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ブラック・ウィドウ

『シビル・ウォー』後に逃亡中のナターシャが、妹ヤレーナと「家族」だった四人と再び向き合い、自分を作ったレッド・ルームに決着をつける——MCUフェーズ4の幕を開いた、ナターシャ・ロマノフ単独主演作。

媒体: 映画(実写) 米国公開: 2021年7月9日(劇場とDisney+プレミア・アクセス同時公開) 日本公開: 2021年7月8日(劇場とDisney+プレミア・アクセス同時) 監督: ケイト・ショートランド
ブラック・ウィドウ 公式ポスター

作品データ

作品
ブラック・ウィドウ
原題
Black Widow
媒体
映画(実写)
米国公開
2021年7月9日(劇場とDisney+プレミア・アクセス同時公開)
日本公開
2021年7月8日(劇場とDisney+プレミア・アクセス同時)
監督
ケイト・ショートランド
脚本
エリック・ピアソン(原案:ジャック・シェイファー/ネッド・ベンソン)
原作
マーベル・コミックの『ブラック・ウィドウ』(スタン・リー/ドン・リコ/ドン・ヘック)
製作
ケヴィン・ファイギ
音楽
ローン・バルフ
撮影
ガブリエル・ベリスタン
編集
リー・フォルサム・ボイド/マシュー・シュミット
美術
チャールズ・ウッド
衣裳
ジャニー・テミーム
視覚効果
Industrial Light & Magic/Method Studios/Rise FX/Cinesite/Trixter ほか
製作会社
マーベル・スタジオ
配給
ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズ
上映時間
134分
製作費
約2億ドル
興行収入
全世界 約3.79億ドル(劇場のみ/配信収入は別途)
MCU区分
フェーズ4・第1作/マルチバース・サーガの幕開け
物語内時系列
『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』直後〜『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』前
公式予告編は
劇場サイトで確認
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📖 全34章 / 約17K字 🔄 最終更新 2026年5月26日 ✍️ Anna Movies 編集部

ブラック・ウィドウは、2021年公開のアメリカ映画で、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェーズ4の開幕を飾る作品である。『シビル・ウォー』後に逃亡中のナターシャ・ロマノフが、妹ヤレーナやかつて「家族」を演じた四人と再び向き合い、自らを作り上げた暗殺者養成機関レッド・ルームに決着をつける姿を描く。ナターシャ・ロマノフを主人公とする単独主演作である。

00概要

『ブラック・ウィドウ』(Black Widow)は、ケイト・ショートランド監督、エリック・ピアソン脚本によるアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・コミックのブラック・ウィドウ/ナターシャ・ロマノフを主役に据えた単独主演作で、シリーズ通算第24作にあたる。物語の時系列としては『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)の直後、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)の前を埋める前日譚にあたる。だが製作・公開が実際に行われたのは、ナターシャがすでに『エンドゲーム』で自己犠牲を遂げ、物語上は世を去ったあとのこと。いわば彼女を悼むために捧げられた、特殊な一本である。

公開は米国で2021年7月9日、日本で同年7月8日。当初は2020年5月1日、フェーズ4の幕開けを飾る作品として劇場公開される予定だった。しかしCOVID-19の世界的流行を受けて約1年延期され、最終的にディズニーは劇場公開と並行し、Disney+の有料追加サービス「プレミア・アクセス」での同時配信に踏み切る。この決定は、劇場公開を前提とした取り分で契約していた主演スカーレット・ヨハンソンとディズニーとの間に深刻な係争を生み、のちにハリウッドの俳優契約のあり方そのものを揺るがすことになった。

ショートランドは、『リリィ、はちみつ色の秘密』『さよなら、アドルフ』『ベルリン・シンドローム』など、若い女性主人公の内面を間近な距離で見つめる作風で評価されてきたオーストラリアの作家だ。マーベル・スタジオが本作に求めたのは、超人同士の戦いではなく、「家族」と「自分を作り上げた者との決着」を中心に据えた、地に足のついたスパイ・アクションだった。その方向性のもと、約六十数人の候補のなかから選ばれたのが彼女である。こうして完成した映画は、シリーズの巨大な事件をことごとく背景へと退け、ナターシャ自身の人生を縦糸に、一本の物語として閉じている。

本記事は、本編の結末、タスクマスターの正体、そしてポストクレジット・シーンまで含むネタバレを前提に書かれている。物語の驚きを大切にしたい読者は、まず本編を通して観たうえで、改めて戻ってきてほしい。

概要

主要データ

原題
Black Widow
監督
ケイト・ショートランド
脚本
エリック・ピアソン
原作
マーベル・コミック(スタン・リー/ドン・リコ/ドン・ヘック)
音楽
ローン・バルフ
米国公開
2021年7月9日
上映時間
134分
ジャンル
スーパーヒーロー、スパイ・アクション、家族ドラマ

01あらすじ

以下は、結末とポストクレジット・シーンまでを含む全編のあらすじである。物語は二つの時間を一本の縦糸として編んでいく。ひとつは1995年のオハイオ州、「家族」を演じていた少女時代のナターシャ。もうひとつは2016年、『シビル・ウォー』の直後に逃亡者となった大人のナターシャである。

あらすじ

・オハイオ州、ある家族の崩壊

舞台はオハイオ州の郊外住宅。1995年の夏の夕暮れ、自転車を乗り回す赤毛の少女ナターシャと、幼い金髪の妹ヤレーナが、芝生のスプリンクラーをかいくぐって遊んでいる。母メリーナはキッチンで料理し、父アレクセイは仕事から帰ってくる——一見、ありふれたアメリカ郊外の家族の風景だ。だがその夜、アレクセイは家族に「もう時間がない」と告げる。一家は着の身着のまま車に乗り込み、追手を振り切るためフロリダ州とオハイオ州の境を抜けて飛行場まで走り出す。

彼らは本物の家族ではなかった。アレクセイ・ショスタコフはソ連時代の超人兵士「レッド・ガーディアン」、メリーナ・ヴォストコフはレッド・ルーム所属のブラック・ウィドウ。そしてナターシャとヤレーナは、米国に潜入する任務の「カムフラージュ」として工作機関の長ジェネラル・ドレイコフが用意した、血の繋がらない二人の幼児だった。SHIELDのエージェント(後に明かされる若き日のニック・フューリー直属の班)が家を急襲する寸前、一家はメリーナの操縦する小型機でぎりぎり離陸する。背中を撃たれ、出血しながら操縦桿を握るメリーナの顔。わけも分からず「私たちはどこへ行くの?」と泣くナターシャ。姉の手を握る幼いヤレーナ——オープニング明けの怒涛のような数分間が、本作のすべての感情の出発点になる。

一家はキューバへ亡命し、そこでドレイコフが直々に出迎える。ナターシャとヤレーナはその場で母から引き剥がされ、アレクセイは「英雄として迎えられ」、メリーナは別の任務へと送り返される。そしてニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」の悲しいピアノ・カバー(マリア・Jによる歌唱)に乗せて、各地のレッド・ルームへ連行されていく少女たちのアーカイブ映像が静かに流れる。剃り上げられる頭、軍隊式の訓練、そして不要と判断された少女が射殺される瞬間まで——本作は冒頭十数分で、これはナターシャがそこから来た場所をめぐる物語なのだ、と明確に宣言してみせる。

・オハイオ州、ある家族の崩壊

ノルウェー潜伏とタスクマスター襲撃

舞台は2016年へと飛ぶ。『シビル・ウォー』の空港での戦闘で味方を逃がした「咎」を負い、ソコヴィア協定違反で指名手配されたナターシャ。元S.H.I.E.L.D.の調達役メイソンの手引きで偽造書類とトレーラー・ハウスを受け取り、ノルウェー辺境の海辺へと身を潜める。ロス国務長官の人工衛星による追跡をかわすため、手荷物は必要最小限だ。長年の盟友スティーブ・ロジャースも、いまは別の逃亡先にいる。

そんなナターシャのもとに、行方知れずだったブダペスト経由の小さな荷物が届く。中身は見覚えのない五本の小瓶——透明な液体を満たしたヴィアルである。直後、彼女のトレーラー・ハウスは仮面の襲撃者の銃撃を浴び、跡形もなく破壊される。襲撃者はナターシャ自身の戦い方を瞬時に模倣し、トニー・スタークの飛行の癖、さらにはホークアイの射撃姿勢までも再現してみせる。その名はタスクマスター——他者の動きを映像解析と義体システムで完全に再生する暗殺者だ。

ナターシャはバイクと崖からの滑空でかろうじてタスクマスターを振り切り、ヴィアルを携えてブダペストへ向かう。「ブダペストで何があったのか」——シリーズでホークアイと幾度も交わしてきた謎めいた会話の鍵であり、観客にとってもようやくその真相が明かされる場所である。

ブダペスト、姉妹の再会

ブダペストの古いアパートに踏み込んだナターシャを、潜んでいた人物が逆に襲う。ナイフと首絞めが入り乱れる激しい接近戦の末、互いの正体に気づく——銃口の先にいたのは、二十数年ぶりに再会する妹、ヤレーナ・ベロワだった。ヤレーナはレッド・ルームに育てられたまま「ウィドウ」として現役の暗殺者を続けており、直近の任務で別のウィドウから「赤いガス」を浴びたことで、自分が脳内の化学物質によってドレイコフへの服従を強いられていた事実に初めて気づく。送られてきたヴィアル(小瓶)は、その「赤いガス」に対抗する解毒剤だ。ほかのウィドウたちに投与すれば、洗脳から解き放つことができる。

アパートには、地球規模で運用される未知の上空拠点「レッド・ルーム」の座標が記されている。ドレイコフは何年も前に死んだのではなく、空中要塞レッド・ルームから無数のウィドウたちへ任務を出し続けている——ヤレーナはそうナターシャに告げる。かつてナターシャは、ジェネラル・ドレイコフを暗殺する任務で、彼の幼い娘アントニアごと建物を爆破したと信じてきた。その「子供を殺した罪」を引きずってアベンジャーズに身を投じたのだ。だが、ドレイコフは生きていた。

ブダペストのアパートに、タスクマスターと、ウクライナのオレグ・モカードが率いる狙撃部隊が突入し、追走劇が幕を開ける。屋根、階段、地下駐車場、そして最後はドナウ川沿いの石畳を駆け抜けるカーチェイス。ナターシャとヤレーナは互いの戦闘技術を瞬時に補い合いながら、瀕死の崖っぷちで自由をもぎ取り、地下鉄へと姿を消す。逃走の途中、ナターシャは「ホークアイがソコヴィア協定のあとファームで自宅軟禁中だ」とつぶやき、本作と『エンドゲーム』をつなぐ物語の橋渡しもさりげなく張られる。

ブダペスト、姉妹の再会

シベリアの刑務所

ナターシャとヤレーナが次に向かうのは、シベリアにあるレッド・ルーム管轄下の重警備刑務所だ。ここに収監されているのは、かつての「父親」アレクセイ・ショスタコフ——ソ連時代の超人兵士「レッド・ガーディアン」である。キャプテン・アメリカと同等の血清強化を施された英雄だ(と、少なくとも本人は信じている)。アレクセイは囚人たちの集団闘技で力を見せつけながら、二人の「娘」が現れたことに気づき、感極まる。

ヤレーナとナターシャは大規模な脱獄を仕掛ける。塔の砲台を奪い、看守の隊を制圧し、脱走した囚人たちが引き起こす混乱に乗じて、ナターシャは雪原に降下したヘリコプターでアレクセイを引き上げにかかる。雪と炎が渦巻くなか、増設された塔が次々と崩れ落ちる。揺れる縄を二人の娘が放ち、足元をふらつかせるアレクセイが必死の思いでそれをつかむ——本作のアクションのなかでも、もっとも比喩的に強く「家族の再会」を物語る場面である。

アレクセイは「俺がドレイコフのもとへ連れて行ってやる」と豪語する。だが実のところ、何十年も前線を離れていた彼は、レッド・ルームの居場所など知らない。彼が知っているのは、ただ一人——「母」だったメリーナ・ヴォストコフの現住所だけだった。三人は、メリーナが暮らすサンクト・ペテルブルク郊外の養豚場へと車を走らせる。

養豚場の偽家族

メリーナの「養豚場」は、表向きこそ廃ソフホーズだが、その内側はレッド・ルームの研究施設だった。ドレイコフの委託を受け、ブタの脳を使ってフェロモン抑止剤と従順性の生体研究を続けている。メリーナは久しぶりの「家族」を、感情を一切交えぬままディナーへ招き入れる。ロシア式の長いテーブルに並ぶのは、麻痺するほど辛い肉料理に、ボトル一本のウォッカ、そして二十数年溜め込まれた言葉だ。

アレクセイは「俺はキャプテン・アメリカと戦った、年代的にもう不可能だがそれは置いておこう」と過去を盛りに盛って自慢する。その隣でヤレーナが語るのは、ずっと愛着を持ち続けてきた「自分が編んだベスト」(ハンガリーで殺した暗殺者から拾った戦術用ベスト)のことだ。ナターシャは「あなたがた全員が私たちを利用したと知っている、それなのにあの三年間が偽物だったとは私はどうしても思えない」と告げる。メリーナが初めて目を伏せる。家族と任務、本物と偽物、母性と恥が、テーブルの上で同時に問われる。この十数分間こそ本作の精神的な中心である。

話のさなか、メリーナは静かに合図を送る。すると四人が囲んだテーブルの真下から、ドレイコフの兵団が現れ、四人ともを捕縛する。表向きはアレクセイたちを「裏切り者として送り返す」というもの。だがその実、メリーナ自身もドレイコフのもとへ召喚されたうえで、四人ともレッド・ルームへ運ばれる手はずだった。

養豚場の偽家族

母の選択

輸送機の機内、身柄を拘束されたままのナターシャとメリーナが、静かに言葉を交わす。「私はあなたを救えなかった。その後ろめたさをずっと正当化するために、ブタの神経を切る研究を続けてきた」——メリーナの独白に、ナターシャは「あなたは今からでも、まだ何かを変えられる」と返す。「変える」という言葉を、メリーナはここで初めて自分自身の動詞として引き受ける。

輸送機が雲を抜けた先で待っていた「レッド・ルーム」は、地球の高度成層圏に浮かぶ全長一キロ近い空中要塞だった。エンジン推進と気球を組み合わせた構造で、ドレイコフはここから世界中のウィドウたちに任務を下し続けている。要塞内の中央広間には数十人のウィドウが整列する。外見こそレッド・カーペットを歩く女優のように整えられているが、いずれもドレイコフの呼気に含まれるフェロモンによって、彼に決して逆らえない化学的な縛りを受けているのだ。

メリーナは表向きドレイコフに降伏するふりをしながら、密かにナターシャと衣裳どころか顔つきまで入れ替わる。レッド・ルームへ運ばれた「ナターシャ」は、実はメリーナ自身。一方、「メリーナ」を装って処分室へ送られた本物のナターシャは、自力で上部構造の指揮室まで到達する。

アレクセイは一人だけ切り離され、レッド・ルームの拷問室へと連れて行かれる。そこで彼は、「レッド・ガーディアン」という存在の本当の役割を、皮肉まじりの看守の口から知らされる。キャプテン・アメリカと張り合うどころか、ソ連解体後はずっとドレイコフの売名のための広報の道具にすぎなかった——その事実を突きつけられ、信じてきた自分の人生に深く傷を負う。

ドレイコフ戦と鼻を折る決断

ナターシャはついに最上層の指揮室へ踏み込み、ドレイコフと対面する。だが銃や刃を構えても、ドレイコフのフェロモンが脳幹のレベルで彼女の運動神経を遮断し、引き金は引けない。彼がひと息吹きかけるだけで、世界中のどのウィドウも、彼に対しては手を上げられないのだ。

ドレイコフがかつての爆発を生き延びた代償に顔面の神経損傷を抱えていることを、ナターシャはヤレーナの情報から知っていた。彼は嗅覚を完全に断つわけにはいかず、そのフェロモンが効くには、相手の鼻腔と神経が「通常通り働いている」必要がある。ナターシャは身を屈め、机の角に思い切り顔を打ちつけて、自らの鼻骨を折る。激痛と血の中で初めて呪縛が解け、彼女はドレイコフの机と書類の山を蹴り倒し、その顔面に拳を叩き込む。

「あなたは、私を作った人だ。だから、私が壊す」。短い宣言のあと、ドレイコフは「タスクマスターを呼べ」と命じる。鎧の中から現れたタスクマスターの顔をナターシャが剥がすと、その下にあったのは——若き日の彼女がブダペストで爆殺したと信じていた、ドレイコフの娘アントニアの、左半面が損傷したままの顔だった。長年の罪悪感は事実ではなかった。アントニアは生き延び、父親の手で完全な思考なき人形に作り替えられていたのだ。

要塞崩落

ヤレーナはメリーナのN-1機を駆り、要塞へと突入する。機体ごとブリッジに激突させ、推進部に致命的な損傷を与えた。一方、メリーナは要塞のシステム室に潜り込む。届けたい姉が運んできたヴィアル——ウィドウたちへ自動配給される「赤いガス」の解毒剤——を空調に逆流させ、全室へと散布した。こうして世界中の現役ウィドウたちは一斉に化学的な縛りから解かれ、自らの意思を取り戻す。

崩落する要塞の中、ナターシャはドレイコフを脱出ポッドの軌道へと追い詰め、ジェット推進の燃焼で焼き殺す結末を選び取る。要塞は分解しながら大気圏へと落下し、雲のなかで巨大な金属の花のように散っていく。ヤレーナの機が縁を切ると、ナターシャは崩れる構造から高度数千メートルを飛び下りた。地表へと落下しながら、解放されたウィドウたちのパラシュートが開く様を、そして世界各地で目を覚ます同胞たちの一斉蜂起を、その目で追う。

ナターシャはタスクマスター/アントニアに、「あなたはもう私を追わなくていい、私たちが連れて帰る」と告げる。アントニアは戸惑いながらも、解放された他のウィドウたちと共に地上へ降り立つ。雪原に立ち上がった四人は、もう「家族のフリ」を演じない。ただの四人の人間として、再び集うのだ。

2週間後と、二つのクレジット・シーン

数週間後、ノルウェー海岸の崖の上。明るく髪を染め直したナターシャは、新しい身分証と、手配人メイソンを通じてロス長官の専用車から「借りた」キャラバンを受け取る。「世界中のウィドウを、ひとり残らずそれぞれの家族のもとへ返した」とメイソンに報告し、こう告げる。「次は、あの家族のところへ行く」。向かう先は、自宅軟禁中のクリント・バートン——「ホークアイ」のいる農場だ。こうしてナターシャは、『インフィニティ・ウォー』冒頭で何のためらいもなく彼の隣に立つ準備を整え、本編は静かに幕を閉じる。

本作で特徴的なのは、ミッドクレジットを置かず、ポストクレジット・シーンをただ一本に絞った点だ。しかもその時間軸は『エンドゲーム』のあと——すでにナターシャが世を去った後に据えられている。雪に覆われたオハイオの墓地。ヤレーナが、姉ナターシャの墓前に立っている。そこへ高級SUVで乗りつけるのは、シャネル風のスーツに身を包んだ白髪混じりの中年女性、ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ伯爵夫人(ジュリア・ルイス=ドレイファス)である。

ヴァレンティーナはヤレーナに一枚の写真を差し出し、「あなたの次のターゲットよ」と告げる。写っているのはクリント・バートン——ホークアイ。「あなたのお姉さんを殺した男」と、明らかに真実を歪めた言葉でヤレーナを煽り立てる。ヤレーナは無表情のまま写真を握りしめ、最後にもう一度だけ姉の墓を振り返って、雪のなかへと消えていく。これはDisney+のドラマ『ホークアイ』(2021)へ直接つながる仕掛けであり、本作は家族劇の余韻のすぐ傍らに、マルチバース・サーガへ張りめぐらされた伏線の一端をそっと忍ばせてみせる。

2週間後と、二つのクレジット・シーン
ここまでが全編のあらすじである。以降は登場要素、人物、制作背景、公開と興行、批評・評価、舞台裏、テーマを資料として読み解くための章が続く。

登場要素

本作は超能力者や宇宙規模の勢力をほぼ排し、ブラック・ウィドウ・プログラムと、それを取り巻く人物・道具・概念に的を絞って組み立てられている。以下では、物語の鍵を握る主要な人物・場所・道具・組織を整理しておきたい。

  • ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ(スカーレット・ヨハンソン)
  • ヤレーナ・ベロワ(フローレンス・ピュー)
  • アレクセイ・ショスタコフ/レッド・ガーディアン(デヴィッド・ハーバー)
  • メリーナ・ヴォストコフ(レイチェル・ワイズ)

  • ジェネラル・ドレイコフ(レイ・ウィンストン)
  • タスクマスター/アントニア・ドレイコフ(オルガ・キュリレンコ)

  • リック・メイソン/調達役(O・T・ファグベンル)
  • サディアス・E・ロス国務長官(ウィリアム・ハート)
  • ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ伯爵夫人(ジュリア・ルイス=ドレイファス)※ポストクレジット
  • オレグ・モカード(オーレ・ミカル・ロネスダル)

  • レッド・ルーム
  • ブラック・ウィドウ・プログラム
  • ソコヴィア協定下のアベンジャーズ(背景)
  • SHIELD(言及)
  • ロシア連邦軍/旧ソ連諜報機関
  • 米国国務長官府
  • (ポストクレジット)米国側の非公式な新組織

  • オハイオ州・郊外住宅(1995)
  • キューバ・ハバナ(1995)
  • ノルウェー海岸の隠れ家
  • ハンガリー・ブダペスト
  • シベリア・極東の重警備刑務所
  • サンクト・ペテルブルク郊外の養豚場
  • レッド・ルーム(空中要塞)
  • (ポストクレジット)アメリカの墓地

  • 赤いガス(ウィドウへの服従誘導剤)
  • 解毒剤の透明なヴィアル
  • タスクマスター用の動作解析ヘッドギア
  • ドレイコフのフェロモン呼気装置
  • レッド・ガーディアンの盾とコスチューム
  • ウィドウ・スティング電撃
  • ウィドウ・バイト
  • ヤレーナの戦術ベスト(「ポケットがいっぱい」)

  • 強化暗殺者の身体能力
  • 心理的トリガー条件付け
  • 他者の戦闘パターンの即時模倣
  • フェロモンによる神経的服従
  • 上空滞空型の浮遊要塞
  • 脱洗脳のための化学的解放
  • 偽家族として組成された潜入チーム

  • ヤレーナがナターシャの墓を訪ねる
  • ヴァレンティーナ伯爵夫人の初登場
  • 次のターゲットとしてクリント・バートン/ホークアイの写真

12主要登場人物

本作の人物配置は巧妙だ。姉と妹、父と母、敵とその娘――三組の「偽りの家族関係」が二つの時間軸のうえで互いを映す鏡のように組み上げられている。単純なヒーロー対敵という図式ではない。それぞれの登場人物が「自分を生み出した者と、もう一度向き合う」という同じ主題を、別々の角度から背負っているのだ。

ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ

『アイアンマン2』(2010)でS.H.I.E.L.D.のナタリー・ラッシュマンとして姿を見せて以来、ナターシャがおよそ10年ぶりに単独主演を務めた一作である。本作の彼女は、これまでのMCUでおなじみの「最年長の元工作員でチームの良心」ではない。もっと若く、傷つきやすく、まだ「自分が何者なのか」を確かめている途上の人物として描かれる。仲間と離れ、装備も手放し、ホテルにすら泊まらずトレーラー・ハウスに身を潜める。その姿は、シリーズで観客が見てきたナターシャの「歴史以前」を埋めるために組み立てられている。

自ら鼻を折ってフェロモン制御を断ち切る場面は、本作のナターシャを象徴する身体表現だ。武器でも超能力でもなく、痛みを引き受けるという選択によって、彼女は自分の身体を「ドレイコフのものから自分のものへ」と取り戻す。アベンジャーズになる前のナターシャがすでに、痛みを引き受けてでも自由を選ぶ人物だった――そう示すこの一場面は、後年のヴォーミアでの自己犠牲へとまっすぐ繋がっていく。

演じたスカーレット・ヨハンソンは本作の製作総指揮も兼ね、企画の初期からエリック・ピアソンらとともに脚本会議に加わっている。ナターシャの結末を『エンドゲーム』ですでに迎えたあとで、この単独作を撮る。ヒーロー映画ではきわめて珍しいこの順序のなかで、彼女自身がスクリーン上で「キャラクターとの別れの儀式」を執り行う立場に立った一作なのである。

ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ

ヤレーナ・ベロワ

1995年、幼児としてオハイオの「家族」に預けられ、やがてナターシャと引き裂かれたまま、レッド・ルームで現役のウィドウとして育った妹。本作のもう一人の主人公であり、多くの観客にとって最大の発見となった人物である。戦闘技術はナターシャに並び、あるいは凌ぐほど。皮肉と毒舌のセンスは、アメリカ仕込みの姉とはまるで違う、彼女だけのものだ。

ヤレーナを際立たせるのは、戦士としての強さではない。「自分が好きなものを、自分の意思で好きと言える」という、感情の手触りである。「ポケットがたくさんあるベスト」を本気で気に入っている様子、姉の「ヒーロー」ポーズを馬鹿にしながら密かに真似てしまうくだり、シベリアの収容所で殺気立ったまま豚に話しかけるくだり。どれもコミカルに見えて、レッド・ルームに完全には飲み込まれなかったヤレーナの内面を、静かに支えている。

本作が興行と批評の両面で得た最大の収穫は、フローレンス・ピューのこの演技がほぼ満場一致で称賛され、MCUの次世代「ブラック・ウィドウ枠」を引き継ぐ位置へと彼女を押し上げたことだ。Disney+の『ホークアイ』(2021)、『サンダーボルツ*』(2025)と、フローレンス・ピューは続けてヤレーナを演じ、ナターシャ亡きあとのMCUの「家族」を束ねる一人になっていく。

ヤレーナ・ベロワ

アレクセイ・ショスタコフ/レッド・ガー…

ソ連時代の超人兵士、レッド・ガーディアン。本人いわく、キャプテン・アメリカと互角に渡り合った英雄世代の一人だという。だが年表を追っても、キャラクターの設定をたどっても、それは大きく「盛られた」自己神話にすぎない。実態は、ソ連解体後はほとんど活躍の場を与えられず、ドレイコフの広報用ヒーローとして消費されてきた男である。

本作のアレクセイは、笑いと痛みを一身に引き受ける人物だ。きつくなったコスチュームの腹回りを家族にからかわれ、「キャプテン・アメリカを倒した話」を語り出しては、家族全員に止められる。だが自慢話の裏側で、観客にも娘たちにも痛いほど見えてくるのは、二十数年に及ぶ「英雄不在の時間」が、この男を内側から空洞にしていたという事実である。

終盤、レッド・ルームの拷問室で「俺の人生は何だったんだ」と問うアレクセイの姿が、本作の家族劇に静かな重みを加える。やがて彼は娘たちと肩を並べて戦う場所をみずから選び取り、自分の力で「父親であろうとする」結末を引き受ける。デヴィッド・ハーバーの過剰なまでの熱演が、滑稽さと哀しさを一つの画面に同居させた。

アレクセイ・ショスタコフ/レッド・ガー…

メリーナ・ヴォストコフ

前世代のブラック・ウィドウであり、レッド・ルームの生体研究を支える科学者でもあるメリーナは、本作でもっとも複雑な人物だ。1995年に少女たちの「母」を演じ、その後二十数年にわたってドレイコフのもとで豚の脳神経を従順化する研究を続けてきた。表向きは冷たく、感情の読めない女として登場する。

だが、ディナーの席でふと漏らす「あなた方は私の人生で一番、本物に近いものだった」の一言が、彼女の本性を暴く。長年、自分の罪を直視せずにすむよう、仕事へ逃げ込んできた人間なのだ。やがて輸送機内でナターシャに諭され、「ナターシャの代わりに」自らの身柄を要塞へ差し出す。それは母としてではなく、ようやく自分の意思で動く一人の女として下した、最初の決断である。

レイチェル・ワイズの抑えた演技は、アレクセイの過剰な熱量と見事な対をなし、本作の家族の物語に大人の重みを加える。母親が母親役を演じる——それはレッド・ルームのもとで何を意味したのか。その問いに答えようとした人物像だ。

メリーナ・ヴォストコフ

ドレイコフとタスクマスター/アントニア

ジェネラル・ドレイコフ(レイ・ウィンストン)は、本作の絶対的な悪役にして、もっとも見た目の地味な敵だ。その脅威は派手な能力にはない。フェロモンを含んだ呼気と心理的な条件付けによって、世界中の暗殺者を意のままに操る——まさに人を作っては使い捨てる、官僚的な暴力そのものに脅威は宿る。決して語気を荒げないレイ・ウィンストンの、低く滲むような訛り。その抑えた佇まいが、悪役らしい派手さを欠いたまま、ドレイコフを最後まで薄気味悪い存在にとどめている。

タスクマスターは、原作コミックではトニー・マスターズという男性キャラクターとして長く描かれてきた。本作はこれをドレイコフの娘アントニアに置き換え、父の手によって「失われたすべて」を象徴する装置へと作り替えられた存在として再構築する。この改変には原作ファンの一部から批判も上がった。だが本作が掲げる家族の物語のなかでは、タスクマスターの正体が血を分けた「もう一人の娘」であることが、「私は子供を殺した」というナターシャ自身の長年の罪悪感を直接覆す仕掛けとして、強く機能している。

終盤、解放されたアントニアが姉妹たちと並んで地表に立つ。ヴィランの末路としてはきわめて静かなその姿が、「彼女もまた被害者だった」という主題を画面の上で完結させる。

ドレイコフとタスクマスター/アントニア

メイソン、ロス、ヴァレンティーナ

リック・メイソン(O・T・ファグベンル)は元シールドの調達担当で、逃亡中のナターシャの装備や移動手段、偽造書類まで裏で一手に引き受ける相棒的存在である。シリーズに正式に登場するのは本作が初めてだが、ナターシャとの気の置けない間柄や軽口の応酬からは、「アベンジャーズ以前」の彼女の時間にも変わらず寄り添ってきた人物として描かれている。

サディアス・E・ロス国務長官(ウィリアム・ハート)は『シビル・ウォー』からの続投。本作の結末では、ナターシャに専用車を「拝借」される滑稽な被害者として顔を見せる。本作はウィリアム・ハートにとってMCU最後の出演作のひとつであり、彼は2022年に世を去った。

そしてポストクレジットの主役、ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ伯爵夫人(ジュリア・ルイス=ドレイファス)が本作で初登場を果たす。次に姿を見せるのはDisney+『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021)の終盤、そして『サンダーボルツ*』(2025)へと続いていく。MCUのフェーズ5以降を裏で動かす「ニック・フューリーの裏の顔」とでも言うべき人物として育てられていくキャラクターであり、本作のポストクレジットはその第一手にあたる。

メイソン、ロス、ヴァレンティーナ

舞台と用語

物語の舞台は実に広い。1995年のオハイオ州とハバナを起点に、2016年のノルウェー、ハンガリー、ロシア・シベリア、サンクト・ペテルブルク郊外、さらには地球の成層圏に浮かぶ空中要塞「レッド・ルーム」までを巡っていく。それぞれの場所が「家族のはじまり」「逃亡者の隠れ家」「姉妹の再会」「父の救出」「母との対面」「敵との決着」と、物語の段階を一つずつ担う構成だ。

鍵となる用語は二つある。一つは「ブラック・ウィドウ・プログラム」。レッド・ルームが幼い少女たちを集め、女性暗殺者を大量に養成してきた計画を指す。子宮摘出、心理的な条件付け、戦闘訓練、そして現役期間を延ばすための処置まで施され、彼女たちは「ドレイコフの兵器」として運用された。もう一つは「赤いガス」。ナターシャの世代以降に加えられた化学的な服従制御で、対応薬であるヴィアルをひと滴垂らせば意識を取り戻せる。本作で描かれる解放とは、いわばこの「赤いガス」への対抗薬を世界中のウィドウたちへ届ける物語にほかならない。

ドレイコフ本人を縛るのが、フェロモンを含んだ呼気だ。これを嗅がせることで、相手は「彼を直接殴れない」状態に陥る。だからこそ、ナターシャが自らの鼻を折る場面は神経医学的にも理にかなった解除手段として設計されている。超能力で殴り合うのではなく、痛みを伴う「身体への投資」こそが本作のアクションの肝なのである。

20制作

本作の企画は、ナターシャ・ロマノフという一人のキャラクターをめぐって、約十年にわたるファンの単独主演要望と、マーベル・スタジオの企画優先順位、そしてCOVID-19という外的事象が複雑に絡みあい、異例の経緯をたどることになった。

制作

企画と脚本

ブラック・ウィドウの単独映画は、『アイアンマン2』に登場した直後の2010年から幾度となく検討されてきた。だが、マーベル・スタジオが正式に企画を動かしたのは2018年のことである。原案をジャック・シェイファーが手がけ、その後エリック・ピアソンが脚本の第一稿を執筆した。シェイファーはのちにDisney+ドラマ『ワンダヴィジョン』のショーランナーを務める作家であり、ピアソンは『ソー:ラグナロク』『ブラック・ウィドウ』『サンダーボルツ*』と、フェーズ3後半以降のマーベル作品で重用されてきた脚本家だ。

脚本における最大の決断は、宇宙的・神話的なスケールをあえて避け、レッド・ルームと家族の物語という「閉じた小さな物語」として本作を組み立てたことだった。同時期にDisney+で展開する『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』『ロキ』『ワンダヴィジョン』が、宇宙や多元宇宙、国家規模の事件を担うなか、本作が引き受けたのは「逃亡者ひとりの数週間と、四人の家族の決着」という最小単位の物語である。

企画と脚本

キャスティング

ナターシャ役のスカーレット・ヨハンソンは『アイアンマン2』から続投し、本作では製作総指揮も兼ねた。ヤレーナ役のフローレンス・ピューは、『ファイティング・ファミリー』『ミッドサマー』『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』の三作で一躍世界の注目を集めた直後にオファーを受けた。約400組の候補のなかから、ほぼ満場一致で選ばれたという。

アレクセイ役のデヴィッド・ハーバーは、『ストレンジャー・シングス』のホッパー署長役で世界的な人気を得たばかりの起用だった。本作のために大幅な増量に取り組み、ロシア訛りも長期にわたって習得している。メリーナ役のレイチェル・ワイズは、ヨハンソン自らの説得を受けて出演を決めたと公表されている。ドレイコフ役のレイ・ウィンストン、そしてタスクマスター/アントニア役のオルガ・キュリレンコは、その独特の身体性と、ロシア圏の俳優ならではのリアリティを買われて抜擢された。

キャスティング

撮影とロケ地

主要撮影は2019年5月から10月にかけて、英国のパインウッド・スタジオを拠点に行われた。ノルウェー北部の海岸線の場面は現地ノルウェーでロケされている。ブダペストのカーチェイスはハンガリー・ブダペストの旧市街と橋の周辺で実際に大がかりに撮影され、撮影部隊は数週間にわたって市内の主要道路を封鎖した。

シベリアの収容所、養豚場、空飛ぶレッド・ルームの内部などは、パインウッドとその近郊に大規模なセットとして組み上げられた。ヘリコプターからの落下、車の横転、雪原での乱戦は可能な限り実地スタントを中心に撮影され、ヨハンソンとピューはいずれも数か月に及ぶ格闘、パルクール、武器の訓練を経て撮影に臨んでいる。

撮影監督のガブリエル・ベリスタンは、極寒の地、陽光の強いキューバ、そして青みを抑えた室内灯のロシア郊外を、いずれも視認性を損なうことなく、それぞれの温度感まで映し取った。MCUのスペクタクル映画としては珍しく、画面の多くが地に足のついた質感に保たれている点も見どころだ。

視覚効果

視覚効果はインダストリアル・ライト&マジック(ILM)、メソッド・スタジオ、ライズFX、シネサイト、トリクスター、ローラVFXと、複数のスタジオが分担して手がけた。中心となったのは、レッド・ルーム空中要塞の構造設計と崩落のシミュレーションである。約一キロ級の構造物が成層圏で分解し、雲を突き抜けて落下する。この一連の画作りを主に担当したのがILMだ。

タスクマスターのヘッドギア越しに描かれる「他者の動き解析」は、見やすさを優先し、あえて目線の青いグラフィックを画面手前に浮かび上がらせる設計とした。ナターシャがホークアイの射撃姿勢を「読まれる」一瞬。その編集と合成は、本作のキャラクター描写としても象徴的に機能している。

視覚効果

音楽と音響

音楽を手がけたのはローン・バルフ。スコットランド出身で、ハンス・ジマー率いるリモート・コントロール・プロダクションズに身を置き、『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』『13時間 ベンガジの秘密の兵士』などで知られる作曲家だ。本作では大編成のオーケストラに、ロシア圏の民族楽器、さらにエレクトロニカを溶け込ませ、ナターシャの孤独を映す低く沈んだテーマと、レッド・ルームの非人間的なリズムとを、ひとつのスコアの中で巧みに描き分けている。

象徴的な楽曲の使い方として、冒頭のオハイオ脱出シーンから1995年のレッド・ルーム入所アーカイブへと続く場面に、シンガーのマリア・Jが歌うニルヴァーナ「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」の、もの悲しいピアノ・カバーが流れる。原曲の反抗的なギターをすべて削ぎ落とし、子供のように無防備な歌声だけを残したこのカバーは、レッド・ルームへ送り込まれる無数の少女たちの映像と重なり、本作の倫理的なトーンを序盤のうちに決定づける。

編集とポストプロダクション

編集はリー・フォルサム・ボイドとマシュー・シュミットが共同で手がけた。134分の上映時間のなかで、二つの時間軸を行き来し、ハンガリー、ロシア、ノルウェー、米国へと舞台を切り替えながらも、観客の感情の流れを途切れさせない。この緊密な構成は、編集段階での幾度もの試行錯誤が生んだものだ。

公開を目前に控えた2020年3月、新型コロナウイルスの感染拡大により公開は無期限の延期を余儀なくされ、最終的に2021年7月にまでずれ込んだ。この間に上映時間や場面の細部にも手が加えられ、ポストクレジットに登場するヴァレンティーナ伯爵夫人の場面は、本作を「ナターシャのその後を語る物語」として位置づける仕掛けとして、最終形へと練り直された。

27公開と興行

公開戦略は、新型コロナウイルスの世界的流行によって全面的に練り直された。本作は当初、フェーズ4の幕開けを飾る一本として2020年5月1日に北米劇場で公開される予定だった。だが感染拡大を受けて2020年中に三度の延期を重ね、最終的に北米では2021年7月9日、日本では7月8日の公開となった。ディズニーはこれと並行し、Disney+の追加課金プログラム「プレミア・アクセス」(追加29.99米ドル)での同日配信も発表している。

劇場興行は北米で約1.83億ドル、海外で約1.96億ドルを記録し、全世界興収は約3.79億ドルに達した(劇場のみの集計)。パンデミック下の興行としては当時の高水準だが、約2億ドルの製作費に宣伝費を加えれば、純粋に劇場興行だけで黒字化できるかはぎりぎりの線だった。Disney+プレミア・アクセスの収益は公開初週末で約6,000万ドルと公表されたが、これは公式の劇場収入には含まれていない。

この劇場・配信同時公開をめぐり、スカーレット・ヨハンソンは「契約上、劇場収入に連動するはずの出演料の取り分が損なわれた」としてディズニーを提訴し、2021年9月に和解した。コロナ禍の配信並行公開がハリウッドの俳優契約に与えた衝撃を示す代表例であり、業界全体の契約モデル見直しを促す一件となった。

批評面では、ロッテン・トマトの批評家支持率が約8割と好意的で、フローレンス・ピューの演技、家族劇としての着地、ケイト・ショートランドの細やかな演出が広く称賛された。一方で、敵のスケールが控えめな点や、ナターシャの死後に単独映画を世に出すという順序の不自然さを指摘する声も少なくなかった。

28批評・評価・文化的影響

本作の文化的な影響は、興行成績よりもむしろシリーズ運営と俳優契約の側面に色濃く現れた。まず特筆すべきは、Disney+との同時公開という異例の形態だ。この公開戦略を通じて、本作はパンデミック後のスタジオ大作と配信サービスの関係を問い直すケーススタディとなった。続く『ジャングル・クルーズ』(2021)以降も、ディズニーは劇場と配信の並行モデルを部分的に維持したが、2022年に入ると再び劇場優先へと舵を切り直していく。

第二に、本作はフローレンス・ピュー演じるヤレーナを通じて、MCUに「ナターシャ亡き後の新たなウィドウ像」という貴重な存在を打ち立てた。ヤレーナはその後、Disney+の『ホークアイ』、さらに『サンダーボルツ*』へと滑らかに引き継がれ、シリーズが掲げる「家族」という概念の中心人物の一人としての地位を固めていく。

第三に、本作はフェーズ4以降のMCUが「家族と継承」を全体の主題に据えるうえで、その起点として重要な記憶を残した。『シャン・チー/テン・リングスの伝説』『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』など、フェーズ4の中核を担う作品はいずれも「親と子」「兄弟」「先代と後継」の物語を内包している。本作はまさにその先陣を切る位置にあるのだ。

舞台裏とトリビア

オープニングのオハイオからの脱出、そしてレッド・ルーム入所の記録映像に重ねて流れる「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」のピアノ・カバーは、シンガーソングライターのマリア・Jが歌うレコーディング版だ。原曲はニルヴァーナ/カート・コバーンの代表曲(1991)。本作の物語が「ナターシャと同世代の少女たちが連れ去られていった時代」へと観客を導く入口であることを、音楽だけで伝えてみせる。

デヴィッド・ハーバーは、レッド・ガーディアンの体型をパロディとして見せるため、約14kgの増量に挑んだ。コスチュームの「腹回りがきつい」という滑稽さを、身体ごと引き受けたのである。彼が演じるのは、英雄として老いた男。その哀しみは、増量を含む徹底した身体づくりなくしては成り立たなかった。

ブダペストのカーチェイスは、ハンガリー警察の協力を得て、ドナウ川沿いの主要な橋を数日にわたり封鎖して撮影された。終盤に登場するバイク・スタントの大半は、フローレンス・ピューとスカーレット・ヨハンソンの両者が、専門のスタント部隊と混じり合いながら演じている。

ポストクレジットでヤレーナのもとを訪ねる「ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ伯爵夫人」は、コミックで長年にわたりニック・フューリーの恋人にして二重スパイとして描かれてきた人物の翻案だ。本作と、同年5月に配信された『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』の最終話を起点として、MCUは彼女を新組織「サンダーボルツ」の召集者へと育てていく。

本作は、ウィリアム・ハートが演じたサディアス・E・ロス国務長官の、最後の出演作のひとつにあたる。ハートは2022年3月に逝去。ロスはのちに『キャプテン・アメリカ/ブレイブ・ニュー・ワールド』(2025)でハリソン・フォードへと引き継がれ、サンダーボルト・ロス大統領として再び姿を見せた。

30テーマと解釈

本作が核に据えるのは、自らの意思で選び取った家族と、自分を生み出した者との決着である。ナターシャとヤレーナ、アレクセイとメリーナの四人は血のつながった親子ではなく、任務のために組まされた偽りの家族にすぎなかった。だが本作は、偽物であるからこそ、もう一度自分の意思で選び直せるものとして家族を描く。食卓で互いの感情を整理し合い、空飛ぶ要塞からの落下をくぐり抜けて、四人は「演じる家族」から「選び取る家族」へと変わっていく。

もう一つの軸は、女性の身体に向けられた制度的な暴力と、それを身体ごと拒む決断である。レッド・ルームのウィドウたちは、子宮の摘出と心理的な条件付けによって、「人」ではなく「兵器」として運用される。終盤、ナターシャが自らの鼻を折ってフェロモンによる支配を断ち切るのは、自分の身体が他者の制御下に置かれている事実を、自分の身体への痛みによって打ち破る象徴的な行為だ。本作の暴力描写はしばしば残酷だが、最も激しい暴力は敵ではなく、自分自身へと向けられる。

三つ目の軸は、罪悪感の検証と、そこからの解放である。ナターシャはこれまでのシリーズで一貫して「私のレッジャー(過去帳簿)は赤く染まっている」と語ってきた。その帳簿の中心にあったのは、ドレイコフの娘を殺したという確信だった。本作は、その罪悪感が事実に基づくものではなかったこと、しかしそれを抱え続けた長い年月が彼女自身の人格の一部であったこと、その両方を肯定する。ヴォーミアでの自己犠牲が「無垢な英雄の死」ではなく、長く苦い検証の末に下された選択であったことを、本作は遡って肯定する役割を担っている。

視覚面でも、白い雪と血の赤、家庭のぬくもりを帯びた暖色とレッド・ルームの冷たい寒色、家族の食卓と兵器として並ばされた少女たち——本作の対比は終始素朴である。だが、その素朴さこそが、スーパーヒーロー映画としてはかえって新しい誠実さを生み出している。

テーマと解釈

31見る順番

本作はMCUのなかでも珍しく、製作・公開の順序と物語内の時系列が大きくずれている。製作順で見ればフェーズ4の第1作にあたるが、物語内の位置づけは『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016)の直後、そして『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)の前にあたる。両作のあいだに挟まる一編なのだ。

初めて観るなら、おすすめは公開順だ。まず『シビル・ウォー』を観て本作へ進み、そこから『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』へとたどっていくとよい。ただしポストクレジットだけは『エンドゲーム』後を舞台にしている。『エンドゲーム』まで履修したあとに本作のポストクレジットを見直すと、ヤレーナの動機がより腑に落ちるはずだ。

Disney+のドラマ『ホークアイ』(2021)は、本作のポストクレジットから物語が直接続いていく。ヤレーナのその後をさらに深く知りたいなら、こちらを観るとよい。さらに『サンダーボルツ*』(2025)まで進めば、本作で配置された人物関係の伏線がほぼ全て回収される。

見る順番

32よくある質問

「あらすじだけ知りたい」なら、次の流れを押さえれば十分だ。1995年に偽の家族を演じた四人がそれぞれの場所で生き別れ、2016年、ナターシャとヤレーナが再会する。やがて二人はアレクセイを脱獄させ、メリーナと合流。空飛ぶレッド・ルームでドレイコフを撃破し、ウィドウたちを支配から解放する。「結末・ネタバレを知りたい」なら、核となるのは三つの場面である。ナターシャが自らの鼻を折ってフェロモンによる支配を破る瞬間、タスクマスターの正体が生き延びていたドレイコフの娘アントニアだと明かされる展開、そしてポストクレジットでヤレーナがクリント・バートン狙撃の依頼を引き受けるくだりだ。

「評価を知りたい」なら、こう整理できる。批評面ではフローレンス・ピューという新たな才能の発見と、家族劇としての着地が高く評価された。一方の興行面では、劇場とDisney+の同時公開という前例のない事情を抱え、さらにヨハンソンとディズニーの契約をめぐる係争まで背負った一作だった。「見る順番」については、物語の時系列でいえば『シビル・ウォー』の直後、『インフィニティ・ウォー』の直前にあたる。ただしポストクレジットだけは、『エンドゲーム』後を見越して観ると意味が増す。

33参考資料・脚注

作品名、キャラクター名、画像、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部からの評価は変動しうるため、視聴前に公式情報および各データベースの最新の表示を確認されたい。本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語記事として構成したものである。

参考資料・出典 (5件)
  1. Marvel公式 ブラック・ウィドウ
  2. IMDb: Black Widow (2021)
  3. Marvel Cinematic Universe Wiki: Black Widow
  4. Disney+ プレミア・アクセス公式
  5. Box Office Mojo: Black Widow (2021)