マイティ・ソー バトルロイヤルは、2017年公開のマーベル・スタジオ製作によるアメリカ映画である。玉座と片目とハンマーを失ったソーが、生き別れの姉ヘラや、ゴミ惑星サカールの剣闘場で再会したハルクを巻き込み、母国アスガルドの破壊「ラグナロク」を逆手に取って人々を救っていく。
色彩豊かな映像とユーモアに満ちた語り口が特徴で、MCUフェーズ3を代表するロックオペラ的な一作として位置づけられる。
00概要
『マイティ・ソー バトルロイヤル』(原題:Thor: Ragnarok)は、タイカ・ワイティティが監督し、エリック・ピアソン、クレイグ・カイル、クリストファー・ヨストが脚本を共同で手がけた2017年公開のアメリカのスーパーヒーロー映画である。製作はマーベル・スタジオ、配給はウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)通算第17作にして、フェーズ3の第6作にあたる。ソー単独シリーズとしては『マイティ・ソー』(2011)、『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』(2013)に続く第3作で、アメリカと日本ではいずれも2017年11月3日に劇場公開された。
物語の中心にあるのは、神話世界アスガルドの第一王子ソー(クリス・ヘムズワース)と、その名と血を継ぐ姉でありながら、長らくオーディンによって封印されてきた“死の女神”ヘラ(ケイト・ブランシェット)の対決だ。父オーディンが弱り、虹の橋ビフレストを通って帰還したヘラはアスガルドへ凱旋する。ムジョルニアを素手で握り潰し、ソーを宇宙の彼方へ弾き飛ばす。流れ着いた先は、銀河じゅうから“損なわれた物”が集まる無秩序な惑星サカール。そこでソーは奴隷剣闘士として“コンテスト・オブ・チャンピオンズ”に放り込まれ、二年間行方知れずだったハルク(マーク・ラファロ)と再会し、亡命中のアスガルド戦士ヴァルキリー(テッサ・トンプソン)と出会う。
本作は、それまでのソー単独作品が漂わせていた荘厳でやや重い神話劇のトーンを一新し、80年代SFパルプとロックの感性を全面に押し出した。脚本は、これ以前にマーベルのワンショット短編やテレビ関連プロジェクトを手がけてきたエリック・ピアソンに加え、長年ソー単独シリーズを支えてきたクレイグ・カイルとクリストファー・ヨストが共同で執筆している。撮影現場では、ワイティティが俳優陣にアドリブを許す方針を貫いた。その結果、ヘムズワース、ヒドルストン、ラファロ、ゴールドブラムらの掛け合いが大量に追加されることになった。
本記事は、サートゥアによるラグナロクの発動でアスガルドという“場所”が燃え尽き、難民となったアスガルド人を率いるソーが宇宙船で旅立つ結末まで、すべてのネタバレを前提に整理した完全ガイドである。さらに、サノスの旗艦サンクチュアリIIが彼らの船に追いつくミッドクレジット、ニューヨークの路上でグランドマスターが革命勢に取り囲まれるポストクレジットまで、余さず踏み込んでいく。
主要データ
- 原題
- Thor: Ragnarok
- 監督
- タイカ・ワイティティ
- 脚本
- エリック・ピアソン/クレイグ・カイル/クリストファー・ヨスト
- 原作
- マーベル・コミックの『マイティ・ソー』シリーズ、ウォルター・シモンソン期『ラグナロク』、グレッグ・パック『プラネット・ハルク』ほか
- 音楽
- マーク・マザーズボー
- 撮影
- ハビエル・アギレサロベ
- 米国公開
- 2017年11月3日
- 上映時間
- 130分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、SFファンタジー、コメディ、神話劇
01あらすじ
本作は、ミッドクレジットとポストクレジットまでを含めた全編のあらすじである。物語の幕開けは、サートゥアの幽閉と、ラグナロクの予言。やがてアスガルドの王座に居座る偽王ロキ、ノルウェーで迎えるオーディンの最期、ヘラの帰還、そして惑星サカールでのソーの転落と再起が描かれていく。さらにリベンジャーズの結成、アスガルドの炎上を経て、ソーは王として難民を率い、宇宙へと漕ぎ出す。ヘラの正体、ムジョルニアの破壊、ヴァルキリーの過去、ハルクの行方、サートゥアの解放、サノス船の出現——物語の核心に触れる主要なネタバレを、すべて含んでいる。
サートゥアの幽閉とラグナロクの予言
物語は宇宙の片隅、火と硫黄の煙に覆われた荒涼たる地『ムスペルヘイム』の奥地で幕を開ける。鎖に吊るされたソー(クリス・ヘムズワース)が観客に語りかける独白から始まり、彼が炎の巨人サートゥアに囚われていた経緯が明かされる。サートゥアは予言を語る。自らの『角』であり魂の源でもある王冠を、アスガルドの永遠の炎『エターナル・フレイム』と結びつければ、神々の黄昏『ラグナロク』が訪れ、アスガルドは灰燼に帰すという。だがソーは『その予言は止める』と言い放つと、鎖を引きちぎってムジョルニアを呼び寄せ、サートゥアの軍勢を雷光で殲滅してみせる。Led Zeppelin『Immigrant Song』が爆発音とともに鳴り響き、本作の音楽的なトーンが冒頭から一気に提示される。
ソーはサートゥアの王冠を戦利品としてアスガルドへ持ち帰る。ところが黄金の都では、奇妙な祝典が催されていた。オーディン(アンソニー・ホプキンス)の名のもと、ロキ(トム・ヒドルストン)の死を讃える舞台劇が上演されていたのだ。ロキ役を兄マット・デイモン、ソー役を兄ルーク・ヘムズワース、フリッガ役をシャーリーズ・セロンならぬ無名俳優が演じている(オーディン役を演じるのはサム・ニール)。ソーはこれが偽王となったロキの悪戯だと即座に見抜き、玉座でオーディンに化けていたロキの変装を解かせる。
ロキは『父上はミッドガルドの老人ホームに置き去りにした』としれっと認める。ソーは弟を連れて地球へ向かい、ニューヨークのその老人ホームを訪ねるが、建物はすでに取り壊されていた。そこへ『私を探しているらしいな』と記された紙が地面から突風で舞い上がり、二人を吸い込む。転送された先は、サンクタム・サンクトラムにあるドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ、本作にカメオ登場)の応接室であった。
ドクター・ストレンジとオーディンの最期
サンクタム・サンクトラム(魔術師の聖域)で、ストレンジはこう告げる。「地球は魔術師が守っている。アスガルドの王族二人には、地球から去ってもらう必要がある」。ロキはストレンジによって、二度にわたり長時間、異次元へと続く落とし穴に落とされ、ついに自分たちの目的を白状させられる。ストレンジはオーディンの居所を記した手紙をソーに渡し、ポータルで二人をノルウェーへと送り出す。このシーンは、前作『ドクター・ストレンジ』(2016)公開直後の物語の連続性を観客に示す、シリーズを跨いだ橋渡しとして機能している。
ノルウェーの断崖に二人が現れると、白い髭を風になびかせたオーディンが、ただ静かに海を眺めていた。彼はソーとロキに、自らの力が間もなく尽きること、そして自分の死とともに、長く封じてきた者が解き放たれてしまうことを告げる——「私の第一子、お前たちの姉、ヘラだ」。オーディンはかつてヘラとともに九つの世界を征服したが、彼女の野心が暴走したために幽閉した、その過去を語る。
黄金の光に包まれたオーディンは「私を見送ってくれ」と告げ、海を渡る一陣の風となって永遠に消えていく。ソーとロキは沈黙のなか、父を失う。だがその直後、灰色の煙が渦を巻き、漆黒の頭飾りと細身の鎧をまとった女が姿を現す——アスガルドの王位継承を主張する「死の女神」ヘラ(ケイト・ブランシェット)である。
ムジョルニア粉砕とビフレスト脱落
ソーは初対面の姉に向かって、迷わずムジョルニアを投げつける。だがヘラは片手を上げただけでハンマーを空中で受け止め、そのまま握り潰して粉々に砕いてしまう。ソーは思わず膝をつき、ロキは言葉を失う。ヘラは『跪け』と命じるが、機転を利かせたロキがビフレストを起動し、二人はアスガルドへ帰還しようとする——ところが虹の橋の途上でヘラが先回りし、ソーとロキを順に空間の彼方へと蹴り出してしまう。
ヘラはそのままビフレストを通り抜け、虹の橋の番人ヘイムダル(イドリス・エルバ)が姿を消したアスガルドへ凱旋する。彼女は王の親衛隊エインヘルジャー、そして城下を守る三戦士フォルスタッグ、フォンダル、ホーガンを一瞬のうちに葬り去る。ヴォルスタッグとフォンダルは劇中で短く再登場するものの、たちまち黒い剣に貫かれて命を落とし、ホーガンは住民を守ろうとしてヘラに胸を刺し貫かれる。ビフレストの番人スクージ(カール・アーバン)だけが唯一生き残り、命惜しさにヘラの執行人を引き受ける。
ヘラは王宮の天井画を黒い水のような魔力で剥がし、その下に隠されていた本当のアスガルドの歴史を露わにする。オーディンとともに九つの世界を血で塗りつぶし、ヘラ自身が処刑人を務めていたという暗黒の真実だ。さらに地下牢に囚われていた巨狼フェンリスを呼び戻し、墓所に眠るアスガルドの戦死者を呪術で蘇らせて『死人の軍勢』を従える。アスガルドはたった一人の女王の手によって、ひと晩のうちに陥落するのだ。
サカール到着とスクラッパー142
ビフレストから蹴り出されたソーは、銀河じゅうのポータル(『悪魔の肛門』と呼ばれる星間ワームホール)からゴミの雨が降りそそぐ惑星サカールへと落ちていく。ゴミ山の谷間で意識を取り戻すと、奴隷商人らしき集団に取り囲まれていた。電気鞭で気絶させられそうになったその瞬間、装甲を纏った賞金稼ぎ『スクラッパー142』が割って入り、間に立つ。彼女はサカールに身を寄せる元アスガルドのヴァルキリー(テッサ・トンプソン)。だが素性は伏せたまま、ソーを賞金の獲物として支配者『グランドマスター』に売り渡してしまう。
サカールは、ジェフ・ゴールドブラム演じる宇宙の長老『グランドマスター』が支配する、銀河じゅうの『敗者』が流れ着く廃棄惑星である。グランドマスターは『コンテスト・オブ・チャンピオンズ』という剣闘興行を最大の娯楽とし、ソーもただちに出場奴隷として登録される。電気首輪を埋め込まれ、髪まで切られそうになったソーの前に現れるのが、有名な床屋——演じるのはスタン・リー本人のカメオ出演——だ。そのバリカンは容赦なく、ソーの長髪を刈り上げていく。こうして短髪となったソーの姿は、以降サーガを通じての基本造形として定着していく。
コンテストの控室で、ソーはグランドマスターの古参の同行者であり、ブクブクとよく喋る岩石種族コーグ(タイカ・ワイティティ声)と出会う。コーグは元革命家でクロナンの戦士。コミック原作のミーク・マスタソンを思わせる小型のヒアリ昆虫生命体、伴侶ミークとともに、グランドマスターの興行に従っている。控えめなナレーション役も担うコーグは、ソーにこう告げる——現王者と戦うなど絶望的だ、と。
再会、リベンジャーズ結成と脱出計画
場面は「コンテスト・オブ・チャンピオンズ」の闘技場へ移る。ソーは“新たな挑戦者”として呼び出され、観客の歓声に迎えられながらスタジアムへ送り出される。立ちはだかったのは緑色の巨人——ハルク(マーク・ラファロ)だった。『エイジ・オブ・ウルトロン』の終盤、クインジェットに乗ったまま消息を絶ってから二年。ハルクはサカールで剣闘士として勝ち続け、頂点に君臨していたのである。
ソーは「あいつなら言うことを聞く!」と歓喜し、観客に向かってハルクは旧友だと宣言する。だがハルクはまるで覚えていない。いや、たとえ覚えていたとしても、友情よりも戦いを選ぶ。雷神と緑の巨人の死闘は、ヘラの幻覚に襲われたソーが一瞬で凍りつき、ハルクの拳に吹き飛ばされて敗れる形で決着する。グランドマスターは「一番気に入った!」と、敗れたばかりの新人をますます気に入るのだった。
敗北後の浴場。ソーはハルクと並んで湯に浸かりながら、ようやくバナーへの言葉による接近を試みる。ハルクは「プニーソー(ソーはちっぽけ)」と乱暴に語りかけ、サカールがどれほど気に入っているかを片言で説明する。やがてソーはハルクを連れてアスガルドを救うと決意し、コーグたちの協力を得て“ヴァルキリー(前述のスクラッパー142)”を仲間に引き入れ、グランドマスターお抱えの戦士を奪取する作戦を立てる。これが冗談半分の“リベンジャーズ”結成シーンとなる。
ヴァルキリーの過去とハルクからバナーへ
ヴァルキリーは、かつてアスガルドの女戦士集団『ヴァルキリー隊』に名を連ねていた。だがオーディンがヘラを討つべく隊を投入したとき、仲間は全滅し、生き残ったのは彼女ただ一人だった。仲間をことごとくヘラに奪われた記憶は深い傷となって残り、彼女は戦いから身を引き、サカールで酒に溺れる日々を送っていた。ソーはヴァルキリーの居室でそのトラウマの記憶を分かち合い、『アスガルドの戦士として帰ろう』と語りかける。
その場ではヴァルキリーも拒む。それでも、グランドマスターの宮殿に忍び込みハルクを盗み出す計画には加わる。ハルクはサカールでの暮らしを気に入っており、当初は脱出に反対していた。ところがソーがクインジェットの自動操縦をたまたま起動した瞬間、機内に残されていたナターシャ・ロマノフのメッセージ——『陽が沈むよ、緑のおじちゃん』——が流れ出す。ハルクは涙を流しながら、やがてバナーへと戻っていく。
ブルース・バナーが目を覚ましたとき、彼は数年ぶりに自分自身を取り戻していた。だが二年間ハルクとして生きてきた身体は脆く、もう一度ハルクに戻れば二度と元には戻れないかもしれない——本人はそう怯える。ソーはバナーに『私たちは強い。だが今は『ハルクの強さ』ではなく『あなたの頭脳』が必要だ』と告げ、脱出計画の指揮へと引き込んでいく。
サカール革命とビフレスト侵入
コーグは、サカール社会の最下層に置かれた奴隷剣闘士たちを煽動し、武器庫を襲って武器を奪う革命を起こす。グランドマスター直属の警備隊と宇宙船クィンジェット部隊が応戦するが、コーグが館内放送で呼びかけると、脱獄は次々と連鎖していく。一方、ソーとヴァルキリーは別動隊として動き、サカールに残されていたグランドマスター個人のショウシップ『コミックドール号』——大ぶりの旗艦——を奪い取り、宇宙へと脱出する。
その途中、ロキは「お前と背中合わせで戦うのは飽きた」と裏切りを宣言し、グランドマスター側に寝返ろうとする。だがソーはあらかじめその動きを読んでおり、電気首輪でロキを麻痺させ、床に転がしたまま立ち去る。やがて自由を取り戻したロキは、自らの判断でコーグ率いる革命勢に合流し、奴隷たちを集めて大型船『スタートマスター号』でアスガルド戦線へと駆けつける。
サカール脱出の際、グランドマスターは敗北を認め、宮殿の屋上で「私とお前たちは多くの点で同じだ」と最後の演説を試みる。しかし解放奴隷たちに取り囲まれ、笑顔を保ったまま語尾を濁す。その処刑が劇中で描かれることはなく、ポストクレジットで暗示されるにとどまる。
アスガルド帰還とヘラとの決戦
ソー、バナー、ヴァルキリー、コーグの一団は、ビフレストを経由してアスガルドへと戻る。だが虹の橋の上では、黒い剣を手にした「死人の軍勢」と巨狼フェンリスを従えたヘラがすでに待ち構えており、橋の上で大規模な戦いが幕を開ける。ハイムダルが救い出した数百人の民間人は、虹の橋の根元に立つ宮殿の地下シェルターに身を寄せている。ヘラの軍勢が橋を突破すれば、彼らはひとり残らず命を奪われる——そんな絶体絶命の状況だ。
ソーは単身ヘラに立ち向かうが、姉の力は弟を圧倒する。額に剣を突き立てられて右目を奪われ、瀕死のまま意識を失う。気を失ったソーは、自らの精神の奥でオーディンの幻と再会する。「私が雷を与えていなかったか? ハンマーが雷だったわけではない。お前自身が雷神なのだ」。父の言葉に諭され、ソーは目を覚ます。ムジョルニアを失ってなお、全身に雷光をまとった姿でヘラの前に立ちはだかる。
それでもヘラは「私はアスガルドそのものから力を得ている」と笑ってみせる。虹の橋の上に天を裂くような黒い剣の雨を降らせ、アスガルドの建物と橋を黒い針で次々と貫いていく。この瞬間、ソーはひとつの決定的な答えにたどり着く——「アスガルドは場所ではない。民だ」。彼はロキとともにサートゥアの王冠をエターナル・フレイムへ突き刺し、世界の終焉「ラグナロク」をみずからの手で呼び起こす。
業火の巨人サートゥアが復活し、黄金に輝くアスガルドの都を巨大な剣でひと薙ぎにする。ヘラはサートゥアと激突し、煙のように吹き飛ばされて消え去る。ヘラが「アスガルドから力を得る」のなら、アスガルドそのものが滅びれば力の源も断たれる——ソーの逆説的な策略が、ここで見事に成功するのだ。その間にハイムダル、ヴァルキリー、コーグ、ハルクは難民たちを大型船「スタートマスター号」に乗せて発進させる。サートゥアの剣がアスガルドを縦に断ち割るその瞬間、船は宇宙空間へと脱出を果たす。アスガルドという「場所」は、こうして完全に焼け落ちた。
難民船の出航と王ソーの誕生
宇宙空間へ脱出した難民船の船橋に、右目を黒い眼帯で覆ったソーが立つ。ガラス窓に映るそのシルエットは、アスガルドの王であった父オーディンの面影と重なる。隣に立つロキが『君が王になるなら、彼らはどこへ行く?』と問えば、ソーは『地球だ。私たちはミッドガルドへ向かう』と答える。船内ではコーグが酒を酌み交わし、ハルクがくつろぎ、ヴァルキリーが船橋に立つ。王のかたわらで、彼女は再び戦士として生きる道を選んだのだ。
『地球は私の歓迎を覚えていないと思うが』とロキがつぶやく——『アベンジャーズ』(2012)でニューヨークを侵略した過去への自嘲である。対するソーは『最後にお前を見たときは、お前は刺し殺されたふりをしていたな』と返し、皮肉と兄弟愛のあいだで言葉を交わす。『すべて上手くいく』と語るソーの背後では、アスガルドの黄金の灰が粒子となって流れていく。
ここまでが本編の結末である。ソーはハンマーと右目、そしてアスガルドの王宮を失った。だがその代わりに、『雷神』としての自覚と、姉妹を抱える家族の現実、そして数百人の難民を率いる王の務めを手に入れたのである。
ミッドクレジットとポストクレジット
ミッドクレジット・シーン。ソーとロキが立つ難民船の船橋に、巨大な影が差し込む。窓いっぱいに現れたのは、サノスの旗艦『サンクチュアリII』だ。難民船の数倍はあろうかというその威容を見上げ、ロキは「これは良くないですね」と呟く——『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』冒頭、サノスがアスガルド難民船を襲撃する場面へと直結する、予告的なシークエンスである。
ポストクレジット・シーン。サカールの宮殿前の通りで、グランドマスターが疲れ切った様子のまま革命勢に取り囲まれている。「ここまでがクライマックスだ。私はあなたたちの革命にちゃんと貢献した。技術的に勝者は私だ」——笑顔を崩さず、そう語りかけて誤魔化そうとするものの、解放奴隷の一人がやれやれと首を振ったところで暗転する。サカールの権力構造のその後を匂わせる、短いコメディタッチのカットだ。
登場要素
本作に登場し、また言及される主な要素を分類して紹介する。これらの固有名詞はシリーズを読み解く手がかりとなるが、初見ですべてを覚えておく必要はない。
- ソー/ソー・オーディンソン(クリス・ヘムズワース)
- ロキ(トム・ヒドルストン)
- ハルク/ブルース・バナー(マーク・ラファロ)
- ヴァルキリー/スクラッパー142(テッサ・トンプソン)
- ヘイムダル(イドリス・エルバ)
- コーグ(タイカ・ワイティティ声)
- ミーク(コーグの伴侶/クリスタライン)
- ヘラ/死の女神(ケイト・ブランシェット)
- スクージ(カール・アーバン)
- フェンリス(巨狼)
- 死人の軍勢(ヘラの呪術で再起動された戦死者)
- サートゥア(炎の巨人、終盤は味方化)
- オーディン(アンソニー・ホプキンス、ノルウェーで昇天)
- グランドマスター(ジェフ・ゴールドブラム)
- ドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ、カメオ)
- スタン・リー(サカールの床屋)
- ロキ/ソー/オーディン役の劇中俳優(マット・デイモン/ルーク・ヘムズワース/サム・ニール)
- 三戦士(フォルスタッグ/フォンダル/ホーガン、序盤で戦死)
- トパーズ(ヘリッシュ・パテル、グランドマスターの側近)
- アスガルド王家
- アスガルドの親衛隊エインヘルジャー
- ヴァルキリー隊(過去)
- ヘラの死人の軍勢
- グランドマスターのコンテスト管理機構
- コーグの奴隷剣闘士革命勢
- ムスペルヘイム(炎の巨人の世界)
- アスガルド(黄金の都/ラグナロクで焼失)
- ノルウェーの海岸(オーディン最期の地)
- サンクタム・サンクトラム(ドクター・ストレンジの居所)
- サカール(廃棄惑星)
- コンテスト・オブ・チャンピオンズの闘技場
- サカールの『悪魔の肛門』ワームホール群
- ビフレスト(虹の橋)
- ムジョルニア(中盤でヘラに破壊)
- サートゥアの王冠
- エターナル・フレイム(永遠の炎)
- ビフレスト剣(ヘイムダル所持)
- ヘラの黒剣群(複数の刃を生成)
- コンテスト用の電気首輪
- クインジェット『ヴェロニカ』(ハルクが乗り捨て)
- グランドマスターの『メルティング・スティック』
- 難民船スタートマスター号
- サノスの旗艦サンクチュアリII
- 雷神の力(ソー、本作で『ハンマー無しでも雷を生み出す』ことが確立)
- ヘラの『黒い武器を無限に生成する能力』
- ヘラの『死人を蘇生する能力』
- ラグナロク(神々の黄昏)
- サートゥアの予言
- ハルクとバナーの解離(本作では数年単位でハルクが優位)
- コーグのクロナン族の戦闘術
- サンクチュアリIIの出現(『インフィニティ・ウォー』への直結)
- グランドマスターの落ちぶれ
- ロキの動向(船倉でテッセラクトを所持していた可能性が示唆。次作冒頭で明確化)
13主要登場人物
本作が描くのは、神話の英雄たちが拠って立つ基盤をことごとく奪われ、そこから改めて自らを定義し直していく物語だ。ソー、ロキ、ハルク、ヴァルキリー、ヘラ、グランドマスター——その一人ひとりに「失う」「剥がれる」、あるいは「逆に得る」という変容が割り当てられている。ここからは、物語の中心となる六人を順に取り上げていく。
ソー/ソー・オーディンソン
本作のソーは、シリーズ前二作で『高慢→学び→王子』と歩んできた青年から、王として家族と民を背負う成人男性へと完成する。冒頭ではまだムジョルニアとアスガルドの威信を頼りに振る舞っているが、姉ヘラとの遭遇でハンマーを失い、サカールでは奴隷剣闘士へと転落する。さらに最終決戦で右目を奪われ、母国までも物理的に失う。それらすべてを経て、ソーはようやく「雷神は道具や場所ではなく、自分の中にある」というオーディンの言葉を体得するのだ。
クリス・ヘムズワースは本作で初めて、これまで抑え気味にしてきたコメディの資質を全面に解放した。それを可能にしたのは、アドリブを許容するワイティティ監督の現場ルールである。レゴットのジョークを「友達のアイデアだ」と熱弁する場面、グランドマスターの宮殿で「そこ。あれ。コインだろ」と早口でまくし立てる場面——こうした軽妙なコメディ・タイミングが、本作のトーンを決定づけている。一方、最終局面のオーディンとの精神感応シーンでは一転して抑制された演技を見せ、本作以後の「悲嘆を抱えた雷神」の土台がここで築かれた。
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ロキ
ロキは『ダーク・ワールド』の終盤、刺し殺されたふりをしてオーディンに成り代わり、その姿のまま玉座を簒奪していた。本作の冒頭で、ソーはこの欺瞞を見破る。物語が進むにつれ、サカールの宮廷ではグランドマスターの寵を得て、しれっと貴族扱いを受けてみせる。世渡りの巧みさが、ここでも繰り返し示されるのだ。
一方で、ソーとの旧来の関係——裏切り、和解し、また裏切るという往復——も忠実に再演される。脱出計画のさなか、ロキは再び裏切りを口にするが、ソーはあらかじめ電気首輪で麻痺させる手を打っていた。してやられたロキは「成長したな」と認めざるを得ない。そして最終局面では、コーグ率いる革命勢を伴ってアスガルドへ駆けつけ、シリーズで初めて裏切らない道を選ぶ。難民船の船橋でソーと並ぶラストシーンは、この兄弟が辿り着いた到達点として深く記憶に残る。
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ヘラ/死の女神
ケイト・ブランシェットがMCUに初参加して演じる、本作の最大の敵である。物語上はオーディンの第一子にあたり、ヘラはかつて父とともに九つの世界を血で塗り潰した「征服の時代」の処刑人だった。やがてその野心が父の手に余るようになると、ヘラはアスガルドの記録から抹消され、王宮の天井画も彼女の存在を覆い隠すように描き直されていた。
ブランシェットは黒い角飾りの王冠と全身漆黒の鎧をまとい、撫でつけた長い黒髪で、立ち姿そのものに威圧感を漂わせる。ヘラは「アスガルドそのものから力を得る」設定で、本国にいる限りほぼ無敵であり、ソー一人では物理的に勝てない。本作最大の発明は、「勝てない敵に、勝てる場所そのものを潰すことで勝つ」というラスト・アクションの解法だ。ヘラの強さの根拠を逆手に取った構造であり、ここに注目したい。
ブランシェットによれば、撮影はモーション・キャプチャと実写を組み合わせて行われ、リハーサル期間には7週間のトレーニングを積んだという。台詞回しの語尾を低音で滑らかに落とすスタイルは、彼女が事前に「ファム・ファタール的な俳優像」を望み、アドレナリン製のキャラクター像を提案したことに由来するとされる。
ヴァルキリー/スクラッパー142
本作で初登場したMCUのヴァルキリーは、コミック原作の高潔な戦士像とは大きく異なり、サカールで酒に溺れながら賞金稼ぎとして生きる元戦士として描かれた。ヴァルキリー隊は、かつてオーディンが若き日のヘラを止めるべく投入した最強の女戦士集団である。ヴァルキリーはその唯一の生き残りだ。仲間を一夜にして全て失った記憶は、変身を解いてしまうほど深いトラウマとなって彼女に刻まれている。
テッサ・トンプソンは本作のオーディションで、トラウマと再起という二面性を体現する演技を見せた。そして以後、MCUでは数少ない、明確に描かれたクィアキャラクターとして位置づけられていく。本作ではヴァルキリーのかつてのパートナーを暗示するワンカットが撮影されたものの、最終的にカットされた。彼女のセクシュアリティは、後の『ラブ&サンダー』でより明確に描かれることになる。本作の結末でアスガルドの王の隣に立つことを選んだヴァルキリーは、続く『ラブ&サンダー』ではキング・ヴァルキリーとして難民国家を治めていく。
ハルク/ブルース・バナー
本作のハルクは、『エイジ・オブ・ウルトロン』終盤でクインジェット『ヴェロニカ』に乗り込み、宇宙へと姿を消してから二年後の姿である。サカールで描かれるのは、ハルクが初めて「人格を持って長期間生きてきた」状態だ。コンテストの王者として豪華な居室をあてがわれ、片言ながらも言葉で意思を通わせる。
ナターシャ・ロマノフのメッセージで人間バナーへと戻ったあとは、二年間の蓄積によってハルクへの変身が容易には解けない状態に陥っている。再びハルクになれば、今度こそバナーは戻ってこないかもしれない――そんな恐れを抱えている。それでもアスガルドへ向かう難民船から虹の橋へ飛び降りる場面では、自らハルク化を選び、フェンリスとの戦いで決定的な役割を果たす。やがて『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』で描かれる人格統合(プロフェッサー・ハルク)への伏線として、本作のハルク表現はMCUの連続性において重要な位置を占めている。
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グランドマスターとリベンジャーズの周辺
宇宙の長老の一人、グランドマスターは、ジェフ・ゴールドブラム特有のねじれたリズムと長い間(ま)を生かした演技で、本作全体のトーンを成立させている。本人は「私は支配しているわけじゃない。みんなが自発的に楽しんでくれているだけさ」と語るが、その実態は奴隷興行を仕切る独裁者だ。
コーグは本作で初登場し、以後『ラブ&サンダー』に至るまで、MCUの語り部として何度も再登場する。モーション・キャプチャと声はタイカ・ワイティティ自身が担当した。岩石種族らしいおっとりとした口調と、思いがけない誠実さで観客に親しまれた存在だ。伴侶ミークとの関係、そして奴隷剣闘士による革命の指導者という二つの顔は、その後の作品でもたびたび参照される。
舞台と用語
舞台となるのは、質感の異なる三つの空間である。アスガルドは前二作の荘厳な金色と石造りの神殿建築を受け継ぎながら、本作では崩壊と焼失を経て「場所としての神話」が幕を閉じる、象徴的な舞台となる。ノルウェーの海岸はオーディンが最期を迎える地だ。静かな自然光のみで撮影され、神話の威光が日常的な北欧の風景へと溶け込んでいく転換点を担う。そして本作が生み出したサカールは、ジャック・カービーのコンセプトアートに着想を得たネオン色のパルプSF世界であり、80年代のSF美術と『プラネット・ハルク』コミックの粗削りなロマンを統合したヴィジョンが投影されている。
用語の面では、ラグナロク、ムジョルニア、ビフレスト、エターナル・フレイム、サートゥア、フェンリスが鍵を握る。「ラグナロク」は北欧神話における神々の終末を指す。本作では、止めるべき災厄と思われていた予言が、あえて起動することでヘラを倒す手段へと反転する。ビフレストは前作までと同じく虹の橋として描かれるが、本作ではヘラがこれを逆用し、宇宙へと広がる出口として使う。エターナル・フレイムは王宮の地下に置かれた永遠の炎で、サートゥアの王冠に触れさせればラグナロクが発動する。サートゥアは北欧神話のスルトに対応する炎の巨人であり、冒頭では敵として現れながら、終盤には解放のための戦力へとその役割を変えていく。
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21制作
『ダーク・ワールド』(2013)の興行成績が前作『マイティ・ソー』(2011)に届かなかった。その反省から、マーベル・スタジオはソー単独シリーズ第3作で大胆なトーン転換に踏み切る方針を早くから固めていた。監督候補にはルーベン・フライシャーやロブ・レターマンの名も挙がったが、ケヴィン・ファイギが最終的に白羽の矢を立てたのは、『フライト・オブ・ザ・コンコルズ』や『ジョジョ・ラビット』へと向かう途上にあったタイカ・ワイティティだった。異例の大抜擢である。以下、企画から特撮に至るまでの主な経緯を追っていく。
企画と脚本
本作の原案となったのは、ウォルター・シモンソンが80年代に手がけた『マイティ・ソー』の代表的エピソード『ラグナロク』だ。これを主軸に据えつつ、グレッグ・パックの『プラネット・ハルク』(2006〜2007年連載)の構造を借り受けて物語を組み上げている。舞台となるサカール、そしてコンテスト・オブ・チャンピオンズといった要素は、いずれも『プラネット・ハルク』直系の発想である。マーベル・スタジオは『プラネット・ハルク』単独での映画化を断念する代わりに、ソー単独作の中にハルクを組み込むことで、長年の課題を解決してみせた。
脚本は2014年からクレイグ・カイルとクリストファー・ヨストが下書きを進めていた。2015年にワイティティが監督として登板すると、現場でのアドリブを脚本に起こす役をエリック・ピアソンが担う。ピアソンによれば、撮影時には毎朝コメディ用の追加台詞をプリントし、リハーサルに持ち込んだという。最終的なクレジットの順序は「ピアソン/カイル/ヨスト」となり、コメディ寄りの仕上げをピアソンが受け持った経緯がそこに反映されている。
監督のワイティティは、『マイティ・ソー』の重さを脱ぎ捨て、80年代SF的なポップな宇宙活劇へと書き換えたいと、再三公言してきた。ソー単独シリーズの最終作でありながら、本作は同シリーズの「卒業作」と位置づけられる。ハンマー、長髪、片目、そしてアスガルドという故郷——シリーズを象徴してきた記号を、一つずつ意図的に剥ぎ取っていく。その構造こそが本作の核だ。
キャスティング
前作までのクリス・ヘムズワース、トム・ヒドルストン、イドリス・エルバ、アンソニー・ホプキンスが続投し、新たにケイト・ブランシェット(ヘラ)、テッサ・トンプソン(ヴァルキリー)、ジェフ・ゴールドブラム(グランドマスター)、カール・アーバン(スクージ)、そして監督のタイカ・ワイティティ自身(コーグの声)が加わった。マーク・ラファロは『エイジ・オブ・ウルトロン』以来、『シビル・ウォー』を経て、本作で本格的に再登板を果たす。
ベネディクト・カンバーバッチは『ドクター・ストレンジ』の続編的な立ち位置で本作にカメオ出演し、サンクタム・サンクトラムでロキを落とし穴に落とす場面を演じた。スタン・リーはサカールの理髪師として登場し、本作以降も続く彼のMCU連続カメオの一つとして観客に親しまれた。さらにマット・デイモン、ルーク・ヘムズワース、サム・ニールが劇中劇の役者として顔を出し、それぞれヒドルストン、ヘムズワース、ホプキンス本人を演じるという楽屋落ちのギャグを成立させている。
撮影と美術
主要撮影は2016年7月から10月にかけて、オーストラリア・クイーンズランド州ゴールドコーストのヴィレッジ・ロードショー・スタジオを拠点に行われた。ゴールドコーストは税制優遇とインフラの両面が整い、北米以外でハリウッド超大作を撮るロケ地として知られる。本作はマーベル映画として初めて、全編をオーストラリアで撮影した長編となった。ノルウェーの海岸の場面は現地で撮影し、サカールの市街地はゴールドコースト郊外に組んだセットで再現している。
美術監督ダン・ヘナが直接の引用源としたのは、ジャック・カービーが60〜70年代に描いたコズミック・コミックの色彩である。グランドマスターの宮殿を彩る青とピンクのネオン、コンテストの闘技場に灯るオレンジと黄の発光体、悪魔の肛門と呼ばれるワームホールのパステル調の渦巻き。画面の各層を原色で塗り分けていった。サカールのゴミ山は実物の廃車と発泡素材を組み合わせて築き、撮影後はすべてリサイクル業者へ送られた。
視覚効果
視覚効果はILMを筆頭に、Method Studios、Framestore、Rising Sun Pictures、Luma Pictures、Image Engineほか複数社が分担した。ハルクのフェイシャル・アニメーションは『エイジ・オブ・ウルトロン』で培った技術を受け継ぐが、本作では数年にわたり人格を保ち続けたハルクの目線や表情筋を、より人間バナーに近い解像度でとらえ直している。
ヘラの黒い剣群、フェンリスの巨狼、死者の軍勢、サートゥアの炎、そして終盤を飾るアスガルド大炎上――こうしたVFXは各社の分担によって作り上げられ、本作のVFXショット総数およそ2700のうち相当な割合を占めた。とりわけビフレスト上の大規模戦闘シーンは複数のVFXハウスがリレー方式で仕上げており、レッド・ツェッペリン『Immigrant Song』の再演をBGMに、1ショットあたり数十秒に及ぶ長尺アクションが組み上げられた。
音楽と音響
音楽はマーク・マザーズボーが担当した。新世代シンセサイザー音楽を代表する作曲家であり、80年代のジョン・カーペンター作品を思わせるアナログ・シンセを大量に用いている。アスガルドの神話的な金管と、サカールのシンセウェーブを対比させる手法は、本作が描く二つの世界の質感の違いを、音響面でも鮮やかに際立たせている。
挿入歌にはレッド・ツェッペリンの『移民の歌(Immigrant Song)』が使われ、冒頭のサートゥアとの戦いと、終盤のアスガルド突入の二度にわたって流れる。もともと北欧神話を歌詞のモチーフにした楽曲であり、ロック史と本作の主題が直接結びつく、稀有な選曲となった。レッド・ツェッペリンが映画への楽曲使用を許諾するのは異例で、ワイティティが自ら企画書をバンドの代理人に送ったとされる。
編集と完成
編集はジョエル・ネグロンとジーン・ベイカーが担当した。本作はアドリブによる撮れ高が膨大で、最終版に残った台詞の多くは脚本にない即興だという。最終尺は130分に収まったが、削除されたシーンには、過去の恋人を回想するヴァルキリーの短いインサート、グランドマスターのパーティでロキが哲学を語る長尺、コーグの故郷をめぐる回想などが含まれる。
コメディの呼吸を生み出すために短いカットを積み重ねていく。それが本作の編集の特徴だ。とくにサカール側の場面は、平均ショット長がMCU長編の平均より明らかに短い。観客を笑わせる『間』の制御は、編集段階で何度も調整を重ねたという。
28公開と興行
2017年10月10日のロンドン・プレミアを皮切りに、10月24日からはオーストラリアと欧州主要国で先行公開、北米と日本では2017年11月3日に封切られた。北米初週末の興行収入は約1億2200万ドル、全世界興収は最終的に約8億5400万ドルに達した。ソー単独シリーズでは最大のヒットであり、当時のMCU全体でも上位に食い込む成績である。
ロッテン・トマトの批評家支持率は90%台前半、観客評価はA(CinemaScore)と、興行・批評の両面で前二作を上回る成功を収めた。日本での興収は約12億円。北米と比べれば控えめな数字だが、ファンコミュニティでの評価は高く、その後のソフト化や配信での視聴を押し上げた。第75回ゴールデングローブ賞ノミネートには至らなかったものの、サターン賞やエンパイア・アワードなどで複数のノミネートと受賞を果たしている。
29批評・評価・文化的影響
公開時の批評家評価はおおむね極めて高かった。「MCUの大胆な再発明」「ジェフ・ゴールドブラムを最大限に活かした作品」「Led Zeppelin楽曲の使用がこれほど決まる映画は珍しい」といった肯定的なレビューが数多く寄せられた。一方で批判は、「結末の駆け足ぶりに対してヘラの掘り下げが足りない」「ヴァルキリーの過去をもう一段、映像で描けたはずだ」「コメディの密度がドラマの重さを軽くしてしまう瞬間がある」といった点に集中している。
公開後、本作はMCUのトーン転換を決定づけた一作として位置づけられた。続く『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』に描かれるソーの孤独、そして『ラブ&サンダー』のロックオペラ調という前提は、いずれも本作が用意したものである。タイカ・ワイティティのMCU内での影響力はこの成功で決定的に増し、『ラブ&サンダー』の監督・脚本での再登板に加え、『スター・ウォーズ』新作の監督内定までも引き寄せた。ジェフ・ゴールドブラム、ケイト・ブランシェット、テッサ・トンプソンの出演はそれぞれその後のキャリアに直接的な影響を与え、なかでもテッサ・トンプソンはMCUとハリウッドの主流圏で主演級の役を次々と射止めていった。
舞台裏とトリビア
ハルクの台詞は、ほとんどが現場での即興から生まれた。マーク・ラファロは「ハルクの語彙は小さな子供レベル」と役を設定し、台詞を口にする前に自ら短い一文を選んで収録していったという。
ジェフ・ゴールドブラムには、監督から「毎日違うことを言ってかまわない」という指示が出ていた。グランドマスターの台詞回しの多くはゴールドブラムの即興によるもので、完成版に残ったのはそのごく一部にすぎない。未使用テイクから派生したミニ・コンテンツが、公式YouTubeで複数公開された。
サカールの床屋を演じたスタン・リーは、当時94歳。撮影現場で「これは俺の人生で一番楽しいハサミだ」と冗談を飛ばしたという。本作以降のMCUカメオのなかでも、とりわけ印象的な登場の一つとして記憶されている。
ロキ役のマット・デイモン、ソー役のルーク・ヘムズワース、オーディン役のサム・ニールが顔をそろえた劇中劇のカメオは、ワイティティが個人的に書き下ろした長尺シーンの一部だった。完全版は後年、ブルーレイの特典として公開された。
コーグの伴侶ミークの登場シーンは、当初もっと長く構想されていた。完成版に残ったのはコンテスト控室の数カットのみだが、本作のサウンドトラックには、未使用テイクから抽出した彼の鳴き声が短くサンプリングされている。
アスガルドが燃え落ちるラスト・ショットでは、ゴールドコーストのスタジオで燃焼テストを重ねた実写の炎に、複数のVFXハウスによるデジタル合成を重ね合わせている。ヴィジュアルの基準について、ワイティティは「ターナーの絵画のような色温度」と指示したと撮影監督が証言している。
31テーマと解釈
本作の中心にあるのは、「神話の英雄が、自分を支えてきた依り代をすべて剥ぎ取られる」という主題である。父、ハンマー、長い髪、片目、アスガルドの王宮、王座を継ぐ儀礼——シリーズがソーに与えてきたあらゆるシンボルを、彼はここで失う。代わりに残るのは「雷神そのもの」としての自覚だ。ハンマーを介さず雷光をまとう終盤のソーは、シリーズが10年かけて辿り着いた「道具に依らない英雄」の到達点である。
もう一つの軸は、「場所ではなく民」としての国家観だ。アスガルドという「場所」を物理的に消し去ることでヘラに勝つというラスト・アクションは、国家とは王宮や領土ではなく「国民が生きていること」だという宣言にほかならない。難民船でソーが王として民を率いる結末は、その思想をそのまま形にしたものだ。本作以降、ソーの肩書きは「アスガルドの王」から「アスガルドの民の王」へと事実上滑り変わり、続く『ラブ&サンダー』では、ノルウェー海岸のニュー・アスガルドという具体的な姿をとることになる。
三つ目の軸は、姉妹/兄弟という家族が抱える暴力性である。ヘラはオーディンが封印した「暗黒の家族史」そのものであり、ロキは「裏切る兄弟」のアーキタイプそのものだ。家族のなかには、「手を切るしかなかった者」もいれば、「何度でも戻ってくる者」もいる——本作の結末は、その二種類の家族とどう向き合うのかをソーに突きつける。そして彼は、「前者には終止符を打ち、後者とは並び立つ」という選択を取って、物語を閉じるのである。
視聴順の目安
ソー単独シリーズとして観るなら、『マイティ・ソー』(2011)、『ダーク・ワールド』(2013)、本作、『ラブ&サンダー』(2022)の順が公式の流れだ。前二作に登場するオーディン、フリッガ、三戦士を知っていれば、本作で彼らが次々と退場していく重みは格段に増す。
MCU全体の文脈で観るなら、『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)、『ドクター・ストレンジ』(2016)、本作、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)と辿るのが望ましい。ドクター・ストレンジのカメオは前作を観ていれば意味が深まり、ミッドクレジットに現れるサノスの船は、次作『インフィニティ・ウォー』の冒頭へとそのまま直結する。
33よくある質問
『あらすじだけ知りたい』という人は、五つの段階を押さえておけば十分だ。ヘラの帰還とムジョルニアの破壊、ソーがサカールへ飛ばされてハルクと再会する展開、リベンジャーズの結成と脱出、そしてアスガルドへ戻り、ヘラを倒すためにあえてラグナロクを発動させること、最後にソーが王となって難民を率い、旅立っていく——この流れである。一方『結末・ネタバレを知りたい』場合の核となるのは、ヘラがオーディンの第一子であるという事実、ソーが片目を失うこと、アスガルドという場所そのものが完全に焼け落ちること、そしてミッドクレジットに現れるサノスの船が次作『インフィニティ・ウォー』へ直結していくことだ。
『評価を知りたい』なら、本作の重心はいくつかの要素にある。ワイティティによるコメディ演出、ジェフ・ゴールドブラム演じるグランドマスター、Led Zeppelin『Immigrant Song』に乗せたロック演出、ヘラの放つ威圧感、そして長きにわたって一貫したハルクの人格表現。この五つを押さえておきたい。『見る順番』としては、前二作のソー単独シリーズと『ドクター・ストレンジ』を観ておくとよい。そうすれば本作のカメオ出演と家族関係の重みが、最大限に生きてくるはずだ。
34参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行、制作、配信の状況、外部からの評価は変動する場合があるため、視聴前に公式サイトおよび各データベースの最新情報を確認されたい。本記事の本文は、各種公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。