MCUフェーズ5の幕開け。ラング一家が量子世界へ落下し、新たな大敵カーンと対峙する、マルチバース・サーガの本格起動編。
マーベル・スタジオ製作、ディズニー配給。脚本は『ロキ』のジェフ・ラヴネス。上映時間124分。MCUフェーズ5の開幕作で、マルチバース・サーガの本格的な敵役として征服者カーンを正面から描いた第一作。
『アベンジャーズ/エンドゲーム』のブリップ復帰、『ワカンダ・フォーエヴァー』後の世界。ラング家・ヴァン・ダイン家が量子世界(クアンタム・レルム)の中心へ引きずり込まれる。直後はマルチバース・サーガが本格化し、後のシリーズ全体の前提を作る。
週末興行3週連続トップを記録する一方、批評集計サイトでは公開当時のMCU実写映画で最低水準のスコアに沈んだ。Jonathan Majors起用や量子世界の美術には賞賛があり、脚本・編集には強い批判が集中した。
オープニングから結末、ミッドクレジットの「カーンの評議会」、ポストクレジットの『ロキ』シーズン2予告まで、すべてを順を追って解説する。重大なネタバレを含む。
目次 33項目 開く
概要
『アントマン&ワスプ:クアントマニア』(Ant-Man and the Wasp: Quantumania)は、ペイトン・リードが監督し、ジェフ・ラヴネスが脚本を手掛けたアメリカのスーパーヒーロー映画である。2023年2月17日に米国・日本で同時公開され、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の第31作にあたる。シリーズの章立てではフェーズ5の第1作であり、『ロキ』シーズン1と『ワカンダ・フォーエヴァー』に続く「マルチバース・サーガ」の本格的な始動編という重要な位置を与えられた。
前2作までの『アントマン』シリーズが、強盗喜劇のリズムにヒーロー譚を重ねた小品的な仕上がりだったのに対し、本作は冒頭から終幕まで一作の大半を量子世界(クアンタム・レルム)の中で進行させるという、シリーズ単独としても極めて挑戦的な舞台設計を採用した。サンフランシスコでの日常はわずか序盤の数十分に圧縮され、観客はラング家・ヴァン・ダイン家とともに、未知の生命と政治の渦巻く異世界へ放り込まれる。
そしてその異世界の支配者として、シリーズの新たな大敵「征服者カーン」(演:ジョナサン・メジャース)が初めて単独で全身を晒す。『ロキ』シーズン1の終盤に登場した「残った者」と同じ顔を持つ別の変異体(バリアント)であり、その先には数え切れぬほどのカーンが控えていることが本作を通じて明示される。ヒーロー側ではスコット・ラングの娘キャシー・ラングが新世代として中心に据えられ、家族の継承が物語の縦糸となる。
本記事は結末はもちろん、ミッドクレジットの「カーンの評議会」、ポストクレジットの『ロキ』シーズン2の前哨に至るまで、全ての要点を含む。鑑賞前に物語の驚きを保ちたい読者は、視聴後の読み物として戻ってきてほしい。
- 原題
- Ant-Man and the Wasp: Quantumania
- 監督
- ペイトン・リード
- 脚本
- ジェフ・ラヴネス
- 音楽
- クリストフ・ベック
- 撮影
- ビル・ポープ
- 米国公開
- 2023年2月17日
- 上映時間
- 124分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、SF、アドベンチャー、コメディ
- シリーズ区分
- MCUフェーズ5・第1作
あらすじ
以下は結末までを含む全編のあらすじである。サンフランシスコでの家族の小さな日常から始まり、量子世界への落下、ジャネット・ヴァン・ダインの隠してきた過去、カーン(征服者)との対決、MODOK の意外な正体、そして二つのクレジット・シーンまでを順に追う。
サンフランシスコの「アベンジャー」、量子世界の囚人
物語は冷たく光る量子世界の宇宙空間から始まる。傷だらけの宇宙船から脱出ポッドが射出され、見知らぬ女性ジャネット・ヴァン・ダインが拾い上げる。中で意識を失っていたのは、髭を蓄えた一人の流人——後に「カーン」と呼ばれる男だった。場面は一転、現代のサンフランシスコへ移る。
スコット・ラング(ポール・ラッド)はもはや街の人気者である。アベンジャーズの一員として世界の半分を救った男として行く先々で握手を求められ、自伝『リトル・ガイのために——アントマンの回想録(Look Out for the Little Guy)』のサイン会では客の波が途切れない。ブリップの五年間で離ればなれだった娘キャシーとの空白を埋めようと、本人は懸命に父をやっているが、本物の手柄は誤って他人の名で呼ばれ、ホープ・ヴァン・ダイン(エヴァンジェリン・リリー)の「ピム粒子で世界を支える先端企業」の活躍と比べて、自分の貢献は今ひとつ実感が湧かない——そんな等身大の不安と、それを照れ笑いで覆う中年男のリズムから本編は走り出す。
一方、十八歳になったキャシー(キャスリン・ニュートン)は、父の不在中に大きく変わっていた。社会運動に身を投じてホームレス支援の現場で警察と衝突し、留置場に入っては保釈される日常を繰り返している。父と娘の関係は、抱擁とぎこちなさを行き来する。そんなある夜、キャシーがハンク・ピムの地下研究室で密かに完成させていた装置——量子世界へ向けて信号を発し、そこから戻ってくる電波で地図を描く「量子レルム・スキャナー」——を家族に披露する。
装置の存在を知ったジャネット(ミシェル・ファイファー)は青ざめ、「いますぐ電源を切れ」と叫ぶ。だがすでに信号は発されていた。その瞬間、装置から放たれた逆方向の引力が居間を歪ませ、ラング父子、ホープ、ハンク・ピム(マイケル・ダグラス)、そしてジャネット自身を一斉に光の渦へ飲み込む。アントマンの愛猫まで含めた家族の全員が、量子世界へと落下していく。
落下、分断、そして見知らぬ街
目覚めたとき、スコットとキャシーは赤い砂と奇怪な植物に覆われた荒野にいた。空には複数の天体がねじれて浮かび、地平線には流体のように移動する都市の影が見える。地球の常識が通用しない景観の中で、二人は別の場所に飛ばされたらしいホープたちと連絡を取る術を失っている。
やがて父子の前に、フード姿の異種族たちが浮かぶ機械の小舟で現れる。言葉は通じないが、ハンクの巨大蟻を介した過去の研究の偶然から、スコットの体内マイクロ・ピム粒子に触れた者の言語が脳内で翻訳される——という、シリーズ流のおどけた処理で会話が成立する。彼らはこの世界で「征服者」に住処を奪われた漂流者たちであり、わずかな抵抗の灯を細々と保つ反乱の末端だった。
場面はもう一方の組へ。ホープ、ハンク、ジャネットは奇妙な歓楽街に紛れ込み、半液体の生命体や巨大な単眼の住人に揉まれながら、ジャネットが明らかに「ここを知っている」素振りを見せる。ジャネットは三十年もの間この量子世界に閉じ込められていた過去を持つが、家族にすら詳細を語ってこなかった。秘密の輪郭が、生きた風景として家族の前に現れ始める。
ジャネットの過去——「征服者カーン」
ジャネットはついに過去を語り始める。三十年前、量子世界に落下した彼女が出会ったのは、同じく流れ着いた一人の男だった。男は自らを「追放された旅人」と名乗り、壊れた多次元コアの修復をジャネットに依頼した。二人は協力して鍵となる装置を作り上げるが、起動の直前、ジャネットはコアに触れて男の正体を視てしまう。彼は無数の宇宙を征服し、星々と時間軸を焼き払ってきた虐殺者——「征服者カーン(Kang the Conqueror)」だった。
別のカーンたちが手を組み、暴走するこの一人を量子世界に追放したのだという。ジャネットは恐れと怒りから、完成しかけたコアを引き剝がして遠くへ隠した。それ以来、カーンは量子世界に閉じ込められ続けてきた。装置の鍵を握る人物——ピム粒子の使い手であるジャネット——が再びこの世界に現れることを、彼は何十年も待ち構えていたのである。キャシーが発した信号が、その招待状になってしまった。
ジャネットの口から「カーンを地球に解き放てば、宇宙の時間そのものが書き換わる」と語られる瞬間、観客は本作が一人のヴィランの脅威を超えた、シリーズ全体のスケール変更を告げる物語であることを理解する。ホープとハンクは、家族が抱えてきた長い沈黙の理由をようやく知る。
反乱軍と漂流者たち
スコットとキャシーは反乱軍の隠れ里にたどり着き、勇猛な戦士ジェントラ(ケイティ・オブライアン)、未来の断片を読むテレパス能力者クアズ(ウィリアム・ジャクソン・ハーパー)、ピンク色のゼリー状で人懐こく愛されキャラを担うヴェブ(声:デヴィッド・ダストマルチアン)、機械の体を持つ老兵シャラム、その他色とりどりの種族と出会う。彼らは長く征服者の支配に耐えてきた者たちで、外部世界から来たアントマンに半信半疑の希望を寄せる。
キャシーは即座にこの抵抗運動の理想に共鳴する。地上での社会活動の続きをここで見つけたかのように、ためらいなく拳を上げ、父スコットを驚かせる。スコットは反対に、「世界を救う」前に「娘を地上へ帰す」ことを最優先にしたい——その葛藤が、父と娘の最初の本格的な衝突として描かれる。
やがて反乱軍はホープたちと別の街で再会し、量子世界を横断する旅が始まる。途中で立ち寄るのが、過去の旧友クライラー卿(ビル・マーレー)の浮遊する高級酒場である。クライラーは三十年前、量子世界に流れ着いたばかりのジャネットを匿った経緯がある人物で、その関係はかつて恋愛感情を含むものだったと匂わせる演出が挟まれる。だが現在のクライラーは、すでに征服者カーンの懐に取り込まれており、もてなしの裏で一行を売り渡そうとしていた。ホープのワスプとしての戦闘力で罠を破った一行は、最終的にクライラーをジャネット自身が拳銃で撃ち、決着をつける。
カーンとの対面、人質となるキャシー
ジャネットを失った絶望から我に返ったスコットは、反乱軍の戦士たちと共にカーンの宮殿都市へ攻め込む。だがカーンは古典的な戦術と桁違いの兵力——巨大ロボット軍団と空中艦隊——を動員し、突入はあっという間に崩れる。乱戦のさなか、キャシーは捕らえられ、宮殿の玉座室へ連れ去られる。
玉座のカーン(ジョナサン・メジャース)と対面したスコットは、初めてその静かな威圧を肌で感じる。カーンは脅すでもなく、淡々と「家族を地球へ帰してやってもいい」と提案する。条件はただ一つ、量子コアの心臓部に、アントマンの縮小能力を使って入り込み、コアの起動を阻む結界を解くことだった。コアを取り戻したカーンは、流刑地である量子世界から銀河の表舞台へ脱出し、再び宇宙を征服する計画を完成させる。
キャシーを人質に取られたスコットは、ホープと共にカーンの船の中枢へ潜入する。亜原子サイズに縮んだ二人が見るのは、量子コアの「無限に分岐するスコット」——時間と確率を曲げる装置の効果で、同じ瞬間のスコットが何百も重なる、本作で最も実験的な映像である。物理を超えて互いを支え合い、何百ものスコットがコアを覆う柱を一斉に押し倒す描写は、観客の体感としても本作の白眉となった。
MODOK——ダレン・クロスの再来
宮殿でキャシーを拘束していたのは、巨大な頭部と小さな手足、空中浮遊するハーネスを持つ機械化人間「MODOK」だった。仮面の奥から現れた顔は、第1作『アントマン』で死んだはずの実業家ダレン・クロス(コリー・ストール)である。ピムの量子トンネルで縮小し続けた末、彼はカーンに拾われ、改造されたうえで忠実な刺客に作り変えられていた。
MODOKは父と娘の前に立ちはだかるが、戦況の途中でキャシーから「あなたは本当にこんな姿で死にたいの?」「いまからでも『リトル・ガイのために』戦える」と問いかけられる。ダレンの中に残っていた誇りと、かつて自分が嫉妬した男スコットへの屈折した感情が、最後の瞬間にだけ反転する。MODOK は寝返りをカーン陣営に対する自爆攻撃のように使い、致命傷を負って息絶える。シリーズの初代ヴィランが、家族の側で死ぬという皮肉な決着が、ファンサービスと喪のあいだで処理される。
量子コアでの決戦と父娘の継承
コアを覆う柱が倒れ、カーンは脱出可能な状態に達する。だがその瞬間、サンフランシスコ自宅と量子世界をつなぐ「家族の旅」の総決算として、ヴァン・ダイン家とラング家が一斉に反撃に出る。キャシーは独自に組んだスーツを着用し、新世代ヒーロー「スタチュア(コミック名)」あるいは「キャシー・ラング」として、巨大化と戦闘技術で前線に立つ。ホープのワスプ、ハンクのピム博士は、巨大蟻の大群——時間遅延の歪みで何世代にもわたって繁殖し、量子物理学を理解した「進化した蟻」——を呼び寄せ、数千匹の蟻がカーンの軍勢を蹂躙する。
ジャネットは、三十年間隠してきた量子レルムの理(ことわり)を最後に解き放ち、エネルギーフィールドを家族と反乱軍へ分け与える。キャシーは父の制止を振り切り、最前線で巨大化を繰り返してカーンの艦隊を直接破壊していく。スコットは縮小と巨大化を切り替えながら、最後の一対一の格闘戦でカーンに挑む。
戦いの終盤、カーンはエネルギーを暴走させて自らも限界に達し、装着スーツの増幅器を引き裂きながらスコットを殴り続ける。「私は別の宇宙を征服してきたお前を、何度も殺してきた」「お前ごときに敗れるはずがない」と凄むカーンに、スコットは「俺は誰のことを救うために何回でも負ける男だ」と返し、家族のもとへ帰ることだけを目的に肉弾戦を続ける。ホープが横から加勢し、二人がかりでカーンの暴走装置を量子コアの引力場へ突き落とす。コアに飲み込まれたカーンの体は、引力に裂かれて消滅する——少なくとも、画面上ではそう見える描かれ方をする。
帰還、そして消えない不安
コアの暴走で量子世界からの脱出経路は閉じかける。ジャネットの最後の介入で、ラング・ヴァン・ダイン家は地上へ送還される。反乱軍と漂流者たちは、家族を量子世界に留まらせるわけにはいかないと判断したジャネットの選択により、彼らだけがこの世界の再建を任される形になる。ヴェブは「私たちは大丈夫だ」と笑い、ジェントラはキャシーに「あなたは戻ってきていい」と告げる。
サンフランシスコの自宅へ戻ったスコットは、家族が無事に揃ったテーブルで談笑するが、すぐに不安が頭をもたげる。「本当にカーンを倒したのか?」「もし倒せていなかったら、地球で何が始まるのか?」——観客に共有された問いを、スコット自身が呟き、それでも娘の声に呼ばれて「いまはこの時間を生きる」と決める。場面は街角で見覚えのある男——別のカーン変異体——が振り向きかける一瞬を挟み、本編が終わる。
ミッドクレジット/ポストクレジット
ミッドクレジット・シーンは、巨大な円形闘技場「カーンの評議会(Council of Kangs)」へ場面を移す。玉座にずらりと並ぶのは、衣装も時代も様式も異なる、無数のカーン変異体である。征服者カーン、ルネサンス様式の鎧をまとった「学究者カーン(Scholar)」、宇宙軍の総司令めいた「鬼神カーン(Immortus 風)」など、コミックでお馴染みの版が次々と映し出される。彼らは「あの一人が線を越えた。我々の存在が露見し始めた」と語り、地球と多元宇宙への大規模な介入を決議する。多元的脅威の規模が、シリーズの観客にようやく可視化される瞬間である。
ポストクレジット・シーンは『ロキ』シーズン1の最終話で示唆されていた「ヴィクター・タイムリー」を初めて実写映像で描く。20世紀初頭めいた古びた劇場の舞台で、機械仕掛けの新装置を披露する興行師タイムリーを、客席からロキ(トム・ヒドルストン)とモビウス(オーウェン・ウィルソン)が見守っている。「ああ、これは厄介になる」とロキが呟き、本作は『ロキ』シーズン2への明確な橋として閉じる。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を分類して示す。量子世界(クアンタム・レルム)固有の固有名詞が一気に増えるため、最初は気にせず物語を追い、後から本表で確認すると整理しやすい。
主要人物
- スコット・ラング/アントマン
- ホープ・ヴァン・ダイン/ワスプ
- キャシー・ラング
- ジャネット・ヴァン・ダイン
- ハンク・ピム
- 征服者カーン
- MODOK(ダレン・クロス)
ヴィラン
- 征服者カーン
- MODOK/ダレン・クロス
- クライラー卿
- カーン親衛兵
- カーンの巨大ロボット軍団
サポート/反乱軍
- ジェントラ
- クアズ
- ヴェブ
- シャラム
- 量子世界の漂流者たち
- 進化した量子蟻(ピム家系の蟻の子孫)
組織
- カーンの評議会(Council of Kangs)
- ピム・ヴァン・ダイン研究所
- 量子世界の反乱勢力
- 多元宇宙監視機構(TVA・言及)
場所
- サンフランシスコ(地上)
- 量子世界(クアンタム・レルム)
- 反乱軍の隠れ里
- クライラー卿の浮遊酒場
- カーンの宮殿都市
- 量子コア(多次元コア)
- カーンの旗艦
アイテム・技術
- ピム粒子
- 量子レルム・スキャナー(キャシー作)
- 多次元コア
- ピム・ディスク(縮小/巨大化)
- アントマン/ワスプ/キャシーのスーツ
- MODOKハーネス
- ピム蟻の集合体
- 言語伝播のピム粒子
能力・概念
- 縮小・巨大化
- 量子のもつれによる多重存在
- 時間遅延(量子世界と地上の時間差)
- テレパス予知(クアズ)
- 多元宇宙バリアント
- 「線を越える」(評議会の禁忌)
ポストクレジット要素
- カーンの評議会の集結
- ヴィクター・タイムリー初登場
- ロキとモビウスの観劇
- 『ロキ』シーズン2への直接的接続
主要登場人物
本作は『アントマン』三部作の総決算であると同時に、マルチバース・サーガの幕開けを担う移行作品である。家族とヴィランの両面で、世代交代と新たな脅威の登場が同時に進行する点が特徴である。
スコット・ラング/アントマン(ポール・ラッド)
シリーズ三度目の主演となる本作のスコットは、世界の半分を救った英雄として持ち上げられる一方、自伝のサイン会で他人と名前を間違えられる「中堅の有名人」の落ち着かなさを身に纏う。自分の貢献が大事件のなかでは小さく見えてしまう自己評価のゆらぎは、ポール・ラッドが過去2作以上に丁寧に拾い上げており、軽口の裏に父親としての不安をにじませる。
クライマックスでカーンに「お前ごときが私を倒せるはずがない」と凄まれ、「俺は誰かを救うために何度でも負ける男だ」と返す場面は、本作のスコット像を一行で言い切る台詞であり、シリーズの低姿勢な笑いと家族物語を最後に結び直す役割を担っている。
キャシー・ラング(キャスリン・ニュートン)
幼い少女時代を経て、本作では十八歳の活動家として描き直されるキャシーは、新世代のヒーローを担う役割を明確に与えられている。社会運動と科学技術の両方に通じ、量子レルム・スキャナーの自作と独自スーツの製作という二つの技術的功績で、物語の引き金そのものを担う。
演じるキャスリン・ニュートンは『フリーキー』『ペーパー・タウンズ』などで知られる若手で、父スコットの軽妙さと真っ向から噛み合う「真剣だがどこか抜けた頑固さ」を演じる。コミックの「スタチュア(Stature)」のヒーロー名は本作では公式に呼称されないが、巨大化スーツでの戦いぶりはその名乗りを意識した動線で組まれている。
ホープ・ヴァン・ダイン/ワスプとピム家(エヴァンジェリン・リリー/マイケル・ダグラス/ミシェル・ファイファー)
ホープは前2作で確立した戦闘力をベースに、本作ではジャネットの過去を解きほぐす受け手として機能する。母が三十年にわたって沈黙してきた量子世界の真相に直面し、家族の秘密が宇宙規模の脅威に直結することを引き受ける。
ハンク・ピム博士は、家族のなかでは最も「老いと喪失」を意識する役どころで、量子世界で進化した蟻の大群を呼び寄せるクライマックスは、シリーズ全体を貫く彼の研究テーマを締めくくる演出として組まれている。
ジャネット・ヴァン・ダインを演じるミシェル・ファイファーは、シリーズで初めてジャネットを「単なる行方不明だった母」ではなく、「カーンを孤立させた張本人」「量子世界の人々を裏切ったと自責する旅人」として全面に押し出した。クライラーを撃つ一発、コアを再封印する最後の判断、家族を地上に送り返す決断——本作のドラマの重心は、随所でジャネットへ移っている。
征服者カーン(ジョナサン・メジャース)
本作の真の主役と言ってよいほどの存在感を放つのが、ジョナサン・メジャース演じる征服者カーンである。『ロキ』シーズン1終盤に登場した「残った者」と同じ俳優の顔を持ちながら、性格と来歴は別の変異体(バリアント)である点が物語の核となる。征服を繰り返した果てに、他の変異体たちから「危険すぎる」と判断され、流刑地である量子世界へ追放された存在として描かれる。
メジャースの演技は、声の小ささと姿勢の傾きで威圧を作るタイプで、怒声よりも沈黙の長さで観客を緊張させる。スコットへ「家族を返す」と落ち着いて提案する場面の不気味さは、本作で最もよく語られる演技の一つである。
なお、現実世界では公開直後の2023年春以降、ジョナサン・メジャースの逮捕と有罪判決が報じられ、マーベル・スタジオは彼をシリーズから降板させる決定を下した。これにより、当時計画されていた『アベンジャーズ:ザ・カーン・ダイナスティ』はタイトルと敵役が変更され、本作の「カーンこそ次の大敵」という路線そのものが現実の事情で大きく書き換えられた。この事実は、本作の作劇上の意図と、後年の見え方の双方を理解するうえで欠かせない背景になっている。
MODOK/ダレン・クロス(コリー・ストール)
巨大な頭部、矮小化した手足、空中浮遊するハーネスというMODOKのルックは、原作コミックを知る観客にとって長年の悲願であった一方、実写化のたびに「ギャグに見えない造形は可能か」が論じられてきたキャラクターである。本作は原作のシルエットを大胆にそのまま採用し、コミカルさを隠さない方向に振り切った。
中身が第1作『アントマン』のヴィラン、ダレン・クロスであるという設定は、シリーズの円環を閉じる扱いと、原作とは別系統の出自を作る試みの両方を兼ねている。最終的にキャシーの呼びかけで「リトル・ガイのために」死ぬという展開は、ファンの賛否が割れた一方、本作の主題——小さき者の戦い——を反復する役割は確かに果たしている。
舞台と用語
舞台はサンフランシスコの自宅と、量子世界(クアンタム・レルム)の二つに大別される。地上の場面は冒頭と終幕にしか割かれず、本編のほぼ全てが量子世界で進行する。量子世界は『アントマン&ワスプ』で予告された「亜原子の彼方に文明がある」という発想を、本作で本格的に視覚化したもので、流体のように移動する街、複数の太陽、機械生物と植物生物が共存する生態系、時間が場所ごとに歪む物理など、SF的な飛躍を惜しまずに描かれる。
用語面の中心は、まず多次元コア(マルチバース・コア)である。これは量子世界から外宇宙へ抜ける「鍵」であり、本作の物語を駆動する装置である。ピム粒子は引き続きシリーズの根幹に置かれ、縮小・巨大化、言語伝播、進化した蟻の存在まで、すべてが粒子の働きで説明される。「カーンの評議会」「ヴィクター・タイムリー」「線を越える」といった語は、本作以降のシリーズを読み解く前提語彙として、ここで初めて画面に登場する。
制作
本作は『アントマン』三部作の最終章であると同時に、マルチバース・サーガの基礎工事を兼ねるという、二重の使命を持って企画された。以下、企画から仕上げまでの主要な経緯を整理する。
企画と脚本
脚本のジェフ・ラヴネスは、Disney+シリーズ『ロキ』シーズン1で「残った者」を造形した経歴を買われて起用された。ペイトン・リードは前2作からの続投で、量子世界全編の冒険という大胆な構成は、シリーズ第3作で「もう一段大きい絵」を求めた監督と、マルチバース・サーガの導入で大敵を立てる必要があったマーベル・スタジオの方針が一致して生まれた。
脚本初期の目標は明確だった——カーンを単発のヴィランではなく、サーガ全体を貫く脅威として観客にインストールすること、そしてシリーズ第1作で死んだダレン・クロスをMODOKとして復活させることで、『アントマン』三部作の自己完結性を担保すること。物語の規模が一気に銀河史級に跳ねるにもかかわらず、家族喜劇のリズムを最後まで保とうとした点は、本作の毀誉褒貶の中心になった。
キャスティング
ポール・ラッド、エヴァンジェリン・リリー、マイケル・ダグラス、ミシェル・ファイファーら主要キャストが続投した。前作『アントマン&ワスプ』ではエンドクレジット直後にしか登場しなかったジャネットが、本作では実質的なドラマの軸として扱われ、ミシェル・ファイファーの出番が大幅に増えた。
キャシー・ラング役は、本作からキャスリン・ニュートンへ再キャスティングされた。前2作では幼い少女としてアビゲイル・フォーティアやエマ・フールマンが演じていたが、年齢設定の進行に合わせて若手俳優への切り替えが行われた形である。MODOKの中身を演じるコリー・ストールは、第1作『アントマン』以来のシリーズ復帰で、ハーネスの上に頭部のみを合成する撮影方法でMODOKを表現した。
そしてカーン役のジョナサン・メジャースは、『ロキ』シーズン1の「残った者」役で初登場した俳優の続投で、本作で初めて「征服者」としてフルスケールの活躍を見せた。脇では、量子世界の支配層クライラー卿にビル・マーレーがカメオに近い形で出演し、反乱軍側にはケイティ・オブライアン、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、デヴィッド・ダストマルチアン(ヴェブの声)らが配された。
撮影とプロダクション
撮影監督は『マトリックス』『スパイダーマン』シリーズなどで知られるビル・ポープが担当した。量子世界の異形の生態系を、合成だけでなく現場の照明とパースで「奇妙だが手触りのある場所」として撮るうえで、ポープの古典的なライティング感覚が起用理由として語られる。
撮影は2021年夏から2022年初頭にかけて、主に英国パインウッド・スタジオ周辺で行われ、後にロサンゼルスでの追加撮影が追加された。量子世界はほぼ全編がLEDウォールを用いたバーチャル・プロダクションと、グリーンスクリーンの併用で構築された。マンダロリアン以降にハリウッドで一般化したStageCraft的な技術を、フェーズ5の幕開け作で大規模に活用した点が本作の技術的な特徴である。
視覚効果
視覚効果はILM、Digital Domain、Framestoreほか複数社の分業で進められた。量子世界の建築・生物・大気はすべてCGで描き出され、街全体が流体のように動く描写、コアに重なる無数のスコット、進化した蟻の群衆など、本作の見せ場の多くはVFXの寄与なしには成立しない。
公開時には、量子世界の生物の合成バランスと、MODOKの顔の処理について議論が起きた。スケジュールの圧縮を指摘する関係者の証言も出回り、当時の北米VFXワーカーの労働環境を巡る議論の象徴的な作品として扱われた。一方で、コアに分裂するスコットの場面など「映画ならではの体験」として高く評価されたカットも多く、評価の振れ幅自体が本作のVFXを語るうえで欠かせない論点になった。
音楽と音響
音楽は前2作に続きクリストフ・ベックが担当した。シリーズの軽快なテーマを継承しつつ、量子世界の異質性を表すために合唱、シンセ、低音域の打楽器を厚く重ね、これまでの『アントマン』シリーズで最も重厚なスコアに仕上げている。
カーンが登場する場面では、人物の沈黙と呼応する重低音のドローンが多用され、画面の説明よりも音響で観客の緊張を作る設計が徹底されている。マルチバース・サーガの「次の大敵」を一作だけで観客に刷り込む必要があった本作の音響設計は、メジャースの抑制された演技と相補的に機能している。
編集と公開準備
編集はアダム・ガースタルとローラ・ジェニングスが担当した。124分という上映時間は『アントマン&ワスプ』とほぼ同尺だが、舞台が一つに集中する分、シーンの並行カットが多く、物語の枝が増えた前作までと比べて構成は線的にならざるを得なかった。
公開当時、米国の業界紙では「VFXとポストプロダクションの工程が締切の最後の数週間に集中した」との関係者証言が複数報じられ、編集と仕上げに残された時間の短さが、後年の批評で繰り返し言及されることになった。
公開と興行
2023年2月17日に米国・日本などで一斉公開された。北米初週末は約1.06億ドルでオープニングを切り、MCUフェーズ5のスタートとして強い数字を出したものの、口コミの伸び悩みから2週目に急落し、最終的な全世界興行は約4.76億ドルにとどまった。製作費約2億ドルに巨額の宣伝費を加えると、興行上の評価は「期待を下回った」という位置づけが定着している。
週末興行ランキングでは公開後3週連続で全米1位を維持したが、上映期間を通じての観客動員はシリーズ通算でも『アントマン&ワスプ』を下回り、続編へ強い勢いを引き継ぐことはできなかった。日本では2023年公開の輸入大作としては中位の数字となり、配信は同年5月17日にDisney+で開始された。
批評・評価・文化的影響
批評集計サイトでは、Rotten Tomatoesのトマトメーターが公開当時のMCU実写映画で最低水準(およそ40%台後半)に沈み、Metacriticでも中程度のスコアにとどまった。批判の中心は「脚本の段取りの粗さ」「家族喜劇と銀河規模ヴィランの語り口の噛み合わなさ」「MODOKの扱い」「VFXの仕上がりの不均一」の四点に集中した。
一方で、カーンを演じるジョナサン・メジャースの演技と、量子世界の異形の生態系を見せる美術・コンセプトデザインには、批判派からも一定の評価が寄せられた。ミシェル・ファイファーの存在感、ベックのスコア、コア内部の多重スコット描写など、個別のディテールには熱心な擁護も多く、評価そのものが大きく割れる作品となった。
そしてこの作品は、MCUフェーズ5の幕開け作として「マルチバース・サーガが当初の青写真通りには進めなかった転機」として歴史的に振り返られる位置に立ってしまった。後に主演俳優ジョナサン・メジャースの個人的事情が原因で、サーガの構造そのものがカーン中心からドゥームDr.ドゥーム中心へと書き換えられたためで、本作はその「最初にして最後の本格カーン映画」として、シリーズの文脈で頻繁に言及されるようになっている。
舞台裏とトリビア
脚本のジェフ・ラヴネスは、本作の好評を受けて『アベンジャーズ:ザ・カーン・ダイナスティ』の脚本を任される予定だったが、本作の批評的受け止めとマルチバース・サーガの再編成によって、後にプロジェクトから外れたと報じられている。
MODOKをダレン・クロスの再来として描く案は脚本初期からの選択で、ペイトン・リードは「『アントマン』第1作の絆を回収しつつ、コミックの原典版MODOKと差別化する」ことを意図したと語っている。コリー・ストールはモーション・キャプチャー・スーツの上に頭部のみを合成する撮影で、表情演技は彼自身の顔をデジタル合成して活かしている。
ヴェブの声を担当したデヴィッド・ダストマルチアンは、第1作『アントマン』ではクルジー(ラング配下の元服役囚仲間)役で実写出演しており、シリーズ三作目で別キャラの声優として復帰した形になる。
クライラー卿役のビル・マーレーが、ジャネットとの過去の含みを匂わせる演出に対し、撮影現場で監督ペイトン・リードが「ここは観客に判断を委ねる」と意図的に余白を残したことが、後のインタビューで語られている。
テーマと解釈
中心にあるのは「小さき者が、大きすぎる物語の中でどう振る舞うか」という問いである。スコットの自伝のタイトル『リトル・ガイのために(Look Out for the Little Guy)』は、銀河を征服する者と、家族のために立つ者という、本作の二項対立を一語で言い切っている。スコットはカーンに格闘で勝てない。にもかかわらず、何度倒れても立ち上がるという点で、カーンが理解できない次元のしぶとさを発揮する。
もう一つの軸は世代の継承である。前作までは「父スコットと幼い娘キャシー」の物語だったが、本作のキャシーはもはや守られる対象ではなく、独自の理念と装備で前線に立つ次世代ヒーローである。新世代の独立と、それを見守る親世代の戸惑い——『アントマン』三部作はここでヒーロー映画の「親子もの」として一度完結する。
三つ目の軸は嘘と継承の重さである。ジャネットが三十年隠してきた量子世界の事実は、家族を守るための沈黙であると同時に、量子世界の住人たちにとってはカーンの暴政を放置した結果でもあった。家族の幸福と、見知らぬ他者への責任が、ジャネット個人のなかで常に競合している——シリーズが「家族」を主題に据えてきた『アントマン』が、最後にこの矛盾と正面から向き合った点こそ、本作の批評を分けながら長く語られる理由になっている。
見る順番(補助)
MCU公開順では、直前に『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』、直後に『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』が並ぶ。「カーン関連」という縦軸で見るなら、Disney+シリーズ『ロキ』シーズン1の最終話「残った者」を観てから本作に入り、本作のポストクレジット直後に『ロキ』シーズン2へ進むのが最も効率の良い順序である。
アントマン三部作の流れだけを追いたい場合は、第1作『アントマン』→『アントマン&ワスプ』→本作の順で、家族の構成変化を時系列で追うことができる。MODOKの正体に触れるシーンは、第1作のラストを覚えておくと衝撃が格段に増す。
- MCU前段『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエヴァー』(フェーズ4最終作)
- カーン前段『ロキ』シーズン1最終話「残った者」初登場
- 本作量子世界でカーンと対決、評議会の集結が判明
- MCU後段『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』へ
- カーン後段『ロキ』シーズン2でヴィクター・タイムリーが本格展開
よくある質問(補助)
「あらすじだけ知りたい」場合は、ラング・ヴァン・ダイン家が量子世界へ落下し、追放されていた征服者カーンと対決し、ジャネットの過去と家族の絆で勝利を収め、地上へ戻る——という骨格を押さえれば足りる。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、MODOK の正体がダレン・クロスであること、カーンが量子コアに飲み込まれること、ミッドクレジットで無数のカーンが集結し、ポストクレジットでヴィクター・タイムリーが登場することの四点が中核である。
「カーンって誰?」という疑問には、Disney+『ロキ』シーズン1最終話の「残った者」と、本作の征服者は別人格の変異体(バリアント)であると押さえるのが最短である。「先に何を見ればいい?」と問われたら、まず『アントマン』第1作、続いて『アントマン&ワスプ』、可能なら『ロキ』シーズン1を勧めたい。「評価が割れているのはなぜ?」については、家族喜劇のリズムと銀河規模ヴィランの語り口が噛み合わない、という指摘が最も多い理由として挙げられる。
参考資料・脚注
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