千年を生きた征服王の息子が、サンフランシスコの駐車係「ショーン」をやめて自分の本名を取り戻す——MCUフェーズ4の中核を担う、武術と神話と家族の物語。

基本データ 2021年・デスティン・ダニエル・クレットン監督

マーベル・スタジオ製作、ディズニー配給。『ショート・ターム』『ジャスト・マーシー』のデスティン・ダニエル・クレットンが、MCU初のアジア系単独主演ヒーロー作品を演出。132分の武術アクション/神話ファンタジー。COVID-19で複数回延期されたのち、北米2021年9月3日に公開、配信先行ではなく劇場専有公開(独占期間45日)が選ばれた一作。

物語上の位置 『ブリップ』後の現代——アベンジャーズ不在期

サノス指パッチン消失と復活(ブリップ)の後、アベンジャーズが解散し、地球が「次のヒーロー」を必要としていた時期の物語。父シュー・ウェンウーの千年の歴史を、息子シャン・チーが引き継ぐかどうかが核心。物語上はおおよそ2024年、製作・公開順では『ブラック・ウィドウ』『ロキ』に続くフェーズ4三本目の劇場作品。

受賞・評価 アジア系初の単独MCU主演、興行と批評の二重勝利

全世界興収約4.32億ドルはコロナ禍下の劇場興行としてMCU最大級。批評家からはトニー・レオン演じるシュー・ウェンウーの悲劇的造形と、アンディ・チャン/ブラッド・アランによる長回し格闘演出が広く称賛された。2022年のアカデミー視覚効果賞、サウンド編集部門のいくつかでもノミネートを得ている。

この記事の範囲 結末・ミッド/ポストクレジットを含む完全解説

バスでの初戦、マカオの闘技場、ター・ローへの竹林の迷路、ダーク・ゲートの真実、暗黒の住人(ダーク・ドゥエラー)戦、シュー・ウェンウーの自己犠牲、テン・リングスの起源、ミッドクレジット(ウォン/バナー/キャロル)とポストクレジット(シャーリンが父の組織を引き継ぐ)まで、すべてのネタバレを前提に解説する。

目次 35項目 開く

概要

『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings)は、デスティン・ダニエル・クレットンが監督し、デイヴ・キャラハム、クレットン、アンドリュー・ランハムが共同で脚本を執筆したアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・スタジオ製作・ディズニー配給。米国では2021年9月3日に公開され、シリーズ通算第25作にあたる。マーベル・コミックのシャン・チー(70年代に『マスター・オブ・カンフー』誌で創出された武術家のキャラクター)を主役に据えた初の長編劇場作品であり、MCU初のアジア系俳優単独主演作でもある。

原作の歴史的経緯から、本作の企画はキャラクターのルーツの再解釈と、サー・フー・マンチュー(コミックでは父役だった人物造形)を完全に切り離すという作業を伴った。マーベル・スタジオは、コミックの「悪の父と善の息子」という骨子は残しつつ、父シュー・ウェンウーを、千年を生きた征服王であり、亡き妻に取り憑かれて現代に取り残された一人の老人——として再構築した。演じるのはアジア映画史を代表するトニー・レオン(梁朝偉)であり、彼の参加そのものが本作の方向性を決定した。

監督のデスティン・ダニエル・クレットンは、ハワイ出身、日系の母と白人の父を持つ作家であり、青少年更生施設を舞台にした『ショート・ターム』(2013)と、冤罪死刑をめぐる実話『ジャスト・マーシー』(2019)で評価を得てきた人物である。アクション大作の経験はほとんど無かったが、家族劇と感情の機微を撮ることへの信頼から起用された。アクション設計には『マトリックス』シリーズや『ポリス・ストーリー』系列を経たアンディ・チャンと、香港アクション最後の英国人ヴェテランの一人ブラッド・アランが招集され、香港映画の遺伝子をMCUの語法に直接接続している。

本記事は、本編の結末、暗黒の住人をめぐる神話、テン・リングスの起源、ミッドクレジットおよびポストクレジット・シーンまで含むネタバレを前提に書かれている。物語の驚きを保ちたい読者は、本編を一度通して観たうえで戻ってきてほしい。

原題
Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings
監督
デスティン・ダニエル・クレットン
脚本
デイヴ・キャラハム/デスティン・ダニエル・クレットン/アンドリュー・ランハム
原作
マーベル・コミックの『シャン・チー』(スティーヴ・イングルハート/ジム・スターリン)
音楽
ジョエル・P・ウェスト
米国公開
2021年9月3日
上映時間
132分
ジャンル
スーパーヒーロー、武術アクション、神話ファンタジー、家族ドラマ

あらすじ

以下は結末とミッド/ポストクレジット・シーンを含む全編のあらすじである。物語は、千年を生きた征服王シュー・ウェンウーが伝説の隠れ里ター・ローで出会ったイン・リーとの恋から始まり、四半世紀後、彼らの息子シャン・チーが「ショーン」という偽名を捨てて自分の血と向き合う旅へと連なっていく。

プロローグ——テン・リングスとイン・リー

物語の冒頭、母親の声によるナレーションが告げる。「テン・リングスの伝説は、千年以上前に始まった」。古代、隕石から作られた——あるいはそうとも伝わる——十本の腕輪を手にした男シュー・ウェンウーは、その不老不死と圧倒的な戦闘能力で、文字どおり王朝の興亡を裏で動かす征服者として千年を生き続けてきた。「ハン王朝の崩壊を演出し、シルクロードを動かし、二十世紀には世界の裏側で戦争に火を点けた」と語られるテン・リングスの組織は、各時代でかたちを変えながら、つねに彼一人を中心に存続してきた。

現代の数十年前、ウェンウーは「最後の戦利品」として、伝説の隠れ里ター・ローの守護者の血を求めて竹林の迷路へ踏み込む。だがそこで彼を出迎えたのは、舞のように戦う若い女性イン・リーだった。剣・拳・気で語り合うような美しい対戦の末、勝負はつかず、二人は互いを尊敬し合い、やがて愛し合う。イン・リーはター・ローを離れ、ウェンウーも十本のリングを箱に封じて表舞台から退き、二人はサンフランシスコ近郊の山の中腹に隠居所を構える。二人の子、シャン・チーとシャーリンが生まれる。テン・リングスは一時、確かに沈黙していた。

母の死とシャン・チーの幼少訓練

シャン・チーが七歳のころ、テン・リングス組織から離反した武装集団「アイアン・ギャング」が、ウェンウー不在の隠居所を襲う。気の使い手だったイン・リーは、リングを手放した夫の不在を補うために素手で家族を守ろうとし、子供たちの目の前で殺される。妹のシャーリンは三歳。母の血と父の不在は、兄妹の世界の入口になる。

葬儀の夜、ウェンウーは封印していた十本のリングを再び取り出し、家族の中の柔らかかった日々を完全に閉じる。彼はアイアン・ギャングの居城を一夜で全滅させ、シャン・チーを父の組織の世継ぎとして地下の修練場で容赦なく鍛え始める。武術、毒、銃、暗殺術——シャン・チーは十四歳の時点で組織の優秀な暗殺者の一人となる。妹シャーリンは、女子であることを理由に父の訓練から外され、ひとり屋敷の片隅から、兄が習うのと同じ型を盗み見て独学で身に付けていく。

十四歳のシャン・チーは、母を殺したアイアン・ギャングの首魁を殺害する任務を与えられる。「お前の名は復讐のためにある」と父は告げる。任務は遂行されるが、その帰路、シャン・チーは父のもとへは戻らずに、姿を消す。彼はサンフランシスコへ流れ着き、自らを「ショーン」と名乗り、駐車係(バレー)として目立たぬ日々を選ぶ。

サンフランシスコ・バスの戦い——「ショーン」が剥がれる朝

本編の現在地は『ブリップ』復活後の現代。ショーン(シャン・チー)は同僚で親友のケイティとともに、お互いの夢を口先で否定しながらも、カラオケと安いビールで毎晩を埋めている。ある朝、二人は通勤バスで思いがけぬ襲撃に遭う。乗り込んできたのは、テン・リングス組織のレイザーフィスト(左腕がマチェーテに改造された強面の傭兵)と、その配下の刺客たち。彼らは、ショーンが母から受け取り首から下げてきた翡翠のペンダントを狙ってくる。

ケイティの目の前で「ショーン」は、初めて、彼が本当に何者なのかを爆発させる。走るバスの中、座席のあいだ、運転席の死角を縫って繰り広げられる長回しの近接格闘は、本作の評価を決定したアクション・シーンの一つである。アンディ・チャンとブラッド・アランの設計は、ジャッキー・チェン的なリアクション・コメディと、ジャッキーの旧友トニー・チア=チェン的な打撃の重さを併存させ、画面に「中華アクション映画がついにMCUに合流した」感触を生んだ。バスの運転手が気絶し、二階建てバスが急坂を制御不能で滑り落ちる。ショーンはケイティの即興のハンドル捌きで何とか乗客を救うが、敵は彼のペンダントを奪って逃走する。

「妹に同じものが届く」とショーンは血を流しながらケイティに告げる。「マカオに行く。シャーリンを救いに」。ケイティは「私が運転手だ」と勝手に同行を決め、二人は太平洋を越えてマカオへ飛ぶ。「ショーン」という名で生きてきた数年間が、ここで完全に剥がれる。

マカオ──黄金の闘技場と妹シャーリン

マカオの摩天楼の谷間に建つ高層ビル、その一階分の闇に作られたのは、シャーリンが自ら運営する地下闘技場「ゴールデン・ダガーズ・クラブ」だった。観客の前で開催されている試合のなかには、緑のCG肌が剥がれかかった旧知の男——『インクレディブル・ハルク』に登場したエミル・ブロンスキー/アボミネーション——と、ドクター・ストレンジの相棒ウォンの一戦まで含まれている。MCUの裏側でこんなことが行われていたのか、と観客にニヤリとさせる、シリーズ屈指の悪戯っぽい情報開示である。

シャン・チーは妹に十数年ぶりに会うが、いきなり試合場へ放り込まれ、妹本人との一対一の格闘を強いられる。シャーリンは兄が見ていなかった十数年で、組織の外で「自分の場所」を作り上げていた。試合は引き分けに近い形で終わり、シャーリンはペンダントを手放そうとしない。

やがてレイザーフィストの一団がクラブに襲撃をかけ、ビルの外装ガラスの足場での縦の戦闘が始まる。シャン・チー、ケイティ、シャーリンの三人は外装の組み立て足場の上を駆け降りながら、つねに足元の崩落と隣り合わせの三次元アクションを演じる。アクション設計は香港返還前のヒーロー映画の系譜を直接踏まえており、長回しと建築物の使い方の緻密さは、コミック原作映画の枠を超えた質感を持つ。だが闘いの最後、戦場に現れたのは父シュー・ウェンウー本人だった。ペンダントは父の手に渡り、三人は父の組織の地下基地へ連行される。

父の地下基地──「母の声が聞こえる」

父の本拠地、地下深くの広間で、ウェンウーは子供たちに自分の現在の動機を打ち明ける。彼は最近、毎晩、亡き妻イン・リーの声を聞くようになった——「ター・ローの竹林の奥にある『ダーク・ゲート』の向こうに私はとらわれている、迎えに来て」。妻の死から二十年以上、彼の心はずっとそこで止まっており、ようやくその「答え」が来た、と彼は本気で信じている。シャン・チーとシャーリンのペンダントは、ター・ロー側からだけ開く隠れ里への迷路の「鍵」であり、ウェンウーは子供たちごとそれを利用して、妻を取り戻すためにター・ローへ攻め込む計画を進めている。

兄妹はそれが亡き妻のふりをして父を誘い込む別の存在の声であると確信する——なぜなら、ター・ローの先にある『ダーク・ゲート』の向こうに封じられているのは、神話で「暗黒の住人」と呼ばれる悪しき存在だからである。だが父はもう、その忠告を受け入れる余地を持たない。三人は地下牢に放り込まれる。

牢のシーンで初めて、本作はもう一人の意外な人物を再登場させる。コミックの『マンダリン』詐称事件で世間を騒がせた英国人俳優トレヴァー・スラッタリー(『アイアンマン3』のフェイク・マンダリン)が、本物のテン・リングス組織にさらわれ、長年「楽士」として組織の余興係に飼われていた、というのである。ベン・キングズレー演じるトレヴァーは、隣の檻でぬいぐるみのような毛玉に話しかけている。その毛玉は手と足が一切なく、口の上には複数の目が並ぶ、不気味で愛らしい怪物——名はモリス(マイケル・モロイ)。神話上の生物「混沌(ホンドゥン)」の一体である。

モリスはター・ローの竹林の迷路を、視覚ではなく音と「迷路の規則」で覚えている。シャン・チー、シャーリン、ケイティ、トレヴァー、そしてモリスの五人は、地下牢から脱出し、ウェンウーが軍勢を率いて出発する前にター・ローへ先回りすることを誓い合う。

竹林の迷路とター・ロー

ター・ローへの唯一の入口は、外界の時間軸と隔てられた竹林の迷路である。竹の壁が観客の理解を超えた規則で動き、入る者は同じ場所を何度も周回するうちに永遠に外へ戻れなくなる。だがモリスは、生まれ育った場所として迷路の「拍」を体で覚えており、五人の車を前へ前へと導く。竹林の壁が船の帆のように開閉し、最後に光が射した先に、滝に縁取られた緑の谷——ター・ローの隠れ里が広がる。

里では、シャン・チーとシャーリンの伯母ナン(イン・ナン、ミシェル・ヨー演じる)が一行を迎える。彼女はイン・リーの姉、ター・ローの守護者の家系の長である。「妹を救う」と語る兄に対して、伯母は静かに、しかし揺るがぬ態度で告げる——「あなたの母は、私たちのもとへ帰ってこない。あなたの父が今、向こう側から聞いている声は、別のものだ」。

ター・ローは、千年前にこの地に流れ着いた人々と、神獣たちが共に住む隔絶した世界である。中央には湖、湖底には『大守護者(グレート・プロテクター)』と呼ばれる東洋の龍が眠り、村の外周にはダーク・ゲート——古い時代に魔の存在を封じた巨大な石門——が立っている。村にはまた、九尾の狐、鳳凰、麒麟、神話画から抜けてきたような神獣たちが生活しており、ピクサー的なふくよかな造形と、東洋画的な気の流れの抽象表現が、この一帯を本作のもっとも幻想的な空間にしている。

ナンと里の戦士たちはシャン・チーに、母の流儀である「気を流す武術」を本格的に教える。「お前の父はテン・リングスを力で握り、お前は母の気を腕で受け継いだ。父の刃と母の手のひら、両方を受け取れる人間はお前しかいない」。シャン・チーは初めて、自分の名前と血を「呪い」ではなく「贈り物」として受け取り直す訓練に入る。

ター・ローの戦い──「父」と「子」の真ん中で

ウェンウーは、テン・リングスの全軍勢を引き連れてついにター・ローの入口へ到達する。村は神獣の助けを借りた巫術と弓矢で防衛線を張り、空には鳳凰が、地には麒麟が、湖からは緑の鱗の大守護者が浮上して敵兵を打ち落とす。だがウェンウーのテン・リングスの破壊力は別格で、村の守りは少しずつ削られていく。

シャン・チーは父の前に出て立ち、父子の一対一の対決が始まる。父の腕を取り、関節を抑え、リングごと父を抱きしめ、その動きを止めようとする息子。父は最初は本気で殴り、やがて、その息子の腕の中で、初めて子供を抱くような表情を見せる。両者は湖面まで戦いを延ばし、シャン・チーは父の十本のリングを一度取り上げる。だが父は息子に「目を覚ませ。あれはお前の母じゃない」と諭され、それでもダーク・ゲートを最後の願いで開いてしまう。

扉の向こうから出てきたのは、亡きイン・リーの声ではなく、無数の魂を吸う黒い羽の悪魔「暗黒の住人(ダーク・ドゥエラー)」と、その眷属の影霊たちだった。彼らは村人と兵士を見境なく襲い、魂を吸って身体を抜け殻にしていく。アイアン・ギャングと戦った頃の父子の恨みは、ここで完全に意味を失う。ウェンウーは初めて自分の千年が間違いだったことを認め、テン・リングスをシャン・チーに渡し、自身は影霊に魂を吸われて崩れる。妻の腕に抱かれた最期の数秒、彼の表情は穏やかだった。

暗黒の住人の最終戦と継承

親を失ったまま、シャン・チーは父の十本のリングを腕に着け、湖底から這い上がる暗黒の住人本体と対峙する。シャーリンは矢を、ケイティはトレヴァーから渡された弓と祖先伝来の集中で、ナンと里の戦士たちは気の波で、皆が一斉に湖面の闇へ攻撃を集中する。最後にシャン・チーは、母から受け取った気の螺旋と父のリングの直線を一つに束ね、湖底へ突き刺すように打ち下ろす。暗黒の住人の心臓を貫いた瞬間、緑の大守護者の咆哮が、湖面の闇をすべて押し流す。

ター・ローはかろうじて守られる。ウェンウーは戻らない。シャーリンは、本作の段階では父の地下組織を継ぐかどうかをまだ言わない。シャン・チーはケイティと並んで、サンフランシスコへ戻る飛行機の窓に肘を預ける。彼の名はもう「ショーン」ではない——映画のラストカットでカラオケのマイクが彼の手にあるのが、新しい彼の在り方を笑いの中で確認する。

ミッド/ポストクレジット──ビーコンと、女王の戴冠

ミッドクレジット・シーンでは、サンフランシスコへ戻ったシャン・チーとケイティが、酒場でカラオケに興じる二人組のところへ、突然、サンクタムからポータルで現れたウォン(ベネディクト・ウォン)に呼び出される。ウォンは「テン・リングスは古いだけでなく、宇宙的に異常な波長を発信している」と告げ、二人を魔術師の本拠カマー・タージへ転送する。会議室にはホログラムでブルース・バナー(マーク・ラファロ)と、宇宙服姿でアジア大陸の上を漂うように現れたキャロル・ダンヴァース/キャプテン・マーベル(ブリー・ラーソン)が出席している。バナーは「これは私の知るスタークの技術じゃない。アスガルドのものでもない」、キャロルは「銀河のどこにも対応する記録が無い」と発言する。十本のリングは、誰が作ったのか、何のための『ビーコン』を発しているのか——本作のラストはこの問いをマルチバース・サーガ全体へ預ける。

ポストクレジット・シーンでは、父亡きあとの地下基地で、シャーリンが組織を解体するのではなく、自分の手で再編成し始める姿が描かれる。父の女性差別的な「女に修練場は与えない」訓練方針を裏返し、シャーリンは女性の戦士を中心に新生テン・リングスを再起動させる。「変えるべきことがある」と彼女が最後に呟くフレームの後ろで、組織の章旗が、彼女のものとして再び立ち上がる。

登場要素

本作は中華圏の神話と現代アメリカのストリートカルチャーが交差する世界観を持つ。以下、主要な人物・場所・道具・組織を整理する。

主要人物

  • シャン・チー/ショーン(シム・リウ)
  • ケイティ(オークワフィナ)
  • シャーリン(張夢児)
  • シュー・ウェンウー(トニー・レオン)
  • イン・リー(フェイラ・チェン)
  • イン・ナン伯母(ミシェル・ヨー)
  • トレヴァー・スラッタリー(ベン・キングズレー)
  • モリス(マイケル・モロイ造形/声)

ヴィラン

  • シュー・ウェンウー/テン・リングスの王
  • 暗黒の住人(ダーク・ドゥエラー)
  • レイザーフィスト(フロリアン・ムンテアヌ)
  • デス・ディーラー(アンディ・ル)
  • ジャンキー(ヤン・ジィー)
  • 影霊たち(ソウル・イーター)

サポート

  • ウォン(ベネディクト・ウォン)※マカオ闘技場・ミッドクレジット
  • ジョン・ジョン(実況、ロニー・チェン)
  • 母の旧友ガイ・ファン
  • ケイティの家族(叔母・弟ルイハ)
  • アイアン・ギャングの跡継ぎたち

組織

  • テン・リングス組織(千年級の地下勢力)
  • アイアン・ギャング
  • ター・ローの守護者一族
  • S.H.I.E.L.D.(言及)
  • カマー・タージのソーサラー(ミッドクレジット)
  • アベンジャーズ(背景)
  • ゴールデン・ダガーズ・クラブ(マカオの闘技場運営)

場所

  • サンフランシスコ
  • マカオ
  • テン・リングス組織の地下基地(中国本土)
  • ター・ローの隠れ里
  • 竹林の迷路
  • ダーク・ゲート(湖畔の石門)
  • ター・ローの湖
  • カマー・タージ(ミッドクレジット)

アイテム・技術

  • 十本のリング(テン・リングス本体)
  • 翡翠のペンダント(迷路の鍵)
  • 気の弓と矢(ター・ローの儀礼武器)
  • 気の螺旋拳(イン・リー流派)
  • 鱗の鎧(ター・ローの戦闘装)
  • レイザーフィストのマチェーテ義腕
  • テン・リングスの紋章旗

能力・概念

  • 千年の不老不死(ウェンウー)
  • 気を流す武術
  • 気の螺旋(母の流派)
  • テン・リングスのエネルギー射出
  • 魂を吸う影霊の力
  • 竹林の迷路の動的構造
  • 大守護者の咆哮による浄化
  • 他者の声を真似る暗黒の住人の擬声

ミッド/ポストクレジット要素

  • ウォンが二人をカマー・タージへ転送
  • ホログラム会議:バナー、キャプテン・マーベル
  • テン・リングスが発する宇宙的ビーコン
  • シャーリンによる組織再編
  • 新生テン・リングス(女性中心)

主要登場人物

本作の人物配置は、千年を生きた父、二十年前に死んだ母、その血を受け継ぐ兄妹、そして「外」から関わる親友という、家族の縦軸と現代の横軸の二重構造で組まれている。各人物は単独でも長編一本ぶんの過去を抱えており、特に父シュー・ウェンウーの造形が本作全体の重力を決めている。

シャン・チー/ショーン(シム・リウ)

本作の主人公。父の組織で殺人の技を仕込まれ、十四歳で母の仇を討った夜にすべてを捨ててサンフランシスコへ流れ着いた青年。「ショーン」という偽名は、本人の中華系の出自と韓国・日本系の友人たちのあいだで波風を立てずに溶け込むための、彼の言い訳でもあった。

シャン・チーを特徴づけるのは、技量の卓越そのものではなく、技量を笑いと自己卑下の影に隠してきた長い習慣である。彼は最強の暗殺者として育てられたあと、その自分を恥じて十年近く、駐車係の制服のなかで自分を埋めてきた。ケイティとのカラオケ、深夜のジョーク、ぎこちないハグ——その一つひとつが、彼自身の自己拒絶の表現でもある。物語が進むにつれ、彼はようやく「自分の腕は父のものでもあり、母のものでもある」と受け取り直す。

演じるシム・リウ(劉思慕)はカナダの俳優で、コメディドラマ『キムズ・コンビニエンス』で知られていた。約二千人以上の候補からマーベル・スタジオが選び出し、本作のために約一年にわたる気の流れの武術トレーニング、ワイヤーワーク、ジムでの体作りを並行で課した。本人は中国大陸生まれ、五歳でカナダ移民という経歴を持ち、シャン・チーの「外と内の二重生活」をある程度自分の身体から書き入れている。

前提:『ブリップ』を作った事件=『アベンジャーズ/エンドゲーム』 用語:ブリップ

シュー・ウェンウー/テン・リングスの王(トニー・レオン)

本作の悪役にして、もう一人の主人公。十本のリングを得て千年を生きた征服王。ハン王朝の崩壊からシルクロード、近代の戦争まで、テン・リングスの組織は彼の時代解釈そのものとして残ってきた。だが本作が描くのは、彼の千年の偉業ではなく、たった数十年の家族の記憶に支配される一人の老人としての姿である。

ウェンウーは妻イン・リーの死後、組織の中心へ戻ったあとも、夜ごとに彼女の声を聞いている。「迎えに来て」と。彼にとってその声が本物の妻のものでなく、ダーク・ゲートの向こうから人の最も柔らかい記憶を真似て呼びかけてくる暗黒の住人のものであっても、その違いはほとんど意味を持たない。彼は妻を失う痛みに、千年の年齢が耐えきれなかった。

演じるのは香港・中華圏映画を代表するトニー・レオン(梁朝偉)である。彼にとってこれは初のハリウッド大作主演級の出演であり、英語の習得、ワイヤー戦の身体作り、息子シム・リウとの距離の作り方など、すべてが新しい挑戦だったと公開時のインタビューで本人が語っている。本作におけるシュー・ウェンウーの「悪役らしい派手さ」を最後まで抑えるストイックな造形は、レオンの選択なしには成立しなかった。

ケイティ(オークワフィナ)

シャン・チーの親友、サンフランシスコ時代の駐車係仲間。映画の前半、彼女は二人の関係を「ベストフレンド」のラインに留めたまま、いつまでも本気で大人になることを延期しようとする青年・青年のうちの一人にすぎない。だが本作は、彼女を単なる相棒キャラやコメディ要員に留めず、「ヒーローの後ろにいる人間が、ヒーローと並ぶ場所まで自分で来る」物語として描き直す。

ター・ローでの最終戦、シャン・チーは父と剣で語り、シャーリンは矢で語る。そのなかで、ケイティはトレヴァー・スラッタリーから手渡された木製の弓を握り、震える指で初めて狙いを定める。彼女が放った一矢が暗黒の住人の眷属の魂を貫く瞬間が、本作の家族劇のもう一つの中心になる。普通の人が、ヒーローの隣で、自分の意思で動く瞬間として書かれている。

演じるオークワフィナ(ノラ・ラム)は『フェアウェル』『クレイジー・リッチ!』の演技で世界的に評価を上げた直後の起用。コメディの呼吸とドラマの溜めを同じ役で同居させる稀有な技を、本作で初めてMCUに持ち込んだ。

シャーリン(張夢児)

シャン・チーの妹。三歳で母を失い、その後の二十数年間、父の組織と兄の影の両方から「お前は表に出るな」と無言で扱われてきた人物である。だがそのあいだ、彼女は屋敷の隅から兄の修練を盗み見て、自力で同じ型を身に付け、組織を抜けてからは自分の闘技場「ゴールデン・ダガーズ・クラブ」を運営できるところまで一人で進めた。

シャーリンの怒りは、わかりやすい怒声ではなく、兄や父に対する沈黙と距離として現れる。マカオでの再会の試合で兄に一歩も譲らないこと、地下基地で父の前で目を伏せないこと、最終決戦で兄と並ぶのではなくしばしば独立して動くこと——一つ一つが、彼女自身の意思表示として読める。

ポストクレジットで描かれる「父の組織の女性化=シャーリンの戴冠」は、コミックのコレクター『シスター・ストレイク(Sister Stake)』など複数の女性キャラを混ぜた翻案であり、彼女がMCUの今後の物語の主要なヴィラン側にも、味方側にもなり得る位置に据え置かれたことを示す。演じる張夢児(メンガー・チャン)は本作で長編デビューで、二千人規模の候補から発掘された。

イン・ナン伯母とイン・リー──ター・ロー側の家系

ター・ロー側の家族はウェンウー側の影の反対側に立つ。母イン・リー(フェイラ・チェン)は、序盤の竹林での対戦と、現代パートで子供を抱きしめる回想のなかにだけ現れる。だが彼女が初対面のウェンウーの拳に、力ではなく軌跡で応答してみせる「気の螺旋」の数秒間は、本作の武術と神話の両方の入口として機能する。

イン・ナン(ミシェル・ヨー)は、ター・ローの守護者一族の現指導者、シャン・チーとシャーリンの伯母。妹の死後、二十年以上、二人の甥姪との連絡を完全に断たれてきた立場だが、本作で初めて再会した際の彼女の態度は、感傷ではなく現実的な強さに貫かれている。「あなたの母は戻ってこない」とためらいなく語り、訓練場では兄妹に等しい時間を割き、戦場では弓を取って先頭に立つ。

ミシェル・ヨーは『ワンダヴィジョン』のシリーズ群以前から、東洋武術ヒーローの「現代における師」として観客に深く認知されている女優であり、本作の彼女の登場は、ター・ローが単なる新登場の場所ではなく、観客の歴史的な信頼の対象として迎え入れられる土台になっている。

トレヴァー・スラッタリーとモリス

『アイアンマン3』でフェイクの「マンダリン」を演じ、本物のテン・リングス組織から長年命を狙われていたはずの英国人俳優トレヴァー・スラッタリー(ベン・キングズレー)は、本作で生存が確認される。地下基地の檻に長年抑留され、組織の「演芸係」として『リア王』を独演する日々を送っていた。

彼が檻越しに友達にしているのが、ター・ロー出身の混沌(ホンドゥン)の一体モリス。手足のない毛玉の身体に、口の上に複数の目が並ぶ造形で、感情と意思を持って人と接する神話生物である。彼は竹林の迷路を音と気で記憶しており、五人をター・ローへ導く生命線となる。

この二人組の存在は、本作のシリアスな家族劇に、もう一つの呼吸——『アイアンマン3』時代のメタ的なユーモアと、東洋神話的な可愛さ——を持ち込む。観客の緊張を抜き、緊張をもう一度戻すための、構成上の蝶番として置かれている。

舞台と用語

舞台はサンフランシスコの日常から始まり、マカオの夜景、中国本土の山中の地下基地、竹林の迷路、ター・ローの隠れ里、ダーク・ゲートのある湖、最後にカマー・タージ(ミッドクレジット)まで広がる。地理上の対比は単なる旅行記ではなく、シャン・チーの「自分が何者か」の段階そのもの——逃避の日常、過去との再会、家族の本拠地、母の故郷、神話的なクライマックス——を空間ごとに割り当てる構造を取っている。

中心の用語は三つ。「テン・リングス」は、ウェンウーが千年前から所有してきた十本の腕輪と、その下に集まる地下組織の双方を指す。コミック版が指輪型であるのに対し、本作は腕輪に再設計され、エネルギーの放出・推進・防御を兼ねる汎用兵器として描かれる。本作のミッドクレジットで、その「腕輪が宇宙にビーコンを送っている」と示唆され、ものとしての起源そのものがMCU今後の謎として置かれる。

「ター・ロー(大羅)」は、ター・ローと呼ばれる隠れ里と、その背後にある神獣たちの世界の双方を指す。ター・ロー側の人々が用いる気の武術は、力で押すのではなく、軌跡と呼吸で相手の力を逸らす流派として描かれ、攻撃と祝祭の区別が薄い舞踏的な動きを取る。これに対するウェンウーの十本のリングは、軌道と打撃そのものを支配する「直線」の力であり、両者の対比そのものが家族関係の対比でもある。

「ダーク・ゲートと暗黒の住人」は、ター・ローの湖畔に立つ巨大な石門と、その向こうに封じられている古代の魂喰らいの神格を指す。本作の悪は派手な能力ではなく、最も柔らかい記憶を真似て囁きかけてくる声として現れる。これが、悲しみに長く沈んだ父ウェンウーを内側から壊した。

用語:MCU 用語:アベンジャーズ 用語:ブリップ

制作

本作は、コミック原作の人物造形がそのまま映画化しづらい歴史的経緯と、世界的に普遍化したアジア系俳優群の台頭という二つの流れの上に立っている。以下、企画から音楽までの主要な過程を整理する。

企画と脚本

シャン・チーの単独映画化は、マーベル・スタジオがフェーズ4の構想を本格化させた2018年に企画が起動した。原作コミック『マスター・オブ・カンフー』はそもそも、英国の小説『フー・マンチュー博士』(Sax Rohmer)の版権をマーベルが取得していた時代の産物であり、シャン・チーは「サー・フー・マンチューの息子」として誕生した経緯を持つ。版権切れ後、マーベルとマーベル・スタジオは、原作の人種ステレオタイプを切り離すために、父役をシュー・ウェンウー/テン・リングスの王として完全再構築する道を選んだ。

脚本はデイヴ・キャラハム(『ワンダー・ウーマン1984』)が原案、デスティン・ダニエル・クレットン監督とアンドリュー・ランハム(『ジャスト・マーシー』)が共同で改稿した。中心の判断は、シャン・チーを父と母の二つの世界の橋として描くこと、サー・フー・マンチューの面影を完全に除き、新しい父シュー・ウェンウーを千年の征服者として再構築すること、そして『アイアンマン3』のフェイク・マンダリン事件を本作の家族劇に「接続」してしまうことだった。

キャスティング

シャン・チー役の選定は、マーベル・スタジオが過去最大級の世界規模で行ったオーディションの一つだった。最終的にカナダ出身のシム・リウが選ばれたが、その経緯は本人がTwitterでマーベル・スタジオに「自分を雇わないか」と投げかけてから数年越しの実現だったことが、公開時に大きな話題になった。

父シュー・ウェンウー役には、香港・中華圏映画を代表するトニー・レオンが起用された。レオンは長年ハリウッド作品をほとんど引き受けてこなかったが、本作の脚本の家族劇の重さと、彼自身が長年「悪役らしい派手さの薄い悪役」を演じてきた俳優としての経験が直結する役柄であったことから、出演を決めたと本人が語っている。

他にも、オークワフィナ、ミシェル・ヨー、ベン・キングズレー、フェイラ・チェン、フロリアン・ムンテアヌ(『クリード/チャンプを継ぐ男』のヴィクトル・ドラーゴ役で知られる)、ロニー・チェンらが配置され、コメディとアクションと神話のすべてを一つの作品に同居させる「層」を作っている。

武術設計とアクション

本作のアクション設計は、香港アクション映画の遺伝子を直接MCUへ接続する試みだった。武術監督にはアンディ・チャン(陳少鵬)、そして香港アクション最後の英国人スタント・パフォーマー/コーディネーターの一人であるブラッド・アランが招集された。アランは『香港返還前後の最終ジャッキー・チェン世代』の一人として知られ、本作の撮影中の2021年8月に48歳で急逝したことから、本作はラストクレジット直前に「In Loving Memory of Brad Allan」と献辞が掲げられている。

アクション設計の方針は、コミック原作のスーパーパワー芸ではなく、武術の流派ごとの「身体の癖」と、長回しと建物の使い方を本気で見せる、というものだった。シャン・チーは父系の硬い直線の武術と母系の螺旋の気を、シャーリンは投げ刃と矢の遠距離戦を、ウェンウーはリングを使った遠近両用の独自系統を、それぞれ別の流派として体系的に身に付けたうえで撮影に臨んだ。バスのなかの長回し、マカオの足場の縦の連戦、ター・ローの湖面戦の三つが、本作のアクション史的な達成のピークとして広く語られる。

撮影とロケ地

主要撮影は2020年2月にサンフランシスコでロケを開始したが、直後の3月にCOVID-19の世界的流行により中断、約半年間の停止を挟んで、2020年8月にオーストラリア・シドニーのFox Studios Australiaを拠点に再開された。マカオの闘技場、地下基地、ター・ローの隠れ里の大半は、シドニーの大型ステージで建てられたセットで撮影され、ニュー・サウス・ウェールズ州の竹林・滝・森林がター・ロー側の自然光景の参照地として使われた。

サンフランシスコのバスのシークエンスは、実際のサンフランシスコ・ミュニ路線のバスを参照しつつ、運転シーンの大半はシドニーで作られたバスのセットと、急坂の俯瞰映像の合成で構成されている。マカオの摩天楼の足場のシーンも、現地のロケ参照は最小限で、CGとセットによる組み立てが中心。本作は『COVID-19以降に最初に完成度を保ったMCU作品』の一つとして、業界内の生産再開の参考事例にもなった。

視覚効果

視覚効果はWeta Digital、Industrial Light & Magic、Scanline VFX、Method Studios、Digital Domainなどが分担した。ター・ローの竹林の迷路、湖底に眠る大守護者、各種神獣(鳳凰、麒麟、九尾の狐、混沌=モリス)、暗黒の住人とその影霊の群れなど、本作はMCUの中でもとくにファンタジー側の視覚要素の比率が高い。大守護者の鱗の質感とウェイトある動きは、Weta Digitalがニュージーランド時代の『キング・コング』『アバター』系統の有機体設計から地続きで持ち込んだ蓄積を活かしている。

テン・リングスのエネルギー演出は、シリーズ前作までの「青い光」「赤い光」のヒーロー的演出から離れ、銅色と金色を基調にした、儀礼性のある光として設計された。鳴り、回り、軌道を制御する一連のショットは、撮影段階での実写の腕の動きとパッドの位置を慎重に同期させたものになっている。

音楽と音響

本編スコアはジョエル・P・ウェスト。デスティン・ダニエル・クレットンとの長年のコラボレーターで、『ショート・ターム』『ジャスト・マーシー』からの続投である。彼は本作のために中華圏の伝統楽器(二胡、笛、琵琶、銅鑼など)と、現代的なシンフォニックスコアを混合し、ター・ロー側に流れる気の音と、テン・リングス組織側の刃の打撃音を、別系統の和声でデザインした。

それと並行して、ソング・アルバム『Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings: The Album』が、88risingプロデュースのもとで世界中のアジア系アーティスト(リッチ・ブライアン、ナイル・ロジャース、Anderson .Paak、NIKI、Audrey Nuna、SAVE J、CL ほか)を集めて編まれた。劇中の挿入歌としては、ケイティとシャン・チーのカラオケ場面のホイットニー・ヒューストン「I Will Always Love You」と、エンドロールの『Run It』『Lazy Susan』などが特に印象を残している。

編集とポストプロダクション

編集はナット・サンダース、エリーザベト・ロナルズドッティル、ハリー・ユンの三名による共同作業。132分という上映時間のなかで、現代パートと過去の家族史パート、地理上の各拠点、ファンタジーと武術アクションの呼吸を切り替えながら、観客の感情を切らさない構成は、編集段階での試行錯誤の結果である。

公開直前の最終版において、ミッドクレジットの「ホログラム会議」の登場人物の組み合わせは、フェーズ4以降の他作品の登場順に合わせて最終調整された。ブルース・バナーが腕にギプスをしているのは、『エンドゲーム』後のスマート・ハルク状態の身体に何らかの「事件」が起きたことを観客に示唆する装置として残されたが、その出来事自体は本編では説明されない。

公開と興行

本作は当初2021年2月12日に公開予定だったが、COVID-19の影響で2021年5月7日、その後7月9日、最終的に9月3日へ複数回延期された。直前の『ブラック・ウィドウ』が劇場とDisney+プレミア・アクセスの同時公開だったのに対し、本作は劇場専有期間45日を選択し、配信公開はその後の2021年11月12日(Disney+米国)以降に回された。

劇場興行は北米約2.24億ドル、海外約2.08億ドルで、全世界興収約4.32億ドル。コロナ禍下の興行としてはMCUで最大級、その年の北米興行ではトップクラスの数値である。製作費約1.5〜2億ドルに対し、純粋な劇場興行のみで明確な黒字を確保した本作は、ディズニーが2021年後半以降に劇場専有公開へ揺り戻す根拠の一つにもなった。

批評では、ロッテン・トマトの批評家評価が約9割の好意的評価、トニー・レオンの父役の重さ、シム・リウとオークワフィナのバディの呼吸、武術アクションの再発見、神話パートと現代パートの接続が広く称賛された。第94回アカデミー賞では視覚効果賞にノミネートされたが受賞は逃した。本作はMCU初のアジア系単独主演という業界史上の重みも含め、北米のアジア系コミュニティに大きな足跡を残した一作として記録される。

批評・評価・文化的影響

本作の文化的影響は、興行成績以上の意味を持つ。第一に、MCU初のアジア系俳優単独主演ヒーロー作品として、ハリウッドのキャスティング史に明確な転換点を打った。シム・リウ、オークワフィナ、ミシェル・ヨー、トニー・レオン、ベン・キングズレー、メンガー・チャン、フェイラ・チェンら、英語・中国語・広東語が日常的に画面で並ぶ大作映画として、MCUのスケールでこの規模を行ったことそのものが業界全体への影響として残った。

第二に、本作は武術アクションの本気度をハリウッド大作の標準として再導入した。アンディ・チャンとブラッド・アランの設計は、その後の『ジョン・ウィック』系列以降のアクション映画の流れと合流し、CG頼みのフリッカリング編集ではなく、長回しと身体の流派を見せる方向への揺り戻しを後押しした。ブラッド・アランの遺作の一つとして、本作はアクション映画史上の意味も持っている。

第三に、本作はテン・リングスとダーク・ゲートを通じて、MCUのマルチバース・サーガにいくつかの大きな伏線を残している。ミッドクレジットで提示された『十本のリングが宇宙へビーコンを送っている』問題と、ポストクレジットでのシャーリンによる組織再編は、いずれもフェーズ5以降の物語の中核に再接続される設計として置かれている。

舞台裏とトリビア

原作コミックのシャン・チーは、もともと『フー・マンチュー博士の息子』として1973年に登場した。マーベル・スタジオは本作の企画にあたり、原作の人種ステレオタイプを切り離すため、父役を完全に新規キャラクターのシュー・ウェンウーへ再構築している。同時に、『アイアンマン3』に登場したフェイク・マンダリン(トレヴァー・スラッタリー)の存在を本作の家族劇に取り込み、シリーズ全体のメタ的な辻褄合わせを行っている点も大きな話題になった。

シム・リウは2014年に当時無名の俳優として、自身のTwitterから「マーベル・スタジオ、私を雇いませんか?」と呼びかけたことがあり、その投稿が約7年後の本作主演オーディションで本人の口から再び話題に上がった。マーベル・スタジオは本作で世界規模のオーディションを行い、シム・リウは最終的に2,000人以上の候補から選ばれた。

武術監督ブラッド・アランは、撮影完了から数か月後の2021年8月に48歳で急逝した。本作はラストクレジット直前に「In Loving Memory of Brad Allan」と献辞を掲げ、シリーズ史上もっとも明確な追悼を行った作品の一つとなった。

ベン・キングズレーは『アイアンマン3』のトレヴァー・スラッタリー役で、2014年のマーベル・ワンショット短編『All Hail the King』に出演したあと、長らくシリーズへの再登場が予定されていた。本作はその7年越しの実現となり、彼が檻のなかで『リア王』を独演する場面は、長年の伏線回収として大きな笑いと喝采を生んだ。

モリスの造形は、中国神話の『山海経』に登場する『混沌(こんとん)』を直接の参照元としている。手足のない毛玉に多数の目の並ぶ造形は、神話画の図版に近い形で再構築されており、本作のター・ロー側の神獣群(鳳凰、麒麟、九尾の狐、大守護者)と一貫した東洋的造形美の一部を成している。

テーマと解釈

中心の主題は、父からの相続をどう扱うかである。シャン・チーはアメリカの大衆文化のなかで「父を捨てて自分の道を歩む」というアジア系移民世代の典型的な内面に重ねて読まれてきた人物だが、本作はその図式を一段ねじる。シャン・チーは父を捨てるのではなく、父の十本のリングを受け取る。母の流派も受け取る。すなわち、本作の主題は『父からの離別』ではなく、『父からの相続をどう自分の手で書き換えるか』に置かれている。

もう一つの軸は、悲しみが暴力に変わるとき何が起きるかである。シュー・ウェンウーは妻を失った悲しみに、千年の年齢が耐えきれず、暗黒の住人の擬声に取り憑かれる。本作の悪はサノス的なイデオロギーではなく、もっと小さく、しかしもっと普遍的な「亡くした人の声を、もう一度聞きたい」という願いそのものである。観客に対する本作の倫理的なメッセージは、ヒーローの勝利ではなく、その願いの取り扱いの慎重さに置かれている。

三つ目の軸は、女性の継承である。母イン・リーが残した気の流派、伯母イン・ナンが継ぐター・ローの守護者の伝統、妹シャーリンが父亡き組織を引き継ぐポストクレジット——本作は、表面のヒーローこそ男性主人公だが、世代を超えた継承の縦糸の多くを女性に預けている。ヤレーナ(『ブラック・ウィドウ』)、シャーリン(本作)、ワンダ(『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』)と続くフェーズ4の「女性が選ぶ家族/女性が引き継ぐ組織」の系譜のなかで、本作はその系譜の重要な一段にあたる。

視覚的には、サンフランシスコの曇り空とター・ローの陽光、地下基地の金属の光と竹林の自然光、リングの直線とイン・リーの螺旋、東洋画の余白とハリウッドの大画面——本作の対比は単なる東西の絵柄の混合ではなく、家族の二つの面を別の絵柄で背負わせる、極めて意図的な構成として読める。

見る順番(補助)

MCUの公開順では、本作は『ブラック・ウィドウ』(2021)と『エターナルズ』(2021)の間に位置する。物語内では『ブリップ』の復活後、すなわちサノスとの戦いに片がついた後の現代を舞台にしている。初見の場合、『エンドゲーム』『ブラック・ウィドウ』までを観てから本作へ進むのが、ブリップ前提の世界観の理解の上でもっとも自然である。

『アイアンマン3』のフェイク・マンダリン事件を観ておくと、本作の檻のトレヴァー・スラッタリーと、彼の長年の身柄の経緯のジョークが何倍も楽しめる。逆に、未見の場合でも本編の理解には支障はない。ミッドクレジットの会議シーンを楽しむためには『ドクター・ストレンジ』『キャプテン・マーベル』『アベンジャーズ/エンドゲーム』までを観ておくのが望ましい。

本作のあとに観るべき作品は、まず『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』である。テン・リングスの宇宙的ビーコンとシャーリンによる組織再編は、現時点ではMCU今後の継続的な伏線として置かれており、フェーズ5・6での回収を見越して観ておくと、本作の余白の意味がより明確になる。

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よくある質問(補助)

「あらすじだけ知りたい」場合は、サンフランシスコで「ショーン」として暮らしてきたシャン・チーが、バスの襲撃をきっかけに自分の本名と向き合い、マカオで妹シャーリンと再会、父シュー・ウェンウーに連れ戻されたあと、母の故郷ター・ローへ脱出してダーク・ゲートの戦いに挑む——という流れを押さえれば十分である。「結末・ネタバレを知りたい」場合は、ダーク・ゲートの向こうから出てきた『母の声』が本物ではなく暗黒の住人の擬声であり、父はその擬声に取り憑かれていたこと、シャン・チーが父から十本のリングを受け取り、父は息子の腕の中で死を選ぶこと、ポストクレジットでシャーリンがテン・リングス組織を女性中心に再編すること、ミッドクレジットでテン・リングスが宇宙的ビーコンを発していることが明かされる——という三点が核となる。

「評価を知りたい」場合は、批評からはトニー・レオンの父役の重さ、シム・リウとオークワフィナのバディの呼吸、武術アクションの長回しの達成が広く称賛され、興行では劇場専有公開の中でコロナ禍下の最大級の成果を上げた一作、と整理できる。「見る順番」では、まず『エンドゲーム』『ブラック・ウィドウ』までを観てから本作へ進み、その後『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』へ進むのが安定である。

参考資料・脚注

作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。

  1. Marvel公式 シャン・チー/テン・リングスの伝説
  2. IMDb: Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings (2021)
  3. Marvel Cinematic Universe Wiki: Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings
  4. Box Office Mojo: Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings
  5. Disney+ シャン・チー/テン・リングスの伝説

関連ページ

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