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スパイダーマン:ホームカミング

ニューヨーク決戦の瓦礫から生まれたチタウリ製の武器と、クイーンズの15歳の少年が出会う——MCUのフェーズ3を準備し、トニー・スタークの『継承』の物語を青春映画の文法で語り直した、ジョン・ワッツの『ハイスクール三部作』第1作。

媒体: 映画(実写) 米国公開: 2017年7月7日 日本公開: 2017年8月11日 監督: ジョン・ワッツ
スパイダーマン:ホームカミング 公式ポスター

作品データ

作品
スパイダーマン:ホームカミング
原題
Spider-Man: Homecoming
媒体
映画(実写)
米国公開
2017年7月7日
日本公開
2017年8月11日
監督
ジョン・ワッツ
脚本
ジョナサン・ゴールドスタイン/ジョン・フランシス・デイリー/ジョン・ワッツ/クリストファー・フォード/クリス・マッケナ/エリック・ソマーズ
原作
マーベル・コミックのスパイダーマン(スタン・リー/スティーヴ・ディッコ)
製作
ケヴィン・ファイギ/エイミー・パスカル
音楽
マイケル・ジアッキーノ
撮影
サルバトーレ・トティーノ
編集
ダン・レベンタール/デビー・バーマン
美術
オリヴァー・スコール
衣裳
ルイーズ・フログリー
視覚効果
Sony Pictures Imageworks/Industrial Light & Magic/Method Studios/Luma Pictures/Iloura ほか
製作会社
マーベル・スタジオ/コロンビア・ピクチャーズ/パスカル・ピクチャーズ
配給
ソニー・ピクチャーズ・リリーシング
上映時間
133分
製作費
約1.75億ドル
興行収入
全世界 約8.80億ドル
MCU区分
フェーズ3(インフィニティ・サーガ)
物語内時系列
『シビル・ウォー』のおよそ2か月後、ニューヨーク決戦(2012年)から8年後
公式予告編は
劇場サイトで確認
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📖 全33章 / 約21K字 🔄 最終更新 2026年5月26日 ✍️ Anna Movies 編集部

スパイダーマン:ホームカミングは、2017年公開のアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)を舞台に、クイーンズに暮らす15歳のピーター・パーカーが、ニューヨーク決戦の瓦礫から生まれたチタウリ製の武器を売りさばく敵バルチャーと対決しながら、一人前のヒーローを目指す姿を描く。

トニー・スタークに見出された少年の成長を青春映画の文法で語り直した本作は、MCUのフェーズ3を担うジョン・ワッツ監督のハイスクール三部作の第1作に位置づけられる。

00概要

『スパイダーマン:ホームカミング』(Spider-Man: Homecoming)は、ジョン・ワッツが監督を務めたアメリカのスーパーヒーロー映画である。脚本にはジョナサン・ゴールドスタイン、ジョン・フランシス・デイリー、ジョン・ワッツ、クリストファー・フォード、クリス・マッケナ、エリック・ソマーズの六名が名を連ねた。製作はマーベル・スタジオ、コロンビア・ピクチャーズ、パスカル・ピクチャーズが共同で手がけ、配給はソニー・ピクチャーズが担当している。公開は米国で2017年7月7日、日本では同年8月11日。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)通算第16作にあたり、フェーズ3の中盤を支える一作となった。

本作は、トム・ホランド演じるピーター・パーカーを主役に据えたMCU正史初のスパイダーマン単独主演作である。『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』(2016)では、ドイツ・ライプツィヒ空港の決戦で15歳のピーターが短く姿を見せたばかりだった。物語は、そのピーターがクイーンズの自宅へ戻り、夏休み明けの新学期から幕を開ける。トニー・スタークから預けられた高機能スーツをまだ使いこなせず、街角のATM強盗を追いかける『ご近所スパイダーマン』。やがて彼は、瓦礫業者から武器商人へと転落した中年男エイドリアン・トゥームス——通称バルチャー——が仕切る地下経済と衝突していく。

監督のジョン・ワッツは、長編二作目のインディー作『コップ・カー』(2015)でケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル、ロバート・ダウニー・Jr.、ジョン・ファヴローらの目に止まり、本作に抜擢された。アメリカン・ニューシネマと80年代ハイスクール映画の系譜を取り込み、ジョン・ヒューズの『フェリスはある朝突然に』『ブレックファスト・クラブ』『すてきな片想い』の文法をスパイダーマンの主観カメラに重ねる——そんな演出設計が、企画初期から提示されていた。原題の『Homecoming』は、米国のハイスクールに伝わる秋の恒例行事『ホームカミング・ダンス』を指すと同時に、20年ぶりにスパイダーマンが本来の出身であるマーベルの『家』へ戻ってきたという二重の含意を帯びている。

本記事は、本編の結末をはじめ、エイドリアン・トゥームス=バルチャーの正体、リズが彼の娘であるという事実、コニーアイランドの貨物機決戦、ピーターがアベンジャーズ加入のオファーを断る選択、ミッドクレジット・シーン(マック・ガーガンによる『スパイダーマンへの怨み』提案)、そしてポストクレジット・シーン(キャプテン・アメリカの『忍耐』PSA)に至るまで、ネタバレを前提に書かれている。物語の驚きを大切にしたい読者は、本編を一度通して観たうえで戻ってきてほしい。

概要

主要データ

原題
Spider-Man: Homecoming
監督
ジョン・ワッツ
脚本
六人共同脚本(ゴールドスタイン/デイリー/ワッツ/フォード/マッケナ/ソマーズ)
原作
マーベル・コミックのスパイダーマン(スタン・リー/スティーヴ・ディッコ)
音楽
マイケル・ジアッキーノ
米国公開
2017年7月7日
日本公開
2017年8月11日
上映時間
133分
ジャンル
スーパーヒーロー、青春映画、コメディ

01あらすじ

本作は、結末に加えて、ミッドクレジットとポストクレジットの両シーンまでを含む全編のあらすじである。物語が幕を開けるのは、8年前の前史――『アベンジャーズ』(2012)のニューヨーク決戦、その直後に広がる瓦礫処理の現場だ。あの日に味わった屈辱が、8年の歳月を経て、15歳になったピーター・パーカーの“ありふれた日常”へと遅れて流れ込んでいく。十代の少年の主観でとらえたカメラと、年長の犯罪者がふりかざす論理。この二つの視点を交互に編み込みながら、物語は進んでいく。

あらすじ

プロローグ

本編が幕を開けるのは2012年、『アベンジャーズ』のニューヨーク決戦から数日後だ。マンハッタンの中心、空中要塞や巨大なリヴァイアサンが落下した現場には、無数のチタウリ製の武装、繊維状の機械部品、そしてヒーローたちの激戦が残した異質な金属が散乱している。エイドリアン・トゥームスは中規模の解体・回収業者『ベスチン・サルベージ』を営み、ニューヨーク市から正式な清掃契約を勝ち取って従業員たちの生活を守ろうとしていた。クルーがチタウリ製のエネルギー武器を地上の倉庫へ運び込み、業者登記を済ませたばかりの新たな家業に乗り出そうとした矢先、現場に一台の黒塗りのバンが乗りつける。

降り立つのは、『ダメージ・コントロール局(D.O.D.C.:Department of Damage Control)』を名乗る連邦と民間の合弁組織の、スーツ姿のエージェントたちである。彼らは冷ややかに告げる。ヒーロー戦後の異物の回収・処理は今後すべて当機構が一元管理する、現契約はこの場で破棄、回収済みの素材はすべて引き渡せ、と。その背後には、アイアンマンこと富豪トニー・スタークと米国政府の合弁という構造が透けて見える。怒鳴り散らすトゥームスを、現場マネージャーのメイソン(後の『ティンカラー』)が制する。「もう買い込んだ。トラックも、家のローンも、子供の学費も、全部、これに賭けた」。

車のなかで、トゥームスは決断する。彼はチームを引き連れ、その日のうちにダメージ・コントロール局の目を盗み、チタウリ製の異質金属とエネルギー核を私的に隠匿。地下市場向けの武器を組み立てる事業へと舵を切る。部品の改造を担うのは技術担当のメイソン、運搬と販売を引き受けるのは、後にショッカー一号(ジャクソン・ブライス)、ショッカー二号(ハーマン・シュルツ)として登場する若いクルーたちだ。冒頭の十数分は、ピーター・パーカーが画面に現れる前に、本作のヴィランが抱える『正当な怒り』を観客へ理解させる、丁寧で冷たい前史となっている。

ピーターのスマホ撮影日記

前史から8年後、画面はピーター・パーカー自身が撮影した縦長のスマートフォン動画へと切り替わる。観客はここから、『シビル・ウォー』のためにドイツへ呼ばれた数日間を、ピーターの自撮りビデオ・ブログとして追体験していく。ハッピー・ホーガンに迎えられて空港へ向かい、専用ジェットでベルリンへ。ホテルの部屋でアイアン・スパイダースーツを試着し、空港での決戦に加わる。キャプテン・アメリカと短い言葉を交わし、アント・マンの巨大化を目の当たりにする。軽傷を負って医務室で目を覚ました朝には、トニーから「よくやった」と褒められ、ハッピーに「家まで送ってやる」と告げられて自家用車に押し込まれ、クイーンズの自宅前で降ろされる——その一部始終が、興奮したティーンエイジャーの撮影越しに映し出されていく。

クイーンズの自宅前でハッピーが車を降りると、メイ叔母さん(マリサ・トメイ)が現れる。ピーターはハッピーに「あのスーツはトニーから貰ったの?」「次はいつ呼んでくれる?」と矢継ぎ早に質問を浴びせるが、ハッピーは「落ち着け、キッド。トニーから連絡が行く」と曖昧に応じ、走り去っていく。冒頭の自撮りタイトル『A Film by Peter Parker』のテロップが消えると、観客はそこから一気に2か月後の現代へと放り込まれる。「ヒーロー戦のさなか、自分の手で撮ったホームムービー」という主観——本作の語り口の鍵は、わずか数分のうちに観客の身体へと染み込まされているのだ。

放課後のクイーンズ

舞台は2か月後、夏休み明けのミッドタウン理工系高校。ピーターは、親友ネッド・リーズ、片想い相手のリズ・アラン、皮肉屋のクラスメイト『MJ』ことミシェル・ジョーンズ、いじめっ子のフラッシュ・トンプソン、デカスロン(学力競技クラブ)の顧問ハリントン先生らとともに、騒がしい新学期を迎えていた。午後の授業が終わるなり、ピーターは放課後の活動『スターク・インターンシップ』を口実に教室を抜け出す。そして数日に一度、ハッピー・ホーガンに状況報告のメッセージを送り続ける——ハッピーはそのほとんどを未読のまま放っておくのだが。

ピーターの『仕事』といえば、クイーンズの近所で起きたATM強盗の制圧、自転車泥棒の引き渡し、道に迷った老婦人にデリの場所を教える程度の、ささやかな善意の積み重ねである。彼は屋根の上から歩道を見下ろし、誰かの叫び声を待つ。ある夜、ATMを襲った強盗団が、スパイダーマン登場以前には市場に出回りようのなかった種類のエネルギー武器を撃つ。放たれた一発が道路の向かい側にあるサンドイッチ店『デリゲット・ニカ』のシャッターを溶かし、店主ミスター・デルマー(ハンク・ペッパーミント)の店ごと爆発に巻き込んでしまう。猫のマーフィーは無事だ。強盗を制圧しながら、ピーターは彼らが手にしていた武器の異常さに気づく。

その夜、自室に戻ったピーターは、密かに持ち帰った武器の一部を親友ネッドに見せる。ネッドが偶然『起動ボタン』を踏むと、武器が反応炉を吹き飛ばし、部屋の壁を一段抉り取る。翌日からピーターは、放課後の時間を『この武器を流通させているネットワークの追跡』に費やすようになる。それと並行して、ネッドはピーターの正体を完全に知ってしまう——更衣室のクローゼットの扉を開けた彼は、天井に張り付いたままパソコンに繋がれているピーターの姿を目にするのだ。『お前、スパイダーマンなのか?』『今度はクラスのみんなにバラさないから、いったい何なんだ』——ネッドのこの場面こそ、本作のコメディの感情をすべて担う出発点として置かれている。

クイーンズの裏路地

ピーターの追跡は、放課後の路地に現れたATM強盗団から始まり、やがて夜のクイーンズ、倉庫街の裏取引へと広がっていく。買い手はマック・ガーガンと名乗る男。首に大きなサソリ型の刺青を入れた、ニューヨークの中堅犯罪者だ。売り手はトゥームスの右腕である若者ジャクソン・ブライス(『ショッカー一号』)と、その同僚ハーマン・シュルツ(後の『ショッカー二号』)である。ピーターは取引現場に忍び込み、武器を一気に押収しようとするが、暗闇の中で迷い、商品をひっくり返してしまう。さらにブライスたちが装着していた共振手袋(『ショッカー・ガントレット』)が暴発し、建物の半分を吹き飛ばしてしまうのだ。

そこへ、巨大な機械翼を広げた黒い人影が上空から舞い降りる。通称『バルチャー』、エイドリアン・トゥームスその人である。トゥームスはピーターを抱え上げ、空高くへとさらっていく。観客が本編で初めて、明らかに『普通の市民』ではないトゥームスの正体を目にする瞬間だ。トゥームスはピーターを湖の上空数千フィートで放り出し、悠然と飛び去る。寸前にハッピーへ連絡を取ろうとしていたピーターを、スーツが自動操縦モードに切り替わって湖面へと運んでいく。浅瀬で半ば気を失ったピーターは、ここで初めて気づく——トニー・スタークが遠隔で何かを仕込んでいたこと、そしてスーツには自分の知らない数多くの機能がロックされていることに。

翌日からピーターはネッドの手を借り、スーツのトレーニング・モードのロック解除に挑む。AIアシスタント『カレン』(声:ジェニファー・コネリー)が初めて語りかけ、武器の発射モードを4桁の暗証番号とともに次々と披露していく。自分が手にしていたのが街の便利屋スーツなどではなく、戦闘用兵器の塊だったと、観客もここで初めて知ることになる。ピーターは『スターク・スーツの全機能を解放するな』というハッピーへの暗黙の指示を無視し、一晩でロックの大半を解き放ってしまう。

ウォシントンDC

ハリントン先生率いるデカスロン部は、全国学力競技大会に出場するため、専用バスでワシントンDCへ向かう。ピーターもチームの一員で、部長はリズ、補欠にMJ、ネッドが副官格として顔をそろえる。ホテルに着いた夜、ピーターは部屋を抜け出し、単独である倉庫へ潜入する。DC近郊のメリーランドにあるその倉庫は、カレンが武器の異常な放射シグネチャを検出した場所だ。中ではトゥームスの一味が、新型の重力中和器を試していた。ピーターはトラックの底にひそかに張りつき、貨物が連邦施設へ運ばれる未明の道のりを、猛スピードで運ばれていく。

翌朝、デカスロン部は本番会場の予選を勝ち抜き、祝賀ツアーとしてワシントン記念塔の展望台へ向かう。観光客ですし詰めのエレベーターの一台に、ネッドのリュックに隠してあった重力中和器が紛れ込んでいた。中和器は塔の高さで作動し、エレベーターのケーブルとカウンターウェイトを破壊する。地上およそ400フィートの高さで、クラスメイトたちはケージの中に閉じ込められ、そのケージごと落下しかけていた。

数キロ先の保安検査場の外で取引現場を見張っていたピーターは、ネッドからの『助けて』という通信を受け取る。彼は街路をパルクールで駆け抜け、塔のエレベーター・シャフトの外壁をよじ登っていく。だが塔の表面はウェブでは張りつきにくく、何度も滑り落ちながら、ようやく頂上付近の窓を破ってシャフトへ侵入する。下からエレベーター・ケージを支え、リズ・アランをはじめとするクラスメイトを一人ずつ救い出していく――この一連の場面で、ピーターは初めて『ヒーロー以外の選択肢のない状況』を引き受ける。本作の感情における第一のピークである。

スタテン島フェリー

ニューヨークに戻ったピーターは、自室でネッドと並んで大型スーツの解析を続けるうち、トゥームスの一味がスタテン島フェリーの埠頭で大規模な武器取引を行うという情報を掴む。フェリーの出航時刻、彼は決断する。トニー・スタークから託された『ご近所スパイダーマン』の役目を超え、明らかに格上の一味全員に立ち向かおうというのだ。ハッピーには「大物を見つけた」「どうしても今日やりたい」と何度もメッセージを送る。だがハッピーは前夜、ピーターから届いた百通近い未読メッセージを「新しい職務」として目を通している最中で、対応が追いつかない。

フェリーの甲板で、ピーターはトゥームス、ガーガン、シュルツら十数人の犯罪者を前に、たった一人で降り立つ。そこへFBIの覆面捜査官たちが一斉に突入し、現場は三つ巴の銃撃戦と化す。混戦のさなか、トゥームスの新型反重力ガンの一発がフェリーの船体側面を直撃する。船は中央から真っ二つに割れ始める。ピーターは数百名の乗客を救おうと、大量のウェブを放ち、左右に裂けた船体を巨大なウェブの綱でつなぎ止めようとする。だがウェブは耐えきれず、船は刻一刻と海面下へ沈んでいく。

そこへ画面の上から飛んできたのは、アイアンマン本人——スーツに身を包んだトニー・スタークだった。両側の船体を自らのリパルサーで溶接し、機械的に縫い合わせていく。下から押し上げ、応急の修繕を施し、乗客の命を救ったのは、ピーターではなくトニーだった。

フェリーの一件のあと、かつてフランス領事館だった建物の屋上で、トニーはピーターと正面から向き合う。「君に与えた仕事は、ご近所スパイダーマンだ。Avengersのオーディションを受けろと頼んだ覚えはない」「成功しなくてよかった——もし沈んでいたら、あの数百人の血は君の手につく」。そうしてトニーはスパイダースーツを取り上げる。「スーツがなければ何もないというなら、君にそれを着る資格はない」。ピーターは半ば泣きながら「でも、僕はそれしか持っていないんだ」と訴える。スーツを失った彼は、自らの手で縫ったホームメイドの赤い覆面と、青いトレーナーに描いた『布製スパイダー』へと逆戻りする。フェーズ3のなかで最も冷静な、最も大人の判断としてのトニーの叱責は、本作の精神的などん底を象徴している。

ホームカミング・ダンス

数日後、ピーターはようやく勇気を出してリズ・アランをホームカミング・ダンスに誘い、彼女から「迎えに来てほしい」と告げられる。当夜、メイ叔母さんに教わったネクタイの結び方で身支度を整え、白いタクシーでリズの家へ向かった。玄関の扉を開けたのはリズの父親だった。背は低く、ハーフリムの眼鏡をかけ、温かい笑みを浮かべた中年の男——それがエイドリアン・トゥームスである。

リビングに通されたピーターは、飾られた家族の写真を眺める。やがて、リズが鏡の前で髪を整えるわずかな合間に、父トゥームスの車で会場まで送られることになる。助手席のピーターを、トゥームスはバックミラー越しにじっと見つめる。途中の信号待ちで、彼は娘の前では決して見せない冷たい声でこう語りかけた。「お前は——あの少年か。あの夜、フェリーを縫っていた、布の覆面を被った」。トゥームスは銃を取り出すと、車中のわずか数分でピーターを脅し、最後にこう告げる。「私はお前を殺しはしない。リズの夜を台無しにしたくはないからだ。だが、お前が今夜以降一歩でも我々の事業へ近づけば、お前と、お前の家族と、お前の隣のおばあさんと、お前のミセス・デルマーを、私は全員殺す。さあ、入れ。彼女を待たせるな」。

本作最大級のサスペンスは、銃ではなく「家族の倫理」によって組み上げられた、この車中のわずか十分にある。マイケル・キートンとトム・ホランド、二人芝居の張り詰めた静けさは、フェーズ3のMCU全体でも最も低体温の数分の一つとして、たびたび語り継がれてきた。校門で別れたピーターは、ダンス会場の体育館へリズと並んで入るものの、数曲のうちに彼女に詫びると、駆け出して手製のスパイダースーツに着替える。向かう先は、トゥームスがその夜のうちに準備していた最大の作戦——ニュー・アベンジャーズ施設へ装備を運ぶスターク社の貨物機襲撃——を阻止するためだった。

貨物機決戦

トゥームスの作戦は単純かつ大胆だ。舞台は、『アベンジャーズ・タワー』が解体され、すべての装備が自動運航のスターク社カーゴ・ジェットでニューヨーク北部のニュー・アベンジャーズ施設へと運ばれる、その夜である。雲の上を低速で進むジェットの腹に、バルチャーは翼の推進ガスで側面パネルを切り裂いて降り立ち、機内をごっそりと空にしていく。一方のピーターは、布製のスパイダースーツ姿のままクイーンズの埠頭からトゥームスの基地倉庫まで走り、シュルツとの最後の戦いを切り抜けると、放ったウェブを頼りに上空のジェットへ取りつく。

ジェットの内部では、トニーの遠隔操縦AIが積み荷のリストを淡々と読み上げている。やがてピーターはバルチャーと正面から向き合う。操縦舵が破壊され、機体は北上をあきらめて進路を東へ転じ、コニーアイランドの遊園地が並ぶ海岸線へと墜落していく。爆発、墜落、そして積み荷の二次爆発——その混乱のさなか、ピーターはバルチャーのスーツに取りつき、翼の推進ガスのコイルが過熱して自爆寸前に陥っていることを、その目で見抜く。

本作のクライマックスは、観客の予想を裏切るかたちで描かれる。ピーターが選ぶのは、『敵を倒す』ことではない。爆発する翼の真上で気を失っているトゥームスを、彼は自らのウェブで覆ってコイルの熱から守り、燃え盛る砂浜の上で、ただトゥームスの命だけを救うのだ。もしトゥームスが死ねば、リズは父親を失う——『これは私が約束した夜だ』。ピーターのその倫理は、あの夜、体育館で結んだネクタイの記憶のまま揺らがない。明け方の海岸で、ピーターはトゥームスを警察に引き渡し、自身は朝日の差す浜辺を走り去っていく。

アベンジャーズ加入の打診と、その拒否

数日後、ピーターはハッピー・ホーガンに連れられてニュー・アベンジャーズ施設に呼び出される。トニー・スタークはそこで、彼を「アベンジャーズの正式メンバー」として披露する記者会見の準備を進めていた。真新しい赤と金のアイアン・スパイダースーツが、ガラスケースのなかで彼を待っている。トニーは笑いながら告げる。「ペッパーにプロポーズの真似事でもして、そのままカメラの前に出ればいい。それで君は新たなアベンジャーズの一員だ」と。

数秒の沈黙のあと、ピーターは断る。「いえ、僕は……まだ、クイーンズの『ご近所スパイダーマン』のままでいたいんです」。会見場の重い扉を一度だけ押し開け、外で待ち構える記者団の視線を横目で確かめると、彼は自分の足でその場を去っていく。トニーは戸口で「よくやった、キッド」と小さく頷き、ペッパーには「大丈夫、予定通り婚約パーティに進んでくれ」と肩をすくめてみせる——ジョーク半分の婚約サインだった『シビル・ウォー』以来の伏線が、ここでひと粒だけ落とされる。

クイーンズの自宅では、メイ叔母さんがピーターの部屋に入り、ベッドの上に丸めて置かれたスパイダースーツを見つける。彼女の口をついて出るのが、本作のラストを飾る一語「WHAT THE F——!」だ。本編はこの叫び声とともに幕を閉じる。これは2018年の『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』、そして続編の『ファー・フロム・ホーム』『ノー・ウェイ・ホーム』へと向かう流れのなかで、メイがピーターの秘密に深く関わっていく、その公式な発火点として置かれている。

ミッド/ポストクレジット

ミッドクレジット・シーン。舞台はニューヨーク市の連邦刑務所。フェリー事件で逮捕されたマック・ガーガン(マイケル・マンドー)が、収監中のエイドリアン・トゥームスへにじり寄り、低い声で囁く。「外の連中に話がある。スパイダーマンの正体を知っている奴がいるという噂だ。誰だ、教えろ。借りは返す」。トゥームスは、リズの父としての顔と、バルチャーとして生きた過去の両方を脳裏に浮かべ、コーヒーカップ越しに笑ってみせる。「いいや、知らないね。本人にも会ったこともない」。娘と交わした夜の約束を、彼は刑務所の机の上でもなお守り続ける。本作で最も静かでありながら、最も大きく人物像を補強する場面だ。同時に、のちの『ノー・ウェイ・ホーム』へとつながるショッカー=シニスター・シックス系のラインの種が、ここに撒かれている。

ポストクレジット・シーン。スティーブ・ロジャース/キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス)が、青いキャプテン・スーツ姿で、教育用PSA動画のカメラの前に立つ。テーマは『忍耐(Patience)』。深呼吸をひとつ、生徒たちへ語りかける。「忍耐とは、君が今欲しいものを、しばらく我慢して……うむ、なんと言うか……」。数秒の沈黙ののち、彼は画面の外のスタッフへ問いかける。「これ、何本目だい? 子供たちが本気でこの動画を観ているなんて、ハッキリ言って信じられないんだが」。エンドカードに白く浮かぶ『How many of these have I done?』の一言が、本作の青春映画的なトーンに添えられた、最後の挨拶になっている。

ここまでが全編のあらすじである。以降は登場要素、人物、制作背景、公開と興行、批評・評価、舞台裏、テーマを資料として読み解くための章が続く。

登場要素

本作は、クイーンズの自宅、ミッドタウン理工系高校、スターク・インターンシップという『日常』の三角形に、武器密売の地下経済、ウォシントンDCの記念塔、スタテン島フェリー、ホームカミング・ダンス会場、そしてコニーアイランドの貨物機決戦という『夜の側』を重ね合わせて構築されている。以下、主要な人物、場所、道具、組織を分類して示す。

  • ピーター・パーカー/スパイダーマン(トム・ホランド)
  • ネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)
  • リズ・アラン(ローラ・ハリアー)
  • ミシェル『MJ』ジョーンズ(ゼンデイヤ)
  • フラッシュ・トンプソン(トニー・レヴォロリ)
  • ベティ・ブラント(アンガリー・ライス)
  • ハリントン先生(マーティン・スター)
  • コーチ・ウィルソン(ハンニバル・ビュレス)
  • メイ・パーカー(マリサ・トメイ)

  • エイドリアン・トゥームス/バルチャー(マイケル・キートン)
  • ハーマン・シュルツ/ショッカー二号(ボキーム・ウッドバイン)
  • ジャクソン・ブライス/ショッカー一号(ローガン・マーシャル=グリーン)
  • フィニアス・メイソン/ティンカラー(マイケル・チャーナス)
  • マック・ガーガン(マイケル・マンドー、後のスコーピオン)
  • アーロン・デイヴィス(ドナルド・グローヴァー、原作プラウラーへの伏線)

  • トニー・スターク/アイアンマン(ロバート・ダウニー・Jr.)
  • ハッピー・ホーガン(ジョン・ファヴロー)
  • ペッパー・ポッツ(グウィネス・パルトロー、終盤の婚約お披露目場面)
  • スティーブ・ロジャース/キャプテン・アメリカ(クリス・エヴァンス、PSA動画のみ)
  • AIアシスタント『カレン』(声:ジェニファー・コネリー)
  • ダメージ・コントロール局のエージェント・アン・マリー・ホーグ(タイン・デイリー)
  • スタン・リー(カメオ)

  • スターク・インダストリーズ(解体された旧アベンジャーズ・タワーと運搬貨物機)
  • ベスチン・サルベージ(トゥームスの瓦礫業者の表向きの会社)
  • ダメージ・コントロール局(Department of Damage Control)
  • ミッドタウン理工系高校
  • デカスロン部(学力競技クラブ)
  • FBI(フェリー埠頭の覆面捜査)
  • ニューヨーク市警
  • アベンジャーズ(『シビル・ウォー』後の再編期)

  • クイーンズ(ピーターの自宅とミッドタウン高校)
  • マンハッタン中心部(『シビル・ウォー』後の街並み)
  • メリーランド/ウォシントンDC(記念塔と倉庫)
  • スタテン島フェリーの埠頭と航路
  • ホームカミング・ダンス会場(高校体育館)
  • リズの自宅(クイーンズ郊外)
  • コニーアイランドの遊園地・海岸
  • ニュー・アベンジャーズ施設(ニューヨーク州北部)
  • 連邦刑務所(ミッドクレジット)

  • スターク・スパイダースーツ(青と赤、AIカレン搭載)
  • ホームメイドのスパイダースーツ(青いトレーナーと赤い覆面)
  • アイアン・スパイダースーツ(ラスト、赤と金、未着用)
  • ウェブ・シューターと多用途ウェブ
  • チタウリ製のエネルギー武器、反重力ガン、共振ガントレット
  • バルチャーの機械翼スーツ(チタウリ製の反重力推進)
  • 重力中和器(ウォシントン記念塔の決壊装置)
  • ハッピーへの無視され続けるテキストメッセージ
  • デリ『デルマー』のサンドイッチ
  • スターク社カーゴ・ジェット

  • スパイダー・センス(劇中明示はなし、身体反射として描写)
  • ウォール・クロウル
  • 高速ウェブ・スリング
  • スターク・スーツの『スレッド・モード』『反応訓練』『カウンター・スレッド』
  • ホームカミング・ダンスのハイスクール文化
  • ヒーロー戦後の地下経済
  • プライバシーと正体の脆さ
  • 『見守る大人』の継承

  • 連邦刑務所でのガーガンとトゥームスの会話
  • ショッカー/サソリ系のシニスター・シックス系伏線
  • キャプテン・アメリカのPSA動画
  • メイ叔母さんの『WHAT THE F——』の叫び(本編ラスト)

13主要登場人物

本作の登場人物は、ピーターを軸に『十代の友情と恋』『大人からの継承』『敵となった家族』という三つの層で配置されている。それぞれの人物が、ヒーローとして生きる時間と、ひとりの高校生として過ごす時間――その境界を、別々の角度から揺さぶる役割を担う。

ピーター・パーカー/スパイダーマン

本作の主人公。クイーンズ区に暮らす15歳で、ミッドタウン理工系高校の2年生だ。現在はメイ叔母さんと二人で暮らしている。父母とベン叔父さんの死については本作でほとんど語られないが、ベン叔父さんをほのめかすメイの短い台詞——『あの夜以来、私たちは……』——が一度だけ差し挟まれる。前年の『シビル・ウォー』でドイツ・ライプツィヒ空港の決戦に駆り出された経験を、彼は人生最良の瞬間として記憶しており、物語の冒頭ではまだその余韻から抜け出せずにいる。

本作のピーターが向き合うのは、能力ではなく判断の問題だ。トニーから与えられたスーツを使いこなす知能も運動能力も十分に備えている。だが、ハッピーへ送り続けても既読にならないメッセージの数や、リズへのぎこちないアプローチが示すように、自分の力をどこで使うべきか、家庭で何を優先すべきかを、まだ一人では決められない。フェリー事件でトニーにスーツを取り上げられた数日間、彼は手製の布の覆面に戻り、装備のない十代の体一つで夜の街を駆け続ける。コニーアイランドの貨物機をめぐる決戦、そしてその後に持ちかけられたアベンジャーズ加入の打診を断る選択を経て、彼は『力ではなく、責任の選び方』を、はじめて自分の言葉で口にするのである。

演じるトム・ホランドは、撮影当時20歳前後。英国ロイヤル・バレエ・スクールとミュージカル『ビリー・エリオット』で培った身体能力を持ち、本作では高校のシーンも壁這いのアクションも、その多くを本人のスタントで撮影している。トビー・マグワイア版の内省的な孤独、アンドリュー・ガーフィールド版の苦悩のスタイリッシュさに対し、彼のピーター・パーカーは『真面目に学校へ通う15歳』としての等身大の汗と早口で再定義された——各種批評でそう繰り返し指摘されている。

エイドリアン・トゥームス/バルチャー

本作のヴィランである。ニューヨーク郊外で中規模の解体業者を営む中年の労働者で、家庭を持つ身であり、表向きはリズ・アランの父親だ。8年前のニューヨーク決戦で生じた瓦礫処理の契約を、スタークと連邦の合弁によるダメージ・コントロール局に一方的に奪われた。その怒りと、家族を路頭に迷わせまいとする決意を出発点に、地下経済の武器商人へと転身していく。彼にとってスーパーヒーローとは、自分の生活を破壊した側の権力を体現する存在にほかならない。『私たちのような人間が、私たちのような家族のために、私たちの手で取り返す』——彼を突き動かすのは、そんな素朴な労働者階級の自己正当化の論理である。

最大の見せ場は、自宅から会場へ向かう車中の場面だ。娘の前では完璧な父親でありながら、ピーターに向かって初めて『私はあの夜の覆面の少年を知っている』と笑ってみせる。マイケル・キートンの演技は、声のトーンをあえてほとんど変えない。視線と頬の力だけで人格を切り替えてみせるその芝居は、近年の悪役演技の最高峰の一つとして広く語られている。娘の夜を台無しにしないために銃の引き金を引かない彼の倫理は、貨物機決戦のあとにピーターが彼の命を救う倫理と、表裏で噛み合う。本作のヒーローとヴィランの像は、最終的に『家族の夜』を守れるかどうかという、きわめて私的な物差しの上で対称をなしているのだ。

演じるマイケル・キートンは、1989年版・1992年版『バットマン』でブルース・ウェインを演じた俳優である。2014年の『バードマン』で『落ちぶれたスーパーヒーロー俳優』を演じた、その直後にバルチャー役を引き受けた。最初のオファーは一度断っており、ジョン・ワッツによる追加のプレゼンテーションと脚本の改訂を経て、ようやく参加に至っている。80〜90年代のスーパーヒーロー俳優を、2010年代のMCUのヴィランとして甦らせる——彼のキャスティングは、本作のそうしたメタ的な構造の中心に据えられている。

トニー・スターク/アイアンマンとハッピ…

本作のトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr.)は、ピーターにとって「遠い父親代わり」として描かれる。『シビル・ウォー』後はペッパー・ポッツとの婚約を保留したまま、アベンジャーズ施設の再編に追われ、ピーターという小さな新人の面倒は、ハッピー・ホーガンに丸ごと任せきりだ。だがフェリー事件のあと、自らクイーンズの屋上へ降り立ち、ピーターにこう告げる。「君に与えた仕事はご近所スパイダーマンだ」「スーツがなければ何もないというなら、それを着る資格がない」。本作でトニーが口にするほぼすべての台詞は、のちの『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』で見せるピーターへの父性の伏線となり、確実に回収されていく。

ハッピー・ホーガン(ジョン・ファヴロー)は、トニーの長年の運転手にして親友、そして警備責任者であり、本作では事実上の管理職を担う。前作『シビル・ウォー』以来、ピーターから届いた数百通のメッセージを未読のまま抱え込み、空港へ送られ、最後はニュー・アベンジャーズ施設の受付係という職務を引き受ける。その不器用な反応と、終盤でピーターにかける「よくやった」という短い一言が、ハッピーという男の物語に本作なりの決着をつける。続編『ファー・フロム・ホーム』でベルリンに迎えに来る場面の、感情的な伏線にもなっている。

トニーが本作で選ぶのは、「次のアイアンマンを作る」ことではない。「自分よりも優れた継承者を、自らは手を引いて育てる」という道だ。ラストの記者会見でアベンジャーズ加入のオファーを自分の口で告げ、ピーターがそれを断る選択を、ほかならぬ自分が認める――その数秒間こそ、フェーズ3全体を貫いてきたトニー・スタークの精神的な弧の、真の終着点である。そしてそれは、のちの『エンドゲーム』のラスト・スナップへと、まっすぐ繋がっていく。

ネッド、リズ、MJ、フラッシュ

ネッド・リーズ(ジェイコブ・バタロン)はピーターの親友であり、本作で初登場するMCU独自のキャラクターである(原作のネッド・リーズはアラン・スコットの仇敵『ホブゴブリン』の正体だが、本作では別人格として再構築されている)。前半でピーターの正体を突き止めると、後半はウォシントン記念塔のエレベーターからホームカミング・ダンス、そしてコニーアイランドの貨物機決戦の管制まで、ピーターの『不可視のチームメンバー』として全面的に支える。屋根裏で『お前の椅子の上のスパイダーマンの私服に座ってる女子が映画館にいるんだ』と告白する、半泣きの笑い——この場面こそ本作の青春映画文法の核心だ。

リズ・アラン(ローラ・ハリアー)はピーターの片想いの相手で、デカスロン部の部長を務める学年屈指の優等生。そして彼女こそが、本作の本当の悲劇の主役である。父エイドリアン・トゥームスの正体を最後まで知らぬまま『うちの父はゲームが下手なの』と笑い、ホームカミング・ダンスの夜には一人きりで体育館に取り残される。終盤、父の逮捕とともに、家族はわずか一晩でオレゴンへと去っていく。彼女は本作以降のMCUにほとんど姿を見せないが、その不在こそが本作の倫理の重みを支えている。

ミシェル『MJ』ジョーンズ(ゼンデイヤ)は、ラストでだけ『私の友達は私のことをMJと呼ぶ』と名乗る、皮肉屋で無口な観察者である。前半ではデカスロン部の補欠として影に控え、ウォシントン記念塔への遠足では『大量虐殺の建築物に観光に行きたくない』と一行を皮肉り、エレベーター事故の直後だけ親友らしい眼差しを見せる。一方のフラッシュ・トンプソン(トニー・レヴォロリ)は、デカスロン部の中で繰り返しピーターをからかう、十代らしい競争心の塊として配置されている。

メイ・パーカー

ピーターの叔母であり、本作で定着したのは「若く、現代的なメイ」という像だ。年配のメイを演じたローズマリー・ハリス(サム・ライミ版)、サリー・フィールド(マーク・ウェブ版)の系譜から二代を飛び越え、一気に若返らせる——マリサ・トメイの起用はそうした大胆な再解釈として、企画段階から議論を呼んだ。本作のメイは、夫ベンを亡くした後の暮らしを一人で立て直しながら、地域の福祉団体での炊き出しや学校行事にも積極的に関わる。そして、ピーターが「スターク・インターンシップ」に費やす時間の長さに、静かな疑問を抱き続けている。

彼女最大の見せ場は、本編ラストのわずか一秒に訪れる。ピーターの自室で丸めて置かれたスパイダースーツを見つけ、思わず口を突いて出る「WHAT THE F——」の叫び——映画はその途中で断ち切るように画面を暗転させる。2018年以降のメイが「ピーターの秘密を分かち合う大人」の立場へと移ることを、観客に公式に告げる、もっとも短い宣告である。続編『ファー・フロム・ホーム』では、彼女はスパイダーマンを地域コミュニティの寄付活動の象徴として堂々と活用する大人へと、さらにもう一段成長を遂げている。

舞台と用語

舞台の中心となるのは、ニューヨーク市クイーンズ区の住宅街と、隣接区のミッドタウン理工系高校だ。物語はクライマックスにかけて、ワシントンDCの記念塔(メリーランドの倉庫を含む)、スタテン島フェリーの埠頭と航路、リズの郊外住宅、ホームカミング・ダンスの体育館、コニーアイランドの遊園地と海岸、そして最後にニューヨーク北部のニュー・アベンジャーズ施設までを縦断していく。こうした地理の選択は意図的だ。描かれるのは『観光名所のニューヨーク』ではなく、『労働者階級が暮らす地区のニューヨーク』であり、ピーターの『ご近所スパイダーマン』という言葉の文字どおりの意味を、画面にくっきりと焼きつける。

用語面の柱となるのは、『ダメージ・コントロール局(D.O.D.C.)』『チタウリ製の異質金属』『スターク・スパイダースーツとAIカレン』『ホームカミング・ダンス』の四つである。ダメージ・コントロール局はスターク社と連邦の合弁で、『シビル・ウォー』の世界観における『超人事件後の街の片付け』を制度化した存在であり、トゥームスの怨みが燃え上がる直接の発火点となる。チタウリ製の異質金属とエネルギー核は、本作の地下経済を支える通貨だ。やがて『シークレット・インベージョン』や『シー・ハルク』でダメージ・コントロール局が再び姿を見せるまで、MCUの市民レベルの世界観を貫く通底音として機能していく。

スターク・スパイダースーツと、そのAIアシスタント『カレン』は、トニー・スタークがピーターのために設計した高機能スーツである。トレーニング・モード、戦闘モード、反応訓練、救命処置サポートまでを内蔵する。本作の中盤、ピーターはネッドと共謀してロックを解除するが、終盤でトニーに取り上げられ、ラストでは赤と金のアイアン・スパイダースーツを差し出される——だが、彼はそれを着ない。『ホームカミング』という言葉には三層の意味が込められている。米国のハイスクール文化に根づく秋の伝統行事(同窓会的なフォーマルなダンス・パーティ)であり、20年ぶりにスパイダーマンが本来の『家』に帰ってきたことの暗喩であり、さらにピーター自身が『派手な戦場』から『クイーンズの家』へと戻る選択そのものでもあるのだ。

20制作

本作は、ソニー・ピクチャーズが持つスパイダーマンの劇場版権と、マーベル・スタジオが手がけるMCU本編のキャラクターを、2015年2月に結ばれた歴史的な協業契約のもとで初めて一つに束ねた、記念すべき単独主演作である。以下では、企画の立ち上がりから音楽の完成に至るまで、その主要な歩みを順に追っていきたい。

制作

企画と脚本

企画の出発点は2015年2月にさかのぼる。ソニー・ピクチャーズのエイミー・パスカルと、マーベル・スタジオのケヴィン・ファイギの間で共同製作契約が結ばれたのだ。それまでソニーは『スパイダーマン』を単独で5本——サム・ライミ監督の三部作と、マーク・ウェブ監督の二部作——手がけてきた。その経緯を踏まえ、両社が打ち出したのは前例のないハイブリッド体制だった。スパイダーマンをMCU本編に合流させ、配給はソニーが維持しつつ、製作の主導権はマーベル・スタジオが握る、というものである。

脚本はまずジョナサン・ゴールドスタインとジョン・フランシス・デイリー(『モンスターVS宇宙人』『なぜ嘘?』の共同脚本)が初稿を書き、続いてジョン・ワッツとクリストファー・フォードが大幅に書き直し、最後にクリス・マッケナとエリック・ソマーズが加わって仕上げた。中心となる判断は四つあった。第一に、ベン叔父さんの死と「大いなる力には大いなる責任が伴う」の名台詞を本作では敢えて一切繰り返さず、新たな起源譚としては描かないこと。第二に、ヴィランを宇宙的・超自然的な敵ではなく、ニューヨーク決戦の瓦礫から生まれた「労働者階級の中年男」に絞り込み、ヒーローの戦いが生む副産物の倫理を主題に据えること。第三に、ホームカミング・ダンスへ向かう、リズの家の玄関でのシーンを、シリーズ全体の感情の頂点に置くこと。第四に、ラストでアベンジャーズ加入のオファーを主人公自身の口で断らせ、続編『ファー・フロム・ホーム』『ノー・ウェイ・ホーム』へと続く長期的な構造を確保することだった。

キャスティング

ピーター・パーカー役にトム・ホランドが起用されたことは、2015年6月に正式発表された。数千人規模のオーディションを経て最終候補は7人に絞られ、ホランドは『シビル・ウォー』のロバート・ダウニー・Jr.、クリス・エヴァンスとのスクリーンテストを経て、ジョン・ファヴローとケヴィン・ファイギの承認のもと決定する。オーディションの段階では、英国ロイヤル・バレエ・スクールで学び、ミュージカル『ビリー・エリオット』のウエストエンド公演に出演して培ったアクロバットの素地を、自ら披露してみせた。

エイドリアン・トゥームス役のマイケル・キートンの起用は、当初、リズの父親だと最後に判明する展開のサスペンスを際立たせるため、彼自身の知名度を最大限に生かす狙いがあった。キートンはスケジュールの都合から最初のオファーを一度は辞退している。だが、ジョン・ワッツの直筆の手紙と改訂された脚本を受け取り、出演を承諾するに至った。

ロバート・ダウニー・Jr.によるトニー・スターク再演は、本作を単独主演のスパイダーマン映画ではなく、MCUフェーズ3を中央で支える柱として位置づける、企画段階でもっとも重い決定のひとつである。ジョン・ファヴローのハッピー・ホーガン再演、グウィネス・パルトローのペッパー・ポッツの短い再登場、そしてクリス・エヴァンスのキャプテン・アメリカが登場する公共広告動画は、いずれもファンへの目配せと続編への伏線を兼ねた配役だ。ゼンデイヤ、ジェイコブ・バタロン、ローラ・ハリアー、トニー・レヴォロリといったクラスメイト陣は、ジョン・ワッツが教室に本物の現実感を与えるため、あえて多人種が共存する現実のニューヨークの公立校に近い構成で選び抜かれた。

撮影とロケ地

主要撮影は2016年6月20日から10月2日まで、アトランタ近郊のパインウッド・アトランタ・スタジオを拠点に進められた。学校や家庭内の場面は、その大半を同スタジオ内のセットで撮影。ニューヨーク市の街並みは、アトランタ近郊にあたるジョージア州の道路や建物に改修を施し、それらを組み合わせて再現した。プラハやベルリンの代役として知られるアトランタを、あくまで世界有数の大都市として撮る——そんなMCUの撮影哲学が、本作でも全面的に貫かれている。

ウォシントン記念塔でのエレベーター事件は、塔の外観こそ実物のロケーション素材で押さえつつ、内部のシャフトと展望台はパインウッド・アトランタ・スタジオに組まれた高さ40m級のセットで撮影された。スタテン島フェリーの場面は、ニューヨーク市を行き交う本物のフェリーの外景に、内部のセット撮影を重ねている。コニーアイランドでの最終決戦は、ニューヨーク郊外のジョーンズ・ビーチで撮影した夜景に、スタジオのナイト・ヴィジョン・ステージでの撮影を合成して築き上げた。撮影監督のサルバトーレ・トティーノは、80年代のジョン・ヒューズ作品が放つフィルムならではの暖色のコントラストと、本作の青と赤が鮮やかなスーツの調和を、デジタル撮影のなかであえて再現してみせている。

視覚効果

視覚効果は複数のスタジオが分担した。Sony Pictures Imageworks(コニーアイランドの貨物機決戦、バルチャーの飛行の大半)、Industrial Light & Magic(ワシントン記念塔のエレベーター・シャフトと、真っ二つに裂けるスタテン島フェリー)、Method Studios、Luma Pictures、Iloura、Trixter、そしてカレンのインターフェイスを手がけたCantina Creativeである。本作の視覚効果は、派手な異星人や巨大な怪獣ではなく、ヒーローが戦ったあとの街の細部に予算を集中させている。倉庫に眠るチタウリ製の金属の質感、バルチャーの翼が立てる機械的な羽音、スパイダースーツの腕に光る電子インターフェイス——そうした手触りの描写にこそ力が注がれた。

バルチャーのスーツは、衣裳部のルイーズ・フログリーとVFXチームが共同で設計した、実物のアニマトロニクスとCGを半ばずつ融合させた造形だ。マイケル・キートンが実際に翼を背負って撮影した実写素材を基準に、翼の羽ばたきと推進ジェットの噴射をCGで重ねている。スーツの推進ガスが過熱し、自爆寸前に追い込まれる終盤の描写は、現実のジェット推進を研究した映像をもとに組み立てられた。

音楽と音響

音楽を手がけたのは、『ロスト』『カールじいさんの空飛ぶ家』『スター・トレック』『ジュラシック・ワールド』『LOST』のマイケル・ジアッキーノである。本作の主題は、オープニング・タイトルでマイケル・コリスのキャプテン・アメリカ風のホーン主題(1967年のロバート・スコルニックの『スパイダーマン』TVアニメの主題歌の構造をライセンス取得のうえ再アレンジしたもの)から幕を開ける。そこからピーター個人のテーマ、バルチャーの低く重い金属的なテーマ、そしてホームカミング・ダンスの夜を彩るジャズ/ポップ・トラック群へと、交互に編み込まれていく。

ジアッキーノが本作で築いた主題は、続編『ファー・フロム・ホーム』および『ノー・ウェイ・ホーム』にも受け継がれ、トム・ホランド版スパイダーマンのアイデンティティを示すテーマとして定着した。サウンドトラックには、ラモーンズ『Blitzkrieg Bop』、ザ・イングリッシュ・ビート『Save It For Later』、ザ・スペシャルズ『A Message to You, Rudy』など、トゥームスが運転中に車内で流すクラシック・ロックやスカ系の楽曲がふんだんに用いられ、彼の世代と労働者階級的なルーツを、音楽だけで観客に伝えてみせる。本作の音響デザインは、スパイダーマンが放つウェブのスリング音と、バルチャーの機械翼が旋回する音を、最後まで質感の異なる二つの楽器のように扱い続けている。

26公開と興行

2017年7月7日に北米で公開された本作は、初週末に北米で約1.17億ドル、世界で約2.57億ドルを稼ぎ出し、その年のMCU作品でも屈指の興行成績を記録した。最終的な全世界興収は約8.80億ドルに達する。ソニー・ピクチャーズが配給したスパイダーマン単独作品としては、サム・ライミ監督による三部作の最高記録『スパイダーマン3』に肩を並べる水準となった。

公開当時の評価は、おおむね極めて高かった。批評家がとりわけ称賛したのは、次の五点である。十代特有の身体感覚を主観カメラで丁寧にすくい上げたジョン・ワッツの演出。労働者階級の中年男という悪役像で、久々に観客の同情を集めたマイケル・キートン演じるバルチャー。ホームカミング・ダンスへ向かう、リズの家の玄関で張りつめるサスペンスの設計。スーツを取り上げられたピーターが、布の覆面ひとつでヒーローへと立ち返る感情の弧。そしてラスト、アベンジャーズ加入の誘いを断るという判断の、倫理的な説得力。一方で批判が集まったのは三点だ。アクションのスケールを他のMCU作品に比べてあえて小さく抑えたこと。ベン叔父さんの死という出発点を完全に省いた判断に賛否が割れたこと。さらに、バルチャーの仲間たち(ティンカラー、ショッカー、プラウラーの伏線)を活かしきれず、もてあました点である。

受賞・候補に目を向けると、サターン賞のスーパーヒーロー映画部門ノミネートを筆頭に、MTVムービー&TVアワードの俳優賞や恐怖の演技賞など、若年層向けの複数の賞に名を連ねた。日本では2017年8月11日に公開され、約28億円の興収を記録。夏休み期間を代表する話題作の一本として、その後の続編二作の日本配給に向けた地盤を築いた。

27批評・評価・文化的影響

本作は、MCUのフェーズ3において『スパイダーマンを完全に自社IPとして劇場展開する』ことを初めて実証した作品である。ソニーとマーベル・スタジオの協業契約のもと、続編『ファー・フロム・ホーム』(2019)、『ノー・ウェイ・ホーム』(2021)へと連なる『ハイスクール三部作(ホーム三部作)』が組まれ、トム・ホランド版ピーター・パーカーはMCU正史における若手最重要キャラクターとして定着した。体育館での夜の演出、ハッピー・ホーガンの不器用な父性、バルチャーが体現する『家族の倫理』、そしてラストの『WHAT THE F——』という叫び——これら全要素が、続編二作の感情の地盤として直接機能していく点に注目したい。

文化的な影響として、まず挙がるのがマイケル・キートンのバルチャー像だ。『バットマン俳優によるスパイダーマンのヴィラン』という二重のメタ的読解で受け取られ、評論や論考の対象として長く語り継がれた。次に、ジョン・ワッツが採った『MCUの中でジョン・ヒューズ的な80年代青春映画の文法をそのまま反復する』という演出方針は、その後の『ミズ・マーベル』『シー・ハルク』『フリー・ガイ』など、ヒーローやコミック原作の青春映画ジャンルが広がっていくうえで、直接の参照点として影響を残した。さらに、ラストを飾るキャプテン・アメリカのPSA動画は、MCU全編のミーム文化を象徴する短編として、続編二作および2019年以降のDisney+各種シリーズで幾度も呼び起こされ、定番のアイコンとなった。

舞台裏とトリビア

本作の冒頭に置かれた『A Film by Peter Parker』というホームビデオ風の場面は、トム・ホランド本人が撮影現場で自身のiPhoneを使って実際に撮った映像を、編集段階でほぼそのまま組み込んだものだという。これは「ヒーローのホームムービー」が持つ主観性を、本物のメタ的な質感によって裏づけるための、極めて意図的な選択だった。

メイ・パーカーを演じたマリサ・トメイは、本作の時点で52歳でありながら、原作のメイ叔母さんの歴代最若年版として、シリーズ全体でも最も若い起用例となった。これは2014年の『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』の脚本会議の段階で、サム・ライミ版やマーク・ウェブ版との差別化を狙ってすでに決まっていた、長期的な戦略に基づくキャスティングである。

本編には当初、トニーが『シビル・ウォー』当時のフェイク・ニュースの記者会見で、「ピーター・パーカーをアベンジャーズに迎える」ためのプレス・リリースを準備していたという、約4分間のシーンが撮影されていた。最終的にはラストの記者会見の手前でそれをほのめかすだけの形に編集されたが、撮影された映像はチャールズ・グッドマンによる演説の素材として、長く海賊版のシーンとして語り継がれている。

ジャクソン・ブライス(『ショッカー一号』)を演じたローガン・マーシャル=グリーンは、ジョン・ワッツの長編二作目『コップ・カー』で主役を務めた俳優でもあり、本作への起用は監督との以前からの関係に由来している。ドナルド・グローヴァー(アーロン・デイヴィス)の出演は、のちの『スパイダーマン:スパイダーバース』に登場するマイルス・モラレスの叔父プラウラーへの伏線として、原作ファンの間で熱狂的に語られている。

29テーマと解釈

中心にあるのは「継承」と「家庭」という二つの言葉だ。本作の登場人物は、誰もが一つ上の世代から受け継いだものを、自分の手で生かそうとしている。ピーターはトニーから預かったスーツとAIアシスタントを使いこなそうと奮闘し、トニーは亡き父ハワード・スタークから受け継いだ巨大テクノロジー企業の遺産を解体しながら、それをピーターへと引き継いでいく。ハッピー・ホーガンはトニーに託された「若い後継者を見守る」役目を不器用にこなし、トゥームスは「家族の暮らしを守るため、自ら築き上げた事業を息子のような若いクルーへ受け継がせる」という動機から犯罪に手を染める。ヒーロー側と犯罪者側で、継承の構造は見事なまでに対称をなしているのだ。

もう一つの軸は「自分の力の大きさを、自分で測れるようになること」である。本作のピーターは、能力だけ見ればすでに一人前のヒーローだが、自分が踏み込むべき事件と、手を出すべきでない事件の区別を、最後まで自分の判断でつけられずにいる。フェリー事件後にトニーから受ける叱責、ホームカミング・ダンスの当夜にトゥームスから突きつけられる脅迫、そしてコニーアイランドの貨物機をめぐる決戦の果てに自らトゥームスの命を救う選択。これらを経て、彼は「力ではなく、判断の責任」を初めて自分の言葉で口にする。ラストでアベンジャーズ加入の打診を断る、あのわずか数秒。そこにこそ、ピーターという少年の倫理が成熟する、もっとも純粋な瞬間が置かれている。

そして、本作のもっとも繊細な主題は「敵の家庭が、ヒーローの家庭と同じ匂いをしている」という、非対称のなかの対称だ。ピーターはメイ叔母さんと二人で暮らす、クイーンズの労働者階級の少年である。一方のトゥームスは、娘リズと妻ドリスとともに暮らす、同じクイーンズの労働者階級の中年男だ。両者の家庭は、街区も、階級も、通学路も、祈りの言葉までもがほとんど変わらない。車のなかで互いの正体を見抜き合う、あの一瞬。そこでは「家族の倫理」だけが二人を隔てる境界線として、本作の倫理の中心に据えられている。ヒーロー映画は誰のための映画か——その問いに対し、本作は「街路の隣に建つ家の、その家族のための映画である」という、きわめて当たり前で、きわめて誠実な答えを差し出してみせる。

テーマと解釈

30見る順番

初見なら、まず『キャプテン・アメリカ/シビル・ウォー』(2016)でピーターのアイアン・スパイダースーツ初お披露目を押さえてから本作へ進むのが、最も流れを掴みやすい。本作の冒頭を飾る自撮りビデオは、その『シビル・ウォー』での数日間を振り返ったものであり、続けて観れば感情の温度がそのまま地続きになる。本作のラストからは、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018)、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)、『スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム』(2019)、『スパイダーマン/ノー・ウェイ・ホーム』(2021)の順で観たい。ピーターのフェーズ3エピローグからフェーズ4序盤までの軌跡が、一直線に繋がっていく。

サム・ライミ版三部作(2002〜2007)やマーク・ウェブ版二部作(2012・2014)といった旧シリーズを観ていなくても、本作は単独で完結するように作られている。ただし観ていれば、MCU版のピーターがなぜベン叔父さんの死という起点を繰り返さないのか、マリサ・トメイ演じるメイがなぜ若いのか、マイケル・キートンの起用には何の意味があるのか――こうした点まで、より深く読み取れるはずだ。

見る順番

31よくある質問

「あらすじだけ知りたい」なら、次の七つの場面を押さえれば全体像が掴める。瓦礫処理業者トゥームスによるチタウリ製武器の密売、ピーターによる地元密着の“ご近所スパイダーマン”活動、ワシントン記念塔のエレベーターでの救出劇、真っ二つに割れるスタテン島フェリー、ホームカミング・ダンス当夜の正体露見、コニーアイランドでの貨物機をめぐる決戦、そしてアベンジャーズ加入オファーの拒否。この流れだけで物語の骨格は十分に追える。

「結末・ネタバレを知りたい」なら、核となるのは以下の展開だ。リズ・アランがバルチャーの娘だと判明する事実、車中でピーターの正体が見破られるサスペンス、貨物機決戦でピーターがあえてトゥームスの命を救う選択、ラストでトニー・スタークからの正式なアベンジャーズ加入オファーを断る選択。さらにミッドクレジットではトゥームスがスパイダーマンの正体を口外しない選択を見せ、ポストクレジットではキャプテン・アメリカが『忍耐』をテーマにしたPSA動画を撮るオチがつく。そして本編ラスト、メイ叔母さんがピーターの正体を発見して放つ「WHAT THE F——」までが見どころだ。

「評価を知りたい」なら、まず広く称賛されているのは、十代ならではの身体性とジョン・ヒューズ風の青春映画の文法を、MCUの世界観のなかへ自然に溶け込ませた点である。マイケル・キートン演じるバルチャーは、MCUの単発ヴィランのなかでもっとも“同情できる労働者階級の中年男”として記憶されている。「見る順番」としては、『シビル・ウォー』の直後に本作を置き、そこから『インフィニティ・ウォー』『エンドゲーム』『ファー・フロム・ホーム』『ノー・ウェイ・ホーム』へと繋ぐのが安定する。

32参考資料・脚注

作品名、キャラクター名、画像、および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行、制作・配信の状況、外部からの評価は今後変動する可能性があるため、鑑賞の前に公式情報や各データベースの最新の表示を確認されたい。なお本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。

参考資料・出典 (5件)
  1. Marvel公式 Spider-Man: Homecoming
  2. IMDb: Spider-Man: Homecoming (2017)
  3. Sony Pictures 公式作品ページ
  4. Marvel Cinematic Universe Wiki: Spider-Man: Homecoming
  5. Rotten Tomatoes: Spider-Man: Homecoming