『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』は、劇場版『名探偵コナン』シリーズ第29作として公開されたアニメーション映画である。横浜のモーターサイクルフェスティバルで披露される最新白バイ「エンジェル」と、首都圏を疾走する黒い無人バイク「ルシファー」をめぐる事件を描く。神奈川県警の白バイ隊員・萩原千速の亡き弟と松田陣平の記憶が、ベイブリッジの夜の追跡へと収束していく。
00概要
『名探偵コナン ハイウェイの堕天使』(めいたんていコナン ハイウェイのだてんし)は、青山剛昌の漫画『名探偵コナン』を原作とした日本のアニメ映画である。2026年4月10日、東宝の配給で日本公開された。劇場版シリーズの第29作にあたる。監督は蓮井隆弘、脚本は大倉崇裕、音楽は菅野祐悟。アニメーション制作はトムス・エンタテインメント、上映時間は109分である。
物語は三つの要素が交わる対決を軸に進む。神奈川県警交通機動隊の白バイ隊員・萩原千速、首都圏のハイウェイを暴走する正体不明の黒い無人バイク「ルシファー」、そして横浜のモーターサイクルフェスティバルで披露される最新型白バイ「エンジェル」だ。名字が示す通り、千速は警察学校組の一人・萩原研二の姉にあたる。研二と同期で、警察学校時代を共に過ごした松田陣平の記憶もまた、終盤で大きな意味を帯びてくる。近年のシリーズは警察学校組の死を劇場版の主題に据え続けてきたが、本作はその系譜を受け継ぎつつ、白バイと自動運転という新たな題材へと物語を組み替えた。
公開後の興行は破格のペースで進んだ。初日に興行収入11.3億円・観客動員73.9万人を記録し、シリーズ最高のオープニングを更新。3日間で約35.02億円、27日間で108.8億円を突破し、最終的に約114億円へ到達した。劇場版『名探偵コナン』としては『黒鉄の魚影』『100万ドルの五稜星』『隻眼の残像』に続く4年連続の国内興行100億円超えであり、邦画史上初の快挙として記録された。主題歌にはMISIAの新曲「ラストダンスあなたと」が全面起用され、終映後も観客を席から立たせない求心力を担った。
本記事は、結末・犯人・動機、そして横浜ベイブリッジでのクライマックスまで、全編の内容に踏み込む。物語の驚きを未見のまま味わいたいなら、まず本編を鑑賞してから戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- 名探偵コナン ハイウェイの堕天使
- シリーズ
- 劇場版『名探偵コナン』第29作
- 監督
- 蓮井隆弘
- 脚本
- 大倉崇裕
- 音楽
- 菅野祐悟
- 主題歌
- MISIA「ラストダンスあなたと」
- 日本公開
- 2026年4月10日
- 上映時間
- 109分
- ジャンル
- ミステリー、アクション、サスペンス、青春劇
01あらすじ
ここでは結末までを含めた全編のあらすじを記す。物語の発端は、箱根の宿で目撃された「首なし幽霊バイク」という不気味な噂だ。やがて舞台は横浜へと移り、神奈川モーターサイクルフェスティバルで最新の白バイ「エンジェル」が披露される。一方、首都圏のハイウェイには黒い無人バイク「ルシファー」が出現し、暴走を繰り返す。世良真純が追っていたのは、違法ストリートレースの参加者たちだった。そこへコンテナターミナルでの襲撃が重なり、大前一暁の自動運転技術と、それを軍事転用しようと目論む武器商人ローハン・S・ラヒリの計画が複雑に絡み合っていく。龍里希莉子と、亡き弟・佐々木直之。白バイ隊員・浅葱一華の復讐。これらの糸がやがて一本に束ねられ、横浜ベイブリッジ上をルシファーで疾走する千速がヘリへと突入するクライマックスへと収束していく。その行方から目が離せない。
箱根の宿
物語は、コナンと毛利蘭、毛利小五郎、鈴木園子、そしてバイク愛好家の世良真純が、神奈川モーターサイクルフェスティバルを目当てに箱根の宿へ集まる場面から幕を開ける。夜更けの山道に、乾いた排気音が響く。宿の窓の向こうを、一台の黒いバイクが駆け抜けていく。「首なしの幽霊が乗っている」と客たちが噂するその姿を、いち早く窓辺から目撃するのが世良だ。ライダーは黒いライディングウェアに黒いヘルメット。やがて街灯のないカーブの先へと消えていく。
翌朝、コナンは現場のタイヤ痕と落ち葉の散らばり方を確かめ、ライダーが宿の周囲をあえて選んで走っていると気づく。世良によれば、同じバイクをこの数ヶ月、関東一円のワインディングで何度か見かけているという。彼女が断片的に追い続けてきた若いライダー——青木裕一という男の行方が、どうやらこの箱根の幽霊バイクの噂と地続きにあるらしい。
連休前の小旅行を装ったコナンと小五郎の冒頭の数十分は、本作が「ハイウェイ」を舞台の中心に据えていることを、観客に静かに告げている。深夜の山道に響くエンジン音、無人にも見えるバイク、ライダーが乗っているのかいないのかという視覚のずれ。終盤の「無人運転」というキーワードへの伏線は、最初の十分ですでに置かれているのだ。
横浜・モーターサイクルフェスティバル
物語の舞台は横浜・みなとみらいへと移る。神奈川県警交通機動隊と民間メーカーが共同で開催する大規模イベント「神奈川モーターサイクルフェスティバル」が幕を開け、会場には最新の白バイや関連技術がずらりと並ぶ。中央のステージで披露されるのは、自動運転アシスト技術を組み込んだ次世代型白バイ「エンジェル」。開発を主導したのは、三十代半ばのエンジニア・大前一暁だ。シャシーやカウリングの意匠を手がけたのは、女性デザイナーの龍里希莉子である。
ステージに姿を見せた大前は、エンジェルが従来の白バイより格段に安定した姿勢制御と無線連携を実現し、追跡や緊急走行の場面で人命を救う道具になりうると語る。観客席にはコナンたちのほか、神奈川県警の白バイ隊員・浅葱一華、そして「風の女神様」と呼ばれる伝説的な白バイ乗り・萩原千速が並ぶ。若手白バイ隊員の旗手として注目を集める千速。亡き弟・萩原研二と、研二の同期で同じく殉職した松田陣平、その遺志を背負って白バイに乗り続ける人物として描かれる。
披露の最中、横浜の外周道路で重大なバイク事故が起きたとの一報が飛び込む。千速はステージを離れ、現場へと急行する。ここから物語のテンポは一気に上がる。フェスティバルの華やかな空気と、首都圏のハイウェイで起き始めた不可解な事故。やがて二つは、同じフレームのなかへと収め直されていく。
ルシファー
首都高速、首都圏の幹線道路、そして郊外のワインディング——ここ数週間、深夜帯を中心にバイク事故が立て続けに起きていた。被害者はいずれも単独走行中のライダーである。事故の直前、黒い大型バイクと並走、あるいは追跡されていたという目撃証言が残っている。警視庁交通部は当初、この黒いバイクを暴走族の新興グループの仕業と見ていた。だが現場映像のフレーム解析を進めるうち、車体の挙動が異常なまでに無駄なく、ライダーの存在感が薄いことが浮かび上がる。
千速が出動した横浜外周道路の事故現場でも、被害者は直前まで黒いバイクに併走されていた——そう目撃されていた。彼女はその場で短い追跡を試みる。だが相手の加速性能は明らかに公道車を上回り、湾岸の側道へ消えていく後ろ姿に手は届かない。会場へ戻った千速に、フェスティバル運営本部はある指摘を投げかける。黒い車体の輪郭が、エンジェルの設計と恐ろしいほど酷似しているというのだ。
都内のメディアは、その黒いバイクに堕天使の名「ルシファー」を冠した。光をまとうエンジェルと、闇をまとうルシファー——名前が割り振られた瞬間から、この一件はテクノロジーの問題から物語の問題へとすり替わっていく。被害者のバイクの電装系統には奇妙な書き換え痕が残り、ルシファーの走行ラインはあまりに機械的に最適化されている。そこからコナンは、人が乗っていないバイクが現実に走り出している可能性を疑い始める。
横溝刑事と世良の捜査
事件の捜査本部を率いるのは、神奈川県警捜査一課の横溝重悟警部。劇場版シリーズでは久々の本格登板となる。亡き萩原研二との縁から千速を個人的にも知る横溝は、現場で彼女が抱える緊張と意地を、上司として、そして兄貴分として見守る。コナンと小五郎も探偵として捜査本部への出入りを許され、被害者たちの共通項を一つずつ洗い出していく。
世良真純は、自らの動機から別の線を追う。二年前、関東で深夜帯を中心に行われていた違法ストリートレース。そこに参加していた青木裕一という男が、不審な事故で命を落としていた。当時の関係者を辿るうち、世良はあることに気づく。青木が走らされていたコースが、現在のルシファー事件の被害者たちの走行ラインと重なるのだ。表向きは走り屋の集まりにすぎない違法レース。だがその実態は、誰かの指示でルートと参加者が選別された、組織的な走行データ収集の場だった——そんな疑いが浮かび上がる。
コナンは世良と手を組み、この線を横溝の捜査本部へ持ち込む。被害者は運悪く黒バイクに襲われたのではない。最初から「特定のコースを定期的に走るライダー」として狙い撃ちにされていた。その事実が明らかになるにつれ、事件の構図は単独犯の暴走という枠を超えていく。やがて浮かび上がるのは、複数の関係者が手を結んだ計画的な犯行の影だ。
コンテナターミナル
コナンたちは夜陰に乗じ、ルシファーの製造拠点とにらむ横浜港のコンテナターミナルに潜入する。広大な岸壁に積み上げられたコンテナの隙間で目にしたのは、無人で起動する複数の黒い大型バイク、そしてそれを試走させる外国人技術者たちの姿だった。指揮を執るのは、武器商人として国際的に名を知られるローハン・S・ラヒリ。無線越しに「日本国内のテスト走行データの最終版」を要求しており、ターミナルの一画はすでに兵器転用の実験場と化している。
侵入に気づいたローハンの一行は、即座に発砲してくる。影に控えていたスナイパー、ジョン・ポウダーが、コンテナの陰から世良と毛利小五郎を狙う。だがコナンは阿笠博士特製のキック力増強シューズで足元のコンテナドアを跳ね上げ、銃口の進路をわずかにずらして二人の命を救う。やがて三池苗子刑事と宮本由美刑事の応援が駆けつけ、ターミナルは一瞬で追跡戦の様相を帯びていく。
ローハンとポウダーは積み込み中のコンテナを開け、車両に偽装した小型の無人バイクを次々に放つ。足止めを食らったコナンたちを尻目に、二人はヘリで上空へと逃げ去る。残されたコンテナから見つかったのは、設計図、装甲化されたフレーム、そして「LUCIFER/ANGEL」の名が並んで刻まれた試作機の数々だった。エンジェルとルシファーが同じ系統の設計から生まれたもの——その物的証拠が、ここで初めて捜査本部の手に渡る。
大前一暁の正体
捜査本部が照準を定めたのは、エンジェルとルシファー、その両方の設計に深く関わっていた大前一暁だった。表向きは警察庁と連携し、安全な白バイの開発を進める優等生エンジニアである。だが、コナンが押収した試作機のソースコードと、ローハンの組織から押収された通信記録を突き合わせると、まったく別の顔が浮かび上がってくる。大前は数年前から、エンジェルの自動運転アシスト技術を母体に、完全無人で走る大型バイクの実戦投入をにらんだ軍事転用プロジェクトを並行して進めていたのだ。
計画の核にあったのは、日本の公道で「実証データ」を秘密裏に集めることだった。違法ストリートレースは、市街地と高速道路の中間にあたる走行データを安全に取得するための実験場であり、外部からは制御できない走り屋たちの私的な集まりに偽装されていた。ライダーたちは、自分が走らされている本当の意味を知らないまま、無人バイクのアルゴリズム改良のためのデータを提供させられていた。被害者の何人かは、その仕掛けにうすうす気づき始めていた人物たちである。
大前にとって、ルシファーの「事故」は単なる障害の排除にとどまらない。無人バイクが人間のライダーを正面から押しのけ、走り抜けられるだけの性能を持つかどうか、それを実地で確かめる最終試験でもあった。エンジェルの華々しい披露の裏で、ルシファーは彼の設計したアルゴリズムをそのまま積み、首都圏を走り回っていた。見えない試験コースを、最後まで走り切ろうとしていたのだ。コナンはここでようやく、エンジェルの発表会で大前が浮かべた誇らしげな笑みの意味を、正しく読み直すことになる。
龍里希莉子と佐々木直之
だが事件は、大前の単独行ではなかった。エンジェルのデザイナーとして大前の隣に立っていた龍里希莉子には、別の動機があったのだ。彼女の弟・佐々木直之は数年前、関東のサーキットで頭角を現しかけていた若いプロライダーで、本来なら国内のロードレース選手権に名を刻んでいたはずの逸材だった。その彼が命を落としたのは、大前が主導する実験プロジェクトの初期段階で、まだ未成熟だった自動制御の試験走行に巻き込まれたことが原因だった。希莉子は長い時間をかけてその事実を突き止め、外部に告発する手立てがほとんど断たれていることを思い知る。そして、内側から大前を破滅させる道を選ぶ。
デザイナーとしての才能は、エンジェルとルシファーの双方を生み出す現場の中枢にまで彼女を押し上げていた。希莉子はその位置から、大前の軍事転用計画と海外への売却交渉の証拠を密かに集め、ローハンの輸送ルートに合わせて復讐計画を進めていく。やがて物語の終盤、彼女が選んだのは大前を裏切ることではなかった。「彼の計画を最後まで遂行させたうえで、その全責任を彼に負わせる」——そんな決着の形であったことが明らかになる。
ローハンとの直接の連絡役を担っていたジョン・ポウダーも、忘れてはならない人物だ。もともとはドローン関連企業を渡り歩いてきた退役兵で、希莉子の復讐計画には『大前を仕留めるなら自分の分の利益も確保できる』という打算から手を貸していた。冷徹な職業意識に徹する彼と、弟への思いを長年抑え込んできた希莉子。同じ計画の上で同じ方向を向きながら、その温度はまったく違う。この並び立ちの構造こそが、本作の犯人側に独自の厚みを与えている。
浅葱一華
千速の同僚として登場する白バイ隊員・浅葱一華もまた、事件の中心にいる人物だ。数年前、当時まだ試験段階にあった自動運転アシスト技術が原因の事故で、彼女は最も近しい仲間の一人を失っていた。事故の責任は表向き別の人物に帰せられて処理されたが、浅葱は当時の運用に深く関わっていた大前の名を心の奥に刻んだまま、白バイ隊員として職務を続けてきた。
コナンと横溝の捜査が大前の周辺へ絞り込まれていくなか、浅葱が白バイ隊員の制服の下に長く隠してきた怒りが姿を現す。ヘリやコンテナから放たれたルシファーを、ある段階から自らの手でハイウェイへ導いていた『中継ライダー』——それが彼女だった。ルシファーは完全な無人運転ではなく、要所で人間が乗り込み、無人モードと有人モードを切り替えながら警察の追跡を翻弄していたのである。皮肉にも、浅葱が白バイ隊員として培ってきた腕前が、この中継走行の精度を異常なまでに高めていた。
フェスティバルの控室で浅葱と千速が交わした短いやりとり。そこに、本人にも整理し切れない迷いがにじんでいたことを、コナンは思い出す。亡き仲間への復讐としてルシファーに身を預けた浅葱と、亡き弟と松田の遺志を背負って白バイに乗り続ける千速。同じ白バイ隊員の制服を着た二人の物語がここで一度交差し、次のクライマックスへ向けて互いの位置を入れ替えていく。
横浜ベイブリッジへ
大前と希莉子、ローハン、ポウダーの計画の最終工程は、横浜ベイブリッジ上での『最後の試験走行』に置かれていた。エンジェルの安定走行データと、ルシファーの暴走走行データの両方を同じ橋の上で同時に取得し、その瞬間の映像と数値を海外の取引相手に最終納品する——それが完了した時点で、彼らはヘリで現場を離脱し、エンジェルとルシファーごと橋ごと爆破して証拠を消し去る予定だった。
コナンは横溝、世良、苗子・由美両刑事と協力し、ベイブリッジへの一般車両流入を非常事態として遮断する。橋の高所には、計画通り脱出用のヘリが回り、そこにはローハンと希莉子、ポウダーが乗り込んでいる。橋の上では大前が地上の指令車両から自動運転モードのルシファーを走らせ、千速はエンジェルに跨ってその追跡に乗り出す。観客が見守るのは、二輪の天使と堕天使が、同じ橋桁の上で同じスピードのまま並走する、シリーズでも類を見ない夜の光景である。
ところが、大前の手中には橋に仕掛けられた複数の爆発物の起爆装置があり、千速がエンジェルでルシファーを止めようとしても、橋そのものを落とすという最後の手札は彼の側に握られたままである。コナンは阿笠博士からの無線越しの指示と、自身がコンテナターミナルで採取しておいた制御回路の知識を頼りに、千速のエンジェルから無線越しに大前の指令系統へ割り込み、ルシファーを彼の制御下から引き剥がす作戦を提案する。
亡き弟と松田陣平
ベイブリッジの上で千速が一瞬ためらいを見せるのは、コナンの提案を実行に移す直前である。彼女が挑まねばならないのは、エンジェルからルシファーへ飛び移り、無人モードの黒バイクを自らの手で完全に乗りこなし、爆破される前にヘリへ突入してローハンと希莉子、ポウダーの脱出を阻むことだった。橋の上を吹き抜ける風、無線越しに途切れ途切れに届くコナンの声、橋桁の影から差し込む街灯の縞——その意識は、亡き弟・萩原研二と、研二の同期だった松田陣平の声へと引き戻される。
七年前の爆破事件で命を落とした研二は、姉の千速にとって最後まで「自分より速い背中」であり続けた人物だ。三年前、同じく爆発物の絡む現場で散った松田陣平は、千速の警察学校時代の初恋の相手であり、本作で初めて正面から物語に据え直される。横溝が無線越しに静かに声をかけるのは、かつて二人が遺した「お前は風になれる」という言葉そのものだ。千速はその言葉を耳の奥で確かめながら、エンジェルを跳ねさせ、ルシファーへと飛び移る。
この場面は、本作が単なる白バイ・アクションではなく、警察学校組の死を背負う者たちの物語であることを、正面から立ち上げる瞬間でもある。研二と松田の死はこれまでのシリーズで繰り返し参照されてきたが、本作では遺された姉・千速の側からそれを引き受け直す形が示された。そうして警察学校組のドラマは、「次の世代へと手渡される」段階に入ったとも言えるだろう。
ヘリへの突入
ルシファーを自らの支配下に置いた千速は、コナンの助言通り、橋桁の構造材を一段だけ蹴り上げるようにしてバイクごと宙へ跳ぶ。そのまま上空で待機していた脱出用ヘリの貨物ハッチへ、正面から突入した。機内ではローハンが拳銃を抜き、ポウダーがライフルを構え、希莉子は冷静に大前へ最後の指示を送ろうとしている。千速はバイクを盾代わりにしながら、コナンが阿笠博士から渡された小型の麻酔銃と腕時計型麻酔銃を駆使し、ローハンとポウダーを次々と無力化していく。
希莉子は、自らの計画が最後の瞬間に砕け散ったことを悟る。それでも大前一暁にだけは判決を受けさせるため、パラシュートでヘリから身を投げた。彼女の落下地点は、横浜港の遊歩道に停められた捜査車両の真上。彼女自身もまた逮捕を望み、その場所をあえて選んでいたことが、後の証言で明らかになる。希莉子の落下に合わせ、地上の指令車両に潜んでいた大前は世良真純と苗子・由美の両刑事に取り押さえられ、エンジェルとルシファーの設計者にして軍事転用計画の中心人物として身柄を確保された。
橋に仕掛けられた爆発物は、コナンが千速の無線越しに割り出した解除コードと、阿笠博士が現場で組み上げた信号妨害装置の合わせ技で、起爆寸前に停止する。橋上に残されたエンジェルと、ヘリの中で動きを止めたルシファーは、夜明けの光の中、並んで回収されていく。浅葱一華もまた、千速の真正面で投降を受け入れた。亡き仲間のために走り続けてきたという彼女の真実を、千速は最後まで否定しない。そして一華は、警察車両の後部座席へ静かに乗り込んだ。
事件は、大前一暁を主犯、龍里希莉子・ジョン・ポウダー・ローハン・S・ラヒリを共犯、浅葱一華を実行犯として、それぞれの罪状で送致される形で、形式上の決着を見る。クライマックスで横浜ベイブリッジを越えていった千速の姿は、本編から数日後、神奈川県警の朝礼で『風の女神様』として、あらためて若手白バイ隊員に紹介されるのだった。
エピローグ
事件が落着したあと、コナンと毛利探偵事務所の面々は横浜の港を歩き、つかの間の休暇を過ごす。蘭は橋の上で起きたことの大半を知らされていない。それでも、隣を歩く小さなコナンの横顔に、いつもの少年とは違う疲れがにじんでいることを見抜き、静かに肩を寄せる。世良はバイクで先に走り去る前に、青木裕一の遺族へ届ける手紙を一通、苗子刑事の手に託す。
神奈川県警の白バイ隊舎では、千速が研二と松田の写真の前に立ち、横溝重悟と並んで短い黙祷を捧げる。横溝がぽつりと漏らす「お前は本当に風になれたな」――本作を締めくくる重要な台詞である。警察学校組の死がここでまた一段、後ろの世代へと手渡されていったことを、観客に静かに告げる一言だ。
エンディングテーマはMISIAの新曲「ラストダンスあなたと」(作詞:MISIA・HIDE/作曲・編曲:HIDE)。劇場では、橋の上の夜、ヘリの中の閃光、白バイ隊舎の写真、そして横浜の夜明けが、MISIAの伸びやかな歌声に乗って次々と映し出される。エンドロール終盤には、本作のテレビ初期から千速や世良、メアリーらの担当声優として現場を支えた田中敦子(2024年8月逝去)への追悼が記される。シリーズが世代を跨いで歩んできた長い時間そのものに、観客の拍手が捧げられる構成だ。
登場要素
本作に登場・言及される主な要素を、劇場版『名探偵コナン』の標準的な分類に従って整理しておく。ここに並ぶ固有名詞はあくまで鑑賞の手がかりであり、初見ですべてを覚えておく必要はない。
- 江戸川コナン/工藤新一
- 毛利蘭
- 毛利小五郎
- 鈴木園子
- 灰原哀
- 阿笠博士
- 吉田歩美
- 円谷光彦
- 小嶋元太
- 横溝重悟警部(神奈川県警捜査一課・劇場版では16作ぶりの登板)
- 萩原千速(神奈川県警交通機動隊・「風の女神様」と呼ばれる白バイ隊員、本作のヒロイン格)
- 浅葱一華(白バイ隊員・本作の実行犯)
- 宮本由美刑事
- 三池苗子刑事
- 萩原研二(千速の弟・七年前の爆破事件で殉職/本編ではフラッシュバックと写真で登場)
- 松田陣平(研二の同期・三年前に爆発物処理の現場で殉職/本作では千速の警察学校時代の初恋として正面から語り直される)
- 大前一暁(エンジェル開発者・本作の主犯/声:横浜流星)
- 龍里希莉子(エンジェルのデザイナー・大前の共犯/弟・佐々木直之の死をめぐる復讐者/声:根谷美智子)
- ジョン・ポウダー(退役兵の狙撃手/声:内田夕夜)
- ローハン・S・ラヒリ(武器商人/声:増田俊樹)
- 舘沖みなと(フェスティバル関係者/声:畑芽育)
- 青木裕一(二年前の違法ストリートレース事故の被害者・本編には回想のみで登場)
- 佐々木直之(プロライダー志望だった希莉子の弟・初期事故の被害者・回想のみで登場)
- 主犯は大前一暁——エンジェルの自動運転技術を母体に、無人運転バイクの軍事転用計画を進め、武器商人ローハン・S・ラヒリと組んで海外への売却を画策していた
- 共犯は龍里希莉子——亡き弟・佐々木直之が初期事故で命を落とした責任を大前に問うため、エンジェルのデザイナーとして内側に潜伏し続け、計画の最終局面で大前を破滅させる形を選んだ
- 共犯はジョン・ポウダー——退役兵の狙撃手として希莉子の計画に協力し、自身の利益確保のために動いていた
- 共犯はローハン・S・ラヒリ——大前の技術を海外の武器市場へ流す資金と販路を提供していた武器商人
- 実行犯は浅葱一華——白バイ隊員として勤務する一方で、過去の事故で失った仲間への復讐心からルシファーを操り、無人モードと有人モードを切り替える中継ライダーを務めた
- 犯行の核心は、違法ストリートレースを偽装した走行データ収集と、ベイブリッジ上での最終試験走行・橋ごと爆破による証拠隠滅計画である
- コナンと横溝、世良、千速の連携によって、橋上のクライマックスで爆破は寸前で阻止され、関係者は全員逮捕される
- 箱根の山道と宿(首なし幽霊バイクの目撃地点)
- 横浜みなとみらい(神奈川モーターサイクルフェスティバル会場)
- 首都高速・首都圏の幹線道路(被害者のバイク事故現場群)
- 横浜港のコンテナターミナル(ローハンの拠点・無人バイクの試験場)
- 横浜ベイブリッジ(クライマックスの試験走行と爆破計画の舞台)
- 神奈川県警白バイ隊舎(エピローグ)
- 自動運転アシスト技術を組み込んだ次世代型白バイ「エンジェル」
- 同じ系統の設計から派生した無人運転大型バイク「ルシファー」
- 違法ストリートレースに偽装された走行データ収集オペレーション
- 被害者バイクの電装系統に書き込まれた遠隔操作プログラム
- ヘリで運用される脱出用シャトルと貨物ハッチ
- 横浜ベイブリッジに仕掛けられた連動式の爆破装置
- コナン側の腕時計型麻酔銃、阿笠博士特製のキック力増強シューズ、即興の信号妨害装置、無線割り込みプログラム
- 主題歌:MISIA「ラストダンスあなたと」(作詞:MISIA・HIDE/作曲・編曲:HIDE)
- コナン:高山みなみ
- 工藤新一:山口勝平
- 毛利蘭:山崎和佳奈(本作が遺作・2026年4月18日逝去)
- 毛利小五郎:小山力也
- 鈴木園子:松井菜桜子
- 灰原哀:林原めぐみ
- 阿笠博士:緒方賢一
- 世良真純:日髙のり子
- 横溝重悟:大塚明夫
- 萩原千速:沢城みゆき(劇場版初登場・前任の田中敦子を引き継ぐ)
- 浅葱一華:三瓶由布子
- 宮本由美:杉本ゆう
- 三池苗子:田中理恵
- 萩原研二:三木眞一郎(フラッシュバック)
- 松田陣平:神奈延年(フラッシュバック)
- 大前一暁:横浜流星(ゲスト声優)
- 龍里希莉子:根谷美智子
- ジョン・ポウダー:内田夕夜
- ローハン・S・ラヒリ:増田俊樹
- 舘沖みなと:畑芽育(ゲスト声優)
15主要登場人物
本作の人物配置は、コナン=工藤新一を中心に据えつつ、近年の劇場版で軸となってきた警察学校組の周辺人物が物語を動かしていく。なかでも、亡き萩原研二の姉である萩原千速、彼女と同じ白バイ隊員の浅葱一華、神奈川県警の横溝重悟、そして劇場版の常連となった世良真純が鍵を握る。ゲスト声優陣も含め、各人物の立場が明確に描き分けられているのが、人物面における本作の特徴である。
江戸川コナン/工藤新一
本作のコナンは、横浜の港湾部、横浜ベイブリッジ、首都高速という、シリーズの劇場版でもとりわけ高密度に張りめぐらされた動線のなかを動き続ける。彼が解くのは、単なる連続バイク事故の犯人捜しではない。エンジェルとルシファーという同じ系統の技術が、表と裏で同時に走った――その意味そのものである。大前一暁の経歴と装置の設計図とを結ぶ瞬間、そして橋の上の千速へ無線越しに割り込みプログラムを指示する瞬間。この二つがコナンの見せ場だ。
クライマックスで彼が選ぶのは、自ら橋の上に立つことではない。千速の白バイの後部にしがみつき、彼女の動きと無線越しの指示の両方を信じきることである。少年の身体で「誰かを乗せたまま信じる」という選択を引き受ける。そこにこそ、本作のコナンが他のシリーズ作と並んでも独自の重みを持つ理由の核がある。
関連リンク
萩原千速
本作のヒロイン格を担うのが、神奈川県警交通機動隊の白バイ隊員・萩原千速だ。亡き弟・萩原研二の名字を継ぎ、研二の同期だった松田陣平とも警察学校時代から強い結びつきを持つ。警察学校組のドラマを次の世代へと受け渡す、その結節点に立つ人物である。若手隊員からは「風の女神様」と呼ばれ、伝説的な腕前で知られるが、その内側にあった迷いと愛情が正面から描かれるのは、本作が初めてだ。
声を演じた沢城みゆきは、前任の田中敦子(2024年8月逝去)からこの役を引き継ぎ、劇場版初登場という重要なバトンを受け取った。白バイ乗りとして張りつめた声と、亡き弟・松田の名を口にするときの一段低くなる声を、同じ場面のなかで自然に行き来させる。声の世代交代と物語の世代交代を同時に体現する、千速は稀有なキャラクターとなった。
横溝重悟
神奈川県警捜査一課の横溝重悟が、劇場版シリーズで本格的に登板するのは16作ぶりとなる。本作の横溝は、捜査本部の指揮を執る上司の顔と、亡き萩原研二や松田陣平を千速とともに記憶にとどめる兄貴分の顔を、同じ場面のなかで行き来する。橋の上の千速に無線越しに語りかける場面は、本作でもっとも重要な台詞の一つを担っている。
大塚明夫の声は、現場の捜査指揮を執る冷静さと、亡き仲間を思う重さとを、同じ低い声音のなかで自然に切り替えていく。劇場版で長く出番を控えていた横溝の登板が本作で実現したことは、警察学校組のドラマを語り直すうえで欠かせない判断だった——公開当時のスタッフコメントでも、繰り返しそう語られている。
世良真純
本作の世良真純は、バイク愛好家としての顔と、コナンの旧知としての顔を、これまで以上に物語の中心で重ね合わせていく。二年前の違法ストリートレースで命を落とした青木裕一の事件を、独力で追い続けてきた——その背景を抱えるがゆえに、本作の謎解きの一翼は世良が担うことになる。コナンの隣でハンドルを握り、苗子刑事と組んで現場検証に駆け、横溝の捜査本部に違法レースの線を持ち込む。本作の世良は、シリーズのなかでもひときわ存在感が大きい。
日髙のり子の演技は、世良の少年めいた軽やかさと、亡くなった同世代の若いライダーへの責任感とを、同じ台詞のなかで揺らぐことなく重ねてみせる。彼女の場面が終わるたび、本作の事件が単なる新作の犯罪劇ではなく、複数のキャラクターがそれぞれの喪失を背負って同じ橋の上に立つ群像劇であることが、改めて観客の胸に迫ってくる。
大前一暁
本作の主犯・大前一暁は、表向きは警察庁と手を組み、次世代白バイ・エンジェルの開発を担う優等生エンジニアだ。だが裏では、同じ技術を母体に無人運転バイクの軍事転用計画を密かに進めていた。発表会で見せる柔らかな笑みと、コンテナターミナルで武器商人ローハンに最終データを渡そうと告げる冷ややかな指示の声。そのふたつが一人の人間のなかに矛盾なく同居している。この描き方こそが、本作のヴィランに厚みを与えている。
声を担当したのは横浜流星。本作のゲスト声優として劇場版に初めて参加した。エンジニアとしての知性と、自らの計画のためなら数人の命さえ犠牲にできる冷酷さ。その両極を過度に強調せず、同じトーンのまま響かせていく。大前という人物は、近年の劇場版『名探偵コナン』が描いてきた犯人像のなかでも、社会的な成功と個人的な歪みとの距離が極端に近い。きわめて現代的なヴィランの一例といえる。
龍里希莉子
エンジェルのデザイナーとして大前の隣に立っていた龍里希莉子は、本作のもう一人の核となる犯人である。プロライダーを志した弟・佐々木直之の事故死。その真相を長年追い続けた末に、彼女はやがて大前の足元までたどり着く。だがそこで選んだのは告発ではなく、『計画の完遂と当事者への裁き』という独特の道筋だった。彼女がパラシュートで脱出する場面の落下点が、初めから捜査車両の真上に定められていた──その事実が、終盤に静かに置かれる。
根谷美智子の演技は、デザイナーとしての職人的な誇りと、十数年分の弟への愛情とを、声音をはっきり分けることなく重ね合わせていく。最後に大前へ向ける視線の冷たさと、エンディングのエピローグで横浜の港を見つめる短い場面の柔らかさ。その対比は、本作の犯人側の人物像のなかでもとりわけ余韻が長い。
舞台と用語
舞台は神奈川県を縦断するように移り変わる。箱根の山道に始まり、横浜のみなとみらい、横浜港のコンテナターミナル、首都高速、そしてクライマックスの横浜ベイブリッジへ。シリーズの劇場版が特定の都市を背景に縦へと切り進んでいく一例であり、神奈川県警の白バイ隊舎を物語の起点と終点に据えた点も特徴的だ。
用語の面では、「神奈川モーターサイクルフェスティバル」「エンジェル」「ルシファー」「自動運転アシスト技術」「違法ストリートレース」「警察学校組」「白バイ」「風の女神様」が物語の鍵を握る。いずれの語も本編の映像と会話の中で順に説明されていくため、観客が事前にすべてを知っておく必要はない。
23制作
劇場版『名探偵コナン』シリーズは、1997年の『時計じかけの摩天楼』以来、毎年春の興行を担う恒例企画として定着している。本作は第29作にあたり、近年の警察学校組ブーム——『ゼロの執行人』『緋色の弾丸』『100万ドルの五稜星』『隻眼の残像』——の延長線上にある。警察学校組の死をもう一度引き受け直す物語として組み立てられた一作だ。
企画と脚本
脚本は大倉崇裕。劇場版『名探偵コナン』では『純黒の悪夢』『ゼロの執行人』『紺青の拳』『緋色の弾丸』『黒鉄の魚影』などを手掛けてきた書き手であり、本作でも警察学校組と国際的な武器商人の影、最新テクノロジーをめぐる暗躍という、近年の同シリーズの王道路線をしっかりと受け継いでいる。亡き萩原研二と松田陣平の遺志を、新キャラクター・萩原千速を劇場版の主役格に据え、彼女の側から引き受け直す。その構成は、大倉の脚本のなかでも特に大胆な決断のひとつだろう。
原作者の青山剛昌も、本作でキャラクター監修や各種設定の確認に深く関わっている。萩原研二と松田陣平の死をフラッシュバックで振り返る場面は、原作との整合性が問われやすい。本作はその点を慎重に扱いながら、千速という新たな遺族の側のドラマを劇場版オリジナルとして立ち上げ、見事に着地させている。
監督と演出
監督の蓮井隆弘は、劇場版『名探偵コナン』シリーズで正式に監督を務めるのは本作が初めて。テレビシリーズで培った演出の経験を土台に、第29作という重責を引き受けた。夜の街と港湾、連なる橋桁、白バイの低いライトが描く軌跡——低照度のなかで動く対象を丁寧に追う画作りに、彼の持ち味がある。
本作で蓮井が選んだのは、ハイウェイと橋という直線的な空間を主軸に据えつつ、その途中に人物の感情を立ち止まらせる短いカットを差し挟む構成だ。クライマックスとなる橋上の場面では、千速の顔、ルシファーの車体、コナンの背中、上空のヘリ、地上の指令車両という五つの視点を切り替えていく。それでいて、観客に体感としての違和感を残さない。
アニメーション制作
アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。シリーズで長くタッグを組んできたスタジオが、本作でも背景美術・3D・作画の三本柱を支えた。なかでも見せどころは白バイとオートバイの作画密度だ。エンジェルとルシファーの細部、走行中の挙動、車体の質感が、シリーズ屈指の高い解像度で立ち上がっている。
横浜のみなとみらい、横浜港のコンテナターミナル、横浜ベイブリッジ。実在のロケーションは現地取材をもとに緻密な背景美術として描き直された。夜のベイブリッジを白バイがすり抜けていく場面では、橋桁の鋼材の質感、港の照明の反射、海面のうねりまでもが、長尺の追跡シーンを通して動き続ける。
音楽と主題歌
音楽は菅野祐悟。『純黒の悪夢』『ゼロの執行人』『紺青の拳』『緋色の弾丸』『黒鉄の魚影』『100万ドルの五稜星』『隻眼の残像』とシリーズの劇伴を連続して手がけてきた作曲家だ。本作でも、低域の重い弦と打楽器を軸に据え、ハイウェイの追跡を盛り上げるシリーズらしいスリリングな響きを聴かせる。橋の上のクライマックスでは、ストリングス中心のメロディが千速の覚悟と無線越しのコナンの声をともに支える。
主題歌はMISIAの新曲「ラストダンスあなたと」(作詞:MISIA・HIDE/作曲・編曲:HIDE)。キャリアの長いシンガーであるMISIAを正面から起用した点は、劇場版『名探偵コナン』の主題歌史でも珍しい。本編終盤からエンディングロールへと流れ込む構成が、観客を席に縫いつけたまま長い余韻を運ぶ。
キャストと声の演出
高山みなみのコナン、山口勝平の新一、山崎和佳奈の蘭、小山力也の小五郎、松井菜桜子の園子、林原めぐみの灰原哀、緒方賢一の阿笠博士、岩居由希子・大谷育江・高木渉の少年探偵団と、シリーズのレギュラー陣が安定した演技を聞かせる。なかでも特筆すべきは、山崎和佳奈の毛利蘭だ。本作の劇場版が、彼女の遺作となった。2026年4月18日に逝去した山崎は、長いキャリアの最後を本作の蘭で締めくくった形となり、エンドロール後の数日のうちに多くの追悼の声が寄せられた。
萩原千速を演じた沢城みゆきは、前任の田中敦子(2024年8月逝去)から役を引き継いだうえ、劇場版での千速の本格的なお披露目まで担うという二重の重責を引き受けた。横浜流星(大前一暁)と畑芽育(舘沖みなと)のゲスト声優起用も、本作のもう一つの話題として公開前から大きく取り上げられた。いずれも俳優としての存在感をアニメ作品のなかに違和感なく溶け込ませる演技を聴かせており、その仕上がりに注目したい。
アクションとサスペンス演出
本作のアクションは、劇場版シリーズの中でも『紺青の拳』『緋色の弾丸』『黒鉄の魚影』と並び、二輪と高速移動に特化した題材として組み立てられている。冒頭の箱根の山道、夜の首都高、コンテナターミナルの迷路めいた地形、そして横浜ベイブリッジの長い直線——舞台が変わるたびにスピード感も空間の広がりも一変し、観客に疲れを残さない絶妙のテンポで切り替わっていく。
クライマックスとなる橋上のシークエンスは、シリーズでも屈指の長尺を誇る追跡アクションだ。千速のエンジェルからルシファーへの飛び乗り、ヘリの突入、そして爆発寸前での解除——畳みかける展開が、観客を最後の数分まで席に縫いつけたまま結末へと運んでいく。劇場の音響設備で初見を迎える価値の高い一本であることは、公開直後から繰り返し指摘されてきた。
30公開と興行
本作は2026年4月10日に日本で公開された。史上最大規模となる526館でのロードショー展開を経て、シリーズ最高のオープニング成績を記録している。公開初日に興行収入11.3億円、観客動員73.9万人。公開3日間で約35.02億円、231.8万人。公開27日間で108.8億円、740万人を突破し、最終的に約114億円へと到達した。
劇場版『名探偵コナン』が国内興行で100億円を超えるのは、第26作『黒鉄の魚影』、第27作『100万ドルの五稜星』、第28作『隻眼の残像』に続いて4作連続。邦画史上初の「同一シリーズ4年連続100億円超え」が、ここに達成された。本作はその記録を象徴する一本としても語られている。
受賞・選定の面でも存在感を示した。第1回フィルム劇場大賞の「劇場スタッフが選ぶベストムービー」を獲得し、現場の映写スタッフや劇場運営側から強い支持を受けた一本として記録された。海外公開も東アジアを中心に順次行われている。自動運転テクノロジーをめぐる現代的なテーマと、シリーズ恒例の警察学校組による追悼ドラマとを兼ねた本作は、海外の観客にも受容の幅を広げつつある。
公開直前の2024年8月に田中敦子が逝去し、続いて公開直後の2026年4月18日には山崎和佳奈が逝去した。シリーズの担い手の世代交代が、現実の側でも進行していたのである。そうしたなかで本作は、あらかじめ前任声優への追悼を込めると同時に、結果として遺作となった蘭役の演技をも内包する一本となった。劇場の観客が席を立たず、エンドロールを最後まで見届けたという証言は、本作の興行記録のもう一つの側面である。
31批評・評価・文化的影響
本作の評価軸は、大きく三つに分けられる。第一に、白バイ、自動運転、モーターサイクルフェスティバルという題材の現代性である。シリーズのなかでも特に新しい一本として歓迎された。第二に、警察学校組の死をフラッシュバックではなく『遺された姉』の側から引き受け直す構成だ。これが近年の同シリーズ劇場版の流れに、新たな一段を加えたものとして高く評価された。
そして第三に、興行記録としての歴史的な意味である。邦画史上初の4年連続100億円超えという数字が、本シリーズが日本の年間興行のトップに長く居続けるコンテンツであることを、改めて印象づけた。第1回フィルム劇場大賞での「劇場スタッフが選ぶベストムービー」受賞も見逃せない。単なる動員力だけでなく、現場の映写・運営の側から見ても支持された一本であることの裏付けとなっている。
文化的な影響という点では、MISIAの「ラストダンスあなたと」が長く語り継がれていくだろう。劇場版『名探偵コナン』の主題歌史のなかで、MISIAというキャリアの長いシンガーを正面から受け入れた、象徴的な選曲といえる。本作の興行、批評、文化的影響は、いずれも『シリーズが世代を跨いで歩み続けている』という事実そのものに支えられている。その上に、それぞれの評価軸が立っているのだ。
舞台裏とトリビア
本作は、劇場版『名探偵コナン』において萩原千速を正面から主役級に据えた最初の長編である。原作やアニメ本編では名前と立ち位置だけが示されてきた千速だが、ここでは一本の映画の結末そのものを左右する位置に置かれた。警察学校組のドラマを次の世代へと手渡す、重要な里程標といえる。
声を担当した沢城みゆきは、前任の田中敦子(2024年8月逝去)から役を引き継ぎ、本作が劇場版初登場となった。エンドロールの終盤には田中への追悼が献げられ、シリーズが世代を跨いで歩んできた長い時間に、観客の拍手が向けられる構成になっている。
毛利蘭役の山崎和佳奈は、本作公開のおよそ一週間後にあたる2026年4月18日に逝去し、本作が結果として蘭役の遺作となった。劇場版『名探偵コナン』を一本の映画として観るときの重みが、現実の側からも変わってしまった例として、本作はシリーズ史に強く刻まれることになる。
横浜流星と畑芽育のゲスト声優起用も、本作の話題性を支えるもう一つの軸となった。横浜流星が演じた大前一暁は、近年の同シリーズの犯人像のなかでも、社会的成功と個人的な歪みの距離が極端に近いタイプとして造形されている。俳優としての存在感が、その役柄の現代性を確かに支えている。
横浜ベイブリッジ、横浜港のコンテナターミナル、みなとみらい、箱根の山道といったロケーションは、現地取材を踏まえた緻密な背景美術として描き直された。神奈川県内の各観光地や施設とのコラボレーション企画も数多く展開された。全国の劇場と連動した「風のたすきリレー」と題されたキャンペーンも、本作の興行を支える一翼を担っている。
33テーマと解釈
本作の中心にあるのは、「遺された者が背負うもの」というテーマである。亡き弟・研二の死、そして研二の同期だった松田陣平の死は、白バイ隊員として走り続ける萩原千速の背に、いまも消えることなく残されている。橋の上で彼女がエンジェルからルシファーへと飛び移る瞬間、よみがえるのは二人が遺した『お前は風になれる』という言葉そのものだ。本作はその一点に、警察学校組のドラマを姉と若手隊員の視点から引き受け直す結節点を据えている。
もうひとつのテーマは、「同じ技術が天使にも堕天使にもなりうる」ということだ。人の命を救う白バイの新たな標準として披露されるエンジェルの自動運転アシスト技術。だがまったく同じ系統の設計が、無人運転バイク・ルシファーとなって首都圏を駆け抜け、人の命を奪う側へと回っていた。技術そのものに善悪があるのではない。それを扱う人間の意図と歪みこそが現代の犯罪のかたちを決める——その事実を、本作は登場人物の人生をかけて描き出す。
そして本作には、シリーズが幾度も問い直してきた古典的な主題——「コナンは新一としての力をどう使うか」——が貫かれている。クライマックスで彼が選ぶのは、自ら前へ出ることではない。橋の上を走る千速の背中に身を委ね、無線越しに割り込みプログラムを彼女のもとへ届けることだ。少年の身体に閉じ込められたまま、それでも工藤新一としての全力を出し切る。その選択が、本作のテーマと彼というキャラクターを真正面から結びつけている。
見逃せないのが、「風」という言葉のモチーフである。千速が『風の女神様』と呼ばれ、亡き研二と松田が遺した言葉が『お前は風になれる』であり、本作の全国連動キャンペーンが『風のたすきリレー』と銘打たれている。そのいずれもが、本作のテーマ的な中心を指し示す。事件の終盤、千速がルシファーに乗って横浜ベイブリッジを越えていく場面は、その「風」の比喩が一本の長尺アクションとして具体化される瞬間でもある。
34見る順番
劇場版『名探偵コナン』は一作完結が基本である。だが本作は警察学校組——なかでも亡き萩原研二と松田陣平の物語——を背景に据えており、シリーズの近年作を観てから臨むことで、橋の上のフラッシュバックの重みは何倍にもふくらむ。
おすすめしたいのは、第22作『ゼロの執行人』(降谷零=安室透)、第24作『緋色の弾丸』(赤井秀一・羽田秀吉)、第27作『100万ドルの五稜星』(服部平次・キッド)、第28作『隻眼の残像』(伊達航・諸伏景光)と、警察学校組と若手刑事のドラマが順に積み上がってきた流れを追ったうえで本作に向かう観方だ。そうすれば、萩原千速と横溝重悟の登場が、これまでの劇場版で重ねられてきた感情の上に立っていることが、よりはっきりと伝わってくる。
本作の余韻を抱えたまま次へ進むなら、原作・テレビ本編の警察学校組編、アニメ版『名探偵コナン 警察学校編 Wild Police Story』、そして次作・第30作のロンドン編(2027年公開予定)を順に追いたい。世代を跨いで歩み続けるシリーズの流れを、正面から受け止められるはずだ。
35よくある質問
「あらすじだけ知りたい」なら、要点はこうだ。神奈川モーターサイクルフェスティバルで披露される最新白バイ「エンジェル」と、首都圏を暴走する黒い無人バイク「ルシファー」は、同じ設計から生まれた双子だった。白バイ隊員・萩原千速がコナンと手を組み、横浜ベイブリッジ上での最終試験走行と、橋ごと爆破する計画を未然に食い止める——この流れさえ押さえれば十分だろう。「結末・ネタバレまで知りたい」なら、核となるのは次の点だ。主犯はエンジェル開発者の大前一暁、共犯は龍里希莉子・ジョン・ポウダー・ローハン・S・ラヒリ、実行犯は浅葱一華。計画は橋ごと爆破して証拠を隠滅し、技術を海外へ軍事転用として売却するというもの。そして千速がルシファーに飛び乗り、ヘリ突入で関係者を制圧する。
「犯人は誰か」。この問いへの答えは、主犯がエンジェル開発者の大前一暁、共犯が龍里希莉子・ジョン・ポウダー・ローハン・S・ラヒリ、実行犯がルシファーの中継ライダーを務めた浅葱一華、というものだ。「動機」はそれぞれ異なる。大前は自動運転技術の軍事転用と海外売却。希莉子は亡き弟・佐々木直之の死をめぐる長年の復讐。浅葱は過去の事故で失った仲間への復讐。ローハンは武器商人としての利益。そしてポウダーは退役兵としての打算的な協力——五者五様の事情が、一つの計画の裏で交錯している。
「初見でも楽しめるか」。本作は単体で完結しているため、初めて観ても問題なく楽しめる。ただし、警察学校組(萩原研二・松田陣平・降谷零・諸伏景光・伊達航)の名前と立ち位置を事前に押さえておきたい。それだけで、終盤に訪れる千速のフラッシュバックの重みが、まるで違ってくるからだ。「見る順番」については、シリーズの劇場版を公開順に追いながら本作にたどり着くのが、もっとも安定したルートといえる。
「主題歌は誰の曲か」「萩原千速の声を担当したのは誰か」「クライマックスの舞台はどこか」「自動運転技術はどう使われているか」——こうした頻出の問いには、本記事の制作・主要人物・舞台の各章でそれぞれ詳しく触れている。だが本作が投げかける最も印象的な問いは、むしろ『風になるとはどういうことか』だろう。その答えは観客一人ひとりの胸の中にあり、それこそが本作の最後のピースになる。
36参考資料・脚注
作品名、画像、キャラクター名および各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部評価は変動するため、視聴前に公式サイトや各データベースの最新情報を確認されたい。なお本記事の本文は、各種公開情報をもとにAnna Movies用の独自の日本語記事として構成したものである。