エヴァンゲリオン百科事典

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新世紀エヴァンゲリオン(貞本義行漫画版)第1巻

「使徒、襲来」全6話のあらすじ・シンジの初搭乗・初戦の崩壊と暴走を解説

貞本義行による漫画版『新世紀エヴァンゲリオン』第1巻「使徒、襲来」は、15年ぶりに出現した使徒との戦いの中へ、何も知らないまま呼び寄せられた碇シンジが放り込まれる巻です。物語の入り口で綾波レイがすでに戦って傷ついており、NERVがシンジを呼んだ理由が戦力不足であることが初手で示されます。STAGE.1〜6の流れ、碇ゲンドウとの再会、初号機との初搭乗、初戦の崩壊と暴走、葛城ミサトの保護者としての姿、TV版との違いを巻単位で整理します。

ネタバレ:貞本義行漫画版第1巻の全6話、シンジの初搭乗と初戦の破綻、初号機の暴走を含みます。未読の場合はご注意ください。

貞本義行漫画版『新世紀エヴァンゲリオン』第1巻の公式表紙
1995年8月29日発売の第1巻。テレビ放送開始前から刊行された漫画版の出発点を示す公式書影です。

第1巻は、戦力として呼び寄せられた少年が初号機と出会う巻

漫画版の幕開けは、父子の再会の場面からではありません。第1話「使徒、襲来」は、国連軍が使徒へ攻撃を加える戦場と、そこへ投入されたエヴァンゲリオンから始まります。操縦しているのはレイであり、彼女はすでに戦闘で傷ついています。シンジが待ち合わせ場所に立っているのと同じ時刻に、彼の代わりとなり得る少女が戦っている。この配置が、第1巻全体の視点を決めます。子どもが兵器の操縦者として呼ばれる異常な構造を、読者は物語の一行目から目にすることになります。

つまりNERVがシンジを呼んだ理由は、父子の再会よりも先に戦力の不足として現れます。6話を通して描かれるのは、使徒との戦いを始めた少年の覚悟の誕生ではありません。覚悟ができきらないまま、巨大な運用システムが少年を戦場へ運んでいく過程であり、その果てに待つ暴走と、戦った直後に涙する少年の姿です。

1995年刊・168頁にSTAGE.1〜6を収録する

KADOKAWA通常版第1巻は1995年8月29日発売、B6変形判168頁、ISBN 978-4-04-713115-6です。著者は貞本義行、原作表記はカラー、レーベルは角川コミックス・エース。資料上の発行日は1995年9月1日とされます。全14巻の起点であり、後に描き下ろし表紙を添えた愛蔵版の第1巻にも同じ内容が収録されました。

収録話はSTAGE.1「使徒、襲来」、2「再会…」、3「初号機、出撃(リフト・オフ)」、4「沈黙…」、5「光の淵に見たもの」、6「ボクハナク」の6話です。すべて月刊少年エース1995年2月号から7月号に連載された初期の話で、単行本化にあたる話数の統合は行われていません。

STAGE.1使徒、襲来:月刊少年エース1995年2月号。使徒との戦場、レイの出撃、シンジの到着
STAGE.2再会…:月刊少年エース1995年3月号。ゲンドウが初号機への搭乗を命じる
STAGE.3初号機、出撃(リフト・オフ):月刊少年エース1995年4月号。搭乗の受け入れと発進
STAGE.4沈黙…:月刊少年エース1995年5月号。経験のない初戦が崩壊していく
STAGE.5光の淵に見たもの:月刊少年エース1995年6月号。制御を失った初号機の反撃
STAGE.6ボクハナク:月刊少年エース1995年7月号。戦闘後のシンジと、初めての涙

連載はテレビアニメの放送に先行して始まった

漫画版の連載開始は月刊少年エース1995年2月号です。テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の放送開始より先であり、アニメのキャラクターデザインを担当した貞本義行が、放送前の作品を漫画として描き始めた形になります。読者がアニメを知らない時期に、漫画版が作品世界への最初の入り口として機能していました。

この経歴は第1巻の読み方にも影響します。アニメを前提にした先行知識を使わずに作品を説明する必要があったため、第1巻は使徒、NERV、エヴァンゲリオンの関係を、シンジの視点に沿って丁寧に積み上げます。設定の説明を説明口調で片付けず、少年が置かれた状況の異常さとして読者に伝える構成です。

STAGE.1「使徒、襲来」は、シンジの代わりに傷つくレイから始まる

第1話は、シンジが初号機へ乗る場面から始まりません。15年ぶりに出現した使徒へ国連軍が攻撃を加え、その戦場へエヴァンゲリオンも投入されています。操縦しているのはレイです。シンジが何も知らずに待ち合わせ場所へ立つ一方、彼の代わりとなり得る少女は、すでに戦闘で傷ついています。

この導入で読者が先に知るのは、父子関係の修復ではなくNERVの切迫した戦力事情です。ゲンドウから呼び出されたシンジは、理由も役割も十分に説明されないまま、第3新東京市の地下へ導かれます。再会への期待を挟まず、組織が少年を必要とする冷たさから物語が始まります。

STAGE.2「再会…」で、父子の再会は関係の回復を意味しない

シンジは父から届いた呼び出しを受け、第3新東京市まで来ます。使徒襲来の戦場を抜けてNERV本部へ入れば、ようやく呼び出した理由を本人から聞けるはずです。しかしゲンドウは、離れていた年月や生活を尋ねず、初号機へ乗って使徒と戦えと命じます。

題名が示す再会は、関係の回復を意味しません。顔を合わせた瞬間、父は司令官、息子は候補パイロットとして扱われます。シンジが求めていたかもしれない父親の言葉と、NERVが必要とする戦力が一致しないため、再会は過去の傷を閉じるどころか、捨てられた記憶を現在の命令で開き直します。

STAGE.3で、覚悟の決まりと発進の手順が同時に進む

負傷したレイが代わりに出撃させられようとする一方、使徒の攻撃は地上に留まらず、地下のジオフロントへ届きます。迷うために残されていた時間が、施設への被害によって急速に失われていきます。シンジは搭乗を受け入れ、NERVは発進の手順を進め、初号機が地上へ向かいます。

この話の中心は使徒との格闘ではありません。戦うと決めた心と、実際に戦える能力を同一視しない点にあります。覚悟ができ切らない少年を、巨大な運用システムが戦場へ運ぶ瞬間。後に続く長い連載の中で、シンジが何度も向き合うことになる「乗ることの意味」の問いが、ここで最初に置かれます。

初戦は成功の蓄積ではなく、崩壊と暴走として描かれる

STAGE.4「沈黙…」では、発進できたことと戦えることが別の問題だと示されます。シンジは最初の一歩を動かしますが、使徒との距離を管理し、攻撃を避け、反撃へ移る余裕は持てません。初戦は成功の積み重ねにはならず、急速な崩壊として進みます。

STAGE.5「光の淵に見たもの」では、制御を失った初号機が、人間の意思を介さない反撃へ変わります。シンジが恐怖を克服して操縦を立て直すのではありません。彼は死を感じ、自我を保てない状態へ近づく一方、初号機だけが戦闘能力を高めます。主人公と乗機が一体となって勝つのではない。両者の間にある隔たりが、勝利と同時に広がる場面です。

STAGE.6「ボクハナク」で、涙が感情の一人称を回復する

第3使徒は殲滅され、第3新東京市は守られました。しかし暴走した初号機の中で、シンジは自我を失ったような目をしていました。この話は戦果の説明から始めず、悪夢にうなされる少年の意識と、病院の白い空間へ焦点を移します。

シンジは戦った直後に達成感を持てず、父から褒められることもありません。ミサトが街の回復を見せ、彼の行動へ意味を与えた時、初めて感情が涙として外へ出ます。題名は勝利者の宣言に似合わない、自分の感情を一人称で認める小さな出来事を表しています。第1巻の結末が涙で締められる点を押さえておきたい場所です。

ミサトは、少年の生活を受け止める役を第1巻から引き受ける

ミサトは、NERVの戦術官としてシンジを呼び寄せた側の人物であると同時に、第1巻の終わりまでに彼の生活を受け止める保護者へ変わります。シンジとの同居が始まるのもこの巻であり、戦場での指揮官としての顔と、家の中で料理を作り、共に生活する顔が並行して描かれます。

第1巻におけるミサトの重要な仕事は、シンジの行動に意味を与えたことです。初戦のあと、何も得られなかった少年に対して、街が守られたという事実を言葉にして返すのはミサトです。ゲンドウが与えなかった承認を、別の形で補う位置に彼女がいる。この関係の起点が第1巻に置かれていることを押さえると、後の巻々でのミサトの言動が読みやすくなります。

第1巻が終えることと、第2巻へ渡すことを分ける

第1巻の到達点
  • シンジの到着に先立ち、レイが操縦する出撃が描かれます。
  • ゲンドウとの再会は、司令官と候補パイロットの対面として始まります。
  • シンジは負傷したレイを前に、初号機への搭乗を受け入れます。
  • 初戦は崩壊し、制御を失った初号機が暴走します。
  • 戦闘後、シンジは達成感ではなく涙を手にします。
  • ミサトが保護者としてシンジの生活に関わり始めます。

第1巻が次巻へ渡すのは、勝利を手にしたパイロットの姿ではありません。戦いの意味を持てないまま街へ残された少年です。第2巻「ナイフと少年」は、その生活の内側へ同級生の鈴原トウジと相田ケンスケを絡めて入っていきます。

TV版第1話と同じ出発点を、レイの出撃から描き直す

テレビアニメ第1話と漫画版STAGE.1〜3は、同じ出来事を同じ順番で並べていません。最大の違いは、漫画版がシンジの到着に先立つエヴァの実戦投入を明示していることです。アニメでは視聴者と一緒に世界を知るシンジの視点が前面にありますが、漫画版は冒頭から「彼が来る前から戦いは始まっている」という事実を提示します。

暴走の場面も厚みが違います。どちらの作品でも初号機は制御を失って戦いますが、漫画版は崩壊から暴走までを二話に分け、シンジの内側の変化と機体の挙動を丁寧に分けて描きます。連続性比較の解説でも整理しているとおり、同じ出来事でも、配点と順序の違いが作品ごとの印象を作ります。比較はあくまで構成の差として追い、漫画版の出来事をTV版のカットで補わないことが前提です。

巻題「使徒、襲来」は、物語の入り口を事件の側に置く

巻題「使徒、襲来」は、主人公の名前でも関係の名称でもなく、事件そのものです。この物語が少年の成長譚として始まるのではなく、15年ぶりに現れた脅威への対応として始まっていることを、一巻の題が宣言しています。

シンジは事件の中心に置かれますが、事件の発端を作った人物ではありません。呼ばれ、乗せられ、戦わされる。主体性のない入り口が、後の巻々で問われ続ける「なぜ乗るのか」という問いの起点になります。題の平明さと内容の重さの落差も、第1巻の特徴です。

書影は、少年と初号機の対面で連載の起点を示す

第1巻の公式書影は、碇シンジとエヴァンゲリオン初号機の二人組みです。後に続く巻が人間同士の関係を表紙に載せていく中で、シリーズ最初の表紙が、少年と巨大な機体の対面である点は象徴的です。

シンジが最初に向き合う相手は、父でも友でもなく、乗り込むことになる機体です。この対面が、乗ることの意味を問い続ける14巻分の物語の第一歩として置かれています。

初読では、シンジが知らないことを読者も知らないまま追う

第1巻は設定説明を最小限に抑え、シンジの視点に沿って世界を開示します。初読では、シンジが知らないことを読者も知らないまま、一緒に驚く読み方が最も効果的です。NERVの目的、ユイの意味、エヴァンの正体は、この巻では意図的に開かれていません。

再読では、冒頭で傷つくレイの存在が、第10巻以降のレイの物語への伏線として読めます。また、ゲンドウの命令の冷たさは、第12巻の告白と対になる配置です。初読と再読で印象が大きく変わる巻でもあります。

第1巻は、エヴァンゲリオンが人類の武器であることを初手で示す

第1巻が最後に残すのは、エヴァンゲリオンの正体でもNERVの謎でもありません。少年が戦わされる構造の実感です。国連軍が使徒に苦戦し、エヴァが投入され、その操縦者として子どもが呼ばれる。兵器の運用に子どもを乗せる異常さを、物語の初手で読者に体感させます。

この巻で描かれた「乗らされる」構造は、後の巻でシンジ自身が問い直す対象になります。第1巻がそれを素直な形で示しているからこそ、終盤の選択が物語としての重みを持ちます。全14巻の土台として、第1巻は事件の側から物語を始めることを選んだ、という点を押さえておくと全体の設計が見えてきます。

第1巻についてよくある質問

漫画版第1巻には何話が収録されていますか?

STAGE.1「使徒、襲来」からSTAGE.6「ボクハナク」までの6話です。すべて月刊少年エース1995年2月号から7月号に掲載された話で、単行本化の際の話数統合はありません。

漫画版はアニメより先に始まっていますか?

連載の開始は月刊少年エース1995年2月号で、テレビアニメの放送開始に先行しています。アニメのキャラクターデザインを担当した貞本義行によるコミカライズです。

TV版第1話と漫画版第1巻の違いはどこにありますか?

最大の違いは、漫画版が冒頭でレイが操縦する出撃を描き、NERVがシンジを呼んだ理由を戦力不足として示すことです。アニメではシンジの視点からの開示が前面にあります。暴走までの展開も、漫画版は二話をかけて厚く描きます。

第1巻のあとはどの巻から読めばよいですか?

第2巻「ナイフと少年」へ続きます。第2巻はSTAGE.7〜12を収録し、シンジの学校生活と鈴原トウジ、相田ケンスケとの関係、そして使徒との再戦を描きます。