シャン・チー/テン・リングスの伝説は、2021年に公開されたマーベル・スタジオ制作のアメリカ映画である。千年を生きた征服王ウェンウーの息子シャン・チーが、サンフランシスコで駐車係「ショーン」として素性を隠す日々を捨て、自らの本名とテン・リングスの宿命に向き合う姿を描く。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)フェーズ4の中核を担い、武術と神話、そして家族の物語を融合させた一作である。
00概要
『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings)は、デスティン・ダニエル・クレットンが監督したアメリカのスーパーヒーロー映画である。脚本はデイヴ・キャラハム、クレットン、アンドリュー・ランハムの共同執筆。マーベル・スタジオが製作し、ディズニーが配給した。米国では2021年9月3日に公開され、シリーズ通算第25作にあたる。70年代に『マスター・オブ・カンフー』誌で生まれた武術家、マーベル・コミックのシャン・チーを主役に据えた初の長編劇場作品であり、MCU初のアジア系俳優単独主演作でもある。
原作の歴史的な経緯から、本作の企画は、キャラクターのルーツを描き直し、コミックでは父親だったサー・フー・マンチューという人物像を完全に切り離す作業を伴った。マーベル・スタジオは「悪の父と善の息子」というコミックの骨格を残しつつ、父シュー・ウェンウーを大胆に再構築する。千年を生きた征服王であり、亡き妻に取り憑かれたまま現代に取り残された一人の老人——。演じるのはアジア映画史を代表するトニー・レオン(梁朝偉)であり、その出演そのものが本作の方向性を決定づけた。
監督のデスティン・ダニエル・クレットンは、ハワイ出身、日系の母と白人の父のもとに生まれた作家である。青少年更生施設を舞台にした『ショート・ターム』(2013)、冤罪による死刑を扱った実話『ジャスト・マーシー』(2019)で高い評価を得てきた。アクション大作の経験はほとんどなかったが、家族のドラマと感情の機微を撮る確かな手腕を買われて起用された。アクション設計には、『マトリックス』シリーズや『ポリス・ストーリー』系列を経たアンディ・チャンと、香港アクション最後の英国人ヴェテランの一人ブラッド・アランが招かれ、香港映画の遺伝子をMCUの語法へ直接つないでいる。
本記事は、本編の結末、暗黒の住人をめぐる神話、テン・リングスの起源、ミッドクレジットとポストクレジットの両シーンまで含むネタバレを前提に書いている。物語の驚きを大切にしたい読者は、本編を一度通して観てから戻ってきてほしい。
主要データ
- 原題
- Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings
- 監督
- デスティン・ダニエル・クレットン
- 脚本
- デイヴ・キャラハム/デスティン・ダニエル・クレットン/アンドリュー・ランハム
- 原作
- マーベル・コミックの『シャン・チー』(スティーヴ・イングルハート/ジム・スターリン)
- 音楽
- ジョエル・P・ウェスト
- 米国公開
- 2021年9月3日
- 上映時間
- 132分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、武術アクション、神話ファンタジー、家族ドラマ
01あらすじ
本稿では、結末からミッドクレジット/ポストクレジット・シーンまで、全編のあらすじを追っていく。物語の発端は、千年を生きた征服王シュー・ウェンウーと、伝説の隠れ里ター・ローで出会った女性イン・リーとの恋にある。それから四半世紀。二人の息子シャン・チーが「ショーン」という偽名を捨て、自らの血と向き合う旅へと踏み出していく。
プロローグ
物語は、母親の声によるナレーションで幕を開ける。「テン・リングスの伝説は、千年以上前に始まった」。古代、隕石から鍛えられたと伝わる十本の腕輪を手にした男、シュー・ウェンウー。不老不死の肉体と圧倒的な戦闘能力を得た彼は、王朝の興亡を陰で操る征服者として、文字どおり千年を生き続けてきた。「ハン王朝の崩壊を演出し、シルクロードを動かし、二十世紀には世界の裏側で戦争に火を点けた」と語られるテン・リングスの組織は、時代ごとにかたちを変えながら、つねにウェンウー一人を中心に存続してきたのである。
現代から数十年前、ウェンウーは「最後の戦利品」を求めて竹林の迷路へ踏み込む。標的は、伝説の隠れ里ター・ローを守る守護者の血だ。だが彼を迎え撃ったのは、舞うように戦う若き女性、イン・リーだった。剣で、拳で、気で語り合う美しい攻防の末、勝負はつかない。互いを認め合った二人は、やがて惹かれ合っていく。イン・リーはター・ローを離れ、ウェンウーも十本のリングを箱に封じて表舞台から退いた。二人はサンフランシスコ近郊の山の中腹に隠居所を構え、シャン・チーとシャーリンという二人の子を授かる。テン・リングスは、このとき確かに沈黙していた。
母の死とシャン・チーの幼少訓練
シャン・チーが七歳のころ、テン・リングス組織から離反した武装集団「アイアン・ギャング」が、ウェンウー不在の隠居所を襲う。気の使い手であったイン・リーは、リングを手放した夫に代わり、素手で家族を守ろうとする。だが子供たちの目の前で命を落とす。妹のシャーリンはまだ三歳だった。母の血と父の不在——それが、幼い兄妹の世界の入口となる。
葬儀の夜、ウェンウーは封印していた十本のリングを再び手に取り、家族と過ごした穏やかな日々に完全に幕を引く。彼はアイアン・ギャングの居城を一夜で全滅させると、シャン・チーを父の組織の世継ぎと定め、地下の修練場で容赦なく鍛え上げていく。武術、毒、銃、暗殺術——シャン・チーは十四歳にして、組織屈指の暗殺者の一人となる。一方、妹シャーリンは女子であることを理由に父の訓練から外される。それでも屋敷の片隅からひとり、兄が習うのと同じ型を盗み見て、独学で身に付けていった。
十四歳になったシャン・チーは、母を殺したアイアン・ギャングの首魁を討つ任務を与えられる。「お前の名は復讐のためにある」と父は告げる。任務は遂行された。だがその帰路、シャン・チーは父のもとへは戻らず、姿を消す。やがて彼はサンフランシスコへ流れ着き、自らを「ショーン」と名乗って、駐車係(バレー)として目立たぬ日々を選ぶのだった。
サンフランシスコ・バスの戦い
物語の現在地は、『ブリップ』からの復活を経た現代だ。ショーン(シャン・チー)は、同僚で親友のケイティと互いの夢を茶化し合いながら、カラオケと安いビールで夜ごとをやり過ごしている。ところがある朝、通勤バスで思いがけない襲撃を受ける。乗り込んできたのは、テン・リングス組織のレイザーフィスト(左腕をマチェーテに改造した強面の傭兵)と、その配下の刺客たち。狙いは、ショーンが母から受け取り、首から下げ続けてきた翡翠のペンダントだった。
ケイティの目の前で、「ショーン」は初めて自らの正体を爆発させる。走るバスの車内、座席のあいだ、運転席の死角を縫って繰り広げられる長回しの近接格闘は、本作の評価を決定づけたアクション・シーンの一つだ。アンディ・チャンとブラッド・アランによる設計は、ジャッキー・チェン的なリアクション・コメディと、その旧友トニー・チア=チェン的な打撃の重さを両立させ、「中華アクション映画がついにMCUに合流した」という手応えを画面に刻んだ。やがて運転手が気絶し、二階建てバスは急坂を制御不能のまま滑り落ちていく。ショーンはケイティの即興のハンドル捌きで何とか乗客を救うが、敵はペンダントを奪って逃走する。
「妹のところにも同じものが届く」。血を流しながら、ショーンはケイティに告げる。「マカオに行く。シャーリンを救うんだ」。ケイティは「私が運転する」と勝手に同行を決め、二人は太平洋を越えてマカオへと飛ぶ。「ショーン」という名で生きてきた数年が、ここで完全に剝がれ落ちる。
マカオ
マカオの摩天楼が連なる谷間、その高層ビルの一階分の闇に作られたのが、シャーリンが自ら仕切る地下闘技場「ゴールデン・ダガーズ・クラブ」である。観客の前で繰り広げられる試合のなかには、緑のCG肌が剥がれかかった旧知の男——『インクレディブル・ハルク』に登場したエミル・ブロンスキー/アボミネーション——と、ドクター・ストレンジの相棒ウォンの一戦まで含まれている。MCUの裏側でこんなことが起きていたのか、と観客を思わずニヤリとさせる、シリーズ屈指の悪戯っぽい目配せだ。
十数年ぶりに妹と再会したシャン・チーは、いきなり試合場へ放り込まれ、妹本人との一対一の格闘を強いられる。兄が見ていなかった十数年のあいだに、シャーリンは組織の外で自分の居場所を築き上げていた。試合は引き分けに近い形で決着し、シャーリンはペンダントを手放そうとしない。
やがてレイザーフィストの一団がクラブを襲撃し、ビルの外装ガラスの足場を舞台にした縦の戦闘が始まる。シャン・チー、ケイティ、シャーリンの三人は、組み立て途中の外装足場を駆け降りながら、つねに足元の崩落と隣り合わせの三次元アクションを演じる。アクション設計は香港返還前のヒーロー映画の系譜を直接受け継いでおり、長回しと建築物の使い方の緻密さは、コミック原作映画の枠を超えた質感を備える。だが闘いの果てに戦場へ現れたのは、父シュー・ウェンウー本人だった。ペンダントは父の手に渡り、三人は父の組織の地下基地へと連行される。
父の地下基地
父の本拠地、地下深くに広がる大広間で、ウェンウーは子供たちに今の自分を突き動かすものを打ち明ける。このところ毎晩、亡き妻イン・リーの声が聞こえるのだという——「ター・ローの竹林の奥、『ダーク・ゲート』の向こうに私はとらわれている。迎えに来て」。妻を失ってから二十年余り、彼の心はあの日のまま止まっていた。そこへようやく「答え」が届いた、と彼は本気で信じている。シャン・チーとシャーリンが持つペンダントは、ター・ロー側からしか開かない隠れ里への迷路を解く「鍵」だ。ウェンウーは子供たちごとそれを使い、妻を取り戻すためにター・ローへ攻め込もうとしている。
兄妹は、それが亡き母を装って父を誘い込む別の存在の声だと確信する。ター・ローの先、『ダーク・ゲート』の向こうに封じられているのは、神話で「暗黒の住人」と呼ばれる邪悪な存在だからだ。だが父にはもう、その忠告に耳を貸す余地は残っていない。三人は地下牢へ放り込まれる。
牢のシーンで、本作はもう一人の意外な人物を再登場させる。かつて『アイアンマン3』で『マンダリン』を騙り世間を騒がせた英国人俳優トレヴァー・スラッタリー(同作のフェイク・マンダリン)だ。彼は本物のテン・リングス組織にさらわれ、長年「楽士」として余興係に飼われていたという。ベン・キングズレー演じるトレヴァーは、隣の檻にいるぬいぐるみのような毛玉に話しかけている。手も足もなく、口の上に複数の目が並ぶ、不気味で愛らしい怪物——名はモリス(マイケル・モロイ)。神話上の生物「混沌(ホンドゥン)」の一体である。
モリスはター・ローの竹林の迷路を、目ではなく音と「迷路の規則」で記憶している。シャン・チー、シャーリン、ケイティ、トレヴァー、そしてモリスの五人は、地下牢を脱し、ウェンウーが軍勢を率いて発つより先にター・ローへ回り込むことを誓い合う。
竹林の迷路とター・ロー
ター・ローへ通じる唯一の入口は、外界の時間から切り離された竹林の迷路だ。竹の壁は観客の理解を超えた規則で動き、足を踏み入れた者は同じ場所を何度も巡るうちに、二度と外へ戻れなくなる。だがモリスにとって、この迷路は生まれ育った場所である。その「拍」を体で覚えており、五人を乗せた車を前へ前へと導いていく。竹林の壁が船の帆のように開いては閉じ、やがて最後に光が射した先に、滝に縁取られた緑の谷——ター・ローの隠れ里が広がる。
里では、シャン・チーとシャーリンの伯母ナン(イン・ナン、ミシェル・ヨー)が一行を迎える。イン・リーの姉であり、ター・ローの守護者の家系を束ねる長だ。「妹を救う」と語る兄に対し、伯母は静かに、しかし揺るがぬ態度で告げる——「あなたの母は、私たちのもとへ帰ってはこない。あなたの父がいま、向こう側から聞いている声は、別のものだ」。
ター・ローは、千年前にこの地へ流れ着いた人々と神獣たちがともに暮らす、隔絶した世界である。中央には湖があり、その湖底には『大守護者(グレート・プロテクター)』と呼ばれる東洋の龍が眠る。村の外周には、古い時代に魔の存在を封じた巨大な石門——ダーク・ゲートがそびえる。村には九尾の狐、鳳凰、麒麟など、神話画から抜け出てきたような神獣たちも息づいており、ピクサー的なふくよかな造形と、東洋画を思わせる気の流れの抽象表現とが溶け合って、この一帯を本作でもっとも幻想的な空間にしている。
ナンと里の戦士たちは、シャン・チーに母の流儀である「気を流す武術」を本格的に授けていく。「お前の父はテン・リングスを力で握り、お前は母の気を腕に受け継いだ。父の刃と母の手のひら、その両方を受け取れる人間はお前しかいない」。シャン・チーはここで初めて、自分の名と血を「呪い」ではなく「贈り物」として受け取り直す訓練に入る。
ター・ローの戦い
ウェンウーは、テン・リングスの全軍勢を率いてついにター・ローの入口へと迫る。村は神獣の力を借りた巫術と弓矢で防衛線を敷き、空には鳳凰が舞い、地には麒麟が駆け、湖からは緑の鱗をまとった大守護者が浮上して敵兵を次々に打ち落とす。だがウェンウーが操るテン・リングスの破壊力は桁違いだ。村の守りは少しずつ削り取られていく。
シャン・チーは父の前に進み出て、父子一対一の対決が始まる。父の腕を取り、関節を抑え、リングごと抱きしめて、その動きを封じようとする息子。父は最初こそ本気で殴りかかるが、やがて息子の腕の中で、初めてわが子を抱くような表情を浮かべる。戦いは湖面にまで及び、シャン・チーは父の十本のリングを一度は奪い取る。「目を覚ませ。あれはお前の母じゃない」と諭す息子。それでも父は、最後の願いとしてダーク・ゲートを開いてしまう。
扉の向こうから現れたのは、亡きイン・リーの声ではなかった。無数の魂を喰らう黒い羽の悪魔「暗黒の住人(ダーク・ドゥエラー)」と、その眷属である影霊たちである。彼らは村人も兵士も見境なく襲い、魂を吸って身体を抜け殻に変えていく。アイアン・ギャングと戦った頃から続く父子の恨みは、ここで完全に意味を失う。ウェンウーは初めて、自らの千年が誤りだったと認める。テン・リングスをシャン・チーに託し、自身は影霊に魂を吸われて崩れ落ちる。妻の腕に抱かれた最期の数秒、その表情は穏やかだった。
暗黒の住人の最終戦と継承
親を失ったまま、シャン・チーは父の十本のリングを腕にまとい、湖底から這い上がってきた暗黒の住人の本体と対峙する。シャーリンは矢を放ち、ケイティはトレヴァーから渡された弓と祖先伝来の集中力で射る。ナンと里の戦士たちは気の波を放ち、皆が一斉に湖面の闇へと攻撃を集中させる。そして最後に、シャン・チーは母から受け取った気の螺旋と父のリングの直線を一つに束ね、湖底へ突き刺すように打ち下ろす。暗黒の住人の心臓を貫いた瞬間、緑の大守護者の咆哮が湖面の闇をすべて押し流していく。
ター・ローはかろうじて守られる。だが、ウェンウーは戻らない。シャーリンは、本作の段階では父の地下組織を継ぐかどうかをまだ口にしない。シャン・チーはケイティと並び、サンフランシスコへ戻る飛行機の窓に肘を預ける。彼の名はもう「ショーン」ではない——映画のラストカットで、カラオケのマイクが彼の手に握られている。その姿が、新しい彼の在り方を笑いの中で確かめさせるのだ。
ミッド/ポストクレジット
ミッドクレジット・シーンの舞台は、サンフランシスコへ戻ったシャン・チーとケイティが酒場でカラオケに興じる夜。そこへ突然、サンクタムからポータルを開いてウォン(ベネディクト・ウォン)が現れ、二人を呼び出す。ウォンが告げるには、テン・リングスは単に古いだけではなく、宇宙的に異常な波長を発しているという。そのまま二人は魔術師の本拠地カマー・タージへ転送される。会議室にはホログラムでブルース・バナー(マーク・ラファロ)が、さらに宇宙服姿でアジア大陸の上を漂うようにキャロル・ダンヴァース/キャプテン・マーベル(ブリー・ラーソン)が出席している。バナーは「これは私の知るスタークの技術じゃない。アスガルドのものでもない」と語り、キャロルは「銀河のどこにも対応する記録が無い」と続ける。十本のリングを作ったのは誰なのか、何のための『ビーコン』を発しているのか——本作のラストは、この問いをマルチバース・サーガ全体へと預けて幕を閉じる。
ポストクレジット・シーンが描くのは、父亡きあとの地下基地。組織を解体するのではなく、自らの手で再編成へと動き出すシャーリンの姿だ。「女に修練場は与えない」という父の女性差別的な訓練方針を裏返し、シャーリンは女性の戦士を中心に新生テン・リングスを再起動させる。「変えるべきことがある」と彼女が最後に呟くフレームの後ろで、組織の章旗が、今度は彼女のものとして再び立ち上がる。
登場要素
本作は、中華圏の神話と現代アメリカのストリートカルチャーが交差する世界観を持つ。以下、主要な人物・場所・道具・組織を整理する。
- シャン・チー/ショーン(シム・リウ)
- ケイティ(オークワフィナ)
- シャーリン(張夢児)
- シュー・ウェンウー(トニー・レオン)
- イン・リー(フェイラ・チェン)
- イン・ナン伯母(ミシェル・ヨー)
- トレヴァー・スラッタリー(ベン・キングズレー)
- モリス(マイケル・モロイ造形/声)
- シュー・ウェンウー/テン・リングスの王
- 暗黒の住人(ダーク・ドゥエラー)
- レイザーフィスト(フロリアン・ムンテアヌ)
- デス・ディーラー(アンディ・ル)
- ジャンキー(ヤン・ジィー)
- 影霊たち(ソウル・イーター)
- ウォン(ベネディクト・ウォン)※マカオ闘技場・ミッドクレジット
- ジョン・ジョン(実況、ロニー・チェン)
- 母の旧友ガイ・ファン
- ケイティの家族(叔母・弟ルイハ)
- アイアン・ギャングの跡継ぎたち
- テン・リングス組織(千年級の地下勢力)
- アイアン・ギャング
- ター・ローの守護者一族
- S.H.I.E.L.D.(言及)
- カマー・タージのソーサラー(ミッドクレジット)
- アベンジャーズ(背景)
- ゴールデン・ダガーズ・クラブ(マカオの闘技場運営)
- サンフランシスコ
- マカオ
- テン・リングス組織の地下基地(中国本土)
- ター・ローの隠れ里
- 竹林の迷路
- ダーク・ゲート(湖畔の石門)
- ター・ローの湖
- カマー・タージ(ミッドクレジット)
- 十本のリング(テン・リングス本体)
- 翡翠のペンダント(迷路の鍵)
- 気の弓と矢(ター・ローの儀礼武器)
- 気の螺旋拳(イン・リー流派)
- 鱗の鎧(ター・ローの戦闘装)
- レイザーフィストのマチェーテ義腕
- テン・リングスの紋章旗
- 千年の不老不死(ウェンウー)
- 気を流す武術
- 気の螺旋(母の流派)
- テン・リングスのエネルギー射出
- 魂を吸う影霊の力
- 竹林の迷路の動的構造
- 大守護者の咆哮による浄化
- 他者の声を真似る暗黒の住人の擬声
- ウォンが二人をカマー・タージへ転送
- ホログラム会議:バナー、キャプテン・マーベル
- テン・リングスが発する宇宙的ビーコン
- シャーリンによる組織再編
- 新生テン・リングス(女性中心)
12主要登場人物
本作の人物配置は、二重の構造で組まれている。千年を生きた父、二十年前に世を去った母、その血を受け継ぐ兄妹という家族の縦軸。そして「外」から関わる親友という現代の横軸である。各人物は、それぞれ単独でも長編一本ぶんの過去を背負う。なかでも父シュー・ウェンウーの造形が、本作全体の重力を決めているといっていい。
シャン・チー/ショーン
本作の主人公。父の組織で殺人術を仕込まれ、十四歳で母の仇を討った夜、すべてを捨ててサンフランシスコへ流れ着いた青年だ。「ショーン」という偽名は、中華系という出自と、韓国系・日本系の友人たちとのあいだで波風を立てずに溶け込むための、彼なりの言い訳でもある。
シャン・チーを特徴づけるのは、卓越した技量そのものではない。その技量を、笑いと自己卑下の影に隠し続けてきた長い習慣である。最強の暗殺者として育てられながら、彼はそんな自分を恥じ、十年近くも駐車係の制服のなかに身を埋めてきた。ケイティとのカラオケ、深夜の軽口、ぎこちないハグ——その一つひとつが、彼自身の自己拒絶のあらわれでもある。やがて物語が進むにつれ、彼はようやく「この腕は父のものであり、母のものでもある」と受け止め直していく。
演じるシム・リウ(劉思慕)はカナダの俳優で、コメディドラマ『キムズ・コンビニエンス』で知られていた。二千人を超える候補のなかからマーベル・スタジオが選び抜き、本作のために約一年、気の流れを操る武術の稽古、ワイヤーアクション、ジムでの肉体改造を並行して課した。中国大陸に生まれ、五歳でカナダへ移民したという経歴を持つ彼は、シャン・チーが抱える「外と内の二重生活」を、その身体からある程度書き入れているといえる。
シュー・ウェンウー/テン・リングスの王
本作の悪役にして、もう一人の主人公である。十本のリングを手にし、千年を生きてきた征服王。ハン王朝の崩壊からシルクロード、近代の戦争に至るまで、テン・リングスという組織は、彼が時代をどう読んできたかをそのまま映す存在として残ってきた。だが本作が描くのは、その千年の偉業ではない。わずか数十年の家族の記憶に囚われた、一人の老人の姿である。
妻イン・リーを失ったウェンウーは、組織の中心に戻ったあとも、夜ごとに彼女の声を聞く。「迎えに来て」と。その声が本物の妻のものではなく、ダーク・ゲートの向こうから人の最も柔らかな記憶を真似て呼びかける暗黒の住人のものだとしても、彼にとって違いはほとんど意味をなさない。妻を失った痛みに、千年の年齢は耐えきれなかった。
演じるのは、香港・中華圏映画を代表するトニー・レオン(梁朝偉)である。ハリウッド大作で主演級を務めるのはこれが初めてだ。英語の習得、ワイヤーアクションのための身体作り、息子を演じるシム・リウとの距離の取り方──そのすべてが新たな挑戦だったと、本人が公開時のインタビューで語っている。シュー・ウェンウーの「悪役らしい派手さ」を最後まで抑え込むストイックな造形は、レオンの選択なくしては成立しなかった。
ケイティ
シャン・チーの親友で、サンフランシスコ時代にともに駐車係を務めた仲間。映画の前半では、二人の関係を「親友」の枠に留めたまま、大人になることをいつまでも先延ばしにしている若者の一人にすぎない。だが本作は、彼女を単なる相棒役やコメディ要員に終わらせず、ヒーローの背後にいた人間が、自らの足でヒーローと肩を並べる場所までたどり着く物語として描き直してみせる。
ター・ローでの最終決戦、シャン・チーは父と剣で語り合い、シャーリンは矢で語る。そのなかでケイティは、トレヴァー・スラッタリーから手渡された木製の弓を握り、震える指で初めて狙いを定める。彼女が放った一矢が暗黒の住人の眷属の魂を貫く瞬間こそ、本作が描く家族劇のもう一つの中心だ。普通の人間が、ヒーローの隣で、自分の意思で動き出す瞬間として書かれている。
演じるのは、『フェアウェル』『クレイジー・リッチ!』での演技で世界的に評価を高めたばかりのオークワフィナ(ノラ・ラム)。コメディの呼吸とドラマの溜めを一つの役で両立させる稀有な技量を、本作で初めてMCUに持ち込んだ。
シャーリン
シャン・チーの妹である。三歳で母を失い、以後の二十数年、父の組織と兄の影の双方から「お前は表に出るな」と無言のうちに押し込められて育った。だが、その境遇に甘んじてはいなかった。屋敷の隅から兄の修練を盗み見ては独力で同じ型を会得し、組織を抜けたあとは自らの闘技場「ゴールデン・ダガーズ・クラブ」を構えるところまで、たった一人でたどり着く。
シャーリンの怒りは、声高な怒鳴り声としてではなく、兄や父に向けた沈黙と距離となって表れる。マカオでの再会の試合で兄に一歩も引かないこと、地下基地で父の前でも目を伏せないこと、最終決戦で兄と並ぶのではなく、しばしば独立して動くこと——その一つ一つが、彼女自身の意思表示として読み取れる。
ポストクレジットで描かれる「父の組織の女性化=シャーリンの戴冠」は、コミックのコレクター『シスター・ストレイク(Sister Stake)』をはじめ複数の女性キャラクターを織り交ぜた翻案である。これは、彼女が今後のMCUの物語において主要なヴィラン側にも味方側にも転じうる位置に据えられたことを示す。演じる張夢児(メンガー・チャン)は本作が長編デビュー作で、二千人規模の候補のなかから発掘された逸材だ。
イン・ナン伯母とイン・リー
ター・ロー側の家族は、ウェンウーが落とす影のちょうど反対側に立つ。母イン・リー(フェイラ・チェン)が姿を見せるのは、序盤の竹林での対決と、現代パートで幼い我が子を抱きしめる回想のなかだけだ。それでも、初めて対峙したウェンウーの拳を、力ではなく軌跡で受け流してみせる「気の螺旋」のわずか数秒は、本作の武術と神話、その両方への入口として機能している。
イン・ナン(ミシェル・ヨー)は、ター・ローを守る一族の現指導者であり、シャン・チーとシャーリンの伯母にあたる。妹の死後、二十年以上にわたって二人の甥姪との連絡を断たれてきた立場だが、本作で初めて再会する場面での態度は、感傷ではなく現実的な強さに貫かれている。「あなたの母は戻ってこない」とためらいなく言い切り、訓練場では兄妹に等しく時間を割き、戦場では弓を取って自ら先頭に立つ。
ミシェル・ヨーは『ワンダヴィジョン』のシリーズ群以前から、東洋武術ヒーローにとって「現代の師」として観客に深く認知されてきた女優である。その彼女が本作に登場することで、ター・ローは単なる新たな舞台にとどまらず、観客が歴史的に寄せてきた信頼ごと迎え入れられる場となっている。
トレヴァー・スラッタリーとモリス
『アイアンマン3』で偽の「マンダリン」を演じ、本物のテン・リングス組織から長年命を狙われていたはずの英国人俳優トレヴァー・スラッタリー(ベン・キングズレー)が、本作で健在ぶりを見せる。地下基地の檻に長らく囚われ、組織お抱えの「演芸係」として『リア王』をひとり芝居で演じる日々を送っていた。
檻越しに彼が友としているのが、ター・ロー出身の混沌(ホンドゥン)の一体、モリスだ。手足のない毛玉のような身体に、口の上へ複数の目が並ぶ造形で、感情と意思を持って人と接する神話生物である。竹林の迷路を音と気で記憶しており、五人をター・ローへ導く生命線となる。
この二人組が、本作のシリアスな家族劇にもう一つの呼吸を持ち込む。『アイアンマン3』時代を思わせるメタ的なユーモアと、東洋神話的な愛らしさだ。観客の緊張をふっとほどき、再び引き締める——その構成上の蝶番として置かれている。
舞台と用語
物語はサンフランシスコの何気ない日常から幕を開け、マカオの夜景、中国本土の山中に築かれた地下基地、竹林の迷路、ター・ローの隠れ里、ダーク・ゲートが立つ湖、そして最後はカマー・タージ(ミッドクレジット)へと広がっていく。この地理的な対比は、単なる旅の記録ではない。逃避の日常、過去との再会、家族の本拠地、母の故郷、神話的なクライマックス——シャン・チーが「自分は何者なのか」と問い直していく段階そのものを、ひとつひとつの場所に重ね合わせる構造になっている。
鍵となる用語は三つある。「テン・リングス」は、ウェンウーが千年前から手にしてきた十本の腕輪と、その下に集う地下組織の両方を指す。原作コミックが指輪型だったのに対し、本作では腕輪へと再設計され、エネルギーの放出、推進、防御を兼ね備えた万能の武器として描かれる。ミッドクレジットでは、その腕輪が宇宙へとビーコンを送っていることが示唆され、ものとしての起源そのものが、今後のMCUの謎として残される。
「ター・ロー(大羅)」は、ター・ローと呼ばれる隠れ里と、その奥に広がる神獣たちの世界の双方を指す。里の人々が操る気の武術は、力で押し込むのではなく、軌跡と呼吸によって相手の力を受け流す流派として描かれ、攻撃と祝祭の境目が曖昧な、舞踏のような動きをみせる。対するウェンウーの十本のリングは、軌道と打撃そのものを支配する「直線」の力だ。両者の対比は、そのまま家族の関係の対比でもある。
「ダーク・ゲートと暗黒の住人」は、ター・ローの湖畔にそびえる巨大な石門と、その向こうに封じられた古代の魂喰らいの神格を指す。本作の悪は、派手な能力としてではなく、もっとも柔らかな記憶を真似て囁きかけてくる声として現れる。それが、悲しみに長く沈んでいた父ウェンウーを、内側から壊していった。
関連リンク
20制作
本作の背景には、二つの流れがある。ひとつは、コミック原作の人物造形をそのまま映画化するのが難しかったという歴史的な経緯。もうひとつは、世界的に存在感を増したアジア系俳優たちの台頭である。以下では、企画から音楽に至るまでの主要な過程を順に整理していきたい。
企画と脚本
シャン・チーの単独映画化が動き出したのは、マーベル・スタジオがフェーズ4の構想を本格化させた2018年のことである。原作コミック『マスター・オブ・カンフー』は、そもそもマーベルが英国の小説『フー・マンチュー博士』(Sax Rohmer)の版権を取得していた時代に生まれた作品であり、シャン・チーは「サー・フー・マンチューの息子」として登場した経緯を持つ。やがて版権が切れると、マーベルとマーベル・スタジオは原作に色濃く残る人種ステレオタイプと決別する道を選び、父役をシュー・ウェンウー/テン・リングスの王として一から作り直した。
脚本は、デイヴ・キャラハム(『ワンダー・ウーマン1984』)が原案を手がけ、デスティン・ダニエル・クレットン監督とアンドリュー・ランハム(『ジャスト・マーシー』)が共同で改稿した。鍵となったのは三つの判断だ。シャン・チーを父と母、二つの世界をつなぐ橋として描くこと。サー・フー・マンチューの面影を完全に消し去り、新たな父シュー・ウェンウーを千年を生きる征服者として再構築すること。そして『アイアンマン3』のフェイク・マンダリン事件を、本作の家族の物語へと「接続」してしまうことである。
キャスティング
シャン・チー役のキャスティングは、マーベル・スタジオが過去に類を見ない規模で世界中から候補を募ったオーディションだった。最終的に白羽の矢が立ったのはカナダ出身のシム・リウ。本人がかつてTwitterでマーベル・スタジオに向けて「自分を雇わないか」と呼びかけており、それから数年を経ての抜擢だったことが、公開時に大きな話題を呼んだ。
父シュー・ウェンウー役には、香港・中華圏映画を代表する名優トニー・レオンが起用された。レオンはこれまでハリウッド作品をほとんど引き受けてこなかった。だが、本作の脚本が描く家族劇の重み、そして長年「派手さに頼らない悪役」を演じ続けてきた俳優としての歩みが、この役柄に直結したことから出演を決めたという。
ほかにも、オークワフィナ、ミシェル・ヨー、ベン・キングズレー、フェイラ・チェン、フロリアン・ムンテアヌ(『クリード/チャンプを継ぐ男』のヴィクトル・ドラーゴ役で知られる)、ロニー・チェンらが顔をそろえる。コメディとアクション、そして神話のすべてを一本の作品に同居させる、重層的な布陣だ。
武術設計とアクション
本作のアクションは、香港アクション映画の遺伝子をそのままMCUへと接ぎ木する試みだった。武術監督に迎えられたのはアンディ・チャン(陳少鵬)、そして香港アクションを支えた最後の英国人スタント・パフォーマー兼コーディネーターの一人、ブラッド・アランである。アランは「香港返還前後の最後のジャッキー・チェン世代」として知られた人物だ。本作の撮影中、2021年8月に48歳の若さで急逝しており、エンドクレジット直前には「In Loving Memory of Brad Allan」の献辞が掲げられている。
めざしたのは、原作コミック由来の超能力の応酬ではない。武術の流派ごとに異なる「身体の癖」を描き分け、長回しと建物そのものを使った立体的な殺陣を真正面から見せることだった。シャン・チーは父譲りの硬く直線的な武術と、母から受け継いだ螺旋を描く気の流れを、シャーリンは投げ刃と矢による遠距離戦を、ウェンウーはリングを操る遠近両用の独自の体系を、それぞれ別個の流派として体得したうえで撮影に臨んでいる。なかでもバス車内の長回し、マカオの足場を縦に駆け上がる連戦、ター・ローの湖面での戦いの三場面は、本作がアクション史に刻んだ達成の頂点として、今なお広く語り継がれている。
撮影とロケ地
主要撮影は2020年2月、サンフランシスコでのロケから始まった。だが直後の3月、COVID-19の世界的流行を受けて撮影は中断。約半年の停止を経て、2020年8月、オーストラリア・シドニーのFox Studios Australiaを拠点に再開された。マカオの闘技場、地下基地、そしてター・ローの隠れ里の大半は、シドニーの大型ステージに組まれたセットで撮影されている。ター・ロー側の自然描写については、ニュー・サウス・ウェールズ州の竹林や滝、森林が光景の参照地として用いられた。
サンフランシスコのバスの場面は、実際に市内を走るミュニ路線のバスを参照しつつも、運転シーンの大半はシドニーで組まれたバスのセットと、急坂を見下ろす俯瞰映像の合成で構成されている。マカオの摩天楼の足場をめぐる場面も同様で、現地ロケの参照は最小限にとどめ、CGとセットによる組み立てが中心となった。本作はCOVID-19以降に最初に完成度を保ったMCU作品の一つに数えられ、業界における生産再開の参考事例ともなった。
視覚効果
視覚効果はWeta Digital、Industrial Light & Magic、Scanline VFX、Method Studios、Digital Domainなどが分担した。ター・ローの竹林に広がる迷路、湖底に眠る大守護者、鳳凰、麒麟、九尾の狐、そして混沌=モリスといった数々の神獣、さらには暗黒の住人とその影霊の群れ。本作はMCUのなかでも、とりわけファンタジー寄りの視覚要素が占める比率が高い。大守護者の鱗の質感と、重量感をともなう動き。そこには、Weta Digitalがニュージーランド時代の『キング・コング』『アバター』系統の有機体設計から地続きで培ってきた蓄積が生きている。
テン・リングスのエネルギー表現は、シリーズ前作までの「青い光」「赤い光」というヒーロー然とした演出から離れ、銅色と金色を基調にした、儀礼的な光として設計された。鳴り、回り、軌道を描く一連のショットは、撮影段階での実写の腕の動きとパッドの位置を、慎重に同期させて作り上げたものだ。
音楽と音響
本編の音楽を手がけたのはジョエル・P・ウェスト。デスティン・ダニエル・クレットン監督とは『ショート・ターム』『ジャスト・マーシー』以来の長年の盟友であり、今回も続投となった。本作のために中華圏の伝統楽器(二胡、笛、琵琶、銅鑼など)と現代的なシンフォニックスコアを組み合わせ、ター・ロー側に流れる気の音と、テン・リングス組織側の刃が打ち合う音を、それぞれ別系統の和声で描き分けている。
これと並行して、サウンドトラック・アルバム『Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings: The Album』も制作された。88risingのプロデュースのもと、リッチ・ブライアン、ナイル・ロジャース、Anderson .Paak、NIKI、Audrey Nuna、SAVE J、CLら、世界各地のアジア系アーティストを集めて編まれた一枚である。劇中の挿入歌では、ケイティとシャン・チーがカラオケに興じる場面で流れるホイットニー・ヒューストンの「I Will Always Love You」、そしてエンドロールを彩る『Run It』『Lazy Susan』などがとりわけ強い印象を残す。
編集とポストプロダクション
編集はナット・サンダース、エリーザベト・ロナルズドッティル、ハリー・ユンの三名が共同で手がけた。132分の上映時間のなかで、現代パートと過去の家族史パート、舞台となる各地、ファンタジーと武術アクションの呼吸を切り替えながら、観客の感情を途切れさせない。この構成は、編集段階での試行錯誤から生まれたものだ。
公開直前の最終版では、ミッドクレジットに登場する「ホログラム会議」の顔ぶれが、フェーズ4以降の他作品の登場順に合わせて最終調整された。ブルース・バナーが腕にギプスをはめているのは、『エンドゲーム』後のスマート・ハルクの身体に何らかの「事件」が起きたことを観客に示唆する仕掛けだ。だが、その出来事そのものは本編で説明されない。
28公開と興行
本作は当初2021年2月12日に公開予定だったが、COVID-19の影響で2021年5月7日、さらに7月9日、最終的に9月3日へと複数回にわたって延期された。直前に公開された『ブラック・ウィドウ』が劇場とDisney+プレミア・アクセスの同時公開だったのに対し、本作は45日間の劇場専有期間を選択。配信での公開は、それを経た2021年11月12日(Disney+米国)以降に回された。
劇場興行は北米で約2.24億ドル、海外で約2.08億ドルを記録し、全世界興収は約4.32億ドルに達した。コロナ禍の興行としてはMCUでも最大級であり、その年の北米興行でもトップクラスの数字である。製作費約1.5〜2億ドルに対し、純粋な劇場興行のみで明確な黒字を確保した。この結果は、ディズニーが2021年後半以降、劇場専有公開へと舵を戻す根拠の一つにもなった。
批評面では、ロッテン・トマトの批評家支持率が約9割という高い評価を得た。父役を演じたトニー・レオンの重厚さ、シム・リウとオークワフィナが織りなすバディの呼吸、武術アクションの再発見、神話パートと現代パートの接続が、いずれも広く称賛されている。第94回アカデミー賞では視覚効果賞にノミネートされたが、受賞は逃した。MCU初のアジア系単独主演という業界史上の重みも含め、本作は北米のアジア系コミュニティに大きな足跡を残した一作として記録されている。
29批評・評価・文化的影響
本作の文化的影響は、興行成績の数字だけでは語れない。第一に、MCU初となるアジア系俳優単独主演のヒーロー作品として、ハリウッドのキャスティング史に明確な転換点を刻んだ。シム・リウ、オークワフィナ、ミシェル・ヨー、トニー・レオン、ベン・キングズレー、メンガー・チャン、フェイラ・チェン。英語、中国語、広東語が当たり前のように画面に並び立つ大作。これをMCUの規模とスケールで成し遂げたこと自体が、業界全体への影響として残った。
第二に、本作は武術アクションの本気度を、ハリウッド大作の基準として改めて持ち込んだ。アンディ・チャンとブラッド・アランによる設計は、『ジョン・ウィック』以降のアクション映画の潮流と合流し、CG頼みの細切れ編集ではなく、長回しと身体の流派を見せる方向への揺り戻しを後押しした。ブラッド・アランの遺作の一つでもある本作は、アクション映画史のうえでも確かな意味を持つ。
第三に、本作はテン・リングスとダーク・ゲートを通じて、MCUのマルチバース・サーガにいくつもの大きな伏線を残した。ミッドクレジットで提示された「十本のリングが宇宙へビーコンを送っている」という謎、そしてポストクレジットでのシャーリンによる組織再編。いずれもフェーズ5以降、物語の中核へと再びつながっていく設計として置かれている。
舞台裏とトリビア
原作コミックのシャン・チーは、1973年に『フー・マンチュー博士の息子』として初登場したキャラクターである。マーベル・スタジオは本作の企画にあたり、原作につきまとう人種ステレオタイプを切り離すべく、父親役を完全な新キャラクター、シュー・ウェンウーへと作り替えた。さらに『アイアンマン3』に登場した偽のマンダリン(トレヴァー・スラッタリー)をこの一家の物語に組み込み、シリーズ全体のメタ的な辻褄合わせをやってのけた点も、大きな話題を呼んだ。
シム・リウには、まだ無名だった2014年、自身のTwitterで「マーベル・スタジオ、私を雇いませんか?」と呼びかけた逸話がある。それからおよそ7年後、本作の主演オーディションの場で、本人の口から再びこの一件が語られた。マーベル・スタジオは世界規模でオーディションを実施しており、シム・リウは2,000人を超える候補者の中から最終的に選ばれている。
武術監督を務めたブラッド・アランは、撮影完了から数か月後の2021年8月、48歳の若さでこの世を去った。本作はラストクレジット直前に「In Loving Memory of Brad Allan」の献辞を掲げており、シリーズ史上もっとも明確な追悼を行った一本となった。
ベン・キングズレーは『アイアンマン3』のトレヴァー・スラッタリー役で、2014年のマーベル・ワンショット短編『All Hail the King』に出演して以来、長らくシリーズへの再登場が待たれていた。本作はその7年越しの実現であり、檻のなかで『リア王』を独演する場面は、長年の伏線を回収する見せ場として大きな笑いと喝采を呼んだ。
モリスの造形は、中国神話の地理書『山海経』に登場する『混沌(こんとん)』を直接の下敷きにしている。手足のない毛玉に無数の目が並ぶその姿は、神話画の図版に近い形で再構築されたもので、ター・ロー側の神獣たち(鳳凰、麒麟、九尾の狐、大守護者)とともに、本作を貫く東洋的な造形美の一翼を担っている。
31テーマと解釈
本作が据える中心の主題は、父から受け継いだものをどう扱うかにある。シャン・チーという人物は、アメリカの大衆文化のなかで「父を捨て、自分の道を歩む」というアジア系移民世代に典型的な内面に重ねて読まれてきた。だが本作は、その図式を一段ねじってみせる。シャン・チーは父を捨てない。父の十本のリングを受け取り、母の流派も受け継ぐ。つまり本作の主題は『父からの離別』ではなく、『父から受け継いだものを、自分の手でどう書き換えるか』に置かれているのだ。
もう一つの軸は、悲しみが暴力へと姿を変えるとき何が起きるかである。シュー・ウェンウーは、妻を失った悲しみに千年の年齢が耐えきれず、暗黒の住人の擬声に取り憑かれていく。本作の悪はサノス的なイデオロギーではない。もっと小さく、しかしもっと普遍的な、「亡くした人の声を、もう一度聞きたい」という願いそのものだ。観客に向けた本作の倫理的なメッセージは、ヒーローの勝利にではなく、その願いをいかに慎重に扱うかに置かれている。
三つ目の軸は、女性による継承である。母イン・リーが残した気の流派、伯母イン・ナンが継ぐター・ローの守護者の伝統、そして父亡き組織を妹シャーリンが引き継ぐポストクレジット——表面のヒーローこそ男性主人公だが、本作は世代を超えた継承の縦糸の多くを女性に託している。ヤレーナ(『ブラック・ウィドウ』)、シャーリン(本作)、ワンダ(『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』)と続く、フェーズ4の「女性が選ぶ家族、女性が引き継ぐ組織」の系譜。本作はその重要な一段にあたる。
視覚面でも対比は鮮やかだ。サンフランシスコの曇り空とター・ローの陽光、地下基地の金属の光と竹林の自然光、リングの直線とイン・リーの螺旋、東洋画の余白とハリウッドの大画面——本作の対比は、単なる東西の絵柄の混合ではない。家族の二つの面を異なる絵柄で背負わせる、極めて意図的な構成として読める。
32見る順番
MCUの公開順では、本作は『ブラック・ウィドウ』(2021)と『エターナルズ』(2021)の間に位置する。物語内では『ブリップ』の復活後、すなわちサノスとの戦いに片がついた後の現代を舞台にしている。初見の場合、『エンドゲーム』『ブラック・ウィドウ』までを観てから本作へ進むのが、ブリップ前提の世界観の理解の上でもっとも自然である。
『アイアンマン3』のフェイク・マンダリン事件を観ておくと、本作の檻のトレヴァー・スラッタリーと、彼の長年の身柄の経緯のジョークが何倍も楽しめる。逆に、未見の場合でも本編の理解には支障はない。ミッドクレジットの会議シーンを楽しむためには『ドクター・ストレンジ』『キャプテン・マーベル』『アベンジャーズ/エンドゲーム』までを観ておくのが望ましい。
本作のあとに観るべき作品は、まず『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』である。テン・リングスの宇宙的ビーコンとシャーリンによる組織再編は、現時点ではMCU今後の継続的な伏線として置かれており、フェーズ5・6での回収を見越して観ておくと、本作の余白の意味がより明確になる。
33よくある質問
「あらすじだけ知りたい」という人は、サンフランシスコで「ショーン」として生きてきたシャン・チーが、バスでの襲撃を機に本当の名と向き合い、マカオで妹シャーリンと再会するまでの流れを押さえておけばいい。やがて父シュー・ウェンウーに連れ戻され、母の故郷ター・ローへと脱出し、ダーク・ゲートの戦いへ身を投じていく。一方、「結末・ネタバレを知りたい」という人にとっての核は三点だ。まず、ダーク・ゲートの向こうから響く『母の声』は本物ではなく、暗黒の住人が発する擬声であり、父はその声に取り憑かれていたこと。次に、シャン・チーが父から十本のリングを受け継ぎ、父は息子の腕の中で死を選ぶこと。そしてポストクレジットでシャーリンがテン・リングス組織を女性中心に再編し、ミッドクレジットではテン・リングスが宇宙的ビーコンを発している事実が明かされること。この三点に物語の重心がある。
「評価を知りたい」という人に向けて整理すれば、批評の場では、トニー・レオンが演じた父の存在感、シム・リウとオークワフィナが見せるバディの呼吸、そして武術アクションを長回しでとらえた達成が広く称賛された。興行面でも、劇場専有公開という形のなかでコロナ禍下では最大級の成果を上げた一作である。「見る順番」に迷うなら、まず『エンドゲーム』と『ブラック・ウィドウ』までを観てから本作へ進み、その後に『エターナルズ』『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』とたどっていくのが無理がない。
34参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利は、それぞれの権利者に帰属する。公開年や興行成績、配信状況、外部評価は時とともに変わりうる。鑑賞前には、公式サイトおよび各データベースの最新情報を確認してほしい。なお本記事の本文は、各種の公開情報をもとに、Anna Movies独自の日本語記事として構成したものである。