傲慢なアスガルドの王子が父オーディンに地球へ追放され、ハンマー『ムジョルニア』にふさわしい者へと作り変えられていく——アスガルドという神話世界をMCUに導入したケネス・ブラナー演出のフェーズ1中盤作。

基本データ 2011年・ケネス・ブラナー監督

マーベル・スタジオ製作、パラマウント・ピクチャーズ配給。MCUフェーズ1の第4作で、シェイクスピア劇の演出家・俳優として知られるケネス・ブラナーが起用された。脚本はアシュリー・エドワード・ミラー、ザック・ステンツ、ドン・ペインの三人体制、原案はJ・マイケル・ストラジンスキーとマーク・プロトセヴィッチ。ブラナーが舞台演出の経験を持ち込み、神話世界の家族劇として演出している点が、後年のMCU作品と一線を画す。

物語上の位置 アスガルドとビフレストのMCU導入

ニュー・メキシコの砂漠に落下したハンマーをめぐる地球側の事件と、九つの世界を司るアスガルドの王位継承の悲劇を並行して描く。アスガルド、ヨトゥンヘイム、ビフレスト、ムジョルニア、エインフェリアー、フロスト・ジャイアントといった神話世界の用語と意匠が、本作を通じてMCUの語彙へ正式に編入された。エンドロール後にはニック・フューリーが封印された立方体『テッセラクト』をエリック・セルヴィグへ示し、続く『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』『アベンジャーズ』への明確な橋渡しが行われる。

受賞・評価 ヒーロー映画の枠を広げた神話劇

ロッテン・トマトの批評家評価は概ね好意的で、観客のオープニング週末の支持も厚かった。ハイテク・現代劇に寄っていた『アイアンマン』『インクレディブル・ハルク』『アイアンマン2』に対し、本作はMCUに神話・他次元・剣戟という新しいトーンを持ち込み、シリーズの守備範囲を一気に拡張した。クリス・ヘムズワースのスター誕生、トム・ヒドルストン演じるロキの強烈な印象、ブラナーの演出による『家族劇としてのスーパーヒーロー映画』という新しい型が広く評価された。

この記事の範囲 ビフレスト破壊・ロキ落下・テッセラクトまで完全解説

紀元965年のトンスベルクの戦いから、ソーの戴冠式中断、ヨトゥンヘイムへの無謀な遠征と追放、ニュー・メキシコでのハンマーをめぐる地上の物語、ロキの出自と王位簒奪、デストロイヤー襲撃、ビフレストの破壊とロキの落下、そして冒頭のテッセラクトをエリック・セルヴィグに見せるミッドクレジットまで、結末を含む全編のネタバレを前提として整理する。

目次 33項目 開く

概要

『マイティ・ソー』(原題:Thor)は、ケネス・ブラナーが監督し、アシュリー・エドワード・ミラー、ザック・ステンツ、ドン・ペインが脚本を執筆した2011年公開のアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・スタジオが製作し、パラマウント・ピクチャーズが配給した。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)通算第4作、フェーズ1の第4作にあたり、『アイアンマン』『インクレディブル・ハルク』『アイアンマン2』を経て、続く『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』『アベンジャーズ』へ直接の橋を渡す位置にある。米国公開は2011年5月6日、日本公開は2011年7月2日。

物語の柱は二つある。一つは、九つの世界を統べるアスガルドの王太子ソー(クリス・ヘムズワース)が、戴冠式の場で無謀な遠征を強行し、父オーディン(アンソニー・ホプキンス)に力とハンマー『ムジョルニア』を取り上げられたうえ地球へ追放され、そこで人として『ふさわしい者』へ作り変えられていく成長譚。もう一つは、ソーの弟ロキ(トム・ヒドルストン)が、自らがオーディンの実子ではなくフロスト・ジャイアントの王ラウフェイの捨て子だったという出自を知り、嫉妬と承認欲求のあいだで王座を簒奪していく悲劇である。

ブラナーは舞台演出と古典劇の文脈を持ち込み、家族と王権をめぐるシェイクスピア悲劇の構造を、スーパーヒーロー映画の語法に翻訳した。地球パートはニュー・メキシコの広大な砂漠を舞台にした牧歌的な現代劇として撮られ、宮廷劇としてのアスガルドの絢爛との対比が、ソーの人間化を画面そのもので物語っている。クリス・ヘムズワース、トム・ヒドルストン、アンソニー・ホプキンス、ナタリー・ポートマンを中心とする座組は、以後10年以上にわたるMCUの中核キャストの一部を確立した。

本記事はミッドクレジット(テッセラクトとセルヴィグの場面)を含む結末まで踏み込む完全ガイドである。冒頭のトンスベルクの戦い、戴冠式の中断、ヨトゥンヘイム遠征と追放、ニュー・メキシコでのハンマー・クレーター事件、ロキの出自と王位簒奪、デストロイヤー襲撃、ビフレスト破壊、ロキの落下、テッセラクトの提示まで、主要な驚きをすべて前提として整理している。

原題
Thor
監督
ケネス・ブラナー
脚本
アシュリー・エドワード・ミラー/ザック・ステンツ/ドン・ペイン
原案
J・マイケル・ストラジンスキー/マーク・プロトセヴィッチ
音楽
パトリック・ドイル
撮影
ハリス・ザンバーラウコス
米国公開
2011年5月6日
上映時間
115分
ジャンル
スーパーヒーロー、ファンタジー、神話劇、SF

あらすじ

以下はミッドクレジットを含む全編のあらすじである。紀元965年のトンスベルクの戦いに始まり、戴冠式の中断、ヨトゥンヘイム遠征と追放、ニュー・メキシコでのジェーン・フォスターとの邂逅、ロキの出自の発覚と王位簒奪、デストロイヤー襲撃、ビフレストの破壊とロキの落下、そしてニック・フューリーがエリック・セルヴィグにテッセラクトを示すミッドクレジットまで、結末を含む主要なネタバレをすべて前提として記述する。

プロローグ/紀元965年・トンスベルクの戦い

本編は現代のニュー・メキシコ砂漠で、嵐の中から落下する一人の男をジェーン・フォスター、エリック・セルヴィグ、ダーシー・ルイスの三人が車で撥ねかける場面から幕を開ける。観客が『これは誰か』と問う間もなく、画面はオーディンの語りで紀元965年のノルウェー、トンスベルクの古戦場へと遡る。フロスト・ジャイアント(霜の巨人)の王ラウフェイは『古代の冬の宝箱(カスケット・オブ・エンシェント・ウィンターズ)』の力で地球を凍てつかせ、人類を征服しようとしていた。

アスガルドの王オーディンは騎兵団とエインフェリアー(王の親衛戦士)を率いて地球に降臨し、巨人たちを撃退する。両軍の激突は雪原に骸を積み上げる凄惨な戦いとなり、最終的に巨人たちはヨトゥンヘイムへ撤退、オーディンは宝箱を戦利品として奪い、地球とアスガルドのあいだに長い平和を結ぶ。語りはここでオーディンの息子たち——血気盛んな兄ソーと、頭の回る弟ロキ——を映し、二人が宝物庫で『古代の冬の宝箱』をはじめとする戦利品の説明を父から受ける少年時代の場面へと移る。

プロローグは、後の現代パートで唐突に登場する『フロスト・ジャイアント』『ビフレスト』『ムジョルニア』『カスケット』『デストロイヤー』といった要素をすべて先回りで観客に提示する役割を担う。同時に、『二人の息子のうち、王に育てているのはソーだけではない』というオーディンの台詞が、後半のロキの出自の真相に対する伏線として丁寧に置かれていることが、二度目以降の鑑賞で立ち上がってくる。

戴冠式の中断と兄弟

現代のアスガルド。オーディンは長子ソーに王位を譲るための戴冠式を執り行おうとしている。荘厳な玉座の間、列席する貴族とエインフェリアー、磨き上げられた金の装飾、母フリッガ(レネ・ルッソ)の慈愛に満ちた眼差し——観客が初めて目にするアスガルドは、徹底的に華麗で、徹底的に古典劇めいた宮廷として提示される。傲岸に振る舞いつつも父の言葉を待つソーと、笑顔の裏で兄を見つめるロキ。兄弟の温度差が短いカットの積み重ねで描かれる。

ところが、その式典の最中にアスガルドの宝物庫が侵入を受ける。手引きされた数体のフロスト・ジャイアントが古代の冬の宝箱を奪い返そうと忍び込み、警備のアスガルドの自動兵器『デストロイヤー』に焼き払われる。被害は軽微だが、王太子ソーは父の制止を振り切り、『ヨトゥンヘイムへ出兵して報復すべきだ』と詰め寄る。オーディンは『侵略の真意を見極めるまで動くな』と命じるが、戴冠を妨げられた屈辱と、戦士としての血気が、ソーの判断をいっそう短絡へと追い込む。

ロキは表面上は兄を諌めながら、その実、兄が遠征を強行するよう静かに焚き付ける。シフ、ヴォルスタッグ、ホーガン、ファンドラル——シフとウォリアーズ・スリーを呼び集め、ソーは一行を率いてビフレストの渡し守ヘイムダル(イドリス・エルバ)に詰め寄り、ヨトゥンヘイムへの渡橋を強引に発動させる。ヘイムダルは『私は宝物庫に通じる経路を承知している。誰かが裏切らねば、巨人がここまで来ることはあり得ぬ』と意味深な警告を残すが、ソーは止まらない。

ヨトゥンヘイム遠征と追放

極寒の暗黒惑星ヨトゥンヘイム。氷の宮殿の玉座に座す王ラウフェイ(コルム・フィオール)は、軽率に乗り込んできた六人を冷ややかに迎える。ラウフェイは『お前の中には、お前の父も母も知らぬ問いがある』とロキに向けて意味深な台詞を吐き、その含みは観客の頭に違和感として残る。ソーは交渉を試みる素振りを見せるが、巨人の挑発に乗ってムジョルニアを振るい、戦闘へと突入する。シフとウォリアーズ・スリーは奮戦するが、巨人の物量と『古代の冬の宝箱』なき今でも凍てつく腕力は侮れず、ヴォルスタッグはあわや片腕を凍傷で失いかける。

戦闘中、ロキは一体のフロスト・ジャイアントに腕を掴まれる。普通ならその場で凍り付くはずの肌が、青く変色するだけで何ら害を受けない。本人は咄嗟に手を引き、表情を消したまま戦線へ戻るが、観客にはここで『ロキは何者か』という疑念が植え付けられる。形勢が完全に劣勢に傾いたところへ、八本足の天馬スレイプニルにまたがったオーディンが降臨し、巨人たちを威圧して一行を強引に連れ帰る。ラウフェイは『これで両国の和平は終わりだ』と宣言し、戦端が再び開かれる。

ビフレストの上で、オーディンはソーの愚行を激しく叱責する。『お前は虚栄に酔った愚かな少年だ』『戦士ではない。残忍さは王の徳ではない』。父は、自らの手で息子の戦士の称号を剥ぎ、ムジョルニアを掲げて呪文を唱える——『この槌を持つ者、もし“ふさわしい者”ならば、ソーの力を授かるであろう』。ソーは戦装束を引き剥がされて凡庸な男に戻され、ハンマーとともにビフレストの彼方の地球——ニュー・メキシコの砂漠へと投げ放たれる。父は王太子をひとたび地上の塵へ突き落とし、人として作り直すことを選んだのである。

ニュー・メキシコのジェーン・フォスター

場面は冒頭の砂漠へ戻る。天体物理学者ジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)は、師であるエリック・セルヴィグ(ステラン・スカルスガルド)と助手のダーシー・ルイス(キャット・デニングス)とともに、観測史上類のない大気現象を追っていた。改造したヴァンで嵐の中心へ突入した三人は、降ってきた半裸の男——力を失ったソー——を撥ねてしまう。病院に運ばれたソーは、自分は誰でどこから来たかを声高に叫び、即座に拘束される。やがて病院を抜け出し、再びジェーンの前に現れる。

近くの砂漠の窪地には、ソーの追放と同時に投げ放たれたムジョルニアが落下し、巨大なクレーターを作っていた。地元民が集まり、ジョージ・ステレナド(無名のトラック運転手)が冗談半分に綱で引っ張ろうとする——後年語り草となるスタン・リーのカメオ出演である。誰がどう力をかけようと、ハンマーは岩に縫い止められたかのように動かない。やがてフィル・コールソン率いるS.H.I.E.L.D.の部隊が到着し、巨大な仮設基地でクレーターを覆い、機密区域として封鎖する。ジェーンの観測機材や研究データもすべて押収される。

ジェーンの研究を奪われた怒りと、空から落ちてきた男に対するわずかな信頼から、彼女は逃亡中のソーに協力し、地元のレストランで朝食をふるまう。ソーが宇宙へ繋がる『アインシュタイン=ローゼン橋』をペンとナプキンの図で説明する場面、コーヒーのカップを叩き割って『美味い!もう一杯!』と店員に注文する場面など、神々しい王子が地上の作法を学んでいくユーモアが小気味よく挿入される。ジェーンはやがて、彼の話す宇宙論が自分の数式と奇妙に符合することに気づき始める。

ハンマーへの夜襲と捕縛

ジェーンの導きで、ソーは夜中にS.H.I.E.L.D.の仮設基地へ単身で乗り込む。雨の中、フェンスを越え、見張りを次々に倒し、燃え盛る照明弾と泥にまみれながらクレーターの中央へ突き進むソー。クレーターの縁の上には、弓を構えた一人の射手——後の作品で正式に登場することになるホークアイ/クリント・バートン(ジェレミー・レナー)が、コールソンの指示で照準を合わせて様子を見ている。『この男、見るのが楽しくなってきた』とレナーが呟くひと言の登場は、観客に『MCUは一作の枠を越えて広がっている』ことをはっきり示す瞬間である。

中央のテントへ到達したソーは、ムジョルニアの柄を握る。雷鳴とともに頭上で稲妻が走るような瞬間が訪れる——しかし、ハンマーは微動だにしない。『ふさわしい者』ではなくなった現在のソーには、もはやハンマーを動かす資格がない。膝を地につき、雨に打たれて項垂れる王太子の姿は、本作のなかでもっとも痛切なショットの一つである。S.H.I.E.L.D.は無抵抗となった彼を拘束し、コールソンが取り調べを行う。

セルヴィグはソーを精神的に不安定な学者『ドナルド・ブレイク博士』だと偽って身柄を引き受け、なんとか釈放させる(『ドナルド・ブレイク』は原作コミックでソーの地球での仮の姿として使われた古典的な名前であり、原作読者へのウィンクである)。場末のバーで二人は、神話と科学を肴に酒を酌み交わす。ソーは『お前の祖先たちが見上げた星のひとつから、私は来た』とセルヴィグに語り、年配の物理学者は呆れながらも、その男のなかにある何かを信じ始める。

ロキの出自と王位簒奪

アスガルドではロキが、宝物庫に独りで降り、『古代の冬の宝箱』に手を触れる。瞬間、彼の肌は青く変じ、瞳は深紅に染まる。ヨトゥンヘイムで巨人に腕を掴まれて凍らなかった理由——それは彼自身がフロスト・ジャイアントの血を引いていたからだった。動揺したロキは玉座の間で父オーディンに詰め寄る。オーディンは『お前は赤子のころ、ラウフェイに見捨てられた子だ。私は神殿の片隅で泣くお前を拾い、息子として育てた。両王家のあいだに平和を結ぶ希望として……』と告白する。

ロキは『すべての父の演説、すべての“どちらかが王となる”という言葉は嘘だったのか』と慟哭する。話の途中で、過度の精神的負荷に耐えかねたオーディンは『オーディンスリープ(オーディンの眠り)』——神格修復のための深い昏睡状態——に陥り、玉座の前で倒れる。フリッガは『陛下はまた戻られる。今は休ませて差し上げて』と諭すが、その時点で王権はロキの手に転がり込む。グングニルの槍と王座を譲り受けたロキは、瞬時に二つの計画を組み立てる。

第一に、追放された兄ソーを地球に留め置くこと。ロキは地球のソーのもとへ自らアスガルドの像として現れ、『父は崩御した。母は深く悲しんでおり、お前の追放を解くことはできない』と告げる。地に落ちたソーは涙し、自分のせいで父を死なせたと自責の念に飲まれる。第二に、ヨトゥンヘイムのラウフェイと密かに通じ、『眠るオーディンを暗殺する手引きをしてやる』と取引を持ちかける。すべては『簒奪者ロキ』ではなく、『父と兄を救った英雄ロキ』として国を継ぐ筋書きを完成させるためである。

デストロイヤー襲撃

アスガルドではシフとウォリアーズ・スリーが、ロキの治世のあまりの異常さに違和感を募らせる。最初の御前会議で、まだ即位したばかりのロキは古い同盟者ラウフェイを国賓として迎える許可まで出そうとする。シフたちはヘイムダルに事情を打ち明け、ロキの目を盗んで地球へ渡る秘密の経路を頼み込む。誇り高きヘイムダルは、王の命に表向きは従いつつ、四人を内密にビフレストの隙間へ滑り込ませる。

ソーがいるニュー・メキシコの町ピュエンテ・アンティグオに、四人は古代の戦士装束のままの姿で降り立つ。ジェーンとセルヴィグ、ダーシーが目を丸くする再会の場へ、ロキの差し向けた巨大なアスガルドの自動兵器『デストロイヤー』が空から落下してくる。デストロイヤーは町の中心を直線的に踏み潰し、家屋を焼き払い、ガスステーションを爆破しながら、目標であるソーを探し続ける。シフとウォリアーズ・スリーが立ち向かうが、口部から放たれる破壊光線にはまったく歯が立たない。

ソーは丸腰のまま、自らがおとりになることを決める。火薬の匂いが立ち込める焼け跡の真ん中に進み出て、彼は弟ロキへ語りかける。『お前の望むものは、私の命だろう。仲間と人々を見逃せ』。デストロイヤーは振り返り、ソーの胸を強烈な一撃で打ち据える。崩れ落ちるソーをジェーンが抱き起こす。息絶えようとする彼の手が、ジェーンの頬を掠めて『すまなかった』と呟いた瞬間——遠く砂漠のクレーターに眠っていたムジョルニアが、自ら宙へ舞い上がる。

槌は嵐を呼びながら飛来し、ソーの掌に収まる。雷鳴が轟き、剥がされていた装束と力が彼の身体に戻ってくる。『ふさわしい者』として作り直された王太子の覚醒である。ソーはデストロイヤーへ正面から飛び込み、嵐と稲妻を呼び込み、自動兵器を解体する。本作のなかで、観客が初めて『マイティ・ソー』としての全力を目にする瞬間でもある。

アスガルド帰還とビフレスト破壊

力を取り戻したソーは、ジェーンに『必ず戻る』と約束し、シフ、ウォリアーズ・スリー、セルヴィグらに見送られて、ヘイムダルが開いたビフレストの光柱を通ってアスガルドへ帰還する。だが、宮殿に戻った彼を待っていたのは、玉座に座すロキの姿である。ロキはこの時点ですでに、約束通り暗殺者として宮殿に潜入させたラウフェイをアスガルドの奥深くへ手引きしていた。眠る父の枕元で槍を構えるラウフェイ。フリッガがそこへ駆けつけ、ラウフェイの剣を受け止めるところで、ロキはグングニルでラウフェイの胸を貫き、『父よ、母よ、私が陛下を救った』と勝ち誇る。

ロキの真の計画はそれで終わらない。彼は父に『真の息子』として認められるため、ヨトゥンヘイムを永久に消し去ろうとしていた。ビフレストの基部で渡し守ヘイムダルを氷漬けにして退け、ロキは橋の発生装置をフル出力で起動し続ける。九つの世界を巡るはずの光柱は、ヨトゥンヘイムへ向けて一点集中の破壊光線として撃ち続けられ、惑星全体が裂け始める。

ソーはビフレストの上でロキに対峙する。剣戟と魔術のせめぎ合いのなかで、二人は兄弟であり同時に競合する王位継承者として、互いの心の奥深くを刺し合う。ソーは弟に『お前は王ではない。お前は、私の兄弟だ』と語りかけるが、ロキは聞き入れない。ヨトゥンヘイムの民を皆殺しにする以外に止めようがないと悟ったソーは、ムジョルニアを連打してビフレスト橋そのものを破壊する。光柱の発生源が砕け、ロキの計画は止まる——同時に、九つの世界を結ぶ唯一の道が、長くアスガルドから断たれることとなる。

壊れていく橋の上で、二人は崩落の縁へ滑り落ちる。間一髪で覚醒したオーディンが、片手でソーを、片手でロキを掴んで救う。ロキは槍の柄を握りしめながら、父に向かって叫ぶ——『私はあなたのためにやった!すべてをあなたのために!』。オーディンの返答はただ一言、『ノー、ロキ』。承認されなかった瞬間、ロキは自ら手を放し、虚空の彼方へと落下していく。後に続く全フェーズの悲劇の種が、ここで蒔かれる。

結末とミッドクレジット

ビフレストが失われたことで、アスガルドと地球を含む九つの世界の通路は途絶える。アスガルドの広間でソーは、回復したオーディンに『私は王にふさわしい王子ではありませんでした。ですがいつか、ふさわしくなるよう努めます』と告げる。地球ではジェーンが、ソーが再び戻ってくるかどうかも分からないまま、観測機材を再起動して空を見上げる。ヘイムダルは、橋を失ってもなお遠くの星を見守り続けている——『私には、いまも彼女が見える』。再会への祈りと、引き裂かれた距離が、しんと静まり返ったショットで提示される。

ミッドクレジット。ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)がエリック・セルヴィグをS.H.I.E.L.D.の地下施設へ案内する。アタッシェケースに収められた青く脈打つ立方体——後の『テッセラクト』である。『これは大いなる力。我々はこれの研究に協力してほしい』とフューリーは告げる。賛同する顔のセルヴィグの背後の鏡には、生きているはずのないロキの像が映り、『そうだとも。そうだとも』と囁いている。誰がセルヴィグを動かしているのか、何が次に襲ってくるのか——『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』『アベンジャーズ』への直接の橋が、ここで明確に架けられる。

登場要素

本作で登場・言及される主要な要素を分類して示す。固有名詞はMCUの神話側の語彙として、本作を起点に以後の作品で繰り返し参照される。

主要人物

  • ソー
  • ロキ
  • オーディン
  • フリッガ
  • ジェーン・フォスター
  • エリック・セルヴィグ
  • ダーシー・ルイス
  • フィル・コールソン
  • ニック・フューリー(ミッドクレジット)
  • クリント・バートン/ホークアイ(カメオ)
  • シフ
  • ヴォルスタッグ
  • ホーガン
  • ファンドラル
  • ヘイムダル

ヴィラン

  • ロキ・ラウフェイソン
  • ラウフェイ王
  • フロスト・ジャイアント
  • デストロイヤー(自動兵器)

サポート

  • S.H.I.E.L.D.
  • セルヴィグ研究室の機材
  • 保安官と地元住民
  • ピュエンテ・アンティグオ町民

組織

  • アスガルド王家
  • エインフェリアー(王の親衛戦士)
  • ウォリアーズ・スリー
  • S.H.I.E.L.D.
  • ヨトゥンヘイムのフロスト・ジャイアント勢

場所

  • アスガルド王宮
  • 宝物庫
  • ビフレスト橋
  • ヘイムダルの観測所
  • ヨトゥンヘイム
  • ノルウェー・トンスベルクの古戦場
  • ニュー・メキシコ州ピュエンテ・アンティグオ
  • S.H.I.E.L.D.仮設基地(クレーター)
  • テッセラクトの地下施設

アイテム・技術

  • ムジョルニア
  • グングニル(オーディンの槍)
  • 古代の冬の宝箱(カスケット・オブ・エンシェント・ウィンターズ)
  • アスガルドの装束と武具
  • ビフレスト・サーソード(橋の起動装置)
  • デストロイヤー
  • テッセラクト(ミッドクレジット)
  • アインシュタイン=ローゼン橋の観測機材

能力・概念

  • ふさわしい者の呪(ムジョルニアの加護)
  • 雷を呼ぶ力
  • オーディンスリープ
  • アスガルド魔術/幻影
  • アスガルドの長命
  • 九つの世界
  • アスガルド人と神の伝承
  • 宇宙線と稲妻の同等視(科学=魔法)

ポストクレジット要素

  • ニック・フューリーの登場
  • テッセラクトの初提示
  • セルヴィグへのロキの精神干渉
  • アベンジャーズ計画への布石

主要登場人物

本作はキャラクター総出の祝祭ではなく、ソー、ロキ、オーディン、ジェーン・フォスターの四人を軸にした密度の高い家族劇として組まれている。以下、特に紙幅を割きたい人物について個別に扱う。

ソー・オーディンソン(クリス・ヘムズワース)

アスガルドの王太子。雷と戦の神格を継ぐ存在として育てられ、戦士としての才に恵まれた一方、若さゆえの傲慢と短慮を抱えている。映画前半のソーは、観客の共感を意図的に拒むほど強引で、父の制止を聞かず、外交より戦闘を即座に選ぶ。だが、力とハンマーを取り上げられて地上へ落とされたあと、彼は『神らしさ』を演じる必要のない一人の男として、ジェーンや地元の人々と関わり始める。

デストロイヤーの前に丸腰で進み出て、仲間と町の人々を守るために身を捨てる選択をした瞬間に、ソーは初めて『ふさわしい者』となる。ムジョルニアが自ら飛んでくる場面は、能力の演出であると同時に、彼の内面の変化を物理現象に翻訳した一連のショットとして読むべきものである。ハンマーはツールではなく、心のあり方を問う鏡として描かれている。

オーストラリア出身のクリス・ヘムズワースは、本作の主役オーディションで弟のリアム・ヘムズワースから巻き返して獲得した役どころで知られる。190cmを超える長身と、神話的な体格を作るために増量した肉体、そしてシェイクスピア舞台仕込みのブラナーの演出を吸収する瞬発力で、ヘムズワースは『MCUの顔』の一人としての位置を本作で確立した。

ソーの人物ページ 次:アベンジャーズ

ロキ・ラウフェイソン(トム・ヒドルストン)

アスガルド王家の次男として育てられた魔術と知略の使い手。本作で観客は、彼が血の上ではフロスト・ジャイアントの王ラウフェイの捨て子であり、オーディンが平和の橋として育てた存在だったという真相に立ち会う。ロキの動機は単純な悪意ではなく、『兄ばかり見つめる父』『どこにも本当の自分がいない』という承認欲求の歪みであり、本作は彼を悪役としてではなく悲劇の主人公として丁寧に描き出している。

計画の構造そのものが極めて狡知に長けている。第一に戴冠式に紛れさせた巨人で兄を激発させ、第二に父をオーディンスリープに追い込み、第三に自分が父と兄を救った『英雄』として君臨する筋書きを組み立てる。デストロイヤーの差し向け、ラウフェイ暗殺、ヨトゥンヘイム消去——すべてがその物語上の整合性のために配置されている。だがその完璧な計画は、最後にビフレストの上で兄に『お前は王ではない、私の兄弟だ』と呼ばれた瞬間、内側から崩れていく。

トム・ヒドルストンは当初ソー役のオーディションを受けたうえでこの役に回ったとされる。古典演劇のバックグラウンドを活かし、笑みの内側に冷たい計算と切実な渇望を同居させた演技は、ロキを単発の悪役からシリーズの中心人物の一人へと押し上げ、以後『アベンジャーズ』『ダーク・ワールド』『ラグナロク』『インフィニティ・ウォー』そしてDisney+ドラマ『Loki』に至るまで、MCUを縦に貫く存在へと成長させた。

ロキの人物ページ

オーディン・ボーソン(アンソニー・ホプキンス)

アスガルドの全父。九つの世界の秩序を統べる王として、本作では『誇り高い父であり、罪深い父である』という二面性を全力で背負う。眼帯と長い白髭、グングニルの槍、八本足の天馬スレイプニルといった神話的意匠を一身に集約する造形は、ホプキンスの圧倒的な発声と存在感によって、子ども騙しではない神格として成立する。

戴冠式での息子叱責、ヨトゥンヘイム遠征後にビフレストの上で長子を引き剥がして放逐する場面、そしてロキの問い詰めに耐えかねて昏倒する場面——本作のオーディンは、王と父の役を分けて生きることができず、その引き裂かれを身体ごと負ってしまう男として描かれる。彼の沈黙と眠りこそが、続く一連の悲劇を可能にしている。

ホプキンスのキャスティングは、神話劇としてのスケールを古典劇出身者の声で支えるブラナーの戦略の中核だった。彼の演技がなければ、アスガルドという作りもののセットは『ハロウィンの飾り』に堕しかねず、本作がMCU後半まで重んじられる足場となる『神話の重み』は確立しなかったはずである。

ジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)/地球側の三人

天体物理学者にしてアインシュタイン=ローゼン橋の理論研究者。本作のジェーンは、後年の『ダーク・ワールド』や『ラブ&サンダー』で描かれる側面とは違い、まず研究者としての好奇心と勘の良さで物語に貢献する。空から落ちてきた男のうわごとを聞き、自分の数式を照合し、星座と神話を繋げて見せる場面は、彼女が単なる『恋人役』に閉じ込められないための重要な布石である。

助手のダーシー・ルイス(キャット・デニングス)は、現代的なユーモアと観客視点のツッコミ役として作品全体のテンションを和らげる。テイザーガンでソーを気絶させる初対面の場面は、本作のシェイクスピア調のなかで貴重なコメディの息抜きとなる。エリック・セルヴィグ(ステラン・スカルスガルド)は、ノルウェー出身の物理学者という設定を活かし、神話的記憶と科学者としての懐疑を同居させ、ソーを精神病院から救い出す役割を担う。ミッドクレジットでテッセラクトを目にする彼が、続く『アベンジャーズ』でどのような立場に置かれるかは、ここで丁寧に布石が置かれている。

ジェーンの研究機材を奪い、ソーを拘束するフィル・コールソン(クラーク・グレッグ)の存在も大きい。『アイアンマン』『アイアンマン2』で愛されたS.H.I.E.L.D.エージェントが、本作で初めて『現場の主導者』として描かれることで、地球側の物語にMCU全体のスケール感が引き込まれる。

舞台と用語

舞台は対照的な二つの世界に分かれている。一方は黄金と稲妻、絢爛な宮殿と虹の橋に彩られた九つの世界の中心アスガルド。もう一方は、ニュー・メキシコの砂漠に位置する架空の小さな町ピュエンテ・アンティグオで、車道の脇に止まったトレーラーや、ペットショップとカフェしかない通りに、いきなり神話的存在が降ってくる。両者の温度差そのものが、ソーの『神から人へ』『人から神へ』の往復を画面で語っている。

用語面では、ムジョルニアとその加護(『これを掴む者、もしふさわしき者ならば、ソーの力を授かるであろう』)、ビフレスト橋、九つの世界、オーディンスリープ、フロスト・ジャイアント、デストロイヤー、エインフェリアーといったアスガルド側の語彙が中心になる。地球側ではテッセラクトとアインシュタイン=ローゼン橋の二つが鍵で、後者は『科学的に説明可能なワームホール』として、神話の渡橋ビフレストと一対の概念として提示されている。MCUの最大の発明は、これらをどちらか一方に還元するのではなく、『十分に発達した科学と魔法を同列に語る』方針を本作で正面から掲げたことにある。

用語:アスガルド 用語:MCU 用語:インフィニティ・ストーン

制作

マーベル・スタジオは、ハイテク現代劇『アイアンマン』、巨人化のSFアクション『インクレディブル・ハルク』に続き、本作で初めて宇宙的・神話的なスケールを正面から扱うことになった。以下、本作を成立させた制作上の判断を整理する。

企画と脚本

プロジェクトの起源は2004年のソニー・ピクチャーズ時代まで遡る。マーク・プロトセヴィッチが初期の長尺ストーリーを書き、その後マーベル・スタジオへ権利が戻ったのち、コミック『マイティ・ソー』の長期執筆で名高いJ・マイケル・ストラジンスキーが、家族劇としての構造を明確化した原案を起草した。最終稿はテレビ畑出身のアシュリー・エドワード・ミラー、ザック・ステンツ、そして長年スパイダーマン関連のコミックとアニメで活躍したドン・ペインの三人によって仕上げられた。

ケヴィン・ファイギ率いるマーベル・スタジオの方針は明快だった。本作は神話世界をMCUへ正式に編入する一作であり、地球と宇宙、科学と魔法を両立させるための『翻訳』に集中的な紙幅を割く。アスガルドのシークエンスはシェイクスピアの王権悲劇の骨組みで、地球パートは『田舎町に降ってきた身分の高い旅人』というウェスタンの語法で書く、という分業が脚本段階で明示されていたとされる。

監督ケネス・ブラナーの起用

監督候補にはマシュー・ヴォーン、サム・ライミ、D・J・カルーソーら複数の名前が挙がり、最終的にケネス・ブラナーが選ばれた。シェイクスピア俳優・演出家として『ヘンリー五世』『ハムレット』『マクベス』を映画化してきた経歴を持ち、王権と兄弟の悲劇を扱う本作の素地と完全に重なる人選だった。ブラナーは『これはスーパーヒーロー映画である前に、二人の王子の話だ』と公の場で繰り返し語り、稽古場のように俳優と台詞を読み込む段階を撮影前に確保した。

ブラナーの演出スタイルは、撮影現場でも顕著に現れている。アスガルドの宮廷シーンには低い俯瞰と斜めのカメラ角が頻発し、画面に意図的な緊張を生む。逆にニュー・メキシコの場面ではカメラを腰の高さまで下げ、地に足の着いた牧歌的なリズムで会話を撮る。神話と日常のあいだの温度差を、フレーミング自体が物語っている点は、後のMCUの監督起用の方針——『フランチャイズの色を持ち込める個性派監督』——にも影響を与えた。

キャスティング

ソー役のオーディションには兄弟で参加したヘムズワース兄弟(クリスとリアム)、トム・ヒドルストン、アレクサンダー・スカルスガルド、チャーリー・ハナム、チャニング・テイタムらが名を連ね、最終的にクリス・ヘムズワースが射止めた。トム・ヒドルストンは当初ソー役で読み合わせをしたうえでロキへ回されたとされ、結果として彼の知性と影の濃さがMCUを縦に貫くロキ像を生み出した。

オーディン役のアンソニー・ホプキンスの起用は、ブラナー監督の決断を象徴する。古典演劇の重鎮を据えることで、CGで彩られたアスガルドの王権を『本物の重み』に引き上げた。ジェーン・フォスター役のナタリー・ポートマンは前年に『ブラック・スワン』でアカデミー主演女優賞を受賞したばかりで、本作出演は『商業大作と作家性のあるドラマを行き来する』姿勢の表明としても話題を呼んだ。シフ役のジェイミー・アレクサンダー、ファンドラル役のジョシュ・ダラス(『ダーク・ワールド』ではザカリー・リーヴァイへ交代)、ホーガン役の浅野忠信、ヴォルスタッグ役のレイ・スティーヴンソンらウォリアーズ・スリーも本作で初登場した。

撮影とロケ地

撮影は2010年初頭、カリフォルニア州マンハッタン・ビーチのレイリー・マンハッタン・ビーチ・スタジオに組まれた巨大なアスガルドのセットで行われた。玉座の間、宝物庫、ビフレストの基部、ヘイムダルの観測台といった象徴的なロケーションがすべてセットとして実物大に建てられ、俳優たちがその空間の中で歩きながら台詞を口にできるよう設計されていた。CGはセットを置き換えるのではなく、空・遠景・橋の彼方の宇宙といった『窓の外』を担当する役割に徹している。

ピュエンテ・アンティグオの架空の町は、ニュー・メキシコ州のガリステオ近郊に組まれたオープンセットで撮影された。ガスステーション、ペットショップ、酒場、ジェーンの研究拠点になるトレーラーまで実体として建てられ、デストロイヤー襲撃の場面では爆発と崩壊のシークエンスを実景で撮ることが可能になっている。氷の惑星ヨトゥンヘイムは、白く凍てついた地形のミニチュアと俳優の実演を組み合わせ、後段のCG処理で氷柱や巨人を増殖させて画面を作り上げた。

視覚効果と美術

VFXは複数の老舗会社が分担した。BUFはアスガルドの空と宇宙の遠景、Digital Domainはビフレスト橋とビフレスト・トラベルの演出、Fuel VFXはデストロイヤーの面甲が開いてビームが放たれるエフェクト、Luma Picturesは九つの世界のホログラム描写などをそれぞれ担当している。美術監督のボー・ウェルチが描いたアスガルドの絵コンテは、ジャック・カービーがコミックで描いた幾何学的な意匠を実写の質感に翻訳することを最優先しており、長いまっすぐな金属の線と、奥行きを強調する反射が画面に深みを与えている。

ムジョルニアは複数の重さの実物大プロップが用意され、シーンによって持ち上げる用・投げる用・床に固定する用が使い分けられた。ヘムズワースが扱ったハンマーはおおむね数キロのアルミ製で、彼の腕の太さと相まって、CGに頼らずとも『神の道具』としての重量感を生み出している。デストロイヤーは部分的に実物大モックアップが組まれ、現場照明でデジタル合成の素材を撮るためのリファレンスとして俳優の前に置かれた。

音楽と音響

音楽はブラナーが多くの作品で組んできたパトリック・ドイルが担当した。スコットランド出身の作曲家であるドイルは、英雄テーマを金管楽器の朗々とした主題で書き上げ、雷の轟きと神話の威厳を同時に支える楽曲群を提供した。MCUは『アイアンマン』のラミン・ジャワディ、『インクレディブル・ハルク』のクレイグ・アームストロングと続けて作曲家を分けてきたが、本作のドイルのスコアは特に古典派・ロマン派寄りの語法であり、後年のフェーズ4〜5の音楽傾向とは大きく異なる豊かさを示している。

音響デザインの面では、ムジョルニアの飛翔音、ビフレストの起動音、デストロイヤーの面甲ビームの作動音という三つの『新しい音』が本作の声紋として確立された。とりわけムジョルニアが手元に飛来する直前の低音の唸りは、続く作品でも繰り返し参照される、シリーズを象徴する音響モチーフとなっている。

編集と公開準備

編集は『X-MEN:ファイナル ディシジョン』などで知られるベテラン、ポール・ルーベルが担当した。本作の編集の最大の挑戦は、アスガルドの宮廷劇とニュー・メキシコの牧歌劇という温度差の異なる二つの物語を、観客が並行して追えるようにテンポを揃えることだった。とりわけ戴冠式の中断とヨトゥンヘイム遠征、ロキの真相発覚とデストロイヤー襲撃という二つのクライマックスを、観客の感情をたるませずに連続して見せる手腕は、ルーベルの貢献として高く評価される。

ミッドクレジットでフューリーがセルヴィグにテッセラクトを示す短いシーンは、後の『アベンジャーズ』に直結する重要な布石として、本編とは独立して撮影・編集された。エンドロールの終わりまで観客を席に縛り付けるMCUの定型は、『アイアンマン』『インクレディブル・ハルク』『アイアンマン2』を経て本作でいっそう精度を上げ、以後のシリーズ全体の標準となった。

公開と興行

本作は2011年4月17日にオーストラリアで先行公開され、その後欧州を経由して、2011年5月6日に米国で公開された。日本では同年7月2日に劇場公開されている。配給はパラマウント・ピクチャーズで、後年ディズニーが配給権を買い取った関係から、現在のホームメディアおよびストリーミング配信はディズニー+を中心とした体制となっている。

全世界興行収入は約4億4900万ドルで、製作費約1億5000万ドルを大きく上回るヒットとなった。アスガルドという未知の世界が観客に受け入れられるか、シェイクスピア劇の文法でスーパーヒーロー映画を成立させられるかという、マーベル・スタジオが抱えていた二重の不安は、この興行的成功によってひとまず払拭された。本作の成功なくして、半年後の『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』および翌2012年の『アベンジャーズ』の合流は、ここまでの規模では成立し得なかっただろう。

批評面でも、ロッテン・トマトの批評家スコア、メタクリティック、各国の主要紙の評価はいずれも概ね好意的だった。とりわけクリス・ヘムズワースのスターとしての誕生、トム・ヒドルストンの抜きん出たヴィラン像、ブラナーの演出による『家族劇としてのスーパーヒーロー映画』という新しい型が広く支持された。アクション映画としての満点よりも、人物造形・神話世界の構築・キャスティングの完璧さで記憶される一本である。

批評・評価・文化的影響

公開時点ではマーベル映画の主流は『アイアンマン』を頂点とするテクノロジー寄りの現代劇であり、神話・他次元・剣戟といった本作の素材はリスキーと見られていた。本作がそのリスクをクリアし興行的にも評価面でも成功したことで、MCUは『現代の地球』だけでなく『他の世界、他の時代』を堂々と画面に持ち込めるシリーズへと拡張された。後年の『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』『ドクター・ストレンジ』『エターナルズ』『シャン・チー』といった神話・宇宙・魔法側の作品群は、本作が切り拓いた土台の上に成立している。

登場人物の文化的影響も大きい。ソーは『アベンジャーズ』『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』『ラブ&サンダー』に至るシリーズ最長期間の中心人物の一人となり、ロキは『最も人気のあるヴィラン』から『最も愛される主役の一人』へと役柄を更新して、自身の冠Disney+ドラマ『Loki』へ展開した。トム・ヒドルストンの演じるロキ像が、悪役の定義そのものを書き換える形でフェーズ全体に波及していった点は、本作のキャスティングの卓抜さを物語っている。

またミッドクレジットでのテッセラクト提示は、MCUの『シェアード・ユニバース』戦略を可視化した象徴的なシーンとして語り継がれる。観客は『次の作品の鍵が、すでに今この映画の終わりに置かれている』という新しい鑑賞体験に習熟し、以後のフェーズ全体の見方を変えた。

舞台裏とトリビア

ムジョルニアを引き抜こうとしてみせるトラック運転手の一人として、原作者スタン・リーがカメオ出演している。ハンマーに繋いだチェーンごとピックアップトラックの荷台が壊れて落ちる名物カットの主は、初代の『マイティ・ソー』コミックを共作した人物その人である。

ジェレミー・レナーが演じるクリント・バートン/ホークアイは、本作で初めてMCUに姿を見せた。S.H.I.E.L.D.の仮設基地でクレーターを見下ろす射手として登場し、続く『アベンジャーズ』への布石となっている。ノーマンな台詞は数行で、エンドロールにも公式キャストとして記載されない短いカメオだが、観客に『この男はまた出てくる』と確信させる役どころとして強い印象を残した。

S.H.I.E.L.D.エージェント、フィル・コールソン(クラーク・グレッグ)は本作で『現場主導の事件指揮官』として実質的に初の主要任務を担う。MCUの『一介の事務方ではなく、現場で頼れる人物』としてのコールソン像は、本作で確立されたと言ってよい。

ロキを演じるトム・ヒドルストンは、当初ソー役のオーディションを受けたうえでロキに回された経緯がある。古典演劇のバックグラウンドと、悪意の奥にある寂しさを同時に提示できる稀有な俳優性が、ロキを単発の敵役からシリーズの精神的中心の一人へと押し上げた。エンドロール後、テッセラクトを通じてエリック・セルヴィグの背後の鏡に映る『ロキの影』は、続く『アベンジャーズ』のニューヨーク決戦の発火点として、後年の観客にとって特に味わい深い細部となっている。

セルヴィグの名は、原作コミックの神話学者ドナルド・ブレイク博士を補強するために創造された新キャラクターである。彼が劇中で『ドナルド・ブレイク』という偽名を口にする場面は、原作読者への目配せとして仕込まれた小さなユーモアであり、コミックを下敷きにしないでも物語の進行を妨げない範囲で配されている。

テーマと解釈

中心にあるのは『ふさわしさ』である。ムジョルニアに刻まれた呪文——『この槌を持つ者、もしふさわしき者ならば、ソーの力を授かるであろう』——は、本作のテーマそのものを物体化したオブジェクトである。生まれや王権の正当性ではなく、心のあり方が力を許可するという発想は、MCUの後年の作品でも繰り返し参照されることになる。傲慢な王子を一度地に落とし、雨の中でハンマーを動かせずに膝をつかせ、丸腰でデストロイヤーの前に立った瞬間に初めて力を返す——脚本と演出は、観客が『なぜソーが王にふさわしくなったか』を頭でなく身体で理解するように組まれている。

もう一つの軸は『兄弟と父』である。ソーとロキの関係は、片方が悪役で片方が正義というような単純な構造ではなく、同じ父の元で違う物語を語られてきた二人の魂のずれを描く。オーディンはどちらの息子も愛していると公言するが、彼の愛し方そのものが、ロキにとっては『二番目の子』への愛でしかない。ロキが落下する直前に放つ『すべてあなたのためにやった!』という叫びは、悪の独白ではなく、家族劇の頂点として書かれている。

そして三つ目に、『神話と科学の和解』というMCU全体の戦略的主題がある。ジェーンの『アインシュタイン=ローゼン橋』とソーの『ビフレスト』、セルヴィグのノルウェー神話の記憶とアスガルドの実在、テッセラクトの物理的なエネルギー源としての提示。本作は、現代SFと神話を二者択一にせず、『十分に発達した科学は神話と区別がつかない』というクラークの定理をMCU風に翻訳して使い切る。これがあったからこそ、続く『アベンジャーズ』以後の宇宙的物語が、地球の物理的世界と地続きのものとして観客に受け入れられたのである。

見る順番(補助)

公開順では『アイアンマン2』のあと、『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』の直前に置かれる。物語内時系列でも、本作のミッドクレジットで提示されるテッセラクトが続く2作の橋渡しになるため、フェーズ1を順番に追ううえで本作の位置はずらしにくい。

ソー単独軸では本作のあとに『アベンジャーズ』『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』『マイティ・ソー バトルロイヤル』『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『アベンジャーズ/エンドゲーム』『マイティ・ソー ラブ&サンダー』の順で観るのが基本である。初見でMCUに入る人にとっては、本作と『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』『アベンジャーズ』の三本セットが、シリーズの神話・歴史・チーム結成の三柱を体験する最短ルートになる。

  1. 直前(公開順)『アイアンマン2』でS.H.I.E.L.D.が前景化する
  2. 本作アスガルドとビフレスト、ロキの登場とテッセラクトの提示
  3. 直後(公開順)『キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー』へ
  4. 集結『アベンジャーズ』でロキとテッセラクトが地球を再襲撃
前作(公開順):アイアンマン2 次作(公開順):キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー 集結:アベンジャーズ 次作(ソー軸):マイティ・ソー/ダーク・ワールド MCU公開順ガイド MCU初心者向けガイド

よくある質問(補助)

『あらすじだけ知りたい』場合は、戴冠式の中断、ヨトゥンヘイム遠征と追放、ニュー・メキシコでのジェーンとの邂逅、ロキの王位簒奪、デストロイヤー襲撃、ビフレスト破壊とロキの落下、テッセラクトの提示という流れを押さえれば十分である。『結末・ネタバレを知りたい』場合は、ロキの出自と落下、ソーがふさわしさを取り戻す経緯、ミッドクレジットでフューリーがセルヴィグに立方体を見せる場面が核となる。

『どこから観ればよいか』は、初見の人ほど公開順の方が事故が少ない。本作だけを単独で先に観ても物語は通じるが、テッセラクトのミッドクレジットの意味と、ロキの存在の重みは、続く『アベンジャーズ』を観た時にはじめて立体的に立ち上がる。『なぜソーは雷を呼べるのに最初はムジョルニアを動かせなかったのか』という疑問は、本作の『ふさわしさ』というテーマそのものを問う形で答えが用意されている。

参考資料・脚注

作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・制作・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。

  1. Marvel公式 作品ページ
  2. IMDb: Thor (2011)
  3. Marvel Cinematic Universe Wiki (Fandom)
  4. ロッテン・トマト
  5. Box Office Mojo: Thor (2011)

関連ページ

マイティ・ソーと関係の深い作品、人物、用語、見る順番を確認できる。

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参照・確認先

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