ピンクの上着で『シーーッ』と微笑む新任の闇の魔術に対する防衛術教師。羊皮紙に書く度、手の甲に赤い文字が浮かぶ罰則。だれかが嘘をついていると公的に宣言され続ける十五歳の夏——本作は『学校が国家の道具に変えられていく一年』を、神秘部の予言の球と、ヴェールの向こうへ落ちていく名付け親の姿を結末に据えて描く、シリーズで最も政治的な一作である。
本作で監督がマイク・ニューウェルからデヴィッド・イェーツへ交代し、以後シリーズ最終作までイェーツが連投することになる。脚本はシリーズで唯一スティーヴ・クローヴスが離れ、マイケル・ゴールデンバーグが担当した。撮影はキェシロフスキ作品で知られるスワヴォミル・イジャック、音楽はニコラス・フーパー。原作小説800ページ超を138分に圧縮した、シリーズで最も短く最も政治的な一作である。
1995年夏のリトル・ウィンジングのディメンター襲撃から始まり、1996年6月の魔法省・神秘部の戦いで幕を閉じる。前作『炎のゴブレット』の三大魔法学校対抗試合の墓地で復活したヴォルデモートの存在を、魔法省と日刊予言者新聞が公的に否定する一年。物語の終わりにシリウス・ブラックが死に、ハリーが予言の全文を初めて聞かされ、次作『謎のプリンス』の『選ばれし者か』の見出しへ直結する。
2007年の世界興行で年間第2位を記録し、シリーズ本編八作のなかでも上位の興行成績を残した。批評面ではイメルダ・スタウントン演じるドローレス・アンブリッジが『近年の英国映画でもっとも記憶に残る悪役』として広く言及され、彼女のピンクの執務室と猫の絵皿は本作の象徴的なイメージとなった。スタウントンはサターン賞助演女優賞にノミネート、本作自体もサターン賞ファンタジー映画賞にノミネート、英国国民映画賞では最優秀作品賞を獲得した。
ディメンター襲撃と尋問会、グリモールド・プレイス十二番地、ホグワーツ特急、教育令の連発、ダンブルドア軍団の発足と必要の部屋、占い学のフィレンツェ、ハリーへのオクルメンシー、フレッドとジョージの花火による退学劇、フィレンツェの森とアンブリッジを連れ去る半人馬たち、神秘部の予言の球、シリウスがベラトリックスに撃たれてヴェールへ落ちる場面、ダンブルドアとヴォルデモートの魔法省ロビーでの決闘、そして予言の本文までを、重大ネタバレを前提に踏み込む。
目次 39項目 開く
概要
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』(Harry Potter and the Order of the Phoenix)は、デヴィッド・イェーツが監督し、2007年7月11日に米国で、翌12日に英国で、7月20日に日本で公開されたファンタジー映画である。J.K.ローリングの同名長編小説(2003年刊)を原作とし、前作『炎のゴブレット』(2005)に続く本編シリーズ第5作にあたる。本作からシリーズの監督はデヴィッド・イェーツに交代し、以後最終作『死の秘宝 PART2』までの計四本を、彼が一人で連投することになる。
脚本はシリーズで唯一スティーヴ・クローヴスが離れ、ロビン・ウィリアムズ主演『ピーター・パン』(1996)や『コンタクト』(1997)などで知られるマイケル・ゴールデンバーグが担当した。原作小説は本編シリーズ最長の800ページ超だが、映画は本編シリーズ最短の138分にまとめられ、その圧縮の手腕は本作の制作上もっとも難しい仕事となった。製作はデヴィッド・ヘイマンとデヴィッド・バロン、配給はワーナー・ブラザース。撮影監督にはクシシュトフ・キェシロフスキ作品で知られるスワヴォミル・イジャックを起用し、本編シリーズの色調はここで一気に冷たく硬質なものへ転換する。
物語の出発点にあるのは、前作『炎のゴブレット』の墓地でヴォルデモートが復活し、セドリック・ディゴリーが殺されたという事実が、魔法省によって公式に否定されたことである。コーネリウス・ファッジ魔法大臣は、ダンブルドアとハリーの証言を『学校長と十五歳の少年が結託して権力を簒奪しようとしている』というデマに置き換え、日刊予言者新聞を使って国民に流し続ける。ホグワーツへは魔法省高等尋問官として新任の闇の魔術に対する防衛術教師ドローレス・アンブリッジが送り込まれ、生徒たちは『実技は危険を生む』として杖の使用を禁じられたうえ、教育令という名の独裁的な校則が次々に張り出されていく。
ハリー・ポッターはこの息苦しい一年のなかで、十五歳の自分の怒りと孤独を抱えながら、隠れて防衛術を学ぶ生徒集団『ダンブルドア軍団(D.A.)』を率いることを引き受ける。そして物語の最終盤、魔法省の地下『神秘部』には、ハリーが生まれた夜に予言された一文が球体に封じられている——『どちらかが他方の手で死ぬまで、二人とも生きてはいけない』。本記事は結末を含む全編の内容に踏み込む。シリウス・ブラックがどう死ぬか、ダンブルドアとヴォルデモートが魔法省ロビーでどう戦うか、ハリーが校長室で予言の全文をどう受け止めるか——その答えまでを記すため、初見で物語の驚きを保ちたい読者はまず本編を鑑賞してから読み進めることを勧める。
- 原題
- Harry Potter and the Order of the Phoenix
- 原作
- J.K.ローリング(2003年・ブルームズベリー)
- 監督
- デヴィッド・イェーツ(本作で初登板)
- 脚本
- マイケル・ゴールデンバーグ
- 音楽
- ニコラス・フーパー(本作で初登板)
- 撮影
- スワヴォミル・イジャック
- 美術
- スチュアート・クレイグ
- 編集
- マーク・デイ
- 公開
- 2007年7月11日(米)/12日(英)/7月20日(日本)
- 上映時間
- 138分(シリーズ本編で最短)
- ジャンル
- ファンタジー、青春劇、政治劇、ダーク・ファンタジー
- 舞台
- 1995-1996年の英国(リトル・ウィンジング/グリモールド・プレイス十二番地/魔法省/ホグワーツ城/神秘部)
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。リトル・ウィンジングのディメンター襲撃と未成年魔法使いの懲戒尋問、グリモールド・プレイス十二番地、魔法省高等尋問官アンブリッジの着任、教育令の連発、ダンブルドア軍団(D.A.)の発足と必要の部屋での秘密訓練、占い学トレローニーの解雇とフィレンツェの就任、ハリーへのオクルメンシー、フレッドとジョージの花火による退学劇、必要の部屋での裏切りとアンブリッジの罠、フィレンツェの森と半人馬たち、神秘部の予言の球、シリウス・ブラックがベラトリックス・レストレンジに撃たれてヴェールへ落ちる場面、ダンブルドアとヴォルデモートの魔法省ロビーでの決闘、そして校長室での予言の全文までを順に追う。
リトル・ウィンジングのディメンター襲撃
映画は、無風の夏のサリー州・リトル・ウィンジングの公園で、ブランコに座って空を見上げるハリー・ポッターから始まる。十五歳の彼は、前年の墓地でセドリック・ディゴリーが殺され、ヴォルデモートが復活した夜の記憶を、誰にも信じてもらえないまま夏休みを過ごしている。日刊予言者新聞は『ハリー・ポッターのうそ』『ダンブルドアの惑乱』という見出しで彼を嘲り、プリベット通りのテレビは旱魃のニュースを流すばかりで、魔法界の状況はマグル新聞に一行も載らない。
従兄ダドリーとその取り巻きに絡まれた帰り道、ハリーはダドリーと二人だけで地下道のトンネルに入る。空気がそこだけ凍り、頭上の電灯のフィラメントが内側からゆっくりと弱まっていく。コンクリートの天井から霜が降り、空気が白く濁ったとき、二体のディメンター(吸魂鬼)が現れる。一体はダドリーの口に直接覆いかぶさり、もう一体はハリーの首筋を撫でる。ハリーは杖を抜き、これ以上ないほど真剣な気持ちで『エクスペクト・パトローナム!』と叫ぶ。銀色の牡鹿が杖先から走り、二体のディメンターを地下道の外へ追い払う。
通報を受けたミセス・フィッグが現れ、彼女がスクイブ——魔法使いの家系に生まれながら魔法が使えない人——で、ダンブルドアの指示で長年ハリーを見守っていたことが、その場で明かされる。プリベット通りに戻ったハリーの寝室の窓には、その晩のうちにフクロウが届けた『未成年の制限つき魔法の使用に関する法令違反』の通知が舞い込み、彼の杖は折られる寸前——魔法省での懲戒尋問への召喚状が同封されている。プライベートな夏休みは、ここから先、政治に直接巻き込まれていく一夏となる。
グリモールド・プレイス十二番地と『不死鳥の騎士団』
夜のロンドン、無人の街路にひとつだけ番地が抜けた一画——十一番地と十三番地の間——で、ハリーの目の前に石造りの古い住宅がきしみながら『出現』する。グリモールド・プレイス十二番地、ブラック家代々の屋敷で、現在は『不死鳥の騎士団』の本部として使われている。玄関に入ったハリーをマッド-アイ・ムーディ、ニンファドーラ・トンクス、キングズリー・シャックルボルト、リーマス・ルーピンが出迎え、台所では既にウィーズリー一家とハーマイオニーが集まっている。
シリウス・ブラックは、自分の家であるはずのこの屋敷を心底嫌っており、玄関ホールには彼の母ウォルブルガ・ブラックの肖像画が幕の奥から金切り声で『穢れた血の友よ、出て行け』と叫ぶ。屋敷しもべ妖精クリーチャーは古いブラック家の遺物のあいだを歩き回りながら、シリウスへの恨み言を低くつぶやく。台所で配られる古い『不死鳥の騎士団』集合写真には、ヴォルデモート全盛期に命を落としたフランクとアリス・ロングボトム(ネビルの両親)、リリーとジェームズ・ポッター(ハリーの両親)が並んで写っている——ハリーは自分の存在の根が、この台所のテーブルから真っ直ぐ続いていることを初めて視覚的に理解する。
シリウスはハリーに、魔法省にはヴォルデモートが手に入れたがっている『武器』があり、騎士団はそれを守るために動いている、とだけ告げる。だが詳細はダンブルドアの指示で伏せられたままで、ハリーは『大人だけが知っている真実』から子ども扱いで遠ざけられる苛立ちを覚える。翌朝、シリウスはアーサー・ウィーズリーに連れられて魔法省の懲戒尋問の会場までハリーを送り、別れ際に肩を抱いて『何があってもお前は一人じゃない』と短く告げる。これが、本作中盤までの『家族としてのシリウス』の像を決定づける場面である。
魔法省の懲戒尋問とアンブリッジの登場
魔法省の懲戒尋問は、不可解にもウィゼンガモット(魔法法廷)全員集合の正式な大法廷で行われる。中央の被告席に座らされたハリーは、コーネリウス・ファッジ魔法大臣と、彼の隣でピンクのカーディガンを着て微笑むずんぐりとした女性——ドローレス・アンブリッジ魔法大臣付次官——の前で釈明を求められる。観客は、彼女のいたずらに高い声と、にこやかな目元の奥のぞっとする冷ややかさに、すぐに違和感を覚える。
ハリーは、二体のディメンターが従兄ダドリーを襲ったため、正当防衛として守護霊の呪文を使ったと説明する。法廷はその主張に冷たく、ファッジは『未成年者の魔法と、マグルの目に触れる魔法の二重違反である』と詰める。だがダンブルドアが弁護人として現れ、目撃者のミセス・フィッグを召喚し、ディメンター襲撃の事実を立証する。投票の結果、ハリーは無罪となるが、ダンブルドアは法廷を出ると一度もハリーと目を合わせず去っていく。生徒として最も信頼する大人に、なぜか避けられている——この『無視される夏』が、本作のハリーの感情の土台になる。
ホグワーツへ戻る列車のなかで、ハリーはレイブンクローの四年生ルーナ・ラブグッドと初めて出会う。ふんわりした金髪に、逆さまに開いた雑誌『ザ・クィブラー』を読みながら、彼女は自分のことを『ラックスパートに耳に潜られないように』と説明する。学校全体から少し外れた場所にいる少女が、本作と次作以降のハリーの最も近い理解者の一人になっていく。歓迎の宴の卓上演説でダンブルドアが新任教師として紹介するのは、あの法廷でハリーを冷ややかに見下ろしていたピンクの女性——魔法大臣付次官ドローレス・アンブリッジ、新しい闇の魔術に対する防衛術教師である。
教育令とアンブリッジの教室
アンブリッジの最初の授業は、生徒たちにとって本作の方向性を一瞬で告げるものだった。教室の黒板には『杖をしまいなさい。実技は不要です』と書かれており、彼女は『ご存じの通り、近年の闇の魔術防衛術の授業は危険な方向に偏ってきました。みなさん、今日からは安全に、本だけを読んで学びましょう』と微笑む。ハリーが『でも、ヴォルデモートが戻ってきました』と発言すると、教室全体が凍りつき、アンブリッジは『嘘をついてはいけません』と冷静に答える。
放課後、アンブリッジに罰則を命じられたハリーは、彼女のピンクの執務室——壁一面に並ぶ皿には不気味なほど愛らしい子猫の絵が描かれ、絶え間なく鳴き声を上げている——に呼び出される。差し出されたのは一本の黒い羽根ペンと羊皮紙。インクは入れず、命じられるままに『I must not tell lies(うそをついてはなりません)』と書き始めると、文字を綴るそばからハリーの左手の甲に同じ文字が赤い切り傷となって浮き上がる。羽根ペンはハリー自身の血をインクとして使う『血の罰書(ブラッド・キル)』であり、夜が更けるほど傷は深く刻まれていく。やがてその文字は彼の皮膚に永久の傷跡として残る。
アンブリッジの権限はやがて校長室の壁にも届く。魔法大臣の権限で発令される『教育令』が、一枚、また一枚と城の壁に張り出されていく。男女生徒は二十センチ以上の距離を保たねばならない、三人以上の生徒集団は組織と見なされ即時解散、教師は授業外で生徒へ何の助言も与えてはならない、そして第二十三号——『ホグワーツ高等尋問官』を設置し、教師たちの授業を視察・採点する権限を魔法省に与える。アンブリッジ自身が高等尋問官に就任し、トレローニー占い学教授の授業を中断させ、最終的に城の中庭で生徒たちが見守る前で彼女を解雇する。涙にむせぶトレローニーを救うのは、ホグワーツの敷地外には出さないと約束したダンブルドアであり、その代わりの占い学教授として、禁じられた森から半人馬フィレンツェが城の中へ招き入れられる。
ダンブルドア軍団(D.A.)の発足
アンブリッジの『本を読むだけ』の授業が続くなかで、ハーマイオニー・グレンジャーが提案する。実技で防衛術を学ばなければ、自分たちは試験にも、来るべき戦いにも何もできない。ハリーが教師となって、生徒たちが秘密に集まって実技訓練をする——それしかない、と。最初は『教える資格などない』と渋っていたハリーだが、ホグズミード村の店『ホッグズ・ヘッド』の奥の小さなテーブルで、ハーマイオニーとロンが集めた二十数人の生徒の前に立ち、しぶしぶ承諾する。
ホグワーツ城の七階の壁、三度往復しながら『私たちには訓練の場所が必要だ』と願ったハーマイオニーの前に、それまで存在しなかった木の扉が現れる——『必要の部屋』。中はクッション床と杖立て、稽古用の的、闇の魔術の教科書が並ぶ理想の練習場として整っていた。生徒たちは羊皮紙に名前を書いて参加を誓い、組織の名は皮肉を込めて『ダンブルドア軍団(D.A./Dumbledore's Army)』と決まる。発足の場では、ネビル・ロングボトムが『武装解除(エクスペリアームス)』を成功させ、ルーナ・ラブグッドが守護霊の呪文で銀色の野兎を呼び出し、ジニー・ウィーズリーがチョー・チャンに『リダクトー(破壊)』を見せる——シリーズで最も多幸感に満ちた数分間である。
ハリーが守護霊の呪文を教える場面では、各人の銀色の動物がそれぞれの性格を映して走り回る。ハーマイオニーは銀色のカワウソ、ロンはジャック・ラッセル・テリア、ルーナは野兎、ジニーは馬。チョー・チャンの白鳥はハリーの牡鹿と並んで走り、ある日の練習後、ヤドリギの下で二人は短い口づけを交わす。だが翌日からチョーは涙にむせび、最終的には別れに至る——前年に死んだセドリック・ディゴリーの記憶を、彼女はまだ抱えていた。本作の青春劇は、笑いと優しさだけでは続かないことを、観客にきちんと教える。
オクルメンシー——スネイプとハリーの心の防壁
ハリーは夏以来、ヴォルデモートの怒りや欲望が自分の額の傷を通して直接流れ込んでくる感覚に悩まされていた。アーサー・ウィーズリーが魔法省・神秘部の廊下で巨大な蛇に襲われる夜の出来事を、彼はベッドのなかで『蛇の視点』から見ていた——本人ではなく、蛇自身として。アーサーは九死に一生を得るが、ダンブルドアはこの事件で、ヴォルデモートとハリーの心がすでに繋がってしまっていることを確信する。
ダンブルドアはハリーに『心の防壁術(オクルメンシー)』を教えるため、教師として最も忌み嫌う相手——セブルス・スネイプ闇の魔術防衛術教師(前作までと変わらず原作通りの薬学教師として登場するが、本作ではオクルメンシーの教師役を兼ねる)——を選ぶ。地下牢の教室で行われるレッスンは、お互いに杖を構え、スネイプが『レジリメンス(開心術)!』と唱えてハリーの最も恥ずかしい記憶を覗き込むという乱暴な方法で進む。ダーズリー家の食卓で蹴られる幼いハリー、ボートに浮かぶ初恋の少女と気まずく目線が合うチョーとの記憶、母の悲鳴。スネイプは『心を空にしろ』と冷淡に繰り返すが、ハリーの怒りが防壁を立ち上げてくれない。
ある日、スネイプが部屋を出た隙にハリーは机の上のペンシーブ(憂いの篩)に銀色の糸として浸された記憶を覗いてしまう。そこには、五年生のジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックが、地面に倒れた十五歳のセブルス・スネイプを杖で吊るし上げて衆目に晒している場面が映っていた。ハリーが憧れていた『父』の像が、実は意地悪ないじめっ子だった可能性——スネイプの呼ぶ『Snape's Worst Memory』——をハリーは初めて目撃する。引き戻されたハリーに、スネイプは『二度と教えん』と冷たく告げ、レッスンは打ち切られる。これが終盤、神秘部にハリーが連れて行かれるのを誰も止められなかった理由になる。
フレッドとジョージの花火と退学
アンブリッジが校長室を奪い、ダンブルドアが『大蛇』のように一夜にして城から姿を消したあと、ホグワーツの規律はピークに達する。城の壁いっぱいに張り出された教育令の数は二十数本に達し、廊下にはアンブリッジが組織した『尋問特別班』のスリザリン生たちが腕章をつけて見回りに出る。中庭の柱には罰則中の生徒が括られて立たされている。
そんなある日の試験会場——大広間にO.W.L.(普通魔法レベル試験)の机が整然と並んだ午後——双子のフレッドとジョージ・ウィーズリーが、扉の上から自家製の花火を派手に投げ込む。観客にしか見えない目配せのあと、二人は箒に飛び乗って城内を巨大な火の龍に変えた花火で駆け抜け、アンブリッジの教育令の貼り紙を一枚残らず焼き払い、最終的には大広間の天井から外の青空へ飛び去っていく。残された生徒たちは初めて声を上げて笑い、空に上がる花火の竜にネビルが拳を突き上げる。シリーズで最もカタルシスに満ちた『反乱』の一場面である。
夜の必要の部屋では、ハリーがフィレンツェに教えられた『占い学』の星座の話を仲間に伝えながら、もう一度ヴィジョンの幻に襲われる。ロンドンの魔法省・神秘部の廊下で、シリウス・ブラックがヴォルデモートに拷問されている——彼の悲鳴が、ハリーの頭の中に直接届く。ハーマイオニーは『これは罠かもしれない。スネイプに伝えるべきだ』と止めるが、ハリーは行動を選ぶ。仲間と一緒に、ロンドンへ向かう、と。
裏切りと半人馬の森
シリウスがアンブリッジの暖炉に呼び出されているか確かめるため、ハリーとハーマイオニーは校長室を留守にしているアンブリッジの執務室へ忍び込み、暖炉の灰のなかでフルー粉を使う。だが暖炉から首だけ突き出した瞬間、執務室の扉が開き、待ち構えていたアンブリッジ本人と尋問特別班に取り押さえられる。同じ時間、廊下の角ではロン、ジニー、ネビル、ルーナがマルフォイたちに杖を奪われ縛り上げられている。
アンブリッジは執務室にスネイプを呼びつけ、真実薬(ヴェリタセラム)でハリーから情報を引き出すよう命じる。スネイプは『差し上げられる残量はもうない。前回お渡しした分が最後だった』と冷たく答え、その目線でハリーは『今しがた見たヴィジョンを伝えたい』と判断する——『私がパッドフット(シリウスの仇名)を見た』と短く告げると、スネイプは無表情のままその意味を即座に理解し、立ち去る。
アンブリッジは、業を煮やして禁断の呪文『クルーシオ(磔の苦しみ)』をハリーにかけようとする。とどめようとするハーマイオニーが、機転を利かせて『先生のおっしゃる武器の隠し場所を、お見せします』と告げる。連れ出されたのは禁じられた森である。ハーマイオニーが意図的にアンブリッジを森の奥深くへ誘導すると、半人馬たちが姿を現し、彼女を一人だけ群れの中央へ引きずり去っていく。彼女の最後の悲鳴が森に響くなか、観客には『どこへ』連れて行かれたかは見せられない——後日、彼女はゾッとした表情のまま医務室から城を去ることになる。半人馬たちの脅威を生徒の喧嘩に巻き込んだ罪を、彼女自身が背負わされた結末だった。
神秘部の戦いと予言の球
森から戻ったハリー、ロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニー、ルーナの六人は、ハグリッドが世話していたセストラル——死を見たことのある者にだけ姿が見える骨と皮の黒い翼の馬——に乗ってロンドンへ夜空を駆ける。ハリーとルーナだけがその姿を見ることができ、他の四人は何も見えないまま空中の鞍にしがみつく。ロンドンの夜の街路、無人の電話ボックスから魔法省・神秘部の地下に降り、薄暗い回廊の奥、無数の埃をかぶった青いガラス球の棚に辿り着く。
棚の一つに、二人だけが触れることを許される予言の球がある——『S.P.T. to A.P.W.B.D.(シビル・トレローニーからアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドアへ)/Dark Lord and (?) Harry Potter』と銀のラベルに記されている。ハリーが球を手に取った瞬間、銀色の死喰い人マスクが回廊の闇から立ち上がる。ルシウス・マルフォイ、ベラトリックス・レストレンジ、ヌッタクラブ、マクネア、ロドルファス・レストレンジら十二人ほどが六人の子どもを取り囲み、『球をよこせば誰も傷つけない』と凍った微笑で告げる。
ハリーが投げ捨てた球を合図に、六人と死喰い人たちの戦いが始まる。ガラス棚の高い列が次々と崩れ、保管されていた何千もの予言の球が床に落ちて砕け、亡霊のような声で予言を口々につぶやく。逃げ込んだ円形の『ヴェールの間』では、石のアーチに揺れる薄い黒い布——『死のヴェール』——のすぐそばで戦闘が続く。ネビルが顔を負傷しながらも初めて杖を振るって死喰い人を退け、ルーナが落ち着いた声で『リダクト!』を繰り返す。子どもたちだけでは保たない、そう感じた瞬間、アーチの天井から銀色の閃光とともに『不死鳥の騎士団』の大人たちが姿現わしで到着する——シリウス・ブラック、リーマス・ルーピン、マッド-アイ・ムーディ、トンクス、キングズリー・シャックルボルト。
シリウスの死とヴェールの向こう
シリウスはハリーを抱きとめ、すぐに脇に立ち、自分の年下のいとこベラトリックス・レストレンジに向かって杖を構える。彼女はかつてシリウスを精神病院送りにした親族であり、彼を最も憎む人物の一人である。シリウスは『よく来たな、ベラ』と挑むように笑い、ベラトリックスの第一撃を弾き、自分の二発目で『ほとんど』当てた。シリウスの笑い声は、本作で観客が見るほぼ最後の表情になる。
笑い終わる前に、ベラトリックスの杖先から赤い閃光が走り、彼の胸の中央を貫く。シリウスは前のめりにわずかに揺れ、目を見開いたまま、ゆっくりと後ろのアーチの石枠を越え——その奥の薄い黒い布、『ヴェール』のなかへ吸い込まれるように消えていく。落ちた瞬間に体は消える。ハリーが石段を駆け降りて『シリウス!』と叫び、ヴェールの裾を引き剥がしても、その向こうには何もない。リーマス・ルーピンはハリーの腰を掴み、『行ってはだめだ、ハリー!もう戻ってこないんだ』と耳元で繰り返す。シリーズで最も短く、最も静かに、そして最も決定的な死である。
ハリーは構えを忘れ、ベラトリックスを単独で追ってロビーへ駆けあがる。魔法省の中央ロビー、大理石の床と高い天井、中央に立つ魔法使い・魔女・小鬼・屋敷しもべ妖精・半人馬を象った『魔法兄弟の泉』——ベラトリックスはその水盤の縁で笑いながらハリーを待っており、ハリーは生まれて初めて『クルーシオ(磔の苦しみ)』を放つ。短く彼女の体が弾かれるが、すぐに立ち直って『憎しみだけでは、もっと意味の濃いものが必要よ』と笑う。
ダンブルドア対ヴォルデモートの決闘
笑いを止めるように、ロビーの暖炉群から黒煙の渦が立ち昇り、闇の帝王ヴォルデモートが姿現わしする。骸骨めいた白い顔と裂けた瞳孔の蛇の目で、彼はハリーに向けて『アバダ・ケダブラ』を放つ。緑色の閃光が走った直後、その軌道に重なるように、中央の泉から立ち上がった金色の魔女の彫像がハリーをかばう。続いて他の彫像群が次々と動き出し、ベラトリックスを羽交い絞めにする——ロビーに到着したダンブルドアが、彫像と泉の水と床の大理石ごと、魔法省の中枢を一つの杖で動かしている。
ダンブルドアとヴォルデモートのロビー決闘は、剣戟ではない。水盤の水が二人の杖から放たれる呪文に応じて、空中で巨大な蛇の形になり、龍の頭になり、火の鳥になり、最後にはガラスの破片が竜巻状に二人の周りを舞う。ダンブルドアは『負けたな、トム』と静かに告げる。『お前は他人を傷つけ、奪い、殺すことを覚えたが——愛と、自分自身の死を恐れぬ心を持ったことがない。それがお前の最大の弱さだ』。
敗色を悟ったヴォルデモートは、最後の一手としてハリーの体に憑依する。ロビーの床に倒れたハリーの瞳が一瞬で黒く濁り、額の傷から黒煙が滲み、彼の口がヴォルデモートの声で『殺してしまえ、ダンブルドア。私を殺せば、この子も死ぬ』とつぶやく。ダンブルドアは杖を下ろし、近づいた床に膝をついて『君はかわいそうな人だ、トム』と語りかける。ハリーは、ダンブルドアと友の顔と——失ったシリウスの記憶と——を心の中に呼び戻し、『お前は本物の友を一人も持ったことがない』とヴォルデモートに告げる。憑依は耐えきれず、黒煙はハリーの体から噴き出して床に渦巻き、最後にヴォルデモートとベラトリックスは魔法省のロビーから消える。直後、煙突を流れる粉の中からファッジ魔法大臣と複数の魔法省職員が到着し、自分の目で、復活したヴォルデモートが実在することを認めることになる。
予言の全文と新しい朝
ダンブルドアの執務室に戻されたハリーは、机の上の小物を一つずつ叩き割りながら、シリウスの死とトレローニーの予言とその両方を、誰のせいだと言えばいいか分からない怒りで詰る。ダンブルドアは何も止めず、机を、棚を、銀色の道具を破壊させ続けたあと、自分が今までハリーに距離を取って来た理由を初めて口にする——ヴォルデモートがハリーを通じて自分の心を覗くようになっていたため、近づくこと自体が危険だった、と。
そしてダンブルドアは、長年自分が一人で背負ってきた予言の全文を、ペンシーブから取り出してハリーに聞かせる。シビル・トレローニーの声で、『闇の帝王の宿命の敵は、彼から逃れた者、彼に三度逆らった者、第七の月の終わりに生まれた者……闇の帝王は彼に印をつけ、自分自身の対等の者に変えてしまう……どちらかが他方の手で死ぬまで、二人ともこの世に生きてはいけない。第七の月の終わりに生まれる者……』。予言の対象は、同じ時期に生まれた二人——ハリー・ポッターと、ネビル・ロングボトム——のどちらかであり、ヴォルデモートが選んだのは前者だった、とダンブルドアは静かに告げる。
ホグワーツ特急の窓から夏の英国の田園が流れていく。プラットフォーム九と四分の三では、ハリーを迎える親戚はいないが、ロン、ハーマイオニー、ジニー、ネビル、ルーナが彼の両脇に並び、トンクスとムーディ、リーマス・ルーピンが大人の側からダーズリー一家に向けて『この子の扱いを誤れば、私たちが直接訪ねる』と無言で釘を刺す。ハリーはルーナと小声で別れ、ジニーと一瞬視線を交わし、自分の手の甲に残った『I must not tell lies』の傷痕に視線を落とす。少年は子どもではなくなったが、まだ大人でもない——その曖昧な顔のまま、列車のドアを出ていく。
そして本作の最後の数十秒は、ロンドンの新聞販売店の前で日刊予言者新聞の山が積まれる映像に重なる。号外の一面の見出しは、これまで彼を『嘘つき』と呼んできた同じ新聞のものとは思えぬほど巨大に組まれている——『ハリー・ポッター、闇の帝王とその死喰い人を目撃/魔法省、闇の帝王の復活を正式に認める/そして本当のことを言っていたのは、この十五歳の少年だったのか』。観客は次作『謎のプリンス』冒頭の見出し『選ばれし者か』へと直結する道筋を、ここでくっきりと示される。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を分類して示す。本作はホグワーツの内側(学校・生徒・教師)と外側(魔法省・騎士団本部・神秘部)の両方の地図を初めて広げてみせる映画でもあり、地名・組織名・呪文名の多くが次作以降の物語の参照点になる。
人物(生徒・教師・家族)
- ハリー・ポッター
- ロン・ウィーズリー
- ハーマイオニー・グレンジャー
- ジニー・ウィーズリー
- ネビル・ロングボトム
- ルーナ・ラブグッド
- ドラコ・マルフォイ
- チョー・チャン
- シェイマス・フィネガン
- ディーン・トーマス
- パーバティ・パチル
- ラベンダー・ブラウン
- コリン・クリービー
- ジニーらD.A.メンバー
- ナイジェル
- アルバス・ダンブルドア
- ミネルバ・マクゴナガル
- セブルス・スネイプ
- ルビウス・ハグリッド
- シビル・トレローニー
- フィレンツェ(半人馬)
- フィリウス・フリットウィック
- ポモーナ・スプラウト
- ロランダ・フーチ
- アーガス・フィルチ
- ペチュニア・ダーズリー
- ヴァーノン・ダーズリー
- ダドリー・ダーズリー
- アラベラ・フィッグ
騎士団/親世代
- シリウス・ブラック
- リーマス・ルーピン
- ニンファドーラ・トンクス
- アラスター・ムーディ(マッド-アイ・ムーディ)
- キングズリー・シャックルボルト
- アーサー・ウィーズリー
- モリー・ウィーズリー
- フレッド・ウィーズリー
- ジョージ・ウィーズリー
- エマリーン・ヴァンス
- デダラス・ディグル
- マンダンガス・フレッチャー
- エルファイアス・ドージ(言及)
魔法省/敵対者
- コーネリウス・ファッジ魔法大臣
- ドローレス・アンブリッジ
- パーシー・ウィーズリー
- ヴォルデモート卿
- ベラトリックス・レストレンジ
- ルシウス・マルフォイ
- ロドルファス・レストレンジ
- ヌッタクラブ
- マクネア
- オーガスタス・ルークウッド
- アントニン・ドロホフ
- ジャグソン
- 尋問特別班(インクィジトリアル・スクワッド)
魔法生物・種族
- ディメンター(吸魂鬼)
- セストラル
- 屋敷しもべ妖精クリーチャー
- 屋敷しもべ妖精ドビー
- 半人馬フィレンツェ
- 半人馬の群れ
- 巨人グロウプ(ハグリッドの異父弟)
- ヒッポグリフ バックビーク(ウィザーウィングス)
- 蛇ナギニ(言及)
呪文・魔法
- 守護霊の呪文(エクスペクト・パトローナム)
- 武装解除(エクスペリアームス)
- 気絶呪文(ステューピファイ)
- 破壊呪文(リダクト)
- 石化呪文(ペトリフィカス・トタルス)
- クルーシオ(磔の苦しみ)
- アバダ・ケダブラ
- オクルメンシー(心の防壁術)
- レジリメンス(開心術)
- プロテゴ(盾)
- セクタムセンプラ(言及なし/次作)
- ホメナム・レベリオ(言及なし)
- セレンプラ
- リオファイ
- 姿現わし/姿消し(アパレート)
- フルー(暖炉移動術)
- 未成年の制限つき魔法の使用に関する法令
魔法道具・品
- 杖
- 予言の球
- ペンシーブ(憂いの篩)
- ザ・クィブラー誌
- 日刊予言者新聞
- 羽根ペン(血の罰書)
- 教育令の張り紙
- 高等尋問官のバッジ
- 尋問特別班の腕章
- アンブリッジの猫の絵皿
- 二面鏡(シリウスからハリーへ)
- ウィーズリー双子の悪戯商品(『U-No-Poo』『Skiving Snackbox』)
- フレッドとジョージの花火
- セストラル
- ホグワーツの教育令第二十三号
- ヴェールのアーチ
場所
- リトル・ウィンジング(プリベット通り・公園・地下道)
- ロンドン(夜の街路)
- グリモールド・プレイス十二番地
- 魔法省(中央ロビー・尋問法廷・大臣執務室)
- 神秘部(予言の間・ヴェールの間・脳の間・愛の間/時間の間)
- ホグワーツ城
- 必要の部屋
- 禁じられた森
- ホグスミード村
- ホッグズ・ヘッド
- 天文台の塔
- 校長室
- 占い学の塔
- 中庭
- 大広間
組織・概念
- 不死鳥の騎士団
- ダンブルドア軍団(D.A.)
- 魔法省
- オーラー(闇祓い)
- 死喰い人
- 尋問特別班
- ウィゼンガモット(魔法法廷)
- ホグワーツ高等尋問官
- 教育令
- 予言
- ヴェール(生死の境)
- O.W.L.試験(普通魔法レベル試験)
主要登場人物
本作は十五歳のハリー・ポッターの孤独と怒り、新任の暴君ドローレス・アンブリッジ、名付け親シリウス・ブラックという三本の柱を立てて進む。これに加え、新キャラクターとしてのルーナ・ラブグッドとフィレンツェ、原作で名前だけ存在感を放っていたベラトリックス・レストレンジの初登場が、本作の人物面の特徴である。
ハリー・ポッター(ダニエル・ラドクリフ)
本作のハリーは、シリーズで最も『怒っている』ハリーである。前年に親友の同級生セドリックが目の前で殺され、その事実を世界中が信じてくれない状況に投げ込まれた十五歳の少年は、グリモールド・プレイスでロンとハーマイオニーに『なぜ夏中ぼくに何も知らせなかった』と怒鳴り、ホグワーツでは『嘘つき』と陰口を叩く同級生たちと殴り合い寸前になる。この怒りの表現は、ダニエル・ラドクリフの本作の演技の核であり、それまでの『健気な少年』の延長ではない側面が、画面の上で初めて立ち上がる。
同時に本作のハリーは、初めて『先生』の側に立たされる人物でもある。必要の部屋でD.A.の二十数人に向けて『守護霊の呪文』『武装解除』『気絶呪文』を教える彼の姿は、自分の十一歳の時のスネイプの教室を完全に裏返したような、対等で寛容で実技を重んじる教師像である。最終盤、ヴェールの向こうへ消えるシリウスの体を石段から見送るときの彼の顔——『叫ぶ』のではなく、『理解する』顔——は、シリーズの一つの折り返し点と言ってよい。
ドローレス・アンブリッジ(イメルダ・スタウントン)
本作の真の主役は、ある意味で彼女である。ピンクのカーディガン、白い帽子、襟元の黒いベルベットのリボン、毛足の短い猫の絵皿、机の上の砂糖菓子の壺——その柔らかな小物の山のなかで、彼女は子どもの皮膚に血で『うそをついてはなりません』を刻ませ、生徒たちに杖を取り上げ、半人馬の住む森に呪文を放つことに躊躇しない。彼女は他人を傷つけるという行為を、自分が法に従っているという確信と、誰よりも甲高い愛らしい笑いで包んで実行する。
イメルダ・スタウントンの抑えた芝居は、暴力に拳を握る悪役より遥かに恐ろしい『官僚的悪』を造形した。彼女は皇帝でも闇の帝王でもない、ただ書類とバッジと数百本の教育令でホグワーツを国家管理下に置こうとする中間管理職の代表である。サターン賞助演女優賞ノミネートをはじめ、彼女の演技は本作公開以降、各国の批評で『近年もっとも記憶に残る悪役の一人』と繰り返し言及されることになった。
シリウス・ブラック(ゲイリー・オールドマン)
三年生のときアズカバンから脱獄して以来、ハリーにとって唯一の血縁に近い大人として描かれてきたシリウスは、本作で唯一『安らいだ』姿の数十分を観客に許される。グリモールド・プレイスの台所でクリスマスの夜にハリーの肩を抱き、騎士団の集合写真を見せながら『ジェームズによく似てきたな』と笑う彼は、本作で最も柔らかな表情を見せる登場人物である。
だがその家屋は彼の生家であり、彼の母の肖像画が金切り声で叫ぶ家であり、十二歳で家出してからずっと逃れたかった呪われた屋敷でもある。彼の自由は法的にはなお『指名手配中』のものでしかなく、彼が魔法省のロビーで死ぬのは、ヴェールの向こう側へ落ちることで初めて『法の届かない場所』へ至る、という皮肉な結末をも帯びている。ゲイリー・オールドマンは台詞の少なくなる本作後半でも、ベラトリックスへの嗤いとハリーへの愛情の二つを、たった数分の表情で同居させた。
ルーナ・ラブグッド(イヴァナ・リンチ)
本作で初登場するレイブンクローの四年生で、シリーズの中盤以降ハリーにとって最も率直な理解者になる人物。イヴァナ・リンチは原作の熱心なファンとして公開オーディションで選ばれた当時十五歳の新人で、彼女の落ち着いた声と少し外れた目線は、原作のルーナのイメージを画面のうえで一発で定着させた。
ルーナの最大の機能は『誰かを慰める』ことにある。シリウスを失ったハリーが校庭の片隅で一人座っているとき、彼女は『私も母を九歳のとき呪文の事故で亡くしました。でも、いなくなってしまったわけではないと、私は感じます』と静かに告げる。これは原作にもある場面で、本作のもっとも美しい数十秒のひとつである。
ネビル・ロングボトム(マシュー・ルイス)
前作までは『杖を逆さに持ったまま落とす生徒』として笑いを担っていたネビルが、本作で初めて自分の物語の主役の一端を引き受ける。彼の両親フランクとアリス・ロングボトムは、ヴォルデモート全盛期にベラトリックス・レストレンジらの拷問呪文『クルーシオ』で精神を破壊され、いまも聖マンゴ魔法疾患傷害病院で目を覚まさない——本作は原作通り、この事実をハリーの前で初めて開示する。
D.A.の練習で武装解除を成功させたネビルが拳を握る瞬間と、神秘部の戦いで顔に呪文の傷を負いながらも杖を放さない場面、そしてヴェールの間で『私たち、行かなきゃ、ハリー』と仲間を背中で守る場面——マシュー・ルイスの抑えた芝居の積み重ねは、シリーズ後半でネビルが何度も画面の中心を担う伏線として、本作で確実に置かれている。
ベラトリックス・レストレンジ(ヘレナ・ボナム・カーター)
アズカバンの大量脱獄で本作半ばに解き放たれる、ヴォルデモート最強の側近の一人。彼女はシリウス・ブラックの従姉妹に当たり、ブラック家の縦軸の闇の側を代表する人物として配置される。ヘレナ・ボナム・カーターは本作で本格登場し、以降『死の秘宝 PART2』までシリーズの主要悪役の一人として連投することになる。
彼女の演技の特徴は、子どもがかんしゃくを起こすような甘い節と、本物の殺意を一息の台詞のなかに同居させてしまえる点にある。神秘部のヴェールの間で『当てた、当てた!』と歌うように叫び、シリウスを撃ち落としたあと『私が、彼を、殺した!』と振り付きで踊る場面は、本作の悪役表現の核である。ヴェールの向こうへ落ちるシリウスのなだらかな姿と、ベラトリックスの笑い声の対比が、観客の記憶のなかでシリウスの死を二重に鮮明にする。
アルバス・ダンブルドア(マイケル・ガンボン)
本作のダンブルドアは、ハリーを意図的に避ける一年を過ごす。これは原作通り、ヴォルデモートがハリーを通じて自分の心を覗くようになっていたため、近づくこと自体が危険だったからだが、観客にもハリーにも理由は最後の校長室の場面まで明かされない。少年から見た『最も近かったはずの大人が、自分を見てくれない一年』が、本作のもう一つの隠れた主題である。
終盤、魔法省ロビーでヴォルデモートと対峙するダンブルドアは、シリーズで初めてその全力を観客に見せる。水盤の水を蛇に変え、火に変え、ガラスを竜巻にする魔法は、それまでの『杖を振って光を放つ』レベルの戦闘とは段違いの抽象度で、ダンブルドアという人物の格を画面で初めて示した。マイケル・ガンボンはこの作品から、年長者の優しさのなかに『すでに次の世代へ何かを託す覚悟』を漂わせる演技に踏み込み、続く『謎のプリンス』『死の秘宝』へその線を引き継ぐ。
舞台と用語
舞台は前作までと同じ英国魔法界だが、本作で初めて『学校の外側の世界の地図』が広く開かれる。グリモールド・プレイス十二番地は十一番地と十三番地の間に魔法的に隠された旧家で、ブラック家の縦軸の闇を象徴する屋敷である。魔法省は中央ロビーの『魔法兄弟の泉』と、ウィゼンガモットの大法廷、そして最下層の『神秘部』として描かれ、神秘部の中には予言の間、ヴェールの間、脳の間、時間の間、愛の間など複数の研究室があり、その内部の地理は本シリーズ全体の宝物庫として今後何度も再訪されることになる。
用語面では『不死鳥の騎士団』『ダンブルドア軍団(D.A.)』『教育令』『高等尋問官』『尋問特別班』『O.W.L.試験』『オクルメンシー/レジリメンス』『セストラル』『ヴェール』『予言の球』が初出または本格的に説明される鍵概念である。ホグワーツの『必要の部屋』も、前作までは存在が示唆される程度だったのが、本作で初めて固有名詞として確立し、生徒たちが秘密に集まる場所として全身の姿を見せる。これらの語は暗記するより、場面の中で人物が何を選ぶかを通して理解するほうが自然に入る。
制作
本作からシリーズは『現代英国映画』としての顔へ大きく舵を切る。監督・脚本家・撮影監督・作曲家のすべてが入れ替わり、視覚と音と語り口の三方向で前四作の『古典的英国ファンタジー』から離脱する判断がなされた。原作の物語と人物のディテールを最も多く削り落とし、最も多くを暗示で済ませた一作でもある。
脚本——シリーズ唯一のクローヴス不在作
本作の脚本は、シリーズで唯一スティーヴ・クローヴスが担当していない。クローヴスは私的な事情と次作のための充電期間として一作休暇を取り、後任にマイケル・ゴールデンバーグが選ばれた。ゴールデンバーグは『ピーター・パン』(1996)『コンタクト』(1997)の脚本家として知られる。原作小説800ページ超を138分の映画に圧縮するという『シリーズで最も難しい翻案』を、彼は『ハリーの怒り』『アンブリッジの台頭』『シリウスとの別れ』『神秘部の予言』の四本の縦糸に絞ることで解決した。
結果として、原作で大きな比重を占めていた聖マンゴ魔法疾患傷害病院でのロングボトム夫妻との再会、ウィーズリー家の長兄パーシーと家族の確執、クィディッチの公式試合、ハーマイオニーの組織する屋敷しもべ妖精解放戦線『SPEW』など、複数のサブプロットが大胆に省略・凝縮された。ローリング自身は脚本のチェックに参加し、特に『予言』の解釈の精度については最後まで監修したと伝えられる。脚本決定稿に対するスタッフ間の評価は当初分かれたが、最終的に『シリーズで最も短く最も濃い一作』として完成した。
キャスティング
三人組のダニエル・ラドクリフ、ルパート・グリント、エマ・ワトソンを中核に、本編シリーズの常連俳優が続投した。マイケル・ガンボン(ダンブルドア)、アラン・リックマン(スネイプ)、マギー・スミス(マクゴナガル)、ロビー・コルトレーン(ハグリッド)、ゲイリー・オールドマン(シリウス)、デヴィッド・シューリス(ルーピン)。本作の新キャスティングのなかで最大の決定は、ドローレス・アンブリッジ役にイメルダ・スタウントンが配されたことである。彼女は『ヴェラ・ドレイク』(2004)でヴェネチア国際映画祭女優賞・アカデミー賞主演女優賞ノミネートを得たばかりで、その繊細な抑制の利く芝居が、アンブリッジの『官僚的悪』に完璧に合致した。
ベラトリックス・レストレンジ役のヘレナ・ボナム・カーターも本作で初登場。ティム・バートン作品で知られる彼女は、撮影中の出産の都合などからフィルムでは原作より出番が圧縮されたが、それでも『神秘部のヴェールの間』を一手に支配する存在感を残した。ルーナ・ラブグッド役には公開オーディションで応募してきた当時十五歳のイヴァナ・リンチが起用された。彼女はアイルランド出身の原作の大ファンで、入院していた病床から手紙を書いた経歴の持ち主で、本人とキャラクターのイメージが見事に重なる珍しい起用例となった。フィレンツェ役にはレイ・フェアロン(後に『ロミオとジュリエット』『ゲーム・オブ・スローンズ』)、半人馬の声と動きには美術と特殊効果のスタッフが組み合わさって参加した。
美術と『色の入れ替え』
美術監督は本編シリーズ全作を一貫して担当するスチュアート・クレイグ。本作で新たに造形されたのは、グリモールド・プレイス十二番地の暗い廊下とブラック家の家系図のタペストリー、魔法省の中央ロビーと『魔法兄弟の泉』、ウィゼンガモットの大法廷、そして最下層の『神秘部』——予言の間の青いガラス球の棚、円形のヴェールの間、円形ホール、その他の研究室群である。神秘部の青色と、アンブリッジ執務室のピンクは、本作の美術がもっとも意図的に対比させた二色である。
アンブリッジが校長室を占拠する場面では、ダンブルドアの暖かいオレンジ・ブラウンの内装の上に、彼女のピンクの皿や織物が一枚ずつ重ねられていく。最初は数枚だったものが、ある日のショットでは部屋全体が淡いピンクに塗り替えられている。観客は台詞ではなく、皿の数と色の変化で『国家がこの城を呑み込んだ』と理解する。スチュアート・クレイグはこの『色の段階的入れ替え』を本作の美術上の最大の仕掛けと述べている。
撮影と視覚効果
撮影監督はポーランドのスワヴォミル・イジャック。クシシュトフ・キェシロフスキ『デカローグ』『トリコロール三部作 青』、リドリー・スコット『ブラックホーク・ダウン』などで知られる名手で、本作からシリーズの色温度は冷たい青と灰色の方向へ大きく振れる。彼の手で、ロンドンの夜の街路、ホグワーツの中庭の冬、神秘部のガラスの棚、ヴェールの間の青い光が、シリーズの新しい『暗さ』の基準を作った。
視覚効果はダブル・ネガティブ、インダストリアル・ライト&マジック、フレームストア、シネサイトが分担。冒頭のディメンター襲撃は、地下道の電灯のフィラメントが冷えていくマイクロ単位の描写から、ディメンターの黒い布のシミュレーションまで、シリーズで最もリアリスティックな『冷たさの視覚化』として完成した。神秘部のガラスの棚の崩落、ロビーでの彫像と水のアクション、ヴェールの向こうへ落ちるシリウスのスローモーションは、いずれも本作の象徴的なショットになっている。
音楽——フーパー初登板
音楽はジョン・ウィリアムズ(『賢者の石』『秘密の部屋』『アズカバンの囚人』)、パトリック・ドイル(『炎のゴブレット』)に続き、本作からニコラス・フーパーがシリーズの作曲家として登板した。フーパーは英国のテレビドラマやドキュメンタリー音楽で知られる作曲家で、彼の音楽は前任の二人より一段抑制的かつ室内楽的で、本作の冷たい色調と相性が良かった。
彼が本作で書いた『フォーセッツ・スピーチ/フォウケスの飛翔』『アンブリッジの行進曲』『ダンブルドアの軍隊』『ヴェールの間』『プロフェシー(予言)』はいずれも、ホグワーツの旧来のテーマと衝突させずに本作の新しい主題を立ち上げた。とくにアンブリッジの行進曲は、ピチカートと木琴を多用した『可愛らしい不気味さ』として、彼女の人物像と画面で完璧に重なる。フーパーは続く『謎のプリンス』も担当することになる。
撮影スケジュールとロケ
本作の主要撮影は2006年2月から2006年12月にかけて、英国リーヴスデン・スタジオを拠点に行われた。ロンドンのミレニアム・ブリッジを実写で空撮した本作の冒頭は次作の崩落シーンへの伏線として用いられ、リトル・ウィンジングの地下道はバラフィールド・スタジオの新規セットとして組まれた。グリモールド・プレイス十二番地の屋敷の外観は、ロンドンのクラパム・コモン近辺の実在の通りを参考に組まれ、屋敷内部のセットはほぼ全面がリーヴスデンに建てられた。
禁じられた森の半人馬のシーンは、英国南部の森林ロケと特殊撮影の組み合わせで撮影され、巨人グロウプの登場場面はモーション・キャプチャーとミニチュアの合成で実現した。神秘部のセットは本シリーズ最大級の規模で、円形のヴェールの間のセットは天井までの高さが二十メートル超に達したと伝えられる。
編集と構成上の判断
編集はマーク・デイ。本作の編集はシリーズで最も難しい仕事の一つで、原作小説の三分の二を削りつつ、四つの縦糸(ハリーの怒り/アンブリッジの台頭/シリウスとの別れ/神秘部の予言)の重みを均等に保つ必要があった。デイとイェーツは、原作の長いクィディッチ大会、聖マンゴ魔法疾患傷害病院、O.W.L.試験の長時間描写を圧縮し、代わりに『教育令の張り紙が増えていく短いモンタージュ』『D.A.の練習場面の積み重ね』『ハリーへの罰書の連夜』を編集のリズムで見せる方針を取った。
とくに教育令のモンタージュは、本作の編集が原作の長尺を映画的に置き換えた最も鮮やかな例である。彼らはアンブリッジが新しい教育令を読み上げる声と、その紙が城の壁に張り出される音、生徒たちの足音を重ね、数分のうちに『学校が国家管理下に置かれる過程』を観客の感情に直接届けた。葬儀シーンも原作と異なり、シリウスの遺体は最後まで物理的には返ってこない——ヴェールの向こうに消えたままで、観客に弔いの場を与えない——という編集判断は、本作の決定的な選択の一つになった。
公開と興行
2007年7月11日に米国で、翌12日に英国で、7月20日に日本で公開された本作は、北米初週末で約7700万ドル、全世界初週末で約3億3300万ドルを記録した。最終的な全世界興行収入は約9億4200万ドルに達し、2007年公開作品の世界興行で年間第2位(首位は『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』)に位置づけられた。シリーズ本編八作のなかでも上位の興行成績である。
批評面では、本作の抑制的な演出と冷たい色調が一定の評価を受けた一方、原作の取捨選択の大胆さについて原作読者の側から議論が起こった。だがイメルダ・スタウントン演じるドローレス・アンブリッジの存在感、ゲイリー・オールドマンの最後の登場、そしてイヴァナ・リンチのルーナ・ラブグッドの初登場はほぼ全ての評者から肯定的に取り上げられ、本作の人物造形に対する評価は高い。
受賞・ノミネートでは、第34回サターン賞でファンタジー映画賞・スタウントンの助演女優賞などにノミネート、英国国民映画賞(NMA)では最優秀作品賞を獲得した。2008年のティーン・チョイス・アワード(Teen Choice Awards)では複数部門を受賞し、ファン投票主導の各賞でも上位を占めた。
批評・評価・文化的影響
本作は、シリーズの『中盤の暗転』を決定づけた一作として位置づけられる。前四作までの『学園冒険ファンタジー』が、本作で初めて『国家と若者の対決の政治劇』へと変質し、以後のシリーズの基調は完全にこちらへ寄っていく。多くの批評家・作り手が、本作以降のイェーツの語り口を『英国版ハリー・ポッターの最終形』と評する。
ドローレス・アンブリッジというキャラクターは、本作公開以降、現代英米の文化的語彙のなかで『官僚的悪/微笑む全体主義』の象徴として広く引用されるようになった。教師に対するアンケート調査では、彼女はしばしば『近年の映画で最も嫌いな悪役』としてジョーカーやヴォルデモートと並ぶ票を集めるという珍しい現象を見せた。原作読者と非読者の双方が同じ強さで彼女を嫌う、というのは、本作の翻案の最大の成功である。
ハリーが必要の部屋で同級生に守護霊の呪文を教える場面、彼自身の銀色の牡鹿が走り回る場面、フレッドとジョージの花火が大広間を駆け抜ける場面は、シリーズのもっとも引用されるイメージのいくつかになった。ヴェールの向こうへ落ちるシリウスのスローモーションも、シリーズの『沈黙の死』の代表例として批評で繰り返し論じられる。
舞台裏とトリビア
本作で初登板した監督デヴィッド・イェーツは、本作の前まで英国BBCの政治ドラマ『ステイト・オブ・プレイ』『シックス・トリヴェィル』などのテレビ作品で知られる演出家だった。ワーナー・ブラザースの選考は意外性のある人選と受け取られたが、結果として彼は本作の後『謎のプリンス』『死の秘宝 PART1/PART2』、そしてスピンオフ『ファンタスティック・ビースト』シリーズの大半まで連投することになり、ハリー・ポッター映画化のいちばん長い責任者となった。
ハリーの左手の甲に浮かぶ赤い文字『I must not tell lies』は撮影現場では特殊メイクで毎日描き直されたが、本作以降のシリーズでもこの傷跡は完全には消えない設定とされ、続く『謎のプリンス』『死の秘宝 PART2』の一部のクローズアップでも、その薄い跡が画面のうえで確認できる。
ルーナ・ラブグッド役のイヴァナ・リンチは公開オーディションで起用された数少ない例で、彼女は子どもの頃にJ.K.ローリングと手紙のやりとりをしていた経歴の持ち主でもある。彼女の本作の衣裳とアクセサリー(バターの蓋で作ったイヤリングなど)の一部は、リンチ本人が現場に持参した自作のものが採用されたと伝えられる。
シリウスの死は撮影スケジュール上、ゲイリー・オールドマンが本作のために確保できる撮影日数の制約から、原作の場面に比べて短く編集された。オールドマン本人は『短くて静かなほど効くだろう』とイェーツに賛同したと伝えられ、結果としてシリーズで最も短く、最も決定的な死の一つになった。彼は次作以降にも『鏡』『遺言の家屋敷』など、霊・記憶・建物の形で再登場する。
本作の編集に参加したマーク・デイは、デヴィッド・イェーツとともに本作以後のシリーズ最終四作すべての編集を担当し、シリーズ全体の語り口の連続性を支える。撮影監督スワヴォミル・イジャックは本作一本のみの参加だが、彼が定めた『冷たい青と灰色』のトーンは次作以降のブリュノ・デルボネル(『謎のプリンス』)、エドゥアルド・セラ(『死の秘宝』)にも引き継がれた。
テーマと解釈
中心にあるテーマは『情報統制と若者の声』である。本作の魔法省と日刊予言者新聞は、ヴォルデモートが本当に戻ってきたという事実を否定するために、十五歳の少年と老校長の証言を『個人的な政治闘争』にすり替えて流通させる。マグル世界の読者には、現代の権威主義国家やメディア環境への寓話としてもっとも読みやすい一作で、原作出版・映画化された2003-2007年の時代背景(イラク戦争前後の英米の世論誘導とメディア批判)の影と重ねて論じる批評も少なくない。
もう一つの軸は『先生と生徒の逆転』である。本作で正規の闇の魔術防衛術教師はもはや何も教えず、生徒たちは秘密の部屋に集まって、自分たちの中の一人を『先生』に立てる。D.A.の発足は、教師としての権威ではなく、対等な経験の共有に立脚した『学び』の場面である。ハリーが彼の十一歳の時のスネイプの教室を完全に裏返した教師像を体現する瞬間は、本作のもっとも明るい数十秒であり、シリーズの『学校もの』としての本質を最も鮮明に提示する。
そして最後に、本作は『不在の大人と、消えていく大人』のテーマを抱える。ダンブルドアはハリーを意図的に避け、シリウスは家の中に閉じ込められたまま静かに死へ向かい、アンブリッジは『安全』を盾に生徒たちから判断を奪う。残されたハリーたちは、それでも杖を取り、神秘部に向かう。彼らは大人の保護なしに、自分の選択の重みを引き受け始める。シリーズが『学園ファンタジー』から『大人の物語』へ橋を渡す瞬間は、ヴェールの向こうへ消えるシリウスを石段から見送るハリーの顔のなかにある。
見る順番(補助)
初見であれば、本作は必ず前作『炎のゴブレット』の直後に観るのが正解である。冒頭の懲戒尋問も、日刊予言者新聞の見出しの嘲笑も、シリウスとの関係も、前作の墓地の出来事と『セドリック・ディゴリーの死』を踏まえている。本作だけ先に観るのは情報的に勧めにくい。
終盤のシリウスの死、予言の全文、ハリーの『私は選ばれし者かもしれない』という自覚は、続く『謎のプリンス』冒頭の『選ばれし者か』の新聞の見出しへ無切れ目につながる。本作を観た翌日に『謎のプリンス』を続けて観ることを推奨する。
公開順では『炎のゴブレット』→『不死鳥の騎士団』→『謎のプリンス』→『死の秘宝 PART1』→『PART2』の順、時系列も同じ並びで一致する。スピンオフ『ファンタスティック・ビースト』シリーズはダンブルドアの若年期を扱う別軸の物語であり、本作とは独立して観てよい。
- 前作『炎のゴブレット』でセドリックが殺され、ヴォルデモートが復活する
- 本作ハリーのホグワーツ5年目/アンブリッジとD.A.と神秘部の戦い
- 次作『謎のプリンス』で分霊箱と謎のプリンスの一年へ
よくある質問(補助)
『あらすじだけ知りたい』場合は、リトル・ウィンジングのディメンター襲撃と懲戒尋問、グリモールド・プレイス十二番地、アンブリッジの台頭と教育令、ダンブルドア軍団の発足と必要の部屋、フレッドとジョージの花火、シリウスを救うために神秘部へ向かうこと、ヴェールの向こうへシリウスが落ちること、ダンブルドアとヴォルデモートの魔法省ロビーでの決闘、そして予言の本文——この九つを順に押さえれば全体像はつかめる。
『シリウスはどうやって死ぬのか』の答えは終盤で示される。ベラトリックス・レストレンジの呪文を胸に受け、神秘部のヴェールの間で『生死の境のヴェール』の向こうへ落ちて消える。遺体は戻らず、葬儀の場面も与えられない。これがシリーズで最も静かな『沈黙の死』である。
『予言の中身は何か』は本作の校長室の場面でダンブルドアからハリーに開示される。要旨は『闇の帝王の宿命の敵は、第七の月の終わりに生まれた者で、闇の帝王自身に印をつけられ、彼と対等の者に変えられる。どちらかが他方の手で死ぬまで、二人とも生きてはいけない』というもので、ヴォルデモートが対象として選んだのはハリーだった。
『ダンブルドアはなぜハリーを避けたのか』『R.A.B.とは誰か(次作以降)』『分霊箱は何個あるのか(次作以降)』——これらは本作の時点では未開示で、続く『謎のプリンス』『死の秘宝 PART1/PART2』で順に明かされる本作の伏線である。本作だけで判断を確定させず、続編まで観てから振り返ることを勧める。
参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・制作・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。