ソー:ラブ&サンダーは、2022年公開のアメリカ映画で、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)を構成する一作である。失意のソーが、四期がんと闘いながらマイティ・ソーとして帰還した元恋人ジェーン・フォスターと再会し、神々を殺してまわる絶望の刺客ゴア・ゴッドブッチャーに挑む物語を描く。ユーモアとロックを織り交ぜた宇宙活劇として、MCUフェーズ4を締めくくる位置づけの作品である。
00概要
『ソー:ラブ&サンダー』(Thor: Love and Thunder)は、タイカ・ワイティティが監督し、ワイティティとジェニファー・ケイティン・ロビンソンが脚本を共同執筆した、2022年公開のアメリカのスーパーヒーロー映画である。製作はマーベル・スタジオ、配給はウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の通算第29作であり、フェーズ4の第10作にして同フェーズを締めくくる最終長編にあたる。ソー単独シリーズとしては、『マイティ・ソー』(2011)、『ダーク・ワールド』(2013)、『ラグナロク』(2017)に続く第4作。アメリカと日本ではともに2022年7月8日に劇場公開された。
物語の中心にいるのは、『エンドゲーム』後にガーディアンズ・オブ・ギャラクシーと宇宙を放浪してきた雷神ソー(クリス・ヘムズワース)と、その元恋人で天体物理学者のジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)である。ジェーンはがんの四期にまで進行し、化学療法でも余命を延ばせる見込みは薄い。砕けてニュー・アスガルドの記念碑として安置されていた魔法のハンマー、ムジョルニアが、そんな彼女を「呼び」、新たな雷神『マイティ・ソー』へと変身させてしまう——これこそが本作最大の発明だ。
敵役はゴア・ゴッドブッチャー(クリスチャン・ベイル)。砂漠に暮らす信仰深い民として登場する彼は、神へ祈り続けた末に最愛の娘を失う。やがて崇めてきた神の正体が、信徒の苦しみになど無関心な遊興者にすぎないと目の当たりにする。怒りと喪失のなか、聖剣ネクロソード(オール・ブラック)が彼を選び、神々を一柱ずつ屠っていく「神を殺す者」が誕生する。ゴアはニュー・アスガルドの子どもたちを誘拐し、宇宙の中心にある「エタニティ」へ願いを届ける儀式へと巻き込んでいく。
本作はジェイソン・アーロンのコミック『マイティ・ソー:ゴッド・ブッチャー』『マイティ・ソー:アンワーシー・ソー』を主な下敷きとしつつ、ワイティティ色の濃い80年代ハードロック調の映像言語と、Guns N' Roses の楽曲(『Sweet Child o' Mine』『Welcome to the Jungle』『November Rain』『Paradise City』ほか)が貫くサウンドトラックをまとう。本記事は、力と寿命を引き換えに最終決戦へ向かったジェーンがソーの腕の中で息を引き取りヴァルハラへ昇る結末、ゴアが復讐ではなく娘ラブの蘇生を願って消える結末、生き延びていたゼウスが息子ヘラクレスを差し向けるミッドクレジット、そしてヘイムダルがヴァルハラでジェーンを迎えるポストクレジットまで、すべてのネタバレを前提に整理した完全ガイドである。
主要データ
- 原題
- Thor: Love and Thunder
- 監督
- タイカ・ワイティティ
- 脚本
- タイカ・ワイティティ/ジェニファー・ケイティン・ロビンソン
- 原作
- ジェイソン・アーロン『マイティ・ソー:ゴッド・ブッチャー』『マイティ・ソー:アンワーシー・ソー』
- 音楽
- マイケル・ジアッキーノ/ナミ・メルマド
- 撮影
- バーズ・イドワン
- 米国公開
- 2022年7月8日
- 上映時間
- 119分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、SFファンタジー、コメディ、悲劇
01あらすじ
本作はミッドクレジットおよびポストクレジットの場面を含む全編のあらすじである。物語は、神に裏切られたゴアが『神を殺す者』へと変節する遠い昔のプロローグから幕を開ける。そこから現代パートへと移り、ソーがジェーン・フォスターの帰還、そして再びの別れを経験するロマンスと、アスガルドの子どもたちを救うための宇宙を股にかけた冒険とが並行して描かれていく。やがて物語は、ジェーンは命を、ゴアは怒りを、ソーは恋人を失い、その代わりにソーが養女として『ラブ』を得る——という三人それぞれの喪失と継承の物語へと収束していく。
ゴアと神を殺す者の誕生
映画は乾ききった赤茶の砂漠から幕を開ける。痩せ細った父と娘——ゴアと幼い娘——が、すでに息絶えた仲間たちの間を縫うように歩いていく。神ラプの加護を信じての行軍だ。「神は私たちを連れて行ってくれる」。娘は父の信仰の言葉を繰り返しながら、やがて力尽きる。砂塵に倒れた娘を抱きしめるゴアの前に、緑豊かなオアシスが忽然と現れる。黄金の装身具を鳴らして姿を見せた神ラプ(ジョナサン・ブルー)は、しかしゴアの一族が絶滅したことなど歯牙にもかけない。新しい信徒など「砂漠にいくらでもいる」と嗤うばかりだ。あなたのために生涯祈り続けた——崩れ落ちるゴアに、ラプは「お前たち下等な生物のための報酬などない」と告げる。
そのとき、近くで死に倒れた別の神の手元から、漆黒の刃が転がり出てゴアの足元で止まる。刃は囁き、ゴアを「選ぶ」。聖剣ネクロソード(オール・ブラック)と呼ばれるその武器は、神を殺すために鍛えられた最初の獲物の延長であり、振るう者の生命と憎しみを糧に長く生き永らえる呪われた剣だ。ゴアは剣を握りしめ、なおも嘲笑するラプの首を一刀のもとに刎ね飛ばす。死にゆく神の声は、まるで「信仰は本物ではない。我々を殺せ」と命じているかのようにさえ聞こえる。
娘の亡骸を前に、ゴアは宇宙のすべての神を皆殺しにすると誓う。タイトルカードに重ねて、彼が次々と神を屠っていく時の流れがシルエットで描かれる——金色の宮殿で、雪の山で、海の底で、星々のあいだで。ネクロソードは持ち主の肉体を少しずつ蝕み、ゴアは色を失い、骨ばった蒼白い容貌へと変じていく。MCUが築いてきた「神々の世界」が、ここでは日常的に殺戮されていく。シリーズでも類を見ないほど凄惨なプロローグだ。
ガーディアンズと太ったソーの卒業
場面は変わって現代の銀河の片隅。バーグマンの惑星と呼ばれる星では、巨大な触手の侵略者から村人を守るため、ガーディアンズ・オブ・ギャラクシーがソーとともに戦っていた。ピーター・クイル/スター=ロード(クリス・プラット)、ドラックス(デイヴ・バウティスタ)、マンティス(ポム・クレメンティエフ)、ネビュラ(カレン・ギラン)、ロケット(ブラッドリー・クーパー)、グルート(ヴィン・ディーゼル)。彼らと肩を並べてストームブレイカーを振るうソーは、『エンドゲーム』終盤であれほど恥じた肥満体型をすっかり絞り直し、ふたたび神話的な戦士へと戻っている。語り手を務めるのはコーグ(タイカ・ワイティティ声)。ソーの宇宙放浪が「自分探し」の旅であったことを、観客に語りかけていく。
勝利の宴のさなか、ガーディアンズの通信機に、銀河じゅうの神々からの遭難信号が次々と飛び込んでくる。神々の宮殿がことごとく襲われ、住人が皆殺しにされているという。ピーターは「お前の物語は他人を救うことじゃない。お前自身の物語が始まる場所に戻れ」とソーを諭し、ガーディアンズから送り出す。ソーは「仲間と離れるのは家族との別離だ」とおおげさに嘆きながらも、二頭の聖なる山羊トゥースナッシャーとトゥースグラインダー——たった今救ったばかりの村から贈られた巨大な戦闘ヤギ——を引き連れ、最初の救援要請が発せられた地へ向かう。
発信地は、シフ(ジェイミー・アレクサンダー)が単身でゴアの追跡に向かっていた星だった。ソーが駆けつけたとき、シフは片腕を斬り落とされ、瀕死のまま雪原に倒れていた。彼女は「神を殺す者がやってくる」「次の標的は新しいアスガルドだ」と告げ、戦士たるもの、みずから死を選び戦場で果てるべきだったと悔やむ。ソーは彼女をニュー・アスガルドへ送り届けると、自身もすぐにその後を追った。
ジェーン・フォスターの帰還
物語の視点はソーを離れ、地球に暮らすジェーン・フォスター博士へと移る。『ラグナロク』でヘラに砕かれたムジョルニアは、その後かき集められた欠片からアスガルド古来の姿に再構成され、ニュー・アスガルドの記念碑として安置されていた。天体物理学者であるジェーンは、宇宙橋アインシュタイン=ローゼン橋の研究を続け、自著はベストセラーにもなっている。だがその一方で、彼女は四期のがんと診断され、抗がん治療でも延命は難しいと宣告される。
『最後の希望』として、ジェーンはかつて自分にも語りかけてきたムジョルニアの記憶を頼りに、ニュー・アスガルドへ向かう。記念碑の前に立つ彼女に、砕けたままだったムジョルニアの破片が応える。空中で再び一つに組み上がったハンマーは、ジェーンの手のなかへ飛び込む。雷光が走り、彼女はアスガルドの戦闘装束をまとった『マイティ・ソー』へと姿を変える。コミック原作で2014年から数年にわたって描かれた、ジェーン・フォスターがソーの称号を継承するエピソードを忠実に映像化した瞬間である。
ただし、ムジョルニアの力は彼女の命と背中合わせだ。マイティ・ソーへ変身しているあいだ、ジェーンの体は痛みもがんも忘れ、全盛期の状態へと戻る。しかし変身を解いた瞬間、変身していた分だけ進行したがんが一気に押し寄せ、化学療法で抑え込んでいたはずの進行を打ち消してしまう。つまり、ハンマーを振るうたびに、彼女に残された時間は加速度的に削られていく——本作のロマンスを成り立たせると同時に、最終的な悲劇をも約束する、あまりに残酷な仕様である。
ニュー・アスガルド襲撃と子どもたちの誘拐
ニュー・アスガルドは、ノルウェーのトンスベルグ近郊にある漁村だ。生き残ったアスガルドの民とミッドガルドの住民が共に暮らし、いまや観光地として運営されている。王として民を治めるのはヴァルキリー(テッサ・トンプソン)だが、官僚的な書類仕事と平穏な日々にすっかり倦んでいる。コーグや、彼が築いたパートナーであるストーンマンのマイク、そして子どもたちも、いつもと変わらぬ日常を送っている。
そこへゴアが、ネクロソードから召喚した影の怪物——『シャドウ・モンスター』と呼ばれる漆黒の野獣の群れ——を率いて襲来する。村は炎に包まれ、ゴアは子どもたちを次々と影の檻に閉じ込め、連れ去ろうとする。これに応戦するのが、ソー、ヴァルキリー、コーグ、そして空からムジョルニアを振るって駆けつけたマイティ・ソー=ジェーンだ。
戦いの最中、ソーはかつての恋人がムジョルニアを使いこなす姿に動揺し、ジェーンとぎこちなく再会する。連絡を絶ったのはソーのほうであり、ジェーンが治療中だと知るのもこのときが初めて——別れの経緯は、戦いの合間に交わされる不器用な台詞を通して観客に明かされていく。一方ゴアはネクロソードでストームブレイカーを呼び寄せようとする。ストームブレイカーは彼の手に触れ、漆黒の刃と一瞬だけ共鳴する。ストームブレイカーには『誰でも宇宙のどこへでも呼べる』機能があり、それを悟ったゴアはその利用価値に目をつける。この戦いでコーグは肉体の大半を砕かれ、口元の岩塊だけとなって辛うじて生き延びる。
ゴアは満足のいく数の子どもたちを連れ、『シャドウ・レルム(影の領域)』へと撤退する。去り際、ソーへ向けて『次に会うのは私の世界で、お前の武器を借りる時だ』と告げ、ストームブレイカーを誘い出す楔を残していく。あとに残されたのは、黒焦げの瓦礫と、泣き叫ぶ親たちの姿だった。
オムニポテンス・シティとゼウス
正面から戦っても勝てない。そう悟ったソーは、銀河じゅうの神々が暮らす中立都市『オムニポテンス・シティ』へ援軍を求めに向かう。トゥースナッシャーとトゥースグラインダーが引く戦闘船——屋根のないアスガルドのロングシップに、ソー、ジェーン、ヴァルキリー、そして口元だけになったコーグが乗り込む。虹の橋ビフレストは使わず、旧式の星間航路をたどって、黄金の雲の上に浮かぶ都市へと至る。
オムニポテンス・シティは、あらゆる文化圏の神々が酒池肉林の宴に明け暮れる、半ば退廃した楽園として描かれる。日本の神、エジプトの神、ケルトの神、クトゥルー神話風の神までもが群衆にまぎれて姿を見せる。中央の玉座に座すのはギリシャ神話のゼウス(ラッセル・クロウ)。雷を擬人化したような尊大な男で、人間には横柄、神々の苦境には無関心。ソーが懇願する『神々連合軍』の発足を、にべもなく一蹴する。
気色ばんだソーは変装を解いて素性を明かすが、ゼウスは興味本位で彼の幻惑の衣装を引き裂き、観客と神々の目の前でソーを丸裸にして晒し物にする。羞恥と怒りに駆られたソーは、玉座のかたわらの台座から、雷神ゼウスの象徴である雷霆——通称サンダーボルトを奪い取る。立ち上がろうとするゼウスをそのサンダーボルトで貫き、四人は乱戦を制してオムニポテンス・シティを脱出する。
出立の際、ヴァルキリーは脇腹に深い傷を負っていることに気づきながらも、気丈に振る舞う。サンダーボルトの所有権はジェーンに渡り、これがのちの決戦の鍵となる。なお、この時点では『ゼウスを殺した』と描かれるものの、後段で『刺し貫いただけで、殺せてはいなかった』ことが明かされる。観客の解釈は、ミッドクレジットまで保留されることになる。
シャドウ・レルムとミニ・ソー
サンダーボルトのエネルギーを使い、四人はストームブレイカーが導く先——ゴアが立てこもる『シャドウ・レルム』へと転送される。足を踏み入れた瞬間、世界から色が消え、画面はモノクロームに沈む。本作で最も挑戦的な視覚演出であり、観客は突如として、魂を奪われた者たちの領域に立たされることになる。
子どもたちは、漆黒の大きな檻に閉じ込められている。ソーは「私が皆さんに力を分けます」と宣言し、檻越しにストームブレイカーから自らのフォースを子どもたちへ流し込む。すると子どもたちは小さなソーと化し、雷光を瞳に宿して武器をふるい、シャドウ・モンスターの群れを撃退していく。MCU屈指の奇想に満ちた場面だ。檻のなかからヘイムダルの息子アクスル(後にアストリッドからアクスルへと名を改めた)が、精神感応でソーに自分たちの位置を伝える描写も差し挟まれる。
だがゴアの狙いは、子どもたちを殺すことではない。儀式に欠かせない「信仰の混じり気のない祈り」を集めることだった。檻のなかで戦う子どもたちは、結果としてゴアに利用される祈りの源として残され、ゴアはその隙を突いてストームブレイカーを奪い取る。サンダーボルトと引き換えに、ネクロソードでストームブレイカーを切り裂く——その脅威を見せつけられたソーは、斧を手放す代わりに子どもたちを取り戻すほかなくなる。
戦いの末、ジェーンは度重なる変身によって肌から色を失い、そこに自らの限界を感じ取りながら、戦場で意識を失う。ソーは子どもたちをアスガルドの船へ避難させ、瀕死のジェーンを抱えてニュー・アスガルドへと戻る。ヴァルキリーもまた重傷を負い、戦線を離脱する。
海辺のジェーンとソーの告白
ニュー・アスガルドの海辺の家で、ジェーンは医師から告げられる。マイティ・ソーへの変身が、残されたわずかな時間を一気に削り取っているのだと。ソーは初めて、彼女にすべてを打ち明ける。なぜ別れたのか。何を恐れていたのか。宇宙を旅しながら、幾度となく彼女を思い出していたことを。ジェーンは「もう二度と別れない」と微笑む。ムジョルニアを使わず、残された時間をともに過ごそう——二人はそう約束を交わす。だが、観客がその約束を信じた瞬間にこそ裏切られる予感がただよう、本作で最も静かな場面である。
ソーはジェーンを残し、子どもたちを救うためにただ一人ゴアと対決する道を選ぶ。ゴアがエタニティの門(宇宙の中心に位置する「願いを叶える存在エタニティ」の住処)へ向かったことは、ヘイムダルの息子アクスルの精神感応によって伝わってくる。願いの中身は明らかだ——「すべての神を消す」。
ストームブレイカーは奪われた。ムジョルニアは記念碑からの長い旅を終え、ジェーンの寿命と引き換えに目覚める。武器を持たぬまま、ソーは子どもたちのため、ただ一人でエタニティの門へと向かう。
エタニティの門での最終決戦
宇宙の中心、星々が網の目のように交わる一点に、エタニティの門が浮かんでいる。ゴアはネクロソードとストームブレイカーを並べ、子どもたちの『無垢な祈り』を儀式の燃料として、巨大な石の門をこじ開けようとしていた。そこへソーがただ一人で駆けつけ、ゴアに『お前の願いを止めに来た』と宣言する。
戦況は圧倒的に不利だ。ストームブレイカーはゴアの手にあり、ソーは雷光と己の肉体だけで応戦する。そこへ、ニュー・アスガルドで死を覚悟していたはずのジェーン・フォスターが、マイティ・ソーの装束をまとって駆けつける。変身している時間がそのまま彼女の命を削っていることを、ソーは知っている。それでもジェーンは『私たちはチームよ。最後まで一緒よ』と言い切り、二人はゴアと並んで剣を交える。
ジェーンは戦いのさなか、檻に囚われた子どもたちを抱えて逃がす役に徹し、ムジョルニアを盾代わりにしながら身を挺する。アクスルやヘイムダルの息子をはじめとする子どもたちは、ジェーンとソーの船に乗り込んで脱出していく。最終局面、ゴアの一撃を受け止めたムジョルニアは再び砕け、ジェーンの命を守ったまま小さな破片を残して散った。
ゴアはストームブレイカーで門を切り開き、エタニティへと手を伸ばす。もはや戦いでは止められない。そう悟ったソーは、剣ではなく言葉で語りかける——『お前が本当に願うべきは復讐ではない。あの子を取り戻すことだ。私の知っている娘の父親は、復讐など願わない』。瀕死のジェーンも『愛だけを残しなさい』と告げる。
ゴアは雷光のなかで揺れる。ネクロソードはすでに彼の肉体を内側から食い尽くし、残された寿命はあと数分しかない。彼は願いを変える——『私のために、彼女を生かして欲しい』。亡くした娘のラブ(インディア・ローズ・ヘムズワース、クリスの実娘がカメオ出演)を、生きてこの世界へ呼び戻すことに。エタニティの光のなかに娘ラブが姿を現すと、ゴアはその抱擁に包まれ、『この子を頼む』と言い残し、ネクロソードの呪いとともに塵となって消えていく。ゴアと共謀してきた漆黒の刃も、粉々に砕け散った。
ヴァルハラとラブ・アンド・サンダー
戦いの果て、エタニティの門の前で、ジェーン・フォスターはソーの腕に抱かれて息を引き取る。マイティ・ソーの装束は金色の粒子となって静かに散り、ジェーンは最後に「この道は値打ちのある道だった」と微笑む。落雷とともに、その魂は黄金の光に包まれて天へと昇っていく。向かう先は、戦場で戦った戦士だけが迎えられる死後の世界——ヴァルハラだ。
ソーはひとりエタニティの門の前に残され、ゴアの娘ラブを抱き上げる。その両手は信じられないほど小さく、ラブもまた両親を失ったばかりだった。ソーは心を決める。ラブを養女として引き取り、「父」として育てていくと誓うのだ。
結末から数か月後。ニュー・アスガルドの一角で、コーグの新しい身体が組み上げられていく。ヴァルキリーは傷も癒え、王として復帰した。ソーはラブと並んでキッチンで朝食を作り、二人そろって学校へ——あるいは戦場へと向かう。ラブの肩には、ジェーン由来の改造ストームブレイカーの片割れ、縮小版の小型雷斧が担がれている。「これは雷神とその恋人の物語ではない。雷神とその養女の物語だ」というコーグの語りが幕を引き、二人は“ラブ・アンド・サンダー”の名のもとに新たな冒険へと駆け出していく。
ミッドクレジットとポストクレジット
ミッドクレジット・シーン——舞台はオムニポテンス・シティの玉座室へと戻る。サンダーボルトに貫かれ、絶命したはずのゼウスが、傷だらけの姿ながら生還していた。そして息子ヘラクレス(ブレット・ゴールドスタイン)に、ソーへの復讐を命じる。「神々の時代は終わっていない。スーパーヒーローの時代を終わらせろ」。ヘラクレスは何も言わず立ち上がる。MCU初登場となるこのキャラクターが、ソーの次なる戦いを予告するのだ。
ポストクレジット・シーン——黄金に輝くヴァルハラの大広間に、新たな魂がひとり到着する。出迎えるのは、『インフィニティ・ウォー』で命を落としたアスガルドのヘイムダル(イドリス・エルバ)だ。「見るものすべての門番」だった彼は、ジェーン・フォスターに向かって穏やかに告げる。「あなたがここへ来てくれたことに感謝する。ようこそヴァルハラへ。神に値する者よ」。ジェーンが扉の向こうへ歩み入るところで本作は完全に幕を下ろし、彼女の魂が戦士として認められたことが、画として静かに示される。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を分類して紹介する。これらの固有名詞はシリーズを読み解く手がかりとなるが、初見ですべてを覚える必要はない。
- ソー/ソー・オーディンソン(クリス・ヘムズワース)
- ジェーン・フォスター/マイティ・ソー(ナタリー・ポートマン)
- ヴァルキリー/キング・ヴァルキリー(テッサ・トンプソン)
- コーグ(タイカ・ワイティティ声)
- アクスル(ヘイムダルの息子)
- ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー(ピーター・クイル/ドラックス/マンティス/ネビュラ/ロケット/グルート)
- シフ(ジェイミー・アレクサンダー、序盤負傷)
- ゴア・ゴッドブッチャー(クリスチャン・ベイル)
- ネクロソード/オール・ブラック・ザ・ネクロソード
- シャドウ・モンスター(ゴアの召喚獣)
- 神ラプ(プロローグ)
- ゼウス(ラッセル・クロウ、ミッドクレジット)
- ヘイムダル(イドリス・エルバ、ポストクレジット)
- ラブ(クリス・ヘムズワースの実娘インディア・ローズ・ヘムズワース)
- オムニポテンス・シティの神々(バスト、ディオニュソス、エジプトの神、ケルトの神 ほか)
- マイク(コーグのストーンマンの伴侶)
- ダリル・ヤコブソン(旧『ティーン・パンク』テレビ風プロモ)
- ニュー・アスガルド王国
- ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー
- オムニポテンス・シティ評議会
- サムシング・スペースイヤーズ(ゴアの神なき教団)
- ヴァルハラの戦士たち
- プロローグの砂漠(ラプの神域)
- バーグマンの惑星
- ニュー・アスガルド(ノルウェー、トンスベルグ近郊)
- シャドウ・レルム(影の領域、モノクロ世界)
- オムニポテンス・シティ
- エタニティの門
- ヴァルハラ
- シフが倒れていた雪原
- ストームブレイカー
- ムジョルニア(再構成版)
- ネクロソード/オール・ブラック
- ゼウスの雷霆(サンダーボルト)
- アスガルドのロングシップ
- 戦闘ヤギ トゥースナッシャーとトゥースグラインダー
- ジェーンの治療薬(化学療法)
- ヘイムダルの息子の精神感応
- 雷神の力(ソー)
- マイティ・ソー化(ジェーンの一時的覚醒)
- ネクロソードの呪い
- 神殺し(ゴアの復讐)
- エタニティの願い
- ヴァルハラ入り
- アスガルドのフォースを子へ分与する儀式
- ヘラクレス(ブレット・ゴールドスタイン、MCU初登場)
- 生き延びていたゼウス
- ヴァルハラのヘイムダル
- 次回への復讐の予告
13主要登場人物
本作は、ソー(雷神)が誰のために雷を振るうのかを問う物語である。そしてその問いは、ソーを取り巻く人物たちにも等しく突きつけられる。誰のために生き、誰のために死ぬのか——。以下、物語の中心となる五人を取り上げたい。
ソー/ソー・オーディンソン
本作のソーは、『ラグナロク』『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』を経て、王座も、母国も、両親も、片目も、そして兄弟ロキも失った“独り身の戦士”である。物語の幕開けでは、ガーディアンズとともに旅を続けながらも、自分が何のために戦うのかを見いだせずにいる。銀河を巡回しては、いわば“他人の物語の脇役”に甘んじているのだ。
ジェーンとの再会、ゴアの脅威、そしてジェーンの病。この三つの試練が、彼を“誰かのために雷を振るう存在”へと作り変えていく。やがてラブを養女として育てると決断する姿は、雷神という孤高の英雄像を手放し、家族の一員としての父親像を選び取る転換にほかならない。それはソー単独シリーズが12年をかけて辿り着いた終着点でもある。
クリス・ヘムズワースは本作のために大きく筋肉を増やし、海岸の脱衣シーンを含むコメディから、ジェーンの最期を看取る悲劇まで、その振れ幅を見事に演じ分けた。コミカルな求愛や歌唱で笑いを誘う一方、エタニティの門前で“あなたの娘を取り戻して”と語りかける場面では、これまで演じてきたソーの中でも最も静かな抑制を見せる。
関連リンク
ジェーン・フォスター/マイティ・ソー
ジェーンは『マイティ・ソー』(2011)と『ダーク・ワールド』(2013)に登場した天体物理学者である。演じたナタリー・ポートマンは、原作者陣との軋轢を背景に長らくMCUを離れていた。本作で『マイティ・ソー』のマントルを受け継ぐかたちで復帰を果たし、戦士としてのジェーンと病に侵されたジェーン、その二面性を一人で演じ切っている。
原作コミック『マイティ・ソー:ゴッド・ブッチャー』および『マイティ・ソー:アンワーシー・ソー』では、がんと闘うジェーンがムジョルニアの担い手となり、変身するたびにその時間が彼女の余命を削っていくという設定が描かれた。本作はこれをほぼそのまま採用している。彼女に突きつけられた選択は『戦って早く死ぬか、戦わずにゆっくり死ぬか』。最終決戦へと駆けつける場面で、その究極の答えが提示される。
ヴァルハラを舞台にしたポストクレジットで、ヘイムダルが彼女を迎え入れる瞬間がある。それは、彼女の人生が『科学者』や『恋人』にとどまらず、『戦士』として完成したことを静かに示唆する場面だ。MCUにおける女性主人公の死をどう描くか——犠牲と尊厳の両立が試みられた、重要なシーンでもある。
関連リンク
ゴア・ゴッドブッチャー
クリスチャン・ベイルが役作りのために肉体を絞り込み、頭髪を剃り上げて演じた、本作を象徴する悪役。MCUの悪役のなかでも、サノス、キルモンガー、ヴァルチャー、ロキらと並んで『信念の悪役』に分類される人物である。
彼の物語は『信仰が報われなかった父親』の悲劇から始まる。神を信じ続けたにもかかわらず最愛の娘を失い、その神は自らの苦しみを嘲笑った——。この絶望こそが、彼にネクロソードを握らせる動機となる。ベイルは、囁くような低音、子どもをあやす穏やかな歌声、そして神を屠るときの恍惚という三段階を、ほぼ全編にわたるモノクロームに近い灰色の容貌のなかで演じ分けた。
結末で彼が選ぶのは『復讐ではなく娘の蘇生』という願いだ。これは彼を真の悪へと堕としきれない、最後の良心の現れであり、ソーが養女として娘ラブを引き取る次なる物語への橋渡しとしても機能する。批評の多くが本作のコメディ要素の強さに賛否を述べる一方で、『ゴアのトーンだけは完璧』と評したのは、ベイルの抑制された演技に依るところが大きい。
ヴァルキリー/キング・ヴァルキリー
『ラグナロク』で初登場した戦士ヴァルキリーは、本作ではニュー・アスガルドの王として描かれる。書類仕事と政治の退屈に倦み、ふたたび剣を振るう日を待ち焦がれていた彼女にとって、ゴアとの戦いはまさに「戦士に戻る機会」だ。
オムニポテンス・シティでの乱戦で深手を負ったあとも、王として民を守る役割を全うし、結末では再び玉座へと戻る。MCUでは数少ない明示的なLGBTQ+キャラクターでもあり、彼女のセクシュアリティは、コーグの語りや、かつての戦友への悼みを通して自然に描かれていく。
コーグと語り手としての機能
クロナンの戦士コーグは『ラグナロク』『エンドゲーム』に続いて再び姿を見せ、本作では物語の語り手を務める。アスガルド近郊の子どもたちに英雄譚を語り聞かせる吟遊詩人として冒頭と結末を担い、観客を物語の世界へと導いていく。
中盤では肉体の大半を砕かれ、口元の岩塊だけとなって生き延びるという過酷な境遇に陥る。だが後半、ストーンマンの生殖儀礼によって新たな身体を取り戻す。マグマの噴火口で手を取り合い、二人の「パパ」を生み出すのだ。やがて伴侶マイクとともに、静かな未来を手にする。
舞台と用語
舞台となるのは、質感の異なる四つの空間だ。ゴアのプロローグは砂漠と『神の楽園』を対比させ、信仰の崩壊を視覚的に描き出す。中盤のニュー・アスガルドは、観光地化したノルウェーの漁村として映し出され、アスガルドの神話的な威光が日常に溶け込んだ姿が示される。一方、シャドウ・レルムは全篇が完全なモノクロームに塗り替えられ、色彩の喪失そのものが『神を失った世界』のメタファーとなる。終盤のオムニポテンス・シティは神々の堕落を体現し、エタニティの門は宇宙のもっとも深い場所にひそむ『願いを叶える存在』の住処として、人も神も決して立ち入るべきでない聖域として描かれる。
用語の面では、ネクロソード(オール・ブラック・ザ・ネクロソード)、マイティ・ソー、シャドウ・レルム、エタニティ、ヴァルハラ、ヘラクレスが鍵を握る。ネクロソードはコミックでもMCUでも『神を殺すために鍛えられた最初の刃』であり、振るう者の生命を蝕みながら強大な力を授ける、呪われた武器として描かれる。マイティ・ソーはソーのマントルそのものを継ぐ者の称号で、本作ではジェーン・フォスターがその担い手となった。エタニティはMCUの宇宙における概念存在の一つで、本作では『願いを叶える』という側面が具体的に描写される。ヴァルハラはアスガルド神話における戦士たちの死後の世界であり、本作のラストで初めて画面に姿を見せる。
関連リンク
20制作
『ラグナロク』が興行・批評の両面で成功を収めたことを受け、マーベル・スタジオはソー単独シリーズ第4作の製作を即座に決定した。監督にはタイカ・ワイティティが早々に続投が決まり、共同脚本家として迎えられたのが、それまでロマンティック・コメディの分野で活躍してきたジェニファー・ケイティン・ロビンソンである。以下、企画から特撮に至るまでの主な経緯を整理していきたい。
企画と脚本
本作の原案は、2019年のサンディエゴ・コミコンでケヴィン・ファイギが正式に発表した。骨格となったのは、ジェイソン・アーロンが2010年代に書き継いだ一連の『マイティ・ソー』コミック、なかでも『ゴッド・ブッチャー』(2013年連載)と『アンワーシー・ソー』『マイティ・ソー:ジェーン・フォスター』(2014年〜)である。乳がんを患ったジェーン・フォスターが、治療中にもかかわらずムジョルニアを振るうたびに余命を削っていく――この原作の設定を、本作はほぼ忠実に再現している。
脚本はワイティティとロビンソンが二人三脚で書き上げた。ワイティティは『ラグナロク』で確立した、即興とアドリブを許容する撮影方針を本作にも持ち込み、コメディとシリアスを大胆に切り替える構成を採った。ドラフトの段階では、ジェーンの死後ヴァルハラ到着までを描かない案や、ゴアの結末をより悲劇的に閉じる案――願いを変えないままエタニティに殺される――も存在したと、複数の制作インタビューで語られている。
監督ワイティティは、本作の主題を『失った人をどう抱きしめ続けるか』だと公言してきた。家族を失い続けたソーの12年の旅、命を投げ出して恋人と並ぶジェーンの最後の戦い、復讐ではなく娘を選ぶゴアの結末。この三つは、いずれもその主題への応答として組まれている。
キャスティング
クリス・ヘムズワース、テッサ・トンプソン、タイカ・ワイティティ(コーグの声)が続投し、ナタリー・ポートマンが約9年ぶりにMCUへ復帰した。ポートマンは『ダーク・ワールド』を最後に同シリーズと距離を置いていたが、ワイティティ自らが「マイティ・ソー化」の構想を直接持ちかけたことで参加を決めたという。撮影に備えてポートマンは10か月にわたるウェイトトレーニングを積み、ハンマーを振るう姿に物理的な説得力をもたせた。
ゴア役にはクリスチャン・ベイルが起用された。ベイルのMCU参加は本作が初めてで、ワイティティが彼に与えた演技指示は「犬笛のように囁け」「神を屠るときは祈る」のふたことだけだったと明かしている。ゼウス役のラッセル・クロウは、息子に勧められてマーベル映画への出演を快諾し、ギリシャ語訛りの英語や装飾過剰な立ち居振る舞いを自らのアイデアで膨らませた。ガーディアンズの面々(クリス・プラット、デイヴ・バウティスタ、ポム・クレメンティエフ、カレン・ギラン、ブラッドリー・クーパー、ヴィン・ディーゼル)はカメオ的な扱いで序盤に顔をそろえる。
アスガルドの神話劇カメオには、再びマット・デイモン(ロキ役者)、サム・ニール(オーディン役者)、ルーク・ヘムズワース(ソー役者)が登場し、本作からは新たにメリッサ・マッカーシー(ヘラ役者)も加わった。いずれも『ラグナロク』のジョークを受け継ぐ自己言及的な遊びである。ミッドクレジットに現れるヘラクレスには、ブレット・ゴールドスタイン(『テッド・ラッソ』のロイ・ケント役)が起用された。
撮影と美術
本作の主要撮影は、コロナ禍の2021年1月から6月にかけて、オーストラリアのシドニーにあるフォックススタジオ・オーストラリアと、ニュー・サウス・ウェールズ州各地で行われた。当初は2020年内の撮影開始を予定していたが、世界的なパンデミックの影響で延期された。新アスガルドの海岸、ヴァルハラの黄金の大広間、シャドウ・レルムの白黒空間など、その多くがLEDウォールと従来のセットを組み合わせたバーチャル・プロダクションで撮影されている。
美術設計は『ラグナロク』のサイケデリックなネオン基調を受け継ぎつつ、場面ごとに視覚言語を明確に分けている。ニュー・アスガルドはノルウェーを思わせる寒色、オムニポテンス・シティはバロック調の黄金、シャドウ・レルムは完全なモノクローム、エタニティの門は古代インド美術を思わせる幾何学模様といった具合だ。とくにシャドウ・レルムのシークエンスでは、撮影段階からモノクロームを前提に照明と衣装を設計し、ポスト処理ではなく素材レベルで色を抜く方針を貫いている。
視覚効果
本作の視覚効果は、ILM、Framestore、Method Studios、Wētā FX、Luma Pictures、RISEをはじめとする複数の主要VFXスタジオが分担して手がけた。シャドウ・モンスター、ネクロソードから伸びる黒い触手、雷神と化したジェーンの装束、そして宇宙そのものを体現する存在エタニティの描写などが、それぞれの主な担当領域である。
公開後、複数のVFXアーティストが匿名で海外メディアに証言し、「短納期と低予算でクオリティ管理が困難だった」と語ったことから、マーベル・スタジオの労働環境問題として大きく報じられた。とりわけディズニープラスのシリーズで表面化したVFXの過密スケジュールは本作にも及び、最終ショットの修正が公開直前まで続いたという経緯が、のちに複数のインタビューで明かされている。完成版にはエタニティの門、ゴアが神々を手にかける殺戮のモンタージュ、ヴァルハラを描いたエンドカットなど、強烈な印象を残すショットが数多く存在する。その一方で、一部の合成にはクオリティのばらつきが残ったことも否めない。
音楽と音響
音楽はマイケル・ジアッキーノが、女性作曲家ナミ・メルマドとの共作で手がけた。ジアッキーノにとっては『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』に続くMCU長編のスコアであり、80年代ハードロックの語法とアスガルドを思わせる神話的な金管を織り交ぜて書き上げている。ジェーンのための『マイティ・ソー』のテーマも新たに作曲され、彼女の登場と退場の双方で奏でられる。
挿入歌としてGuns N' Rosesの楽曲を大々的に使った点が、本作の大きな特徴である。冒頭の戦闘場面に『Welcome to the Jungle』、ジェーンとソーの再会を描くフラッシュバックに『Sweet Child o' Mine』、エタニティの門でのクライマックスに『November Rain』、そしてエンドクレジットへの導入に『Paradise City』が用いられ、全編がロックオペラのような構成で貫かれている。ソーがガーディアンズと別れる場面には、ABBAの『The Winner Takes It All』も重ねられた。ワイティティは、Guns N' Rosesのメンバー本人に脚本の一部を見せ、楽曲の使用許諾を得たと語っている。
編集と完成
編集の妙が光る。ニュー・アスガルド、シャドウ・レルム、オムニポテンス・シティ、エタニティの門という、それぞれ性格の異なる場面を、観客が緊張を切らさず巡れるよう緻密に並べ替えてある。コメディとシリアスの切り替えはカット単位で行われ、ゴアの場面とソーの場面を断片的にクロスカットしていく構造は、編集段階でかなり再構成されたと制作インタビューで語られている。
ミッドクレジットとポストクレジットは、本作の完成からかなり後に追加されたものだ。とりわけヘラクレスの登場場面は、当初『Daredevil: Born Again』寄りの予告に仕立てる案も検討されたが、最終的にはMCUの神話路線を受け継ぐ、ゼウスがヘラクレスを差し向けるという形に落ち着いた。
27公開と興行
2022年7月8日、米国や日本などで同時公開された。コロナ禍を経て劇場興行が部分的に回復に向かう時期にあたり、初週末の北米興収は約1億4400万ドル、世界興収は約3億ドルと、MCU長編としては好調な滑り出しを見せた。最終的な全世界興収は約7億6千万ドルに達し、製作費2億5千万ドル前後を踏まえても黒字を確保したと一般に解釈されている。
ただし全世界興収8億5千万ドルを記録した『ラグナロク』、29億ドルに達した『エンドゲーム』といった直近のMCU長編と比べると、観客動員の鈍化を象徴する一作と位置付けられた。日本興収は約26億円で、同年公開のMCU作品の中ではミドル・ティアにとどまっている。
28批評・評価・文化的影響
公開時の評価は賛否が大きく割れた。ロッテン・トマトの批評家支持率は60%台前半、CinemaScoreによる観客評価はB+、メタスコアは50点台にとどまっている。批判の矛先は主に四点に集まった。ゴアの絶望に満ちた物語とアスガルドのコメディとの切り替えがあまりに性急であること、CGの一部が荒削りであること、ガーディアンズの描き方が浅いこと、そしてヴァルキリーやコーグの掘り下げが足りないことである。一方で、ナタリー・ポートマンの再演、ジェーンの最期、クリスチャン・ベイルが演じたゴア、Guns N' Rosesで統一されたサウンドトラック、ヴァルハラやヘラクレスへと広がる世界観は、強い支持を集めた。
公開後、本作は「フェーズ4の終盤におけるMCUの方向性を象徴する作品」として、議論の的になった。多くの評者が「ジェーンの死とラブの登場が、MCUにおける家族の物語を新たに切り開いた」と指摘する。その一方で、コメディとシリアスのトーン管理を巡る批評は、後続の『アント・マン&ワスプ:クアントマニア』や『マーベルズ』への評価とも結びつき、MCU長編のトーン論議を生む起点の一つとなった。さらに本作は、VFXの労働条件問題が公然と語られるきっかけともなり、業界全体の労働環境改善を求める議論を加速させた。
舞台裏とトリビア
クリスチャン・ベイルは撮影開始の数か月前から減量に取り組み、頭を剃り上げて役に臨んだ。彼が現場に姿を見せると、スタジオ全体が水を打ったように静まり返ったという。複数のスタッフがプロモーション・インタビューでそう振り返っている。
ゴアの娘ラブを演じたのは、結末の場面に限ってはクリス・ヘムズワース本人の実娘、インディア・ローズ・ヘムズワースだった。彼の双子の息子もアスガルドの子ども役で出演しており、まさに家族総出のキャスティングとなった。
ガンズ・アンド・ローゼスの楽曲使用については、ワイティティ自らが脚本の一部をバンドに見せて交渉にあたった。完成版に同バンドの曲がふんだんに使われているのは、この直接交渉の成果だとされる。
コーグの恒星間結婚式の場面――マグマの噴火口で手を取り合い、二人で『パパ』をこしらえる――は、撮影段階で何通りものテイクが撮られた。最終的には、コーグの伴侶マイクが登場するエンドクレジット直前の短いカットに収められている。
ヴァルハラを訪れたヘイムダルがジェーンを迎えるポストクレジット・シーンでは、当初、別のキャラクターが彼女を出迎える案も検討されていた。最終的にはイドリス・エルバがヘイムダル役で再登場し、『私の娘がここへ来てくれたことを誇りに思う』という台詞が加えられた。
30テーマと解釈
本作の核にあるのは、喪失と継承の物語だ。ソーは父オーディン、母フリッガ、兄弟ロキ、母国アスガルド、片目、そしてハンマーと、大切なものを次々に失ってきた孤独な戦士である。本作では、再会したばかりのジェーンまでも失う。だが失う代わりに、彼は養女ラブという新しい家族を得る。喪失が継承を呼び、その継承が次の喪失への布石となる——この循環が、作品の構造を貫いている。
もう一つの軸は、神は救う側ではなく救われる側にもなりうる、という視点の転換である。ゴアは神を信じ、神に裏切られ、やがて神を屠る側へと回る。ゼウスは神々の王でありながら腐敗し、ヘラクレスを差し向ける。ジェーン・フォスターは人間でありながら『マイティ・ソー』を名乗り、アスガルドのマントルを継承する。神を超越的な存在ではなく、誰もがなり得る役柄として描き直す。この視点は、MCUのフェーズ4が一貫して掲げてきた「多元宇宙の中に絶対者は存在しない」というメッセージと響き合う。
そして本作の中心にある問いは、愛と雷(love and thunder)の関係だ。雷神とは破壊の力を握る存在であり、愛とはその力をどこへ落とすかを決める指針である。ジェーンが命と引き換えにムジョルニアを取り戻す行為、ゴアがエタニティに復讐ではなく娘の蘇生を願う転回、ソーがラブを養女として育てる結末——いずれも「破壊の力を、誰のために使うか」という同じ問いに対する、異なる答えである。本作のタイトルが二者を「and」で連結しているのは、そのためだ。
31見る順番
ソー単独シリーズとして観るなら、『マイティ・ソー』(2011)→『ダーク・ワールド』(2013)→『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017)→本作の順が公式の流れだ。とりわけ『ダーク・ワールド』のジェーン、そして『ラグナロク』のヴァルキリーとコーグの登場を押さえておくと、本作の人間関係がぐっと理解しやすくなり、感情移入のスピードも段違いに上がる。
MCU全体の流れで楽しむなら、まず『アベンジャーズ/エンドゲーム』までを公開順に追いたい。そのうえでフェーズ4の各作品――『シャン・チー/テン・リングスの伝説』『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』――を経て本作にたどり着けば、ガーディアンズの旅路、新アスガルドの定着、そしてマルチバース・サーガの予兆を、ごく自然に受け取れるはずだ。
32よくある質問
『あらすじだけ知りたい』場合は、ゴアが神を屠るプロローグ、ジェーンがマイティ・ソーとして帰還する中盤、エタニティの門でゴアが娘ラブの蘇生を願って消える結末、ジェーンがヴァルハラへ昇る幕切れを押さえれば十分だ。『結末・ネタバレを知りたい』場合の核となるのは、ジェーンの死、ソーがラブを養女として引き取る選択、ミッドクレジットに登場するゼウスとヘラクレス、そしてポストクレジットのヘイムダルとヴァルハラである。
『評価を知りたい』場合は、ベイルのゴアとポートマンのジェーンが本作の重心であり、Guns N' Rosesに乗せたロックオペラ調と神話悲劇を掛け合わせるという狙いこそ、理解の鍵となる。『見る順番』としては、前作『マイティ・ソー バトルロイヤル』と『アベンジャーズ/エンドゲーム』を観ておきたい。ソーの心情がどう振れたのか、その振れ幅が最大化するはずだ。
33参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、制作・配信の状況、外部からの評価は変動しうるため、視聴の前に公式情報および各データベースの最新の表示を確認されたい。なお本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies のために独自の日本語記事として構成したものである。