父を亡くしたティ・チャラが、自国を超えて世界に向き合う王へ変わっていく。MCUに新しい色彩と政治性を持ち込み、アカデミー賞でMCU史上最多の3部門を勝ち取った歴史的な一作。
マーベル・スタジオ製作、ディズニー配給。『フルートベール駅で』『クリード チャンプを継ぐ男』のライアン・クーグラーが監督・共同脚本を務め、134分でワカンダ王位継承と世界への責任を描く。MCUフェーズ3の第18作、インフィニティ・サーガの中盤に位置する。
父ティ・チャカを爆弾テロで失った直後のティ・チャラがワカンダへ帰国し、王位を継ぐ局面から始まる。直後の『インフィニティ・ウォー』ではワカンダがサノス迎撃の最終決戦の舞台となるため、本作は宇宙規模の戦いに突入する前夜の「国の物語」として機能する。
第91回アカデミー賞で作曲賞・美術賞・衣裳デザイン賞の3部門を受賞し、作品賞ノミネートを果たした初のスーパーヒーロー映画となった。世界興収は約13.5億ドル。ロッテン・トマト・批評家スコア・観客評ともにシリーズ屈指の高水準。
1992年オークランドの過去、ティ・チャラの戴冠、釜山のカジノ追跡、キルモンガーの来訪と王位簒奪、最終決戦、エリックの遺言、UNでのワカンダ開国宣言、そしてミッドクレジットの国連演説とポストクレジットのバッキー「ホワイト・ウルフ」覚醒まで、すべてのネタバレを前提に解説する。
目次 36項目 開く
概要
『ブラックパンサー』(Black Panther)は、ライアン・クーグラーが監督し、ジョー・ロバート・コールと共同で脚本を執筆したアメリカのスーパーヒーロー映画である。原作はスタン・リーとジャック・カービーが1966年の『ファンタスティック・フォー』誌で発表したマーベル・コミックの同名キャラクター、ティ・チャラ/ブラックパンサーであり、メインストリーム・アメコミにおける最初の黒人スーパーヒーローとして知られる存在を、約半世紀ののちに長編映画として真正面から立ち上げた一作にあたる。
米国では2018年2月16日、日本では同年3月1日に劇場公開された。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の通算第18作で、章立てではフェーズ3の中盤、インフィニティ・サーガの「世界規模の戦いに向かう助走」の最後の単独作として位置づけられる。前作『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』の数日後を起点とし、続く『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のワカンダ攻防戦へ直結する物語構造を持つ。
クーグラーは本作を、単なるヒーローの誕生譚としてではなく、植民地化を免れた架空のアフリカ国家ワカンダが、世界に対して長く貫いてきた「隠れる」という選択と、そこから踏み出す瞬間を問う政治的・倫理的な寓話として組み立てた。主役のティ・チャラは終始強くて優しい青年として描かれ、悪役エリック・キルモンガーは正当な怒りを抱えた「血の親戚」として配置される。結果として本作の対立軸は善悪の単純な戦いではなく、孤立主義と介入主義、伝統と変革、内側の安寧と外側の苦痛という、現実の議論に通じる主題として立ち上がってくる。
本記事は、本編の細部、結末、そして二つのクレジット・シーンまで含むネタバレを前提に構成している。物語の驚きと余韻を保ちたい読者は、本編を一度通して観たうえで戻ってきてほしい。
- 原題
- Black Panther
- 監督
- ライアン・クーグラー
- 脚本
- ライアン・クーグラー/ジョー・ロバート・コール
- 原作
- マーベル・コミック(スタン・リー/ジャック・カービー)
- 音楽
- ルドウィグ・ゴランソン
- 米国公開
- 2018年2月16日
- 上映時間
- 134分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、アクション、政治ドラマ、アフロフューチャリズム
あらすじ
以下は結末と二つのクレジット・シーンを含む全編のあらすじである。物語は、1992年のオークランドで起きた一つの「家族の悲劇」と、現在のワカンダで戴冠したばかりの王の選択とを、二本の糸として絡め合いながら一気に編み上げていく。
1992年・オークランドの夜
舞台はまずカリフォルニア州オークランドの集合住宅、1992年。窓の外でバスケットボールに興じる子供たち、室内では銃と地図と工作中の機材——黒人解放運動を志して米国へ潜入したワカンダの王族ンジョブが、仲間のジェームズと組んで、ある作戦の準備を整えている。そこへワカンダ王ティ・チャカが、忠臣ズリの導きで突然現れ、弟ンジョブの「裏切り」を問い詰める。ンジョブは武器商人ユリシーズ・クロウへヴィブラニウムを引き渡す手引きを担い、王の側近として送り込まれたはずの自らの立場を逸脱していた。
ティ・チャカの追及にンジョブは抵抗し銃を抜く。しかしティ・チャカの爪が一閃し、弟は床へ崩れ落ちる。王は息子のように見守ってきた弟の死を引き受けたまま、現場に残された幼い少年エリックを置き去りにし、ワカンダへ戻る選択を取った。父が殺された夜、外で遊んでいた少年が走って戻り、家の前で空を仰ぐ——ワカンダの宇宙船が雲の中へ消えていくのを、見上げる。この冒頭の一夜が、本作のすべての怒りと喪失の起点になる。
観客は、その少年がのちにエリック・キルモンガーとして帰ってくる人物だとはまだ知らされない。語りはここで現在へ飛び、ワカンダの森を縫って飛ぶ「タリー機」のショットへ繋がる。空撮の音楽は、伝統的なアフリカの打楽器と現代的なヒップホップの息遣いが融合した、ルドウィグ・ゴランソンによる本作の主題音楽である。
新王ティ・チャラの帰国と戴冠
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のウィーンでの爆破テロで父ティ・チャカを失ったティ・チャラは、ワカンダへ帰る前にまず、潜入任務中の元恋人ナキアをナイジェリアの内陸で人身売買の車列から救出する。オコエとの息の合った戦闘ののち、ナキアに「父の葬儀と戴冠式に来てほしい」と告げて帰国するこの一連の場面が、ティ・チャラというキャラクターの輪郭を一息で立ち上げる。彼は強くて優しく、王であることに伴う義務と、外の世界で困っている人々を見過ごせない性質との両方を、最初から抱えている。
ワカンダは外には貧しい第三世界の小国として偽装され、内部にはヴィブラニウムを基盤とした最高水準のテクノロジーが息づく。タリー機が雲を抜けると、ホログラムの伝統的な集落の向こうに、磁気浮上列車と摩天楼の都市「黄金都市」ビルニン・ザナが姿を現す。ティ・チャラは王宮で母后ラモンダ、妹シュリ、護衛長オコエ、川辺族の長ウカビ、国境族の長ンガラ、そして山岳のジャバリ族を除く各部族の長たちに迎えられる。
戴冠式は神聖な滝のほとりで執り行われる。心臓型のハーブの力を一旦抜かれて常人と等しい状態へ戻された次期王は、各部族からの挑戦を受けて素手で勝ち、王位を勝ち取らねばならない。一族の四部族は辞退するが、孤立を保ち続けるジャバリ族の長ムバクが現れ、首都の王朝を「シュリのような子供にヴィブラニウムを玩具にされて、ワカンダの伝統が忘れられている」と糾弾し、挑戦を申し立てる。ティ・チャラは激戦の末にムバクを追い詰め、降伏ではなく「お前の民の前で生きて戻れ」と命令する。ムバクは敗北を受け入れ、王の慈悲に頷き、山へ戻る。心臓型のハーブの飲み水が再び王へ捧げられ、彼はブラックパンサーの力を取り戻して新たな王となる。
祖霊界での父子の対話
心臓型のハーブを受けたティ・チャラは、紫色の砂に覆われた祖霊界(アンセストラル・プレーン)へ運ばれる。サバンナの一本の樹に黒豹たちが集い、亡き父ティ・チャカの姿が現れる。父は息子の不安を一つひとつ言葉にし、「王でいることは、お前のような若者には難しい。だが、お前は良い人間だ。良い心を持つ人間が王であることは難しい」と諭す。
本作の祖霊界は、舞台装置上の派手な異界ではなく、肉親と語り合うための静かな心象風景として撮られている。ここで提示される「良き心を持つ者ほど、王として迷う」という観念が、後半のキルモンガーの登場とともに鋭い問いに変わっていく。父からの肯定を受け取って戻ったティ・チャラは、ひとまず即位の幸福のうちに国の運営を始める。
ロンドン・大英博物館のヴィブラニウム強奪
舞台はロンドン、グレート・ブリテン博物館(劇中はその名で呼ばれる)の西アフリカ展示室。一人の若い研究員風の客が、白人の女性学芸員に「これはどこから来たのですか」と問いを重ね、植民地時代の収集の経緯を一つひとつ突きつけていく。彼が指さした古い斧の柄こそ、見た目はベナンの遺物だがじつはワカンダ製ヴィブラニウムの一品である。学芸員は突然、毒物による胸の痛みで倒れる。同じ瞬間、館内の警備員と医療スタッフを装って侵入していた仲間が動き、武器商人ユリシーズ・クロウとともに、若い研究員は展示ケースを叩き割って斧の柄を奪い去る。
彼の名はエリック・スティーヴンス——後にキルモンガーと呼ばれる人物である。クロウとは旧知の協力関係にあり、ヴィブラニウムを売り捌くルートを共に握っている。盗まれた品は近く釜山のカジノで競売にかけられる予定であることがCIAの情報網に乗り、ワカンダ側にも届く。
ワカンダ王宮の研究室で、王の妹シュリは新装備を発表する。リモートでタリー機を操縦できる砂上ハンドル「キモヨ・ビーズ」連動操縦、そして衝撃を吸収して跳ね返す改良型ブラックパンサー・スーツ二着。靴擦れを起こすサンダルを「彼の方が古い」と兄に毒づきつつ、車中での走り高跳び発進が可能な可動式タリーまで仕上げてみせるシュリは、ヴィブラニウムを未来の科学技術として運用する天才工学者として描かれる。
釜山・水原のカジノとカーチェイス
韓国・釜山の地下カジノ「ジャグウォン」の競売場へ、ティ・チャラ、オコエ、ナキアの三人組が紛れ込む。クロウの取引相手としてCIAのエヴェレット・ロスも同席している。ティ・チャラはロスを認めて作戦の調整を試みるが、入札開始直前に競売は中止され、その混乱に紛れてクロウが奪った品を持って離脱する。続く銃撃戦と、ナキア対クロウ部下の連射、オコエの槍捌きが場内を席巻し、伝統的なドレスから瞬時に戦闘装束へ移るオコエの所作が観客の印象に焼き付く。
舞台は屋上から、釜山の繁華街・水原川沿いのカーチェイスへ移る。ティ・チャラはタリー機からスーツのまま街路へ降り、シュリのリモート操縦でクロウの逃走車を追う。ヴィブラニウム製の義手から音波砲を撃ち放つクロウとの追走は、運動量と質量を保存しながら衝撃を返すスーツのギミックを軸に組まれる。最終的にナキアの一撃でクロウは車から放り出され、ワカンダ側はCIAの管轄から逸脱しないようロスに引き渡す形を取らず、彼を釜山のCIA安全宅に拘束する。
そこへエリック・キルモンガーが現れる。クロウを救出する名目で武装部隊が建物を急襲し、ロスはナキアを庇って背中に銃弾を受け、瀕死の重傷を負う。クロウはキルモンガーに「お前は俺の保険じゃなかったのか」と訊いた直後、あっさりと撃ち殺される。クロウは利用されただけで、ヴィブラニウムは元から目的ですらなかったのである。ティ・チャラは瀕死のロスを抱えてワカンダへ運ぶ判断をする——外国人の医療搬入は王国の最高機密違反だが、シュリの研究室なら救えるという確信がある。
キルモンガーの来訪と血の真実
ワカンダの首都ビルニン・ザナの王宮広場へ、国境族のウカビに連れられて一人の若い男が運び込まれる。両肩に並んだ無数の隆起した刻印——一つひとつが殺害の記録——を彫り込んだ屈強な体、米軍特殊部隊JSOC仕込みの身ごなし。男は王の前に進み、自らの名を告げる。「我が名はンジャダカ、ンジョブの息子。ワカンダの王位を、血の権利によって要求する」。
倒れたクロウの遺体を「贈り物」として広場に投げ出した男こそ、1992年のオークランドで父を失い米国に取り残された少年エリックである。米国海軍学校・MITで学位を取り、海軍特殊部隊からCIAの工作員へと進み、アフガニスタンとイラクで二十数の作戦を生き残った彼は、自分のミドルネームとされた「キルモンガー」という二つ名を名乗っている。ティ・チャラは父からその夜の真相を、改めて祖霊界で問い直すことになる。
ティ・チャカの霊体は、息子の前で初めて「ンジョブを殺したのは自分だ」と認める。エリックを置き去りにしたのは、ワカンダの存在を漏らさぬための判断だった——「彼を連れて帰れば、すべてを失っただろう」と。ティ・チャラはその答えに静かに激昂する。「あなたは間違っていた。彼を見捨てたのは、あなただ。私たちは、あなたを誇っていた——私たちは、あなたが完璧だと信じていた」。父の罪を引き継いだ瞬間に、王位は重さを変えてしまう。
王位への挑戦と王の敗北
翌日、神聖な滝で再び儀式が行われる。エリックは血統上の権利でブラックパンサーの王位を要求し、ティ・チャラを挑戦者として迎え撃つ立場に立つ。心臓型のハーブの力を抜かれた一対一の戦いで、エリックは怒りに支えられた圧倒的な戦闘経験を見せる。彼にとってこの瞬間は、父を奪われた夜から計画され続けてきた人生そのものの集約である。
ティ・チャラは追い詰められ、最後はエリックに首をつかまれて滝の縁へ運ばれる。「父よ、ワカンダのすべての王よ。これでまた一つ片付いた」と、エリックは王を滝下へ突き落とす。広場の住民とラモンダ、シュリ、ナキアは、王が落ちる音だけを聞いて崩れる。掟により、王の死を以てエリック・ンジャダカ・スティーヴンスが新たな王・新たなブラックパンサーとなる。
新王は心臓型のハーブの飲み水を口にし、祖霊界へ運ばれる。だが彼の祖霊界は、紫の砂に覆われたワカンダの草原ではなく、子供時代を過ごしたオークランドのアパートの一室である。亡き父ンジョブと向き合った少年エリックは、戻ってこなかった父にようやく言葉を返し、「ここに残らなくていい——道を貫け」と背中を押される。目覚めた新王は、薬草の在庫を残らず焼き払うよう命じる。彼の戴冠と同時に、ワカンダのブラックパンサーの系譜そのものが断ち切られかける。
ジャバリ族と最後の薬草
ナキアは儀式の混乱に乗じて、シュリと共に最後の一株の心臓型のハーブを密かに持ち出し、母后ラモンダ、シュリ、CIAのロスを連れて山岳のジャバリ族の領域へ亡命する。降伏者を受け入れない誇り高い土地で、ナキアたちはムバクの前に薬草を捧げ、何かのために力を貸してほしいと頭を下げる。
ムバクは、雪に半ば埋もれた状態で凍りかけていたティ・チャラを、滝から流された川の終着点で偶然見つけ、すでに介抱していた事実を明かす。「自分の伝統の名のもとに、彼を死なせるのは違うと判断した」というムバクの選択は、戴冠式での「降伏より生きて戻れ」というティ・チャラの裁定への、まったく対称な返礼として効いてくる。シュリは最後の薬草の力で兄を呼び戻し、再び祖霊界に運ぶ。
祖霊界でティ・チャラは父と先代の王たちに、初めて怒りを向けて告げる。「あなたたちはみな間違っていた。世界を見捨て、自分の子供さえ見捨てた。我が国は、もはや見て見ぬふりはしない」。彼は意志の力で薬草の効果を維持したまま現実へ戻り、新型のスーツに身を包んでビルニン・ザナへ向かう。
一方ビルニン・ザナでは、新王の命令によりヴィブラニウム製の最新兵器が世界各地のワカンダ秘密拠点(戦争犬)へ空輸され、植民地化の歴史を持つ各国の都市で「黒の革命」を起こす計画が動き出していた。準備の整ったタリー機の編隊が、シュリの研究室の格納庫から離陸の指示を待っている。
国境族との内戦と磁気浮上線路上の対決
ティ・チャラはタリー基地の上空で帰還を宣言する。「ンジャダカ!俺は死んではいない!挑戦は終わっていない!」。激昂したエリックは現王として全軍を動員し、ワカンダは内戦へ突入する。エリックに就いた国境族のウカビ隊と装甲犀の突撃に対し、王側のオコエ率いるドラ・ミラージュ、ジャバリ族の戦士、シュリ、ナキア、ロスの操縦するリモート戦闘機が同時に動く。
戦場は三段構えで切り分けられる。第一に、地上の草原で犀とドラ・ミラージュの近接戦が繰り広げられる。オコエは恋人ウカビと槍を交える羽目になるが、王への忠誠を貫いて彼を制圧する。第二に、ロスはシュリの研究室から遠隔操縦でタリー機を撃墜し、ヴィブラニウム兵器が世界へ流出するのを未然に防ぐ。シュリのキモヨ・ビーズで操る戦闘システムが、ワカンダの技術がもはや単なる武装ではないことを観客に告げる。
第三に、ティ・チャラとエリックは王宮地下のヴィブラニウム鉱床、磁気浮上式の貨物路へと戦闘を移す。エリックは独自のスーツを身につけたうえで、ブラックパンサーの装束を脱ぎ捨て、刻印で覆われた素顔と上半身を露わにして向き合う。二人の力は伯仲し、磁気の干渉が走る列車の隙間で互いに突き刺し合う。最後にティ・チャラはシュリの仕込んだスーツの脆弱性を突き、エリックの胸にヴィブラニウム製の槍を深く差し込む。
祖先と海へ——エリックの遺言と王の選択
ティ・チャラはエリックを抱き、太陽の沈むビルニン・ザナの夕景の見える場所まで運ぶ。「シュリに治療させる。お前は生きられる」と王が告げると、エリックは静かに首を振り、こう答える。「やめてくれ——俺を、海に葬ってくれ。船から飛び降りた俺の祖先たちと一緒に。彼らは、隷属より死を選んだのだから」。彼は王の槍を自ら引き抜き、力尽きる。
戦闘の勝者が王位を継ぐという掟の上で、ティ・チャラは血の繋がった敵の言葉を、政治の方針として受け取る。彼はその夜、王宮で評議会と母后ラモンダに告げる。「我々は世界に向けて、扉を開く。難民キャンプを開く。海外センターを開く。技術と知見を分かち合う」。長きにわたるワカンダの孤立政策は、王の選択として正式に終わる。
舞台は1992年のオークランドへ戻る。あの夜の集合住宅の前に、ティ・チャラとシュリが立っている。ティ・チャラはこの建物と周辺の区画を買い上げ、ここに「ワカンダ国際支援センター」の第一拠点を作ると告げる。シュリは「もう一つ研究所も建てるね」と返す。バスケットコートで遊んでいた少年が、空から降りてきたタリー機の出現に絶句する。「あなたは誰だ?」と問う少年に、ティ・チャラは穏やかに微笑むだけで答えない。物語はそこで、本編の結末を迎える。
ミッドクレジット・シーンでは、ティ・チャラがウィーンの国連で演説を行う場面が描かれる。ワカンダの「貧しい農業国」という長年の偽装を自ら脱ぎ、技術と資源を世界に共有する用意があると宣言する王に、外交官の一人が「あなた方の国に何ができるのですか」と懐疑的に問いかける。ティ・チャラは口元だけで答える。「やってみせる」。
ポストクレジット・シーンでは、ワカンダのジャバリの里に静かに横たわるバラックの内部に、シュリと共に歩むバッキー・バーンズの姿が映る。前作『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』のクライマックスで自らクライオ冷凍を望み、ワカンダで治療を受けていた彼が、ようやく目を覚ましたところである。子供たちは彼を「白い狼(ホワイト・ウルフ)」と呼ぶ。バッキーは草原の朝の光のなか、シュリに「ありがとう」と告げる。
登場要素
本作の世界はワカンダの五部族と、それを支えるヴィブラニウム技術、心臓型のハーブを核とした霊性、そして米国側からの来訪者という、四つの層からできている。以下は主な人物・場所・道具・概念の整理である。
主要人物
- ティ・チャラ/ブラックパンサー(チャドウィック・ボーズマン)
- シュリ(レティーシャ・ライト)
- ナキア(ルピタ・ニョンゴ)
- オコエ(ダナイ・グリラ)
- ラモンダ(アンジェラ・バセット)
- ティ・チャカ(ジョン・カニ)
- ズリ(フォレスト・ウィテカー)
ヴィラン
- エリック・キルモンガー/ンジャダカ(マイケル・B・ジョーダン)
- ユリシーズ・クロウ/クロー(アンディ・サーキス)
サポート
- ムバク/ジャバリ族長(ウィンストン・デューク)
- ウカビ/国境族長(ダニエル・カルーヤ)
- エヴェレット・K・ロス/CIA(マーティン・フリーマン)
- アヨ/ドラ・ミラージュ(フローレンス・カスンバ)
- ンジョブ(スターリング・K・ブラウン)
- バッキー・バーンズ/ホワイト・ウルフ(セバスチャン・スタン)※ポストクレジット
組織
- ワカンダ王室
- ドラ・ミラージュ(王の親衛隊)
- 戦争犬(海外工作員)
- 国境族
- ジャバリ族
- 鉱山族
- 川辺族
- 商人族
- CIA
- ジョイント・カウンター・テロリスト・センター(JCTC)
場所
- ワカンダ(バシェンガ山系)
- ビルニン・ザナ(黄金都市)
- 戴冠の滝
- ジャバリ・ランド(雪山)
- 祖霊界(アンセストラル・プレーン)
- オークランド(1992年)
- ナイジェリア(密林)
- 釜山・水原(カジノ/市街)
- ロンドン・大英博物館
- ウィーン国連本部
アイテム・技術
- ヴィブラニウム
- ブラックパンサー・スーツ(ナノ織り)
- キモヨ・ビーズ
- 音波砲(クロウの義手)
- 心臓型のハーブ
- 磁気浮上式貨物列車
- ホログラム・カモフラージュ
- タリー機
- 戦争犬の手の指輪
- シュリの研究室
能力・概念
- 心臓型のハーブによる強化
- 祖霊界との対話
- ブラックパンサーの掟
- 王位継承の挑戦
- ヴィブラニウム共振技術
- ホログラム偽装による鎖国
- ワカンダ独自の言語(コーサ語が用いられる)
ポストクレジット要素
- ミッドクレジット:国連総会での開国宣言
- ポストクレジット:バッキー覚醒と「ホワイト・ウルフ」
主要登場人物
本作の人物配置は、王と挑戦者、家族と他者、ワカンダ人と外部の者という三つの軸に整理できる。それぞれの登場人物は、ヒーロー映画の枠にとどまらず、ある政治的立場の擬人化として配置されている。
ティ・チャラ/ブラックパンサー(チャドウィック・ボーズマン)
戴冠したばかりの若き王にして、心臓型のハーブによって強化された戦士。『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』で初登場した時には父の仇を取るために動く激情の人物だったが、本作の冒頭でジモを最終的に殺さず生かす道を選んだことが、ティ・チャラ流の「正義」の輪郭をすでに用意していた。本作で彼に課されるのは、復讐ではなく統治の倫理である。
彼の弱点は、強さでも臆病さでもなく、父祖の掟を信じすぎることである。エリックという形で帰ってきた家族の罪を前に、ティ・チャラは祖霊界で父を糾弾し、ワカンダの伝統そのものに「これは間違っていた」と告げる。物語の最後に開国を選ぶティ・チャラの言葉は、自分の家族の罪と、自分の国の罪と、自分自身の選択の三つを同時に引き受けるものだ。
演じたチャドウィック・ボーズマンは、本作公開時すでに大腸がんと診断されながら治療を続けつつ撮影に臨んでいた。2020年8月の早すぎる死は、続編『ワカンダ・フォーエバー』の物語そのものを書き直させ、シリーズ内の喪をフィクションと現実の両側で背負わせることになった。
エリック・キルモンガー/ンジャダカ(マイケル・B・ジョーダン)
ティ・チャカの弟ンジョブの息子で、ティ・チャラの従兄弟にあたる。父をワカンダ王に殺され、米国オークランドに置き去りにされたまま育った彼は、海軍特殊部隊からCIAの工作員となり、世界各地で殺害を重ねた経歴と、それを刻んだ無数の隆起した傷を体に持つ。父の遺した日記から、ヴィブラニウムとワカンダの存在、そして「いつか帰る」という父の願いを継いだ。
彼の主張は単純で、しかし重い——ワカンダは世界中で抑圧されてきた黒人の同胞を救えたはずなのに、隠れて何もしなかった。今からでも遅くない、武器を世界中の支局へ送り、抑圧の側を逆転させる。本作の倫理的な強さは、この主張そのものを完全には否定しないところにある。ティ・チャラがエリックを倒したのちに「開国」を選ぶのは、相手の問題提起が正しかったからである。
最期、太陽の沈むビルニン・ザナを見つめながら「俺を海に葬ってくれ。船から飛び降りた祖先たちと一緒に」と告げる遺言は、奴隷船で死を選んだアフリカ人たちへの直接の参照であり、ヒーロー映画のヴィラン台詞としては異例の重さを持つ。マイケル・B・ジョーダンは本作の演技でMTVムービー・アワード最優秀ヴィラン賞などを受け、MCUのアンタゴニスト評価の基準を塗り替えた。
ナキア/オコエ/シュリ——王を支える三人の女性
ナキア(ルピタ・ニョンゴ)はティ・チャラの元恋人で、戦争犬として海外で人身売買被害者の救出に当たる工作員。本作の「開国」と「介入」の主張を、王に最も近い場所で言葉として持ち込み続ける役回りを担う。爆発の中でロスを庇い、最後の薬草を持ち出して亡命を仕切るなど、王個人ではなく王国の倫理を動かす者として機能する。
オコエ(ダナイ・グリラ)はドラ・ミラージュの長で、王の盾。誇りと忠誠を旋律のように体現する人物で、恋人ウカビと槍を交える内戦の場面で「王国か、男か」と問われた時、躊躇なく王国を選ぶ。剃り上げた頭と緋の制服、長槍を回す殺陣は、本作の映像的アイコンとなった。
シュリ(レティーシャ・ライト)は王の妹で、ヴィブラニウム研究の責任者にして本作の知的中心。サンダルや靴を「古い」とからかい、瞬時に最新スーツを設計し、戦闘では銃を撃ちながら笑い飛ばす——彼女は本作のユーモアと未来感の両方を担い、続編で王位を継ぐ伏線にもなる。
ムバク/ウカビ——「もう一つのワカンダ」
ムバク(ウィンストン・デューク)はジャバリ族の長で、首都の王朝とは交流を絶って山に住む。儀式の場で「シュリのおもちゃ」と王朝を揶揄し、伝統への忠誠を堂々と主張する彼は、序盤では敵役のように見えるが、終盤では王を救う鍵になる。降伏ではなく「お前の民の前で生きて戻れ」と命じたティ・チャラの裁定が、彼の側からの恩義の返礼を呼ぶ。
ウカビ(ダニエル・カルーヤ)は国境族の長で、ティ・チャラの幼馴染だが、両親をクロウに殺された経緯から「王が成果を出していない」という不信感を抱える。エリックがクロウの遺体を投げ出した瞬間に彼への忠誠が傾き、内戦では犀部隊の指揮を執る側に回る。ウカビとオコエの恋人同士が槍を構え合う場面は、本作の家族の物語が国家の物語に重ねられている象徴である。
ユリシーズ・クロウ/エヴェレット・ロス——外側からの来訪者
ユリシーズ・クロウ(アンディ・サーキス)は『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』に続いての登場で、片腕を奪われた代わりにヴィブラニウム製の音波砲付き義手を備える。陽気で口数が多く、ワカンダの真の姿を一度見たことのある外部の人間として、貴重な「証人」でもあったが、本作の中盤であっけなくキルモンガーに撃ち殺される。彼の役割は、エリックがヴィブラニウムなど目的ですらないという事実を観客に突きつけるための鏡である。
エヴェレット・K・ロス(マーティン・フリーマン)は『シビル・ウォー』からの続投で、JCTCの工作員。釜山でナキアを庇って瀕死となり、ワカンダの研究室で背骨を再生される。彼は外部の人間でありながらワカンダの内側を見ることになる例外的存在で、終盤の戦闘では遠隔操縦でタリーを撃墜し、王国を救う側に立つ。彼の存在は、ワカンダの開国という最終決断が、外部との関係を完全に絶っては成立しないという作品の主張を実体化している。
ラモンダとズリ——王朝の記憶
母后ラモンダ(アンジェラ・バセット)は、夫を失い長男を失いかけ、最後の薬草を抱えて山へ亡命する。彼女が王宮で示す気高さと、ジャバリの広場で頭を下げる謙虚さは矛盾せず、王の母としての覚悟を二つの態度で見せる。シリーズに「年長の威厳ある女性」という稀有な座を確立し、続編で物語の中心へさらに引き上げられることになる。
ズリ(フォレスト・ウィテカー)はティ・チャカの忠臣で、1992年のオークランドでも王に従っていた。エリックが現王に挑戦した時、彼は王の前に進み出て「ンジョブを撃ったのも、エリックを置き去りにしたのも、私の判断にも責任がある」と告白する。ズリはエリックに殺されるが、その死は本作の「王朝の罪は王朝の側が引き受けるべきだ」というテーマを身体で示す。
舞台と用語
舞台はバシェンガ山系のなかに隠された架空のアフリカ国家ワカンダ。植民地化を一度も受けなかったという設定で、外には貧しい農業国を装いながら、内側ではヴィブラニウムを基盤としたあらゆる分野で最先端の技術を磨いてきた。中心都市ビルニン・ザナ(黄金都市)は、磁気浮上の交通網、ホログラムの伝統意匠と摩天楼が共存する空間として、美術監督ハンナ・ビーチラーらによって緻密に設計されている。
ワカンダの社会は、ジャバリ・ボーダー・マイニング・マーチャント・リバーの五部族から成り、それぞれの長が評議会を構成する。王はブラックパンサーの掟に従って心臓型のハーブを摂取し、フォース無くとも一段上の体力・反射神経・治癒力を得る。心臓型のハーブはワカンダの守護神バスト(黒豹の女神)からの恵みとされ、これを介して王は祖霊界で先代の王たちと言葉を交わすことができる。ジャバリ族のみがゴリラの神ハヌマンを信仰し、心臓型のハーブの系統から外れているため、エリックが薬草を焼き払った後の最後の希望となる。
外部世界からは、武器商人クロウ、CIAのロス、ウィーンのジモ事件など、すでに『エイジ・オブ・ウルトロン』と『シビル・ウォー』で築かれた接点が引き継がれる。これらの用語は暗記の対象ではなく、ヴィブラニウムが本作の地政学と倫理の両方を決定しているという構造のなかで理解するのが自然である。
制作
本作の制作は、MCUのフェーズ3で意図的に多様な視点と表現を取り込もうとしたマーベル・スタジオの戦略の最も野心的な実現例である。ライアン・クーグラーは『フルートベール駅で』と『クリード チャンプを継ぐ男』の二作で批評的成功を収めたあと、ケヴィン・ファイギから直接オファーを受けて本作の監督と共同脚本に着任した。
企画と脚本
ティ・チャラの単独映画は、2014年の『シビル・ウォー』登場決定とほぼ同時に企画化されていた。ライアン・クーグラーが2015年末に監督として正式契約を結び、共同脚本にはジョー・ロバート・コールが就いた。コールはマーベル・スタジオの脚本家養成プログラムを経て参加した若手で、二人はワカンダの内側と外側の双方の視点を保つために、共同執筆の段階を厳格に組んだとされる。
脚本上の決断のうち最も重要なのは、ヴィランを孤独な侵略者ではなく「血の親族」として配置し、その主張を作品が真正面から検討する形にしたことである。クーグラーは脚本作業の早い段階で『仮面ライダー』ではなく『ハムレット』『ライオン・キング』『ゴッドファーザーII』を参照線として明示しており、ヴィランをティ・チャラの「もう一つの自分」として徹底的に擁護してから倒すという物語構造が、こうした古典悲劇の引用から導かれている。
キャスティング
ティ・チャラ役のチャドウィック・ボーズマンは、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』からの続投である。彼は南アフリカのコーサ語を本作のワカンダ公用語として採用するアイデアを後押しし、共演者の多くがアフリカ各地から、また南ア出身のジョン・カニ(ティ・チャカ)の発音を基準にコーサ語の発声指導を受けた。
新キャストでは、マイケル・B・ジョーダン(キルモンガー)がクーグラー監督の『フルートベール駅で』『クリード チャンプを継ぐ男』に続く三作連続のタッグとなる。ルピタ・ニョンゴはオスカー受賞俳優としての知名度のもとでナキアに就き、ダナイ・グリラは舞台『ファミリア』の劇作家としても知られた経歴を背景にオコエを演じた。レティーシャ・ライトはオーディションで早い段階から監督に推され、シュリのコメディと知性の両立を担保した。ウィンストン・デューク(ムバク)、ダニエル・カルーヤ(ウカビ)、フォレスト・ウィテカー(ズリ)、アンジェラ・バセット(ラモンダ)と、英語圏のアフリカ系俳優の主要層を一作にまとめた配役は、それ自体がハリウッド・スタジオ大作として例外的な達成として記録されている。
撮影とロケ地
主要撮影は2017年1月から4月にかけて行われ、米国ジョージア州アトランタのEUEスクリーン・ジェムズ・スタジオを拠点とした。ワカンダの自然景観の参照として、ザンビアとジンバブエの国境にかかるヴィクトリアの滝(モシ・オ・トゥニャ)周辺の航空ロケが行われ、戴冠の滝の崖と渓谷のディテールに反映されている。釜山のシークエンスは、実際の韓国・釜山広域市の市街と、英国・パインウッド・スタジオ近郊のセットで分割撮影された。海雲台と広安大橋周辺で行われたカーチェイス収録のため、釜山市の協力で長期間にわたって主要幹線が封鎖された。
撮影監督のレイチェル・モリソンは、本作で女性として初の米国アカデミー賞撮影賞ノミネートを果たした『マッドバウンド 哀しき友情』の直後にあたる仕事を引き受け、ワカンダの自然と都市を、青すぎず華美にもなりすぎない、温かく深い色調で撮り上げた。アフリカの肌の表現を中心に据えた照明設計が、本作の映像的な独自性を支えている。
美術と衣裳——ハンナ・ビーチラーとルース・E・カーター
美術監督ハンナ・ビーチラーは、ワカンダの世界観全体を一冊の「ワカンダ・バイブル」と呼ばれる500ページ超の設計書としてまとめ、五部族の建築様式・交通網・宗教観・農業生産までを連続的に設計した。ビルニン・ザナの摩天楼に施されたコーサ族の幾何模様、磁気浮上の貨物路、ジャバリの里の木彫装飾は、いずれもこの設計書を基盤にしている。ビーチラーは本作で、アフリカ系アメリカ人として初の米国アカデミー賞美術賞を受賞した。
衣裳デザイナーのルース・E・カーターは、コーサ・ズールー・ヒンバ・マサイ・トゥアレグ・ンデベレなどアフリカ各地の民族衣裳と装飾を参照しながら、五部族それぞれに視覚的な記号を与えた。ナキアの緑、ドラ・ミラージュの緋、ジャバリの濃紺と木製装甲、母后ラモンダのコイサン民族の頭飾りを思わせる「アイサクル」など、画面の一秒一秒が衣裳から国家史を語る設計になっている。カーターは本作で米国アカデミー賞衣裳デザイン賞を受賞、同賞を受賞した最初のアフリカ系アメリカ人衣裳デザイナーとなった。
視覚効果
視覚効果はMethod Studios、Industrial Light & Magic(ILM)、Digital Domain、Trixter、Scanline VFX、Rise FX、Perception、Animal Logicら多数のスタジオが分担した。Method Studiosはビルニン・ザナの全景、磁気浮上式貨物路の最終決戦、戴冠の滝の上下構造を担当し、ILMはタリー機の編隊や釜山のカーチェイス、ジャバリの雪山戦闘などを中心に手がけた。
見せ場であるブラックパンサー・スーツの「衝撃吸収+反射」演出は、ヴィブラニウム模様が紫色に発光してから後段で集中放出する処理として、被弾の重量感と痛みを画面で語れるように設計された。リモート操縦のタリー機がシュリのキモヨ・ビーズに連動する一連のCGも、操縦者の手の動きとの同期に細かい遅延が入る本作独特のリズムを持つ。
音楽と音響
作曲はルドウィグ・ゴランソン。クーグラー監督の長年の協働者で、本作のために南アフリカのセネガル・ナイジェリア・コンゴ各地に渡って民族音楽の収録とフィールドワークを行ったうえで、トーキング・ドラム、フラ、コラ、ンゴニなどの伝統楽器と、シンセサイザー・打楽器・オーケストラを統合するスコアを書き上げた。ティ・チャラの主題には、セネガル出身の歌手バーバ・マールが歌う「ワカンダの王のテーマ」の旋律が乗る。本作のオリジナル・スコアは第91回アカデミー作曲賞を受賞した。
並行して、ヒップホップ歌手ケンドリック・ラマーが楽曲監修(プロデュース)として参加し、SZA、フューチャー、Vince Staples、2 Chainzらを集めたコンセプト・アルバム『Black Panther: The Album』が公開直前にリリースされた。同アルバムからの「All The Stars」(ケンドリック・ラマー featuring SZA)は本作のエンディング曲として使用され、第91回アカデミー歌曲賞・第61回グラミー賞主要部門にノミネートされるなど、本作の音楽性をさらに広く認知させた。
編集と公開準備
編集はマイケル・P・シャヴァーとデビー・バーマンが共同で担当した。シャヴァーは『フルートベール駅で』『クリード チャンプを継ぐ男』に続いてクーグラー組として三作目の参加、バーマンは『スパイダーマン:ホームカミング』の編集者として知られる。本作のテンポは、二人の編集者によって、対話劇の落ち着いた間と、戦闘場面の運動量の重さを両立させる方向で調整された。
予告編戦略では、2017年6月の最初のティーザーから本予告にかけて、ヴィランの正体と王位簒奪のくだりが慎重に伏せられた。ミッドクレジット・シーンとポストクレジット・シーンの存在も非公開のまま劇場へ送り出され、結果として観客の口コミを最大化した。
公開と興行
米国では2018年2月16日、日本では同年3月1日に劇場公開された。北米初週末興行は約2億220万ドルでMCU単独作品としては当時史上最高、最終的に北米約7億ドル、全世界約13.5億ドルを記録し、2018年公開作の全世界興行で第3位、MCU単独作としては当時最高の興行成績となった。
批評面でも本作はMCU屈指の高評価を得て、第91回アカデミー賞で作品賞・作曲賞・編集賞・美術賞・衣裳デザイン賞・歌曲賞・録音賞の計7部門にノミネート、作曲賞・美術賞・衣裳デザイン賞の3部門を受賞した。スーパーヒーロー映画が作品賞にノミネートされた最初の例である。第75回ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、SAGアワード(キャスト賞受賞)、グラミー賞でも複数部門にノミネートされた。
2019年12月には米国議会図書館の国立フィルム登録簿(National Film Registry)に選定され、文化的・歴史的・芸術的に重要な映画として永久保存の対象となった。これは、本作の意義が娯楽映画としてのヒットを超えて、米国映画文化の正典として制度的に認められたことを意味する。
批評・評価・文化的影響
本作の文化的影響は、MCUのなかでも特異な広がりを持つ。第一に、ハリウッド・スタジオの2億ドル級のテントポール大作として、主要キャスト・監督・撮影監督・美術・衣裳・編集・作曲・楽曲監修のほとんどがアフリカ系で固められた作品は、本作以前に存在しなかった。第二に、ワカンダの「植民地化を受けなかったアフリカ」という設定が、米国内のブラック・コミュニティから世界の若い世代まで、想像力の道具として一気に共有された。
公開後、米国各地の小学校・中学校・教会・スタジオ単位で団体鑑賞会が組まれ、SNS上では本作にかけたコーサ語の挨拶やドラ・ミラージュの装束、リアム王国の旗のような自家製マントが現実の街にあふれた。アカデミー賞での作品賞ノミネートと3部門受賞は、MCUのみならずスーパーヒーロー映画というジャンル全体の格付けを変える出来事であり、後続の『ジョーカー』(2019)の作品賞ノミネートや、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』に至るジャンル横断の本流化に道を開いた。
悲しい後日譚として、主演のチャドウィック・ボーズマンは公開後の2020年8月に逝去した。続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』はそのままティ・チャラの死を物語の起点に据え、本作の主題系列を喪と継承の二本立てに引き継いだ。本作だけを切り取って評価することはもはや難しく、ボーズマンの存在そのものが本作の遺産の一部となっている。
舞台裏とトリビア
ワカンダの公用語として用いられたコーサ語は、ティ・チャカ役のジョン・カニとその家族の発音を基準に、出演者の多くが現場で発音指導を受けた。コーサ語は南アフリカで広く話される言語で、ネルソン・マンデラの母語でもある。劇中、ティ・チャラとティ・チャカが交わす親密な会話、ムバクの侮辱、ラモンダの祈りなど、感情の核となる場面でほぼ毎回コーサ語が選ばれている。
ムバクの初登場シーンで彼の兵士たちが口々に発する低い「ワン、ワン、ワン……」のような声は、犬の鳴き声ではなくジャバリの儀礼的な舞踊「Toyi-toyi」をもとにした効果である。撮影現場で監督が「ここは観客が笑っていい場面だ」とウィンストン・デュークに伝えたところ、彼が瞬間的に発案して定着したと言われる。
オコエが釜山のカジノで突然装着したカツラを「これは恥だ」と言って投げ捨てる場面は、リハーサル中にダナイ・グリラがアドリブで提案し、監督がそのまま採用したものである。ティ・チャラがアキレス腱の障害を持つ妹に新しいサンダルをからかわれて「老人みたいだ」と呆れるくだりも、シュリ役レティーシャ・ライトとの撮影現場のやり取りから生まれた。
ポストクレジットで「ホワイト・ウルフ」と呼ばれて目覚めるバッキー(セバスチャン・スタン)は、コミックでもジャバリ族関連の異名を持つ人物。彼が次にスクリーンに登場するのは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のワカンダ攻防戦で、本作はそのまま直接の前史にあたる。
テーマと解釈
中心の主題は、孤立主義と介入主義の倫理である。ワカンダは植民地化を免れて世界一の技術と財を蓄えながら、外の世界の苦しみを「自分たちの問題ではない」として目を逸らしてきた。ティ・チャラの父も祖父も同じ判断をしてきたし、その判断によってンジョブのような者が生まれ、結果としてエリックが帰ってきた。本作はその選択の連鎖を、王の家族の物語として直接に描く。
もう一つの軸は、怒りの正当性である。エリックの主張——抑圧の側にいる人々を、ワカンダは助けるべきだった——は、本作の倫理体系の中で完全には否定されない。ティ・チャラはエリックを倒したのちに彼の問題提起を引き取り、ワカンダの開国を決断する。怒りの主体が「悪役」として描かれていながら、その主張が物語の最終判断を動かすという構造は、ヒーロー映画における稀な達成である。
三つ目の軸は、王であることの孤独と、家族の罪の継承である。祖霊界でティ・チャラが先代の王たちに告げる「あなたたちはみな間違っていた」は、ヒーローが父祖の規範を完全に肯定するという従来の物語類型を、根本から書き換える台詞である。本作の最後にティ・チャラが選ぶ「世界に扉を開く」という政策は、王朝の正当性を一度否定したうえで、それでも自分が王として何をするのかを引き受ける、難しい肯定の身振りなのである。
視覚的には、紫の心臓型のハーブ、緋のドラ・ミラージュ、青いキモヨ・ビーズ、黄金都市の温かい白さ——本作の色彩設計はいずれも、伝統と未来が分裂せずに共存しうるという作品のテーゼを画面で証明している。アフロフューチャリズムという美術用語が、本作によって広く一般化したのもこの色彩と建築の力に依る。
見る順番(補助)
初見であれば、まず『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』を観てティ・チャラとバッキーの初登場を押さえてから本作へ進むのが最も自然である。本作はそのまま『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のワカンダ攻防戦に直接接続し、シュリやオコエの活躍がそこで急加速する。
続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』は本作の構造と人物配置をほぼそのまま継承するので、本作を観終えてから続編へ進むほうが情緒の負荷が安定する。MCU全体の流れの中での位置づけを把握したい場合は、公開順または時系列順のガイドを別途参照すると分かりやすい。
- 前作『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』でティ・チャラとバッキーが初登場
- 本作戴冠、キルモンガーとの衝突、開国宣言
- 次作『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』のワカンダ攻防戦
- 続編『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』で喪と継承の物語へ
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、父を亡くしたティ・チャラがワカンダ王となる→クロウ捜索で釜山へ→キルモンガーがクロウを殺して王位を奪う→ジャバリの助けで王が復活→内戦と最終決戦→開国宣言、という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、エリックの遺言「俺を海に葬ってくれ」と、UNでの開国宣言、ポストクレジットでバッキーが目覚めるところまでが核となる。
「評価を知りたい」場合は、MCU初の作品賞ノミネートと3部門のアカデミー賞受賞、世界興収約13.5億ドル、国立フィルム登録簿への選定という三つの実績を覚えておけば全体像が掴める。「見る順番」では『シビル・ウォー』の直後に本作、続けて『インフィニティ・ウォー』、長い目で見るなら続編『ワカンダ・フォーエバー』までを一連の流れとして観るのが望ましい。
参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・受賞・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。