王を失ったワカンダが、海底からの脅威ネイモアと衝突する。喪失と王位継承を正面から描き、シュリが新たな黒豹となるMCUフェーズ4の終章。
マーベル・スタジオ製作、ディズニー配給。前作と同じくクーグラーが監督・共同脚本を務め、161分でワカンダの喪と再生を描き切るMCUフェーズ4の最終作。
前作『ブラックパンサー』のT'チャラ王の死を物語上でも引き受け、ワカンダが王を失った直後の1年を起点とする。海底文明タロカンとの衝突を通じて、シュリが新たな黒豹を継承する転換点。
第95回アカデミー賞で衣裳デザイン賞を受賞し、視覚効果賞・歌曲賞・メイクアップ&ヘアスタイリング賞・助演女優賞(アンジェラ・バセット)を含む5部門にノミネート。MCU作品としては『ブラックパンサー』に続く高水準の受賞実績。
T'チャラの葬送、国連でのワカンダ外交、リリ・ウィリアムズ(アイアンハート)の登場、タロカン襲撃とラモンダの死、シュリのブラックパンサー継承、最終決戦と和平、そして『トゥーサン=T'チャラ』が明かされるミッドクレジットまで、すべてのネタバレを前提に解説する。
目次 35項目 開く
概要
『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』(Black Panther: Wakanda Forever)は、ライアン・クーグラーが監督・共同脚本を務めたアメリカのスーパーヒーロー映画である。2022年11月11日に米国と日本でほぼ同日に公開され、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の第30作にあたる。シリーズの章立てではフェーズ4のクライマックスにして、2018年の前作『ブラックパンサー』の直接の続編、そしてマルチバース・サーガの第一段階に区切りをつけるフェーズ4の最終作として設計されている。
本作は、前作で主役T'チャラを演じたチャドウィック・ボーズマンが2020年8月に大腸癌により43歳で逝去したことを受けて、脚本そのものが書き直された経緯を持つ。マーベル・スタジオは早い段階でT'チャラ役の再キャストやCG再現を行わない方針を明言し、物語の出発点を「王を失ったワカンダの一年」へと組み替えた。クーグラーとジョー・ロバート・コールは、当初書き上げていた続編の原稿を一度白紙に戻し、喪失をテーマに据えた現在の構造へ書き直した。
物語の中心はT'チャラの妹シュリ(レティーシャ・ライト)と、母であり摂政女王のラモンダ(アンジェラ・バセット)である。地上の大国が次々とヴィブラニウムを求めて動き始める一方、海底の隠れた文明タロカン(Talokan)が、彼らの存在を脅かす可能性を理由にワカンダへの戦争を宣告する。タロカンを率いる翼ある王ネイモア(テノッチ・ウエルタ・メヒア)は、本作で初登場するMCU初のメソアメリカ系反英雄であり、シリーズの世界観に「海の下にもうひとつの隠された王国がある」というスケールを持ち込む。
本記事は結末を含む全編の内容に踏み込む。シュリのブラックパンサー継承、ラモンダの死、ネイモアとの和平、リリ・ウィリアムズ(後のアイアンハート)の起源、そしてミッドクレジットで明かされるトゥーサン=T'チャラの存在まで、本作の重要なネタバレを前提に構成しているため、未見の方はまず本編を鑑賞してから読むことを勧める。
- 原題
- Black Panther: Wakanda Forever
- 監督
- ライアン・クーグラー
- 脚本
- ライアン・クーグラー/ジョー・ロバート・コール
- 音楽
- ルドウィグ・ゴランソン
- 撮影
- オータム・デュラルド・アーカポー
- 編集
- マイケル・P・シャヴァー/ケリー・ディクソン/ジェニファー・レイム
- 米国公開
- 2022年11月11日
- 日本公開
- 2022年11月11日
- 上映時間
- 161分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、アクション、ファンタジー、政治劇
- シリーズ区分
- MCUフェーズ4・第15作/フェーズ4フィナーレ
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。物語は四つの幕で構成される——T'チャラの死と国葬、1年後の国連演説と海底からの宣戦、リリ・ウィリアムズを巡るボストン奪取行とラモンダの死、シュリの戴冠と最終決戦、そしてハイチでのエピローグとミッドクレジットの真実。順を追って詳細を辿る。
兄の死と国葬——白に染まるワカンダ
映画は、王宮の研究室で焦るシュリ(レティーシャ・ライト)の姿から始まる。兄T'チャラが原因不明の難病で危篤に陥り、シュリはAIキミョヨをフル稼働させて合成版ハート型ハーブを再現しようと走り続けるが、計算は時間切れを宣告する。母ラモンダ(アンジェラ・バセット)が研究室に入ってきて、王はすでに祖先の霊界へと旅立ったと静かに告げる。スクリーン上に出てくる唯一の言葉は「BAST、彼を抱え給え」——ボーズマンの逝去を物語の一部として正面から受け止める、シリーズで最も静かな書き出しである。
場面は白装束の国葬へ移る。ワカンダ伝統の白い色で埋め尽くされた都市の通り、太鼓と歌の行進、川を渡る舟、空中浮揚で天に昇るT'チャラの棺——通常のMCUに付き物のオープニング・スコアを意図的に避け、現地語と打楽器だけで構成された約十分のシークエンスが、観客にひとりの王の喪失を物理的に体験させる。マーベル・スタジオのロゴ・タイトルも黒地にチャドウィック・ボーズマンの過去作の姿だけで構成され、音楽は一切流れない。
葬送の中、王の不在を埋めるべく摂政となったラモンダは、ナキア(ルピタ・ニョンゴ)の不在、オコエ(ダナイ・グリラ)の沈黙、ジャバリ族のム・バク(ウィンストン・デューク)の弔意を、それぞれ別の重さで受け取る。シュリだけは葬送の場に最後まで赴かず、研究室に戻り、いつかハーブを再現してみせるという復讐めいた約束を自分自身に立てる。「私はいかなる神も信じない、私は神ではない、ただし兄を返したい」——本作の感情の地盤はこの一場面で完全に敷かれる。
1年後の国連——ヴィブラニウムを欲しがる世界
T'チャラの死から1年後、ジュネーヴの国連本部に現れたラモンダは、加盟国が次々とヴィブラニウム獲得のためにワカンダの中立を侵犯し続けていることを糾弾する。同じ会場では、フランス代表が「ワカンダはヴィブラニウムを兵器化し、世界の安全保障を脅かしている」と非難するが、ラモンダはその直後、彼女自身の警備が国連内のフランス工作員チームを取り押さえ、観衆の眼の前に縛り上げて見せる。彼らはワカンダのアウトリーチ・センターから合成ヴィブラニウムを盗もうとしていたフランス政府の対外総局DGSEの工作員だった——国際社会の建前と実態のあいだに置かれた、ワカンダの孤独な立場が冒頭で観客に提示される。
ほぼ同時刻、米CIAとアメリカ海軍合同の調査チームが、大西洋海底でヴィブラニウム鉱脈を検出していた。海底に降ろされた掘削プラットフォームは、ヴィブラニウム探知機を操作する技師と研究者で満員になっている。だが、機器の周囲の海水が突然に振動し、青みがかった魚人の戦士団が浮上してくる。彼らは音響兵器を発し、調査船の上で乗員を歌で正気を失わせて自死へ追い込み、その後、空中から舞い降りた羽の生えた青い肌の王ネイモア(テノッチ・ウエルタ・メヒア)が、生き残った要員を全員殺してから、自ら水中へ沈んでいく。
事件の知らせを受けたラモンダは、当初これをアメリカの差し金と判断する。だが、王宮のスローン・ルームに突如としてネイモアその人がやってくる——ワカンダの防御を一切感知させずに濡れた足跡を残しながら、王座の前に立つ。彼は、ヴィブラニウム探知機の発明者を48時間以内に処分してワカンダから引き渡せ、さもなくば「タロカン」が地上世界全体に戦争を仕掛けると宣告する。「あなた方ワカンダだけが我々と同等の文明である。だからこそ、あなた方が選べ」と告げ、ネイモアは姿を消す。
リリ・ウィリアムズ——MITの19歳
ラモンダとシュリは、CIA局長を退いて妻のロス長官ヴァレンティーナの監視下に置かれている旧友エヴァレット・ロス(マーティン・フリーマン)からの極秘情報で、探知機の発明者を突き止める。マサチューセッツ工科大学(MIT)の学部生、リリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)——19歳の天才工学技師が、論文の研究課題として既存の地質探査技術の高度版を独力で組み上げたものだった。彼女は、ヴィブラニウムが何であるかさえ正確には知らないまま、それを検出できる装置を作ってしまった。
シュリとオコエがボストンへ飛び、MITの寮でリリと接触する。彼女は警戒しつつ、自分の作品を見せられたシュリと技術者同士の親しさで打ち解け、彼女の地下ガレージで開発中のアイアンマン・スーツ風の試作機まで披露する。だが直後、彼らはCIAではなくロス長官ヴァレンティーナ(ジュリア・ルイス・ドレイファス)の私的な特殊部隊「CIA共同作戦本部」のチームに襲撃される。狭いボストンの石畳の通りでカーチェイスとなり、トラック上に飛び乗ったオコエがミドナイト・エンジェルにも似ない素のヴィブラニウム槍で武装兵を叩き伏せる場面が続く。
脱出寸前、ネイモアの部下アットゥマ(アレックス・リヴィナリ)とナモーラ(マベル・カデナ)がチャールズ川から飛び上がって乱入する。リリのバイク状の試作機ごと彼女を巻き取り、シュリも水中へ引き込まれる。オコエは水中戦に対応できず、ヴィブラニウムの槍を捨て、岸辺に残される。摂政の代理として失敗した彼女は、帰還後、長年の友であるラモンダから「ドラ・ミラージュ長の称号を剥奪する」と宣告される——シリーズで最も静かに重い処分の場面である。
タロカンとネイモアの起源
海底に拉致されたシュリは、深海の青い光に満ちた都市タロカンで目を覚ます。鯨油の灯りに似た発光プランクトン、ピラミッド型の神殿、コーラル色の街路樹、人工酸素マスクで観光客のように泳ぐ自分自身——シュリは、海底にも自分たちワカンダと同等規模の隠れた文明があるという衝撃を、観客と同時に飲み込んでいく。
ネイモアは彼女を浜の洞窟に案内し、自らの起源を直接語る。16世紀、彼の母はユカタン半島のマヤ系部族の妊婦だった。スペイン軍コンキスタドールに虐殺され、天然痘で死にゆく村人を救うため、シャーマンが海中に生えた変異植物——ヴィブラニウムの土壌に育った青いハーブ——を煎じて飲ませる。村人は青い肌と海中呼吸能力を獲得して海底へ逃れたが、母の胎内にいたネイモアだけは「足首に翼を持って空も飛べる」ミュータントとして生まれ、なお人間の血を残していた。最後の出産で死んだ母を、彼は地上の祖先の地に埋葬しに戻った——その時、地上で初めてスペイン人の集団殺戮を見て、地上人を絶対に許さないと誓った。
「私の母は、いずれ私のような子がもうひとり地上に生まれ、お前は孤独ではないと教えてくれた。お前を見て、彼女は正しかったと知った」——ネイモアはシュリに、地上を共に焼き払う同盟を持ちかける。彼は彼女が兄の死、母を守る重荷、地上の植民地主義への怒りを抱えていることを見抜いており、ワカンダとタロカンが共に動けば二つの文明だけが世界の未来を決められると説く。シュリは即答せず、しかし彼の論理が自分の傷の真ん中を撫でていくのを止められない。
救出とラモンダの死
オコエの帰還と引き換えに、ラモンダはナキア(ルピタ・ニョンゴ)に協力を要請する。前作の終わり以降ハイチで生活し、戦闘現場から距離を置いていた彼女は、水中潜入のプロフェッショナルとして駆り出される。ナキアは小型潜水機でタロカンの監獄区画へ忍び込み、シュリとリリを連れて脱出する。途中、追っ手のタロカン兵を二人射殺する場面があり、これがネイモアの怒りを決定的にする。彼の女王にも等しいシャーマンが復讐を勧める。
ナモーラとアットゥマを先鋒に、タロカンはワカンダ首都ビリンの中央湖を経由して直接攻撃を仕掛けてくる。爆弾代わりに水草弾、超音波兵器、水を蒸気で叩きつける戦法。ワカンダ軍は乾燥兵器で応戦するが、超音波の集中砲火で大神殿区画が崩壊する。ラモンダは崩落する宮殿のロビーで、抜き身でタロカン兵を二人倒し、水の渦に呑まれかけたリリの体をかろうじて水面上に引き上げる。
押し寄せる水の中、ラモンダはリリを岸辺に押し上げる最後の力を使い果たし、自分は溺死する。シュリは離れた廊下から母の最期を見届けることしかできない。前作で父を、本作で兄を、そして今、母までも失ったシュリは、その夜、王座の間で母の遺体の傍に座り、初めて声を上げて泣く。本作の構造上の重心は、戦闘ではなくこの一夜にある。
ハート型ハーブの再生と新たな黒豹
翌朝、シュリは秘密裡に持ち帰っていたタロカンの青いハーブの一片と、自分が一年かけて記録してきた合成ハート型ハーブの計算式をキミョヨに掛け合わせ、ワカンダ版の合成ハート型ハーブを完成させる。前作でキルモンガーがすべて焼き払って失われたとされる伝説の植物が、敵の側から贈られた一片を媒介として復活する——本作の象徴的なねじれである。
シュリは祖先の儀式に従って合成ハーブを服用し、祖先の霊界へと降りる。だが現れたのは父T'チャカでも兄T'チャラでもなく、前作の宿敵、エリック・スティーブンス/キルモンガー(マイケル・B・ジョーダン)だった。「お前は、復讐と王のどちらを選ぶか?」と彼は問う。シュリは応えず、現実へ戻る。霊界が彼女に提示したのが「兄ではなく憎しみの先輩」だったという事実が、本作のラスト・チョイスを観客に予告する。
ジャバリ族のム・バクとオコエが見守る前で、シュリは紫のエネルギーを身に纏い、新たなブラックパンサーとして起き上がる。続けて、彼女自身が設計したヴィブラニウム製の新スーツが王宮の研究室で完成する。爪・マスク・運動性能を引き継ぎつつ、紫と金の発光ラインを持つこの『シュリ仕様のブラックパンサー』が、最終決戦の主体となる。
最終決戦——海上、シーリーフ I 号
ワカンダ軍は、ネイモアを乾燥地帯へ誘き出すため、巨大な海上輸送艦「シーリーフ I 号」を出港させる。タロカン軍は予想通り艦を襲撃し、海上の混戦が始まる。リリは、ワカンダの工房で完成させた本格的なアイアンハート Mk.I を装着し、本作で初めて完全装甲のヒーローとして空中戦に参加する。オコエはミドナイト・エンジェルの試作青紫装甲を纏い直し、艦上でアットゥマと再戦する。
ナキアは水中監視チームを指揮し、ナモーラの隊と海上突入を阻止する。ム・バクのジャバリ軍は艦上の白兵戦を任され、海中から飛び込む兵に対して特化した突進戦法で迎え撃つ。アットゥマはオコエに「お前は陸の戦士、水の中では何もできない」と挑発するが、艦上のドックの上ではむしろ陸の有利が逆転していき、最終的にオコエの真槍がアットゥマを討つ。
船首では、シュリとネイモアの一対一が成立する。ネイモアは音と水で空を切り取って戦い、シュリは祖先の力と科学の両方で応える。海上から艦体ごと砂漠へ航路を変えるシュリの作戦は成功し、ネイモアは肌と翼が乾燥で焼け始める苛酷な戦闘環境に追い込まれていく。だがネイモアは肉体的に強く、シュリを刺し、勝利寸前まで追い込む。
シュリの選択——復讐ではなく王
倒れたシュリの傍らに、霊界のキルモンガーが再び立ち現れる。「殺して終わらせろ。それが我ら一族の歩み方だ」と促す彼に対し、シュリは目を閉じて母ラモンダの声を聞き直す。「あなたが復讐に飲み込まれることを、私は許さない」。シュリは息を整え、立ち上がる。
倒れたネイモアの首にヴィブラニウム短剣を突き立てる代わりに、シュリは彼の喉元に剣の刃を当てたまま、彼に降伏を要求する。「タロカンよ、ヤルコ・タナ(Yibambe/我ら、立つ)」とワカンダ語ではなくマヤ・ユカテコ語に切り替えて宣言し、戦闘終結と同盟を提案する。ネイモアは、復讐のためでも王権のためでもなく、ただ「タロカンの生存」のために膝を折る——「ワカンダ・フォーエバー、と言ってみよ」とシュリが促し、ネイモアは「インペリオ・マヤ・フォーエバー」と返す代わりに「ワカンダ・フォーエバー」と応じる。
彼は同盟の条件を受け入れつつ、シュリの耳元で囁く——「いずれ地上世界はワカンダを再び憎む。その時、お前はわが盟友として、共に地上を焼くために戻ってくる」。シュリは何も答えない。彼女がこの誘いを最終的にどう扱うかは、本作では結論されない。それは続編、あるいはMCUのその先の物語に委ねられた、シリーズ最大級の未解決の伏線である。
ハイチと正式戴冠
戦いの後、シュリは新ブラックパンサーとして正式戴冠を辞退する。代わりに、彼女はワカンダの王宮を一人離れ、ナキアの故郷ハイチへ飛ぶ。海辺の小学校で、ナキアと、彼女が大切に育ててきた小さな男の子と再会する。シュリは彼女自身の喪服を浜辺で焼き、母と兄への哀悼を完了する。
ワカンダの王座を空席のまま残すわけにはいかない国の事情から、シュリの不在中、儀式上の決闘の場でジャバリ族のム・バクが王権を主張する。前作と同じ滝の岸辺で「私は王の挑戦者である」と名乗りを上げるム・バクのショットで本編は閉じる——シュリ自身が王位を背負わない選択をした以上、誰かが摂政となる必要があるという、ワカンダの政治制度の現実が淡々と提示される。
本編のラストショットは、シュリがハイチの浜辺で焚き火越しに笑顔を取り戻すワンカット。映画は『Lift Me Up』(リアーナ)の主題歌をかけながら、明確なヒーロー・アッセンブルや次回作の予告を一切置かずに静かに終わる。
ミッドクレジット——『私の名はT'チャラ』
本作のミッドクレジット・シーンは、ハイチの浜辺、夕陽の中である。ナキアがシュリに、自分とT'チャラの間に生まれた男の子を紹介する。子供の名前は「トゥーサン」——ハイチ独立の英雄トゥーサン・ルーヴェルチュールから取られたものとシュリに告げられる。
「これは表向きの名前です」とナキアは続ける。男の子は、ワカンダの伝統に従って自分の真名を初対面の家族に伝える。「私の名はT'チャラ、王T'チャラの子です」。父T'チャラがハイチで秘密裏に養育を続けたかったのは、息子を王位継承の重圧から守るためだった、と兄の遺志がシュリに明かされる。彼女はその場で膝をついて泣く。
本作にはポストクレジット・シーン(最後の最後の付加場面)は存在しない。これはMCU作品としては異例の選択であり、ボーズマンへの追悼を最後まで貫くスタジオの判断とされる。続編『ブラックパンサー3』が制作されるか否かにかかわらず、ワカンダの未来の王の存在は、このミッドクレジットの一場面でMCU全体に正式に登録された。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を分類して示す。タロカンと関連用語は本作で初登場するものが多く、ワカンダ側もシュリの新スーツやアイアンハート Mk.I など新規アイテムが多い。
主要人物
- シュリ(後の新ブラックパンサー)
- ラモンダ(摂政女王)
- ナキア
- オコエ
- ム・バク
- アヨ
- アネカ
- リリ・ウィリアムズ(後のアイアンハート)
- エヴァレット・ロス
- ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーン(CIA局長)
- ネイモア/クックルカン
- ナモーラ
- アットゥマ
- タロカンのシャーマン
ヴィラン
- ネイモア/クックルカン(タロカンの王、対立軸)
- ナモーラ(ネイモアのいとこ)
- アットゥマ(タロカンの軍司令官)
- (前作・霊界)エリック・スティーブンス/キルモンガー
- (背景)フランスDGSE工作員と米CIA共同作戦本部
サポート/親族
- T'チャラ(故人として、葬送と霊界で)
- T'チャカ(言及)
- トゥーサン=T'チャラ(ナキアの息子)
- ナキアの教え子たち(ハイチの小学校)
- MITの寮母とリリの母(言及)
組織
- ワカンダ王国(摂政体制)
- ドラ・ミラージュ(オコエ降格の経緯)
- ハタウト・ザレズ(王室密偵団)
- ジャバリ族
- ミッドナイト・エンジェルズ(オコエとアネカの新編成)
- タロカン王国
- 国連
- 米CIAおよびCIA共同作戦本部
- フランス対外総局DGSE
- MIT
場所
- ワカンダ首都ビリン(中央湖と王宮、研究室)
- ワカンダ国境地帯
- ジュネーヴの国連本部
- 大西洋の海底ヴィブラニウム探査現場
- MITキャンパス/ボストン市街
- タロカン首都(深海の青い都市)
- ユカタン半島の16世紀沿岸
- ハイチの海辺(ナキアの小学校)
- ジャバリ族の山岳地帯
- 海上輸送艦シーリーフ I 号
アイテム・技術
- シュリ仕様の新ブラックパンサー・スーツ(紫と金)
- 合成ハート型ハーブ(タロカン由来のサンプルから再生)
- オコエのミドナイト・エンジェル装甲(青紫)
- アイアンハート Mk.I(リリの本格装甲)
- リリのMIT試作機(バイク兼スーツ)
- ヴィブラニウム探知機(リリ製)
- ヴィブラニウム製の音響兵器(タロカン側)
- キミョヨ・ビーズと王宮の研究室
- ヴィブラニウムの槍とドラ・ミラージュの装備
- M'baku のジャバリ製グローブ
能力・概念
- 祖先の霊界とハート型ハーブ
- 翼の踝(ネイモアのミュータント能力)
- タロカンの水中呼吸と寒冷耐性
- 音響兵器によるサイレン現象
- ヴィブラニウムの希少性と地政学
- ミュータント概念のMCU正式導入
- 新ブラックパンサーの紫のエネルギー
- 復讐と王権のディレンマ
- 王家の真名と表向きの名
ポストクレジット要素
- ミッドクレジット:トゥーサン=T'チャラの存在が明かされる
- ポストクレジット(クレジット完了後):本作には存在しない
- リリのアイアンハート Mk.I 完成は『アイアンハート』TVシリーズへ直結
- ヴァレンティーナ局長の影響は『サンダーボルツ』『キャプテン・アメリカ/ブレイブ・ニュー・ワールド』へ直結
- ネイモアの『いずれ戻ってくる』のセリフは未回収の最大伏線
主要登場人物
本作は群像劇でありながら、視点はほぼ常にシュリとラモンダのあいだに置かれる。ここでは本作で完結ないし大きく変化するアークを持つ人物を中心に整理する。すべて結末を含むネタバレを前提とした記述である。
シュリ(レティーシャ・ライト)
前作では明るく好奇心旺盛な天才妹だったシュリは、本作冒頭で兄を救えなかった一人の科学者として登場する。「私は神を信じない、ただ兄を返したい」という彼女の出発点が、本作全体の感情の重心になっている。母を守れず、リリを守るために母を喪った彼女が、復讐に呑まれずに王として立つまでの軌跡が、本作の主筋である。
霊界で兄T'チャラに会えず、キルモンガーが現れる場面は、彼女が引き受けた喪失の深さの隠喩として読まれている。彼女自身の中に宿る怒りと敵意が、最も近しい家族ではなく、外側の象徴として現れる構造である。最終決戦でネイモアを討たずに同盟へ切り替える選択は、その怒りを彼女が自分の手で選んで「収納する」決断にあたる。ラストでハイチの浜辺に立つ彼女の表情は、まだ完全な救いには到達していないが、王として歩き出すには十分な静けさを持っている。
ラモンダ(アンジェラ・バセット)
夫T'チャカに先立たれ、息子T'チャラを失い、いまワカンダの摂政となったラモンダは、本作の道徳的支柱として機能する。国連で世界を一喝し、シュリを叱り、オコエの称号を剥がす——彼女のすべての判断は冷静で、しかし常に「子供たちを次の世代に渡すまで守り抜く」という一点に向けられている。
終盤、王宮の崩落の中でリリを岸へ押し上げて自身は溺死するシーンは、本作のクライマックスの一つである。彼女は前作以上に物語の中心人物として描かれており、本作のために加筆された脚本がアンジェラ・バセットの演技を最大限に活かしたとされる。第95回アカデミー賞で助演女優賞にノミネートされたのは、MCU作品としては前例の少ない快挙であった。
ネイモア/クックルカン(テノッチ・ウエルタ・メヒア)
コミックのネイモア(アトランティス系の海王)は、本作で大胆に再設定された。原典の白系アトランティス出身ではなく、メソアメリカのマヤ系(ユカテコ・マヤ語の話者)として再設計され、母がスペイン侵略から逃れるために飲んだヴィブラニウム由来のハーブによってミュータントとして生まれた、海と空の両方を支配する王として描かれる。タロカンの民は彼を『海から戻った神クックルカン』として崇拝している。
本作のネイモアは単純な悪役ではない。彼は500年にわたって母と村の遺産を守り続けてきた一族の長であり、地上の植民地主義に対する怒りは現実の歴史に根を張っている。彼の主張のうち何割が正当で何割が暴走かは、観客の判断に任されている。シュリが彼を「殺さずに同盟へ留める」最終選択は、本作が彼を倒すべき敵ではなく、付き合い続けるべき隣人として位置づけたことを意味する。テノッチ・ウエルタ・メヒアはメキシコの俳優で、彼自身もマヤ語の習得とユカタン半島での文化リサーチを撮影前に行ったと公表している。
リリ・ウィリアムズ(ドミニク・ソーン)
MITの19歳の学部生リリ・ウィリアムズは、コミックでは『アイアンハート』として知られるアイアンマンの後継者キャラクターである。本作で彼女は初登場し、ヴィブラニウム探知機を独力で組み上げてしまったことで、ワカンダとタロカンの戦争のきっかけに巻き込まれる。母を交通事故で失った経験、孤独な天才としての立場、亡き親友の代わりに何かを完成させたいという動機が、簡潔だが繊細に描かれる。
終盤、ワカンダの工房で完成させるアイアンハート Mk.I は、彼女のキャリアの正式な出発点となる。母の名前ペレを取った機体名で、紫と銀のスーツでネイモア軍の戦士を空中戦で抑え込む彼女の姿は、フェーズ5以降のシリーズへの直接の橋渡しを果たした。本作の終了後、Disney+で配信される『アイアンハート』シリーズへ物語が継承される。
オコエ/ナキア/ム・バク(ダナイ・グリラ/ルピタ・ニョンゴ/ウィンストン・デューク)
オコエはドラ・ミラージュ長として登場するが、ボストンの作戦失敗後にラモンダから称号を剥奪される。本作のオコエは「自分が信じてきた制度から弾かれる」というシリーズ初の屈辱を経験する。最終決戦で青紫のミッドナイト・エンジェル装甲を纏って復帰し、宿敵アットゥマを討つ場面は、彼女自身の名誉の取り戻しとして組まれている。
ナキアは前作のラストでワカンダの外交アウトリーチを担当していたが、本作の冒頭時点ではすでにハイチへ退き、教師として暮らしている。ラモンダの直接依頼でタロカンの監獄区画へ潜入し、シュリとリリを救出する。最大のサプライズは、彼女がT'チャラとのあいだに息子をもうけて秘密裡に育てていたという、ミッドクレジットの真相である。
ジャバリ族のム・バクは、本作で最もコメディの引き受け手となりながら、最終的に王権を主張する立場へ移る。前作の挑戦者ポジションが本作で再演される滝の岸辺のシーンが、シリーズの政治性を象徴する。彼の戴冠は本編内では完了しないが、シュリが王位を辞退した後の摂政役として、最も自然な選択であることが示される。
ロスとヴァレンティーナ(マーティン・フリーマン/ジュリア・ルイス=ドレイファス)
前作と『シビル・ウォー』でCIAのキー人物として登場したエヴァレット・ロスは、本作で意外な関係を明かされる——彼の元妻が、CIAの新局長として頭角を現すヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーンであった。ヴァレンティーナは『ファルコン・アンド・ウィンター・ソルジャー』『ブラック・ウィドウ』のポストクレジットでMCUに初登場した冷酷な政治家で、本作では夫を監視下に置き、リリを巡る非公式作戦をワカンダに対抗する形で動かす。
ロスはシュリに極秘情報を流したことが終盤で露見し、ヴァレンティーナによって反逆容疑で逮捕される。彼の今後は不明だが、ヴァレンティーナの暗躍は『サンダーボルツ』『キャプテン・アメリカ/ブレイブ・ニュー・ワールド』へ直接接続していく。MCU後半の政治劇の中核として、本作は彼女の運用フェーズを正式に開幕した作品でもある。
舞台と用語
舞台はワカンダ、タロカン、地上世界の三つの軸に大きく分かれる。ワカンダは前作の王宮と中央湖、ジャバリ族の山岳、国境地帯を引き続き使うが、中央湖の畔の大神殿が崩落することで、シリーズの空間そのものに損傷が刻まれる。新登場のタロカンは、ユカタン半島沿岸の海底に位置する青い光の都市で、ピラミッド型神殿、サンゴと夜光プランクトン、人工酸素マスクの観光感が、ワカンダの黄金とは対照的な視覚的アイデンティティを与えられている。
地上世界はジュネーヴ国連、MITとボストン市街、ハイチの海辺の小学校という、シリーズで初めて使われる場所が並ぶ。とりわけハイチは、ナキアの隠遁先として、そしてミッドクレジットの真相が明かされる聖地として、物語の最も重要な精神的な拠点となる。トゥーサン・ルーヴェルチュールという独立運動の英雄名を子供に与える設定は、地上世界の植民地主義に対する応答として組まれている。
用語面では、ヴィブラニウム、ハート型ハーブ、キミョヨ、ドラ・ミラージュ、ハタウト・ザレズ、ミッドナイト・エンジェルズ、タロカン、クックルカン、ユカテコ・マヤ語の戦闘掛け声、Bast神、合成ハーブの祖先界、ミュータント概念——これらが交錯する。とくに「ミュータント」という単語が、ネイモアの正体としてMCU本編で初めて公式に使用されたことは、シリーズが将来的にX-MENを取り込むための布石として注目された。
制作
本作の制作は、2020年8月のチャドウィック・ボーズマンの逝去によって、それまで進行していた続編企画を根本的に書き直す決断から始まった。ここではその経緯を、企画・脚本・撮影・特撮・音楽・編集に分けて整理する。
企画と脚本の再構築
前作『ブラックパンサー』の世界的成功を受け、ライアン・クーグラーとジョー・ロバート・コールは続編の脚本をすでに完成稿に近い状態まで仕上げていたとされる。T'チャラを主役のひとりとして据え、別の宿敵との対決を描く構造だった。だが2020年8月のボーズマンの死去を受け、マーベル・スタジオとクーグラーはT'チャラ役の再キャストや顔CGによる再現を行わない方針を即座に決定し、脚本を白紙に戻した。
書き直しの軸は『喪失をそのまま物語の中心に置く』ことだった。クーグラーは、ボーズマンの死を反映する形で『一年前に王を失ったワカンダ』という時点設定を据え、視点をシュリとラモンダの二人へ移した。同時に、敵役として当初想定されていたコミックの『N'ジャダカ』派生ではなく、海底文明タロカンの王ネイモアという、MCU初登場のキャラクターを選択した。これにより、本作はシリーズ内部の続編構造を維持しつつ、新しい世界観の拡張を担う作品となった。
脚本上の最大の挑戦は、葬儀の場面を映画の冒頭に置きつつ、観客を物語に引き留め続けることだった。クーグラーは長い葬送シーンを音楽なしで通し、続く一年後のジャンプを最小限の説明で行うことで、観客に喪の時間を体験させる構造に落ち着いた。ミッドクレジットでナキアと子供を出すアイデアは、撮影段階で確定したと公表されている。
キャスティング
前作からはレティーシャ・ライト(シュリ)、アンジェラ・バセット(ラモンダ)、ルピタ・ニョンゴ(ナキア)、ダナイ・グリラ(オコエ)、ウィンストン・デューク(ム・バク)、フローレンス・カスンバ(アヨ)、マーティン・フリーマン(ロス)、マイケル・B・ジョーダン(キルモンガー、霊界シーン)が続投。新たな主要キャストにテノッチ・ウエルタ・メヒア(ネイモア)、ドミニク・ソーン(リリ・ウィリアムズ)、マベル・カデナ(ナモーラ)、アレックス・リヴィナリ(アットゥマ)、ミカエラ・コール(アネカ)、ジュリア・ルイス=ドレイファス(ヴァレンティーナ)が加わった。
ネイモア役のテノッチ・ウエルタ・メヒアはメキシコ出身の俳優で、本作の撮影前にユカテコ・マヤ語の発音指導を受け、現地ユカタン半島で文化リサーチを行ったと公表されている。マヤ系の起源設定そのものが、配役の段階から作り込まれた要素である。リリ・ウィリアムズ役のドミニク・ソーンは、Disney+の単独シリーズ『アイアンハート』への登板が本作と同時に発表された。
撮影中盤、レティーシャ・ライトがバイク事故で負傷し、再開までに数ヶ月のスケジュール調整を要した。これは脚本上にも影響を与え、シュリの戴冠と最終決戦の比重がやや後半に集中する現在の構造に至っている。
撮影とロケ地
本撮影は2021年6月から2022年3月、ジョージア州アトランタのパインウッド・スタジオを主拠点として、追加撮影を米マサチューセッツ州ボストン、プエルトリコ、ジャマイカ、ユカタン半島で実施した。葬送シーンの一部はアトランタの大型ステージに組まれたワカンダの中央広場で撮影され、現地のドラマー、ダンサー、合唱隊を多数起用している。
タロカンの水中シーンは、ジョージア州内のドライ・フォー・ウェット(乾燥セットを水中に見立てるVFX手法)と、プエルトリコでの実水中撮影を組み合わせて作られた。撮影監督オータム・デュラルド・アーカポーは、本作で青色光と粒子の浮遊感を独自の調光技術で表現し、ワカンダの黄金とタロカンの青を完全に対比させる視覚言語を組み上げた。
ボストン市街のカーチェイス・シーンは現地ロケで撮影され、MITキャンパスのインテリアの一部もボストン側で撮られている。ハイチの浜辺パートはジャマイカで撮影されており、現地の音楽と踊りの参照が編集段階で反映された。
視覚効果と水中の表現
本作のVFXは、Wētā FX、ILM、Digital Domain、RISE、Method Studiosなど複数の大手ベンダーが分担。中心となった技術はタロカン市街の水中表現と、ネイモアの翼ある踝、シュリの新ブラックパンサー・スーツの紫の発光ライン、ナモーラとアットゥマの皮膚と歯の質感である。
水中表現は、俳優の撮影をドライ・ステージで行ったうえで、髪・服・砂塵・呼吸の気泡・光の散乱をVFXで重ねる方式が中心となった。これは『アクアマン』などの先行例とは異なるアプローチで、俳優の表情の鮮明さを優先するためにあえて完全な水中撮影を避けたとされる。タロカンのピラミッド神殿群と街路樹の珊瑚は、ユカタン半島の遺跡の3Dスキャンを参照に設計された。
シュリのブラックパンサー・スーツは、紫と金の発光ラインに加えて、肩から胸にかけて新たな結晶質パターンが追加された。これはハート型ハーブが合成版から復活したことを象徴するデザイン上の選択である。第95回アカデミー視覚効果賞にノミネートされた(受賞は『アバター/ウェイ・オブ・ウォーター』)。
音楽と音響
音楽は前作と同じくルドウィグ・ゴランソンが続投。前作のテーマを断片的に引きつつ、本作のためにメソアメリカ系の楽器(ティアタル太鼓、土笛、テオシントゥ)、西アフリカの伝統打楽器、ハイチのクレオール詠唱を組み合わせた新スコアを構築した。葬送シーンに完全に音楽を置かない選択もゴランソンとクーグラーの共同判断である。
本作の主題歌『Lift Me Up』はリアーナが歌い、トムス・ピーターセン、ルドウィグ・ゴランソン、ライアン・クーグラーが共同で作曲した。チャドウィック・ボーズマンへの追悼を意図した楽曲で、第95回アカデミー歌曲賞にノミネートされた(受賞は『RRR』の『Naatu Naatu』)。挿入曲ではテムズ(Tems)、ストーミー、メソアメリカ系のアーティストが多数参加するサウンドトラックが組まれ、文化的多様性が音楽面でも徹底された。
編集と尺
編集はマイケル・P・シャヴァー、ケリー・ディクソン、ジェニファー・レイムが担当。161分という上映時間は、MCUの単発作品としては『エンドゲーム』に次ぐ長尺である。葬送シーンを冒頭に長く置き、その後一年後へ飛ぶ判断は、編集段階でテンポを保つために繰り返し試行錯誤されたとされる。
シュリとネイモアの初対面シーン、リリのMITガレージシーン、ラモンダの最期の場面は、いずれも複数のテイクと尺の組み合わせから現在の長さに落ち着いた。ミッドクレジットの『私の名はT'チャラ』は、当初のテイクではナキアが息子の真名を告げる構成だったが、最終的に子供自身が自分の口で名乗る形に編集で組み直されたとされる。
公開と興行
本作は2022年11月11日に米国・日本ほか世界各地で同日公開された。北米のオープニング3日間は約1.81億ドル、全世界では約3.30億ドルでスタートし、その年の11月の世界興行を独占した。最終的な全世界興行収入は約8.59億ドルに達し、2022年の世界興行年間上位(『アバター/ウェイ・オブ・ウォーター』『トップガン マーヴェリック』に次ぐ規模)を獲得した。
受賞面では、第95回アカデミー賞で衣裳デザイン賞(ルース・E・カーター)を受賞。これによりルース・E・カーターは黒人女性として初めてアカデミー賞を二度受賞したアーティスト(前作で受賞済み)となった。同回ではほかに、視覚効果賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞、歌曲賞、助演女優賞(アンジェラ・バセット)の合計5部門にノミネートされた。
批評家・観客スコアは、前作よりやや評価が分かれた。長い喪のトーン、ネイモアの動機の複雑さ、シュリの結末選択など、観客が一方的に楽しむ娯楽性ではなく、政治劇と弔いの作品としての性格が論点になった。一方で、アンジェラ・バセットの演技とテノッチ・ウエルタ・メヒアの新ネイモアは、批評・観客の双方からシリーズ最高水準の支持を集めた。
批評・評価・文化的影響
本作はMCUフェーズ4のフィナーレとして、これまでの『次の大きな敵への前振り』を意図的に削った、極めて内向的な作品として記憶された。葬送、王位継承、復讐の放棄——これらの主題は、ハリウッドのスーパーヒーロー映画の通例から大きく外れる。批評家の多くは、本作を『追悼そのものを映画に書き起こした稀な例』として高く評価した。
ネイモアのメソアメリカ系起源への再設定は、コミック原典の白系アトランティス像を大胆に書き換えた決定であり、ヒスパニック系・先住民系の観客から幅広い支持を集めた。マヤ語、ユカタン半島の文化、コンキスタドール時代の歴史の織り込みは、ハリウッド大作としては前例の少ない緻密な作業であり、文化コンサルタントの多数起用も含めて、業界の標準的なリサーチ手法に影響を与えた。
ミュータント概念のMCU正式導入は、本作が静かに行ったもう一つの大きな仕事である。ネイモアが『私はミュータントだ』と自称することで、フェーズ5以降のX-MEN系キャラクター登場への道が公式に開かれた。リリ・ウィリアムズの登場は、フェーズ5のヤング・アベンジャーズ系の前線への布石として、フェーズ4の総仕上げの役割を担った。
舞台裏とトリビア
マーベル・スタジオのオープニング・ロゴは本作のために特別版が制作され、通常のヒーロー集合カットの代わりに、チャドウィック・ボーズマンの過去作品(『ブラックパンサー』『シビル・ウォー』『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』)の場面のみで構成され、音楽は完全な無音に置き換えられた。MCU作品で音楽を伴わないロゴ・タイトルは本作が唯一である。
撮影中盤のレティーシャ・ライトの怪我により、シュリの戦闘シーンの一部は予定よりスタント比率が高くなった。ライト本人は復帰後、可能な限り自分でアクションを引き受けたが、新ブラックパンサー・スーツでの落下シーンや高所アクションの一部はスタントダブルによって演じられている。
ネイモア役テノッチ・ウエルタ・メヒアは、撮影前にユカタン半島で数週間のワークショップに参加し、ユカテコ・マヤ語の発音と所作を学んだ。劇中でネイモアが部下に語りかける言葉は、ほぼすべてユカテコ・マヤ語であり、英語字幕は意図的に最小限に抑えられている。
ミッドクレジットの『私の名はT'チャラ』のシーンを撮影した子役は、ハイチ系移民の家庭出身の俳優で、ナキアの教え子役の中から最終的に選ばれた。彼の名乗りの台詞は、撮影現場ではテイクごとに少しずつ呼吸を変えて録られ、編集で最終的に最も静かなテイクが採用された。
本作は、MCU初の『ポストクレジット・シーンを置かない長編作品』としても言及される。マーベル・スタジオは伝統的に、エンドクレジット完了後の付加場面を残してきたが、本作ではミッドクレジットのみで観客を劇場の席に留めず、ボーズマンへの追悼を最後まで貫くという決断を下した。
テーマと解釈
中心にあるのは喪と継承である。本作の登場人物はほぼ全員、誰かを失った状態から始まり、その喪失の中で次の役割を引き受けるかどうかを問われる。シュリは兄を、ラモンダは息子を、ナキアは恋人を、オコエは制度上の名誉を、ネイモアは母を、リリは親友を——それぞれの喪が、それぞれの判断と結末を決めていく。シリーズで最も明示的に『悲しみについての映画』であろうとした作品である。
もう一つの軸は復讐と王権の対立である。霊界に現れるキルモンガーが象徴するのは、シリーズが過去に提示した『復讐をやり抜いた王』の選択肢であり、シュリがそれを引き取って実行するか否かが本作のクライマックスの個人的な核となる。彼女がネイモアを討たないと決断するのは、ワカンダの政治的利益のためではなく、自分自身を母ラモンダの教えの側に置くためであり、その判断の重みが本作の感情のピークになる。
そして三つ目の主題は、地上の植民地主義と先住民の記憶である。ワカンダ、タロカン、ハイチ——本作の地理は、いずれも西欧列強による植民地化の歴史と緊密に結びついており、ネイモアの怒り、ナキアの隠遁先、トゥーサンという名前の選択、これらが一本の線でつながっている。スーパーヒーロー映画でありながら、メソアメリカとカリブの歴史を作品の地盤にしている点で、本作はMCUの中でもっとも明確に政治的なテキストとなった。「ワカンダ・フォーエバー」という掛け声を、ネイモアにマヤ系の戦士として最後に言わせるラストの選択は、本作のすべてのテーマを一行に圧縮している。
見る順番(補助)
初見であれば、前作『ブラックパンサー』を直前に観ることが最重要である。T'チャラとシュリ、ラモンダ、オコエ、ナキア、ム・バクの関係、キルモンガーの存在、ヴィブラニウムとワカンダの政治構造は、前作で初めて提示されたものだからである。同時に、本作の冒頭の葬送が最大限の重みを持つのは、前作のT'チャラの姿が観客の記憶に焼き付いている場合に限られる。
余裕があれば、ロスとヴァレンティーナの背景に必要な『シビル・ウォー』『ブラック・ウィドウ』『ファルコン・アンド・ウィンター・ソルジャー』を補強として観ておくと、CIA絡みの政治劇がより立体的になる。リリ・ウィリアムズの単独シリーズ『アイアンハート』、ネイモアとミュータント概念の今後を追うなら、フェーズ5以降の作品群を続けて観るのが自然な流れとなる。
- 前作『ブラックパンサー』でT'チャラがワカンダの王として戴冠
- 本作T'チャラの死から1年後、タロカンとの衝突、シュリの戴冠と和平
- フェーズ移行本作でMCUフェーズ4が完結、続くフェーズ5は『アントマン&ワスプ/クアントマニア』から開始
- 接続シリーズリリの旅は『アイアンハート』、ヴァレンティーナの暗躍は『サンダーボルツ』『キャプテン・アメリカ/ブレイブ・ニュー・ワールド』へ
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、T'チャラの死と国葬、1年後の国連演説とタロカンからの宣戦、リリを巡るボストン奪取行とラモンダの死、シュリの新ブラックパンサー継承、海上での最終決戦と和平、ハイチでのエピローグとミッドクレジット——という骨格を押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、シュリがネイモアを討たない選択、トゥーサン=T'チャラの存在、ム・バクの王権主張までが核となる。
「ネイモアは悪役か味方か」という問いには、本作の中では明確な決着が付かない。彼はワカンダと和平を結ぶが、いずれ地上を共に焼くために戻ってくると囁いており、続編で再登場する可能性が高い。「ポストクレジットはあるか」については、本作にはミッドクレジット(中間のシーン)のみがあり、エンドクレジット完了後のシーン(ポストクレジット)は存在しない。これはボーズマンへの追悼を最後まで貫くマーベル・スタジオの判断によるものである。
「リリ・ウィリアムズはこの後どうなるか」については、Disney+のシリーズ『アイアンハート』で彼女自身の物語が継続される。「シュリは続編にも黒豹として登場するか」については、続編『ブラックパンサー3』の企画は2025年以降に存在することが公表されているが、本記事執筆時点で詳細は未確定である。
参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・受賞・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
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