『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』は、2023年に公開されたアメリカのスーパーヒーロー映画である。
アライグマのロケットの悲劇的な過去を中心に据え、彼を生み出した宿敵ハイ・エボリューショナリーの脅威に立ち向かうガーディアンズの姿を描く。
監督のジェームズ・ガンが13年にわたって手掛けたガーディアンズ三部作を締めくくり、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェーズ5を彩る完結編に位置づけられる。
00概要
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』(原題:Guardians of the Galaxy Vol. 3)は、ジェームズ・ガンが監督・脚本を務めたアメリカのスーパーヒーロー映画である。米国では2023年5月5日、日本では5月3日に公開され、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の第32作にあたる。シリーズの章立てではフェーズ5に属し、マルチバース・サーガの一本でもある。ただし内容としては、宇宙のはみ出し者であるピーター・クイル一行の旅を描いた三部作(『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『:リミックス』『:VOLUME 3』)の完結編として設計されている。
前作『:リミックス』が「父親(father)」と「お父さん(daddy)」の違いを軸にしたピーター・クイルの自分探しだったのに対し、本作の縦軸はロケットの過去にある。ナウヘアに突如降り立った金色の人型存在アダム・ウォーロックの一撃で、ロケットは瀕死の重傷を負う。やがて、彼の体内に埋め込まれた殺害コード——治療を試みた瞬間に作動する自爆装置——が発覚する。物語は、コードを解除するために仲間が銀河を駆け回る現在と、ロケット自身の意識のなかで蘇る幼少期の記憶を交互に編んでいく。89P13と呼ばれていた頃、檻のなかで出会ったライラ、ティーフス、フロアたちとの友情だ。そして150分の終盤、ロケットを生み出したハイ・エヴォリューショナリーの正体が、物語の中央に据え直される。
監督のジェームズ・ガンは、本作の脚本完成後、ディズニーとの間に生じた一連の問題で一度MCUを離れ、その後復帰したという経緯を持つ。本作は彼にとってMCUへの事実上の「置き土産」であり、脚本の自由度は同時期のほかの作品より明らかに大きい。生体実験、虐待、子供と動物の苦痛の正面からの描写など、これまでのMCUが避けてきた要素に、PG-13の枠内ぎりぎりで踏み込む。完結編として、メンバーそれぞれが「次に何になるか」を選ぶ場面まで丁寧に描いた点もまた、シリーズ全体のなかで本作を特異な位置に置いている。
本記事は、結末を含む全編の内容に踏み込む。ロケットの仲間たち(ライラ、ティーフス、フロア)の最期、ハイ・エヴォリューショナリーの正体と動機、アダム・ウォーロックの転換、アレーテ船での檻の解放、ガーディアンズの解散と各人の進路、グルートの最後の一言、そして二つのポストクレジット——シリーズ全体に区切りをつける重大なネタバレを含む。未見の方は、まず本編を鑑賞してから読むことを勧めたい。
主要データ
- 原題
- Guardians of the Galaxy Vol. 3
- 監督
- ジェームズ・ガン
- 脚本
- ジェームズ・ガン
- 音楽
- ジョン・マーフィー
- 撮影
- ヘンリー・ブラハム
- 編集
- フレッド・ラスキン/グレッグ・ドーリア
- 米国公開
- 2023年5月5日
- 日本公開
- 2023年5月3日
- 上映時間
- 150分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、スペースオペラ、アクション・コメディ、群像劇、過去物語
- シリーズ区分
- MCUフェーズ5・三部作完結編
01あらすじ
ここから先は、結末までを含めた全編のあらすじである。物語は、再建の途上にあるナウヘアにレディオヘッド『Creep』が流れる、静かな幕開けから始まる。やがてアダム・ウォーロックの襲撃が起こり、そこからロケットの過去の回想と現在の出来事を並行して描く三幕が展開していく。さらにオルゴコープへの潜入、カウンター・アース、そしてアレーテでの最終決戦を経て、ガーディアンズの解散を見送るまでを順に辿る。ロケットの過去を形づくる檻の場面は、本編の冒頭・中盤・終盤に分けて差し挟まれ、現在のミッションのトーンと感情を内側から決定づけている。
ナウヘアとCreep
冒頭、宇宙空間に浮かぶ巨大なセレスティアルの頭蓋骨——かつてコレクターの拠点だったナウヘア——を、ロケット(声:ブラッドリー・クーパー)がただ一人歩いている。背後に流れるのはレディオヘッド『Creep』の、弱々しいアコースティック・バージョンだ。賑やかだった前作までとは正反対に、痛みと孤独を真正面から突きつける選曲であり、本作が誰の物語なのかをこの一曲で示してみせる。前作『:リミックス』のAwesome Mix Vol.2を継ぐVol.3にあたるサウンドトラックは、ピーター・クイルではなくロケットの心情に寄り添うように組み立てられている。
ピーター・クイル(クリス・プラット)は、エンドゲームで失った『2014年版』ガモーラ(ゾーイ・サルダナ)の不在をいまだ引きずり、ナウヘアの酒場で泥酔している。2014年から現代に取り残された彼女はラヴェジャー側へ身を移し、ピーターとの記憶を分かち合ってはいない。チームの顔ぶれは、艦長のピーター、ドラックス(デイヴ・バウティスタ)、マンティス(ポム・クレメンティエフ)、ネビュラ(カレン・ギラン)、ロケット、そして大きく成長したグルート(声:ヴィン・ディーゼル)。ナウヘアを多種族が暮らす共同体として再建する任務にあたっている。クラグリン(ショーン・ガン)はヤカ・アローを口笛で操る術の習得を続けるが、空気犬コスモ(声:マリア・バカローヴァ)はその練習に冷ややかだ。
そこへ、上空から金色に輝く人型の存在——アダム・ウォーロック(ウィル・ポールター)——が猛烈な速さで降り立ち、ロケットへ無差別に襲いかかる。ロケットはアダムの一撃に背中から胸まで貫かれ、致命傷を負ったまま地表へ投げ出される。一行は懸命に応戦し、巨大化したグルートがアダムを叩き伏せると、アダムはそのまま退いていく。アダムは前作のポストクレジットでソヴリンのアイーシャ(エリザベス・デビッキ)が試験管のなかで『完成』させた存在であり、彼女がガーディアンズへの復讐とは別の目的でロケットの身柄を求めていることだけが、現時点では分かっている。
倒れたロケットを医務室へ運んだネビュラとマンティスは、応急手当に取りかかった矢先、致死的な発作を確認する。スキャナーが体内に埋め込まれた小さなデバイスを検知する——殺害コード(killswitch)だ。一定の操作で『修理』を試みた瞬間、ロケットの全身を内側から焼き切るよう仕込まれており、解除コードを知らぬまま手術に踏み込めば確実に命を落とす。こうしてチームは、ロケットを生き延びさせる方法をただひとつに絞られる。解除コードの在り処をたどり、そこへ赴いて持ち主から奪い取ることである。
89P13の身元
ネビュラがロケットの体内情報を解析すると、彼に埋め込まれた殺害コードが、遺伝子工学企業オルゴコープ(OrgoCorp)の特許に紐づいていることが判明する。オルゴコープは銀河じゅうの違法な生物実験を請け負ってきた巨大バイオ企業でありながら、表向きは合法的な医療コングロマリットを装っている。ロケットの全身改造の記録、その原本が眠るのは、本社『オルゴ・スフィア』のサーバーだ。
鍵を握る人物として、ピーターはガモーラとの再接触を試みる。2014年版ガモーラは、スタカー・オゴード亡き後のスタカル率いるラヴェジャーに身を置き、酒癖と荒っぽさが目立つ存在になっていた。「君は本物のガモーラだ」と訴えるピーターだが、今の彼女に二人の記憶は共有されていない。「私はあんたが愛した女じゃない」——このセリフは、彼の一方的なロマンスを冷たく退けると同時に、本作が二人の関係に明快な復縁を用意しないことを早い段階で宣言してみせる。それでもガモーラはオルゴ・スフィア潜入に欠かせない内部情報を握っており、義理ではなく取引としてチームに加わる。
潜入計画には、グルート、昏睡したまま運ばれるロケット、コスモ、ドラックス、マンティス、ネビュラ、クラグリン、ピーター、ガモーラの全員が加わる。ハイテク強化スーツに身を包んだピーターは、ガモーラとともに内部へ侵入。ガモーラは旧訓練時代に覚えた一般職員のIDを使い、ピーターは『何でもバキバキにする』ドラックス節を活用する。コスモは念力で内部の感知システムを撹乱し、ネビュラは外でハッキングを担う。サーバー室にたどり着いたピーターは、ロケットの作成者を示す『起源タグ』を見つけ出す——『Subject 89P13. Property of The High Evolutionary(被験体89P13。所有者:ハイ・エヴォリューショナリー)』。
潜入は途中で警備に発覚し、ピーターは無重力区画へ放り出される。それでも一行は目当てのデータを抜き取り、ミッションの狙いを解除コードそのものから、コードを持つ本人——ハイ・エヴォリューショナリー(チュクウディ・イウジ)——の所在へと切り替える。彼はかつて『神を超える生物』を作ろうとして失敗を重ねてきた執着型の科学者であり、ロケットはその実験体の一つにすぎなかった。それがここで初めて明確になる。
89P13の檻
ロケットの意識の底では、現実の延長のように、幼少期の記憶が逆再生されていく。本作はこの過去を独立した回想として切り離すのではなく、死の淵にある意識のなかで彼自身が追体験する内省として描く。観客はロケットが見ているものを、彼とまったく同じ時間の流れのなかで受け取ることになる。
幼いラスカル(後のロケット)は、ハイ・エヴォリューショナリーの実験施設で檻に閉じ込められている。同じ列の檻には、左前腕に車輪のような義肢をつけたカワウソの少女ライラ、四本の歯がはみ出した大柄なセイウチのティーフス、片足が義足のウサギ・フロアがいる。いずれもハイ・エヴォリューショナリーの『バッチ89』として知能を与えられた存在だが、その身体は同じ種族からかけ離れた、不格好な改造を施されていた。
夜、檻のなかで四匹は声をひそめて語り合う。ライラはロケットに「私たちはいつか、空のあの星に行くんだよ」と告げ、『友達』という概念を教える。彼らはハイ・エヴォリューショナリーが思い描く『完璧な世界(Counter-Earth/対地球)』に住まわせる『新しい種族』の試作品として作られた。だが規格外の不格好な体は『失敗作』とされ、処分される運命にある。それでもライラたちは、檻のなかで互いに名前を付け合い、星を見上げ、語り合いながら、束の間の家族として生きていた。
やがて四匹は脱走を計画する。ロケットは持ち前の機械いじりの才能で電子錠を解除し、檻を開けることに成功する。ところが出口の手前でハイ・エヴォリューショナリーが現れ、ライラを正面から撃ち抜く。ティーフス、フロアも続けて殺される。仲間の死体を前にして、ロケットは初めて『悲しみ』と『憎しみ』を同時に味わう。彼はハイ・エヴォリューショナリーの顔を切りつけて逃げ延びる。その傷は、本編の現在に至るまでハイ・エヴォリューショナリーの頬に残り続けている。
この回想は、現在パートでロケットの意識が落ちる節目ごとに数分単位で差し挟まれ、観客は彼が何を抱えて生きてきたのかをじわじわと知らされていく。前作までの『毒舌のしゃべる動物』の正体が、四匹の友達のうちただ一匹生き残ってしまった『生存者』だったこと——その事実が、終盤の選択へ向けて静かに積み重ねられていく。
カウンター・アース
オルゴコープでの追跡情報を頼りに、一行はハイ・エヴォリューショナリーのかつての拠点『カウンター・アース』へとたどり着く。地球とよく似た姿の人工惑星だ。地上には動物を人型に作り替えた『新しい人類』が暮らし、犬、ヤギ、豚、牛、爬虫類が二足歩行で日々を営んでいる。郊外の住宅街は、観客の見慣れた地球の郊外を細部までなぞって再現したもので、芝生も車寄せも屋根裏のある一軒家も、家族の写真までもがきちんと整えられている。
ピーターとロケットを家へ運び込んだのは、ヤギの中年男に作り替えられた住人と、その家族である。彼らはガーディアンズの素性を知らない。それでも負傷者を当たり前のように手当てし、夕食まで分け与えてくれる。一行はここで、ハイ・エヴォリューショナリーが『完璧な社会』を実験するために、何世代もかけて動物たちを人間の形へ書き換え、田舎町を築き、互いに親切に振る舞うよう調整してきた事実を目の当たりにする。
ところが夕食の途中、上空にハイ・エヴォリューショナリーの巨大艦『アレーテ』が姿を現す。住人の何かが基準値から逸脱したとの判定が下り、ハイ・エヴォリューショナリーはためらいなくカウンター・アースの地表へ焼却の指令を出す。家屋も、住人も、家族も、芝生も——直前のシーンで観客が親しんだすべてが、上空からの一斉砲撃で焼き払われる。MCUがそれまで踏み込まなかった『罪なき市民が画面上で大量に殺される』正面からの描写であり、ガンが本作で意図して越えた一線である。
ガーディアンズは命からがら艦から脱出し、夕食を共にしたヤギの家族のうち、わずかな生存者だけを救い出す。ハイ・エヴォリューショナリーは部下のラヴァン・ホー・キール(ガジェットを操る武人)と、忠誠が揺らぎつつあるアイーシャ&アダム・ウォーロック母子の協力を得て、自らの完成形『バッチ90』を生み出すべく、ロケットの脳の構造データだけはどうしても回収しようとする。彼にとってロケットは『一度だけ成功した実験体』であり、生体ごと回収して脳を切り出すことが狙いなのだ。
アレーテへの突入と檻の解放
ガーディアンズは、ハイ・エヴォリューショナリーの旗艦『アレーテ』へ正面から突入する。船内は巨大な実験施設だ。彼が長年にわたって実験を重ねてきた無数の生物の収容区画と、未完成の『バッチ90』の保育区画が並ぶ。中央の透明な培養槽には人類の幼児にあたる無数の子どもが眠り、その隣の壁面には、実験用に改造された動物たちが檻に詰め込まれている。
ピーターとマンティスは中央区画の制圧へ、ドラックスとガモーラは培養区画の子どもたちの救出へ、そしてネビュラとロケット(再起動した意識で歩行可能になっている)はハイ・エヴォリューショナリー本人と直接対峙する道へと分かれていく。ドラックスはその過程で、自分が『破壊者』としてだけ生きてきたのではないことに気づいていく。子どもを前にすると、父親としての反応が自然にあふれ出すのだ。培養槽の蓋を割り、赤ん坊を抱き上げる彼の手つきは、本作で最も静かで、最も力強いカットの一つである。
ロケットはハイ・エヴォリューショナリーの実験室で、檻に並ぶ哀れな改造動物たちを目にする。アライグマ、犬、ウサギ、サルが、毛皮を剥がれ、機械を埋め込まれ、苦痛のうめき声を上げている。それは、かつて89P13として檻に並んでいたロケット自身の、現在版にほかならない。ロケットは仲間に号令する。これらの動物すべてを、生かしたまま船外へ運び出せ、と。
ネビュラとガモーラ、マンティス、ドラックス、クラグリン、コスモ、グルート、ピーターは、檻ごと動物を機外へ放出する大規模な解放作戦へと切り替える。ドラックスは小さなアライグマの檻を片手で抱え、もう片手で人間の子どもを抱え、両方の重さをものともせず船尾の射出口へ走る。マンティスは廊下に押し寄せる警備兵を、共感能力で恐怖と眠気が入り混じった状態に陥らせ、戦闘を交えることなく無力化していく。
ロケットとハイ・エヴォリューショナリー…
中枢ブリッジで、ロケットはついに自分を造った男ハイ・エヴォリューショナリーと対峙する。「私は完璧な世界を造ろうとしただけだ。そのために、お前は通過点として必要だった」とハイ・エヴォリューショナリーは告げる。ロケットは銃を構える。だが、引き金にかけた指がしばらく震える。
ここでロケットが彼を撃ち殺さないという選択をする、その点こそが重要だ。仲間(ライラ、ティーフス、フロア)の復讐としてなら、撃つだけの正当性は十分にある。しかしロケットは銃を下ろし、ハイ・エヴォリューショナリーにこう告げて去る。『私はあんたが必要だと考えた家族なんかじゃない。ライラのほうが、お前なんかより遥かに人間だった』。本作の最も静かなクライマックスである。撃たなかったロケットを、観客は『過去のロケット』とは違う場所に立つ人物として受け止めることになる。
ロケットが手を下さなかったハイ・エヴォリューショナリーに実質的な終止符を打つのは、アダム・ウォーロックでもアイーシャでもなく、暴走した彼自身の艦である。命令系統を失ったアレーテは、ガーディアンズの破壊行為と彼自身の自暴自棄な指示が重なって炎上崩壊を始める。ハイ・エヴォリューショナリー本人は最後に部下を切り捨て、わずかな手勢とともに退却するか自滅するかの瀬戸際へと追い込まれる。映画は彼を画面で処刑するのではなく、『負けた相手として残す』という選択をとった。
なお、アダム・ウォーロックは終盤、母アイーシャの真意ともハイ・エヴォリューショナリーの命令とも切り離され、自分の判断で動き始める。混戦のなかで宇宙空間へ放り出されたピーターを救うのは、母から離脱したアダムだ。直前まで敵側にいたアダムが、最後の一場面で味方の側に立つ。この転換は、続編における彼の合流を強く予告している。
脱出とコスモの念力
アレーテの自爆が迫るなか、ガーディアンズは数百人の人間の子どもたちと、無数の改造動物を抱えて脱出区画に集結する。アイーシャは孤立し、ハイ・エヴォリューショナリーは戦線を放棄、アレーテは炎上していく。それらが同時に進むうちに、艦そのものが急速に崩れはじめる。
決定打となるのは、ナウヘアから合流したコスモ(マリア・バカローヴァ声)の念力だ。元ソ連の宇宙犬として『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ホリデー・スペシャル』に登場したキャラクターで、本作で初めてその念力の本領を見せつける。コスモは生存空間ごとアレーテの外殻を浮かび上がらせ、そのままナウヘアまで運んでいく。クラグリンが『良き犬だ、よくやった』と声をかけ、前作から口論じみた間柄だった二人の関係も、ここでようやく和らぐ。
ナウヘアへ帰り着いた一行は、運び込んだ子どもたちと改造動物たちを共同体へ引き渡す。子どもの一部はナウヘアの住人が養子として引き取り、再社会化が可能な動物たちは、残るか去るかを自らの意思で選ぶ。ベイビー版ではなく成体へと育った改造アライグマたち、すなわち『新しいロケットたち』が、ナウヘアの広場でぎこちなく歩く。その姿は、ロケットが背負ってきた『個別の事故』が、別の星の別の生き方へと変換されていく希望のショットになっている。
解散とそれぞれの選択
ナウヘアでの再建を終えてまもなく、ガーディアンズは長い対話の時間を持ち、めいめいがこれから何をするのかを言葉にして決めていく。ジェームズ・ガンは本作の最後の30分を戦闘ではなく、『お別れの言葉』に費やした。三部作の完結編にして、MCUのほかの作品がめったに取らない長さの解散シークエンスである。
ピーター・クイル/スター・ロードはチームを離れ、地球で暮らす祖父(グレッグ・ヘンリー)のもとへ向かう。1988年、少年だった彼がヨンドゥにさらわれて以来、一度も会えなかった祖父との再会が、エンドクレジット直前に置かれている。「お前はずっと、私の孫だ」と祖父は語りかけ、二人は雪のミズーリの庭に並んで朝食をとる。1988年で時を止めていた彼の心が、ようやくその年から動き出す——そのさまが画面に刻まれる。
ロケットは、ガーディアンズの新たな艦長となる。アレーテからの脱出を経て、彼はようやく自分自身を『生きていてもいい存在』として受け入れ、ライラが遺した『友達』という概念を、新世代の仲間とともに受け継ぐ道を選ぶ。新メンバーは、グルート(最年長の側)、コスモ、クラグリン、フィラ(実験施設で出会った成長系の新人類)、そして合流したアダム・ウォーロック。コミック原作の『新生ガーディアンズ』編成への、明確な橋渡しだ。
ガモーラはピーター・クイルとの関係をやり直すのではなく、いま自分が身を置く場所——スタカル・オゴード亡き後のラヴェジャーを率いる立場——へと戻っていく。「私は、ここでの私だ」と彼女は告げる。MCUとしては珍しく、『元の関係には戻さない別れ』を選んだ場面である。ネビュラはナウヘア共同体の指導者として残る道を選ぶ。ドラックスは保護した子どもの父親代わりとなり、マンティスは別の星で別の使命を見つけたいという旅へ——二人はそれぞれ別の道を歩み出す。マンティスはエゴ亡き後、ようやく『自分のために生きる』ことを選べるようになり、最後の場面で『私は私のためにこれを選ぶ』と一言残して去っていく。
そして、抱擁の輪の最後に、グルートが初めて明瞭な英語で『I love you guys(みんなのことを愛してる)』と口にする。本シリーズで彼がずっと言い続けてきた『I am Groot(私はグルート)』の本当の意味が、最後にようやく観客にもわかる形で明かされるのだ。ロケットの右肩で『Mr. Blue Sky』ではなく『Dog Days Are Over』(フローレンス・アンド・ザ・マシーン)の弾むビートが鳴り出し、新生ガーディアンズが艦の階段を上っていく——その姿で本編は幕を閉じる。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、シリーズ完結編としての立ち位置と、新生ガーディアンズへの繋がりを意識して整理しておく。初見ですべてを覚える必要はない。後の MCU 作品で再び顔を出した際に、ここへ立ち返って参照してもらえればよい。
- ピーター・クイル/スター・ロード
- ロケット
- グルート(成体)
- ガモーラ(2014年版)
- ネビュラ
- ドラックス・ザ・デストロイヤー
- マンティス
- クラグリン・オブフォンテリ
- コスモ
- ハイ・エヴォリューショナリー
- アダム・ウォーロック(中盤まで敵側)
- アイーシャ
- ラヴァン・ホー・キール
- オルゴコープ警備部隊
- スタカル・オゴード(言及)
- ラヴェジャー新世代の盗賊団
- ピーターの祖父
- カウンター・アースのヤギ家族
- フィラ(実験施設から保護された新人類)
- アライグマ・テウフェル等の改造動物たち
- ライラ(カワウソの少女)
- ティーフス(セイウチ)
- フロア(ウサギ)
- 若き89P13
- ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー
- ハイ・エヴォリューショナリーの実験施設
- オルゴコープ
- ソヴリン
- ラヴェジャー連盟(後継体)
- ナウヘア共同体
- ナウヘア(セレスティアル頭蓋骨内部の共同体)
- オルゴ・スフィア
- カウンター・アース
- アレーテ(ハイ・エヴォリューショナリー旗艦)
- アレーテ内部の檻区画と培養槽
- 1988年のミズーリ
- 殺害コード(killswitch)
- 89P13の起源タグ
- アダム・ウォーロックのコクーン
- ヤカ・アロー(クラグリン継承)
- コスモの念力
- アレーテの培養槽
- Awesome Mix Vol.3 のカセット
- 宇宙服一式(前作からの継承)
- ハイ・エヴォリューショナリーの『完璧主義』
- 改造動物(バッチ89)
- 対地球(カウンター・アース)プロジェクト
- アダム・ウォーロックの未熟さ
- コスモの念力
- ロケットの応用工学
- マンティスの共感能力
- セレスティアルの遺骸
- 新生ガーディアンズの艦長ロケット
- アダム・ウォーロックの合流
- ピーターの祖父との地球の朝
- 『The legendary Star-Lord will return(伝説のスター・ロードは帰ってくる)』のカード
11主要登場人物
本作は三部作の締めくくりとして、メンバー一人ひとりに「この一作を経て最終的にどう変わったのか」という明確な着地点を用意している。ジェームズ・ガンの演出は徹底している。誰一人として、物語の序盤と同じ場所に留まったまま終わらせはしないのだ。
ロケット
本作の真の主役はロケットだ。前作までは「毒舌でしゃべるアライグマ」という造形が前面に出ていたが、その毒舌が初めて「友達を全員失った生存者の防衛反応」として描かれる。仲間ライラ、ティーフス、フロアの存在を観客が知った瞬間、過去のシリーズで彼が放ってきた一言一言の意味が、後ろから書き換えられていく。
終盤、ハイ・エヴォリューショナリーを撃たないという選択は、シリーズ全体を貫く「家族は選び直せる」というテーマへの最終的な答えである。ライラの「あの星に行こう」という言葉を、復讐としてではなく、新生ガーディアンズの艦長として受け継ぐのだ。アレーテで救出した動物たち、そしてかつての自分の姿でもある改造アライグマたち。彼らの存在は、ロケットが孤独な突然変異体から「同じ仲間を持つ種族の一員」へと書き換えられたことを、画面そのもので示している。
ピーター・クイル/スター・ロード
本作のピーターは、『エンドゲーム』で失った2014年版ガモーラの不在を抱え、序盤は泥酔と無気力に沈んでいる。軽口、選曲のセンス、そしてヨンドゥから受け継いだもの——前作までに築かれた彼の魅力的なアイデンティティは、本作の前半で意図的に剥ぎ取られていく。
終盤、彼が選んだのはチームを率いる艦長としての復帰ではない。地球に住む祖父との再会だった。1988年に少年のままヨンドゥに連れ去られた彼の人生は、本作のラストでようやく1988年から先へと動き出す。雪のミズーリ、祖父と庭に並ぶ最終ショットは、ガーディアンズというチームが彼を「家族の代用品」ではなく「家族そのもの」として遇してきたという事実を、改めて確かめる場面でもある。彼はチームを離れることで、初めてガーディアンズが家族だったと言える地点に到達するのだ。
関連リンク
ガモーラ
本作のガモーラは、『エンドゲーム』でサノスとともに2014年から現代へタイムスリップしてきた個体である。観客がよく知る、ピーターと愛し合ったガモーラの記憶は彼女にはない。現代のラヴェジャーに身を置き、荒っぽい生き方を選んでいる。
ピーターとの関係が再び結ばれることを期待していた観客に対し、ジェームズ・ガンはあえて元の関係への復縁を与えない。「私はあんたが愛した女じゃない」と告げる彼女は、相手のために自分の人生を書き換えることを拒む。本作のテーマである「家族は選び直せる」とは、必ずしも「元のかたちに戻す」ことではない――そのもうひとつの答えがここにある。終盤、彼女はラヴェジャーへ戻る道を選び、ガーディアンズに合流することはない。
ドラックス、マンティス、ネビュラ
ドラックスは本作で『破壊者』から『父』へ書き換えられる。培養槽の子どもたちを抱きしめて運び出す彼の手つきは、亡き娘と妻の喪失をようやく別のかたちで埋め直す行為である。マンティスは彼に『あんたは戦士じゃない、お父さんだ』と告げる。本作で最も多く泣いたと述懐する観客が多い一節である。
マンティスは前作で『他人のために生きてきた』背景を持っていたが、本作で初めて『自分のために生きる』を選択する。彼女は終盤、保護した子どものいる星には残らず、別の銀河へ自分の旅を始める。エゴの装置として作られた彼女が、ようやく自分の人生を持つ瞬間である。
ネビュラは本作で誰よりも安定したリーダーとして機能し、ナウヘア共同体の指導者として残ることを選ぶ。サノスの娘として暴力を受け続けた彼女が『場所を治める者』として落ち着くことは、シリーズの初期から積み上げてきた贖罪の終着点である。
ハイ・エヴォリューショナリー
本作のヴィラン。マーベル・コミックの古参キャラクターで、その起源は遠く1960年代の『マイティ・ソー』誌にまで遡る。MCU版のハイ・エヴォリューショナリーは、神を超える完璧な社会を築こうとし、自ら生み出した生物が基準値からわずかでも外れれば即座に焼却する。自己中心と科学万能主義が結びついた怪物として造形されている。
彼を演じるチュクウディ・イウジの芝居の妙は、知性と苛立ちを同居させた表情にある。ハイ・エヴォリューショナリーは観客の目には滑稽なほど自分が正しいと信じて疑わず、その滑稽さがそのまま恐怖へと直結していく。子どもや動物への暴力を画面上で実行してみせることで、観客はこの男に、これまでのMCUヴィランとは異なる種類の生理的嫌悪を抱く。終盤、ロケットが彼を撃ち殺さなかったことの倫理的な重みは、彼が「撃ち殺すに値する」と観客自身が感じてきたことを前提に、はじめて成立するのだ。
そしてもう一点、見逃せないのが反転構造である。ハイ・エヴォリューショナリーの言う「完璧な世界」は、冒頭でカウンター・アースとして観客の眼前に提示される。ところがわずか30分後、彼はそれを自らの手で焼き払ってしまう。彼にとって創造物は執着の対象ではなく、いくらでも修正のきくベータ版の被験体に過ぎない——その姿勢こそ、ロケットが89P13として味わわされたものの、まぎれもない再演なのである。
アダム・ウォーロック
前作のポストクレジットで、ソヴリンの女王アイーシャが造り出した「完成された存在」として予告されていた人物だ。本作では生育を急がされたまま戦場へ送り込まれており、見た目こそ大人だが、その精神は幼児に近い。戦闘力は規格外でありながら判断力は支離滅裂で、きわめて不安定な存在として登場する。
物語の終盤、彼は母アイーシャの意向にも、自分が造られた目的にも縛られない。混戦のさなか、宇宙空間へ放り出されたピーターを救うという、独立した判断を自ら下すのだ。これはMCUにおける彼の最初の倫理的な選択であり、続編『新生ガーディアンズ』のメンバーという位置づけの根拠ともなっている。ウィル・ポールターはコメディと不気味さを同居させた芝居を見せ、本作の重い主題のなかで観客に小さな笑いと余白を与える役割も果たしている。
舞台と用語
本作の舞台は、再建途上のナウヘア、オルゴコープ本社にあるオルゴ・スフィア、ハイ・エヴォリューショナリーが造り上げた人工惑星カウンター・アース、その旗艦アレーテ、そしてラストを飾る1988年のミズーリ(および現代の祖父宅)に分かれる。MCUの宇宙パートとしては、前作『:リミックス』や『:インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』を支えてきた銀河の地理に、シリーズを締めくくる新たな舞台を書き加える位置づけだ。
押さえておきたい重要用語は次の通りだ。ハイ・エヴォリューショナリー(神を超える生物を造ろうとする科学者)、バッチ89/90(彼が量産した実験体のロット番号)、カウンター・アース(地球を模した「改良版人類」の社会)、オルゴコープ(遺伝子工学企業)、アダム・ウォーロック(ソヴリンが完成させた金色の人型存在)、コスモ(強力な念力を持つロシアの宇宙犬)、ナウヘア(セレスティアルの頭蓋骨内部に築かれた自治共同体)、Awesome Mix Vol.3(ピーターの新たなカセット)。いずれも続編の『新生ガーディアンズ』や『マーベルズ』以降のMCUで言及・参照される可能性が高い。本作で意味をつかんでおけば、後の鑑賞がぐっと滑らかになるはずだ。
本作の宇宙に、もはや「インフィニティ・ストーン」のスケールは存在しない。物語が独立して見える理由のひとつでもある。だが、ハイ・エヴォリューショナリーの「完璧主義」とサノスの「均衡主義」は、銀河規模で人類を設計し直そうとする支配欲という一点で、根を同じくしている。ロケットが本作で下す「撃たない」という選択は、その種の支配欲そのものに対する一つの答えにもなっている。
関連リンク
19制作
本作の制作は、ジェームズ・ガンの一時的なディズニー降板、そしてその後のDC側スタジオ社長就任という前例のない経緯を経て進められた。一連の動きのなかで本作は、ガンにとってMCUからの『置き土産』と位置づけられた一本である。
企画と脚本
ジェームズ・ガンは当初から三部作の構想を抱いており、ロケットの過去を軸に据えた完結編の脚本は、前作『:リミックス』の公開以前から下書きが存在していたという。2018年7月、過去のソーシャル投稿を理由にディズニーがいったん降板を決定したが、キャスト陣の強い擁護声明と業界内の世論を受け、翌2019年3月に復帰が発表された。この降板期間中、ガンはワーナー側で『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』『ピースメイカー』を完成させており、本作はそれらを経て改めてMCUに戻ったうえで撮影されたものである。
脚本の核心に置かれた感情の鍵は、子供時代のロケット(ラスカル)が檻の中で口にする「友達」という概念だ。父性とは何かを中心に組み立てられた前作『:リミックス』に対し、本作は友情とは何か、そして生かしてよい存在とは何かを軸に据えている。ガンは本作のテーマについて、「動物虐待というセンシティブな題材をMCUに持ち込んだ理由は、ロケットというキャラクターを最初から最後まで誠実に描くため、ただそれだけだった」と繰り返し語っている。
キャスティング
ハイ・エヴォリューショナリーを演じるチュクウディ・イウジは、ガンが『ピースメイカー』のキャスティングの過程で出会い、その手応えから本作でより大きな役どころに抜擢した俳優だ。アダム・ウォーロック役のウィル・ポールターはオーディションを経て決定。見た目の成熟と精神年齢の幼さというギャップを全身で表現する難役で、その演技力が高く評価された。
幼少期のロケット(ラスカル)の声は、別の若手俳優ではなく、ブラッドリー・クーパー本人が声色を変えて演じている。これにより、現在のロケットと幼い日のラスカルが地続きの存在であることが、画面の隅々まで一貫して保たれている。ライラ(リンダ・カデリーニ)、ティーフス(アサド・ヤール)、フロア(ミキ・モンロー)の配役には、ガンが意図して「テレビや映画の脇役として長く愛されてきた声」を集めたという経緯がある。
ガモーラのゾーイ・サルダナ、ピーターのクリス・プラット、ドラックスのデイヴ・バウティスタ、マンティスのポム・クレメンティエフ、ネビュラのカレン・ギラン、グルートのヴィン・ディーゼル、ロケットのブラッドリー・クーパー、クラグリンのショーン・ガン、コスモのマリア・バカローヴァと、三部作の主要キャストは全員が続投。バウティスタとプラットは、本作をもってそれぞれの役柄に一区切りをつける意向を公にも表明している。
撮影
撮影監督は、前作・前々作から三作連続でヘンリー・ブラハムが務めた。本作は、マーベル・スタジオ作品のなかでも全編を Red V-Raptor 8K VV カメラで撮影したごく初期の一本である。ロケットの過去を描く檻のシーンでは、現在パートと色温度を意図的に大きく変え、暖色寄りの黄色を強めた照明を用いた。そうして画面には、童話のような苦さがにじんでいる。
撮影は2021年11月から2022年5月にかけて、米国アトランタ近郊の Trilith Studios で行われた。カウンター・アースの郊外住宅は、ハイ・エヴォリューショナリーの掲げる『完璧な世界』を観客に違和感なく信じさせなければならない。そのため、実寸大の住宅セットを建て、ロケーション撮影さながらの質感を追求した。アレーテ内部の檻区画は、最終的な空撮までを見据え、広い面積を占めるセットとして組み上げられている。
視覚効果
視覚効果は Framestore、Weta FX、Sony Pictures Imageworks、ILM、Wylie Co.、DNEG、Method Studios など多数のスタジオが分担した。ロケットの体毛のシミュレーション、改造動物たちの毛皮や皮膚、そして目に宿る感情の表現、金色の人型として描かれるアダム・ウォーロック、カウンター・アース上空の砲撃シーン、アレーテ内部の浮揚と崩壊の場面。これらが本作で特に技術的に高い評価を集めた。
改造動物群の描写について、ガンは当初から『リアルすぎて動物虐待に見えないラインを慎重に取る』方針を掲げた。動物の苦痛は明確に描くが、観客に過度な拷問描写は見せない。むしろ動物の目に宿る感情で痛みを伝える――この方針が各VFXスタジオの作業基準として共有された。第96回アカデミー賞ではメイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされ、ロケットの過去を演じたキャストの実体造形が高く評価された。
音楽とAwesome Mix Vol.…
劇伴音楽はタイラー・ベイツに代わり、『28日後』『サンシャイン2057』などで知られるジョン・マーフィーが担当した。三部作を通してコンポーザーが交代するのは、これが初めてである。マーフィーは、現在パートには宇宙的なスケール感を、ロケットの過去回想には童話のような頼りなく弱々しい響きを与え、ふたつの音色を巧みに使い分けた。
挿入歌を集めたサウンドトラック・アルバム『Awesome Mix Vol. 3』は、これまでの『70年代〜80年代』という縛りを外している。レディオヘッド『Creep』、ビースティ・ボーイズ『No Sleep Till Brooklyn』、ハートのジョン・ライヴァス『Crazy on You』、フェイスズ『Ooh La La』、フローレンス・アンド・ザ・マシーン『Dog Days Are Over』、スパイス・ガールズ『Spice Up Your Life』と、収録曲はより幅広い年代に及ぶ。これは『ピーターの母メレディスのカセットを継いだ』という前作までの設定ではなく、ピーター自身が新たに編んだプレイリストだという、物語上の位置づけを反映したものだ。
象徴的に使われるのは、冒頭ナウヘアでの『Creep』、オープニング戦闘のスパイス・ガールズ、ロケット手術のロックである『In the Meantime』、そしてラストの解散シーンを彩る『Dog Days Are Over』だ。葬送的でも勝利的でもなく、『次の朝が来た』に近い感触を残すラストである。
編集と尺
編集はフレッド・ラスキンとグレッグ・ドーリアが担当した。本編の最終上映時間は150分で、三部作中もっとも長い。ガンはラフカットを「3時間近かった」と公の場で語っており、削除された場面は、カウンター・アースの市民を描いたシーン、アレーテ突入直前に交わされるチーム内の対話の一部、そしてエンドクレジット直前に置かれたピーターと祖父のシーンの長尺版だったとされる。
本作の編集では、ロケットの過去の回想を独立した長いフラッシュバックにまとめず、現在のパートに数分単位で差し挟んでいく構造を採った。これにより観客は、ロケットがいま向き合うハイ・エヴォリューショナリーへの感情と、かつて失った仲間への罪悪感とを、同時に味わうことになる。三部作の感情的な重みをもっとも色濃く背負った編集設計である。
26公開と興行
本作は2023年4月22日、ロサンゼルスのドルビー・シアターでワールド・プレミアを迎えた。4月末から欧州・アジアで段階的に公開され、米国と日本では5月の連休に合わせて劇場公開されている。北米のオープニング3日間は約1.18億ドル、世界初週末は約2.83億ドルを記録。フェーズ4からフェーズ5前半にかけて落ち込み気味だった興収傾向を、一段押し戻す好スタートを切った。
最終的な世界興行収入は約8.45億ドルに達した。マルチバース・サーガ前半にあって、興収面でも観客評価の面でも明確に高い水準を保ち、CinemaScore や PostTrak による観客評価はフェーズ4以降の MCU 作品で最上位クラスを記録している。日本国内でも公開後数週にわたって週末興行の上位を維持し、最終的に約36億円の興収を上げた。
第96回アカデミー賞では、メイクアップ&ヘアスタイリング賞にノミネートされた(受賞は『哀れなるものたち』)。サターン賞では最優秀コミック原作映画賞を、ヒューゴー賞では長編映像作品部門のノミネートを獲得。劇中音楽を集めた Awesome Mix Vol. 3 のサウンドトラックは Billboard 200 にチャートインし、リリース週には全米トップクラスのセールスを記録した。
ポストクレジット要素
本作はMCUとしては珍しく、ポストクレジットを数多く並べた前作とは対照的に、わずか二つに絞った構成を取る。それぞれが本作の主題と続編への伏線を、最小限の言葉で示している。
- ①ミッドクレジット:新生ガーディアンズの艦長として再構成されたロケットが、グルート、コスモ、クラグリン、フィラ、アダム・ウォーロックと共に『I Will Survive』(旧ガンプレイリスト由来)に合わせて任務へ向かう短いシーン。本シリーズが宇宙の盗賊団から正式なヒーローチームへと書き換えられたことの宣言である。
- ②ポストクレジット:地球の祖父宅でピーター・クイルが朝食を取り、祖父と並んで新聞を読む静かなショット。1988年に時を止めていた彼の人生が、ようやくその先へ進んだことを画面で確認する。続いて『The legendary Star-Lord will return(伝説のスター・ロードは帰ってくる)』のカードが入り、ピーター個別の続編可能性を公式に予告する。
28批評・評価・文化的影響
本作は、フェーズ4以降のMCUが観客との間に抱えていた温度差を押し戻す転換点として位置づけられた。批評の支持は前作を上回り、なかでもロケットの過去を主役に据えた完結編としての完成度の高さが、続編ものの基準点としてあらためて評価された。
一方で、批評の論点もいくつか残った。動物虐待の正面からの描写がPG-13の枠ぎりぎりであり、親子での鑑賞には別途の判断が必要だという指摘。150分という上映時間の長さ。そして、ハイ・エヴォリューショナリーがやや一面的な悪役として描かれているという意見だ。これらは作品の倫理的な重さをめぐって、「重すぎる」「その重さに見合うだけの完成度がある」という二つに割れた反応として残った。
文化的な影響としては、大きく三点が挙げられる。ロケットというキャラクターがMCUで最も愛されたキャラクターの一人として定まったこと。動物実験や虐待というシリアスな主題をスーパーヒーロー映画の本筋に持ち込む試みが、今後の作品の指標になったこと。そして三部作の完結編として、チームを解散させてもよいという選択肢をMCUが示したことである。ジェームズ・ガンが本作直後にDCスタジオの共同代表に就任したこともあり、本作は彼のMCU期の事実上の最終作として記憶されている。
舞台裏とトリビア
幼少期のロケット、すなわちラスカルの声を演じるのは、現在のロケットと同じブラッドリー・クーパー本人である。両者を地続きに感じさせる声色が印象に残る。当初は幼少期に若手俳優を別途起用する案もあった。だが、ガン監督が「ロケットの過去と現在が同じ存在であることを、観客の耳で確かに感じ取ってほしい」と申し入れ、最終的にクーパー本人による演じ分けへと統一された。
カウンター・アースの郊外住宅に並ぶ小道具は、アメリカ中西部の郊外を再現するため、米国産の家庭用品ブランドを実際に取り寄せて配したという。冷蔵庫の磁石、車寄せに置かれた自転車、家族写真の額縁。こうした細部は、上空からの砲撃の前後で「失われたものの具体性」を観客に感じさせるため、意図的に密度高く置かれている。
アレーテで救出された改造アライグマの群れは、終盤、ナウヘアへ帰還する場面で一斉に二足歩行する。これはロケットのクローンや双子ではない。同じハイ・エヴォリューショナリーが量産した「同種の被験体たち」である。孤独だったロケットが、物語の最後に初めて「同じ種類の仲間」を得る。そんな密かな救済として配されている点に注目したい。
アダム・ウォーロックを演じるウィル・ポールターは、本作への出演にあたり、筋肉の増量、頭部の脱色、ボディスーツによる金色の表皮表現を含む大がかりな肉体改造を経ている。中盤までほぼ無言で動き、終盤になって初めて他者を助ける——この演技プランは、ガン監督の脚本指示によるものだ。
葬儀的なセレモニーを描かないことも、本作の選択である。前作『:リミックス』ではヨンドゥの葬儀が大きな見せ場となったが、本作ではガーディアンズが互いに「お別れの言葉」を、生きたまま伝える時間を最後の30分に充てている。死による別れではなく、生きたままの選択による別れ。そのトーンが、シリーズの締めくくり方を決定づけた。
30テーマと解釈
本作の中核にあるのは『友達とは何か』という問いだ。第1作で『寄せ集めのはみ出し者』として出会った一行は、第2作で『父親とお父さんは別だ』と告げ合い、家族になった。その関係が本作で『友達』という、もう一段親密な間柄へと書き換えられる。ライラがラスカルに教えたのは、家族でも父親でもなく『友達(friend)』だった。そこから生まれた『私たちはいつかあの星に行く』という願いが、本作のすべての行動を裏で支えている。
もう一つの主題は『生かしてもよい命とは誰が決めるのか』である。ハイ・エヴォリューショナリーは『完璧でないものは焼く』と宣言し、そのとおりに実行する。ロケットは『友達を全員失った生存者』として、その同じ理屈が支配する世界をかろうじて生き延びてきた。終盤、彼があえてハイ・エヴォリューショナリーを撃たないと選ぶことで、本作は一つの答えを示す。生かしてもよい命を決めるのは、作った側ではなく、生きている側だ、と。
三つ目の主題は『別れと続行』である。MCUの他作品の多くがメンバーの死や和解を物語の中心に据えるのに対し、本作は『元の関係には戻さない』ことを最終形態に選んだ。ピーターは地球へ、ガモーラはラヴェジャーへ、マンティスは自分の旅へ、ドラックスとネビュラはナウヘアへ、ロケット・グルート・コスモ・クラグリン・アダムは新生ガーディアンズへ。同じ家族でい続けることが正解なのではない。それぞれが自分の選びたい場所へ向かうこと、それ自体がチームの成功なのだ──シリーズ全体に区切りをつけるための、そんな主題である。
31見る順番
本作は『ガーディアンズ』三部作の完結編にあたる。鑑賞に欠かせない前提は『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』(2014)、『:リミックス』(2017)、そして『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』だ。加えて2022年に配信された『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ホリデー・スペシャル』にも目を通しておきたい。コスモ、ナウヘア共同体、そしてピーターの祖父の存在感を、より深くつかめるはずだ。
本作のその後については、MCUがピーター・クイル単独の続編の可能性を予告している。それを待ちつつ、関連する人物が顔を見せるであろう今後の作品で再会する、という位置づけになる。ジェームズ・ガンによるシリーズ監督への復帰は、本作の時点では未定だ。ひとまず本作を、シリーズの一区切りとして味わうのがいいだろう。
32よくある質問
「あらすじだけ知りたい」なら、ナウヘア襲撃から殺害コードの発覚、オルゴコープ潜入、カウンター・アースの焼却、アレーテへの突入、ロケットがロケットを撃たない選択、改造動物と子どもたちの解放、そして解散と各人の決断——この骨格を押さえれば十分だ。「結末・ネタバレを知りたい」なら、核となるのは次の四点である。ライラ、ティーフス、フロアがハイ・エヴォリューショナリーに殺されたこと。ロケットがハイ・エヴォリューショナリーを撃たない道を選ぶこと。ピーターが地球の祖父のもとへ帰ること。そしてロケットが新生ガーディアンズの艦長になることだ。
「初めて観る」なら、最低限おさえておきたいのは前作『:リミックス』までと『エンドゲーム』だ。本作のガモーラが現代の彼女と違う理由は『エンドゲーム』に直結しており、ここを飛ばすと冒頭から漂う彼女の冷たさが伝わってこない。可能なら『ホリデー・スペシャル』も足しておきたい。コスモとナウヘア共同体の存在感が、ぐっと際立ってくるはずだ。
「動物の描写は子どもと一緒に観て大丈夫か」という点だが、PG-13の枠内とはいえ、動物実験や檻、手術、殺害が正面から描かれる。低年齢層の鑑賞は保護者の判断を強く勧めたい。本作はMCUのなかでも、倫理的な重さに真正面から踏み込んだ一本である。
33参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、受賞歴、配信状況、外部評価は変動する場合があるため、視聴の前に公式サイトや各データベースの最新情報を確認してほしい。本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies のために独自の日本語記事として構成したものである。