正体を世界に晒されたピーター・パーカーが、ドクター・ストレンジの呪文の暴発をきっかけにマルチバースの傷口へ踏み込み、過去シリーズのヴィランたちと、もう二人の自分自身に出会う——MCUフェーズ4を決定づけたマルチバース・サーガの第一弾にして、最高興収のスパイダーマン映画。

基本データ 2021年・ジョン・ワッツ監督

マーベル・スタジオ/コロンビア・ピクチャーズ/パスカル・ピクチャーズ共同製作、ソニー・ピクチャーズ配給。トム・ホランドのMCUスパイダーマン三部作の完結篇にして、ジョン・ワッツが三作とも監督と脚本陣を率いた到達点。上映時間148分、製作費は約2億ドルとされる超大作。

物語上の位置 前作の正体バレ直後、マルチバースへの扉が開く

ミッドタウン高校の屋上から始まる物語は、『ファー・フロム・ホーム』のミッドクレジットでJ・ジョナ・ジェイムソンが流したスクープ映像の数秒後を直接受け継ぐ。サノス後の世界の続編であると同時に、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』へ直結する、マルチバース・サーガの最初の標識として機能する。

受賞・評価 コロナ禍以降の最大ヒットとシリーズ最高評価

新型コロナウイルス・パンデミック以降の世界興収を一挙に塗り替え、全世界興収約19.2億ドルでシリーズ歴代1位、MCU全体でも上位の興行成績を記録。アカデミー賞では視覚効果賞ノミネート、サターン賞ファンタジー映画作品賞、MTVムービー&TVアワードでも複数受賞。批評集計でも高評価を維持した。

この記事の範囲 結末・3人のスパイダーマン共演・ヴェノム登場まで完全解説

ストレンジの記憶消去呪文の暴発、過去5シリーズから召喚される5人のヴィラン、グリーン・ゴブリンによるメイ叔母の死、トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの登場、3人のピーターによる自由の女神での総力戦、世界から『ピーター・パーカー』の存在ごと記憶を奪う最終呪文、ミッドクレジット(ヴェノムと残された共生体)、ポストクレジット(『マルチバース・オブ・マッドネス』予告)まで含むネタバレ前提で解説する。

目次 34項目 開く

概要

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(Spider-Man: No Way Home)は、ジョン・ワッツが監督し、クリス・マッケナとエリック・ソマーズが脚本を書いたアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・スタジオ/コロンビア・ピクチャーズ/パスカル・ピクチャーズの共同製作、ソニー・ピクチャーズ・リリーシング配給。米国では2021年12月17日、日本では2022年1月7日に公開され、MCU通算第27作にあたる。

前作『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)の直接の続編で、ジェイク・ギレンホール演じるミステリオ/クエンティン・ベックがメディアを操作してピーター・パーカーをスパイダーマンとして指名し、しかも『シビル・ウォー』のテロの濡れ衣まで着せたあの数秒からそのまま再開する。三作目にあたる本作は、青春映画的なトーンを維持したまま、初めてマルチバースという仕掛けを物語の中心に据え、2002年以降のスパイダーマン映画20年分の遺産を一つのスクリーンに集めるという、シリーズ最大の賭けに踏み込んだ。

本作は、トム・ホランドのMCUスパイダーマン三部作の完結篇である。同時に、マーベル・スタジオがディズニー+ドラマ『ロキ』で開いたばかりの『マルチバース』という概念を、初めて長編映画の中央へ据えた作品でもあり、続く『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』『アントマン&ワスプ:クアントマニア』『デッドプール&ウルヴァリン』へ至るマルチバース・サーガの大規模な起点として位置づけられる。コロナ禍で疲弊した劇場興行を一気に回復させた決定的な一本でもあり、全世界興収約19.2億ドルはシリーズ歴代最高、MCU全体でも『エンドゲーム』『インフィニティ・ウォー』に並ぶ上位の記録である。

本記事は、本編の結末、メイ叔母の死、トビー・マグワイア/アンドリュー・ガーフィールドのもう二人のスパイダーマンの登場、3人のピーターによる5人のヴィランの治療、世界から『ピーター・パーカー』を消す最終呪文、ミッドクレジットでのヴェノム退場、ポストクレジットの『マルチバース・オブ・マッドネス』本予告までを含むネタバレを前提に書かれている。物語の驚きを保ちたい読者は、本編を一度通して観たうえで戻ってきてほしい。

原題
Spider-Man: No Way Home
監督
ジョン・ワッツ
脚本
クリス・マッケナ/エリック・ソマーズ
原作
マーベル・コミックのスパイダーマン(スタン・リー/スティーヴ・ディッコ)
音楽
マイケル・ジアッキーノ
米国公開
2021年12月17日
日本公開
2022年1月7日
上映時間
148分
ジャンル
スーパーヒーロー、青春映画、マルチバースSF、レガシー・シークエル

あらすじ

以下は結末とミッド/ポストクレジット・シーンを含む全編のあらすじである。物語は『ファー・フロム・ホーム』のミッドクレジットを直接引き継ぎ、メディアに正体と汚名を同時に晒されたピーター・パーカーの数秒後から始まる。彼が選ぶ『誰も自分を覚えていないことにしてしまえばいい』という願いが、なぜ五人のヴィランと二人の自分自身を呼び寄せ、最後に自分自身の存在を世界から消すことに行き着いてしまうのかを、本作はおよそ二時間半をかけて描いていく。

プロローグ——スクープが流れた数秒後

本編は、ジャンプスタジオの『デイリー・ビューグル』が独占公開した、ミステリオ最期の編集映像から始まる。J・ジョナ・ジェイムソン(J・K・シモンズ)の絶叫めいた論評つきで、ロンドン橋上での戦闘の偽造映像と、息絶える直前のクエンティン・ベックがスパイダーマンの正体を『ピーター・パーカー』と名指しする音声が、世界中の街頭スクリーンに流れる。瞬間、ピーターはMJ(ゼンデイヤ)とヴィューグルの本社前に立ったまま、ニューヨーク中の通行人にカメラを向けられる人物になる。

彼は反射的にMJを抱えてビルを跳び、いつものスウィングで逃走するが、駅・地下鉄・路上のあらゆる場所に『スパイダーマンは殺人犯だ』のプラカードが現れる。叔母メイ(マリサ・トメイ)の家には連邦捜査局(FBI)と地方検事局の捜査員が踏み込み、ピーター、MJ、ネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)、メイ、そして恋人ハッピー・ホーガン(ジョン・ファヴロー)まで身柄を取られて事情聴取を受ける。担当するのは大物弁護士マット・マードック(チャーリー・コックス)で、彼は『君は人を殺していない。それで終わりだ』とピーターに告げ、見えない手つきで投げ込まれた煉瓦を片手で受け止めてみせる——一瞬の登場ながら『デアデビル』の能力を観客に示す名刺代わりのシーンとなる。

法的責任は免れたものの、世間の好奇と憎悪は消えない。アパートを追われた一家はハッピーの部屋へ転がり込み、ピーターは大学進学のための共通入試(MITやハーバードへの出願)に集中しようとするが、合否通知の代わりに届くのは大量の不合格通知。MJ、ネッド、ピーター本人——『正体に巻き込まれた』ことを理由に、3人全員の合格が取り消される。深く落ち込んだピーターは、ある一夜、ニューヨークの聖域『サンクタム・サンクトラム』へ駆け込み、ドクター・スティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)の力に頼ることを思いつく。

呪文の暴発——記憶を消したい

サンクタムを訪ねたピーターは、ストレンジに『世界中の人々から、スパイダーマンの正体がピーター・パーカーだという記憶を消してほしい』と頼む。ストレンジは『記憶を選んで消す呪文』として、本来はサノス戦のあと封印されていた古いルーン魔術『ルーンズ・オブ・カフ=カウル』を取り出し、地下の円形ホールで詠唱を始める。傍観していたウォン(ベネディクト・ウォン)はソーサラー・スプリームに就任した立場から強く反対し、『これは禁術だ、やめろ』と警告して立ち去る。

詠唱の最中、ピーターは『MJには覚えていてほしい』『ネッドには』『メイ叔母さんには』『ハッピーには』と次々に例外条項を加える。ストレンジが封じ込めようとしている呪文は、加えられるたびに不安定さを増し、結界の魔法陣が四方八方へ広がり、最終的に箱の中に押し込まれた直前、現実そのものに微細な亀裂を残してしまう。ストレンジは『君は呪文を台無しにした。何が起きるか分からない』と冷静に告げ、ピーターを家へ帰す。

翌朝、ピーターはMITの担当副学長フランクリン・ウィッターズが街にいることを知り、彼女を直接訪ねて再考を求める。橋の上で交渉する最中、突然青い電撃が走り、機械式の触手にぶら下がった見覚えのない男——眼鏡をかけ、白衣を翻し、『ピーター……?』と呟くドクター・オットー・オクタヴィアス/ドック・オク(アルフレッド・モリーナ)が出現する。サム・ライミ版三部作の第2作『スパイダーマン2』(2004)からそのまま運ばれてきた、別宇宙のヴィランである。

ドック・オクとの市街戦の最中、ピーターのアイアン・スパイダー風スーツのナノテクが触手を制御し、オクタヴィアスは無力化される。だが同じ場所に、緑色の閃光とともに『スパイダーマン』(2002)のグリーン・ゴブリン/ノーマン・オズボーン(ウィレム・デフォー)のグライダーと笑い声が現れ、ゴブリンは『助けてくれ、何が起きたのか分からない』とだけ叫んで姿を消す。ピーターは捕えたドック・オクを連れ、ハッピーが手配した安全な避難先——マーク・スタイン・ビルディング地下のダムドール社施設へ移送する。

5人のヴィランと、ストレンジの怒り

サンクタムへ戻ったピーターは、ストレンジから真相を告げられる。あの暴発した呪文は、ありとあらゆる宇宙の『スパイダーマンの正体がピーター・パーカーだと知っている者』を、この宇宙へ引き寄せてしまった。すでに『スパイダーマン2』のドック・オク、『スパイダーマン』のグリーン・ゴブリン、『アメイジング・スパイダーマン2』(2014)のマックス・ディロン/エレクトロ(ジェイミー・フォックス)、『アメイジング・スパイダーマン』(2012)のカート・コナーズ博士/リザード(リス・エヴァンス)、そして『スパイダーマン3』(2007)のフリント・マルコ/サンドマン(トーマス・ヘイデン・チャーチ)の五人が、それぞれの世界の死の瞬間か直前から無造作にこの宇宙へ転送されてきている。

ストレンジは、五人を捕獲し『元の世界』へ送り返すための小さな匣『マキナ・ディ・カダバス』を渡し、ピーターと友人たちは安全な施設で全員を順次拘束していく。エレクトロは送電網に紛れていたところを、サンドマンは自由の女神の足元で、リザードはセントラルパーク周辺で——タイガースタジアム改修現場をめぐる追走の末に。連れ込まれた地下牢に集められた五人は、それぞれの記憶のままに『元の世界に戻れば、自分は数分後に死ぬ』ことに思い当たる。

ここで物語が決定的に分岐する。メイ叔母はピーターに、『元の世界に送り返すということは、彼らの死を確定させることだ。彼らはまだ治療できるかもしれない。スパイダーマンはそうあるべきだ』と諭す。彼女が穏やかに、しかしきっぱりと差し出すのが、シリーズの根幹台詞——『With great power, there must also come great responsibility(大いなる力には、大いなる責任が伴う)』である。ピーターは、ストレンジから預かった匣を一時的に隠し、五人のヴィランを地下で『治療』する道を選ぶ。

ストレンジは激怒し、ミラー次元で対決の末にピーターを地下牢へ閉じ込めようとするが、ピーターは数学(幾何学)の感覚を活かして魔法陣を解体し、最後はストレンジの首から『ティモシー・スリングリング』を奪って先に脱出する。ストレンジは『これはやめろ』とミラー次元の中に取り残される。

治療と、メイ叔母の死

ピーターは、ハッピーが用意したスターク・インダストリーズ系の研究施設で、五人のヴィランをそれぞれの病から治療する作業を、ネッドとMJとともに進める。最初に成功するのはドック・オク——首後ろのインヒビター・チップが破損していたものを、ピーターが新型チップで上書きすると、温厚な学者オクタヴィアス博士が戻ってくる。続いてサンドマンに『家へ帰る装置』、リザードに人間状態に戻す血清を作り、エレクトロには電子的束縛装置を仕込む算段を立てる。

ところが、五人の中にもう一人――『君は誰だ、彼を信じるな』と内側からノーマン・オズボーンに囁き続けていた『グリーン・ゴブリン人格』が、治療の機械を破壊する。ゴブリンは『ピーター・パーカー、君は弱い、君は世界を救うつもりで、自分の人生を捨てている』と嘲弄しながら、エレクトロを煽動して反乱を起こす。エレクトロはアーク・リアクターの破片に触れて出力を爆発的に増し、サンドマンは砂となって脱走、リザードは元の獣性に戻って施設から逃げ出す。

アパートに残ったメイは、ノーマンと一対一で対峙する。彼女は最初、ノーマンの『元の人格』が助けを求めていることに気づき、避難所まで連れていって食事を与え、人間扱いをするという、本作で最も静かな選択をしていた。だが、グリーン・ゴブリンが完全に表面化したノーマンは、メイの目の前でグライダーを呼び寄せ、爆弾を投げ、半壊した部屋でピーターと対決した末、最後の隙にメイの背中に深刻な傷を負わせて飛び去る。

倒れたメイをピーターは抱きかかえるが、サム・ライミ版の旧三部作におけるベン叔父さんの最期を反復する構図のなかで、メイは『大いなる力には、大いなる責任が伴う……それを忘れないで』と囁いて息を引き取る。叔母を喪い、自分の選択が彼女を殺したと自覚した瞬間、ピーターは初めて『スパイダーマンであること』を後悔する。本作の物語は、ここで完全に色を変える。

3人のスパイダーマン

途方に暮れて屋上で泣くピーターの隣に、ネッドとMJが座る。ネッドは騒動の最中、ストレンジから奪い取ったスリング・リングを偶然手に握り、『ピーターに会いたい』と念じると目の前に金色のポータルが開いていた。サンクタムでは届かなかったその力が、今は機能している。ネッドが二度目に『ピーターを連れてきて』と念じると、ポータルからは別の人物が現れる——5年ぶりにスパイダーマンの衣装をまとった『アメイジング』シリーズのピーター・パーカー(アンドリュー・ガーフィールド)である。

驚く一同の前で、もう一度ポータルが開く。今度は背中を丸めて入ってきたのは、サム・ライミ版三部作のピーター・パーカー(トビー・マグワイア)。彼は『腰が痛い』と苦笑いを浮かべ、現代のニューヨークのアパートを物珍しげに見回す。長年ファンが夢想してきた『3人のスパイダーマン』の対面が、20年越しに、台所の片隅で実現する。

古い二人はメイ叔母を喪ったばかりのMCU版ピーターを支え、それぞれが背負ってきた喪失を語る。サム・ライミ版は『ベン叔父さんを、強盗を見逃したことで自分が殺した』と話し、アメイジング版は『恋人グウェン・ステイシーを、自分が支える手が一瞬遅れて落としてしまった』と告白する。アメイジング版のピーターは『君は俺じゃない、君は誰も殺していない。君は、まだ、間に合う』とMCU版を支える。3人は、ヴィラン全員を確実に治療し、誰も殺さずに事態を収束させる計画を、ライミ版の科学知識、アメイジング版の機械工作、MCU版のナノテクで共同立案する。

拠点はリバティ島の自由の女神。ちょうど、9・11以降に取り壊されていた女神像の盾と修復用足場が再建されている設定で、巨大な戦場と、シリーズ三作分の象徴的な高所が同時に用意される。ヴィランを呼び出すための『信号』には、メイ叔母を奪った『ヴィューグル』本社近くから、3つの宇宙のピーターが力を合わせて発する電子的なおびき寄せが使われる。

自由の女神での総力戦

夜のリバティ島に、五人のヴィランが順次到着する。最初にエレクトロが島の発電網へ侵入し、女神像の盾の周辺を電磁嵐で覆う。サンドマンが砂塵となって女神の頂上へ駆け上がり、リザードが地下水脈から這い出し、ドック・オクが意識を取り戻して触手で像の鉄骨を抱きしめる——治療済みのオクタヴィアス博士は早々に味方に回り、3人のピーターの作戦に協力する。最後にグリーン・ゴブリンが、爆弾を抱えてグライダーで現れる。

戦いの中盤、アメイジング版ピーターは、墜落していくMJを、十数年前の自分が果たせなかった『落下する恋人を助ける』動きで、間に合う速度で受け止める。彼の眼から涙がこぼれる短い静止画は、本シリーズが2作で終わってしまったことへの埋め合わせとして、観客に強く刺さる名場面となる。ライミ版ピーターは、ノーマンの治療剤を投げ、サンドマンに『フリント、家に帰ろう』と語りかけて砂を鎮め、エレクトロにはアメイジング版自身が『君は本来モンスターじゃない』と語って弱体化させる。

MCU版ピーターは、メイを殺したグリーン・ゴブリンとの最終決着に向かう。怒りに駆られて治療剤を捨て、ゴブリンを叩き殺そうとしたピーターを、背後からライミ版ピーターが受け止め、『やめろ、君は俺じゃない』と諭す。ピーターはギリギリのところで矛を収め、治療剤をノーマンに投与する。ノーマンは『……俺は何をしてしまったんだ』と崩れ落ちる。

だが、その時点ですでに、暴発した呪文と五人のヴィラン全員のこちら側への引力が限界を超え、現実の裂け目から、ほかの宇宙のあらゆる『スパイダーマンを知る者』——シンビオート由来のヴェノム、トカゲ人間の群れ、ありとあらゆる敵——が現実に流れ込み始める。空が割れ、暗い影が無数のシルエットとなってリバティ島の上空へ降りてくる。

最終呪文——『ピーター・パーカーを忘れてくれ』

ミラー次元から抜け出してきたストレンジは、最後の手段を提示する。ピーター・パーカーという人物の存在を、この宇宙のすべての人間の記憶から消去する呪文を、空中で展開しきれば、ほかの宇宙の存在は『自分たちの世界のスパイダーマン』のことを思い出し、勝手に元の宇宙へ帰る——その代償として、こちらの宇宙の誰一人として、もうピーター・パーカーを知らなくなる。

ピーターは、メイ叔母を喪った直後の自分が、すでに『家族の暮らし』を持っていないことを自覚している。最後にMJの腕を取り、『俺を必ず探す。覚えていなくても、必ず、君の前にもう一度立つ』と約束する。ストレンジは呪文を展開し、空に渦巻いていた裂け目は閉じる。アメイジング版とライミ版のスパイダーマンはそれぞれの宇宙へ帰り、ヴィラン五人もそれぞれの時点へ戻されていく。ノーマンは『お前は——本当にすごい子だった』と最後にピーターに告げて消える。

数週間後、ピーターは制服のままミッドタウンのコーヒースタンドに入り、MJが働く店のカウンターでオーダーを試みる。MJはまったく彼を覚えていない。ピーターは『……何でもない、ありがとう』と告げ、店を後にする。同じ午後、ネッドとMJが共にMITへ進学する話を交わしている横を、ピーターは見えない他人として通り過ぎる。

ピーターは家に帰り、メイ叔母の墓前に立つ。ハッピー・ホーガンとも初対面のやり取りを交わす。屋上に上ったピーターは、自分で縫った、地味で機械的補助の少ない、布の青と赤のスーツに袖を通す。本作のラストカットは、誰の記憶にも残らない『新しい』スパイダーマンが、ニューヨークの空を一人で泳ぎ出していく後ろ姿である。ここでMCUは、トニー・スタークの遺産も、ニック・フューリーの保証も、メイの暮らしも持たない『ゼロからの』スパイダーマンを手にする。

ミッドクレジット/ポストクレジット

ミッドクレジット・シーンは、メキシコのビーチバー。『ヴェノム:レット・ゼア・ビー・カーネイジ』(2021)のポストクレジットでMCU世界に流された記者エディ・ブロックとシンビオートのヴェノム(トム・ハーディ)が、CNN風の街頭ニュースから『過去5年の出来事』を必死で理解しようとする滑稽な数分間で、別宇宙からの来訪者として笑いを取りながら世界観の整理を試みる。マルチバースの裂け目が閉じる瞬間、エディとヴェノムは元の宇宙へ吸い戻されていく——が、ヴェノムは小さな黒い共生体の塊を、バーのカウンターに置き忘れていく。これが、MCU世界に残された『最初のシンビオート』として、後の物語に伏線を残す。

ポストクレジット・シーンは、サム・ライミ監督の次作『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)の本予告で、Web上に同日公開された約3分の映像が劇場版に組み込まれた。ストレンジが鏡の世界で叫び、ワンダ・マキシモフがダークホールドを開き、別宇宙の自分自身と対峙する未来が短く提示される。MCUのマルチバース・サーガはここから、本作の余韻を抱えたまま次のフェーズへ突入する。

登場要素

本作に登場・言及される主な要素を、過去シリーズからの来訪者も含めて分類して示す。三つの実写スパイダーマン・シリーズの遺産が一つの宇宙で交わるため、組織と用語のレイヤーがシリーズ随一に厚い。

主要人物

  • ピーター・パーカー/スパイダーマン(MCU版/トム・ホランド)
  • MJ(ミシェル・ジョーンズ)
  • ネッド・リーズ
  • メイ叔母
  • ハッピー・ホーガン
  • ドクター・スティーヴン・ストレンジ
  • ウォン
  • マット・マードック/デアデビル(カメオ)
  • J・ジョナ・ジェイムソン

ヴィラン

  • ノーマン・オズボーン/グリーン・ゴブリン(『スパイダーマン』2002)
  • オットー・オクタヴィアス/ドック・オク(『スパイダーマン2』2004)
  • フリント・マルコ/サンドマン(『スパイダーマン3』2007)
  • マックス・ディロン/エレクトロ(『アメイジング・スパイダーマン2』2014)
  • カート・コナーズ/リザード(『アメイジング・スパイダーマン』2012)

サポート(過去シリーズからの来訪者)

  • ピーター・パーカー/スパイダーマン(サム・ライミ版/トビー・マグワイア)
  • ピーター・パーカー/スパイダーマン(アメイジング版/アンドリュー・ガーフィールド)
  • エディ・ブロック/ヴェノム(『ヴェノム』シリーズ)

組織

  • マスターズ・オブ・ザ・ミスティック・アーツ(カマー・タージュ)
  • サンクタム・サンクトラム(ニューヨーク聖域)
  • FBI/地方検事局
  • ミッドタウン高校
  • デイリー・ビューグル(旧来のオフィス、ジェイムソン主宰のWebサイト)
  • スターク・インダストリーズ(残務)

場所

  • ニューヨーク市マンハッタン
  • クイーンズのアパート
  • ハッピー・ホーガンのコンドミニアム
  • ロウアー・マンハッタンの捜査局
  • ハイラインの橋上シークエンス
  • クイーンズボロ橋
  • ミッドタウン高校屋上
  • サンクタム・サンクトラム
  • ミラー次元
  • リバティ島/自由の女神像
  • メイ叔母の墓地

アイテム・技術

  • アイアン・スパイダー風スーツ(ナノテク)
  • アメイジング版の機械式ウェブ・シューター
  • ライミ版の生体式ウェブ
  • サム・ライミ版ピーター手製の血清
  • メイ叔母の手描きステッカー
  • ヴィラン治療装置(インヒビター・チップ等)
  • マキナ・ディ・カダバス(封印用箱)
  • ティモシー・スリングリング(時を扱うスリング・リング)
  • ヴェノムの黒い共生体の小片

能力・概念

  • スパイダー・センス(『ピーター・チングル』)
  • マルチバース
  • ヴァリアント
  • ルーン魔術(カフ=カウル)
  • ミラー次元
  • 記憶消去呪文
  • 因果律の修正
  • アンカーされた存在(『正体を知っている者』)

ポストクレジット要素

  • ヴェノムとエディ・ブロックの帰還/取り残された共生体
  • 『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』本予告(ストレンジ、ワンダ、アメリカ・チャベス、シナリオ断片)

主要登場人物

本作は、トム・ホランド版ピーターの『最後の家族』を奪い、別宇宙から呼び寄せた『もう二人の自分』との対面を通じて、シリーズ全体の継承と喪失を可視化する物語である。ヴィランも、ピーターたちも、それぞれが20年分の前史を背負って画面に立つ。

ピーター・パーカー/スパイダーマン(トム・ホランド)

本作のピーターは、開幕で『有名人』にされ、結末で『誰にも知られない人物』になる、シリーズで最大の振れ幅を経験する。アイアン・スパイダー風スーツとナノテクという『トニー・スターク仕込み』のおもちゃは、メイの死を経て徐々に剥がれ落ち、最後は布の青と赤の素朴なスーツに自分で着替える。MCUスパイダーマンが『次のアイアンマン』であることをやめ、本来のスパイダーマンに戻る瞬間として、結末は機能している。

ホランドは本作で、シリーズで最も荒い感情の振れ——メイを失う場面の絶叫、ノーマンに飛びかかる怒り、トビー・マグワイアに肩を抱かれて崩れる弱さ、MJに『俺を必ず探す』と告げる別離の静けさ——を演じ分け、Saturn Award最優秀主演男優賞のノミネートを獲得した。三部作のなかで、彼のピーターがついに『大人の傷を負ったヒーロー』に変わる、決定的な一作になっている。

ピーター・パーカー/スパイダーマンの人物ページ 前作:スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム

ドクター・ストレンジ/スティーヴン・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)

ソーサラー・スプリームの座をウォンに譲った直後の、独身マンハッタン在住の中堅魔術師として登場する。子供じみたピーターの願いを面白がって受け入れる軽さと、暴走した呪文を箱に閉じ込めるために自らの命を賭ける重さの両方を行き来し、ミラー次元でピーターを叱責する場面ではMCUのストレンジ像の幅を一気に広げる。

ストレンジが『教師』としてピーターに『君が選ぶしかない』と言い切らせる構成は、続編『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』の主題——マルチバースは結局、ひとりの選択が宇宙を作る——への伏線として強く機能している。

ドクター・ストレンジの人物ページ 続編:マルチバース・オブ・マッドネス

メイ・パーカー(マリサ・トメイ)

シリーズ4作目にしてついに、『大いなる力には大いなる責任が伴う』という旧来のキャッチフレーズが、メイ叔母の口から語られる。本シリーズはこの台詞をベン叔父さんの遺言として描かず、避難所のキッチンでヴィランたちに食事を作りながら『治療できるなら治療しよう』と説く、共生と再生の信念として言い直した。

メイの死は、本作で最も鋭い分岐点である。ピーターは彼女を喪った瞬間、自分の選択が叔母の人生を奪ったと自覚し、ここから初めて『英雄であることを後悔する』。トメイは、シリーズで最も短い登場時間で最も大きな喪失を担い、ホランドの三部作全体の感情的支柱になっている。

MJ(ゼンデイヤ)/ネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)

MJは、ピーターの正体を世界中に晒された直後、自分自身も大学合格を取り消され、街でカメラに追われる立場になっても、ピーターを庇い続ける。リバティ島の落下のシークエンスでは、本シリーズ版のMJが、アメイジング版ピーターの『間に合う手』に救われるという、世代を超えた贖罪が組まれている。

ネッドは本作で『ストレンジから盗み取ったスリング・リングを偶然使いこなしてしまう』というコメディの起点になり、3人のスパイダーマン共演を物語的に成立させる導線を担う。アメイジング版とライミ版を呼び寄せ、台所で彼らをまとめるのは、結局ピーターのオタクの親友である——というシリーズの優しさが、この役柄に集約されている。

5人のヴィラン(デフォー/モリーナ/フォックス/チャーチ/エヴァンス)

ウィレム・デフォーのグリーン・ゴブリンは、20年前の自分の演技を一切弱めず、本作でも『同じ役者が同じ役を演じる』ことの異常な迫力を見せる。治療を拒み、メイを殺し、最終的に治療剤で人格を取り戻して『俺は何をしたんだ』と崩れる場面は、デフォーが20年前から温めていた『ノーマンが自分を直視する』瞬間として読める。

アルフレッド・モリーナのドック・オクは、本作で最も早く治療されて味方になり、自由の女神での総力戦では4本の触手で別宇宙のピーターを補助する。ジェイミー・フォックスのエレクトロは、青い肌のCG処理を脱いで本来の俳優の顔のまま登場し、『今度こそ普通の人間に見える状態でやらせてくれ』というシリーズの再交渉を体現する。リス・エヴァンスのリザードとトーマス・ヘイデン・チャーチのサンドマンは、CGの比重が大きい役柄だが、それぞれ『家族の元に帰りたい人』として最終的に治療される——本作のヴィランは、最後まで『敵』として残らない構造になっている。

もう二人のピーター(トビー・マグワイア/アンドリュー・ガーフィールド)

トビー・マグワイアのピーターは、サム・ライミ版三部作(2002/2004/2007)から呼ばれ、生体式のウェブ・シューター(手首から自前で出る糸)を持ち、結婚はしていないがMJ・ワトソンとの関係を続けている設定で登場する。穏やかで、現代のスマートフォン文化に戸惑い、若いMCU版ピーターに『俺はベン叔父さんを失った。お前の気持ちはわかる』と肩を抱く。

アンドリュー・ガーフィールドのピーターは、『アメイジング・スパイダーマン』2作(2012/2014)から呼ばれ、機械式のウェブ・シューターと、亡くしたグウェン・ステイシーへの罪悪感を背負う。自由の女神でMJを受け止める場面は、彼自身が10年来抱え続けてきた『落とした手』を取り戻すための祈りに見える。本作は二人の俳優にとって、それぞれが演じきれなかったシリーズに対する公式の『お別れの儀式』として機能している。

舞台と用語

舞台は、本三部作で繰り返し描かれてきたクイーンズとマンハッタンに加え、サム・ライミ版三部作と『アメイジング』シリーズの象徴であった『高所の戦場』——本作では自由の女神像の修復足場——が組み合わされる。観客は、ライミ版のクイーンズボロ橋、アメイジング版のオスコープ・タワー、MCU版のクイーンズの住宅街、そして全シリーズに共通する『ニューヨーク上空のスウィング』が、一本の映画の中で連続する瞬間を見ることになる。

用語面ではマルチバース、ヴァリアント、ミラー次元、スリング・リングが鍵となる。これらはディズニー+ドラマ『ロキ』とドクター・ストレンジ・シリーズで導入された概念だが、本作で初めて『過去の映画から実物の俳優が現実に現れる』という形で観客に体験させられる。『正体を知っている者は宇宙の中で結びつけられている』という設定は、本作のために再定式化されたものだが、後の『マルチバース・オブ・マッドネス』『デッドプール&ウルヴァリン』でも同様のルールが部分的に踏襲される。

用語:マルチバース 用語:ヴァリアント ガイド:マルチバース・サーガ

制作

本作は、ソニーとマーベル・スタジオの共同体制で進行する三部作の最終章として、2020年から2021年にかけて極めて厳しい秘密保持環境で製作された。新型コロナウイルス・パンデミックの真っ最中であり、追加で『二人の旧スパイダーマンを出す』という史上最大級のサプライズ要素を抱えていたため、台本の流出防止と現場の安全管理の両方が、シリーズ最大級の難題となった。

企画と脚本

脚本のクリス・マッケナとエリック・ソマーズは、前作までと同じくテレビアニメ『ファミリー・ガイ』や『コミュニティ』出身の脚本家で、青春コメディの呼吸を巨大なフランチャイズへ翻訳する仕事を一貫して担ってきた。本作では、ケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル、ジョン・ワッツとともに、『ピーターが世界に正体を知られた直後、ストレンジに記憶消去を頼みに行く』という出発点を最初期に固定し、そこから『その呪文が暴発したら何が出てくるか』という逆算で5人のヴィランと2人の旧スパイダーマンを呼び寄せる構造を組んだと、後の公開インタビューで明かしている。

サム・ライミ版とアメイジング版を実際に呼び戻すかどうかは、企画段階で長く揺れた。製作陣は『出さない版』『片方だけ出す版』『3人とも出す版』の脚本断片を並行して書き、リハーサルとプリビジュアル化の双方で同時に走らせていたとされる。最終的にトビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドが両者ともに出演を快諾したことで、3人版が正規シナリオとして確定した。

キャスティング

本作の最大の達成は、過去のシリーズから5人のヴィラン俳優——ウィレム・デフォー、アルフレッド・モリーナ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、リス・エヴァンス、ジェイミー・フォックス——を全員、本人として呼び戻したことにある。デフォーは『私は2002年と同じノーマンを、何の妥協もせずに演じたい』とし、アクション本数の保証を条件に出演を承諾した。モリーナは『触手の重さの感覚を、もう一度自分の身体で覚えなおすのに数週間かかった』とインタビューで語っている。

もう二人のピーター役——トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールド——は、製作のごく終盤まで非公式に交渉が続き、撮影現場ではコードネーム(『シニア・パーカー』『ジュニア・パーカー』など)で呼ばれていたと伝えられる。マット・マードック役のチャーリー・コックスのカメオは、Netflix版『デアデビル』をMCUの正史へ正式に組み込む最初の合図として、本作以後の『デアデビル:ボーン・アゲイン』『シー・ハルク:ザ・アトーニー』などへ直結する重要な出演となった。

撮影

主要撮影は2020年10月から2021年3月にかけて、ジョージア州アトランタのトリリス・スタジオを拠点に行われた。ニューヨーク市内の橋・地下鉄・路上シーンは現地2nd unit撮影と、アトランタのバックロットでの大掛かりなセット撮影を組み合わせて作られている。自由の女神像の修復足場のセットは、アトランタ周辺のサウンドステージとロサンゼルス近郊の屋外スタジオに分割して建造され、CGで上空のヴィラン同士の対決と組み合わされた。

新型コロナウイルス・パンデミック下の撮影として、現場では検査体制と隔離期間の厳格な運用が行われ、サプライズ要素の漏洩を防ぐためには出演者の出入りそのものをコードネームで管理する徹底ぶりが取られた。トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの撮影スケジュールは、それぞれ別のスタジオに分けて段取りが組まれたうえで、共演シーンのみ最終的に合流したと、ジョン・ワッツが公開後のインタビューで明かしている。

視覚効果

視覚効果はSony Pictures Imageworks、Digital Domain、Framestore、Luma Pictures、Scanline VFXなど多社の分担で構築された。サンドマンの体表の砂粒シミュレーション、リザードの表皮と筋骨格、エレクトロの発光する電磁シミュレーションはそれぞれ過去シリーズの画作りを意識した上で、現代の解像度に合わせて全面的に再構築された。

ストレンジの呪文の暴発と最終呪文の魔法陣は、Method/Frameストア系の流体シミュレーションを大規模に動員し、夜のリバティ島の上空に『あらゆる宇宙のスパイダーマンの敵』の影を映し出す壁面ショットでは、過去シリーズのキャラクター(ヴェノム、ライノ、スコーピオン等)のシルエットを意図的に潜ませる演出が試みられている。第94回アカデミー賞では視覚効果賞にノミネートされた。

音楽と音響

マイケル・ジアッキーノは前作までの『ホームカミング』『ファー・フロム・ホーム』のスコアをそのまま継承しつつ、本作のために、サム・ライミ版三部作のダニー・エルフマンによるメインテーマと、アメイジング版のジェイムズ・ホーナーによるテーマを、それぞれ控えめながら明確に再引用するアレンジを盛り込んだ。3人のピーターが集結する場面で、3つの主題が短いフレーズで連続して鳴る瞬間は、シリーズの歴史を一音で抱きしめる構造になっている。

音響面では、ピーターのウェブ・シューターの放射音、メカニカル・タッチでドック・オクの触手が床を打つ重い音、ヴェノムの低い喉鳴りが、それぞれ過去シリーズの音響デザインを参照しつつ、現代のDolby Atmos環境に合わせて再録音された。ホランドの息切れの音処理、メイの最期の囁き、最後のアパートの静寂——音響の繊細さは、ヒーロー映画でありながら、人を喪う場面の重力を支える役割を担っている。

編集と秘密保持

編集は、リー・フォルサム・ボイドとジェフリー・フォードが分担した。約148分の本編に5本分のシリーズの『情念』を詰め込むという無理な要請に対し、編集陣は『治療パート』『3人のピーターの邂逅』『自由の女神戦』『最終呪文と別離』の四つを長尺の感情ブロックとして配置し、ヴィランの戦闘シーンを必要最小限に削った。

秘密保持の徹底ぶりは、現代のフランチャイズ映画でも例外的だった。台本は分割配布され、サプライズの場面は俳優によって受け取るバージョンが違ったと伝えられる。トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドが出演しているという情報は、公開直前のプレミア試写でも公式には肯定されず、観客が劇場で初めて出会う体験そのものが、本作の見どころとして守られた。

公開と興行

米国では2021年12月17日、日本では2022年1月7日に公開された。新型コロナウイルス・パンデミックの影響で前年の劇場興行が壊滅していた中、本作は公開初週末で全米1.5億ドル以上、全世界で5.8億ドル以上という、コロナ禍以降最大級のオープニングを記録した。最終興行収入は全世界約19.2億ドル(再公開含む)に達し、スパイダーマン実写映画シリーズ歴代最高、2021年の全世界興収1位、MCU全体でも『エンドゲーム』『インフィニティ・ウォー』に並ぶ上位の成績となった。

賞レースでは、第94回アカデミー賞で視覚効果賞にノミネート、サターン賞のファンタジー映画作品賞を受賞、MTVムービー&TVアワードでは『最優秀映画賞』を含む複数部門を受賞した。批評集計サイトでもシリーズの過去作と比較して最上位クラスの評価を得て、観客スコアはMCU全作品中でも極めて高い水準にある。

2022年9月には、約11分の未公開・追加映像を加えた再上映版『Spider-Man: No Way Home – The More Fun Stuff Version』(邦題:『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム ENCORE』)が世界各国で公開され、再び興行ランキング上位に返り咲いた。再上映単独で世界興収約6千万ドルを追加し、その後Disney+、Amazon Prime Video等への配信展開と物理メディア化が行われた。

版差分・『The More Fun Stuff Version』

2022年9月公開の再上映版『The More Fun Stuff Version』では、劇場版にはなかったキャラクター描写・コメディシーン・余韻のカットが追加された。アンドリュー・ガーフィールド版ピーターによる路上強盗の阻止、トビー・マグワイア版ピーターと若いMCU版ピーターが化学反応について語り合う場面、メイ叔母の死後にハッピーが現れる別バージョンなどが収録され、3人のピーターの共演をより深く体験できる構成になっている。

ストーリーの大筋は劇場版と同一で、新シーンは『余韻』『再会のディテール』『コメディ』を補強する位置づけ。日本国内では『ENCORE』として再上映、その後配信版でも『拡張版』として視聴できる。劇場版が映画体験そのものの完成形だとすれば、ENCORE版は本作のファンブック的な再訪に近い体験になる。

批評・評価・文化的影響

本作は、批評・観客評価の双方でシリーズ最高クラスの支持を得た。ジョン・ワッツ三部作のなかでも、青春映画的なトーンと感情的な振れ幅、シリーズの遺産との対話、3人のピーターという史上最大級のファンサービスを一作に同居させた構成は、現代の超大作映画にとっての一つの基準点として論じられている。サム・ライミ版とアメイジング版の俳優を本人として呼び戻したアプローチは、続く『デッドプール&ウルヴァリン』をはじめとした他のフランチャイズの『レガシー・シークエル』の流れにも明確な影響を与えた。

文化的には、メイ叔母の口から発せられた『With great power, there must also come great responsibility(大いなる力には大いなる責任が伴う)』を、ベン叔父さんの遺言から『叔母の願い』へ書き直したことが、シリーズの世代論として大きな話題になった。コロナ禍以降の劇場興行を救った最大の一本としても歴史的に位置づけられ、IMAXや4D/MX4D版の同時展開、3週連続の興収1位など、興行のあり方そのものを更新する事例として参照され続けている。

舞台裏とトリビア

トビー・マグワイアとアンドリュー・ガーフィールドの出演は、撮影中も完成試写でも公式に肯定されず、公開直前の予告編や宣伝物では一切の姿が見せられなかった。両者は俳優として本作のために再びウェブ・シューターと衣装を着用し、ホランドとの3ショットの撮影日には、現場のスタッフ間で『ヒストリック・サーズデイ』と呼ばれた特別な空気が流れたと、ワッツが公開後に明かしている。

ウィレム・デフォーは、本人の希望でグリーン・ゴブリンのマスクではなく素顔(後半は割れたマスクと白い髪のメイク)で演技する場面を多く取り、20年前と同じ動きで自分でグライダーに乗るスタント部分も自ら演じた。アルフレッド・モリーナは、ドック・オクの触手を演じるために、当時よりも軽量化されたCG用ハーネスを装着し、加齢に応じた腰の負担を逆に役柄に持ち込んだ。

メイ叔母の最期の台詞『大いなる力には大いなる責任が伴う』は、シリーズ4本目にして初めて、MCUの実写映画で正式に発話されたバージョンの『あの台詞』である。ピーターが結末で着るシンプルな青と赤の手作りスーツは、衣装デザインのサンジャ・ミルコヴィッチ・ヘイズが、コミック版『アルティメット・スパイダーマン』初期の意匠を参考に、ヒーロー像を一度ゼロに戻すための『家庭科の道具で作った』スーツとしてデザインしたと語っている。

ミッドクレジット・シーンでヴェノムが取り残す共生体の小片は、ソニーとマーベル・スタジオ間の登場権利の調整によって本編内には残されたが、その後の本筋では今のところ大きな伏線回収はされていない。ポストクレジット・シーンは『マルチバース・オブ・マッドネス』の本予告で、MCUとしては初めて、ある作品の終わりが別の作品の予告に置き換わる演出となった。

テーマと解釈

中心にあるのは『継承』である。本作は、MCUのピーター・パーカーが、トニー・スタークから引き継いだナノスーツと、ニック・フューリーが守ろうとした世界の秘密と、ハッピー・ホーガンの後見と、メイ叔母の暮らしを、最終的にすべて剥がされていく物語である。それは喪失であると同時に、ピーターが『継承された装備の上にいるヒーロー』から、『一人で立つスパイダーマン』へ生まれ直すための儀式でもある。布の青と赤のスーツのラストカットは、その出生届に等しい。

もう一つの軸は『過去との和解』である。サム・ライミ版とアメイジング版のピーターは、それぞれ『叔父を救えなかった罪』『恋人を落としてしまった罪』を抱えて10年・20年生きてきた人物として現れる。彼らがMCU版ピーターの肩を抱き、『俺たちは、君を一人にしない』と語る場面は、観客にとっては『打ち切られたシリーズの主役にも、ちゃんとした終わりの言葉があった』という、メタな救済として響く。ヴィラン側も同様で、本作は『敵を全員殺さず、治療する』というシリーズ初の選択で、過去シリーズの『未解決の死』を一つずつ書き直していく。

そしてもう一つ、本作は『誰にも知られないままヒーローでいられるか』という問いを残す。世界中の人々の記憶からピーター・パーカーが消え、MJもネッドも彼を覚えていない結末は、MCUにとって極めて異例の重さを持つ。次のフェーズでこのピーターがどう描かれるかという問いを、本作は意図的に開いたまま閉じる。マルチバースという仕掛けの華やかさの裏で、本作が本当に語っているのは、力と責任、そして『誰にも知られないことの誠実さ』という、シリーズの原点回帰そのものである。

見る順番(補助)

初見であれば、『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』(2016)、『スパイダーマン:ホームカミング』(2017)、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019)の順に観たうえで本作に入るのが、最も自然に物語の重さを受け取れる順序である。ピーター個人の物語としては、最低限『ホームカミング』『ファー・フロム・ホーム』の二作を観てから本作へ進めば十分に成立する。

本作のあとは、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)が本作のポストクレジットと直接接続する次の本筋で、ディズニー+ドラマ『ロキ』『ホワット・イフ…?』『ミズ・マーベル』『シーハルク』を経て、『アントマン&ワスプ:クアントマニア』『デッドプール&ウルヴァリン』へと、マルチバース・サーガが続いていく。

  1. 前作『ファー・フロム・ホーム』のミッドクレジットでピーターの正体が世界に晒される
  2. 本作ストレンジの呪文の暴発、5人のヴィランと3人のピーターの集結、メイ叔母の死、世界からピーター・パーカーの記憶が消える
  3. 直接の次『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』でマルチバースの裂け目がさらに広がる
前作:スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム 次作(接続):マルチバース・オブ・マッドネス ガイド:マルチバース・サーガ ガイド:エンドゲーム以降を観る順

よくある質問(補助)

『あらすじだけ知りたい』場合は、正体を晒されたピーターがストレンジに記憶消去を依頼し、その呪文が暴発して過去シリーズの5人のヴィランと2人のスパイダーマンを呼び寄せ、最終的に『世界からピーター・パーカーの記憶を消す』ことで事態を収束させる——という大筋を押さえれば十分である。『結末・ネタバレを知りたい』場合は、メイ叔母の死、グリーン・ゴブリンの治療、世界からピーターを消す最終呪文、誰にも知られないままニューヨークの空へ戻るラストカットまでが核となる。

『過去のスパイダーマン映画を観ていなくても楽しめるか?』という問いには、『楽しめるが、観ていた方が圧倒的に泣ける』が答えになる。サム・ライミ版三部作とアメイジング版2作の登場人物に対する愛着が、本作の感情のピークを倍増させる仕組みになっているため、観られるなら旧シリーズも履修するのを勧める。『The More Fun Stuff Version(ENCORE版)』は、劇場版を観たあとのファンサービスとして観ると、3人のピーターの会話のディテールを楽しめる。

参考資料・脚注

作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・制作・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。

  1. Marvel公式作品ページ
  2. Sony Pictures公式(Spider-Man Movies)
  3. IMDb: Spider-Man: No Way Home (2021)
  4. Wikipedia (English): Spider-Man: No Way Home
  5. Marvel Cinematic Universe Wiki

関連ページ

スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホームと関係の深い作品、人物、用語、見る順番を確認できる。

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参照・確認先

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