スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームは、2021年に公開されたアメリカのスーパーヒーロー映画である。
正体を世界に晒されたピーター・パーカーは、ドクター・ストレンジに助けを求めるが、呪文の暴発でマルチバースの傷口が開き、過去のシリーズの宿敵たちと、もう二人の自分自身に出会う。
マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェーズ4を決定づけたマルチバース・サーガの第一弾であり、シリーズ史上最高の興行収入を記録した。
00概要
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(Spider-Man: No Way Home)は、ジョン・ワッツが監督、クリス・マッケナとエリック・ソマーズが脚本を手がけたアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・スタジオ、コロンビア・ピクチャーズ、パスカル・ピクチャーズの共同製作で、配給はソニー・ピクチャーズ・リリーシングが担当した。米国では2021年12月17日、日本では2022年1月7日に公開され、MCU通算第27作にあたる。
前作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)の直接の続編であり、物語はあの数秒からそのまま動き出す。ジェイク・ギレンホール演じるミステリオ/クエンティン・ベックがメディアを操作し、ピーター・パーカーをスパイダーマンとして世間に暴露したうえ、『シビル・ウォー』のテロの濡れ衣まで着せた、あの場面だ。シリーズ三作目となる本作は、青春映画らしいトーンを保ちながらも、初めてマルチバースという仕掛けを物語の中心に据えた。2002年以降のスパイダーマン映画20年分の遺産を一つのスクリーンに集めるという、シリーズ最大の賭けに踏み込んだのである。
本作は、トム・ホランドのMCUスパイダーマン三部作の完結篇である。同時に、ディズニー+のドラマ『ロキ』で開かれたばかりの「マルチバース」という概念を、初めて長編映画の中央に据えた一作でもある。続く『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』『アントマン&ワスプ:クアントマニア』『デッドプール&ウルヴァリン』へとつながるマルチバース・サーガの、大規模な起点として位置づけられる。コロナ禍で疲弊した劇場興行を一気に立て直した決定的な一本でもあり、全世界興収約19.2億ドルはシリーズ歴代最高、MCU全体でも『エンドゲーム』『インフィニティ・ウォー』に並ぶ上位の記録だ。
本記事は、本編の結末を前提に書いている。メイ叔母の死、トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールド演じるもう二人のスパイダーマンの登場、3人のピーターによる5人のヴィランの治療、世界から「ピーター・パーカー」の記憶を消し去る最終呪文、ミッドクレジットでのヴェノム退場、そしてポストクレジットの『マルチバース・オブ・マッドネス』本予告まで、すべてのネタバレを含む。物語の驚きをそのまま味わいたい読者は、まず本編を一度通して観たうえで戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- Spider-Man: No Way Home
- 監督
- ジョン・ワッツ
- 脚本
- クリス・マッケナ/エリック・ソマーズ
- 原作
- マーベル・コミックのスパイダーマン(スタン・リー/スティーヴ・ディッコ)
- 音楽
- マイケル・ジアッキーノ
- 米国公開
- 2021年12月17日
- 日本公開
- 2022年1月7日
- 上映時間
- 148分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、青春映画、マルチバースSF、レガシー・シークエル
01あらすじ
以下は、結末とミッドクレジット/ポストクレジット・シーンまでを含む全編のあらすじである。物語は『ファー・フロム・ホーム』のミッドクレジットをそのまま引き継ぎ、メディアによって正体と汚名を同時に暴かれたピーター・パーカーの、その数秒後から幕を開ける。「誰も自分のことを覚えていない世界にしてほしい」――彼が口にしたその願いは、なぜ五人のヴィランを呼び寄せ、さらにもう二人の自分自身までも引き寄せ、やがて自らの存在を世界から消し去るという結末へとたどり着いてしまうのか。本作はおよそ二時間半をかけて、その顛末をじっくりと描いていく。
プロローグ
本編は、ジャンプスタジオの『デイリー・ビューグル』が独占公開した、ミステリオ最期の編集映像から幕を開ける。J・ジョナ・ジェイムソン(J・K・シモンズ)の絶叫めいた論評を添え、ロンドン橋上での戦闘を捏造した映像と、息絶える直前のクエンティン・ベックがスパイダーマンの正体を『ピーター・パーカー』と名指しする音声が、世界中の街頭スクリーンに流れていく。その瞬間、MJ(ゼンデイヤ)とビューグル本社前に立っていたピーターは、ニューヨーク中の通行人から一斉にカメラを向けられる人物へと変わる。
反射的にMJを抱えてビルを跳び、いつものスウィングで逃げ出すが、駅にも地下鉄にも路上にも、いたるところに『スパイダーマンは殺人犯だ』のプラカードが掲げられている。叔母メイ(マリサ・トメイ)の家には連邦捜査局(FBI)と地方検事局の捜査員が踏み込み、ピーター、MJ、ネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)、メイ、さらに恋人ハッピー・ホーガン(ジョン・ファヴロー)までもが身柄を取られ、事情聴取を受ける。担当するのは大物弁護士マット・マードック(チャーリー・コックス)。彼は『君は人を殺していない。それで終わりだ』とピーターに告げ、どこからか投げ込まれた煉瓦を見えない動きで片手で受け止めてみせる——登場こそ一瞬だが、『デアデビル』としての能力を観客に示す名刺代わりのシーンだ。
法的責任こそ免れたものの、世間の好奇と憎悪は消えない。アパートを追われた一家はハッピーの部屋に転がり込み、ピーターは大学進学のための共通入試(MITやハーバードへの出願)に集中しようとする。だが、合否通知の代わりに届いたのは大量の不合格通知だった。MJ、ネッド、そしてピーター本人——『正体に巻き込まれた』ことを理由に、3人全員の合格が取り消されてしまう。深く落ち込んだピーターは、ある一夜、ニューヨークの聖域『サンクタム・サンクトラム』へ駆け込み、ドクター・スティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)の力に頼ろうと思い立つ。
呪文の暴発
サンクタムを訪ねたピーターは、『世界中の人々から、スパイダーマンの正体がピーター・パーカーだという記憶を消してほしい』とストレンジに頼み込む。ストレンジは記憶を選んで消す呪文として、サノス戦のあと封印していた古いルーン魔術『ルーンズ・オブ・カフ=カウル』を取り出し、地下の円形ホールで詠唱を始める。だが、これを見ていたソーサラー・スプリームのウォン(ベネディクト・ウォン)は強く反対し、『これは禁術だ、やめろ』と警告して立ち去ってしまう。
詠唱が進むうち、ピーターは『MJには覚えていてほしい』『ネッドには』『メイ叔母さんには』『ハッピーには』と、次々に例外を付け加えていく。ストレンジが封じ込めようとする呪文は、条件が加わるたびに不安定さを増し、結界の魔法陣は四方八方へと広がっていく。そして箱の中へ押し込まれる直前、呪文は現実そのものに微細な亀裂を残してしまう。ストレンジは『君は呪文を台無しにした。何が起きるか分からない』と冷静に告げ、ピーターを家へ帰す。
翌朝、ピーターはMITの担当副学長フランクリン・ウィッターズが街に来ていると知り、直接訪ねて再考を求める。橋の上で交渉していると、突然青い電撃が走り、見覚えのない男が現れる。眼鏡をかけ、白衣を翻し、機械式の触手にぶら下がりながら『ピーター……?』と呟くドクター・オットー・オクタヴィアス/ドック・オク(アルフレッド・モリーナ)だ。サム・ライミ版三部作の第2作『スパイダーマン2』(2004)から、そのまま運ばれてきた別宇宙のヴィランである。
ドック・オクとの市街戦のさなか、ピーターのアイアン・スパイダー風スーツのナノテクが触手を制御し、オクタヴィアスは無力化される。だが同じ場所に、緑色の閃光とともに『スパイダーマン』(2002)のグリーン・ゴブリン/ノーマン・オズボーン(ウィレム・デフォー)のグライダーと笑い声が現れる。ゴブリンは『助けてくれ、何が起きたのか分からない』とだけ叫び、姿を消す。ピーターは捕えたドック・オクを連れ、ハッピーが手配した安全な避難先——マーク・スタイン・ビルディング地下のダムドール社施設へと移送する。
5人のヴィランと、ストレンジの怒り
サンクタムに戻ったピーターは、ストレンジから真相を聞かされる。あの暴発した呪文は、あらゆる宇宙の「スパイダーマンの正体がピーター・パーカーだと知る者」を、ことごとくこの宇宙へ引き寄せてしまったのだ。すでに『スパイダーマン2』のドック・オク、『スパイダーマン』のグリーン・ゴブリン、『アメイジング・スパイダーマン2』(2014)のマックス・ディロン/エレクトロ(ジェイミー・フォックス)、『アメイジング・スパイダーマン』(2012)のカート・コナーズ博士/リザード(リス・エヴァンス)、そして『スパイダーマン3』(2007)のフリント・マルコ/サンドマン(トーマス・ヘイデン・チャーチ)——この五人が、それぞれの世界で死を迎えた瞬間、あるいはその直前から、無造作にこの宇宙へ転送されてきていた。
ストレンジは、五人を捕らえて「元の世界」へ送り返すための小さな匣、マキナ・ディ・カダバスをピーターに託す。ピーターと友人たちは、安全な施設へ全員を一人ずつ拘束していく。エレクトロは送電網に紛れていたところを、サンドマンは自由の女神の足元で、リザードはセントラルパーク周辺で——タイガースタジアム改修現場をめぐる激しい追走の末に捕らえられた。連れ込まれた地下牢に集められた五人は、やがて、それぞれの記憶のままに思い当たる。「元の世界に戻れば、自分は数分後に死ぬ」のだと。
ここで物語は決定的に分岐する。メイ叔母はピーターを諭す。「元の世界に送り返すということは、彼らの死を確定させることだ。彼らはまだ治療できるかもしれない。スパイダーマンはそうあるべきだ」と。穏やかに、しかしきっぱりと彼女が差し出すのが、シリーズの根幹をなす台詞——「With great power, there must also come great responsibility(大いなる力には、大いなる責任が伴う)」である。ピーターは、ストレンジから預かった匣を一時的に隠し、五人のヴィランを地下で「治療」する道を選ぶ。
ストレンジは激怒する。ミラー次元での対決の末、ピーターを地下牢へ封じ込めようとするが、ピーターは数学(幾何学)の感覚を活かして魔法陣を解体してみせる。最後はストレンジの首からティモシー・スリングリングを奪い、先に脱出する。「これはやめろ」——そう言い残したストレンジは、ミラー次元の中に取り残されるのだった。
治療と、メイ叔母の死
ピーターは、ハッピーが用意したスターク・インダストリーズ系の研究施設で、ネッドとMJとともに、五人のヴィランをそれぞれの病から治す作業に取りかかる。まず成功するのはドック・オクだ。首の後ろのインヒビター・チップが破損していたため、ピーターが新型チップで上書きすると、温厚な学者だった頃のオクタヴィアス博士が戻ってくる。続いてサンドマンには『家へ帰る装置』を、リザードには人間の姿に戻す血清を用意し、エレクトロには電子的に束縛する装置を仕込む——そんな算段を立てていく。
ところが五人のなかには、もう一人が潜んでいた。『君は誰だ、彼を信じるな』と、内側からノーマン・オズボーンに囁き続けてきた『グリーン・ゴブリン人格』である。ゴブリンは治療の機械を破壊し、『ピーター・パーカー、君は弱い、君は世界を救うつもりで、自分の人生を捨てている』と嘲りながら、エレクトロを煽って反乱を起こさせる。エレクトロはアーク・リアクターの破片に触れて出力を爆発的に高め、サンドマンは砂と化して脱走、リザードは元の獣性を取り戻して施設から逃げ出す。
一方、アパートに残ったメイは、ノーマンと一対一で向き合う。彼女はまず、ノーマンの『元の人格』が助けを求めていることに気づく。避難所まで連れていって食事を与え、一人の人間として扱う——本作で最も静かな選択だった。だが、グリーン・ゴブリンが完全に表へ出たノーマンは、メイの目の前でグライダーを呼び寄せ、爆弾を投げつける。半壊した部屋でピーターと対決した末、最後の隙を突いてメイの背中に深い傷を負わせ、飛び去っていく。
倒れたメイをピーターは抱きかかえる。サム・ライミ版の旧三部作におけるベン叔父さんの最期を反復する構図のなかで、メイは『大いなる力には、大いなる責任が伴う……それを忘れないで』と囁いて息を引き取る。叔母を喪い、自分の選択が彼女を死なせたと悟った瞬間、ピーターは初めて『スパイダーマンであること』を後悔する。本作の物語は、ここから完全に色を変えていく。
3人のスパイダーマン
途方に暮れ、屋上で涙を流すピーターの隣に、ネッドとMJが腰を下ろす。ネッドは騒動のさなか、ストレンジから奪い取ったスリング・リングをとっさに握りしめていた。「ピーターに会いたい」と念じると、目の前に金色のポータルが開く。サンクタムでは届かなかったその力が、いまは働いている。ネッドが二度目に「ピーターを連れてきて」と念じると、ポータルから別の人物が姿を現す——5年ぶりにスパイダーマンの衣装をまとった『アメイジング』シリーズのピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)である。
驚く一同の前で、ポータルがもう一度開く。今度は背中を丸めて入ってきたのは、サム・ライミ版三部作のピーター・パーカー(トビー・マグワイア)。「腰が痛い」と苦笑いを浮かべ、現代のニューヨークのアパートを物珍しげに見回す。長年ファンが夢に描いてきた「3人のスパイダーマン」の対面が、20年越しに、台所の片隅で実現する。
先輩格の二人は、メイ叔母を喪ったばかりのMCU版ピーターに寄り添い、それぞれが背負ってきた喪失を語る。ライミ版は「強盗を見逃したせいで、自分がベン叔父さんを死なせた」と打ち明け、アメイジング版は「恋人グウェン・ステイシーを、支える手が一瞬遅れて落としてしまった」と告白する。アメイジング版のピーターは「君は俺じゃない。君は誰も殺していない。君は、まだ、間に合う」とMCU版を励ます。3人は、ヴィラン全員を確実に治療し、誰も殺さずに事態を収束させる計画を立てる。ライミ版の科学知識、アメイジング版の機械工作、MCU版のナノテク——それぞれの持ち味を持ち寄った共同作戦だ。
拠点となるのは、リバティ島に立つ自由の女神。9・11以降に取り壊されていた女神像の盾と、修復用の足場が再建されているという設定で、巨大な戦場と、シリーズ三作分の象徴である高所が同時にしつらえられる。ヴィランをおびき出す「信号」には、メイ叔母を奪った「ヴィューグル」本社の近くから、3つの宇宙のピーターが力を合わせて放つ電子的な誘い込みが使われる。
自由の女神での総力戦
夜のリバティ島へ、五人のヴィランが次々と姿を現す。まずエレクトロが島の発電網に侵入し、自由の女神像が掲げる盾のまわりを電磁の嵐で包み込む。砂塵と化したサンドマンが女神の頂へ駆け上がり、リザードは地下水脈から這い出てくる。意識を取り戻したドック・オクは触手で像の鉄骨を抱きしめるが、治療を済ませたオクタヴィアス博士はいち早く味方に転じ、3人のピーターの作戦に手を貸す。そして最後に、爆弾を抱えたグリーン・ゴブリンがグライダーで舞い降りる。
戦いの中盤、アメイジング版ピーターは、墜落していくMJのもとへ間に合う速度で飛び込み、十数年前の自分が果たせなかった『落下する恋人を助ける』動きで彼女を受け止める。その眼から涙がこぼれる一瞬の静止画は、本シリーズがわずか2作で幕を閉じたことへの埋め合わせのように、観客の胸を強く打つ名場面だ。一方、ライミ版ピーターはノーマンの治療剤を投げ、サンドマンに『フリント、家に帰ろう』と語りかけて砂を鎮める。エレクトロには、アメイジング版自身が『君は本来モンスターじゃない』と諭し、その力を弱めていく。
MCU版ピーターは、メイを殺めたグリーン・ゴブリンとの最終決着へと向かう。怒りに駆られて治療剤を投げ捨て、ゴブリンを叩き殺そうとするピーター。その背後からライミ版ピーターが彼を受け止め、『やめろ、君は俺じゃない』と諭す。ピーターはぎりぎりのところで矛を収め、治療剤をノーマンに投与する。ノーマンは『……俺は何をしてしまったんだ』と崩れ落ちる。
だが、その時点ですでに、暴発した呪文と五人のヴィラン全員を引き寄せる力は限界を超えていた。現実の裂け目からは、ほかの宇宙のあらゆる『スパイダーマンを知る者』——シンビオート由来のヴェノム、トカゲ人間の群れ、ありとあらゆる敵——が、こちらの世界へと流れ込み始める。やがて空が割れ、無数のシルエットと化した暗い影が、リバティ島の上空へと降りてくる。
最終呪文
ミラー次元から抜け出してきたストレンジが、最後の手段を持ちかける。ピーター・パーカーという人物の存在を、この宇宙のすべての人間の記憶から消し去る——その呪文を空中で完全に展開しきれば、他の宇宙からやってきた者たちは「自分たちの世界のスパイダーマン」を思い出し、おのずと元の宇宙へ帰っていく。だが、その代償は重い。こちらの宇宙では、もはや誰一人としてピーター・パーカーを知る者がいなくなる。
メイ叔母を喪ったばかりのピーターには、もはや守るべき「家族の暮らし」が残っていない。そのことを、彼自身が痛いほど自覚している。最後にMJの腕を取り、『俺を必ず探す。覚えていなくても、必ず、君の前にもう一度立つ』と約束する。ストレンジが呪文を展開すると、空に渦巻いていた裂け目が閉じていく。アメイジング版とライミ版のスパイダーマンはそれぞれの宇宙へ、五人のヴィランもまたそれぞれの時点へと戻されていく。ノーマンは『お前は——本当にすごい子だった』と最後に告げ、ピーターの前から消えていった。
数週間後、制服姿のピーターがミッドタウンのコーヒースタンドへ入り、MJの働く店のカウンターでオーダーしようとする。だが、MJは彼のことをまるで覚えていない。ピーターは『……何でもない、ありがとう』とだけ告げ、静かに店を後にする。同じ午後、ネッドとMJが二人そろってMITへ進学する話を交わしている。その傍らを、ピーターは見えない他人として通り過ぎていく。
家に帰ったピーターは、メイ叔母の墓前に立つ。ハッピー・ホーガンとも、初対面のやり取りを交わす。屋上へと上ったピーターは、自ら縫い上げた、装飾も機械的補助も少ない、布地の青と赤のスーツに袖を通す。本作のラストカットは、もはや誰の記憶にも残らない「新しい」スパイダーマンが、ニューヨークの空へただ一人で泳ぎ出していく後ろ姿だ。こうしてMCUは、トニー・スタークの遺産も、ニック・フューリーの後ろ盾も、メイとの暮らしも持たない、「ゼロから」のスパイダーマンを手にすることになる。
ミッドクレジット/ポストクレジット
ミッドクレジット・シーンの舞台は、メキシコのビーチバー。『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(2021)のポストクレジットでMCU世界へ流れ着いた記者エディ・ブロックと、その身に宿るシンビオート、ヴェノム(トム・ハーディ)が、CNN風の街頭ニュースを前に「過去5年の出来事」を必死に理解しようとする。別宇宙からの来訪者として笑いを誘いながら、世界観を整理していく滑稽な数分間だ。やがてマルチバースの裂け目が閉じる瞬間、エディとヴェノムは元の宇宙へと吸い戻されていく——が、ヴェノムは小さな黒い共生体の塊を、バーのカウンターに置き忘れる。これがMCU世界に残された「最初のシンビオート」として、後の物語への伏線となる。
ポストクレジット・シーンには、サム・ライミ監督の次作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)の本予告が用いられた。Web上に同日公開された約3分の映像が、そのまま劇場版にも組み込まれている。鏡の世界で叫ぶストレンジ、ダークホールドを開くワンダ・マキシモフ、そして別宇宙の自分自身と対峙する未来が、短く提示される。MCUのマルチバース・サーガは、本作の余韻を抱えたまま、ここから次のフェーズへと突入していく。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、過去シリーズからの来訪者も含めて整理しておこう。三つの実写スパイダーマン・シリーズの遺産が一つの宇宙で交わるため、組織や用語の層がシリーズ随一に厚い。
- ピーター・パーカー/スパイダーマン(MCU版/トム・ホランド)
- MJ(ミシェル・ジョーンズ)
- ネッド・リーズ
- メイ叔母
- ハッピー・ホーガン
- ドクター・スティーヴン・ストレンジ
- ウォン
- マット・マードック/デアデビル(カメオ)
- J・ジョナ・ジェイムソン
- ノーマン・オズボーン/グリーン・ゴブリン(『スパイダーマン』2002)
- オットー・オクタヴィアス/ドック・オク(『スパイダーマン2』2004)
- フリント・マルコ/サンドマン(『スパイダーマン3』2007)
- マックス・ディロン/エレクトロ(『アメイジング・スパイダーマン2』2014)
- カート・コナーズ/リザード(『アメイジング・スパイダーマン』2012)
- ピーター・パーカー/スパイダーマン(サム・ライミ版/トビー・マグワイア)
- ピーター・パーカー/スパイダーマン(アメイジング版/アンドリュー・ガーフィールド)
- エディ・ブロック/ヴェノム(『ヴェノム』シリーズ)
- マスターズ・オブ・ザ・ミスティック・アーツ(カマー・タージュ)
- サンクタム・サンクトラム(ニューヨーク聖域)
- FBI/地方検事局
- ミッドタウン高校
- デイリー・ビューグル(旧来のオフィス、ジェイムソン主宰のWebサイト)
- スターク・インダストリーズ(残務)
- ニューヨーク市マンハッタン
- クイーンズのアパート
- ハッピー・ホーガンのコンドミニアム
- ロウアー・マンハッタンの捜査局
- ハイラインの橋上シークエンス
- クイーンズボロ橋
- ミッドタウン高校屋上
- サンクタム・サンクトラム
- ミラー次元
- リバティ島/自由の女神像
- メイ叔母の墓地
- アイアン・スパイダー風スーツ(ナノテク)
- アメイジング版の機械式ウェブ・シューター
- ライミ版の生体式ウェブ
- サム・ライミ版ピーター手製の血清
- メイ叔母の手描きステッカー
- ヴィラン治療装置(インヒビター・チップ等)
- マキナ・ディ・カダバス(封印用箱)
- ティモシー・スリングリング(時を扱うスリング・リング)
- ヴェノムの黒い共生体の小片
- スパイダー・センス(『ピーター・チングル』)
- マルチバース
- ヴァリアント
- ルーン魔術(カフ=カウル)
- ミラー次元
- 記憶消去呪文
- 因果律の修正
- アンカーされた存在(『正体を知っている者』)
- ヴェノムとエディ・ブロックの帰還/取り残された共生体
- 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』本予告(ストレンジ、ワンダ、アメリカ・チャベス、シナリオ断片)
11主要登場人物
本作は、トム・ホランド版ピーターから『最後の家族』を奪い去り、別の宇宙から呼び寄せた『もう二人の自分』との対面を描くことで、シリーズ全体に流れる継承と喪失を浮かび上がらせる物語である。ヴィランも、歴代のピーターたちも、それぞれが20年分の歴史を背負って同じ画面に立つ。
ピーター・パーカー/スパイダーマン
本作のピーターは、物語の幕開けで「有名人」となり、結末では「誰にも知られない人物」へと転じる。シリーズで最大の振れ幅を経験するヒーローである。アイアン・スパイダー風スーツとナノテクという「トニー・スターク仕込み」のおもちゃは、メイの死を経て徐々に剥がれ落ちていく。そして最後、ピーターは布地でできた青と赤の素朴なスーツへと自ら着替える。MCUのスパイダーマンが「次のアイアンマン」であることをやめ、本来のスパイダーマンへと立ち返る瞬間として、この結末は見事に機能している。
ホランドは本作で、シリーズで最も激しく揺れる感情を演じ分けてみせた。メイを失う場面の絶叫、ノーマンへ飛びかかる怒り、トビー・マグワイアに肩を抱かれて崩れ落ちる弱さ、そしてMJに「俺を必ず探す」と告げる別離の静けさ——その振幅の大きさが評価され、Saturn Award最優秀主演男優賞のノミネートを獲得した。三部作のなかでも、彼のピーターがついに「大人の傷を負ったヒーロー」へと変わる、決定的な一作と言えるだろう。
ドクター・ストレンジ/スティーヴン・ス…
ソーサラー・スプリームの座をウォンに譲った直後、マンハッタンに独り暮らす中堅魔術師として姿を見せる。子供じみたピーターの願いを面白がって引き受ける軽やかさと、暴走した呪文を箱に封じ込めるため自らの命を賭ける重さ——その両極を行き来してみせる。ミラー次元でピーターを叱責する場面では、MCUにおけるストレンジ像の幅を一気に押し広げた。
『教師』としてのストレンジが、ピーターに『君が選ぶしかない』と言い切らせる。この構成は、続編『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』の主題——マルチバースとは結局、ひとりの選択が宇宙を生む——への伏線として強く効いている。
メイ・パーカー
シリーズ4作目にして、『大いなる力には大いなる責任が伴う』という、かつてのキャッチフレーズがついにメイ叔母の口から語られる。だが本シリーズは、この台詞をベン叔父さんの遺言としては描かない。避難所のキッチンでヴィランたちに食事をふるまいながら、『治せるなら治せばいい』と諭す——共生と再生の信念として、メイに言い直させたのだ。
メイの死は、本作で最も鋭い分岐点となる。彼女を喪った瞬間、ピーターは自らの選択が叔母の人生を奪ったと悟り、ここで初めて『英雄であることを後悔する』。トメイはシリーズで最も短い登場時間に最も大きな喪失を背負い、ホランド版三部作全体の感情的な支柱となっている。
MJ/ネッド・リーズ
MJは、ピーターの正体が世界中に晒された直後、自らも大学合格を取り消され、街でカメラに追われる身となる。それでもピーターを庇い続けた。リバティ島での落下の場面では、本シリーズ版のMJを、アメイジング版ピーターの「間に合う手」が救う。世代を超えた贖罪がそこに組み込まれている。
ネッドは本作で、ストレンジから盗み取ったスリング・リングを偶然にも使いこなしてしまう。このコメディが起点となり、3人のスパイダーマン共演を物語として成立させる導線を担う。アメイジング版とライミ版を呼び寄せ、台所で彼らをまとめるのは、結局のところピーターのオタクの親友だった——シリーズの優しさが、この役柄に凝縮されている。
5人のヴィラン
ウィレム・デフォーが演じるグリーン・ゴブリンは、20年前の演技を少しも緩めない。同じ役者が同じ役を再び演じることの異様な迫力が、本作でも全開だ。治療を拒み、メイを手にかけ、やがて治療剤によって人格を取り戻す。そして『俺は何をしたんだ』と崩れ落ちる——あの場面は、デフォーが20年前から温めてきた『ノーマンが自分自身を直視する』瞬間として読み解ける。
アルフレッド・モリーナのドック・オクは、本作で最も早く治療されて味方につき、自由の女神での総力戦では4本の触手を操って別宇宙のピーターを支える。ジェイミー・フォックスのエレクトロは、青い肌のCG処理を脱ぎ、本来の俳優の顔のまま登場する。『今度こそ普通の人間に見える状態でやらせてくれ』——シリーズの、いわば再交渉をその姿で体現してみせる。リス・エヴァンスのリザードと、トーマス・ヘイデン・チャーチのサンドマンは、いずれもCGの比重が大きい役柄だ。だが二人とも『家族の元に帰りたい人』として描かれ、最後には治療される。本作のヴィランは、誰一人『敵』のままでは終わらない構造になっているのだ。
もう二人のピーター
トビー・マグワイア演じるピーターは、サム・ライミ版三部作(2002/2004/2007)から呼び寄せられた。手首から自前の糸を放つ生体式のウェブ・シューターを持ち、結婚こそしていないものの、MJ・ワトソンとの関係を続けている設定だ。穏やかな人柄で、現代のスマートフォン文化に戸惑う姿も見せる。若いMCU版ピーターの肩を抱き、『俺はベン叔父さんを失った。お前の気持ちはわかる』と語りかける場面が印象に残る。
アンドリュー・ガーフィールド演じるピーターは、『アメイジング・スパイダーマン』2作(2012/2014)から呼ばれた。こちらは機械式のウェブ・シューターを使い、亡くしたグウェン・ステイシーへの罪悪感を背負っている。自由の女神でMJを受け止める場面は、彼が10年来抱え続けてきた『落とした手』を取り戻すための祈りのようにも見える。本作は二人の俳優にとって、それぞれが演じきれなかったシリーズへの公式な『お別れの儀式』として機能している。
舞台と用語
舞台となるのは、本三部作で繰り返し描かれてきたクイーンズとマンハッタンだ。そこに、サム・ライミ版三部作と『アメイジング』シリーズの象徴だった“高所の戦場”——本作では自由の女神像の修復足場——が組み合わされる。観客が目にするのは、ライミ版のクイーンズボロ橋、アメイジング版のオスコープ・タワー、MCU版のクイーンズの住宅街、そして全シリーズに共通する“ニューヨーク上空のスウィング”が、一本の映画のなかで途切れずつながっていく瞬間である。
用語の面で鍵を握るのは、マルチバース、ヴァリアント、ミラー次元、スリング・リングだ。いずれもディズニー+ドラマ『ロキ』とドクター・ストレンジ・シリーズで導入された概念だが、“過去の映画から実物の俳優が現実に現れる”という形で観客に体験させるのは、本作が初めてとなる。“正体を知っている者は宇宙のなかで結びつけられている”という設定は、本作のために再び定義し直されたものだが、のちの『マルチバース・オブ・マッドネス』『デッドプール&ウルヴァリン』でも、同じルールが部分的に受け継がれている。
関連リンク
19制作
本作は、ソニーとマーベル・スタジオの共同体制で進められた三部作の完結編であり、2020年から2021年にかけて、極秘というほかない厳重な体制のもとで製作された。新型コロナウイルスのパンデミックが猛威を振るう最中での撮影に加え、過去2作の主演俳優が演じた“旧スパイダーマン”2人を登場させるという、シリーズ史上最大級のサプライズを抱えていた。台本の流出をいかに防ぐか、そして現場の安全をいかに守るか。この二つが、シリーズでも屈指の難題として製作陣にのしかかった。
企画と脚本
脚本のクリス・マッケナとエリック・ソマーズは、前作までと同様にテレビアニメ『ファミリー・ガイ』や『コミュニティ』出身の書き手であり、青春コメディの呼吸を巨大なフランチャイズへ移し替える仕事を一貫して担ってきた。本作ではケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル、ジョン・ワッツとともに、まず「正体を世界に知られた直後のピーターが、ストレンジに記憶消去を頼みに行く」という出発点を最初期に固めた。そこから「その呪文が暴発したら何が飛び出すか」と逆算する形で、5人のヴィランと2人の旧スパイダーマンを呼び寄せる構造を組み上げたという。これは後の公開インタビューで明かされている。
サム・ライミ版とアメイジング版を実際に呼び戻すかどうかは、企画段階で長く揺れ続けた。製作陣は「出さない版」「片方だけ出す版」「3人とも出す版」の脚本断片を並行して書き進め、リハーサルとプリビジュアル化の双方で同時に走らせていたとされる。最終的にトビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの両者が出演を快諾し、3人版が正規シナリオとして確定した。
キャスティング
本作最大の達成は、過去のシリーズに登場した5人のヴィラン役——ウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、リス・エヴァンス、ジェイミー・フォックス——を、全員、本人のまま呼び戻した点にある。デフォーは「2002年に演じたノーマンを、何の妥協もなく、もう一度演じたい」と語り、アクションシーンの本数を保証することを条件に出演を承諾した。モリーナもインタビューで、「あの触手の重さの感覚を、自分の身体に覚えなおすまでに数週間かかった」と振り返っている。
もう二人のピーター役——トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールド——をめぐっては、製作のごく終盤まで非公式の交渉が続いたという。撮影現場では「シニア・パーカー」「ジュニア・パーカー」といったコードネームで呼ばれていたとも伝えられる。マット・マードック役のチャーリー・コックスのカメオ出演も見逃せない。Netflix版『デアデビル』をMCUの正史へ正式に組み込む最初の合図であり、本作以後の『デアデビル:ボーン・アゲイン』『シー・ハルク:ザ・アトーニー』へと直結する重要な布石となった。
撮影
主要撮影は2020年10月から2021年3月にかけて、ジョージア州アトランタのトリリス・スタジオを拠点に行われた。ニューヨーク市内の橋や地下鉄、路上のシーンは、現地のセカンドユニットによる撮影と、アトランタのバックロットに組んだ大掛かりなセットでの撮影を組み合わせて作り上げた。自由の女神像の修復足場のセットは、アトランタ近郊のサウンドステージとロサンゼルス郊外の屋外スタジオに分けて建造し、上空で繰り広げられるヴィラン同士の対決をCGで重ね合わせている。
新型コロナウイルスのパンデミック下での撮影とあって、現場では検査体制と隔離期間が厳格に運用された。サプライズ要素の漏洩を防ぐため、出演者の出入りそのものをコードネームで管理する徹底ぶりだった。トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの撮影スケジュールは、それぞれ別のスタジオに分けて段取りを組み、共演シーンのみ最終的に合流させた。ジョン・ワッツが公開後のインタビューでそう明かしている。
視覚効果
視覚効果は、Sony Pictures Imageworks、Digital Domain、Framestore、Luma Pictures、Scanline VFXなど複数社が分担して手がけた。サンドマンの体表を覆う砂粒のシミュレーション、リザードの表皮と筋骨格、エレクトロが放つ電磁の発光。いずれも過去シリーズの画作りを踏まえつつ、現代の解像度に合わせて全面的に作り直されている。
ストレンジの呪文が暴発する場面や最終決戦の魔法陣には、Method、Framestore系の流体シミュレーションが大規模に投入された。夜のリバティ島の上空に『あらゆる宇宙のスパイダーマンの敵』の影が浮かび上がる壁面ショットでは、過去シリーズに登場したヴェノム、ライノ、スコーピオンらのシルエットをそれとなく忍ばせる演出も試みられている。第94回アカデミー賞では、視覚効果賞にノミネートされた。
音楽と音響
マイケル・ジアッキーノは、前作『ホームカミング』『ファー・フロム・ホーム』のスコアをそのまま受け継ぎつつ、本作のために新たなアレンジを加えた。サム・ライミ版三部作でダニー・エルフマンが手がけたメインテーマ、そしてアメイジング版でジェイムズ・ホーナーが書いたテーマを、それぞれ控えめながらも明確に再び引用してみせる。3人のピーターが集結する場面では、3つの主題が短いフレーズで立て続けに鳴り響く。シリーズの歴史を一音で抱きしめるかのような構造に、思わず胸が熱くなる。
音響面でも工夫は細やかだ。ピーターのウェブ・シューターが放つ射出音、ドック・オクの触手が床を打つ重い金属音、ヴェノムの低い喉鳴り——いずれも過去のシリーズの音響デザインを下敷きにしながら、現代のDolby Atmos環境に合わせて録り直されている。息を切らすホランドの吐息、メイが最期に漏らす囁き、そして誰もいなくなったアパートの静寂。その繊細な音の設計が、ヒーロー映画でありながら、人を喪う場面の重みをしっかりと支えている。
編集と秘密保持
編集は、リー・フォルサム・ボイドとジェフリー・フォードが分担した。約148分の本編に5作分のシリーズの『情念』を詰め込むという無理な要請を前に、編集陣は『治療パート』『3人のピーターの邂逅』『自由の女神戦』『最終呪文と別離』の四つを長尺の感情ブロックとして配置し、ヴィランの戦闘シーンは必要最小限まで削り込んだ。
秘密保持の徹底ぶりは、現代のフランチャイズ映画でも例外的だった。台本は分割して配られ、サプライズの場面では俳優ごとに受け取るバージョンが違ったと伝えられる。トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの出演は、公開直前のプレミア試写でも公式には認められず、観客が劇場で初めて二人と出会う体験そのものが、本作の見どころとして守られたのである。
26公開と興行
全米では2021年12月17日、日本では2022年1月7日に公開された。新型コロナウイルスのパンデミックで前年の劇場興行が壊滅状態に陥るなか、本作は公開初週末に全米で1.5億ドル超、全世界で5.8億ドル超を稼ぎ出し、コロナ禍以降では最大級のオープニングを記録する。最終的な興行収入は全世界で約19.2億ドル(再公開分を含む)に達した。スパイダーマン実写映画シリーズ歴代最高にして2021年の全世界興収第1位、MCU全体でも『エンドゲーム』『インフィニティ・ウォー』に次ぐ上位の成績である。
賞レースでも存在感を示した。第94回アカデミー賞では視覚効果賞にノミネートされ、サターン賞ではファンタジー映画作品賞を受賞、MTVムービー&TVアワードでは『最優秀映画賞』を含む複数部門を制している。批評集計サイトでもシリーズ過去作と比べて最上位クラスの評価を獲得し、観客スコアはMCU全作品のなかでも極めて高い水準に達した。
2022年9月には、約11分の未公開・追加映像を加えた再上映版『Spider-Man: No Way Home – The More Fun Stuff Version』(邦題『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム ENCORE』)が世界各国で公開され、再び興行ランキングの上位に返り咲いた。再上映だけで世界興収に約6千万ドルを上乗せし、その後はDisney+やAmazon Prime Videoなどへの配信展開と物理メディア化が進められた。
版の違いと拡張版
2022年9月に公開された再上映版『The More Fun Stuff Version』では、劇場公開版には収められなかったキャラクター描写やコメディシーン、余韻を残すカットが追加された。アンドリュー・ガーフィールド版ピーターが路上強盗を阻止する場面、トビー・マグワイア版ピーターと若きMCU版ピーターが互いの体質について語り合うやりとり、メイ叔母の死後にハッピーが姿を現す別バージョンなどを収録。3人のピーターの共演を、より深く味わえる構成になっている。
物語の大筋は劇場版と変わらず、新たな場面は「余韻」「再会のディテール」「コメディ」を補強する位置づけだ。日本では『ENCORE』として再上映され、その後は配信でも「拡張版」として楽しめる。劇場版が映画体験そのものの完成形だとすれば、ENCORE版は本作のファンブックを開くような再訪の体験に近い。
28批評・評価・文化的影響
本作は、批評家からも観客からもシリーズ屈指の高い評価を獲得した。ジョン・ワッツが手がけた三部作のなかでも、青春映画らしい瑞々しいトーンと激しい感情の振れ幅、シリーズの遺産との対話、そして3人のピーターが顔をそろえるという史上最大級のファンサービスを一本に同居させてみせた。その構成は、現代の超大作映画が立つべき一つの基準点として語られている。サム・ライミ版とアメイジング版の俳優を本人役として再び招き入れた手法は、続く『デッドプール&ウルヴァリン』などほかのフランチャイズが手がける「レガシー・シークエル」の流れにも、はっきりとした影響を残した。
文化的な側面では、メイ叔母の口から語られる名台詞『With great power, there must also come great responsibility(大いなる力には大いなる責任が伴う)』を、ベン叔父さんの遺言から「叔母の願い」へと書き換えた点が、シリーズの世代論として大きな話題を呼んだ。コロナ禍以降の劇場興行を救った最大の一本としても歴史に刻まれており、IMAXや4D/MX4D版を同時に展開し、3週連続で興行収入1位を記録するなど、興行のあり方そのものを塗り替えた事例として、いまなお参照され続けている。
舞台裏とトリビア
トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの出演は、撮影中も完成試写でも公式には認められず、公開直前の予告編や宣伝物に2人の姿が映ることは一切なかった。両者は本作のために再びウェブ・シューターと衣装を身にまとい、ホランドとの3ショットを撮影した日には、現場のスタッフのあいだに特別な空気が流れたという。その日はスタッフから『ヒストリック・サーズデイ』と呼ばれたと、ワッツが公開後に明かしている。
ウィレム・デフォーは、自らの希望でグリーン・ゴブリンのマスクを着けず素顔で演じる場面を多く取った(後半は割れたマスクと白髪のメイクで臨んでいる)。20年前と同じ動きでグライダーにまたがるスタントも、自身で演じきった。一方のアルフレッド・モリーナは、ドック・オクの触手を操るために当時より軽量化されたCG用ハーネスを装着。加齢による腰の負担を、逆に役柄へと取り込んでみせた。
メイ叔母が最期に残す台詞『大いなる力には大いなる責任が伴う』は、シリーズ4本目にして初めて、MCUの実写映画で正式に発話された『あの台詞』のバージョンである。ピーターが結末で身につけるシンプルな青と赤の手作りスーツについて、衣装デザインのサンジャ・ミルコヴィッチ・ヘイズは、コミック『アルティメット・スパイダーマン』初期の意匠を参考にしたと語る。ヒーロー像を一度ゼロに戻すため、いわば『家庭科の道具で作った』スーツとしてデザインしたのだという。
ミッドクレジット・シーンでヴェノムが取り残す共生体の小片は、ソニーとマーベル・スタジオの登場権利の調整によって本編内に残されたものの、その後の本筋では今のところ大きな伏線回収はなされていない。ポストクレジット・シーンは『マルチバース・オブ・マッドネス』の本予告となっており、MCUとしては初めて、ある作品の終わりが別の作品の予告へと置き換わる演出となった。
30テーマと解釈
本作の中心にあるのは「継承」だ。MCUのピーター・パーカーは、トニー・スタークから受け継いだナノスーツも、ニック・フューリーが守ろうとした世界の秘密も、ハッピー・ホーガンの後見も、メイ叔母との暮らしも、物語が進むにつれて一つずつ剥ぎ取られていく。それは喪失であると同時に、「継承された装備の上に立つヒーロー」だったピーターが、「たった一人で立つスパイダーマン」へと生まれ直すための儀式でもある。手縫いの青と赤のスーツに身を包むラストカットは、その出生届に等しい。
もう一つの軸は「過去との和解」である。サム・ライミ版とアメイジング版のピーターは、それぞれ「叔父を救えなかった罪」「恋人を落としてしまった罪」を抱えたまま、10年、20年と生きてきた人物として姿を現す。彼らがMCU版ピーターの肩を抱き、「俺たちは、君を一人にしない」と語りかける場面は、観客にとって「打ち切られたシリーズの主役にも、ちゃんとした終わりの言葉が用意されていた」という、メタな救済として響く。ヴィラン側も同じだ。敵を一人残らず殺すのではなく治療するというシリーズ初の選択によって、本作は過去シリーズに残された「未解決の死」を一つずつ書き直していく。
そして本作は、もう一つの問いを残す。「誰にも知られないままヒーローでいられるか」という問いだ。世界中の人々の記憶からピーター・パーカーが消え、MJもネッドも彼を覚えていない結末は、MCUにとって極めて異例の重さを持つ。次のフェーズでこのピーターがどう描かれるのか――その問いを、本作はあえて開いたまま閉じる。マルチバースという仕掛けの華やかさの裏で、本作が本当に語っているのは、力と責任、そして「誰にも知られないことの誠実さ」という、シリーズの原点回帰そのものなのである。
31見る順番
初見であれば、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』(2016)、『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)の順に観てから本作へ進むのが、物語の重みをもっとも自然に受け取れる順序だ。ピーター個人の物語に絞るなら、『ホームカミング』『ファー・フロム・ホーム』の二作を押さえて本作に臨めば十分に成立する。
本作の先には、ポストクレジットと直接つながる本筋として『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)が控える。さらにディズニープラスの配信ドラマ『ロキ』『ホワット・イフ…?』『ミズ・マーベル』『シーハルク』を経て、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』『デッドプール&ウルヴァリン』へと、マルチバース・サーガが続いていく。
32よくある質問
『あらすじだけ知りたい』という読者には、おおよその流れを押さえれば十分だ。正体を暴かれたピーターは、ストレンジに記憶消去を依頼する。ところが呪文が暴発し、過去シリーズの5人のヴィランと2人のスパイダーマンが呼び寄せられてしまう。最終的にピーターは『世界からピーター・パーカーの記憶を消す』ことを選び、事態を収束させる。『結末・ネタバレを知りたい』向けには、メイ叔母の死、グリーン・ゴブリンの治療、世界からピーターを消す最終呪文、そして誰にも知られないままニューヨークの空へ戻るラストカットまでが核となる。
『過去のスパイダーマン映画を観ていなくても楽しめるか?』。この問いへの答えは、『楽しめる。だが、観ていた方が圧倒的に泣ける』だ。サム・ライミ版三部作とアメイジング版2作の登場人物への愛着が、本作の感情のピークを倍増させる仕掛けになっている。可能なら旧シリーズも履修しておきたい。『The More Fun Stuff Version(ENCORE版)』は、劇場版を観たあとのファンサービスとして味わうのがいい。3人のピーターが交わす会話の細やかなディテールを存分に楽しめる。
33参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、制作・配信の状況、外部からの評価は変動しうるため、視聴前に公式サイトおよび各データベースの最新情報を確認されたい。本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語記事として構成したものである。