エヴァンゲリオン百科事典

漫画

EVANGELION 3.0(-120min.)

『EVANGELION:3.0(-120min.)』は、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』冒頭のUS作戦から120分前を描く短編漫画です。式波・アスカ・ラングレーと真希波・マリ・イラストリアスが、宇宙に封印された初号機の回収へ出る直前、碇シンジが生きて戻る可能性と、14年間変わらない自分たちの身体について言葉を交わします。2021年6月12日から『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の入場者特典冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』に収録され、2023年には音声・色彩・動きを加えたモーションコミックとして映像商品へ収録されました。『:Q』が戦闘から始めたため画面外に置かれた、アスカが援護役から回収役へ変わる決断と、古いプラグスーツを選ぶ理由を描く公式前日譚です。

ネタバレ:『:破』の結末、『:Q』冒頭のUS作戦とシンジ回収、エヴァの呪縛、アスカがシンジへ抱く感情、『シン・エヴァ』で明かされる二人の関係まで扱います。

漫画EVANGELION 3.0マイナス120分を収録した公式冊子EVA-EXTRA-EXTRAの配布を告知する公式画像
2021年6月12日から『シン・エヴァ』上映館で配布された36ページ冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』。本作はこの冊子の描き下ろし漫画として初出しました。

どんな作品か―『:Q』開始2時間前の会話劇

『:Q』の冒頭では、アスカの改2号機とマリの8号機βが地球軌道上へ出撃し、十字形の封印容器に収められた初号機を回収します。観客は、二人がいつ作戦を知らされ、なぜアスカが初号機へシンジの名を呼びかけるのかを説明されないまま戦闘へ入ります。本作はその120分前へ戻り、出撃準備中の二人が交わした会話を置きます。

大規模な戦闘や空白14年の全史を描く作品ではありません。中心にあるのは、シンジが初号機の中に人の形で残っているか分からない状況で、アスカが回収へどう向き合うかです。救助対象への期待を口にすれば、14年間抑えてきた喪失も認めることになる。マリは冗談と問い掛けでその沈黙を動かし、作戦編成そのものを変えさせます。

短編が補うもの
  • US作戦直前、アスカとマリがシンジ生存の可能性をどう考えていたか。
  • マリが『:破』当時の制服を、アスカが古いプラグスーツを選ぶ理由。
  • 損傷の大きい2号機のアスカが、援護役から初号機回収役へ変わる決断。
  • エヴァの呪縛で身体が成長しないアスカが、14年後の再会へ抱く恐れ。
  • 『:Q』冒頭の呼び掛けと、初号機が一度だけ応答する場面の感情的な前提。

初出は『EVA-EXTRA-EXTRA』―2021年の入場者特典

本作は2021年6月12日から、『シン・エヴァンゲリオン劇場版』3.0+1.01の上映館で配布された公式謹製36ページ冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』に収録されました。公式告知は、これまで語られなかった『:Q』前日譚と明記しています。冊子は漫画だけの単行本ではなく、『シン・エヴァ』参加スタッフの描き下ろし寄稿と庵野秀明の特別寄稿をまとめた入場者プレゼントです。

漫画は17ページの読み切りとして構成され、短い頁数の中で月を眺める静止から、作戦変更、装備選択、射出直前まで進みます。全国合計100万名への配布物として初出したため、通常の書店流通漫画とは入手経路が異なりました。後の映像商品収録は、期間限定の冊子でしか触れられなかった物語を、モーションコミックという別形態で再提示する役割も持ちます。

制作体制―映画スタッフが漫画で前日譚を組む

公式クレジットでは、庵野秀明が企画・原作・監修、鶴巻和哉が脚本・監督、松原秀典と前田真宏が漫画を担当します。単に映画の場面を漫画へ写したコミカライズではなく、『:Q』本編の外側に新たな時間を置くため、映画側の監督・作画スタッフが役割を分担した作品です。

人物の細かな表情と会話は、US作戦のメカニックな情報より前へ出ます。アスカの横顔、月、マリの服装、補修されたプラグスーツといった図像に、『:破』から14年後までの隔たりを圧縮します。前日譚だから設定資料のように出来事を列挙するのではなく、再会を認めたくない人物が出撃役を引き受けるまでの感情を一つの場面へ絞る設計です。

題名の「-120min.」は何を基準にするのか

題名のマイナス120分は、『:Q』冒頭のUS作戦開始より120分前、つまり2時間前を示します。『EVANGELION:3.0』の本編尺から120分を引く意味でも、『:Q』の修正版番号でもありません。3.0、3.33、3.333が同じ長編映画の調整版を示すのに対し、括弧内の負の時刻は本編へ接続する前日譚の位置を表します。

同じ命名法を持つ『EVANGELION:3.0(-46h)』は、『:Q』の46時間前を現在時点とする別の短編です。-46hは北上ミドリの過去とWILLE初期の救助、-120min.はUS作戦直前のアスカとマリを中心にします。単位が違うだけの長短版ではなく、異なる時点と人物を扱う二作品です。

赤い月を見上げるアスカ―待つ時間から物語が始まる

太平洋上で作戦開始を待つアスカは、赤い格子模様の走る月を見上げ、帰らない相手を思う和歌を口にします。戦闘員としての彼女は、敵や機体の状態を即座に言葉へできますが、自分が誰を待っているかは直接言いません。月と古い歌が、言葉にしない不在を代わりに示します。

そこへマリが現れ、月の美しさへ同意を求めます。月を愛情表現と結びつける日本語上の連想を利用し、アスカがシンジを思っているのではないかと遠回しに揺さぶる問いです。アスカは容易に認めませんが、会話が始まったことで、作戦上の回収物だった初号機に「会えるかもしれない相手」が戻ってきます。

マリが『:破』の制服を着る理由

マリは『:破』当時を思わせる学校制服姿で現れます。WILLEの通常制服でも、宇宙作戦用の装備でもありません。彼女は、初号機からシンジを回収できた場合、自分たちを見分けやすくするためだと説明します。14年を知らないシンジの視点へ、自分の姿を合わせようとする選択です。

マリがシンジと共有した時間はアスカほど長くありません。それでも、相手が目覚めた直後に見るものを想像し、服装を記号として使います。対してアスカは、生存そのものを否定することで期待を避けます。二人の差は、シンジへの感情の大小より、不確実な回収作戦へ希望を持ち込む方法の違いです。

シンジは生きているのか―WILLEの予測とアスカの否定

初号機は14年間、宇宙空間の封印容器に収められています。WILLE側では、内部のシンジがLCLへ溶け、個体として回収できない可能性が考えられています。アスカも彼はもう戻らないという前提を口にし、作戦をエネルギー源・初号機の奪還として処理しようとします。

しかし否定を繰り返すこと自体、無関心とは異なります。相手が死んだと思えば、会えなかった14年間を説明できます。生きているかもしれないと認めれば、自分は何を言うのか、3号機事件やニアサード以後をどう伝えるのか、再び傷つけられるのではないかという問題が一度に戻ります。本作は生存確率の計算より、期待を持つことへの防御としてアスカの言葉を描きます。

エヴァの呪縛―14年間変わらない身体で再会する恐れ

アスカとマリは、エヴァのパイロットになった影響で外見的に成長しない身体を持ちます。『:Q』でアスカが語る「エヴァの呪縛」は、本作では再会の問題として具体化します。シンジも初号機内部で時間を止めたような姿なら、二人は14年前の外見のまま向き合えます。しかし同じ姿は、同じ関係へ戻れることを保証しません。

アスカは14年間をWILLEの戦闘員として生き、身体の外側に損傷と経験を重ねています。シンジはその年月を知らない。外見が近いからこそ、経験の差が見えにくくなる残酷さがあります。彼女が古い服を選ぶ行為は、昔へ戻りたい願いだけではなく、変わった自分を相手が認識できる形へ翻訳する試みです。

当初のUS作戦―マリが主担当、アスカが援護

作戦当初、損傷の少ない8号機を操るマリが主担当となり、損傷を抱えた改2号機のアスカは援護に回る計画です。機体状態だけを見れば合理的な配置であり、ミサトの作戦指揮も感情より成功率を優先します。アスカ自身も、シンジが戻らないなら誰が回収しても同じだという立場を取れます。

マリはその配置を受け入れたまま、アスカへ問いを重ねます。命令違反を煽るのではなく、もし回収対象が本人なら、最初に手を伸ばす役を他人へ渡してよいのかと考えさせます。『:Q』冒頭で二人が見せる息の合った連携は、役割が最初から固定されていた結果ではなく、出撃直前に感情と機体条件を調整した結果です。

『:破』の記憶―シンジとミサトを思い返す

会話の中でアスカは、『:破』のシンジやミサトとの生活を思い返します。3号機事件以前、同じ家で食事をし、学校へ通り、レイの食事会をめぐって自分の役割を選ぼうとした時間です。ニアサード以後の14年間だけを見れば、シンジは世界へ災厄をもたらした原因として扱われますが、アスカの記憶には一人の少年としての姿も残っています。

この回想は、シンジの行為を無罪にするためではありません。アスカ自身も『:Q』で彼へ怒りをぶつけます。重要なのは、怒りと親しさが互いを消さずに同居している点です。失望したからこそ殴りたい、戻ってほしいからこそ死んだと決めたいという矛盾が、回収役へ移る決断の前提になります。

古いプラグスーツを補修する―見つけてもらうための装備

アスカは『:破』当時のプラグスーツを取り出し、損傷箇所をテープで補修して身に着けます。作戦装備として新品を選ぶより、14年前のシンジが知っている姿を優先する点で、マリの制服と同じ発想です。公式が本作由来の塗り絵として公開した図版にも、帽子と補修プラグスーツを着たアスカが描かれています。

補修跡は、過去を完全に再現できないことも示します。古い服は残っていても、無傷ではありません。アスカ自身も3号機事件と14年間の戦いを経て、眼帯と使徒封印を抱えています。「昔と同じ私」へ戻るのではなく、破れた過去を現在の手段でつなぎ、相手に届く記号へ変える行為です。

プラン変更―アスカが初号機回収役を引き受ける

最終的にアスカは作戦の役割を変え、自分が改2号機で初号機へ接近する側へ回ります。マリに任せられないという競争的な言い方を保ちながら、行動としてはシンジがいるかもしれない場所へ自分で手を伸ばします。感情を告白する代わりに、作戦上の責任へ変換するのがアスカらしい選択です。

『:Q』冒頭でアスカが初号機へ「何とかしなさい」と呼びかけ、初号機が短時間だけ反応して敵を撃破する場面は、この決断を知ると別の重みを持ちます。彼女は不確かな生存を否定しながら、実戦ではシンジが聞いている前提で声を掛けます。本作はその矛盾を後付けの恋愛説明に閉じず、長期間の喪失から救助行動へ踏み出す直前の揺れとして示します。

マリの役割―茶化しながら、アスカ自身の選択を待つ

マリは終始、月、服装、シンジ、作戦役割を話題にし、アスカが避けている感情へ近づきます。しかし、最終的な答えを代わりに言い切ったり、回収役を強制したりはしません。からかいは攻撃ではなく、アスカが自分の言葉と行動を選べる余白を残す会話法です。

出撃時にマリが古い歌を口ずさむことも、『:Q』本編で戦闘中に昭和歌謡を歌う人物像へつながります。緊張を軽くしながら、歌詞の内容で失われた相手を探すアスカを映す二重の働きがあります。二人の連携は、感情を同じ方法で表現する友情ではなく、沈黙するアスカと歌い続けるマリが異なるまま作戦を成立させる関係です。

ラストから『:Q』冒頭へ―静かな漫画が宇宙戦へ接続する

二人が発進準備へ入り、本作の時間は『:Q』のUS作戦へ接続します。漫画で決めた役割どおり、アスカの改2号機が封印容器へ接近し、マリの8号機βが長距離から支援します。単体で読めば会話中心の短編ですが、直後に映画を再生すると、機体の配置、古いプラグスーツ、アスカの呼び掛けがすべて出撃前の選択として戻ってきます。

それでもUS作戦後、アスカは回収されたシンジを温かく迎えません。DSSチョーカーを着けられ、説明を与えられず戸惑う彼へ、強い怒りを向けます。本作はその態度と矛盾しません。会いたかったこと、救いたかったこと、失われた14年を許せないことは同時に成立します。再会が過去の関係を修復せず、抑えていた衝突を現実にする点まで含めて『:Q』の前日譚です。

本作で分かること/分からないこと

確実に補われる範囲
  • US作戦直前、WILLEがシンジを個体として回収できない可能性を見込んでいたこと。
  • アスカとマリが、14年前のシンジに認識されやすい服装を意識して選んだこと。
  • 当初の役割分担から、アスカが初号機へ接近する配置へ変わったこと。
  • アスカがシンジへの怒りだけでなく、再会への期待と恐れを抱えていたこと。
  • 改2号機と8号機によるUS作戦が、二人の会話と合意を経て始まったこと。

一方、本作だけでニアサードインパクト後の14年間、NERVからWILLEが分離した全経緯、初号機が宇宙へ封印された手順、加持リョウジの行動、式波シリーズの成り立ちは説明されません。-120min.は空白を年表で埋める作品ではなく、空白を生きたアスカの感情が一つの作戦へ現れる瞬間を描きます。未提示の設定まで会話から推測し、確定事項として広げないことが必要です。

『-46h』との違い―空白14年の入口と出口

『-46h』は北上ミドリの訓練から、ニアサード後の街でアスカとマリに救われた記憶へ遡ります。損傷した2号機α臨時暫定仕様と初期WILLEが、市民救助を行っていた時期を描く作品です。対して『-120min.』は空白14年の末端へ進み、初号機とシンジを回収する直前を扱います。

二作を時刻順に並べるなら-46h、-120min.、『:Q』です。ただし初見でこの順に見れば本編の情報不足がすべて解消されるわけではありません。先に『:Q』でシンジと同じ混乱を経験し、後から短編を読むと、ミドリの敵意、アスカの怒り、マリとの信頼が別の角度から戻ります。前日譚は本編の説明書ではなく、見えなかった人物の時間を返す補助線です。

2023年モーションコミック版―漫画から音声付き映像へ

2023年3月8日発売の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』3.0+1.11 Blu-ray/DVDでは、本作が新作特典映像の一つとして収録されました。漫画のコマと構図を基盤に、色彩、画面移動、音響、キャストの声を加えたモーションコミックです。完全な新規作画短編アニメである『-46h』とは制作形式が異なります。

公式30周年上映では『:Q』3.333、『-46h』劇場版、本作が同時上映され、公式案内も『-120min.』をモーションコミック作品と明記しました。物語上は漫画版と映像版を別の続編として数えません。比較点は、静止したコマを読者が自分の速度で追う漫画と、声・間・歌によって会話の温度が定められる映像の体験差です。

どこで読める・見られるか

漫画の初出冊子『EVA-EXTRA-EXTRA』は2021年の入場者特典で、恒常的な書店販売物ではありません。公式が公開した告知画像と塗り絵図版から、冊子と作品の存在、制作クレジット、アスカの装備を確認できます。現在まとまった形で接しやすい公式収録先は、『シン・エヴァ』3.0+1.11のBlu-ray/DVD特典ディスクです。

上映や配信の取扱いは時期で変わります。2026年1月の30周年Movie Fest.では『:Q』3.333と同時上映されましたが、期間限定企画を常設上映と扱うことはできません。視聴前には配信・円盤で見られる版の違いと公式の最新案内を確認してください。

まとめ―回収作戦を、アスカ自身の選択へ戻す短編

『EVANGELION:3.0(-120min.)』は、アスカとマリがUS作戦へ出る2時間前、シンジ生存の可能性、成長しない身体、14年前の服装、機体の役割を話し合う前日譚です。アスカは期待を否定し続けながら、最後には自分が初号機へ接近する配置を選びます。『:Q』冒頭の戦闘は、命令された回収作業であると同時に、会えるかもしれない相手へ自分で手を伸ばした行動になります。

短編は14年間の謎をすべて解きません。その代わり、アスカの怒りを単純な憎悪から救い出し、マリの軽口を相手の選択を支える会話として見せます。冊子漫画、モーションコミック、『-46h』、『:Q』を作品形態ごとに区別して読むことで、WILLEの戦闘員として現れた二人が、どのような記憶と合意を経て宇宙へ向かったかを正確に追えます。