教師陣・学友・家族・場所の名前が次作以降の物語の重要な参照点となる。
人物(生徒・教師・家族)
- ハリー・ポッター
- ロン・ウィーズリー
- ハーマイオニー・グレンジャー
- ジニー・ウィーズリー
- ドラコ・マルフォイ
- ラベンダー・ブラウン
- コーマック・マクラーゲン
- ルーナ・ラブグッド
- ネビル・ロングボトム
- シェイマス・フィネガン
- ディーン・トーマス
- ケイティ・ベル
- ブレーズ・ザビニ
- パンジー・パーキンソン
- クラッブ
- ゴイル
- アルバス・ダンブルドア
- セブルス・スネイプ
- ホラス・スラグホーン
- ミネルバ・マクゴナガル
- ルビウス・ハグリッド
- フィリウス・フリットウィック
- ポピー・ポンフリー
- アーガス・フィルチ
- アーサー・ウィーズリー
- モリー・ウィーズリー
- フレッド・ウィーズリー
- ジョージ・ウィーズリー
- ニンファドーラ・トンクス
- リーマス・ルーピン
敵対者(闇の側)
- ヴォルデモート卿(記憶のなかの少年トム・リドル)
- ベラトリックス・レストレンジ
- ナルシッサ・マルフォイ
- ルシウス・マルフォイ(言及・収監中)
- フェンリール・グレイバック
- ヤックスリー
- オリバンダー(誘拐/言及)
魔法生物・種族
- 亡者(インフェリ)
- 巨大蜘蛛アラゴグ
- 巨人の血を引く者
- 屋敷しもべ妖精クリーチャー(言及)
- 不死鳥フォークス
- ヒッポグリフ(バックビーク/ウィザーウィングス)
呪文・魔法
- アバダ・ケダブラ
- セクタムセンプラ
- レビコルパス(吊り下げ呪文)
- ペトリフィカス・トタルス
- リパロ(修復)
- ホメナム・レベリオ(人体検知)
- プロテゴ・トターラム(言及/後作)
- 破れぬ誓い(アンブレイカブル・ヴァウ)
- 占い/予知(言及)
- 炎の輪
- 姿現わし/姿消し(アパレート)
- リペリオ・イニメコス(敵を退ける)
- 服従の呪文(インペリオ)
魔法道具・品
- ハーフ・ブラッド・プリンスの教科書
- フェリックス・フェリシス(幸運の液体)
- 生ける死の水薬
- ベゾアール石
- オパールのネックレス
- 蜂蜜酒(毒入り)
- ゴーント家の指輪/ペベレル家の紋章(記憶)
- 金のロケット(スリザリンの遺物)
- 偽のロケット(R.A.B.の手紙入り)
- ペンシーブ(憂いの篩)
- マローダーズ・マップ
- 透明マント
- 姿をくらませるキャビネット(必要の部屋)
- ウィーズリー双子の悪戯商品
- クィベ・ザ・クィブラー誌(言及)
- 日刊予言者新聞
場所
- ロンドン(ミレニアム・ブリッジ)
- ダイアゴン横丁
- ボージン・アンド・バークス
- ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ
- スピナーズ・エンド
- ウィーズリー家『隠れ穴』
- キングス・クロス駅九と四分の三番線
- ホグワーツ城
- 必要の部屋
- 魔法薬学教室/スラグホーンの執務室
- 天文台の塔
- ホグスミード村
- ゴーント家の小屋
- 孤児院(ロンドン)
- 海辺の洞窟(地下湖)
組織・概念
- ホグワーツ魔法魔術学校
- グリフィンドール/スリザリン/レイブンクロー/ハッフルパフ
- 魔法省
- オーラー(闇祓い)
- 死喰い人
- スラグ・クラブ
- 不死鳥の騎士団(言及)
- 破れぬ誓い
- 分霊箱(ホークラックス)
- 選ばれし者の予言(言及)
主要登場人物
本作は派手な戦闘より、登場人物それぞれの『内面と過去』を見せる映画である。三人組のうち誰一人として、前作までの『子ども』のままでは終わらない。ダンブルドアとスネイプとドラコは、それぞれ違う理由で『誰かのために自分の手を汚す』選択を強いられる。
ハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)
本作のハリーは、もはや救世主の冠を背負う少年ではない。日刊予言者新聞に『選ばれし者か』と書き立てられても、彼自身の身辺は孤児院から続いてきた寂しさと、隠れ穴で雪を踏みしめながらジニーと交わす短い視線——そういう小さなものでできている。ダンブルドアの『個人授業』に呼び出されてはペンシーブに降り、ヴォルデモートの少年時代を覗くたび、自分と十一歳のトムが似ていることに静かに恐れを覚える。
もう一面で、本作のハリーは『プリンス』の教科書を手に入れることで、初めて魔法薬の教室で輝く生徒になる。だがその輝きは自分の力ではなく、他人の天才——のちにセブルス・スネイプだと知る——の借り物である。ドラコの胸にセクタムセンプラを刻んだあとの、自分の杖先を見つめる長いショットは、本作のハリーの精神的な底を象徴している。最終盤、洞窟でダンブルドアに毒を飲ませる役を担い、塔の上で透明マントの下から師の死を見届けるハリーは、もはや庇護される側ではなく、ロンとハーマイオニーに『一緒に行こう』と言われる側へと移行する。
アルバス・ダンブルドア(マイケル・ガンボン)
本作のダンブルドアは、すでに自分の死期を知っている男として描かれる。前作以前から右手は黒く焼けただれ、これがゴーント家の指輪——破壊された分霊箱の一つ——の呪いの帰結であることが、本作のなかで言外に示される。彼はその呪いの進行を遅らせるためにスネイプに密かに治療を受けており、塔の上での『セブルス、お願いだ』という嘆願の本当の意味は、観客には次作以降で明かされる。
ハリーへの教育方針も、本作で明らかに変わる。剣を持たせるのではなくペンシーブに降ろし、ヴォルデモートの『始まり』を直接見せ、終盤の洞窟へは敵としてではなく弟子として連れていく。海食洞で『どんなに見るに堪えなくとも、最後まで私に飲ませてくれ』とハリーに命じる場面は、年長者が後継者に『次の世代の手で自分を看取る覚悟』を強いる、シリーズで最も冷静で最も痛切な瞬間の一つである。マイケル・ガンボンは前作までより一段静かな身ぶりで、この『すでに最後を知っている賢者』を演じきった。
セブルス・スネイプ(アラン・リックマン)
本作のスネイプは、シリーズ全体のなかで最も観客の解釈を割らせる位置にある人物として配置される。冒頭スピナーズ・エンドでナルシッサと交わす『破れぬ誓い』の三つ目——ドラコの任務を代わりに果たすという誓約——が、塔の上での『アバダ・ケダブラ』として帰結する。観客の大多数はこの瞬間、彼を完全な裏切り者として記憶することになる。
だが本作は同時に、彼が『ハーフ・ブラッド・プリンス』であったことを明かす。半純血の母イリーン・プリンスの旧姓を自らに重ね、十代の彼が教科書の余白に書きつけた呪文と工夫——『生ける死の水薬』の改良も、敵を吊るす『レビコルパス』も、そして最後の『セクタムセンプラ』も——は、ハリーがこの一年間その恩恵で輝いてきたものだった。冷酷な殺害者と、孤独な十代の発明家。二つの像が同じ顔のなかに同居しているこの矛盾は、続く『死の秘宝』でようやくほどかれる。アラン・リックマンの抑制の効いた声と歩き方が、観客の判断を最後まで宙づりにする。
ドラコ・マルフォイ(トム・フェルトン)
シリーズで最も『イビり役』だった少年が、本作で初めて主人公級の悲劇のドラマを背負う。父ルシウスの失脚の代償として、未成年の彼にヴォルデモートが直接命じた任務は『校長を殺せ』である。失敗すれば家族の命までが奪われる。彼はそれを誰にも相談できない。
ホグワーツ城の必要の部屋に独りで通い、闇の魔法使いの間に伝わる『姿をくらませるキャビネット』を修理するドラコの孤独は、トム・フェルトンの抑えた芝居によって繊細に立ち上げられる。ハリーが偶然居合わせる女子トイレの場面で、鏡に向かって泣くドラコの顔は、もはや前作までの傲慢な貴族の息子ではない。終盤、塔の上で杖を構えたまま手が震え、結局自分では引き金を引けない少年の姿は、本作のもう一つの主役と言ってよい。
ロン・ウィーズリーとハーマイオニー・グレンジャー(ルパート・グリント/エマ・ワトソン)
本作のロンは、ほぼ全編にわたって笑いの動力源を担う。フェリックス・フェリシスの『プラセボ』で大胆に防御を見せるクィディッチ初戦、ラベンダー・ブラウンとの公開接吻、毒入り蜂蜜酒で倒れて目覚めた医務室の半覚醒の『えるみおぬ……』——どれも、本作の重い主筋と対比される明るい青春劇のリズムを保つために置かれている。
ハーマイオニーは、長年抱えてきたロンへの感情をついに表に出してしまう側に回る。共用談話室の階段の上、ハリーに肩を借りて流す涙の場面と、コーマック・マクラーゲンを連れたクリスマス・パーティーで意趣返しを試みる構図の落差が、エマ・ワトソンの芝居の振り幅をよく引き出している。最終盤、ハリーが『学校に戻らない』と宣言した時に即座に肩を寄せる二人——子どもの三人組から『戦友』へと変わる橋渡しが、本作の青春劇パートの最後の仕事である。
ホラス・スラグホーン(ジム・ブロードベント)
シリーズ後半に登場する重要な新キャラクター。元ホグワーツ魔法薬学教授で、引退後は『偉大になりそうな生徒のコレクション』を旨に各地を渡り歩く愛すべき俗物として描かれる。彼自身は権力欲や殺意を持たないが、十六歳のトム・リドルの『分霊箱に関する質問』に答えてしまったという一点で、シリーズの最大の罪と最大の幸運を同時に背負っている。
ジム・ブロードベントは、人懐っこさと内奥の罪悪感を同居させる演技で、スラグホーンを単なるコメディ・リリーフ以上の人物にした。フェリックス・フェリシスを飲んだハリーがアラゴグの埋葬の夜、酒と思い出話のなかから真の記憶を引き出していく一連の場面は、本作の演技の白眉である。彼自身は最後まで戦士ではないが、最終決戦で『戦わない大人にも、戦う場面が来る』という伏線を、ここで観客に静かに置く。
ベラトリックス・レストレンジとナルシッサ・マルフォイ(H・ボナム・カーター/ヘレン・マックロリー)
姉ベラトリックスは、前作の魔法省でシリウス・ブラックを殺した狂気のままに、本作でも『隠れ穴』への放火と天文台の塔の襲撃を主導する。妹ナルシッサは姉の狂気からはほど遠く、ただ一つ——息子ドラコの命を守ることだけを行動原理にして、スピナーズ・エンドでスネイプに『破れぬ誓い』を頼みに行く。
ヘレナ・ボナム・カーターとヘレン・マックロリーは、対照的な姉妹の振れ幅を一場面の対話に詰め込んで見せる。両親としての判断と忠誠の板挟みのなかで、息子を救うためなら血の同志の規則すら破ろうとするナルシッサの姿は、続く『死の秘宝 PART2』で森のなかで嘘の証言をする場面につながる、シリーズの隠れた縦軸の一つである。
舞台と用語
舞台は前作までと同じ英国魔法界だが、本作では『過去の場所』が多く加わる点が特徴である。ゴーント家の朽ちた小屋、二十世紀前半のロンドンの孤児院、若き日のホグワーツの薬剤調合室——ペンシーブを通じて訪れるこれらの場所は、ヴォルデモートという人物の『地理上の出自』そのものであり、最終章での分霊箱探索の地図にもなる。
現代の舞台では、ホグワーツ城の七階の『必要の部屋』、海食崖の地下湖、そして天文台の塔という三つの空間が物語の骨格をなす。必要の部屋は『隠したいものが集まる場所』として登場し、ドラコのキャビネットとハリーのプリンス教科書がほぼ同じ場所に置かれていることが、本作の二つの軸の交差点を象徴している。用語面では『分霊箱(ホークラックス)』『破れぬ誓い(アンブレイカブル・ヴァウ)』『フェリックス・フェリシス』『姿をくらませるキャビネット』『亡者(インフェリ)』が初出または本格的に説明される鍵概念である。
制作
前作で初登板したデヴィッド・イェーツが本作と続く二作(『死の秘宝 PART1/PART2』)を含め最終四作を連投することが本作の制作初期に決定され、シリーズの語り口は『現代的な英国映画』へとほぼ確定する。原作小説のうち最も内面的な一冊を映画にするにあたり、制作陣は『戦闘よりも記憶を見せる』という方針を最後まで貫いた。
企画と脚本
脚本のスティーヴ・クローヴスは、第5作『不死鳥の騎士団』では一時的に降板していたが、本作で再登板した。原作小説600ページを超える分量から、彼は迷わず『ダンブルドアとハリーのペンシーブ』『破れぬ誓い』『プリンスの教科書』『洞窟』『塔』の五点を物語の骨にし、その間にハリーとジニーの恋愛、ロンとラベンダーの三角関係、フェリックス・フェリシスをめぐる挿話を編み込む構成にまとめた。
原作の魔法省の戦いの直後を描いていた小説の冒頭——マグル首相とコーネリウス・ファッジの対面シーン——は、映画では完全に省かれ、代わりに『ミレニアム・ブリッジ崩落』と『隠れ穴の襲撃』というオリジナルの二場面が脚本段階で書き加えられた。これは『闇は今ここにいる』という前提を、映画的に最短距離で観客に伝えるための判断である。J.K.ローリング自身も脚本の方針を承認し、各記憶の解釈について制作陣と緊密にやり取りしたと伝えられる。
キャスティング
三人組のダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソンを中核に、マイケル・ガンボン(ダンブルドア)、アラン・リックマン(スネイプ)、トム・フェルトン(ドラコ)、ロビー・コルトレーン(ハグリッド)、マギー・スミス(マクゴナガル)ら本編シリーズの常連が続投した。ヘレナ・ボナム・カーター(ベラトリックス)、ヘレン・マックロリー(ナルシッサ)、デヴィッド・シューリス(ルーピン)、ナタリア・テナ(トンクス)も前作の役を引き継いだ。
本作の最大の新人事は、ホラス・スラグホーン役にジム・ブロードベントが配されたことである。スラグホーンは原作で最も比重の重い新キャラクターで、笑いと罪悪感を同居させる必要のある難役だが、ブロードベントは穏やかな目線と意外な俊敏さで、観客の好感度を保ったまま終盤の『真の記憶』場面まで持ち込んだ。十六歳のトム・リドル役にはフランク・ディレイン、十一歳のトム・リドル役にはレイフ・ファインズ(前作以降のヴォルデモート役)の甥にあたるヒーロー・ファインズ=ティフィンが起用され、家族的な顔立ちの連続性が画面のうえでも生かされた。新任の準ヒロインとしてジェシー・ケイヴがラベンダー・ブラウン役で本作のみの本格参戦を果たし、ハリーとジニーの関係の前景化に伴いボニー・ライトの出番が大きく増えた。
撮影と色彩設計
本作の撮影監督は、ジャン=ピエール・ジュネ『アメリ』『ロング・エンゲージメント』、コーエン兄弟『インサイド・ルーウィン・デイヴィス』などで知られるブリュノ・デルボネル。デルボネルはハリー・ポッター本編シリーズに新たに招かれた起用で、彼は本作の全編をほぼ無彩色に近いブルー=グレイで覆い、原作の『暗くなっていく世界』というモチーフを画面そのもので表現した。
前作までの『金色の暖炉と緑の森』に比べると、本作の画面はあからさまに彩度が落とされ、ホグワーツの大広間でさえ薄暗い。ダイアゴン横丁の店々の上に張られた木の板、隠れ穴の燃え落ちる夜空、海食洞の緑色の燐光、天文台の塔の青い夜、塔の下の灯る無数の杖先の白い光——どれもデルボネルの設計に従って厳密に色温度を管理されている。この撮影でデルボネルは第82回アカデミー賞撮影賞にノミネートされた(同年の受賞は『アバター』マウロ・フィオーレ)。
美術・視覚効果
美術監督は本編シリーズ全作を一貫して担当するスチュアート・クレイグ。本作で新たに造形されたのは、リトル・ハングルトンの丘の上に立つゴーント家の朽ちた小屋、二十世紀前半のロンドンの孤児院、ボージン・アンド・バークスの薄暗い店内、必要の部屋の山積みのガラクタ群、そして海辺の崖と地下湖の洞窟である。地下湖のセットは、巨大な水槽の中央に石の島を組んだうえで、湖面の鏡面性と亡者の浮上を両立できるよう設計された。
視覚効果は、ロンドンのダブル・ネガティブ、インダストリアル・ライト&マジック、MPC、フレームストアを中心に分担。冒頭のミレニアム・ブリッジ崩落は、実橋のCGモデルを軸に黒煙の死喰い人を群体で動かす設計で、本作のオリジナルシーンの白眉となった。海食洞の亡者は、水中モーションキャプチャーをベースに、ぼやけた骨格と痩せた皮膚を合成して『水中から這い上がる死体』としての触感を作り出している。本作はBAFTA特殊視覚効果賞にノミネートされた。
音楽
音楽は前作に続きニコラス・フーパー。本作でフーパーは、ジョン・ウィリアムズ作曲の『ヘドウィグのテーマ』を背景にとどめつつ、登場人物それぞれに新しいライトモティーフを与えた。ハリーとジニーの場面で繰り返されるピアノの主題『When Ginny Kissed Harry』、ハグリッドとアラゴグの埋葬で流れる『In Noctem』、塔の場面の重い金管中心の『The Killing of Dumbledore』、エンドクレジットの『Farewell Aragog』が代表曲である。
前作『不死鳥の騎士団』の音楽が政治劇のリズムに沿って忙しなかったのに対し、本作の音楽は意図的に長い旋律を取り、合間に静寂を挟む。海食洞でダンブルドアが緑色の液体を飲み干していく長い場面、塔の上のスネイプとダンブルドアの対面、葬儀の白い杖の光——どれも台詞ではなく音楽の長い呼吸が場面を支えている。
撮影スケジュールと公開延期
本作の主要撮影は2007年9月から2008年5月にかけて、英国リーヴスデン・スタジオを拠点に行われた。海食洞のシークエンスはアイルランド・クレア州モハー断崖の沖合および周辺の岩礁で第二班撮影を実施し、印象的な崖の俯瞰ショットの一部がここで撮影された。
ワーナー・ブラザースは当初、本作を2008年11月の感謝祭シーズンに公開する予定だった。だが2008年8月、突如として本作の公開を翌年2009年7月15日に延期することが発表される。延期の理由は、同時期の他社作品の公開状況と、長期化していたハリウッドの脚本家組合ストの影響で2009年夏の大型作品の供給が不足しそうだったという興行上の判断であり、本作の完成度や撮影の問題ではない。決定にはダニエル・ラドクリフをはじめ出演者からも不満の声が上がったが、結果として本作は翌年夏の興行で最大級のヒットを記録することになった。
編集と構成上の判断
編集はマーク・デイ。本作の編集はシリーズで最も難しい仕事の一つで、原作の七年分の伏線を回収しつつ、続く二作(『死の秘宝 PART1/PART2』)への種を確実に蒔く必要があった。デイとイェーツは、原作小説で大きな比重を占めるホグワーツでのアパレート(姿現わし)試験の章を削り、代わりに『隠れ穴の襲撃』を増設するなど、『学園コメディの圧縮』と『闇の現前の増幅』という二方向の調整を行った。
原作読者のあいだで議論を呼んだのは、原作のクライマックスにあった『ホグワーツ城内の戦闘』が映画ではほぼ省略され、闇の印が掲げられたあとも生徒たちの大乱戦は描かれない点である。これは本作の主軸を『ダンブルドアの死』に集中させるための判断であり、削られた戦闘描写は次作以降の『ホグワーツの戦い』へ集約された。葬儀シーンも原作と異なり省略され、代わりに『生徒と教師の杖の光が闇の印を消す』場面がそれに代わる象徴的な追悼として配置されている。
公開と興行
2009年7月15日に英国・米国で同日公開、9月19日に日本で公開された本作は、北米初週末で約7800万ドル、全世界初週末で約3億9400万ドルを記録し、当時の海外初動歴代記録を更新した(後の作品に塗り替えられる)。最終的な全世界興行収入は約9億3400万ドルに達し、2009年公開作品の世界興行で上位に位置づけられた。シリーズ本編八作のなかでも安定して高い数字を残した一作である。
批評面では、本作の抑制的な演出と陰影の濃い色調が高く評価され、第82回アカデミー賞ではブリュノ・デルボネルが撮影賞にノミネートされた。第63回BAFTA英国アカデミー賞では特殊視覚効果賞にノミネート、サターン賞ではファンタジー映画賞を受賞している。一方、原作の取捨選択をめぐっては、特に終盤の戦闘の省略について原作読者の側から議論が起こったが、映画版独自の編集判断として概ね受け入れられた。
本作の興行的・批評的な成功によって、続く『死の秘宝』を二部作として製作・公開するワーナー・ブラザースの計画は揺るぎないものとなり、シリーズはそのままラスト二作(PART1/PART2)の連続公開へと走り抜けることになる。
批評・評価・文化的影響
本作は、シリーズ本編のなかでも『最も内省的な一作』としてしばしば挙げられる。戦闘の派手さや魔法の見せ場では他の作品に譲るところがあるものの、ダンブルドアという人物の死を、彼が自分でデザインした順序で看取らせる構成は、若年層向けファンタジー映画の到達点の一つと評価されている。ブリュノ・デルボネルの撮影、ニコラス・フーパーの音楽、トム・フェルトン(ドラコ)とアラン・リックマン(スネイプ)の抑えた芝居は、本作以後の英国ファンタジー映画の語法に明確な影響を与えた。
また本作は、原作読者のあいだで『R.A.B.』というイニシャルが何を意味するのかをめぐって長く議論を呼び、続く『死の秘宝』でそれがレギュラス・アークトゥルス・ブラック(シリウス・ブラックの弟)の頭文字だったと明かされる伏線の起点となっている。日本でも原作ファンを中心に分霊箱の理論、破れぬ誓いの法則、ハーフ・ブラッド・プリンスの正体をめぐる考察が広く流通し、続編公開までの『答え合わせ』の時間を長く楽しませる作品となった。
舞台裏とトリビア
本作の冒頭『ミレニアム・ブリッジ崩落』は原作にはない映画版のオリジナル場面で、現実のミレニアム・ブリッジ(2000年開通)が崩落するという、マグル世界への侵食を視覚的に決定づけるシークエンスとして書き加えられた。同様に、終盤近くの『隠れ穴の炎上』も原作にはない映画オリジナルで、原作のウィーズリー家結婚式(後の『死の秘宝』PART1)と接続する一方、家屋自体は次作の冒頭で再び健在として描かれる——制作陣は本作のオリジナル要素を続編に持ち越さない選択をしたためである。
十六歳のトム・リドル役を演じたフランク・ディレインは、舞台俳優ステファン・ディレインの息子で、本作が長編映画の主要な役柄での初出演となった。十一歳のトム・リドル役のヒーロー・ファインズ=ティフィンは、本編シリーズ後半のヴォルデモートを演じるレイフ・ファインズの甥にあたり、家族的な顔立ちの連続性が起用に寄与した。スラグホーン役のジム・ブロードベントは、本作の出演で第63回BAFTA英国アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされている。
本作の主要撮影中、ダニエル・ラドクリフは本シリーズと並行して舞台『エクウス』のロンドン公演を完走しており、撮影スケジュールは演劇の上演日程に合わせて細かく組み直された。デヴィッド・イェーツ監督はこの一作のあとも『死の秘宝 PART1/PART2』、そしてスピンオフ『ファンタスティック・ビースト』シリーズの大半を担当することになり、結果としてイェーツは本編シリーズ後半の語り口の単独責任者となった。
テーマと解釈
中心にあるテーマは『血と選択』である。十一歳のトム・リドルがダンブルドアに『家族はいない』と言い、棚に他人から奪った物を隠す癖を見せる場面は、後年の彼が自分を七つに分けて生き延びようとする選択の根を、孤児院の薄暗い棚の中に置く。一方、スネイプという名のもう一人の半純血の少年は、教科書の余白に母の旧姓『プリンス』を書きつけながら、トムとは別の道で十代の屈辱を生き延びてきた。二人の出自はほとんど鏡映しだが、選んだ道は決定的に違う——これが本作の最も静かな主張である。
もう一つの軸は『誰かのために自分の手を汚す』ことの倫理である。ナルシッサは息子のために旧友スネイプに『破れぬ誓い』を強い、スネイプは依頼を受ける。ダンブルドアは自らの死を後継者の手に託すために、ハリーに緑色の液体を飲ませる役を負わせる。ドラコは家族のために塔の上で杖を構えるが、最後の一歩を踏み出せない。誰の手も完全には清くないが、その不完全な手のなかにだけ、次の世代へ渡せるものがある——『誰かの代わりに何かを背負う』ことを、本作はくり返し描き直す。
そしてもう一つ、本作は『青春劇の終わり』をテーマとして抱え込んでいる。クィディッチの観客席、共用談話室のキス、ハーマイオニーの嫉妬、フェリックス・フェリシスの一日——どれも本シリーズで『最後にもう一度だけ見られる』風景である。観客はそれを楽しみながら、夜の塔と地下湖がこの世界の他方の現実であることを、もう避けようがないことを知る。だからこそ最後のロケットの紙片と、肩を寄せ合う三人の朝の光が、シリーズの折り返し点として強く残るのである。
見る順番(補助)
初見であれば、本作は必ず前作『不死鳥の騎士団』の直後に観るのが正解である。冒頭のミレニアム・ブリッジや日刊予言者新聞の見出しは、前作で起きた魔法省の戦いと『選ばれし者の予言』を踏まえているため、本作だけ先に観るのは情報的に勧めにくい。
終盤のR.A.B.の偽ロケット、ハリーの『学校に戻らない』という決意、三人組の絆——これらは、続く『死の秘宝 PART1/PART2』へほぼ無切れ目でつながる。本作を観た翌日にPART1を続けて観ることを推奨する。
公開順では『不死鳥の騎士団』→『謎のプリンス』→『死の秘宝 PART1』→『PART2』の順、時系列も同じ並びで一致する。スピンオフ『ファンタスティック・ビースト』シリーズはダンブルドアの若年期を扱う別軸の物語であり、本作とは独立して観てよい。
- 前作『不死鳥の騎士団』の魔法省の戦い直後から本作の物語が始まる
- 本作ハリーのホグワーツ6年目/分霊箱と謎のプリンスの一年
- 次作『死の秘宝 PART1』でR.A.B.のロケットを巡る三人の逃避行へ
よくある質問(補助)
『あらすじだけ知りたい』場合は、ミレニアム・ブリッジ崩落と隠れ穴の襲撃、スピナーズ・エンドでの破れぬ誓い、ホラス・スラグホーンの勧誘、謎のプリンスの教科書、フェリックス・フェリシスを使った真の記憶の取得、海辺の洞窟と亡者、天文台の塔の上でスネイプがダンブルドアを撃つこと——この六つを順に押さえれば全体像はつかめる。
『ハーフ・ブラッド・プリンスとは誰か』の答えは終盤に明かされる。ハリーの一年間を学業的に救ってきた『プリンス』とは、若き日のセブルス・スネイプ自身であり、彼の母の旧姓『プリンス』に由来する。教科書に書き込まれた呪文の発明者でもある。
『R.A.B.とは誰か』は本作の時点では未開示で、続く『死の秘宝 PART1』で明かされる。映画では結末のロケットの紙片で初めてこのイニシャルが提示され、観客への次作への引きとして機能する。
『ダンブルドアはなぜスネイプに頼んだのか』『ドラコはどうなるのか』『分霊箱は何個残っているのか』——これらはすべて次作以降で順に明かされる本作の伏線である。本作だけで判断を確定させず、続編まで観てから振り返ることを勧める。
参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・制作・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。