失敗作と呼ばれた寄せ集めの六人が、自分の影と他人の痛みを抱えながら、新しい『アベンジャーズ』の名を背負うまでを描く、MCUフェーズ5閉幕作。
マーベル・スタジオ製作、ディズニー配給。ジェイク・シュライアー(『ビーフ』『ロボット&フランク』)が監督し、エリック・ピアソンとジョアンナ・カロが脚本を手がけた。マーベル・コミックの『Thunderbolts』(1997)を下敷きに、フェーズ4で各作品に散らばっていたアンチヒーロー級の人物たちを集約し、フェーズ5を閉じる役を担う一本である。
ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌが進めていた極秘プロジェクト「センチュリー計画」が政治的に破綻寸前に追い込まれ、彼女が長年雇ってきたヤレーナ・ベロワ、ジョン・ウォーカー、ゴースト、レッド・ガーディアン、バッキー・バーンズが利害ごと衝突する。物語の最後に彼らは『アベンジャーズ』の名を引き継ぎ、本作の幕引きは『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』および『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』への直結伏線を残す。
Rotten TomatoesではMCUフェーズ5の作品中で上位の支持率を確保し、フローレンス・ピューの「ヤレーナの孤独」、ルイス・プルマンが演じる「ボブ・レイノルズ/センチュリー/ヴォイド」の二面性、ソン・ラックスの不協和音的なスコア、市街地全体を黒い影が呑む中盤の演出が広く称賛された。全世界興収は約3.8億ドル超とされ、当初の懐疑的な観測を覆して中規模ヒットとなった。
ヴァレンティーナの政治危機、ユタ州ヴォルト施設での集合、ボブ・レイノルズの発見、センチュリー化、ヴォイドによる「恥の影」のマンハッタン全域吸収、ヤレーナによる精神世界突入、アスタリスクの正体としての「ニュー・アベンジャーズ」改称、ミッドクレジットの新本部、ポストクレジットの「未確認船舶」までを順に取り扱う。重要なネタバレを前提に構成しているため、視聴後の読み物として推奨する。
目次 35項目 開く
概要
『サンダーボルツ*』(Thunderbolts*)は、ジェイク・シュライアーが監督し、2025年5月2日に米国で公開されたアメリカのスーパーヒーロー映画である。マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)の第36作にあたり、シリーズの章立てではフェーズ5の最終作、マルチバース・サーガの折り返しを担う。原題末尾のアスタリスク「*」は宣伝段階から伏せられた仕掛けであり、本編終盤で初めてその意味が明かされる構造になっている。
原作はカート・ビュージックとマーク・バグリーが1997年の『Thunderbolts #1』で立ち上げた、悪役・元悪役を寄せ集めた『代用アベンジャーズ』ものである。本作はその設定の核——「ヒーローではない者たちが、ヒーローの名を背負う」——を、フェーズ4以降のMCUに散らばってきた人物たちで再構成した。具体的にはヤレーナ・ベロワ(『ブラック・ウィドウ』『ホークアイ』)、バッキー・バーンズ(『ウィンター・ソルジャー』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』)、ジョン・ウォーカー/USエージェント(『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』)、ゴースト/エイヴァ・スター(『アントマン&ワスプ』)、レッド・ガーディアン/アレクセイ・ショスタコフ(『ブラック・ウィドウ』)、そしてヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ(『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』『ブラック・ウィドウ』)が集約される。
本作の中心にあるのは、派手な戦闘ではなく、登場人物それぞれが抱える「恥」と「孤独」の主題である。冒頭のヤレーナの独白が映画の語り口を決め、終盤に対峙する敵もまた、外部の侵略者ではなく一人の人物の内側にある暗闇——「ヴォイド」——として描かれる。アクション映画でありながら、本質的にはうつ、罪悪感、自殺念慮といった精神的危機に関する映画であり、その正面性が公開後の批評で繰り返し評価された。
ジェイク・シュライアーは『ロボット&フランク』(2012)の長編デビュー以降、A24と組んだ短編、テレビシリーズ『ビーフ』(2023)でアジア系移民の精神的圧力と笑いを混ぜた語りで知られた監督である。スコアはオスカーノミニーのソン・ラックス(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』)が担当し、不安定な弦楽器・電子音・無声の余白を活用したMCUとしては異色の音響を持ち込んだ。本記事は結末、アスタリスクの正体、各クレジットまで含むネタバレを前提に整理している。物語の驚きを保ちたい読者は、視聴後に戻ってきてほしい。
- 原題
- Thunderbolts*
- 監督
- ジェイク・シュライアー
- 脚本
- エリック・ピアソン/ジョアンナ・カロ
- 音楽
- ソン・ラックス(Son Lux)
- 撮影
- アンドリュー・ドロズ・パレルモ
- 米国公開
- 2025年5月2日
- 上映時間
- 約127分
- ジャンル
- スーパーヒーロー、心理ドラマ、アクション
- シリーズ区分
- MCUフェーズ5・最終作/マルチバース・サーガ
あらすじ
以下は結末、アスタリスクの正体、ミッドクレジット、ポストクレジットまでを含む全編のあらすじである。ヤレーナの孤独、ヴァレンティーナの政治危機、ユタ州ヴォルト施設での集合、ボブ・レイノルズの発見、センチュリー化、ヴォイドの蹂躙、精神世界での救出、ニュー・アベンジャーズ宣言、ミッドクレジットの新本部、ポストクレジットの未確認船舶の順に追う。
プロローグ——ヤレーナの独白とマレーシアの暗殺
映画は灰色の空のもと、クアラルンプールの高層ビルの屋上に立つヤレーナ・ベロワの全身像から始まる。風が彼女の前髪を揺らし、ヴォイスオーバーで「最近、何をしても胸の真ん中が空っぽに感じる」という独白が流れる。彼女は屋上から地上数百メートルへ向けて身を投げ、市街地の谷間をパラシュートも開かずに落下しながら、ターゲットの研究所の窓へ正確に着地する。任務は数分で終わる。室内の科学者を制圧し、ハードドライブを回収し、火を放って退場する。一連の所作はプロの精度で淀みなく流れるが、彼女の表情には達成感も興奮もない。
場面はバンコクの空港、ヤレーナの姉ナターシャ・ロマノフを偲ぶ短い回想、そしてニューヨークのソーホー地区にある彼女の隠れ家へと移る。冷蔵庫は空、テーブルには未開封の手紙が積まれ、テレビではヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌCIA長官の弾劾公聴会のニュースが流れている。ヤレーナは雇い主のヴァレンティーナへ電話をかけ、「次の任務をくれ。長期でいい。何でもいい」と告げる。短い独白「私はナターシャの妹だ。私には『次』がある。それでも、目を開けたら次があるとは限らない気がする」が、本作全体の感情の起点を据える。
並行してオハイオ州のスーパーマーケットの駐車場では、レッド・ガーディアン/アレクセイ・ショスタコフが、年金生活者向けのリムジン送迎ドライバーの制服を着て、客を待ちながらバニラ・ラテを飲んでいる。「義娘」のヤレーナが連絡をくれない寂しさを延々と独り言にしながら、彼は古いソビエト時代の制服を後部座席に常備し、いつでもヒーローに戻れる準備を整えている。本作はこの「現役を退いたヒーローもどき」のコミカルな日常を、ヤレーナの孤独と対比する形で並列する。
ワシントンDCではジョン・ウォーカー/USエージェントが酒を飲みながら家庭と離婚調停をこじらせ、ロンドン郊外ではゴースト/エイヴァ・スターが量子的に身体が固定されない発作を抑え込む薬を注射し、ニューヨークの市庁舎ではバッキー・バーンズが下院議員のオフィスでスタッフを束ね、政治家として静かにヴァレンティーナの不正を追っている。本作の冒頭三十分は、これら五人がそれぞれの孤独な現在地に置かれていることを丁寧に示すために費やされる。
ヴァレンティーナの政治危機とOXEプロジェクト
ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌは、CIA長官の地位にありながら、長年にわたって闇市場で「次世代のキャプテン・アメリカ的存在」を作り出す秘密プロジェクト『OXE/センチュリー計画』を進めてきた。アメリカ連邦議会の弾劾調査委員会は、彼女が公金を私的に流用し、市民を実験台にし、複数の暗殺を指示してきた疑いを追っている。委員会の中心人物の一人が、下院議員バッキー・バーンズである。
ヴァレンティーナはバッキーの追及を躱す一方で、自身の長年の『使い捨て駒』を一斉に始末する計画を立てる。彼女が長年雇ってきた六人——ヤレーナ、ジョン、エイヴァ、タスクマスター(アントニア・ドレイコフ)、そして名指しされない一名——をユタ州の無人地帯に作られた『ヴォルト施設』へおびき出し、互いに殺し合わせる手筈を整える。施設の制御室には自動火災装置と核弾頭規模の自爆機構が組まれており、彼女のオフィスから一つのスイッチで全員と証拠を「片付ける」ことができる。
彼女は同時に、自分のために働いていた極秘エンジニアのメル(ジェラルディーン・ヴィスワナタン)に対しても口封じを準備していた。だがメルは、ヴァレンティーナの行動の異常さに気づいて密かに証拠コピーを残しはじめる——本作の中盤、彼女の小さな決断が物語の流れを左右することになる。
ヴァレンティーナの造形は、本作で初めて『カリスマ的だが冷酷』を超えて『追い詰められて狂気の側へ滑る権力者』として深掘りされる。彼女が自分のオフィスで一人になったとき、口紅を引き直しながら鏡へ「あんたは選ばれた人間よ。これは仕方のないこと」と言い聞かせる短いカットが、彼女の人物造形に最も冷たい光を当てる。
ユタ州ヴォルト施設——五人の遭遇
ヤレーナはヴァレンティーナの指示で、ユタ州の無人地帯にあるヴォルト施設の最深層へ赴く。任務内容は『施設内に潜伏する未確認資産の排除と、地下倉庫にある重要記録の回収』。彼女は単独任務だと信じているが、施設の中央室に踏み込んだ瞬間、同じ部屋に同じ任務で送り込まれたジョン・ウォーカー、ゴースト、タスクマスター(アントニア・ドレイコフ)の三人と鉢合わせる。
互いを敵と認識した四人の戦闘は、本作中盤の白眉となる。ヤレーナのナイフ捌き、ゴーストの量子位相シフトを伴う打撃、ジョン・ウォーカーの強化兵士的な蛮力、タスクマスターの相手の動きを完璧に模倣する戦闘術——四方の壁が血と火花で染まる。混戦のなか、タスクマスターは中央室の扉から押し戻されてきた予期せぬ第三勢力の銃弾を頭部に受けて即死する。アントニアの呆気ない退場は、本作の批評で『コミックの設定を活かしきれていない』という批判を受けた一方で、『この物語は誰もが安全ではない』という宣言として機能している。
残った三人は、戦いの途中で互いがヴァレンティーナの『使い捨て駒』であると気づく。同時に、施設の閉鎖機構が作動し、出口は全て鉄壁の扉で塞がれる。中央室の天井には『清浄化プロトコル』が点灯し、二十分後に施設全体が高熱で焼却されるカウントダウンが始まる。
彼らは脱出経路を求めて施設の最深層へ降りていく。最下層の貯蔵庫の扉を開けたとき、彼らが見つけるのは、武器でも記録でもなく、薄汚れたパジャマ姿で床に座り込んでいる一人の若い男だった。男は怯えた顔で『おまえら、誰だ。ここから出してくれ』と訊く。これがロバート・ボブ・レイノルズ——本作の真の中心人物との最初の出会いである。
ボブ・レイノルズの発見と脱出
ボブは自分が誰でなぜここにいるかを覚えていない。記憶があるのは『マレーシアの研究施設で目を覚ました』ことと『その前は薬物中毒のホームレスだった』こと、そしてうっすらと『この施設の上の階で、自分が誰かを殺してしまった気がする』こと。三人は彼を放置するわけにはいかず、四人で施設の脱出を試みる。
ヴォルト施設はヴァレンティーナのセンチュリー計画の中核拠点で、ボブはその計画の最後の生存被験体だった。マレーシアでヤレーナが任務として殺害した科学者は、ボブを『成功例』として作り上げた当事者であり、ボブの記憶の中の血の匂いは、自分が逃げ出す際に殺した別の被験者たちのものだった——観客はこの事実を、ボブが少しずつ思い出していくのを通じて受け取る。
施設内では中央室と地下を結ぶエレベーター・シャフトが唯一の脱出経路となる。途中、ジョン・ウォーカーが先頭で戦闘指揮を取ろうとし、ヤレーナがそれを無言で蹴り倒す。ゴーストは『私はチームで動く人間じゃない』と独白するが、量子位相シフトで仲間を壁の向こうへ通す。三者三様のスキルが、初めて『同じ脱出のために』使われる。
そしてエレベーターが地表に届く直前、ヴァレンティーナの命令を受けたレッド・ガーディアンとバッキー・バーンズ(後者は議会調査の手がかりを掴んで独自に潜入していた)が施設に到達する。ガレージで全員が顔を揃えた瞬間、施設の自爆装置が作動する寸前に、ヴァレンティーナのオフィスからのリモート停止コードが入る——彼女はボブを『生かして連れて来い』に方針転換していた。ボブを生かして使えば、自分の弾劾を覆せると判断したのである。
センチュリー化——黄金のヒーローと、その陰
ヴァレンティーナはニューヨークの自分の本部ビル(旧スターク・タワーに相当する屋上ヘリポート付きの摩天楼)にボブを連れ込み、彼を『センチュリー』として一般公開する。記者会見では、彼女自身が『これからは私の手で、新しい時代の象徴を国民に送る』と宣言し、ボブは金色のスーツと白いマント姿でビルの屋上から飛び立つ。市民は熱狂し、瞬く間に世界中のニュースが『新しいヒーロー、センチュリーの誕生』を報じる。
ボブのセンチュリーとしての力は、原作のセンチュリー(『百万の太陽の力』)を踏まえた極端な万能性として描かれる。飛行、超怪力、光線、回復、空間操作——どれを取っても従来のMCUヒーローの上位互換に見える。だがその力の根源は、彼自身のうつ病・薬物中毒・自殺未遂の経歴と分かちがたく結びついている。ヴァレンティーナはメルから渡されたカクテル状の薬物でボブを安定させていたが、安定剤の効きが切れた瞬間、彼の中の『もう一つの人格』が表へ滲み出す。
その人格は、本作で『ヴォイド(虚無)』と呼ばれる。ボブの内側で蓄積された全ての恥、罪悪感、自己嫌悪、薬物中毒時代の記憶、家庭内暴力の被害と加害の両面の記憶が一つの存在として人格化したものである。ヴォイドはボブの皮膚から黒い影として滲み出し、最初は彼の影の縁を歪ませる程度の現象として観客に提示される。
夜、ヴァレンティーナの本部ビルの最上階でボブと向かい合ったメルが、震える手で彼に『あなたの安定剤、私が中身を変えた。これからは、あなたは自分自身でいられる時間が増えるはず』と告げる。メルにとっては救出のつもりの行為だったが、結果として安定剤の効力が完全に切れ、ヴォイドはボブの全身を覆う黒い光輪へと成長する。彼の足下からは、影が床を侵食しはじめる。
ヴォイドの蹂躙——マンハッタンを呑む影
ヴォイドはヴァレンティーナの本部ビルを起点に、マンハッタン中心部へ向けて巨大な黒い影を放射する。影は普通の闇ではなく、触れた人間を『その人の最も恥じている記憶』の中へ引きずり込み、影の中で永久に再生し続けさせる装置として機能する。タイムズスクエア、ブライアントパーク、グランド・セントラル駅——影が広がるたびに、市民は影に呑まれ、立ったまま動かなくなる。
ヤレーナ、バッキー、ジョン、エイヴァ、アレクセイの五人は、ヴァレンティーナの本部ビルの一階ロビーから上階へ向けて突入する。エレベーターは止まり、階段を駆け上る。各階で五人は、それぞれの『恥の記憶』の影に分断される——ジョンは自分が王冠の楯で人を撲殺した『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』第4話の終盤、エイヴァは量子事故で家族を失った幼少期、アレクセイは自分が父親として何もできなかった時代、バッキーは『ウィンター・ソルジャー』として暗殺した数十名の顔の連続。それぞれが影の中で立ち尽くす。
ヤレーナだけが影に呑まれない——彼女は自分の最も恥じている記憶(姉ナターシャを救えなかった瞬間、ホークアイ作中でクリント・バートンを撃てなかった瞬間、レッドルームで仲間を殺した瞬間)を、すでに普段の独白の中で半ば自覚的に抱えていたためである。彼女は呑まれかけた仲間を一人ずつ影から引き戻し、最終的に上階のヴォイドの『核』——黒い光輪の中心に立つボブ自身の身体——へ到達する。
ヴォイドはヤレーナに『お前も同じだ。お前の中にも私と同じ闇がある』と語りかけ、彼女の身体を黒い影で包む。ヤレーナは抗いながら、最後に一つの決断をする。彼女はヴォイドを倒すのではなく、ボブの内側に入ることを選ぶ。
精神世界——『恥の家』を歩く
ヤレーナがボブの精神世界に踏み込むと、そこは荒廃した郊外住宅地の風景だった。ボブが幼少期に育ったオクラホマの実家、薬物中毒時代に寝起きしたシェルター、そして金色のセンチュリースーツが飾られた虚しいトロフィー部屋が、迷路状に並んでいる。ヤレーナはその各所で、影の中に閉じ込められた仲間たち——ジョン、エイヴァ、アレクセイ、バッキー——を順に解放する。
解放のためにヤレーナが行うのは戦闘ではなく、彼女自身が彼らの恥の記憶の中に同じ立場で入り、隣に立ち、『私もそうだ』と言うことだった。ジョンに対しては『あなたは弱かった。私も弱い。だから二度と同じことをしないと決められる』、エイヴァに対しては『あなたの両親はあなたが殺したのではない。あなたは生き残った側だ』、アレクセイに対しては『あなたは父親ではなかった。でも今からなれる』、バッキーに対しては『過去はあなたのものだ。でも、あなた自身はそれ以上のものだ』。
中心の家——ボブが少年時代に住んでいた郊外住宅——の二階の寝室で、ヤレーナは『小さなボブ』に出会う。少年は布団を頭からかぶり、震えながら『お父さんが来る。お父さんが来る』と繰り返している。ヤレーナは布団の中に身を入れ、少年の隣に座り、何も言わずに肩を抱く。少年は泣きながら『誰も来てくれなかった。誰も』と呟く。彼女は『来た。今来た』と答える。
現実世界では、本部ビルの屋上で立ち尽くしていたボブ=ヴォイドの黒い光輪が、少しずつ収縮していく。マンハッタンの影は引いていき、市民は記憶から戻ってくる。だが収縮の最後の瞬間、ヴォイドは『お前と俺で十分だ。みんなを巻き込むな』とボブに囁き、自分自身を呑み込もうとする——ボブが自殺願望を取り戻したのである。
光と影を抱える——五人の応答
屋上に駆けつけた他の四人は、ボブの身体に同時に手を置く。ジョンの厚い手のひら、アレクセイの分厚い前腕、エイヴァの位相シフトする指先、バッキーの金属の左腕、そしてヤレーナの汗ばんだ手のひら。誰一人として、ボブに『お前は強いから大丈夫だ』とは言わない。代わりに、ジョンが『お前は俺だ』、エイヴァが『お前は私だ』、アレクセイが『おまえは家族だ』、バッキーが『お前は私たちの全員だ』と、それぞれの言葉で告げる。
ヴォイドはボブの身体から黒い影の柱となって突出するが、五人の触れている部分から、その影は薄れていく。最終的にボブの皮膚にはヴォイドの黒い痕跡が残り、彼の眼球は片方が黒くなる。ヴォイドは『消えて』はおらず、『共存』しているという視覚的な決着が選ばれる。本作の主題——『恥や暗闇は、戦って消すものではなく、見届けて抱えるもの』——が、ここで台詞ではなく身体の構図として示される。
屋上の戦いを終えた五人がエレベーターで地上に降りると、ヴァレンティーナ本部ビルのロビーには、すでに数十台の報道車両と国家警察が結集していた。ヴァレンティーナは『センチュリーが暴走した。それを止めたのは私だ』と記者会見を始めようとしているが、メルが議会調査委員会に渡した内部記録のコピーが、その瞬間ネットへ漏洩される。記者たちの質問は『センチュリー暴走の責任は誰か』から『あなたの極秘実験はいつから始まったのか』へ一斉に切り替わる。
ヴァレンティーナの命運を決めたのはバッキーだった。彼は議員バッジを胸に付けたまま、ロビーの記者団の前に進み出る。ヤレーナ、ジョン、エイヴァ、アレクセイ、そして黒い目の片方を取り戻したボブが、彼の後ろに並ぶ。バッキーはマイクの前で『私たちは、これからはあなた方の隣人として動く』と切り出す。
アスタリスクの正体——『ニュー・アベンジャーズ』
バッキーの記者会見の続きで、彼の隣に立ったヴァレンティーナが——状況を察して即座に話を奪い取り——『この六名は本日より、私の指揮のもと、新しいチームとして始動します。彼らの名は……サンダーボルツ』と言いかけた瞬間、ヤレーナがマイクを横取りする。彼女は短く息を吸い、『私たちはニュー・アベンジャーズです』と告げる。記者団がどよめき、ヴァレンティーナの顔から血の気が引く。
この瞬間、原題のアスタリスク『*』の意味が観客に開示される。本作のポスター、宣伝、公開直前のニュースで一貫して付けられていた『Thunderbolts*』のアスタリスクは、『この名は仮の名であり、本当の名は別にある』という宣言——具体的には『Thunderbolts*(=New Avengers)』のアスタリスク的脚注——として機能していた。本編クライマックスで一行目の名前を取り消し、二行目で『The New Avengers』と書き直すタイトル・カードが画面に大写しになる。
ヴァレンティーナはその場で逮捕されるわけではない。代わりに彼女は、議会調査委員会へ召喚を受け、自分の本部ビルから車に乗せられて去る。最後の彼女のカットでは、後部座席の窓越しに、ボブを含む六人の姿が眩しい逆光の中に映る。彼女は唇を噛みしめながら、『次がある』と独り言を呟く——本作はヴァレンティーナを完全には退場させず、フェーズ6以降の伏線として残す。
場面はバクスター・ビル風の新本部、つまり旧スターク・タワーへ場面を移す。ヴァレンティーナが追放されたあと、CIAの管理下から完全に独立した形で、六人は『ニュー・アベンジャーズ』として活動を開始する。ヤレーナは屋上で、亡き姉ナターシャに『私たちは続けるよ』と短く告げる。
ミッドクレジットとポストクレジット——14か月後と未確認船舶
ミッドクレジット・シークエンスは、本編ラストから『14か月後』のタイトル・カードとともに始まる。ニュー・アベンジャーズ本部の会議室では、バッキーが議員職を辞任して本部に常駐するようになっており、アレクセイが家族写真を壁一面に並べ、エイヴァがコーヒーを淹れている。ヤレーナとボブは、屋上で同じ毛布にくるまり、何も言わずに朝日を眺めている——本作の二人の関係を、安易な恋愛にも安易な家族にも回収しない、慎重で温かな構図である。
アレクセイがテレビ画面を指差す。画面に映るのはサム・ウィルソン/キャプテン・アメリカで、彼は『新アベンジャーズの存在を私個人として承認しない。彼らはアベンジャーズの名を勝手に名乗っているにすぎない』と公式声明を出している。テレビを見終わったアレクセイが『気にするな、彼はまた怒っているだけだ』と笑い、ヤレーナが『そのうち話しに行く』と返す。本作の決着はサム=キャプテン・アメリカ側との緊張関係を残したまま閉じる。
ポストクレジット・シークエンス(エンドクレジット末尾)は、屋上のヤレーナとボブのもとへ、新本部の警報が鳴る場面に切り替わる。バッキーが駆け上がってきて、『未確認の船舶が大気圏内に侵入した。レーダー上では確認できないほど高速だ』と報告する。屋上から空を見上げる五人の頭上を、青い航跡を残しながら横切るのは、レトロフューチャー造形の宇宙船である。
船体側面に刻まれた『4』のマークと、その傍らで観客にだけ示される短い静止画——『The Excelsior. Earth-828.』のテロップ——が、その船がエクセルシオール号、すなわち『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』に登場するEarth-828の一家の船であることを示す。本作の幕引きは、フェーズ6開幕作『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』へ直結する伏線として、観客に強い余韻を残す。
なお、メル(ジェラルディーン・ヴィスワナタン)はこのエピローグでは姿を現さない。彼女のその後については、本作内で明示的に解決されない——ヴァレンティーナのもとから離脱し、議会の保護下に置かれているという含みが、車のヘッドライトに照らされる短い影として暗示されるに留まる。
登場要素
本作に登場・言及される主要な要素を分類して示す。フェーズ4以降のMCUに散らばってきた人物・概念が一斉に集約されるため、初見では把握しきれない固有名詞も多い。
主要人物
- ヤレーナ・ベロワ/ホワイト・ウィドウ
- ジェームズ・バッキー・バーンズ/ウィンター・ソルジャー(下院議員)
- ジョン・ウォーカー/USエージェント
- エイヴァ・スター/ゴースト
- アレクセイ・ショスタコフ/レッド・ガーディアン
- ロバート・ボブ・レイノルズ/センチュリー/ヴォイド
ヴィラン
- ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ/CIA長官
- ヴォイド(ボブの精神に宿るもう一つの人格)
- アントニア・ドレイコフ/タスクマスター(序盤で退場)
サポート
- メル(ヴァレンティーナの極秘エンジニア)
- サム・ウィルソン/キャプテン・アメリカ(ミッドクレジットで言及)
- 下院議会調査委員会のスタッフ
- ニューヨーク市長/ニューヨーク市警察
組織
- CIA/合衆国情報機関
- ヴァレンティーナの極秘部門
- OXE/センチュリー計画
- ニュー・アベンジャーズ(新生チーム)
- 合衆国連邦議会下院調査委員会
- レッドルーム(言及)
場所
- クアラルンプール(プロローグ)
- オハイオ州のスーパーマーケット駐車場
- ワシントンDC(議会と本部)
- ロンドン郊外(ゴーストの隠れ家)
- ユタ州ヴォルト施設
- マンハッタン(ヴォイド蹂躙の舞台)
- ヴァレンティーナの本部ビル(旧スターク・タワー相当)
- ボブの精神世界(オクラホマの郊外住宅)
アイテム・技術
- ヴォルト施設の清浄化プロトコル(自爆機構)
- OXE安定剤(メルが調合)
- ゴーストの量子位相スーツ
- USエージェントの楯
- レッド・ガーディアンの古いソビエト時代の制服
- バッキーの金属義手(バイブラニウム改良型)
- センチュリースーツ(金色とマント)
能力・概念
- 強化兵士的身体能力(バッキー、ジョン、アレクセイ)
- 量子位相シフト(エイヴァ)
- 黒衣式ウィドウ訓練(ヤレーナ)
- センチュリーの万能型能力(飛行・怪力・光線・回復)
- ヴォイドの『恥の記憶の影』
- 精神世界への侵入
- うつ・自殺念慮・薬物中毒の主題化
ポストクレジット要素
- 14か月後のニュー・アベンジャーズ新本部
- サム・ウィルソン/キャプテン・アメリカの公式声明
- 未確認船舶=エクセルシオール号(Earth-828)
- 『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』への直結伏線
- ヴァレンティーナの『次がある』独白(フェーズ6伏線)
主要登場人物
本作の人物造形は、それぞれの出自作品で確立された性格をそのまま受け継ぎつつ、『誰も主役級のヒーローではない』という共通条件のもとで再配置されている。各員の見せ場が均等に配分されており、群像劇としての完成度は、MCUのなかでも『アベンジャーズ』第一作と並ぶ水準で評価された。
ヤレーナ・ベロワ/ホワイト・ウィドウ(フローレンス・ピュー)
本作のヤレーナは、間違いなく物語の精神的中核である。冒頭の独白で『胸の真ん中が空っぽに感じる』と告白する彼女は、ヒーロー映画の主役としては異例の、うつ病初期段階に近い精神状態で物語を開始する。任務に没頭することで自分を支えていた人間が、任務の意味を見失った瞬間に何を選ぶか——それが本作の出発点であり、終着点でもある。
フローレンス・ピューは『ブラック・ウィドウ』(2021)と『ホークアイ』(2021)で築き上げてきたヤレーナ像を、本作で完全に主役級まで押し上げる。物理戦闘の鋭さ、独白の自然な切迫感、そしてクライマックスでボブの精神世界に踏み込んで『誰も来てくれなかった子供』の隣に座る場面——三つすべての場面で彼女が観客に届けるのは、『ヒーローであろうとする努力』ではなく、『自分の弱さを引き受ける勇気』である。
本作の批評で最も繰り返し言及されたのはピューの演技であり、複数の批評家は彼女を『MCU後期の中心軸』と位置づけた。彼女が亡き姉ナターシャの遺志を継ぐのではなく、自分自身の言葉で『ニュー・アベンジャーズ』と宣言する場面は、シリーズ全体の世代交代の象徴的瞬間として記憶される。
ジェームズ・バッキー・バーンズ/ウィンター・ソルジャー(セバスチャン・スタン)
本作のバッキーは、『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(2021)以降の彼の歩み——過去の暗殺を償い、新しい役割を探し続ける男——を、政治家という極めて意外な肩書きで完結させる。下院議員バッキー・バーンズという像は、原作にもMCUの先行作品にもなかった選択であり、本作の発表時の最大の驚きの一つだった。
セバスチャン・スタンは、議員バッジを胸に付けて議会のロビーで秘書を叱る場面、ヤレーナと殴り合う場面、そしてボブの精神世界で『暗殺した数十名の顔』と対面する場面——文脈の極端に異なる三領域を、同じ低音と同じ目線で繋ぎ切る。本作のバッキーは、最終的に議員職を辞任してニュー・アベンジャーズの本部に常駐する道を選ぶが、その選択は『政治の限界を見たから』ではなく、『政治と現場の両方を経験した上で、現場を選ぶ』という積み上げの結論として描かれる。
ジョン・ウォーカー/USエージェント(ワイアット・ラッセル)とエイヴァ・スター/ゴースト(ハンナ・ジョン=カーメン)
ジョン・ウォーカーは『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』終盤で楯を奪われたあとの『欠けた英雄』として本作に再登場する。離婚調停と酒に溺れる序盤、ヴォルト施設での蛮力、精神世界での自分の罪との対面、そして終盤でヤレーナの後ろに無言で並ぶ場面——彼の弧は、サム・ウィルソン側との和解には至らないものの、『自分はキャプテン・アメリカではない、自分はジョン・ウォーカーだ』を彼自身が受け入れる過程として描かれる。
エイヴァ・スター/ゴーストは『アントマン&ワスプ』(2018)以来の長い休眠を経て、本作で大きく前景化する。量子位相シフトという独特の能力は、本作では『自分の身体ですら一箇所に留まれない』という孤独の比喩として再定義される。彼女が精神世界の中で『私は被害者であり、加害者ではない』と気づく瞬間は、彼女の弧の到達点であり、本作の主題と完全に重なる。
ロバート・ボブ・レイノルズ/センチュリー/ヴォイド(ルイス・プルマン)
本作の真の中心人物はボブである。彼は薬物中毒・うつ病・自殺未遂の経歴を持ち、ヴァレンティーナのOXE計画の最後の生存被験体として、自分の意思によらずセンチュリーの力を得た。彼の能力は原作センチュリー(『百万の太陽の力』)を踏まえた極端な万能性として描かれるが、本作の脚本はその力を一切『勝利の手段』として使わない。彼の力は最初から最後まで、彼自身の精神状態と分かちがたく結びついた『重荷』として描かれる。
ルイス・プルマン(『トップガン マーヴェリック』『マーダリーノ』)は、本作以前はサポーティング・キャスト級の俳優として知られていた。それが本作で、金色のスーツの誇らしさと、薄汚れたパジャマ姿の弱さと、ヴォイドが滲み出る瞬間の恐怖と、最後にヤレーナの肩に頭を預けて泣く場面——三つの極端に異なる相を、同じ人物の連続性として演じ切った。彼の演技は、本作の批評でフローレンス・ピューと並んで称賛された。
ヴォイドは原作センチュリーの設定(彼の力の対価として現れる悪人格)を踏襲しているが、本作はそれを『うつ病の自己嫌悪が人格化したもの』として再解釈する。ヴォイドは黒い影として可視化されるが、その正体は『ボブを愛していない、ボブ自身の一部』である。終盤、彼が完全に消去されず、ボブの皮膚と片方の眼球に痕跡として残るという決着は、本作の主題——『闇は戦って消すものではなく、見届けて抱えるもの』——を最も端的に映像化している。
ヴァレンティーナ・アレグラ・デ・フォンテーヌ(ジュリア・ルイス=ドレイファス)
ヴァレンティーナはフェーズ4の『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』第5話のミッドクレジットで初登場し、その後『ブラック・ウィドウ』『ブラック・パンサー:ワカンダ・フォーエバー』『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』に断片的に登場してきた、長い『助走』を経て本作で初の主役級の悪役として完全に解禁されたキャラクターである。
ジュリア・ルイス=ドレイファス(『SEINFELD』『VEEP/ヴィープ』)は、コメディの天才として知られる女優が、本作で初めて『追い詰められたとき、コメディの間で笑える人物が、笑えない方の人格に滑り落ちる』場面を演じる。鏡の前で口紅を引き直しながら『これは仕方のないこと』と独り言を呟くカットは、彼女のキャリアの中でも異例の冷たさを湛えており、本作の批評で彼女のキャスティングの正しさが繰り返し確認された。
ヴァレンティーナはラストで完全には退場せず、議会調査委員会へ召喚を受けながらも『次がある』と独り言を呟いて去る。フェーズ6以降の『シークレット・ウォーズ』の物語構想において、彼女が再び立ち回るかどうかが、シリーズの今後の縦糸の一つとして残されている。
アレクセイ・ショスタコフ/レッド・ガーディアン(デヴィッド・ハーバー)
アレクセイは『ブラック・ウィドウ』(2021)以来、本作のコメディ・リリーフ的役割を一身に担う。スーパーマーケットの駐車場でリムジン送迎の客を待つ序盤、ヴォルト施設の戦闘で『お前ら、本物のヒーローだ』と泣きそうな顔で叫ぶ中盤、そして精神世界で『俺は父親ではなかった』とヤレーナに告白する場面——三つの場面のトーンは大きく異なるが、デヴィッド・ハーバーは一貫して彼を『過去の自分の幻影を捨てきれない、滑稽で愛おしい男』として演じ切る。
本作のアレクセイは、ヤレーナにとって『血の繋がらない、しかし最も家族に近い人物』として再確認される。終盤、新本部の会議室の壁一面に家族写真を並べる短いカットは、彼の人生の集大成的瞬間として観客に届く。なお、原作のレッド・ガーディアンとは設定の異なる『MCU版独自のキャラクター造形』である。
舞台と用語
本作の舞台はMCU主世界(Earth-616)であり、Earth-828の物語ではない。とはいえ、ポストクレジットで未確認船舶として登場するのはEarth-828のエクセルシオール号であり、本作の物語が『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』および『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』の橋渡しとして機能する点は、本作世界の最大の特徴である。
用語面では、OXE/センチュリー計画、ヴォルト施設、清浄化プロトコル、安定剤、量子位相シフト、レッドルーム、ヴォイド、センチュリー(百万の太陽の力)が鍵となる。これらの語は事前に暗記するより、本作で人物がどう振る舞うかを通じて自然に習得する方が記憶に残る。
舞台のもう一つの軸は『精神世界』である。本作のクライマックスはヴォイドが作り出す『恥の記憶の影』と、ヤレーナが踏み込むボブの精神世界——オクラホマの郊外住宅という極めて具体的なロケーション——として視覚化される。MCUがここまで内面世界を映像化したのは、『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)以来の試みであり、本作のジェイク・シュライアー監督の演出力が最も発揮された領域でもある。
制作
本作はマーベル・スタジオが2022年9月のディズニーD23エキスポで正式発表した、フェーズ5の最後を締める一本である。発表当初から『フェーズ4のアンチヒーロー級キャラクターを集約する』方向性が明示されており、当時はカート・ラッセルがレッド・ガーディアンを再演するか、別作品のキャラクターが加わるか、複数の構成案が報じられた。最終的に2023年2月に主要キャストが公式発表され、2024年2月から主要撮影が始まった。
企画と脚本
本作の脚本は、エリック・ピアソン(『マイティ・ソー/バトルロイヤル』『ブラック・ウィドウ』『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』)が初稿を執筆し、その後ジョアンナ・カロ(『ザ・ベア』『BoJack Horseman』『Hacks』)が改稿を担当した。カロの起用は、MCUとしては異例の判断であり、結果として本作の人物中心の語り口、特にヤレーナの独白とボブの精神世界の場面の質感に大きな影響を与えた。
脚本の最大の構造的選択は、『敵を作らない』ことだった。本作の最終決戦の相手はヴォイドだが、ヴォイドはボブの内側に宿るもう一つの人格であり、外部の侵略者ではない。MCUとしてはきわめて異例の決断であり、当初はマーベル・スタジオ社内で『市場が受け入れるか』を懸念する声もあったとされる。ジェイク・シュライアー監督とエリック・ピアソンは、原作のセンチュリー(カート・ビュージック作)が初登場時から内在的な対立を抱えるキャラクターであることを根拠に、この方向性を最後まで貫いた。
アスタリスク『*』の仕掛けは、撮影開始前の脚本段階から組み込まれていた。マーベル・スタジオは公開数か月前から、宣伝物のすべてにアスタリスクを付し、SNS上のファン界隈で『*はジョークか、脚注か、別タイトルか』の議論が広がるように仕向けた。本編公開後、これが『ニュー・アベンジャーズ』の脚注だと判明したとき、宣伝段階からの伏線回収として批評・観客の両方で高く評価された。
キャスティング
主要キャストの大半は、出自作品でその役を確立してきた俳優陣がそのまま再登板する形で構成された。フローレンス・ピュー(ヤレーナ)、セバスチャン・スタン(バッキー)、ワイアット・ラッセル(USエージェント)、ハンナ・ジョン=カーメン(ゴースト)、デヴィッド・ハーバー(レッド・ガーディアン)、ジュリア・ルイス=ドレイファス(ヴァレンティーナ)、オルガ・キュリレンコ(タスクマスター)——七人すべてが先行作品の続投である。
本作で新規キャストされた最重要人物はルイス・プルマン演じるボブ・レイノルズ/センチュリーである。プルマンは『トップガン マーヴェリック』(2022)のボブ・フロイド、『ザ・ハント/嵐の襲撃者』(2020)の主役級などで知られていたが、本作で初めてフランチャイズ映画の主役級ポジションに就いた。当初はスティーヴン・ユァン(『ビーフ』『ノープ』『ミナリ』)がキャスティングされていたが、2023年7月にスケジュール上の理由で降板し、後任にプルマンが就任した経緯がある。
ジェラルディーン・ヴィスワナタン(メル)、テッド・ラッソ風のコメディ路線で知られる若手助演陣も加わり、本作のキャスティング全体は『俳優の演技に作品の重心を預けられる布陣』として批評で評価された。
撮影とロケ地
本作の主要撮影は2024年2月から6月にかけて、米国ユタ州とジョージア州アトランタを拠点に行われた。ユタ州の砂漠地帯はヴォルト施設外景のロケに、アトランタのトリリス・スタジオは本部ビル屋上、精神世界の郊外住宅、本部内装などのセット撮影に使われた。マンハッタンの市街地は、アトランタの一部市街地と、限定的なニューヨークでの追撃撮影を組み合わせて構築された。
撮影監督アンドリュー・ドロズ・パレルモ(『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『ヤツらは死人だらけ』)は、本作のMCU離れした視覚的トーンの主担当である。彼の選択は、『ヒーロー映画の照明を、心理ドラマの照明に近づける』ことだった。柔らかい逆光、肌の影を残す側光、暗部の黒を潰さない露出設計——これらは、本作の人物の精神状態を映像で支えるための一貫した文法として用いられた。
美術監督グレイス・ユンは、ヴォルト施設のソ連風コンクリートの質感、本部ビルの旧スターク・タワーの再利用、精神世界のオクラホマ郊外住宅の白い壁紙とくすんだ絨毯——三つの極端に異なる空間を、同じ『閉じられた箱』のモチーフで統一した。観客が三つの空間の心理的繋がりを感じ取れるのは、この美術的整合性に拠るところが大きい。
視覚効果
本作の視覚効果は、ILM(インダストリアル・ライト&マジック)を主担当に、Wētā FX、Framestore、DNEGなど複数のスタジオが分担した。最大の負荷は、センチュリーの飛行・光線・回復のシークエンス、ヴォイドの黒い影の市街地全域への放射、そして精神世界の郊外住宅と『恥の記憶の影』の表現である。
ヴォイドは『暗闇』を単純な光量ゼロとしてではなく、『光を吸収する物理的な液体』として表現する独特のシェーダーを採用した。市街地に広がる影が、ビルの輪郭をなぞるように這い進む様子は、本作の中盤で最も繰り返し言及される視覚的印象となった。これは『マルチバース・オブ・マッドネス』(2022)でワンダ・マキシモフの暗黒のフォースを表現したのと同じ技術系譜の上にあるが、本作はそれを『敵の力』ではなく『主人公の心』として再用した。
精神世界の郊外住宅は、CG拡張を最小限に抑え、ほぼ実物大セットで撮影された。少年ボブの寝室、布団、湿った壁の壁紙——これらは観客に『これは抽象空間ではなく、誰かの実在した記憶の場所だ』と感じさせる効果を持つ。本作のVFXは、量より質の方向で評価された。
音楽と音響
音楽はソン・ラックス(Son Lux)が担当した。ライアン・ローット、ラファ・サンチェス、イアン・チャンの三人組によるニューヨーク拠点の音楽ユニットで、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(2022)でアカデミー賞作曲賞にノミネートされた経歴を持つ。彼らをMCUの単独映画のスコア担当に起用したのは、本作の異色さを最も明確に示す決断だった。
本作のスコアは、明確な『英雄テーマ』を持たない。代わりに、不安定な弦楽器、電子的なノイズ、ピアノの単音、そして長い沈黙——これらが場面ごとに組み合わされ、登場人物の精神状態を音で支える。ヤレーナの独白の背景には常に低い持続音が置かれ、ボブの精神世界の場面では奇妙に明るいピアノの旋律が流れる。本作のスコアは、MCUとしては異例の『心理ドラマ的音響』として批評で広く評価された。
本編クライマックスの『ニュー・アベンジャーズ』宣言の瞬間にだけ、音楽は一瞬だけ既存のアベンジャーズ・テーマ(アラン・シルヴェストリ作)の一節を引用する。ソン・ラックスはこの引用を、過去への目礼であると同時に『この音はもう、彼らのものではない』という告知として配置している。
編集と公開準備
編集は、ハリー・ユン(『ミナリ』『ジェイソン・ボーン』)とアンジェラ・M・カタンザロ(『シャザム!』『MEG ザ・モンスター』)が共同で担当した。本作の編集の最大の特徴は、『戦闘シーンと心理シーンの切替リズムを統一する』ことだった。MCUの大半の作品で見られる『戦闘場面では切替を速くし、感情場面では落ち着かせる』という慣習を、本作は意図的に放棄している。ヴォルト施設の戦闘も、精神世界の対話も、同じ呼吸のリズムで編集される。
アスタリスクの仕掛けは、編集段階でも厳重に秘匿された。本編の最終リールに含まれる『New Avengers』のタイトル・カードは、試写会の段階では一部の関係者以外には共有されず、ファンが事前にリーク情報を入手することを防ぐために、複数のダミー版のリールが用意されたと報じられている。
公開と興行
2025年5月2日に米国で公開された本作は、フェーズ5の最終作として、当初は『リスクのある中規模映画』として位置付けられていた。マーベル・スタジオは公開直前まで本作の規模を抑えた宣伝に徹し、第一週末の北米興収は約7,400万ドルと、MCU近年の作品としては中位の出足だった。
しかし二週目以降、批評の好評と口コミの広がりにより、興収の落ち込み幅は通常より小さく抑えられた。最終的に全世界興収は約3.8億ドル超とされ、製作費約1.8億ドルに対して中規模ヒットとして着地した。MCUフェーズ5の作品中では『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』『デッドプール&ウルヴァリン』に次ぐ水準の興収となった。
批評はMCU後期の中では屈指の好評を得た。Rotten Tomatoesでは批評家・観客の双方の支持率が高水準で安定し、フローレンス・ピューの演技、ルイス・プルマンの発掘、ソン・ラックスのスコア、ジェイク・シュライアー監督の手腕が繰り返し称賛された。一方、タスクマスター(オルガ・キュリレンコ)の早期退場は、原作ファンや前作のファンから批判を受けた数少ない論点として残った。本作はアカデミー賞主要部門への候補入りこそ叶わなかったが、シカゴ映画批評家協会賞などのいくつかの批評家団体賞でノミネートを得た。
批評・評価・文化的影響
本作はMCU後期の評価を立て直した転機作として記憶される。フェーズ4以降『フランチャイズの疲労』が指摘されてきたMCUに対し、本作は『フランチャイズの内側でも、心理ドラマの映画は作れる』という証明として、批評家からも観客からも歓迎された。とりわけ、うつ・自殺念慮・薬物中毒といった『商業映画では避けられがちな主題』を、ジャンル映画の枠の中で正面から扱った点が、本作の文化的価値として広く認識されている。
『ニュー・アベンジャーズ』への改称は、原作の『Avengers: New Avengers』(ブライアン・マイケル・ベンディス、2005)以降の路線をMCUに導入する宣言として読まれた。これは『元・敵役や、メインヒーローではない者がアベンジャーズの名を引き継ぐ』というコミック路線の、十数年遅れの実写化である。本作の批評の中でも、原作ファンの賛否が分かれた論点として残った。
アスタリスクの仕掛けは、宣伝・映画批評・SNS言説の全てを横断する『映画体験の一部』として広く成功した事例として、後年の映画マーケティング論で参照されている。観客が映画館の暗闇のなかで初めて『*の意味』を知る瞬間を、宣伝物の段階から仕込んだ点で、本作はMCUの宣伝史の一区切りを成した。
舞台裏とトリビア
アスタリスク『*』の正体は、撮影現場でも徹底的に秘匿された。出演者のうち何人かは撮影直前まで『The New Avengers』のタイトル・カードの存在を知らされず、現場で『その場面で何が起こるか』を初めて聞かされた者もいたと報じられている。フローレンス・ピューが『私たちはニュー・アベンジャーズです』と告げる場面は、撮影開始の朝に脚本ページが配られたという。
ジェイク・シュライアー監督は、テレビシリーズ『ビーフ』(2023)で築いたアジア系移民の感情の繊細さの演出経験を、本作のヤレーナとボブの精神世界の場面に直接持ち込んでいる。ボブの精神世界の郊外住宅のセット設計には、シュライアー自身の幼少期の自宅の写真が参照されたとされる。
ルイス・プルマンの父はビル・プルマン、伯父はトム・プルマン(俳優)。父ビル・プルマンも『ロスト・ハイウェイ』『インデペンデンス・デイ』などの主役級経験者であり、本作でのルイス・プルマンの抜擢は『継承』としても受け取られた。
本作のスコアを担当したソン・ラックスは、エンドクレジット用のオリジナル曲『New Avengers Theme』を提供している。これは『新しい時代のアベンジャーズ・テーマ』の最初の音として、シリーズの今後で再用される可能性が高い。
ヴァレンティーナ役のジュリア・ルイス=ドレイファスは、本作の撮影と並行して『VEEP/ヴィープ』の続編構想を抱えていたとされる。彼女の『次がある』独白は、現実世界の女優としての立ち位置との二重写しとしても読まれた。
テーマと解釈
中心にあるのは『孤独と連帯』である。本作の登場人物は誰一人として、物語の冒頭で精神的な健康状態にない。ヤレーナはうつ病初期、バッキーは過去の罪の重荷、ジョン・ウォーカーは離婚調停と酒、ゴーストは身体の不安定さ、アレクセイは家族の不在、そしてボブは自殺願望と薬物依存。彼ら全員が、互いを助けに来たのではなく、互いに助けられに来た——本作はその構造を、一切の隠喩を介さず正面から描く。
もう一つの軸は『恥を見届けて抱えること』である。本作のヴォイドは『恥の記憶の影』として人格化されるが、それを倒す手段は戦闘ではない。ヤレーナがボブの精神世界の郊外住宅に踏み込み、布団を被って震える少年の隣に黙って座る場面は、本作の主題の最も純粋な提示である。彼女が言うのは『大丈夫だ』ではなく『来た。今来た』——存在することそのものが救いになる、という思想が、台詞ではなく身体の構図として伝わる。
そして『ニュー・アベンジャーズ』への改称は、『血統や承認ではなく、選び取ることで名は受け継がれる』というシリーズ全体の主題への一つの応答である。サム・ウィルソンが新キャプテン・アメリカとして登場した『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』、ヤレーナがブラック・ウィドウの後継として登場した『ホークアイ』、ケイト・ビショップが新ホークアイとして登場した同作——これらの全ての継承の物語が、本作で一つの集合体としてアベンジャーズの名を引き継ぐ。
ジェイク・シュライアー監督は、本作の主題を一言で『誰も助けに来てくれなかった人にも、誰かが助けに来る物語を作りたかった』と語っている。本作が長く愛されるとすれば、それは派手な戦闘や宣言の場面ではなく、布団の中で少年ボブの隣に座るヤレーナの後ろ姿——その一瞬の静寂——のためであろう。
見る順番(補助)
初見なら、本作の前に『ブラック・ウィドウ』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』(テレビシリーズ、Disney+)、『ホークアイ』(テレビシリーズ、Disney+)、『アントマン&ワスプ』、『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』を観ておくと、各人物の出自と関係性が分かる。最低限、ヤレーナとレッド・ガーディアン関係のために『ブラック・ウィドウ』、ジョン・ウォーカーのために『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』だけは押さえておきたい。
本作の幕引きは『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』へ直結する。ポストクレジットの未確認船舶=エクセルシオール号の意味を理解するためには、本作を観たあとに同作へ進むのが理想的である。続けて『アベンジャーズ/ドゥームズデイ』(公開予定)へと繋がる。
プリクエル的に観るなら、『ブラック・ウィドウ』→『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』→『ホークアイ』→『アントマン&ワスプ』→『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』→本作の順で観ると、本作の各人物の弧が最大限の重みを持って届く。
- 前作『キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド』でヴァレンティーナの動向が示される
- 本作OXEプロジェクト破綻、ニュー・アベンジャーズ結成
- 次作『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』でEarth-828のエクセルシオール号が地球へ向かう
よくある質問(補助)
『あらすじだけ知りたい』場合は、ヤレーナがヴァレンティーナの陰謀でユタ州ヴォルト施設に集められ、他の四人および被験体ボブと合流し、ヴォイドのマンハッタン蹂躙を精神世界での『見届け』で食い止め、最後に『ニュー・アベンジャーズ』として始動する流れを押さえれば十分である。
『結末・ネタバレを知りたい』場合は、アスタリスクの正体(=New Avengers)、ヴォイドが完全には消えずボブの皮膚と片目に痕跡として残ること、ヴァレンティーナが議会調査委員会へ召喚されながらも完全には退場しないこと、ポストクレジットの未確認船舶がエクセルシオール号であることが核となる。
『評価を知りたい』場合は、MCU後期で屈指の批評的成功を収めたことと、フローレンス・ピュー、ルイス・プルマン、ソン・ラックスの三名が特に称賛されたことを押さえるとよい。タスクマスターの早期退場が原作ファンから批判を受けた点も併記しておきたい。
『見る順番』は、本作の前に最低でも『ブラック・ウィドウ』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』、本作の後に『ファンタスティック・フォー:ファースト・ステップ』を観るのが最も流れが整う。
参考資料・脚注
作品名、キャラクター名、画像、各種権利はそれぞれの権利者に帰属する。公開年・興行・制作・配信状況・外部評価は変動しうるため、視聴前に公式および各データベースの最新表示を確認されたい。本記事の本文は各種公開情報をもとに、Anna Movies用の独自の日本語文章として構成している。
参照・確認先
公式画像、作品名、キャラクター名、権利は各権利者に帰属する。公開年、配信状況、外部評価は変わる場合があるため、視聴前に公式・配信元・作品データベースで確認したい。