サム・ライミがマーベル・スタジオへ帰還し、『ワンダヴィジョン』で目覚めたスカーレット・ウィッチを真正面から悪役に据えて描く、MCU初の本格ホラー寄りスーパーヒーロー映画。多次元宇宙の扉が完全に開き、ワンダのダークホールド汚染、Earth-838のイルミナティ皆殺し、ストレンジ自身の暗黒化までを一本で描き切った、フェーズ4・マルチバース・サーガの転回点。

基本データ 2022年・サム・ライミ監督

マーベル・スタジオ製作、ディズニー配給。『死霊のはらわた』『スパイダーマン』三部作のサム・ライミが約10年ぶりに長編へ復帰し、『ロキ』ヘッドライター出身のマイケル・ウォルドロンが脚本を担当。MCU初の本格的ホラー演出が画面全体に流れ込み、上映時間は126分。米国MPAレーティングはPG-13ながら、グロテスクな死体描写と心霊描写によりMCU内で最も恐怖映画寄りに振り切れた一本。

物語上の位置 『ノー・ウェイ・ホーム』直後と『ワンダヴィジョン』の続き

本編は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の直後にあたる現代パートと、Disney+ドラマ『ワンダヴィジョン』終盤でダークホールドへ手を伸ばしたワンダ・マキシモフのその後を、同時に正史化する一本。Earth-616とEarth-838、廃絶された複数の時間軸を横断し、続く『マルチバース・サーガ』の地ならしを担う。

受賞・評価 全世界9.5億ドル超とMCU初のホラー寄り賛否両論

全世界興収は約9億5500万ドル、米国内興収は約4億1100万ドル。MCUがコロナ後に劇場へ完全復帰した一作目級のヒットとなり、米国初週末は約1億8770万ドル。批評集計サイトの批評家評は70%台、メタスコアは60点前後、CinemaScoreはB+。サム・ライミ的なホラー演出、ワンダの怪物化、イルミナティの登場をめぐって賛否がはっきり割れ、ファンの議論を最後まで温め続けた。

この記事の範囲 結末・イルミナティ皆殺し・サードアイ・ポストクレジットまで完全解説

ストレンジ・スプリームと初遭遇するシュッツアルター宇宙、クリスティーンの結婚式、ワンダの正体露見、カマー・タージ襲撃、Earth-838とイルミナティ、ブラック・ボルト/プロフェッサーX/キャプテン・カーター/キャプテン・マーベル(マリア・ランボー)/リード・リチャーズ/モルドの全員死、ドリームウォーキングと屍からの操作、ヴェスパティリアン山頂のダークホールド神殿、Earth-838のビリーとトミーがワンダを拒む結末、ダークホールドの全宇宙的破壊、ストレンジの額にひらく第三の眼、ミッドクレジットのクレア(シャーリーズ・セロン)登場、エンドクレジットのブルース・キャンベル——すべてのネタバレを前提に解説する。

目次 34項目 開く

概要

『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(Doctor Strange in the Multiverse of Madness)は、サム・ライミが監督し、マイケル・ウォルドロンが脚本を担当したアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・スタジオが製作し、ウォルト・ディズニー・スタジオ・モーション・ピクチャーズが配給した。MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)通算28作目、フェーズ4の第8作にあたり、マルチバース・サーガの第一段階を形作る重要作の一つである。2022年5月6日に米国で、日本ではそれに先立つ5月4日に劇場公開された。

本作は、ベネディクト・カンバーバッチが二度目の主演を務める『ドクター・ストレンジ』(2016)の単独続編であると同時に、エリザベス・オルセン演じるワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチの物語をDisney+ドラマ『ワンダヴィジョン』(2021)から正面で引き継ぐ続編でもある。ストレンジは『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を経て、サンクタムから多元宇宙の管理人として銀河を見守る立場にあり、ワンダはヘックスを解除しウェストビューを去ったあと、人里離れた山中の農家で『ダークホールド』の禁断の魔導書と独り対峙していた。両者の地点を結んで一本の映画にしたのが本作である。

監督のサム・ライミは『死霊のはらわた』三部作と、ソニー版『スパイダーマン』三部作(2002–2007)の作り手であり、2013年の『オズ はじまりの戦い』以来約10年ぶりの長編メガホンとなった。マーベル・スタジオは前任のスコット・デリクソンと「クリエイティブな差異」で別離したのちにライミを起用し、ホラー演出・ダッチアングル・1人称POVの強引な速度・死霊が画面外から這い寄る恐怖の作法をMCUに本格導入することを認めた。脚本のマイケル・ウォルドロンはDisney+ドラマ『ロキ』第1シーズンのヘッドライター出身で、TVA(タイム・ヴァリアンス・オーソリティ)と多元宇宙の概念をMCUに導入した当人でもある。

本記事は、シュッツアルター宇宙の冒頭、クリスティーンの結婚式、ワンダの正体露見、カマー・タージ襲撃、Earth-838のイルミナティ皆殺し、ドリームウォーキングと屍体の操作、ヴェスパティリアン山頂でのワンダ自滅、ストレンジの第三の眼開眼、二本のポストクレジットまで、結末も含めたすべてのネタバレを前提に書かれている。物語の驚きを保ちたい読者は、まず本編を観てから戻ってきてほしい。

原題
Doctor Strange in the Multiverse of Madness
監督
サム・ライミ
脚本
マイケル・ウォルドロン
原作
マーベル・コミック『ドクター・ストレンジ』
音楽
ダニー・エルフマン
撮影
ジョン・マシソン
米国公開
2022年5月6日
上映時間
126分
ジャンル
スーパーヒーロー、ダーク・ファンタジー、ホラー、マルチバース

あらすじ

以下は結末と二本のポストクレジット・シーンを含む全編のあらすじである。本作は、宇宙間を渡る能力を持つ少女アメリカ・チャベスを巡って、ドクター・ストレンジが多元宇宙を逃走し、敵対者として完全に立ち上がったワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチと対峙する物語である。

シュッツアルター宇宙の冒頭——ディフェンダー・ストレンジの死

映画は、見たことのない別宇宙の蒼く歪んだ風景から始まる。長髪に結ったストレンジ——後にディフェンダー・ストレンジと呼ばれる別宇宙の変異体——が、ポニーテール姿の十代の少女アメリカ・チャベスとともに、半透明の足場が浮かぶ崩れかけた空間を駆け抜けている。背後から追ってくるのは、巨大な単眼の悪魔と、星形のオーブを掴もうとするその触手である。

悪魔の狙いは、アメリカが胸に宿す力——恐怖を引き金にして無作為に多元宇宙の扉を開く、星形の青いエネルギー——である。ディフェンダー・ストレンジは、アメリカを守りきれないと判断した瞬間、彼女の力そのものを自分に移すべく短刀を抜く。「君を救うには君の力を奪うしかない」と告げ、襲い掛かろうとする彼を、アメリカは恐怖のあまり偶然開いた扉で別の宇宙へ転送する。ディフェンダー・ストレンジは悪魔の触手に貫かれて絶命し、アメリカの星形のオーブだけがどこか別の世界へ落ちていく。

アメリカが落下したのは、Earth-616——本編のメイン宇宙であるストレンジたちの世界、ニューヨーク・マンハッタンの大通りである。死んだはずのストレンジが、自分のいる宇宙とは違う服装と髪型で目の前にいる——その混乱を、本作はオープニング・ナレーションに頼らず、夢の語法で観客の体に滑り込ませる。

クリスティーンの結婚式と一体目の悪魔

場面は数日後の朝、Earth-616のストレンジが見ている夢から始まる。長髪のディフェンダー・ストレンジとアメリカが悪魔から逃走するあの光景が、断片的に彼の意識へ流れ込む。目覚めたストレンジはタキシードに着替え、元恋人クリスティーン・パーマーの結婚式に出席する。彼女は同僚の医師チャーリーと結ばれ、ストレンジには「自分の幸せに踏み込めない人だから」と静かに別れを告げる。MCUにおいて初めて、ストレンジが本当に「失った人」と言葉を交わす場面である。

披露宴の途中、街路でビルが裂け、目に見えない巨大な怪物が一台のタクシーを引きちぎる。ストレンジは服のまま路上へ駆け出し、マントを召喚して戦闘を開始する。怪物の正体は、シュッツアルター宇宙の悪魔——ガルガントスと名指される単眼の触手生物——で、ターゲットは逃げ惑う一人の少女、アメリカ・チャベスである。ウォン(ベネディクト・ウォン)が空中ポータルから降り立ち、二人で怪物を倒し、街路を割ったアメリカの身柄を保護する。

アメリカは混乱しながらも、自分が複数の宇宙を渡ってきたこと、追手は黒魔術で操られた悪魔の使い魔であること、夢で見たディフェンダー・ストレンジは本当に存在した別宇宙の自分自身であることを告げる。「夢は、別の自分が生きた現実の覗き穴だ」というMCU的なマルチバース観が、ここで本作の中軸として宣言される。

ワンダ訪問とスカーレット・ウィッチの正体露見

ストレンジは「黒魔術の使い手で、悪魔召喚に通じた者」をひとり知っている。ウェストビューの一件を経て、人里離れた山中のリンゴ畑で隠遁しているワンダ・マキシモフだった。アメリカをカマー・タージに匿わせる一方で、ストレンジは単身ワンダを訪ねる。彼女はエプロン姿でリンゴをむき、双子の息子ビリーとトミーを夢でしか抱けないことに苦しみを抱えながら、ストレンジを家に上げる。

穏やかな会話のあいだに、しかしストレンジは床に転がる仔の靴とビリーとトミーの絵に違和感を覚える。決定的な一言は、ストレンジが「悪魔召喚はしていないんだな」と確かめた直後だった——ワンダは穏やかに、しかしまったく動じずに「あの子はカマー・タージに匿われているのね」と告げる。ストレンジが場所を一度も口にしていないにもかかわらず。

ワンダはここで仮面を脱ぎ捨て、スカーレット・ウィッチとして正面から立ち上がる。アメリカが多元宇宙を自由に渡れるなら、彼女の力を奪って、ビリーとトミーが存在する別宇宙へ自分を送ればよい——『ワンダヴィジョン』の終盤で『ダークホールド』を手にした彼女は、その魔導書の世界改変の力に取り憑かれ、すでに「母親としての権利」を取り戻すためなら何でもする域に達していた。ストレンジは慌てて防御陣を張るが、彼女のテレキネシスは桁が違う。ワンダの一撃でリンゴ畑の家が崩れ、ストレンジはマントの羽搏きでカマー・タージへ警告を送るために飛び出す。

カマー・タージの戦い

カマー・タージでは、ウォンが防衛陣の編成にかかっている。世界中の聖域からマスターたちが召喚され、施設全体にヴィシャンティの守りの陣が幾重にも展開される。ストレンジはアメリカに、悪魔召喚と多元宇宙横断の禁書である『ダークホールド』の存在を説明し、ワンダがそれに取り憑かれている可能性を初めて口にする。

ワンダがカマー・タージに到着する場面は、本作のホラー演出の出発点である。彼女は門前に立ち、最初の魔術師たちに対して暴力を振るうのではなく、心を読み、夢を見せ、相手の魔力を逆流させて自滅させる。寺院の屋根を割ってのテレキネシス、心臓を圧搾するスカーレットの紋、爆ぜる魔法符、最後はヴィシャンティの守りそのものを破る一撃——画面はマーベル映画というよりサム・ライミ的死霊絵巻に近づく。

押し切られそうになったストレンジは、伝説の禁書『ヴィシャンティの書』を手に取ろうとするが、ワンダが先回りで本そのものを破壊し、選択肢を奪う。最終的にストレンジはアメリカと共にカマー・タージの「鏡の次元」を通じて別宇宙へ逃走するが、その瞬間、彼自身がアメリカに同行することすら望んでいなかったアメリカの力で——彼女のパニックで——別宇宙へ放り出される。ウォンはワンダに膝をつかされ、ダークホールドの神殿、ヴェスパティリアン山頂への案内を強要されて連行されていく。

Earth-838到着とイルミナティ召喚

ストレンジとアメリカが落下するのは、Earth-838。マンハッタンに似た都会だが、信号機の配色も交通法規も微妙に違い、ピザは球体で振る舞われ、街路樹は赤く色づく。「マルチバースは本物だ」を画面の手触りで示すための、ライミ的な細部の積み重ねが続く。

二人は、この世界のクリスティーン・パーマーが勤めるバクスター財団のような研究機関に偶然たどり着く。Earth-616のストレンジが恋を貫けなかったのと違って、ここのクリスティーンはストレンジ・スプリーム——本作冒頭で死んだ別宇宙のストレンジ——のかつての婚約者だった。彼女に案内されるかたちで、ストレンジは「イルミナティ」の集議室へ連行される。

Earth-838のイルミナティは、その宇宙のスーパーヒーロー界を裏で監督する秘密結社で、彼らはストレンジ・スプリームの暴走によって自分たちの宇宙が一度ほぼ滅びかけた経緯を背負っている。集議室で召喚されるメンバーは以下の通り。テレパスのチャールズ・エグゼビア教授/プロフェッサーX(パトリック・スチュワート、X-MEN『TVシリーズ:アニメ版』のテーマと共に登場)、英国超人キャプテン・カーター/ペギー・カーター(ヘイリー・アトウェル、『ホワット・イフ…?』からの実写化)、マリア・ランボー版キャプテン・マーベル(ラシャーナ・リンチ、母娘逆転の別宇宙設定)、インヒューマンズの王ブラック・ボルト(アンソン・マウント、ABC実写版からの再起用)、ファンタスティック・フォーのリード・リチャーズ/ミスター・ファンタスティック(ジョン・クラシンスキー、ファン待望のキャスト)、そしてカール・モルド——Earth-616とは違い、こちらでは魔術師たちの長として君臨し、ストレンジ・スプリームを処刑したと自負する人物(キウェテル・イジョフォー)。

ワンダ来訪とイルミナティの皆殺し

ストレンジが「アメリカを奪う」と疑われ拘束された直後、ワンダ自身ではなく彼女の意識を別宇宙へ伸ばす「ドリームウォーキング」によって、Earth-838のもうひとりのワンダ・マキシモフ——息子ビリーとトミーと幸せに暮らしているEarth-838のワンダ——の身体が乗っ取られる。乗っ取られたワンダはバクスター財団の地下から地上へ、足音もなく上昇してくる。

ここから本作で最も語り継がれる五分間が始まる。ブラック・ボルトは彼女に「お前を消す」と口を開こうとするが、ワンダは彼の口を消失させ、超音波が脳内で逆流して彼の頭蓋を内側から破裂させる。キャプテン・マーベル(マリア)はワンダの巨大な彫像で押しつぶされる。キャプテン・カーターは自慢のヴィブラニウム製シールドで戦いを挑むが、ワンダはそのシールドを掴み、上下に分割してキャプテン・カーターを縦に真っ二つに斬る。リード・リチャーズは、伸縮自在の身体を糸状に引き伸ばされ、繊維状にほどけて死ぬ。プロフェッサーXは精神世界に逃避してワンダの意識へ侵入し、Earth-838のワンダを内側から呼び起こそうと試みるが、スカーレット・ウィッチ本人に首を後ろから一捻りで折られて絶命する。

イルミナティのほぼ全員が、一人の魔女に文字通り一瞬で殺される——MCU観客が長年「最強格」と認識してきた英雄たちの集合体が、一切の段取りなく即座に死体となって床に転がる。スカーレット・ウィッチの脅威水準を観客の体に直接刻み込むこの数分は、本作がホラー映画として機能する最大の理由である。

脱出したストレンジ、アメリカ、Earth-838のクリスティーンは、地下水路と鏡の次元を抜けてイルミナティの基地から逃れる。同時に、ストレンジの中ではある計算が始まる——「ヴィシャンティの書」がEarth-616で焼かれた以上、ワンダに勝つ唯一の道は、別宇宙のストレンジの遺物に頼るしかない。

ドリームウォーキングと屍からの操作

アメリカの恐怖は、彼女の力を不安定にする。ワンダの追撃と「自分の力を奪う者」への原初的な不信のあいだで彼女が開いた扉は、ストレンジたちを次々と崩壊しかけた廃絶宇宙へ放り出していく。建物が逆さまに崩れ、ピアノの鍵盤が銃弾になり、本人たちが文字や絵に変質する一連の「インカージョン直前の宇宙」の連なりは、本作で最も視覚的に贅沢な数分である。

最後にたどり着くのは、ストレンジ・スプリーム——アメリカを殺そうとしたあの長髪のストレンジが、ヴェスパティリアン山頂で本来の地球に戻る前に住んでいた、もう一つの暗いサンクタムである。そこの『ダークホールド』を写本で参照しながら、Earth-616のストレンジはサンクタム地下に安置された「ストレンジ・スプリームの屍体」と対面する。彼の選択は、ヴィシャンティの書を諦め、自分自身の死体に意識を移し、屍として現実世界へ戻り、その身体で戦う——禁術『ドリームウォーキング』である。

ドリームウォーキングは、別宇宙の自分の身体(屍体でも可)に意識を投影して操作する魔術で、文字通り使い手の魂を冥府に近づける。屍体になったストレンジは、頬骨が割れ、肌が腐り、額に第三の眼を持つ怪物のような姿で、ヴェスパティリアン山頂のダークホールド神殿へ降臨する。冥府からの『地獄の亡霊(damned souls)』をマントの代わりに引き連れる姿は、サム・ライミの『死霊のはらわた』の主役アッシュ・ウィリアムスの遠い親戚のような佇まいで、MCUがこれまで一度も見せてこなかった暗黒の魔術師像である。

ヴェスパティリアン山頂——ワンダの自滅と結末

山頂のダークホールド神殿では、ワンダがアメリカの儀式を始めている。ドリームウォーキング・ストレンジが屍体のまま降下し、地獄の亡霊たちを鎖代わりにワンダへ叩きつける。ワンダはダークホールドからスポーンした生贄の魔女たちで応酬し、ストレンジは亡霊の鎖を解いてアメリカを抱え上げる。

決定打を打つのはストレンジでもウォンでもない。アメリカ自身である。ストレンジは「君の力を信じろ。君は自分が誰なのかを知っている」と告げ、ワンダから逃げるのではなく、ワンダにアメリカを引き渡す——というかに見せかけて、彼女の手で「ワンダ自身が本当に望んでいた場所」へポータルを開く。それは別宇宙の自分の子供たち、Earth-838のビリーとトミーが暮らす家のリビングだった。

そこでワンダが目にしたのは、母親のはずだった「もう一人の自分」が殺された痕跡——Earth-838のワンダの死——と、母を恐れて泣き叫び、自分から逃げる二人の息子の姿である。「お母さんじゃない、行って!」と叫ぶビリーとトミーを前に、スカーレット・ウィッチは初めて自分が何になっていたかを直視する。Earth-838のクリスティーンと、Earth-616のクリスティーンの面影が、彼女に「私の子供じゃない」と言わせ、ワンダはついに崩れ落ちる。

ワンダは最後の力で、ヴェスパティリアン山頂のダークホールド神殿そのものを自身に押し潰し、同時に多元宇宙の全ての『ダークホールド』を破壊する。山が崩れ落ちる中、ワンダ・マキシモフは——少なくとも本作の終わりにおいては——瓦礫の下に消える。連行されてここまで運ばれていたウォンは生還し、彼女に強要された儀式から解放される。

Earth-616に戻ったアメリカはカマー・タージで学ぶ生徒となり、ストレンジは戦いの中で禁術ドリームウォーキングと屍体操作を実行した代償を額に背負って帰還する。クリスティーンの結婚式から始まったこの物語は、ストレンジが「自分は人を救えるのか」と問い続ける一本だったが、彼の答えは「救うために自分の手が汚れることを引き受ける」という、これまでのMCU主役にはなかった種類の覚悟だった。

サードアイの開眼とポストクレジット

本編ラストシーン、ニューヨークの大通りを歩くストレンジは突然苦悶し、額にもう一つの「眼」が見開く。ストレンジ・スプリームと同じ、ダークホールドに触れた魔術師に現れる呪いの徴である。ドリームウォーキングと屍体操作を一度でも実行した者は、別宇宙のストレンジ・スプリームと同じ末路——多元宇宙そのものを脅かす存在へ——へ近づき得るという脚本上の宣告でもある。ストレンジは何も言わず、再び歩き出す。

ミッドクレジット・シーンでは、ニューヨークの夜の街角を歩くストレンジの前に、紫色のローブをまとった謎の女魔術師クレア(シャーリーズ・セロン)が次元の裂け目を開きながら現れる。彼女は「インカージョンを引き起こしたのはあなたよ、ドクター。それを直してもらうわ」と告げ、自身を「クレア」と名乗る。コミックでは、クレアはドクター・ストレンジの伴侶であり、暗黒次元の女王ドルマムゥの姪に当たる重要人物である。ストレンジは無言でマントをひるがえし、第三の眼を開いた姿でクレアと共に暗黒次元へ歩み去る。

エンドクレジット・シーンは打って変わって短いギャグだ。ライミ作品の常連で、本作にもピザ・ボール屋台の店主役で登場していたブルース・キャンベルが、自分の手の呪いを解いてカメラに向かい「終わったよ!(It's over!)」と告げ、画面はそのままブラックアウトする。前半でストレンジに掛けられた呪いを律儀に解く一発ネタで、サム・ライミからの遊び心満点の手紙のような場面である。

登場要素

本作に登場・言及される主要な人物・組織・概念・場所・道具を分類して示す。Earth-616とEarth-838の区別、廃絶宇宙の通り抜けが多いため、固有名詞は宇宙別に押さえると理解が早い。

主要人物

  • ドクター・ストレンジ/スティーヴン・ストレンジ(Earth-616)
  • ディフェンダー・ストレンジ(シュッツアルター宇宙のスティーヴン・ストレンジ)
  • ストレンジ・スプリーム(Earth-838の屍体)
  • ワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチ
  • アメリカ・チャベス
  • ウォン
  • クリスティーン・パーマー(Earth-616/Earth-838)
  • ニコデマス・ウェスト(病院の元同僚)

ヴィラン

  • スカーレット・ウィッチ(ダークホールドに支配されたワンダ)
  • ガルガントス(シュッツアルター宇宙の単眼悪魔)
  • シュッツアルター宇宙の触手獣
  • ダークホールドから召喚される生贄魔女
  • 地獄の亡霊(damned souls)

サポート/カメオ

  • チャーリー(クリスティーンの新郎)
  • ピザ・ボール屋台のジョナサン・パングボーン(『ドクター・ストレンジ』からの再登場)
  • Earth-838のワンダ・マキシモフ(息子の母としての変異体)
  • ビリー・マキシモフ/トミー・マキシモフ(Earth-838の双子)
  • クレア(ミッドクレジット)
  • ピザ・ボール売りのブルース・キャンベル(エンドクレジット)

イルミナティ(Earth-838)

  • カール・モルド(魔術師最高位)
  • プロフェッサーX/チャールズ・エグゼビア
  • キャプテン・カーター/ペギー・カーター
  • キャプテン・マーベル/マリア・ランボー
  • ブラック・ボルト/ブラックアガー・ボルタゴン
  • ミスター・ファンタスティック/リード・リチャーズ

組織

  • イルミナティ(Earth-838の秘密結社)
  • カマー・タージのマスター集会
  • X-MEN(Earth-838、言及・暗示)
  • ファンタスティック・フォー(Earth-838、暗示)
  • アベンジャーズ(Earth-616、回想に登場)
  • サンクタム・サンクトラム

場所

  • ニューヨーク・サンクタム・サンクトラム
  • カマー・タージ
  • ワンダのリンゴ畑の家(ウェストビュー郊外)
  • Earth-838マンハッタン
  • Earth-838イルミナティ集議室
  • ヴェスパティリアン山頂のダークホールド神殿
  • ストレンジ・スプリームの暗いサンクタム
  • シュッツアルター宇宙
  • インカージョン直前の崩壊宇宙群
  • 暗黒次元(ポストクレジット)

アイテム・技術

  • ダークホールド(禁断の魔導書)
  • ヴィシャンティの書(焚かれて失われる)
  • アガモットの目(破損・喪失)
  • 浮揚マント
  • サンクタムの魔術陣
  • ヴィブラニウム製シールド(キャプテン・カーター)
  • ヴェスパティリアン山頂の祭壇
  • イルミナティの拘束陣

能力・概念

  • カオス・マジック
  • ドリームウォーキング
  • 屍体操作
  • 鏡の次元
  • ヴィシャンティの守り
  • 宇宙間ポータル(アメリカの力)
  • 心眼/第三の眼
  • インカージョン(多元宇宙衝突)
  • アンカー・リアリティ(Earth-616の役割)

ポストクレジット要素

  • ミッドクレジット:クレアの登場と暗黒次元への誘導
  • エンドクレジット:ブルース・キャンベルの「It's over!」
  • サードアイ開眼によるストレンジの呪い

主要登場人物

本作はキャラクター数が多いが、軸はストレンジ/ワンダ/アメリカの三角形に集約される。Earth-616の人物と、Earth-838の同名の別人格、シュッツアルター宇宙の変異体の三層を意識すると混乱しにくい。

スティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)

Earth-616のストレンジは、『インフィニティ・ウォー』と『エンドゲーム』で「14,000,605通りの未来から一通りを選んだ男」として神格化され、『ノー・ウェイ・ホーム』では多元宇宙崩壊の引き金を引いた直後の状態にある。本作の彼が背負わされているのは、「他人の決断で世界を救う代わりに、自分自身は誰一人救えていない」という静かな自覚である。冒頭のクリスティーンの結婚式が、その自覚の象徴として置かれている。

アメリカ・チャベスを守るための旅で、彼はヴィシャンティの書を諦め、別宇宙の自分の屍体を操って戦うという、これまでのMCU主役なら選ばなかった選択を取る。第三の眼を額に開いた彼の姿は、英雄譚の主人公が「自分も間違える存在だ」と認めた瞬間でもあり、続くマルチバース・サーガで彼がただの保護者ではなく潜在的な脅威の側にも回りうることを暗示する。

ドクター・ストレンジの人物ページ 前作:ドクター・ストレンジ(2016)

ワンダ・マキシモフ/スカーレット・ウィッチ(エリザベス・オルセン)

本作のワンダは、『ワンダヴィジョン』終盤でダークホールドの章を開いてしまったあとの「すでに堕ちている人」として登場する。本人の悪意ではなく、母親としての愛と喪失が彼女を怪物化させた——という線は脚本のマイケル・ウォルドロンが繰り返し語ってきた本作の核である。彼女は誰も憎まず、誰も嫌わないまま、息子のために他人を皆殺しにできる。

Earth-838のビリーとトミーが「お母さんじゃない」と泣いて拒む場面は、本作で最も静かで、最も致命的なワンダの敗北である。誰にも討たれず、自分が自分を引導する形でしか終われなかった点が、彼女を悪役の枠を越えて悲劇の主人公へ押し上げている。エンディングのワンダ消滅は、エリザベス・オルセンが演じてきた人物の一つの区切りとして強い余韻を残した。

ワンダ・マキシモフの人物ページ

アメリカ・チャベス(ソーチル・ゴメス)

コミックでは『ヤングアベンジャーズ』『アルティメッツ』の中核メンバーであるアメリカ・チャベスが、本作で実写デビューを果たす。胸の星形のオーブから多元宇宙の扉を恐怖時に開く力を持つが、力の出し方を制御できないため、彼女は常に「自分が誰かを傷つける」恐怖に締め付けられている。

本作の中盤、ストレンジ・スプリームが彼女の力を奪おうとした記憶が呼び戻されることで、彼女は「Earth-616のストレンジも結局同じことを企むのではないか」と疑い続ける。だが終盤、ストレンジは彼女の力を奪う代わりに「君を信じる」と告げ、ワンダを倒すのはアメリカ自身の判断とポータル制御である。ソーチル・ゴメスのデビュー作とは思えない感情の幅が、本作の精神的中心を支えている。

ウォン(ベネディクト・ウォン)

『ノー・ウェイ・ホーム』『シャン・チー/テン・リングスの伝説』を経て、ウォンはカマー・タージのソーサラー・スプリーム(魔術師の長)として完全に確立した立場でこの映画に臨んでいる。ワンダの侵攻に対して最後まで戦線を捌き、最終的にダークホールドの神殿まで人質として連行されながらも、自身の役目を最後まで果たす冷静さで物語を支える。

彼の存在が、ストレンジが一人で破滅へ向かう構図に対するもう一つの軸として機能する——「魔術師は自分の組織に答える」というMCU魔術師観そのものを、ウォンが体現している。

Earth-838のカール・モルドとイルミナティ(キウェテル・イジョフォーほか)

Earth-616のモルドは前作の最後で「魔術師たちのバランスを正すため」反目に回ったが、Earth-838のモルドはそこからさらに進み、ストレンジ・スプリームの暴走を仲間と共に処刑した側に立つ。彼は秩序の側からストレンジを警戒する者として再導入され、結果的にイルミナティの一員に組み込まれる。

イルミナティの他のメンバーは、ファンが長年噂してきたカメオの集合体である。プロフェッサーX役のパトリック・スチュワートは『X-MEN』(2000)からの実写復帰、リード・リチャーズ役のジョン・クラシンスキーはファン投票で長年第一候補とされ続けてきたキャスト、キャプテン・カーターのヘイリー・アトウェルとブラック・ボルトのアンソン・マウントはそれぞれDisney+作品と旧テレビ実写からの正史接続、マリア・ランボー版キャプテン・マーベルのラシャーナ・リンチは『キャプテン・マーベル』の母娘を入れ替えた変異体である。彼ら全員が一場面でほぼ同時に死ぬという結末は、MCUがマルチバースを「使い回し」ではなく「不可逆な結末を与える舞台」として扱うことを宣言した。

キャプテン・カーター起点:ファースト・アベンジャー

クリスティーン・パーマー(レイチェル・マクアダムス)

前作以来登場のなかったクリスティーンが、本作で二人——Earth-616では結婚式の花嫁、Earth-838ではストレンジ・スプリームのかつての婚約者にして多次元理論の研究者——として再導入される。ストレンジが「君を別の宇宙でも幸せにできただろうか」と問うと、Earth-838のクリスティーンが「どの宇宙でも、あなたは自分の幸せに踏み込めない人だった」と告げる場面が、本作の感情的な底面を作っている。

舞台と用語

本作の舞台は大きく分けて、Earth-616マンハッタン(ストレンジの本拠地)、ネパールのカマー・タージ、ウェストビュー郊外のリンゴ畑(ワンダの隠棲地)、Earth-838マンハッタン(イルミナティの舞台)、廃絶宇宙群(インカージョン直前の崩壊した別宇宙)、そしてヴェスパティリアン山頂のダークホールド神殿の六層に分かれる。それぞれが、ストレンジが直面する「次に何を救うか」の段階に対応している。

用語面では、『ダークホールド』『ヴィシャンティの書』『鏡の次元』『ドリームウォーキング』『インカージョン』『アンカー・リアリティ』『カオス・マジック』を押さえれば物語を追える。とくに『ダークホールド』はDisney+ドラマ『エージェント・オブ・シールド』『ランナウェイズ』『ワンダヴィジョン』からMCUへ持ち込まれた魔導書で、本作で多元宇宙全体から消滅する区切りを迎える。『インカージョン』はジョナサン・ヒックマン版『アベンジャーズ/ニュー・アベンジャーズ』で導入された宇宙衝突概念で、後の『ファンタスティック・フォー: ファースト・ステップ』『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』に直結する。

用語:マルチバース 用語:ダークホールド 用語:ソーサラー・スプリーム

制作

前作の成功と、Disney+ドラマ『ワンダヴィジョン』『ロキ』を踏まえて、マーベル・スタジオは本作で「マルチバース・サーガに正面から踏み込む実写映画一作目」を組み上げた。以下、企画から特撮までの主要な経緯を整理する。

企画と脚本

プロジェクトは2019年7月の『コミコン・インターナショナル: サンディエゴ』でケヴィン・ファイギが正式発表し、スコット・デリクソンの続投と『ロキ』『ワンダヴィジョン』との直接連動が告げられた。だが2020年1月、スタジオとデリクソンは「クリエイティブな差異」を理由に決別する。当初は前作のC・ロバート・カーギルが脚本を続投する予定だったが、デリクソン降板に合わせてカーギルも一度離脱し、新監督候補としてマーベル・スタジオはサム・ライミに白羽の矢を立てた。

脚本は最終的に、Disney+ドラマ『ロキ』第1シーズンでマルチバースとTVAを実写化したヘッドライター、マイケル・ウォルドロンが単独でクレジットを獲得した。彼はインタビューで、最初の指示が「ホラーに振っていい」「ストレンジを主人公兼疑惑の対象にする」「ワンダを真正面から悪役にする」の三点だったと語っている。コロナ禍によるリシュート、撮影中断、追加撮影が複数回入ったが、最終的に本作のテーマは「自分の力で人を救うことに固執する人間が、その固執のせいで他人を殺し始める時、どう自分を律するか」へ収束した。

キャスティング

ベネディクト・カンバーバッチ、エリザベス・オルセン、ベネディクト・ウォン、ベネディクト・カンバーバッチ、レイチェル・マクアダムス、キウェテル・イジョフォーら主要キャストが続投した。新規参戦は、アメリカ・チャベス役のソーチル・ゴメス——本作が長編実写デビュー——、そして本編ラストとミッドクレジットのクレア役シャーリーズ・セロンである。

イルミナティのキャストは公開前まで徹底的に秘匿された。とくにジョン・クラシンスキーのリード・リチャーズ役は、長年ファン投票でトップに名前が挙がり続けていた配役の実現で、彼自身もMCU参入を「画面に出るほんの数分のために存在する贈り物」と語っている。パトリック・スチュワートの再演、ヘイリー・アトウェルとアンソン・マウントの実写復帰、ラシャーナ・リンチの『キャプテン・マーベル』との対比キャストは、いずれもサプライズ演出として観客に作用するよう設計された。

撮影とロケ地

プリプロダクションは2020年11月から始まり、コロナ禍によるスケジュールの大幅な圧縮を経て、本撮影は2020年11月から2021年4月にかけて英国のロンドン・パインウッド撮影所をベースに進行した。ニューヨーク街路、Earth-838マンハッタン、サンクタム・サンクトラム、カマー・タージ、ヴェスパティリアン山頂のダークホールド神殿の各セットはこの撮影所で同時並行に組まれ、廃絶宇宙群のシーンはほぼ全てバーチャルプロダクションとブルースクリーンで撮影された。

2021年中盤、コロナ感染リスクと脚本の整合性確認のために大規模な追加撮影が複数回行われた。とくにイルミナティの登場シーンと、ストレンジ・スプリームの屍体場面、そしてエンドクレジットのブルース・キャンベル登場場面は、追加撮影段階で確定したカットだとライミ本人がインタビューで明かしている。

視覚効果

視覚効果は、Industrial Light & Magic、Framestore、Sony Pictures Imageworks、Luma Pictures、Rise FXほか複数のスタジオに分担された。最大の見せ場であるアメリカの宇宙間ポータル、廃絶宇宙群(崩壊したマンハッタン、紙片の宇宙、絵画化された宇宙)、ヴェスパティリアン山頂の祭壇、地獄の亡霊の鎖、屍体ストレンジの第三の眼などは、画面表現としてMCU内でも前例の少ない密度で組まれた。

とくにマーベル映画として珍しいのが、サム・ライミがホラー演出を実写ベースで多用した点である。鏡の中の自分が動かない瞬間、屍体の指が画面外で蠢く影、画面端から這い出す血のように飛んでくる魔法符——CGに依存しない「画面外の存在を感じさせる演出」が、本作の恐怖の温度を作っている。

音楽と音響

音楽はダニー・エルフマン。彼は同じくサム・ライミ作品である『スパイダーマン』三部作(2002–2007)で作曲を担当した間柄で、本作はライミ=エルフマンの再結集としても話題を呼んだ。エルフマンは前作で確立されたマイケル・ジアッキーノ作曲のストレンジのテーマを継承しつつ、ワンダ・マキシモフのテーマには低音弦と女声合唱を重ねたゴシック調を導入し、本作のホラー演出と完全に同期させた。

クライマックスの「魔術師どうしの音楽戦」は本作で最も実験的な場面である。ストレンジ・スプリームの記憶を呼び起こしながら、Earth-616のストレンジは別宇宙の自分自身と楽譜を「武器」として投げ合う。バッハ的なフレーズが弾丸に変質し、ハープシコードと打楽器が魔術陣に変わる演出は、ライミの『死霊のはらわた』的なギャグ精神と、エルフマンのスコアが完全に手を組んだ瞬間である。

編集と公開準備

編集は、サム・ライミ作品で常連のボブ・ムラウスキー(『スパイダーマン2』『ハート・ロッカー』でアカデミー編集賞受賞)と、ティア・ノラキタイの二名でクレジットされる。Earth-616とEarth-838、廃絶宇宙群、回想、夢の三層を観客が見失わずに緊張を保てるよう、テンポを大胆にずらした切り返しが採用された。

「イルミナティ皆殺し」の段取りは公開前まで徹底的に秘匿され、出演者にも各自の最期だけが切り分けて渡されたという。ジョン・クラシンスキーの登場と即死、パトリック・スチュワートの再演、キャプテン・カーターの「縦割り」死亡シーンは、編集と音楽が一気に押し切る数分として、観客の体感時間を圧縮するよう設計されている。

公開と興行

本作は2022年5月6日に米国で、日本では5月4日に劇場公開された。米国初週末興収は約1億8770万ドル、世界初週末は約4億5000万ドルに達し、コロナ後のMCU劇場復帰を完全に告げる成績となった。最終的に米国内興収は約4億1100万ドル、海外興収は約5億4400万ドル、全世界興収は約9億5500万ドルとなり、2022年の世界年間興収トップ5に入った。

Disney+での配信開始は2022年6月22日。劇場公開後47日というMCU基準で標準的なウィンドウで、ストリーミング解禁後もホラー成分の強さから議論が続いた。第49回サターン賞では、エリザベス・オルセンが映画部門の助演女優賞を受賞している。

批評・評価・文化的影響

批評は分かれた。批評家評はおおむね好意的で、サム・ライミ作品らしいダーク・ファンタジーとしての完成度、エリザベス・オルセンの怪物的な存在感、ジョン・クラシンスキーをはじめとするイルミナティのカメオ衝撃は強く称賛された。一方で、『ワンダヴィジョン』終盤からのワンダの心理的飛躍に対する違和感、上映時間126分に対して詰め込まれた情報量、PG-13でありながらホラー描写が強い点を巡る議論は、公開後も収まらなかった。

観客反応は、CinemaScore B+、ロッテン・トマトの観客評約85%。MCUのなかでも好き嫌いがはっきり分かれる一本という位置付けが定着している。本作が一気に押し進めたマルチバースの自由度——別宇宙の英雄を一気に出して一気に殺すという扱い——は、後のフェーズ5・6を通じて続く議論の発端となった。

舞台裏とトリビア

サム・ライミの起用は、もともとマーベル・スタジオが2014年頃から検討していたと言われており、彼自身が『死霊のはらわた』からのファン層を強く意識した演出をMCUへ持ち込んだ。屍体ストレンジが地獄の亡霊を鎖代わりに引き連れて降臨する場面、第三の眼の開眼、画面外の存在をフレームインさせる演出など、ライミの過去作からのリファレンスは数え切れない。

ブルース・キャンベルのカメオは、本作の冒頭でストレンジから「自分の顔を殴り続ける呪い」を掛けられるピザ・ボール屋台の店主役と、エンドクレジットで自分の手を眺めて「終わったよ!」と告げる二場面で構成される。ライミ作品の象徴的俳優の登場として、サム・ライミ的MCUの記念として観客に長く語られている。

ジョン・クラシンスキーのリード・リチャーズ/ミスター・ファンタスティック役は、彼自身の妻エミリー・ブラントがスー・ストーム役で噂され続けてきた延長線上で、ファン投票結果を実際にスタジオが採用した稀有な例として扱われる。本作の数分の登場と即死は、その後のキャスト変更(『ファンタスティック・フォー: ファースト・ステップ』のペドロ・パスカル起用)の地ならしを兼ねた。

クリスティーン役のレイチェル・マクアダムスは、撮影中盤まで自分が演じるEarth-838のクリスティーンが多元宇宙学者だと脚本上で明示されていない状態で演じていたという。脚本が現場で書き直され続けた本作の制作姿勢を物語る逸話として、後年語られた。

テーマと解釈

中心にあるのは「他人を救う者は、自分自身をどう律するか」である。ストレンジは『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』『ノー・ウェイ・ホーム』を通して、他者を救うために自分の感情を抑え続けてきた。本作のクリスティーンの結婚式は、その抑制の代償——自分の幸せに踏み込めない人間にしかなれなかった——を彼に直視させる装置である。ストレンジが自分の屍体を操ってまで戦うのは、抑制の対極にある暴発であり、第三の眼の呪いは、抑制を超えた者がたどる末路の予告である。

もう一つの軸は、母性と所有の倒錯である。ワンダの行動は、ビリーとトミーへの愛から始まり、その愛のために他者の宇宙の彼女から子供を奪うことへ向かう。スカーレット・ウィッチは外部の敵ではなく、「愛」と呼ばれる感情が境界を超えた時に立ち上がる怪物の名であり、Earth-838のビリーとトミーが「お母さんじゃない」と泣いて拒む結末は、所有としての母性に対する物語上の決定的な反論である。

そして本作の三つ目の軸は、マルチバースという概念そのものの倫理である。アメリカ・チャベスは「自分の力を制御できない」自分を信じきれない少女として導入され、ストレンジ・スプリームは「他人を救うために他人を殺す」最悪のストレンジとして提示される。両者のあいだで、Earth-616のストレンジは「君を信じる」と告げ、自分の屍体を操って戦う。技ではなく心、能力ではなく覚悟を問う点で、本作はMCUのフェーズ4のテーマ系(『ワンダヴィジョン』のトラウマ、『シャン・チー』の家族、『エターナルズ』の選択、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の責任)と完全に同じ系列にある。

見る順番(補助)

本作を最も得するために観るには、最低限の前提として『ドクター・ストレンジ』(2016)、Disney+ドラマ『ワンダヴィジョン』(2021)、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)の三本を済ませておくのが望ましい。前者はストレンジとモルドの基礎、『ワンダヴィジョン』はワンダのダークホールド入手と双子の意味、『ノー・ウェイ・ホーム』は本作冒頭の時系列の前提を担う。

より深く読むためには、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』でのストレンジの判断、『ロキ』第1シーズンのマルチバース概念、『ホワット・イフ…?』第1シーズン(とくにキャプテン・カーターとストレンジ・スプリームの回)も押さえておくと、本作のカメオと結末の含意が一段濃くなる。

  1. 前作『ノー・ウェイ・ホーム』でマルチバースの扉が物理的に開く
  2. 本作アメリカ・チャベス登場、ワンダの自滅、ストレンジの第三の眼
  3. 次作『ソー:ラブ&サンダー』『ブラック・パンサー:ワカンダ・フォーエバー』『アントマン&ワスプ:クアントマニア』へ
前作:ドクター・ストレンジ(2016) 直前:スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム 次作:ソー:ラブ&サンダー ドクター・ストレンジとワンダの順序ガイド MCU公開順

よくある質問(補助)

「あらすじだけ知りたい」場合は、ストレンジがアメリカ・チャベスを守って多元宇宙を逃走し、ダークホールドに支配されたワンダ・マキシモフを倒すまでの流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、Earth-838のイルミナティ全員死、ストレンジの屍体操作、ワンダ自身による神殿崩壊、第三の眼開眼、クレア登場までが核となる。

「Disney+のどのドラマを観ておけばよいか」という質問は本作で特に多い。最低でも『ワンダヴィジョン』、可能であれば『ロキ』第1シーズンと『ホワット・イフ…?』第1シーズンを観ておくと、ワンダ/TVA/キャプテン・カーター/ストレンジ・スプリームの背景が一気に通る。「見る順番」は前作の単独続編として扱えるため、本作だけを先に観ても致命的には困らないが、ワンダの暴走の重みは『ワンダヴィジョン』を通したかどうかで完全に変わる。

参考資料・脚注

作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・制作・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。

  1. Marvel.com 公式作品ページ
  2. IMDb: Doctor Strange in the Multiverse of Madness (2022)
  3. Marvel Cinematic Universe Wiki (Fandom)
  4. Box Office Mojo: Doctor Strange in the Multiverse of Madness
  5. Rotten Tomatoes

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参照・確認先

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